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You/I 25 の変更点


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        「You/I 25」
&color(red){※暴力・流血・死の表現があります。};
#contents
**ユキナ [#fXvF9F2]
「はは……冗談でしょ?」
 わけがわからず、アズサは笑って聞き返した。
 仲直り団? 一体何のことだ? それに幹部とは?
 一体母は、何をやっているというのだ。
 自分を困らせようと冗談を言っているに違いない。そう思って、アズサは告げた。
 しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「本当よ……」
 ユキナのその一言は、アズサの全てを覆えした。
「あんたは、見てはいけないものを見ちゃったってコトでね。
だから……ちょっとだけ、その辺の記憶を消させてほしいのよ」
「ミナリ、黙りなさい」
「あら、いいじゃない。どうせ私たちの記憶は、このコの頭から一切消えちゃうんだし」
 エモンガ――ミナリが、ケラケラと笑いながら真実を告げると、ユキナは
感情のこもらない冷たい声で、ミナリを黙らせようとしたが、ミナリはそういって
口を閉じようとはしなかった。
「な……んだよ……仲直り団って! 何言ってるんだよ母さん! 一体どうしちゃったんだよ!?」
 母は本当にどうかしてしまったのではないか。そう思えて、アズサは声を大きくした。
 もし話が本当ならば、今まで会社員をしているという話は、嘘だったというのか?
 今までずっと自分を、騙していたというのか。
「黙ってて悪かったわ……」
 すると、ようやくユキナははっきりとした口調で語り始めた。
「私たち仲直り団は、心無いトレーナーに傷つけられた
ポケモン達を救う仕事をしています。そして……そんなポケモンを生み出すトレーナー
達と、戦ってもいるの。これ以上不幸なポケモンを生み出さないために」
 言われて、アズサははっとした。
 そういえば、最近あちこちでポケモントレーナーが暴行を受ける事件が相次いでおきている。
 コガネシティで出会ったあの白黒服男も、そんな行動をしていた。
 それらに関わっていたのが、その『仲直り団』だとしたら辻褄が合う。
「……!」
「ただ、強さを求めるためだけにポケモンを生ませ、捨て、死なせる。そんなトレーナー達とね。
それが私たちの目的。でも、このことはずっと黙っているつもりだった。でも、あなたが仲間の一人と
接触してしまったことで、状況は変わったわ」
 仲間の一人。おそらく、コガネシティでの件だろう。
 あの男もまた、仲直り団の一員ということなのだろう。
「で、でも、それは悪いことだ、やっちゃいけないことだ!」
 ポケモンを救いたいという気持ちはわかる。だが、トレーナーに手をあげてしまえばそれは犯罪だ。
 善行をしているつもりでも、それ以前の問題だ。
「そんなことは解っているわ。でもこれは必要悪よ。かならず誰かがやらないと、
不幸なポケモンは増え続けるわ。あなたが、島で出会ったルカリオやミミロップ達みたいな
ポケモン達がね!」
 アズサは絶句した。何故それを知っている?
 島で出会ったポケモン達のことは、母にはあまり話していないというのに。
 狼狽するアズサの思考を忖度して、ユキナは告げる。
「私たちの組織は、そういうポケモン達を重点的に調べ上げているからね」
 仲直り団は、事前にそうした捨てられたポケモン達の集団を調べ上げていた。
 それが、彼らの目的の要となるものであるからだ。
「でも……ダメだ! いくらなんでも、こんなこと!」
 アズサは叫んだ。しかし、これ以上の問答はムダだといわんばかりに、
ユキナはそれには答えず、瞑目して、
「……オーベム!」
 ユキナは声を上げると、ポケモンセンターのガラス窓が砕けて、そこから二匹の
オーベムたちが入り込んで、アズサを包囲するように広がった。
「あとは任せるわ……」
「了解」
 オーベムの返事を聞くと、ユキナは踵を返して、ポケモンセンターを出て行こうとした。
 彼女のエモンガとコジョンドも、その後塵を拝した。
「待って! 母さん!」
 アズサが引き止めようと叫んで、彼女の正面に回りこんで両腕を広げて行く手を遮った。
「今からでも遅くないよ……そんな組織で罪を犯すのはやめてよ!」
「言ったでしょ……どうしても必要なことなのよ。人とポケモンの関係がより善くある為にはね」
 ユキナがそう言ったと同時に、オーベムたちが一斉にアズサに向かって腕を上げ、
掌のランプを明滅させると、アズサの体がふわりと浮き上がった。
 そしてそのまま、見えない力によってアズサの体はポケモンセンターの壁に叩き付けられた。
 オーベムの“サイコキネシス”だ。
「うわっ!」
 勢いよくぶつけられたおかげで、かなりの痛みが走ったが、詳しい話を聞くまでは、
母を逃すわけには行かない。
 そう思ってアズサは、腰のホルダーからボールを取り出して、ウィゼを繰り出した。
「ウィゼ! 母さんを止めてくれ!」
「うん!」
 アズサは指示を出す。もうユキナは建物の外に出て行ってしまったが、まだその姿は
見える。素早いウィゼならば、これしきの距離なら瞬時に追いつける。
 ウィゼはオーベムの間をすり抜けると、そのままユキナの背中に迫る。
 そのままユキナの体にしがみ付いて足を止めようとした。
