ポケモン小説wiki
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Writer:[[朱烏]]

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窃視などいい趣味ではないことは確かだ。けれども、衝動を抑えるにはその光景はあまりにも淫靡で。
「姐さん、そろそろ……!」
「いいぜ、いっぱい出しな」
 うめき声とともに、一匹の雄が射精へと導かれた。
 『姐さん』と呼ばれたポケモンの口の中に射精するリザードの恍惚とした表情を見て、素直に羨ましいと思った。
 ――サザンドラ。長い首と尻尾を持ち、両腕の先には小さな頭がついている。別名、三つ首竜。風貌の厳つさはドラゴンポケモンの中でも屈指で、血の気が多く乱暴な者も少なくないらしい。
しかし視線の先にいる、四匹の雄に囲まれているサザンドラは、僕の見聞からは大きく外れている。むしろ優しくて献身的にすら見えた。
「そろそろこっちも準備できたぜ」
 サザンドラが仰向けに寝転がる。そして自らの蜜壺を、両腕の舌を使って開いて見せた。遠目でもわかる、肉厚で、それでいて柔らかい蜜壺。どんな一物でも容易く飲みこんでしまいそうな、深いどどめ色の陰裂。
数え切れないほどの雄を、その匂い立つ雌で宥めてきたのだ。僕はだらしなく開けた口からよだれを流す。
「姐さん……!」
 ゴーリキーが、己の雄をサザンドラにうずめていく。彼の表情には一切の余裕が感じられない。
「ほら、ボケっと突っ立ってないでさあ」
 サザンドラが両腕の口をぱくぱくとさせる。蜜壺だけが雄の相手をする場所じゃないというアピールだ。
 体の小さな若いサンダースと、中年ぐらいに見えるリングマ、それぞれの一物が、小さな頭の大きな口に吸いこまれた。分厚く長い舌が器用に絡みついて、雄たちの低いうめき声を促した。
「へへ、やっぱり姐さんのフェラは最高だな」
 リングマが息を荒げる。
「うっああ、っ」
 サンダースの中性的な嬌声。
「姐さん、姐さん!」
 執拗にサザンドラを呼びながら腰を打ちつけていくゴーリキー。
「うぅ……」
 もはや体力的に搾り取られたリザードは、ぐったりとしてただ身を流れに任せている。
「疲れたら休みな。回復したら俺のマンコ使わせてやるからよ」
 リザードに気を遣いながらも、器用に他の三匹を宥めていく。その表情は余裕しゃくしゃくで、どの雄とも対照的だった。

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 僕はその様子を見ながら――スリットから顔を出した一物を握りしめていた。
あのサザンドラは、どんな雄でも受け入れてくれるという。俄かには信じられないが、ここ数日目の前で繰り広げられている同じような光景を見て確信を持った。あのサザンドラは毎日違う雄たちを相手にしている。
筆下ろししてもらった雄は、嬉々としてそのときのことを自慢する。彼女の口をすべて制覇したと豪語する雄にも出会った。彼女に認められれば、秘所も使わせてもらえる。だからどの雄も足繁く彼女のもとに通う。
僕もあの輪の中に入れてもらいたい。しかし、勇気が足りない。尻込みする必要がないのはわかっている。彼女はどんな雄でも優しく受け止める。僕のことも受け止めてくれるだろうというのは、頭では理解していた。
 けれど、ろくに雌と接してこなかった僕にとってそれは口で言うほど簡単ではない。結局、諦めて踵を返す。膨らんだ一物を持て余しながら、僕は今日もため息をつく。

