ポケモン小説wiki
Snow‐Now‐Perfume の変更点


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ちょしゃ:セリノス
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今年もこの季節がやってきた。今年もこの日がやってきた。 
 身の凍える冬。常の理を反した体の作りをしている私にとっては、これほどすごし易い季節もないのだけれど。
 居心地のよい部屋の中。ソファの上で寝返りをうつと、月の光が差し込んでくる窓辺に嫌でも目が移った。
 夜もふけて闇が濃くなった視界に映る窓から、ちらちらと舞い落ちる何かが見える。
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 雪だった。ただ静かに舞い降りる雪たち。
 誰の意思でもなく、誰のためでもなく。ましてや誰に望まれるでもなく。
 そこにあるのがさも当然とでも訴えるかの様に、彼ら彼女らはこの季節になると、嬉しそうに舞い降りてくるのだ。
 あるときは白い朝日の間を縫いながら、あるときは黄昏色の空をなぞる様に、あるときは静かで暖かな深遠と交わって。ただただゆっくりと。
 だから生まれを同じくする私にとって、彼ら彼女たちは何よりにも代えがたい、同士であり、姉妹であり、友達であり……恋人でもあるのだと言えるのかな。
 ――まぁつまり私たちは、体よりも心よりももっともっととても深い所で繋がっているということ。
 それだけに、彼ら彼女らがこのすごしやすい季節を毎年与えてくれているという事実に、私は感謝しなければいけないのだろう。深く強く、そう思う。
 
「いままでもこれからも、いつまでもあなたたちと一緒にいられますように」
 ……こんな心地の良い冷たき抱擁に包まれるたび、私はそんな願いを抱かずにはいられない。
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 独りは、嫌だったから。
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 『Snow Now Perfume』
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日にちも場所も変わって。私はイライラしていた。
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『ねぇ、今日と明日は空いてるんでしょ?』
『もちろんさ。君のためにバッチリ空けてきた。明後日の朝まで、ずうっと一緒にいてあげられるよ』
『……うれしい』 
『僕もさ』
 …………バカップルだ。バカップルがこんな所にいるー。
 バカップル、つまり二人の人間。かたや私の主人。かたやシルクのご主人。
 そんな二人が私たちの頭上で行っている一昔前の海外メロドラマみたいなやりとりに、思わずイラついた溜め息を投げかけた。
 あんたら公衆の面前でなに御馬鹿な夫婦漫才やってんのよ、とツッコミを入れたい衝動に駆られるが、残念なことに言葉の弊害があるのでこうかが ないみたいだ…。なんとも歯がゆい所である。
 ……まぁ訴えた所で言葉は人間には通じないのだから、何を言うだけ無駄だ。そんなことは以前から重々に分かってはいたのだが、今はそれが無性に悔しい。
 尤も、周囲の客もみんな似たようなモノなので、別に私の主人及び相手だけが場で浮いている訳ではない。だから余計にむかつくのだが。
 と、そんなイライラオーラを包み隠さず発散させている私に向かって、目の前の彼は囁いてきたのだった。
「今日はヤケに殺気立ってるみたいじゃない。どうしたの?」
「アンタの御主人様のカンドー的な惚気文句に、思わず心から感涙してたところよ。なんか都合悪い?」
 正面きって、にこにことした笑顔で分かりきっている質問を投げかけてきたのは、世にも珍しい『色違い』と呼ばれる珍種のエネコロロ。
 体中の毛皮が絹細工のような触り心地だからか、付けられた名前がシルク。なんとも安直な話だ。
 だけど珍種と言っても、本来で言うところのエネコロロと姿かたちがそう大きく変わっている訳ではない。
 頭上部を占めるふさふさとした飾り毛や、首周りの柔らかそうな襟巻き。そして尾の先端に生える毛などなどの部分が、エネコロロという種族そのものが本来持つ色彩からかけ離れているだけ。
 『普通』のエネコロロであるならば、それらの毛の色彩は往々にして鮮やかなライトパープルといった所だろう。
 ところが私の目の前にいる珍種エネコロロのシルクは、先の毛全体がくすんだ朱色に近い。なんとも目に悪い色だ。
 とまぁ、そんなこんなで。そんな彼の呑気な声音は、氷柱の様に尖りきった私の理性の針をブチ折るのには十分な威力を持っていた。
 お返しとばかりに必要以上の嫌味を込めた毒舌を食らわして――やったのだが、当の相手は笑顔のまま大して堪えた様子も無いではないか。理不尽だ。むかつく。
「そんな怖いこと言ってたら、いつも君が探している『イイオトコ』っていうのが逃げちゃうと思うよ?」
「……うるさいわね。別にシルクにはカンケーないでしょ」
「ま、そうなんだけど」
 幾ばくかおどけた表情を浮かべるシルク。君は相変わらずだね、とでも言わんばかりだ。
 だけどそんな表情の彼こそが相変わらずで。彼に悟られぬように、私は心の中で小さく笑った。