 だが次の瞬間、先程のコジョンドが目の前に踊りでて、ウィゼの腕を掴むと、
一本背負いの要領で彼女を投げ飛ばした。ついでに、長い袖によるおまけの一撃も付けて。
「ムダだって」
 すると今度は、ユキナの傍らを歩いていたエモンガが、ぞっとするような声でそう告げると、
立ち上がろうとしたウィゼに“エレキボール”を見舞った。
「ぎゃああああああああああああああああッ!!!」
 効果は抜群だ。悲鳴と煙を上げながらウィゼが雪面に倒れこむ。
「ウィゼ!」
 駆け寄ろうとしたが、再びオーベム達が“サイコキネシス”を使おうとした。
 またもアズサの体が浮き上がる。
 その動きを見逃さなかったジムスは一匹のオーベムに即座に肉薄すると、逆手に持った零度剣を
オーベムに突き立て、氷漬けにした。
「ッ! アズサさん!」
 ジムスの動きに続くようにルーミが“十万ボルト”をもう一匹のオーベムに向かって
自発的に放つ。感電したオーベムが狼狽している所に、昏倒から回復したリエラが“花吹雪”を
放って止めを刺した。
“サイコキネシス”から解放されたアズサは、センターの外に出て倒れたウィゼに駆け寄った。
 一撃で戦闘不能にされたウィゼは、体中が焦げ跡だらけで、痙攣を起こしていた。
 ユキナは若い頃に殿堂入りの経験もある強いトレーナーだ。当然、手持ちだって
それなりの強さに鍛えられているはずだ。
 そうしたことも忘れて不用意に突っ込ませてしまった自分の迂闊さを後悔しつつ、
ウィゼをボールに収容した。
「母さん……本気なのか……?」
 だがそれ以上に、今のウィゼへの一撃で、アズサは彼女の本気さを感じ取った。
 誰が何といおうと、自分――仲直り団の理想を阻止することは出来ないのだ、と。
「そうよアズサ。もう止められないわ……どうしても私達の邪魔をするというなら……
たとえあなたであっても、容赦はしない!!」

 仲直り団幹部のユキナが 勝負を仕掛けてきた。
**親子の戦い [#ZLbAA91]
「『トール』!」
 ユキナはそういって、モンスターボールを放り、別のポケモンを繰り出した。
 出てきたのは、緑色のゲル状物質に胎児のような本体が包まれた
増幅ポケモン、『ランクルス』だった。
「ルーミ、ランクルスに“十万ボルト”、リエラはコジョンドに“圧し掛かり”だ!」
 応戦すべく、アズサは手持ち達に指示を飛ばした。
 格闘タイプとエスパータイプに有効な技を覚えている者がいないのは少々辛いが、
母を止めるには多少無茶でもやってみるしかないと、アズサは思ってしまった。
 それが、アズサの失敗であった。
「『キラナ』、“猫騙し”」
 アズサ達よりも早く、コジョンド――キラナが行動し、リエラに先制技の“猫騙し”を決めた。
 相手より早くこれを放つことによって、相手を怯ませ技を放てなくする効果がある。
 したがって、アズサがリエラに命令した“圧し掛かり”攻撃は不発に終わってしまう。
「しまった!」
 その隙を見逃さず、ユキナは次の指示を出す。
「トール、メガニウムに“サイコキネシス”!」
「はいな!」
 ランクルス――トールの両目が光を放ったかと思うと、同時にごきんと何かが折れる音がして、
リエラが悲鳴を上げた。
「ぅうああああああああああ!!!」
 リエラはその激痛に、右前足を押さえて雪面をのた打ち回った。
 見ると、リエラの太い右前足があらぬ方向に向いている。“サイコキネシス”で折ったのだろう。
「リエラ! なんて事をっ……!」
「へん、陸上グループなんて、動きを奪ってしまえばどうってことはないね」
 ランクルスが言った。
 ポケモンバトルで相手が負傷してしまうことはよくあるが、もとからそれを狙って
攻撃するというのは明らかにやり過ぎであった。
「く……ジムスはランクルスを頼む! ルーミはターゲット変更! コジョンドを頼む!」
 アズサはリエラをボールに回収し、ジムスにリエラの代わりを命じると、
彼は一歩前へ出てランクルスと対峙した。
「何だァ? ドーブル? よりにもよってこんな弱そうなのを相手にしなきゃ
いけないわけェ?」
 ランクルスが呆れたように告げると、
「弱いかどうかは……」
 言いながら、ジムスはランクルスのトールに急迫すると、“ロックオン”で狙いをつけ、
「技を受けてから言って貰おう!」
 一気に“絶対零度”の応用系である零度剣を見舞ってやる。
 バギン、と一気に氷漬けになったランクルス。
 どうやら、レベル差はなかったらしいことに安堵しつつ、アズサはルーミの方に目を向けた。
「あなたが私の相手をしてくれるのね……でも、これはどうかしら?」
 そういうと、キラナがすっと身を沈めた刹那、ルーミに向かって膝を突き出し
思い切り跳躍した。
 先程リエラを昏倒させた“飛び膝蹴り”である。
「ルーミ、“コットンガード”!」
 指示を飛ばすと、ルーミは綿の盾を展開した。その直後、飛び膝蹴りが綿の盾に
命中し、ルーミは苦悶の声を上げる。彼女の体が2メートル程滑り、
盾を支える腕がしびれ、かなりの衝撃が体全体を駆け抜けた。そのせいか頭がくらくらする。
「この技……強い……!」
 オボンの実を齧りつつ、ルーミが呻く。
 レベル差があるのもそうだが、それとは別に技を強くしている要因がある。
「あら、わかる? 私の特性は『捨て身』なのよね」
 捨て身とは、“飛び膝蹴り”や“フレアドライブ”などの、反動でダメージを
受ける技の威力が微増する特性だ。キラナの技が強いと感じたのは、それもあるのだろう。