 一方的で届かない想い。僕は、あのサザンドラに恋をしている。
 性欲を履き違えた、拗らせた想いかもしれないけれど。僕は彼女ほど魅力的な雌を他に知らない。
 
    ◆

 砂と乾いた木と岩石しかない、つまらない砂漠を飛び出して、緑で溢れているこの場所に棲みついてからだいぶ経った。食べ物に困ることはないし、砂漠と違って平和だし、死ぬまでここにいようと決意するのに時間はかからなかった。安全も食糧も満たされたから、僕に足りない残りのものは伴侶だ。けれど、現実は甘くない。
 雌に声を掛けることすらままならないのは僕自身の問題だけれど、特別好きになったポケモンがいるかというとそういうわけではない。誰でもいい、というのは嫌だ。心の底から好きだと言える相手を選びたい。
理想論なのは百も承知だ。経験が乏しいゆえの妄想だと笑われるのも仕方ないと思う。けれど、後悔はしたくない。
 そんな中で、遠目で出会ったサザンドラは、なぜだか強く惹かれた。数多の雄の種を受け入れる雌など、普通なら本能が拒絶するはずだった。だが、彼女のことをそんな価値観で測るのは間違いのような気がした。そんな次元で彼女は生きていないだろう。
 僕の勝手な決めつけだけれど、僕は彼女に惹かれた理由をそこに求めた。

 次の日も、その次の日も、次々迫ってくる雄の相手をするサザンドラの姿を木の陰から覗き見ていた。彼女のテクニックは豊富だった。口淫の仕方も、体位も、雄を気持ちよくさせるための言葉も、経験のない僕が見ても巧みだということがわかるくらいだった。
雄は、ほとんどが彼女にもてあそばれるままに射精を繰り返すだけだった。頭を空っぽにして腰を動かして、彼女の中に欲望をぶつける。それはきっと楽しいことだと思うけれど、なんだかもったいないとも感じた。せっかく彼女と交尾できるのだから、もっと彼女のことをちゃんと味わえばいいのに。
 僕だったら――
 そう思って、頭をふった。ただ覗き見しているだけの、勇気のない童貞が何を偉そうにしているのだろう。彼女の前に平気で一物を曝け出せる雄を羨ましく思うあまり、嫉妬心が顔を出してしまったのだ。
「……帰ろう」
 いつも以上に惨めな気持ちになって、僕は気づかれないようにその場を後にした。

 気持ちが落ち着かないので、僕はいつも水浴びをしている泉に向かった。冷たい水を浴びれば、頭も心も冷静になるだろう。腰まで浸かって、それから首まで浸かり、顎まで水面に浸らせる。体の表面から気怠い熱が奪われていく。春が来たばかりだというのに、今日はうだるような暑さだ。
 体がどんどん冷えていっても、一か所だけ気温に呼応するように熱くなっている。この期に及んで、一物が水中でいきり立っていた。
「一度でいいから、交尾してみたいな……」
 頭に浮かぶのは、紫色の花びらのような奇妙な頭部をもった、恋焦がれている雌の姿。精を欲しがるようにひくひくと蠢く盛り上がった肉壺。耐え切れなくなって、一物を三本の指で握る。
「名前、なんていうんだろう」
 誰も彼も彼女のことを姐さんと呼ぶから、僕は彼女の名前を知らない。もし名前を知っていたら、その名を呼びながら一物をしごけるのに。
 一物の怒張が片手で収まり切らなくなって、両手を使ってしごいていく。
 彼女の舌や秘部に一物を絡めとられる妄想をする。どんな感触がするのだろう。柔らかいのか、固いのか。どれくらい湿っているのか。彼女は喜んでくれるのか。あの余裕のある表情は崩れることはあるのか。
 夢中で、桃色の肉棒をしごく。少しずつ射精感がこみ上げていく。彼女の蜜壺に包まれる妄想をしながら――。
「おい!」
「うわあっ!?」
「うおっ」
 勢い余って水飛沫を上げて後ろに倒れた僕は、水中に沈んだ。何かに触覚を掴まれた僕は、強い力で水中から引き上げられた。
「すまん! 驚かせるつもりはなかったんだが……大丈夫か?」
「ぷはっ、だ、大丈夫……!?」
 僕は、もう一度驚いて沈みそうになった。遠目でしか見たことのなかった顔が、眼前にいる。
「てっきり溺れてるんだと思ったんだよ。何もないなら……良かった」
 僕は自慰に耽りながら、知らず知らずのうちにゆっくりと顔を水中に沈めてしまっていたらしかった。周りが見えておらず――当然サザンドラが近づいてきていたことにも気づいていなかった。
「水浴びなら浅いところにしろよな。ここって意外と深えんだぞ」
「う……あ、ありがとう」
 予想だにしない邂逅に、いまだに顔が引きつっている。せめて、もっとまともな出会い方をしたかった。
「あれ……もしかしてお前、いつも覗き見してるヤツか?」
 心底、そう思った。

