*&color(red){注意!!}; [#e5607bf4] この作品は&color(red,red){強姦、残虐な流血表現、輪姦などなど…};とにかくヤバイ表現が多いと思います。(当社比) そういうのが苦手な人は早めに逃げてください! #contents *evolution [#b8fe86d2] 作者:[[COM]] **プロローグ [#jfc165ea] この世にはポケットモンスターと呼ばれる不思議な生き物が存在する。 それらポケモンは凄まじく高い知能ととても優秀な能力を持っている。 太古の昔から人とポケモンは共に手を取り合い、共生の道を歩んでいた。 いや、それは人間から見た見解であろう。 そもそも人間もポケモンも元は大差のない存在だったようだ。 だが、いつからか人とポケモンには大きな差が生まれ始めた。 人は力や特殊な能力を失った代償としてより優れた知性を手に入れた。 ポケモンは知力こそ落ちたもののその力を差分化、強力化などの進化を繰り返していった。 それは互いに力を与え、力を誇示し、共に生きうる力を与えたのだろう。 記録に残る古代の戦争も人とポケモンが戦っていたという文献が多い。 故にポケモンを指揮し、その能力を存分に引き出す存在のトレーナーと、指示のままにその力を使い、守り、攻め落とす存在としてポケモンが別れたのだと私は仮定する。 とある科学者の言葉 とある大部屋に人が集まっていた。 身なりはどの人もひと目でそれが上流階級であることが予想できるような人ばかりだ。 皆それぞれ恐らく自らの名前が書かれた札が置かれているであろう席へと着いたものから次々と座って待っていた。 持つ者は様々、横に座る親しい者と世間話でもしているような者や、ただ静かに始まりの時を待つ者もいた。 かれこれ五分が過ぎただろうか、立っていた者や話していた者も静かに席で待ち、残る一つ、正面の席に着くであろうものを待つだけとなった。 「お待たせしました」 そんな言葉と共に真っ白な白衣に身を包んだ男が最後に部屋に入ってきた。 恐らく全員が彼の到着を待っていたのであろう、全員の視線が彼に集まっていた。 そのままその科学者のような男は一つ離れた席に歩いていき、様々な準備を始めていた。 その後、彼は全ての準備が整ったのか全員の方を向いて話しだした。 「皆様、今日はお集まりいただきありがとうございます。 本日は皆様からのご要望で我々研究チームが開発した研究結果を紹介させてもらいます」 そう言い、下に置いた鞄から様々な見慣れない道具を机の上へと並べ 「まず、最初に紹介するのがこちらです」 その男は黒いボールを手の上に乗せ、その場にいる全員に見えるように少し前に出してみせた。 「以前依頼された捕獲率100%のボールであるマスターボール。そのコスト削減に重点を置いた物です。 こちらは現在、開発チームでは『カオスボール』と名付けています。 削減にあたり、まず目指したのが捕獲率100%とコストを可能な限り抑えるという所です。 マスターボールが非常に高価になってしまう原因の一つが捕獲する対象となるポケモンのリラクゼーションシステムが一番大きな要因です。 リラクゼーションシステムには捕獲するポケモンの精神を安定させ、パートナーとしての信頼感を与えるシステムです。 それによりポケモンを必ず捕獲することができます。 しかし、今回我々が開発したカオスボールはリラクゼーションシステムを取り除き、尚且つ捕獲率100%を可能にしました。 それが我々が新たに開発したシステム、『ブレインウォッシュシステム』です。 このシステムにより、ポケモンは捕獲された後、システムにより洗脳、その後特殊な処置により確実に従順なポケモンにします。 ただ若干このシステムには欠点があり、捕獲したポケモンは確実に機械的な動きになってしまいます。 恐らく、精神の崩壊を起こし、その後洗脳を施すためと思われます。 しかし、皆様に使用していただくにあたってこちらは問題が無いと思われたのでこれ以上のコスト増加を防ぐためにこれで完成系としました。 何かご質問はありますでしょうか?」 説明を終えたその男はその場にいる全員に質問した。 彼が説明した物は誰がどう考えても異質な、存在してはならないような物だ。 しかし、その科学者のような男は平然と説明してみせ、さらにはそれを傍聴していた者も誰一人として異議を唱え無かったのだ。 それどころか人によってはその存在を嬉々としている者もいた。 ここまで言えば皆も分かるだろう。 彼らは異質な存在なのだ。 平然と彼らはその男が見せたボールの市場価格を聞いたり、その後死に至るような副作用がないかなどということしか聞いていないのだ。 彼らにとってポケモンとはそれほどの価値でしかない、それほどの価値でしか見ていないのだ。 そのまま一通り説明を終えると、彼は次の開発した道具の説明へと移ろうとしたが 「待ちたまえ、今回我々がここに来たのはそんなくだらん玩具を見に来たわけではない。分かっているだろう?」 そこにいた身なりのいい男の内の一人がそう切り出した。 どうやらこの場にいる全員が彼の切り出した話題が目当てだったようで、一瞬にして眼つきが変わった。 研究者の方もそこまで想定していたのだろう。 「分かりました…。それでは残る開発品の説明は後回しにして、先に今回の最大の研究成果である『エヴォリューション計画』の今回の収穫を……」 そう言い、鞄へと手を伸ばした。 ---- **絶望のはじまり [#h6c7d595] 『今度は何処へ連れて行かれるのだろう……』 そんな一抹の不安を抱えたイーブイが一匹、目隠しをされ、さらに厳重な拘束を受け身動きできないようにされたまま運ばれていた。 そのイーブイは以前、他の場所にいた。 しかし、拘束され、移動させられる前に居た場所も今の状況とさほど変わりはない。 「被検体No,004889217……ここだな」 イーブイを運んでいた男はそう呟き、そのイーブイを無数に並ぶ檻の内の一つに入れた。 そう、このイーブイは被検体……つまり実験動物のような存在なのだ。 ここへ連れてこられる前は、このイーブイはただひたすらに強さを求められ、生まれてきたその日から命懸けの特訓を強いられていた。 相手は常に自分よりも圧倒的に強い相手。 勝ち目がない相手に分かっていても挑み、そして負け、死んでしまうのではないだろうかそう思う一歩手前まで追い詰める致命傷を与えられながら戦い続けていた。 勿論献身的な傷の手当てなど存在しない。 機械に入れられ、ただ瞬時に傷を治すとまた次の相手と戦う…そんな日々を送っていた。 幼い内から何年もそんなことを繰り返していたためか、お陰でそこらにいるポケモンよりは強く、そして死に対する覚悟も十分に整っていた。 悪い言い方をすればそれだけすれていたとも言えるが、その言葉はこのイーブイには不似合いだ。 こんな境遇に置かれていてもそのイーブイは必死に生きていた。 生きていることに感謝しながら……。 目隠しや拘束具を外されるとそこはイーブイ一匹のためには少しばかり広すぎる檻だった。 男が立ち去るのを足音で聞いたがイーブイは振り返ることさえできなかった。 扉を閉める音さえも聞こえないが、振り向こうとすればジャリジャリと鎖がコンクリートの床に擦れる音が聞こえ、その後すぐにガシャンとこれ以上の鎖にゆとりがないのを告げる音が響いた。 前足も後ろ足にも枷がかけられており、それから鎖が四方に向かって伸びていた。 僅かに足を上下したり左右にずらすことはできるが、体ごと移動できるようなゆとりは全くない。 『鎖に繋がれてる……。私……やっぱり悪いことしちゃったんだ……』 前足に繋がる枷を見てイーブイはその大きく長い耳を垂れながら落ち込んでいた。 ここに連れてこられる少し前、イーブイはいつものように命懸けの戦いをしていた。 だがそんな時、イーブイはなんとその自分よりも強かったはずの敵を返り討ちにしてしまったのだ。 相手はヘルガー、体格で言うならイーブイの何倍もの大きさがある相手だ。 そんな相手がいつの間にか血の海に沈んでいた。 死にたくない、その一心で戦っていたため、自分が一体何をしてどうやってそんな状況になったのか覚えていなかった。 だが 「おぉ! 素晴らしい! 今年は優秀な遺伝子がさらに増えたようだな」 一人の男が拍手をしながらその光景を眺めていた。 その直後彼女はここへと運ばれてきたのだ。 イーブイには人の言葉は分からない。 そのため、自分が『優秀な遺伝子』であるとは微塵も思っていないのだ。 ポケモンは決して人の言葉を理解しているわけではない。 そういった機能はモンスターボールに付いているものであってポケモンが持っている知能ではない。 野生でも必死に生き残るために言葉を覚える者もいるが、希なケースだ。 このイーブイも確かに生きるために必死だったが、それは目の前の死を乗り切るためであり、人に縋るためではなかった。 縋れる人間など見たこともなかった。 イーブイは強い。 だが知らない事が多すぎる。 力はそのまま生きる強さだが、無知は生き長らえる上では弱さになる。 暫く落ち込み、する必要もない反省をしていたイーブイの元に何者かが訪れた。 「誰!?」 日頃から死線を切り抜けていたイーブイは僅かな足音からすぐにその存在に気付いた。 だが、拘束されたままでは後ろにある入口の方を確認することはできない。 必死に敵の姿を確認しようとしても繋がれた四肢からジャリジャリと嫌な金属音を立てるだけだった。 『やっぱり殺されるのか……』 どうしようもないこの状況に覚悟を決め、ただ静かにその時を待った。 だがその存在は急にイーブイへと伸し掛って来た。 「え!? 何!」 何が起きているのか、何をされているのかイーブイには理解できず戸惑っていた。 だがその直後、すぐに理解させられた。 下腹部に熱い何かが擦りつけられているのが嫌なほどよく理解できた。 それはイーブイの秘部や近くの毛に擦りつけられ、僅かながらイーブイに初めての甘美なる刺激を与えていた。 「んっ……!」 その熱い物が自らの秘部に擦りつけられる度に、口から自分でも初めて聞く甘い声を漏らしていた。 今まで一度も味わったことのない、痛み以外の感覚は、彼女には少しばかり刺激が強かった。 気が付けば擦りつけられていただけのはずなのに、秘部からはクチュリと滑らかな水音が聞こえていた。 イーブイは本能的に理解した。 今、自分が交尾をされそうになっていることを。 だが抵抗することもできない、いや、イーブイには抵抗する意思はなかった。 できるなら好きなポケモンを見つけ、そのポケモンとつがいになり愛を育んで行きたかった。 だが生まれてから今まで、一度たりとも経験したことのなかったその快感は、今の彼女には耐え難い極上の刺激だった。 自分の上に覆い被さっているポケモンの僅かに荒い息が聞こえ始めた。 既に相手のモノも自らの秘部の周りの毛も十分に濡れていた。 今なら初めてだったとしてもそこまで痛みは伴わないだろう。 相手に心があれば……。 次の瞬間、熱いモノが自らの秘部へと突き刺さり、彼女が待ったの声を上げるよりも早く膜を突き破り、一番奥へと無理やりねじ込んだ。 途端に今までの快感は何処かへと吹き飛び、脳の奥、鼓膜の裏側から響くようなブチブチッという初めてを失う音が大きな音で響いていた。 あまりの痛みに悲鳴は声にならず、ただ溢れる涙と共に声にならずに口から漏れ出した。 だが、上にいるそいつからは優しさは微塵も感じられなかった。 彼女が痛みに悶え、今にも気を失いかけていたのにも関わらず、その間もただ乱雑に腰を振り続けていた。 そこに快感はなかった。 痛みと、熱いモノが無理やりまだ何も受け付けたことのない小さな秘部を無理やり押し広げ、内蔵を押しのけながら進むその気味の悪い感触に支配されていた。 秘部が裂ける程ではなかったにしろ、彼女にとっては全身が細切れにされるような痛みだった。 体の中を未だ高速で出入りするその異物の感覚に遂に彼女は吐き気を催し、碌に貰えない僅かな食料を吐き戻していた。 だが、それでも止まらない。 ただ精を吐き出すために上のオスは無茶苦茶に腰を振っていた。 吐き戻したためにただでさえ足りていない酸素がさらに不足し、ただ朦朧とした意識の中、行為が終わるのをただひたすらに待ち続けた。 『終われば解放される……』 そう信じて……。 そのままさらに腰の動きを早くし、結局彼女に快感が訪れる間もなく精を全て彼女の中に吐き出していた。 異物が体の中を蠢く感覚がようやく終わったと思ったら、今度は体の中にへばりつく様な熱い物の感覚。 引き抜かれた直後に収まりきらない精液は唯一の出口から溢れ出していた。 足元のすえた臭いと精液独特の臭いで、鼻の敏感な彼女はまた吐き出していた。 そのまま、身動きの取れない彼女は、自らの汚物の上にへたり込むしか道はなかった。 初めて味わった屈辱だった。 痛みよりも悔しさで涙が止まらなかった。 ひとしきり声を殺して泣き続けたが、体に現れた変化で彼女の涙は止まった。 ポケモンは受精から産卵までが異様に早い。 それはこの世界の生存競争の厳しさを物語っているのだろう。 イーブイは自分のお腹が僅かに膨らんだのに気が付いた。 『赤ちゃん……生まれちゃうんだ……。ごめんね……』 腑甲斐なくてそんな言葉を自分の中で、生まれてくるであろう子供に言い聞かせていた。 こんな所で産み落とされれば、確実に殺されるか、自分の様な道を辿るだろう。 だが、生まれる命に罪はない。 どうかせめて同じ道を辿ったとしても生きてもらいたかった。 そんな切実な願いを込めながら、初めての陣痛が訪れていた。 とはいえ、哺乳類のそれとは違い、完成した卵が排卵されるのを促す物だ。 腹部にゆっくりと力を込めると、お腹の中にある大きな物が少しずつ下にずれていくのがよく分かった。 何度も力み、大きく息を吸い込みながら腹部の緊張をほぐし、少しずつ少しずつ体の外へとその新たな命を送り出していた。 先ほどよりもさらに大きな卵はさらに自分の内蔵を遠くへ押し、小さな体には似合わないほど大きな物が自分の中を下っているような感じがした。 そしてようやく秘部からヌルリと滑り出すように卵が産まれた。 犯されたことと、吐き出したこと、そして初めての産卵でイーブイはすっかり体力を消耗しきっていた。 そのまま微睡む意識の中、卵の無事だけを祈りながら眠りにつこうとしたが、 「う、嘘……。嫌……やめて……!」 恐らく、先程とは違う個体だろう。 それが彼女に休む間もなく覆い被さった。 彼女の言葉はポケモンなら理解できるはずだった。 だが、そいつは一片の情も持ち合わせていないのか、そんな彼女の懇願を無視し、また乱雑に行為を始めた…。 **ここでのルール [#gb5e267b] いつの間にか眠っていたのだろう。 意識を取り戻したイーブイは同時に様々な苦痛を味わった。 まずは身体の激痛。 途中からは殆ど覚えていないが、恐らくあの後も同じかそれ以上の酷い扱いを受け続けたのだろう。 体中が筋肉痛で痛い。 さらには下腹部に残る裂かれたような痛みと熱さだ。 それを確認することも休めることさえも許さぬ鉄の枷は、今だけは痛みや火照りを和らげる役割を少しながら担ってくれていた。 そして次に酷い臭気だ。 吐き戻した吐瀉物は以前言ったように碌に食事を摂っていないもの。 その成分はほとんどが胃液の為、酷い酸の臭いが立ち込めていた。 さらにそれに混ざるように海辺に打ち捨てられた烏賊のような生臭い臭い。 個々でも酷い匂いであるにも関わらず、それが混ざり合っているのだ。 気分を悪くし、また戻しそうになるが、既に吐き出す物も吐き出す体力も残っていなかった。 意外にも吐く、という行動はかなり体力を奪う。 あまりにも体力を消耗しすぎた今のイーブイにはそれすらできない状況だった。 最後に精神的な苦痛。 乱雑に初めてを奪われ、その後心を癒す間も無く次々と襲われた。 だが、これが今のイーブイにとって一番痛くない痛みだった。 達観にも取れるが、それはただの諦め、既にこうなるであろうことを予測していたからだ。 それでも決して心に傷が残らないわけではない。 だがもう涙を流すのも疲れていた。 そんな心痛よりも生まれてしまった、産んでしまった自分の子供のことを考えると断腸の思い……いや、身を引き裂かれるよりも辛い痛みだった。 尻尾を振って周りに転がっているはずの卵を探したが、やはり見当たらなかった。 捨てられたか、自分と同じく生まれると同時に自分のような人生を送るのか……。 どちらにしろ結末だけは分かってしまう。 そう思うと枯れ果てた涙がスッと地面へ向かって一筋、流れ出した。 出来ることなら今すぐにでも死にたい。 だが四肢は鎖で繋がれ自由など無い。 さらには眠っている間に付けられたのだろう、口にもいつの間にか拘束具が付けられ舌を噛んで死ぬことすら許されなくなっていた。 ならばこのまま衰弱死することを待つだけだ。 どちらにしろこれが彼女の思う相応の処置ならばこのまま殺されるであろう。 そう思っていたが、彼女の見解と彼女の被検体として見ていた人間との考えでは相違があった。 そうとも知らずに彼女は疲れ果て、動けぬ体を少しでも癒すためにもう一度眠りについた。 ―――― 「……い。おーい。起きろー」 虚ろな意識の遠くから声が聞こえた気がした。 自分以外の声を聞いたのは生まれてから今まで、片手で数えられるほどしかない。 