ポケモン小説wiki
蒼剣ドリーマー の履歴(No.1)


大会は終了しました。このプラグインは外して頂いて構いません。
ご参加ありがとうございました。

エントリー作品一覧
官能部門はこちら




残虐描写及び死亡描写多数につき閲覧注意



STAGE0 コバルトブルーの夜に


 夜間救護のための夜勤も楽じゃない。特に何もない日というのは珍しくて、大体は急患の治療に奔走するのが平常で、特に娘が勝手についてきた日ともなると患者が一匹増えたも同然だ。
 母親が入院中だから寂しいのかもしれないが、面会時間の終了した今は家で夢の中にいて欲しいのだが。
 さっきも診察室で遊んで消毒液の瓶が一本犠牲になってしまったのできつく𠮟ってみたのはいいけど、泣きながら病院の外へ出ていったから加減も難しい。
 しばらくしたら夜勤看護師の誰かに探してもらうか…

 夜の9時を過ぎたところで一杯目のコーヒーを淹れる。半分以上使ったインスタントコーヒーは香りもほとんど消えて熱くて苦い汁と化しているが眠気覚ましにはちょうどいい。
「おっと!」
 コーヒーをデスクに置いた時に腕が当たってマウスが宙吊りになってしまった。
 スクリーンセーバーのままだった画面はデスクトップの表示に戻る。
 周辺はカルテとかソフトウェアのアイコンで埋まっているが、背景の写真はバッチリ写っている。
 僕を中心にみんなで撮った唯一の集合写真、怖い思いも沢山したけど忘れたくない大切であっという間の日々の記憶。
 今でこそ新米の医者になったけど、まだまだ不甲斐ない僕を見たらみんなはどんなことを言ってくれるんだろう。
「君の強気なアドバイスが欲しいよ、ナバール」

蒼剣ドリーマー




STAGE1 奪われた日常


 かつて、人間と伝説や幻と呼ばれるポケモンとの間に戦争があった。
 邪神と名高い創造神アルセウスの人間に対する無差別な攻撃に端を発した戦いは、惑星全体を巻き込む全面戦争となった。
 戦争が膠着状態となって8年、伝説や幻のポケモンは惑星に甚大な被害を及ぼす自身の能力や攻撃を切り札に、人間に対して集団自決を迫った。
 これに対し人間は自身の味方となっていた一部のポケモンに極秘に開発していた決戦兵器を搭載して徹底交戦の態勢をとった。
 だが、この作戦が史上最大の悲劇の引き金となった。
 決戦兵器が大きな脅威であると確信し勝利を焦った伝説や幻のポケモンは切り札を使用、人間も一歩も退くことなく決戦兵器で応戦、激しい破壊の嵐が巻き起こり、最終的に人間やポケモン全ての故郷である惑星に、壊滅的なダメージを与えてしまった。
 100億近い数を誇った人間も圧倒的な力を持った伝説や幻のポケモンも全て失われ、残ったものは半数近くの種族が戦争の犠牲となり絶滅してしまったポケモンと、人間の持っていた高度な技術だけである…
 戦争が終わった年を西暦から「AW」という区切りに変えて、残されたポケモン達は人間の技術を使いながら復興への道を歩み始めた…

 前置きは長くなったけどこれはAW199年、僕を、そして戦争の痕も消え果てた世界の運命を変えた小さな戦いの物語だ。





「次のニュースです、UBの出撃情報として昨日イッシュ地方に出撃したという情報があり…」
「ポケスロン決勝戦、たった今試合開始です!」
 家電売り場のテレビのチャンネルをこっそり変えてみる、他の地方に関するニュースよりはポケスロンの試合でもゆっくり見て待っていたい。
 しばらく家電売り場で両親から待ってるように言われたけど、ここの店はゲームソフトを置いてないからテレビでも見て待つしかない。
 普段は忙しい両親と折角出かけられたのにちょっと退屈…

「コバルト、お待たせ!」
 買い物を済ませたらしい両親が僕を呼んでいる。
「はいこれ、合格のお祝いね」
 紙袋の中にはずっと欲しかったハードカバーの本。
「いいの?これ高かったでしょ?」
「そんな嬉しそうな顔で聞くなよ、今日は特別だ!」
「ありがとう!」


 不穏なニュースは多くてもごく当たり前の日曜日を過ごし、久々に揃って休みを取れた両親と買い物に出かけて、一緒に美味しいご飯を食べて、ドクタースクールへの合格祝いに前から欲しかった本を買ってもらい、三匹で笑いながら夕暮れの帰路について…
 両親が目の前で死んだ。

 虚空から現れたドククラゲのようなポケモンみたいな何かが猛毒の濁流で襲いかかってきた。
「早く逃げろ!」
 母さんが僕を咥えて走り出すと同時に放った父さんの声が最後に聞いた声だった。
 アシガタナで猛毒の濁流を捌き上段から一閃しようとした瞬間、ドククラゲもどきの周囲に浮遊していた発光体から放たれたビームが父さんの全身の急所を貫通した。
「コバルト、危ない!」
 母さんは僕をかばって背後から飛んできた10万ボルトの餌食になった。


「そんな、脅かさないでよ…?」
 町では一番の医者と看護師でアシガタナの扱いも負け知らずだった父さんと母さんが何もできずに殺された?
 悪い冗談だ、こいつにそんな力が…

 戦闘を終えてゆっくりと浮かんでいるドククラゲもどきの正体に気づいた。
「これが、UB…?」
 血の気が引いていく。
 ダメだ、早く逃げなきゃ…
 こんなやつ僕のホタチ捌きでどうにかできる相手じゃない。

その場にへたり込んだまま少しずつ後ずさりしていく。
まだ気づかれてないから、今は姿を隠して誰かを呼べば…!

「?」
 もう少しで逃げきれそうな時に見つかってしまった、僕もこのままこいつに殺されるのか…?
 いや、かなり確率は低いけど一か八かアクアジェットを当てればいけるかもしれない。
「あっち行けよ!」
 ドククラゲもどきが近づいて来た瞬間にアクアジェットで突進する。
 体勢が揺らいだ、これならホタチの追撃で行ける…!

「…!」
 だがドククラゲもどきは少しバランスを崩しただけで、僕の方に真っ直ぐ向かって来た。
「何でだよ、どうして僕が狙われるんだよ⁉」
 父さんを一撃で倒した相手と今更ホタチで戦っても勝てないし、逃げようにも足がすくんで歩くこともできない。
「誰か!助けて!」
 呼んでも誰も来ない。仮にいたとしてもこの惨状を見れば普通は逃げるに決まっている。

「…?」
 ドククラゲもどきはゆっくりと僕の頭上に降りてくる。
もうダメだ、僕もこいつに殺される…!
 強い痛みに備えて目を閉じる。殺すならせめて痛くなく、嫌だ、やっぱり死にたくない!

 目を閉じていたけど、ドククラゲもどきは何もしてこない。
 鈍器で殴り付けたような金属音と共に頭上を何かが通り過ぎたような気がしたけど…金属音?
 さらに響く金属音と地面に液体が飛び散る音。
 怖々目を開けるとドククラゲもどきが地面に墜ちている。

「そこのフタチマル、動けるならちょっと離れときな」
「あなたは…?」
 沈みかけた夕日で顔は見えないけど、声の主は燃えるベルトをして父さんのアシガタナよりも大きな大剣を片手で担いでいるのは分かった。

「細かい説明は省くが俺はあいつを倒しに来た、それだけは言っといて」
 話している途中に大剣が僕の目の前に突き刺さる。
「うわっ…⁉」
 その直後、液体が大剣に付いた音。

「邪魔すんなつってんだろ⁉」
 どうやら起き上がったドククラゲもどきが僕に毒液を飛ばしたのを大剣で防いでくれたらしい。
「ちょっと深く刺しすぎたか?まぁいいや。フタチマル、お前はそいつを盾にして隠れてな」
「は、はい…!」

 詳しい話は聞けなかったけど、どうやら僕を守ってくれるらしい。
 盾になった大剣からこっそり様子を見てみたけど、一方的にドククラゲもどきを圧倒している。
「そらよっ!」
 右腕の赤黒い炎を纏ったラリアットが直撃してドククラゲもどきはグロッキーになったところに、
「もういっちょ!」
 ラリアットの回転を活かした左の裏拳でドククラゲもどきは完全に倒された。


「ついにこの辺にも出やがったか、ちょっと後ろ向いてな」
 助けてくれたガオガエンは盾として使った大剣を強引に引き抜いてドククラゲもどきに振り下ろす。マトマの実が潰れるような音が何度も聞こえて思わず耳をふさいだ。

「お前、ここに一匹で来たのか?」
「いや、家族と一緒に…」
「…もしかしてあいつにやられたのか?」

 自分の身が危険になって忘れかけていたけど、ガオガエンに指摘されて思い出した。
 父さんと母さんはあいつに、あいつに…

「…まだ治療したら助かるかもしれないし探そうぜ、どこにいるか分かるか?」
 僕を励ますようにちょっと声のトーンを高くしてくれたけど、冷静に考えたらビームで急所を貫かれたり10万ボルトの直撃だ。どう考えても助かる訳ないよな…


「フタチマル、めそめそしてないで早く来い!」
 その場で呆然と座り込みそうになった僕を怒声が止める。
 慌てて走っていくと傷だらけの父さんと母さんが仰向けに倒れていた。
「お別れぐらいならまだ間に合いそうだぜ」
 ガオガエンは止血とかの処置をしてくれたみたいだけど、今にも事切れそうなのは誰の目にも明らかだった。

「父さん、母さん!」
 間に駆け寄って手を握る。さっきまでなら力強かったはずの握り返す力も弱弱しかった。
「コバルト、大きくなったな…」
「昨日までまだ小さいと思ってたのにね…」
「そんな…もう死んじゃうみたいなこと言わないでよ!」
 やっぱり嫌だ!助からないって分かってても事実を受け入れたくない…!
「そんなに泣かなくても、コバルトは父さんと母さんの自慢の息子だ…」
「コバルトなら、夢だって叶えられるよ…」

「父さん、母さん、ありがとう…!」
 一際強く手を握ると父さんと母さんは少し微笑んで、握り返す力がなくなった。

 昨日まで当たり前だと思っていた存在を一瞬のうちに失ったこととかよりも、純粋に父さんと母さんが死んでしまったことが悲しくてしばらく泣き続けていた…


「そういやお前、どこから来たんだ?」
 水を差さないように離れていたらしいガオガエンがちょうど僕が泣き止んだ辺りで戻ってくる。
「えっと、コガネシティの南側だけど…」
「大都市のコガネですらこの現状かよ、想像以上に深刻だな…」
「…どうかした?」
「どうしたもこうしたもねぇよ、UBがジョウトにも出現してるの知ってるか?」
「イッシュやアローラならまだしも、ジョウトに出たなんて初めて聞いた…」
「やっぱりか、ってことは公共機関が正常に機能してなかったり昨日までいた奴がいなくなったりしてなかったか?」
「言われてみれば、警察も全然来なかったり友達がいなくなったりしてたかな…」
「フタチマル、そんな現状なのに誰も何も思わなかったのか?」
ガオガエンからの質問に答えていくうちに、少しずつ情報のノイズが消されていく。
「確か、ジョウトにシリアルキラーが出たって噂はあったけど…」
「マジかよ、奴らどこまでも腐りきってやがる…」
 呆れたようなため息の理由に大きな闇を感じて思わず身震いする。

「結論から言うぜ、お前らジョウトの奴らは全員、政治に関わってる連中に情報いじられて都合よく騙されてるんだよ!」

「騙されてた…?仮にそうだとして一体どうして僕たちを騙す必要があるの?」
「『お前の方が変な思想に騙されてる!』なんて言い返さないだけ話が早くて助かる。政治やってる連中は特に“我が身可愛さ”で行動するからな、大方UBの対処に悪戦苦闘して権威がガタ落ちすることを恐れて隠蔽してんだろうな」
「だったら早くみんなに真実を伝えて助けないと…!」
「落ち着け!」
 コガネシティに向かって走り出そうとして止められる。

「…正義感あるのは結構だけどお前一匹が騒いでどうなる?大半はお前の言うことを嘘だと認識して真実が伝わらないどころかお前はポカブ箱行きだぜ?」
「ポカブ箱…」
「でもな、被害が出る前にUBを倒せば問題ない。そもそもUBという脅威を殲滅すれば何も問題ないだろ?」
 地面に転がっていた大剣を担ぎ上げて不敵な笑みを僕に見せる。

「お前、これからどうすんだ?」
「…」
 家に帰っても迎えてくれる両親はもういない。そもそも噓だらけの町にいるのも辛い…
「ここで出会ったのも何かの縁だ、俺たちの町に来ないか?」
 地面に落ちていたプレゼントの本を僕に渡す。
「…いいんですか?」
「動ける奴は一匹でも多い方がいいし、俺が歓迎してるから大丈夫だ。お前の名前は?」
「コバルトです」
「了解だ、色々聞きたいことはあるけどとりあえず案内する」
「ありがとうございます、そういえば貴方の名前は?」
「そういや名前、まだ言ってなかったな」

「俺は月下団団長ナバール、“夢を護る者”だ」

 夕日が沈み切って、西の空にやけに明るい三日月が浮かんでいた。

STAGE2 月下の軍団


 コガネシティの外れから歩いて10分もしないうちに町の灯りが見えてきた。
「ここって確かエンジュシティって町じゃなかった?」
「ああ。元、だけどな」
「元?」
「とりあえず着いたから入るぞ」

 南側に作られたバリケードの門をナバールがノックするとワルビルが顔を覗かせた。
「おかえりなさい団長、その子は?」
「新しい仲間だ、見張りの番も無理するなよ!」
 門がゆっくりと開き、比較的綺麗な町並みが見える。
 町の中では小さなポケモン達が遊んでいて、大きなポケモン達が働いている。僕の住んでいたコガネシティと大して変わらないように見えるけど、大きな違いとして住んでいるポケモンは“悪タイプか悪タイプに進化するポケモン”ばかりだった。

「奥に入って東の建物、そこがメインのアジトだ」
 町の奥には大きな建物が西と東に建てられている。

 ナバールに連れられて建物の中に入ると、大柄なタチフサグマや町並みにしっくり合う印象のゲッコウガに出迎えられる。
「ナバール、今度はどこで出たんだ?」
「エンジュとコガネの間、初めてのケースだ」
「種類は?」
「01だ、やっぱあいつら個体数も多いな」
「承知した、情報を記録しておく」
「お疲れさん、団長に倒れられたらみんな路頭に迷うんだからちゃんと休めよ?」
「その文句はUBに言ってくれ、俺じゃどうしようもない」
「ったく、飯ぐらいちゃんと食えよな!」

 タチフサグマとゲッコウガが別の部屋に入って行き、僕は「団長室」と書かれたナバールの部屋に案内されて、少し大きなソファベッドに腰掛けると少し精神的に落ちつけた。
「腹減っただろ?食べるもの持って来るからちょっと待ってな」
 ナバールは僕を置いて部屋から出ていった。

 資料棚にはUBの襲撃に関するファイルがいくつも並んでいて、一番古いものでAW194年からで、一年前から出現していたらしい。
ホワイトボードにはUBに関する種類や情報も記載されている。

・UB01 PARASITE
・UB02α EXPANSION
・UB02β BEAUTY

 さっき僕を襲ったドククラゲもどきは01って言ってたから、”PARASITE”でいいのかな?
 02はαとβがあって03を使わない理由は謎だし、情報を集めるのはナバール達も結構苦戦しているんだろう。
 入り口に立てかけた大剣は、柄以外にも片方の面に取っ手が付いていて変わった構造になっていた。多分この取っ手のおかげであの時僕を防御する盾として機能したのかもしれない。

「俺のメイス、そんなに気になるか?」
「うわっ、ごめんなさい…!」
 大剣に見とれていると戻って来たナバールに驚かされる。
「謝る必要はないぜ、UBと戦うにはちょっとした武器もあった方がいいからな」
「メイス?剣じゃないの?」
「確かに剣の形だし盾としても使えるけど、刃は付けてないからこいつはただの戦棍だな、まぁやろうと思えば力で叩き切れるけど」
 今は痕跡もないけど、さっきのドククラゲもどき改めPARASITEも、これでぶつ切りに…
「まぁ食いな。あんま新しい情報入れすぎたら疲れるだけだし、お前のことも色々聞かせてくれるか?」

 皿に盛られた簡単な料理や木の実を食べながらいろんなことを話していく。
「お前が俺とタメだったなんてわりと意外だな、てっきり敬語だしフタチマルだから年下かと」
「僕もてっきり年上だと…」
「お互い17って分かったし呼びタメOKだからな、敬語がいいなら別に止めないけどよ」
「じゃあ、よろしく」
「これからよろしくな!」

「それと、医者目指してるって話は?」
「単純にいろんなポケモンを助けたいってのもあるし、両親も医者だったから…」
 自分で言っておいて辛くなってきた…
「…今の時点で治療とかはできるのか?」
「基本的な治療はできるし、さっきプレゼントに貰った本は医療マニュアルだから…」
「できる範囲で構わないが治療の手伝いとかできるか?ちょっと応急処置以上の能力持ってるのが一匹だけで大変だからな…」
 話題の内容に家族の話が出てくる度に、ナバールはちょっと焦った様子で話題を少しずつずらしていく。

「拙いかもしれないけど、頑張るよ!」
「そうか、コバルトの事は明日改めて主要メンバーに紹介するから今日はもう休みな」
「普通に今からでも手伝うこととか…」
「思ってる以上に身体は疲れてんだよ、心配しなくても明日から忙しくなるぜ?」
 言われてみれば今日は数時間の間に色々なことが起こりすぎて、疲れてても変じゃないか…
「そっか、じゃあおやすみ」
「ああ、部屋は明日用意するから今日は奥の部屋使ってくれ」

 まだやる事があるらしく、部屋を案内してすぐにナバールは戻って行った。
 待合室に置いてるみたいな長椅子と毛布を用意されていて、ご丁寧に枕替わりのタオルまで用意されていた。
「…」
 仰向けに寝転んでもなかなか寝付けずに色々思い出してみる。
 今日は普通の日曜日が始まって終わると思っていたけど、他の地方にしかいないと思っていたUBに父さんと母さんを殺されて、助けてくれたガオガエンからコガネシティ以外では困窮しているという真実を聞かされ、悪タイプがいっぱいの不思議な町に案内されて…

 無意識に目元を拭うと濡れていた。なんとか現実について行けてると思っても、辛いことには変わらなかった。

「ダメだ、眠れない…」
 小一時間目をつぶって考え事にふけったけど、とても眠れそうにない。
 買ってもらった医療マニュアルでも読んだら眠れるかもしれない。
 でも、起き上がって探したけど肝心の本が何処にもない。
「ナバールの部屋に置いてきちゃった…」
 もし寝てたら諦めるとして、まだ起きてたら取らせて貰おう。
 ゆっくりドアを開けて再び団長室の前に戻って来る。
 ドアの隙間から光が漏れ出てるけどノックしても返事がない。

「ナバール、開けるよ?」

 ドアを開けるとソファベッドに座っているナバールと、もう一匹ゾロアークがいた。
「ちゃんとご飯食べて寝る時間も取らないと、傷全然治ってないよ?」
「食糧だって切り詰めても底を尽きそうだし、見張りもメンバー不足だからな。傷は自然治癒でなんとかなるだろ」
「だから!その自然治癒のためにもご飯食べて寝ないと…」

「…コバルト、眠れないのか?」
「このフタチマル君がさっき話してた新入りね、どうかしたの?」
「…そうじゃなくて、本を置き忘れたから、取りに来ようと思って…」
「ほいよ、大事なものなんだから無くすなよ?」

 デスクの上に置かれていた本をナバールが渡してくれる。

「コバルト君って言ったっけ?可愛らしい仔ね、お茶でも飲みながら話でもしない?」
「おーい、お前の悪い癖出てんぞ!こいつは俺らと同い年だかんな!」
 ナバールが適宜フォローしてくれてるけど、このゾロアークはちょっと苦手なタイプだ…

「同い年、ねぇ… 類は友を呼ぶって言うし、ナバールみたいに私の好みのタイプかもね…」
「マリン、いい加減にしとかないと救護担当がまたお前だけになるかもよ?」
 ナバールの一言で僕のことを文字通りの意味で取って食べそうな勢いだったゾロアークが急に冷静になる。
「申し遅れたけど救護担当のマリンだ、前線でUBと戦うナバールみたいなポケモンの治療を筆頭に他のポケモンの治療も担当することになる、よろしく頼むよコバルト」
「こちらこそ、よろしくお願いします…」
「そんなに固くならないで、明日救護室も案内してあげるからね…」
「真面目なモード、1分も持たなかったか…」
 ナバールに同情の眼差しを向けられる。普段からコレなのか…

「…ちなみに二匹は付き合ってるの?」
「ただの仲間だ」「結婚前提だけどね」
 案の定正反対の答えが出た。
「コバルト君、ナバールは結構シャイでツンデレ気味だからこんなだけど結構可愛い所あるのよ?昨日も…」


 マリンの惚気話を遮るように鳴り響く着信音。
 ナバールが会話を止めるハンドサインを出し、トランシーバーみたいな器具を開いて耳に当てる。
 しばらく聞いていた後、蓋を閉じてデスクに置いた。

「マリン、あいつらを呼んでくれ。作戦を開始する」

 団長室にナバールとマリンの他に、さっき資料作りに行ったタチフサグマとアブソル、それに眠そうな目のマニューラが入って来る。

「全員聞いてくれ、コガネシティから派遣された警備隊が午前6時、辺境にてトラック単位で食糧の取引を行うという情報が入った」
 コガネシティには警察と軍隊を兼ねた警備隊がいたけど、そこで食糧を分けてもらうのだろうか?

「そこを俺たちが強襲して食糧をトラックごと頂く!」
 歓声が沸く中、多分僕だけが状況を吞み込めずに?マークのアンノーンで頭の中を埋め尽くされている…

「ナバール、強襲って警備隊から奪うの?」
「モチのロンだ、ってまだお前に月下団の活動目的を言ってなかったか?」
 コンビニで買い物をする様な感覚でナバールは答える。
 そういえば事実上入団みたいな感じだけど、肝心なこと聞いてなかったかも…
「簡単に言うと“自由の奪還”だな。出会った時に言ったように、ジョウトの中心部であるコガネシティは現状唯一と言っていいほど何も不足ない町になってる。でも町から一歩外に出ればゴーストタイプにも不快なゴーストタウンだ。コガネの住民の目を欺くためにインフラを流通させてるのは俺らにとっては好都合だけどな」
 それで見捨てられたという割には電気も水道も機能してたのか…
 それはさておき、実際に町から一歩出れば他の地方にしかいないと思っていたUBに襲われた以上、ナバールの言葉には信じる根拠がある。

「そこで俺たち月下団は、近隣のUBの出現で奴らに見捨てられたエンジュを乗っ取り、UBの現れる前から奴らに濡れ衣着せられ恨まれてきた悪タイプが力を合わせ、奴らに見捨てられたポケモン達の自由を奪還する、そのために発足したと言えば分かるか?」
「えっと、つまり“UBも倒す、コガネシティの権力者も倒す”ってこと?」
「…」
 沈黙に包まれる。ちょっと過大解釈しすぎたかな…?

