大会は終了しました。このプラグインは外して頂いて構いません。
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非官能部門はこちら
官能部門であるため、言うまでもなく成人向けですが、その上で……
♂×♂、タイトルでお察しの通りの要素、それに付随する汚い表現を含みます
温かな日差しを浴びて午後のひとときを寛いでいるサナギラスとリザードン。風で木の葉が
「どうした? 腹の調子でも悪いか?」
「いや、別に……」
サナギラスは遠慮がちに答えてこの場を後にしようとする。そんな
「なんだよ、クソしたいだのなんだの遠慮なく言ってくれていいんだぞ? 俺たちガキの頃からの付き合いじゃないか」
「い、いいんだな?」
「ああ」
サナギラスは大きく深呼吸をした。またギュルギュルとあの音が腹部付近から聞こえる。
「じゃあドストレートに言わせてもらうけどよ、オレぁ今めっちゃ屁ぇブッコキてぇ!」
「へ?」
吹き抜ける風が急に冷たくなった気がしたが、差し迫っている状況でサナギラスは気に留めているゆとりもなさそうだ。少々の沈黙を挟み、リザードンはゲラゲラ笑い出した。
「なんだ屁かよ! 別にそれくらい遠慮しないでブッコけばいいじゃん! 恥ずかしがんなって」
「い、いいんだな? マジでいいんだな?」
「別に音がデカくてもくっさくても、俺だって同じだしな! 気にせずコいちまえ!」
「お、おぅ……どうなっても知らねぇかんな」
サナギラスは自身に科した枷を解いた。先程から発するギュルギュル音を伴って途端に膨張を始める下半身。特に細くなっている腹部の先端付近で、膨張率の高さが際立つ。硬い殻のような皮膚が内圧で張りを強めるせいか、サナギラスの表情は些か苦し気だ。そして排泄器官が存在する腹部の先端から、柔らかそうな部分が殻を押し退けて露出し、ぷくっと膨れる。それを見たリザードンは、途端に笑顔が消え失せる。
「出るぜ! 出るぜぇ!! ヘガデルゼェェェェェッ!!!」
サナギラスは開いた目を血走らせ、パンパンに張り詰めた腹部に力を込めた!
ブゴホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!
サナギラスのいた場所を中心に猛烈な爆風が発生し、衝撃波として四方八方に広がっていく。それは隣にいたリザードンを始め、大木や大岩を除く全てをその場から吹き飛ばした。
当のサナギラスはその反動で大空を飛んでいる。彼の表情は、空の青さに負けずとも劣らない爽快感に満ち溢れていた。
「で、お前は結局どうしたいんだ?」
「そうだな……」
サナギラスは、周辺に棲む者とはなるべく穏便にやりたい旨を口にする。ヨーギラス系統は種族柄横暴な一面が強調されやすいが、彼は荒々しい言動とは裏腹に、思いの外平和主義だった。
「だとすると、この屁が出ないようにしたいってことか?」
「ま、そーゆーことだな。あんま迷惑かけたかねぇし」
「なるほどな……」
解決の難しそうな悩みではあるが、ずっと一緒の半ば腐れ縁染みた仲。どうにか出来ないものかとリザードンは思案する。
サナギラスが棲み処に戻り、日が暮れても尚、リザードンは考え続けていた。すると下腹部に圧を感じる。それは次第に肛門へと移動してムズムズしてきた。尻尾を高く掲げ、前傾姿勢で丸い腹部に力を入れた。出口を求めて強まる圧で肛門はぷっくり膨れ、最も脆弱な部分が押し退けられて開く刺激は、脳内で快楽物質に変換された。
ブビビブブブフウウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
リザードンらしく豪快な放屁。抜け道として開いた穴は、ガスを出し終えてゆっくり閉じた。
可燃性のガスとは言え、空気に十分拡散されれば引火の可能性はほぼなくなり、尚且つ火種が離れているから事故対策はバッチリだ。……ただし臭いはキツいが。
「くっさ……あっ」
硫黄臭で脳が刺激されたか、妙案が浮かぶ。これならいける、とリザードンは謎の確信を抱いた。
翌日、リザードンはある場所へ向かった。目印となる巨木は空からよく見えて、迷う事なく行き着ける。木の傍に降り立つと、目と鼻の先に
「いらっしゃいませー」
「邪魔するぜー」
リザードンが中に入ると、かなり広い空間がそこにはあった。その住民は振り向くなり、憮然とした。
「お客さんかと思いきや……何の用ナンス?」
「どうせ商売あがったりで暇なんだろ?」
「冷やかしなら帰るンス!」
リザードンの訪問でご機嫌斜めなのは、この巨木で何でも屋をしているソーナンス。リザードンがふとした事でソーナンスに野暮用を頼んで以来の付き合いだ。しかしながら普段は滅多に仕事が舞い込まず、彼は暇を持て余すも同然の生活を送っていた。
「まあまあ落ち着けって! せっかくお前にお願いしようかと思ってわざわざここに来たんだぜ?」
「え、仕事ナンスか!?」
仕事の匂いを嗅ぎ付けた途端に上機嫌になるソーナンス。チョロいな、とリザードンは心の中でほくそ笑んだに違いない。
「おう、ちょっと作って欲しいモノがあってよ」
「ならわたしにお任せください! ちょっとしたものならすぐ作るンス!」
「頼りにしてるぜ!」
リザードンは早速作って欲しい物について説明を始める。それを基に、ソーナンスは手漉きの紙に設計図を描いていく。
「……これ何に使うンスか?」
出来上がった設計図を片手に、ソーナンスは首を傾げた。全体的に筒状でありながら、一方は細く、他方は瘤のように太目な形状。材質は柔らかく強度のある樹脂ゴム製を希望。
「まあとりあえずそんな感じで作ってくれよ」
「わかったンス。ゴムだからちょっと時間がかかるのは勘弁しておくれナンス」
「よろしく頼むぜ」
リザードンはお金代わりに使われる木の実を置いて、巨木を後にした。ソーナンスは怪訝そうにしつつも、同居する者に留守を頼んで、ゴムの原料となる樹液を取りに出かけて行った。
あれから更に一日が経ち、リザードンの脳内にテレパシーが飛んで来た。その主はソーナンス。例のブツがどうやら完成した様子。リザードンは早速巨木へ飛んで行った。
「これでいいンスか?」
着くなりソーナンスに手渡された筒状の物は、程よい柔らかさと弾力を手指に伝える。
「おーこの感じとサイズ感! さすがは何でも屋のソーナンスだな!」
「褒めてもこれ以上は何も出ないンスよ。で、これ一体何に使うンスか?」
「これか? 実はな……」
リザードンは詳細こそぼかしつつも、お通じの問題を抱えるサナギラスの事情を話した。これで解決できるなら、とソーナンスも笑顔を見せた。
ズドォォォン……
遠くから聞こえた爆発音に緊張が走る。またやったかとリザードンは心の中で苦笑した。
「このところ聞こえるンスよね。一体なんナンスかね?」
「さあ、何なんだろうな」
リザードンは知らぬ存ぜぬを装いその場を凌いだ。巨木を出るなり、サナギラスの棲み処へと真っすぐ飛んで行った。
到着すると案の定、出来たばかりの穴が一つ開いていた。
「んだよ
喚くサナギラスの顔は真っ赤っか。
「どうした、加減ミスったか?」
「夢ん中でテメェが『屁ぇブッコいていいぜ』なんて言うからよぉ……」
サナギラスは大きな溜息を吐いて岩壁に凭れ掛かった。例えリザードンでもあんまり見てほしくないと言わんばかりの、見た目に違わぬトゲトゲしたオーラを放っている。そりゃ仕方ないなと慰めるリザードンは、表情に出さないよう笑いを堪えるのに必死だった。
「そんなお前の助けになるかもしれないヤツを、ちょっと作ってもらったんだけどよ」
と、ソーナンスに作ってもらった例の筒を見せる。何だこれ、と首のない代わりに僅かに頭を傾げて目を細めるサナギラス。
「何って、これをお前のケツに突っ込んでガス抜きするんだよ」
「は? テメェ正気か?」
幾分かの嫌悪感を孕む冷たい目線が、リザードンに向けられた。
「常にガスが抜けりゃあ、この腹に溜まることもないだろ?」
「まぁ言われてみりゃそうかもしれねぇけどよ……」
サナギラスは渋々腹部をリザードンに見せる。細い先端を覆う殻が開いて、柔らかな組織で構成された排泄用の穴がお目見えする。外見からは想像し難いピンクの色合いと肉感は、想像以上にそそるものがあった。ごくりと生唾を呑むリザードン。
とは言えその穴に例のモノを挿れようにも、抜けにくいように瘤側からの挿入になるため、時間を掛けなければならず、そもそも滑りをよくしなければ傷付く可能性だって考えられる。潤滑剤としてネコブの実の果汁、ヌメラを始めとした一部のポケモンが分泌する粘液等が主に使われるが、あいにくそれを用意し忘れていた事に、リザードンは今気付いたのである。
(仕方ない……)
リザードンはサナギラスの臀部を一頻り観察してから、くるりと背を向けた。時を追う毎に、何かを擦る音と呼吸の乱れる音が明瞭にサナギラスの耳に届くようになる。
「テメェ何……シてんだよっ!!?」
気になって覗き込んだサナギラスは思わず仰天する。
「何って……手っ取り早く滑りをよくするならこれしかないだろ……はぁ、はぁ……!」
リザードンは、その股間から伸びる大きく立派な火柱を自ら慰めていた。次第に漏れる粘り気でスムーズな摩擦へと変化し、彼らの眼前でより血管を浮き立たせて力強く張り詰めていく。リザードンはサナギラスに目を遣ると、途端に歯を食いしばって表情を歪め、尿道沿いの太い筋は付け根で歪に隆起して、それは見る間に先端へと移動していく。溢れる粘液が急激に濁り出す。
「うう! でる!! グオォッ!!!」
日々鍛える筋肉を浮き立たせて強張り、雄々しい火柱から熱い溶岩を勢いよく噴き上げた。途端に周囲に着弾し、サナギラスは慌てて逃げたが、その身にも一部降りかかった。
リザードンは頭が真っ白になりながらも、例のモノを手に取って新鮮な白濁を塗りたくる。途端にぬるぬるになって、手から滑り落ちるまでになった。これでいいだろ、と解放感に満ちた表情で大きく息をつく。体液の青臭さが、大きな鼻腔を刺激した。
リザードンは全身を白く汚したまま、白濁に塗れたモノを持って近づく。致したばかりの雄の強烈な臭いに、サナギラスは硬い眉間に皺が出来たと錯覚せんばかりに目を顰める。
「待たせたな。これを挿れるためにちょっくら慣らさせてもらうぞ」
「っざけんじゃねぇよ……」
そう零すも、サナギラスは再び腹部の先端の殻を開いた。日々溜まるガスの事を考えると、背に腹は替えられないのだろう。リザードンは爪先にたっぷりの精液を塗り付け、それをサナギラスの肛門にゆっくり挿し込む。
「っでぇ! クソッ……!」
そういった経験も行為も皆無な彼には、この程度でも苦痛を伴う。それを考慮してか、リザードンは焦らずにじっくり解しつつ侵入させていく。余談だが、サナギラスは「前の」方も一切他者との経験がない。無論リザードンもこう見えて純潔である。
「テメェのザーメンでケツ汚されて拡げられるとか、何の罰ゲームだよ……! てかなんでケツ慣らすやり方知ってんだよ……?」
「俺も手探りだぜ。ほら、ぶっといクソするときにじっくり時間かけてケツ切れないようにするだろ? あれの応用だ」
「テメェ無駄にそういうトコで頭切れるよな……っでで!」
「まだかよ……変な気分になっちまうぜ……」