そんな遠い記憶を呼び覚ましながら夢現ともう一度寝入ろうとしたが 「新入り、飯食っとかないと知らないぞ」 その声は夢などではなく、間違いなく今の自分に話しかけているようだ。 目を開けるとそこは先程まで自分の居た場所とはまた違う場所だった。 檻の中であることに変わりはなかったが、彼女にとってこの変化はあまり望ましいものではなかった。 「あなた達……誰!? 」 そう言い、まだ節々の痛む体で飛び起き、目の前の彼らと戦える準備をした。 目の前にいたのはオスのイーブイ。 下手をすると眠っている間にも犯されている可能性がある。 だが、意識があるのであればそれ以上は彼女のプライドが許さなかった。 「あー……。大丈夫大丈夫。襲ったりなんかはしないから。どうせ俺らもそっち側だからな」 だが、返ってきた答えは彼女の予想していなかったものだった。 とはいえこちらを油断させるための作戦かもしれない。 彼女はそのまま気を抜かずに身構えていたが 「お前ここに来たの今日だろ? だったら知らないかもしれないけど名前とかある?」 そんな様子の彼女にお構いなく、彼は全く別の質問をした。 当たり前だが彼女に名前はない。 名前で呼ばれる必要もなく、名前を自分で考える必要もないからだ。 自分という存在を自分が認識できればそれで十分だったため、今まで名前を考えたことすらなかった。 そのまま彼女は黙って彼を睨みつけていると 「睨むなよ。別に慣れてるからいいけど……。おーい、みんなー彼女の名前決めてあげようぜー」 彼はじっと睨みつける彼女にそんな皮肉を言った後、後ろで食事を摂っていたイーブイ達に声を掛けた。 だが、誰からも返答が無く、ただ無我夢中でそのご馳走に食らいついていた。 「あはは……。まあいいや。君も食べとかないと知らないよ。この後どうなっても」 彼は苦笑いしながら彼女にそう言ったが、 「この後、どうされても。の間違いじゃないの?」 決して彼女はまだ彼の事を信用したわけではない。 彼女なりの牽制を打ったが、彼はやれやれといった様子で首を振り、皆が食事をしている中へと混ざった。 口では彼女も強気だが、内心他にイーブイが現れたことはとても嬉しかった。 そしてそのイーブイが『自分と同じ立場』であると言ったこと、そして久し振りに落ち着いて会話することができたことに。 勿論、お腹も空いている。 あまりにも体力を消耗しすぎていてお腹は本当に凹んでいるような気がする程だ。 結局、警戒しながら近づいたが、全員彼女には無関心なようで、必死に食べ続けていた。 食欲には勝てない。 彼女もすぐにその餌場に顔を埋め、貪るように食べ始めた。 『……美味しい』 初めてそう感じた。 口から言葉さえ漏れそうなほどだったが、それは食欲によって口いっぱいにほうばられた餌によって阻止された。 今まで食べていた食事はよく分からない白い塊が一つ、その横にあまり衛生的でない水がタンク式で供給されているだけだった。 味もなく、ただガリガリとした食感があるだけのそれは本当に食事というものを苦痛にさせるだけだった。 だが今彼女や他のイーブイ達が食べているこの食事は違った。 楕円の形をした茶褐色の固形物、しかし噛めば簡単に崩れるような柔らかい素材だ。 そして砕くとフワッと香る様々な食材の香り。 その食材の香り一つ一つが決してほかの匂いを邪魔せず、互いに協調しあうその匂いはさながら旨みを凝縮したスープのような芳醇な香りだ。 味も申し分ない。 口に運ぶと一度噛めばふんわりと味が口内に広がり、二度噛めば唾液が止めど無く溢れ、三度噛めば飲み込むのさえ躊躇われる程の満足感を与えてくれた。 気付けば空きすぎて鳴ることを忘れていたお腹が満たされてるほど、彼女は無我夢中で食べていた。 「おいおい。あんまり食いすぎると逃げられなくなるぞ」 横にいた先程のイーブイとは別のイーブイが彼女にそう促した。 彼女もその言葉に従いたかったが、止まらない。 初めて感じた充足感に彼女の本能は忠実だった。 それから十数分後、ようやく彼女は食事を終えた。 いや、食事を続けることができなくなっていた。 いくら食欲が収まらないといっても、体には入る容量が決められている。 ようやくお腹が満たされ落ち着いて今、自分が置かれている状況をゆっくりと確認することができた。 どうやらこの檻は自分以外にも他に9匹のイーブイがいるようだ。 それらが全てオスではなく、彼女自身を含め、オス5匹、メス5匹となっていた。 他にもメスがいたことによって最初に話しかけてきた彼の言葉が信用できるようになった。 衛生環境も以前自分がいた場所よりも遥かに良かった。 最初に自分がいた場所はイーブイ1匹がギリギリ中でくつろげるサイズだ。 とはいえ実際にはくつろげるような代物ではなかった。 目の前の鉄柵以外は全てコンクリート張り。 糞尿の処理を行う場所すらなく、体を洗う場所もなかった。 唯一の飲料用の不衛生な水はあまりにも口が小さすぎて体を洗うのには適さなかった。 だが、今のこの場所は水も衛生的で、給水器式になっているため水が汚れる心配もなかった。 さらに前面が鉄柵、残りがコンクリート張りであることに変わりはないが、至る所に綺麗な毛布が置かれていた。 さらに隅の方には小さめのプールがあり、ここで体を洗うことができるようだ。 彼女自身も本来、吐瀉物と精液にまみれ、今までの汚れが蓄積して汚かったはずなのに、ここに移動される際に洗われたのか体はとても綺麗になっていた。 先程まで彼女達が食べていた食事も何処かから供給されているのか壁の窪みからなくなる度にコロコロと転がり出してきていた。 まとり図で言うなら正面が鉄柵、左側に餌場と給水器、右側にプール、奥の方に毛布が点在している。 広さも10匹で十分過ぎる程の広さだ。 「どうだ? 新入り。落ち着いたか?」 最初に話しかけてきたイーブイがまた彼女に話しかけてきた。 しかし、ある程度警戒心の解けた彼女は今度は彼と話をした。 「ええ。さっきはごめんなさい」 そう言うと彼は笑っていた。 「大丈夫。俺はお人好しだから。嫌われるのにも慣れてるけど、それでもしつこくコミュニケーションはとるよ」 そう、彼は自傷気味に自分がどんな正確であるのかを説明した。 そんな彼の態度や笑顔が嬉しくて気が付けば彼女もいつの間にか笑っていた。 生まれて初めてだった。 笑う余裕もなければ、そんな場面に出会す事もなかった。 だからこそ相手のことはよく分からなくても、ここまで安心できてのかもしれない。 「おーい! みんなー! 自己紹介ついでに名前決めてやってくれよ」 彼がそう言うと文句を言う者もいたが、結局なんだかんだ言って全員集まっていた。 「よし! みんな集まった! とりあえず俺がヒヨシ。お人好しだからヒヨシだって覚えてくれればいいよ」 そう言い、ここにいる全員の中で最も陽気なイーブイが真っ先に自己紹介をした。 彼、ヒヨシは目覚めてから今までで一番彼女に話しかけていた。 そして極めて笑顔も多いため彼女の中では一番覚えやすい存在だった。 「私はイブ。よろしくね!」 次に自己紹介したイーブイ、イブはとても可愛らしい声でそう言った。 笑顔も明るく、思わず彼女も広角が緩んでいた。 他の女性の反応を見れたのは彼女としてはとても落ち着けるものだ。 ここが間違いなくみんなで協力してここで生活しているのが目を見ればある程度分かるからだ。 「次は僕でいいかな?僕はシフル。よろしくね……ってそういえばまだ名前が無いんだったね」 次に名乗り出たイーブイ、シフルはとても爽やかな笑顔で彼女に挨拶をした。 まだ彼女に名前が無いことに若干戸惑いはしたが、それでも出来る限り彼女に優しく接した。 「ノエルよ。よろしく」 ノエルと名乗ったイーブイはあまり印象としてはよく感じられなかった。 前のメンバーとは違い、彼女は含み笑いもなく社交的な挨拶だったためだろう。 別にここは社交場ではない。 檻の中だ。 こういった場所では協力や協調性が大事だが、その一言と共にすぐにその場を離れた彼女からはそういったものがあるようには感じられなかった。 「カワードです……。よろしく……」 次に自己紹介をしてきたイーブイ、カワードはとても控えめな挨拶だった。 表情にも何処か頼りがなく、ここにいるイーブイの中で一番静かな印象を受けた。 彼女も既に警戒を解いていたはずなのにも関わらず、彼は目を合わせて話そうとはしなかった。 続けざまに二人、これほどに頼れなさそうな人物が来ればあまりいい気分ではない。 「ジュンでーす! よろしくね! ……イーブイちゃん」 ヒヨシに負けず劣らずの元気さで挨拶をしたのはジュンというイーブイだった。 耳や尻尾も振り回し、元気さの塊のような様子を見せたジュンはまだ名前のない彼女を呼ぼうとして結局種族名で読んでいた。 それではここにいる全てのイーブイが当てはまってしまうが、現在、名前が無いのは彼女だけだ。 誰が呼ばれたかは二人称であるとすぐに分かる。 「クロノだ。よろしくな」 続いて名乗ったのがクロノというイーブイ。 印象は可もなく不可もなく。 差し障りのない感じといったところだ。 普通なら印象に残りにくいのだが、ここまで個性派のイーブイが揃えば逆に覚えやすいほどだ。 「私はカシャよ。よろしく」 カシャと名乗ったイーブイはそう言うと、含み笑いを見せてみた。 印象としては悪くはないが、あまり友人や友好的な関係を築けるようには感じにくいオーラを放っている。 それは彼女が女性だからそう思っているのかもしれないが、既に紹介を終え、一歩引いた彼女からは既に読み取れなくなっていた。 「ほら! ヒルドも自己紹介しなよ!」 そうヒヨシが奥の方で顰め面で座っているイーブイに話を振った。 ヒルドと呼ばれたそのイーブイは全体的にここにいる他のイーブイと雰囲気が全く違った。 「馬鹿らしい……。さっさと名前付ければ終わる話だろ」 彼は彼女の元に集まっているイーブイ達に視線を送り、そう一蹴してまた瞼を閉じた。 なんと言えばいいのだろうか……ヒルドはイーブイとは思えないほど威圧的なオーラに満ちていた。 恐らく要因の一つが彼の身体的特徴だろう。 イーブイは種族柄、尖った長い耳が特長だ。 だが、ヒルドは右耳が途中で無くなっているのだ。 左耳と比べてもおおよそ半分ほどの位置、そこで切れた耳の傷跡は昨日今日のような新しい傷ではないのが分かるほど既に馴染んでいた。 そして右目を中心に大きく斜め上から真っ直ぐに抜ける顔面の傷がさらにその威圧感を増しているのだろう。 右目はその傷によるものなのか完全に潰れているようだ。 顔の傷も同じくかなり古い傷のようで肌の色が見えるイーブイは珍しいがそれも気にならないほどだ。 その容姿にこの言動があるため彼は嫌われているのかと思ったが、そういうわけではないようだ。 「俺はヒルドだ。ま、折角名前貰って今日死なないようにだけ注意しときな」 彼も彼女のことは歓迎しているのかは分からないが、一応彼女の身は気遣ってくれていた。 「分かってますよ。私だってせっかく生き残れたのに死にたくはないんで」 彼女もヒルドの物言いに強気で答えた。 当たり前だ、新入りだからといって舐められたくない。 彼女もここに来る以前の施設では死なないようにするために必死で強くなったのだから。 「生意気だな……。まあ、そのくらいじゃないとここでは生きていけないからな……」 そう言うとヒルドはうっすらと笑った。 発言も少なく、あまり周りのイーブイ達と行動を共にしようとしない辺りはまさに一匹狼のような存在だが、彼は彼女の事が気に入ったのか、その会話に混ざりこんでいた。 彼が印象で言えば一番掴めないタイプだった。 「よし! 紹介も終わったし、早速彼女に名前を考えてあげよう! まあ自分で名前を決めてもいいんだけどね」 全員の自己紹介が終わった時点でヒヨシがそう全員に向かってそう切り出した。 今まで彼女には名前が無かった、いや必要がなかった。 しかし、ここではなぜ必要になるのか。 「名前ならみんなが決めてくれていいわ。みんなが呼ぶ名前だし」 それは今の彼女にはまだ分からなかったが、最低限彼女を他のイーブイ達が呼び分けるためには必要だろう。 そう解釈することにした。 みんなで決めていいと言われたため、みな彼女のために必死に考え始めた。 だが、元々彼らは明るい性格が多いためすぐに喧々諤々((様々な意見が飛び交う様))とし始めた。 「お前はいいのか? 自分の名前を見ず知らずの奴らに決められても」 少し輪から離れ、遠くの方で腰を下ろし休んでいた彼女にヒルドが声を掛けた。 彼の問はあながち間違いではないだろう。 自分の名前というものに無頓着な彼女からすればなんということはないが、名前とは一生付き合うものだ。 焼豚とでも名前を付けられたがために一生を自暴自棄に生きるようなポケモンが存在する((決してポカブをdisっているわけではない))ほどに大事なものだ。 「別に構わないわ。私はなんて呼ばれても構わないし、みんなが呼びやすい方がいいでしょ? 」 彼女は先程と変わらない答えをヒルドにも返したが、ヒルドはあまりいい顔をしてはいなかった。 「別にお前がそんな調子なら構わんがな……。一応、お前は気に入っている。初日から死なないぐらいの知識は教えといてやる」 彼はそう言い、説明を始めた。 「ここが何処なのかは俺にも分からん。だが、ここには俺達を含めても数千か数万のイーブイがいる。 そして毎日、ある時間になるとこの目の前の檻が開放され、とあるゲームが始まる」 「ゲーム? ……ってなに?」 彼女は聞き慣れないゲームという言葉にすぐに質問を投げかけた。 いや、彼女は『ゲーム』という言葉の意味を知らない。 故にただ単にその言葉の意味が気になっただけだ。 ヒルドは彼女の問いに対し、『特に意味はない』と答えそのまま説明を続けた。 「なんの目的があるかは知らないが、俺達のような囚われの身のイーブイが解放されると同時に心を持たないただの狩人も放たれる。 だが、そいつらの目的は俺達の命を奪うことではない。例え間接的に死んだとしてもな。 そいつらは俺達、イーブイの進化系だ。 そして奴らの目的は……男女問わず、イーブイを犯すことだ。」 ヒルドのその言葉を聞くと同時に彼女は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。 恐らく、口では強がって見せても少し前の犯された記憶を思い出してしまったのだろう。 当たり前だ、それで平常心を保っているのなら既に精神が壊れたかただの痴女だ。 彼女の表情の変化にもヒルドは気付いていた。 「だが、これは奴らからすればただのゲームだ。制限時間も設けられている。 その時間、逃げ切れば何事も無く、ここに戻って来れる。 例え犯されたとしても終了時間まで腹上死しないか精神が壊れなければここには戻って来れる」 「そこまでして何故わざわざまたここまで囚われに来るの?そのまま逃げ出せば早いじゃない」 ヒルドの説明に彼女は素早く疑問を投げかけた。 確かに彼女の言う通り、わざわざここにもう一度囚われに来る利点が無い。 彼の説明通りなら、次の日もまた同じ事が繰り返されるのだから。 「確かにな。だがここから逃げ出すことは無理だと考えたほうがいい。 このイーブイが管理されている場所を抜け出した奴は今まで居ない。 噂じゃ唸り声を聞いたという奴が居るから恐らく、外にはここに来る奴よりもよほどヤバイのが外に居るんだろう。 それに……俺からすればここで日々逃げ続けていた方が楽だ。 飯もある、寝床もある、少しばかり五月蝿いのが居るが、気にしなきゃうまくやっていける。 危険を冒してまでここから出る必要が無い」 ヒルドはそう言い、少しの間を空けてから深いため息を吐いた。 「ねえ、その『ソト』ってここよりも本当に嫌な場所なの?」 一通り説明を終え、一息ついていたヒルドに彼女はそんな質問をした。 彼女にとってはなんでもないただの疑問だった。 だが…… 「此処の方が百倍はいい。 自分勝手な人間も居なければ、今日明日死ぬかもしれないような過酷な生活をする必要も無い。 それに……もう俺は人間を見たくない」 彼は彼女の質問を全面的に是という答えで返した。 その口振りから察するに、彼は恐らく外を知っているのだろう。 だが、それを知らない彼女はただ 「そう……ごめんなさい……」 長い耳を垂らしてそう言った。 彼女からしても『人間』という存在はあまり見たくないものだった。 彼女はこの施設の人間しか知らないが、彼らは皆同じ白い服に身を包み、彼女や他のイーブイを物の様に扱っていた。 例えどれほど血みどろになり、助けを求めたとしてもなにもせず、ただ何か遠くで話をするだけだった。 そして『人間』が話をすると必ず今までよりも酷い事が起こるのが目に見えていたからだ。 彼の言う通りならば『ソト』という場所はここよりもさらに劣悪な場所なのだろう。 そう思い、彼女の中にあった小さな希望はそっと消えた。 「おーい! 君の名前が決まったよ!」 そんな声が聞こえ、振り向くととても嬉しそうな笑顔を見せるヒヨシがこちらへ手を振っていた((前足のこと))。 『今は……ここで生きることだけを考えよう……』 彼女はそう心の中で呟き、彼らの方へと歩いて行った。 どうなっているのかも分からない世界へ行くのなら、例え偽善であったとしても自分を慕う者がいるここの方がいい。 そんな彼女の不安な笑顔を拭うように 「ニイナ。君の名前はニイナに決まったよ!」 彼らの優しい笑顔と新たな自分の名前を貰った。 **絶望と悪夢と欲望と 前編 [#m7cc0f64] 彼らにもようやくの連帯感が現れたところで、無情にもその音は響き渡った。 