&size(22){―第16話―}; 勝手口の方で音がしたので、ピジョンは振り返った。 「お帰り!遅かった・・・」 「よう」 ピジョンはてっきりぺラップが帰ってきたものだと思っていたので、突然のこの来客には驚いた。 家の入り口に止まっていたのは、鋭い眼光が光るオスのドンカラスだった。 「あなた・・・もしかして、ヤミカラス君?」 ピジョンは警戒の態勢は解かぬままその男に問いかけた。彼女の予想は当たっていた。 「ああ。この間進化してドンカラスになった。ヤミカラスのままじゃ声量が足りなかったから進化したんだ」 ここいいか?と彼は家の中に入り、入り口の近くに座った。 「ポッポちゃんも進化したのか。相変わらず綺麗だな」 昔から彼は、普通なら恥ずかしいセリフでもサラリと言ってのける。 ピジョンは少しだけ頬を赤らめた。 「どうも。ところで何の様?ぺラップならまだ帰ってきてないけど・・・」 「そのようだな・・・」 ドンカラスは少しだけためらうような素振りを見せ、ピジョンの方に半歩だけ近寄った。 「大事な話がある。聞いてくれ」 ぺラップはまだ森を歩いていた。疲労のせいか、来るときよりも倍の時間をかけて家まで帰っていた。 だが、原因はきっと疲れのせいだけではない。 彼の家には、きっと彼女がいる。 ぺラップはなんとなくピジョンに会うのが後ろめたかった。 彼女にはまだ打ち明けていない秘密がある。フリーザーのことだ。 フリーザーとはもう簡単に切れるような関係ではすでに無くなっている。 ぺラップ自身、どうすればよいのかわからなかった。 ピジョンの事が嫌いになった訳ではない。むしろ、美しく進化した彼女を今まで以上に愛しく思っている。 しかし、ピジョンに抱いている感情は、フリーザーに抱いているそれとは全く別の感情なのだ。 ――――なんというか・・・あこがれ? フリーザーに対して憧れの念を抱いているのかもしれない。正確ではないにしろ、それに近い感情である事は確かだ。 そんな事を考えているうちに、いつの間にか見慣れた木々の並ぶところまで来ていた。 「お帰りなさい」 予想どおり、ピジョンはぺラップをずっと待っていた。 だが、ぺラップはあえて驚いた反応を示した。 「あれ?帰ってなかったんだ」 我ながら下手糞な演技だと彼は思った。 ピジョンは特にそれを不審に思った様子は無く、頬を膨らませた。 「なぁに?私がいたらイヤなの?」 「そういうわけじゃないって。僕の家にばかりいていいのかなぁ、と思っただけ」 その答えに納得したのか、彼女は用意していた木の実を運んできた。 「で、どうだったの?お医者さんに診て貰ったんでしょう?」 「なんか、そんなに簡単に直りそうに無いみたいだよ。こればっかりは自分でどうにかするしかない」 「そう・・・」 ピジョンは眉間に皺をよせた。心底心配してくれているのだろう。 「あ・・・」 ぺラップは急に驚いた声を出した。まるで見てはいけないものを見てしまったような反応だった。 当然、ピジョンは彼の反応を不審に思った。 「どうしたの?何があったの・・・?」 「べ・・・別に。木の実がちょっと喉に詰まっちゃって・・・」 彼女はそれ以上問い詰めてこなかったが、彼女の表情にも何かを隠しているような陰りがあった。 ぺラップは足元に落ちていた黒い羽をそっとしまった。その羽の黒さは、彼自身の心の中にある感情に似ていた。 その晩、ぺラップはピジョンを抱いた。 彼女を抱くのは随分久しぶりだった。そのせいか、2匹とも汗をびっしょりかいていた。 彼女の弾力のある肌は、彼を興奮させるのに十分なものであったが、彼はどこか心ここにあらず、といった様子だった。 「ぺラップ・・・何かあったんでしょう?さっきから様子が変だわ・・・」 ピジョンはぺラップの羽を優しく撫でながら聞いた。 「今日、この家に誰か来た?」 ぺラップは草のベッドから起き上がると、ピジョンの方は見ずに聞いた。 「いいえ、誰も」 ピジョンも彼と目をあわさずに答えた。 暫く沈黙が続いた。 先に口を開いたのはピジョンだった。 「いい方なんでしょうね。あなたの師匠は」 「え・・・?」 「フリーザー・・・っていうんですって?」 彼女の細い目が彼をじっと捉えた。 ぺラップは唾を一度だけ飲み込んだ。 「別に、私は怒ってないわ。あなただって男性だもの。美しい女性に誘惑されれば誰だってその気になるでしょうよ」 「ピジョン、ちが・・・」 ピジョンは彼の答えを聞き終える前に、草のベッドから降りた。 「エッチの仕方も彼女から習ったの?とても上手だったわ」 ぺラップは先ほどの黒い羽を取り出した。 