「これからもっと拡げなきゃな」
「うげぇ……」
橙色の指本体が、体内に侵入していく。爪よりも柔らかいからか、比較的すんなりといった。ゆっくり掻き回して、徐々に穴を拡げていく。その際に立つ濡れた音とじんじんする痛みは、サナギラスにとって終わりのない苦痛のように感じられた。
「これでいけるか……?」
抜かれたリザードンの指から長く糸を引く。サナギラスの出口はいい感じに開き、中を覗き見る事が出来た。
「さっさとしてくれ……!」
険しい目つきに涙が浮かぶ。リザードンとて無駄に長引かせる気はなく、十分にぬめらせた筒の瘤側を、開いた穴に徐々に押し付けた。瘤の部分が少しずつ埋まっていくが……。
「いでででででででででででっ!!」
サナギラスはもんどり打って苦悶を露にする。
「まだ始まったばかりだぜ?」
と、更に挿入を続けるが、サナギラスの拒否反応は激化した。
「いででやめやめやめやめやめやめやめろぉぉぉっ!!!」
泣き喚くサナギラスの意思を纏うように、無数の石がリザードン目掛けて飛んで来た。
「いっ痛い痛い痛い痛いわかった! わかったから!! いでぇーーーっ!!!」
石の大きさ自体は大した事ないものの、岩タイプ四倍ダメージの弊害がここで現れた。これ以上は続行不可能と判断して、リザードンはゴム製の筒をやおら抜いた。途端にぐったりするサナギラス。
「あー死ぬかと思った……」
「いいアイデアだと思ったんだけどな」
双方大きな溜息を吐く。何が悪かったのかと考えてみたら、ゴムの原材料は樹液。岩、地面タイプのサナギラスにとって、水タイプのみならず草タイプも四倍ダメージ。それが敏感な粘膜に触れたとなれば……。
感触に引っ張られてすっかり忘れていたが、そう考えればサナギラスの異常なまでの拒否反応も合点が行った。
「このまま戻らなかったらクソとか垂れ流しじゃねぇか……そうなったら責任取れよエロトカゲ!」
「大丈夫、キュッと締めとけばそのうち戻るぜ」
「本気かよ!?」
でもサナギラスとてこのままじゃ嫌だから、意識的に肛門を窄め始める。うーんと唸りながら、リザードンは次の一手を考え始めていた。
「……ところでよ、テメェさっき何をオカズにヌいてたんだ?」
「え?」
健全なオスという者は、無駄にそういった事に興味を抱きがち。振り向いたリザードンの頬が、途端に赤く染まる。頭をぽりぽり掻きつつ、はにかんだ。
「その……お前の殻から覗くケツの柔らかさとか絶妙なピンク色とか、屁が出る前にプクッと膨れたところとか、妙にエロくてよ……」
見つめ合う二匹に沈黙が走る。サナギラスの目から忽然と輝きが失せていく。
「あぁぁ今メッチャ後悔してる! 聞いたのが間違いだったぜこの変質者!!!」
すっかり青ざめたサナギラスは、岩に何度も頭を打ち付けた。
リザードンの姿は巨木の何でも屋にあった。無論ちゃんと体は洗って。
「その様子だと、駄目だったンスね……」
机に突っ伏しているリザードンの肩を軽く叩いて慰めるソーナンス。どうせ隠し続けても埒が明かないし、彼はサナギラスとも知り合いだからと、リザードンは事の顛末を打ち明けた。
「まあ、聞かなくても大方わかってたンス」
遠く離れたリザードンに脳内でテレパシーを送れる程の力を以てすれば、それを読み取るのも朝飯前って事なのだろう。
「しかし、あなたも大胆なことするンスね。滑りをよくするためにまさかあんなことを……」
「あいつにはゴミを見るような目で睨まれたけど、なかなか名案だったと思うぜ」
「いや、褒めてるわけじゃないンス……」
ソーナンスは二の句が継げず、はあ、と大息を吐いた。すると部屋の奥から誰かが姿を現した。
「いらっしゃい。いつも暇なこいつの相手をしてもらえると、すごく助かるよ」
リザードンに笑顔を向けたのはオーロット。この巨木の真の主で、木製の工芸品で生計を立てている。
「いやいや、わたしだって久しぶりに仕事が舞い込んできたンスよ!」
「とは言ってもリザードンからの依頼だろ? ここでぐーたらしてないで、もっと他の者に売り込むなりするんだな」
大きな単眼によるジト目を向けられ、ソーナンスは冷や汗を垂らした。事実、オーロットの作る工芸品は安定した売上があり、生活を支えているのは専ら彼なのである。
彼らの社会に於いて、特定の木の実がお金として機能する。無論それがなくとも食糧さえ確保出来れば生きていく事は可能ではあるが、より確実に食糧を得たい場合にお金が必要となる場面はままあった。その他、都会でより楽に文化的に生活するのにもお金は必須。一度そういった生活を経験すると、原始的な生活に戻れなくなる者が実際多いため、必然的に都会へ集まり、殊更にお金の価値は高まるのだ。
特にオーロットやソーナンスのような物作り等専門性の高い仕事に携わる者にとって、お金は道具の調達諸々に直結する非常に大切な物。とは言えソーナンスが営業に心血を注がないのは、何でも屋と言う仕事自体物作りだけが仕事でない事と、木の実が多く穫れる森に棲む事から、お金がなくともあまり危機感を持っていない心理的要因もあった。
「そ、そんなことより頭がよくて世渡り上手なオーロットさんにも彼の話を聞いてもらうンス!」
「ん? なんだ話って? 僕はこいつほど暇じゃないけど、相談なら乗るよ」
ソーナンスからすれば話題逸らしではあったが、三匹寄れば何とやら。これまでとはまた違ったアイデアや知見を得られるかもしれないと考えたリザードンは、オーロットにもサナギラスの抱える悩みとこれまでの経緯を打ち明けた。オーロットは目を瞑り、複雑な表情を浮かべる。
「高圧のガスを噴射して飛ぶのは最早、サナギラスとしての生態の一部だから、それを矯正するのはほぼ無理だと思うし、やったところで進化してから悪影響が出そうな気がするな」
どのみち進化したら「悪」タイプになると言うのはさておき、体を作り替える過程である蛹の時に下手な事をすれば、進化後に奇形等の異常が発生しやすい事を知らないポケモンも案外多い。それはリザードンやソーナンスとて例外ではなかった。
「じゃぁこれまで通りあいつに我慢させるしかないってことかよ?」
「せめて気兼ねなくオナラができるようになったり、そのオナラが役立ったりするメリットに持っていければいいンスけどねえ……」
「うーん……あ、そういえば!」
オーロットが何かを閃き、一旦奥の部屋へと足を運ぶ。戻って来たごつごつの手には、一枚のチラシ。
「売り込み先でもらったんだが、これならいけそうな気がするんだ」
「どれどれ……『スピード自慢よここに集え! 第247回ポケモンスピードレース開催のお知らせ』? なるほど、あの勢いなら優勝狙えるかもだな」
リザードンの表情は明るくなるも、途端に懸念事項が浮き上がる。スピードや方向等のコントロールの問題と、放屁自体による損害の問題だ。両者共に解決しないと出場すら困難である。
「せめてあいつの腹の先っぽに屁をコントロールできる何かを取り付けたいよな」
「それなら岩タイプだから、僕の知り合いの石工が役に立ってくれるかもしれない」
「マジで!? そりゃ是非呼んでくれよ!」
期待に目を輝かせ、オーロットの手を強く握った。曰く、あまり仕事が舞い込まないからその間は副業でどうにか生計を立てている様子。すぐ側にいる呑気な誰かさんとは違って。
「……なんでわたしを見てるンスか?」
揃ってその誰かさんから忽ち目を背けた。
とりあえずその石工の都合を聞いてからでないと話は進まないとの事で、この日は一旦解散。リザードンはオーロットから貰ったチラシを片手に早速サナギラスの元へ。棲み処に到着するや否や、先日の件もあって早速汚物を見るような嫌悪感満載の目を向けられた。
「昨日はマジで悪かった! あれからも色々考えて、お前が理不尽に屁を我慢しなくてもよくなるような、いい話を持ってきたんだけどよ……」
「……なんだ?」
あくのはどうを振り撒きつつも、些か話の内容に興味がありそうなサナギラス。リザードンは手に持つチラシを彼の眼前で広げた。
数日後、サナギラスとリザードンの姿は、棲み処からさほど離れていない広大な平地にいた。彼らのみならず、ソーナンスやオーロットもそこにいる。
「これでもかってくらい罵られながら説得して連れて来たぜ……」
「余計なこと言うんじゃねぇクソトカゲ!」
サナギラスの剣幕に背中と翼を丸めて委縮するリザードン。彼の目の下には隈が出来ていて、心中を読み取る能力のないオーロットですら、浴びせられた罵詈雑言の凄まじさを察する事が出来る程だった。
「まあまあ落ち着いて。リザードンは不器用なきらいがあるが、悩んでる君のことを考えて色々やってるんだ。悪口はここまでにしようか」
「……わりぃな」
「彼は石工のイワパレス。サナギラスの話とスピードレースの件を相談したら是非協力したいと願い出てくれてね」
「オイラはイワパレス。話を聞いて
イワパレスの張り切りように、サナギラスも本業の切実な状況を窺い知れる。腕こそ確かなのだが中々仕事が舞い込まず、空いた時間を副業のポケモンユナイトに割いて、どうにか石工の仕事を続けられる分の稼ぎを得ている。
因みにオーロットもユナイトに何度か誘われた事はあるが、そこまで暇ではないのと副業せずとも稼ぎがある事もさながら、何より攻撃のステータスが最も高いのに、何故かディフェンス型になっている事が気に食わずに参加を断ったとか。現にユナイトではタンクとして長らく花形的ポジションを得ているにも関わらず。
「で、要はサナギラスさんのお腹の先っぽに、ガスの勢いを抑えつつ、飛ぶ際にコントロールしやすくするマフラーを取り付ければいいんですよね?」
「その通りだ」
イワパレスが口にしたマフラーとは即ち、ガスや炎等を噴射して移動するポケモン向けに、噴射性能ないし制御性能を高める目的で装着する器具である。特にレース競技分野では、種族によっては勝敗の決め手ともなり得る重要な物でもあった。
確認を済ませると、イワパレスはサナギラスに近づき、腹部の先端の採寸に取り掛かろうとする。
「オレ、今腹ん中に屁ぇ溜めてっから、ブッコいたらめっちゃ腹が縮むかんな」
「承知しやした。ならその後にも採寸させていただきやす!」
両手の鋏を巧みに使って諸々の計測器具を操り、手際よく各部分の長さを紙に
「ここでやっと出番だな」
「やめろ、無駄に催すだろ」
サナギラスは腹部に触れようとするリザードンから全力で離れる。そして平地の中心へとのそのそ歩き出す。うつ伏せで位置に着いた所でイワパレスとソーナンス、オーロットがスタンバイする。リザードンは
「それじゃ遠慮なくブッコくかんな!」
とサナギラスが宣言する。我慢を解いた途端に、硬い皮膚の内側でエネルギーが溜まり始め、それに比例して丸く膨れる腹部。その圧が細い先端部へ向かうと、殻が開いて出口の肉が露出する。解放を目前にして出口周りが心地よさを伴って突出すると、サナギラスは全力を込めて更なる圧を掛けた。
「うっしゃいくぜぇ!! ヘガデルゼェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
彼の合図は、解放の喜びに自ずと声量を増していた。
ブブゴホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!
