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とあるマギアナの物語 の変更点


#include(第十回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle)

作者:今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]


 母親は、灰色と青の真ん中くらいの色をしたペルシアン。尊大な態度が目立つ種族らしく、それは、息子である僕の目にも明らかであった。
「まったく、あんたたち医者はそろいもそろって役立たずね! 娘の病気はいつになったら治るのよ!?」
 ここ一年の間、母親はどんな医者に向かっても必ずと言っていいほど、こんな言葉を吐く。僕の姉さんは、二年前から咳が続いており、それが徐々に悪化。最近はしょっちゅう血を吐くありさまで、医師の診断によれば、これは&ruby(ろうがい){労咳};と呼ばれる不治の病であることが分かった。
 最近は勉強をするのにも支障が出るほどの咳と喀血で、ベッドから動くことも辛そうだ。
 咳を止めるための薬を毎日のように処方しても、『比較的』調子が良くなったり悪くなったりを繰り返しているばかりで、全体的にはどんどん悪化しているのが良くわかった。
 「まったく、おくさまにはこまったものだな。あんなにさわぎたてられちゃあ、ホリィにもきこえちまうだろうに……びょうにんをふあんにさせてどうするんだか?」
 僕達のお世話役であるマギアナが、その光景を見て遠慮なく意見を述べた。まったくだ、僕は、母へ勉強を終えた報告をするためにここへ来たというのに、それも出来る雰囲気じゃない。
「ねえ、レニング……今のセリフ、お母さんに聞かれたら困るのは君じゃないの?」
「たかいかねをはらったおれを、すてることができるならやってみろってはなしさ。できやしないさ、あのババアはケチだからな。のうなしのくせにようきゅうだけはいちにんまえでよ」
 レニングは生意気な口をきいて笑う。彼はマギアナという種族のポケモンだ。どこかの遺跡から発掘された『ソウルハート』という代物と、『がいそうのぱーつ』を組み合わせて生まれた機械の体のポケモンで、腕も足も金属製の機械仕掛けで、球体関節人形のような関節で体を動かしている。胸に収納された赤と青のソウルハートが本体だとかで、それ以外のパーツは壊れても替えが利くとか豪語している。眠る時は下半身のスカートのような部分に体を収納して、ビリリダマか何かのように球体となって就寝する。
 戦えば、それはそれは強くて、命令にも忠実なポケモンだというのだけれど、レニングを見ている限りでは、強いという事実は否定しようがないのだけれど、あまり忠実とかそんな感じはしない。レニングを買い取って起動させたお父さんやお姉さんには忠実なんだけれど、僕の命令にはあまり従ってくれないし、母さんに至っては反抗的な態度が目立つ。
 なぜレニングの態度に家族間で格差があるのかについては、それは僕自身がよく知っている。姉さんは、とても勉強熱心で優秀だった。生まれてから十の年を数えるころには父親の仕事の手伝いもそつなくこなし、時には父親でさえ気づかないようなところにも注意深く目を向けられるような商才を発揮することもあった。
 それに対し、僕は集中力も無く、すぐに勉強に飽きてしまうため勉強の成果はなかなか出なかった。レニングは僕とよく遊んでくれるけれど、勉強に集中できなかった日は遊びにも付き合ってくれず、そういう時はレニングは一人で読書などをしながら過ごすのだ。
 姉は勉強熱心だからとレニングはご褒美として姉からの遊びの誘いは絶対に断ることはしなかったから、きっとそういうことなのだろう。レニングが母親の命令に従わずに、反抗的な態度をよくとるのも、昔の母さんは遊んでばかりだったせいだろう。
 いつも家にいないくらいに忙しく走り回っている父親と比べて、仕事らしい仕事をあまりしていないのが原因だろう。

 そして、レニングの頭が上がらない父さんは、誰もが認める名君だった。この家に婿養子として籍を入れてからというもの、街から失業者を瞬く間に消していった。甘やかされて育ったわがままな母さんも、父親はよく手懐け、父に対してだけはわがままを言わないように手綱をきちんと操っていた。そんな人だから、レニングは旦那様……僕たちにとっての父親には絶対に逆らうことはなかった。

「まったく、グラニスは役に立たないっていうのに、どうしてホリィが病気になるのよ……グラニスだったら全く問題なかったのに」
 医者への文句を言い終えた母親が、大きな足音を立てて不機嫌を堂々とアピールしながら言う。不治の病が僕じゃなくって悪かったな……まったく。
「……おい、ババア。グラニスにきこえているぞ」
 レニングがすぐさま注意をするも、母親はさらに怒りを増した様子で毛を逆立てる。
「聞こえたからって何だっていうのよ! あんな役立たず! 暇さえあれば楽譜にピアノに弄ってて! そんなことは音楽家にでもやらせてればいいのに!」
「……チィ」
 レニングは何も言い返さなかったが、力いっぱいの舌打ちで自身も怒りを堪えていることを母にアピールする。レニングは、僕の勉強への不真面目な態度を叱ることはあっても、出来の悪さを叱ることはなかった。だが、母親は容赦なく、こういう言葉を吐いてくる。
 僕は、母親の事は大嫌いだった。
「クソが、じぶんのすがたをかがみでみてからむすこをひはんしろっていうんだよ、こえふとったやくたたずのゴミめ」
「レニング、言い過ぎ」
「いいすぎなもんか。おやならこどもをあいしてやれっていうんだ。いいじゃねえか、おんがくか。たのしそうだっていうのによ」
 レニングは大きく、力いっぱいにため息をついた。
 僕が勉強に集中できないと遊んでくれないけれど、それでも僕のために真剣に怒ってくれるレニングの事は、僕は嫌いになれなかった。
「なんというか……きぶんをかえようか、ぐらにす。きょうはべんきょうがんばったことだし、おれとあそぼうか」
「ありがとう、グラニス」

