「や――やめたげてよぉ!!」
耐えきれなくなったバオッキーが、職人然としたキメ顔から一転して悲鳴をあげた。バランスを崩して丸椅子からずり落ちそうになり、なんとかカウンターにしがみつく。シェードジャングルのひみつきちバーは私語OKだが、それにしても騒ぎすぎだ。だが、今日ばかりはマスターのヤレユータンも黙ってヤシの実カップを磨くだけ。天井近くに吊るされたツタのブランコに座ったマシェードが、静かに笑って暖かな間接照明の胞子を振りまいた。
ボソボソしたナレーションをこなし草笛で主題歌を吹き始めていたヤナッキーが、口につけていた葉を戻し意外そうな顔をした。カウンターの隣に座るバオッキーをからかいながら、竹のストローでパイル酒をすする。
「なんだよー、語尾に(笑)とか付けてノリノリだったじゃん」
「悪意が! 後半悪意があったから! それと言っておくけど主題歌、地◯の星はプロ◯ェクトXのだからね。統一してよ」
「そっちはタイトルロゴ真似しづらかったからプ◻︎フェッショナルの方に」
「アッそれもだヤナ、伏せ字の図形と位置にも気をつけて? もうそれだいたい読めちゃってるし」
「バオのツッコミはいちいち長げぇんだよな……キレがないというか、キモオタ独特の喋り方というか」
「うるせ〜〜〜ッどうせ僕はもともと根暗のヒキニートだよ! なんの手違いか種族代表に選ばれちゃったからいい顔したくてシッポウのカフェにきのみ届けてるけど怖くて人間と会話なんてできないよ! 話盛ってきのみを子供たちに分けてるなんて言ったけどあれウソですチクショウ君たち以外友達いないからツッコミなんて知らね〜〜〜〜〜ッ」
「はいはい」
飲む福祉おかわり! とバオッキーが叫ぶと、すぐにマスターが新しいカップを差し出してくる。ストロングZER◯パイル味を一気に半分あおって、バオッキーがグロッキーな顔を持ち上げた。もう酔いはだいぶ来ている。
「僕だってがんばったんだよォ〜っ、ちょっとくらい優勝させてくれよおぉ〜〜〜ッ……」
「不遇ほのおタイプ選手権ならあるいは」
「オウケイ1発殴らせて」
振り上げた拳に、バオッキーが炎を纏わせる。フラフラして危なげな腕が、おいおい冗談だろ、とぎょっとするヤナッキーめがけて倒れこみ――バオッキーの背後から大量の水がぶっかけられた。
「あばばばばべばば」
「あんた酔いすぎよ。頭冷やしなさい」
「……ずみませんべした」
ホースの尻尾を握ったヒヤッキーが、興味なさげにもう片手でスマホをいじっていた。最新型のiPhone
・(もちろん防水機能完備だ)の液晶を細い指先が滑る。検索に時間がかかっているらしく、画面中央で進捗インジケーターをぐるぐるとなぞる。しばらくして薄眼を開き表示結果をながめると、さもありなんと画面をバオッキーに傾けた。
「でもたしかにバオがやさぐれるのも分かるわ。総選挙以降にwikiへ投稿された作品で、バオッキーが登場するのはコレが初めてみたいね。そもそもバオッキーで全文検索してヒットしたのが12件だけよ。そのうち同じ作者さんが浅ましい自慰行為の喩えに使ったのが3件。ほかにはメッタ刺しで殺されていたのもあったわ。で、主人公格の扱いはひとつもなし、と」
「おっとヒヤ姉さんクールな顔してメタ発言がドぎついよ? 嫌いな人おおいからやめようね。……しかしなんだよ、wikiの住民からはもともとそんな扱いだし、最下位になっても話題にすら上がってない……それは改めてショックだな」
肩を落とすバオッキーに、呆れたヒヤッキーがスマホ画面に目を戻す。現役JKばりのフリック入力でポケモン系列のサイトを流し読みしていった。「店のWi-Fi遅いわね」と漏れた愚痴に、カウンターの奥から申し訳なさそうなヤレユータンの顔が覗いている。アセロラのいたエーテルハウスのそれを彷彿とさせる立ち姿だ。