ウゥゥゥゥ…………。 遠く、空襲警報にも似たその悲しき反響音は中央の広い空間に響き渡り、彼らのような囚われたイーブイたちの檻の中へも響き渡っていた。 そしてその音をかき消すように重く冷たい鉄格子が軋む金属音と独特なモーターの昇降音が響き渡り、彼らの前にあった自由を断つ枠を取り払った。 だが彼らにとってはそれは惨劇の始まりを意味する。 いや……快楽の坩堝。 そういった方が本来は正しいのだろう。 格子がまだ上がりきる前から彼らは一目散にその狭い隙間へ身を屈めながら通り抜け、広い世界へと逃げ出した。 「ニイナ! ひとまず大事なことだけ頭に叩き込んでおいてくれ!」 そう叫び、モーター音に負けないように大声で彼女に続けて 「一つ目に絶対にあいつらに触るな! 二つ目に誰かが襲われても絶対に助けるな! 三つ目にたとえ捕まっても最後まで自分を保て! 最後に……絶対に生きて帰って来い」 そう言うと確認を撮る間もなく彼も走り出した。 制限時間も分からない、ルールもない、本当のデスゲームの始まりを彼らの緊迫した空気から理解できた。 ニイナ自身も改めて心に誓った。 せめて、こんな世界でも生き残ると……。 そう心に誓うと、自然と足は動き出していた。 見たこともない、知りもしない謎の敵からの逃走を自然と行っていた。 普通なら有り得ない事だろう。 まず、それがどんな相手なのか知らなければそれから『逃げる』という行動をとることができない。 君たちは鬼ごっこで誰が鬼なのかも知らずに逃げることができるだろうか? 出来たとしても恐らく、目に映る全てを疑ってかからなければならない。 だが、彼女は知っていた。 イーブイの進化系、それとはここに来る前に毎日のように死闘を繰り広げていたのだから嫌でも覚えている。 相手の正体さえ分かれば逃げるのは容易い事だが、これがそう簡単にいかないのがこのゲームだった。 ―――― 「やめてェ……!! さっ……き……! さっきイッたばか……り! なのぉ!」 そんな絶頂に悶えながらも許しを懇願する声が何処からか聞こえてきた。 その声にすぐに気が付き、ニイナは足を止めた。 声の聞こえる方向からして恐らく、彼女が向かっていた方向だろう。 壁から向こう側に居るであろう目合う二人にばれぬ様にそっと様子を窺った。 そこには激しく腰を打ちつけ、グチュグチュと卑猥な水音を立てる二匹が居た。 その光景にニイナはただただ言葉を失っていた。 その機械的にただ腰を振るブラッキーにではない。 その下に居た顔を涙と涎でグチャグチャにした恍惚の表情を浮かべるイーブイにだった。 その顔には恐らく先程の彼女の声から推測するに、とうに限界を超えた快楽を味わう顔だった。 だが、その顔には間違いなく犯されているのにも関わらず、拒否という感情は見て取れなかった。 まるで心の底からそのただ犯し続けるブラッキーを最愛の人でも見るかのようにうっとりとした表情で眺めているようにも見えた。 だからこそ理解できなかった。 その終始の光景に。 ラストスパートとでも言わん限りの速さでブラッキーはただひたすらに腰を振っていた。 耐え切れなくなったのか、イーブイは絶命の悲鳴にも似た声を上げ、また絶頂に達したようだ。 するとブラッキーの動きが急に止まり、彼女の小さな体では受け止めきれなかった精液が狭い膣道を逆流し、ブビュル! という音と共に地面へと滴り落ちていた。 それと同時に今までの熱愛が嘘だったかのようにブラッキーはまだ収まりきらないモノをブラブラと揺らしながら何処かへと走り去っていった。 こちらへと走ってこなかった分、救いだがそれでも危険であることに変わりは無い。 いつバレてもおかしくはない状況だが、それ以上にニイナは気になった。 何故、あれほどまでに優しいヒヨシが『決して犯された者を助けるな』と言ったのかが……。 そのまま打ち捨てられたようにその場に伸びきっていた彼女はそのまま荒い息でその余韻を味わっているかのようだった。 そしてそれからものの数分、息を荒くしだしたかと思ったらあっという間に卵を一つ産み落としていた。 そしてあろう事か他のイーブイの進化系、シャワーズがすぐに彼女に覆いかぶさったのだ。 だがそこもニイナにしてみれば驚くところではなかった。 問題は卵を産んだばかりである彼女が自ら腰を振ってシャワーズを誘っていたことだった。 それこそが一番理解できないことだった。 間違いなく彼女は犯されていた。 にも拘らず、卵を産み落とすと同時に彼女は自分を犯しに来たシャワーズを受け入れるどころか自ら招いたのだ。 勿論そのシャワーズにも感情は見て取れなかった。 また始まる機械的な交尾はニイナに記憶の奥底に沈めていた物が呼び出され、少なからず嫌悪感を抱いた。 だが、彼らイーブイの進化系には一つだけ法則があることにも気が付いた。 それは『決して卵を産み終わるまでは犯さない』ことだった。 数分、それだけの時間があればあれほどに目立つ広い広場の真ん中で伸びきったイーブイ一匹など目を凝らさなくても分かる。 現にシャワーズは開放されてから暫く経たないうちに現れた。 そして卵を産んだのを確認すると同時に犯し始めたのだ。 そうなると一つ矛盾が生まれる。 もし、彼らの目的がイーブイに卵を産ませることであれば、これほどの間隔で交尾を行うのはおかしい。 卵を産むのは母体である雌だ。 産ませることが目的であるのならば母体であるイーブイの体力を著しく消耗するような行為は避けるべきだ。 そうでなければ交尾を連続で行い続ければ確実に絶命する。 そんな理解に苦しむ彼らの行動理念を必死に自分の世界の定義に当てはめようとニイナは必死に考えていた。 だが、そんな彼女にも忍び寄る姿が彼女の後ろにあった……。 **挿話 商品No,12 メロメロスプレー [#g0002151] 「それではお次に紹介いたしますのはこちら! 商品No,12『メロメロスプレー』!」 「ふざけるのはそこまでにしたまえ。我々も暇ではないのだ」 テレビショッピングのように軽快に喋り始めた男を客の中の一人が冷めた言葉で返した。 そこに並ぶ人はみな身だしなみをきちんと整え、それなりに上流階級であることが窺えた。 それと同時にあまりにも厳重な警備やそれぞれ重鎮と思われる者の傍につく強面のガードマンたち。 それらによって彼らがただの上流階級でないことも容易に想像ができた。 商品の紹介をしていた男は小さく咳払いをし 「では改めまして……こちらの商品は以前より開発の希望を申し出されていたブリーダーズショップの方々のための商品と言っても過言ではないでしょう。 今回の商品は特性、メロメロボディの科学的効果や化学成分などを長年の研究によって独自に解明し、その特性を噴射型のスプレーという形で実現したポケモンの道具となります。 効果は強力で、一度振りかければきちんと専用の溶液で洗い流さない限り決して落ちません。 効果は物理的に接触してきた相手に対し有効になります。 言うなれば誘惑フェロモンや、催淫フェロモンのような効能で、接触した相手に1バトル終わるまでの間ほどの短いメロメロ効果を与えます。 本来ならば商品として公に公表しても大丈夫な商品なのですが……」 彼がそこまで言うと、メガネの位置を直し 「僅かばかり問題があるため公表を断念いたしました」 そう続けた。 彼の言葉が止まると少しの間、それを傍聴していた客たちの間でざわめきが起きた。 正直な話、彼らの話は商品を紹介した男に対し失礼極まりないものである。 それは…… 「どうせまた碌でもない副作用なのだろう」 というものだった。 仕方のないことでもある。 事実、そういった実績を残してしまった。 以前開発し、ここでは商品化までこぎつけた商品が以前あったが、勿論一般市場で決して使えるよな代物ではない。 さらにはこういった公にはできないような場所であっても副作用や強力すぎる効能によって使いたがらないものが出るほどの物もあったほどだからだ。 代表的な例で言えば以前のカオスボールもそれに当たるだろう。 「今回は通常の戦闘などで使用して頂く分では全く問題ありません。 しかし、とある使用方法を使うとポケモンが精神異常をきたしてしまう恐れがあるのでそれをお伝えしておこうと思います」 そう言い、今回の商品の有用性と注意事項を説明しようとしていた。 こんな場であったとしても商売が出来なければ次の研究費用が足りなくなってしまうからだ。 あくまで研究も商売であるということだ。 「今回の商品、メロメロスプレーには使用されたポケモンには耐性を持たせるために反物質を使用したフェロモン阻害剤を使用しております。 そのため使用した個体には問題ありませんが、接触した……つまり効果の対象となったポケモンにはメロメロの効果が現れます。 先程説明したとおり、フェロモンの成分を使用していますので、少なからず興奮状態になります。 そこでもし、ポケモン同士が交尾を行ってしまった場合、副作用が発生してしまうのです」 そう説明した。 彼の説明した話には無理な点がかなり多い。 興奮状態になったポケモンが必ずトレーナーの指示を聞くとは限らない。 さらにそれが野生のポケモンであった場合、逃げ出した後の処理などを考えていないのだ。 興奮状態であれば人間でも理性で本能を押さえ込むことは難しい。 それがポケモンなのだ。 卵グループ間が同じであれば卵が出来てしまう上に、ポケモンもかなり感情が豊かだ。 卵グループの違うポケモン同士でも交尾を行うことはしばしばあるようだ。 そうなればこんな副作用が発生する条件は防止のしようがない。 「その副作用は?」 客の重鎮と思われる者の中の一人がそう質問した。 「精神的興奮状態が24時間抜けなくなり、身体の状態とは無関係に性的興奮を際限なく求めるようになります。 つまり、早い話がオスなら絶倫、メスならビッチ化してしまうということですね」 と彼はあえてそんな下衆な答え方をしてみた。 「つまり腹上死するというわけか……」 そう呟き、やれやれと言った様子でため息を吐いた。 その様子を見て彼はニヤリと笑い、 「既にそういった副作用効果は試験的に試しています。 個体差はありますが、腹上死する確立はほぼ五分五分です。 元々生存競争の激しい生き物ですから種を残すという機能に優れた個体ならペット化されたポケモンよりも生存率が高くなるでしょう」 彼の説明では結局の所、使い物にはならないということなのだが、なぜか彼はその笑みを不敵に浮かべたまま、説明を終えた。 他の商品の説明に移るため、その専門の科学者が彼に代わり壇上に上がったが、それでは結局の所なぜ彼が笑ったのか意味が分からない。 「それでは次の商品の説明に移らせてもらいます」 彼のその笑みの理由を知るものはいない……。 少なからず、現時点では……。 **絶望と悪夢と欲望と 後編 [#h159660d] 例え野生の生き物であったとしても集中力が一点に集中していたり、警戒心が解けていれば気付くのに遅れることがしばしばある。 野良猫などを見れば分かると思うが、子供などがそっと近づいて撫でると飛び上がって逃げるようなことがある。 それがまさに注意が向いていない状態だ。 ニイナはまさに注意は前方の興味を惹かれた内容に釘付けになっていた。 故に真後ろからゆっくりと近づいてきたソレが自分に覆い被さるまで気が付かなかった。 『しまった!!』 ヒヨシに決して触れるなと言われていたのにも関わらず、容易に接触を許してしまった。 必死に振りほどこうとしたが 「あんまり集中しすぎるのはよくないぞ。なんてな」 彼女に覆い被さったのは他の誰でもないヒヨシだった。 思わず声が出そうになってしまったが、近くに奴らが居るのを思い出し、声を殺した。 正体が分かったとしてもやはりこの状況で跨られているのは生理的に嫌だったニイナは無意識のうちに振りほどこうとしていた。 彼も勿論襲うつもりはないのですぐに降りたが、観察はそのまま続けるように促した。 「ニイナは案外生きる力は強いみたいだね。ちゃんと俺の言いつけ守ってたみたいだし」 小声で彼はニイナのことを褒めた。 が、彼女からするとそれは当たり前のことだった。 今までも生きるために自分よりも長くその場にいるイーブイたちに情報を聞いたり、他のイーブイたちの戦い方なども見ながら研究していた。 「ここでは貴方の方が色々知っているようだったからね。そこで聞きたいことがあるんあけど……」 ニイナがそのまま続けてヒヨシに質問しようとしたが、ヒヨシによってそれを止められた。 「彼女が何故、あそこまでよがっているのか。だろ?」 ニイナの言葉を静止したヒヨシはそうニイナに聴いた。 どうやら彼女の聞きたかったことはズバリそのことだったようで、大きく頷いた。 「よくは俺も分からないけど、どうやらあいつらには襲った相手……正確にはあいつらに触れた相手を魅了させれるみたいなんだ。 そしてさらに交尾までされるともうそれ以外の事が考えられなくなるみたいだな。 俺も過去に何回か襲われたけど、ルールとしてあいつらはどうやら一度襲うとその場を去るみたいだ。 俺も正直死にかけたが、他のルールなのか、ある一定時間が来ると例え交尾の最中だったとしても全員去っていく。 そのお陰で俺もなんとか生きてるし、逆に情報を得ることができたよ」 そう説明したが、正直、目の前で起きている事を見ると俄かには信じ難い。 目の前の他のイーブイは既に先程のシャワーズとは違う相手と交尾を行っていた。 しかし、その顔には苦しみや悲しみなどは一切窺えず、そこには心の底から快楽を味わう顔しか映っていなかった。 「あのおかしな状態も時間が経てば直るんだが…恐らく彼女は持たないだろう。 捕まるのが早すぎるからな……」 彼女の顰め面を見て察したのか続けてそう話したが、目の前で快楽に溺れるそのイーブイを見て、ヒヨシはとても悲しそうに彼女を見つめていた。 恐らく、彼もそうなったイーブイたちをもう腐るほど見てきたのだろう。 しかし彼からすればそれでも救いたいのだろう。 そうしなければここまで情報を蓄えている彼が何度も襲われることなど有り得ないからだ。 しかし、そうなればやはりこのように『わざと逃がして捕まえる』というゲームをする必要性が見当たらない。 経験を積んだイーブイになればなるほど捕まり難く、ここに来て間もないニイナのような存在が捕まり、恐らく命を落としていくだろう。 「ヒヨシ以外のイーブイ達は何回か捕まったことがあるの?」 そうニイナが質問するとヒヨシは頷いた。 「たまにパターンを変えてきたり、檻がギリギリまで開けてもらえなかったり、集団行動をとったりすることがあるんだ。 そうなると既に経験じゃどうしようもならないし、捕まればどんなにここで生き延び続けているイーブイでも確実に死ぬからね。 そうやって一つの檻が空っぽになるようなこともあるから結局の所、普段捕まらないようにしてそういった時に自分達が標的にされないように願うしかないよ」 そう言われ、ニイナは心底驚いた。 これは既にただの間引きでしかない。 そう思ったからだった。 それが自分に対して科された罰なのかとニイナは落胆した。 これならせめて何も知らずに毎日のように死と隣り合わせの死闘を繰り広げていた頃の方がまだましだった。 ただ卵を産むためだけにここに閉じ込められ、いつ死ぬかも分からぬ中必死に逃げ回るしかないのだから……。 そうなればなるほど一つだけ浮かび上がる言葉があった。 「一度でいいから……『ソト』って場所、見たかったな……」 あれほどまでに酷い場所だと言われた場所も……ここに比べれば天国に思えた。 例えどれほど過酷であったとしてもいつか来る死に怯える事しか出来ないここよりは……。 「俺もかな……。外の世界に出てみたかったかもな……」 ヒヨシにも聞こえていたのか、彼も彼女の意見に賛同した。 それにニイナは驚いた。 「あなたは『ソト』に行きたいの?」 その質問に対しヒヨシは少し悩み 「う~ん……。やっぱり外には出たいかな?最低限ここよりはいいと思うよ」 そう答えた。 少なからず自分と同じ意見を持っていてくれた者が他にもいてくれたのがニイナは嬉しかった。 それだけでニイナはこんな何もない絶望的な場所でも少しだけ希望が持てた。 『自分以外にもソトに希望を持ってる人がいる……』と……。 そう思えただけで自然と笑みが零れた。 「ねえ、ヒヨシ。私……『ソト』に……」 「危ない!! 」 今まで小さな声で会話をしていたニイナにとってその声は心臓が飛び出るほどにびっくりするものだった。 状況が理解でいないでいると、ニイナはヒヨシから体当たりを食らい、吹き飛ばされていた。 痛みはそこまでなかったが、吹き飛ばされたという事実にニイナはさらに混乱していた。 しかし、彼の方を向き直してようやく何が起きたのか理解できた。 先程まで二人が居た場所にサンダースがいるのだ。 ニイナを吹き飛ばし、彼もそのままの勢いで突き抜けたのかニイナよりも手前にいた。 しかし、その場所は他のイーブイが襲われている開けた場所。 「走って逃げろ!!」 「ヒヨシも!!」 ニイナがそう叫んだが、彼の返答を待たせてくれるほど奴らは優しくはない。 そのサンダースは真っ直ぐにニイナの方へ駆け出した。 が、ヒヨシがそのサンダースに体当たりを繰り出した。 不意打ちを食らい、吹き飛んだサンダースはすぐに起き出す気配はなかった。 「なんで!?」 ニイナは後悔していた。 自分がすぐに逃げなかったせいでヒヨシが犠牲になったのだ。 