「もう一度“コットンガード”!」
 ルーミの盾の形がさらに変化し、防御力が最大に上がったことを示した。
 防御を最大にまで強化すれば、そう容易には突破できない。
「そんなもの!」
 叫んで、キラナが再び“飛び膝蹴り”を撃って来る。
 レベル差を考えれば、あと一撃は耐え切ることができるだろう。
 しかし、急所に当たるということも考えられるから、楽観は出来ない。
 ルーミが綿の盾を構え、直撃に備えたそのときである。
「あぅ……」
 先程の“飛び膝蹴り”のダメージがまだ残っているのか、ルーミの体がふら付いて、
二三歩横にずれた。
「!?」
 キラナの体は、ルーミの横を素通りして、ポケモンセンターの建物の壁に思い切り
激突し、クレーターを作った。
 攻撃が外れたのである。膝を押さえてのた打ち回るキラナ。
「うああ、ッアッ」
 隙が出来た――。
「今だ、“十万ボルト”!」
「はい!」
 言われたとおりに、ルーミは“十万ボルト”をコジョンドに向けて発射した。
「きゃああ!!」
 電撃の直撃を受けて、コジョンドの体が雪に沈む。
 技を失敗したことによる反動で大ダメージを負った事で、形勢が逆転した。
「さあ、次は誰!?」
 息を切らせながらも、闘志をたぎらせるルーミがそう叫んだ直後だった。
 突然ルーミの体が炎に包まれたかと思うと、一瞬にして体力を奪われた
彼女は、成す術も無く地面を転がった。
「ルーミ!」
 真後ろからの火炎放射だった。
 オボンの実で体力を回復していたとはいえ、最初の“飛び膝蹴り”で
ルーミの体力はかなり減っていた。そんなところに特殊攻撃を喰らったことで、
彼女は力尽きてしまった。
「まだいるのか!?」
 アズサは独語しつつ、炎が飛んできた方向を見やると、そこには大きな
体のポケモンが一匹、壁の中からすう……と浮かびあがってきた。
 まるで屋敷のシャンデリアのような形をしているそれは、炎・ゴースト
タイプの誘いポケモン、『シャンデラ』であった。
 火炎放射を放ったのは、このポケモンだろう。
「当たり前です。私だってポケモントレーナーよ」
 トレーナーであるなら、ポケモンを複数連れているのは当然の事であると
同時に、まだ手持ちは残っているという意味でもあった。
**拘束 [#2dWWLvF]
「くっ」
 アズサは歯噛みした。
 すでに三匹が戦闘不能にされてしまい、残りはジムスと、ガブリアスの
マトリのみ。こちらも二匹を撃破したとはいえ、母には残り四匹の
手持ちが残っている。
 たった今繰り出してきたシャンデラと、傍らにいるあのエモンガ。
 それ以外に、まだ姿を見てはいないが、残りの二匹がいるはずだ。
 倒せるのだろうか。
 殿堂入りをしたことのある母さんを。その手持ちを。
 たった二匹で、母さんを止められるだろうか――?
 そんな疑念を頭の片隅に追いやりつつ、アズサはマトリを繰り出した。
「マトリ、シャンデラに“地震”攻撃を……」
 アズサがそう指示したとき、またも別方向から攻撃が飛来した。
 今度はシャンデラのいる方向からではなく、攻撃も火炎放射ではなかった。
 それは、水色の冷気ビームだった。
 ビームはマトリの背中に直撃をして、彼女の体力全てを一瞬にして奪い去った。
 効果は抜群。攻撃を繰り出す間もなく、マトリは倒れ伏した。
「攻撃!? どこから……」
 その光景を見て、ジムスが警戒の為にその場を移動しようとしたときには、
既に敵はジムスに急迫して、水の刀を袈裟懸けに切り下ろしていた。
「ジムス!」
 倒れたジムスの背中を踏みつけるようにして、そのポケモンはアズサのほうに体を向けた。
 それは、アズサ自身もよく知った存在で、父親のいないアズサにとっては
父親がわりでもあった、大切な存在――ダイケンキのジュウロウだった。
 そう、ユキナの手持ちポケモンなら、彼が居てもなんら不思議ではない。
 知らないポケモンばかりを使ってくるユキナのパーティに、その存在を失念していた。
「ジュウロウまで……」
 そう呟いたとき、地響きと共に近くの地面を突き破って、さらにもう一匹の
ポケモンが出現した。
「ドリュウズ……!? うあっ!」
 ドリュウズはすたりと地面に降り立つと、ダッシュをかけてアズサにタックルを
かました。
 その衝撃で、ボールホルダーに取り付けられていた幾つかのボールが弾け飛び、
アズサは地面に倒れた。
 そこにドリュウズが馬乗りになって、アズサの動きを封じた。
「動くなよ……」
 ドスの聞いた声で、ドリュウズ――アカダケが言いつつ、鋼鉄の鍵爪をアズサの
首元に突きつけた。
 その様子を見たのか、雪面に転がったボールからリエラが飛び出してくる。
「ご主人様!!」
「動いたらお前の主人の首を裂くぞ!!」
「ぐっ……」
 そうドリュウズが叫ぶと、リエラは一歩後退した。
 ランクルスに折られた右前足が痛んで、リエラは顔を顰めた。
 主人が人質に取られている以上、迂闊に動くことは出来ない。
「そうそう、言うとおりにしておいたほうがいいわよぉ? 何せ人質は、
愛しのご主人様だけじゃないんだから」
 ミナリが悪い笑みを浮かべて、リエラに告げる。
 エモンガの声がした方向を見ると、最初に戦闘不能にされ、ボールに入れたはずの
ウィゼが、シャンデラの腕に絡めとられていた。その傍らには、倒したはずの
コジョンドとランクルスの姿もあった。彼らが弾けたボールを拾って外に出したのだろう。
「そんな……!?」
「そうしないと、この子の命、全部吸い取っちゃうかもね~~♪」
