ポケモン小説wiki
You/I 20 の変更点


前回は[[こちら>You/I 19]] 
                  作者[[かまぼこ]]
     「You/I 20」
#contents
**これから。 [#enIIzOW]
**これから [#enIIzOW]
「ううむ……」
 モニターを眺めながら、ボウシュは唸った。
 その体には無数の傷が残っていて、戦いの傷がまだ癒えていないことがわかる。
 もっとも、それはこの場に居る全員が同じで、ここにあった薬や木の実、そして
回復技を用いてその身を癒したが、全員がどうにか動けるようになるまで半日以上の
時間を要した。
「どうしたの? まだ痛い?」
「いや……そうではないんじゃが」
 心配して近寄ったラティアスのサクヤにそう答えると、ふたたびモニターに
目を向ける。
「奴等め、重要なデータをあらかた抜き去って行きよったわ」
 呟きながら、ボウシュは器用に蔓の先でキーボードをタイプして、
コンピュータ内の情報を確認していった。
「やはりクローン関連のデータがごっそりと無くなっておる。全て別の端末に
移して持っていったようじゃ」
 言いながら一つのフォルダを開く。もともと膨大な情報が格納されていたのだろう
そのフォルダの中は、見事に何もなくなっていた。
「この中には、あの二頭を復元するためのデータも含まれておったが、
それも無くなっておる……くそぅ、完全にしてやられた……」
「それじゃあ、もう……」
 打つ手が無い――サクヤが暗い表情のまま呟いた。
 メガシンカを遂げて善戦したものの結局は敗北し、データは奪われ、
連中は再び行方をくらませた。
 追うにしても、連中がこの島を去ってからかなりの時間が経過した今となっては
それも困難だろう。
 仮にうまく見つけられたとしても、ルギアやホウオウといった強大な力を
持つポケモンさえ倒してしまう相手に、敵うとも思えない。
 二度も彼らに敗北を喫し、ほぼ希望が失われた現状に、兄妹は暗澹として俯いた。
「……しかしあの人間共の目的に近づくことは出来たな」
 するとルギアが顔を近づけて言った。彼も皆と同様、体に戦いの傷が残っている。
 敵の頭領と思われる人間と言葉を交わし、僅かだがその目的を知ることが出来た。
 あの男は、ポケモンの為の世直しを語っていた。
 人間とポケモンの、よりよい関係を築くこと。
 そして、ポケモンが虐げられる現状を変えようとしていること。
 そのために、禁忌の術が必要であること。
「禁断の技術で世直しか……そのうち、ポケモンを用いた破壊兵器でも作りかねんな」
 ホウオウも口を開いた。
 まだ彼があちこちを遊びまわっていた時に聞いた話で、大昔、海の向こうの
カロス地方で戦争が起きた際、ポケモンの生体エネルギーを用いた兵器が、
国を一つ滅ぼしたという。
 噂によれば、最初その兵器は一人の人間が作り出した命を与える機械であったという。
 その一撃が、敵も味方も、人もポケモンも関係なく全てを消し去り、
戦う意味すら無くなって戦争は終わり、ただ悲しさと空しさだけが残ったという。
「もしそんな事になれば、ジョウトは……いや、他の地方だって危険かもしれん」
 奪ったデータによって力を手に入れた彼らが、果たしてどんな行動に出るか。
 おそらく、彼らの世直しはジョウトだけに止まらないだろう。
 人間がポケモンを捨てる行為は、あちこちで起きているのだから。
 ルギアの言葉に頷いてから、ボウシュが言葉を続ける。
「奴等の言葉からして、ポケモンの為と称してあちこちで破壊活動をやるかもしれん。
カントーやホウエン・シンオウ、海の向こうのイッシュやカロス、そしてアローラ地方……。
 それに、おそらく連中はレシラム・ゼクロムとはまた別に、何かしらのクローン
ポケモンを作り出そうとしておる。それも、大きな力を秘めたものをじゃ。
体毛などが少しでもあれば、そこから複製することが可能ですからな」
 言いながらも、ボウシュはまた別のデータを開く。
 それは、プラズマ団時代に得られたものであろう幾つかのクローンポケモンの
データと、どうやって入手したのか知れない改造ポケモンの設計データだった。
仲直り団はここには手をつけていかなかったのか、そのまま残っていた。
 中には、ここの防衛システムであるゲノセクトのものや、タイプ:ヌルと呼ばれる
見たことも無いポケモンの設計図、そして老人の話に出てきたミュウツーとかいう
ポケモンらしきデータもあった。
「やはり状況はよくないな、これからどうする?」
 ホウオウは、これからの事について話を変える。
 先が見えない今だからこそ、皆の意見を聞き、対策を練らねばならない。
「このまま放置は出来んが……奴等の行く先が掴めん事には……」
 そうルギアが呻いたとき、ボウシュが口を開いた。
「それは多分問題ありません。さっきの戦いの中、連中を見逃さぬよう
ゲノセクトのうち一匹に指示を出しておきました」
 その言葉に、一同は目を丸くした。
「あ、あの激戦のさなかに、そんなことを……?」
「ゲノセクトたちは、普段はここの防衛システムとして動いておりますが、
ワシと主人の命令に従うようにも出来ております。それに連中は、あなた方にしか目が向いて
いなかったようですからな。ドサクサに紛れて、気付かれぬように奴等を追跡せよと
その個体に命令しておいたのです」
 言いながら、ボウシュはまたキーボードを操作する。そしてモニターの一角に、
別のウインドゥを表示させた。
「防衛用ゲノセクト達は、全ての個体がここのコンピュータに登録されておりましてな。
一体一体の動きは、ここで監視できるようになっておるのです」
 画面にはこの島周辺の海図が映り、無数の光点が、現在位置――つまりこの島の場所に
固まっていた。この光点一つ一つがゲノセクトなのだろう。
 そしてそれらとは別に、光点が一つだけ、この島からかなり離れた場所で
輝いていた。
「まさかその光が……」
「いまの奴等の居場所、ということですな。おそらく連中の乗ってきたヘリに上手く
忍び込めたのでしょう」
 その言葉に、次の瞬間全員の表情がぱっと明るくなる。
「すげー! でかしたぞジィさん!!」
 ライコウが、ボウシュの枯れ気味な背中の葉を前足で叩いた。
「科学の力ってすげー!」
「そ、それで場所は!!?」
 小踊りするライコウを押しのけるようにして、ホウオウが画面に顔を近づけた。
 ボウシュは、レーダー画面を拡大させる。光点が停止している場所は、無数の島々が
連なる列島のうちの一つだった。
 その地形には、見覚えがあった。
「ここは……ナナシマ地方か?」
「ああ、5の島だな」
 翼を顎に当てて、ルギアが呟いた。ナナシマ地方はルギアの管轄海域で、
時折その周辺の空や海中をパトロールして回っている。
 あそこは小さな島で、人間の住処も数件しかない。
 拠点を築くには適した場所だといえた。
「奪ったデータを活用するために、必ず研究や解析が出来る所へ持って行くはずじゃ。
おそらく、クローンを作り出す専用の設備もそこにある。そこを突き止めれば、
まだチャンスはある……ニニギ、サクヤよ」
 名前を呼ばれて、兄妹は画面からボウシュに目線を移した。
 ボウシュはびっと蔓を伸ばして兄妹を指した。
「お前たちなら音速を超えて飛行できる。まずはお前たちがこの場所に先行し、
様子を探るんじゃ。ゲノセクトには見つからずに追跡しろとしか命令しておらんから、
これ以上複雑な行動をさせることは出来んし、奴等に見つかるのも時間の問題かもしれん。
今はお前たちだけが頼りじゃ」
 その言葉に、兄妹はお互いを見つめて頷いた。
**Y・Kとヤクモ [#50hrXDs]
 ヤクモとY・K達を乗せ、大急ぎで島を離れた仲直り団の輸送ヘリは、 
入手したデータの解析のため、ナナシマ地方の5の島へと向かった。
 島の住民が近寄る術の無い入り江の洞窟内に、彼らの基地はあった。
 ここはチョウジタウンの基地と同じく、四十年前にロケット団と呼ばれる
組織が使っていた施設で、この入り江から地上にある古びた倉庫へと繋がっている。
 基地内にある執務室の中で、Y・Kは今回の作戦成果をヤクモに報告していた。
「……以上です。多数の団員のポケモンが倒され、聖剣士たちも深手を負いましたが、
計画に支障はありません。入手したデータも早速解析を行わせています」
 Y・Kが、今回の作戦結果を纏めたタブレット端末に目を通しながら、ヤクモに告げた。
「そうか……今のところは順調か」
 執務室の窓から、闇に染まった海を眺めながら、ヤクモが答えた。
「しかし、ミサキ博士という男は、一体何者なのでしょう? 