が、ヒヨシはニコリと笑い 「あいつはオスだ! 性別が同じならメロメロは効かないからな。さあ! 急いで逃げろ! 俺ももう暫く時間を稼いだらメスに出会う前に逃げるから!」 そう言った。 「ありがとう」 そう言いたかったが、ニイナはすぐに真逆の方向へと走り出した。 感謝を述べるよりもこちらの方が彼にとっても正しい行為であると分かっていたからだ。 ―――― 必死に逃げてきたため、ニイナは今自分が何処にいるのかも分からなくなっていた。 しかし、ヒヨシの手助けがあったためにここまで何度か危ない局面はあったものの、逃げ延びることができた。 恐らく30分ほどは逃げられただろうか。 しかし、時間間隔の分からないニイナのとっては早くこの時間が終わってくれることを願うしかなかった。 しかし、そんな絶望的な気持ちしか湧かない訳ではなかった。 この数十分の間にニイナも一つ発見をした。 奴らにはもう一つルールが存在する。 同性のイーブイは決して狙わないのだ。 恐らく、同性だったとしても攻撃をするなりして異性の進化系が来るのを待つことだってできるはずだ。 だが、奴らにはそういった行動原則があり、感情は決して持ち合わせていないが、その行動原則だけは必ず守っているようだった。 ニイナは荒くなった息を整え、次遭遇した際にも逃げれるように準備を整えていた。 逃げ続ければいつかはこの時間が終わる。 それが分かっているだけで今のニイナには十分だった。 そうなれば後はオスに見つからないようにするだけ。 しかしこれが一番大変な事だ。 まず、捕まったイーブイが居る所には奴らが集まりやすい。 恐らく、匂いか何かで周囲にいるオス又はメスが集められるのだろう。 そうなれば襲われているイーブイの近くに居るのはかなり危険な事だ。 先程までは興味本位で近くにいたが、今考えると自殺行為である。 ヒヨシがあの場にいなければ……そう考えるだけで身震いする。 そして逃げてきた先にもやはり色んな場所で犯されているイーブイが至る所にいた。 その中にはピクリとも動かないまま放置されている者もいるのを考えると捕まるわけにはいかない。 そういった場を避けながら進むと今度は細い通路へと追い込まれてしまう。 恐らく、それも奴らの狙いなのだろうが細い通路は入り組んでおり、よく行き止まりがある上に視界が非常に悪い。 曲がり角で鉢合わせや、行き止まりに追い込まれたりなどがよくあるようでそうやって捕まったイーブイも多いようだ。 その多くはそのまま中央の広間や通路の先の開けた部屋のような空間へと連れて行かれる。 あくまでその追い込み漁のような形が理想なのだろう。 しかし、通路とはいえ、追い込まれそこで果てていく者も少なくはないようだ。 一度のゲームでどれほどの命が失われるのだろうか……。 しかし、それを考えている暇は彼女にはなかった。 広間を避け、通路を用心深く進んでいたが、予期していた最悪の事態が発生した。 通路を曲がり、中央まで進んだ辺りで向かいの角からリーフィアが現れてしまった。 前には勿論逃げられないが、後ろも先程までの広間があるためルートを逸れるしかなかった。 回れ右して駆け出したが、そこは相手の方が進化ポケモンであるため体も大きく足も速い。 別ルートにずれるが、大体不幸や不運というものは続くものだ。 よりにもよって通路は行き止まり。 恐らく、こうなることを想定しての構造だろう。 後ろを振り返ればリーフィアは躊躇することなく走ってきている。 ホラー映画やサスペンス映画のように恐怖を楽しむような心を奴らは持っていない。 ただの目的を果たすための機械のような存在だ。 『ここで捕まる位なら……!』 覚悟を決め、ニイナは真っ直ぐ走ってくるリーフィアへと体当たりを繰り出した。 攻撃されると思っていなかった、というよりも攻撃される予定ではなかったかのようにただ吹き飛ばされ、すぐに起き上がろうとしていた。 そして勿論、『吹き飛ばした』のだ。 ニイナは途端に鼓動が早くなったのを感じた。 悲しいことに本能には逆らえない。 例え目の前にいるのがただ自分を犯そうとする機械のような存在だったとしても……。 「はぁ……はぁ……!」 決して激しい動きはしていない。 たかだか体当たり一回で息が上がるほど貧弱でもない。 頭がクラクラし、目の前のそれにときめきそうになってしまう自分の感情を抑え、何とかその場から逃げることを試みた。 起き上がるよりも先に走り出し、本来進んでいた方向、リーフィアと出会った通路の方へ走っていったが、勿論ポテンシャルは先程のように最高の状態ではない。 息が上がり、鼓動も早いせいで普通よりも疲れるのが早く、足取りも遅く、なにより逃げることだけに集中することができないでいた。 足音が近づいてきているのが分かるが、それでも今より早く走ることが出来ない。 そして遂に追いつかれ、覆い被さられてしまった。 「嫌ぁ!!」 必死に喚くが体は自分の意に反し動かない。 そんな相手との行為を望んでいる自分に不甲斐無くなり、涙が零れそうになるがそんな暇はない。 何か行動を起こすよりも先に、リーフィアのモノがスルリと自らの秘部へと滑り込んできた。 悔しいことにイーブイの秘部はメロメロの効果のせいか、既に進化個体である自分よりも数倍大きいソレを苦もなく受 け入れれるほどに蜜で満たされていた。 そしてニイナの体には余りあるほどの大きなモノはブチュブチュと卑猥な水音を立てて一気に一番奥まで刀と鞘の如くすっぽりと収めた。 『……!? な……なんで…!!』 途端に沸き起こる快感の嵐。 そして彼女の頭は混乱で満ちていった。 それほどのモノを入れられ、苦しむどころかこの上ない快感を感じている自分と、張り裂けるような苦痛も押し広げられる苦痛もなかったことに。 それもそのはずだ。 彼女は既にここに来る前にここで『いくらでも卵を産めるように開発されていた』ことなど知る由もない。 狭い檻に閉じ込められ、初めてを失ったあの時、彼女はすぐに気絶し、殆ど記憶に残ってはいないがあの後、彼女は10や20では済まされない数、犯され続けていたのだから。 そうなれば必然的に彼女は数倍の体格差のある相手であったとしても苦を感じずに純粋に快感のみを味わうことができるのだ。 鞘に収まった熱い刀は一気に引き抜かれ、押し込まれる時のさらに倍の快感を与えた。 そして休む間もなく再び奥深くへと突きこまれると先ほどよりもさらに快感が増す…既に彼女は快感の虜になっていた。 「ハァ……!? ンァア!! ダメ……ダメェ!!」 自我さえも失いそうな快感の応酬は決して待ってはくれなかった。 しかし 『嫌だ……まだ……死にたくない!!』 彼女の中に残っていた一縷の希望、それが彼女に最後の抵抗を生み出させた。 大きすぎる相手に跨がられ、ただ腰を振られるだけで意識が飛びそうになるが、それでも最後の気力を振り絞り、頭を 思い切り振り上げ頭突きをリーフィアのおよそ胸元辺りに食らわせた。 ドンと鈍い音はしたものの、恐らくダメージは殆ど入っていないだろう。 しかし、リーフィアは一瞬だけその押さえ込んだ足の力を緩めたのをニイナは感じ取った。 逃げ出すように前へ駆け出したが、モノが抜ける感覚でまた一気に快感が押し寄せ、僅かに走ろうとしたまま地面に突っ伏した形で止まることになった。 息を荒げ、地面に前のめりに倒れるその姿はリーフィアをまるで誘っているかのように腰を突き出した形になってしまっていた。 しかし、今の彼女にそんなことはもうどうでもよかった。 逃げ出そうにも快感が強すぎてもう一度歩き出せるような状況ではなかった。 そこで彼女は一つだけ心に決めた。 ヒヨシが言っていた約束事、『最後まで自分を保て』……。 『生きて……『ソト』に行く……』 ただそれだけを心に誓い……心から望んで……。 そのリーフィアとの行為を再開した。 **小さな希望 [#ba9f7ac8] 深い泥のような気怠さから意識を引き揚げたのは全身を貫く痛みだった。 稲妻のように鮮明な、しかし重りのように鈍い痛みが走り抜け、おぼろげだった意識が次第にはっきりしていき、ようやく今の状況が理解できるほどにまでなった。 『私……ここでそのまま意識を失ってたんだ……』 はっきりとした意識で起き上がろうと前足に力を入れたが、途端に鈍い痛みが全身を再び駆け抜け、そのまま地面に突っ伏した。 ひとまず起き上がれない事を理解し、そのまま体を休めようとニイナは考え直した。 そしてそれと同時になんとか気を失う前の事を思い出そうとした。 が、どちらも適わないようだ。 必死に思い出そうとしても記憶までもが泥に沈んだかのように不明瞭で掬い上げられそうにもなかった。 このまま起きていてもやることがなかったので、疲れ切ったその体をすぐにでも動かせるようにするためにただ体を癒す事に従事した。 ―――― 数時間ほど経っただろうか。 今一度意識を取り戻したニイナは小さく伸びをし、先程よりは体の痛みが引いていることを確認した。 とはいえ全身の気怠さと鈍痛は抜けることはなかった。 今度こそ立ち上がり、そしてそこでようやく気が付いた。 いや、気が付かない方が良かったのかもしれない。 下半身に貫くような痛みが走り、また力なく地面に倒れこんでしまいそうになった。 『痛っ……!! あ……そっか……』 倒れこむのは必死に耐えたが、それで思い出してしまった。 正確に全てを思い出したわけではないが、繰り返される無慈悲な行為が恐らく自我を失い、気を失っても続いていたであろうことを…。 全身を駆ける痛みは筋肉痛、そして貫くような痛みは激しい行為によって生み出されたものだった。 よろよろとおぼつかない足で元の自分がいた檻の方へと歩き出した。 帰らなければならない。 そんな使命感ではなく、ただただ自分を庇ったヒヨシの事が心配だった。 いくらオス同士でメロメロが効かないとはいっても、一度メロメロを受けてしまえばメスが現れただけでどうなるのかが一目瞭然だったからだ。 数十分かけてようやく辿り着くとそこには全員が揃っていた。 こうやって後から戻ってくるイーブイを想定してなのか、檻には小さな出入り用の格子扉が開いていた。 彼女が帰り着くと、センサーか何かなのかゆっくりとその小さな扉は高い金属音を立てて閉まった。 彼女が危惧していたとおりそこには疲れきったヒヨシの姿がそこにあった。 意外なことに彼以外にも捕まってしまったイーブイが数名いたようだ。 まず彼女、ニイナ自身。 次にヒヨシ、彼は彼女を庇ったためにその後逃げた先で出会ってしまったそうだ。 他にはクロノとイブが襲われたようだ。 クロノの方は挟み撃ちに遭い、ギリギリのところで逃げられなくなったそうだ。 まだメロメロの効果が抜けきっていないのか、少し息が荒く辛そうだった。 イブもほぼ同じような理由だった。 逃げ切れなくなったが必死に自分を保って正気に戻れたようだ。 彼女もニイナが戻ってくるほんの少し前にようやく戻ってこれたらしく、そのまま疲れて眠っていた。 ニイナもすぐにでも眠りたかったが、それよりも先に皆に聞きたいことがあった。 「ねえみんな……『ソト』に行ける方法を知らない?」 ニイナのその言葉に全員が驚いた。 「あなた……『ソト』に行ってみたいの?」 真っ先にジュンが声を掛けた。 彼女の様子から察するに興味心身なのだろう。 「お前……まだ懲りてなかったのか。言っただろ? 此処よりも良い場所なんて無い」 ヒルドは呆れた様子でそう言ってきた。 それはそうだろう。 わざわざ彼が丁寧に説明したのにも拘らず、まだ行きたいなどと言っているのだから。 「例えそうだったとしても……それでも私はこんな小さな世界しか知らずに死にたくない! いつ死ぬかも分からない、こんな理不尽な場所で一生を終えたくない!」 彼女の中でどうしても譲れない思いがあることを説明するよりも先に、興奮してしまったせいで言いたいことだけをヒルドへ投げつけていた。 「いいか? ニイナ。お前が思ってるほど世界は綺麗じゃない。ましてや……」 「ボク……知ってるよ……」 ヒルドが諭すために喋りだしたが、それに割って入るように小さな声が聞こえた。 「本当!? 」 ニイナはあまりにも嬉しくなり、さらに声を大にしながらその声の方に振り向いた。 すると恐らく本人であろう、カワードはビクッとしてシフルの後ろに隠れた。 「何で隠れるんだよ……。別にニイナは脅かしてないだろ? というか俺に頼るな! 押すな!」 どうも彼は人一倍気が弱いようで、グイグイとシフルを押して彼に色々と擦り付けようとしているようだった。 そんなカワードの様子は露知らず、ニイナは痛みも忘れカワードの元へ駆け寄り 「ねえ知ってるの? 知ってるのなら是非教えて欲しいわ」 彼の目を真っ直ぐ捉えてそう言った。 最初こそ彼もまごまごとしていたが、諦めがついたのか小さく頷き 「ボクがいつも開放された時間に隠れてる場所があるんだ……。そこが何処かへ繋がってるみたいだから……もしかしたらだよ? 確証はないから……」 何故か申し訳なさそうにそう言った。 彼女にとってそれは確かな希望に変わった。 彼が言っていることが正しいのであれば、『ソト』へ行くことが出来なかったとしてもこの地獄からは抜け出せるかもしれないからだった。 「是非その場所のことを詳しく教えて! 」 ニイナがそう言うとカワードは首をブンブンと振って嫌がった。 「嫌だよ! やっと見つけたボクだけの隠れ場所なんだ。もうあいつらに襲われたくないんだ」 こんなカワードの性格だからこそよく分かる。 無理やり襲われ、シたくもない相手と交わらなければならないのだ。 その瞬間はメロメロの効果によって忘れているが、後になって正気に戻った時の精神的なダメージが大きすぎる。 実際、ニイナも気が付いてすぐは思い出せなかったためになんともなかったが、痛みによって思い出した時にそのまま精神的にへたり込んでしまいそうだった。 しかしそれでもニイナは立ち止まるわけにはいかなかった。 「お願いカワード! そこから抜ければもう二度とそんな目に遭わなくて済むのよ? 一緒に『ソト』に行きましょう!」 そう言い、彼を勇気付けた。 よく言えばそうだが、彼女も唯一の手がかりのために彼を利用しているのには変わりは無かった。 だが 「私も……『ソト』に行ってみたいな」 一つ声が挙がった。 その声の主はカシャ。 彼女の同意にニイナは驚いた。 あまり喋ったことがなかった彼女がニイナの意見に肯定的になるとは思っていなかったからだ。 すると彼女を口火に 「私も『ソト』に行ってみたいわね」 「ここから出れるんだろ? だったら何処でもいいさ。俺も行くぜ!」 みんなも賛同しだした。 恐らく、そうなることが予想外だったのだろう、カワードは少し驚いていた。 しかし、こうなってしまえばニイナ一人を止めるわけではない。 そうなれば全員の反感を買うことになってしまう。 「わ、分かったよ……。でも本当に大丈夫なんだよね? 僕だって『ソト』には行きたいけど、怖いんだよ……」 彼も本心ではニイナには賛同したかったのだろう。 だが安全かどうかも分からないものに彼は賭けたくなかったのだろう。 なぜなら 「皆も知ってるでしょ? 変な唸り声が聞こえるって噂」 そう、彼が一番懸念していたのはそのことだった。 変な唸り声が聞こえる。 何匹か逃走を計った者が今までにいたが、誰も帰ってきていない。 そして彼らが何処から脱出したのか一切経緯が分からない。 そのためカワードは一つの憶測があった。 そういった先人たちも自分のように隠れ場所として使っている場所から逃走を計ったのではないか……と。 ここまで来たからにはカワードは全ての不安を掻き消したくて仕方がなかった。 そのために全員にそのことを話し、さらに自分の考えも説明した。 「僕は……できれば死にたくないんだ。だから、危なくなったらすぐにここに戻ってこよう?」 彼曰く、その隠れている場所はそれなりに広い空間があるそうだ。 そのため、もしだめだったのならその場でゲームの時間が終了するまで待機し、終わった後にそこから中に戻ればいいだろう。 そういったものだった。 何故わざわざこの籠の中へと自ら戻ってくるのか。 別にそのルートが駄目なら他から外以外の場所へ向かえばいいだけのはずだ。 だが、彼の言う事は正しかった。 この場所は定期的にゲームがあることを除けば、食糧もある上に寝床もあり、衛生的な水や清潔さを保てる水場もあるからだ。 生きていく上ではこれ以上整った環境はないだろう。 「分かったわ。でも皆で約束しましょう。必ず皆で『ソト』に行くと」 ニイナもその意見を飲んだ。 結局あまり乗り気ではなかったヒルドも『仕方がないからついて行ってやる』と何故か少し嬉しそうに言った。 全員が意気投合した時点で、すぐに脱走計画を全員で練り始めた。 「カワード。その脱出地点はここからどれ位なんだ?」 クロノがカワードにそう質問した。 10匹ものイーブイが同時に動くのだ。 確実に進化系たちから目を付けられてしまうだろう。 「そこまで遠くないよ。僕がいつもあいつらが動き出すよりも先に辿り着けるから」 彼は付け加えるようにあまり足が早くはないと言った。 そんな彼が姿を確認するよりも早く辿り着けるのだ。 恐らく、その人数が一斉に動いても問題はないだろう。 「ニイナ……あなた具体的にはどうやって『ソト』に行くつもりなの?」 ノエルがニイナにそう聞いた。 「それは……その……」 勿論、ニイナに脱出のプランなどなかった。 ただ外の世界を見てみたい。 