『へぇ、じゃあ今から行きましょうか』
『いいよ』
 ……なんてやりとりをしてるうちに、バカップル共はカフェの席を立つことにしたようだ。
 会計を済ませて街中へと歩き出した彼らの後ろ姿を、私とシルクは少し距離をあけて付いていく。
 まだ日の高い昼下がり。それだけに人通りは中々に多いのだけど、今日この日の街の雰囲気は、いつものそれとは一線を画していた。
 あちこちを行きかう、若い人間男女のカップル。カラフルな飾り付けが施された街灯、イルミネーション用のLEDを絡み付けられた街路樹……。
 そんなお祭りのような装飾がなされていながら、白い雪化粧に染りきった今日の街中は何故か異様に静かだった。
 嵐の前の静けさ――そんな言葉が浮かんだけれど、それは例えが根本的に何か違うような気がした
 各々が繰り広げるこれからの夜の『宴』のために、労力を溜め込んでいるのか。そこらを行きかう人々には、聖夜を控えた静かな盛り上が内包されているような雰囲気があるのだ。
「ところでシャリー。君は今日、どれくらい自由な時間が取れそう?」
「……え?」

 そんなことをぼうっと考えていた矢先。
 隣を歩いていたシルクが囁いてきた台詞を聞いて。私は、全身が永久凍土のように硬直するのを、何か遠くの出来事の様に感じていた。
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実の所、私とシルクの付き合いは長い。

 私の主人――今、私達の目の前をシルクのご主人といちゃいちゃしながら歩いている間抜け女の事だ―― は、先ほどの夫婦漫才の通り、シルクのご主人とは恋人同士という間柄だ。
 初めて私たちが会ったのは三年程前。馬鹿な主人が部屋に帰った後にキャピキャピ騒いでたから、その日のことはよく覚えてる。
 それはポケモンブリーダーを養成する学校の、入学式での出来事だった。
 ……入学式から早々、そのテの男に絡まれていた主人を助けてくれたのが彼。シルクのご主人。
 どうみても『趣味は読書』みたいな貧弱青年みたいな容姿は、そのころも相変わらずだった。
 でもまぁ、いきりたって殴りかかってきた不良三人組をいとも簡単に叩きのめしたうでっぷしは、馬鹿主人の愛眼補正が無くても十分評価に値するね。
 それで。細っこい菜食主義者みたいな体格から繰り出される鋭い格闘術に、主人は惚れたらしい。それでなくても普段から『王子様』に憧れている夢見がちな2●才なんだから、それはそれで仕方の無い事だったんだと思う。
 不良に絡まれていた所をイケメンに助けられて恋に発展。……少女マンガではお約束だけど、本当にこんなこと起こるんだね。今更ながら驚いてる。
 とりあえずまぁ、まだ私がイーブイだったころ、まだシルクがエネコだったころからの付き合いになるわけ。
 
