ポケモン小説wiki
おおきなネッコ の変更点


#include(第十五回短編小説大会情報窓,notitle)

 ※微エロ作品です。直接の描写はありませんが、エロを匂わせる表現があります。
 ※ポケモンが道具などを使う場面があります。
 ※高温に熱したものを素手で触れる描写がありますが、主人公が炎ポケモンだから可能なことです。真似をする時は適切な器具をお使いください。



「こんちわガオガエンさん。最近すっかり寒くなったッスねぇ」
「おー、ヤナッキーさん毎度ご苦労さん。草ポケのあんたにゃこの寒さはキツいだろ。早よこっちきて暖まっとけ」
 寒風に霞を吐き散らした隣人の挨拶は、カタカタと混乱したギアルのように打ち鳴らされる歯音に紛れていた。気の毒に思って懐を開けると、凍えた緑の腕が俺の腰を巻く炎に寄せられる。雄2匹で寄り添い歩くこんな光景、女房に見られたら変な誤解をされそうだ。いやうちの女房の場合、誤解したところで修羅場にはならずに腐った方向のからかい方をしてくるんだろうが。
 ガサリ、と揺れる音に目を向けると、ヤナッキーは背負った竹籠に色違いのラッキーを詰めて運んでいた。
「また仰山採れたなぁ」
「へへ、おかげさんで大豊作ッス。良かったらまた持ってくッスか? いつも通り、お代はいらないッスよ」
 もちろんそれはラッキーではなく、そうと見紛うほどに隆々と実った数本の根菜だった。
 菜の花にも似た長い葉茎と、&ruby(スズシロ){清白};とも呼ばれる青白く肥大した根。まぁいわゆる冬の味覚、大根である。
 菜園を営んでいるヤナッキーは、古馴染みのよしみで大量に収穫した野菜を度々俺にお裾分けしてくれるのである。大根はマジで豊作らしく、つい先週も大量にもらったばかりだった。
「いつもありがとよ。けどなぁ、先週の奴がまだ残ってるもんでよ」
「そうッスかー。大根は根は日持ちするからいいッスけど、葉っぱは早めに切り取って食っちまってくださいよ」
「おう。もらった日の内に切り分けて、葉っぱの方は湯がくなり炒めるなりして食い尽くしてるよ」
「それは良かったッス。根っこも鍋や煮物にすればこの季節には暖まって丁度いいし、千切りやおろしにすればツマにもなるし、漬け物や切り干しにするって手もあるんッスから、あっという間に食い尽くせると思うんッスがねぇ?」
「あー、問題はそこなんよ」
「というと?」
 額から前方に突き出る葉っぱの髪を傾げたヤナッキーに、俺は肩を竦めて見せた。
「ちょいと言い辛ぇんだがな。いや、俺はあんたんとこの大根は大好物なんよ? ただ、女房がなぁ……」
「オーダイルさんが?」
「あぁ」
 ふぅぅーー……と溜息を火炎放射しつつ、俺は答える。