突出した肉穴を全開にして猛烈なジェット噴射を繰り出すサナギラス。だがその身は推進せず、ほぼその場に止まっている。その立役者となっていたのがソーナンス。彼の特性「かげふみ」の賜物だった。そしてガスを噴射する臀部を仔細に観察するイワパレスも、ジェット気流に巻き込まれる事のないよう、ソーナンスに影を踏んでもらっていた。だがソーナンスは次第に苦痛を顔に滲ませる。
「サナギラスさんのオナラが強烈過ぎて……体が持っていかれそーナンス……!」
現にソーナンスの体は、サナギラスの推進方向へとじりじり動き出していた。特性かげふみすら凌駕しかねない威力の放屁、これではサナギラスの棲み処が穴だらけだったり、リザードンの棲み処やその周辺を壊滅させたり出来るのも納得ではある。それだけの運動エネルギーを打ち消してその場に留まらせるには、恐らく相当の強いサイコパワーを必要とするであろう。かげふみのメカニズム等解っていない部分も多いため、あくまで推測ではあるが。
「ここで僕の出番ってわけか」
オーロットは進行方向に立ちはだかり、足から極太の根を地面に潜して張り巡らせた。ストッパーとしての役割を果たしつつ、受け止める際のダメージは地中の養分で回復と、ユナイトでディフェンス型とされても文句の付けようがない程に無駄のない役回り。ソーナンスを受け止めた事でサナギラスはこれ以上前には進めず、イワパレスの観察も順調に進んだ。
やがて噴射の威力は弱まり、ソーナンスが自立して対処出来る程にまでなると、宙に浮いていたサナギラスの体はストンと地面に着く。開いた肛門からプスプスと燻るように出てくるガスが、周辺に独特の硫黄臭を漂わせた。
遠慮のない放出のお陰で、サナギラスの表情は出す前よりも柔和で爽やかになっていた。何事もやはり、溜めずに出すのが一番のストレス解消である。
因みに噴射方向の地面は一直線に抉れていた。
「あざます! お陰で作る際の参考になりやした! これで最高のマフラー作りやすぜ!」
「張り切るのはいいけど、ちゃんと出した後のお腹も測るンスよ」
「わかってやす!」
イワパレスは更にテキパキと採寸を続け、先程の噴射と共に紙に書き記していく。無事に済んだようだな、とリザードンも彼らの元へ飛んで来た。イワパレスはマフラー作りに必要な情報収集のみならず、サナギラスのジェット噴射を目の当たりに出来た興奮にすっかりテンションが上がっていた。
「早速帰ってマフラー作りに取りかかりやす! 完成まで楽しみに待っててくだせえ!」
ユナイトバトルで多用するからをやぶるで素早く家路に就くイワパレスを、皆笑顔で見送った。ここまで嬉々とされたら、心躍らずにはいられない。
「どんなのを作ってくれるか楽しみだな」
「おぅ、これでレースで活躍できたらオレの屁にも価値が生まれそうだぜ!」
険悪だったリザードンとサナギラスも、いつの間にかまた撚りを戻していた。
「お前なら絶対できる! ずっと一緒にいるこの俺が保証すっからよ!」
「なんかオメェが言うと不安だけどよ……ここまで来たらやるしかねぇな!」
リザードンが笑顔で突き出した拳に、サナギラスは額をコツンと当てて応えた。
「……ところで、さっきブッコいたときはさすがにイってないよな?」
「……たぶん」
――サナギラスの視線は逸れて返事は上の空。若干気まずい空気が流れた。
あれから一週間が経過した。ソーナンスが脳内に直接テレパシーを送って、マフラーの完成を知らせた。リザードンとサナギラスは早速巨木に駆け付ける。そこには出来立てのマフラーを披露するイワパレスがいた。
「オイラの渾身の力作です! どうぞ着けてみてくだせえ!」
唆されるまま、リザードンがサナギラスの腹部にマフラーを装着する。丁度よいサイズ感で、サナギラスは嫌がる様子を見せない。
「おーめっちゃいい感じじゃね?」
「久々の仕事でしたんで着けたときどうか心配でしたけど、これなら大丈夫そうですね! ほっとしやした!」
イワパレスの表情が綻んだ所で、リザードンとオーロット、そしてソーナンスが制作費を出し合って彼に渡した。
サナギラスから外したマフラーを観察すると、想像以上の精巧な作りに目を見張る。石工の職人技は、独学で身に着けた工学の知識に裏打ちされていた。
イワパレスから手書きのマフラーの説明書を貰い、口頭で軽く使い方の説明を受けた。サナギラスの身体を考慮してか、思いの外簡単な操作ばかりだった。
説明を聞いたなら早速実践に移る。先週ジェット噴射を披露したあの平原に、彼らの姿はあった。
「そういやお前、ガス溜まってんのか?」
素朴な疑問をサナギラスにぶつけると、彼は自信たっぷりに鼻息を吹いた。
「おぅ、話を聞いて食う土を変えたかんな!」
「土? 土で変わるのか?」
「オメェだって食うモンによって屁が出やすくなんだろ?」
「まあな」
言われてみれば木の実が土に変わっただけの事。サナギラスによれば、棲み処の周辺の土はガスが溜まるのに一日半から二日掛かるのに対して、主に森で作られる腐植土は豊富な栄養と食物繊維、微生物の作用で腸の活動が活発になり、早ければ半日でガスが溜まるらしい。即ち、棲み処に程近い巨木周辺の森の土と組み合わせれば、サナギラスの健康状態の向上のみならず、ガスの溜まり具合をある程度コントロール出来ると言う算段である。
試しにリザードンがサナギラスの腹部に触れてみると、グギュルルとガスが腸内を移動する音が、硬い皮膚に振動として伝わるのが分かる。
「屁が溜まってくのがこんなにウキウキするなんてよ、生まれて初めてだぜ……!」
心なしか興奮気味のサナギラス。その腹部の先にマフラーを装着した。しっかり装着されているのを確認してから、即座に離れる。
「っしゃあどんなモンか試させてもらうぜぇ!!」
リザードン達が固唾を呑んで見守る中、蓄積された膨大なエネルギーを解放すべく全力でいきんだ。マフラーに覆われた、最も内圧に弱い部分にエネルギーが集中して、体外へ突き抜ける快楽が全身へと伝わった刹那、自身の誇りを賭けた噴屁が幕を開ける。
「出るぜ出るぜ出るぜ出るぜヘガデルゼェェェェェェェェェェェッ!!!」
ブゴゴホォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
マフラー越しの噴射は適度に威力を抑制しつつ、サナギラスの猛烈な加速に足る推進力を生成する。一直線に平原を駆け抜ける様は、見守る彼らの目を途端に輝かせる。
「左に曲がってみろ!」
説明書の内容を思い出しつつ、リザードンの指示通り左へと曲がる。
「おったまげたンス! ちゃんと左に曲がれてるンス!」
「けどまだわからない。もう少し様子を見よう」
はしゃぐソーナンスとは対照的に、冷静に眺めるオーロット。次は右、とリザードンが指示を飛ばす。進路は右へと変わっていく。
「初めてでこれなら上出来だぜ!」
歓喜を禁じ得ないリザードンが、声を張り上げた。制作したイワパレスも満足気に頷く。
「ヒャッホオォォォォォウ!!!」
まだまだ大回りながらも、思いのままに疾走するサナギラス。あまりの速さに表情は見えないものの、彼自身が最も喜びを爆発させていたのは疑う余地もなかった。
「これなら大丈夫そうだ」
最後まで固唾を呑んで見守っていたオーロットも、安堵を滲ませる。ブレーキを掛けつつ、サナギラスはリザードン達の元へ戻って来た。真っ先に駆け出すリザードン。
「お前! よくやったな! これでレースに出られるじゃんよぉ!!」
凛々しい目には涙が浮かんでいた。しかしそれでも、サナギラスは思いの外冷静だった。
「泣くのは早ぇぞ! まずはエントリーして、レースで優勝もぎ取ってからでいいじゃねぇか!」
「くっ……! だよな! まだまだお前はスタート地点に立ったばかりだもんな。こうなったらレースで新たな風を巻き起こそうぜ!」
目を濡らす物を荒々しく腕で拭い、拳を前に突き出した。それに笑顔で額を当てて応えるサナギラス。集まったソーナンス達からも、応援や激励の声が次々と上がった。だが次第に彼らから笑顔が消え失せていく。
「……なんだ、どうした?」
怪訝そうに訊くサナギラス。答えるより先に一斉に鼻を塞いだ。
「くっさあぁぁぁぁぁ!」
「こ、これは強烈ナンス……!」
彼らを苦悶に陥れているのは言わずもがな。尚且つ腐植土で醸されているため、その威力は計り知れない。サナギラスは赤面して苦笑い。
「維管束にまで染み付きそうでこれは
「なんか一気に風が冷たくなりやしたね……」
急に吹き付けた風によって苦悶の原因は運び去られた。塞いだ鼻を解放して深呼吸をしてみたものの……。
「うえーっまだにおいが残ってやがる……!」
「完全に鼻に染み付いてるンスー!」
彼らの苦しみはまだ終わりを見せない。鼻の粘膜に、においがくっついて、とれなくなっちゃった! これはパフュートンはおろかスカンプー族も真っ青だ。
「……なぁイワパレス、オプションで消臭フィルター付けれるか?」
「できやすけど、高くつきやすぜ。オイラも付けるのは大賛成ですけど……」
「はぁ、しょーがない。俺が金出すんで、頼むぜ」
「承知しやした! あーくっさ……」
「うっ、すまねぇ……」
何度もぺこぺこ平謝りのサナギラス。リザードンは彼の背中を軽く叩いて慰めた。
「いやいや、こんなの屁じゃないぜ、いや、屁か……」
「テメェそこ言い直さなくていいだろーが!」
地面に転がっていた石がリザードン目掛けて飛んで行く。まともに直撃して絶叫するリザードンを傍目に、冷や汗を垂らすソーナンス達。フィルターのオプションは、とりあえず満場一致で搭載が決定した。
ドオォォォーン!!
頑丈な肉体が勢い余って岩壁に衝突して土煙が上がる。
「何やってんだ! それじゃ相手の動きに対応しきれないだろ!」
「くっ……!」
目を細め、サナギラスは体勢を立て直す。あの日以来、ポケモンスピードレースに向けたトレーニングに一層熱が籠る二匹。マフラー越しの噴出によって土塗れの体はスピードに乗る。設定したコースに沿ってリザードンの吐く炎を躱しつつ、なるべくスピードを落とさず小回りを利かせる練習をしていた。途中までは良好だったが、制御を誤って炎が体に当たってから軌道が大きく逸れ、地面を一直線に抉って止まった。
「クソッ! うまくいかねぇ!!」
自身の至らぬ技量の歯がゆさに喚き散らす。もっと続けたかったが、既にガス欠を起こしてしまい、終了せざるを得なかった。
「諦めたくない気持ちはわかるが、今は休め。体壊したら元も子もないぜ」
リザードンはオレンの実を手渡し、そのまま棲み処へと飛び立った。元は自らリザードンに志願して行っているトレーニングだが、思った程の結果が出ない現実に、蛹体は
それからも日々練習を重ね、体内のガスが出続ける限り疾走しては土に汚れ、硬い殻に擦傷を増やした。同時にイワパレスにも状況をフィードバックして、マフラーの改良の一助とした。
そしてとうとう訪れたその瞬間。細かな動きでリザードンの炎を回避しつつ、高速でより複雑な軌道を描くコースを走り切れた!
「やったぜぇぇぇぇぇ!!!」
小回りの利いた動きに目標達成の狂喜を乗せて披露する。ガスが尽きた所で、リザードンの元へと舞い戻った。
「やったな! お前ならできるって信じてた! これなら咄嗟の回避や急カーブも余裕でいけそうだな」
「おぅよ! うれしいけどこれで満足しちゃいけねぇ。目指すは優勝、それしかねぇもんな!」
感じる手応えに、サナギラスも笑顔が零れる。噴射を終えたマフラーから立ち上る熱気。
「まだちょっとにおうけど、フィルターの効果すごいな。これくらいなら全然いけるぜ」
「屁って感じがしなくて物足りねぇけどよ」
取り付けたマフラーには、イワパレス謹製消臭フィルターが装着されていた。九割九分以上の消臭効果を以てしても尚残る臭いに、蛹の体内で醸されるガスの破壊力が窺える。こんな物を垂れ流したら、レース本番でもスメハラによる走行妨害で失格を突き付けられるかもしれない。以前オーロットが零していた懸念事項の一つはこれで解決。フィルターによるエネルギーロスも影響はなさそう。
まだ熱を持つマフラーを、サナギラスから取り外す。硬い皮膚は傷だらけながらも、これまで見てきた中でも最も輝いているように見えた。少し前まで荒んでいたのが嘘みたいに。いつまでこの姿なのかは分からないが、せめて一度は、頭を抱え続けてきたガスで華を咲かせてやりたい。リザードンはその思いを拳に握り締めた。
「――なぁ、ちょっと試してみてぇ土があんだけどよ」
「なんだ?」
レースに向けて余念のないサナギラス。彼らの見据える先は、一致していた。
いよいよ始まったポケモンスピードレースのエントリー期間。エントリーの際は選手一匹を含む最大五匹まで可能だが、多くはマネージャーないしサポーターを含め二、三匹程度でチームを組んでいるとの事。無論選手はサナギラス。マネージャーはリザードン。
「で、わたしたちも出ろってことナンスね」
「いつも暇なソーナンスはともかくとして、僕はそこまで暇じゃないが……日々この日のために励んできたサナギラスの晴れ姿、僕も見届けようじゃないか」
「オイラもマフラーで貢献させていただきやす!」
折角五匹までエントリー出来るとの事なので、日々世話になっているソーナンスとオーロットを誘い、マフラー等のメンテナンスを行うイワパレスは自ら志願して丁度五匹。彼らは揃ってエントリー会場へ足を運び、必要事項を記入する。
「サナギラスですと、補助器具の使用が認められます。使用する器具がございましたら、事前審査致しますので、エントリー用紙と一緒に補助器具の実物の提出をお願いします」
受付のイエッサンの案内通り、書類とマフラーを提出する。イワパレスが自慢の力作を熱弁するも、結構ですと突き返された。そんな事をせずとも無事に審査は通り、エントリーは無事に済んだ。
「とりあえず優勝の前に、地区予選を勝ち上がらなきゃな」
会場を出たリザードンとサナギラスは眼に情熱を燃やす。地区予選を経て本選会場で準決勝、決勝が行われる。目指すは唯一つ。
「待て。予選とかがあるなら一発放って終わりってわけにはいかないだろう」
「そこは織り込み済みだぜ、オーロットさんよ!」
サナギラスはない胸の代わりに腹を張る。溜まりつつあるガスがぐぎゅるると音を立てた。
「一回で全部を出し切らないようにするトレーニングも進めてる。そのためのマフラーの改造もイワパレスにお願いしたんだ」
「あいよ! さっき提出したのもそれですぜ!」
「思ったより抜かりなくやってるンスね」
「彼らは君とは違ってボーッと生きてるわけじゃないからな」
「余計なこと言うなンス!」
何はともあれ、エントリーしたからにはここで油を売っている訳にはいかない。早速トレーニングに使う広大な平地へと足を運び、マフラーをサナギラスに装着した。
「地区予選まで日はあるが、気を緩ませるなよ?」
「へん、わかってらぁ! ケツはキュッと締めとくぜぇ!」
硬く張った腹部に更にガスの溜まる音がする。サナギラスは構え、前方を捉えた。
「っしゃいくぜぇ! ヘガデル――」
「タンマぁ!!」
突如張り上げられた声に、サナギラスはどうにか寸止めで堪えた。そしてその声の主に怫然とした表情を向ける。
「いやさ、前々から思ってたんだけどよ、みんなが注目する場で『ヘガデルゼ』はさすがに下品でダサくないか?」
「それはリザードンさんの言う通りナンスね……」
「んだよぉ!? 屁ぇブッコくのに景気付けで叫びたくなんだろ!?」
オスたる者、どでかい事をする時に必殺技の如く叫びたくなる気持ちは分からなくもない。だがその文言が問題だった。
「……てなわけでブレイン担当、なんかいい言葉思い付かないか?」
「勝手にブレイン担当にしないでくれ……」
頭を抱えて嘆息を零しつつも、色々と考えてみるオーロット。いくつか案を出してみるが、それでも安直に屁に繋がるからと好意的な感触は得られず。思い悩む様子がおどろおどろしいオーラとして周囲に現れた。すると突然、それが晴れた。
「じゃあ、『inflated frustration』なんてどうだろう?」
浅学なサナギラスは頭を傾げる一方、イワパレスは即座に理解した。
「それいいですね! 採用しやしょう!」
「なあ、どーゆー意味だよ?」
イワパレスは鼻高々にその言葉の意味をサナギラスに教授する。単に彼の故郷の言葉ってだけなのだが。
「へぇ、『膨れ上がった欲求不満』か……おもしれぇじゃん! レースのときはそれでやってみっかぁ!」
思いの外あっさりと採用してくれた事に面食らったが、これで公衆の面前で恥を晒す心配はなくなったか。
「んじゃ早速……!」
サナギラスは再び構えて腹を膨らませる。
「ぶちかますぜぇ!! INFLATED FRUSTRATIOOOOOOOOOOOON!!!」
ブゴゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーッ!!!