「そうね……、某ポケモン掲示板のログを遡ってみたけど、盛り上がっていたのは
これとか
このスレくらいだったわ」
「ちょっとセリフにURL貼るのやめて? というかどうやってんのソレ」
「最下位になってここまで騒がれなかったって、逆にすごいわよ。プークスクス」
「アッ、あー傷ついた! ハイ僕いまとっても傷つきました! どこぞの外伝作品でスクールの校長やってる方がそんなこと言っていいんですかー! いじめを助長させるような失言して謝罪会見ひらかなくていいんですかー!?」
「うわぁめんどくさ」
泣きわめくバオッキーを煙たがり、ヒヤッキーはカウンターに肘をついてスマホにかじりついた。ポケモンGOの運営にヒヤッキーだけをさっさと追加するようクレームを送りつけるのがこの頃の彼女の日課である。
相手にされないバオッキーが、ずぶ濡れのままぼやく。
「君たち……、イッシュからわざわざアローラまで来たのはなんでだったっけ……?」
「デントがサトシについていってれば今ごろ俺だってアローラでレギュラーに」
「そりゃ
ハワイアローラに来たんだから
バカンスウェディングスキューバダイビング、バカンスよね」
「違うでしょ敵情視察でしょ! 次の総選挙で、新たに出てきた7世代のポケモンが脅威になるか調べに来たんでしょ。というかいっぺんに喋らないでよ、誰のセリフかわかんなくなるし」
「じゃあこうやってカギ括弧だけ色分けするってのはどうだ? 全文に色つけるより読みやすいし良いアイデアだろ
」
「天才ね。投稿締め切り2時間前に思いつくなんて、ギリギリ書き上げた作者が死にそうな目をしているわ
」
「分かりやすいけどもうこれほとんどSSじゃん……苦手な人もいるだろうに
」
「この文体を受けつけない人はもうとっくにブラウザバックしてるわよ。そうやって全員にいい顔したがるから選挙でもそのザマなんじゃないかしら。……ともかく新ポケのリサーチね。んー、サトシの手持ちエースを考えると人気出そうなのはやっぱりルガルガンかしら。黄昏の姿は特別感あってキッズに人気そうよ。伝説枠ならゼラオラね……ケモナー枠にも支持されそう
」
「俺たちのライバルになりそうな奴……同じ猿モチーフならほら、アニメでマオちゃんを拉致監禁した変態紳士がそこに
」
「やれやれ呼びましたかな
」
「ウワァ
新色!
」
奥でヤシの実シェイカーを振っていたヤレユータンが、ぬっとカウンターの下から顔を出す。求められていない部外者の参加に、3猿が同時に身を引いた。
「私も次期総選挙の代表ポケモン候補。先輩方の話は聞いておきたいのですな
」
「おう悪いことは言わねぇ、コイツの話は参考にならないぞ
」
「なんだよそのまるで僕が総選挙で最下位だったみたいな口ぶりは!
」
「まさにその通りでしょ
」
「人間からの評価を受けられるよう、バオッキーさんと同様私も日頃から善行を心がけておりますな。人知れず児童の安全を見守っていたり
」
紳士的発言に3猿はさらに引いていた。ロリコンがマスターのバーだと知るとなんか落ち着かない気がしてくるのは、全くの被害妄想である。ロリコンでもいい奴はいい奴なのだ。そもそも我々ロリコンは二次元のうちに欲望を求めるのであって、現実の児童には決して手を出さない。我々が望むのは、ロリっ娘の暖かな幸せである。こうした犯罪者予備軍的扱いに屈することな
く、我々は断固として立ち向かい――
ああ、と合点がいったようにヒヤッキーが懐をガサゴソし、3DSを取り出して開いた。
「だからポケモンSMでは13番道路でトレーラーの陰からウホホと覗いていたし、その次はエーテルハウスの園長になってて、ついには捕まって警察から逃れて主人公にやつあたりのわざマシンを投げつけてきたのね
」
「紳士たるもの、幼女を見守るのは義務なんですな
」
「さっきからなんで喋り方ハラさんなん?