 三年前からずっと。
 互いにポケモンブリーダーを目指していた二人は、その出来事をきっかけにして頻繁に時間を共にしていた。
 だから、彼女達の唯一の手持ちである私とシルクが自然と仲良くなっていく、というのも頷ける話。
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 確かに仲良くなった。もちろん私も彼のことが好きだった。去年までは、友達として。
 今、私はやっぱり彼のことが好きだった。シルクが好きでたまらなかった。
 でも、残念なことに彼とは一切肉体的な関係なんか無くて――それどころか、両想いですらないのかもしれないのだ。告白すらしていない。
 そんな彼が、今日の聖夜。時間が空いているかと尋ねてきている――?
 彼と、今日一緒に夜を過ごせる――?
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「シャリー。どうしたの? 早く行かないと置いて行かれちゃうよ」
 ―――とそんな時、固まった意識に声が聞こえてきて、私は正気に戻された。
 気付けば、いつの間にか目の前には首を傾げているシルクの鼻先が迫っているではないか。彼は怪訝そうに私の顔を覗き込んでいた。
「あ……何?」
 返事を言ってから後悔する。我ながら気の抜けた返事だったと思う。返事に対してシルクが浮かべた訝しげな表情を見れば、とりあえずそれだけは理解できた。
 説くよりも急かすほうが早いと気付いたらしい。シルクが横から迫ってきて、少しだけぎょっとする。
「早く行こうよ。返事は後で良いからさ」
「ん……。分ったわ」
 だけど――ぐいぐいと鼻先で横腹を押される感触が、嫌に心地良い。彼の体と触れた一点から、彼の匂いがふわりと漂ってくるのを感じると、なんだか色々なものが溢れてきそうな気がした。うん……たまらない。
 こんな街中でシルクを押し倒すのも道徳に掛けるし、ここは我慢して歩き出そうとして――硬直した。
 既に主人たちの姿は人ごみに紛れて見えなくなっているけれど、それはたいした問題じゃあない。それこそ匂いだけで、あいつらがどこにいて何をしているのかなんて容易に察することが出来るのだ。
 少しくらい距離が空いても、この歩きなれた街中ならそんなに問題じゃない。
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 そう。問題なかっただろう。今私たちのいるこの街中が、普段の状態であるならば。

 今――クリマスシーズンのこの街を行きかう人々の数は、普段のそれとは比にならない。
 故に、残念なことだが主人たちの匂いは行きかう人々の雑沓に紛れて全く分らなくなってしまっていた。
 あぁ、しまったと内心後悔しても、もう遅い。
 首がぎぎぎ、と鳴っている錯覚に襲われながら、ゆっくりとシルクへと振り返る。彼は、にこにこと笑みを浮かべていた。
 ……その笑顔を上目遣いに見詰めながら、尋ねる。
「ねぇ……シルク。あなた、ご主人の場所わかる?」
「シャリーが分らないなら、僕だってわからないよ」

 やけに淡々と言い放つシルクの語気は、力が篭っていない。顔に張り付いた笑顔と相まって、すごく無機質。怖い。
 そんな笑顔のまま盛大なため息を吐くと、シルクは白い曇天に覆われた天空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。