 言いながら、シャンデラがウィゼを顔に近づけると、ウィゼは「ひっ」と
軽い悲鳴を上げてから、
「いやぁぁあああああああ!! アズサ助けてぇっ!!」
 相性的にはウィゼのほうがシャンデラには有利である。しかし彼女は既に
戦闘不能で、技を撃つ体力も残っていない。
 人質の次はポケ質とは何と卑怯な――! リエラは怒りに顔をゆがめた。
「ウィゼ! 待ってろ!」
 今助けてやる。そう思って、アズサはポケギアを操作してボールの強制収用機能を
動かそうとしたが、その腕を背中にいるドリュウズが押さえつけた。
「動くなと言った!!」
「ぐぁ……」
 押さえつけた腕を、アカダケはぐっと締め上げた。アズサが苦悶の声を漏らす。
「ほら、動いたからそうなっちゃうのよ?」
 どういうわけか復活しているコジョンドのキラナが、アズサに顔を近づけて
侮蔑の笑みを浮かべた。
「く……倒したはずなのに、どうして……?」
 そう呟いたアズサに、こちらもいつの間にか復活していたランクルスが告げた。
「コレ、知ってるよなぁ?」
 そういって、ランクルス――トールが右腕を持ち上げて言った。
 彼の右腕には、菱型の小さく黄色い物体が握られていた。
「『元気の欠片』……」
 トレーナーであるアズサは、もちろん知っている。ポケモンを復活させることが
出来るトレーナーの必需品だ。
「大当たり。こいつを使えば簡単に復活できる便利なアイテムさ。
&ruby(ソイツ){ドリュウズ};が持ってきてくれたのさ。動けないオレらの所に、
地中からな」
 やられた――。
 倒したポケモンの復活のカラクリを知って、アズサは顔を伏せた。
 既に昔の話とはいえ、ユキナはチャンピオントレーナーである。
 十分に作戦を練った上で自分を追い詰めたのだろう。
 そして自分はその戦術にまんまと嵌ってしまったというわけだ。
 だが、まだわからないことがある。
「母さん……どうしてここまでするんだ? ポケモンが大事なのは
僕もわかるよ……でも……どうして……?」
 俯いたまま、アズサは言った。
 ユキナが、ここまでして敵の組織に従おうとする理由がわからない。
 一体何故なのだろうか? ユキナをここまで突き動かす理由は、一体
何だというのか?
「……私が、若い頃イッシュを旅して、殿堂入りしたのは知っているわね?」
 ユキナは、ゆっくりと語り始める。アズサは小さく首肯した。
 それは、幼い頃から何度も聞かされてきた話だ。
 当時のイッシュチャンプのオノノクスを、ジュウロウが冷凍ビームで止めを刺し、
見事勝利を掴んだ瞬間の事も。ジュウロウから耳が痛くなるほど聞かされたものだ。
「でも、『それまで』だったのよ……」
 ユキナは瞑目して、思い出すように言葉を紡ぐ。
「その後くらいかしらね……あちこちの地方に、様々なバトル施設が沢山作られていったわ。
バトルフロンティアに、バトルハウス、バトルサブウェイ……多くの種類があった。
当然私も、別の地方に行って挑戦したりしててね……」
**アズサの真実 [#jhzdKNF]
「私は、どうしても勝ち進むことが出来なくて……何が悪いのか、どう戦うかを色々
調べてたりしていたのよ……」
 こうしたバトル施設は、殿堂入りをしたものでも突破が難しいとされていた
施設で、挑戦者も世界各地から沢山訪れ、大盛況であったことは、アズサもよく知っている。
「そこで私は……知ってしまった」
 ユキナはそういうと、目を開いて、右の拳を握り締めた。
「そこでは、生まれながらに強い力を持ったポケモンでなければ勝つことが出来ず……、
また、そうしたポケモンを手に入れるために生ませては捨てるという厳選行為が
繰り返されていたことをね」
 ユキナが言ったように、強いポケモンを求め、適さない個体は野に放つ
という行為。
 リジェルたちのような不幸なポケモンが生まれてしまう原因だ。
「そして、フロンティアブレーンやマスターといったプロトレーナー達も、
そうやって強いポケモンを手に入れていたこともね」
「それって……フロンティア・ショック?」
 アズサの問いに、ユキナは首肯した。
「あるとき、私は個人的にあるフロンティアブレーンと会って話をする機会があったわ。
そしたら、その人はなんていったと思う? 『プロであり強者であるためには、そんな
薄っぺらい倫理なんて気にしていられない』と笑いながら言ったのよ。
仮にも、トレーナー達の見本であるブレーンが……ポケモンとの絆を大事にしろ
なんていっている人がよ。
 他にも色々聞いたわ。本来は在り得ない技を覚えさせたり、特性を変えたり、
身体能力を操作したりする『改造ポケモン』まで横行していることもね……」
 フロンティアショックはアズサが生まれる前の話だが、ユキナの話が本当であれば、
バトルフロンティアを巡る闇は相当に深いものであると感じた。
「それを聞いてから私は、ポケモンバトルが出来なくなった。
でも、そんな時、私はあの人と……私達のボスと出会うことが出来た……。
『共に人間にもポケモンにも優しい世の中を築いていこう』……あの人はそう言ってくれた」

「だから……その組織に入ったの?」
「そうよ。あの人の言葉は本物だった。本当にポケモンの為に、保護施設や支援組織の設立に
尽力したわ。私もその中で仲直り団のユキナとして共に働き、組織は大きくなっていった。
そこで出会ったのよ。アズサ……あなたの本当の両親にね」
「……!」
 その言葉を聞いたアズサは、絶句した。
 本当の両親――!? 自分はユキナの――母さんの子供じゃあないというのか――?