」
「ま、バオッキーさん。遠いところからわざわざ陽気なアローラまで来てそう気を落とさんで。これ、サービスですな
」
「はぁどうも……
」
バオッキーの前に平皿をそっと置いて、マスターは再び奥へ引っ込んだ。出されたロコモコにはチリソースで
『がんばれ♡がんばれ♡
』と器用に書かれている。このゴリラ、無駄に女子力が高い。
紳士なマスターの優しさを勘ぐるバオッキーが神妙な顔つきでロコモコをもしゃつくが、それは初めてパクチーを口にした人の顔と酷似していた。とりあえず飲み下して、バオッキーはカウンターをばしりと叩く。
「とにかく! 次の総選挙こそは結果を残す……どんな手を使ってでも!
」
「どんな手を使ってでも……って聞いたわよ? あんた改造にまで手を染めていたなんて……
」
「俺たちシャドーボールは覚えないよなぁ?
」
「それは違うんだ聞いてくれ、全部あのバトルおにいさん
*1とかいう奇人がしでかしたことで僕は何もわるくないんだ
」
「見苦しいわね
」
ヒヤッキーのスマホでは、PikaTubeでポケモンバトルの映像が流れていた。バオッキーが本来覚えるはずのないシャドーボールを、対戦相手のヤミラミに向けて撃っている
*2。弾ける炎とか適当なタイプ一致技のが火力指数たかいのにシャドボを撃っているあたり、いかにも改造に手を出しそうな知力レベルだ。
「嘘もつくし悪事にも手を出す奴が総選挙で1位狙うだなんて……どこぞの国の政治より腐敗してるわよ
」
「返す言葉もなっしんぐ……
」
「まぁなんだ……、総選挙1位は諦めて、バオが優勝できそうなコンテストに出てみるのはどうだ? キモオタヒキニートでも自分の得意なこと、なんかあるだろ
」
「……くいしんぼうで、“したでなめる”が得意です
」
「…………おう、なんか言わせてゴメンな。でもじゃあ……アイスの早舐めなんてどうだ。パンケーキコンテストやってるアローラなら、そんなのもありそうだろ。炎タイプだし体温高いから優勝も狙えそうだしな!
」
「なるほど……いけそうかも。そうだね、バオッキーにはバオッキーらしい身の丈にあった夢がお似合いだよね。ありがとヤナ、ちょっと元気出てきたよ!
」
「よかったわ。でもそうね、舌で舐めるコンテストなら出場できるポケモンも限られそうだし、頑張ればバオでも本当にどうにかなるんじゃないかしら。出られるのは私たちとかゲンガーとか、グランブルやあとゲッコウガ
」
「あっはふぅん
」
「うわっ変な声だすなよ……ってそうか、総選挙1位の奴なんて名前も聞きたくなかったか。……そうだよなあ、アローラの忍者蛙はサトゲコだもんなぁ。ハナから719位差で負けてんだ、太刀打ちできねぇよ
」
「クスンクスン……
」
「泣き方が悪代官に暴行された町娘のそれね
」
涙を誤魔化すように、バオッキーは平皿に顔を突っ伏してロコモコをかっこんだ。豆腐をつなぎに使った鶏ひきのハンバーグは、彼の口の中でホロリと優しく解けていく。ゴリラは誰にだって優しいのだ。
「総選挙とは別に、そのヌケニンよりも脆いトーフメンタルは強くしておかないとな
」
「わかった……、どんなキツいこと言われても耐えてみせるから、バオッキーに対して思ってること、じゃんじゃん言ってくれ!