クローンの製造方法をたった一人でここまで構築したとは到底……」
 思えない、と言うより早く、ヤクモが口を開く。
「これらの技術は、彼一人の功績ではないよ。ほとんどは、四十年前のプラズマ団と、
グレン研究所の遺伝子操作技術が基礎となっている」
 プラズマ団とは、四十年前にイッシュ地方でポケモンの解放を主張していた組織だ。
 だがそれは、一般市民からポケモンを手放させ、支配しやすくすることが目的で
あったという。
(グレン研究所は……ポケモンの遺伝子研究をしていたというけれど……)
 確か実験中の事故で閉鎖され、その数年後に起きたグレン島の噴火で、
全ては地に埋もれてしまったと聞いている。
「ゲノセクトと同時期に考案したプランの一つ。捕獲の難しい伝説や幻のポケモンを複製し、
団員が持つことで、『自分たちは只者ではない』と民衆に知らしめるためのな」
「戦力増強を兼ねたプロパガンダ……という所ですか?」
「そういうことだ。ポケモンの解放を謡っていた彼らには、都合が良かったようだ」
 希少なポケモンを連れていれば、周囲からは尊敬と賞賛の眼差しを向けられ、
人々の耳目を集めやすい。そして、そんな彼らが解放を主張すれば、何も知らない
民衆は少なからず影響される……人々にポケモンを手放させる手段の一つ
だったらしい。とヤクモは続けた。
「だが実験の失敗で計画は凍結。研究はポケモンを操作するという方向に
シフトしたらしいが……そのクローン計画に関わっていたのが、このミサキという男だ。
といっても、強制的にやらされていたらしいがね。
 彼としても、自然の摂理に反するようなマネをしたくはなかったのだろう。
その思いに対しては、私も一緒だがな」
 言ってから、ヤクモは赤髪の秘書――ゾロアークのカレンが淹れてくれた、
コーヒーに口をつける。
「ヤクモ様も、やはり不満なのですね? クローン技術を用いるのは」
「当然だ。だが……不本意だが今は必要だ。このポケモンが不幸になる
世の中を正すには、これらの技術と力が要る……」
「……」
 Y・Kはただ沈黙した。こんな世の中を変えたいのは自分も一緒だ。
 自分だって、ポケモンとは幼いころから付き合っている相棒で、家族のような
大事な大事な存在だ。
 確かに、ポケモンは人間とは異なる。だが今は自分たちと同じ言葉を用いて
意思の疎通ができる。昔のような、人語を解さない獣ではないのだ。
(だというのに……)
 一向に変わらないポケモンの法。そしてポケモンを扱う人間達。
 減らない厳選行為と捨てポケモン。軽視される命。
 人が力を求めるたびに、幾多のポケモンが犠牲になる社会。
 全く反吐が出る。
 禁断の技術に手を出してでも変えたい気持ちもわかるというものだ。
 Y・Kはため息をついてから、タブレットを操作し次の報告に移る。
「それと入手したデータを反映する事で、現在進行中の一号試作体の精度は飛躍的に
向上しますが、零号試作体……「ビギニング」は如何なさいますか?」
 その言葉に、ヤクモは瞑目して数秒間押し黙った。
「……廃棄だな。これ以上のパワーアップが見込めないのであれば仕方が無い。
それに、別のプロジェクトも急がねばならん」
「しかし、クローンとはいえ彼もポケモンです。このまま廃棄処分は……」
「可哀想なのは私もだよ。だが存在自体が不自然なものだし、何かのきっかけで
人類やポケモン達を脅かす存在にもなりかねん。残念だが、使えないようなら
処分するしかない」
「はい……」
 Y・Kはそう返事をしたが、失敗作とはいえ生きているポケモンなのだ。
ヤクモの言うこともわかるが、このまま処分することは命の冒涜でもある。
やはり可哀想だ。
(なんとかしてあげたいけれど……)
 どうにか彼が生き延びる方法は無いものか――そう考えていたとき、
Y・Kのタブレットに通信が入った。
「こちらY・K……」
 画面の向こうに映っているのは、一人の下っ端団員。彼女の部下の一人だ。
『Y・K様、あまりよくない情報なのですが、先日加わったあの新入りが少々ミスを
したそうです』
「ミス?」
『は……T・Jが任務中、民間人に姿を見られてしまったと』
「団員の制服には変装機能が備わっているはずよ?」
『それが、ターゲットと戦闘中に攻撃を受けて故障してしまったようで、
そこを第三者に目撃され、規定に従い拘束を試みたそうですが、逃げられて
しまったということで……一応、その者に発信機を取り付けたそうですが……』
「そう……」
 Y・Kは目を閉じ返事をした。団員のこうしたミスはたびたびあるが、
逃げられてしまったのは問題だ。
 だがT・J――トクジは腕の立つトレーナーでもあり、団の中でも頑張っている方だ。
降格なり追放なりの処分を下してしまうのは、あまりにも勿体無い。
 今の仲直り団は、戦力を減らすわけには行かない。それに目撃者を逃がしはしたものの
発信機を仕掛けたことで、その行方を完全に見失ったわけではないという。
「ヤクモ様、どういたしましょう? 彼のこれまでの働きを見れば、追放処分は
勿体無いと思うのですが……」
 傍で報告を聞いていたヤクモにも、伺いを立てる。
 するとヤクモは数秒ほど考えてから、口を開いた。
「そうだな……逃げられたトレーナーは、こちらで手を打つ。
T・Jには当初の予定通りふたご島の任務にあたるように伝えろ。
この任務を無事こなすことができれば、今回の失敗は不問にすると」
「わかりました……至急T・Jにターゲットの情報と、発信機の
データを送るように伝えて頂戴」
『はっ』
 返事と同時にY・Kはタブレットの通話ツールを閉じた。
 その二分ほど後に、彼女のタブレットにその目撃者の情報が送られてきた。
 添付されていた画像を見て、Y・Kは数秒の間、動きが止まった。
「彼、は……」
 映っていたのは、どこにでも居そうな二十代ほどの青年だ。
 それ以外にも、彼の手持ちであろうメガニウムとドーブルの姿も映っている。
 その青年の顔は、見たことがあった。
 間違いなく、先日のポケモン海賊事件の被害者。テレビや新聞で何度と無く
目にした顔だった。
「ヤクモ様……彼は……」
 Y・Kはタブレットを差し出し、画像をヤクモに見せた。
 すると彼もまた、僅かに驚いた様子を見せた。
「なるほど。これは確かに重大な問題かも知れんな……」
 ヤクモが呟いた。
**挽回の機会 [#0HhWzwL]
 Y・K達の知らせは、すぐにトクジのいるチョウジ基地へと転送された。
「なんですって?」
 とりあえず謹慎処分として自室待機を命じられていた彼は、上司からY・Kの
報告を聞かされて、意外そうな顔をした。
「とりあえず、目撃者の捜索は他の者が当たるそうだ。お前は、すぐにキキョウ支部に
行って、与えられた任務をこなせということだ。成功すれば失敗はチャラにするらしい」
 それを聞いたルクシオのエリクが口を開く。
「よかったじゃねぇか。許してくれるってさ」
「バカね、フリーザー捕まえてこれたらの話でしょ……トクジ、これは……」
 不安げに、ギャロップのユコが告げた。
 この任務につくと聞かされた時から、ユコは僅かに不安を感じていた。
 転属後の任務にしては、少々リスクが高い気がしたからだ。
 伝説のポケモンの捕獲はそう簡単ではない。
 大抵は強大な力を有しているし、かなり危険な相手だ。悪ければ大怪我や死の危険もある。
 そうしたポケモンを軽い気持ちで捕獲しようとしたトレーナーが返り討ちにあって、
酷い怪我を負うという事態は、過去に何度も例がある。
「いくらトルネロス達や、マスターボールがあるからって……危ないわよ」
 新たに加わった彼らは氷に弱いし、どんなポケモンも捕まえられるボールといっても、
使う前に破壊されてしまう可能性もある。もし失敗すれば苦戦必至だ。
「そうだな。でも俺がこの団にいるには、捕獲を成功させるしかねぇんだ。
それぐらいのミスをやらかしちまったんだ」
「でも……」
「そのくらい出来ないと、ポケモンは救えないってことなんだろうよ」
 その言葉に、ユコは二の句が継げなくなる。彼が仲直り団の任務、すなわち
ポケモンを救うという使命にかける意気込みは本物だとわかる。
 トクジが本来優しい人間であることは知っている。だからこそ、
こうして責任を重く感じているのもわかるのだが……。
「……でも、命をかけてまでやる必要はないと思うわ」
「これは、上が与えてくれた挽回のチャンスなんだ。なぁに、心配は
ねぇさ。炎タイプのお前がいてくれるんだからな。それにボルトロスも
エリクもいる。やってみせるさ」
「トクジ……」
 頼りにしているのは嬉しいが、内心は焦っているのが伝わってくる。
手持ち達に不安を与えまいと、本当は強がって見せているだけだ。
 彼はそれほど心が強いタイプではないことも、ユコは知っている。
**不安な朝 [#0eW8R29]
 アズサが、命からがらワカバタウンの自宅に戻ってきた次の日の朝、
彼は重苦しい気分を我慢しながら起床した。外は日が昇り始めたばかりで、
まだ薄暗い。
「……」
 昨日あんなことがあったおかげで、ほとんど眠ることができなかった。
 本当は眠りたいほど疲れているのだが、心が緊張してそれを許さない。
 それに今日はまた母のユキナが出張に行くらしいし、自分も大学に行かねば
ならないから、億劫ながらも体を起こす。
(昨日は信じられないようなことばかりだったな……)
 それにしても、妙なことに巻き込まれたものだ。
 異質な一連の事件と、その犯人と思われる伝説のポケモンを使う男。
 しかも、その人物が以前遭った事のある柄の悪いブラッキー達のトレーナーであった。
(もしかして、またどこかで襲われたりするのか……?)
