ポケモン小説wiki
You/I 22 の変更点


前回は[[こちら>You/I 21]] 

        「You/I 22」
#contents
**精霊と吹雪 [#ZUfBCBJ]
「まったく、困ったわねぇ……へっくしッ! うぅ~~」
 その小さなポケモンは、大きなクシャミをして身震いした。
 まったく、出てきた先が猛吹雪だなんて、何という不運だろう。
 ただでさえタイプ的に寒さが苦手なのに、これじゃ風邪ひいちゃうじゃない――。
 心の中で文句を言いつつ、暫く吹雪が収まるのを待とうと思って、凌げそうな場所を探すが、
付近にはまったく見当たらない。
 激しい吹雪で周囲が殆ど見えない上に夜間なこともあり、何が近くにあるのかもハッキリしない。
 しかも動き回るたびに、体に雪が付着して重くなり、感覚が麻痺して背中にある羽の動きも
緩慢となり、意識まで薄れていく。
「やばい……これは冗談抜きで……」
 死んでしまう――。
 そう考えたときには、羽の機能が停止して落下し、その身を半分雪に埋めていた。
「だ、誰か……」
 助けて。力を振り絞って助けを求めようとしたとき、道の向こうから、一人の人間がポケモンを
伴いながら歩いてくるのがうっすらと見えた。
「人間か……」
 嗚呼……せめて最後は故郷の緑深い森の中で迎えたかったのに……死神のお出ましとは。
 それきり、そのポケモンは意識を失った。
----
 アズサは、吹雪が吹き荒れる道路を進んでいた。
「ぐぅ……これは思った以上に……キツイぞ……」
 左腕で顔をかばいながら、右手にライトを点灯させたポケギアをかざして前方を照らしつつ前へと進もうとするが、
吹き荒れる吹雪が予想以上に激しく、なかなか進むことが出来ない。
 雪の粒が顔に当たってとても痛い上、夜間な事もあり視界は前方のみ。
 しかもそれすら吹雪のせいで視界不良ときている。
 これでは本当に遭難しかねない――。
 そんな中をあえて進もうとしたのは、追っ手を撒くためでもあった。
 敵がこのような悪状況の中まで自分を追ってくる事は困難だろうと思ったからだ。
 だがそれは、生死が隣り合わせの危険な橋を渡るということでもあった。
(やっぱり失敗だったか?)
 今になって、アズサはその判断を後悔し始めていた。

 アズサ達はキキョウシティの孤児院を出てから、ポケライドハイヤーでエンジュシティまで
移動した。
 街に着くなり、急に肌を刺すような寒風がアズサの体を襲った。
 街の東側から吹き込んでいるらしく、規則的に並んだ石畳の道はうっすらと白く染まっていた。
 このあたりは冬場になれば雪も降ることもあるが、そもそも今はまだ冬ではない。
 こんな異常気象は今までに無かったというし、全く何が起こっているのやら。
 そう思いつつ一歩を踏み出した時、足が雪にズボッと埋まった。
 膝の辺りまで埋まったため、これは抜け出すのが容易ではなさそうだった。
 抜け出そうと足を持ち上げようとしてみるが、やはり抜けない。力を込めても、
やはり結果は同じだった。
 それどころか、アズサの無事なほうの足もズブズブとゆっくり沈み込んで益々状況が悪化する。
 ここは自分を引っ張り上げられる程のパワーのあるポケモンに手伝ってもらったほうがよさそうだ。
 そうなると、それは一匹しか居ない。
「……辛いかもしれないけど、出てくれマトリ」
 アズサは腰のボールを一つ手にとって抛ると、ガブリアスのマトリを解放した。
 地面・ドラゴンタイプの複合である彼女には、雪は最も苦手であるが、
アズサの手持ちの中で最もパワーがあるのは、今の所彼女だけなのだ。
 予想通り、あまりの寒さに彼女は顔を顰めたが、アズサは頼んだ。
「マトリ、引っ張り上げてくれないか」
「オッケー。でも、こうした方が早いんじゃない?」
 そういうとマトリは思いきり腕を一振りして、アズサの足元の雪を抉った。
 すると埋まった足が露となり、そこから簡単に足を引き抜くことが出来た。
「助かった、ありがとうマトリ」
「ウフ、どういたしまして」
 お礼を言うとマトリは笑顔でウインクを返してくれた。
「でもゴメン。こんな寒い所でお前を出しちゃって……」
「いいのいいの、ちょっとなら大丈夫だから。それにアズサに頼ってもらえて嬉しいし」
 そういって、マトリは右腕をアズサの左腕に絡める。
 暫くの間アズサとこうしていたい、という彼女の意思表示だった。
 マトリの肌は程よい筋肉の硬さと肉の柔らかさ、そして体温の暖かさが混在した触り
心地のよいものだった。
「でも……寒くないのか? ボールの中に居たほうがいいよ」
 だがこの猛吹雪は彼女にとってかなり辛いことは変わりない。
 早くボールに戻してやったほうがいいと思って、アズサはボールを手にとって、
彼女を回収しようとすると、その手をマトリの腕が上から押さえるようにした。
「いいの、またこんなことがあったら、アタシが必要になるでしょうし。
それにアズサが傍にいてくれれば、あったかいからだいじょーぶ♪」
 マトリはアズサの体温を感じようと擦り寄るようにした。
「……わかった。でも辛かったら我慢しないですぐにボールに戻るんだぞ?」
 少し照れくさくなって、アズサは先を急ごうとした。
 マトリのこともあるから、一刻も早くこんな吹雪からは逃れたい。
 そのためには、はやくスリバチ山洞窟に向かわなければ。
 とりあえずポケギアの地図アプリを頼りに、北側にある山の斜面に沿って
入り口を探そうと歩き始めた。
「それにしても……まさかミィカちゃんの元トレーナーがいた場所だったなんてね……」
「そうだね……」
 マトリが口を開くと、アズサは答えた。
 生き残った肯定派の仲間達が引き取られたキキョウシティの孤児院。