「コガネ在住のやつにここまで言わせるとはな、権力者はクズだが住民には救う価値はありそうで安心したぜ!」
 心底嬉しそうなサムズアップが帰ってきた。

「それじゃ時間もないし、早速強襲と行こ…」
 メイスを掴んで意気揚々と歩き出したナバールがふらついて壁にもたれ込む。
「ナバール!」
 慌てて駆け寄ったら想像以上に顔色が悪い。やっぱりマリンさんの言う通り無茶してたんだ…
「大丈夫だ、ちょっと立ちくらみ起こしただけだっての…」
「団長が倒れたら他の全員はどうなる?いいから休め!」
「やっぱり無茶してたか、ちょっとマリンに面倒見てもらって休んでな」
 真面目モードになったマリンとタチフサグマになだめられてようやくナバールはソファベッドに横になった。

「悪いな、団長には率先して動く義務があるのによ…」
「大丈夫。この任務は、僕が行くよ…!」


STAGE3 アサルト・アラート


「コバルト、気持ちは嬉しいがお前大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとう、でも僕だってUBにみんなを殺されたくないし、出来ることはやるって約束だったからね!」

「ちょっと待って、こいつは悪タイプでもないしそんなやすやすと信用していいの?裏切って食糧持ち逃げするかもよ?」
 黙って聞いていたマニューラが遮る。流石にコガネシティから来た新入りを疑うのは無理もないか…
「ヴァイル、コバルトはこの世界の闇を身をもって経験してる。そして何より俺が認めた」
「それはそうだけどさ…」
「…大丈夫、このフタチマルから危険は感じない」
 ヴァイルと呼ばれたマニューラにナバールとアブソルも入ってなだめてくれる。
「…ただ気を付けて、強襲の時には危険が迫ってる」
「肝に、銘じておきます」
「待ちな!」
 アブソルから情報を貰ったタイミングでタチフサグマが割って入る。
「ヴァイルの言い分も分からなくないし、ユエの言う通り強襲には危険だって迫ってる以上進化も終わってないポケモンを行かせるのは危険だ」
 最もすぎる。確かにダイケンキに進化してない以上戦力としても不安だろう…
「だが俺はナバールの見る目とこいつの勇気には賛成だぜ。戦力としては心もとなかったとしても面倒見てやる余裕はあるし、こいつにはこいつのできることがあるはずだ」

「一匹よりも二匹の方が効率がいい、俺も行くぜ」

「分かった。コバルト、シャウト、二匹で向かってくれ」
「了解!」
「ヴァイル、この任務を無事にこなせたらコバルトのこと認めてやれよな」
 初めての任務をこなすべく僕たちは出発した。


「コバルト、バッグの中に携帯電話入れてるだろ?それで時間見てくれ」
 バッグには携帯電話らしくものが入ってるけど、僕の知ってる形状とはちょっと違う。画面はあるけどテンキーはどこだ?
「画面を回転させるようにスライドして開けんだよ、そうすりゃ起動する」
 言われた通り画面をスライドさせると色付きの液晶画面が点灯する。
「えっと、5時38分です」
「なら大丈夫だ、そいつとナバールの持ってるやつは外部の協力者が作ってくれたんだけどよ、俺なんか使い方教えてもらっても未だに使いこなせないからお前は大したモンだぜ、ほらよっ!」
 さっき僕の存在意義が怪しくなったからなのか、結構僕に優しくしてくれる。
「シャウトさん、このオレンの実は?」
「立場関係を考えられるのは結構なことだが、仲間なんだからシャウトでいいシャウトで。朝ご飯は早めに食っとかないとこれから忙しくなっちまうだろ?トラックごと奪うんだから行きは徒歩だし強奪に時間はかけてられないぜ」
「…じゃあ遠慮なくいただきます」
「おう、ヒワダで貰ったオレンの実は美味いぞ!」

 緊張している気がして喉を通るか不安だったけど、エンジュから歩いてきてそれなりに空腹だったらしく齧ればすんなり食べ進められた。
「心配しなくてもちゃあんと見張ってるから安心して食いな、っとそれ食ったら行くぜ」
「! は、はい…!」
 慌てて残りを嚙み砕いて飲み込んだ。

「お客さんが来たらしいぜ」

 林の中から誰かがこちらに来るのが聞こえる。
「5時49分、何も朝っぱらから取引する必要はないと思うんだがな」
「早めに取引した方が強奪されるリスクも少ないからな、にしても朝っぱらからの見張りは眠いってのは同意だ」

「奴らは見たところ見張り担当のオコリザルとバオッキーって感じだな、お前水タイプの技覚えてる?」
「アクアジェットとシェルブレードなら…」
「オーケーだ、そいつでお前はバオッキーを倒しな。行くぜ!」

 シャウトはすてみタックルで飛び出しオコリザルを遠くへ吹っ飛ばした。
 そしてバオッキーを挑発するように真ん中の爪を立ててちらつかせる。
「野郎、月下団か…!」
 バオッキーが戦闘態勢に入ろうとしている、今だ…!
 助走を付けてアクアジェットでバオッキーの背中にぶつかった。
「首を狙え!」
 シャウトに言われた通り、バオッキーの首筋を狙ってホタチを構えて素早く一閃する。
 引き裂く様な音を立ててシェルブレードが首筋に直撃してバオッキーは戦闘不能になった。
 シャウトの方はすてみタックルでグロッキーになったオコリザルを木に固定して連続で殴りつけていたが数発でオコリザルも戦闘不能になり、見張りはいなくなった。

「上出来だ、おかげで二匹倒す手間が省けた」
「でもアドバイスがなかったらちょっと厳しかったです…」
「戦闘経験浅いのは仕方ねーよ、特訓したら俺ぐらいには戦えそうだぜ」
「そりゃどうも…」

ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ…
 倒したバオッキーのバッグから着信音が響く。本隊からの連絡か?
 電話に出ても声が違えば怪しまれるし、出なかったら出なかったで何かあったと勘づかれる。どうすればいい?
 僕が悩んでいるとシャウトはバッグから携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。
「異常ありません!」
 それだけ言って数秒で電話を切った。

「トラックは問題なく来そうだぜ!」
 いたずらっぽい笑顔でVサインされて苦笑しながらVサインを返した。

「なぁ、これどうやって電源切ったらいいんだ?」
 シャウトにさっきの携帯電話を渡されると、モノクロな画面にはこの携帯のものとおぼしき電話番号が表示されていた。
「多分このボタンを長押ししたら切れるだろうけど、また連絡あるだろうし持っておいたらどうですか?」
「そうだな、そうするか!」
 携帯電話をバッグのポケットに入れた。
 タチフサグマってポケモンは見た目から怖いイメージがあったけど、シャウトを見ていると結構優しいのかもしれない、なんて印象を勝手に覚えていた。

 しばらく待っていると遠くからエンジン音。
「カモネギがそば背負ってやって来たぜ…!」
 シャウトは既に獲物を射程圏内に捉えたような好戦的な笑みを浮かべている。

「全員出てきたタイミングで俺が奴らを引き付ける、奴らはトラックのキーは抜くだろうから、お前は俺が倒した奴からキーを奪ってエンジンをかけて俺が合流するまで車を守ってくれ」
「加勢しなくて大丈夫…?」
「気持ちは嬉しいけどよ、俺は喧嘩のプロだぜ?鍵を奪って運転できる様に準備してくれる方が俺にはよっぽどありがたいかな!」
「…まぁ、運転は俺がやるからそんな困った顔すんなよ?な?」
 どうやら運転はせずに済むらしい。僕の大きさだとハンドルと速度の調整だけでギアは動かせないし視界も良くないから正直助かる…

トラックが停車し続いてジープっぽい車も停車、ポケモンが次々に降りてきた。
「鍵持ちは分からなくても10体もいなけりゃ楽勝だな、行こうぜ!」
 シャウトがポケモン達の中に躍り出てインファイトで一気に攻撃を開始する。
 まだ僕の出番はないけど、トラックの鍵を持ってるポケモンを今から判断するぐらいはできる。
 降りてすぐだから特に鍵を誰かに預ける余裕はないだろうし、そう考えると少なくとも二足歩行かそれに準ずる活動のできないポケモンは除外できる。
 残すはグランブルかスリーパーだけど、片方がジープでもう片方がトラックだろう。
 だとしたらトラックの運転手はどっちだ?

 シャウトのバークアウトが全体にダメージを与える。巻き添えにならないように慌ててジープの陰に隠れると、ルームミラーに何かぶら下がっているのが見える。
 ちょうどシャウトがグランブルとスリーパーを倒した。
 気づかれないように素早くグランブルの持ち物を調べると、トラックと同じエンブレムのキーがあった。
 五円玉みたいなのをルームミラーにぶら下げる運転手なんてスリーパーに決まってると睨んだが、推理は合っていたらしい。
 運転席のドアを開けてキーを差し込んで回す。あとはシャウトが乗り込むまでトラックを守り抜くだけだ…!

 喧嘩のプロを名乗るだけあって、シャウトは確実に敵を倒していく。
 これなら大丈夫だと思いつつも周囲の様子は警戒は怠らない。
 そういえば医療マニュアルに毒に関するページがそこそこあった。大丈夫だと思うけど罠のリスクも否定できないし、一応食糧に毒が入ってないかだけ確認しておくか…
 それを言うと食糧の中に兵士が潜んでたり…
 色々危険性を仮説を立てながら見張りを続けていた時、奥の方に赤いポケモンがいた。
 バタフリーみたいな頭部にカイリキーみたいな腕、先の細い4本の脚。

 間違いない、UBだ…!
 しかもシャウトはUBに背を向けたまま近づく形になっているし、僕が加勢するにも距離が遠すぎるし、トラックから降りるのも得策じゃない。
 でも何とかして知らせないと…!

「シャウト、後ろにUBだ!」
 ウィンドウを開けて叫んだけどエンジン音にかき消されて届く様子がない。
 仮にエンジンを止めても戦いに集中してるシャウトに届く保証もない。
「どうする?書くものでも探して書いてみるか?」
 クラクションを鳴らすことも考えたけど、肝心の内容までは伝わらないだろう。
 ここは一か八かトラックから降りて知らせるしかない…!

 降りるために荷物を回収した時、さっき時間を見るのに使った携帯電話が目に付く。
「携帯電話を鳴らせばシャウトにも伝わるけど、これなら行ける…!」

 使えるかどうか考える必要もない。さっき見張りから奪った携帯電話はシャウトが持っているし、電話番号ならさっき表示されたものを覚えている。
 シャウトは最後の敵を倒したけど、UBはかなり近づいている。
ディスプレイを回転させて起動、素早く電話番号を入力する。
「頼む、早く繋がれ…!」
 二回コール音が響き、電話が繋がる。

「異常ありません!…ってコバルトか、早く帰ろうぜ!」
「シャウト!後ろにUBが迫っているんだ!」
「分かった、お前もこっちに…」

 シャウトの声が途切れて雑音が響き、何も聞こえなくなった。

「シャウト!」
 急いでトラックから降りたけど、UBが振り下ろしたアームハンマーの余波で起こった砂煙で何も見えない。

「コバルト、やっぱりお前優秀だぜ。まさかお前に言われた通り持ってた携帯電話のおかげで不意打ちに対処できるなんてな」
 地面に壊れた携帯電話が落ちていたけど、シャウトはダメージ一つ受けていない。
「コバルト、攻撃が強けりゃ喧嘩に勝てる訳じゃあない。むしろダメージを受けない奴の方が強いまでもある…」
 攻撃を仕掛けたUBの方が攻撃力が低下したような感じだ。

「無類のガード能力を誇るブロッキングを使える俺にとって、“喧嘩のプロ”は伊達じゃあないんだぜ!」


STAGE4 双剣の夜明け


 携帯電話で危険を知らせるという今思えばリスキーな手段もシャウトにUBへの対応を間に合わせることはできたのなら結果オーライだ。
「こいつは俺に任せてお前は戦い方のお勉強タイムだな」
 背後からの不意打ちをブロッキングで防いで逆に有利になったシャウトはUBの隙を突くような連撃を叩き込んでいく。
 このUBの攻撃は一撃一撃は重くて危険だけど、見方を変えれば隙も大きいという事らしい。
「吹っ飛びな!」
 バークアウトで一瞬ひるませた隙に渾身のすてみタックルをお見舞いする。防御も回避も間に合わずにUBは10メートル程後ろに飛ばされる。

「絶・好・調!」
 いかにも“格好いいところを見せられてご満悦”といった得意気な表情のVサインを僕に見せてからシャウトは駆け寄って来る。
「種類にもよるけどよ、UBだって戦い方を考えれば案外怖くないだろ?」
「…でも月下団のメンバーが強すぎるだけじゃない?」
「お褒めに預り光栄だがそこまででもない、それを言うなら俺だってお前がホタチを扱えることを凄すぎると思うz、避けろ!」

 そんなにホタチも上手く扱えない、と言おうとして僕は地面に仰向けに倒れていることに気づいた。
 シャウトが僕を何かから守ろうとしていた、という事を思い出して周囲を見回すと少し離れたところにシャウトは倒れていた。

「シャウト!」
「ちょっと油断した、ユエの言った通りになっちまったな…」
 医療マニュアルの内容を思い出しながら状況を確認すると、出血とかの外傷は少ないようだが、全身を強打されたような様子に見える。

「さっき吹っ飛ばしてやったのに距離取って飛びかかるのに使いやがってよ…脳筋な見た目で結構やり手だな…!」
完全に攻撃を防ぎきることはできなかったが、ブロッキングでダメージを軽減しつつ攻撃力をさらに下げることに成功はしたらしくUBのパワーは大幅に低下、心なしかスピードも少し落ちている。
「コバルト、こいつの遊び相手は引き受けるからナバールを呼んできてくれ!今の俺だけで倒し切るのは荷が重い!」
 しかしそれ以上にシャウトの受けたダメージは深刻で、防戦に徹して時間稼ぎがやっとな状態になってしまっている。このまま戦ったら最悪シャウトは死んでしまう。
 それは月下団にとってかなりの痛手になることは間違いない。
「いや、シャウトがトラックでエンジュに戻って。僕でもトラックでこの場所から走り去るぐらいの時間は稼げるし、食糧を奪うのが今回の目的なんだから」
 携帯電話をシャウトに手渡してきっぱりと告げる。
 痛いのが平気だとか死ぬことは怖くないとか言えば嘘にはなるけど、大した戦力にならない新入りよりも即戦力として戦っているシャウトが生きて食糧を調達して来た方が一番メリットが大きい。
 両手でホタチを構えてUBに対峙する。
 攻撃力も素早さも落ちた相手だ、非力な僕でも時間稼ぎぐらいはできる…!

「それはお前の勇気と覚悟ってヤツか?立派なモンだな…」
 すてみタックルの反動や抜群技のダメージは蓄積しているらしく、少し苦しそうに起き上がる。
「でもよ、コバルト、お前大事なこと忘れてるぜ?」
「大事なこと?」
 僕が渡した携帯電話をもう一度僕に戻す。

「“俺もお前も無事に”食糧を奪って来る、それが任務だぜ!」


 バークアウトで再びひるませた隙にインファイトの構えのまますてみタックルを発動させる。
 シャウトは力技で突破するらしい。僕だってちょっとぐらい役に立てるはずだ…!
 走りながら中段に構えたホタチを振り上げ、がら空きになった胴を目がけて切り裂く。
 しかし切り裂く手応えの代わりに素手で鉄塊を殴り付けたような鈍い痛みを感じてホタチを落とす。
 このUBは身体が堅すぎてホタチが通らないのか…⁉

「何ボサっとしてんだよ⁉死ぬぞ⁉」
 シャウトのブロッキングに守られた。眼前に迫っていた攻撃にも気づけないなんてやっぱり僕なんかじゃ…
「このままじゃ形勢不利だ、お前はナバールに連絡して応援を呼べ、早く!」
 僕に用なしだと言わないだけでも十分ありがたく感じながら、右手で落としたホタチを拾って携帯電話を開く。
「短縮で913だ、急げ!」
 ブロッキングのガード性能は強力でもあまり持たない、急いでテンキーで913と入力して祈るような思いで耳に当てる。


「俺だ。コバルトか、どうした?」
「UBが出て、シャウトが戦ってるけど、あいつにやられそうだし、僕のホタチは通らないし…」
 一回のコールでナバールは出てくれたけど、肝心の僕が焦って上手く喋れない。
「ユエの言った通りか、一日に連続で遭遇するなんて俺でも経験ないのによ… 分かった、俺が今からそっちに向かう。とりあえずどんなUBか説明できるか?」
「バタフリーみたいな頭部にカイリキーみたいな腕、先の細い4本の脚で…」
「EXPANSIONか、到着に10分はかかるがお前らの命を最優先に考えろ!」
 普段の明るい感じとは打って変わって冷静なナバールの指示に聞いてる僕も少し冷静になれた気がする。

「それとさっき『お前の攻撃が通らない』つってたけど、お前ホタチをどうやって使ってる?」
「ホタチ?両手で構えたり右で持ったりするけど…」
「今携帯電話持ってるのはどっちだ?」
「右手にホタチ持ってるから、左手だけど…」
「だったら大丈夫だ。コバルト、今すぐ電話切ってホタチに持ち替えろ!」

 脳天に飛んできた剣針が突き刺さったような衝撃。
 これまでホタチは攻撃にも防御にも、一本を両手か利き手に持って使うのが普通だった。アシガタナの優れた使い手だった父さんや母さんも一本しか持たなかった。
 確か“両手でホタチを振るうと何かが起こる”とか言ってた気はするけど、とにかくホタチを二本同時に使うなんて考えもしなかった。

「ナバール、二本目は予備みたいなものだし左手で振るったことないよ⁉」
「スタンド使い同士のバトルなら味方でもここまでヒントどころか戦い方の答えを教えてくれないぞ?最もそれが出来なきゃ死ぬだけだ、お前にはできる」
 電話は切れてしまった。

 携帯電話を戻して、予備にしか使ったことのないホタチを取り出す。
 ナバールは“戦い方の答え”とも言ってたし、“出来なきゃ死ぬ”とまで言っていた。
 今までなら正直不安で潰れてしまいそうだけど、最後に言ってくれた“お前にはできる”の一言が辛うじて踏ん張っていた。

“やるしかない…!”

右手で構える時と同じ様に左手でもホタチを構える。
「…?」
 不思議と違和感はない。それどころかホタチを二本使うのが本来の戦い方のようにも感じる。
 いや、ホタチを二本使うんじゃない。ホタチという名の双剣を振るう二刀流だ!


 高い近接戦闘能力とブロッキングによるガード能力でタフに戦っていたシャウトも、ダメージが更に蓄積して片膝をついてしまっている。
「シャウト!」
 アクアジェットでEXPANSIONの背後から急接近、アームハンマーを振り下ろそうとした右腕に斬り付けた。

「コバルト、お前…」
「無事に帰るって任務、多分いける気がする…!」

 ホタチ一つで戦っていた時に比べてパワーこそ大して変わっていないものの、ホタチを双剣として二刀流で振るうことで手数が圧倒的に多くなった。
 EXPANSIONの反撃の剛拳も左のホタチで軌道をずらしつつ右のホタチで防御が薄くなった腕の内側や胴を斬り付ける。
 思わず距離を取ったEXPANSIONも右腕を抑えて苦しそうにしている、振り下ろす様に振るったホタチは腕を深く斬り付けていた。
 軽く深呼吸、激戦のわりには疲れていない。
 左腕でアームハンマーの決死の一撃を叩き込まれた。
 辛うじて右手のホタチで防いでいるけど攻撃力が大幅に低下していると思えないパワー、拮抗しているホタチも砕けそうだ…!
「コバルト、左手のホタチも使ってガードだ!」
 シャウトがアドバイスをくれたけど小さく首を横に振る。

「左手のホタチで防御?とんでもない!むしろ攻撃する!」
 手首のスナップを利かせて左手のホタチを投擲、素早く右手のホタチを掴んで両手で角度を変えアームハンマーを不発にさせる。
 投げつけたホタチは固い身体には突き刺さりこそしなかったけど、頭部を斬り付け痛手を負わせている。
 そのまま右手のホタチを両手で構え直し、左腕目がけて袈裟斬りを放ち返すホタチで斬り上げた。
「これが、つばめ返し…!」
 ホタチの連撃は左腕の機能も停止させた。このまま一気に倒す…!

 落ちていたホタチを拾って左手に構え直し飛び上がる。
「くらえっ!」
 上段からホタチを交差させるように斬り付けた――


 さっきまで視界に入っていたEXPANSIONは視界から消えた。
 どうなったかは見えないけど斬り裂いた手応えはある。

「やった、倒した…」
 安堵は緊張状態にあった身体から力を抜いていき、足に力も入らなくなって前に倒れていく…

「お疲れさん、ナバールが来るまでちょっと休んでな」
 優しく抱きかかえられ黒くてふわふわな毛並みに顔をうずめる形になり、瞼もゆっくりと閉じていった。


 気がつくとトラックの助手席に座っていた。隣ではナバールがハンドルを握っている。
「シャウトから聞いたぜ、大金星だったらしいな」
「いや、シャウトが頑張ってくれたから…」
 二足ポケモン二匹乗りのシートにはシャウトの姿がない。まさか…
「シャウトはちょっと疲れたから寝るって荷台に乗ってる、あいついびきすごいんだぜ?」
 内心心配になった僕の気持ちを知ってか知らずか、冗談めいた口調で無事を知らせてくれた。
「そっか、良かった…」
「心配なら後でマリンの治療手伝ってやったらどうだ?きっと喜ぶぜ」
「了解、そうする…!」

 荷台に食糧とシャウトを積んだトラックはエンジュへと快走していく。


「その瓶の薬を綿棒に付けて患部に塗って」
「これを塗って、こうかな?」
「痛っ!」
「ご、ごめん!」
「気にすんな、続けてくれ」
「後は患部に綿を当てて包帯で巻く」
「これをこうして、こう巻いて…」

 帰ってからマリンの指示を聞きながらシャウトの治療を手伝った。
 シャウトは傷薬が染みて痛そうにしていたけど、ひと通り治療が終わるとリラックスした表情になった。

「コバルト、お前医者向いてるな…」
「えっ?」
 聞き返そうとした時にはシャウトは再び眠っていた。

「後はやっとくからナバールが呼んでたから団長室に行きな!」
 業務モードのマリンから強めに指示を出され慌てて部屋を出た。
 ナバールといた時とどっちが平常なんだろう…?
 とにかくナバールが呼んでたなら行かなきゃ、救護室を出て団長室のドアを叩く。

「コバルト、ちょっと一緒に来てくれ」

 ドアの前で待っていたナバールに連れられてエンジュの街外れに来た。
 大きな石の並んだ広場に父さんと母さんが寝かされている。アシガタナも傍に置かれている。
「さっき行ってくれてる間にここまで連れて来たんだ。場所の準備はできたけどお別れ、しときたいよな?」
 どこか申し訳なさそうな様子のナバールに黙って頷いて亡骸の前に立つ。

 昨日死んでしまった瞬間は悲しくて怖くて不安でたまらなかったけど、今は辛い気分は息をひそめていた。
「父さん、母さん、ありがとう。僕、頑張るよ…!」

「ありがとう、お別れ終わったよ」
「そうか?なら構わないけどよ…」
 ナバールは近くに用意されていた花束を僕に渡す。
「ポチエナとかクスネ達が集めてくれたんだ、一緒に使ってやってくれ」
 貰った花を埋めて行くと棺の中は綺麗になった。
 そしてワルビアルに棺を埋葬してもらい、お墓に残りの花を供えた。


「そうだ、これ入団祝いな」
 投げ渡されたものをキャッチすると、レンズの綺麗なゴーグルだった。
「防塵ゴーグルと同じレンズを使って加工してみた、実用性とデザインを兼ね備えていい感じになってるだろ?」
 着けてみると採寸した訳じゃないのにちょうどいい大きさで、バンドで頭の大きさも調整できるらしい。

「初日から大活躍で大変だっただろ?手に入れた食糧でも食べてゆっくり休んでな」
「ありがとう、それと…」
「それと?」
 ゴーグルを額に着けて、医療マニュアルを脇に抱えて言った。
「僕は、侵略してくるUBを全部倒して平和な世界でドクターになるんだ!」
 子供みたいって笑われるかもしれないけど、この瞬間に言っておきたかった。
「そうか、だったら俺も負けてられないな!」
 ナバールは笑うこともなく、真剣に聞いてくれた。

「先行っといてくれ、ちょっとまだやる事あるから」
「分かった!」


 戻る途中で一度だけ振り返ると、ナバールは端にあるお墓に手を合わせていた。


STAGE5 深まる謎と第二指令


 ナバール達に出会い、月下団団員としてUBを倒してから約一週間。
 僕は医療マニュアルを片手に勉強を進めながら、ホタチを双剣として使った二刀流の戦いの練習に励んでいた。
「さぁ来な!」
 本当なら後一日は休んで欲しいけど、「リハビリしないと身体がなまる」と言ってシャウトは特訓に付き合ってくれている。
 ブロッキングがあるからダメージを与えてしまう問題はないんだけど、万一ってこともあるし、筋力を付けた方が実戦で役に立つというナバールからのアドバイスもあって、ホタチを砂の入った布袋に入れておいて、出しておいた柄を握って振るうことで練習用にしている。

 左手のホタチで間合いを測りつつ右手のホタチで攻撃開始。
 心臓部を狙った一撃はブロッキングで見事に弾かれるが、左手のホタチでガードしている腕の筋を狙う。
「ちょっと上手くなってきたんじゃないか?」
「まだまだだよ…!」
「ご謙遜を、ならこいつはどうだ?」
 ブロッキングで防御に徹していたシャウトが一瞬で攻めに転じる。
 ブロッキングでクロスさせた腕を勢い良く開いてホタチを弾き、半歩下がってローキックを仕掛ける。
 シャウトに比べて圧倒的に小さい僕はローキック一つでも当たれば致命的。
 さっき弾かれた勢いを殺しきれずに回避は間に合わない。だったら…!
 ホタチを二本とも使って防御に回す。
 これがパンチに対する防御だったら一昨日みたいに足技で倒されるけど、バークアウトにさえ気を付ければ足技の間合いで拳は届く心配はない。
 でも心配ないといっても圧倒的なパワー相手に真っ向から防御するのはかなりきつい…!
 どうする?このままじゃ力負けだ。アクアジェットで威力を上げて押し返すか…?
 悩んでいるうちにニヤリと笑ったシャウトのバークアウトを防ごうと咄嗟に左手のホタチを動かしてしまい、足を防ぎきれずに軽く飛ばされて仰向けに倒れた。

「惜しかったな、でも一週間前に比べたら戦力として頼りがいが増してるぜ?」
 青空で視界を埋め尽くされていると、シャウトが手を伸ばしてくる。
「…流石にシャウト相手には力負けしちゃうな」
「そりゃ俺みたいな脳筋がコバルトみたいな頭脳派に力負けしちゃ立つ瀬がないだろ?」
「はは…」
 笑って返したけど、力の強い相手と対峙した時にできる事が少ないのは結構深刻だ。
 ナバールやシャウトみたいに力でねじ伏せる戦い方は僕に合わないのか?
 でもナバールは頭の方も団長をやってのける実力だからな…

「…新入り君、調子はどう?」
「シャウト、弱い仔いじめはやめたげてよぉ!」
 アブソルとマニューラが僕たちの方に来た。名前は確かユエとヴァイルだったっけ?
 口数は少ないけど危険を予知して教えてくれたユエはともかく、ヴァイルはちょっと苦手なタイプかな…
「僕なりに頑張ってます、力負けすることは悩みだけど」
「弱い仔いじめってさ、お前が思う以上にコバルトは成長性高いんだぜ?」
「でもそれ元々がへなちょこって事じゃん?」
 やっぱり苦手だ…
「…そっか、新入り君は頑張り屋さんなんだね。私も負けてられない」
 占い師みたいにどこか不思議なオーラを漂わせたユエは僕を褒めるみたいに前足で頭を撫でている。僕は末っ子同然なのか…?