「……迷子になっちゃったねぇ? どうしようか?」
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 というか。自分の手持ちポケモンと逸れてしまったという事実に、あのバカップルトレーナー共は気付いていないのだろうか。
 そんなことを考えながら振り向くと、不意にシルクと視線が合う。――頼りなげにぐらぐらと揺れる瞳を見詰めていると、何故かそれだけで確信できた。
 うん。気付いてる確率0%だね。あいつら、自分たちの世界に入り込んでるみたいだったし。
「ねえ……どうする?」
 迷子になった時は、まずどうするか。何処へ行くという訳でもなく歩を進めながら、隣を歩くシルクの表情を覗き込む。
 少し早歩き気味なシルクは、何かを深く思案しているようだ。私の言葉に気付いている様子もない。
 ……ただ、その物憂げな表情は見惚れてしまいそうな位に切なげだった。あぁ、いいなぁ。
「シャリー。さっきからツけられてるの分る?」
「…え?」
 だけど、こちらへと向くことなく呟いたシルクの台詞で、ふと私は我に帰る。
 つけられている? ……いつもどおりのストーカーだろうか?
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 いつも通りと言い切るのにも悲しいモノがあるが、私とシルクがストーカーに付けまわされるのは日常茶飯事な出来事。
 これには主人たちも辟易しているのだが、原因は言うまでも無い。ポケモンコンテストだ。
 私は美しさ部門。シルクは可愛さ部門で、それぞれのランクの最高峰と呼ばれるマスターランクを制覇した実力者。
 コンテストトレーナーは、ある意味ブリーダーの派生職業とも言えるものらしい。ちょっとした紹介でペアの大会に出場していたら、偶然上り詰めてしまっただけなんだけど。
 だからポケモン密売を手がけるブローカーや、コンテストで私たちのファンになったポケモン達に付けまわされるのは、それこそ『いつもどおり』の出来事なのだ。
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 そしてシルクの言うとおり、残念ながら私たちは間違いなく尾行されている。
 曲がり角を曲がるたびにしっかりとついてくる赤黒い影――一匹のヘルガーの姿が、振り向き際の視界に見えた。
 ……面倒くさい。
 相手がヘルガーだということは、恐らく私たちを捕まえて高値で売りさばこうとするポケモンブローカーの連中だろう。
 よりにもよって、トレーナーと逸れた時を狙ってくるなんて。それにクリマスに仕事とは、なんと寂しい連中だ。業者連中にはクリスマスを共に過ごしてくれる相手が居ないと見るね。
 とはいえ、厄介だった。
 人混みに紛れていれば突然襲われることはないだろうが、逆に逃げ切ることも難しい。
 それに、相手の所持ポケモンがヘルガー一匹だとは到底思えない。
「しばらくイタチごっこを続けるしかなさそうだね。偶然御主人様達と合流出来ればいいんだけど」
「それが無難よね」
 シルクの提案に頷きながら、ちらりと後ろを盗み見てみる。
 ……ヘルガーの姿は未だに分りやすく見えているのだが、そのトレーナーが確定できない。十中八九ブローカー連中なのだろうが、何故かそれだけが気になる。
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 しっかし、こんな季節行事の最中にまで休めないとは。予想以上にポケモンアイドルとかいう職業も大変なのかもしれない。
 たとえばシルク。
 彼は正真正銘の雄だけど、その中性的で可愛らしい外見のせいか、デビュー当初は同姓のファンしかいなかったりした。
 よくよくペアで舞台に立っていたりしたから、相棒の私にはそれがよく分るのだ。
 ペアを組んだ初日、ステージ下から野太い雄の声で『しるくちゃあああん 結婚してくれえぇ』とか聞こえてくれば、それはまぁ誰だって驚くよね。 
 自重できない熱狂的ファンに冷や汗をかかされる事は私にもあったけど、同姓まで魅了して虜にしているシルクには、苦労の量では到底及ばない。
 ……だけど、そんな勘違いファンにも分け隔て無くサービススマイルを送るシルクにも原因がある。結局の所、シルクのファン層は雌雄比3:7なんだから言わんこっちゃ無い。
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 今後ろをしつこくついてきているヘルガーが、その勘違いファンであれば何の問題もないんだけど……それは楽観視というものなんだろうね。
 結局は様子を見ながらイタチごっこを続けるしかない。それが最善手で唯一の選択肢なんだろう。
(あぁ、あの馬鹿主人。今頃シルクのご主人といちゃいちゃしてるのかしら)
 そうだとしたら。……まぁ薄情なことこの上ない。
 しかしながら、見知らない一匹のヘルガーがしつこく後を付けてきているという事実だけはある。
 結論から言えば、私たちは有限の時間を切り崩して逃げ続けることしか出来ないのであった。
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4