その一心で皆を動かすまでになったのだ。 今更何も分からないでは済まされないだろう。 「でしょうね。大丈夫よ。私も知ってたら御の字程度でしか聞いてないわ。知ってる方がおかしいからね」 だが、言葉が見つからずに焦っていたニイナに対し、返ってきた言葉は意外なものだった。 薄く笑う彼女は最初の時とは印象が違って取れた。 単独行動を好みそうだと思った彼女の第一印象とは裏腹に、案外彼女はその後も他のイーブイたちからも意見や情報を集めていた。 「みんな……こんな私の我儘に付き合わせてごめんなさい」 ニイナのそんな言葉に対し、みんなは極めて明るい表情で 「そんなことないよ」 そう答えてくれた。 彼らもいつかは此処を抜け出したいと思っていた。 しかし、そんな糸口もなく、行動に移す勇気もなかった。 みな動き出す切欠を待ち望んでいたのだ。 そのため行動に無駄がなかった。 様々な意見の交換や、自分の知り得る情報を全員で共有し、できる限り全員の生存率を上げようとしていた。 「よし……! 準備は出来たわ!」 イブが嬉しそうにみんなに報告していた。 「決行は?」 ヒヨシがそう聞くとみんなが口をそろえて 「次のゲームの時」 そう言った。 それはつまり間もなく訪れる絶望の時を意味していた。 だが彼らには待ち遠しくて仕方がなかった。 だが 「いや、それなら明日の方がいいと思う」 一人だけそう言った。 それはシフル。 「どうして? やれることなら早い方がいいわ! もし今日のゲームで逃げられなくなったらそれこそ本末転倒よ!」 ニイナがそう反論すると 「だからこそ落ち着いた方がいい。特に君やヒヨシ、クロムとイブも今日襲われたばかりだ。逸る気持ちは分かるがもし何かが起きてからじゃ遅いんだよ」 シフルは冷静にそう答えた。 彼は落ち着いていた。 彼以外にももう一人落ち着いている者がいたが、彼、ヒルドが口を出すよりも先にシフルが全員の浮足立った感情を落ち着かせることができた。 彼の言う通り、ニイナたち数名は今日襲われたばかりだった。 事実、ニイナは疲労で意識も朦朧としていたはずだったのにも拘らず、この作戦が実行できそうになった時点で彼女はその疲れを忘れていた。 他の者も同じだっただろうが、その疲労は確実に後々足を引っ張るものになるだろう。 襲われていなかった上にあまりこの計画自体に乗り気でなかった二人は冷静に全体の判断ができていた。 「じゃあどうするのよ! また今日一日逃げきれずに捕まったら終わりよ!?」 ニイナが声を荒げてそう言ったが 「今日一日はカワードがいつも使っているというその脱出口の所で休もう。そして一日体を休めて、きちんと食事を摂ってから万全の状態で実行した方がいい」 彼女を窘めるように、ゆっくりと喋った。 シフルにそう言われ、ようやく自身の体の異変に気が付いた。 忘れていた体の疲れがドッと襲い、ついにニイナもへたり込んでしまった。 「ごめんなさい。確かにこんな状態じゃ止めた方がいいわね。」 そう言い、心配そうに駆け寄ってくるみんなに笑顔で振る舞った。 彼女なりの精一杯だったのだろう、言い終わるとすぐに意識を失うように寝息を立てていた。 精神的にも肉体的にもギリギリの状態だったのだろう。 「みんなも今は休んだ方がいいだろう。多分、今日逃げる時も彼女たちを庇いながらになるだろうからね。」 それは他の襲われた者たちも同じ筈だ。 それを気遣ってか、シフルはみんなにもそう言い、自身も食事を摂りに行っていた。 決行は明日、そう決まればまずは今日を生き抜かなければならない。 恐らく、見捨てるという選択肢もこの世界にはあったはずだ。 だが、彼らは一人たりともその選択肢を選ばなかった。 それの答えを知る者は、少なくともこの中にはいない。 こんな世界に生まれた彼らがようやく見出した、『協力』という名の希望だった……。 **決行 [#d6a68d0f] それからは特に騒いだり、話したりすることはなかった。 単に疲れて眠っている者が多かったというのもあるが、襲われていない者たちもいる。 彼らはというと……。 「ノエル……、この脱出成功すると思う?」 見るからに不安を多分に含んだ言葉をカシャはノエルに投げかけていた。 「さあ……。今までに脱出できたなんて聞いたことはないし、もし、本当に成功してたのなら本当にそう言った噂も立たないでしょうしね」 ノエルは特にいつもと変わらない調子でそう答えた。 それからは二人の間には会話はなかった。 彼らが喋らない理由はただ一つ。 前例の無い脱出計画、それはニイナの一言で生まれた希望だったが、この静寂によってもう一度彼らの心に不安が生まれたのだった。 本当に成功するのか……成功したその先には本当に外の世界が待っているのか……そもそも今日を生き残れるのか……。 不安は口に出さなくてもみな気付いていた。 だからこそみな、出来る限り自分の不安を他人に伝染させたくなく、同時に今日を生き残ることに備えていた。 ただ静かに……。 ―――― 警報音が鳴り響き、眠っていた者もただ静かに待っていた者にたたき起こされた。 「行くぞ! カワードの見つけた抜け道まで全力で逃げるぞ!」 ヒヨシがいち早く声をかけて回り、起こされた者はさらに他の者を起こしに行った。 檻が開ききるよりも先に全員が走り出す準備ができ、全員でカワードの船頭の元、その脱出ポイントへ向かった。 迅速な行動のお陰で、進化体が一体でも姿を見せる前に先に辿り着くことができた。 「ここだよ! 急いで潜り抜けるんだ!」 ダクトの入り口にはイーブイがギリギリ通過できるだけの小さな穴が開いていた。 先頭にいた者から次々と穴を通り抜けて向こう側へと移動していった。 全員が通り抜けた頃に向こうから次々と進化体が走り抜けていった。 間一髪とまではいかないがかなりギリギリだった。 しかし、今回は全員が体調が万全な状態ではない者が数名居た。 ということはここでキチンと休んでから明日に備えれば、明日はさらに楽になるだろう。 そのためにも今日は何も考えずにここでそのまま時間が終わるまで休むのが最善だ。 「止めとけクロノ。どうせ明日にはそこを突き進まなきゃいけなくなるんだ。今日は大人しくしときな」 ダクトの奥の方を見つめていたクロノに気付いたヒルドがそう声をかけていた。 「誰が行くかよ、こんな得体の知れない場所。それに……よく分からないが本当になにか居そうだしな」 そう言い、クロノもダクトに行く気はないことを示した。 だが、彼の言ったなにか居そうという言葉は確実に他の者も不安にさせていた。 しかしそれくらいでちょうどいいのだろう。 この先は誰かが行ったことがあるのかも分からない、どうなっているのかも分からない本当の未知の領域だから。 そのまま何事もなくここで数時間が経った頃、再度警報音が鳴り響き、進化体たちが何処かへと走り去っていった。 ニイナはようやく初めて何事もなくこのゲームの時間を生き残ることができてホッとしていた。 しかし、そんな思いもこれで最後だ。 明日になればこんな所とはサヨナラして夢にまで見た『ソト』へ向かうのだ。 どんな世界が広がっているのか、話で聞くだけでは想像もつかない世界。 彼女は早く行きたくてウズウズしていたが、逸る気持ちをそっと抑え、みんなと共にダクトを抜けて元の檻へと帰っていった。 全員が無事折へ戻ると、全員明日のことの話でもちっきりだった。 今回の全員での避難が完全に上手くいったことで全員の心に少しだけ安心が生まれたようだ。 それはニイナも同じだ。 彼女も言い出しはしたが、本当に上手くいくかなど彼女自身にも分からない。 しかし、あそこまでは無事に行くことができることが既に証明されたのでそれだけで不安は少しだけなくなった。 みんなただ考えないようにしていたのだ。 その先の事は、誰にも分からないから……。 「ニイナ。お前は外に出たらどうするつもりなんだ?」 ヒルドが壁際の方で体を休めていたニイナの元に来てそう聞いた。 体の疲れは既にかなり癒えていたため、ニイナもヒルドと話そうと思える程の余裕は出来ていた。 「出よう! ……って言ったけど、特に何も決めてないわ。外に出れた時に決めればいいでしょう?」 思ったままのことをニイナは口に出していた。 見たことも行ったこともない場所、此処しか知らないニイナにとってはそこがどんな場所でもそこで決めるしかないからだ。 「ニイナ。俺は一つだけ嘘を吐いた」 ニイナのその言葉を聞いたヒルドは少し間をおいてそう喋り始めた。 「外の世界は……俺にとっては苦痛でしかない。 前も言った通り、此処の方がまだマシに思える程にな。 だが、お前にとってもそうとは限らないんだ。 世界は全てがいい世界じゃない、だが全てが悪い世界でもない。 俺はそんなどっちつかずな世界の悪い方ばかりを見てきて疲れたからあんなことを言っちまったんだ。 すまない」 ヒルドは初めてそんな弱気なことを話しだした。 今まで彼は一度たりとも隙を見せたことがなかった。 常に顰め面で、何を考えているのか分からない彼が、初めて見せた彼の弱い場所だった。 しかし、それはニイナにとってはとても嬉しい事だった。 外の世界に希望が持てたことがではない。 「あなたも……『ソト』にもう一度出られたら、今度は世界の良い部分が見られるかもしれないじゃない! がんばりましょう!」 彼にも人らしい部分があったことがだった。 そしてそんな一言が彼にとってどうだったのかは分からないが 「フッ……人の心配をしてる場合か? それに先の心配もな。今は今だけ考えとけばいいのさ」 軽く笑い、そう言ってそのまま彼はニイナの元を離れた。 彼のそんな一面が見れただけでニイナとしてはとても安心できた。 彼も決して人の輪を乱したいわけでもなく、しかし彼にも触られたくない過去があり、それでも人を助けたいという複雑な感情があるのだろう。 ニイナには過去というものがない。 だからこそそう言った過去との葛藤という『人らしさ』というものに少し憧れていた。 そのため一つだけニイナに外に出た後の目標が生まれた。 『色んな事を悩んでみたい』 そんな普通の人生を歩んでいる人には決して憧れない目標だった。 他の人たちも一所に集まるわけではなく、二人三人で集まって今後の計画や、外に出た後の夢や目標を語り合っているようだった。 そんな中で一人静かに檻の外を眺めている姿が気になり、ニイナはその人に声を掛けた。 「ねえノエル。あなたは『ソト』に行ったら何をするの?」 その声を掛けた人はノエル。 元々、彼女も発言が少なく、あまりそういった会話の輪には積極的には入りたがらない姿を見たことがある。 しかし、ヒルドのような辛い言葉を言うわけでもなく、近づきもせず、話しかけもしない。 「別に何も考えてないわ。私も『ソト』のことなんて知らないし、知らない場所でしたい事なんて思い付きもしないだけ」 口数が少ないが、かといって意志が弱いというわけではない。 彼女なりに考えていることも多いのか、喋る場合は大体的を得たことを話すことが多い。 「それでもいいじゃない! 何も知らないからこそ今の知らない期待の間にしか思えることだってあるでしょ?」 だからこそニイナは喋りかけたくなったのかもしれない。 言葉にも表情にも彼女は必ずしっかりと感情は表す。 だからこそ彼女のとても驚いた彼女の顔がとても嬉しかった。 「知らない間だけ……ね。確かにそれもいいかもね」 そう言って彼女はとても嬉しそうに笑っていた。 それから少しの間は彼女と『ソト』の事について楽しく語り合っていた。 そこに関する不安は一切考えず、見たいもの、したい事などを聞いたり教えあったりしていた。 そうやって話していた他のイーブイたちも次第に喋るのをやめ、だんだん眠り始めていた。 「それじゃ私たちもそろそろ寝ましょう。明日が本当に覚悟を決めないといけない日なんだしね」 そう言い彼女たちも話をやめて寝ることにした。 この施設に日光の差し込む場所はない。 この施設で昼や夜を感じることはできない。 そのためちょっとした時間の目安になっているのが消灯される電気だった。 光の無い本当の暗闇にはもう彼女も慣れていた。 しかし、この日だけは眠ることが難しく、どうしても不安でその暗さが怖かった。 意識もしていなかったが、彼女は恐らく無意識のうちにそれは彼女に死を連想させてしまったのだろう。 『まだ誰も帰ってきた者がいない』 それは果たして無事に出られたのか……途中で死んだのか……。 答えは考える必要もなく、明日になれば身をもって知ることとなる。 ―――― そして決行の日……。 口には誰も出さなかったがやはりみな不安は大なり小なりあるようだった。 ないという方がおかしいだろう。 それでもその不安を振り払うためにみなきちんと食事を摂り、いつもなら聞きたくない警報音を心待ちにしていた。 ニイナもその瞬間を心待ちにして、心臓の高鳴りを必死に抑えていた。 『決して失敗は許されない』そんな世界で生きてきた彼女たちだからこそ追い詰められたようなこの状況の方が冷静になるのは得意だった。 そしてついに遠くから警報音が鳴り響いた。 それと同時に一斉にイーブイたちの檻が開いていく。 「どうして!? なんで開かないの!!」 筈だった……。 そこで他の者が気が付く。 「最悪だ……今日がいつもと違う日だ……」 ニイナはまだここに来て日が浅いため知らなかった。 だが、彼らは既に知っている。 必ず進化体の動きがいつもと違う日があるということを。 そしてその時に限り、必ずいつもより檻が開くのが遅いのだ。 遅いといってもほんの数十秒。 だが今の彼女たちにとっては致命的なタイムロスだった。 「全員体調は万全だな!? あの場所まで駆け抜けるぞ!!」 ただ顔を合わせ、頷きあい、檻の開くその瞬間を待ち続けた。 鳴り響く警報音が止むと同時に全ての檻が一斉に開いた。 「行くぞ!!」 ヒヨシのそのいつもとは違う余裕のない掛け声と同時に、みなまだ開ききらない檻を潜り抜けて我先にと走り出した。 元々足の速いカワードとヒヨシが先にダクトの入り口へと辿り着き、カワードは真っ先にそこへ潜り込んだ。 ヒヨシも他のみんなが間違いなくついてきているのを確認した時点で潜り込んだ。 次にニイナとヒルド、追いかけるようにしてクロノ、ノエル、ジュンが辿り着いた。 元々あまり他のメンバーと比べると足の速くないシフル、カシャ、イブも少し遅れはとったもののなんとか辿り着いた。 みんな無事に辿り着けるかどうか不安だったため、最後のイブが壊れた通気栓から顔を出してとても安心した。 「いやぁぁぁああ!! やめて!! 誰か助けて!!」 それも束の間だった。 顔を出したイブがいきなりそういって悲鳴を上げた。 その時点でその場に居た全員が理解した。 「よせ! シフル! イブに今触ればお前も感染るぞ!!」 「でもここまで来れたってのに置いていくのか!?」 それでもシフルは動いていた。 ようやくここまで辿り着いたのにここで見殺しはいくらなんでも酷過ぎる。 だが、助けることができないのが真実だった。 「仕方ないだろ!! もう決めたはずだ!! 先に進むしかないんだよ!!」 そう言いクロノは涙を堪えて走り出した。 もう戻ることはできない、彼女を助けることもできない。 このままここで彼女が犯され果てていくのも見たくなかった彼らもクロムの後を追いかけて走り出した。 だが、その先を行くクロムの足が急に止まった。 「どうしたんだクロム!? 先に行くんだろ……!?」 「イヤァァァ!!」 クロムの姿を確認したヒヨシとカシャが言葉を失っていた。 急に歩みを止めたと思ったクロムの頭が無くなっているのだから。 代わりにそこから吹き出すのはおびただしい量の血。 噴水のように吹き出す血はクロムの傍の天板や壁、床を一瞬で赤く染めていき、瞬く間にそこに赤い池を作り上げた。 これでそこに確実に『何か』が居る事が分かってしまった。 希望へ繋がる絶望はまだ始まったばかりに過ぎない。 **闇を駆け抜けて 前編 [#jf4af469] 一瞬でその場は只の終焉を意味する場所になってしまった。 後ろではイブが犯され、既に彼女に理性はなくなっていた。 それどころかダクトの壊れた蓋の穴から出していたはずの顔はそこにはなく、ただ少し遠くから彼女の悲痛な媚声だけが聞こえていた。 目の前ではさっきまで生きていたはずのクロムが血だまりに沈み、返り血を受けたカシャが半狂乱の状態だった。 「落ち着け! 死にたいのか!?」 ヒヨシがなんとかカシャを落ち着かせようとしていたが、カシャはただ泣き叫び、ヒヨシに押さえ込まれながらただ暴れていた。 「嫌だ……嫌だ!! 僕は死にたくない! 帰らせてくれよ! あの檻の中に!!」 カワードはただ怯え、そこに進化体がまだ何十体もいるというのに蓋の穴から出ようとしていた。 ヒルドがなんとかそれを阻止し、シフルがなんとか説得しようとしていた。 あったかどうかも分からない淡い希望なんてものが目の前で奪われたのだ、普通ならカワードやカシャのようになっておかしくない。 「落ち着けカワード! 今外には奴らがうろついてるんだぞ!! それにもう何かが起こるなんて事予測できてただろ!」 シフルはそう言い、なんとかカワードを制止していた。 その場はなんとかカワードとカシャを落ち着かせ、一度ここで全員が冷静になるまで休むことにした。 そうでなければ既に進まなければならない通路の先、先程恐らくクロムの命を一瞬で奪ったであろう存在を相手に、逃げるにしても戦うにしても浮足立っていてはどうしようもできない。 