「うおーなんかめちゃかっこいい!」
全速力で発進するサナギラスに、一同目を輝かせていた。そのお陰とあってか、トレーニング自体も調子よく終えられ、サナギラス自身も満足度の高さを窺わせた。
――いよいよやって来たスピードレース地区予選。サナギラス達の棲む区域では、三回戦を勝ち上がった上位二匹が準決勝へと駒を進められる。会場へとやって来た五匹は、周囲から溢れ出る闘志に緊張を覚える。
「すごいな……。けど雰囲気に呑まれるなよ」
「おぅ! 今までやってきたことを信じるだけだぜ!」
周囲に負けず、サナギラスは闘志を漲らせる。参加者には見知った顔もいて、彼らと会話したりエールを送り合ったりして、緊張を程よく紛らわせてから会場入りした。控室で選手に支給されるゼッケンを装着すると、サナギラスのみならずリザードン達も自ずと背筋や幹、首や尻尾がぴんと伸びた。
「ここはあくまで『予選』だ。最初から全力は出さずに、しかし油断は禁物。周りの状況を見定めて、確実に次に進める結果を出すんだ。いいな?」
「おぅ、とりま気楽に慣らす感じでいくぜ」
オーロットの大きな眼を見定め、サナギラスは大きく頷いた。マフラーの整備はバッチリだと、イワパレスが両手の鋏を鳴らす。臀部にマフラーをしっかり取り付け、レース初戦への準備が整う。
「よし、行ってこい! まずは初戦突破だぜ!」
「あなたなら大丈夫ナンス!」
無言で頷くサナギラスの鋭い眼に、熱く燃える物を感じた。
迎えた初戦、選手が一匹ずつ紹介を受ける中で入場する。純粋に素早さを売りにする種族もいれば、元の素早さはそれ程でない種族もいて、見た目だけでは些か想像も付かない。そんな中でサナギラスが入場してスタート地点に着く。選手が出揃い、会場は一気に静まる。
「Ready……」
一斉に構える選手。脇の特別席で見守るチームメイトや観客席の面々が一斉に固唾を呑む。
「うしっ、まずは一発! Inflated……」
腹を膨らませる圧が脆弱な出口に集中する感覚の中で、サナギラスは小声で気合を込める。
「GO!」
号砲が鳴り響き、一斉にスタートを決める。
「Frustratioooon!」
集中したエネルギーを解放してスタートダッシュを決める。滑り出しは好調。リザードン達はいいぞと声を上げつつ、ぐっと拳を握って見守る。純粋に走ったり空を飛んだり、転がったりしてめいめいの速さを発揮する選手の中で、ポジショニングの駆け引きに火花を散らす。最初のカーブでサナギラスが我先に出力を上げて飛び出してから即座に落とし、内角の最短軌道で切り抜ける。観客席から上がる大きな歓声。
「いいぞいいぞぉ!」
リザードン達の応援も熱が入る。難なく先頭集団に加わり、ポジションを奪い奪われ、レースは続く。
「レースもバトルだ! よく相手や周りを見ろ!」
幼少からバトルで切磋琢磨してきたからこその檄を飛ばし、リザードンはサナギラスを鼓舞する。選手のサンドパンが転がりながら真後ろをマークする。空気抵抗を軽減して速度を上げ、隙を見て抜き去ろうとする、レースでの常套手段。ここであのフィルターが効果を発揮して、ガスが直撃するサンドパンも涼しい顔でマーク出来ている。
サナギラスが見据えた先には最終カーブ。少し角度がきつめで、ここで勝負が分かれると直感した。内角目指し、内側に寄る。サンドパンもぴったり追従。だがベストポジションは他の選手に奪われた。このままではタイムロスは必至。その中でサンドパンが速度を上げた。
「今だ!」
サナギラスは急に角度を付けて曲がり、スパートを掛ける。
「何っ!?」
サンドパンはその動きに追い付けずにマークを外され、大きく外側に膨らんだ。
「っしゃあ!」
リザードン達からも歓声が上がる。あとはそのまま流す感覚で加速し、ベストポジションで曲がった選手を楽々追い抜いてゴールラインを通過!
号砲が鳴り響いた瞬間、会場が沸く。即座に反転して逆噴射の要領でブレーキを掛け、観客にアピール。堂々の一位通過に、リザードン達も歓喜のハイタッチを交わした。
「なんだあのサナギラス!?」
「確かにガスの勢いで飛び回るけど、あんな速いの初めて見たぞ!?」
「とんだルーキーが潜んでたんだな!」
「でもあれで全力なら本選厳しくね?」
「いや、全力は出し切ってない。まだまだやれる顔だ」
観客席から聞こえる驚きの声の数々に、リザードンは我が事の如き喜びを胸に抱いた。
初戦となる一回戦第一レースを終えた控室。レースから戻ったサナギラスを出迎え、一斉に健闘を讃える。
「浮かれすぎんな! まだ初戦だぜ」
はしゃぐリザードン達を逆に一喝。サナギラスは既に次を見据えていた。
「その通りだな。ゴールはここじゃない。まずは目の前の一戦を確実に物にしてこうぜ!」
突き出したリザードンの拳に、サナギラスは額を着けて応えた。即座に控室を飛び出し、袖から第二レース以降を見届ける。マネージャーのリザードンも同行して、選手の特徴や試合運び等、重要事項を書き留める手が止まらない。心を一つにして闘志を燃やす二匹を、ソーナンス達は陰から見守っていた。
「――GOOOOOOOOAL!!!」
会場に鳴り響いた快音。二回戦も余裕で勝ち上がり、この三回戦でも体に溜め込んだガスのパワーを見せ付けて見事な一位通過。準決勝進出を確定させた欣喜に、リザードン達は満面の笑みで飛び跳ねた。サナギラスも、沸き立つ観客席を見回す表情に満ち足りた物を滲ませる。そしてリザードン達が目に入るや、ガスで飛び上がって一回転。
「うわーーーーーーーーっ!!!」
「すげーーーーーーーーっ!!!」
会場の興奮が突如最高潮を迎える。一斉に注目が集まる掲示板に、めいめいのタイムが表示される。サナギラスは堂々の圧勝、のみならず地区新記録更新の好タイム! 会場に響くアナウンスにも熱が入った。
「やったぜぇぇぇぇっ!!!」
溢れる喜びを抑えられず、真上に飛んで
「あんなに輝いてるあいつ……初めて見たぜ……!」
リザードンの頬を伝う一筋の涙。これまでの苦悩を噛み締め、それを乗り越えた誇らしい姿を、しかと目に焼き付けた。
「よかったじゃないか。まだ終わってはいないが、これで彼も胸を、いや腹を張れる」
「ありがとよぉぉ! このレースを紹介してくれたオーロットのおかげだぜぇぇぇ!」
「わたしも忘れないでほしいナンスぅぅ!」
「オイラの整備もばっちりでしたでしょう!?」
「おうっ! ソーナンスもイワパレスも、ありがとなぁぁ!」
涙ながらに抱き合う四匹。それを見つめる鋭い目にも、光る物があった。
「主役を差し置いて喜んでんじゃねぇよ!!」
残ったガスを噴いて特別席に飛び込むサナギラスは観客の笑いを誘い、地区予選は無事に閉幕した。本選会場での準決勝、決勝は二週間後。一斉に見上げた、会場のある方角の空は、青く澄み渡っていた。
「――ほえー、これが『トカイ』ってやつかぁ」
彼らの眼前に広がるのは大きな通りと行き交う数々のポケモン達。無論リザードン達の棲む地域では祭りくらいでしか見る事のないひしめき具合である。そして通りに沿って並ぶ店舗や住家。ポケモンスピードレースの準決勝、決勝の地に相応しい繁栄をこれでもかと見せ付けられる。
「家と草木の割合が、俺たちの棲んでるとことまったく逆だな」
「その表現、言い得て妙だな。僕は仕事柄よく足を運ぶが、やはりこの雰囲気は好かない」
「やっぱりあの森が一番落ち着くンス」
「オイラはもう慣れやしたけどね」
めいめい戸惑いや嫌悪を覚える中で唯一、都会暮らしで涼しい顔のイワパレス。無論ほぼ満場一致でガイドを押し付けられる羽目に。
「で、会場はどこなんだよ『してーぼーい』さんよ」
サナギラスに急かされ、色々と案内するつもりでいたイワパレスは渋々会場へと案内を始める。観光の一つ二つも許してくれないのか、と溜息を零すリザードン。行き交う者達の合間を縫って、只管通りを進んで行く。
イワパレスの案内を聞きつつ、サナギラスは周囲を見回して見慣れない街並みを堪能する。
「やっぱり都会のひとたちは苦手ナンスよね……」
その横でソーナンスは一際表情に渋さを滲ませる。
「みんな心のゆとりみたいなのがないンスよ。オーラであちこちから伝わってきて気疲れするンス……」
「お金が物を言う場だから、稼いだりお金のやりくりを考えたりで皆必死なんだ……あ、ご無沙汰してますー」
道行く者に声を掛けられたオーロットの顔の広さにリザードンは一驚する。仕事の付き合いだからとさらりと答えた彼。さほど歳は離れていないながら、木工に勤しみつつ都会まで遥々足を運んで営業もこなす自立心の高さに、リザードンは改めて一目置いた。そして再び前を向く。
「ギラス危ない!」
高い建物を見上げるサナギラスの前方に、長い尻尾の先が飛び出していた。気付いた頃にはもう遅い。
「うわっ! ……あれ?」
感じる筈の何かしらの衝撃が一切ない。見ると、尻尾はサナギラスを貫いて反対側に尾先が飛び出していた。
「おっと悪い! 特性すりぬけの俺でよかったな。ちゃんと前を向いて歩かないとぶつかるから、気を付けなよ」
「す、すんません!」
尻尾の主に平謝り。冷や汗をリザードンに拭ってもらい、再び歩き出す。
「田舎育ちのオレらにゃ慣れねぇな。さっさと会場に行こうぜ」
尚更急かされ、イワパレスは溜息混じりにスピードレース会場へと足早に案内する。遠くで目立つ大きな建物、あれこそが目的地であり、同時にサナギラスにとっては決戦の地。迫り来る出で立ちに胸は高鳴る。
「着きやしたぜ」
いざ目の当たりにすると、その巨大さと荘厳さに圧倒され、固唾を呑んだ。スピードレースのみならず、バトル大会や音楽祭等のあらゆる催事に使われるスタジアム。
「トカイってマジでいろんなモノがでっけぇんだな」
「そりゃあ、この数の客が入れるくらいだしなぁ」
見回す限りポケモンだらけ。元々棲む数の多さに加え、予選の行われた全ての地域から足を運ぶ者もいて、ごった返すのは必至。中には特定の選手の応援団の姿も見られ、ぽっと出で応援も極少数の有志という立場には、レース開始前にも関わらずプレッシャーが掛かる。
「行こう、まずは手続きだ」
「おう」
看板に従ってスタジアムに入り、早々に手続きを済ませる。中は広々としていて、案内された控室に向かう際も、その数の多さにサナギラスとリザードンは目を丸くするばかり。準決勝に進めた事を今頃はっきり実感されてきて、緊張は一層高まる。
「ここだな」
扉を開けると、清潔感のある内装が目に飛び込む。地区予選のそれとは天と地の差だった。
「やっぱり都会だと大きくてきれいナンスね~」
選手の緊張を余所に、ソーナンスはのほほんと身を休める。
「心のゆとりを持ち過ぎるのも考え物だな、はぁ……」
オーロットは二の句が継げずに溜息。
「とにかくあなたたちも今は休むンス」
強引にリザードン達を椅子に座らせたりする。それを見たオーロットは、いい意味で考え物だなとぽつり。スピードレース開催まで、残り一時間半。
選手出場までの間に、イワパレスによるマフラーのチェック、リザードンによる腹部のマッサージ等で状態を調える。時間が迫るにつれ、めいめいに緊張が表出した。
「よし、そろそろ時間だ。まずは決勝進出を目指そうぜ!」
「おーーっ!!」
背中にゼッケンを着けたサナギラスを送り出し、リザードン達はピッチの一角に設けられた特別席に座る。選手達が駆けるコースと同様、最も低い位置に存在する特別席から見回す観客席は、さながら谷底から見た断崖の如き様相で、膨大な数の席が見る間に埋まっていく様子を捉えた。
「ここ、ちゃんとテレパシーが使えないようにフィールド張ってるンスね」
「なるほど、純粋に選手の判断力が勝負を分けるってことか」
ソーナンスのエスパータイプらしい着眼点にオーロットも感心する。ルール上テレパシー等の通信手段を用いた選手との直接のやり取りは禁止されているが、その点もこのスタジアムは徹底されていた。
「この場じゃなおさら、俺たちの応援がものを言うってわけだな」
「全力で応援して、声枯らしやすか!」
のどスプレーのノズルから噴射された薬液が、喉奥の粘膜に心地よく染み渡る。応援の際も鳴り物や発音器官の使用の一切を禁じて、可能な限り公平性を保つルールが設けられていた。
盛大なファンファーレが鳴り響き、スピードレースの開会式が挙行される。実行委員長の挨拶と音楽隊による演奏を経て、いよいよ準決勝第一レースが始まる。
「早速あいつの出番だな」
リザードン達は一斉に特別席からスタート地点を眺める。選手の入場が始まり、一匹ずつ選手紹介のアナウンスに与りながらスタート地点へ歩いて行く。流石は地区予選を勝ち抜いた猛者達、放たれるオーラも予選とは比べ物にならない。
そしてサナギラスの名が呼ばれ、入場する。リザードン達は一斉に声援を送る一方、観客席側からの声援は
サナギラスが位置に着いた直後、次の選手が呼ばれる。途端に観客席が沸き立って声援が飛び交う。
(いつかオレもあんな風に応援されるようになりてぇ……!)