「あいつ、大根の青臭さと、煮た時の歯触りが大の苦手なんだとさ」

 ■

 サファイアの鱗に薔薇色の鶏冠、頬までスッパリと割った唇を陽気に吊り上げた笑顔が眩しい快活なオーダイルの雌と、出会ってから半年ほどのスッタモンダの挙げ句、んじゃあいっそ一緒に暮らしちまえ、と酒に酔った勢いで宣言し合って有言実行を果たしたのはつい昨秋の話。タマゴもできない関係だが、後悔はない。
 俺の方が器用で火が使えたり爪で食材が切れたりできるので、食事の支度はもっぱら俺が勤めている。元々料理は好きだし、女房の舌にあった料理が作れて喜んでくれると俺も嬉しいのでそのこと自体には文句はない。が、時折見せる彼女の偏食ぶりには、悩みの種が芽吹き通しで眠れぬ夜を過ごす有様だった。
「はい、これあんたの」
 先制の爪でもつけてんのかと思えるほどの手際で、オーダイルが鍋の中身を器に盛ってよこす。差し出された中には細切りにしてお粥に混ぜていた大根ばかりがこんもりと。煮えて蕩けた米粒と混沌に絡み合った具材の内、大根の根だけが残さず丁寧によそわれていた。繰り返すが、俺の方が器用だから、料理を任されていた――はずなんだがな。
「こんな細かく切った大根だけ、よく全部取り出せたもんだなぁ」
「あたしだってやる気になればできるのよ!」
「威張んな誉めてねぇ! 苦手なもん食わんためにそこまでするか!? 米と一緒にトロトロに煮込んで中心まで出汁が染み込んでっから大根の味なんざほとんどしねーよ。ひと口でいいから食って見ろよ!!」
「やーよ。グチャグチャしてて気持ち悪いもん」
 大根菜やシメジなどに彩られたホカホカのお粥を大顎にかっこんで嚥下しつつプイッとソッポを向くオーダイル。拗ねた横顔も見惚れるほど可愛いくて堪らんが、これなら大根嫌いな女房でも食えるだろうと一所懸命こさえた努力を無下にされるのも堪らない。
「細切りでも生なら普通に食えるくせによぉ」
「あれはシャッキリと噛み切れるからいいの。半端に煮られると噛んだ時に出てくる汁が青臭いし、煮すぎると歯応えが最悪だし」
「青い身体してるくせに青臭いのが苦手ってどうなんよ?」
「水ポケモンだから草の風味が強いのがダメなのよ!」
 タイプ相性が悪いから嫌いなのかよ。俺はお前が大好きなんだがな――とか気の利いたことは小っ恥ずかしいから口にせず、仕方なく黙々と大根ばかりのお粥を口にする。ヤナッキーが愛情を込めて育てた大根はホロッと口の中で蕩け、昆布をじっくりと煮出した出汁の旨味が熱く迸った。はふぅ、美味い。この美味さを女房と分かち合う幸せを味わいたいんだが。どうしたもんやら。
「ちょっと、生の大根ひと欠けちょうだい」
 要求されたので、白くて太いのを一本持ちだし手刀で拳大ほどに切り落とす。
「こんなもんでいいのか?」
「あんがと。いっそおろして徹底的にグチャグチャにした方が、歯触り気にしなくていいから食べられるのよねー」
 とオーダイルは、右手で掴んだ大根を左手の甲に擦り付けて鍋の中に摺り下ろしていった。硬くザラツいたサファイアの鱗はまさしく天然のおろし金で、淡雪へと姿を変えられた大根がお粥へと降り注いでは琥珀色に染まっていく。鍋に軽く火をかけて暖め器に取って渡してやると、オーダイルは開いた顎へとそれを流し込んだ。
「ほん、やっぱこれなら美味しく食えるわ! 今度から大根暖めるときは全部おろしたのにしてよ。おろすのはあたしがやっからさ」
 なるほど、みぞれ鍋という道はアリらしい。ようやく念願叶って同じ味を分かち合えたわけだが、しかしそればっかになるってのも早々に飽きがきそうだし、大根抜きのメニューを間に挟んでいくしかないか……まだまだ何本も残ってんだがなぁ。
「ねぇ、あんたも食うならおろすよ?」
 まだ残っていた大根の塊を見せてオーダイルが言う。
「おう。頼むわ」
「へへ、どこでおろしてあげよっか? リクエストどうぞ」
 などといいながら、彼女は上体をそらして足を開き、大根の切断面を腹に突きつけて見せてきた。おいおい。
「んなサービスいらんわ! 普通に手の甲でおろせや色々とヤバいだろーが!」
「はいはい」
 路地裏のペルシアンを連想させる小悪魔めいた笑みをニヤニヤと浮かべながら、オーダイルは左手を下に向けて開き、その上で大根をおろし始めた。
 先ほどと違い左手を傾けていないので、おろした大根はそのまま彼女の手の甲に残り盛り上がっていく。そして、
「ほれ」
 こともあろうに、言うに事欠いて、甲に大根おろしを乗せた左手が、そのまま俺へと突き出された。
「手の甲でおろしたのがいいんでしょ? さっさとお上がりよ」
 ……ったく、一体こいつは俺のことを何だと思ってんだ?
 シて欲しいことをズバリ見透かしやがって。仕方ねーなぁ。渋々言われるがままに姫の手を取り、その甲に口づける。
 ピチャピチャと舌を鳴らしては、淡い味わいのみぞれ雪を舐め啜る。その下の鱗ごと丹念に。それぞれにザラツいた鱗と舌とが擦れ合って唾液を泡立てる。
 乗っていた物をすべて舐め尽くしても、しゃぶり続ける口を止めなかった。甲だけでは飽きたらず指先を一本一本咥えては舌を転がす。指を押し開いて付け根ににマズルを突っ込み、クンニのように指の股を舐め回す。女房の手がビクンビクンともがくように躍ったが、放してなんかやらなかった。反転させて今度は掌へ、そして手首へと舌を這わせていく。掌が俺の顔を撫でてベトツいた粘液を顔に擦り付けてきたので、お返しにとゴロゴロ鳴る喉を擦り寄せて力の限り甘え倒した。
「なー……おろさん大根も食ってくれね? 愛情込めて煮込むからさー」
 甘えついでに猫撫で声で懇願するも、
「やー」
 と、素気なく却下される。
「俺の熱いモノだと思ってかぶりついてくれりゃいいのによー」
「いやあんたの唐辛子だし」
「てめぇ夫のを唐辛子サイズたぁどういう了見だゴルァ!!」
「刺激的だって言ってんのよ。フニャフニャな大根なんかと違ってね」
 囁きと共に、熱のこもった息吹がうなじをくすぐる。悪戯な彼女の右手が、俺のベルトの下へと伸びた。
 ふん、そんなあからさまな誘惑、誰に効くか。
 俺にだよ。効果は抜群だ。
「ほおぉ、だったらそのホットな唐辛子で、下の口にヒーヒー言わせたる!!」
「あんっ」
 可愛い悲鳴を上げた女房を押し倒し、自らの炎が燃え尽きるのも覚悟で、俺はサファイアの海へとダイビングした。