 かなり前に見たサスペンスドラマのシーンが、アズサの脳裏をよぎる。
 武器の取引に遭遇した主人公が、マフィアに狙われるという話だった。
 だから、昨夜の出来事を目撃してしまった自分を、あの白黒服の男が
そのまま放っておくとは思えなかった。
 それに、昨日はあの後慌てて自宅まで逃げ帰ったため警察やレンジャーに
事件のことを伝えるのを忘れてしまっていた。
 もしかしたら、今自分はとても危険な状態にあるのではないだろうか――?
 そんなブラックな思考をして、朝から少し不安になっていると、
「ん……もう朝ぁ……?」
「あ? うん……」
 アズサのすぐ横で眠っていたフローゼルのウィゼが、寝返りを打ってから目を開いた。
 その姿はどこか艶っぽく少しドキッとした。昨晩はウィゼが一緒に寝る番だった。
(まぁ、不安ではあるけど手持ち達も傍にいることだし……僕もトレーナーなら、
ポケモン達とうまく乗り切っていかないとな)
 なにより、弱気になっていたらまたジムスが何か言って来るだろうし。
 そう思いながらも、アズサは着替えるべくベッドから降りると、
机の上に置かれていた手持ち達のボールが全て開いているのが目に入った。
 そして、家の外から断続的に様々な音が響いているのも聞こえる。
「ん……?」
 窓を開けると、庭でリエラ達が互いに向き合い技を出し合っていた。
 本気の技ではないらしく、負傷はしておらず体が薄汚れている程度だった。
「お前たち、朝から何を……?」
 急いで庭に出ると、アズサは訊いた。
「自主練だよ。自主練」
 ジムスが「何当たり前のこと言っているんだ」というふうに、告げた。
「自主練?」
「昨日みたいなことに巻き込まれても、弱いまんまじゃ乗りきれないだろうしさ」
 言いながら、ジムスはファイティングポーズをとり、落ちていた石に向けて
“バレットパンチ”を放った。チュンッ! と音を立てて石が真っ二つに割れる。
「それに……このままじゃ済まないような気がするんだ」
「……」
 ジムスは割と冷静で、物事を大局的に見れるタイプだ。そんな彼も自分と同じ
予想をしているのだから、やがて現実となるのではないか……? と思えて、
アズサは少しばかりゾッとした。
 これはあのポケモンレンジャーの人たちにも相談すべきだろう。と考えていると、
「熱心だな。朝からトレーニングか」
 背後から声がして、玄関から青い体のダイケンキ――ジュウロウが姿を現した。
 その後ろから、母のユキナも姿を見せる。ユキナはスーツ姿に、大きな旅行用の
ケースを引いた出張スタイルで、数日間家に戻らないことを物語っている。
「おはよう。母さん、ジュウロウ」
「うむ、おはよう」
「おはよう、あんた昨日は随分慌てて帰ってきたわね。何かあったの?」
「あ、いや……野生ポケモンをうっかり怒らせちゃって……」
 アズサは、嘘を言って誤魔化した。何か危なそうな出来事に巻き込まれた
などといったら、心配をかけてしまうと思ったからだ。
 ただでさえユキナは普段から忙しい身であるし、以前の事件のこともあるから、
あんまり余計な心配をさせたくはない。
 それに話したりすれば、母やジュウロウも巻き込みかねない。
(僕の方だけで解決するしかないか……)
 アズサは胸の内で呟いた。
「母さんは今回も出張?」
「ええ、ちょっとナナシマにね。今回は少し長くなりそうなのよ」
 ユキナは申し訳なさそうにした。
「まぁ仕事なら仕方ないよ。頑張って」
 それにしても、最近は出張が多いんだな……とアズサは思った。
 ジョウトに越して、自分がトレーナーデビューしてからは、ユキナが家を空ける
ことが多くなった気がする。少し前も何日間かイッシュに行っていたし、
最近では夜の帰りが遅いこともあった。それだけハードな仕事なのだろう。
「それにしても、この光景は昔を思い出すよ。若い頃、ユキナが殿堂入り前に、
必死で頑張ってトレーニングしたものだ」
 そういって頷く彼の姿は、昔を語る親のようだ。
「そうね……懐かしいわね」
「やっぱり、ジュウロウもこういうことやってたんだ?」
 アズサが訊いた。母のユキナが殿堂入りしたのは、アズサが生まれる前の話だ。
 だから当時彼らがどれだけ苦労し、どういう戦い方でチャンプになったのかは、
アズサは知らない。
「当然よ。四天王とチャンピオンに挑む直前だったし、少しでも力を付けて
おかなければ敗北は必至だって、手持ち全てが一致団結して頑張ったのよ?」
 ユキナがジュウロウに代わって説明すると、ルーミが尋ねた。
「そういえば、ユキナさんの手持ちってジュウロウさんだけなんですか?」
 ルーミ達が家にいる時、度々ユキナ達とも顔を合わせていたが、
ジュウロウ以外のポケモンを見たことが無かった。
 それに、いくらジュウロウのレベルが高いとはいえ、四天王や
チャンピオンを彼一匹だけで突破したとは流石に考えにくい。
「……今はな。他の連中は別の所にいる。今ユキナの傍にいるのは、私だけだ」
 ジュウロウが答える。その顔が、一瞬憂いをはらんだものになった。
「まぁ四天王やチャンピオンは、強くなければ勝てない相手だったからな。
なにより……守りたかった」
「何を……?」
 ジュウロウの顔に僅かな憂いの影が差して、アズサは怪訝な顔をした。
「色々だ。ジム巡りをして得たものもあれば、失ったものもあるということだ」
 微妙にはぐらかされて、アズサは釈然としない気分だったが、何か大事なものを
喪失する経験があったのだろう。と思った。
 アズサにとって、最初の友達を失ったときのように。
 あの海賊事件で、犠牲になった数多のポケモン達のように。
「……同感だね」
 ジュウロウの言葉に、ジムスも同意の言葉を発した。
 彼は、かつて自分の群れ――守りたいものを守れなかった過去がある。
 身をもって力の必要性を思い知ったからこそ、ジムスは強くありたいと思っている。
「強くなければ、力がなくちゃ守ることすら出来ないから……ねっ!」
 ブン! とジムスは尻尾の先から光の刃を伸ばすと、それをすぐに消失させた。
「ほう、“絶対零度”を光の剣に……面白い使い方だな」
 その光景を見たジュウロウが関心の声を出した。ジュウロウ、ダイケンキも、
剣を扱うポケモンだ。同じような形態の技に興味を示したのだろう。
「うん……大分慣れてきたな」
 ジムスは呟く。最初この応用型を思いついたときには、エネルギーの制御が難しく、
片手で構えると保持した腕ごと尻尾が暴れてしまう有様だったが、
最近ではエネルギーの制御に慣れ、片手で難なく扱えるようになった。
「それにしても既にジムバッヂ六個目か。大分レベルも上がっているようだな。
だがアズサよ、お前たちがこれから挑むチョウジタウンのジムは、氷タイプのジムだ。
絶対零度は、氷タイプには効果が無い。そこはどうする?」
 ジュウロウが告げると、ジムスはじろりとアズサを睨む。
 そんな大事なことを言い忘れるなんて――。
「ちょっと……それも初耳なんだけど?」
「あ、そうだったなゴメン。忘れてた……」
 アズサの謝罪に、ジムスは呆れて嘆息した。
 以前連れ去られたアズサを救出しに向かった際に判明した、レベルの高い相手には
効果が無いという欠点も、アズサの口からは教えられていなかった。
「どーしてキミはいつも大事なことを説明し忘れるんだろうね……?」
「ゴメンってば……でも一撃必殺技を使うポケモンって少ないから、うっかり
忘れちゃうんだよな」
 その言葉に、ジムスはこれまでのバトルを思い返す。
 普段から、道や街で挑まれるストリートバトルの他、大学内で学生同士の
トレーニングバトルも行ってきたが、言われてみれば、確かに一撃技を使ってくる
ポケモンは、あまりいなかった。
 中には一撃技を自力習得できるポケモンもいたが、そのほとんどが一撃技を
使ってくることはなかった。
「……ま、一撃技は命中率メッチャクチャ低いからねぇ」
 ジムスは“絶対零度”の補正として“ロックオン”を使用するが、
これは全ての技をコピー・習得できるドーブルだからこそ可能な事であり、
他のポケモンでは一撃技とその補正技の両立が出来ない者が多く、
使いこなせない場合が多い。
 だから当然、強力だが当たらない技よりも、安定して当てられ、そこそこの