そんな事を思いながら入場して来た選手に目を遣る。映った姿に鋭い眼が真ん丸になった。
「あ、アンタは……!?」
「おや、あのときよそ見してた君も選手だったのかい」
鋭く細い眼と大口でニタリ。スタジアムに向かう道中で、ぶつかったと思いきやすり抜けた尻尾の持ち主その者だったのだ!
「ドラパルト! ドラパルト!」
「ここで出会うも何かの縁。しかしここでは共に争う身。遠慮なく決勝に進ませてもらうぞ」
「オ、オレもっ! 決勝進出目指してがんばります!」
「健闘を祈る」
新参の緊張が言葉に表れる一方で静かに、寧ろ飄々とさえ感じる出で立ちに、言葉にし難い貫禄を感じ取っていた。
全ての選手が入場し終えて、彼らは全員スタートダッシュに備える。緊張の中で溜まるガスが、硬い腹を膨らませる。長い腸を太く拡げつつ、出口に向かって圧が集中し出す。
「Ready……」
「いくぜ! Inflated……」
会場は静寂に包まれる。流れる一秒が、何倍にも長く感じる張り詰めた空気。
「GO!!」
スタートを合図する快音がスタジアム一杯に響いた。
「FRUSTRATIOOOOOOOOOON!!」
ブオーーーゴゴォォォォォーーーーーッ!!!
抑圧を解く快感を伴い、他の選手と共に好調なスタートダッシュを決める。即座に始まる位置取りの駆け引き。スピードのみならずコース取りによってもタイムの増減に大きく影響するスピードレースに於いて軽視出来ない位置取り合戦。流石に準決勝ともなれば経験豊富な選手が多く、第一コーナーでは外角気味の大回りを余儀なくされる。それでも直線に於ける自慢の爆速でどうにか中位集団に食らい付く。
「もっとアグレッシブにいけーーーっ!」
会場の声援に混じって聞こえてきたリザードンの叫び声。それに応え、第二コーナー手前では内側へとグイグイ詰め寄る。選手同士の体が当たり、進路妨害目的の接触で相手選手をクラッシュさせる「ファウル」による失格リスクを抱えながらも、どうにか内角気味にコースを取れた。サナギラスは周囲を一瞥してから急加速。いち早く抜け出して上位集団に食い込んだ。
「その調子ナンスー!!」
テレパシーを禁じられたソーナンスの希少な大声を糧に、サナギラスは更に闘志を燃やす。上位集団にはあのドラパルトもいた。コースアウトすれば即失格のこのレースに於いて、選手達は勿論、互いに理想的なコース取りをさせないよう一瞬飛び出したり幅寄せしたり、あらゆる手で妨害を図ってくる。サナギラスはそれに対して、小刻みにジグザグな軌道で躱した。ここでこれまで幾度となく悔し涙を流した特訓と、改良を重ねたマフラーが活きる。スピードを可能な限り維持しながら、細かな動きでそれらを
「うわっ! 視界が取れねぇ!」
ドラパルトの前に出られない。そうせしめていたのは彼の特性「すりぬけ」。体が重なっても衝突しないためにドラパルトと並走してもファウルを受けるリスクを抱えずに済むが、彼の特性を知らない者は、否、知っていたとて咄嗟に避けさせようとするハッタリをかまされてコースアウトする者は少なくない。それが通じない相手であったとしても、ドラパルトと完全に重なると視界不良に陥り、中々スピードを出せない。
「俺を追い抜くのはそう簡単じゃないぞ?」
街中で選手と知らずにネタをバラしたにも関わらず、不気味な笑みには余裕が表れていた。堪らずドラパルトから離れて最終コーナーへ。内角を取ろうとしたらドラパルトも同じコースを取り、致し方なく外側を回るが、種族故の大きな体躯と重なるのを避けるためには、それなりに外側のコースを取らなければならなかった。完全に視界を奪われる訳ではないとは言え、目で判断する事柄の多いこの状況では、やはり大きな枷となる。曲がり切って最後の直線。案の定ドラパルトから離された。
「ほれほれ、追い抜くなら今のうちだぞ~」
振り向き様にニタァと笑い、尻尾をわざと大き目に振る。
「クッソぉぉぉ!」
サナギラスはスパートを掛け始める。更に大きくなる観客の声援。ここで底力を見せてやるとサナギラスは意気込んだ。
「バカ野郎!!! 挑発に乗んな! 流せ! 流せぇ!!」
雑多な声援の中で、はっきりと耳が捉えた馴染みの声。怒りに声が裏返ろうとも厭わない、最も傍で支えてくれた存在。はっとサナギラスは我に返った。
「あっぶねぇ……ありがとな!」
即座に出力を抑え、惰性で突き進む。ドラパルトとの差は徐々に広がっていく。サナギラスは頻りに後方を気にしていた。追い上げて来る三位の選手。前方には今まさにドラパルトがテープを切り、号砲鳴り響くゴールが迫る。サナギラスはそのまま流してゴールに突っ込む。それから一秒足らずして通過した三位の選手。
「よしっ! 決勝進出決めたぁ!!」
翼をはためかせ、轟々と燃え盛る尻尾を振って歓喜に吼えるリザードン。
「正直不安だったが、想像以上に上手く対応できていたな。あっぱれだ! だがドラパルトはやはり手強かったか」
喜ぶ中でも冷静さを失わないオーロット。
「初出場で決勝に進めただけでもウルトラ偉業ナンスー!」
「オイラ、自分のことのようにうれしいですー!!」
ソーナンスとイワパレスは手と鋏でハイタッチ。程なくしてスコアボードに使われる巨大な電光表示板に、各選手の正式な記録が表示された。どよめきと歓声がどっと沸き起こる。
「うっしゃぁとりま二位通過だぜ!!」
サナギラスはここでようやく喜びを露にした。初戦から通して初めてトップの座を明け渡した結果となったが、準決勝三レースの各上位二名という決勝進出条件を満たしたため、これで午後に行われる決勝への切符を確実に掴めた。もし流すタイミングが早すぎたら、各レース三位以下の選手の中で、タイムのいい上位二名という狭き門を潜らねばならなかっただろう。
サナギラスは早速リザードン達のいる特別席に向かう。決勝進出の欣喜に沸く皆に誇らしく腹を張った。
「でだ、決勝に出れるのはいいけど、あのドラパルトの挑発でぶっ飛ばして決勝の分のガスは大丈夫なのか?」
リザードンは喜びながらも抱いていた不安を率直にぶつけてみた。
「あぁ。確かにちょっと使っちまったけどよ、昼飯食ったら十分カバーできるぜ。だから心配すんな! それに昨日アレ食ったからな」
笑顔を見せたサナギラスに、リザードン達は胸を撫で下ろした。そんな彼らの元にやって来る姿を捉える。
「見事だった。スタミナ切れを狙った挑発にも乗らなかったとは、単なる無鉄砲ではなかったようだな」
「ドラパルトさん!?」
余裕のトップ通過を果たしたドラパルトが、わざわざサナギラスに会いに来たのだ。
「ドラパルト、でいい。敬語も結構だ」
優勝候補のベテランは、レース中に見せた物とは百八十度異なる、朗らかな笑みを見せた。
「まさか初出場で決勝進出、優勝を争うことになるとは思わなかったな。面白そうな新星とまたも競えるとわかって、俺は嬉しいぞ」
「オ、オレもっす! いや、オレもだぜ! ワンチャン優勝するんで、よろしくな!」
「そう簡単に優勝できるほど甘くはない。とにかくだ、決勝の舞台で待ってるからな」
終始余裕と貫録を見せつけて去って行くドラパルト。その背中を凝視するサナギラスの目は、情熱と輝きに満ちていた。
息吐く暇なく、サナギラスは予選と同様にリザードンと、そこにオーロットも加わって第二レース以降も袖から観戦した。準決勝に相応しいレベルの高い駆け引きや、第一レースで見られなかった意表の突き方を目の当たりにして、思わず固唾を呑んだ。その中で傑出した才を感じ取ったのは、第三レースに出場した、ある選手。速度、ペース配分、駆け引き共に他の選手より抜きん出て、二位と圧倒的大差を付けてゴールテープを切った。記録も準決勝で全体一位。無論二位はドラパルト。因みにサナギラスは五位。
「オレ……決勝でこんな強ぇヤツらと戦うんだな……」
途端に心臓がバクバク高鳴る。そんな彼の背中にそっと置かれた、温かな手。
「貴重な経験じゃないか。もちろん狙うは優勝だが、それよりもまずは全力を尽くして挑め。それで悔しい結果になったとしても、誰も責めないさ。とにかく、変な悔いだけは残すなよ」
サナギラスを見つめる大きい火竜の見せる微笑が、頼もしく映った。それに大きく頷いて答える。
「おぅ、当たって砕ける勢いでブッコいてくぜ!」
――ぐぅ~
折角の雰囲気を台なしにする轟音が、硬い腹から響いた。途端に赤面するサナギラス。
「そうか、もうお昼の時間だ」
「そろそろお待ちかねの飯食うか!」
「腹が減っちゃレースもできねぇ!」
三匹は足取り軽く控室の方へと歩き出した。間もなく終わろうとする、午前のひととき。
五匹全員揃って、スタジアム内の選手達専用の食堂で昼食を嗜む。多種多様な種族に合わせた様々なメニューを取り揃えた充実振りは息を呑む程。一流シェフの手掛ける
そんな折、彼らの元にやって来る姿。それはドラパルトではなかった。
「ガ、ガブリアスさん!?」
サナギラスとリザードンは刮目を禁じ得なかった。今目の前に佇む彼こそ、第三レースで圧倒的強さを見せ付けた優勝候補の一角その者だったのである。
「見ねー
「あ、あざまっす!」
活躍を一目見て憧れと畏怖を抱いた相手に話し掛けられ、サナギラスは緊張を隠せない。そんな様子を見て、彼はほくそ笑んだ。
「スピードレースはよ、調子に乗ったルーキーが
そして豪快に笑いながら去って行った。唖然とする五匹。
「何ナンスかあの選手、超感じ悪いンス!」
ソーナンスが嫌悪感を露にする一方で、溜息を零すオーロット。
「態度は好かないが、言うことは一理あるだろうな。ましてや優勝を重ねる実力の持ち主……」
食堂を出て行く姿を、赤い単眼が追った。見えなくなった所で、それはサナギラスに向いた。
「だがやはり僕も奴は気に食わない。本音は優勝してほしいが、そうでなかったとしても、奴をぎゃふんと言わせるようなレースを、応援しかできない僕の代わりにしてくれるか?」