だが、この場で冷静になることなど無理だった。 クロムの死体はそこにまだあり、血生臭さで死の恐怖をもう一度蒸し返し、外からはイブの既に弱々しくなった媚声を発していた。 前のそれも、後ろの声もただの恐怖でしかなかった。 しかし、そんな極限の状態が長く続けば先に精神の方が疲弊していく。 それともその逃れられない現実から少しでも離れるための防衛本能なのか、皆差はあったものの眠りについていた。 最も簡単な精神状態の回復の仕方だ。 もっとも、そうしなければならないほどに彼らは追い詰められていたのだ。 一人を除いて……。 ―――― 「やってられないわよ! 何が『ソト』に行ける! よ! 所詮最初から分かってた事だったのに私まで変な希望持たされて!!」 そんな独り言を呟きながらカシャは既に進化体のいなくなった広間を走っていた。 彼女はあの中でただ一人、ゲームの終了を告げる警報の音を待っていた。 目的はただ一つ、彼らの事を置いて一人ただ助かりたいためだった。 そこらじゅうに精液まみれのイーブイが転がっているが、彼女にはもう関係ない。 自分が元居た檻に戻る、それだけが彼女の目的であり、その中にまだ生きている者がいることや、ニイナたちの事などどうでもいいのだ。 カシャはそれなりに計算高かった。 今回の計画、上手くいけば便乗し、少しでも綻びが出た時点で他の9人を犠牲にし、自分はここに帰ってくるつもりだった。 そうすればこの定期的なゲームも既に存在する『安全地帯』を使えば、自分だけは絶対に助かることが分かっていたからだ。 彼女としては何故、そこまで強くもないカワードが今まで生きていたのかが不思議でたまらなかった。 そのため彼女はカワードがいつもゲームを生き延びている理由をしつこく聞いていたのだ。 いつもなら答えないカワードが今回の脱出計画のために教えてくれた彼だけの場所。 初めからこれが目的で、脱出自体は半分どうでもよかった。 しかし、ニイナの力説のせいで自分までそのムードに呑み込まれていたことをカシャは少し後悔していた。 初めからそんな希望を持っていなければ、今のように追い詰められた感情になることもなく、目の前で人の死を見る必要もなかった。 彼女もカワード同様、人一倍死ぬのが嫌だった。 だからこそこんな場所を出られるという希望は彼女の心を揺らがせた。 しかし、それも既に崩れかけた橋。 ならば彼女は最も安全な作戦をとるためにヒヨシによって落ち着かせてもらった時点で檻の中へと帰ると決めていた。 そして今、まさに念願の檻の前へと戻ってきていた。 「なんで!? なんで檻が開いてないのよ!」 が、全てが彼女の思惑通りというわけではなかった。 普通ならば開いているはずの檻に付いた小さな門が固く閉ざされていた。 本来ならばこの門はこの檻に存在する10匹全てがここを通るか、生存した者が全て戻ってくるまでは開いている。 そう、『生存した者が全て戻ってくるまで』は開いているはずなのだ。 現に彼女は門の前にいる。 「開きなさいよ! 私を……私を元の世界に返しなさいよ!!」 それはつまり、彼女は既に死んだことにされているということだ。 彼女は知っている、この後、そこらじゅうに転がる死体と卵を回収するためにもう一度進化体がこの辺りをうろつくことを……。 その進化体にも彼女たちを襲うという目的があるかどうかは知らないが、その場にいることは極めて危険だ。 どれだけ体当たりしようと、ゆすろうと開く気配のない門に彼女は次第に焦っていった。 すぐにみんなのいる場所まで引き返せばよかったのにも関わらず、思考は『門をなんとしてもこじ開ける』という一点に定まってしまった。 焦れば焦るほど思考の視野は狭くなっていく。 それはすぐ後ろに奴らが来ていることにも気が付かないほどに。 「いや! やめて!! なんで私が……いや、いや! いやぁぁぁぁ!!」 ―――― ニイナは目を覚ましてまず、その死臭に気が付いた。 あまり良い寝覚めとは言えないが、それでもすぐに意識をはっきりとさせてはくれた。 「クロム……」 こちらに背を向けたまま倒れ込んだだけのように見えるその死体は、声を掛ければ起き上がってくれはしないか……そんな淡い希望から彼の名を呼んだ。 既に血の匂いにも慣れてしまったのか、それとも極限の精神状態がそれを当然のことと認識してしまったのか、そこに転がるクロムの死体に近づき、確かに頭がないことを確認しても既になんとも思わなくなっていた。 「それ以上奥には行かない方がいい。後で全員が起きたら作戦を決めるぞ」 ふと後ろから聞こえた声はヒルドだった。 彼の顔はいつも以上に張り詰めたものになっていた。 こんな状況では仕方がないことだろう。 ダクトの穴を覗き、そこに居るであろうイブの姿を確認したが、思っていた通り、ピクリとも動かなくなっていた。 「僕が……僕がここに逃げ場があるなんて言わなければ……」 その蓋のすぐ傍でカワードは震えながらそんなことを呪文のように呟いていた。 後悔の念かそれとも死んでしまった者たちへの懺悔なのか……どちらにしろ彼の精神はかなり追い詰められているようだ。 とはいえ彼も大事な仲間だ。 「大丈夫よ、カワード。必ず『ソト』にみんなで行きましょう」 静かにニイナは声を掛けた。 それでも彼はとても怯えていた。 「なんでなんだよ! 僕のせいでクロムもイブも死んじゃったんだ!! 僕がここの事を言わなければ今までのままだったんだ!!そのままでよかっ……」 「それ以上ふざけた口利いてんじゃねぇぞカワード!!」 彼の悲痛な叫び声はそんな怒号により掻き消された。 カワードは完全に竦み上がり、その声の主に壁に押し付けられていた。 その人物はヒルドではなく…… 「ヒ、ヒヨシ!?」 凄まじい形相とドスの利いた声はいつもの彼からは想像もできなかった。 彼はその鬼のような形相のままカワードに追い詰めるように言葉を浴びせていった。 「あいつらが死んだのは絶対にてめぇのせいなんかじゃねぇ! 全員間違いなくあの時誓っただろ! 『全員で生き延びる』って! 決起した時点で生きようが死のうが自分のせいなんだよ! 無駄な責任背負い込んで死ぬ理由を見つけようとしてんじゃねぇよ!!」 彼の言っていることに間違いはなかった。 だが、彼の変わりようはあまりにも唐突過ぎてニイナとカワードはただ彼の言葉を聞いているしかなかった。 一通り言いたいことを言い終わるとカワードは少し落ち着いたのか、 「悪かった……。けどこのまま何もしなけりゃお前はそのまま死にそうだったからな」 そう言ってヒヨシはその場を離れていった。 彼の怒号で全員起きたのか、カワードと少し距離を置くヒヨシのことを全員声は掛けなかったが驚いた表情で見ていた。 「みんなは……強いよね……。僕にはニイナやヒヨシみたいに強くはなれないよ」 泣きながら小さな声でそう言ったカワードにニイナはそっと頭を撫でてあげた。 「あなただって強いわ。そうじゃなきゃここを教えようと思えなかったでしょ?」 そう言って彼を肯定してあげた。 ニイナにもそう見えたのだ。 このまま放っておけば彼は死に急ぐか無理にでも戻ろうとしそうに……。 起きた他のみんなはやはりクロムの死体を一度確認し、覚悟を決めた上でみんなで今後のことを話していたようだった。 ここには食料がないためあまりモタモタすることはできない。 行くにしても戻るにしてももう決めなければならないからだ。 「悪かったなニイナ。多分君も驚かせたはずだ」 その様子を少し離れたところで見ていたニイナにヒヨシが声を掛けてきた。 そこにはいつもの彼の姿があったが、やはり申し訳なさそうな顔だった。 「意外だったわね。あなたがあんな怒り方するなんて」 ニイナも包み隠さず自分の思ったことをそのままヒヨシに伝えた。 するとヒヨシはフゥと小さく息を吐き 「俺は昔からお人好しだったわけじゃない。外にいた頃には俺にも色々あったんだ」 そう言って彼は自分の過去を語りだした。 ―――― とあるところに一匹のイーブイがいた。 生まれてすぐに彼は天涯孤独の人生を歩み出すことになる。 彼も、生まれてすぐにトレーナーによって捨てられたポケモンの内の一匹だった。 『人間は自分勝手だ』そんなことを思うほど生きてもおらず、なぜ捨てられたのか意味が分からなかった。 だがそれを考えさせてくれるほど世界は優しくなかった。 自分よりも何倍も大きな相手に襲われそうになったり、食事を求めて彷徨えば人間にも殺されそうになったり……。 そこで幼いながらに彼は決めた。 『信用できるものなどこの世の何処にもない』そう胸に深く刻み込んで、彼は強く生きた。 それから彼はたくましく生きた。 縄張り争いに勝ち、それなりに悪くはない場所を確保し、苦はないほどの生活ができるほどに強くなっていた。 そんなある日、彼はちょっとしたヘマをし、人間から追い回されていた。 その時、逃げるために駆け込んだ雑木林を抜けた先で、彼は自分の人生を大きく左右する人物に出会った。 「イーブイだ!」 急に声が聞こえ、彼は警戒しながらそちらを向いた。 逃げ切ったと思った矢先にそこに人がいればそうなるだろう。 彼は人間の言葉が少しだけ理解できていた。 逃げるために覚える必要があったからだ。 だからこそ驚いた。 「ねえ、僕と友達になってよ!」 その少年の言葉は彼にとって意味の分からないものだった。 少年はとてもキラキラとした目で、彼のいる方に手を伸ばしていた。 勿論、彼は近寄る気がなかった。 以前にそうやって殺された他のポケモンを知っているからだ。 その場は彼はすぐに走り抜け、また雑木林の中へと戻っていった。 いままではなんともなかったはずなのに、振り返った時に見た、少年のそのとても悲しそうな表情は彼の心に強く印象として残っていた。 それから数日経ったある日、彼はどうしても少年の表情が忘れられず、いつの間にかその場へまた行っていた。 彼の姿を見たその少年はとても嬉しそうな顔をしていたのも今もよく覚えている。 「僕はシュウだよ! 君の名前を教えて欲しいな」 その少年、シュウはとても楽しそうにそう聞いてきたが、そんなことできるはずがない。 そもそも彼には名前などなかった。 彼の名を呼ぶ必要がある者もおらず、自分も名前が必要ではなかったからだ。 それに人間の言葉はある程度分かりはするが、喋れるわけではない。 警戒しつつもシュウの足元でジッとしていた彼は何も言わずに彼の顔を見ていた。 不思議なことにシュウも彼が喋ってくれるのを待っているのか、ワクワクとした表情で彼を見つめていた。 「ブイ」 仕方なく、一言そう言うと、シュウはとても嬉しそうに満面の笑みを見せながら 「君はブイって言うんだね!!」 と彼に聞いていた。 答えようにも人間に言葉は通じない。 小さく溜息を吐きながら彼は庭先の雑木林に目を向けていた。 横で彼がブイ、ブイと嬉しそうに『名前はない』と言った彼の言葉を名前と思って呼んでいた。 そんな風にして何十日かが過ぎていったある日、いつもと変わらずシュウはとてもワクワクしながら彼を待っていた。 彼がいつものように雑木林から顔を出し、彼の足元に行くと 「ねえブイ! 僕のパートナーになってよ! 一緒にポケモンマスターを目指そうよ!」 急にそう言ってきた。 手に持ったモンスターボールを震える手で見せながら。 途端に彼は走り出した。 『それ』に関しては彼はいい思い出がないからだ。 『最初から俺を捕まえて殺す事が目的だった』そう悔しい思いを胸に抱きながら。 それから数日後、彼はもう一度、シュウの元を訪れていた。 今まで信用したこともないはずの人間だったのに、シュウだけはどうしてもそういうことをするとは思えなかった。 久し振りに顔を見に行くと、そこには別人と見まごうほどにやつれたシュウの姿があった。 彼の登場にシュウは痩けた顔でもはっきりと分かるほどに嬉しそうな表情を見せていた。 「ごめんね。ボールが嫌だったんでしょ? それなのに戻ってきてくれて」 大体のことを想像していたのか、シュウは彼の心を理解していてくれた。 枯れ枝のような腕を伸ばし、彼の頭を撫でると、またシュウは嬉しそうにしていた。 彼は今まで一度も撫でさせたこともなかったからだ。 どんなにここにいようと彼は常に警戒していた。 信用できないと思っていたから。 だが、彼の今の様子を見て覚悟を決めた。 『せめて最後ぐらいは彼に合わせてあげよう』と。 誰が見てもそのやつれ方はおかしかった。 というよりも、元々彼と会っていた毎日も少しずつ彼が衰えていくのが目に見えていたからだ。 そして彼らは人間よりも六感が鋭い。 シュウの先があまり長くないのを予感していた。 細い腕でシュウは初めて彼を抱き上げ、足の上に乗せた。 細く、あまり熱を持っていないその手で優しく頭を撫でながらシュウは語った。 「君はお人好しなんだね。 あのまま戻ってこなくても僕は君の行動が理解できてたのに、君はわざわざ戻ってきてくれた。 ブイ、ありがとう。 これからも君はそのまま変わらないでね」 か細い声はそれでも力強く聞こえた。 シュウの撫でる手の動きが止まるまでただそこにいた。 それが、彼の心を裏切った自分に唯一できることだろう。 そう思いながら……。 **挿話 とある科学者たちの会話 [#e0054401] 一人の科学者がいつもの業務を終わらせ、研究所内にある自室へ向かっていた。 彼にとっては殆ど自分の家と言っても過言ではないだろう。 既に上からの圧力で何ヶ月も本当の家には帰っていない。 というのも、そろそろ研究成果を上げてもらわないとこの施設を取り壊すなんてことを言ってきたのだから仕方がなかった。 この研究施設には大きく分けて二つの施設があり、そこにイーブイが数万匹ほぼ放し飼いのような状態で管理されている。 一つ目が戦闘実験研究棟。 主な目的はこの施設内で使用されているようなとても強力なイーブイの進化体を生み出す事。 そのために早い段階から常に死と隣り合わせのような過酷な訓練が行われている。 内容は既にカオスボールによって捕獲し、従順な駒となったイーブイの進化系やそれよりも更に大きかったり強力だったりするポケモンによる一方的な殲滅のようなバトルだ。 そのため大半のイーブイは戦闘実験中に死んでしまうが問題はない。 この戦闘実験はただイーブイを強力な駒にすることだけが目的ではなく、戦わせているポケモンの投薬実験やそれに伴う副作用、そして平均してどれほどの攻撃力を引き出しているのかなどを測ることも目的だ。 謂わば、より強力なイーブイ進化体の製造工場であり、ローコスト、ノーリスクの投薬実験場でもある。 しかし、そのために大半のイーブイが死んでしまうのなら意味がないように思われるが、イーブイの死体はフードプロセッサーにかけて餌に混ぜこめば餌のコストを抑えられ、新薬が副作用もなく完全に完成すればそれでもお釣りが有り余るほどの大金が転がり込んでくる。 しかし、ここ最近はあまり新薬の効果が臨床段階まで進むことも少なく、なかなか成果を上げていなかったのだ。 いくらコストを抑えているとはいえ、数万匹が収容できるほどの巨大施設、存在するだけで莫大な費用を消費する。 そのためにもう一つの施設が増設された。 それが養殖実験研究棟である。 こちらの施設では主にイーブイの繁殖を行なっている。 今まではそこらじゅうにいる野良を片っ端から捕まえて施設に放り込んでいたが、それではあまりに採算が合わなかったので作られた施設だ。 ここでは十分な食事と睡眠を与え、定期的に大量の卵を生産するのが目的である。 最初はイーブイ同士で繁殖させていたが、それではあまりにも非効率だったため、今の形に進化し、以後定着している。 全滅したのでは取り返すまでの時間が掛かるため常に全体の3割程度がイーブイの進化系と交わり、卵を産み落とせば自動的にブザーがなるような仕組みになっている。 計算するのは新たに施設内に誕生した卵の数のみで、施設内に存在するイーブイの数の増減は気にしていない。 そうしなければ卵を複数産み落とし、その母体が絶命した場合に計算が合わなくなってしまうからだ。 その後、檻についているゲートのセンサーにイーブイが触れた数で残りの檻の中のイーブイの数を把握しているため、一定時間内に戻ってこなかった場合は死亡とみなし、檻にロックをかけ、新たなイーブイをその檻に追加するというとても簡単なシステムだ。 別に必ず数が合わなければいけない必要もないのでその後、イーブイの進化体に施設内を巡回させて卵を回収させるついでに、その残りを『始末』するようにしている。 が、イーブイの進化系は全てカオスボール管理なので恐らく、『始末』するよりも先に優先度の高い『卵を産ませる』というプログラムの方が働くだろう。 本来ならばメスのみにすれば効率が良いのだろうが、正直な所その選別をするよりも雌雄同数の進化体を送り込んで産ませる方が早いのだ。 そしてここで産まれた卵は孵化室で孵化させ、その個体の持つ潜在的な能力値によって二つの棟に分けられていく。 そうやっていつの間にかここは大きな循環施設になっていた。 そして自室へ戻ってきた研究者はまず最初にノートを開き、今日の成果を書き記していった。 書き記す内容はこういったものだった。 evolution計画は今の所順調に進んでいる。 しかし、上からの圧力で今にもこの研究そのものがなかったことにされそうだ。 この研究所内で働いている私たち科学者しか今のevolution計画の実態を知る者はいないが、それでも今計画を終わらせてしまうのはあまりにも勿体無さ過ぎる。 