    ◆

「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ」
 僕らは、泉のふちに腰かけて、脚と尻尾だけを水中に投げだしていた。
「その……覗き見は良くないことだって知ってるし、自分でも気持ち悪いことだなって思ってたし。……嫌だったでしょ?」
 まともに顔を合わせようとしない僕の顔を覗き込もうとするサザンドラ。紅い瞳が僕を穿つようにじろじろと見つめてくる。
「別に。ただ見てるだけで他の雄たちに混ざってこようとしねえから、変なヤツだなって思ってた」
「……そんな勇気、僕にはなかったから」
 彼女の喋り方はぶっきらぼうだったけれど、威圧的というよりは、むしろ慣れ親しんだ昔からの親友のような――そんな印象をだった。
「ふぅん……」
 いまだにしげしげと見つめてくるサザンドラから、僕は顔を逸らしてしまう。恋焦がれた感情と気恥ずかしさで、自身をまともに制御することができない。心拍数が上がる。
「お前、童貞だよな」
 心臓がどきりと跳び上がった。
「どっ……!?」
「やっぱりそうか」
 即座に、笑われてしまう、と思った。毎日のように色々な雄と交尾をしている彼女にとって、一度も経験がない雄など奇異な生き物にしか見えないはずだ。ましてや、乱交する彼女たちを物陰から覗いていただけの僕など、嘲りの対象に見えたって仕方がないだろう。顔をさらに近づけてくる彼女の顔を直視できない。逃げたい。
「なら俺で卒業するか?」
「……え?」
 虚を突かれ、狼狽した。サザンドラは真面目な顔で、しかし微笑みながら焦る僕を上目遣いで見る。
「どうする?」
 どうするって言われても。はい、と答えるのが正解に決まってはいる。けれど――僕が彼女と?
「別に嫌ならいいけどな」
「嫌じゃないっていうか……むしろお願いしたいです……」
 頭を下げた。顔が熱い。
「そんな改まるなよ。ただの交尾だぜ?」
 出会って数十分で、僕の童貞が恋焦がれていた相手に貰われることが決まってしまった。こんなことがあっていいのだろうか。
「そういえば、名前は何ていうんだ?」
「……僕はレプト。君は……?」
「俺はルィン。まあ、みんなは俺のこと姐さんって呼ぶけどな」
 ルィンの六枚の翼がばさりと広がる。妖しく光るルィンの瞳に僕はたじろぎ――釘づけになった。