「…新入り君、喜んで。」
「何をですか?」
「…君に試練が迫っている。大きな壁が課題」
 …一体どう喜べばいいんだろう。壁を乗り越えられるって意味か?

「…その試練の直後、運命的な出会いを果たすことになる。ラッキーアイテムは灯篭」
「と、灯篭…」
 …アブソルの特徴ともいえる危険予知の要素がある種の占いに発展していた。
 運命的な出会い、一体どんなのだろう?
 永遠の友達、生き別れた親戚、それとも一目惚れするような…?

「いいな~、あたしも彼氏欲しいな~」
 ヴァイルの目線が怖い。眼力ってダメージ判定あったのか…
「お前はまずその性格なんとかしたらどうだ?コバルトも怖がるようじゃ見込みないぜ?」
「アンタには言われたくないね!」
「ハハ、それもそうだな!」
 シャウトが割って入ってくれたことで助かった。

「…それじゃ私はお先に」
 ユエは静かに戻って行った。

「さてと、もう一戦行こうぜ!」
「この際あたしに実力見せてくれない?」
 シャウトが立ち上がった瞬間に今度はヴァイルが割って入る。

「シャウトが言うだけの実力があるかどうか、あたしの目で見ておきたかったんだよね」
「…よろしくお願いします」
「オタチ、だったっけ?袋から出しといた方がいいよ?あたし手加減できないから」
「…」
 久しぶりに砂袋を外すとホタチはかなり軽く感じられた。

「ヴァイル、間違っても機能停止レベルの攻撃するなよ?仲間だぞ?」
「はいはい、なんかあったらアンタが止めてよね」
「お前な…それじゃ試合開始!」
 ホタチを構えて攻撃を仕掛けようとした瞬間に氷の弾丸が飛んでくる。
「!」
 ホタチで素早く攻撃を防ぐけど、攻撃を中段させられ完全に出鼻を挫かれた。
「咄嗟に防御できるなんてちょっとはやるじゃん」
 ヴァイルはほんの小手調べ、とでも言わんばかりに氷の礫を連射する。
 その全てを躱し、ホタチで弾いて防いでいるけど一向に攻撃できる気配がない。

「コバルト、電話鳴ってんぞ!」
 シャウトの一言で試合は中段される。
「あ、本当だ」
 バッグの中で携帯電話の着信が来ている。相手は間違いなくナバールだ。
「もしもし?」
「俺だ、トレーニング中に悪いが急いでそこにいる全員を呼んで集まってくれ!」
 急いだ口調で電話が切れた。

「何かあったのか?」
「全員呼んで集まってくれって」
「了解、急ぐぜ!」


「ここから南西に向かった先のアサギ近くで孤児院が襲撃を受けているらしい。ユエも危険を察知している」
「…多分この反応はUB」
 さっきの占いよりも本来の使い方をしてる気がする。

「ナバール、どうして孤児院って分かるの?」
「ちょっと警備隊の無線をな、外面は良くしようとしてるが助けるつもりは薄そうだぜ。それに…」
「それに?」
「…いや、これ以上UBに好き放題させる訳にはいかない。コバルト、ヴァイル、ユエ、三匹で向かってくれ!」

「了解!」
「いっちょやりますか!」
「…UB、細胞一つこの世には残さない」
 最後の台詞が少し危険な香りを漂わせていたけど、全員いつでも行ける。

「シャウトは他のUB襲撃に備えて待機、俺とマリンはお届け物を受け取りに行く」
「了解、バッチリ頼むぜ?」
「コバルト、何かあったら連絡しろ。必要に応じてそっちに向かう」
 黙って頷き、バッグに携帯電話を入れてゴーグルを頭に掛けた。

「早く乗りな、一気に飛ばすよ!」
 ヴァイルは車を準備していたらしく、急いで助手席に乗り込むと、勢い良く発進した。


「大きな壁、か…」
 車窓をぼんやりと眺めながらユエに指摘されたことを考える。
 ナバールにアドバイスされたホタチを双剣として使う二刀流はEXPANSIONを撃破するだけの力があった。
 けれど、シャウトみたいな強い力を持っている相手には力負けするし、ヴァイルの氷の礫には防御に徹するのは精一杯だった。
 現状二刀流は慣れているとはいえないし、これが大きな壁なのか…?

「ちょっと聞いてる?」
「何が、ですか?」

 考え事にふけっている間にヴァイルに話しかけられていたらしい。

「やっぱ聞いてないか、特別にナバールの秘密を教えてやろうと思ったのに」
「秘密?」
「そう、実はあいつ…」
「…待って、想像以上に危ない、これは間違いなくUB出てる」
 ナバールの秘密を聞こうとした時、ユエが異変を察した。
「ちょっと煙も登ってるしマジでヤバそうだね、急ぐよ!」

 車のタコメーターは一気に3桁の数値を示した。


 和風の豪邸みたいな建物には半壊してあちこちから煙が出ていた。
 警備隊も案の定殲滅されかかっているらしく、入った足跡はあっても出て来た足跡は一つもなかった。
「マジか、こいつはヤバいな…」
 ヴァイルが言う通り、事態は酷いことになっている。
 入口に桃色の手が転がっているが、恐らくここで働いていたラッキーとかハピナスのものだろう。
 館内マップによると小さいポケモン達の過ごすエリアはさっき倒壊してしまっている所だったらしい。外に避難できてないとなると、小さいポケモン達も大半が犠牲になってしまっているだろう。
 ユエも残念そうに首を横に振っている。

 それにしても一番肝心なものが見当たらない。
「気を付けて、UBの姿が見えない」
「確かに言われるとそうね、敵はどこに?」
「…あちこちから敵の気配、敵は存在するけど居場所はどこ?」
 ナバールやシャウトから戦いでのフォーメーションの組み方も教えてもらっている。互いの背後をカバーし合う様に構えて周囲を警戒する。

「うわあぁぁぁぁ!」
 奥の倉庫の方で叫び声が聞こえた。
 顔を見合わせるが早いか館内マップを見て走り出した。


STAGE6 涙に濡れたシャボン玉


 倉庫には死体になったばかりのグランブルがいた。
 どうやら銃も持ち込んでいたらしいが、それも役に立たなかったらしい。
「あいつだ…!」
 ヴァイルが指差す先にUBがいた。
 全身が白くて手足が長く、EXPANSIONと比べるとかなり華奢に見える。

「…UB02β BEAUTY、私とヴァイルには相性が悪い」
「マジか、こいつはあたしより素早いからちょっと面倒だね…」
 だとしたら戦力は僕ということになるのか…

 色々考えているとBEAUTYは少しずつエネルギーを蓄えるような構えを取っている。
「ヤバい、こいつは一度動き出したらとんでもない速度だよ!」
 ヴァイルの言葉が言い終わるより早くBEAUTYは動き出した。

「ぐあっ!」
「痛ってぇ!」
「…ッ!」
受け身も取れずに攻撃を受けてしまった。僕でも相当なダメージだったが、ヴァイルとユエにとってはかなりのダメージになっているだろう。
 ただ、倒れたことでBEAUTYは僕たちの姿を見失ったらしく、しばらく滅茶苦茶に動き回ってやがて止まった。
「…大体今の攻撃って、何秒ぐらい続くか分かります?」
「…詳しくは知らない、けど体感的には10秒、くらい?」
 ユエ曰く10秒らしいがまぁ妥当なところだろう。
 後ろに目をやると、グランブルの持っていた銃が転がっている。
 銃本体は暴発で壊れてしまったようだが付属のレーザーポインターは無事だったらしい。
 流石に武器にはならないが、目くらましぐらいにはなるか?
 BEAUTYの方を見ると、粉の入った袋が積まれている場所にいるがそれらには触れていないらしい。
 まさかこいつ、この辺りの物に触れたがらない?
 近くに洗面台は落ちていたけど壁に銃創もあるし、壊れた銃も暴発だと考えれば説明がつく。

「で、どうすんだよ…」
 仮にそれが分かったところで倒す手段にはならないだろう。手当たり次第何か投げつけてみるか?このレーザーポインターならそれなりにダメージも…
 待てよ?レーザーポインター?
 レーザーポインター、粉の入った袋、綺麗なままの鏡…

「ユエ、ヴァイル、遠距離を攻撃できる技とかある?」
「さっき見せてあげた氷の礫あるだろ?」
「…サイコカッターでいいなら、あるよ」
 持ってなければホタチを二本とも投げるつもりだったがこれなら問題ない。
 さらにちょうどいい感じに天井まで届く高さの棚で袋小路が出来ている。
 条件としてはぴったりだ。
「僕がおとりになります、BEAUTYが高速移動を始めたら二人で粉の入った袋と鏡を同時に攻撃してください!」
「袋と鏡?まぁいいけど」
「…何か策があるんだ、いいよ」
 ユエとヴァイルも了承してくれた。
「よろしく頼みます!」
 ゴーグルを装着して立ち上がった。後は一か八か、僕が何とかする…!


立ち上がって注意を引き付けるように、あえて大きく動いてみせながら袋小路へと動いていく。
案の定BEAUTYは僕を標的として捉えた。後は高速移動を使わせるだけ…!
 エネルギーを溜める動作をして、視認できなくなった。

「今だ!」
 粉の入った袋をサイコカッターが切り裂き、鏡を氷の礫が粉砕した。
 何とか袋小路の奥に到達すると、レーザーポインターを起動させる。
 粉塵と鏡の破片が飛び交う中にレーザーポインターの赤い光が乱反射して、視認できなかったBEAUTYのシルエットが浮かび上がり動きが視認できるようになる。

 粉の入った袋と鏡を粉砕して粉塵を舞わせて破片を飛び散らせることで、レーザーポインターを照射すると動きを視認できるようになり、BEAUTYには一時的に視界を奪って僕のいる方向以外は分からないようにしておく。
 そしてBEAUTYの特性上物体には触れたがらない性質があるなら、僕の方に向かってくる方向は自動的に一つになる。

 反復横跳びみたいにジグザグに動いていたBEAUTYの動きが直線的になり、僕の方に向かって飛び込んで来る直前にホタチを構える。
 その瞬間、勢い良く飛び込んできたBEAUTYの腹部にホタチの角が深く突き刺さった。

 戦闘不能になったBEAUTYの身体をホタチで断ち切ると、ヴァイルとユエが駆け寄ってきた。

「アンタ、弱いと思ってたけど結構やるね…」
「…ナイス頭脳プレイ」
 ユエはともかくヴァイルにいい所を見せられたのは個人的にはすごく大きい。

「これで僕のこと、少しは認めてくれますか?」
 ゴーグルを外しながらわざと聞いてみる。
「別に、下手に戦って怪我したら心配だっただけだし?」
 oh、これは予想外の反応…
「と、とにかく使えるものとか生き残ってるポケモンを確認してさっさと帰るよ!」
 ヴァイルツンデレ説が浮上した所で、ユエが周囲を見回す。
「…待って、まだ他にもいる」
 裂けた屋根から裂けた空が見える。驚く暇もなくPARASITEがこっちに向かって降りてきた。数は、三匹?
「数は三匹か…コバルト、戦力に数えていいよね?」
「了解、ここで倒す…!」
 なかなか信用されない状態から一転、ついに戦力カウントされたことを内心喜びつつ、襲撃に備えて再びゴーグルを着けた。



 PARASITE三匹に向かって散開、一匹は私の敵だ。
「…遅い!」
 ヘドロウェーブを使われる直前に不意打ちを仕掛ける。虚をつくような攻撃でヘドロウェーブを不発に終わらせる。
 PARASITEは火力こそ高いが物理攻撃への耐性は低い。私はダメージさえ負わなければ圧倒的に有利。
 パワージェムを構えている、素早く辻斬りを使ってPARASITEもろともジェムを切り刻んで不発にさせる。
「…地獄に堕ちて」
 毒タイプには効果的なサイコカッターの一撃がPARASITEの身体を溶けかけたバターみたいに切り裂いた。


 BEAUTYに続いてPARASITEが襲撃してくるなんてツイてない。
 けれどこのままあのフタチマルにいい思いをさせるのも癪。だったらどうする?
「ブッ飛ばすしかないよね!」
 パワージェムを牽制するように氷の礫を放ち、素早く死角に回る。
 草結びで足元を狙おうとしても既にあたしはその場所から移動している。
 辻斬りで攻撃しながら周囲を移動、体力を削りながら時折メタルクローで安定した火力を叩き込む。今ので攻撃上昇のおまけ付き、前言撤回!
 そのまま氷の礫で視界を遮ってとどめを刺そうとしたけど、足元の違和感を感じて三角飛びの要領で飛び上がる。直後、さっきまでいた場所を猛毒の波が襲う。

「汚水垂れ流してんじゃねぇぞこの産廃!」
 頭に来た勢いで、飛び降りる瞬間メタルクローでとどめを刺す。
 PARASITEは最期の力を振り絞って変な方向にパワージェムを一撃放って力尽きた。


「…ったく余計な手間かけさせるね」
「…ヴァイル、あのパワージェムの方向、新入り君」
「マジかよ!」
 慌ててパワージェムの飛んだ方にユエと走って行く。


「…」
 こいつはそうじゃない、あいつはナバールが叩き潰した。
 頭の中では分かっていても、同じ種族を前にすると不思議と緊張して上手く動けない。
 水中でもないのに妙にゆったりとした不気味な動き、問答無用で中に取り込まれてしまいそうな触手、凶悪な戦闘能力…
 身体が震えているのに僕自身もようやく気づいた。
 周囲に6個の光る石が浮かぶ。あれで父さんは全身を貫かれて…

 背後から何かが飛んでくる感覚に急いで避けると、光がPARASITEに直撃した。
 被弾したPARASITEはそこそこ苦しそうにしている。僕としては本来なら好都合な話でも、それがパワージェムによるものなら話は別だ。
PARASITEは再びパワージェムの発射体勢に戻る。同族にもあんなダメージ入るのに僕が直撃したら終わりだ…
回避しようにも足は震えて動かないし、防御しようにもホタチを持つ手も震えて落とさないようにするのが精一杯。


「コバルト、何やってんだよ!」
「…新入り君、事情はナバールから聞いたけど、怖がるだけじゃ殺される…!」
 ヴァイルとユエが加勢に来たらしい、けどあの距離じゃ間に合わないだろう。
「お前いつまでケモショタの気分でいるんだよ!ちょっとの辛い事ぐらい水に流せよ!」
 吠える声に“ちょっとはないだろ⁉”と返したいけどそんな余裕もない。
 水に流すって言ったってそんなこと、流す…?


 急に周りの全てがスローになる感覚。
 アニメじゃ主人公の強化イベントにありがちだけど、主人公でもない現実世界の僕に起こるなんて…
 防御や回避も追いつかない、大きな壁、水に流す…
 点と点を線で結ばれるように答えが見えてくる。
 シャウトとの模擬戦では防御も回避も上手くできずに苦戦していた。そしてそれが今の僕にとっての大きな壁だ。けれどヴァイルも言っていた通り水に“流す”ことなら…
 身体の震えも止まっていた。今では仮にこれが間違いでも死なない限り何度でも試行錯誤してやる気力すらある。
それにナバールと約束したんだ。平和な世界でドクターになるならこんな奴ごときに手こずってる暇なんてない。

 ホタチを持った手を構えずに楽にしておいて、アクアジェットの要領でPARASITEに向かって突進する。
 パワージェムの光線が飛んできたが、それを全てホタチに当てて角度を変えることで防御も回避もせずに文字通り“流して”行く。
 そのまますり抜けるようにホタチを操ってPARASITEに斬り付けながら無傷で背後に着地した。

「ホタチは力任せに振るうだけじゃあない、流しながら斬り付ける、つまり攻防一体で使えるんだ…」

「マジか、あいつ本当に土壇場で何とかしたよ…」
「…流石、ナバールの見る目は優秀」
 何とか上手く行ったらしい。二匹に気づかれないようにゴーグルを外して目元を拭うと少し濡れていたけど、悪い気はしなかった。


「とりあえず、警備隊の食糧とか使えるモンは全部頂いてずらかるよ!」
「…ご愁傷様、でも死んだ方が悪い」
「コバルト、壊れてないならBEAUTY倒すのに使ったレーザーポインターも忘れないでよ、ナバール欲しがってたから」
「了解、全然壊れてないから大丈夫です」
 ある意味今回のMVPとも言えるレーザーポインターだけど、ナバールは何に使うんだ?

 雑談しながら乗ってきた車に資材を積み込んで館内をもう一度見まわったけど、残念ながら生き残ったポケモンは不在らしい。ユエも残念そうに首を横に振った。


「さてと、新たな戦力も増えたしどんなUBが来ても楽勝かもね!」
「…ヴァイル、それ、フラグ」
「そうなの、じゃとりあえず凱旋と行きますか!」
 最初は全然認めてもらえなかったのに今ではこの手のひら返しらしい。
 笑いそうになって助手席から外を眺めていると、空にシャボン玉が一つ浮かんでいる。
 シャボン玉といえば平和な世界で子供が吹いているイメージがあるし、僕もミジュマルの頃には何度か吹いて遊んだこともある。
 他にはシャボン玉を出すマングローブの島がどこかにあるらしいし、シャボン玉に太陽のエネルギーを練り込んで武器にする戦士の登場する漫画がそういえばナバールの団長室にあった気がする。
 でも襲撃された孤児院に浮かぶシャボン玉ってのも変な感じだ。

「ヴァイル、ユエ、シャボン玉を出すUBって存在する?」
「シャボン玉?随分可愛い技だね」
「…シャボン玉に可燃ガスを入れて飛ばせば、即席の起爆剤の出来上がり。どかーん」
 どうやら知らないらしい。でもユエの台詞を考えると球体を爆発させるUBがいてもおかしくない気が…

「えっと、とりあえず今シャボン玉が浮かんでたんで、まだ何かいるかも…」
「そう?今は何も浮かんでないみたいだけど?」
「…小さな違和感も見逃さない、災いの原因は早めに潰すのは月下団として当然」
「帰って早く寝たかったんだけど、まぁいいや。早く見に行くよ!」
 場合によっては僕一匹でも見に行くつもりだったけど、全員でシャボン玉の原因を探りに行くことになった。


「本当にこの辺で合ってるの?」
「多分このあたりから浮かんでたはずだけど…」
 塀で見えなかったけど、あのシャボン玉は真上に上がってたから場所を考えればここの庭だろう。
「…これは見事な枯山水庭園、焼け落ちたエンジュの庭園並みかも」
 約一匹観光モードに入ってるけど、確かに綺麗な庭園だ。
「確かに綺麗だね、枯山水も含めて左右対称でさ」
「このタイプの庭園で左右対称ってのも珍しい気もするけど…ん?」

 枯山水を中心に左右対称に配置されているけど、何故か違和感がある。
 綺麗に切り揃えたばかりの低木、向かい合うコイキングの石像、朱色に塗られた橋…
よく見たら一箇所左右対称ではない場所があった。枯山水の奥に大きな灯篭がやや左側に偏って置かれているのに右側にはそれがない。
近づいてみると灯篭の穴の部分に粘液みたいなのが付着している。ビンゴだ。

「破片が飛ぶかもだから下がってて!」
 ヴァイルとユエを下がらせてから両手のホタチを構え、跳び上がってから振り下ろした。


「うーわ、ブッピガンってSE脳内再生余裕だったわー、容赦ないわー」
「…新入り君、川流しにされた桃も蛍光灯みたいに光る竹も遠慮なくぶった切るタイプ?中の主人公も縦にまっ二つ」
 我ながらホタチの切れ味がさらに上がったことに内心ガッツポーズして、三つに叩き斬った灯篭の断面を確認した。
 真ん中に空気を通す穴があったみたいだけど、中に何かが入れるようにも見えない。
 じゃあシャボン玉はどこから飛んできたかという疑問はすぐに答えが分かった。
「やだ、殺さないで、死にたくない…!」
石の灯篭がなくなったことで地面にぽっかり開いた穴から怯えたオシャマリが姿を現した。

「大丈夫僕たちは敵じゃないよ、もしかしてここで暮らしてた子?」
「…うん、レガータって言います、ここの孤児院で暮らしてたけどさっき襲われて、それで私だけここに隠れて…」
「怖かったよね、でももう大丈夫だよ」
「うん、助けに来てくれてありがとう!」
 穴から勢い良くジャンプして来たレガータに抱き着かれる。

「…彼女釣り上げ、ナイスフィッシング」
「オーオーいきなりお熱いこった」
 雌ポケモン二匹に冷やかされた時初めてこのオシャマリが雌だということに気づいて頬が赤くなっていくのを感じた。

「でどうすんだその子?やっぱり本拠地へお持ち帰りか?」
「…でもこの子進化したらアシレーヌ、場合によっちゃスパイかも?」
「そうか…」
 色々と失念していた不安が一気に押し寄せて来た。不安そうに僕を見られてもどうしたらいいのか…

「…まずは一回ナバールに相談してみよう、それからでも遅くないはずだ…!」
 苦し紛れの妥協案を出した時、僕以外のメンバーの表情が固まった…

「お前マジか、結構やるときはやる男だね…」
「…コバルトはその子にほの字だね」
 ヴァイルとユエも何故か肯定的に取ってくれて、僕に抱き着いたままのレガータは小さくありがとうを連呼している。
「とりあえずナバールに連絡して諸々の準備だけしてもらおうかな…」
 照れ隠しに携帯電話を開き、なかなか繋がらないコール音がとてもじれったかった…