この計画、この研究は必ず人類の進化、ポケモンの進化を招く素晴らしい研究だ。 ひとまず、いつものように私はその場しのぎの研究結果を持っていったが、いつものように返事は芳しくないものだった。 恐らくもう少し、あと少しでevolution計画を一歩進める新たな因子が見つかるはずだ。 それまでは何とかして適当な研究成果、そしてそれが商業的価値のあるものを渡し続ければ計画のワンステップの進行を待ってくれるだろう。 上が真に欲しいものは私達科学者と同じevolution計画の完成のはずなのだから。 それは成果というよりも日記に近かった。 それもそのはず、誰が覗き見れるか分からない代物に本当の内容は書き記さないだろう。 だからこそ彼らの雇い主である者は気付いていないのだろう。 彼らが成し遂げようとしている事に……。 ―――― 「よお。どうだった? 今日持って行った研究結果は?」 部屋を出てきた彼に一人の男が話しかけた。 彼も同じく白衣に身を包む科学者。 「ダメだ。元々上手くいっていた研究でもなかったし、今回も前回同様リスクが大きすぎる結果だからな。商業的価値は薄いって評価だったよ」 両手を挙げてまさにお手上げの様子を見せ、彼はそう語った。 彼らが精魂込めて完成させようとしているのはevolution計画のみ。 そのためそれ以外の研究は5、6割完成した時点で見切りをつけて『商品』にしている。 極稀に有用性の高い薬品などがあった場合に限り、完全に完成させるがだいたいはそんな感じで一般市場に顔すら出さないような代物ばかりだ。 彼の報告を聞き、その科学者は笑いながら 「一般人には分からないさ。この研究がどれほど素晴らしいことか……。正直な話、他の研究なんかする時間があるならevolution計画の完成を急ぎたいんだがね」 そう言い、少し呆れた表情を見せて溜め息を吐いた。 機密保持のためにここの研究者は誰一人として計画に関する情報を残していない。 唯一保管している情報は外界と完全に隔絶したこの施設専用のコンピューターのみである。 そのコンピューターさえも情報を暗号化、多重ロックをかけ、部屋に入る場合も最高責任者権限を持つ者5名のIDカードが必要だ。 それほどまでにして彼らが作り上げようとしている研究は一体なんなのか……想像もつかないが、得てして研究者が没頭するような研究は碌なものがない。 「仕方ないさ。一般人にとっては必要なのは今の利益、今の充実だ。先の繁栄なんて想像もつかないだろう」 彼はそう言うとポケットから通信端末を取り出した。 その内容を確認すると、彼は顔色を変えてその科学者に 「おい! ついにevolution計画がさらに進みそうな因子が見つかったそうだぞ!」 そう嬉しそうに言った。 その言葉にその科学者もとても嬉しそうな表情を浮かべていた。 「こりゃ話してる場合じゃないな。すぐにその様子を見に行こう」 そう言い二人は顔を見合わせると早足で何処かへと去っていった。 **闇を駆け抜けて 後編 [#sac34a8f] 「そのままシュウは眠るように亡くなっていたよ。次の日にはもうそこに彼の姿はなかった」 あまりに唐突だったが、それでもニイナにもヒヨシの複雑な思いは伝わった。 悲しい、とも言い難く、良かったとも言い難いそんな不思議な彼の昔話。 「それでヒヨシはお人好しになろうとしたの?」 ニイナがそう聞くとヒヨシは頷き 「なろうとした。というより、元々無理をしていたんだと思う。だから元に戻ったって方が正しいかな? んで、お人好しがそんなツンケンした態度じゃ意味ないからキャラだけは作り替えたけどね」 そう言い、ヒヨシは笑っていた。 「だからニイナには世界のいい部分を見てもらいたい。俺が出会ったのはあくまで悪い部分ばかりだったってだけだから。だから世界に希望を持っていてもらいたい」 彼はそう言うと立ち上がり、皆の元へ歩いて行った。 何をするかは分からないが、彼なりに考えていることがあるのだろう。 「ニイナ。カシャを見てない?」 そのまま流れるようにノエルがニイナに声を掛けてきた。 そこでニイナもようやく気が付く。 こんなに狭い空間なのにカシャの存在がどこにもないのだ。 そこで彼らの方を見ると、どうやら彼らも話していることはカシャのことのようだった。 それが原因で意見が割れていた。 カシャが戻ったのなら自分も戻ると言う者と、自分たちだけでも外へ行くと言う者に分かれてしまっていた。 彼女たちは知らないが、既に戻ることはできない。 そしてニイナは元から戻るつもりがなかった。 外に落ちている身動き一つしないイブの死体を見ていればどうしても戻ろうという気にはなれなかった。 いずれはああなってしまうのかもしれない。 そう思えば戻るためのその穴はとても恐ろしいものにしか感じられなかった。 「ノエル。たとえカシャが一人で戻ってたとしても私は『ソト』に行きたい。そうじゃなきゃここまで来て意味がないもの」 既にこの場にいないことからニイナはそう解釈し、そしてその上での自分の意見を彼女に言った。 するとノエルは少し安心したのかうっすら笑うとそのまま他の相談している者たちの所へ行った。 「ニイナ。行くなら覚悟するんだな。この先、死ぬかもしれない。そしてなんとか生きて出られたとしてもその先、必ず幸せが待っているとは限らない。しかし……」 「幸せが待ってるかもしれない……だよね?」 ヒルドの声に続けるようにニイナがそう言うとヒルドは少し笑って頷いた。 僅かでも希望があるのなら賭ける意味がある。 そのためにもう一度だけニイナに思い出させたのだろう。 「行くのなら俺は必ずお前を外へ出す。この身が滅びようとも」 何がそこまでさせるのかはニイナには分からなかった。 だが、ヒルドのその言葉はとても頼もしく感じられた。 「行くならみんなで。もう誰も死ななくていいように頑張ろう!」 そう、ニイナは元気に言った。 この絶望的な中でニイナは確かに希望を見出していた。 だからこそ彼らもついていこうと思えたのだろう。 分かれていた意見はニイナの説得もあり、なんとかまとまった。 決して最後まで諦めない。 そしてニイナに対してみんなが口を揃えてこう言った。 『一番最初に言い出したのはニイナだ。だから君は必ず外に行くべきだ。たとえどんな犠牲を払っても』と。 気持ちが一つにまとまったのであれば悩んでいる暇はない。 暗く先がよく見えなくなっているダクトのさらに奥を睨みつけるように見て、全員もう一度覚悟を決めた。 そこには得体の知れない何かがいる、そしてそれは確かにクロムの命を一瞬で奪えるほどの力を持っている。 そう再確認してゆっくりと歩き出した。 少し進んだ所でヒヨシが全員を止めた。 そしてクロムの死体を押して、その先にいる何かを確認するための変わり身として使用した。 が、一瞬でクロムの頭を吹き飛ばしたそれは現れなかった。 全員が顔を見合わせ、一言も発さずにその暗い通路を全員で走り出した。 恐らくそれと出逢えば終わりだ。 そうなれば誰かが犠牲になるか戦って勝つしかない。 そんなことだけは避けたい。 ならば答えは唯一つ。 『見つからないように全神経を集中して出口まで走り抜ける』 ただそれだけだ。 誰かが気配を感じた時点で慎重に動き、その暗いダクトの中を蠢く他の存在にバレないように時に素早く、時にゆっくりと進んでいった。 だが、途中で一つ問題が発生した。 暗すぎて前が見えないのだ。 ダクトは元々空気を循環させるためのもの。 そのために光源を考える必要もなく、誰かが通る事も考えないのでとても入り組んでいる。 一歩間違えば逆戻り、運が悪ければ奴らに出会ってその場で終わりだ。 するとヒルドが深くため息を吐き 「一つだけ明るくする方法がある。但し、確実に奴らと出会う危険性も恐ろしく高くなる。どうする?」 悩んでいる暇はなかった。 こうしている間にもそいつらはやってきているかもしれない。 そのため本当に賭けだった。 だが、全員が首を縦に振った。 ヒルドは全身に力を込め、その体を仄かに光らせるほどに何かの力を溜めていた。 周囲にいるニイナたちの顔が確認できるほどに明るくなるとヒルドは目を見開きそれを一気に放出した。 「にほんばれ!!」 途端に太陽がないはずのダクトの中に目映い太陽光が燦々と降り注いでいた。 あまりに一気に周囲が明るくなったのでみんな目が眩んでいたが 「今だ!! 走り抜けるぞ!!」 そういうヒルドの声に導かれ、全員、風の吹き込んでくる方向へと走り出した。 そしてついに彼らはその正体を確認する。 「あれは……ヤミラミだ!」 ヒヨシがそう言った先には眩んでいるヤミラミの姿があった。 だが、そう言われてもこの中にそのヤミラミという種族のことを知る者はヒヨシとヒルドしかいない。 二人はその姿を確認して覚悟した。 闇の中で彼らに会えばそれは死を意味すると。 「こっちだ! 急げ!!」 風の流れにいち早く気が付いたシフルがそう叫び、みんなを誘導したが 「伏せろシフル!」 ヒルドの声に気が付き伏せた彼のすぐ上をヤミラミが飛び込んできた。 ついに遭遇してしまった。 そうなれば戦わなければならないが、二人以外はこいつとの戦い方を知らない。 「先に行け!!」 「でも!!」 ニイナがそう叫んだが、今回はシフルの誘導で先に押し出された。 他のみんなも走り出したが、彼らの言う通り、二人だけが残らなければ邪魔になるのだ。 「ヒヨシ。頃合を見て逃げるぞ。」 ヒルドはそう言い、警戒したまま後ろを確認した。 間違いなくその場にいるのはそのヤミラミ一体のみ。 倒しても構わないだろうが、あまり時間をかければみなとはぐれることになる。 ヒヨシも頷き、構えた。 ヤミラミは振り向くと同時にまた飛びかかってきたが、既に軌道が読めていれば戦い慣れしている二人ならば難なく躱すことができる。 そのままヒヨシはアイアンテールを繰り出してヤミラミの足止めをし、その間にヒルドが力を溜めてシャドーボールを繰り出してヤミラミを吹き飛ばした。 そして彼らもすぐに駆け出した。 この場にヒヨシとヒルドが居たのは奇跡だっただろう。 そうでなければさっきの時点で全滅の可能性もあり得た。 だが 「こっちにも!?」 先に進んでいたニイナたちの元にも他のヤミラミがやってきていた。 こちらには戦闘要員となれる者はニイナしかいない。 そしてそのニイナもヤミラミとの戦闘経験はない。 ニイナが覚悟を決めて、ヤミラミを真っ直ぐに捉えたが 「こ、こっちだ! 目ん玉オバケ!!」 少し離れた場所でカワードが泣きそうな表情でそう叫んでいた。 「カワード!? 何をしてるの!」 その声に気付いたのか、ヤミラミはそちらへと向き直した。 その瞬間にカワードの表情は少しこわばったが 「ぼ、僕も追いつくから……! だからみんなは先へ行って!! もう僕のせいで死んで欲しくないんだ!」 泣きそうな表情のままそうカワードは叫び、ヤミラミが走り出したのを見てカワードも急いで逃げていった。 声をかける暇もなく、カワードとそのヤミラミは何処かへと姿を消していった。 「行くぞ!! ああ言ったんだ! 必ずカワードと合流できる。そうだろ!?」 シフルの声に我を取り戻し、ニイナたちはさらに奥へと走り出した。 もう一度、みんなと再開できることを信じて……。 ―――― みんなと離れたヒヨシ、ヒルドの二人は必死にみんなの進んだと思われる方向へ走っていた。 全神経を集中し、風の流れを読みながら進んでいるが、この先にいるという確信はないため少し焦っていた。 「ここは!?」 「右だ! 急ぐぞ!」 常にヒルドが周囲に警戒し、ヒヨシが風の流れに警戒していた。 その一方、ニイナ達の方はカワードの勇気ある行動により何とか難を逃れ、先へ進んでいた。 だが、ここに来てついに日本晴れで照らされていたダクトの明るさが徐々に落ちてきていた。 暗闇の中では早く移動することができない上に、ニイナたちは知らないが、ヤミラミにとって暗闇は絶好の環境だ。 今まで全力疾走で駆け抜けていたが、ここで彼らはついにその速度を緩めていった。 そもそもそんな暗闇では全力で駆け抜けるなどしていれば壁にぶつかって怪我をするのがオチだ。 そしてそこをさらに進んでいけばついに最初の頃のような薄暗い通路だけになってしまった。 ひとまず全員息を整え、今度は周囲の敵に細心の注意を払いゆっくりと進み始めた。 物音も立てないようにゆっくりと進んでいくが、暗く先の見えない通路はそれだけで不安を煽る。 だがそれでも止まることはできない。 ここまで来て死んでしまえばクロムやイブに申し訳が立たない。 しかし、不安はあるものの他にも頼れる仲間がいるためか心の何処かでは安心していた。 ニイナの中ではヒルドもヒヨシもカワードもまだ生きている。 だからこそ、何処かで必ず再会できるだろう。 そう信じていた。 カシャはともかく、イブとクロムは目の前で死んだのを見てしまった。 そのため逆にまだ死んだ確信がない人は生きていると思えたのだ。 そんな心の余裕ができたためか、目が暗闇に慣れたためか、そこが完全な暗闇でない事に気が付いた。 既に後ろで照っていたヒルドの日本晴れは完全に消えてしまっていたが、それでも確かに何処かに光源があるのかうっすらと明るくなっていた。 「みんな! あっちの方から光が射してるみたいよ」 あまり大きな声では喋らず、近くにいるみんなにしか聞こえないようにそう言うと、みんなとても嬉しそうな顔をしているのがうっすらと見えた。 暗闇の中でこの光はまさに理想郷へと続く光の道だ。 だが 「三人と合流した方がいいわ。ここまで来たのなら全員で出ましょう!」 ジュンがそう切り出した。 彼女が言う通り、他の三人と合流したいというのは全員が思っていることだ。 しかし、こんな暗闇の中で長く待ち続けることはできない。 「分かった。けどそう長くは待てないから、待っている間の安全を確保できる場所を探そう」 シフルの提案に全員が賛成し、一時出口を目指すのではなく、安全を確保できる場所を探した。 とはいえ元々ただのダクト、ここにそんな場所があるとは考え難い。 しかし、ないわけでもないようだ。 ちょうど袋小路のようになった場所があった。 その場所は他よりも少しだけ広く、真上に通路と同じダクトが続いていた。 恐らく他の場所に向かって空気を送る場所なのか、それとももらう場所なのか、何故かここは空気の流れがないため良く分からなかった。 元々空気の流れは弱く、集中していても吹いていない時もあったほどだ。 もう少し経てば吹いてくるかもしれないが、それが分かった所で今の彼女たちには不必要な情報だ。 「ひとまずはここで待つことにしよう。三人がもしも来れた時のために一人は必ず聞き耳を立てておこう。他のみんなは休憩、疲れたら交代していけば大丈夫だろう」 シフルの提案でまずはシフル自身が見張りに立った。 ニイナたちもずっと張り詰めていた緊張が僅かながら解けたことでようやく休憩することができた。 みんな身体的よりも精神的に疲れが来ていたのでこの休憩はとてもありがたいものだった。 だが、それはシフルも同じはず。 すぐに疲れが押し寄せて交代するだろう。 ―――― 「ニイナ。交代よ」 シフルの後、ニイナが見張りにつき、その長い耳をピンと立てて様々な物音を聞き漏らさないように集中していた。 シフルも疲れがドッときたのか今にも寝てしまいそうな勢いだった。 そしてまだ疲れが来ていたわけではなかったが、ジュンが気を使ってか交代しに来てくれた。 「ありがとう。でもあなたはまだ休んでいなくていいの?」 まだ余裕のあったニイナがそう聞くと彼女はニッコリと笑い 「大丈夫。元気だけが取り柄みたいなものだから」 そう言って彼女はニイナを置くに押しのけ、無理やり交代した。 彼女としてはずっと助けてもらってばかりだったため少しでも恩返しがしたかったのだ。 無理やり戻されて腰を落としたニイナはふと考えた。 『もし、このまま外の世界に出れたのならみんなは一緒に行動するのか、それともそこでさよならなんだろうか』と……。 一緒に行動するのもおかしな話だが、かといってそこでさよならというのも寂しかった。 このダクトには得体の知れないものがうろついていて、確かに一人殺された。 そんな死と隣り合わせの場所を駆け抜けた者たちだからこそ一緒にいたかったが、外に出たのならいつまでも一緒に行動する必要はない。 そもそもみんな外に出たあとにやりたい事、見てみたいものは絶対に違うはずだ。 性格もこれほどまでに多種多様なのだから思考も多種多様になるはずだ。 だからこそもう一度考えた。 外に出たらまず、何をしたいのかを。 「カワード? カワードなのね! よかっ……」 見張りをしていたジュンが急に騒ぎ始めた。 彼女の言葉はみんなが一番期待していたことだった。 だが、飛び込んできたのは一番来て欲しくない相手だった。 「ノエル!!」 飛び込んできたその影はそのまま真っ直ぐに目の前にいたノエルの腹部を貫いていた。 ニイナとシフルはすぐに戦闘態勢をとったが、そのヤミラミを追いかけるように飛び込んできたもうひとつの影によってそのヤミラミは壁に叩きつけられていた。 その正体はシャドーボール。 「みんな無事か!?」 ヒヨシとヒルドが駆け込み、すぐにヤミラミへ追撃のアイアンテールを叩き込んでいた。 まだ起き上がろうとしている途中だったヤミラミは見事にその硬質化したヒヨシの尾で脳天を叩き割られていた。 「ジュンは!? 入口で見張ってたはずなんだ!」 