 姉の病気が治らないまま時間は過ぎてゆき、姉が一か月以上家から出ることも出来ずにいたある日のこと、父親が出先で崖崩れに巻き込まれて谷底に落ちて死んだという報が届いた。
 僕は最初信じられなかったが、首にホウオウを象った首飾りを付けたエネコロロの死体を見た時、僕は容赦なく現実を突きつけられる。父さんの体は所々がぐしゃぐしゃに変形し、顔は見るも無残だっただけに布をかぶせられていて、見せてはもらえなかった。
 気づけば僕はレニングに抱えられながらベッドに寝かされるところで、どうにも血の気が引いて倒れたとのことだった。そのままベッドに移動しようとしたらしいが、僕はすぐに意識を取り戻したようだ。
 『だいじにならずにすんでよかった』と、レニングは優しい顔をしている。
「おまえのかあさんなぁ……いままでになくあれてるよ」
「だろうね」
「かあさん、もうひとりこどもをうむこともかんがえていて、最近はその……ちちおやとは、まいにちこづくりをしていたんだが……」
「そうなの? 子作りって、要するにあれだよね……父さんが母さんの後ろから抱き着いて……」
「そういうことだ。いえがひろいし、かべもぶあついからおとできづくこともできねえか」
 レニングは苦笑する。
「じゃあ、レニングは逆にどうして知ってるのさ?」
「ベッドのじゅんびとあとしまつはおれのやくめだったからな。まぁ、きはすすまないがだんなさまのめいれいにゃさからえねえし」
「……そう、それで、子作りする理由は?」
「ホリィがふじのやまいで、おまえさんはやくたたずだからってな、あたらしいこどもにのぞみをかけようとしたんだろうよ。おくさまは、だんなさまがつかれていてもかまいなしでなぁ……でも、それもできなくなっちまうわけだ。もう、ゆうしゅうなあねのかわりはつくれないって、わめきちらしてる。
 おまえも、いいたいみんぐできぜつしたな? あんなききぐるしい、クソババアのことばをきかずにすんだのはこううんだぜ」
 レニングは何とか僕を元気づけようとしてくれているみたいだけれど、全く励ましになっていない。
「あー……おくさまもなぁ。あいつのそういうたいどがむすこのやるきをよけいにそいでいるんだってきづけばいいのになぁ。いっしょうきづかないんだろうな、むすめのごきげんとりばかりかんがえているようなやつだし」
 そう言って、レニングは項垂れる。そして、何かを決心したように彼はまじめな顔で僕を見た。
「……びょうきがうつらないようにマスクしとけ、グラニス」
「なに、姉さんに会いにいくの?」
「そうだ……だいじなはなしがあるからな」
 レニングが何を企んでいるのかは知らないが、僕はおとなしく従い、口に布を巻いて咳の飛沫を吸い込まないように防護する。

「お姉ちゃん。調子はどう?」
 姉はエネコ。桃色の可愛らしい背中の体色や、エノコログサのような尻尾。糸のように細い目が特徴的なポケモンで、僕の進化前の姿だ。
「今日は大丈夫だよ。お勉強、終わったの?」
 お姉ちゃんは、進化すると体を維持できないらしい。肺が弱ってしまったお姉ちゃんは、体が成長したらさらに肺に負担がかかって呼吸ができなくなるとか。そのため、進化することも出来ずにいつもベッドの上。
「お薬は飲んだ?」
「飲んでないよ。もう、治らないならあんたなんていらないってな感じで、お母様は私に何も望んでいないもの……いっそすぐに死んでしまいたい」
「そんな……お薬飲まないって何考えているのさ!?」
「どうせ、治らないし……苦しむ以外に何もない人生なんて、早く終わらせたい」
 自棄になっているのか、お姉ちゃんの言葉はとてもとげとげしい。言い終えると姉さんは盛大に咳き込んで。血混じりの痰を吐いた。
「私が病気になってからというもの、お母さんは毎日医者に文句を言って、グラニスを罵倒して……しまいにはお父さんとよろしくやってるんでしょう? レニングから聞いたわ……頭の病気なんじゃないの?」
「まったくだな、おかあさんもりっぱなびょうきだぜ」
 饒舌な姉の言葉を聞きながら、レニングは賛同して苦笑する。
「……そういえば、グラニスは私と遊びに来てくれたの?」
「いや、お姉ちゃ遊べる状況じゃないし……その、レニングが話があるって」
 そう言って僕がレニングの方を見ると、レニングは頷いて話を始める。