「ご主人の……本当のご両親?」
 深手を負ったが唯一生き残ったリエラが、アズサの言葉を代弁した。
「ええ。あなたの本当の親は、まだ仲直り団の設立当初に警察の手に落ちそうになって
ケガをしていた女性団員だった。それを私が助けたのが始まりだったわ」
 ユキナは続けた。
 その女性団員とユキナが友という絆を築くのには時間はかからなかった。
 彼女には結婚を約束した夫がおり、仲直り団の研究スタッフだったと。
「そして、その女性は夫の子供を身篭っていた……それがアズサ、お前なのだ。
もっとも、既にお前の両親はこの世にはいない。詳しくは知らぬが、
お前が生まれてすぐに実験中の事故でな」
「僕の両親は……仲直り団?」
 信じられないといった様子で、アズサは呟いた。
「あなたには、仲直り団に関わって欲しくは無かった。だからこれまで私は
会社員だといって騙していたわ……アズサ、私たちは何も、人やポケモンを
無闇に傷つけたいってわけではないのよ……人々にもっとポケモンを大事にして欲しいの」
 そのことだけは解ってもらいたい。
 そう思って、ユキナは本心を告げた。
 もう少しだけ、ポケモンを思いやる心があれば、不幸なポケモンは少なくなる、
 それは、誰にでもできることであるから。
 すると、エモンガのミナリが口を開いた。
「ねぇユキナ、こんなイイコチャンにはいくら言ってもムダじゃない?
押し問答になっちゃうわよ」
 ミナリは、唯一生き残っているリエラを横目で見ながら、言った。
「こんな自分の手を汚したことの無いような人間に……、『わかってくれ』ってのはムリでしょ」
「――!!」
 その言葉にリエラは激昂した。
「ご主人をバカにしたなぁ!!?」
 リエラは叫んで、“花吹雪”を繰り出そうとした。
 だが――。
「ふん」
 ビシュッ
 リエラが足を振り下ろすよりも早く、リエラの首周りに開いている花弁が千切れ飛んだ。
「人間のポケモン風情が生意気言うわね……主人を馬鹿にした……?」
 言いながら、ミナリは攻撃を放った体勢からゆらりと顔を上げて――。

「ふざけるんじゃねぇよっ!!」

 ミナリは、怒鳴り声を上げた。
「ポケモンを狩って食ったこともないような温室育ちが! 私にものを言うなッ!!」
 リエラは鋭利な空気の刃――“エアスラッシュ”で切り裂かれた花弁の切断部を
見ながら、体を震わせている。
「能力が低い、弱い、役立たずと言われて、そのままポイよ!!!」
 ミナリは叫び続ける。
「同じ種族もいない土地で人間のゴミを漁り、泥の水を飲んで飢えを凌いで!
時にはポケモンの命を奪ってその肉を喰らって……常に死の恐怖に怯えた
ことのないポケモンが!!」
 ミナリはリエラに向かって“エアスラッシュ”を連射し続けた。
「ムカツクのよ!! 信じていた人間に裏切られたことも無いあんた達を見てると!!!」
「ウっ! あぁっ!」
 リエラの体に無数の傷が刻まれていく。
「人間は友達!? それ以上!? 人間なんか信じて、何だって言うのよ!」
 さらに花弁が千切れ飛び、可憐な首の花は見るも無残な姿となった。
「結局はあんた達もその主人に……期待外れと言われ!」
「がッ!」
 渾身の“エアスラッシュ”が命中し、リエラの体が大きく仰け反った。
「相手にされなくなって……!」
 ミナリが歯噛みし、体をわななかせながらも攻撃を放った。
 それが、リエラの後ろ足の腱を切断し、リエラは悲鳴を上げた。
「ああああああ゛ーーッ!!!」
 立っている事が出来なくなったリエラが、後ろ足から血を流したまま崩れ落ちた。
 ポケギアの危険警報がやかましく鳴り響く。
「リエラーー!!」
 アズサは叫んだが、ドリュウズのアカダケに体を押さえつけられていて、
どうすることも出来ない。リエラは痛みに耐えつつも、果敢に首を持ち上げた。
「ううっ……く……ぅ」
 そんなリエラを見て、ミナリは嘲笑しながら告げた。
「アハハハハハハ!! ざまあないわねッ!!」
「ミナリ、その辺にしておきなさい。これ以上やったらそのメガニウムは……」
「いやよ」
 ユキナの制止の言葉を拒否して、ミナリは続ける。
「トレーナーも、そのポケモンも、見ててほんっとウザいのよね……幸せそうな
顔しちゃってさ!」
「ミナリ……あなた……」
「ぶっ殺さないと気が済まないってのよ……」
 ミナリはユキナを睨みつけると、取り押さえられているアズサの方に向き直った。
「そうね、先ず最初にあんたらの主人をエアスラで切り刻んで、
絶望した顔を見るとしましょうか!!」
「ひぃ!!」
 シャンデラに拘束されているウィゼが悲鳴を上げて、滝のように涙を流した。
「やっやめてぇ!!」
 ウィゼは涙を流しながらも必死に請うたが、ミナリはそれに構いもせずに
アズサに歩み寄った。
「やめなさい! やり過ぎよ!!」
 ユキナが制止させようとしたが、ミナリは「人間は黙ってろ!」と返し
言うことを聞かなかった。
「思い知らせてやるわよ……人間の勝手で生み出され、勝手に捨てられた怒りを!!」
 ミナリは大きく右腕を振り上げ――。
「死になさい! トレーナー!!!」
 アズサに向かって特大の“エアスラッシュ”を放った。
「――――――――――ッ!!!」
 だが、その攻撃がアズサに届くことは無かった。