 だけど……今回は、ちょっと運が悪すぎやしないだろうか?
 クリスマスなんて貴重な一日に、主人たちとはぐれて、そのうえポケモンブローカーの連中にしつこく付きまとまれて。
 なんか、こう。
 私たちとは関係の無い第三者に、あらゆる出来事がこうなるように仕組まれているかのような気がするのは考えすぎなのだろうか。
 シルクはこの事態を「いつもどおり」と決め付けて楽観視しているが、私はそう思えない。
 が――思案の途中、私は思わず立ち止まる。
 ふと視線を向けた路地の先に、こちらへと歩み寄ってくる二匹の影があった。つられて立ち止まったシルクが、何事かと私の顔を覗き込んでくる。
「ねえシルク、あれ……どう思う?」
 覗きこんできたシルクにだけ聞こえるよう、小声で彼に囁く。私が顎先で示したもの――明らかにこちらへと歩いてくる二匹のヘルガーの姿に、シルクはうんざりした表情を浮かべた。
 後ろに一匹。前に二匹。左右に路なし。あちらが炎タイプ三匹で、こちらは氷とノーマルタイプ。
 数でもタイプでも、相手のほうが幾分も有利だ。シルクがうんざりするのにも、それはそれは私にも十分理解できる話だった。
 ――もっとも、こんな人通りの多い路地で、堂々とポケモン拉致なんて出来る筈も無いんだけど。
 そんな、脳裏でたかを括った私へと薄ら笑いを投げかけながら、彼らは歩み寄ってきたのだった。
「はじめまして、グレイシアのお嬢さん。噂はかねがね聞き存じておりますよ」
「あら、ファンの方ですか? これはこれは、いつも応援ありがとうございます」
 ……意外なことに、掴みは中々に紳士的。おまけに私の鼓膜をくすぐったその声は、えも言われぬ程に重圧な低音ではないか。
 コンテスト稼業の影響でアイドルを「やらされている」私でさえ、ここまで魅力的な異性の声は聞いたことが無い。
 ついつい反射的に微笑み返しながら、何か猫被り的な甘い声で返事をしてしまうのは……そう、本能に近いものがあった。
 そんな私の、それなりに色よい返事に気を良くしたらしい。
 私に語りかけてきた正面のヘルガーが、ちらりとシルクに目配せしながら一歩近づいてきた。――その表情には、形容出来ない独特な笑みが張り付いている。
「何か御用ですか? あいにく、僕たちはデートの途中なんですけど」
「はは、それは随分とタチの悪いご冗談ですな」
「……どういう意味?」
 如何にも迷惑だ、と言わんばかりに吐き捨てたシルクの台詞にも、ヘルガーは特に気を悪くはしなかったらしい。
 否。むしろ、今まで私の隣を付き添っていたシルクの方が、彼の台詞に踊らされているではないか。
 経験か、性格か、相性か。とりあえず、それなりに機転を利かせたシルクの嘘も、彼には通じなかったようで。
「……私たちの情報によると、シャリー様とシルク殿は幼い頃からの馴染みだということになっておりますが」
 ――と、そんな風にシルクを翻弄していたヘルガーの隣。
 ずずいと前に一歩、歩み寄ってきたもう一匹のヘルガーが、これまた紳士的な口調で言い放ってくる。
 しかもどういう構造なのか、その双眸にはぴったりと老眼鏡のようなミニグラスが張り付いている。
 それだけに、醸し出される雰囲気はなんだかインテリジェンスだった。もっともその知的な方向性は奇妙な形にひねくれているようであるが。
 そんな彼の表情には実に分りやすい悪人顔――口端の釣りあがった、いかにもな下卑た笑みが張り付いていて……なんだか、酷くギャップがあった。
「しかし嘆かわしいことに、両者共に性交渉の経験は無しとのことです。やれやれ、奥手もここまでくれば犯罪ですね」
「な、なんで初対面のあんたにそんなこと言われないとダメなのよ?!」
「そうだそうだ!」
 私とシルクが声を荒げて反論するのは――そう、それが紛れも無い事実だからだ。
 だけど、そんな私たちの反応が、彼は面白くてたまらないのだろう。くつくつと喉の奥で笑い声を上げながら、隣のヘルガーへと視線をやっている。
「で、どうしますか? 私たちの計画としては、出来れば彼女たちを拘束して色々と尋ねたいところですが」
「そんなこと出来る訳ないだろう。彼女たちはコンテストで頂点を極めた猛者。我々にとっては、正に『アイドル』なのだからな」
「……もちろん、キズモノにするつもり等、さらさらありませんよ?」
 獲物である私たちを目の前にして、この余裕の会話。
 彼らは、きっと相当場数を踏んでいるのだろう。聞こえてくる会話の雰囲気はそれなりに和やかだけど、私たちを確実に捉えようとする鋭意が、数歩の距離を飛び越えて伝わってくるのだ。
 そんな彼らを前にして。私とシルクは、ただただ目を合わせて空気を飲み込むことしか出来なかった。
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「なぁ兄ちゃん達。焦らして見物するのもいいけどさ、そろそろ事情を説明しないと本気で嫌われると思うぜ?」
 と、そんな長々とした彼らの話し合いに焦れてきた時だった。不意に後ろから聞こえてきた声で、今更ながら思い出す。
(そっか、後ろからも一匹ヘルガーが付いてきてたんだっけ)
 三匹目の彼の声は、低さとは無縁の澄んだ声だった。雄……の中でも、音律高めの声になると思う。でもそれが、どことなく気の良い性格を思わせた。
 振り返って彼の顔を近くで見てみると、それはもう思った通り。
 整った端正な顔立ち。ヘルガーの中でも、なかなか格好良い部類に入るではないだろうか。彼が自ら『兄貴』と呼んだ二匹を見るその表情は、はにかんだ苦笑いに染まっている。