 そこで、ミィカの主だったという今は亡きトレーナー・キヨタのことを知った。
 更にそこの院長から、彼が持っていたというZリングと、Zクリスタルを授けられた。
 全ては偶然なのだろうが、何か運命じみたものを感じる。
 アズサは、右手首に装着したZリングを見やった。あまり使い込まれた感じが無いのも、
彼がアローラの旅の途中で夭折した事実を物語っている。
 そんな彼の遺品を借りて、自分はジム巡りの旅を続ける。
(これじゃ、簡単に挫けたりしていられないな)
 落ち込んでいたら、ポケモンを誰よりも想っていたキヨタという人間に悪い気がする。
 それに、もう絶対にミィカ達のような結末を繰り返したくはない。
 Zリングとクリスタルは、そのための新たな力だと思えた。
 だから、これらの道具を身につけていると気が引き締まる感じがするのだ。
 少なくとも、自分の近くに居る大切な者を守るためには、挫けてなどいられない。
**凍える精霊 [#MFTYWgt]
 暫く崖沿いに歩いていくと、吹雪の中にうっすらとスリバチ山洞窟の入り口が見えてくる。
 目的地チョウジタウンへと抜けるための道で、人の往来も多い洞窟なのだが、この日は大雪で、
しかも夜間ということもあり、人影は皆無だった。
 入り口の近くまで行くと、一面の雪の中に洞窟の入り口がぽっかりと口を開けていた。
 何やらそこだけ魔界の入り口であるかのような、異様な雰囲気が漂ってさえいる。
 変な怖さを感じるが、ようやく吹雪を凌げるとわかってアズサが安堵したその時だった。
「ん?」
 足先にこつんと何かが当たる感触がした。
 足元に目をやると、そこだけサッカーボールくらいの大きさに盛り上がっている。
 何かが埋まっているようだった。
「何だろ……?」
 気になって、アズサは雪の塊を手で崩し始めた。すると――。
「……なっ!?」
 アズサは、目を見開いた。
 雪塊の中身は、小さなポケモンだったのだ。
 半分が雪に包まれていてよく解らないが、薄緑色の体色からして草タイプであろうことは
間違いなさそうだった。
 通常の草ポケモンがこんな猛吹雪の中で活動したらどうなるか。
 予想通りそのポケモンは体のあちこちが凍傷だらけで、今にも息絶えそうになっている。
「おい、しっかりしろ!」
 アズサは、軽く体を叩いて意識を確認する。その衝撃で、体の半分を包んでいた雪が崩れ落ち、
その姿が完全に露となった。
 それを見て、アズサは更に驚いた。
「このポケモン……!?」
 タマネギを思わせる形状の頭。その額には短い触覚があり、背中には虫ポケモンのような透明の羽が四枚。
 ポケモン図鑑で、見たことがあった。草・エスパーの複合タイプで、一説によれば、
タイムスリップすることが出来るといわれている、時渡りポケモン――
「……『セレビィ』か?」
 ジョウト地方に伝わる幻のポケモンで、目撃例もかなり少なく、セレビィによる時渡りの
逸話がウバメの森あたりで僅かに残っている程度だ。
 それが、なぜこんな場所で――? いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
 死にかけているセレビィを助けなくては。また目の前でポケモンに死なれるなどゴメンだ。
 とにかく、体を温めてやらなければいけない。
「マトリ、洞窟に急ぐぞ!」
 告げると、アズサ達は駆け足で洞窟の中に入っていった。
**優しさ [#4CTn6Cd]
 洞窟の入り口から数メートル程の場所で、アズサはセレビィの手当てを行った。
 本当は焚き火でもやって暖めてやりたい所だが、洞窟内は条件の良い場所でなければ、
一酸化炭素中毒になる危険があるため、それは不可能だった。
 アズサは一通り手当ての済んだセレビィをコートの中に入れて、己の体温で暖める
ことにした。
 手持ちのメディカルキットの中にあった使い捨てカイロも使って、アズサはセレビィを
暖め続けた。
 少し空けた胸元からセレビィの顔だけを出して、意識を取り戻すのを待った。
 そして、一時間ほどが経過したとき――。
「ん……」
 小さい呻きと共に、セレビィがゆっくりと目を開いた。
「良かった……」
「!!」
 それを見てアズサが安堵した瞬間、セレビィは勢いよくアズサのコートから
脱出し、近くの岩陰に隠れてしまった。
「あっ!」
「よせ。いいさ」
 マトリが後を追おうとしたが、アズサが制止した。
「でも、せっかくアズサに助けてもらったのに、あんな……」
「人間が怖いんだよ……目を覚ましてくれただけでも、十分さ」
 そういうと、アズサは落ちたカイロを拾い上げて懐にしまう。
「……そう、ね」
 セレビィの気持ちをなんとなく理解して、マトリが言った。
 セレビィは幻のポケモンであり、希少性の高さと謎に包まれた生態への関心から、
何度となく人間によって狙われ、怖い目にあっているのだろう。
 人間を恐れてしまうのは、仕方ないことと思えた。
「でも、アズサがそこらの心無い人間と同じに思われたのは……なんかイヤね」
 呟くと、マトリはすっと立ち上がって、セレビィが姿を消した方向に向かって声を上げた。
「セレビィさん? あなたは人間が怖いみたいだけど、この人はそんな人ではないわ。
行き倒れていたあなたを助けたかっただけなの。あなたの力を使いたいとか、
捕まえたいとか思ってやったわけじゃないわ。それだけは、わかって頂戴……」
 マトリが言い終わると、アズサは水筒から暖かいお茶を紙コップに注ぎ、
それをマトリに渡した。
 ドラゴンにとって寒さは苦手であるから、少しでも温まってもらいたかった。
 マトリは両手の爪先で機用に受け取ると、口で冷ましながらそれに口を付けた。
「暖かいわ……うまくアズサの気持ちが伝わったと良いけれど……」