威力がある技を選んだほうが良いという結論になる。
 おまけにこの“零度”は、氷タイプ以外のポケモンが使うと命中率は更に
低いものとなってしまう欠点もある。
「でも、氷に効かないとなると……」
 呟いて、アズサは目線を落して考え込む。彼の“バレットパンチ”だけでは上手く
戦えない。
 そうなると、“キノコの胞子”で相手を眠らせるサポート役をさせることになる。
 ガブリアスのマトリは攻撃力は高いが氷に最も弱いから、戦闘には出せない。
 リエラも防御力は高いが、同じく相性で無理だ。
 したがって、今の手持ちの中で氷タイプと対等に戦える者は、フローゼルのウィゼと
デンリュウのルーミだけだ。
 しかもルーミはメガシンカが使えない。ドラゴンタイプが加わって不利になるからだ。
 ジムリーダーのポケモン四、五匹を相手にするには、二匹だけでは荷が重い。
「うーん……」
「零度が氷タイプに効かないなら、別の一撃技に変えてみる手もあるぞ?」
 一撃技は他にも“角ドリル”や“ハサミギロチン”、“地割れ”などがある。
 ジュウロウの言うとおり、効果が無いならいっそ変えてしまうのも手だろう。
 ドーブルは技を“スケッチ”によって習得するため、他のポケモンのように
技マシンが使えないのが少々不便ではあるが、自由に技の構成が可能であり、
技思い出し屋に再び“スケッチ”を思い出させて、新たに別の技を覚えさせればいい。
 それに大学の図書館には、バトルビデオが沢山ある。マナムラがジムスに技を覚えさせた
時も、ビデオを見せて覚えさせたというし、ジムスが変更後の技を気に入らなければ、
ジム攻略後に元の零度に覚え直すことも出来る。
「そうだな……やってみるか」
 アズサは決心して、顔を上げた。
「あら……もう時間だわ。それじゃ行って来るから。家の事お願いね」
「うん」
 ユキナは腕時計に目をやりながら言うと、ジュウロウをボールに回収してから、
急ぎ足で庭を後にした。
**ふたご島のフリーザー [#KyPH2X4]
 カントー本土の南の沖合に、ふたご島と呼ばれる小さな島があった。
 二つのこんもりとした山が並んでいる姿からそう呼ばれており、カントーの
名所のひとつだ。
 緑の木々に包まれた自然豊かな場所だが、その地下は洞窟が網の目のように
広がり、迷宮を形成していた。
 最下層は海と繋がっており、海水が入り込んでいて生半可な装備では
進むことも難しい場所だった。
 そんな場所に、トクジは足を踏み入れた。
「寒ぃな……ココ」
 トクジのすぐ横をついて歩きながら、キールがぼやいた。
 キキョウシティの支部に顔を出して、他のメンバーへの挨拶もそこそこに、
トクジはすぐにこの場所へとやってきた。
 昨日の失敗の件はキキョウ支部内でも伝わっているだろうから、あまり長居を
したくなかったからだ。少なくともこの任務をやり遂げるまでは、あそこには居たく
なかった。
 洞窟内ということもあって、気温はかなり低く、息が白くなるほどだった。
「氷タイプの楽園なわけだな……ここを右か」
 トクジはポケギアに表示された洞窟のマップを頼りに歩を脚を進めていた。
 トクジはポケギアに表示された洞窟のマップを頼りに足を進めていた。
 Y・Kに教えられた話では、この島に捨てられたポケモン達のグループがいる
はずであった。しかしパルシェンやパウワウなど元々ここに生息しているのであろう
氷ポケモンや、ズバット・ゴルバットといった洞窟特有のポケモンしか見られなかった。
「捨てられたポケモンのグループなら、もっと色々な種類がいてもいいもんだが……」
 つぶやきながら、トクジは洞窟内を進んでいると、数メートルほど先に、
大空洞が広がっているのが見えた。
「ここか」
 ポケギアのマップでは、この大空洞が洞窟の最深部であり、終着点となっている。
 おそらく、目標であるフリーザーはここにいる。
 空洞内に足を踏み入れると、洞窟内だというのにそこだけ妙に明るく、
壁が一面氷に覆われていて、自分の姿が映りこむほどだった。氷というより、
クリスタルのような輝きだった。
 トクジの入ってきた入り口を除く三方向が水路で囲まれ、さながら異国の
神殿のような美しさだった。
 トクジが思わず見惚れていると、空洞内に声が響き渡った。
「人間がここに何の用なのです?」
 上方から透き通るような美しい声。美声で有名なアシレーヌに勝るとも劣らない声が、
トクジの耳朶を打った。
 同時に、冷気を含んだ強風が空洞内に吹き荒れる。
「フリーザー、お前に会いに来た。この島に居るという捨てポケモン達のことを
聞きたい」
 トクジが告げると強風が収まり、空洞の中央に水色の優美な鳥ポケモンがすたりと
降り立った。
「知りませんね。さっさと出て行って」
「それが仕事でそうもいかなくてね。しかもクビになるかならないかの
瀬戸際だ。捨てポケモン達のグループはどこにいる?
「知りません」
 きっぱりと、フリーザーは言った。シラを切り通すつもりか。
 そう思って、トクジはポケギアのホロキャスターシステムを
応用した立体スクリーンを立ち上げ、そこに一枚の画像を表示させてみせた。
 フリーザーにも見えるように、スクリーンを大きく広げる。
「……!」
 それを見て、フリーザーは一瞬体をびくりとさせた。
 その画像はふたご島の上空写真だった。丁度山と山の間に広がるスペースに、
無数のポケモン達の姿があった。それもこの島にはいない……それどころか
本来カントーにはいないポケモンの姿もある。
「俺たちの情報部が飛ばした無人偵察ドローンが撮ったもんだ。
 オドリドリにイワンコ、コジョフーにポッタイシ……これに映ってる
ポケモン達は、明らかにカントーには居ないやつが多いな。
 その理由は一つ。人間が他の地方から連れてきて、捨てた奴等だからだ」
 トクジが証拠を突きつけると、もはや隠しようが無いと悟ったのか、
 ばっと威嚇するように、フリーザーは翼を広げて声を大きくした。
「そこまで解っていながら……あなた達は、まだポケモン達を悲しませようと
いうのですか!!」
「そうじゃない……俺たちゃそういうポケモンを救うために動いてるんだ。
別にイジメにきたわけじゃない。話をしにきただけだ」
 キールが口を開く。
「……信じられませんね。人付きのいう事など」
「まぁ、確かに信じてもらえないわな」
 トクジが諦めたように言って、彼はボールからエリクとユコを繰り出す。
 確かに口で説明しても、今のトクジには仲直り団の正当性を証明するものは
無いし、学もあまり無いから上手く説明も出来ない。
 だがどうでもいい。強引にでもフリーザーを捕獲するのが仕事なのだ。
 何としてでも、命に代えてでも捕獲するのが使命なのだ。
「手持ちポケモン……ということは、あなたも私が目的ということね」
 人間が自分に対してポケモンを繰り出したということは、バトルするという
意思表示。過去にそういう人間が何度もここに訪れたが、その辺の半端な
トレーナー位なら、全力を出さずとも返り討ちにしてきた。
「いいわ。そちらがその気なら……怪我をしても、文句を言わないで頂戴ッ!」
 告げてからフリーザーは翼を広げて飛びあがり、部屋全体に“吹雪”を放つ。
 エリクに結構なダメージが入ったが、炎タイプのユコは平然としていた。
「ユコ、“ニトロチャージ”!」
 ボウ、と蹄から炎が噴出して、その炎が全身を包みこむと、ユコはフリーザーに
向かって跳躍した。だがフリーザーはひらりと身をかわす。だが、ユコも負けてはいない。
彼女は壁蹴りをして、再びフリーザーに突撃を掛ける。
 蹴った壁とフリーザーの距離が近かったこともあって、二発目は見事にヒットした。
「うっ!」
「今だエリク、“雷の牙”!!」
 エリクが飛びかかり、脚にかぶりつき“雷の牙”を突き立てた。効果は抜群だ。
フリーザーは痙攣し、バランスを崩して落下を始めた
 本当は戦闘などせず、即座にマスターボールを投げつけて捕獲したかったが、
ボールに入る前に破壊されては厄介だから、ある程度弱らせ戦闘力を奪う必要があった。
「行け、“騙まし討ち”だ!」
 キールもエリクと同じように駆け出して跳躍し、フリーザーに近接攻撃を
見舞おうとした。その瞬間――
 バキッン!