「オイラも全力でバックアップしやすぜ! サナギラスさん!」
「おぅ、どのみちやってみなきゃわかんねぇけど、全力で当たって砕ける覚悟でいくぜ!」
サナギラスは
「そのためには、ちゃんと飯食って腹ごしらえしなきゃな」
既に食べ終えたリザードンが、丸く張った太鼓腹を鳴らす。サナギラスは勇んで残りを食べ始め、イワパレス達もそれに続いた。
「おおっと忘れ物しちまったぜ!」
ガブリアスがサナギラスの真後ろを高速で横切る。そそっかしい所もあるんだなと皆が笑う中で、ソーナンスだけ憮然としてその姿を目で追っていた。
昼食を食べ終えて控室に戻る。これから行われる決勝に向けて準備を進める中で、リザードンはふと目に留まる。
「なあ、お前ゼッケンどうした?」
「へ? 背中についてねぇか?」
「ついてないぜ。てっきり外したのかって思ったんだけどよ」
リザードンの指摘を受け、忽ちに血の気が引くサナギラス。
「オレ一度も外してねぇよ!?」
「ってことは、どこかで外れて落ちたのかもな」
「ヤベェぞ、決勝まで時間がねぇってのに!」
登録手続きの際に支給される番号付きのゼッケンは、大会に出場する選手の証でもあった。即ちそれがなければ、サナギラスは決勝のレースに立てなくなる。
サナギラスは慌てて探しに行こうとするが、オーロットに止められる。只でさえ広大な会場の中で隅々まで探していたら、決勝に間に合わないどころか日が暮れてしまう。失格にされるのを覚悟で素直に再発行を願い出るのが賢明と説得を始めた。だがそれでも失格を嫌がって話に乗ろうとしない。
「……そのゼッケン、ずっと着けたままだったンスか?」
突如話を割って訊ねたのはソーナンス。サナギラスは大きく頷いて応えた。
「でしたら、サイコパワーを無効化するフィールドのかかってる場所以外なら、ゼッケンに移ったあなたのオーラを頼りに、場所を念視できるかもしれないンス」
「それだ! それなら無駄に探し回る手間が省ける!」
「今すぐやってくれ!」
皆の懇願を受け、ソーナンスは早速深呼吸。無言で見守る中、時折唸ったり顔を顰めたりする。張り詰めた空気の中、突然水色の体がぴくりと動いた。
「あったンス!」
おお、と見守る表情は明るくなるが、ソーナンスは深刻な面持ちになった。
「でも、今すぐ取りに行かないと処分されそうナンス!」
「処分!? どこにあんだよ!?」
「ゴミ箱に捨てられてるンス!」
「はぁぁぁぁ!!?」
思いもよらない事実に一同仰天した。ゴミ回収担当のダストダス達が、既に動き出そうとしている事も、念視によって判明した。
「とっとと行かなきゃ――」
「オイラに任せてくだせえ!」
高らかに名乗りを上げたのはイワパレス。副業のユナイトバトルでも多用するからをやぶるならば、高速で移動可能かつ機動力も高い。任せる事に異論はなかった。
「じゃあわたしがテレパシーで場所を教えますんで、速やかにそこへ向かうンス!」
「あいよ、第202回スピードレースで優勝したお父っつぁん譲りの俊足、見せやすぜ!」
「ああ、頼むぜ……って親父さん元選手ぅ!?」
開いた口が塞がらない中で即座に身軽になり、控室から外へ飛び出して行く。ソーナンスは頭を押さえながらぶつぶつ呟いている。普段の気楽でのほほんとした雰囲気から想像出来ない不気味な光景。残された三匹は只管祈りつつ見守るしかなかった。途方もない長さに感じられる一分一秒……。
「――無事回収したンス! ほんとに間一髪だったンス!」
「よかった~~~! マジでどうなるかって思った……」
「しかし誰が一目でわかるゼッケンをゴミ箱なんかに……」
一斉に安堵して脱力する。数分して息を切らしながら戻って来たイワパレスは、拍手で迎えられた。ちゃんと鋏に番号6が書かれたゼッケンを持っていた。
「今度ははがれねぇようにきっちり頼むぜ」
専用の接着剤で、念を入れてサナギラスの背に貼り付けた。時間を見たら集合時刻がすぐそこまで迫っていた。控室を飛び出し、選手中でも最重量たるサナギラスを四匹がかりで抱えつつ、競技場へと走って行った。
選手達の集まる入場口に、サナギラスが到着した。集合時刻には間に合い、大きく息を吐いた。その姿に最初に気付いたのはドラパルト。
「どうした、あと数分遅れてたら棄権扱いになっていたぞ」
「はは、ちょっといろいろ立て込んでてよ……」
苦笑を浮かべるサナギラス。ドラパルトの遥か後ろでチームメイトを携えて凝視するガブリアスは眼を細くする。そして徐に近づいて来た。
「てっきり決勝のプレッシャーに怖気付いちまったかって思ってたけど、そうじゃなかったようだなー」
「やめろガブリアス!」
挑発的な言動を諫めるドラパルトを一瞥して舌打ちする。そして威圧的なオーラを纏って更に距離を詰めた。
「ま、せいぜいゴミみてーな結果にならねえようがんばるんだな」
鼻で笑うガブリアスに対し、眼光を鋭くした。ガバイトやフカマルと共に、鼻歌混じりで元いた場所へ歩く後姿を、ドラパルトは無言のまま目で追い駆けた。その彼もチームメイトに呼ばれ、今は奴のことなど気にするな、とサナギラスに一言残してその場を離れた。
スタジアムに盛大なファンファーレが流れ、いよいよ決勝が始まる。頂点の決まる一戦を見ようと、観客席は超満員になっていた。賑わいと緊張の入り混じる独特の空気に、特別席のリザードン達も、心音が耳に響く程の拍動を身に覚える。
そしてナレーションの紹介と共に、決勝に駒を進めた選手が入場を始める。その時点でも観客の盛況凄まじい。そしてドラパルトの名が読み上げられると、スリバチスタンドはどっと沸いた。四方八方の声援に、尻尾を大きく振って応える。次に呼ばれたのはサナギラス。
「いけー!」
「がんばるンスー!」
特別席からの声援に応えるサナギラスは表情が硬い。観客席からの声援は、当然ながらそれなり。
「緊張しているようだな。上手く全力を出せればいいが……」
「それでもオイラたちは、サナギラスさんを信じて応援するのみ!」
スタート地点に向かう背番号6の選手を、特別席から気に掛けた。
そしてガブリアスが入場。流石は優勝候補、一転して観客席が沸き立つ。ガブリアスは派手なパフォーマンスで応え、更なる大きな声援を求めて観客達を鼓舞した。
全ての選手が入場を終え、スタート地点に並ぶ。会場は次第に静まり、張り詰めた空気が漂い出す。
「Ready……」
差し迫るその瞬間に、一同固唾を呑んだ。
「GO!!!」
号砲の爽快な破裂音が鳴り響き、いよいよ第247回ポケモンスピードレースの頂点を決める戦いの火蓋が切って落とされた。選手達はめいめいにスタートダッシュを切って、早速ポジション争いのデッドヒートが繰り広げられる。観客達は推しの選手への応援に熱が入る……が。
「おいどうした!?」
「もうちょっと待ってくれ!」
一斉に駆けて舞い上がった土埃の漂うスタート地点に、唯一取り残された背番号6。
「まずい、おそらくガスが溜まり切ってない」
「じゃ、じゃあどうすればいいンスか!?」
「……こればかりは応援する以外に、僕たちはどうにもできない……」
オーロットは苦虫を噛み締め、木工でがさついた両手で、ウッドハンマーすらも発動を禁じられる中で握り拳を震わせた。
「オイラが産まれるもっと前にお父っつぁんが立った舞台を、この目で見られて充分です! けど欲を言うなら、お父っつぁんが見た景色をオイラにも見させてくだせえっサナギラスさん!!」
「まだレースは始まったばかりナンス! 諦めたらそこで終わりナンスよー!!」
「とにかくやれるところまでやれ! 這ってでもゴールを目指すんだ!!」
ソーナンス達の必死の応援、観客席から少なからず伝わる困惑とどよめき、誹謗の声は硬い殻を震わせてサナギラスにも届いていた。それでも中々ガスが出る気配はない。サナギラスは一歩も動かずに唸り出す。
「バカ野郎! なんのためにいろいろがんばってきたんだよ!? バトルでも基本の自己管理すらできない奴だったのかよお前は!」
「うるせぇ! 今必死コいてガス溜めてんだよ!」
痺れを切らしてリザードンが怒声を浴びせると、サナギラスもこわいかおで喚いて応戦した。
「それで結局出なくてゴールできませんでしたーってか!? ふざけんなよ! これまでの日々が水の泡だろうが! みんなの力も借りてここまで上がっときながらそれで悔しがったって、やってるこたぁ歯ぎしりしてるヨワシと一緒なんだよ腑抜け!」
「腑抜けェ!!?」
サナギラスの眼光が鋭くなり、わなわな震え出す。
「おうよ! そんなんじゃまた無駄に屁でいろいろぶっ壊すだけの能なしだろうが! あ? 違うかよ害悪屁っぴり蛹野郎!!!」
「よくも言ったなガス爆発トカゲヤローーッ!!!」
「ああ! もういい、観客どもにバラしてやらぁ!!!」
「テメッ、コノヤロォォォォォォーーーーーーーッ!!!」
沸々とこみ上げる怒りに、鬼の如き形相を向けたサナギラスは真っ赤になっていた。ヒートアップするリザードンを、ソーナンス達三匹がかりで押さえ込む。やり過ぎだとオーロットに一喝されても、見てな、とリザードンは一言呟いて顎でサナギラスを差した。
「あーもう怒ったぞー! 怒りのパワーが溜まってきたぜえっ!!」
湯気が立ち上らんばかりに赤熱するサナギラスの腹が、急激な膨張を始める。既に第一コーナーを曲がり切った選手達に、血走った眼が向けられた。
「ナメやがって、目にモノ見せたらァァ!!」
マフラーの辺りに力が集中するのを、目でも明瞭に感じ取れる。腹に据えかねた物が極限にまで圧縮され、その逃げ道となる肛門を膨らませてついに解き放たれる!
「ヘェェガァァデェェルゥゥゼェェェェェエエェェェエェェエエェェッッッ!!!」
パンパンッ! ブブゴオオォォォォォオオォォォォオォォォブオオオォォォォォォォッ!!!