 命中する直前、アズサの目の前に、無事な後ろ足を使って飛び出したリエラに、
“エアスラッシュ”が命中し、
 彼女が崩れ落ち、喀血して、
「り……」
 彼女の体とアズサの体が
 赤く染まって。
「リエラァァァァッ!!!!」
 アズサは、絶叫した。
**散る [#hkfftkM]
 その声で目を覚ましたルーミが、体力が無いにもかかわらず放った渾身の
“気合球”が、アズサを押さえつけていたドリュウズを吹き飛ばし、拘束を解いた。
 アズサが倒れたリエラに駆け寄るのを見たシャンデラが、
「動いたら命を吸うって言っ……」
 しかしその言葉は続くことは無かった。同じく目覚めたジムスの零度剣によって
氷漬けにされ、拘束していたフローゼルも助け出されてしまったからだ。
 アズサは、リエラの顔に近付いて呼びかける。
「リエラ!」
 血だまりに沈むリエラは、かろうじて意識を保っていた。
「……無事で……よかった」
「僕をかばって……どうして」
 アズサにはわからなかった。こんな自分を助けるために、捨て身で自分を
かばうなんて。
「ふふ……愛する人が……傷つく所なんて……見たくなかったから、ですよ」
「待ってろ、センターに運んでやる」
 そういってアズサはリエラをボールに回収しようとした。
 幸いここはポケモンセンターの目の前。すぐに運べば命は助かる。
 急がなければならない。しかし、
「私はもう……ダメです」
「バカな事を言うな! すぐに助けるから――」
 アズサがそういった瞬間、ぐぼっとリエラは再び血を吐いた。
「!!」
「ご主人……私が……いなくなっても……挫けないで……夢に向かって……」
「もう喋るな! 僕はお前たちと一緒にいたい――」
 その瞬間、リエラの体が震えたかと思うと、そのままがくりと首が重力に負けて
血だまりに音を立てて落ち、それきり……リエラは動かなくなった。 
「リエ……」
 アズサは目を見開き、硬直した。
 死んだ――。
 死んでしまった。
 あのリエラが。
 ちよっと気が強くて、それでいて自分のことを考えてくれる、いいポケモンが。
 ずっとジム巡りをしてきた最初の相棒が。
「リエラ……?」
 呼びかけても、もう反応は無い。
 もう、動かない。
 もう、ここにはいない。悲しい。しかし、アズサは絶叫を上げることもできない。
 そのとき、アズサの脳裏に、過去の情景がフラッシュバックする。
 最初の友達。
 無謀なバトル。
 焼け死んだポケモン達と、最初の友達――。
 どうすることも出来なかった自分。
 仲良くなったポケモン達。次々に転がる骸。
 腹を貫かれたミミロップ――。
 どうすることも出来なかった。
 そして、今また。
 また――またもやってしまった――。
 またも自分はポケモンを死なせてしまった。
 どうすることも出来ずに。
**復讐 [#C5WLXLu]
「アハハハハハハハハハハ!!! ざまあみろいい気味よ!
コレで少しは思い知ったでしょう!? 私達の――」
 ミナリが高笑しながら告げた次の瞬間、彼女の体はジムスによって殴り飛ばされた。
 数メートルほと雪面を転がると、ミナリは頬を押さえて、
「何て事を……人付き風情――がっ!?」
 その言葉は、ジムスが片手で彼女の首を掴んで持ち上げたことで、途切れた。
「グゲ……がぁ!!」
 ジムスはミナリの首を片手で掴んだまま、彼女の体をポケモンセンターの壁に叩き付けた。
 頭部が裂けて血が流れたが、それでもミナリは強気で叫んだ。
「い……何時まで私を……掴んでんのよ!!」
 叫んで、ミナリは“エレキボール”をジムスに向かって放とうとしたが、
それは、ジムスが彼女の顔を数度強く殴打したことで、かき消された。
「や……やめてぇ……死んじゃう……嫌ぁぁ」
 耐え切れなくなったエモンガは、とうとう涙を流して命乞いをする。
 その態度がジムスの怒りを更に燃え上がらせる結果となった。
「笑いながら殺せるようなヤツが言うセリフじゃないな」
 そういうとジムスの掌から青白い光が迸り、ミナリの体は一瞬にして氷漬けになった。
 ジムスはその氷塊を空中に放り出すと、氷塊目掛けて“バレットパンチ”を連射した。
 鋼のエネルギーによって氷塊は次々に中のエモンガごと粉々に打ち砕かれ、細かい
氷の欠片と赤い飛沫とがあたりに散らばった。
 その光景を見たルーミ達や、ユキナの手持ち達は一様に戦慄した。
「さて……次に死にたいのはどいつだ?」
 言いながら、ゆらとジムスがユキナ達の方向へと振り向く。その様子に
ランクルスのトールが「ひっ」と悲鳴を上げると、ジムスはランクルスに向かって
ゆっくりと歩み始めた。すっかり怯えきった彼は腰を抜かして、浮遊することさえ
出来ずにその場から逃げようともがいたが、動くことが出来ない。
 あと少しでジムスの腕が彼を捉えようとしたとき、彼の体は光に包まれてボールに
回収され、トールは命拾いをした。
「もういいよジムス……これ以上罪を重ねるな」
 虚ろな表情で、アズサは言った。そんな彼の膝の上には、事切れたリエラの顔があって、
彼女はアズサに膝枕をされるようにして、永遠の眠りについていた。
「どうして……」
 すると、それまで黙っていたルーミが、体を戦慄かせて口を開いた。
「何故なの……何故ですかユキナさん!! 何故あのエモンガを止めなかったのですか!?