 マトリは言いながら、アズサの横に腰を下ろす。
 そして相変わらず吹雪が吹き荒れている洞窟の入り口の方を見やって、口を開いた。
「アタシね……こんな吹雪の中に捨てられていたところを、人間さんに助けてもらったの」
「ああ……確かそう言ってたな」
 以前タンバシティの豪華ホテルに泊まりに出かけた道中、アサギシティのジムに挑戦して、
見事勝利した後、進化を遂げたマトリがポツリと漏らした彼女の過去。
 生まれたばかりの時、どこか雪の降る街で彼女は捨てられた。だが別の人間に
命を救われ、そのおかげで彼女は今まで人間に絶望することなく生きてこれたという。
「やっぱり……ボールに入ってたほうがいいんじゃないのか……?」
 アズサは言った。
 彼女にとって、それは辛い記憶であることは変わらないだろうから。
 少しでも、そんな思い出から遠ざけてやろうと思った。
「いいの。それに今はアズサがいてくれるんだもの。もう大丈夫よ」
「そうか……お前を救ってくれたトレーナーはいい人だったんだな」
「だと思うわ。いつかまた会えたらお礼をしたいけれど……」
 マトリ自身も、幼いころの記憶なのでよくは思い出せないらしい。
 ただはっきりしているのは、アズサに雰囲気が似ていたということだけだ。
「難しいな……トレーナーは沢山居るからな」
 ランキングに載るくらいの有名なベテランならば話は別だが、膨大な数のトレーナーの
中から探すことは困難だ。
「……会えないのはちょっぴり残念だけどね」
 マトリは腕をアズサの腰に回して、彼の体温を感じ取ろうと体を密着させた。
「でも、アズサみたいにやさしい人間だったのは確かよ」
 そういって、マトリは顔をアズサの頬に摺り寄せた。
 もし特性が『鮫肌』だったら、今頃アズサのコートと肌はぼろぼろになっていただろう。
 バトルでのガブリアスは、主にその鮫肌の特性を持つ個体が用いられる。
 だから、なんとなくアズサも彼女が捨てられた原因に察しがついていた。
(きっと『鮫肌』じゃなかったから……)
 それに通常は覚えない“逆鱗”や“アイアンヘッド”を覚えていることも、
厳選過程で不必要とされたことを物語っていた。
「やさしい人は僕以外にもいっぱいいるさ……でも、僕も会って見たいな」
 その人間が助けたおかげで、彼女は人間不信にならずに済んだのだから。
 きっと本当にいい人なのだろう。そんな人間なら、確かに会っては見たい。
 ポケモン達と付き合っていくために、自分には何が足りなくて、何が必要なのか、
わかるかもしれない。

 そんな様子を、セレビィは岩陰から眺めていた。
「あの人間……本当に信じてもいいものかしら?」
 確かに自分を捕まえる気はないようだし、本当にただ親切で自分を救ってくれたのは
確かなようだった。それにあのポケモン達の懐きよう。本当に悪い人間ではないのかもしれない。
「だったら……見せてもらおうじゃない」
 すると、セレビィは岩陰から身を乗り出すと一枚の葉を取り出して口にあて、
透き通るような音を洞窟内に響かせた。
 それは、聞く者を即座に眠りに落とす音色だった
**知らない場所 [#AGw2uYJ]
「あ……」
 流れてくる冷気を感じて、アズサは目を覚ました。
 たった少しの距離とはいえ、吹雪の中を突き進んで予想以上に体力を消耗したせいか、
一息ついている間に意識を手放してしまったようだ。
「やばいな……こんな状況で寝ちゃうなんて」
 いくら洞窟内といえど今は真冬のように気温が低く、一歩間違えたらそのまま二度と
目を覚まさない可能性もあった。そんな結末を想像して、アズサはぞっとする。
 そうならなかったのは、こうして体をくっつけ温めてくれたマトリのおかげだった。
 同じように眠っている彼女が心配になって起こすと、マトリはゆっくりと目を開いた。
 どうやら無事らしいことがわかって、アズサは安堵すると、周囲の状況を確認した。
 そこはさっきまでと変わらない洞窟の、冷たい岩の壁が広がっているばかりだ。
「……?」
 しかし、アズサは妙な違和感を感じた。さっきまでのスリバチ山洞窟と、雰囲気が
違う気がしたのだ。
 それに、さっきまで近くに見えていた洞窟の入り口も見えない。
 誰かが洞窟の深部まで自分たちを運んだのか? その割には鞄や服、ランプなど、
物品が移動した様子も無い。
 怪訝に思っていると、ヒュウ……と再びどこからか冷たい風が流れ込んできた。
 風が来るということは、近くに出口があるということだ。
「出口が近いのかな……ルーミ!」
 アズサはデンリュウのルーミを繰り出す。
「明かりを頼む」
「はい」
 ルーミは返事をすると、尻尾と額にある赤い球体が輝き始め、洞窟内が明るく照らされる。
「出口が近いみたいだ。行ってみよう」
 その言葉に二匹は頷くと、アズサと共に風が流れ込んでくる方向に向かいはじめた。
 暫く進むと、予想通り出口が見えてきた。外は吹雪こそやんだようだが、
相変わらず雪は降り続いていた。だがこの程度なら問題はあるまい。
「これでやっとジム戦が出来ますね」
「そうだな……」
 だが、アズサの違和感は消えなかった。事前にポケギアでネット情報を確認していたのだが、
スリバチ山洞窟自体は、チョウジタウン方向に抜けるだけならそれほど長くないはずだった。
 しかし、ここに来るまでにいくつかの角を曲がったりと少々複雑な道であったし、
進むにつれ洞窟内が所々木で補強されていたりと、人の手が加わったような形になっていった。
「まるで鉱山だな……」
 アズサはあの島の事を思い出す。あの島も元は人間が石炭を掘り出すための鉱山島で、
あちこちが坑道だらけだった。いま彼らが居る場所は、そこによく似ていた。
 スリバチ山は自然の洞窟だと聞いていたのに、どういうことだろう?