「なんだハデス。おまえは我々のアイドルを目の前にして嬉しくないのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
 ハデスと呼ばれたイケメンヘルガーは、兄からの言葉に今度こそ困った表情を浮かべていた。――その形の良い瞳が、シルクへちらりちらりと視線を送っている。
 だけどイライラ気味のシルクと視線があうと、ハデスは慌てたように顔を背けてしまうのだ。 ……なんともいえない初々しげなやりとりだった。
 と、シルクとハデスがそんなやり取りをしている横では、残りのヘルガー達が横目で睨み合いながら言葉の応酬を交わしている。
「……しかし、ロプス。貴方は、少々化けの皮を被りすぎているきらいがありますね」
「心底から性悪なお前がいうことじゃあないな、ゲイル?」
 なんか、やたらと親しそうな雰囲気だ。―先ほどのハデスの言葉の通り、彼らは実際に血の繋がった兄弟なのだろう。
「で、そのズッコケヘルガー三人組が、僕達に何の御用ですか?」
「彼らと一纏めにされるのはいささか不本意ですが。……まあ事実ですので否定は致しません」
 これまたシルクの皮肉をさらりと受け流しながら――というか半分スルーしながら、性悪ヘルガーのゲイルは、まっすぐに私へと視線を送ってくる。
 そのミニグラスの奥から私へと注がれるのは、商品を値踏みするかのような嫌らしい視線だ。上から下へと舐めまわす様にじっくりと眺められてしまって、嫌悪感まるだしの表情を浮かべるのを抑えられない。
 で、まっすぐ私を眺めながら、ゲイルは呟いた。
「私とロプスが用ありなのは、あなたです」
「……私?」
 ニヤニヤ笑いを浮かべながら呟いたゲイルの言葉に、隣のロプスがうむうむと渋い声を上げながら同意している。
 じゃあ、と呟きながら背後を見ると、シルクにじいっと睨み付けられながら、あせあせと視線を彷徨わせているイケメンヘルガー……ハデスの姿が目に入った。
 まるで――そう。ハデスの様子のそれは、初恋の人と目を合わせられない少年のような何かに、とてもにているような気がしなくも無いようなそうでないような……?
 少しだけ思案しかけて、思考を中断する。よくよく考えれば、これはいつもどおりのことではないか。何、気にすることは無い。
「………」
「触らぬ神に祟り無し、ですよ。シャリー様」
 いつの間にか隣にやってきていたゲイルの言葉に、不本意ながらもうなづく。正にそのとおりだ。やまなし、おちなし、いみなし。
 頭が疲れるのを自覚しながら、ひとつため息を吐いて問いかける。
「で、具体的には、私にどんな用事があるわけ?」
「まあまあ、そう焦らないでくださらないかな、シャリー嬢。まずは自己紹介をさせて頂きたい故、是非ともそのご許可の程を申し付けて下されば幸いなのですが」
 ……なんだこいつら。今更だけど、彼らは本当にブローカー連中のポケモンなのだろうか?
 ヘルガーという先入観から、勝手にそういう風に予想していたけれど。まさか、彼らはそれ以上にタチの悪い連中なのではないだろうか。
 というかそもそも、私に対してここまで崇拝教祖的な態度を取っている時点で、既に怪しい。怪しすぎる。
 ――まさか。
「し、シルクさん。俺、ずっと貴方と話がしたかったんですっ!」
「……は、はい? そうなの? そうなんですか?」
 何か、確定的な事実を思いついた所で、解答とばかりに聞こえてきたのは背後の二匹のやりとり。
 イケメンヘルガーことハデスが頬を紅く染めながら、シルクに詰め寄っている光景が視界に飛び込んできたのと、隣で事実が言い放たれたのは同時のことだった。
「黒狂三連星といえば、ご存知になられますか?」
「……もちろん、知ってます」
 そんな、にこにこと笑みを浮かべ続けるゲイルへと。私は絶望的な気分に浸りながら返事を返すことしか出来なかった。

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登場人物がごっちゃになりそうな予感。
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- 繰り返す このポリリズm(ry&br;シルクさん、最初の台詞の口調から雌かと思ったら・・・彼?騙されたorz -- [[ダフネン]] &new{2008-12-26 (金) 20:27:38};
- コメントありがとうございます。残念ながらシルクは雄でした。&br;というか騙すつもりは無かったのですが…どうやら説明や台詞のタイミングを間違ったようです。分りにくい描写、申し訳ない。まだまだ修行しなければ。 -- [[セリノス]] &new{2008-12-27 (土) 19:12:45};
- 楽しい、フフフフフ なんだか怪しい人みたい。 --  &new{2009-01-08 (木) 22:10:54};

#comment

IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 14:26:32" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Snow%E2%80%90Now%E2%80%90Perfume" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"

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