 キールの体の半分が凍りつき、彼はがらんと音を立てて床に転がった。
その様子を見て、トクジは戦慄した。
「こいつは……“絶対零度”か?」
 一撃で相手を戦闘不能にする技。それも昨日、あの取り逃がしたトレーナーの
ドーブルが使い、キールがやられた技である。
「ま……また、氷漬け……か……よ……」
 二度も、いや正確には三度も同じ技でやられたキールは、そんな言葉を残して、
がくりと力尽きた。
「クソ……そういや、覚えるんだったな」
 トクジは言いながらキールをボールに回収した。
 フリーザーは絶対零度だけではなく、その補正が可能な“心の目”という技も
習得することが出来る。ジムスが覚えている“ロックオン”と同じ効果で、
技を必中にすることが出来るものだ。
 フリーザーもまた、数少ない一撃必中の使い手なのである。おそらく、
不利な状況ながらもこちらの動きを予測しつつ、“心の目”を使って狙いを
定めていたのだ。
「なるほど。これなら相性が不利な相手でも、上手く戦えるってわけだ」
 言いながら、エリクはさっきの“吹雪”攻撃で体毛に付着した雪を振払った。
「なら、しょうがねぇな……出て来い!」
 トクジは、戦闘不能になったキールの代わりに、ボルトロスを繰り出した。
一撃技を必中にできるのなら、ヤツを自由にさせるわけにはいかない。
「動きを止めるぞ。ボルトロス、“電磁波”!」
「承知!」
 トクジが指示を出してから二秒と経たずに、ボルトロスはフリーザーに
接近し、雷光走る右腕から微弱な電流を放った。
「ああ゛っ!」
 フリーザーはびくんと体を反らして、体の自由を奪われ今度こそ地に落下した。
「今だユコ! “ニトロチャージ”! エリクは“雷の牙”!」
 動けない今がチャンスとばかりに、トクジは指示を出す。言葉通りに二匹が
動けないフリーザーに接近し、各々攻撃を掛けた。
 フリーザーが甲高い悲鳴をあげ、翼を動かし二匹を振り払う。
「しぶといわね!」
「まだ動きやがるか!!」
 再び攻撃を加えようと再接近する二匹。だがその瞬間フリーザーは再び
飛びあがった。
「……人間ンン!!」
 憎悪に満ちた声で叫ぶフリーザー。攻撃が空振りに終わった二匹を眼下に見ながら、
“心の目”で狙いを定める。まずは、もっとも相性の悪いあのギャロップから。
「消えなさぁぁぁいッ!!」
 バゥッと、嘴から超高出力の冷気ビームが撃ち出される。正確に狙いを定めて放たれた
それは、どうやっても回避しようの無い一撃。
「ッ!!?」
 反射的に跳躍しようとした瞬間には、ユコの体は凍て付き、
その意識は飛んでいた。
「ユコッ!! このヤロウ!!」
 がしゃん、と氷漬けのユコの体が横倒しになるのを見て、エリクが激昂した。
 しかし、一度攻撃を放ったのだから、既に必中ではなくなっている。
 次弾発射には再び“心の目”を使う必要があり、その分時間がかかる。
「今の内に、カタをつけてやる!!」
 それが出来なければ、キールとユコの頑張りも無駄になるし、トクジの挽回の
チャンスも無駄になる。そうなれば彼は……。
「うっおおおおああああああああっ!!」
 雄叫びを上げて、渾身の力で跳躍しエリクはフリーザーの翼に喰らいつく。
同時に、口からスパークが迸り、電流がフリーザーの体を通り抜けていく。
(負けられねぇ――!)
 その時、エリクの体が光を発し、体を飾っていたアクセサリーが吹き飛んだ。
 そして、彼の体は光に包まれ変貌していく。今までに比べて一回りほど大きくなり、
脚はさらに太く筋肉質になって、大きな鬣が広がる。
「エリク……進化を!?」
 そして、光が四散すると、エリクの体はそれまでのルクシオから、最終進化系の
『レントラー』に進化を遂げた。
「ぅ墜ちやがれぇぇぇッ!!」
 進化し攻撃力が増大した体から放たれる渾身の“雷の牙”は、
フリーザーの体に残っていた体力の殆どを奪い去っていた。
 エリクは、フリーザーと共に落下し、強かに地面に打ちつけた。
「痛ぅぅ……今だ!!」
 痛みに耐えつつエリクが叫ぶ。トクジは間髪いれずにマスターボールを
動けないフリーザーに投げつけた。
 パシュッと軽い音が響いて、フリーザーが光と化してボールに吸い込まれる。
そして三回ボールが揺れて――音がした。
「やった……」
 トクジは、ボールを拾い上げて満足げな笑みを浮かべた。
 これで第一目標は達成だ。あとはこの島に居る捨てポケモンのグループだが――。
 考えを切り替えようとしたとき、エリクが声を上げた。
「オイ、居るんだろう? 出てきな……」
 エリクは、空洞の片隅に落ちていた大きな岩に向かって告げた。
 いったい何があるのだ――と、トクジはその岩を注視した。
 すると岩の陰から小さなポケモンが数匹、顔をのぞかせた。
「あいつらは……」
「間違いねぇ。例のグループだ」
 イワンコにぱちぱちスタイルのオドリドリ、フカマルやクルマユ。
 写真に写っていないポケモンも何匹かいたが、間違いない。この島には
元々生息していない種族ばかりだった。
「そこにもいるぜ……出てきな」
 今度は、地面の裂け目のような小さな隙間に向かって、エリクが言った。
「エリク、よくわかるな」
「見えるんだよ。何でか知らねーけど」
 それを聞いて、レントラーは透視能力を持っている事を思い出した。
 その能力を活かし、災害救助などでも活躍していることで有名だ。
 すると、その裂け目から数匹のポケモン達がおずおずと顔をのぞかせた。
同時に、そのうち一匹が跳躍して地面に降り立った。
 白髪を思わせる白い鬣と、メガネのような丸い目をし、まるで老人を
思わせるドラゴンタイプの悠々ポケモン『ジジーロン』であった。
 これまた、カントーにはいないポケモンだ。
「どうするつもりだ……ここは、フリーザーが築いてくれた、
捨てられた者たちの楽園……それをお前たちは、どこまでも好き勝手に
わしらポケモンを踏み躙り、あろうことかわしらの長のフリーザー
までをも勝手に連れ去ろうとする……!」
 ジジーロンの声は怒りに震えている。このまま集団で襲い掛かってきかねない。
 恐らく彼が捨てポケグループのサブリーダー的存在なのだろう。
 だが、ここで臆していてはダメだ。それに、自分たちは彼らを味方に付けなければ
ならないのだから。
「そんなつもりはねぇさ。ただちょいと、俺たちのやることに、フリーザーの
力が必要だってだけだ」
「やはりかっ! 貴様ら人間はポケモンを道具としか……!!」
「まぁ待てよ。俺らのやろうとしていることは、お前たちみたいな
ポケモンの意思を示すための行動でもあるんだぜ?」
「信じられるか! そんな話は……」
 いきり立つジジーロンをエリクが遮る。
「だから待てってジーさんよ。この話は本当だぜ? 俺だって元々は人間に捨てられた
ポケモンなんだ。そうでなきゃ、人間に付き合ったりしねぇさ。
お前ら、人間が憎いんだろ? だったら俺たちと人間共に一泡吹かせてやらねーか?」
**新技習得 [#3rRHYys]
 この日の昼間、大学の研究棟横にある中庭に、数人ばかりの列が出来ていた。
 ここには週に二度、学生向けに『出張技屋』が訪れる。
 技マシンの販売と同時に、昔からの『技忘れ屋』『技思い出し屋』といった者達が、
トレーナーの要望に応じて一つとなった企業で、現在ではあちこちの町に店舗を設けている。
 特に『技忘れ』と『思い出し』は、昔は専門の職人によって習得済みの技を
消したり覚えさせたりしていたが、現在は機械的操作が可能になったことで、
このような商売も可能になったのである。
 中庭の研究棟の傍に、移動クレープ屋のような小型の車が停まっていて、
そこに数人の学生が列を作り、その中に、アズサの姿があった。
 アズサもそこに並んで順番を待つと、三分ほどでアズサの番が訪れる。
「いらっしゃい、何にするんだい?」
「思い出しをお願いします」
 老人の店主に告げると、アズサはジムスを前に立たせた。
「ドーブル……“スケッチ”を思い出すかね。して、どの技に上書きするかね?」
「“絶対零度”に……」
 アズサが言うと、店主はジムスの頭に無数のコードが繋がれたヘッドギアのような
ものを被せた。
「すぐ終わりますからね」
 そういうと店主は、何かのスイッチをパチンと入れた。ヴォーン……と機械が静かに
唸りを上げると、ジムスが僅かに苦悶の声を上げた。そして三十秒ほど経つと、
「はい、いいですよ。きみのドーブルは“スケッチ”を思い出しました」
 そういって店主はヘッドギアを取り外した。
 その瞬間、ジムスがふらついて転びそうになったので、アズサはその体を支える。
「ぎぼぢわる……」