 疑問に思いながらも、アズサはルーミ達と一緒に出口に向かう。
 とりあえず街についたらポケモンセンターに行って、一休みしないといけない。
 こんな疲れきったクタクタの状態では手持ちも自分も、まともにバトルなど出来ないだろう。
 ルーミがアズサより先に洞窟の外へ一歩踏み出すと、彼女は声を上げた。
「あそこに町がありますよ。あれチョウジタウンじゃないですか?」
 その言葉に、やはり自分の思い過ごしだったかと安心し、彼女に続いてアズサも外へ出ると――
「……え?」
 アズサは呆然と呟いた。
 確かに洞窟を出ると、街の光景が広がっていた。
 だが、それは自分が知っているチョウジタウンの光景ではなかった。
 チョウジタウンといえば、忍びの隠れ里などと呼ばれるくらい、山と森に囲まれた街だと
いわれている。
 だがしかし、いま目の前に広がっている街は、地面より少し高い位置に築かれている石造りの
建物ばかりな上、高低差の激しい地形なのかあちこちに橋があって、それらの家々を繋げていた。
 さらに街の半分は氷で覆われた平地で、その北側には針葉樹の森が広がっていた。
 そして遠くには、なにやら塔のようなものも見える。明らかにここは――
「チョウジタウンじゃ……ない」
 それどころか、ジョウト地方ですらないのは明白だった。
『……え?』
 それを聞いた二匹が揃って、そんな声を出した直後、アズサたちの背後で地面がぼこりと
盛り上がり、一匹のポケモンが姿を現した。
 長いマズルに、鋭そうな鋼鉄の爪をもつ、もぐらポケモン『モグリュー』だ。
「モグリュー?」
 ジョウトでは見かけないポケモンだ。ということは、やはりここはジョウトではない。
「あの……ちょっと、いいかい?」
 アズサはそのモグリューに呼びかけると、モグリューは「んあ?」と振り向いた。
「ここは……どこ、かなぁ?」
「なんだお前……トレーナーのクセに、まさか知らないでここに来たってのか?」
 呆れた表情で、モグリューは告げた。
「ここは『ネジ山』。んで、そこの町は『セッカシティ』だろ? 変なヤツだな……」
「……ええ~~~~~~~~!!?」
 アズサは絶叫した。
**セッカシティ [#ds0BHZN]
「どどっ……どうしよう……」
 アズサは、焦った。ジョウト地方にいたはずなのに、知らないうちに海の向こうの
イッシュ地方へと来ていた自分達。
 どうすれば帰れる? いや、そもそも何があってこうなった?
 そこまで考えたとき、アズサははっとする。
「まさか、あのセレビィが……?」
 セレビィは時渡りポケモン。タイムスリップ出来る能力があるのだ。
 深く考えるまでも無く、セレビィの仕業であることは理解できた。
 それに眠りに落ちる前、ちょっと変わった音色を聞いた様な気もする。
 おそらく自分達は疲れによって眠ったのではなく、セレビィの『草笛』によって
強制的に眠らされてしまったのだ。
 だとすれば――。
「と、とにかく……街に行ってみません? アズサさんも疲れているでしょうし」
「そうだな……」
 ルーミが提案した。
 とりあえず少し休んで心を落ち着かせ、冷静に状況を分析してから、今後の事を考えよう。
 そう思ってアズサは、街へ行ってみることにした。

 セッカシティの街中は雪が降り積もり、外に出ている人間の姿はほとんどなかった。
 見かけるものといえば、氷タイプのポケモンくらいで、人影の無いメインストリートを
野生のバニプッチやバニリッチ、フリ-ジオやユキカブリが闊歩している。
 さらにイッシュには本来居ないはずの、カチコールの姿も見かけた。
 そんな様子を見ながら、街のポケモンセンターへと辿り着いた。
 センターは受付嬢以外の姿は見えず、訪れているトレーナーの姿も無い。
 アズサは荷物を降ろして、ロビーのソファに上半身を凭れさせ、大きく息を吐いた。
 問題はこれからだ。
 セレビィが自分たちをここまで移動させたのだとしたら、恐らくここは――。
 そう思って、アズサはロビーの壁に掛けてあるカレンダーを一瞥すると、一度緩んだ彼の精神は、
再び緊張に移行する。
「やっぱり……」
 冷や汗を流してアズサは呟く。予想通りだった。
 カレンダーの年度は、十年前を示していた。
 そして、試しに自分のポケギアの日時を確認すると、さっきまでアズサが
いた時間、すなわち十年後の日時を示していた。
「ここは……十年前のイッシュ地方なんだ……!」
 アズサは、自分たちがセレビィによってタイムスリップしたことを確信した。

 アズサは、手持ち達全てをボールから出してここまでの事情を説明した。
 予想通り、殆どの者は青ざめ、不安に陥ってしまった。
「それじゃ、あたし達どうやって帰るの……?」
「ご主人、何か方法は無いんですか?」
 口々に不安を述べる手持ち達に、アズサは重苦しく告げる。
「ある。だけど……」
 元の時代に戻る方法は、ないわけではない。だがそれは過酷なものになる可能性がある。
 ヘタをすると一生この時代で生きていくことになるかもしれない。
「……あのセレビィを、探すしかない」
「そんな……」
 セレビィは幻のポケモンで、目撃情報すら少なく探すことは困難だ。
 全ての可能性が閉ざされていくような気がして、ずんと空気が重くなる。
「でも、やらないよりはマシだね」
 そんな中、ジムスだけが冷静に告げた。
「それに、どうしてそのセレビィってのは、助けてもらったキミを過去に飛ばしたりしたんだ?」
「人間を怖がってたみたいだし……だから一刻も早く排除したかったとか」
「セレビィってのは、外敵を別の時間に置き去りにするのかい?」
 言われてみれば、妙なことだ。
 セレビィは人間を怖がっていたから、そうするのも無理は無いだろうと思える。
 だが、時間移動をする能力があるにしても、敵を別の時間軸に捨てていくという
話は聞いたことが無い。
 もしセレビィがあちこちで、色々な時代でそんなことを繰り返していたら、
タイムスリップ物のSF作品のように、歴史に影響が出ているだろう。
 セレビィの生態は謎に包まれているが、少なくとも過去や未来に大きく影響を
与えているような説も、耳にしたことは無かった。
 そう考えると、自分たちを過去に捨てたという線は、薄いのではないかと思えた。
「もしかしたら、ボクらを試してるとか……」
 再びジムスが口を開いた。
「試す?」
 アズサが訊くと、ジムスが首肯した。
「いくら人間を恐れていたって、いい人間と悪い人間の区別ぐらいついているはずだ。
助けてくれたキミを過去に飛ばしたってことは、ボクらを試してるとしか思えない。