 ちなみに状況を聞いたナバールは快諾してくれて、レガータも無事に月下団のメンバーになったのだった。


STAGE7 エンジュ攻防戦


 僕がナバール達と出会ってから半年、UBとの戦いを続ける中で医療の知識や今のところ世の中の状況も多少は掴めてきた。
 とりあえずUBと言っても色々種類がいることやタイプも様々だし、僕からみんなに提案してコードではなく名前を付けて分かりやすくしてみることにした。

・PARASITE…ウツロイド
・EXPANSION…マッシブーン
・BEAUTY…フェローチェ

 どうやら他の地方で別の種類の目撃情報もあるらしいし、詳細が分かり次第名前を付けておこう。
 今は本格的な医学書で炎タイプの生命線であるコアフレイムについて勉強中。
  リザードンの尻尾の炎がヒトカゲの頃からあるように、炎タイプには炎を生み出し、維持するための核となる炎が体内にあるらしい。
 それが怪我や病気で炎の精製や維持が出来なくなると外部から炎を取り込まなきゃ命を落としてしまうし、生まれたての炎タイプにコアフレイムがなければ移植しないと死んでしまう…
「僕みたいな水タイプにもそんな器官があるのかな…?」
「何してんだコバルト、そろそろ作戦会議始めるぜ?」
「分かった、すぐ行くよ!」
 このタイミングで予定にない作戦会議でナバールに呼ばれたことに何か引っかかるようなものを感じながら、僕も会議に向かった。


「結論から言って、正直今の状況はジリ貧の一言に尽きる。このまま手を打たなければいずれは襲撃がこのエリアを直に狙ったり、UB以外の原因で犠牲者が出かねない」
 強襲して物資を調達してるから現状はまだ大丈夫とはいえ、インフラだっていつまで大丈夫という保証もなければ、UBの襲撃がいつこのエンジュを襲ってくるかどうかすら分からない。
「つまり、団長サマは【やられる前に攻勢に出たい】とでも言いたいのかよ?」
「そういうことだ。だからこそ、こうして主力メンバーに集まってもらった訳で…」
 シャウトの質問に肯定しつつ、色々準備している様子のナバール。
 話の続きを待っている間に見回すと、ヴァイルとユエの姿がない。レガータはあれから元気になって子供たちの面倒見てるからいないのは分かるけど…
「マリンさん、ヴァイルとユエは今どこに?」
「あの二匹なら今は偵察と調達に出かけてる」
 とりあえず失踪じゃないなら大丈夫だろう。

「まずは現時点で分かってる情報を整理しようぜ」
「「いやいやいやいや!」」
 ナバールの提案に僕とシャウトの制止が重なった。
「今更そんなことして何になるんだよ⁉」
「流石に情報整理するにしても他に先やるべきことあるんじゃないかな?」
「なら聞こう、ポケカのデッキ60枚を裏面を上に置いて山札から一番下のカードを抜いた時、そいつがデッキのエースカードである確率は分かるか?エースカードは分かりやすく1枚で考えろ」
「えっと、60枚中1枚だけだから…」
「60分の1、で合ってる?」
「正解だ、だがデッキ自体が箱から出したばかりの新品だった場合はどうなる?」
「はぁ?それでも60分の1は変わらねぇだろ?」
「確か昔買った時はブラッキー&ダークライのカードが表向いて棚に並んでたけど、表面の一番上がデッキのエースカードってことは裏面の一番下がエースカード…?」
「コバルトが正解だ、大体新品のデッキの配置は決まってるから新品を裏面を向けて置いたら一番下はエースカード、つまり100%だ」
 しれっとマリンさんが小さく拍手してくれてる、なんか嬉しい…
「いや滅茶苦茶じゃねーか!」
「情報を知るってのはこういうことだ。知らなきゃ1.7%の確立だって情報を知っていれば100%にすることだってできる。戦力も物資も大事だが情報だって同等に大事だって分かっただろ?」
 それだけ言った後、ナバールは置いてあったホワイトボードをひっくり返した。

「これが俺たち月下団が今まで集めた情報だ、要点だけ把握しておいてくれ」
・伝説ポケモンはほとんど過去の戦いで絶滅、一般ポケモンもまた半数以上が絶滅
・敵の目的は世界征服、あるいはフェアリー以外の種族の絶滅
・敵の黒幕はおそらくコガネシティに潜伏、首領を倒せば体制は崩壊する
・敵は強力&市街地であるため正攻法の強襲は危険
・ジョウト以外で月下団に外部協力者は一定数存在

「だいたいこんな感じだ、現状としては戦略を立てながら体制を整えて…」
 状況をざっと整理した後でさらにやるべきことをしようとした時、外が騒がしくなった。
「大変だ!ヴァイルさんとユエさんが敵に襲われて傷だらけで帰ってきた!」
「一旦解散、各自襲撃に備えて戦闘体勢に入れ!マリンとコバルトは俺と来い!」
 緊急の連絡に対して防衛体制を整えつつ、医療知識のあるマリンさんと僕を呼んだ。

「マズいな、野郎に一手遅れたか…」
「思いの外早かったね、まだあいつのマイペースな性格を考えれば猶予はあると思ったのに…」
「起きたこと考えてもしょうがないぜ。とりあえず【今できる最善手を打ち続ける】、それが俺たち月下団のできることだろ?」
「そうだね、どうにかヴァイルとユエを治療しなきゃ…!」
 
「野郎とかあいつとか、二匹とも敵の正体知ってるの…?」
 先に走っていく二匹の話を聞く限り敵の正体を知っているようにしか聞こえない。
「……答えはYES、俺とマリンだけは敵の正体を知っている。だがその話は後だけどな」
 ナバールが扉を開けると、傷だらけでうめいているヴァイルとぐったりして意識のないユエが寝かされていた…

「マリンとコバルトは二匹の救護にあたってくれ!ヴァイル、一体何があった…?」
「悪いね団長、コガネシティへ物資調達と偵察に行ったらUBに襲撃されてこのザマだよ。どうにか物資は無事だったけどユエが重症で…」
「襲撃に遭ったのはどのぐらい前だ⁉60分以内ならどうにかチャンスは…」
「生憎2時間前、優しい団長サマには悪いけど切り札は決戦まで取っておきなよ」
「すまない…」
 何かを使おうとして不可能だと分かりナバールは苦悶の表情を浮かべている。一体何を使おうとしたというんだ…

 プロのマリンさんが必死にユエさんの治療をしている隣で僕も手当てを進めていく。
「団長、この近くで見たことのないUBが現れた!電撃っぽい攻撃をしてきたらしい!」
「分かった、どの辺りだ?」
「南西の方角、侵入はしてないし近くにいるはずだ!」
「了解、すぐ行く!」
 ソードメイス片手に出撃しようとするナバールを見て少しの不安がよぎる。
「ちょっと待って!」
「…どうした?」
「相手が電撃を使うってことは電気タイプかも、一応麻痺治し持って行った方がいいよ」
「了解、ありがたく受け取っとくぜ」
 ナバールに救護キットから取り出した麻痺治しを3つ渡すと、しっかり握りしめて走り出していった。

「この辺りに例のUBが、っと…!」
 当該エリアに移動して件のUBを探していると、突然の電撃にサイドステップで回避。
「こいつが噂の新種か、配線ケーブルに光る金平糖か?」
 多分ライトニングとかいうコードの呼称されてるのがこいつだろう。名前は後でコバルトに考えさせるとして、携帯電話で情報だけ撮影しておいた。
「情報さえあれば後はこいつでぶん殴るだけなんだけどな!」
 ソードメイスを中段に構えて胴薙ぎと共に接近、返しながら上段に構えて叩きつける。
 重力も合わさった一撃の速度を見誤ったのか、LIGHTNINGは避けきれず胴に直撃。
 メイスなので斬れはしないが、手応えからしてダメージはかなり入った。
「もう一撃でお陀仏ってとこだな!」
 とどめの追撃を加えようとソードメイスを引き抜いた時、右手に激しい痺れを感じた。
「コバルトの忠告、マジに当たったみたいだな…」
 ソードメイスが痺れた右手から離れない。
 それを狙っていたかのようにLIGHTNINGは放電を開始した。避雷針にするとこまで計算通りってことかよ…!
 左手で麻痺治しを乱暴に取り出し痺れる右手にかけると、ソードメイスはようやく手から離れた。
 急いでとんぼ返りでその場を離れると、放電はソードメイスを中心に迸っていった…
「麻痺治しはあと二つ、2回痺れる前に倒さなきゃヤバいな…」
 金属製のソードメイスは麻痺すると危険、だったらお望み通り肉弾戦で倒してやるよ…!
 接近しながら殴り付けると見せかけて倒立前転の要領で蹴りあげる。地面に仰向けになる前に手の位置を変えて足払いをかけ、距離を取られたらロンダートで再接近しつつローリングソバットを直撃させる。
「手が痺れたら握って離れなくなる、だったら足ならくっつくものなんてないよな!」
 蹴りが直撃してふらついてるLIGHTNINGだったが、突如全身に電気を集め始めた。
 まさか、自爆…!?
 無意識に距離を取ると、さっきまで俺のいた場所を配線ケーブルのような腕のラッシュが襲った。
 読みは外れたが離れて正解、だがあんなに帯電してたら下手に攻撃できねぇな…
 リーチの長い攻撃を避けながらじわじわと距離を詰められていく。腕の間合いに入りかけた時、手頃なサイズのコンクリート塊を見つけた。
「こっち来んじゃねぇよ!」
 少し上に放り投げた塊を殴り砕き、散弾のように飛ばして牽制。
 背後に下がって距離を取ろうとしたが右足の動きが重い。
「くっつかないだけマシだが足も痺れるには痺れるんだな…」
 正直状況は芳しくないが左足のかかとに触れ慣れた感触、一か八か試してみるか…!
 二つ目の麻痺治しを開けて奴の動きに集中した…

 散弾に直撃したLIGHTNINGは相当怒っているらしく、接近戦で直接俺を倒すつもりらしい。
 だが冷静さを失っているなら思うつぼ。
 右手で心臓の辺りを軽く叩いて挑発、奴の狙い目を心臓辺りに集中させる。
 あとは接近した瞬間が勝負、3、2、1、今だ!
 配線ケーブルのような腕が触れる直前、倒れ込むように右へ移動、ヤツの攻撃は俺の背後に刺して仕掛けてあったソードメイスに直撃する。
 地面に流れていく電気を止めようと攻撃を止めたLIGHTNINGだが、その意思とは無関係に電気は地面へと流れていく。
「麻痺治しに感電を治す効果があるなら、メイスに塗って触らせりゃテメーの意思とは無関係に電気は流れてくだろ」
 読み通り電気は流れきってLIGHTNINGはパワーダウン、その隙を逃さずベルトから炎を滾らせる。
「これで終わりだ!」
 フレアドライブを叩き込み、完全に倒した。

「これで一安心、って訳でもなさそうだな…」
 近くで戦闘音がする辺り、まだ敵はいるらしい。
 しかも俺の勘が急いで戻れと告げている。まさか奴がエンジュを襲撃したという可能性だって今は笑えない冗談にすらならない。
「メイスが帯電してるが、グリップ付けたら持っても痺れず使えるな…!」
 帯電状態のソードメイス片手に崩れ落ちて来そうなグレーの空の下を駆け抜けた…

 消毒を済ませたら患部に脱脂綿をあててその上から包帯を巻き付けて固定。
 重傷とはいっても、これなら時間をかければ完治するだろうし後遺症の心配もない。
 治療を終えて一息付いた時、外がやけに騒がしいことに気づいた。しかも騒ぎはナバールが戦ってる場所より近い。
「マリンさん、これって…」
「ヴァイルとユエのことはなんとかするから、偵察と場合によっては迎撃頼むよ!」
「了解!」
 ここからなら窓を通り抜けた方が早い、首にかけていたゴーグルを着けて窓から外に飛び出した。


 エンジュ内がちょっとしたパニック状態になっていた。
 逃げ惑うポケモン達の動きを見る限り、敵の位置は大体検討が付く。
 南東の方には案の定誰もいない。建物が倒壊している様子からして、UBの可能性も否定できない。
 足元に壊れたフライパンが転がっている。それもただ壊れたというより半分くらい切り落とされた様な壊れ方だった。
「まさか、斬撃を使うUBがいるのか…?」
 曇り空の下、周囲に張り詰めていた殺気が背後で強くなる。
「!?」
 咄嗟にしゃがみ込むと頭上を突風が吹き荒れた。
 その直後、建物の瓦礫がさらに細かく切り裂かれて砕ける。
 背後を振り返ると、空中に小さなポケモンが浮かんでいた。
 折り紙を何枚も組み合わせて作った様な、大人向けの折り紙本に載ってそうだし高さも折り紙2枚分…
「…やっぱ検察官が首に付けてるヒラヒラっぽくも見えるし、カミとミツルギでカミツルギ、なんて名前にするか」
「…」
 名付けてはみたけど正直反応を見たところで喜んでるかどうかなんて分からない。
「…!」
 地面が切り裂かれたような音ののち、砂塵で視界が埋め尽くされる。
 ナバールのくれたゴーグルのおかげで視界は確保できているものの一手出遅れた。
 ホタチを両手に構えて気配に意識を集中すると、砂塵の中で姿が見えなくても殺気が強すぎて大まかな位置と攻撃の動きが大体予想できた。
 左のホタチで袈裟斬りをガードしつつ右のホタチに水流を纏わせて一閃。
 シェルブレードも二刀流も半年鍛えたらそこそこ様になってきた気がする。
「…、……!?」
 カミツルギが何を言っているのかは分からないが、恐らく僕の攻撃でダメージを受けて驚いているといった感じかもしれない。
 砂塵も晴れた中で紙のような刃先とホタチの切っ先を向けて対峙することになる。奴の斬撃は強力だけど、隙をついてシェルブレードで斬りつければ倒せるはずだ…!
「……………、………!」
 下段狙いの動きを見て飛び上がった瞬間、再び地面が地面が裂けて砂塵が巻き起こされる。
 視界こそ残っているけど気管に入って咳き込むことしかできない。さっきのセリフ、大方【かかったな、アホめ!】的なこと言ってたのか…!
 水鉄砲の要領で喉から水流を流して咳き込む要因を洗い流し、砂塵の中を動き回って狙いを絞らせないようにしたおかげで数秒で体勢を立て直すことはできた。
 しかし、さっきまで感じていた気配や殺気が忽然と消えてしまっている。
 その違和感に気付いたと同時に聞こえる悲鳴。
 ホタチに水を滴らせて振り回して視界をクリアに戻すと、少し離れた位置で浮遊する折り紙が見える。
「まさか、カミツルギは僕との戦闘を避けて…!」


 悪い予感は的中していた。
 ついにあの野郎はエンジュを潰しに来たらしい。出遅れは団長としては失格レベルに致命的なミスだが、日頃から想定しておいたおかげでパニックになりながらも避難は着実にできているようだ。
「どうすんだナバール、このままじゃ全滅だぞ!」
「こういう時こそ俺たちは冷静になるもんだぜ、シャウトは一般ポケモンの避難誘導を頼む!」
「分かった、だが俺様抜きで戦力足りるのか!?ヴァイルとユエは重症で俺様を外したらお前とコバルトぐらいだぞ!」
「俺も因子持ちのスペックはある。一応マリンも体術なら俺と互角だし、今は少しでも被害を減らすためにも避難誘導力があってブロッキング力が高いお前の力が必要だ、頼むシャウト」
「…俺様にしかできない役割ってことね、任せときな!」
 多少おだては必要にはなるが、こういう時のシャウトは頼りになるし信用もできる。
 今力を使っても根本的な解決にはならないし、起点にする対象もいないからそもそも発動もできないが、戦闘能力なら並の同族のスペックに箔が付いてる以上俺が戦った方がいい。
「てな訳で不法入国者は地獄に帰れってんだよ!」
 帯電ソードメイスで背後からウツロイドの頭部を叩き潰し、踏み込みと共に横に薙ぎ払ってUB5匹ぐらいをまとめて倒す。
 帯びていた電気も弱くなったので代わりに熱を送り込んで赤熱化、筋肉自慢のしつこいマッシブーンに両手でも重いダンベルに見せかけて投げ渡す。
 反射的に掴んだ手が焼けただれた様子に内心ほくそ笑んで股を蹴り上げ燃える右手で貫手、胴を貫き切り裂いた。

「…ったく数が多すぎるな、って今度はなんだ!?」
 周辺の地面が爆発、周囲には放電が起こり疾風も吹き抜けてわりとカオスになって来た。
 敵はおそらくさっきの金平糖頭とフェローチェ、それにロケット型の竹、爆発要因もコードBLASTERは多分あいつで間違いない。
 ソードメイスを赤熱化、刃の向きを90度回して水平にして金平糖頭に押し付ける。
 刃物というより焼きごてを押し付けたような音と煙を立てながら、表面に火傷を負った金平糖頭はそのまま倒れた。
「動きは速いが直線的、田楽刺しで決める…!」
 瓦礫の中から建材の鉄パイプを引き抜き、コンクリートを払って赤熱化させる。
 細身のパイプを右手に構えて目を閉じ、聴覚で現在の位置と動きを捕捉。視認できなくても音を捉えられるなら、目を閉じて隙を作って誘ってやるよ…!
 反復移動していた音が正面から大きくなってきた。
「そこだ!」
 開眼と同時に槍の様に投擲した鉄パイプは真正面から突っ込んできたフェローチェの胴を貫いてロケット型の竹に突き刺さった。
 胴が千切れたフェローチェとパイプから煙を吹き出して溶け始めた竹を見る限り殺せている。
 それでもUBの数は半分も倒せていない。
「このままじゃ埒が明かねぇ、いっちょ製作途中のアレ使って蹴散らすか…!」
 ソードメイスを拾い上げ、頬の毛の中に隠していた起動キーを取り出して本部に向かって走り出した…


STAGE8 黒い風が死を司る


 急いで追いかけたが、やはりカミツルギの狙いは戦闘能力の低いポケモンだったらしい。
 怯えたポケモン達に迫っていた凶刃は間一髪で防ぐことはできたけど、正直心臓の鼓動が早くなっているのが僕にも感じられた。
「………!」
「残念でした!」
 ホタチで防ぎつつ斬り付けようとしたが今度は僕のホタチが空を裂いた。
「……、………!」
 カミツルギが何か叫んだと思った時、足元が突然の大爆発を起こす。
 咄嗟に体を捻りながらジャンプすることで直撃は避けたが余波だけでもダメージがすごい。
「コバルト!しっかりして!」
「レガータ、こんなところにいたのか…!」
 痛みをこらえて起き上がろうとすると、ポケモン達の声に混じって心配そうなレガータの声がする。
 なんとか起き上がったが、右手に持っていたホタチは割れてしまった。爆発の原因は分からないが割れたホタチをカミツルギに投げつけて一刀流に構え直す。
 また爆発が起きた。それと同時にカミツルギの斬撃を弾いて水流で爆風を相殺。近接攻撃と遠距離からの爆破攻撃、地味に相性補完が高いな…
「コバルト、なにモタモタしてるんだ!早くみんなを避難させるよ!」
「マリンさん!この辺りには斬撃使いのUBと作為的な爆破攻撃が…!」
「…そんなことか、これでも格闘戦ならナバールとは互角だし、そもそも爆発なんかじゃ死なないよ!」
「へ?」
 滅茶苦茶な理論に困惑する僕を他所に、マリンさんは辻斬りでカミツルギを牽制しながら間合いを作り、避難できる隙を作った。鮮やかで無駄のない動きに見とれていると、急激な殺気を感じた。
「マリンさん危ない!」
 叫ぶと同時にマリンさんが爆発に巻き込まれてしまった…
 砲撃みたいな攻撃だと分析できたのはいいけど、それ以前に手痛い犠牲がすぎる。
 また僕は目の前で助けることが…
「気を抜くんじゃない、こっちは負傷者の救護に回るから逃げ遅れたその子を守ってやりな!」
 傷一つ負ってないマリンさんに驚きながらも背後にいたレガータに気づいて意識を集中する。
「端的に言うとナバールの魔法、危ないコバルト!」
 カミツルギが高速で斬撃を放ってきた。
 背後のレガータを守るためにも下手な回避はできない。
 ゴーグルのバンドが切れて頬を斬撃が掠めながらも一刀のホタチで必死に捌いていると、サイコカッターとシェルブレードが交錯した。
「コバルト…!」
「レガータ、僕なら大丈夫だから早くマリンさんと一緒に逃げて!」
 拮抗するホタチに違和感を覚えた。連続での酷使に耐え切れなくなったらしく、サイコカッターに触れていた部分からヒビが走って砕け散った。
「やべっ…!」
 アクアジェットで間合いを取ろうとした時、防ぐものがなくなったサイコカッターが僕の全身を一閃していた。

 力がぬけていくのしか感じられない…
 叫ぶマリンさんの声もレガータの悲鳴も遠くに聞こえる…
 夢がどうとか、そんなこと考える前に壁はいつも高くて、今だってそうだ、生きるか死ぬかの壁さえ越えられないんだから…


 黒い風が吹き抜けていく。
「やっと目覚めたか…」
「何だこの声、というよりここは地獄…?」
 ぼんやりと黒い鳥ポケモンのようなものが見えるがその姿を上手く言い表せない。
「俺はイベルタル、かつて【破壊と死】を司っていた存在、そしてお前はまだ死んではいない…」
 イベルタルと名乗ったそのポケモンに会ったことはもちろんないし、司ってるものは危険そのものなのに、不思議と仲間を見つけたような、何故か心が安らぐような感覚を覚えていた…
「結論から言うが、お前には世界を救うため共に戦って欲しい。俺も直接戦うことができない体だができる限りのことはする」
「世界を救うための戦い、ってUBだけでもてんてこ舞いなのに世界を救うなんて僕には…」
「心配するな。UBを使役する元凶と世界を脅かす存在、それは同一の存在だ…」
「つまり、世界を脅かす存在を倒すことでUBの侵略も止まる…?」
「察しがいいな、悪くない提案だろう?」
「…それはそうだけど、僕は誰を倒せば?」
「コガネシティにいる全ての元凶、ゼルネアスを倒せば全ては終わる」
 ゼルネアス、確か生命と再生を司るポケモンだったっけ…
「…あまりイメージがピンと来ないんだけど、むしろイベルタルと立場逆の方がしっくり来るかも…」
「言いたいことは分からんでもないし、司ってるものがものだからな…」
 苦笑するように、どこか寂しげな声でイベルタルは答えた。
「…分かりやすく例え話でもするか、いつも金がないことに困っている乞食と金を湯水のように使える億万長者、同じ金銭価値の1円を渡したとき大事にするのはどちらか分かるか?」
「それは、1円が貴重な乞食…?」
「正解だ、医者を目指すだけのことはある。そして大体察してるとは思うが、あの馬鹿は命の価値を忘れちまったんだよ…」
「価値を忘れた…?」
「数多のポケモンをなんとなくで生み出せるが故に少しずつ一つ一つの命の価値に尊さを感じなくなり、挙句にフェアリー故の傲慢で愚かな我儘が暴発、それが先の大戦のきっかけだ」
 しれっととんでもない真実をカミングアウトされてる気がする…
「奴は自分が気に入らない種族を絶滅させることを目的にアルセウスをそそのかし、最も憎んでいたニンゲンを絶滅させるための戦争を引き起こした。アルセウスの大義名分があればついでに気に入らないポケモンの種族もどさくさに紛れて絶滅させられるからな…」
「それで、イベルタル、様とか付けた方が…」
「頼み事してるのは俺だからタメでいい。当然俺は真実に気づいて一部の正しいポケモン達と離反、第三勢力として少しでも多くのポケモンを生き残らせようと暗躍した結果、アルセウスら主戦力と人間が全滅する相打ちで一旦は終局を迎えた。これがAW1年の出来事だが…」
「だが、ゼルネアスはアルセウスを盾にして生き延びていた」
 創造神でガードベントするとはこの話が本当なら相当危険なのかもしれない…
「暗躍故の少数戦力で多勢に無勢だったが犠牲を減らすため立ちはだかったがあとはお察しの通りニンゲンは絶滅、一般ポケモンも半数以上が絶滅したのがこの時だ。」
「そんな、それじゃあアルセウスやニンゲンというよりゼルネアスそのもののせいで…」
 半年前の悲劇だって、よく考えたらゼルネアスのせいであんなことになったというのか…
 悲しみと怒りのような感覚に悩んでいる僕を横目にイベルタルの目つきは鋭くなった。
「だが、俺も冥界に幽閉され直接戦えなくなったが手は打ってある。一つは細胞の死滅化によるゼルネアスの行動抑制、190年以上は抑えたがそれも4年前に破られた。そしてもう一つの切り札がイベルタル因子、お前の仲間ナバール、そしてお前の中にも眠っているこの世界を救う切り札だ」
「イベルタル因子?そんなの医療マニュアルにも載ってなかったしナバールもそんなこと言ってなかったけど…」
「だろうな、発現条件も奴の干渉を抜けるために複雑奇怪、ナバールについてもあいつの力は特殊故、馬鹿力しか見えないだろうからな…」
 自分で因子を作っておきながらおどけた口調だったが、その目は真剣なままだった。

「意識下での会話故現実時間とは関連しないが、この会話が終わった時お前はイベルタル因子に覚醒することになる。力に箔が付くこと以外は目覚めたお前次第だが、お前の心に思い描いた夢を叶える力になってくれるはずだ」
「夢を叶える、力…」
 医者になること、あるいは越えられない高い壁を越えて手が届くような力…
 越えられない壁や戦いの中で考えてきたはずなのにぼんやりと薄れかけていた夢、それを再認識した時、意識が少しずつ鮮明になってきた。

「そろそろ時間か、最後にこれだけは聞いてくれ、君に戦いを強制する気はないしできないが、俺は救済や罰といった本来の死とはかけ離れた死、つまりゼルネアスの暴虐によって命を奪われるポケモンを一匹でも多く死なせたくないと思っている。もし君が俺の考えに少しでも思うところがあるのなら、この世界の命を救ってほしい」

 黒い風は優しく、そして力強く僕の意識を元に戻していった…


STAGE9 エヴォリューション・ジェイド


 爆炎の中に倒れていた体をゆっくりと動かしていく。指も、腕も、体も全部動く。システムもトリアージもオールグリーンって感じだ。
 起き上がって炎の中で立ち上がると、少し足がおぼつかない。
「コバルト…?コバルトが生きてた!」
 遠くからレガータの喚起する黄色い声、腕を振って飛沫で炎を消した時、手の形状が変わっていることに気づいた。
 貝殻の白いアームガードにマウントされたアシガタナ、頬を触ると長くなったマズルに貝殻の白兜…
「僕は、ダイケンキに進化していたのか…?」

「………、………………………!?」
 驚いた様子の直後にカミツルギは左腕の刃先を構えて突進して来た。だがフタチマルの頃と違って奴の動きがとても遅くなっている。
「いや違う、僕の動体視力、そしてスピード自体が上昇してるんだ…!」
 刺突を横に逸れながら回避、右腕から半回転するように動いたアシガタナを掴んで振りぬく。
 僕自身でも視認が怪しい速度でカミツルギの左腕が宙を舞って地面に落ちていた。しかもそれを認識した時点で納刀まで僕は終えてしまっている。
 鋼タイプらしい体を絹ごし豆腐同然に切り裂く攻撃力と、尋常じゃない程のスピードを手に入れたのか…?