「マギアナっていうのはなぁ、ハートスワップってわざをつかえるんだ」
 それは、戦闘中に使えば、相手と自分のすべての能力変化を入れ替える技だという。だが、使い方によっては二人の心と体を入れ替えることができ、互いの体を文字通り交換できると言う。
「その技を使うと、どうなるの? 僕がお母さんの体に入ることも出来るのかな?」
 僕が問うと、レニングはうんと頷いた。
「できる。だが、それはいちじてきなものだ。だから、ながつづきはしないから、グラニスがずっとおくさまのからだでせいかつするってことはない……だけれど、このわざはもうひとつ、じゅうようなつかいかたがある。
 おれのそばで……いや、マギアナのそばでしんだものは……マギアナがじしんのからだのなかにそのこころをハートスワップするんだ。これは、おれのいしじゃとめられない、マギアナというしゅぞくのからだにきざまれたほんのうてきなこうどうなんだ。
 するとどうなるかってはなしなんだが、おれのじんかくはきえてなくなり、しんだやつのじんかくがおれにやどる……おれも、むかしはせいいきをちょうさするしんかんだったんだ……せいいきってのは、いまではふしぎのダンジョンってよばれているばしょで……そこをちょうさするわけだから、ようするにおれのかつてのしょくぎょうは、いまでいうたんけんかだな。
 だが、ひざにやをうけてしまってな……そしたら、マギアナのめのまえでしんでこのざまだ」
「そんな話をいまするってことは……」
 姉は咳をしながらも黙って聞いている。すごく嫌な予感がするのは、きっと姉もだろう。
「マギアナは、ひとのきもちやたいちょうにびんかんなポケモンさ。だから、ホリィのからだがもうげんかいだってことがなんとなくわかるんだ」
 レニングは言い終えると、一呼吸置いた。
「おまえたちはどうするんだ? おれはなぁ、こうしてマギアナとしていきながらえちまったが……マギアナになったときにだれもきどうしてくれるやつがいなかったもんでな。なんじゅうねんもねむったまま、めざめたころにはつまもこどももとっくにしんでいて、もうまもるものもないからなぁ。だからむすめのかわりにホリィ……おまえをまもりたい、といいたいところだが、びょうきじゃまもるといってもどうにもならん。
 おれはやくそうのちしきもじしんがあったほうなんだが、ながいねんげつのうちに、むかしのいがくはすっかりひていされてるしなぁ……いやいや、ねんげつというのはおそろしいね」
「誰かが近くで死んだあとは、一度誰かが起動しないといけないの?」
「まあな。こえをかけるだけでいいんだが、ぎゃくにいえばこえさえかけられなければえいえんにめざめられないんだ。おれにこえをかけてくれたのはだんなさまだったからなぁ……いったいおれがしんだのはなんねんまえのはなしなのやら、それすらもわからないくらいにむかしのはなしさ。
 で、ここからがほんだい。もうホリィはながくない……で、どうするか? おれはね、まもるべきかぞくをもう、うしなっている……そのうえだんなさまもうしなったいまはもう、ホリィとグラニスをまもるしかやることがないんだ。
 だからホリィ……おまえはマギアナとなっていきるか、それともここでしぬか……ホリィ、おまえがじゆうにえらべ、マギアナのしゅくめいをせおっていきるかくごがあるのならな」
「自由にって……」
「もじどおり、じゆうだよ。おれはどのせんたくしもそんちょうするよ」
 レニングはそういってため息をつき、姉さんの方を見る。
「あと、ホリィ。くすりはのんどけ。じぶんがいつしんでもかまわないからって、いじをはるなよ、つらいだろ?」
 急速に病状が悪化している姉の事を想い、レニングは薬を姉に手渡した。どうにか病状がマジになればと、癒しの鈴を鳴らしてあげるが、それでも止まない咳のおかげで、姉さんは薬を飲むことすら難しそうだ。
「マギアナの、宿命って?」
「おれたちのきおくをうけついで、それをせおっていきていくことさ。たにんのじんせいのきおくをひきつぐんだ、いままでじょうしきとおもっていたかちかんがこわれて、じぶんがやってきたことをこうかいすることになるかもしれない。
 たとえば、せいぜんおとこがおんなをしいたげていいきになっていたやつが、おんなのきおくをうけついでじぶんのしたことをこうかいしたりとかな……おれのまえにマギアナだったやつのはなしさ。おれのふたつまえのマギアナがおんなだったんだよ。
 あんがい、ホリィもわるぎなくいっぱんしみんがふこうになることをてつだっていたりとか……。なんてのはなさそうだがな」
 はは、とレニングは苦笑する
「れ、レニング。変な脅しをかけるのはやめようよ?」
「たとえばなしさ。だいじょうぶ、ホリィはそこまでばかなまねをしているとはおもえないからな……ただ、おれのきおくをひきつぐってことは、おれのつまやむすめのかおもちしきとしておぼえてしまうし、そのまえのマギアナのきおくも、さらにそのまえのマギアナの……まぁ、そういうこと。
 そして、さいごにもうひとつ。じぶんがじぶんでいるためには、しんだばかりのしたいをみてはいけないってことだ。けんかがつよいこのからだだけれど、あいてをころしたらじぶんがじぶんでいられなくなるってことだ。だんなさまのように、しんでからじかんがたっていればもんだいないんだが……それらのしゅくめいをせおうじしんはあるかい?」
 そして、さいごにもうひとつ。じぶんがじぶんでいるためには、しんだばかりのしたいをみてはいけないってことだ。けんかがつよいこのからだだけれど、あいてをころしたらじぶんがじぶんでいられなくなるってことだ。だんなさまのように、しんでからじかんがたっていたり、ダンジョンにあらわれるこころをうしなったポケモンのしたいならもんだいないんだが……それらのしゅくめいをせおうじしんはあるかい?」
「大丈夫……」
 姉さんい咳の合間に、やっとのことで言う。
「そうか……こころのじゅんびができたらいってくれ。おれは、おまえをみとるじゅんびをする」
 レニングがやさしく話しかけるが、ホリィは咳き込むばかりで聞いているのやらいないのやら、わからなかった。
「せき、とまらないな……かわってやりたいくらいだ」
 言いながらレニングは彼女に癒しの鈴を聞かせ続ける。それでも、姉さんの咳は止まらず、見る見るうちに顔色が悪くなっている。癒しの鈴でも全く症状が改善しないあたり、やはり不治の病というだけのことはある。
「だいじょうぶってのは、マギアナになるかくごがあるってことか? それとも、このまましんでもだいじょうぶってことか?」
「わたし、マギアナになる」
 姉さんがとぎれとぎれの声で言う。
「あぁ、わかった。おれはおまえをみとるよ。しぬときはそばにいるよ」
 レニングが深く頷き、姉さんの頬を優しくなでる。