シフルがようやく再会できた二人に順のことを聞くが、二人とも首を横に振るだけだった。 そしてこちらも既に虫の息だった。 「いや! いや!! ノエル! 死なないで!!」 横たわったままのノエルは風が通り抜けるようなヒューヒューという荒い息をしていた。 口からは血が溢れ、腹部からは内蔵が出てきてしまっていたが、それでもまだ彼女は生きていた。 「ニイナ! 急ぐぞ! にほんばれも使ったし、これだけ騒げば奴らが来る!」 ヒルドがそうニイナに言ったが、彼女はノエルの前足を手にとって涙をこぼして首を振っていた。 「ニイナ!!」 「早く! もうそんなに時間がないんだ!!」 ヒヨシやシフルもそう言ったが、ニイナにとってまだノエルは生きていた。 だからこそ置いて行きたくなかった。 カワードのように誰かを犠牲にして先へ行きたくなかった。 だが、ノエルは涙を浮かべるニイナの瞳を真っ直ぐに捉えて 「お願い……私の分まで……『ソト』で生きて……」 そう笑顔で、力のない声で言った。 嫌だった。 これ以上もう誰かが死ぬのは……。 だから彼女は振り返らずに走り出した。 まだ必死に生きようとしているノエルも、駆け抜ける横で真っ二つになっているジュンも見ずに光の差し込む方へ走り出した。 **『ソト』へ…… [#j1c5ff77] ただひたすらに走っていた。 そうすればあいつらに追いつかれなくて済むだろうから……。 全速力で、無我夢中で走って走って……気が付けば周りには誰もいなくなっていた。 そこでようやく彼は上がった息を整えた。 「みんなは……無事かな? ハハ……そんなこと考えるような性格じゃなかったのにな……」 カワードはここでようやく落ち着けたのか、色んな事を思い出していた。 物心がついた頃には小さな部屋((保育ケース))に閉じ込められて毎日のように人間の顔を眺めていた。 その人間たちの顔はどうしてもカワードの事を見る時、にやけているように見えて、その頃からカワードにとっては人間とは恐ろしい存在だった。 特に何かしてくるわけでもなかったが、何も分からないカワードも何かしたいわけでもなかった。 ただ、その笑みが怖くて仕方がなかった。 それから数年、彼はますます臆病になっていたが、雄としての昨日は果たせるように成長していた。 初めてその小さな部屋から出してもらえた時、カワードは暴れなかった。 掴み上げられた事が恐怖であり、初めて接したその人間の僅かな温かみはどこか彼の心を安心させた。 その直後、彼は以前ニイナが閉じ込められた小さな檻と同じ場所に連れられていった。 何が起こるかも分からないまま四肢についた足枷と仰向けに寝かされたままの背中のコンクリートの冷たさだけがひしひしと伝わってきて、それは彼に死を連想させる恐怖を与えていた。 人間が最後に轡を付けて、何かチクリとするものを首元に刺した後、ついに誰もいなくなりただ静かなだけの空間になってしまった。 だがどういうわけか今まで体験したこともないような高揚感を味わっていた。 体が火照るような、その火照りが下半身のある一点に集中しているようなそんな感覚だった。 いつの間にか息も荒くなっていたが、轡のせいでとても息がしにくかった。 そんなカワードに一匹のエーフィが覆い被さってきた。 彼にとって自分の進化体であったとしても見知らぬポケモンに変わりはない。 急なその状況は彼を不思議な高揚感から一気に覚ました。 はずだったのだが、恐怖にも勝る不思議な感覚が電流のように体中を駆け巡っていた。 「ハァ……! ンァア! なにコレェ!?」 一瞬で彼は初めてを奪われ、一瞬で骨抜きにされていた。 先程までの恐怖も何処へやら、ただその例えようのない快感は彼に他の事を考えさせるのを阻止した。 『も……もしかして……これが交尾なの……? 気持ちいい……』 ようやく理解したその行為は初めてでも本能とはすごいものだ。 何をすればいいのかは分からないが、その荒々しいその女性の行為は彼を初めて恐怖から解き放ち、恍惚とした表情を浮かべさせるほどにまでなっていた。 荒くなる息、フヨフヨと何処かを漂うような夢心地。 それはまさに雄が夢見る理想のような刺激だったが、それは風船のように弾けることなく溜まり続けるものだ。 次第に甘い刺激は痛みにも似たものになり、下半身の一点、雄の象徴を更に熱くさせていき、彼のその風船の中身を全て吐き出した。 あまりに激しい行為は彼に数分も持たせることなくその生殖に必要なものだけを一気に搾り取り、何処かへと歩き去っていった。 苦しい息とは裏腹に吸い込みにくい空気を必死に吸い込んで体の火照りを抑えようと必死だった。 だが、不思議なことに一回出せば収まるはずのソレは今だに治まらず、さらに勢いを増しているようにも思えた。 そうしてカワードのモノが痛々しいほどにまで腫れた頃にまた別の雌が覆いかぶさるのだ……。 ニイナと同じく気が付けば彼らがいた檻の中。 そこにいたイーブイたちはニイナが入ってきた時とは若干顔ぶれは違ったが、それでもカワードにとってはそれらも恐怖でしかなかった。 初めての性行為は彼の心に深い傷を残した。 始めの内は何度か襲われ、死にかけるまで性を絞り尽くされたが、それから程なくして彼は例の壊れた通風孔の蓋を見つけ出した。 それから今のメンバーが揃うまで毎日そこへ逃げ込み、ただひたすらに時間が経つのを待っていた。 何度か奥に行こうかとも思ったが、カワードの性格と敏感な鼻や耳が僅かな血の匂いや聞いたこともない鳴き声を聞いてその先へ行かせる可ワードの中の小さな好奇心を押し殺していた。 彼の臆病さは生来のものだが、臆病は生きる上ではとても大事な事だ。 だが、性格といえど人にはいつか必ず大事な判断の時が訪れる。 その時、誰もが大きく成長する。 カワードも初めて自分の弱い心や臆病さに立ち向かえたが、それは同時に彼の人生を大きく狂わせてしまった。 『さあ、そろそろ行かないと本当に置いていかれそうだ……』 ようやく彼は自分から進み出す勇気を得たが、その代償は大きかった。 「あれ? 足が……」 気が付く間もなく彼の後ろ足は体とは別の場所に落ちていた。 否、後ろ足がではなく、下半身がなくなっていた。 ヤミラミたちが彼を襲いに来なくなったのは決して逃げ切れたからではなかった。 『もう追いかける必要がなかった』からだった。 ―――― 周囲にはヒルドがもう一度使い直してくれた日本晴れの効果によって眩しいほどの陽の光が照っていた。 ニイナやシフルにとってそれは照明とは比にならないほど眩しい光という認識でしかなかったが、これこそが擬似的にではあるが、彼らが一番望んでいる外の世界を照らす光であることを彼らは知らない。 そんなこと知る必要もなかった。 あと少しだけ頑張ればその擬似的な光すらも凌ぐ本物の光が見れるからだ。 ヒルドの放った日本晴れとは別にニイナたちの進む方向からもいつの間にか眩しい光が注いでいた。 ダクトの壁に反射してなおさら眩しく感じるその光はヒルドの使ったものと違い、どこか暖かかった。 いつの間にかニイナの涙は乾いていた。 彼らの死を忘れたわけではないが、それにも勝るこの感情は自然と彼女の顔を明るくしていた。 暗く長かったダクトを走り抜け、角を曲がればさらに明かりが強くなる。 それがもう嬉しくて仕方がなかった。 恐らくもう少し、もう少しで……。 「ニイナ!! 危ない!!」 ヒヨシのその言葉が聞こえた時にはもう遅かった。 黒い影がニイナ目掛けて恐ろしい速度で突っ込んできた。 次の瞬間、ヒヨシがその一撃を受け、吹き飛んでいた。 「ヒヨシ!? なんで!!」 致命傷ではなかったのかヒヨシは吹き飛ばされながら何とか体勢を立て直し、でんこうせっかを繰り出してその影に飛び掛った。 「お前らは早く先に行け! 俺はこいつを何とかする!!」 相手はブラッキー。 お世辞にもヒヨシが勝てる相手ではない。 しかし、ここで止まるわけにも行かない。 ここで全員でブラッキーに戦いを挑んだとしても勝てる見込みは薄い。 だが、そんな相手から逃げきれるはずもない。 色んな感情がこみ上げてニイナはどうしようもなくなっていたが、それでも走り出した。 ヒヨシは強い、少なくともここにいるメンバーの中では1、2を争えるほどに。 だからこそ信じた。 「行った……よな? フッ……最後がこんなんだなんて嫌なもんだな」 しかし、ヒヨシは自分の死を確信していた。 最初の一撃の時点で右前脚が言う事を聞かなくなっていた。 次の攻撃が来れば確実に死ぬ、それが分かった上でヒヨシはこの場を引き受けた。 『最後まで自分のために生きなかったな……俺……でも、それでいいんだよな? シュウ。だから……』 心の中でヒヨシはそう呟き、一気に距離を詰めるブラッキーを見据え 「これが俺の最初で最後の『おんがえし』だ!!」 そう言い、解き放った。 後ろで聞こえる爆音は、どうであったとしてもヒヨシが生きていることを連想できなかった。 だからこそニイナは今にも泣き崩れそうだった。 こんな所にやってきて、最初からずっと支えてきてくれたからこそ一番死んで欲しくなかった。 でも、だからこそ走り抜けた。 「チィィ!! あぶねぇ! 避けろ!」 それでも彼らが外に出るのを絶対に妨げるようにさらにブラッキーが走ってきた。 それにいち早く気が付いたヒルドはすぐにシャドーボールを繰り出し、その突進を妨げた。 「ヒルド! 何やってるんだ! 早く!!」 シフルがブラッキーが転がっているのを確認し、ヒルドを呼んだが彼は振り返らなかった。 「馬鹿か!! 致命傷じゃねぇんだ。どうせ戦うしかないなら戦える俺が残るまでだ! 俺もヒヨシもまだ生きてる! だから先に行け!!」 一度は立ち止まった二人だったがすぐに駆け出した。 彼がああ言うのだ、間違いない。 もう何度も目の前で一緒に抜け出すと約束した仲間がいなくなっていった。 その一人たりともニイナは救うことができず、歯痒くて仕方がなかった。 『もっと強ければ……私がもっとみんなを守れるほど強ければ!!』 既に涙は失った人たちを惜しむ涙ではなく、自分への歯痒さになっていた。 一度に失ったものが多すぎて耐えられなかった。 「ニイナ!! 前を見るんだ!」 涙を零しながら走っていたニイナはシフルのその言葉で眩しい光の先を見た。 駆け抜けたその先には見たこともない景色が広がっていた。 白一色しか見たことのなかった景色は鮮明で、初めてその景色を見るニイナには例えようのない感動だった。 気が付けば『ソト』にいた。 空は青く、何処までも続いていた。 山は壮大で見たこともないほど大きかった。 太陽は……美しく燃えていた。 「出れた……出れたんだ……『ソト』に……」 あまりにそれは唐突過ぎて涙も溢れなかった。 ただ感情の整理が追いつかなかっただけかもしれない。 それほど色々ありすぎたのだった。 「クッ……!」 シフルの押し殺したような声を聞き、遠く空の彼方を眺めていたニイナは前を向き直して絶望した。 そこにはいつの間にか見慣れた白衣の人間が並んでいるではないか。 ようやく外に出られたというのにここで見つかってはどうしようもない。 「シフル! 早く逃げて!」 今度はニイナがそう切り出した。 もう逃げたくなかった。 やっと外にたどり着いたのだ。 『みんなの願いが叶ったのならば、今度は私がみんなの願いを叶える番!』 そう思い、人間たちを睨みつけたが彼らはただ拍手するだけだった。 「素晴らしい! 間違いなく新しい可能性を秘めている!」 状況が理解できずに困惑しながらも戦闘態勢だけはそのままにしていると、その目に映っていた『ソト』の景色は一瞬にして消えた。 一瞬、何が起きたのか分からなかった。 そこには見慣れた白一色の風景とガラス越しに並ぶ科学者の姿だけ。 そして…… 「クックッ……アーハッハッハ! まだ気付いてないのかい? 結局、優秀なのは遺伝子だけか」 横で高笑いするシフルの歪んだ顔だけだった。 何も理解できなかった。 なんでシフルが笑っているのかも、やっと外に出たと思ったのに、そこすらもいつもと変わりのない風景になったことも。 「ちょっとはおかしいとは思わなかったのか? たかだか通気口になんでヤミラミなんかがあんなに徘徊してるのかって」 そして一番理解できなかったのはさっきまで一緒に外を目指して脱出しようとしていたはずのシフルのその冷ややかな眼差しだった。 「どういうこと!? あんた一体何者なのよ!!」 「馬鹿にしては的確な質問をするな。教えてやるよ」 ニイナの劇場に任せた言葉に対してシフルは実に冷ややかに返した。 「僕が『進化の原石』、evolution計画の大事な役割を担ったイーブイの選別者だよ」 当たり前だがニイナには言っている意味が分からない。 出来ることなら今すぐにでもシフルを張り倒してヒルドたちを助けに行きたいところだが、既に周りには進化系たちが数匹囲んでいた。 「まあ、僕の演技が完璧だったってことか。」 「なんで人間なんかに味方するの!」 シフルの独り言を無視し、ニイナが質問するとシフルは少しだけムッとし 「誰があんな奴らの味方なんてするか。僕はあいつらを利用してるだけだ。」 そう言った。 「利用?」 ニイナがオウム返しをするとシフルはもう一度笑い 「知ってるか? あいつらが僕たちイーブイをこんなとこに押し込める理由。 evolution計画のためだけだよ。 その計画の内容も面白いものだよ? イーブイの不安定な遺伝子には様々な進化の可能性が秘められている。 そのゲノム構造が最近の研究で人間のゲノムに非常に近い構造をしていることが分かったらしい。 そのためにイーブイの遺伝子を全て安定させた状態のイーブイの遺伝子情報があれば人間がさらなる進化を遂げられるかもしれないなんてことを考えているらしい。 だから全ての遺伝情報がある程度安定していた僕に一度その完全に安定した情報を渡し、僕の中で完全な情報を構築して、それを人間に移植するのが目的らしい。 が、そんなことさせる訳無いだろ? 完全なのは僕だけで十分だ。 既に現存する進化体の遺伝情報は全て持ってる。 後は残りの遺伝情報を全て集めて安定させるだけの簡単な事だ。 そういえば君、僕のこと心配してくれてたね。 あれは傑作だったよ! 暗闇でも僕にはブラッキーの発光能力があるし、エーフィのサイコ能力もある。 敵に出会うなんてことはまずないし、僕はそのそも人間の良き協力者であるためにこいつらにも襲われないからね。 お前らみたいな劣等種は僕に完全体への可能性だけ残して消えてくれればいいよ」 そう全てを語った。 怒りのままニイナはシフルに向かって飛び掛ったが、それよりも早く周りの進化体によって止められた。 「何が完全体よ!! みんな……みんな外の世界を夢見て死んでいったのに!!」 押さえ込むその進化体達を押しのけて立ち上がろうとするが、力では圧倒的に叶わない。 悔しかった。 自分の不甲斐なさが、自分の無計画さが、自分の人を信じすぎてしまったその心が……。 悔しさで涙が溢れ、視界が歪んでいた。 「希望を持ちなよ。君も僕の進化の礎になれるんだから」 所詮この世に希望なんてものはないのだろう。 そうニイナは思い、目を閉じた。 ―――― 客の人達が見守る中、科学者の男は一つの黒いボールを取り出した。 「今回、エヴォリューション計画はまた一つ新たなステップへと踏み出しました。 そして、エヴォリューション計画の進行は同時に世界中へ新たな革新と、可能性を生み出す大きな躍進にもなるのです。 今回ご紹介しますのは、我々が独自にその可能性を引き出し、見事に進化まで遂げた新たなイーブイの姿、その名も……」 科学者はそこまで言い、ボールを宙に放り投げると中から一匹のポケモンが現れた。 そのポケモンは他のポケモンたちと変わらぬ、光のない機械のような目をしており、出てきて机の上でただじっとしているだけだった。 それは科学の進歩なのか、それとも破滅への一歩なのか……その場にその答えを知る者はいない。 だが、遅かれ早かれ訪れるのだろう。 誰かが過ちに気がつかなければ……。 「ニンフィアです!」 命を弄ぶ、偽りの&ruby(しんか){evolution};の可能性に……。 ---- **あとがき [#jd7807b2] どうも初めましての方は初めまして、お久し振りお方はお久し振りです。COMといいます。 今回は救いようのないお話になりましたが自分なりにはそれはそれでありかな~と(そういうのダメな人ごめんなさい)。 そしてお話としてはXYの発売が決定して盛り上がっている新タイプ、フェアリータイプの代名詞ニンフィアちゃんがメインのお話でした。 ブイズは自分も大好きなので恨みがあるわけではないですが、イーブイ可愛いからとブイパ組んでる人たちは%%イーブイをいったいどれほど犠牲にしてきたのか……%%さらにパーティの役割分担が大変になりそうですね。 それはともかくXY発売までに間に合ってよかったです。 最後に関係ないですがひとつ気になること。いっつも出てくる悪の組織は一体どこから資金が湧いてきてるんでしょうね? ひとまず連載作品はひとつ完結。これからも頑張っていきたいと思います。ではまたどこかで(´・ω・`)ノシ **コメント [#sc6eecbb] #pcomment(evolution/コメント,10,below) [[COM]]に戻る IP:61.22.97.57 TIME:"2013-08-29 (木) 00:13:14" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"