こんなの酷い! 酷過ぎますッ!!」
 しかし、ユキナは俯いたまま沈黙を保ち続けた。
「アズサさんは、今まで何回も大切なポケモン達を失ってきたんですよ!?
それが今……こんな所で……また……」
 ルーミの目から、涙が零れ落ちた。
 リエラは、自分にとって恋のライバルではあったが、アズサの大切なパートナーであり、
自分と同じようにアズサの事を想っていた。死んでいいポケモンではなかった。
 それに、何度もポケモンを失ってきた者を更に追い詰めるような仕打ちに、
そして何も答えないユキナの態度に、ルーミは怒りを抑えきれない。
 そんなユキナに代わって、コジョンドのキラナが答えた。
「……確かにパートナーを失うことは辛いでしょうね。
でも、そのドーブルが粉々にしたエモンガは、人間に捨てられたせいで
生き地獄を見てきた子なのよ……あなたたちだっていつかはその主人に見限られるかも
しれないのよ?」
「そんなことない! アズサさんは優しい人です!!」
「……あたしだって、人間に捨てられたポケモンだけど……でも、アズサはそんな
あたしに優しかったよ!! なのに……そんな人が、どうしてこんな目に遭わなきゃ
いけないの!? こんなのってないよ!!!!!」
 ルーミの言葉に同意するように、ウィゼも口を開いて叫んだ。
「ユキナさん……あなたは、ポケモンの気持ちはわかっても、自分の息子の
気持ちはわからないのですか!? ジュウロウさん、あなたもです!!」
 実の親で無いとしても、こんな仕打ちはあんまりであろう。
 自分の子供に対する裏切り行為以外の何ものでもない。
「そうじゃないというなら、何か言ってください!!」
 ルーミがそう叫んだ時であった。
「ジュウロウ……“シェルブレード”」
 ユキナが暗い声で指示を飛ばすと、ジュウロウはアシガタナを抜刀して、
項垂れているアズサに向かって駆け出すと、そのまま剣をアズサの胸部に深々と突き刺した。
『!!』
「ジュウ……ロ……」
 誰もがその突然の行為に絶句した。
「い……」
 アズサはそのまま仰向けに雪面に倒れた。傷口からとめどなく血があふれ出し、
雪面に血が広がっていく。
 アズサは、目の前が真っ暗になった。
**ジムス激昂 [#eMGdwdv]
「イャアアアアああああああああああああああああああああッ!!」
 ルーミは絶叫し、アズサに駆け寄ってその体を揺すった。
「アズサさん!! 嫌よ! アズサさん! 目を開けてぇぇ!!」
 だが揺すれども呼びかけども、アズサの体は何の反応も示さなかった。
 愛するアズサが。リエラに続いて、今度は愛する者の命までもが失われていく……。
 それも、親子のような関係だった者の手によって、である。
 同じくその光景を目の当たりにしたジムスが、ボールから飛び出して吼えた。
「……グラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 それは理性を失った獣の咆哮。
 目を赤く染めたジムスは、跳躍してジュウロウに襲い掛かった。
「何!?」
 ジュウロウは血のついたアシガタナで突っ込んで来るジムスをガードした。
しかし、ジムスはそのアシガタナを足場にして加速し、一気にジュウロウの喉元に
喰らい付いた。
「がはっ!」
 よくも……よくも……!!
 ジムスはジュウロウの喉に噛み付きながらも、胸中で独語した。
 最初はただの甘い男としか思っていなかったが、いつしか自分の中で
大切な存在へとかわっていった。にもかかわらずコイツらは、アズサから全てを奪おうとする。
 許すことはできない。
 ジムスはそのままの勢いでジュウロウの喉を食い千切ろうとした。
「くっ“サイコキネシス”!」
 だが、そんな怒りに燃える彼はランクルスの“サイコキネシス”によって吹き飛ばされた。
 同時に、バキボキと嫌な音がして、ジムスの体は糸の切れた人形のように雪面に崩れ落ちた。
「ぐわあああああああああああああっ!!!」
 四肢を砕かれ、激痛に叫ぶジムス。
「みっともない足掻きね。まぁ、最もそれが人付きらしいといえばらしいけど……!」
 キラナが答えた瞬間、彼女は&ruby(かくざ){擱坐};したジムスの顔に強烈な蹴りの一撃を見舞った。
 鈍い音がして、右目が見えなくなった。
 そんなジムスを、キラナは掴みあげると、さらに連続で膝蹴りを打ち込んだ。
「よくもミナリを殺ってくれたわね!! あの子はあんな性格だけどね……
それでも私の友達だったのよぉぉぉ!!」
 何度か膝蹴りを受けたとき、ジムスの体に激痛が走り、口から血を吐き出した。
どうやら内蔵をやられたらしい。
 胸のどこかに深手を負ったらしく、呼吸も出来ない。
 感情的になった彼女は膝蹴りを続け、そのたびにジムスは血を吐いて、辺りを赤く染めていった。
「やめてぇ!!! もうやめてぇ!!」
 そう声を大にして叫んだのは、ウィゼだった。こんな凄惨な光景はもう見たくなかった。
 仲間を失い、復讐の連鎖を目の当たりにし、これ以上命が失われる光景は、もう嫌だった。
「キラナ、トール、遊びは終わりよ」
 そうユキナが告げると、キラナはピタリと動きを止めて、ボロボロになったジムスを放り捨てる。
「オーベム!」
 ユキナが名を呼ぶと、近くの茂みから倒したのとはまた別のオーベムが飛び出して、
 アズサの前に降り立つと、彼の体をサイコキネシスで浮き上げた。
「アズサさん!!」
「かわいそうなアズサ……だから親の勤めとして、せめてその辛い思い出を全て消去してあげます」
 その言葉に、さらにルーミが声を大きくした。
「なによそれ……リエラが死んだことも、無かったことにするつもりなんですか!!?」
「オーベムには、記憶を操作する能力があるわ。親として今の私にできることは、
これらの辛い思い出を消し去ってあげることだけ……オーベム、彼の記憶の消去を!」
「了解。操作開始」
 ヴヴヴヴ……と音を立てながら、腕のランプが明滅を始めると、空中に拘束されたアズサの体が、
青白く光り――。
「やめてぇ!!!!」
 その瞬間、ルーミはオーベムに向かって“十万ボルト”を放った。
 突然の電撃を浴びたオーベムは、念力によって浮かせていたアズサの体を雪面に落としてしまう。
 すると、痺れたオーベムが焦った様子でいきなり叫んだ。
「バッ、バカ!! 何て事をしやがる!!?」
「!?」
 オーベムが何故そんなに焦っているのか、ルーミにはわからなかった。
「記憶の操作はデリケートなんだぞ!!? それをあんな電撃浴びせやがって……!