「コバルト、さらに強くなってる!すごいよ」
「ありがとう、でもここじゃ危ないからレガータも早くみんなの所へ…!」
 駆け寄るレガータを安全な場所へ避難させる方法を考えた時、カミツルギが右腕一本でサイコカッターを放ってきてること、そしてさっきの爆発物も遠くから飛来してくるのが分かった。
 とは言ってもレガータを守りながらアシガタナで捌くのは困難、せめてナバール達みたいな悪タイプなら無傷で防げるのに…!
 両腕をクロスさせてアーマーで防ごうとしたのとサイコカッターが直撃したのは同時、だがサイコカッターは水に触れた飴細工同然に消えてなくなった。
 その事実に内心驚きつつもハイドロポンプで爆発物を迎撃、さっきまでに比べると体が重く感じながらもハイドロポンプを振り回して全弾迎撃することに成功した。
 今度は物理耐久と特殊攻撃が上昇して、代わりにスピードが落ちたのか…?
 聖なる剣を右腕のアームガードで受けた時、手の甲の貝殻が砕けた。流石に限界か…!
 左腕で右腕のアシガタナを逆手に抜き放って返すアシガタナで袈裟に切り裂き、さらに切り上げる。
 カミツルギはギリギリで後退したため両断とはいかなかったが二撃与えた。
「……、…………………!」
 距離を取ったカミツルギだったが、なぜか傷口に刺さっていた棘に苦しみだしてそのまま地面に落ちて死んだ。

「スピードは戻って剣戟速度もさっきぐらい、そして僕の攻撃で棘…?」
「…うそ、噓だよね………!?」
「レガータ、僕がどうかした!?」
 悲鳴を挙げて逃げ出したレガータに困惑しながら、ふとアシガタナを見ると刀身が黒くなっていた。アームガードも兜も黒くなっていて、貝殻が直り始めた右手の甲には【Y】の形の痕ができていた…
「…なんで、僕が、絶滅したはずのヒスイ種になってるんだ…?」
 ダイケンキヒスイ種、大戦前に絶滅したダイケンキの近親種族で、七支刀を思わせる攻撃的なアシガタナと黒い貝殻の甲冑、そして最大の特徴に悪タイプが追加されていること…
 だがその種族は狡猾で残虐だったという言い伝えからダイケンキ族の間ではタブー的存在だったのにどうして僕がヒスイ種に…
「さっきまで普通のダイケンキだったのにどうして急にこんな姿になってるんだ…!?」
 ヒスイのアシガタナを落として必死に戻ってくれと願っていると、アームガードの色が薄くなり、本来の白に戻っていった…
「ハハハ、なんだ、僕が疲れて幻覚見てただけか…」
 気のせいだったことに安堵しつつふと両腕を見ると、両腕にアシガタナはしっかりマウントされていて、本来ダイケンキでは所持できないはずの3本目になるヒスイのアシガタナと右手の甲に付いているYの痕が現実だと僕を嘲笑っていた…


 本部の地下のロックを解除して秘密の保管庫に到着、シャッターを開けるとバイクに似た形状の赤いマシンが格納されている。
 バイクには似てるが性能の方はある種の戦略兵器になりうるけどな。
 スティック型の起動キーを差し込んでマシンを起動。1からロストテクノロジーを組み立てた俺たちと違って0からロストする前のテクノロジーを作ったニンゲンってのは、技術だけで言えば並のポケモンよりすごいかもしれない。
「寄せ集めパーツから俺が作ったビークル、紅蓮一色もいよいよ初陣だな…!」
 スロットルを回してエンジンの起動を確認、ワイヤークローと奥の手は未確認だか基本システムには異常ナシ。
「この紅蓮一色こそが、俺たちの反撃の始まりだ!」

 フルスロットルで急発進、走り回るフェローチェを轢き潰しながらUBを倒すため戦場となったエンジュを疾走する。
 ビークルの速度を上乗せした勢いでソードメイスを振り回してマッシブーンを粉砕しつつ、投げつけて金平糖頭を串刺しにしてから回収。
「ちょっとは減ってきたような、そこにもいやがったか!」
 ハンドルのトリガーを作動させると前輪に装着されたワイヤークローが射出。空中浮遊中だったウツロイドに勢い良くクローの先端が突き刺さり、撃墜する。
「移動補助に付けてみたけど、攻撃にも使えて案外便利だな…!」
 試運転でツーリングしたかのような軽い感覚で周囲のUBを一掃できたことに驚きと自作故の達成感を感じつつも、遠くに奇妙な動きのポケモンがいた。
「あのダイケンキ、まさかコバルトが進化したのか…?」
 状況整理が落ち着いたら軽くお祝いの言葉をかけるか、なんて軽く考えていたが、突如コバルトと思われるダイケンキのアーマーが黒くなり、また白に戻ったりを不規則に繰り返していた…
 黒い装甲を持つ悪タイプのダイケンキがかつて生息していたことは知っている。
 だが通常のダイケンキとヒスイのダイケンキを切り替えられる個体なんて聞いたことはない。
 可能性は低いが一つ、俺の左胸にあるYの痕と同じようにあいつの体にこれがあれば…
「なんて言ってる場合じゃあないか、一旦フォローしてまずはUB全部倒さねぇとな!」

 携帯電話を開いて5を3回入力、短縮であいつの携帯電話に繋がるはずだ…


「やっぱ、やっぱりおかしいよ、なんで僕の身体ヒスイ種になったり戻ったりするのかな…?」
 何度か試してみたけど僕の意思のような無意識のような間隔で切り替わっていく。
 ヒスイ種の力を持ってるということは普通のダイケンキではいられないという不安、レガータに怖がられた悲しさ、僕のものとは思えないような力への恐怖、その他諸々こみ上げてくるマイナスの感情…

 突然鳴り響く音に一瞬ビクッとしたけど、それが携帯電話の着信音だと気づいて電話に出る。
「コバルト、そっちは大丈夫か?」
 力強くてどこか優しい声、ナバールの声も今は罪悪感が邪魔して聞くのも辛いレベル…
「うん、大丈夫…」
「そうか、怪我とか大丈夫か?体不調とか…」
「うん、怪我とかはないし、一応大丈夫、だよ。多分ね…」
 無意識に出てしまった言葉を少し悔やみつつ、少し間の開いた返答が来るまで携帯電話を持った右手が震えていた。

「そうか、だったらちょっと休みな。その後じっくり話し合ってコバルトがどうしたいか、今後のこと調整しようぜ」
「…!」
 訳ありなのはバレてはしまったけど、それでも否定されなかっただけでも嬉しかった…
「とは言ってもこの防衛戦にケリ付けてからにはなるけどな、今はまだ戦力にカウントしてもいいよな?」
 優しさから一変して好戦的かつ悪そうな声に変わったのを聞くと、今は頑張ろうって気分になれて少しだけ気分も楽になった気がする。
「うん、僕も頑張る…!」
「大物頼んで悪いがそっちの竹の子雛飾り倒してくれ!雑魚は俺が倒す!」
 曇り空の隙間から月明かりが差し込んできたような心でOK、とだけ呟いて通話を切った。

 拾い上げたヒスイの黒いアシガタナを両手に構える。
 残虐なヒスイ種故にアシガタナも実戦で敵を傷つけるには一番適している、竹の子雛飾りってネーミングに内心笑いつつ、テッカグヤなんて名前を爆撃してきたUBに名付けて速すぎる足を活かして急接近した。

 テッカグヤのビーム攻撃を躱しながら道中のUBを斬り捨てて接近を続ける。
 火力もスピードも時々切り替わるようだがフタチマルの頃とは比べ物にならない程強くなっている。
「これが、お前たちUBを倒す力…」
 テッカグヤの体をヒスイのアシガタナで滅多斬りにしながら、爆撃を破片で相殺しながらアシガタナを投げつけて距離を置く。
 この距離なら投擲が適した間合いだが、アシガタナよりホタチがあれば…!
「!」
 いつの間にか両手に持っていた二つのホタチを投擲して両腕に突き刺し、通常のアシガタナを抜いてクロスさせながら斬り付けた。
「………!」
 テッカグヤが何か小さく叫ぶと共に、ソーラービームのような高出力のビームを放とうとしてきた。反撃も回避もなかったのはチャージ時間か…
 咄嗟にハイドロポンプを放ってジェット噴射の様にするとともに、水の反射を活かしてビームの軌道を変えて離脱。
 一瞬遅れた的外れな大出力ビームが空の雲を突き抜けていた。
「どうにか直撃は避けたけど、得物全部使っちゃったか…」
 ヒスイアシガタナ、アシガタナ、ホタチを2つずつ使い切って実質丸腰。何か鉄パイプか長ネギでも落ちていないか探した時、足元にカミツルギの左腕が転がっていた。さっき斬り落としたやつか…?
 とりあえず刃物刃物と割り切って握ったとき、刃先が伸びて全体的に大きくなり、赤黒い両刃の大剣へと姿を変えていた。
「フレースヴェルグ…!」
 名前どころか存在も知らなかったのに無意識にそう呼んでいた。
 右手で構えると闘いの意思が強くなっていく。奴はこの場で倒してやる…!
 高速で接近しながら攻撃を回避、至近距離の爆発はジャンプで回避すると同時に体を横回転しながら力を溜めて上段にフレースヴェルグを構える。
「はああっ!!」
 渾身の力で振り下ろし、テッカグヤを文字通り唐竹割りにした。


「ヒスイ種と原種に本来使わないはずのホタチ、挙げ句の果てに存在も知らなかったのに名前は知ってて突然変化する大剣…」
 戦いを終えた時には戻っていたカミツルギの腕を持ったまま、ナバールが来るまで呆然と立ち尽くしていた…


STAGE10 Brake on his heart, take a break


 エンジュを狙った襲撃への防衛戦から一夜、警戒態勢を強めていたがUBは来なかったため一旦通常の警戒態勢に戻しておく。
 被害状況はそこそこ深刻だが、犠牲者ゼロで切り抜けられたのはマリンやシャウト、何よりコバルトの活躍による所は大きいだろう。
 とりあえず団長としての仕事兼約束を守るため、コバルトが休んでいる部屋のドアを叩く。
「コバルト、ゆっくり話し合うって約束、今から守ってもいいか?」
 数秒の沈黙の後、小さくどうぞと聞こえたのを聞いてドアを開ける。
「お疲れ様、ちょうどソクノの実の缶詰め手に入ったんだが味は好みだったか?」
「ありがとう、美味しかった…」
 メンタル的に辛い時は食が細ってないか心配だったが、体が大きくなったことで別の意味で問題なかったらしい。
 マリンほど高度な診察もできないが、ざっと見た感じ体調不良はなさそうだ。
「レガータも元気そうだがお前のこと心配してる、無理にとは言わんがトラブルの解決はお早めにってマリンからアドバイスあったぜ」
「そっか、元気そうか…」
 落ち込んでいた表情が少し緩んだのが見えた。こんな時代だからこそ、ジョセフとシーザーみたいになっては可哀想ってのは俺も思う。
 コバルトも少し元気になったところでそろそろ本題に移るか…

「なんか体に異変があったみたいだが、先に一つだけ確認させてくれ。お前の体のどこかにYの形の痕が浮かび上がってないか?」
 俺の左胸に浮かんでいるYを見せながら尋ねると、コバルトはゆっくりと右手のアームガードを外した。
「進化した時、右手にこんなのが…」
 サイズや場所は違うが形状からして因子によるものと見て間違いない。
「やっぱイベルタル因子発言してたか、その痕自体は見ての通り俺もあるからそこまで気にしなくていいぜ」
「…じゃあ夢の中にイベルタルが現れたのも?」
「思いっきり発現した証拠だな、俺もあいつと色々話した」
「ってことはまさかナバールも…」
「痕見たら気付け、とは言えないか。俺の力はそう簡単に使えないし…」
「力、なんかみんなが魔法とか言ってるやつ?」
「多分そうだな、種族値が一定数まで底上げされることによる身体強化、そしてそれぞれ固有の能力のようなものがあるんだが、何か変化とかなかったか…?」
「変化、ダイケンキには進化したけど、他は、特に…」
 目が泳いでいる、明らかに隠そうと無理してるな…
 極力怖がらせないように注意しながらそっとしゃがんで目線を合わせる。
「未知の力が怖いってのはよく分かる、承太郎だって留置場籠ったぐらいだからな、だからこそ力を知っておくことが大事なんだぜ、使いこなすためにも安全に付き合うためにも」
 泳いでいた目が少し丸くなって、ほんの少し潤み始めた。
「俺みたいなバケモノ能力持ちだってこうして団長やれてるんだ、力そのものを恐れなくても大丈夫だからな…」
 そっとマズルを撫でると小さな嗚咽が聞こえてきた…


「…なるほど、ステータスの大幅強化にヒスイの姿への切り替え、あとは剣を合計7本使えるようになったのが力なのか」
「うん…」
「俺のとは全然違うがイベルタル因子で目覚めたと見て問題なさそうだな、ステータスの強化ってパッシブ的なのかあるいは状況に応じて割り振られてる感じなのか、その辺は分かるか?」
「CとB上がった時S下がったから、多分スライド式…」
「しっかり分析してる辺り医者の素質十分って感じだな、剣が7本というとアシガタナ7本とか?」
「…アシガタナは2本、あとヒスイのアシガタナが2本と本来使わないはずのホタチも2本、それとフレースヴェルグ…」
「…なんだよ最後の格好いい名前の剣!?」
「…剣全部使い切った時、カミツルギの腕を持ったら変化した大型剣。戦いが終わったら戻っちゃったけど」
「モーフィング機能付きの武器、緊急時の予備兵装にしちゃ大型らしいし、どっちかというと必殺武器か…?」
 思ってたより戦闘向きの能力らしい、これならコバルトが怯えるのも無理ないな…

「…確かにステータス調整強化に武器のバックアップ、初見でそんだけ戦闘特化ならビビっても無理ないからあんま気にするなよ、というか俺の能力より格好いいから自信もっていいぜ」
「…格好いい?ヒスイ種のダイケンキが?」
「俺はあの黒兜に黒刀の出で立ちも確実に相手を削るクレバーな戦い方も好みなんだよな、…いや俺ホモじゃないからな?」
 慣れない冗談でおどけてはみたけど、格好いいって言葉に反応してくれる辺りコバルトも雄で助かった。
「そしてお前はあの子を守るために出来ることやってみて結果的に助けられただろ?」
「でも、レガータには怖がられちゃったし…」
「怖がられただけで済んだんだよ、少なくともお前が頑張ってなければ怖がることもできずに墓の下だろ?だったらまずは助けられたこと自体に胸張るべきだぜ、お疲れさん、覚醒の騎士」
 軽く頭を撫でてみる。マリンがよく俺にやるんだがこれ効くんだろうか?

「なんか、ありがとうございます、団長…」
「オイオイ急にかしこまるなよ?なんか堅苦しいから勘弁してくれな?」
「うん、でもお礼ちゃんと言いたくって…」
「…そういう真面目なとこもお前の長所だよ、それとしばらくは防衛以外での戦闘は避けて、医療とか一般的な仕事を担当してくれるか?」
「急にどうして?僕戦えるよ…?」
「コバルト自身から力への恐怖がなくなるまで戦闘は危険だし無理するなって話だ、幸い他の仕事はたっぷりあるからサボりたいなら諦めろよ?」
「…そっか、ありがとう」
「まぁ本当にしんどい時は俺かマリンに応相談、ってことで休憩終わったらユエの看病を頼む。なかなか目を覚まさないし、そろそろマリンも休憩入るからな」
「…分かった、了解!」
 根本的な解決になったかは分からないが、声に元気が戻りつつあるのを聞いて一匹安心して部屋を出た。


 一通り各作業の状況整理を済ませて団長室に戻る。
 被害は大きかったが犠牲がなかったのがせめてもの救い、どうにか士気も落ちずに維持できてるだけでも贅沢は言えない。
 だが、この状態では一か月も持たない。この状況は一か八か攻勢をかけるべきか、それとも物資の調達を優先してもう少し情報や戦力を集めるべきか…
 コバルトを一時的に戦線離脱させたのは、メンタル不調が原因で上手く戦えず再起不能になるリスクを避けるのもあるが、襲撃をするなら必要ピースなのも事実。
 眠気はないが気疲れでソファーに横になる。
「どう動くべきか決め手に欠けるのも現実だがターン延長もできないのが現実…」
「お疲れ様、コバルトの様子どうだった?」
「マリンか、看病と診察お疲れだな。あいつは戦闘以外の要員に回すことにした」
「やっぱ因子に慣れなくて不調そうなの?」
「不調というより不安だろう、時間薬で治ってくれるとは思うが今戦闘に出すには危ない…」
「なるほどね、そう考えるとナバールはやっぱりタフだよね」
 ソファーが二匹分の重さに少しきしんだ音を立てる。
「実際はピンチとアドリブの連続だがその点で言えばタフだし、これからも大丈夫…」
「ナバール…」
「…いや、ずっと不安だな、俺たちだけが生き残って月下団始めたあの時から今も…」
「…やっと言えたね」
 喋っている口を吐息と密着するぬくもりで塞がれた。
 閉じようとした牙をすり抜けるように入り込んで来た舌を追い返そうとしたが、無意識に絡み合わせていた。
 互いの歯や牙に触れ唾液が混じり合う、普通なら嫌悪感の塊みたいな行為も今この瞬間は何故か不快感どころかある種の幸福感すらあって…

 酸欠になりかけて口を離すと唾液が糸の様に繋がっていた…
「…やっと弱音を吐けたご褒美、時には誰かを頼るのも団長には必要なスキルだからね」
「だからって強引すぎんだろ、悪くはなかったけどよ…」
「そういうとこが成長、一緒にいると感覚麻痺るけどやっぱり立派になってるよね…」
 お互い起き上がった時の距離感も30㎝をいつの間にか切っていた。なんか成長も嬉しいようなマリンにこうして言われると照れくさいような…
「仕事は頼んでも頼るとこまでは行けてなかったかもな、決戦近い中で成長イベントはありがたいけどな…」
「やっぱり決戦は近いの?」
「ゼルネアスを倒して因縁の決着付けるにせよ物資を集めて盤石にするにせよ、な…」
「そっか…」
 マリンは俺の胸に手を当てて頬を摺り寄せてくる。
「絶対勝てよ団長、みんなのために。そして勝とうね、一緒に戦ってあいつを倒して…!」
「俺は月下団団長、当たり前だ…いや、よろしく頼むぜ」
 擦り寄るぬくもりをそっと抱きしめると俺の背中に両腕が回される。
 このままぬくもりに溺れて…

「ナバール!例のお客様はそろそろご到着らしいぜ、って何してんだ?」
「シャウトか、仮眠だよ仮眠、黒い毛布でくるまってるだけ、で…?」
「黒い毛布?お前なんもかけてないが蹴とばしたのか?」
 ノックなしに入ってきたシャウトに苦し紛れの言い訳をしたはずが、マリンの姿はどこにもない。
 抱き着かれてる感覚はあるが、そっか、そういうことか…
「暑くて戻したんだった、どうやら寝ぼけてるらしいな、ハハハ…」
「オイオイしっかりしてくれよ?」
「だから仮眠して立て直すんだろ、何かあれば今度はノックして起こしてくれ」
「へいへい…」

「ドキドキしたね、でも素っ頓狂な言い訳するとこちょっと可愛かったかも」
「イリュージョン使えるなら俺も隠してくれよ…」
「あそっか、最初からそうすればよかったね、ごめんごめん!」
「あのなぁ…」
「たまには気分緩めなきゃね、私も今休憩だし仮眠しようかな」
「だな、眠れるときに眠るに限る…」
 …結局お前も同じソファーで寝るのな、男は床で寝ろとか言われないだけマシだが。

「ルトガー…」
「…格好いい名前だがそんな団員いたか?」
「男の子の名前考えてみたよ、女の子はまだ考え中だけどナバールなんかいい案ない?」
「まだタマゴは作らねーよ!」


STAGE11 正位置の愚者と逆位置の月


 ナバールに頼まれた通り看病のために離れのドアを開ける。
 ベッドの傍にはついさっき飾られたらしい一輪挿しと見慣れた背中。
「レガータ、どうしてここに…」
「コバルト…」
 花瓶の水を入れ替えてたのを見る限り看病の交代の繋ぎか、それより看病しているかのどっちかか…
「体温や脈、心拍数も一応安定はしているけどなかなか目を覚まさないな…」
 襲撃から時間も経って数値の方も問題ないし目を覚ましてもおかしくないはずなのに、何が原因なんだろう?
「コバルト…」
「レガータ、どうかした…?」
「…この前は逃げちゃったりして、ごめんね」
「それはいいよ、こっちこそ怖がらせちゃったし…」
「ダイケンキに進化したの、それはおめでとうだよね…!」
「…うん、そうだね。ありがとう…」
 レガータと仲直りできたのは一応は良かった。
 ただイベルタル因子のことやヒスイ種へのフォルムチェンジのことは知らないらしいし言うタイミングも逃してしまった。
 僕ですら正直不安だらけなのに、それをレガータに上手く説明できたとしてそこから理解してもらえるような未来がそもそも想像できない。
 この前の攻防戦からずっとこんな感じでナバールに戦闘要員から外されたのもきっと…
 闇雲に色んなことが不安になったり怖くなったりで膝を抱えたくなるのが現状。
 有名アーティストクワッスことハイネなら「違う、そこは笑うトコロ」とか歌ってそうな…