 ジムスの顔は、まるで乗り物酔いでもしたかのように青ざめていた。
 その様子を見て店主は苦笑しながら告げる。
「よくいるんですよ。思い出しをやると気持ち悪くなるポケモンが。
暫くすれば治りますよ」
「そ、そうなんですか……有難うございます」
 お礼を言ってから、アズサは代金がわりのハートのウロコを一枚差し出した。
 何でも、技の習得に必要な成分が含まれているらしいが、その辺のメカニズムは、
文系であるアズサは疎く、よくわからなかった。
「大丈夫かジムス」
「うっ……それにしても、はやく技を覚えないと」
「そうだね。図書館に行かないと」
 ジムスは、“スケッチ”を思い出した替わりに、主武装である“絶対零度”を
失った。来るべきチョウジジム戦に備えて、別の一撃技に変えるためだ。
 図書館棟にやってきたアズサ達は、ポケモン関連の映像ソフトが並ぶ棚から目的の
ビデオを探した。生態解説の教材ビデオから、テレビ放映されたトレーナー番組を
纏めたものまで様々なソフトが並んでいる。
 それらの中から、アズサは過去に行われたバトルのビデオを手に取った。
 そのビデオは、以前必修科目のトレーナー講義で見たことがあった。
「確かこれに、映ってたと思うよ」
 ビデオルームを借り、そこでソフトを再生する。少しの間早送りをした
ところで一時停止させる。
「ここからだ。よく見ておいてくれ」
 頷いてから、ジムスは画面を注視した。
 そこには、バトルフィールド上で対峙する、くわがたポケモン『カイロス』と、
飛行タイプの『ピジョット』の姿があった。
 相性は圧倒的にカイロスが不利だ。だが画面の中のカイロスは至って冷静に、
相手を睨んでいる。
 アズサが再びビデオを再生した次の瞬間、ピジョットの放った“エアスラッシュ”が
カイロスにクリーンヒットした。大ダメージを負ったが、カイロスはどうにか耐え
切り倒れなかった。
 すると、カイロスは姿勢を低くして疾駆し、そのまま頭の角を突き出すようにして
飛びかかり、ピジョットをその大角で挟みあげた。一撃必殺技“ハサミギロチン”だ。
「ジムス、“スケッチ”!」
 アズサが告げると、ジムスは画面に向かって二、三回尻尾で素振りをした。
「どうだ?」
「ん、ばっちり」
 ジムスは右手に持つ尻尾に力を込める。すると、尻尾の先から
白いエネルギーの二本の刃がブゥン! と唸りをあげて展開する。
 これで、ジムスの新技“ハサミギロチン”の習得は完了だ。
「うーん、ただ遠距離攻撃が出来そうにないのがちょっとな」
 ジムスは、自身の尻尾から伸びるエネルギーのハサミを半眼で見ながら
不満を告げた。
 確かにこの技では、必然的に近接戦闘をせざるを得ないだろう。
 今までの零度のように、安全な場所からの射撃は困難だ。
「じゃ、次のジムが済んだらもとの“絶対零度”に戻そう。
使い慣れた技のほうがいいだろ?」
「まぁね。それにこの技あんまり応用が効かなさそうだし。
次のジムまでこれでなんとかやってみるけど」
「頼むぜ、ジムス」
 アズサは、ビデオソフトをデッキから取り出して箱にしまうと、元あった棚に
戻してから、図書館を出た。今日はこの後の講義は無いから、帰るだけだ。
**視線! 仲直り団 [#8rcL57F]
 アズサは、早足でヤマブキシティへと向かっていた。
 いつもはこの後にもう一時限講義があるのだが、この日は教授の都合で
休講になると以前から説明されていたし、特別補習も全て終えていたから、
アズサは珍しく明るい時間帯に帰ることが出来た。
 タマムシ大学からヤマブキシティまでは歩いてもいける距離だが、
周辺には森が広がっており、大きな道はあるものの人通りは少ない。
 特に日没後は、道路の左右に広がる森が不気味な雰囲気を醸し出すため、
大抵の学生たちは通学バスを使って街に出て行く。
 アズサも何度か日没後に、バスの時間が合わないため徒歩でヤマブキシティへ
向かったことがあるが、明かりが街灯しかなく、風による木々のざわめきが、
何かの声に聞こえたりして、本当に何かが出てきそうな――ポケモンでも
人間でもない、別の何かが出現しそうな異様な雰囲気があった。
(まぁでも今日は明るいうちに戻れるし、そんなに怖くは無いな)
 確かに、明るい分それほど不気味さは無い。他にも通行人はちらほらといるし、
車の通りもある。
 だが、昨夜の事件がどうも気にかかって、アズサは周囲に視線を巡らす。
 誰かに尾けられているかもしれないという不安があった。傍らにを歩くジムスも、
同じように目を左右に動かして油断無く様子を伺っている。
「……何もなけりゃ、それに越したことは無いんだけどね」
「うん……」
 ジムスの言葉にアズサも頷く。本当に何もなく、杞憂であることを願うばかりだ。

 そんな彼らを、少し離れた場所にある木の上から一匹のポケモンが見つめていた。
「目標発見」
 細い目にギザギザの歯をもつ口、見張りポケモン『デカグース』。
 デカグースが告げると、即頭部に取り付けられているインカム状の
機械――ポケカムから『わかった』と一言声がした。
 その声に、デカグースは木を下りてアズサ達を追いはじめた。

 暫く道を進んでいると、アズサ達の前方からこちらに向かって会社員風の
男が歩いてくるのが目に入った。
「キミ、アズサ君だろ?」
 にこやかに、会社員は聞いてきた。
 アズサは思わず「そうですが」と口走りそうになったが、ジムスに服の裾を
引っ張られる。ジムスの目は『この状況で安易に答えないほうがいい』と訴えていた。
「い、いえ、違いますけど……」
「いいや、新聞やニュースで何度も見たよ。間違いないよ……私とバトルして
くれないかな? 私もバトルには少々自信があってね」
 そういって、会社員はバトルを仕掛けようとしてくる。
 今はあまり赤の他人に関わるべきではないだろうと思い、
「スイマセン、ちょっと急いでるので……」
 アズサはそう告げて帽子を目深にかぶり、そそくさと立ち去ろうとした。
 その瞬間、温和そうな会社員の顔が、鋭く冷徹な殺気を孕んだものに変わる。
 そして一言、
「やれ」
 男の殺気と、何かが接近する気配を感じてジムスが身構えた。
「伏せて!!」
 ジムスがアズサの手を掴み引き倒した。その瞬間、道路脇の樹上からポケモンが
飛び出し、アズサの頭上を擦過した。
「ちっ」
 攻撃が空振りに終わって、体を振り向かせながらデカグースは舌打ちをした。
 せっかく“必殺前歯”でトレーナーだけを倒して、楽に終わらせようと思って
いたのに。
「デカグース……!?」
 おそらくこの会社員の手持ちだろうが、バトルを挑んできたにしては変だ。
 普通のバトルなら互いに合意した上で互いにポケモンを繰り出すが、
この男は最初からポケモンを繰り出していて、奇襲を仕掛けてきた。
 つまり、最初から自分たちを襲うつもりで準備をしていたということだ。
「最初っからボクらを狙ってたね、コイツら」
 半眼を更に細くして、ジムスが言う。
「じゃあ……」
「ああ……悪い予感が当たっちまったかも……おっと」
 スチャ、とジムスは尻尾を構え、攻撃体勢を取ったが、慌てて構えなおした。
 いつものクセで、つい“絶対零度”を放つ姿勢をとってしまった。今は別の技に
なって、接近戦しか出来ないというのに。
 そう思いながらも、尻尾の先からエネルギーの鋏を発振させた。
「へっ大方そっちも想像してたってワケだ」
 会社員は嗤いながら言った。明らかに普通ではない。きっと昨日の男の仲間だ。
「あなたは、やっぱり……」
「お前さんは放っておけねぇのさ。やれ!“必殺前歯”っ!」
 ごうっとデカグースがこちらに飛びかかってくる。ジムスは咄嗟にアズサを突き
飛ばして離れさせると、直前までアズサの居た場所にデカグースの技が決まり、
アスファルトを砕いてクレーターを作った。アズサの額に冷や汗が流れる。
 明らかにジムスではなくアズサ本人――トレーナーを狙っていた。
「ダイレクトアタックか。やっぱり昨日の白黒服絡み……だねッ!」
 言いながらジムスは“バレットパンチ”を放つ。アスファルトの路面に
拳の跡が破片を散らしながら次々に刻まれる。デカグースは右へ左へ跳躍しながら
距離をとると、ギザギザな口を開いた。
「へへへ、有名人のアンタに見られたら、とっても困るんだとよ。
だから大人しくしなぁ!」
 再び、デカグースがアズサに向かって飛びかかろうとする。やはり自分を
狙っている。まずはこのポケモンを黙らせなければ。
「ジムス、“キノコの胞子”!」
 アズサの指示に従い、ジムスは走ってデカグースに接近し、催眠胞子を含んだ