 ■

「そんくらいで勘弁してくれッス! 惚気が熱々過ぎて焼け死にそうっすよ!」
 我に返ると、脇で草猿がすっかり茹で上がっていた。
 しまった、調子に乗っていらんことまで語りすぎたか。
「何だよ聞いてたのか。どスケベめ」
「思いっきり聞かせといて何を言ってるッスか!? あんた、眠れぬ夜を過ごしてんのは悩みの種が発芽してるからじゃなくって、夜毎寝床で励んでるからじゃないんスか!?」
「てめぇさては覗いてやがったな!?」
「濡れ衣ッスよ! つーかそっちは図星なんスね!?」
 いかん、掘った墓穴の深度が地球を貫通する勢いで増すばかりだ。
「ともあれそんなわけでだ。とりあえず今んところはみぞれ鍋でどうにかなってるものの、他の調理じゃ大根を食ってくれん以上、大根の消費ペースを減らして別のもんを使うしかねーのよ。細切りのサラダなら食ってくれるものの、こんな季節だ。なるべく暖かいもんを食わしてやりたいしなぁ……料理に不満が出ると夫婦生活が拗れる原因になりかねんし、困ったもんだわ」
「話聞く限り当分は拗れる心配もなさそうッスけどねぇ……ま、常に緊張を保っておくのも大切っていうッスかんね」
 前髪を縦に素振りして納得した様子を見せながらも、ヤナッキーは続ける。
「けんど、やっぱ夫婦生活向上のためにも、ますます大根はたっぷり食わせてやることをお勧めするッスよ。大きな根っ子の根菜は、取ると搾精能力が上がるとか言うッスし」
「マジかよそんな効力初めて聞いたわ!? つーてもなぁ、現におろさなきゃ、味噌で煮込んでもカレーに入れてもお粥に混ぜても食ってくれんわけで、おろしだけじゃパターンにも限度ってもんがあっからなぁ……」
「歯触りの好みが問題なんッスよね。青臭さも問題とか言ってたけど、生の細切りなら食えるんッスから結局問題はそこッス。他の野菜でもよくある話ッスよ。まるまんまじゃ食感が悪くて苦手でも、切り刻んだり潰したりして食感を変えたら大好物なんてのは」
「あー、トマトはソースでしか食えん奴とか、キュウリは細切りじゃなきゃダメな奴とかいるなぁ」
「ま、そんだけ好みのポイントがハッキリしてんならやりようはあるッス」
「あんのか!?」
「はい」
 事も無げに頷いて、ヤナッキーは言った。

「煮て食えないんなら、焼いちまえばいいんッスよ」

「焼くぅ!? 大根をかよ!?」
「はい。大根ステーキッス。あれならきっと奥さんも食べられるッスよ」
 大根を加熱して食う方法なんて、煮物にしろ鍋にしろ粥にしろ、湯で煮ることしか考えていなかった俺には割と衝撃だった。
「しかし焼いて食って美味いもんなんかあれ……!? 水分が多いから中まで焼ききれずに、青臭い汁が残って不評を買いそうな気しかしねーんだが……?」
「ただ焼くだけじゃダメッス。コツがあるんスよ。教えとくんで、今晩にでも奥さんに熱々の大根ステーキを齧ってもらうといいッス」
 何であれレパートリーが増えるなら越したことはあるまいと、俺はヤナッキーの言葉に黒い耳を傾けた。