「あれ、新入り君と、オシャマリちゃん…?」
「良かった、ユエさんが起きた!」
 さっきまで眠っていたはずのユエさんが目をぱっちり開けて、不思議の具現化みたいな顔で周囲を見回している。
「体温や脈、心拍数も正常、レガータは団長とマリンさん呼んできて!」
「分かった!みんな、ユエさんが目を覚ましたよ…!」
 嬉しそうに叫ぶレガータの声がだんだん遠くなっていった。
「新入り君、知らないうちにダイケンキに進化したんだ。おめでとう」
「あぁ、ありがとう、ございます…」
 目を覚ましても不思議な感じのする言動の方も健在だったらしい。
「あれ、なんか今まで感じなかった同じオーラ…?」
「同じオーラ、ですか?」
「…もしかしてヒスイの姿になれるの?あるいは悪テラスだったとか?」
「ゑ?テラス?」
「君から悪タイプの安心するオーラを感じる、でも君は普通のダイケンキっぽいし、テラスタルも知らないなら、ヒスイの姿の線が有力…」
 不思議キャラあるあるの鋭い洞察力を駆使してユエさんはベッドの上から逆に僕を診察していく。
「君、右手にYの痕あるよね?」
「右手、そんなのあったっけな…?」
「はぐらかさないで、あっても問題ないから正直に答えて」
「はい、あります…」
 突然の真剣モードに気圧されてつい本当のことを言ってしまった…
「なるほど、団長と同じ因子持ちのエース枠か…」
「…?」
 マイナスの反応されなかっただけありがたいが、その次の答えの予測がまるでできない…
「じゃあ今日から新入り君改めて副団長就任、だね」
「…はい?」
「月下団に副団長いなかったし、因子持ちの君が入るのがピッタリ、こふっ…」
 団長もびっくりな任命をしながら咳き込む手に赤い水玉ができていた…

「ユエさん⁉内蔵器官にダメージが…?」
「…大丈夫、襲われた時からお迎えが近かったけど、どうにか悪あがきする力は回復できたから…」
「お迎えって、そんな…」
「ゼルネアスに襲われて生きて帰って来られただけでも贅沢言えない…」
「マリンさんならどうにかできるかもしれないし、僕だってマニュアル見ながらならなんとか…」
 必死にマニュアルのページをめくっていく僕の手をそっと止めて優しい表情で僕に首を横に振って見せた。
「私は月下団に勝って世界を救ってほしいから、延命治療よりタロットカード、そこの引き出しに入ってるから、取って…」
「タロットカード、ですか?」
 タロットカードで何を占うというんだろう?あ、あった…
「私の占い、よく当たるよ?戦いが近いという危険は察知してるけど、どう動くかの情報がみんなには必要だから…」
 さらに咳き込みながらも22枚のカードを取り出してシャッフルとカットを繰り返して並べていく。
「副団長、メモの準備、できた…?」
「携帯電話の録音機能で良ければすぐできます」
「それ一番いいね、じゃあ要点だけ伝えるから…」
 深呼吸をしてユエさんは並べたカードを一気ににめくった。

「敵の状況は皇帝の逆位置、ワンポケ政策と慢心状態と推測、こちらの未来は戦車の正位置、つまりこのタイミングで攻勢を開始するのが吉…」
 カラフルな絵柄を見てあんなことが分かるなんて…
「そして月下団への行動のアドバイスは正位置の愚者、攻撃はフリーダムにかけろ、つまりストライクフリーダム…」
 そこまで言ってベッドに倒れ込んでしまった…

「ユエさん、しっかり…!」
「とりあえず月下団への占いは完了、でもあと一つ占ってあげなきゃ…」
 ユエさん自身が言うように、本当にお迎えが近いのかもしれない。諦めたくないけど願いを聞いてあげたくなった…
「使ったカードそのままでいいからデッキを取って…」
「どうぞ…」
「ありがとう、簡単で悪いけど副団長を占ってあげたかったの、悩み事あるんでしょ?」
「気持ち、嬉しいですけど僕は別に…」
「顔に書いてるよ、よく聞いててね…!」
 デッキの一番上のカードを爪で弾くと、ベッドの縁に一枚のカードが半分引っかかった状態で止まる。
「なんの、カード…?」
「THE MOON、月のカードです、こっち向いてます!」
「そっか、やっぱり君、迷いの中にいるんだね。因子のことで不安とか…?」
「はい…」
「技の逆鱗と一緒で使いこなせない強すぎる力って怖いからね…」
「確かに似てるかも、とりあえずカードをベッドに載せて、おっと…!」
 半分せり出したカードをベッドに載せようと手を触れた時、月のカードは床に落ちて上下逆になっていた…
「落ちちゃった、カードの向きはどんな感じ…?」
「えっと、さっきと違って上下逆です…」
 その答えに弱っていく表情が明るくなった。
「そっか、月の逆位置は迷いから晴れて明るい方に動く暗示。つまり君の行動が君自身を救うことになるんだよ…」
 さかさまって悪い意味だと思ってた不安の中の僕には衝撃的すぎる。
「そう、なんですか…?」
「これだけは忘れないで、どんなに不安で怖い時でも、最後まで君を救えるのは君自身。夢を叶えるのも未来を切り開くのも君が勇気を出して一歩踏み出すかどうかだよ…」
「ユエさん…」
「大丈夫、私の占い当たるから、安心し、て…」
「ユエさん!」
 ドアが開いてみんなが入ってきたとき、僕に一枚のカードを渡してユエさんはそっと目を閉じた。
 体温や脈、心拍数を何度見ても、静かになってしまっていた。


 渡されたカードを開くとカップの9というカードだった。
 後で調べてみたら「ウィッシュカード」と呼ばれる願いが叶うことを暗示するカードだった…


STAGE12 反逆のナバール


 眠っているような穏やかな表情だった。
 苦しまなかったのは幸せかもしれないけど、何も出来なかったことや僕だけに告げられたアドバイスを前に、弔いの最中でもヴァイルとやレガータほど涙は流れなかった…
「大事な仲間が、また殺されたのか、俺のせいで…」
 ナバールは泣いてこそいないが、怒りとも悲しみともとれる表情を浮かべて歯ぎしりしていた…
「ナバールのせいじゃないよ、悪いのは全部ゼルネアスのせいだってユエさんも言ってたから…」
「そうだな、扇動にはその方が都合もいいか…」
 扇動?ナバールは一体何をしようとしてるんだろう…?
「辛い状況だがここが踏ん張りどころだ。シャウトとヴァイルは終わったら整備を頼む、レガータは二匹のお手伝いを。コバルトはエンジュ中のみんなを本部前に集めてくれ。マリンは俺と来てくれ」
 何が起こるか分からないけど、とりあえずナバールの指示で全員が動き出した…


 想定外の事態だ。
 かつて俺とマリンだけが生き残った時に死別なんて慣れていたと思っていたが全然だった…
 正直みんなで一週間ぐらい喪に服したいぐらいに落ち込んではいるが、ユエはそれを許さないどころか、決戦の時が近いことを教えていた。
 留まるよりも決戦を挑むべき絶好の好機、ならば仕込みを仕上げて一撃必殺を狙うまで…!
「ユエ、お前が拓いた突破口、無駄ではなかった!」


「月下団の団員、及びエンジュに生きる仲間たちよ!」
 ユエさんをささやかに弔ってから数時間後の夕方、ナバールの指示で本部前に全員が集められていた。
 僕もちゃんとは知らないけど、ナバールの言動を見る限り何か大規模な連絡かもしれない…?
「先日はついにUBの魔の手がこのエンジュを襲い、今し方尊い命がまた一つ奪われた!」
 周囲も落ち込むような雰囲気に包まれ、所々から悲嘆の声も聞こえる。無理もないよね…
「俺は悲しい…」
 ナバールも悲しんでるし、これはみんなで黙禱を捧げる会なのかな…

「差別と虐殺、振りかざされる強者の詭弁、歪んだまま垂れ流される偽りの真実。それらの行く末にあるのが今も繰り返される惨劇であり、尊い命が一つ奪われた紛れもない事実だ!」
 …うん?
「一つの命とて我らの大切な仲間の命、だが邪神ゼルネアスは我が身の都合一つで力と思想を振りかざし、今も世界中で罪のないポケモン達という同じ仲間の命が奪われ続けている!」
 エンジュ全体が驚きに包まれる。まさかナバールのこれって…
「我々の願いが【全てのポケモン達が平和に暮らせる世界】であるならば、一つの命が危険に脅かされたとき、それに反対の声を挙げ、いかに強きものが相手でも反逆することは仲間として当然のことだ」
 一瞬の同意ののち、高まりかけた興奮は静まった。
「…皆の考えは痛いほど分かっている、先陣を切ることには多くの不安や恐怖があり迂闊な行動はできないと。だからこそ、我々月下団が立ち上がらなければならなかった!!」
 僕含めて驚く群衆に間髪入れず、さらにナバールは続ける。
「邪神ゼルネアスが平和と命を脅かし続ける限り、我々は戦い続ける。そして邪神ゼルネアスを倒し真の平和を奪い返すことをここに宣言する!」
 叫ぶと同時に両手を広げたナバールの宣言に群衆から歓声が飛び交った。そうか、みんなは事実を詳しく知らなかったから…!
「我らが先陣を切る限りもはや恐れることは何もない、全力で後ろ盾となろう!ならば、今こそ平和への思いを叫ぶ時だ!邪神ゼルネアスの洗脳にかけられたポケモン達の目を覚まし救い出せ!我らの持つべき平和、今こそ取り返すぞ!!」
 渾身の叫びの後、群衆の中から小さく声が聞こえ始めた。
「オール ハイル ナバール! オール ハイル ナバール!」
「「「オール ハイル ナバール!! オール ハイル ナバール!!」」」
 万雷の如き歓声に包まれて本部に戻るナバールは、どこか悪タイプらしいドヤ顔にも見えた…


「お疲れ様、プロパガンダは初めてか?」
 夕日が沈み、興奮状態がエンジュに万遍なく広がった頃、マリンさんが話しかけてきた。
「プロパガンダ…?」
「別に噓はついてないし、ちょっと皆が感じる不安を考えさせてから希望を提示してできる範囲の協力を促しただけだ。ナバールだって伊達に団長やってないだろう?」
「まぁ、メンバー管理とか結構上手いとは思ってたけど…」
「噓も強制もなく、ただ第一歩を踏み出せるかどうかがすべての鍵さ。さっきも私がコールしたらみんな便乗してきただろう?」
「確かにユエさんにもそんなこと言われたけど、ってさっきのコールマリンさんが⁉」
「綺麗な桜が咲いただろ?そろそろ整備に戻るよ」


「これが団長お手製ビークル紅蓮一色か、ワイヤークロー以外は案外モトトカゲっぽいな?」
「ニンゲンのロストテクノロジーの中にあったバイクって二輪車をモデルに作ってるからな」
「にしても何なのレーザーポインターを使った熱線兵器アイデアって、ちょっと面白すぎるんだけど⁉」
「それが回路接続上手くいったら別の意味で面白い兵装になりそうなんだよねぇ、こっちで開発中のアルプトラオムフランメと基本システムは同じみたいだし」
 医薬品の整理を手伝いながらナバールが新型ビークルの調整で話しているのを聞いていると、聞き慣れない声がした。
「新しいアイデアにハッピーバースデー!」
「少し上陸に手間取ったがどうにか間に合ったらしいな」
 さらに二つの知らない声に驚いて顔を上げると。本当に知らないポケモンが3匹いた。
 若いブラッキーに物凄くいかつそうなサザンドラ、それに白衣を着たマスカーニャ…?
「間に合ったようだな、邪神がコガネに棲みついたせいで散らかってて悪いがジョウトにようこそ」
「初めましてナバール、君の噂はよく耳にするし社員たちのモチベ維持に助かってるよ」
「こちらこそバース、君が扱うアンブレオン社製品は俺たちの活動には大助かりだ」
「…あの携帯電話か、試作機ながら有効活用してくれてるおかげでいいデータが取れてるよ」
 僕とナバールの持ってる携帯電話について話しながら、ナバールはバースと呼ばれたブラッキーと握手を交わした。

「みんなにも駆けつけてくれた仲間たちを紹介する、バースはニンゲンの使っていたロストテクノロジー製品を扱う唯一の企業アンブレオン社の社長兼開発者、誕生日を祝うのが趣味の実業家だ。白衣着てる彼女がマルジャーリ、バースの秘書兼アンブレオン社専属開発スタッフでマジックの域に近い技術力だ。そしてあのサザンドラがナタク…」
「サントロンだ」
 ナタクと呼ばれたサザンドラは本名で訂正してきたがわりとまんざらでもなさそうだった。
「ナタクは俺とマリンだけが生き残った頃、月下団設立まで戦闘や指揮のノウハウとか必要知識を叩き込んでくれた師匠同然ってとこだ、本職は傭兵で今はイッシュでレジスタンスやってる」
 月下団メンバーでもあまり知られてなかった情報らしく、シャウトですら驚いた様子だった。
「そんな訳で色々ロストテクノロジーの開発してるんだけど、彼の考えた熱線兵器はレーザーと電磁波による生物への攻撃特化にできそうだし、今開発中の光学兵装と違った使い道できそうで面白そうなんだよねぇ…」
「マジで⁉」
 有識者に認められたことに驚くヴァイルを他所にマルジャーリと呼ばれたマスカーニャはアタッシュケースを開く。
「しっかし月下団はボーイズアイドル事務所かってぐらい美形揃いだよね、団長はイケメン、その隣もイケメン、一匹飛ばしてショタ顔の君も結構イケメン…」
「ん?マリンは雌だぞ?」
「ナバールは絶対あげないからね泥棒猫…!」
「オイ俺様飛ばすんじゃねーよ!!」
 僕、ショタ顔なのかな…?
 でも飛ばされたシャウトよりはイケメンってことで、えへへ…
「はいこれ、イッシュ土産の通信セット、作業これから始めるから先渡すけどスペック超上がるよ」
 片耳に付けるタイプの機械らしいが色々アタッチメント交換で様々なポケモンが着けられるようになっていた。
 僕は白兜の中に入れて装着するしナバールは左耳ピアスみたいになってる。
 色んなポケモンが分け隔てなく使える機構ってのもある意味すごいな…
「ねぇ、こんなので本当に戦闘力上がる訳?」
「上がんないよ?」
「はぁ⁉」
 若干キレ気味なヴァイルにマルジャーリはしょうがないわね、みたいな顔で微笑んで見せた。
「連携力が上がるの」


「強襲ってのは少しでも早い方がいい、今夜には整備を終えて明日夜が決戦だな」
「行動早いね…⁉」
「俺もそう思う」
 まさかのナバール自身からの同意に磨いて並べていた弾薬を落としそうになった。団長が団長の決断に驚いて大丈夫か…⁉
「けど俺たちにも早いってことはその分ゼルネアスの想定より早く仕掛けられるってことだ、今日の行動だけで考えても気づかれるのは時間の問題、だったら気づかれる前に先に叩く」
「なるほど…」
 今日だけでもナバールの団長としての才能みたいなのが色々見えた気がする。
 演説でみんなの心を掴んだり、協力者を集めたり、敵の行動を予測して裏をかいたり…
 普段陽気に見えても色々考えてたんだろう…

「そういやテレビ放送も全地方に整備したんだっけ?」
「そうそう、ジョウトは早かったけどホウエンの整備に手間取ってね」
「宣伝にも情報拡散にも使えるし、会長的には期待の製品だろ?」
「そうだよ、情報拡散や宣伝、欲望や繋がりの誕生を促す機械だ、ハッピーバースデー!」
 ナバールやバースさんとやらは何やらアルプトラオムフランメより大きなものを作ろうとしている。一晩で戦車でも作るのかな?

「コバルト君だっけ、そっちに置いてるラチェットレンチ取ってくれる?」
「ラチェットレンチ、これですか?」
「そうそう、アルプトラオムフランメの調整もするけど一応ソードメイスもメンテしとかなきゃね」
 ナバールのソードメイスってそんな分解整備できたのかな…?
「マルジャーリさん、でしたっけ?こんなタイミングで聞くのも変な話ですけど何で実体武器を多く用意してるんですか?ナバールのソードメイスといいこの弾薬や銃火器といい…」
「あぁそれね、ソードメイスはUBとの直接接触を避けるためってのが大きいだろうけど、今回は弱点突くためじゃない?」
「弱点、ですか?」
「ゼルネアスの弱点は毒と鋼、だったら両方突いてあげなきゃ失礼だし武器だって金属製で用意するっきゃないでしょ?」
「なるほど…」
 だとしたら僕のアシガタナも金属でコーティングした方がいいのかな?
「コバルト、みんなに飲み物と軽食配るの手伝って!」
 差し入れを持って来てくれたレガータを手伝っているうちに、そんな考えもぼんやりと消えていった。


STAGE13 You're still alive


 ポケモンだらけの雑踏をかき分けながら火の手が上がる本拠地へと急ぐ。
 焦燥感と後悔にかられながら、近くのカフェにレガータを置き去りにして走り続ける。
 お願い、みんな無事でいて…!

 決戦の予定だったはずの昼過ぎ、ナバールが僕に真剣な顔で話しかけてきた。
「コバルト、レガータを連れてここから逃げろ」
「どうして⁉僕も戦えるよ⁉」
「お前とレガータは悪タイプじゃない、コガネシティにいても怪しまれないしお似合いのカップル同士仲良く生き延びろ。ただそれだけだ」
「何で⁉レガータは確かに悪タイプと縁はないけど僕だってヒスイ種になれるから半分は悪タイプだよ⁉」
「その力が不安なんだろ、俺だってそんな奴を戦場に出して無駄死にさせるわけにはいかない」
 必死に答えても、ため息交じりなナバールの正論に一蹴されてしまった。
「そんな…」
「これは団長命令だ、今すぐコガネシティに行け!」
 攻撃力も下がりそうな咆哮に慌てて部屋に戻って荷物をまとめようとした時、ふと聞こえた一言がずっと耳に残っていた…

「コバルト、お前は俺たち月下団の保険であり切り札だ。絶対死ぬなよ…」


 その言葉に急かされるように本拠地に乗り込んだ時、そこには傷つき倒れた月下団の仲間たちと、満身創痍でヒビの入ったソードメイスを振るっているナバールがいた…
 そして偽善で身を着飾り強大な力を纏いながらも、青い体を赤い返り血に濡らしたポケモンが一匹。
「コバルト、なんでここに来た⁉逃げろ!」
「おや、ゴミがまた一つ増えたみたいですね、目障りな…!」
「お前が、邪神ゼルネアス…!」
 挨拶もなしに飛んできたオーロラビームに合わせてハイドロポンプで迎撃しようとするも、オーロラビームとは思えないほどの威力を前にハイドロポンプは少しずつ押されていく。
 ハイドロポンプが少しずつ凍り付いていき、完全に撃ち負けそうになった時、投擲されたソードメイスがオーロラビームとぶつかり合って共に砕け散った。

「来いッ!ゼルネアス」
 倒れ込む僕を庇うようにナバールは敢然とゼルネアスに立ちはだかった。
 あの強大な角で突撃されたらナバールはきっと全身を串刺しにされて、他のみんなみたいに死体になってしまう。
 ただでさえ悲しすぎる現状なのにこれ以上ナバールを失いたくはない。
「ナバール、逃げて!」
 斜め後ろからナバールを横に突き飛ばし、アシガタナを構えて突き技の要領で角とぶつけ合わせる。
「愚かな、ウッドホーンの前に貝殻など堆肥同然というものを!」
 嘲笑とともに、ギリギリで拮抗していたアシガタナが砕け散り、僕の体に刺し貫かれた痛みが走る。

「コバルト!お前、俺を庇って…」
「いいんだよ、ナバールは団長なんだから生き延びなきゃ…」
 乱暴に角から外れて地面に叩きつけられる。肺の空気もほとんどなくなって、視界もだんだん暗くなってきた…
「邪神ゼルネアスに殺されても、どうにか僕のできること、できた、かな…」
「馬鹿野郎、ここまで想定通りになることねぇだろ…」
 悲しそうなナバールの声、お願いだから生きて…


「スティルアライブ、時よ戻れ」




 ふと気づくと知らない四角の天井が広がっていた。
 起き上がってみても血の臭いはしないし、戦場にいたとは思えない。
 それにレガータはいないけど他のみんなは無事に生きてここにいる…
 確かに僕はみんなを助けに飛び込んだ後、ナバールを庇ってウッドホーンで全身を串刺しにされて…
「ここが、天国…?」
「何寝ぼけてんだよ、そろそろ動き出すってのに気持ち良さそうに寝こけてよ…」
「へ…?」
 みんなの言動が変だ。天国でも地獄でもないのは分かったけど誰も戦いのことを覚えてないし、まるで強襲の前に時間が戻ってるような…
 そうだ、ナバールなら何か知ってるかも…

「やっぱり、使ったんだ…」
「想定内だがな、一応それを踏まえて作戦修正はかけるが基本は予定通り頼む」
「了解。それとこれ、お守りに持っといて…」
「リボルバーか?6発装填型だし結構綺麗だが、作ったのか?」
「ニンゲンの作ったのを修復してみた、リロードできる弾はないけど6発ともお守りの銀弾にしたから…」
「ありがとな、魔除けの銀弾なら下衆野郎にはさぞ痛かろうぜ」
 みんなと離れたところで、マリンさんから武器らしきものを受け取って左脇のホルスターに装填したナバールの視線が僕と交わる。
「コバルト、まだ生きてるか?」
「うん、無事だけど、なんで僕が一度死んだことを…」
 思わず口にしてしまったが、それを聞いたナバールは安心した表情で微笑んで見せた。
「とりあえずスティルアライブの発動には成功したらしいな」

「じゃあ僕本当に死んで、それをナバールが生き返らせてくれたの⁉」
「声がデカいからもうちょい抑えろ、厳密には時間を巻き戻しただけでここから生き返れるかどうかはお前次第だ。俺のスティルアライブはそういう能力だからな…」
「それがナバールの、イベルタル因子の能力とか魔法なの…?」
「…そうだな。だがあまり時間がない、俺の能力を簡単に教えるから大体把握してくれ」

・死亡して60秒以内のポケモンを起点に時間を死の瞬間から3600秒前まで巻き戻す
(名前を知らないポケモンや自分自身、後述の事情により死因が寿命による死の場合は起点にすることができない)
・能力者と起点になったポケモンは死因と3600秒間の出来事を記憶し共有できる
(過去に起点となったポケモンとの共有は能力者が任意に調整可、今回は共有済)
・3600秒経過後、起点になっていたポケモンがかつての死因を回避していた場合、今後一生同じ原因で命を落とすことがなくなる
(ex.爆死から能力で生還したマリンは今後爆発に巻き込まれても無傷)
・代償として能力者の力を激しく消耗するため、起点の生死に関係なく3回使うと命を落とす
(一度使うだけでも時間が戻り次第徐々に体力を蝕まれる)

「なるほど、複雑だけど時間を巻き戻して蘇生する感じ?」
「要は1時間死ななければお前は一部死因への耐性持ちで生還できるって訳だ、あとは予定通りレガータと逃げても…」
「それはしない!」
 ナバールの提案に思わず叫んでいた…
「いいのか?このまま一緒に逃げればちょっとカフェでお茶してるうちに生き返れるんだぜ?」
「…それでも、僕が逃げたらみんな死んで、いずれはゼルネアスに世界を滅茶苦茶にされて僕も死ぬかもしれない。だったら、そんな未来を迎えるぐらいなら、僕は戦うよ、因子が不安なんて関係ない。レガータを、みんなを、そして世界を救えるのなら…!」
 あれが悲劇の序章だとしたら、死ぬより恐ろしい思いをみんながするのなら、イベルタル因子が鍵なら無理やりにでも乗りこなして全てを救ってみせる。上手く言えないけど、ナバールと出会い、月下団で戦い始めた時のような、強い感情がみなぎっていた。
「…」
 ナバールも腕組みしながら目を閉じていたが、目を見開いて僕の肩を掴む。
「よく言った!自分で行動しようとする勇気、それこそが因子を使いこなす極意で、だったら戦いを止める理由もないな」
「うん…!」
 戦線復帰を内心喜んでいると、通信セットから着信音が鳴る。
「心の準備はできたみたいだな、先にお前に会いたいやつがいるから話しておきな」
 仕事モードのマリンさんの声が聞こえたあと、レガータがしっかりとした鰭取りでこっちに来る。
「コバルト、戦うんだね…」
「レガータ、僕は行くよ。僕たちが今ここで勝つかどうかに世界もポケモン達の命もかかってるからね」
「そっか、だったら私も協力するよ!戦えないけどバースさん達に大事な役割頼まれたからね…!」
「大事な役割?よく分からないけどよろしく頼むよ…!」
「うん、コバルトも頑張ってね!」
 大事な役割について考える僕の口にレガータの唇が一瞬触れていった…

「お熱いところ邪魔して悪いがそろそろスタンバイ頼む」
「…了解」


「お待たせ、例の熱線焼却機構は予定より殺傷能力高めに完成したけど試作型だし接触しないと当たんないから気を付けてよ、右のワイヤークローにセットしたけどバランス調整のために左はただのビーム兵装乗っけといたから」
「突貫工事だし贅沢は言わねぇよ、とはいえワイヤークローに付けるのは名案だな」
「でしょ?な訳で団長お手製のアルプトラオムフランメ、紅蓮一色は熱線焼却機構とゴールドの装甲を追加した改修機、紅蓮錦にバージョンアップ完了!」
 各種機構はさっぱりだけど、全体的に赤と黒だったマシンに金の装飾が増えて、前輪のワイヤークローも大型になってる気がする…
「エンジンも快調だな、そろそろドッキング始めるか」
「OK、それとコバルト君はこれ読んで待っててね」
 渡されたのは、何かのマニュアル…?
「コバルトはそれ読んでマルジャーリの指示を聞いてスタンバイしておいてくれ、お前は文字通りの意味で切り札だからな」
 紅蓮錦を何かとドッキングさせたらしいナバールが通信セットを起動させながら出ていった。


「これよりステージは14、作戦プランをファイナルに移行、他の犠牲に構わず作戦通り挟撃でゼルネアスを二重に殺せ!」


STAGE14 緋色の閃光に散る


「そうだ、お前の能力に名前付けとくか」
「名前?因子の能力に?」
「格好いい名前付けた方が愛着湧くんだよ、デイブレイクスベルとかどうだ?」
「デイブレイクスベル、夜明けの、鐘…?」
「始まりを意味すると同時に平和への願いも込められてるのが夜明けの鐘だ、コバルトの願いにピッタリだろ?」
 そこで通信は途切れて、別れ際に渡された白いスティックをぼんやりと眺めていた。
 平和の始まり、それを僕がもたらすとナバールは考えてるのかな…?