 数日後、姉さんはその後薬をあえて飲まずに過ごし、急速に病状を悪化させて死亡した。その際の母親は半狂乱になっており、『この家を守るためには優秀な嫁を迎え入れるしかない』と、お見合いの話に躍起になっているようだ。そのおかげで姉さんの死に目に立ち会うこともせず、最後の最後までふさわしい嫁がいないと愚痴っていた。今はそんなことを考えている場合じゃないが。近いうち、僕にお見合いの話が舞い込むかもしれない。
 姉さんが意識を失ってからも、レニングはしばらく癒しの鈴を鳴らし続けていたが、しかしそれもむなしく姉さんの呼吸は止まってしまう。
「あぁ、しんだ……グラニス、それじゃ……じつのむすめはさいこうにかわいかったが、おまえたちもおなじくらいかわいかったぜ」
 最後にそう言い残して、レニングは姉さんに覆いかぶさるように機能を停止する。レニングが姉さんの死を見届けると、マギアナの本能で彼女の魂をハートスワップで救い出し、自身のソウルハートの中に彼女の人格を組み込んでいく。
 マギアナはそうやって人格が上書きされて行く度に記憶も蓄積されてゆき、レニングや、それよりもずっと前の記憶まで、気の遠くなるほどに多くの記憶を重ねていくらしい。
「レニング? レニング? 大丈夫……?」
 僕が声をかけるとともに、レニングは……マギアナは起き上がる。レニングは少し戸惑った様子を見せたあと。
「これが、わたし……?」
 抑揚のない声で、姉さんの死体の前でレニングが戸惑っていた。すでに、マギアナの体の中に入っているのはレニングではなく姉さんになっているようだ。
「……姉さん、なの?」
 僕に問われると、姉さんはしばし自分の姿を眺めて戸惑った後に……
「うん、そういうことみたい。じぶんでもちょっといろいろしんじられないことばっかりだけれど」
 姉さんとはちょっと違う、抑揚のない声だけれど、確かに中身は姉さんのようだった。もしかしたらレニングが演技をしているだけかもしれないと思って、僕は姉さんと僕しか知らない質問をしてみるが、マギアナはそれを正確に答えてしまう。
 慣れ親しんだ姉さんがマギアナの中に入るという状況を軽く考えていた僕だが、こうしてみるとショックが割と強い。今までと全く違う姿、喋り方すら変わってしまった相手が、姉さんだなんて、にわかには信じがたい。
「よろこぶべきなのかはわからないけれど……このからだならびょうきにもならなそうだし、わたしのべんきょうのせいかをいかせるかも。グラニス、わたしはあなたのおてつだいさんとして、できるかぎりてきかくなしごとができるようにがんばるよ……」
「でも、姉さん。お母さんは、僕が仕事をすることを許さないと思うけれど……どうせ『お前には任せられない!』みたいな事を言って……」
「しんぱいすんな。おれがつよくすいせんすりゃなんとかなるさ。ねえさんがしんでから、グラニスのやつ、やるきだしたってな」
 僕が弱気な発言をすると突然レニングが現れる。
「あれ、レニング? 姉さんは?」
「レニングの、まねをしていただけだよ。にてた? ふふふ」
 姉さんはそう言ってくるくると踊るような仕草を見せる。
「……わすれてたなぁ、びょうきをしていないからだがどれだけかいてきかを……いままでずっとくるしくって、けんこうなときにどんなかんじだったかなんてわすれてたから……レニングがいなくなっちゃったのはざんねんだけれど……でも、いまのわたしなら、あなたのちからになれそう」
「姉さんは、お母さんにマギアナの体を貰って生き返ったことは言わないの? 生き返ったっていうべきなのか、表現が微妙だけれど……」
「どうかしらね? それがきちとでるかきょうとでるか、しょうじきわからないのがなんてんで……だからわたしは、とりあえずグラニスのしようにんとしてアドバイスをあたえるたちばとしてふるまうことにする。
 それでどうしようもなくなったらわたしがいきかえって……いや、てんせいしたことをかあさんにつたえるってかんじでどうかな?」
「母さん、頑固だからなぁ……生き返った、とは違うとはいえ、転生だなんて信じてくれるかどうか。でもどちらにしても……転生を信じたとしても、姉さんに商談の交渉とか任さられるかなって問題があるよね? その姿じゃ……その、商談をするにも……」
「そうだね、どちらにせよわたしにこうしょうをさせるわけにはいかないし……でも、それってつまりかあさんが、わたしのてがらをよこどりすることもあるってことかぁ……」
「あぁ、それありそう……」
「とりあえず、いまのかあさんだけじゃぜったいにしごとがまわらないのはたしかだし、そのときにわたしがグラニスにつきそっていろいろアドバイスするから……」
「うん、それがいいね……」
 思わず、普通に会話をしていたが、ふとこの部屋には一人死体が転がっていることを思い出した。魂は会話しているマギアナに宿っているが、先ほどまで姉さんの体はもう死体なのだ。気まずそうな顔をして姉さんの死体を見つめている僕に気づき、マギアナの体に宿った姉さんも気まずそうに苦笑した。
「と、とりあえず……死体を、片付けないと」
「うん、わたしはびょうきにならないから、したいのかたづけはわたしがやるよ……びょうきがうつっちゃったらいけないし……それと、おそうしきのときは……こころのなかだけでいいから、レニングのことをとむらってあげようよ。レニング、わたしのためにしんじゃったから……」
「うん……そうだね。マギアナが普通に喋っているから麻痺しちゃっているけれど、レニングはもう……いないんだよね」
 二人は姉さんの死体を見つめながらレニングの死を想う。何ともおかしな光景であったが、はた目にはそれが判るはずなく。姉さんの葬儀が行われた際には、二人の表情や仕草は姉さんに向けられた悲しみと信じてだれも疑わなかった。