手元が狂っちまったじゃないか!! ああ……記憶の一部だけ書き換えるつもりだったのに、
下手すりゃ全部消えちまったかもしれねぇ!!」
「――!!」
 ルーミは戦慄した。
 自分の行いが、更なる悲劇を招いたかもしれないことに。
「お、オレは知らないぞ! 操作中に攻撃したお前が悪いんだからな!」
 そういってオーベムは、逃げるようにしてユキナの元へと退がっていった。
「ま、マスターユキナ……どうしましょう?」
 懇願するように、オーベムはユキナに尋ねた。
「どうあれ、仲直り団に関する記憶が消えたのは好都合だわ。任務完了よ、
皆、帰るわよ」
 するとランクルスのトールが訊いた。
「こいつらはどうするの?」
「ターゲットの記憶消去は完了したし、ポケモンは捨て置いていいわ」
「でも、こいつらはミナリを死なせたのよ……? 許せないわ!」
「ミナリの事は後にしなさい! 騒ぎを聞きつけて警察やレンジャーが来るわ。
さっさと逃げるわよ」
 その言葉に、トールとキラナは渋々と従い、ユキナ達は惨劇の場となったポケモンセンター
の前を後にしようとした時だった。
「ギャッ!!」
 不意にキラナが悲鳴を上げた。何事かと思ってユキナは振り返ると、キラナの足首に、先程彼女に
よってボロボロにされたジムスが、喰らい付いていた。
「くっ」
 キラナは振りほどこうとしたが、ジムスの顎は一向に放そうとはしない。
 四肢を破壊され、致命傷を負わされながらも尚、敵に攻撃を加えようとするその精神に、キラナは唾棄したくなった。
 仮にも人付きならば、大人しく理性を保っていればいいものを――!
「この――」
 キラナが怒りの蹴りを打ち込もうとした瞬間、喰らい付いていたジムスの頭が、鈍い音を立てて吹き飛んだ。
 血しぶきとともに、ジムスの頭がどちゃりと雪原に転がった。
「いやぁあああああああああああああああアアアアアアアアアアアア゛ッ!!」
 リエラを失い、大好きなアズサまでもが死に瀕し、そしてまた仲間である者の命が砕け散った。
 あまりにもむごい光景を目の当たりにしたウィゼが半狂乱に陥って叫び、ルーミはその場に
へたり込んで体を震わせ号泣した。
「まったく……姿を晒して戦うなどスナイパーの風上にも置けませんね」
 その声に、ユキナは頭上を見やると、雪の積もった樹上に一匹のポケモンが大きな片翼を広げて
弓を構え狙いをつけていた。弓使いを連想させるその姿は、矢羽ポケモン、「ジュナイパー」だ。
「スナイパーは姿を晒したら、負けなのですよ。私と同じ狙撃を主体とした戦い方をすると
聞いていましたが、がっかりです」
 嘆息しつつジュナイパーは構えを解いた。
 ジムスの頭を吹き飛ばしたのは、このジュナイパーが、樹上から“リーフブレード”を
弓で放ったためだ。
 リーフブレードは通常、近接攻撃用の技であるが、このジュナイパーは、それを遠距離攻撃に
できる特性『遠隔』をもっていた。
 ジュナイパーは、ぱざりと翼を広げて樹上からユキナたちの前に降り立つ。
「助かったわ『プファイル』」
「それはどうも。とはいえ、こちらも一匹を失ってしまいましたね」
 ちら、とジュナイパー――プファイルは、ポケモンセンター前の現場を見やった。
 騒ぎを聞きつけてセンター内から出てきたスタッフやそのポケモン達が、慌てふためきながらも
アズサの救護に当たろうとしているところだった。
「ミナリは残念だったわ……それより、あなたも早くここから去りなさい」
「もちろんですよ我が主……スナイパーは逃げ足も優れていなければなりませんからね」
 そういうと、プファイルはジャンプして再び樹上へ移動し、ユキナ達も、足早にその場を去っていった。
 そういうと、プファイルは飛翔して再び樹上へ移動すると、ユキナ達も、足早にその場を去っていった。
 センターからの通報でポケモンレンジャーたちが到着したのは、
それから二十分後のことだった。
                        続く。
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どうも、今回で25話目ですが、ようやく話の山場まで到達いたしました。
非常に長い道のりでしたが、これからも頑張って続けてまいります。
 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓
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