だから……きっと近くでボクらのことを見ているハズだ。おそらく、窓の外にでも……」
 言いながら、ジムスは近くの窓に目を向ける。それを追うようにして、アズサも窓へと
視線を向ける。
 すると、緑色に発光する小さな光球が、窓からふわりと離れていくのが見えた。
 間違いない、セレビィだ。
「いたっ!!」
 アズサは、セレビィを追ってポケモンセンターの外に駆け出して行った。
「う……く……っ」
 クタクタに疲れた体で、休む間もなく出てきたためにアズサはすぐに息が上がる。
 しかし、ここで見失ったら二度と現代には戻れない。
 これがセレビィと接触するラストチャンスかもしれないと思うと、アズサの体は
予想以上に力を発揮して、立ち止まることなくセレビィを追い続けることが出来た。
「まって……セレビィ……!」
**捨てポケモン [#Um9pix1]
 後ろから追ってくるアズサを一瞥しつつ、セレビィは凍りついた湿地帯の上を飛行し、
近くにある森の方向へと向かおうとしていた。
 向こうは飛んでいるだけあってかなりのスピードが出ていて、アズサをぐんぐん
引き離していく。
「まって……うわっ!」
 追いつくべく更にスピードを上げようとした瞬間、アズサは凍った地面に足を取られて
思いきり尻餅をついた。
「あいたたぁ……」
「アズサ、大丈夫!?」
「うん……」
 マトリがしゃがんでアズサの様子を伺うと、アズサは返事をした。
 尻がものすごく痛かったが、怪我はしていないようで、ゆっくりと立ち上がりつつも、
雪の積もった場所では迂闊に走ってはいけないことを思い出した。
「セレビィは……」
 急いでアズサは周囲を見回したが、既にセレビィの姿はどこにもなかった。
「ああ……」
 セレビィを見失い、もう元の時代に戻る手段は完全に断たれ、アズサは絶望的な
気持ちになって呻き俯いた。
「大丈夫よ……ジムスの言うとおりなら、きっとまだ――」
 そう遠くに入っていない――言いかけたマトリの声が、不意に途切れた。
 一体どうしたのだろうかと、アズサは訊いた。
「どうした……?」
「この景色……アタシ、見たことがあるわ……」
 そう言ってからマトリは周囲に首を巡らせると、アズサもその景色を注視した。
 すると、白く染まっている雪原の真ん中に、小さく黒いものが見えたのだ。
「なんだ……?」
 気になって何歩か前へ歩み出てみると、それは人間なのだとわかった。雪原にうずくまって
何かをしているようだった。
 こんな人気の無い雪原の真ん中で、たった一人で何をやっているのか。
 アズサは、少しの間その人間の様子を伺った。
 防寒コートのフードに隠れて、その顔は見えなかったが、人間はポケットからボールを
取り出して、その場で中のポケモンを解放した。
 ここからでは遠くてよく見えず、何のポケモンか判別できなかったが、ポケモンは酷く
衰弱しているようだった。
 するとコートの人間は踵を返し、町の外へと向かって歩きはじめた。
 弱ったポケモンをその場に残して。
 衰弱したそのポケモンは、後を追おうとしたようだが、力が無いのかガクリと倒れ込み、
その身を雪原に沈めた。先程のセレビィと同じように、体を弱弱しく震わせている。
「捨てポケモン……!」
 アズサは状況を理解してむっとした。
 ポケモンを捨てる瞬間を目の当たりにしたのは初めてだが、やはり嫌な気分だ。
「まぁ……こんな雪の中でかわいそうに……」
 同じく様子を見ていたマトリが悲しそうに呟いた。
 そのポケモンはまだ、タマゴから孵化したばかりの幼体だった。
 おそらく、寒さの酷いこの場所に、あえて放置したのだ。その理由は当然――。
「これだから……!」
 そう吐き捨てた直後、アズサは感情に任せるまま、近寄って声を出した。
「すいません、今、何やってたんです? そのポケモン、あなたのですよね?」
「ああ?」
 フードを被った男は、アズサの言葉に振り返った。
「なんだお前は?」
「あんた……」
 続けようとしたアズサの言葉を遮るようにして、マトリが前に出て言葉を発した。
「こんな場所に生まれたばかりのポケモン置いてくなんて、随分と冷たいじゃないの?」
「なんだこのガブリアスは……お前のポケモンなのか、コイツ?」
「アンタそれでもトレーナーなの?」
 グルル……と喉を唸らせてマトリは威嚇した。
 すると男はニヤと口角を吊り上げて、
「見てたんなら解んだろ。ポケモン捨ててたんだよ。バトルに使えない個体なんて、
持っててもしょうがないしな。ここならすぐに寒さで死ぬから、処分にはもってこいだ」
 それを聞いたマトリは、地を蹴って男に飛びかかろうとした。
「よせ!」
 それを見逃さず、アズサはマトリを制止させた。正直アズサも同じ気持ちだったが、
力でねじ伏せれば、それはこの男と同じ事になってしまうと思えたからだ。
「よくないですよ、そういうの……」
 そういうと、男は一気に態度を豹変させる。
「なんだぁてめぇコラ。あ?」
 この男も、まるでチンピラのように好戦的かつ威圧的な態度をとりはじめる。
 アズサもこういうトレーナーと何度か対戦したこともあるが、こういう厳選トレーナーは、
何故だがこういう柄の悪い不良じみた者が多い。
 ちょっと物申しただけでこれだ。厳選するトレーナーは、今も昔もこんなのが多いのか。
 そう思ってアズサは嘆息した。
「そんな弱っちそうなポケモン連れてるクセして、この俺に説教しようってか。ふざけんじゃ
ねぇぞてめぇ!?」
「この俺……?」
 男の発言にアズサは思わず聞き返した。この男は何か名の知れた人物なのだろうか。
 すると男はアズサの胸倉に掴みかかった。
「ッ!?」
「厳選は良くねぇとかポケモン捨てるなとか……そういうのは、全然勝てないド素人とか、
ポケモンをただ可愛がっているだけの「にわか」野郎の台詞なんだよ。
だが俺はな、勝つために努力してんだよ。強いポケモン生ませるのだって、勝つためなんだよ。
お前みたいな「にわか」トレーナーが、俺に嘗めた口きくんじゃねぇ! ああ!?」
 アズサの眼前で凄みをきかせて男は叫ぶ。
 つまり自分はそこらのトレーナーとは本気度が違うプロだといいたいのだ。
 アズサを「にわか」と称したのも、それなりのプライドがあるからだろう。
 この男からすれば、アズサの注意などバトルを知らない素人のたわごとであり、
自分を侮辱しているように受け取れるのだろう。
 だから、この男にとってはポケモンを厳選し捨てることはもはや当たり前であり、
バトル対策の邪魔になるような生命倫理は、とうに失われているのである。
「……あなたは何様なんだ? ポケモンは……生きてるんですよ! 