一瞬唖然としたが、それは即座に打ち砕かれた。マフラーから黒煙を噴いて、ブロロン族も真っ青のまさしくロケットスタートと呼ぶに相応しい
「な、なんだあれは……」
「ガキの頃から一緒の俺だからわかる、怒りをパワーに変えたあいつのすさまじさをな! ここまでは想定外だったが……」
リザードンの脳内に浮かぶ、ヨーギラス時代の彼が馬鹿にされた怒りを糧に、格上を次々と薙ぎ倒したあの光景。
「思い出させてくれてありがとなぁリザァァァァァァァ!!!」
爆速でコースを走るサナギラスにも、全く同じ光景が浮かんでいた。
「いけいけその調子だぁ!! お前ならやれる!」
即座に声援を送り出すリザードン。これを皮切りに呆然としていたソーナンス達も我に返って声援に加わった。
「おいあのサナギラスやべーぞ!」
「いけいけー! やっちまえー!」
困惑していた一部の観客もロケットスタートに度肝を抜かれ、声援は次第に大きく、力を得てくる。
「うおー昨日の土がやっと効いてきたぜえぇぇぇ!」
噴射の威力は徐々に上がっていく。わざわざシチリン山まで足を運んで食べた火山性の土。以前サナギラス自らの提案で試しに食べたら、土中の成分で噴射のパワーが桁違いに上がる事が分かり、この日のために周到に計算して食べてきた。決勝の場でそれが効いてきた事も、サナギラスの闘志を更に熱く燃やした。
第一コーナーは外角目一杯で切り抜ける。最もタイムロスが大きくなるが、速度の暴力で捻じ伏せて、減速しないまま先発の七選手を追い駆ける。遠くに見えた七位の背中が見る間に大きくなる。振り向いた七位の選手は途端に狼狽した。
「
そして突如サナギラスの進行方向に飛び出して来た。
「バカ! 何考えてんだやめろ!」
サナギラスの制止も聞かず、七位はそのままサナギラスと衝突。選手の中でも最重量たる三桁の体重を誇る肉体と現状最速のサナギラスがもたらす運動エネルギーに、無論なす術もなく跳ね飛ばされ、そのまま呆気なくコースアウト。
「だから言ったじゃねぇか!!!」
と語気を強めるサナギラス。この場合、サナギラスは妨害された側であるため、ファウルのペナルティは適用されない。
気を取り直して更に追い上げる。五位と六位の背中が見えてきたが、彼らは素直に進路を譲った。まさにごぼう抜き。この戦法は追い抜く側になる時間が長い事から、体力の消耗著しい代わりにファウル等のペナルティを受け難く、戦法として採用する選手もいる程だ。しかしながらここまで極端な出遅れからのごぼう抜きは前例がないらしく、元優勝選手を父に持つイワパレスも驚きと興奮に満ちてサナギラスを目で追っていた。一気に五位まで追い上げ、第二コーナーも不利な外回りで切り抜ける。ガブリアス、ドラパルトを含む上位集団四匹の背中が見える。向こうも後ろを向いて驚愕を隠せない様相なのが伝わった。
「いけいけーーー!!」
「その調子だサナギラス!!」
スタンドからもサナギラスへの応援が次々に増えていく。音の波浪を背中に浴び、更なる活力に変えてじりじり上位集団との距離を詰めて行く。
「――なにっ!?」
血走った目が突如丸くなる。上位集団四匹は突如、コース上を横一文字に広がって並走を始めた。
「チッ、先に行かせねぇってか」
こればかりは出力を落とさざるを得なかった。進路こそ塞がれたものの、後続との距離は進路妨害と見なされるそれよりも離れているために進路妨害には当たらない。逆に無理やり割り込んで追い抜く際に相手をクラッシュさせれば、サナギラスがファウルで失格になる状況でもあった。見事な連携振りには流石のサナギラスも困惑する。しかも先にはカーブのきつい最終コーナーも待ち構えていた。
コース一杯広がって追い抜きを阻止していれば上位集団側が審議に掛けられる恐れこそあったものの、一箇所だけ追い抜ける程のスペースを設けていた。しかしそこは最も内側、コース取りとして最も有利ながら、高速で追う今のサナギラスには曲がり切るのは絶望的な上に、ブレーキを掛けても結構な速度でコーナーに差し掛かるのも必至。ルールの穴を突く上にコースアウトとペナルティ、二重のリスクを負わせる上位集団の頭脳戦に、観客達は舌を巻いていた。
「ひるむな! 努力してきた自分を信じろー!!!」
リザードン渾身の声援を、耳に微かに拾う。短い時間で色々考え、血走った眼で、前を見定めた。
「イチかバチか、やるしかねぇっ!」
上位集団が最終コーナーに迫る。内側からメガヤンマ、ドラパルト、テッカニン、ガブリアスと並ぶ。見るに相当のスピードで曲がろうとしている。サナギラスは外角寄りに位置取りを始めた。四匹が左向きのカーブを曲がり始める。その瞬間、サナギラスは一気に加速した。
「何ィッ!?」
一驚の声が上がったのは上位集団だった。そして観客席は驚きと興奮に沸き立った。最終コーナー終盤で、サナギラスは先頭に躍り出ていた!
「すごい、あれを本番で決めちまうなんて……!」
「流石のコントロール、あっぱれと言うしかない!」
リザードンやオーロットをも驚嘆させた速さと正確さのマリアージュ。上位集団がコース通りに曲がる合間に、サナギラスは外側からコース内端とメガヤンマの間の狭いスペースを、接線を描く要領で文字通り弾丸の如く走り抜け、見事追い抜き成功!
「サナギラス! サナギラス!」
会場一帯に沸き起こるサナギラスコール。リザードン達は夢のような光景に感激しつつも、更に声を張り上げ、直線のラストスパートに臨む新星を更に鼓舞する。
「優勝させるかぁぁぁ!!」
ガブリアスが即座にフルスロットルで猛追を仕掛ける。ドラパルトも更に加速して、メガヤンマやテッカニンも後を追う展開。そしてガブリアス、ドラパルトと一直線に並ぶ。
「そのまま優勝へ突っ走れぇぇぇぇぇっ!!!」
優勝も夢ではなくなったラストスパートに、特別席の四匹も自ずと熱い物がこみ上げる。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
腹圧を一気に掛け、轟々と噴き出す爆炎。推進力の副産物たる仄かな硫黄臭を含んだ暴風が、風下の特別席に吹き付けられ、より高い場所に位置する観客席の一部にも達した。後続の選手達はその風を避け、方やそれを利用して、それぞれの形で追い上げを図る。
スリバチスタンドから降り注ぐ割れんばかりの声援。遠くに見えたゴールテープが猛烈な勢いで迫ってくる。サナギラスの脳内に、上手く走れず満身創痍になって悔し涙を流した日々が駆け巡る。そして支えてくれたリザードン達の姿が、ゴールテープの向こうに見えた気がした。
「見てろオラアァァァァァァァッ!!!」
今は只管、真っすぐ駆け抜けるのみだった!
パアアアアァァァァン!!!
興奮の
「っしゃあ優勝だぜぇ!!!」
少し遅れて再び響いた破裂音の後、ブレーキ痕から立ち上る土煙を纏って、歓喜に飛び上がった。煙が晴れて現れたのは……。
「くっ、また及ばなかったか……」
準優勝に悔しさを滲ませるのはステルスポケモン、ドラパルト。
「――おいおいもっと盛り上がれよ!」
優勝した筈なのに、勝者たるマッハポケモンは特別席のチームメイトと共に不満を露にした。観客の殆どは、あらぬ方向を見上げていた。その視線の先には、歪な軌道を描きながら青空へと飛んで行く存在。黒煙を辿って行くと、ゴール手前の直線コース上に薄れゆく煙の塊。風に乗って消え失せ、目に付いた爆発痕。火山ガスのような臭いも仄かに漂って来た。
「あ……あぁ……」
リザードンは完全に言葉を失っていた。
「なんとむごい……」
流石のオーロットも、見せ付けられた現実に声を震わせる。
「オ……オイラの、せいで、こんな……うっ、うああぁっ……!!」
即座に状況を理解したイワパレスは、崩れ落ちて咽び泣く。
「違う、お前のせいじゃない……むしろお前はよくがんばってくれた。誰も悪くない、こうなるなんて、誰もが、予想外だったんだよぉ……!」
必死に慰めるリザードンも、大粒の涙を零した。ソーナンスやオーロットも、鋏を握って涙ながらにイワパレスに感謝の思いを伝え、その言葉にイワパレスは只々号泣した。
そしてスコアボードに、決勝の公式記録が掲載される。優勝はガブリアス、準優勝はドラパルト、三位はメガヤンマ。そしてサナギラスの項目にはタイムすらもなく、無機質な失格の文字が表示されるだけだった。観客席から聞こえる、盛大な拍手。
「こうなっちゃったのは残念ナンスけど……サナギラスさんはよくがんばったンス」
「そうだな……大幅に出遅れたのに終盤には優勝争いに加わって、あんな熱い走りを見せてくれるとは、僕も驚くしかなかった、それだけになおのこと悔しい……!」
「うぅ、オイラ、こんなことでへこたれやせん! 石工としてもっといいマフラーを作って、サナギラスさんに最高の景色を見せやす!」
ピッチの端を練り歩いて観客からの声援を浴びる選手達を眺めながら、この場に彼がいない歯がゆさを思い思いに噛み締めていた。
「……俺、あいつを捜しに行ってくる」
リザードンは徐に、翼を大きく広げる。
「頼むよ。軌道からして、そう遠くへは飛んでいないはずだ」
「スタッフさんにはわたしから伝えておくンス」
リザードンは大きく頷く。そして青空へ向かって翼をはためかせ、スタジアムを飛び出した。
上空から見下ろす大都会は、想像以上の広がりを見せていた。飛んで行った方角を頼りに進んで行くと、街並みが途切れた先に林が広がる。しばらく上空から目を凝らすと、木々の合間から見える地面に、不自然な陥没を捉えた。即座に降り立ち、間近で確認する。抉られた土の状態や周囲に飛散した
「この辺にいるのは間違いなさそうだな……」
足跡等が残りにくい硬めの土だったため、周囲の至る所を捜し回るしかない。幼馴染として、彼ならどうするか思案しながら、思い当たる場所を次々探って行った。
リザードンの足が、ぴたりと止まる。耳を澄ますと、声を殺して泣いているような音が聞こえてきた。その音を頼りに林を進むと、木陰でひっそりさめざめと涙で地面を濡らす幼馴染の姿があった。
「こんなところにいたのか」
声を掛けると、サナギラスは目を向けながらも涙は止まらない。
「みんな心配してるぞ」
「ほっといてくれぇ!」
サナギラスは拒絶する。それでもやおら距離を詰めようとすると、周辺に転がる石をリザードン目掛けて投げ付ける。それは全て、手で受け止められた。
「会場で、みんなお前が戻ってくるのを待ってるんだ。一緒に行こうぜ」
「どうせあの無様な負け姿を笑うだけだろ? みんなオレのことさらしモノにするつもりなんだろ!?」
ドゴッ!
硬い頬に響いた鈍い衝撃。リザードンは右手指を振って痛みを堪えていた。
「いい加減にしろ! 会場が一体になったあの応援……お前には届いてなかったのかよ!!?」
サナギラスは尚も、無言で俯いたまま。
「スタートこそあんなだったけどよ、そこからの猛烈なごぼう抜きと、最終コーナーのあの走りで、観客の心はしっかり掴んでたんだぜ? それ見て俺、めちゃくちゃ感動したんだ! お前やっぱすごいやつだなって! マジで思った!」
「でもよ……ゴール目の前で……」
「オイラのせいだって、イワパレスめっちゃ泣いてたぞ。お前があんなパワー出せるなんて、誰も予想できなかったからしょうがないし、お前含めて誰も悪くないのに、あいつ本気で泣いてたぞ、強度が足りなかったせいで、最高の景色を見せてやれなかったって……」
「うぅ、イワパレスぅ……!」
赤くなった目から再びボロボロ涙が零れ出す。リザードンの大きな鼻腔がツンと刺激され、目頭が熱くなる。
「結果は散々になっちまったけど、お前がそうやって本気で泣いて、イワパレスやみんなも本気で泣けるって、それだけ全力でがんばってきたってことなんだ! 何も恥ずかしくなんかない。それは俺たちや多くの選手、観客にも伝わってる。だから会場で、お前が戻ってくるのを待ってるんだぞ!」
「う、うぅぅ……!」
リザードンの腹に顔を埋めて只管涙していた。顫える頭を撫でる手の甲に滴る一雫。
「お前、少し前まで、進化して手足がなくなって不自由してる中で、制御できない屁に思い悩んでいたのに……今のお前は、その屁でみんなを夢中にさせてるじゃないか!」
伝わる熱い物を感じる中で、濡れて赤くなった眼が大きく開いた。サナギラス自身遠い昔のように思えていた、喜ぼうが怒ろうが悲しかろうが、動いても食べても、ましてや眠っていても無慈悲に溜まる、破壊力抜群の煩わしい屁に頭を抱えた日々が、途端に脳内を駆け巡る。
「少なくとも俺は……幼馴染として、そんなお前が誇らしいし、素直に尊敬してるんだ! 優勝できなかったけどまだチャンスはある。堂々と胸を、いや腹を張って次に挑もうぜ、ギラス!」
「うぅ、リザぁ……ありがとなぁっ!」
涙を流す感情が変わり行く幼馴染を、そっと両手と翼で抱擁する。そしてこみ上げた思いを、止め処なく目から流した。
「――よし、行こうか」
濡れた目を拭い、矢庭にサナギラスを後ろから抱きかかえる。突然の事にサナギラスの目は丸くなった。
「行こうって、おいまさか、オレを抱えたまんま……オレその辺のサナギラスよりでけぇし重てぇってわかってんだろ!? つーか二百キロくれぇあんぞ!?」
「何言ってやがる」
懐に収めた幼馴染に、泣き腫らした笑みを浮かべた。
「いざってときにお前を抱えて飛べるように、日々体を鍛えてるんだよ」
「リザ……!」
サナギラスが見上げる中、リザードンは歯を食いしばって必死に羽ばたかせ、身は宙に浮く。そして徐々に高度を上げて、スタジアムに向けて飛んで行った。遠くでも目立つ大きな建物が、次第に近づくにつれ、火照りの強まるリザードンの肉体から汗が滲み、呼吸も浅く激しいものに変化する。サナギラスは身に強く当たる腕の硬い筋肉と、腹の筋肉と脂肪が織り成す独特の感触に包まれながら、眼下に広がる森から郊外、そして都心へと移り変わる光景に目を遣るも、前方のスタジアムを見る勇気は持てずにいた。上空からも、スタジアムの喧騒が僅かながら耳に届き始めた。
“BOOOOOOOOOooooooooooo!!!”