「もうすぐ調整終わるからここでスタンバイしてて、一応社長に頼まれてテレビ中継用の隠しカメラを仕掛けてあるから」
 マルジャーリ専用、と書かれたテレビからは賑やかな光景と音が映っていた…



「本日は慰問サーカス公演にお越しいただきありがとうございます!」
 コガネシティ役所前広場に突如現れたサーカス会場のテントは満員御礼状態だった。
 踊り子の衣装に身を包んだマルジャーリが来客に挨拶すると観客からの拍手が上がり、これからの演目に期待しているのが分かる。
 奴が根城にした町だけのことはありフェアリータイプばかりだが、純粋に拍手してくれるのを見ると案外平和なんじゃないかと錯覚しそうになる。
 だが鉄パイプで組まれた観客席最前列の大きめに空いたままのボックスを見るとそんな思いも消えていく。
 もはや一片の情すらもいらない。ただ一つの目標のためだけに…!

「それでは我がサーカスの花方をご紹介しましょう、レジギガスのジューワン君です!」
「レレジギ、ギガギガフンフン!」
 スポットライトと共に現れたレジギガスが陽気な鳴き声と共に挨拶をすると、観客から拍手と笑い声が飛び交う。
 楽し気な雰囲気の中で空いたままのボックスが埋まるのを感じた、今だ…!
 天井に仕掛けておいたクロスボウを作動させて金属矢を発射、眉間を狙った一撃はウッドホーンで弾かれて近くのピクシーの頭部に突き刺さった。
「おやおや、これもサーカスの仕掛けか何か?」
「これは失礼、先に動いちゃったみたいで…」
 マルジャーリの返答を待たずにゼルネアスはゆっくりと角にエネルギーを集中させていく。
「ようこそ私の世界における不純物、そしてさようなら月下団」
 横柄な態度と共に指示を出すと客席の全員が立ち上がって戦闘態勢に入っている。1000程度が全部敵かよ…!
 だがショーの幕は上がった、あとはアドリブだろうとどんな手を使ってでも勝ってやる!
「おうおうみんな団体客だったのか、言ってくれたら団体割引適用したのによ?」
 敢えて演技的な台詞と共にゼルネアスを挑発する。
「いつかの取り逃した餓鬼が随分大きくなったものですね、先日私を嗅ぎまわっていたアブソルを警告替わりに半殺しにしてあげましたが、ちっとも学習しないんですね?」
「そりゃどうも、だがユエはお前の生年月日を知ることができたから目的は達成したんだぜ?」
 やっぱりユエを殺したのは貴様か…!
 怒りに震えて斬りかかりたくなるが今は抑えろナバール、俺が頭脳戦で勝たなきゃ始まらないだろ…!
 怒りをこらえて携帯電話で写真を撮る。
「んー、遺影用にしちゃ写り悪いな?もうちょっと優しい顔した方がみんなに好かれるぜ?」
「は…⁉」
「そしてユエの占いに出てたよ、あんた今夜死ぬらしいぜ?俺たちに殺される以外ならやっぱ老衰死か?生年月日占いの本に載ってないぐらい昔の生まれだったなんてな、老害クソババア」
「なっ⁉言わせておけば…!」
 流石に老害クソババアは効いたらしい、遠目からだが血管浮き出てそうなぐらいにお怒りだぜ…!
 通信セットで前衛メンバーに指示を出しておく。やるなら今がチャンスだ…!
「言っとくがユエはお前に殺されに行ったんじゃあない、お前の弱点を炙り出すため先陣切って戦いに来ただけだ、そして…」
 スモークが噴き出し姿が一瞬隠れた後、前衛メンバーの俺やシャウト、ヴァイル、ナタクが一斉に銃火器を構える。
「俺たちが本隊だ!!」


「ガガガガガガガガガガガガガガ!!」
 いつの間にかガトリング砲を左腕に装備して右手にバズーカを構えたレジギガスが一斉掃射を開始、臨戦態勢だった敵ポケモン達を一掃していく。
 それと同時に俺たちも一斉掃射を開始、会場にセットした火炎放射器を作動させて敵の退路を塞ぎつつ、ガトリング砲で逃げようとしたトゲキッスをスポンジ状にして炸裂弾を逃げ惑う敵に撃ち込む。
「ガガガガガガガ‼」
 背後のレジギガスが体の輪からも弾丸を掃射して敵の状態に関係なく弾丸を浴びせていく。
「まさか奴ら、金属弾を…!」
 オーラで身を守るゼルネアスも維持はきついらしく反撃もできずにいるらしい。
「どこまでも卑怯な、UB部隊!」
 フェアリータイプの一般ポケモン配下が全滅したらしく、続けざまにエンジュ攻防戦の時以上のUBがなだれ込んでくる。
「ヤバいぞナバール、どうすんだよコレ⁉」
「前回より多いしそろそろ弾切れ近そうなんだけど⁉」
「このままでは不味いぞ!」
 UBの多さに俺とマリン以外はかなり焦っているが、俺達にはそこまで焦ることじゃない。
 むしろこの状況を一度見たから対策済み、案の定奴らはゼルネアス同様観客席に乗ってる。それなら…!
「全員に通達する、これより攻撃対象はウツロイドとカミツルギに限定、浮遊する敵から撃ち落とせ!」
「「「「了解!」」」」
「ガガガガ!」
 浮遊するUB以外はゼルネアス含め観客席の上、そして観客席はプレハブの鉄パイプ製。
「浮遊するUBを、ならば地上にいるUBは私を囲んで護衛しながら攻撃しろ!」
 流石に伝説だけのことはあるらしく、狙われないUBで自分を囲んで身を守る作戦らしい。
 だが、この状況においてはその自己保身への欲望が仇になるとも知らずに…
「これで、チェックだ…!」

 手元のスイッチを押すと観客席の足場に仕掛けておいた爆弾が作動、ゼルネアスにこそ回避されたが崩落する足場に巻き込まれて浮遊できないUBは全て落下、さらに地面に仕掛けた爆弾も連鎖的に爆発して完全に地面に叩き落された。
「ガガカ、ガガガガ!」
 ガトリングの掃射中のレジギガスも装備していたポッドからホーミングミサイルとマイクロミサイルを一斉発射、ウツロイドやカミツルギも含めて綺麗に掃除していく。
「馬鹿な、エンジュに痛手を与えた時以上のUBを一瞬で…」
「保身に回ったのが過ちだったな、攻撃すべき場所を絞り込んでくれてるようなものじゃないか」
 既に知っていることを悟られないようにしながらも精神的な余裕を奪っていく。一瞬は優勢でも敵は邪神ゼルネアス、高笑いも油断せず攻め続けるッ…!


「すごい、ナバールはあんな仕掛けを一瞬で…!」
「なかなか面白いことしてるよね、調整終わったからそろそろ始めようか」
「了解です、ってあれ?」
 テレビを消して戻ろうとした時、テレビの画面に違和感を覚えながら準備を進めた。
 さっきから僕と一緒にいるマスカーニャはマルジャーリさんとして、さっきサーカスで挨拶してたマスカーニャは一体誰なんだ…?


「ガガガガガガガ、カタカタカタカタ…」
 後方からナタクと共に集中砲火を続けていたレジギガスだったが、とうとう弾切れになったらしくガトリング砲から煙がのぼっている。
「もう弾切れか、もうちょっとぶち込みたかったのに…」
「大分敵の数は減ったが油断するな!」
 弾切れになった銃火器を手放した後、突撃チョッキと隠密マントを羽織ったガオガエンがかなりの速度で走り出し、状況整理中のゼルネアスにまたがって首にしがみついた。
「おやおや、ようやく私の魅力に気づいたのですか?」
「肌シワシワな奴は嫌いだよ、H2SO4でも刷り込んだらどうだ?」
「それで、こんなことして何するつもりです?」
「貴様が何故尊い命を奪ってまで襲撃活動を繰り返したか教えてもらおうか、下手な真似すりゃこいつでドカンだぜ?」
 マントを翻すと、チョッキにもマントにも爆弾がぎっしり付いていた。
「自爆テロですか、そんなことで私を倒せるとでも?」
「さぁな、だがどのみちお前は死ぬほど痛い思いすることになるぜ?」
「…いいでしょう、愚か者には冥土の土産でに教えてあげましょうか」

「Xプロジェクト、作戦名イーロソ。この世界におけるドラゴン、悪、格闘といった存在自体が愚かなポケモンを絶滅させ、ニンゲンの使っていたロストテクノロジーを滅ぼし、フェアリー以外も含めた善良なポケモンのみが生きられる、私に、いや、世界にとって素敵な世界に作り変える、たったそれだけです」
「じゃあお前はそのポケモン個人ではなくタイプで善悪を決めると言うのか⁉」
「当然でしょう、私に刃向かうものは全て滅びた方がマシというもの!」
 周辺一帯が静寂に包まれた。

「バース、台詞は録音できたか?」
「あぁバッチリだよ、これから世界に真実を伝えよう!」
 通信セットからの返答にほくそ笑むと外の大型テレビから声が聞こえ始めた。


「なんで罪のない私たちを殺そうとするの⁉私はフェアリータイプに進化するオシャマリだし、悪いことしてないんだよ、ゼルネアス様!」
「当然でしょう。Xプロジェクト、作戦名イーロソ。この世界におけるフェアリーも含めた存在自体が愚かなポケモンを全て絶滅させ、ニンゲンの使っていたロストテクノロジーを滅ぼし、私だけにとって素敵な世界に作り変える、刃向かうものは全て滅びロ!」
「お願い、殺さないで、きゃあああ!」

 テレビから流れてきたのは必死に泣き叫びながら命乞いをするオシャマリの女の子と、それを無情にも野望のために嘲笑って虐殺するゼルネアスの会話だった…


「馬鹿な、あれは私の肉声、しかしいつの間に…⁉」
「今の会話だよ、お前の台詞を切り貼りして繋げて真実を告げる文章に変えた後、元々収録したレガータの声と爆破で視界不良の動画を組み合わせ、バースがそれを全国ネットの生放送中に流した。それが今の音声だ」
「まさか貴様、私の信頼を奪うのが目的で…」
「そのまさかだ、既に全国ネットで放送済み、ジョウトでは既にエンジュの仲間たちが扇動してるから各地でお前を引きずり下ろすための暴動が起きるのも時間の問題だぜ?」
「おのれクソガキが…!」
 体に力を溜めながらも完全に出し抜かれたことへの怒りに震えるその顔が見たかったぜ…!
「この光で滅びなs」
「させるかよ!」
 小さく通信セットに任務了解と呟き、ガオガエンは手元のスイッチを押すと同時にその体が光に包まれ、ゼルネアス諸共爆炎とも血とも似た緋色の閃光と共に飛び散った……


STAGE15 最終指令:夜明けの鐘を鳴らせ


 緋色の閃光が消えた後、首回りにダメージを負ったゼルネアスだけが残っていた。
「ふ、団長自ら自爆特攻とは所詮は愚かな種族。少々痛い思いはしましたがこれで厄介な種族が絶滅したなら好都合…」
 結果オーライと言わんばかりのゼルネアスに対して月下団メンバーは皆感情をなくしたかのように呆然としていた。
「あとは残党を片付けれ、ば、何故私の体から血が…⁉」
 突如首から血を流したことにゼルネアス自身が驚いているが、それを誰も気にも留めない。

「…死ぬほどじゃないにせよ多少は痛い思いをしてくれたようだな」
 突如周囲にナバールの声が響き渡る。
「貴様、自爆して死んだはず…!」
「老眼が前より酷くなったようだな、こんな簡単なトリックにも気づけないとは」
「トリックだと…⁉」
 周囲を警戒しながら見回すゼルネアスを月下団が鼻で笑うと同時にその姿が揺らぎ、さっきまでいなかったはずのゾロアークが加わっていた。


「はい、コバルトです。ナバール?」
「決戦が近い、搭乗していつでも突入できる態勢に入ってくれ」
 通話を切ってアイコンタクトすると、マルジャーリさんはウインクして外のコンテナを開ける。
 中には白くて四輪のマシンらしきものがセットされていた。
 ワイヤークローとかマシンの感じとか、細部はナバールのと似てるけど形状が全然違う。
「これが、さっき渡されたマニュアルに載っていた…?」
「そう、これが私たちアンブレオン社が独自に開発した嚮導アルプトラオムフランメ、アロンダイト。世界でただ一つの四足歩行ポケモン操縦専用のアルプトラオムフランメよ」
「お待たせ、放送の方は扇動は十分だしアロンダイトの発進準備手伝おうか」
 放送システムを操作していたバースさんも合流してアロンダイトの起動が進んでいく。
「初期起動開始、ステージは一部省略して15から開始」
 トラックや車みたいな構造とは違って手足の様に一輪ずつ独立して稼働する機構ってのも独特だ。
 マニュアルを読んだから大体の操作はできるけど、戦闘時には後輪を増やして二足歩行的な機動を取れてってのはやってみないと想像もできない。
 通信セットより大型のヘッドセットを装着、通信機能に加えて二足戦闘時の脳波操縦もこれでやるらしい。
 跨る様に乗ったシート前部のカバーを開けて白い起動キーをセット、前足のホルダー兼操縦桿で指示通りに初期設定を行っていく。
 時間が戻る前の僕ならきっと怖がっていたけど、今はそんな恐怖も気にならなかった。
 何もせず後悔するぐらいなら、僕の方から動いて見せる…!


「あの悪狐、まさかイリュージョンでガオガエンと入れ替わって…?」
「今更気づいたか、だが入れ替わる目的ももう終わった」
 ゼルネアスの近くに転がっていた音響機材からは俺の声が最大音量で伝わってくる。
「サーカスの間に入れ替われるとも思えないがいつの間に…⁉」
「サーカスを始める前から。何ならマルジャーリに入れ替わって舞台挨拶だってしたし声はそこに転がってる通信セットと録音。始まる前から既に別ポケモンなのはマジックショーでよくあるネタだろ?それでお前を脅しながらほしいセリフを吐かせてテロリストの死なない自爆テロの出来上がりって訳だ」
「かつて私を爆殺したこと、今更後悔しても遅いってものだけどね」
 あの日復讐を誓い合った仲だけあってマリンもかなりテンションが上がってるらしく、キャラクター的に本性見えつつある。

「この下衆野郎ども、この世界の癌は今すぐ虐殺してやる!」
「同感だ、だから俺たちも、お前を殺す」
 レジギガスがゆっくりとアーミーナイフを構えると同時に二種類の連絡を入れた。

「総員に通達、敵の隠し玉UBはテッカグヤ3匹と新型1匹と推定、全て倒せばゼルネアスの死は目前だ!」
「了解!」
「これより作戦をファイナルに移行、27番発動!」


「来た!」
 27番が指し示すものは恐らく僕の名前だろう。
 幸い初期起動も終えて僕がスロットルを回すのを待ち続けているだけだ。
「それじゃあ頑張って来てね」
「試作機だから無理しないようにね」
「頑張ってね、コバルト!」
 二匹の声に交じって応援する黄色い声、その声で完全に迷いも不安も吹っ切れた気がする。
 軽く深呼吸してYの痕がある右前足で勢いよくスロットルを回す。
「アロンダイト、発進!」
 いきなりフルスロットルと言われても、僕がこの世界を、みんなを救ってみせる!!


STAGE16 蒼き夢を見る剣


「こうなれば奥の手だ、来いUB共!」
 口調から冷静さを無くしたゼルネアスは予想通りなりふり構わず残存戦力を総動員してきたらしい。
「テッカグヤ3体にデカいだけのカバルドンみたいな新型1体、予想通りだな…!」
 シャウトのコメントに一度見てるからと言いたかったが、あえて言わないでおく。
「レレレレジギンギンギンギンギンギン!!」
 他のメンバーが動くよりも早くレジギガスがテッカグヤに接近、砲撃しようとした腕を蹴り飛ばして阻止した後、追撃のラリアットで地面に倒して右腕にアーミーナイフを構えた。
「ガガガガガガガ!!」
 その場で回転しながらテッカグヤを質量のパワーに任せて切り刻んでいった。
 アーミーナイフを上段に掲げてゼルネアスを威嚇したレジギガスだったが、襲撃に来た新型を見て対峙する。
「ガガガガ、ガガガ⁉」
 殴りつけた左腕が新型のUBに引きちぎられて捕食されていく光景に困惑するレジギガスの腕からは、金属のフレームと機械が露出していた。
「悪いがマルジャーリ、ビークル用のハンドルで操縦するタイプの砲撃戦特化型メカニカルレジギガスじゃ殴り合いには流石に向かないぜ…!」
 コックピットに付いてる左のクローからビームを乱射すると一発が急所に当たったらしくどうにか距離をとることに成功。自爆装置を作動させて突進させながら背後からコックピットシートをパージ、俺が操縦する紅蓮錦で操縦したメカニカルレジギガスは華麗に爆散した。


「まさか、頭がいないと思えばあのレジギガスを操縦して大量虐殺を…」
「お前ほどじゃねーよ、というか毎回オーバーリアクションありがと、なっ!」
 スロットル横のボタンを押して右のワイヤークローを射出、派手に着飾った角を挟み込むと同時にハンドルのロックを開いて機構のトリガーを押す。
 赤い光線が放たれたと同時にゼルネアスの左側の角が膨れ上がって行く。
「馬鹿な、レーザーから熱線を放って焼く兵器が…⁉」
 頭を振って体への焼却は免れたが左の角は焼け落ちた。

「これが紅蓮錦の熱線焼却機構、次は全身ローストしてやろうか?」
「あの時からずっと厄介な種族め、こいつから殺せ!」
 テッカグヤと新型以外のUBがまだ十数匹出てきやがった、他のメンバーも大型と交戦中だし流石にきついな…!
 ソードメイスを振り回して迎撃しながら発進させて攻撃を回避、ワイヤークローで軌道を変えながらもUBを狙い、回転する前輪で轢き潰してソードメイスで斬り付ける。
 必死に捌いているが上空からの殺気が二つ、だが今からじゃ回避も迎撃も無理か…⁉

 小型のワイヤークローが二本、ウツロイドを串刺しにして撃ち落とした。
 その直後、白い機体が走り抜けると同時に残ったUBは鋭い切り口で切り刻まれて崩れていく。
「ようやく切り札のお出ましだ…!」
 攻撃をガードしようとしたマッシブーンを腕ごと切り裂き、ワイヤークローで攻撃と軌道変更を同時にこなしつつ逆手に持ち替えたアシガタナで胴を切断した。
「お待たせ!」
 アロンダイトで疾走しながら敵を一掃したコバルトがターボコバルト状態で俺の隣に滑り込んだ。

「原種ダイケンキが迷い込んで来たようですね、あなたのような一般ポケモンはとっととこの戦場から戻ってはどうです?」
 声のトーンで完全に苛立ちを隠しきれてないのだが、それでも口調は理性的に戻して平静を装う無駄な努力が正直滑稽に見える。
 外では暴動の起きる声もするのに、今更無駄なあがき頑張っちゃってさ…
 そんな俺の内心での嘲笑を知ってか知らずか、コバルトは黒に変わったアーマーから黒いアシガタナを引き抜き一閃、剣先から破片が飛び散りその一つがゼルネアスの頬をかすめた。

「…これは、どういうつもりですか下等種?」
「こういうつもりだ。僕は月下団副団長コバルト、壮大な想いも大切な仲間の願いも、そして僕自身の恨みもこの剣に込めて、世界に夜明けの鐘を鳴らすため、邪神ゼルネアス、お前を殺す!!」


「俺たちでテッカグヤとデカいのを倒す、お前はゼルネアスを殺せ!」
「分かった、あのデカい新型は機械破片食べてるけど大丈夫そう?」
「マジかよ、問題ないとはいえ予想以上の悪食野郎だな…」
「…じゃあアクジキングとかどう?」
 その案採用、とだけ言ってナバール達は大型UBとの交戦を開始した。
 僕もアロンダイトを後輪走行に切り替えてゼルネアスに接近する。こいつさえ倒せば戦いは終わる…!
「どいつもこいつも下等種族は鬱陶しいことばかりしてくれる!」
 ムーンフォースを躱しながらスラローム軌道で接近、右前足を狙った一撃はウッドホーンで流され、逆に受け流す勢いに任せた反撃はワイヤークローでアロンダイトの軌道を変えて緊急回避。
 斜め上への上昇タイミングで反対側にワイヤークローを射出しつつ、ホタチをゼルネアスの眼前目掛けて投擲する。
「こんな子供騙し、当たるはずもない!」
 目視で首を傾けてホタチは躱されたが想定内。二本目のワイヤークローにベクトルを切り替えてゼルネアス上部を通り抜けつつ、すれ違いざまに力を高めながらヒスイのアシガタナで背中を斬り付けた。
「そりゃ当たらないよ、デコイなんだからな!」
 ワイヤークローが巻き取られて斜め上に移動すると同時にゼルネアスの背から血がしぶく。
「馬鹿な⁉」
 動きで翻弄されながらも正確にムーンフォースを撃ってきたが、力を特防に回しつつ原種に戻してダメージを最小限にしながら飛び上がる。
「ちょこまかとしつこい奴め…⁉」
 さらなる追撃を加えようとしたらしいが、弧を描きながら戻ってきたホタチに左前脚を裂かれてバランスを崩した。
 デコイもデコイのまま終わらせない、できる限りの攻撃で確実に痛めつけて殺してやる…!
「そして今のお前は、アシガタナを突き刺しやすい角度…!」
 ヒスイと原種のアシガタナを二刀流で逆手に構え、体勢を崩した首筋に突き刺した…!