「・・・ヤミカラスから聞いたの?」 「彼は今はドンカラスになったわ。あなたと違って歌の練習に熱心だもの」 「僕だって熱心に練習したさ!!・・・だけど、もう歌えないんだよ・・・」 ピジョンは家の入り口に立った。入り口からは、夜の月明かりが差し込んでいた。 「あの日の約束覚えてる・・・?」 ピジョンは月を見上げながら聞いた。 「いつか私のために・・・歌を歌ってくれるって」 ぺラップは黙り込んだ。彼女の言葉の一言一言が、矢のように鋭く突き刺さった。 「でも、もうあなたは歌えないのよね。・・・随分都合のいい喉になったものだわ」 「ピジョン・・・!!!」 「ごめんなさい」 ピジョンは冷え切った夜の闇へ羽ばたいていった。 ―――――――――――――― 「ひどいな、こりゃぁ・・・」 公園の広場には、人間の死体が3体、寝そべっていた。 3体の死体の身元は、どれも警察が指名手配していた者達だった。 死体には特に変わった点は無い。ただ、どれも耳から血を流している。 「どう思いますか?・・・これ」 人間の新米警察官が、上官に尋ねた。 「俺は以前にも同じ死体を見たことがある。お前、「滅びの歌」ってしってるか?」 少し太り気味の上官は、腕組をしたまま答えた。 「滅びの、歌?なんすか、それ」 「ポケモンの技だよ。その歌を聞いた者は、死ぬ。もちろん、歌い手もだ」 「じゃあこの仏さん達はそれを聞いたって言うんすか?でも、肝心のポケモンの死体は見当たりませんよ」 「ああ、それが疑問なんだ。歌い手が生き残るには、耳栓でも着けて歌うしかないだろうな」 上官は両耳に人差し指を突っ込んだ。 「そんな事出来るんすか?普通、外の音を遮断するほど密閉できる耳栓なんかしたら、まともに音程がとれませんよ」 その時、上官は足元に一枚の羽が落ちている事に気づいた。 「あ、それ!容疑者のポケモンのものじゃないすか?」 上官が拾ったその羽は、驚くほど青く澄んだ羽だった・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- &size(22){―第17話―}; 俺は夜中に起こされるのが大嫌いだ。 それならこの仕事をいっそやめてしまえばいい、と連中は言うが、そうはいかない。 ポケモンに関する事件は、ポケモンにしかわからない。 ポケモンが警察の真似事をする事を人間は最初毛嫌いしていたが、人間の言葉を勉強してまで刑事になった俺を次第に人間は認めてくれた。 今では俺も「ポケモン刑事」なんていわれてる。色物みたいでいい気持ちはしないが。 今回俺が召集されたのも、ポケモンが関係する事件だからだ。 容疑者の痕跡は、現場に残された青い羽と、死体に残された謎の死因のみ。 実を言うと、調べるまでも無く俺は犯人に心当たりがある。 そもそも「滅びの歌」が歌えるポケモンなど滅多にいるものではない。 この歌はある1匹のポケモンから、他のポケモンに継承される形で芋づる式に広まった歌だ。 なにしろ、この歌は聞けば死んでしまう歌であるから、継承は慎重に行われたと想像できる。 おそらく、ワンフレーズずつ伝える方法がとられただろう。継承には時間がかかり、それが原因で歌い手の数は限られている。 そして、自分は死なずに聞いたものだけを死なせる・・・。そんな事ができるのは、おそらく・・・。 「お疲れ様です、サンダー警部」 現場から少し離れた住居で聞き込みをしていた、人間の新米刑事が駆け寄ってきた。 「状況はどうなってる?」 「今のところ特に進展は・・・」 「そうか。ところで、頼んでおいたあれ、調べといてくれたか?」 尖った翼をその新米に突き出した。彼は一瞬体を強ばらせた。 「はい。これが被害者の犯罪歴です」 俺はその資料にざっと目を通した。思ったとおりだった。 「おそらく被害者は、犯人に理不尽な要求を迫った結果、殺されたと考えていい。奴らはかつてポケモンを利用した犯罪をいくつか働いている」 「はぁ・・・」 ――――こりゃ新米の教育が行き届いていないな・・・。 俺はさらに推理を続けた。 「殺された連中は他にまだ仲間がいると考えていい。犯人は奴らに脅されている可能性がある。そして、奴らの次の狙いは・・・」 「ちょっと待ってください!犯人の目星は大体ついているんですか?」 新米は俺の羽を掴もうとしたが、すんでのところでそれを止めた。俺の身体に触れると感電する事を思い出したのだろう。 「なんだ、あの羽を見れば分かるだろう?・・・って人間にはそこまでポケモンの見分けがつかんのか・・・」 すみません、と新米は小さく謝った。こいつの出世はおそらく見込めないな、と俺は思った。 