」
「じゃあ遠慮なく言うけど……、ゲーム本編ではバオップが序盤で手に入るものの、中盤以降は実力不足でヒヒダルマやシャンデラに追い出されて進化させてもらえることすら少なかったんじゃないかしら。アニメに出してもらってもゴロツキのヤラレ役だったし、印象はあんまり良くない上にとにかく影が薄いわね
」
「うん……
」
「それももう記憶に古い2世代前。最近の子どもたちは存在すら知らないんじゃねぇの
」
「おぅふ…………
」
「対戦だとゴウカザルはおろかクイタランの劣化だし低レートでさえ見る影もない
」
「………………
」
「ニンニクみたいな肥満体、モサい顔つき気味悪い
」
「……なんでラップ調
」
「陰キャ童貞
」
「おっとこれは僕個人への痛烈なディス
」
「酒グセ悪いし話つまらない、正直3猿的な繋がりなかったら一緒に遊びたくもない。おまけにかなり足がくさい
」
「君たち僕のことどう思ってるのォ……?
」
「前の選挙で晒しあげ配布としてネタ消化されちゃったし、次回の総選挙でまたドベなんてことはありえないわ。次こそ話題にもならない地味ィな順位で終わるでしょ
」
「やめて……やめてくれ…………
」
やめたげてよぉ! なんておどける余裕もなく、バオッキーはカウンターに突っ伏した。みじめに丸まった背中がひきつけを起こし、むせび泣きが漏れ聞こえる。もともと防御面がさして強くもないバオッキーが、弱点を突く急所技の連撃に耐えられるはずもないのだ。
撃沈したバオッキーに、両隣の猿が顔を見合わせる。流石に言いすぎたと内省したヒヤッキーは、震える背中をゆっくりとさすってやった。
「失敗も何とかの成功みたいな。失敗っていうネガティブな言葉を取り除いてしまったら、前向きに、どんなうまくいかないことがあっても捉えられるもんですよ
」
「……なんかプロフェッショナルっぽいこと言って適当になぐさめてくれてる……
」
「投稿期間中にたまたま見た本◯圭佑の回でそんなこと言ってたわ
」
「この作品がいかに土壇場で書きあげられたってことがよく分かるな
」
ことり、とカウンターにお冷やのグラスが置かれる。顔を上げてマスターの優しさをすすり、バオッキーは手の甲で涙を拭った。そろそろ宴もたけなわなのだ。
「いまバオが思ってること当ててもいい?
」
「な、なんだよ……
」
「オチの付け方、困ってるんでしょ?
」
「…………正解。
」
酔い覚ましに水を胃袋に流しこみ、彼はつきものが落ちたような澄んだ目で正面を見据えていた。目下バオッキーの悩みは次期選挙の如何ではない。このフザけきった小説に終止符を打たなければいけないのだ。
「ほら最後に、有権者の人間さんに言っておきたいこと、あるだろ
」
「そうだね……
」
世界を救う勇者の仲間たちのように、カウンターに置かれたバオッキーの手に2本の腕がそっと重ねられる。真実の正義を見つけ歪んだラスボスを諭す演出過多なRPGの主人公さながらの表情で、バオッキーはカメラ目線で言った。
「えぇと……、こほん。この作品とは言わないので、ぜひとも大会の投票よろしくお願いします。総投票数が多く、たくさんの人に読まれているというだけでこんな作品の書き手でもモチベーションを維持できるものですから。そうしてまた、いつかのようにみんなでポケモン小説wikiを盛り上げられたらいいなって
」
「本音は?
」
「僕に投票してくれ!
」
「正直ね。……お後がよろしいようで
」
正面を向いたまま、3猿は深々と頭を下げたのだった。
種族代表ポケモン。その責任は重く、ときに酒に逃げてしまうこともあるだろう。それでも、バオは諦めなかった。得票数こそ少ないが、投票してくれた有権者の顔を思い浮かべるだけで、また明日も頑張ろうという気になるのだと語る。
いつかは優勝する夢を見ながら、バオは今日も眠りにつくのだった。