自分の親から「お前はいらない」なんて言われたら、どんな気分です? 
生ませたポケモンを捨てるって事は、そういうことでしょ!?」
 その主張に、男は鼻で笑ってから言った。
「ポケモンバトルはトレーナーが居てこそだ。その判断は絶対だ。
だから俺の言うことは絶対なんだよ! それに俺は親となんかとうの昔に
離れたんだ。あんな男漁りばっかしてるバカなヤツ、もう知らねぇさ」
 その言葉から、男の過去があまり良くないものであったことが伺えた。
 だが、今はそれは関係ない。
 いや、関係あるのかもしれない。そういう家庭で育ったから、命に関する
考え方に乏しい可能性もある。
「まさかお前マザコンなのか? へへ、お母ちゃ~んってかw ば~~かじゃねぇの?」
 そんな男の嘲りは無視しつつ、アズサは続けた。
「僕は……子供のときポケモンを失ったことがある。そんな過ちを繰り返したくない。
だから、僕はポケモンを大事にしたいって思ってるんです」
 ポケモンが死ぬ姿は、もう見たくは無いから
「ダセェな! ポケモンなんざいくらでもいるんだから、他のを探しゃいいんだよ。あ゛!?」
 その言葉を聴いて、もしかしたら、この人はポケモンを失ったことが……死んだ所を見たことが
無いのだろうか? と思えた。
 目の前でポケモンが死なれたら、普通は取り乱すし、悲しむものだ。
 それに、ポケモンは捨てた時点ではまだ生きている。捨てポケモンはその後に
他のポケモンに捕食されるか、攻撃されるか、あるいはそのまま力尽きるかして命を落すのだ。
 だから恐らくこの男は、ポケモンの死に立ち遭ったことがないのだ。
 そうでなければ、「他を探せばいい」などと、ここまで軽く言えるはずが無い。
 そうなってはもう、何を言っても解ってもらえないな……とアズサは嘆息した。
 というか、向こうもこちらを理解する気は微塵もなさそうだ。
 正直殴ってやりたい衝動に駆られるが、ここで暴力のぶつけ合いをしても何にもならない。
「へっ何もいえないのか?」
 そういって男がまたニヤついた瞬間だった。
 男の体が宙を舞った。
 マトリが男のフードに爪を引っ掛け、そのまま投げ飛ばしたのだ。
 男は雪面を数度転がると、顔を顰めつつ雪塗れの体を立ち上がらせた。
 やわらかい雪のおかげで、ケガは免れたらしい。
「見苦しいわね、“プロ”トレーナーさん」
 アズサを「にわか」と称した男の言葉に対して、あえて「プロ」を強調し、そこに侮蔑の
意思を込めて言葉を発した。
「少なくともこの人はポケモンの事を勉強しているし、アタシ達に正しい指示をくれて、
何度もバトルに勝ってきた。それにアンタ達みたいなのと違って、ポケモンを道具扱い
するような、心の狭い人間じゃあないわよ」
 特有の鋭い目で、雪塗れの男を冷たく見下ろしつつ、マトリは告げた。
「アンタ達とは“大違い”の人間よ」
 その言葉に、男は更に目を釣りあがらせて叫んだ。
「ポケモンが人間様に口答えしてんじゃねぇ! おいお前、コイツの躾足らないんじゃねぇのか?!」
 男はマトリを指差し吼えると、怒りの矛先をアズサに向けた。
 やはりこの男も、この手のトレーナー特有の人間至上主義者だ。アズサは顔を顰める。
 するとマトリは、爪を男の額に突きつけた。
「ポケモンがトレーナーに物申しちゃいけないなんて決まりは無いわ。もっともそんなもの、
アンタ達のような身勝手な人間が考えた、ありもしないルールでしょう」
 告げるマトリの声が、感情によって徐々に大きくなっていく。
「……黙れってんだよ! ザコポケ如きがふざけやがって!」
 にわかであるアズサが育てたポケモン、つまりザコという考え方なのだろう。
 安易な考え方に、アズサは心で苦笑した。
「そんなに言うならテメェらが何とかしろ!」
 男は責任転嫁の言葉を吐くと、捨てたポケモンの腕を掴んで、ぽいとマトリの目の前に放り投げた。
 それを見て、マトリは目を見開いた。
「この子……」
 そのポケモンは、ずんぐりとした体に短い手足がつき、その頭頂部に大きな鰭をもっていた。
 かつて捨てられた時の自分と同じ種族――陸鮫ポケモン、『フカマル』だった。
 それも、鰭には切れ込みがない。雌の子だった。
 マトリはそのフカマルを優しく抱き上げる。まだ幼い体の匂いは、かつての自分と同じ匂い。
 そして、ざらざらしていない柔らかい肌は、自分と同じ『砂隠れ』の特性を持っている証だ。
 自分と同族であるからこそ、マトリは男のやったことが更に許せなくなる。
 すると、怒りにわななく彼女の肩を、アズサがポンと叩いた。
「怒るなマトリ……大丈夫だよ、任せて」
 アズサは笑顔を浮かべてそう告げると、マトリの前に歩み出て、激昂する男に向き合った。
「そうですね。確かに僕はジムを回ってバッヂを集めているだけですから、あなたから言わせれば
僕は「にわか」トレーナーでしょう」
 男はいやらしい笑みを浮かべて、「良くわかってるじゃねぇかよ」と告げた。
「そんなお前にとやかく言われる筋合いは――」
「でも」
 ぴしゃりとアズサは男の言葉を遮って、続けた。
「バトルのために多くのポケモンを犠牲にするくらいなら、僕は「にわか」のままでいいです。
むしろ喜んで「にわか」でいたいです」
「は……はぁ?」
 男が困惑した様子で声を出した。
 侮辱されれば、ほとんどのトレーナーは対抗心と敵愾心をむき出しにしそうなものなのに、
コイツはそれをしない。むしろ笑顔を浮かべて言われたことを受け入れている。
 そんな相手は今まで、自分よりも高齢のベテラントレーナー位しかいなかったのに、
自分とさほど変わらない年齢のトレーナーが達観したようなことを言ったのが、信じられなかった。
「見なさいよ……アタシのトレーナーは、こんなに冷静で自分のことをわかってる。
それにアタシ達ポケモンの事まで考えてくれる。それに比べてアナタは、まるで子供ね」
 その発言に、男の顔が怒りに歪む。
「この子は、アンタが産ませたようなものなのよ! 「親」なら、責任とりなさいよォ!!」
 マトリが力の限り叫ぶ。彼女自身、そうして捨てられたポケモンなのだ。このような
人間に対する長年の不満を、今吐き出していた。
「うるっせぇぞ!!」 
 すると、男は力任せに腰からボールを取り出して、放り投げた。
 ボールが空中で開き、閃光と共に中からポケモンが出現する。
**マトリのZ技 [#xEzitEA]
「こいつは……」
 現れたポケモンを一言で現すなら、「巨大な顔」だった。
 白と黒のモノクロカラーに、髑髏を想起させるフォルム。その頭頂部には
二本の黒い角が突き出ている。氷タイプの顔面ポケモン『オニゴーリ』だ。
 おそらく、あえてマトリに対して有利な氷タイプを選んだのだろう。
「ふざけんなよ『にわか』め……オレはバトルでトップに立つ男なんだ!