尻尾を顔面に叩き付けた。デカグースはその場にうつぶせに倒れて、眠り込んだ。
「戦闘不能にさせるんだ!」
「はいよ」
 答えて、ジムスはそのまま眠っているデカグースに“ロックオン”すると、
尻尾から伸びる“ハサミギロチン”の刃でばきりと挟みあげた。
デカグースが「ウギャッ」と断末魔を上げて痙攣を起こす。これで戦闘不能だ。
「ちっまだ居るんだよ」
 会社員はデカグースを回収し、二匹目のアメモースを繰り出してくる。
「“虫のさざめき”!」
「あっ……グッ!」
 音波攻撃に耳を押さえて、ジムスがへたり込む。だがジムスは根性で
攻撃に耐えつつ、アメモースに肉薄し“キノコの胞子”を打ち込み、行動不能にさせた。
「早く!」
 その叫びに、アズサは男を無視して走り出した。体力が限界に近いジムスも、
それに続く。
 男は何か叫んでいたが、気にしている余裕は無かった。
「ちっ……コチラS・A。目標はヤマブキシティへ移動した。
Z・NとR・Uは、至急ヤマブキ入り口に急行されたし。N・Nは地下通路を見張れ」
 男は、誰かに連絡を取った。
**ポケライドタクシー [#E1zL1J6]
 なんとか男を振り切り、ヤマブキシティの近くまでやってきたアズサ達は、
道路脇の森に隠れながら、通りの様子を伺っていた。
 あのまま街の中へ入っていこうと思ったのだが、街の中や入り口にも仲間が
待構えている可能性があると、ジムスが告げたからだ。
「行く手を塞がれたな……」
 茂みから顔を出して、アズサが呟いた。
 かといって、今からタマムシシティ方面に戻るわけにも行かないし、 
ヤマブキシティを東西に貫く地下通路も、おそらく同様に危ないと思われた。
 街に入れなければ、ジョウトに戻れない。
 アズサは、ヤマブキシティに駅があるトージョウリニア鉄道を利用して、
タマムシ大学に通学している。
 ジョウトとカントーを結ぶ路線ではあるが、カントーにはヤマブキ以外に
駅が無い。途中駅は後年になって設けられたシロガネ駅が唯一だが、ここから
そこに行くまではかなり遠回りになるし、山越えや海超えをしなければならず
大変な道のりだ。
「飛行ポケモンでもいれば、飛んでいけるんだけど」
 樹上で周囲を見張るジムスが呟いた。“空を飛ぶ”さえ覚えていれば、
人間一人くらいなら運んで飛ぶことが出来る。場所を選ばず飛べるから、
とても便利だ。
 しかし、残念ながらアズサの手持ちには飛行タイプはおらず、諦めざるを得ない。
「何か手は……ん?」
 唸って、ジムスは上空を眺めた。すると彼の視界に、数匹の飛行ポケモンが
ヤマブキシティに降りていく姿が入った。彼らはその背に人間を乗せていて、
その人間達も、なにやら特殊な服装をしていた。ジムスが、指を差して尋ねる。
「あれは?」
「ああ、『ポケライドタクシー』だよ。時々テレビでCMやってるだろ?」
 島国で交通手段も限られていたアローラ地方で行われている「ポケライド」を
その名の通りタクシー化したものだが、近年ではアローラ以外でも行われるように
なったものだ。
 地上であればケンタロスやポニータ、ギャロップ等が馬車を引いたり、
空であればピジョットやオオスバメ、フワライドといった飛行ポケモン達が、
人間を乗せて空を飛ぶ。
 手軽に移動できると人々に好評で、CMも頻繁に放送され「ライトなライドの
ポケライドタクシー」というキャッチコピーが有名だった。
「ポケライド……そうだ、あれだ!」
 アズサは、ポケギアを取り外して、画面の番号キーをタッチしはじめた。
「もしもし、ヤマブキ交通さんですか? フライトハイヤーをお願いします。
ええと、場所は……」

 数分後、アズサたちが隠れているそばの歩道に、一匹の鳥ポケモンが
降り立った。青い翼に、緑色の頭部。体は黄色くフカフカな体毛に包まれている。
最古鳥ポケモン『アーケオス』だ。
 アズサはそれを見て、茂みの外に出てアーケオスに近寄った。
「毎度どうも。ヤマブキ交通フライトハイヤーをご利用いただき有難うございます~」
 頭を軽く下げて会釈するアーケオスの背には、ライド用グリップが二つ付いた
プロテクターが取り付けられて、二人乗りも可能であることを示していた。
「お客様、どちらまでいかれますか~?」
「ええと……少し遠いんだけど、ワカバタウンまで行けるかな?」
「当社は基本的にカントーエリアのみなんですが、それより西のエリアに
行くとなると、プラス1000ほどかかりますが……」
 なるほど。営業の範囲が決まっているということか。だがその程度の
出費ならまだ軽いものだ。そう考えて、アズサは追加分の金額も支払い、
アーケオスの背中に乗った。
**戦闘! 仲直り団 [#HtUUsLp]
 ポケライド用の専用ウェアに身を包んでアーケオスの背に跨り、空の旅人と
なったアズサは見る見る離れていく大地を見ていた。アズサの後ろ、もう一人が
乗る場所には、同じようにグリップをしっかり握ったジムスが跨っている。
 眼下の道路で、こちらに気づいたさっきの会社員が慌てふためきながら
こちらを見上げているのが見える。
 作戦は成功だ。どうにか謎の集団の包囲網を突破することが出来、
アズサは胸をなでおろした。
「いやぁしかしジョウトまでとは。タマムシ大の学生さんでしょ? 
遠いジョウトからわざわざ通ってるんですねぇ」
「元々カントーにいたんだけどね。トキワシティに」
「ああ……トキワとかニビとか、あっちの方は山間部で人少ないですからねぇ。
特にマサラタウンなんか家が三軒しかなくて――」
 笑いながら喋り続けるアーケオスの声が、突然止まった。
「あれ……天気が?」
 前方に、雲が広がっていた。
「おかしいな。今日は晴れだって予報だったのに」
「おい、あれ!」
 怪訝な顔をしながら、雲を迂回しようとアーケオスが体を傾けた時、
ジムスが鋭く声を上げ、雲の方を指差した。
 アズサはその方向に目を向ける。すると三羽の鳥ポケモンが、
こちらへ向かってくるのが見えた。
 白と水色の体毛に、大きな嘴を持ち、体の半分以上が顔で
構成されているようなスタイル。海辺などに生息する水・飛行タイプの
ポケモン、『キャモメ』の進化系、『ペリッパー』だった。
「なんでここにペリッパーが…」
 ここは内陸部で、海からは結構離れている。このような場所にいるのは変だ。
 それも、まっすぐこちらを目指しているように見える。
 そう思った瞬間、ペリッパーたちが一斉に口から水流を撃ち放った。
水タイプの高威力技“ハイドロポンプ”だ。
「うわーーーッ!?」
 アーケオスは仰天して、体のパランスを崩した。そのおかげで、
アズサ達はどうにか“ハイドロポンプ”の火線……もとい水線を回避できた。
「な、ななななななななな何なんですかアイツらはぁ!!?」
 突然の攻撃に狼狽するアーケオス。普段バトルとは無縁の仕事をしているのだ。
いきなり攻撃されれば無理も無い。
「あのペリッパー……さっきのヤツの仲間だ!」
 ジムスが断定すると、アズサは周囲に首をめぐらせた。いつの間にか、
先程の雲が広がって、アズサ達を包み込んでいた。ポツポツと雨が降り始め、
アズサ達の体を打ってくる。
「じゃあ、この雲は……ペリッパーの『雨降らし』?」
「多分ね!」
 だとしたら、ここは危険だ。雨が降っていれば水タイプの技の威力は増大するし、
雲のせいで視界不良に陥る。すでに自分たちは、ペリッパー達が作り上げたワナに
はまりかけている。
「アーケオス! 今すぐ雲から出るんだ!」
 アズサがアーケオスに告げた直後、“ハイドロポンプ”の一撃が、アーケオスの
片翼を掠める。
「ひぃぃぃい!」
「アーケオス、まだ大丈夫だ、しっかり! ジムスは攻撃を」
 半狂乱状態に陥ったアーケオスを元気付けつつも、反撃をしようと
アズサはジムスに言った。
「無理だ! 技変えちゃったでしょ!?」
 これまでの“絶対零度”は使えない。ジムスはこの技で相手を狙撃し、
バトルに勝利してきたが、今の彼はそれが出来ない。
「“バレットパンチ”で牽制しろ!」
 ジムスは言葉に従い“バレットパンチ”をペリッパーに向けて撃った。
 ドガガガッ!! と鋼のエネルギーの塊が、火線を描きつつジムスの右拳から
断続的に撃ち出されて行く。先頭の一羽に命中したが、威力はさほどでもないため、
撃墜には至らない。
 その攻撃に、ペリッパー達もこちらを取り囲むように散開し迫ってくる。
「チッ、だめだこんなんじゃ!」
 ジムスがそう悪態をついた時、彼らは雲を抜けていた。
「今だアーケオス、全速力で飛んでくれ」
「は、はひ、はぃぃいいいい!!」
 バサッと翼を大きく羽ばたかせて、アーケオスはスピードを上げた。