 手刀一閃、大きな根っ子を輪切りに寸断し、そのひとつひとつを爪で厚めに皮剥きして純白の円盤を切り出していく。切り取った皮はよく洗って細切りにし付け合わせのサラダへ。大根はほとんど捨てるところがない。
 まな板に並べた円盤の表面に、乱れ引っかきを炸裂させて格子状の傷を刻みつける。
『下拵えに、輪切りにした大根の表裏を軽く切り刻んでおくんス。こうすることで中まで火が通るし、歯触りも良くなるッスよ』
 ヤナッキーの言葉を思い出しながら、俺は準備の整った大根を、水の波打つ鍋へと投入し火を浴びせた。
『もちろん大根に一番合った加熱方法は茹でることッス。焼くときだって一緒ッスよ。じっくりと下茹でした後で焼くことで、青臭さが抜けるんス』
 炙り続けること十数分、ボコボコと泡が踊る鍋から大根をひと掬いして確かめる。熱く茹で上がって湯気を立たせるそれは、宝玉のように淡く透き通っていた。頃合いか。
『茹で上がったら余分な水気をしっかり拭き取った後で、大火力で一気に焼き上げるッス。焦げ色が付いたところで味付けをして、仕上げに炙ったら出来上がりッスよ』
 教わった通りに水気を切り、油を塗った鉄板の上に大根を並べる。余熱してあった鉄板に熱せられて、残っていた水気が油と弾け合いジャアアアッ! と歓声を上げたところで、俺はベルトの炎に力を集中させ、橙色の轟炎を吹き上げた。放たれた轟炎は5条に広がり、鉄板へと襲いかかる。大文字!
 ジュアアアアァァァァッ!! 油がスコールの雨音を奏で、半透明の大根が飴色に染まっていく。ひっくり返して再度の大文字。女房が嫌う青臭さを、跡形もなく焼き払うように。
 表面に刻んだ格子傷に小麦色の焦げ目が現れるのを見計らい、オーダイルにおろしてもらっておいたニンニクを醤油と酒で溶いたタレを回しかける。香ばしい匂いが鉄板上に溢れた。
 後は仕上げの一撃。全力全開の超高熱で、タレの風味を大根に焼き付ける。
 腕を胸の前で交差し、大きく回して腰だめの姿勢から、前に突き出して再度交差。
 両手を燃え立つ炎へと変えて立ち昇らせ、天を突いた右手の肘を左手で支え、花火の如く開いた右の掌を標的へと振り下ろす――炎のゼンリョクポーズ。
 ひとりでZ技? 違うね。
 女房への愛情を込めてに、決まってんだろーが!!
「ダイナミック・フルフレイム!!」
 ドグワアアアアアアァァァァンッ!!
 極大の爆炎が、調理台の上に炸裂した。
 朦々と霞が立ちこめる中に手を伸ばす。もちろん食材を炭化させるようなヘマはしてない。ちゃんと適温で炙るように技を放っている。
 果たして掴み取った円盤は、火の色を写し取ったかの如く橙色に輝いていた。
 漂う濃密な芳香に食欲をそそられる。どれ、ひとつ味見してやろう。
 涎の滾る牙を剥き、焼けた大根にかぶりついた。

 ■

 ショリッ!
 小気味よい音色を響かせて、白い牙に大根ステーキが齧り取られる。
「はぐ、ほぐ……ん、美味ぁい! 何コレ、大根じゃなくて山芋かなんかを焼いた奴じゃないの!? 歯応えも気持ちいいし、コレならいくらでも入るわ!!」
 大顎をリズミカルに踊らせて、満足そうに笑うオーダイルの様子に、俺も胸を撫で下ろした。苦心した甲斐はあったようだ。サンクスヤナッキー。
「だろー。で、これアレンジなんだがよ、こっちは味噌ダレつけた上から胡桃を砕いたのをまぶして焼いた奴で、こっちが……」
「わは、かかってんのこれミルタンクチーズ? トロットロに蕩けてて見るからに美味しそー」
 最早勧めるまでもなく、蒼い手が大根ステーキを皿から引ったくった。
「うんうん、どっちもいいね! 味噌焼きのは胡桃がコリコリしてて香ばしさが増してるし、チーズもこってりとした旨味が焼いた醤油と合っててますます味わいが深まってる」
「卵焼きを乗せたりとか、パンに挟んでハンバーガーみたくするのもいいかもな」
「それも食べてみたい! 今度作ってよ!」
 想定以上の大好評だ。元々有効だったみぞれ鍋と組み合わせれば毎日大根を違った料理で出せる。ストックが尽きるのもあっという間だろう。またヤナッキーに貰ってこなくちゃならんな。
「ありがとね。あたしすっかり大根が好きになっちゃった。すぐにでも食べたいなぁ」
「おいおい勘弁してくれよ。大文字とZ技の連戦連発でもうPP切れだぜ。また明日食わせてやっから――」
「バカね」
 オーダイルの紅い瞳が、熱に触れたチーズのようにトロリと蕩けて俺に注がれる。

「食べたいのは、唐辛子の味したあ・ん・たの大根よ」

 ……どうやら、俺は唐辛子から大根に進化したらしい。
 搾精能力を上げるという大根の効能、早速確かめさせてもらうとしよう。
 この先当分は、俺の眠れぬ夜は続きそうだ。

 ■大団円■


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