 父親が死んでからというもの、母親は何とか仕事を回そうと、執事の協力も受けながら各方面の書類整理や現場の指揮など、様々な業務を取り行なおうとするのだが、今まだ怠けていたばかりの母親ではそれが務まるはずもなく、現場では働きにくいだとか、成果が出ないだとか、母は現場を知らないだとか、様々な不平不満が押し寄せていた。
 そのうえ、姉さんの死によって葬儀に手を取られていたため、そのしわ寄せは末端の方に伸し掛かり、それはそれは不満が溜まっていた。それを見かねて、僕が母親の手伝いを申し出た時、あまりの忙しさとたまり続けていた仕事と不満に音を上げたのか、意外なことに母親は僕が手伝うことを反論はしなかった。
 そこから、僕の株は目覚ましく上がっていく。もちろんそれは、マギアナの体の中に入り込んだ姉さんの采配によるものなのだが、それは公にされることなく僕の手柄ということで処理される。姉さんとしては少々不本意ではあるものの、しかし父が作り上げた巨大な商会を維持し続けることはもちろん、自分の代でさらに大きくすることが出来るのであれば、自分の姿形などどうでもよいと思っていた。
 父親はこの街に蔓延っていた失業者達の存在に大変心を痛めていて、それを自らの手腕で大幅に救済したという偉業を成し遂げている。姉さんも、そんな父の背中を追って、もっとこの街の市民に幸せを与えたいと思っていたし、このマギアナの体になってから、他人の考えている事が敏感に感じ取れるようになったため、仕事が上手くって現場の空気が良くなると、それが手に取るようにわかる。
 しかし、いくら失業者が減ったと言っても、裏通りには相変わらずホームレスもいるため、淀んだオーラが流れているのもわかってしまう。姉さんの目標は、その淀んだ空気も綺麗に澄んでいくような、豊かな町である。
 マギアナの体の自分なら、それも出来そうな気がすると、病気を克服した姉さんは生き生きとして自分の職務を全うしていた。

 一方、母親は……僕のあまりの変わりように、僕には家を任せることができないと高をくくっていた母親も認識を改めて、僕を持て囃し、褒めたたえるようになった。
 姉さんも僕も、そんな都合のいい母親の振る舞いを酷く嫌っていて、僕は母を嫌うあまり、甘える相手は最近もっぱら姉さんだ。
「ねぇ、姉さん」
「レニングとよびなさい、グラニス。だれがきいているかわからないんだから」
 姉さんは、それをあまり良く思っていないようで態度が厳しいのが残念だけれど……今の僕は姉さんを理解している唯一の男なんだから、少しくらい甘えさせてくれたっていいのになぁ。
 母さんは、今さらになって僕の事を甘やかすようになってくれたけれど、僕は昔無視されたりないがしろにされたことは忘れていない。そのことがあるせいで、僕は母さんのことを全く信用も信頼も出来ないし、受け入れることは出来なかった。
「姉さんは気にし過ぎだって。こんな他愛もない会話が聞こえるほど、うちの扉は薄くないでしょう?」
「それは、あなたがエネコロロだからだよ。ポケモンのかんかくはしゅによっておおきくちがうんだから、ゆだんしているときかれるおそれがあるよ?」
「そんなの知ってる。でも、ウチに耳が異常に良い種族なんていないでしょ?」
「そうだけれど……」
 僕は二人きりになるとカーテンを閉め切って、金属質の固く冷たい体であるマギアナであることも気にせず、マギアナの体に寄り添っている。こんなところを他の者に見せられたら大変だというのに、僕はそんなことも気にせずに自由奔放に姉さんに甘えた。
 父さんが死んで、母さんも信用できないし、執事たちは厳しいばかりで僕の気持ちなんてわかってくれない。
 姉さんだけが僕の気持ちを分かってくれるんだから……これぐらい甘えたっていいじゃあないか。