突如耳に届く音波に、サナギラスはぴくりと反応する。
「なんだぁ……? いったい何が、起きてんだ?」
息を切らすリザードンは首を傾げる。スリバチスタンドが次第に遠く視界に入って来る。聞こえてくる音も相まって、何だか騒々しい。それでも一直線にスタジアムに向かう。そして上空に差し掛かり、眼下に飛び込んだ光景に、彼らは息を呑んだ――
一方、特別席でリザードン達の帰りを待つ三匹。ピッチの端を練り歩く選手達を眺めつつ、特別席に座る他の面々と健闘を讃え合ったりしていた。そして表彰式の開始がアナウンスで告げられる。未だ戻って来ない二匹を気に掛けて青空を見上げた。
表彰台に三位のメガヤンマが乗り、そして準優勝のドラパルトが乗る。めいめいに大きな歓声が降り注ぐ中で、致し方ない事とは言えど、あのどれかにサナギラスがいる光景を否でも思い浮かべてしまい、溜息が零れた。
「第247回ポケモンスピードレース、栄えある優勝は、ガブリアス選手です!」
歓喜の雄叫びを上げながら、表彰台の最も高い所へ飛び乗ったガブリアス。特別席でチームメイトのガバイトやフカマルが飛び上がって優勝を讃えていた。
「やっぱりガブリアス陣営、印象よくなかったですねえ」
渋い表情で表彰台を眺めるイワパレス。
「全くだ。『
「そもそも感じるオーラがドス黒いンス。実力はあるのに、選手どころかあのチーム、まともじゃなさそうなのがわかるンスよ」
オーロットやソーナンスも続いて不満を零した。そんな中、実行委員会からメダルと記念品の授与が行われ、拍手に包まれる会場。そしてガブリアスによる優勝スピーチが執り行われようとしていた。拡声器の置かれた壇上にしたり顔で現れる、赤い胸筋の中心に金メダルを輝かせる姿。
「みんな見たかー! 今年も俺が優勝もぎ取ったぜー!!」
鋭い爪を高く掲げると、観客席が大いに沸き立つ。
「アニキさすがッスー!」
特別席のチームメイトも声を張り上げる。
「おいおい声が小せーぞ! 優勝もぎ取ったぜー!!」
観客達は更に大きな歓声で応えた。会場の反応に一つ頷いてから、喜びの言葉を連ね出す。時折観客席に振っては大歓声で答えさせたりして、ガブリアスは気分上々の様子。
「パフォーマンスとかは面白いンスけど、結局自分語りしかしてないンスね……」
「僕も初めて聞いたが、他の選手に関しては眼中になさそうな感じだな」
「ガブリアスさん、いつもこんな感じらしいですぜ。確かに所々面白い話はありやすけど……」
こんな感じで、彼らの耳にはあまり入って来ない。寧ろ未だに戻る気配のない二匹を心配するばかりだった。
「――ここんとこずっと骨のねえレースばっかだったけどよ、今回ばかりはちょっと違ったな! そうだろみんな!?」
一際大きな観客の声に、だよなと頷いたガブリアス。ソーナンス達も流石に反応を見せる。
「みんなもわかってっと思うけど、あのサナギラス! 準決勝からちょいと気になってたやつでよ。調子乗ってビギナーズラックで勝ち上がってきた野郎も、さすがにあの決勝でビビってスタミナ切れたって思ってたらあのザマだ!」
苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「あのスパートは、俺が見てきた限りじゃ一番だったな! それに他のやつらと協力して作った壁も、あんな形で突破してきやがって、久しぶりにやべーって感じちまったぜ」
「意外と評価するところは評価するんだな、あのガブリアス」
賛同の歓声が飛び交う中で感心して頷いていたオーロットだが、その動きは即座に止まる事となる。
「けどよお、あいつ結局ゴールどころかこの場にいねーじゃねえか! ゴールを前にして自分の屁に負けちまったんだぜ? ぶっちゃけそうなってほっとしてらあ! ざまーねえよな! 調子乗ってたバチが当たったんだろうよ! むしろ自分の運のなさって実力を思い知れていいショック療法になったと思うぜ!」
次々飛び出すのは、サナギラスに対する誹謗中傷と罵倒の嵐。これには三匹一同言葉を失う。
「ぽっと出がそう簡単に勝てねーのがこのスピードレース。いくらケツ穴かっぽじって屁ぇブッコいたところで、そのちっせえケツ穴から無様にプーッて情けねえ音が出るだけで俺に勝てっこねえ、優勝にふさわしいのは俺だったってこった、な! ガーッハハハ!」
ソーナンスは満面朱を注いで水色を上塗りし、オーロットは頭の茂みから湯気を立ち上らせる。イワパレスに至っては鋏を震わせ、涙が滲んだ。
「さすがにこれは許せないンス! 抗議――」
“Boooooooooo!!!”
突如沸き起こる聞き慣れない音。見回すと、スリバチスタンドが一面ブーイングの嵐。あちこちから先の発言に対する怒声も飛び交う。ガブリアスは一瞬狼狽を顔に滲ませた。
「な、なんだよてめーら! 俺は事実を言ったまでだろうが!!!」
「失礼極まりないぞガブリアス!!」
壇上で怒りの声を発したのは、準優勝したドラパルト。ゴーストタイプに相応しくおどろおどろしい表情で、思わず背筋の凍る三白眼の睨みを傍若無人な陸鮫に向けていた。
「前々から思っていたが、貴様は他の選手へのリスペクトの気持ちはないのか!」
ドラパルトの一喝で、会場は途端に大歓声に包まれた。
「たとえ残念な結果になろうとサナギラスは、いや彼だけじゃない、このレースを走った選手たちや彼らを支える者たちは皆、この短い勝負のために四苦八苦したりしながら本気で日々を重ねてきたんだ! その努力を否定するような言動は誠に許し難い! 即時撤回して謝罪しろ!」
ガブリアスは冷や汗を垂らしながら、青筋立ってドラパルトを睨み返した。
「うるせえ! てめーもあの屁っぴり野郎の肩を持つってのかよ! そんなんだから永遠に二番手なんだよ!!!」
“BOOOOOOOOOooooooooooo!!!”
更なる大きなブーイングの波が、ガブリアスに襲い掛かる。つい零れた失言を機にファンだった者もその多くがブーイングに加わり、ガブリアス陣営は四面楚歌に陥っていた。
「確かに貴様がスピードレースを勝ち上がる並外れた実力を持ってることは認めざるを得ない。しかしだな、共に競う者を見下すばかりで礼儀に欠ける以上、頂点に立つ者として、断じて相応しくはない!」
ガブリアスは苦虫を噛み締める。自身のプライドも邪魔して、とうに後戻り出来ない状況になってしまっていた。
「――それならまだ、選手に敬意を持って接して、レースでも最後まで諦めずに挑んで、その結果無念にも散ってしまったサナギラスの方が、まだ上に立つに相応しい!」
ドラパルトが溜まりに溜まった憤懣を吐き出すや否や、スリバチスタンドが途端にわっと轟いた。特別席のガバイト達の猛抗議も、会場の熱気に呑まれて一切届かない。司会がスピーチ中断を告げた後も、静まる気配はないどころか、更なる盛り上がりを見せ始める。
「サナギラス! サナギラス!」
一角から聞こえたサナギラスコールが瞬く間に伝播して、会場一帯を揺らす。それは三位のメガヤンマを始めとした選手達にも広がっていた。まさかの事態に、ソーナンス達は仰天の余り言葉を失う。
「あ、あれは!」
突如青空を指すイワパレス。見覚えのある姿が徐々にこちらへ近づいて来た。
――そして上空でも、異様な光景に息を呑んでいた。よくよく見ると、観客達は次々上を向き、盛大な拍手を送り出した。熱い体の震えが、更に大きくなる。
「……な? みんなお前のこと……待ってた、だろ?」
「う、うぅ、ううぅぅっ……!」
巨大な興奮の坩堝が途端に滲み、零れた雫が風に散る。坩堝の底で、涙ながらに手招きするチームメイト。
「サナギラス! サナギラス!」
「戻ってきてくれたー!」
「すごかったぞー!」
高度を落とすと、四方八方から浴びせられる拍手と声援のシャワー。どこを見ても歓喜に満ち溢れ、サナギラス自身も涙に濡れながら、これは現実なのかと疑う程だった。
三匹の待つ特別席の前に着地するなり、リザードンは息を切らしながら蹲り、そして汗だくの身を投げ出して大の字に寝転ぶ。種族柄の広い視野に映る熱狂の円環に、こみ上げる熱い思いを抑えられず、渾身の火炎をその中心に噴き上げた。
ソーナンス達はサナギラスを強く抱き締め、未だ起き上がれないリザードンに感謝と労いの言葉を掛けつつ、三匹がかりでその身を支えて起こした。目を疑う状況に至った
「サナギラス、会場の皆は君がここに上がるのをお望みのようだ。どうする?」
一帯が更に声量を増す中で問い掛ける。お前に任せるぜ、とリザードンが優しく背中を叩いた。下を向いて一言も発さず、微動だにしない。しばしその状態が続いた末に、サナギラスは顔を上げた。そして徐に、首を横に振る。
「……そうか。君がそう決断したのなら仕方ない」
会場からもどよめきと一部困惑の声が飛ぶ。ドラパルトは司会に何か告げてから拡声器を持ったまま降壇し、一直線にサナギラスの元へ向かう。
「何か言いたそうにしていたが、遠慮なく言っていいんだぞ」
と、手に持っていた拡声器をサナギラスに向けた。ごくりと唾を飲み、一息吐く。あれ程まで騒ぎ立っていた観客席が忽ち静まり、集まる注目。
「……オ、オレは……ゴールできなかった以上、あの場に立つ資格なんかねぇです!」
サナギラスの紡ぎ出す言葉にドラパルトは何も言わず、只大きく頷く。
「もしオレがあの場に立つとき……それは……」
ドラパルト、リザードン、イワパレス、ソーナンス、オーロット、共に競った選手達、一面の観客席――ぐるりと追った赤い目が、午後の日差しに輝いた。
「またこの場に舞い戻って、堂々と競って、ちゃんとゴールまで走り抜けて、夢をつかんだときっす!!!」
スタジアムの熱狂はこの瞬間、最高潮に達した! あちこちから降り注ぐ応援、感謝、激励の言葉。硬い殻を震わす音圧に、
「サナギラス! サナギラス!! サナギラス!!!」
広大なスタジアムが今、一つになる。身を以てその瞬間を味わったサナギラスは、大声を上げて泣き崩れた。その身を支えるリザードン、彼らを取り囲むソーナンス、オーロット、イワパレス。最後まで戦い抜いた選手を、涙ながらに讃えた。ひと知れず抱えていた劣等感の塊たるエネルギーは今、会場中を沸き立たせる程の膨大な力へと、変貌を遂げていたのだ!
――かくして、大波乱がありながらも、第247回ポケモンスピードレースは幕を閉じた。第248回の開催も既に決定している。その高みに向けて、それぞれに新たな日々が始まる。
荷物を携えて振り返った視界に映るスタジアムは、相変わらずの巨大さを誇っていた。あの建物中を賑わせたあの瞬間を、未だ現実として受け止め切れずにいたが、同じ場にいながら開催前とは桁違いの応援の声の数々に、それが夢ではなかった事を遅れて実感し始めていた。それでも尚、サナギラスの表情は晴れやかではなかった。
「……オレ、もっとちゃんとした形で、みんなに注目されたかった……今はそれが悔しい」
徐々に気持ちの整理が付く中、チームメイトに素直な心情を吐露した。オーロットが木目の目立つ厳つい手を伸ばし、サナギラスの頭をそっと撫でる。
「だが君は、あんな状況でも全力を出し切って、恥じることのない走りを見せてくれた。記録には残らなかったが、それ以上に見ていた者の記憶には確実に残った。それだけでも僕は嬉しい。それに、これで終わりと決まった訳じゃない」
「そうナンス! 今日の悔しさをバネにして、次回で跳ね返すンス」
カウンター技を中心に据える、がまんポケモンらしいエールをサナギラスに送った。
「さーて、今日から骨のある日々が始まりやすね! 絶対サナギラスさんを、最高の場所へ届けやすんで、よろしく頼みますぜ!」
威勢よく鳴らした鋏に額を着け、イワパレスの意気に応える。そんな様子を、無言で眺めるリザードン。つと振り返ったサナギラスが、笑顔を見せた。
「オメェがいなかったらオレ、今こんな気分になれてなかった。いろいろあったけどマジで感謝してる、ありがとな!」
「……ああ。お前が夢に向かってがんばる限り、俺は全力で支えるから、これからもよろしくな!」
突き出した拳に、サナギラスは額を着けた。ふぅ、と零れる息。
「ん? どうした?」
「いや、今でもこうなったのが信じられねぇってな、思っちまった」
「これでこれからも堂々と屁ぇブッコけるな」
「おぅ、今じゃオレの誇りだぜ!」
これまでの日々を刻んだ傷だらけの殻が、紅い夕日に煌めいた。一晩過ごすイワパレスの工房兼棲み処へ向かい、仕事帰りの喧騒と至る所から立ち込める夕飯の匂いに包まれた街中を、五匹揃って歩き始めた――