そのためには強いポケモンが必要なんだよ! それ以外は邪魔でしかねぇんだよ!!」
 つくづく自分勝手な人だ。人間の基準でしか、物事を考えられないなんて。
 ポケモン達の気持ちが考えられないなんて。
「二度と俺様にナメた口が聞けないように、きついお灸を据えてやる! 奴に“噛み付く”だ!」
 更に今度はアズサに攻撃を行おうとする。ルール無視のダイレクトアタック。
 あんなポケモンに噛み付かれたら、人間などいとも簡単に真っ二つになってしまうだろう。
 だが次の瞬間、氷の破片を撒き散らしてオニゴーリが吹っ飛んだ。
 マトリが、フカマルを抱えたまま“アイアンヘッド”を繰り出して、アズサを守った。
「バトルのルールすら守れないなんて……」
 責任転嫁に次いで、さらにルール無視とは、つくづく見下げ果てた人間だ。
「黙りやがれ! “冷凍ビーム”!」
 男が指示を出すと、オニゴーリは体を起こしつつ“冷凍ビーム”をマトリに放った。
「ウッ!」
 効果は抜群。直撃を受けたマトリの右腕の鰭が凍りついた。
「マトリ、大丈夫か!?」
「ええ……」
 返事をしつつマトリは腕の中のフカマルを見た。
 どうやら、この子にまでは“冷凍ビーム”の被害は及んでいない。
 それを知って、マトリは安堵の笑みを浮かべた。
「でも……!」
 マトリは歯を食いしばる。トレーナーへの攻撃に、今度はこっちを狙った攻撃。
 見境の無い攻撃に、マトリの怒りは頂点に達した。
「口で言っても解らないなら……アズサ!」
 その言葉だけで、アズサは彼女の意図を理解した。
 しかし。
「ええ? でもまた使い方っていうか、「舞い」のやり方がよく――」
 わかってない――アズサはそう告げようとしたが、
「いいから!!」
「う……わかった」
 マトリの物凄い剣幕に、アズサはそう答えるしかなかった。
 アズサはバッグから銀色に輝く石を取り出して、右腕のZリングに装着する。
 大分前にテレビの特集で見ただけだったから、かなりうろ覚えだ。
 これで本当に正しく技が発動するのか疑問だが、今はマトリのためにやってみるしかない。
「ええと…確かこう……」
 呟きながらアズサが両腕を一回転させた後、手首を交差させた時だった。
 アズサの脳裏に、自然と舞い方が浮かんできたのだ。
 そう。まずはそうして腕を交差させた後に、二回程左右の拳を突き合わせて、
それから一気に両腕を前に突き出す――。
「……!?」
 脳裏に浮かんだとおりに体を動かした瞬間、腕の石から、謎のエネルギーの奔流がマトリの
体へと流れ込んでいったかと思うと、彼女の体から銀色のオーラのようなものが立ちのぼった。
 必殺技の――Z技のオーラを、マトリは身に纏ったのだ。
 あとは、その力を正しく解放し、放つのみだ。
「マトリ!」
「きついお灸を据えてやるのは……こっちよぉぉぉぉおおおお!」
 叫びと共にマトリは敵のオニゴーリに向かって疾駆し、それと同時に彼女は体を回転させた。
 そしてそのまま鋼のエネルギーの塊となった彼女は、オニゴーリに猛烈な回転体当たりを敢行した。
 鋼タイプのZ技、“超絶螺旋連撃”。
 鋼の高速回転によってオニゴーリの体が削られ、彼女はオニゴーリに大ダメージを与えていく。
 そして回転が収まった頃には、オニゴーリの体は雪面に沈んで、微動だにしなくなっていた。
「お……俺のオニゴーリが……?」
 信じられない様子で立ち尽くしている男。何がおきたのか良くわかっていないらしい。
「ふ……ふっざけんな! そんな変な技使いやがって! テメェこそポケモンに
何か手を加えてんじゃねぇのか!? あ゛ぁ!?」
 すると今度はアズサが不正を働いたと主張し始める。
 言葉から察するに、Z技というものの存在を知らなかったのだろう。
 イッシュの中でしか活動をしていないトレーナーであれば仕方が無いとも思うが、
存在自体知らなかったというのは、トレーナーとしても未熟な証拠であろう。
 そんな風にアレコレと騒ぐ男に、突然ぴたりと何かが突きつけられた。
「いい加減にしようか。お兄さん」
 冷たい声でそう告げたのは、ジムスだった。彼は尻尾から伸長したエネルギーのハサミを、
男の首に突きつけていた。
 その後ろには、ポケモンセンターに置いて来てしまったリエラ達もいて、
男とバトルしている間に追いついたようだった。
 その光の両刃で挟み込めば、すぐにでも男の首は飛ぶだろう。
「これ以上好き勝手言うなら、このハサミで首フッ飛ばしちゃうぜ……?