 そう思っていたある日のこと、姉さんの様子がおかしくなった。
「おい、グラニス。おまえ、さいきんべんきょうにみがはいってなさすぎだぜ?」
 ある日、姉さんはこのままではだめになってしまうと考えたのだろう、口調もレニングのように振舞うようにした。記憶をたどってこの口調を再現してみたが、レニングの記憶はマギアナの中に完全に刻まれているため、演技とは思えない再現度だ。
「え、レニング? お、お姉ちゃんじゃなくって?」
「ばかかおまえさんは? マギアナはな、いままでのじんかくのもちぬしのきおくはうけついでいるっていったろ? つまり、そのきになればこんなふうにじんかくをさいげんすることくらいよういなのさ。あー、おまえのねえさんな、ぐらにすがまじめにべんきょうするまでは、おまえにあまえさせるのはいやだっていってるぜ?
 っていうか、なんならおれよりまえにマギアナのからだをつかっていたやつのしゃべりかたをまねしてもいいんだぜ? それはもう、らんぼうもののじんかくだってさいげんできるんだぜぇ?」
 ホリィは、レニングの喋り方を真似ることで、僕が甘える隙も無い雰囲気を作り出す。姉らしく振舞えば振舞うほど僕が甘えようとしてくるならば、多少の無理はあってでもレニングの演技をしていた方が、僕に対してやんわり怒るよりもよっぽど効果的だって見抜いてしまったようだ。
 僕はこれが姉さんの予想以上に応えた。僕は姉さんと会話できないという状況を打破するために、勉強は以前よりもよっぽど熱心になった。それでも、物覚えが悪いあたり僕と姉さんの地頭の差を感じずにはいられなかったが……この勉強のおかげで僕も姉さん頼りきりでなくなればいいけれど。


 そうして姉さんは、僕が勉強を頑張った時はレニングの口調をやめて、他の使用人が来ないような時間帯のみ甘えることを許していた。そのおかげで、自分で言うのもなんだけれど、わがままだった僕の性格もだいぶ落ち着き。姉さんに頼りきりでなくとも、商談の一つや二つを行えるくらいには成長した。
 だが、そんな風に成長してもまだ、僕はあいも変わらず姉さんに対して甘えん坊だった。もう、結婚を考える年だと言われたけれど、なんだか……マギアナといると居心地が良すぎて、女性とかどうでもよくなってくる。
 僕の作る歌を褒めてくれる女性は多いけれど、レニングのようにピアノを一緒に弾ける女性なんていないし、楽譜の読み方だって知らない女性ばかりで……教えればいいじゃんと思うかもしれないけれど、音楽は弾くものじゃなくって聞くものだからと、歌すら歌わない人ばっかりじゃやる気も出ない。
「こんなんじゃ、よめのこうほにあきれられるだけだぞ? もうちょっと、あまえられるあいてとけっこんしたいだとか、そんなようきゅうはすてとけよ」
「もう、レニングは出てこなくていいから……姉さんだけにしてよ」
 父親を失ってから傾きつつあった街も、姉さんがマギアナの体に宿ってからというもの、再び順調に経済が流れていた。そのおかげで縁談もいくつか来たのだが、僕はえり好みが激しく、自分より小さい女性を受け入れようとしなかった。出来る事なら、自分より大きい女性。甘えられるような相手が欲しいと。
 エネコロロだった父親はむしろその逆で、相手に頼られたいからと、自分より小さなペルシアンを嫁にしたというのに、親子で好みが正反対に分かれるとは不思議なものだ。
 ともあれ、母さんはそういう縁談を見つけて来てはくれたのだが、それでも何度か断ってしまった。女性たちは皆、『家を継ぐのは女の仕事なのだから』と、男を軽く見ているし、僕の思いを軽視しているようでなんだか気に入らず。姉さんに(と言うべきか、レニングと言うべきか)『かんがえすぎだぜ』と言われても、僕はなんだか受け入れづらかった。