「あんなに綺麗な羽を持つポケモンは一匹しかいない。フリーザーだ」 ――――そう、あいつしかいない。奴らに狙われるとしたら、あいつの歌声だ・・・。 「フリーザー・・・それって、伝説の鳥ポケモンじゃないすか!犯人が伝説のポケモンなんて・・・」 「伝説、か。人間にとっちゃそうなんだろうな。・・・それから、あいつの事を犯人なんて呼ぶな。あいつは・・・被害者なんだからな」 俺は翼をひるがえし、次の手がかりを探しに現場へ向かった。 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。 枕元が濡れている・・・。昨晩は泣きつかれて眠ってしまったのだろう。 昨夜の彼女の顔が思い出される。 ――――とうとうピジョンに知られてしまった。僕が他の女性に恋をしていた事を。 「一体・・・僕はどうすれば・・・」 一度に何もかも失ってしまったような気分だった。歌も、ピジョンも・・・。 僕に残ったものは、フリーザーさんだけになってしまった。 ひょっとしたら、これでよかったのではないか?これで僕はフリーザーさんと付き合うことができる。 「いや、ダメだ!それじゃ僕は最低の男だ・・・」 ――――やっぱり謝ろう。ちゃんと謝って、彼女に許してもらおう。そして・・・フリーザーさんとは別れよう。 僕は思い気持ちを振り払うかのように、水辺へと羽ばたいた。 水辺には先客がいた。先客は黒光りしている大きな翼を器用に折りたたみ、水を飲んでいた。 「ドンカラス・・・」 僕はその大きな背中に話しかけた。 先客は一瞬身体をピクリと動かし、ゆっくりと僕の方を見た。 「ぺラップか・・・」 彼の声は進化前に比べ、さらに深みのある、男らしい声に様変わりしていた。 話しかけたものの、どんな話をすればよいか分からなかった。それは彼の方も同じだったらしく、暫く沈黙が2匹を包んだ。 「俺の事を恨むか・・・?」 先に口を開いたのは彼のほうだった。 僕は小さく首を横に振った。 「ううん・・・。君は当然のことをしたまでだよ。きっと・・・僕は彼女にずっと打ち明ける事ができなかった。だから、むしろ君には感謝してるんだ」 僕は素直な気持ちを伝えた。自分がどれだけ臆病で卑怯な生き物だと思われても仕方ないと思った。 「俺は、お前とピジョンちゃんを助けたかったんだ。どちみちあの女の事は隠しきれなかっただろうからな」 僕は、フリーザーさんのことを「あの女」と呼ばれたことに少しだけ嫌な気持ちになった。 ドンカラスはさらに意外な事を語り始めた。 「ぺラップ・・・あのフリーザーとは別れろ。あの女は・・・何だか危険だ」 「何が・・・!?彼女の悪口は言わないでもらいたいな」 僕は食い下がった。 彼は、そんな僕を蔑むような、哀れむような目で見つめてきた。 「お前・・・まだあの女に未練があるのか?お前にはピジョンちゃんがいるだろう。彼女がどんな思い出お前を待ち続けたと思ってる?」 「それは・・・」 「とにかく、決めるのはお前だ。俺のおせっかいはここまでだ」 それを言い終えると、ドンカラスは大きく息を吸い込んでから、大空へと飛び立った。 彼がいなくなるのを見届けると、ぺラップはため息を一つつき、泉の水を一口飲んだ。 冷たいその水は、依然と何ら変わらず無味で、新鮮だった。 (自然はすごいな・・・。僕はこの数日で一気に変わってしまったというのに、何一つ変わらない・・・) ガサ・・・。 背後から音がした。 (何だろう・・・ドンカラスが帰ってきたのかな?) 「忘れ物でもし・・・」 その時、ぺラップの目の前をまばゆい光が覆った。 背後から現れたのは、数人の人間だった。 彼らはぺラップを手早くモンスターボールで捕獲すると、リーダー格だと思われる男がそれをポケットにしまいこんだ。 「ターゲットを捕獲した。これからそちらに戻る。尋問の準備は整っているな?」 IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 14:37:11" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Thankyou%20for%20the%20music%20%E7%AC%AC16%E8%A9%B1%EF%BD%9E%E7%AC%AC20%E8%A9%B1" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; 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