 だが、三羽のペリッパー達は尚も追いかけてくる。しかも、アーケオスが
全力飛行しているにもかかわらず、段々とアズサ達との距離が短くなってきていた。
「何だ!? 速い!?」
「“追い風”で素早さを上げてるんだ!」
 むこうはスピードを上げたから、やがて追いつかれる。ここは電気タイプの
ルーミと交代させたかったが、空中で、しかもこの状況で交代作業などしたら、
下手をすれば真っ逆様だ。
 ジムスは狙撃できない。他の手持ちに交代も出来ない。このままでは
いつか攻撃を喰らい、アーケオスもろとも落下することになるだろう。
 ならばとりあえず、足止めだけでも。
「ジムス、“キノコの胞子”をバラ撒け!」
 命じられ、ジムスは尻尾を片手でばさばさと大きく振って、後方の
ペリッパーたちに向けて緑色の胞子を散布させた。
 胞子を吸い込んだ一羽が眠りに落ち、そのまま滑空を始める。
 それを見た残りの二羽は、撒き散らされた胞子を浴びないように大きく旋回して、
再び遠距離から“ハイドロポンプ”を撃ってきた。
「うわぁぁぁああああああっ!!」
 涙を散らして悲鳴を上げながら回避行動をとるアーケオスを見たアズサは、
なんだか気の毒になる。水技は岩タイプのアーケオスには効果抜群だ。
 自分だって、対戦相手に手持ちの弱点を突いてくる攻撃をされれば、
背筋が凍る。だがそれ以上に、戦うポケモン達は恐怖感と
プレッシャーを感じ続けている――そう思って、アズサはこの窮地を
脱するべくなんとか策を練ろうとした。
 再び“キノコの胞子”で眠らせるか? いや、空中戦では向こうが上だ。
 さっきの回避行動を見ても、同じ手が通用するとも思えない。
 早くなんとかしなければ。どうにか対抗手段を――。
 そう考えた矢先、アズサははっとした。
「そうだ……“ロックオン”だ!!」
 そう。ジムスには、技を必中にするための補正技がある。
 これならば、いくら相手が回避行動をとろうとも……。
「なるほど……了解!」
 考えを察して、ジムスが片手で尻尾を構えた。
「それからアーケオス……悪いけど、僕の言うとおりに飛んでくれないか?」
「あ、は、はは、はいぃ!!」
 アズサの願いに、アーケオスはどもりながらも承諾した。
「ちょっと怖いかもしれないけど手伝ってくれ。君、技は何が使える!?」
 そう言うと、アズサはアーケオスに覚えている技を尋ねてから、
ジムスとアーケオスに手短に作戦を話し始めた。
**空中戦 [#apDEhHM]
「ん……!?」
 残存のペリッパー達は、目標の動きが変化したことに気づいて緊張した。
 これまで逃げ腰だった敵が、急に旋回を始めた。
 一体何をするつもりだ?
 そう考える間もなく、相手のアーケオスが宙返りをして、ペリッパーの
真上に回りこんだ。すると、後ろに乗っていたドーブルが、こちらに向けて
尻尾を構えているのが見えた。次の瞬間、緑色の胞子が大量噴霧されて、
回避行動を取る間もなく、ペリッパーは緑色の濃霧に呑まれ、眠りに落ちる。
「今だ! ジムス、アーケオス!」
「はいぃぃ!!」
「任せな」
 各々返事をしてから、アーケオスはペリッパーに向かって急加速をかけ、
ジムスは二回目の“ロックオン”で狙いを定めなおす。
 右目に照準ゲージが映し出され、それが赤く変化する。狙いは定まった。
 ブウゥン……と尻尾からエネルギーの鋏が伸びる。
 接近する目標。あと少しで……!
「“ハサミギロチン”!!」
 アーケオスが眠ったペリッパーの横を通過する瞬間、アズサは叫んだ。
 同時に、ジムスが鋏を振るい、一瞬でペリッパーの体を挟み込んだ。
 ズゴムッ! 鈍い音がしてペリッパーは落下していった。
「次ッ!」
 ジムスが叫ぶ。次は、最初に眠らせたまま滑空を続けるペリッパー。
「コイツーーッ!」
 逆上した残りのペリッパーが、“鋼の翼”を繰り出して、真横からこちらに
接近してきた。
「ひぃぃ!!」
 アーケオスが悲鳴を上げたが、近接攻撃を仕掛けてくるとは好都合だ。
 ジムスは、そちらに狙いを変えて、“ロックオン”した。
「邪魔だッ!」
 ペリッパーの攻撃がこちらに命中するより早く、ジムスは“ハサミギロチン”を
繰り出していた。
「ぎゃッ……!!」
 短い断末魔を残して、戦闘不能となり同じように落下していく。 
 残り一羽。相変わらず眠ったまま……と思った時、ペリッパーが目を覚ました。
 彼は周囲を見渡し、自分以外に仲間が全滅していることを理解して、
“燕返し”を仕掛けてきた。
「一匹になっても……いい根性してるよ」
 ここまで追い詰められれば、普通は分が悪いことを悟り撤退するだろう。
なのにこの期に及んで攻撃とは、なかなか肝がすわっている。
 ペリッパーは正面から真っ直ぐに向かってくる。今がチャンスだ。
「今だ、“ストーンエッジ”ッ!」
「くぅぅぅううっ!!」
 アーケオスが涙目ながらもキッと敵を睨み、体の周囲に尖った岩塊を生み出し、
一斉に射出した。
 本来は命中率がさほど高くない技であるが、アーケオスの放った岩塊は見事
ペリッパーを射抜き、羽毛を撒き散らして落ちていった。
**恐ろしい予感 [#5Dm7oyi]
 追っ手を振り切ったアズサ達は、森の中に一旦着陸した。
 飛行中、ジムスが「気になることがある」といって、降りる事を要求してきた。
「どうしたんだよ? はやく逃げないと……」
 また追いつかれるかもしれない。そう続けようとしたとき、ジムスは
アズサの肩掛けカバンを奪って開き、中のものをドサドサと地面にぶちまけた。
散らばるノートや教科書、筆記用具やプリント。ポケモン用の道具各種。
それらを漁り始める。
「……変だ。なんであいつらは、ボク達の居場所がわかった?」
 言われてアズサははっとした。
 あの会社員やペリッパー達は、恐らく昨夜の男の仲間だろう。
 しかし何故、自分の居場所がばれた? 
 何故、ペリッパーの追っ手がすぐにやってきた?
 まるで、誰かに見られているかのように――。
「まさか……!」
 アズサは、自分の服のポケットを全てまさぐった。しかし、出てきたのは
ポケットティッシュとハンカチ、それにトージョウリニアと路線バスの定期券だけだ。
服のほうには何もない。では――
 ジムスは、まだ開けていないカバンの内側にある半開きになっていた
ファスナー付きのポケットに手を突っ込んだ。すると――
「何だ、コレ?」
 ジムスの手には、鉛筆キャップ大の細い何かが握られていた。
「……知らないぞ、こんなの」
 アズサには全く見覚えの無いものだった。しかもそれは、先端で
LEDか何かが淡く点滅している。明らかに筆記用具の類ではなく、何かを発信し
続けている機械である。
「やっぱりね……これでこっちの動きが知られてたんだ」
「発信機……!? もしかして……」
 アズサは昨夜のことを思い出す、去り際、あの男が自分につかみかかり、
リエラによって振り払われた。もしかしたら、その一瞬でこれをカバンに仕込んだ
のだろう。
「だろうね。執念深いよ全く……」
 ジムスは、手に力を込めてその細長い発信機を握り潰した。

 荷物をカバンにしまい、アズサ達は再びアーケオスに乗って自宅を目指した。
 これで、当面追跡の心配はないだろう。だが気になることは山ほどある。
「見られただけなのに、こうもしつこく襲ってくるなんて……」
「それだけヤバイって事なんだろうね。何か大きい組織みたいなのが
裏に絡んでるのかも……」
 ジムスは冷静に告げた。それも、作戦を立てて準備をしてまで、
相手はアズサを待ち伏せていたのだ。それほどまでに、自分達は
危険視されている。
「それに、昨日はアレをカバンに入れたまま家で一晩過ごしちゃったんだ。
家の場所もきっとバレてる」
「……!」
 それを聞いて、アズサはぞっとした。
 もしそうなら、母のユキナも、ジュウロウも危険に晒される。
 知らなかったとはいえ、危ないことに巻き込んでしまうかもしれないという
心配がより現実味を帯びた。
 嫌な予感が全身を支配して、アズサは暫く言葉を失った。
                            ――続く――
----
20話目です。
どうにかアローラポケも出したかったのですが、デカグースくらいで後は
ほぼ名前程度に。また今回はSMの仕様変更に伴い、ジムスの技変更
エピソードが追加となりました。
次回も頑張って執筆していきたいと思います。

 アドバイスや指摘、感想などお待ちしております。↓
#pcomment(You/Iコメントログ,5,)

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.