 そんなある日のこと。僕たちは遠くの街へと商談を行うべく移動していた。
 僕たちが移動手段に使っている車は、外装からして気品にあふれた高級品で、とても目立つ。街をまたいで移動するときなんかは、盗賊たちにとっては良い目印になったのだろう、崖を右手に走る僕たちの馬車が襲撃にあった。
 まず最初に、僕たちの車を引いていたオノノクスが氷漬けにされた。それによって、彼が戦闘不能になったのが盗賊の運の尽きであった。
 マギアナの特性はソウルハート。目の前で誰かが戦闘不能になれば、それが敵であろうと味方であろうと、無関係の一般市民であろうと特攻が上昇するという特性だ。目の前でオノノクスが戦闘不能になったことで、姉さんの特攻は図らずも上昇。
 崖の上から襲撃してきた盗賊たちに向けて波導弾を放ち、ケケンカニを叩き壊す。それによってケケンカニが戦闘不能になったことで、姉さんの特攻はさらに上昇し、盗賊にとってはどんどん手が付けられない状況に。
 一撃でケケンカニがやられたことに焦った盗賊たちが一気に崖から下りてきたり、遠距離技を放ってくるが、姉さんは丸くなって転がり、高速で攻撃を避けるとともに、相手が攻めあぐねているところに的確に攻撃を叩きこんでいく。
 僕は馬車から下りて、邪魔にならないように隅っこに寄っていくことしか出来ないが……あいつらに捕まって人質にされないように注意しなきゃ。
「くそったれが、死ねや!」
 あまりに攻撃が当たらないことにいら立ったのか、盗賊の一人が地震を放ち、姉さんを攻撃する。丸まっている間は周囲が見えていないため、そういう攻撃も効いてしまうかと思いきや、姉さんは地震の力が伝わる直前に跳躍して地震を避けると、空中から正確にマジカルシャインで攻撃する。
 それで見事に相手のハリテヤマを仕留めた姉さんだったが、空中で急に動きが悪くなる。
「あ、ダメ……!」
 なにがだめなのか、空中でバランスを失った彼女はそのまま糸が切れた操り人形のように地面に倒れ込んでしまった。
「やったか!?」
「わからん……というか、だれの攻撃が当たったんだ? みたところ……エネルギー切れか? こいつ、見たことないポケモンだが、というかポケモンなのか?」
「倒れたのは催眠術か何かじゃなくてか?」
 盗賊たちが口々に叫びながら遠巻きに姉さんのことを見る。
「レニング!? レニング!? どうしたの」
 僕は何も考えずにレニングに話しかけ、そして後悔した。トリデプスの死体が転がっている。
「なんだよ、なんかからだのちょうしが……」
 おそらくは、姉さんの攻撃で半死半生だったトリデプス。そいつが、さらに地震を受けて死んでしまったのだろう。すでにマギアナの体は姉さんのものではなく、名前も知らない盗賊のものとなっていた。
「くそ、あの鉄くず野郎、起きやがったぞ! やるぞ!」
 そうとも知らず、盗賊たちはマギアナの体を姉さんだと思いこみ、攻撃する。
「ばか、やめろ。おれだ、いまこのからだはキル……」
 何かを言い終える前に、マギアナの体は吹き飛ばされる。
「おら、このまま落ちちまいな!」
 青い目のライチュウが、サイコキネシスで姉さんの体を崖下に放り出す。
「あ、ね、姉さん……」
 その瞬間、僕はすべてが終わってしまった事を察する。
 姉さんの体、というよりは、マギアナの体はとても丈夫だし、替えのパーツならば家にいくつもある。だから、崖から落ちたくらいではマギアナは壊れない。けれど、その体の中にもう姉さんはいない。姉さんがいなければ、せっかく立て直した僕たちの街ももう破滅に向かうしかないだろう。
 なにより、僕が一番大事にしている姉さんが死んでしまったら、僕はもう何を心のよりどころにしていけばいいのか分からない。
「さぁ、あとはこのガキだ。俺たちの仲間をやりやがって! 身ぐるみ剥いだら身代金もいらねぇ! ボロ雑巾のように捨てちまうぞ!」
 僕に向けて、悪意の塊のような殺気が飛んでくる。気づけば僕は攻撃を喰らい、空中に放り出されたまま崖下に落ちていく。何度も何度も岩肌に体をぶつけ、痛みで頭が真っ白になる中、僕が最後に見た光景は。
「なんだよ……このからだなら、なんでもやりなおせそうなのによ。あいつら、おれだってことにもきづかないで……いや、そんなことより……おまえ、おれのからだのまえのもちぬしに、ずいぶんとだいじにされたんだなぁ……かねもってることよりも、そのほうがよっぽどうらやましいぜ……
 あーあ……おれもおやにあいされてりゃあなぁ。いまのおまえさんのまちでなら、はたらいていきていくせんたくしもあったのかねぇ……」
 四肢がもげて愚痴を流すことしか出来ないマギアナの姿であった。
「あんたのねえさんやしようにんのきおくがながれこんでくるよ。まえからかねもちってな、いけすかねえやつだとおもったが、かんがえをかえるわ……まぁ、おまえのかあさんはろくでもないかんじみたいだがな」
 痛みと出血で頭が真っ白になってく中、マギアナの中に入った誰かは、姉さんやレニングの記憶をきっちりと受け継いで今の状況を正確に把握するとともに、今の僕が住んでいる街の状況までもきちんと把握しているようだった。
 それを知って何を思っているのかはわからないが、粗暴に見えた盗賊たちも、育ちがまともならばもしかしたら普通に付き合うことも出来ていたのかもしれないと、消えていく意識の中で僕は感じていた。
「おまえもうすぐ、しんじまうのか? くそ、せっかく、こんなからだをてにいれたってのに、しあわせになることもできねえのかよ……しぬんじゃねえよ……グラニス、だよな? おい、しぬな……くっそ、ここでおまえがしんだら、せっかくの……」
 反応を返せなかった僕の前で、恐らくはトリデプスであった者が延々と愚痴っている。