プロならプロらしく、負けを認めたらどうなんだい。言い訳ばっかしてるやつが、
プロだなんてお笑いだね」
 ジムスは告げると、男は「ひっ」と悲鳴を上げた。だが恐らく反省などしていまい。
ただ目の前の死の恐怖に怯えているだけだ。
 いっそ本当にフッ飛ばしてやろうかとも思ったが、そうすれば自分の主――アズサの名が
汚れるだけだ。メリットなど何もない。
 それにここは過去の世界。そんなことをすれば歴史に影響を与えかねない。
「ま、さっきその人達に言われたことをよーく考えるんだね」
 そういうと、ジムスは“ハサミギロチン”の刃を消失させた。
 さっきまでの威勢はすっかり失せていて、男はその場にへたり込んでいた。
「さて……」
 荒い呼吸をしながら、マトリは男に向き直ると、男は体をビクリとさせた。
 そんな男に、マトリは告げた。
「消えなさい!!」
 そういって右腕で振り払う動作をすると、男は逃げるようにその場を去っていった。
 もっとも、そんな状況にあっても捨てたポケモンだけは回収していかなかったが。
**現代へ [#tncxOqg]
 その後、アズサ達は捨てられたフカマルを救うべくセッカシティのポケモンセンターに戻り、
受付にフカマルを差し出すと、スタッフ達は急いでストレッチャーと治療具を用意して、
フカマルと共に奥の治療室へと姿を消した。
 アズサ達はその様子を心配そうに見送るだけだ。
 センター内は相変わらず、アズサ達以外のトレーナーもポケモンもいなかった。
「あのフカマル……大丈夫でしょうか」
 ルーミが心配そうに声を出した。
「うーん……」
 アズサにもよくわからなかった。自分は専門家ではないから、確かなことはいえない。
 すると――
「多分……大丈夫だと思うわよ」
 マトリがそのように告げた。その口調には、自信があふれていた。
「きっと大丈夫。あの子は生きるわ……そしていい人にめぐり合う……絶対ね」
「あらどうしてそう思えるの?」
 今度は、リエラが訊くと、マトリは微笑んで、
「そんな気がするのよ……なんとなく、ね♪」
『?』
 その言葉に一同は頭に疑問符を浮かべたが、それは知っているものだけが知っていればいい。
 そう思って、彼女はここではそれ以上何も言わなかった。
「でも、問題はこれからどうやってセレビィを探すかだねぇ」
 ソファに凭れて足を組んでいるジムスが、そう話を振った直後の事だ。
「その必要は無いわ」
 知らない声がセンター内に響き渡ったと思うと、緑色の光の球がアズサ達の前に再び現れた。
 そう、セレビィだ。
 光球が消滅し、真の姿を現したセレビィは、ため息をついてから、
「確かに、その人はポケモンに優しい人間みたいね。ガブリアス、あなたの言葉は間違いじゃ
なかった。私も疑って悪かったわ。ごめんなさい」
 そういって、セレビィはマトリとアズサに向かって頭を下げた。
「どうして僕らをこの時代に?」
 アズサが尋ねると、セレビィは瞑目して語りだす。
「私を狙う輩って、どの時代にも多いの。『タイムスリップしたい』とか、『金になる』とか
そんな理由ばかりでね。正直人間が信じられなくなってた。だから、そのガブリアスが言った
言葉が本当かどうか、試させてもらったって訳。
 丁度この時代この時間この場所で、ポケモンが捨てられるってことを知っていたから、
あなた達をここに送り込んだのよ。で、その結果はガブリアスの言うとおりだったって訳ね」
「そうだったのか……」
「ええ……今時そこまでポケモンの事を考えてくれる人間なんて、見たこと無かったから、
少し驚いたけど、現代人の中にも、こういう考えを持つ人っているのね。私も考えを
改めないといけないわ……」
「あのさ、ところで僕達は……」
 現代に戻りたいという本題に戻ろうとすると、セレビィは、
「はいはいわかってるわよ。えーと……
“グラグルグラッチェボラッピロ、抹茶アイスに血涙かけて、なんだか悲しいお味に
なったらセ~~レビィ”!」
 セレビィがなにやら訳のわからない呪文を唱えた瞬間、アズサ達は光に包まれていた。
**その真実は [#Ss2mVZh]
 気がつくと、アズサたちは洞窟の中に居た。
 周囲を見回すと、最初に休んでいた場所だった。
 どうやら、ジョウト地方の――スリバチ山の洞窟に戻ってこれたようだった。
 だが、セレビィの姿が見当たらない……彼女はどこに行ったのだろうか。
 そう思って天井を見上げると、緑色の光の球が洞窟の奥へと浮遊していくのが見えた。
「セレビィは……これからどうするんだ?」
 アズサはつい、そんなことを訊いた。何となくだが、彼女の行動が気になってそう尋ねたのだ。
「あなたのおかげで死なずに済んだわけだし、まぁ雪が止むまで、この中を探索して楽しむわ。
それより……アズサだっけ。あなた、そのガブリアスを大切にしなさいよ?」
「え?」
 そういって、セレビィは洞窟の奥へと消えていったが、なぜそんなことを言ったのか、
アズサは変に思いつつ、そばに立っていたマトリに目を向けた。
 もちろんそのつもりだが、なぜ急にマトリの事を――?
 怪訝に思っていると、マトリが急に腕をアズサに絡ませて、
「ふふ……ありがとうアズサ……アタシの命の恩人さん……」
「……!!」
 顔を赤らめたマトリがそう告げた瞬間、アズサは目を見開いた。
 捨てポケモンのフカマル。そしてマトリの過去。
 セレビィのタイムスリップ――。
「ええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」
 またまたアズサは絶叫した。
                   ――続く――
----
どうもこんにちは。今回は[[14話>You/I 14]]のラストで語ったガブリアスの伏線を
回収させていただきました。
次は7つ目のジム戦です。氷ジムなのでサンムーンのあのコも登場するかも(?)

 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓
#pcomment(You/Iコメントログ,5,)

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.