 アクジキングと名付けたのはいいが正直俺では打点がなさすぎる。
 下手な攻撃は奴の餌な以上正面から物理技は使いづらいが、紅蓮錦の機動力を活かしてソードメイスでチクチク叩き続けられるほど暇じゃない。
 待てよ、さっき確か奴の頭部辺りに急所があったよな…?
 ワイヤークローで紅蓮錦をジャンプさせながら、マリンのくれたリボルバーで頭部辺りを狙う。
 眉間は普通、眼球辺りも大したダメージなし、あとはあのちっこい頭か…?
「⁉」
 反応を見る限り頭部の小さい頭、あそこが急所らしいな…!
 左のワイヤークローからビームを乱射して牽制しながら再度接近して熱線焼却機構を叩き込みたいが残りエナジーは一発。確実に奴の全身を焼かなきゃ今度こそ打つ手がなくなる。
「こうなりゃ一か八か、くらいやがれ!」
 レジギガスの残骸を踏み台にしてジャンプ、紅蓮錦を斜めにしながら右のワイヤークローを射出する。
「………!」
 だがアクジキングが口を開きながら放つバークアウトに煽られてワイヤークローは口の中に飲み込まれた。これじゃ頭部の急所に叩き込むどころじゃない…
「…かかったな」
 絶望した演技をやめて無表情のままトリガーを押すと、体内が赤く光った直後、アクジキングは膨れ上がって爆散した。
「至近距離なら脂肪腫より体内に打ち込んだ方が効くんだよ、産廃デブ」
 少し遅れてテッカグヤも倒されたのが見えた。
 右のワイヤークローを巻き取ってもワイヤーだけになっちまったが、マルジャーリには便利だったと教えておくか…


 動かなくなったゼルネアスを横目に着地。
 脈は測ってないが確かな手応えはあった。首筋に二本アシガタナを突き立てて致命傷じゃない理由がない。
「……」
 確かに殺したはずで動かないのが当然のはずなゼルネアスから、何故か強い殺気を感じる。
 まさか、この殺気はヤバい…⁉


「…………死にやがれゴミ屑共め!!」
 死んだはずのゼルネアスから周囲に激しく攻撃的な光のオーラが立ち込めた。

「うわああああっ!」
 咄嗟にアロンダイトから降りて盾にすると同時に耐久に必要なステータスを全振りし、アシガタナを突き立てて壁を増やしたがまるでダメージを防ぎきれない。
 アシガタナは2本とも砕け散り、アロンダイトも機体からエラーを吐いて機能停止してしまったが、どうにか鉄板にはなるよな…!
「全員何としても耐えろ、奴はジオコントロールで蓄えた力を解き放つマジカルシャインで一掃する気だ!だが耐えれば活路はある!」
 通信セット越しに指示とエールをくれたナバールもソードメイスを盾に攻撃を防いでいるが、ソードメイスにもヒビが入り始めている。
 他のみんなもレジギガスの残骸を壁にしてるけど、このままじゃ全員…
「眩しいんだよさっさと灯り消して寝ろよ永久の眠りに!」
「うゎっ⁉」
 ナバールが左脇のホルスターからリボルバーを抜いて発砲すると、銀弾にマジカルシャインが反射してゼルネアスにもマジカルシャインが当たり、思わぬ形で攻撃は終わった…


「私は細胞一つ一つが強い生命力を持っている以上、斬り付けたところで所詮は水の泡というものを…」
 …なんか煽って来てるが正直敵の情報以外はどうでもいい。
「全員戦えるか…?」
 クールダウンしているゼルネアスを拳銃で牽制しながら通信セットで全員の様子を確認するが、今のところ全員無事らしい。
 タイムリミットはあと60秒、正直俺だけで稼ぎ切れるとも思えない…
「ナタク、一旦外部メンバーの防衛を頼む、それ以外のメンバーは俺と一緒にコバルトを守り抜く」
「分かった、誰も死ぬなよ」
 ナタクが離れていくのと一緒に戦ってきた月下団の仲間たちがうなずくのが同時。
「待ってよナバールもみんなも、僕戦えるよ⁉」
「お前は切り札なんだよ、ノルマは60秒、どんな手を使ってでも副団長、コバルトを守り抜け!」
「「「了解!」」」
 クールダウンを終えて臨戦態勢に入ったらゼルネアスを前に俺たちは走り出した。


「新入りが副団長になって切り札扱いか、まさか先越されるなんてね…!」
「ヴァイル、さん…!」
 氷の礫を乱射しながら爪でゼルネアスの角と切り結んでいくが、それでも劣勢なのに変わりはない。
「ごめん、ムーンフォース一発頼む…!」
「任せとけ!」
 僕を囲んで守る陣形から白と黒の雄叫びと共に、ブロッキングでムーンフォースを弾き飛ばした。
「腕が立つ奴でも後輩を守るのが俺様先輩の仕事なんでな!」
「シャウト、さん…!」
 2対1でも状況は変わらず、マジカルシャインで加勢したシャウトごと倒されてしまっていく…
「この野郎!」
 ナバールが紅蓮錦のワイヤークローを射出するが牽制程度に終わってしまう。
「老害クソババアはやられちまえってんだよ!」
 さらに赤熱化させたソードメイスを投げつけウッドホーンと相殺したが、柄以外が砕け散り、飛散した破片が左脇腹に当たってナバールも倒れ込んでしまった。
「そのダイケンキさえ倒せば…!」
 ムーンフォースの乱射が走り回るダイケンキに当たり、イリュージョンで僕に化けて囮になっていたマリンさんも倒されてしまった。
「これでとどめだ…!」
 ゼルネアスが巨大化したウッドホーンを振り砕いて僕に槍として打ち込もうとしてくる。でもこの位置じゃ避けきれない…!
「…させるか!」
 倒れていたナバールが紅蓮錦のワイヤークローを操作すると逆に紅蓮錦がワイヤークローの方に滑り、それにぶつかったゼルネアスがよろけて射線が半分以上逸れた。
 でもこの位置じゃまだ全部躱すのは…
「コバルト!」
 紺色の身体が僕の前に現れ、ウッドホーンの破片が氷の盾を砕き体を貫くような音が響いた。

「ヴァイルさん、僕を庇って…」
「これが任務だし切り札なんだってね、あとは頼んだよ、副団長…」
 攻撃的な言動ながらも仲間想いなマニューラは、僕の目の前で命を失ってしまった……


「よくも、また簡単に命を殺しやがって… 殺してやる…!」
 亡骸の傍の氷柱を掴みながらアシガタナを構えて走り出す。
 弱った声でナバールが何かを叫んで僕を止めようとするが、今更止まりたくない…!
 だが、感情のままに動いた時、僕の急所目掛けてカウンターのウッドホーンが素早く伸びていた…
 避けられない、死……


「…あれ?」
 いつまで経っても痛みも苦しみもない。
 僕の体を見ると、ゼルネアスが必死に刺そうとするウッドホーンもなぜか僕の体には傷一つ付けられなくなっていた。

「……3600秒経過、おめでとう」
 通信セットから小さくナバールの声が聞こえてきた。
「3600秒?そうか、僕が死んだはずの時間を超えたから…!」
「そうだ。俺のスティルアライブの効果でお前はもうゼルネアスの攻撃で死ぬことはない、やっちまえ…!」
 ウッドホーンが刺さらないどころか砕け散ったことと、ナバールのセリフにゼルネアスの表情はとうとう絶望の色が浮かび始めた。
「まさか、あの時お前たちが生還した謎の能力、それでダイケンキを生き返らせて…⁉」
「俺がコバルトを蘇生した時点で1時間過ぎりゃ俺たちの勝ちだった、本当の狙いを別の目的で始めからすり替えておく、まさにマジックショーと同じだな!」
 あの土壇場で組み立てたのか、それともイベルタル因子に目覚めた時から考えてたのか、いずれにせよ切り札になってた僕も驚きだ…!

「嘘だ、そんな噓には騙されない…!」
 パニックになったゼルネアスがマジカルシャインをPP分一斉に発射したが、効かないと分かればあしらうのも簡単になる。
「ハイドロコンフューズ!」
 残ったホタチを投げつけ、そこに特攻を高めたハイドロポンプを撃つと激流が乱反射しながら全てのマジカルシャインをかき消した。
「馬鹿な、バカなバカナバカナバカナバカナバカナバナナ…!」
 片側だけのウッドホーンを滅茶苦茶に振り回しているが、そんな動きも惨めな命乞いにしか見えない。
「…コバルト、これを使え!」
 破片の刺さったホルスターを脱ぎ捨てたナバールが僕にソードメイスの柄を投げ渡してきた。
 キャッチしてから頷いて氷柱と共に力を籠める。
「フレースヴェルグ!」
 僕の手の中に、二本の大剣が現れて失った武器も補えた。
「これで終わらせる…!」
 全てのステータスを力と素早さに調整して一気に走り出し、ムーンフォースを高速移動で難なく躱しながら最短ルートで突っ込み、ウッドホーンを軽く切り裂きフレースヴェルグの二刀流で粉微塵にする。
 さらにウッドホーンを生やそうとしたゼルネアスだったが、銃声と共に残った右の角ごとへし折られる。
「…今だ、コバルト!」
 フレースヴェルグをスキーのストックの様に地面に叩きつけて飛翔、顔面をクロスするように切り裂く。
「コバルトストライク!」
「きゃああああああああ!」
 叫ぶ以外の声すら出せないままもがくゼルネアスの背に飛び乗り、上空で一本に合わせたフレースヴェルグを背中に深く突き刺した。
 奴の細胞の繋がりが強さの秘訣というなら、その繋がりをバラバラにすれば確実に殺せる…!
「これがお前に踏みにじられたみんなの痛みと苦しみだ!くたばる瞬間まで思い知れ!」
 フレースヴェルグを刺す力はそのままにして、素早さを特攻に振ってハイドロポンプをシェルブレードの要領でフレースヴェルグに経由させてゼルネアスの体内に注ぎ込む。
「ぎゃああああああああああ!」
 細胞をバラバラにして肉体が崩壊するまで激流を注ぎ込む、一つ一つが鋭いなら60兆全部痛めつけて確実に殺してやる…!
さらに突き刺す力を強めると、体中の傷口から水が噴き出し始めた。これで終わりだ!
「私が、この程度で野望を捨てるとでm」
「お前の戯言なんて聞きたくない!」
 乱暴にフレースヴェルグを引き抜き上段に構えてから腰だめに構えると、ゼルネアスの身体が背後で完全に爆破四散した。
「コバルトストライク・ミッシングエース!」


 フレースヴェルグが手の中で氷柱と柄に戻り、砕け散った。
 みんな、僕、ついにやったよ…!


STAGE17 2年後に、タマムシシティで


「…マリン、そろそろヤバい」
「そんな時間だよね、一発しとこっか」
 口の中に熱いものを溜めていき、ベッドで仰向けになった彼のベルトに少しずつ吹き込んでいく。
「んっ…」
 くすぐったいのか気持ちいいのか、動きそうになる体を必死に固定してくれてるのは彼の優しさかもしれない。
 だから私ももう少し下に口を添えたい欲望を噛み殺して慎重に火炎放射を続ける。
 火炎放射を一発分吹き込んだからこれでOK。

「…いつもありがとな、俺もまさかこんな体になっちまうなんて」
「仕方ないよ、能力の後遺症でコアフレイムが炎を精製できなくなっちゃったんだし…」
「こうして外部供給を受けられるだけまだマシなのかもな…」
 どこか寂しそうな声のナバールに抱きしめられると、こらえていたのに目頭も熱くなってしまう。


 ゼルネアスの暗殺に成功してから一か月、月下団は表立った活動を休止しそれぞれに分かれていった。
 増援組はイッシュに帰り、シャウトは警察を目指して勉強中、コバルトはバースの協力もあって医学を学ぶ学校に留学中でレガータも付いて行き、ヴァイルとユエは隣同士で活気の戻りつつあるエンジュでみんなを見守っている。
 ナバールはコアフレイムに後遺症が残ってしまい、生命維持にも外部から炎の摂取が必要と聞いた時、二重の意味で私にできることが見つかった。
 今はコニコシティに移住してナバールと静養中だが、ナバールが私を連れていってくれたことは本当に嬉しかった。
 どうやら決戦前に渡したリボルバーも戦果を挙げるどころか左脇腹に飛んできた破片から守ってくれたらしく、棚にリボルバーを飾ってる辺り喜んでくれたのかな…

「なぁマリン」
「どうしたの?」
「今の世界は救われたとはいえ皆の心は傷だらけのまま、だからこそ今の俺にでもできることが何かあるんじゃないかと思うんだよな」
 気分転換にコーヒーを淹れてから部屋に戻ると、18タイプ共同の平和会議の成功を祝うニュースを消して、ナバールは私に聞いてきた。
「きっと、あると思うよ…」
「そうか、もし俺が何か始めるとしたら、また一緒に戦ってくれるか?」

「……! …………うん!」
「…ありがとな、まずは俺たちの傷の舐め合いでもしてみるか?」
「もちろん!」
 激レアイベントを見逃す程感動に震えてちゃいられないね…!



「タマムシシティで久々に会わないか?」
 昇級試験に合格した後、携帯電話に懐かしい連絡先からメッセージが届いた。
 即刻OKを出してレガータのお土産のことも片隅に入れながら、医療雑誌をお供にタマムシシティに向かう。
 ゼルネアスの死後、世界の摂理が少し変わったらしく、タマゴから孵るポケモンの種族が母親のみの固定がなくなり半々になったとか、18タイプ合同の平和会議が成功して以来偏見やわだかまりも多い中でも少しずつ互いに歩み寄れる世界ができつつあるとかその他諸々。
 アンブレオン社からマルジャーリさんの論文も載ってる。医療機器としてのロストテクノロジーの活用、アルプトラオムフランメを活用したのかな?

 そんなことを考えながら揺られているとタマムシシティに到着していた。


「よぉ、二年でちょっと賢そうな顔になったな?」
「そっちは、ちびっ子受け良さそうになったね…?」
 コアフレイムの病気とは聞いていたけどナバールは元気そうだった。
 というか毎週元気そうな姿はテレビで見てたけど…
「とりあえずなんか食おうぜ、個室の店でも行かなきゃいつサインねだられるやら…」
「何なら僕も貰っていい?毎週応援してるから」
「…後でな」
 かつて世界を敵に回すレベルの偉業をやってのけたヒールのナバールは、今では特撮ヒーロー「騎獣クルセイダー」の主演として毎週ちびっ子に応援されるヒーローになってしまっていた…


「サインだっけ、ほらよ」
 案外快諾してくれたナバールはサインを書いた紙を僕に手渡した。
「裏面見てみろよ」
 言われるままに裏返すと、月下団時代のみんなが写った写真だった。
「後片付けしてたら偶然携帯電話に残っててな、これをコバルトに渡そうと思ってよ」
「ありがとう、嬉しい…!」
 大事に写真を仕舞ってから互いの近況報告をしてみた。
 僕が昇級試験を合格したようにナバールも昨日でクランクアップしたらしく、お互いちょうど一区切りついたらしい。
「今日マリンは用事で来れないんだが、レガータも忙しかったのか?」
「それがちょっと風邪みたいで、お土産頼まれちゃった」
「なるほどな、だったらあそこの店のティラミス結構美味しいって…」
 ナバールがブラインドを開けた時、外で爆発が起こったような音がして窓から煙が見えた。

「…外で悲鳴がする、けどただの悲鳴じゃない?」
「夜にしてはやけに眩しい気もするからな、これは月下団再出動案件かもな…!」
 テーブルに届いていた辛そうな肉料理を一口で平らげて代金をテーブルに置いた後、僕とナバールは店を飛び出した。


「さっきまで見えてたビルが、ビーム攻撃で溶かされた…⁉」
 僕らのいた方は無事だったけど、反対側は壊滅的な事態になっていた。
「上空にUBがいる、そして、あれは新型…?」
 ナバールに指さされた方を見ると、白い光のようなポケモンが浮かんでいた。
「元凶はあいつだ!ビーム攻撃に気をつけろ…!」
 指示を聞くと同時にアシガタナを抜き放ち、近くを浮遊していたウツロイドを片っ端から切り裂いて叩き落していく。
「どうやら奴はチャージ中らしい、今のうち雑魚を片付けるぞ!」
 ナバールもいつの間にか紅蓮錦を乗り回して避難誘導をしながらワイヤークローでフェローチェを倒して援護してくれている。
 僕たちだけとはいえUBもそこまで多かった訳じゃないので10分程度で片付いた。

「あとはあのデカいのだね」
「幸い止まってるし、避けろコバルト!」
 急にナバールが僕を突き飛ばした。何が起こったか理解する前にナバールは光の束に巻き込まれていた。
「…案外、あいつの十八番はエスパー技らしいぜ」
 僕に笑って見せたナバールだったが、追撃のパワージェムが全弾直撃してしまった。

「ナバール!」
「後ろ、大丈夫か?」
 口から血を流しながらの指摘にナバールの後ろを見ると、瓦礫の中、息絶えたポケモンが守るように包んでいるタマゴがあった。
「まさか、君はあのタマゴを守って…!」
「それがc、ヒーローって奴だろ?」
 そういうのはテレビの前だけにしてと言いかけた時、ナバールは倒れてしまった…

「ナバール!」
「なんだよ、結構当たんじゃねーかよ…」
 たまたま近くを通りかかった救助隊にタマゴの保護と救助の要請を頼んだ後、傷口の応急処置を開始した。
「ありがとな…」
「今は喋らないで、抜群でも傷は浅いからちゃんと処置すれば治るよ…!」
 必死に元気づけながら応急処置をして、救助隊に処置が上手いと褒められながら病院に向かっていた時、ナバールの携帯が鳴りだした。
「どうした?まさか…」
「そうか、分かった、一時間で決着付けて必ず助ける」
 通話を切った後、周囲の空気が変わるのを感じた…


「スティルアライブ、時よ戻れ」


STAGE18 イグニッション


「さっきまで見えてたビルが、ビーム攻撃で溶かされた…⁉」
 見たまま呟いたはずが、セリフの聞き覚えがある。まさか…?
「悪いなコバルト、最後の能力を使った」
「それじゃあまさか、ナバールは死ぬ気で…!」
「コバルトの治療があったから発動できたんだ、こっから先は俺の独断行動だからあんま気に病むなよ」
 そう言って紅蓮錦を起動させる。
「だがそのためにもあいつらを倒すのが先決、一緒に戦ってくれ、コバルト!」
「分かった!」
 頷いて紅蓮錦のタンデムシートに跨り、アシガタナを構えると同時に紅蓮錦が疾走する。
 高速機動とワイヤークローの立体的な旋回を活かして、UBを片っ端から斬り捨てていく。
「このまま一気にデカいのを、ってそうださっきのタマゴ…!」
 さっき守ろうとしたタマゴを再び守ろうと、降りて拾い上げにいったナバールの背が急に照らされる。
「ナバール、パワージェムだ!さっきのUBが動き出した!」
「しまった、回避間に合わねぇ…」
 そんな、ここに来ておしまいなんてごめんだよ…!

「大丈夫?怪我してない?」
「ハイドロポンプで流してくれて助かった、ありがとな」
 さっきと同様近くにいた救助隊にタマゴを託すと、再び紅蓮錦に乗ってワイヤークローを射出する。
「コバルト、ヒスイの姿になっとけよ」
「ゑ?」
 大型のUBが強力そうなビーム攻撃のエネルギーを蓄え始めていた。
「一か八か突っ込む、エスパー技なら透かせるはずだし、接近すればお前の剣の間合いだからな」
「了解…!」
 ヒスイ種の黒いアーマーになり、アシガタナも両方ヒスイ種のアシガタナに持ち替えた。
「行くぞ!」
「うん!」
 ワイヤークローの勢いで飛び上がるのとビームが発射されるのが同時。
 エスパー技っぽいから無効ではあるけど、それでもエネルギー量がすごい…!
「今だコバルト!」
 ナバールの合図と同時にシートからジャンプ、紅蓮錦自体がスリングショットの様になり、僕の脚力と合わせてかなりの速度で顔面に急接近していく…!
「コバルトストライク!」
 ゼルネアスの時よりも簡単に、UBの顔面を切り裂いた…


「………!」
 顔を切られたUBは何かを叫んで空に現れた裂け目の中に入っていった。
「UBってあんな場所から来てたのか、そりゃ神出鬼没だよな」
「うん…」
 なんとか撃退に成功すると共に分かった事実を噛みしめていると、突然ナバールがスロットルを回した。
「悪いな、俺はそろそろ行かなきゃ…」
「ナバール待ってよ、一体どこへ…⁉」
「まだ助けたい奴がいるんだ、そいつを助ける」
「そんな…」
 実質的な突然の別れの宣告に動揺する僕の頭をナバールはそっと撫でた。
「団長命令として言うがコバルト、お前は生き続けろ。今の時代にお前の医学と優しさが必要なんだ、傷だらけになった皆の心を治して笑顔にするために」
「ナバールも、死なないでね…」
「俺は月下団団長ナバールだぞ、無駄死にはしないからそこだけは安心しろ」
 差し出された右手をそっと掴んで、小さくありがとうと言うだけだったけど、それでも伝えることはできた。
「一緒に戦ってくれてありがとな、副団長でもあり未来の名医でもある、俺の友達」
「…こちらこそ、上手く言えないけど、ありがとう…!」
「じゃあ、またな!」

 また明日会えるかのような言動だけ残してナバールは走り去ってしまった…




 これが僕の運命を変えて救ってくれた友達の最期の姿だった。
 後日、ニュースで訃報が流れたのを見た時は普通に泣いてしまったし、騎獣クルセイダーの最終回を見た時には本当に死んでしまったことを再認識してレガータと一緒に大号泣してしまった。
 後日、マリンさんからの手紙で「コアフレイムの喪失だったけど眠るような最期だった」とだけ知ることができたのはせめてもの救いだった…


「いけない、つい思い出にふけりすぎてた…」
 あの戦いから十年前後、今もこうして思い出しては思い出の中で会いたくなってしまう。
 念願かなって医者にはなれたし、レガータとは結婚もして娘もできたけど、ついつい頼れる存在がいたせいで無意識に頼りたくなるのが僕の悪い癖かな…
 二重の意味でナバールと別れてからあの時くれた写真の裏のサインを見ると、彼からのメッセージが書かれていた…

『この世界の笑顔をよろしく 名医の月下団副団長! 騎獣クルセイダー、もとい戦友より』

 ヒーローとしてのファンサービスのように見えて僕への応援メッセージ、これを胸に今日も誰かを笑顔にするために頑張ろうと思える気がする…

「…よし、今日ももう一息頑張るか!」
 伸びを一つしてコーヒーを一口飲み、月下団副団長コバルトは今日も指令を遂行してみせる…!





 蒼剣ドリーマー Fin.











TURN00 死神が生まれた日

「おとうさん!」
 夜間出入口の自動センサーが点灯して聞きなれた声がする。
「グレース、さっきはきつく言い過ぎたけど、どこ行ってたんだ?」
「ちかくのこうえん!」
 涙の跡が残ったアシマリが元気よく診察室に入り込んで来た。
 叱られた後夜中に公園で遊ぶとか、一体どっちに似たのやら…
「…夜は外出歩いちゃ危ないぞ?ほら手洗いうがいはしっかりして…」
「それよりこうえんに、けがしたおとこのこがいたの!」
「男の子?」
「うん、さっきこうえんにいたんだけど、けがしてたからなおしてあげて!」
「分かった。色々訳ありかもだけど、まずは怪我の手当てをしなきゃね…!」
 白衣を羽織って様子を見に行くと、先に外に出たグレースが僕に手を振って呼んでいた。


「ほら、このこだよ!」
「…⁉」



 to be continued…


トップページ   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.