 ◇

 ようやく僕が意識を失って眠るように死んでしまったとき、気づいたらそこには、黄色い頭の小さなポケモンがふわふわと浮かんでいた。
 その時、僕は知る。あのトリデプスの盗賊の名前が『キルシュ』という名前であること。キルシュは、娼婦だった親から生まれて、愛されずに生きて、ある日ゴミを漁るために街を歩いていたら食事をご馳走されたが、その時に性的虐待を受けたこと。泣きながら家に帰ったら、『そりゃいいことを聞いた』と、母親に男娼として働くことを強要されたこと。成長して進化したら、家を飛び出し街で男娼をやるが、その金はすべて自分のために使ったこと。
 年を重ねるごとに客の入りが悪くなり、だんだんと金に困ったこと。それが原因で、盗賊に身を落としたこと。姉さんがどれだけ苦しみながらこの世を去ったか。子供や妻を持つということがどれだけ素晴らしいか。そして、戦いの高揚感や恐怖。かつて女性がどれだけ差別されていたか。昔の常識とされていたものが、今はどれだけ否定されているか。かつては肺の病に効果があると思われていた薬草が、僕が生きていた時代では全く効果がないと言われていたこと。
 そういったものを、体験しているわけでも無いのに覚えている。
 それに違和感を覚えず、すんなりと受け入れてしまっている事が自分でも訳が分からない。この体が自分の体ではなく、マギアナのものであることは、すぐに理解してしまった。マギアナになるということはこういうことなのだ。知りたくないこともしってしまう。レニングや姉さんが僕が一人で致してるところを見ていたとか、そういう知られたくないことがばれていたことも。
 そして、僕が死んでからどれだけの時間が経ったかもわからない。僕たちの町がどうなったのかもわからない……遠い未来の時代に放り投げられて、僕はこれからどうすればいいのか、さっぱりわからない。
 だけれど、この状況にも見覚えがある。かつてのレニングも、そうだったから。わけもわからず目覚めさせられて、目の前の者に忠誠を誓うようにと、本能で刻み込まれているのか、従うようになってしまうのだ。
「おはようございます……と、言っても今は昼頃なのですが……と言っても地下じゃ時間の感覚もわかりませんかね?」
 しばらく、状況を整理するために、無言で周囲を見回してみる。そうしているうちに、僕は『誰かに仕えたい』、『誰か傷ついている者を癒してあげたい』という欲求にかられる。あぁ、あの時と同じだ……レニングが目覚めて、僕の父親を見たときと同じ。目の前の相手に、仕えたくなるような……
 こんなこと、エネコロロの体で生きているときに思ったことなんてないし、むしろ生きていた頃の僕は、誰かに仕えてもらう立場だったのに、どうしてと疑問に思っても、その衝動は消えない。そして、小さなポケモンの後ろにいる金ピカの女性がひどく沈んだ様子なのを敏感に感じ取ってしまった僕は……
「どうしたの? だいじょうぶ?」

 本能的に心が弱った彼女にすり寄ってしまう。いやだ、自分が自分じゃなくなっちゃう。こんな、見ず知らずの誰かなんて知らない、知りたくもない……なんて、思うこともできない。
 あぁ、このからだがレニングのものだったときとおなじだ。じぶんはマギアナになんてなりたくないのに、マギアナとしてふるまわずにはいられない。

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**あとがき [#4jiVcfV]
**あとがき [#nPInd9r]
今回の大会では、4票もいただきましてとてもありがたく思います。正直今回は0票も覚悟していまして……
さて、今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]でしたね。今回のお話は、[[とある長編>FAMILY]]の主要人物の前日談となります。そのため、このお話だけで完結させるのには少し苦労しました。最後の金ピカのポケモンは、とあるジャラランガなのですよ。
そのため、今回の作品について語ることはあまりないのですが……
マギアナって、特性がものすごく戦争向きですよね。敵でも味方でも、戦闘不能になったら特攻が上がる特性です。ゲームでは民間人は存在しませんが、おそらくは民間人であっても重傷を負ったり死んだりすれば、特攻が上昇するでしょう。
そんなポケモンを戦場に投入すれば大活躍間違いなしなのですが……映画を見る限り、平和のために作られたポケモンであるはずのマギアナが戦場に投入されて虐殺を行うなどあってはならないことです。
おそらく、マギアナの製作者は、誰かを守るためにソウルハートの特性を利用することはあっても、侵略のためにソウルハートを使わせないように何らかの安全装置を用意していたはず。無論、相手の気持ちに敏感なポケモンが、戦争で虐殺を行うかと言えばもちろん答えはNOですが、そんなものは人質さえとってしまえばどうにかなる可能性もありますし。
そのため、この物語では、死体を見ると自動でハートスワップしてしまう、という形で安全装置としています。これは、建前上では人類の知恵を保存するため、とか多くの人間の心に寄り添うために、いろんな人格や記憶を集める必要があった、等の理由がありますが、隠された理由として、『戦争に参加させないため』という理由のための性質です。
敵を殺すたびにハートスワップしてしまったら、それはもう使い物になりませんからね。そして、人格が変わってしまえば人質を取っても台無し、と。
そんなわけで、今回のような設定となりました。
ポケダンではまだ実装されていないポケモンですが、実装されたら凶悪な性能になるのでしょうかね……ダンジョンでは基本的に見方がやられたらいけないですが、味方が敵を倒しても有効なので、やはり凶悪な性能になりそうな予感です。

**個別コメントへの返信 [#iSzIvul]
**個別コメントへの返信 [#9AWwLAM]
>ソウルハートの解釈、儚く淡々と進む人格の交代、綺麗! (2018/10/13(土) 00:50)
いかに相手の気持ちに敏感なポケモンでも、人の考え方はそれぞれ。こうして人格を交代することで、正解となる選択肢を探すのです。

>今まで依存しっぱなしだったグラニスがマギアナに精神が移って強制的に自立させられるとはなんとも
残されたママは…まあ自業自得ですな (2018/10/13(土) 20:03)
自立しても、結局は誰かのために尽くさなければならない。しかもそれに違和感を覚えることも難しい。とっても怖い状況なのです。

>少し恐ろしくも引き込まれるお話でした。
(2018/10/14(日) 14:28)
読んでいただきありがとうございました。

>救いのない結末でしたが、設定に工夫が凝らされていて楽しめました。心を理解するマギアナをこのように解釈するとは。男性キャラのマギアナもいいものですねw
(2018/10/14(日) 20:24)
マギアナはフレンドガードのような特性でもいいのに、あんなに攻撃的な特性では、いざという時に悲劇的結末を巻き起こす可能性があるので、ああいったセーフティーが必要なのです。


**コメント [#KTomUhB]
**コメント [#VxdDZC0]
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