 泉から上がったルィンと僕は、体についた水をあらかた切り終える。相変わらず周辺には誰もいない。
 薄暗い草陰にふわりと飛んでいくルィンの後についていく。まだしとどに濡れている彼女の背中は、肉づきの良さと相まって余計にあでやかに見える。
「ここでするか」
 軽い物言いが、逆に僕の心をどぎまぎさせる。これから自分の身に起こることは、今まで生きてきて一度も経験したことがないことだ。不安、期待――そして何よりも、想いを寄せていたポケモンとこれから交わることができるという事実。昨日の僕に今日の出来事を伝えたら、そんなことがあるわけないと呆れられるだろう。
「ここに座ってくれ」
 ルィンに従って、示された木にもたれかかった。
「あんまり緊張するなよ。っていっても、ヤったことねえから緊張するのも仕方ねえけど」
 そう言ってルィンは、僕の足を広げて、股ぐらを露わにさせた。既にスリットからは、一物の先端が期待に顔を覗かせていた。
「ちょっと恥ずかしいな……」
「何言ってんだ」
 余裕のある笑みで、僕の心をほぐそうとするルィン。僕のほうは、まだ体が強張っていた。
 僕の横に体を密着させて、右腕で僕のスリットをまさぐるルィンは、いつも僕が覗き見していた顔とまったく同じ表情をしていた。心の底から楽しんでいるという風な、そしてこれからどうやって楽しもうかと企んでいるような表情。
「うぁ……」
 僕はなすがままにされ、情けない声を上げる。首筋を舐められ、手足をしゃぶられ、スリットから一物を引き出された。もはや僕はルィンの玩具に等しかった。
「いい反応だな」
 悪戯っぽい笑みを浮かべるルィン。だんだんと、僕の一物が熱くいきり立ってきた。
「……え」
 面白そうに僕の股ぐらを弄っていたルィンの顔つきが、みるみるうちに変わる。
 静かに怒張していく僕の一物。ルィンの腕の動きが止まる。
「……でっけえ。ここまでのは見たことねえぞ」
 脈打ちながら天を指す一物をまじまじと見つめるルィン。吃驚仰天、興味津々――次いで、恍惚。
「レプト、お前これで童貞とかもったいなさすぎるぜ」
 顔がぐっと近づくルィンの低く甘い囁きに、不思議と脳髄が揺れるような感覚に陥る。
「こんなに太くて長い立派な上物なんだから、ちゃんと使ってやらないとな」
 半身を寄せたルィンの右腕の頭は、僕の一物の先っぽをぱっくりと包み込むと、そのまま淫猥な音を立ててしゃぶり始めた。
「うあぁ……!」
 未知の刺激に、腰がのけぞる。柔らかな湿り気、蠢く舌のざらついた感覚。一物の裏側が丁寧に、しかし乱暴になぞられる。
「気持ちいいか?」
 率直な問いに即答できるほど、頭が冷静ではない。今までに感じたことのない、砂嵐のごとく襲ってくる快感に、大木とルィンの間に挟まれ逃げ惑うことすら許されない。辛うじて、うなずくことだけが僕にできたことだった。
 じゅぷり、とより深く一物を飲み込んでいくルィンの右腕。
「遠慮なく射精していいからな、全部飲み干してやる」
 甘美な囁きとともに、顎をそっと舐められた。
「あぁっ」
 ルィンの右腕の大口に押し付けるように、腰が浮いた。びゅくびゅくと脈打つ一物から、大量に精を吐き出す。ルィンの右腕がすべて飲み干そうとするが、それでも半分はこぼれてしまって、僕の股まわりとルィンの腕を穢した。
「ふふっ、量も相当だ。レプト、お前最高だよ」
 褒められた実感もないまま、いきなり組み伏せられる。両腕をがっちりと押さえつけられ、太い尻尾が僕の尻尾に絡みつき、いまだ大きいままの僕の一物が、ルィンの股ぐらにぴったりと触れている。
 心の準備などまったくできていない。もうすぐルィンの蜜壺が僕の肉棒を吸い込んでしまう。
「楽しませろよ、レプト」
 一物の先が、よだれをだらだらと垂らしている、盛り上がった肉壺に触れた。ぞわりとした感覚とともに、ぬるりと吸引されていく。
 未知の感覚。ぎちぎちと締めつけているようで、その実柔らかく包み込んでくる。
「ふぅっ、こんな太えの、初めてだぜ……!」
 ルィンが生唾を飲み込む音が聞こえる。そのままずぶずぶと、ルィンの中に肉棒がうずめられていく。
「こんなの……っ」
 根元まで飲み込まれる頃には、射精感ではち切れそうになっていた。
「これでめでたく童貞卒業だな」
 尖った歯を大顎の隙間から覗かせるルィン。獲物を手中にしたと言わんばかりの表情。
「動くぞ」
「ま、待って……!」
 構わず腰を上下させ始めるルィン。僕はたまらず嬌声を上げた。柔らかい蜜壺に擦り上げられた肉棒は、いとも簡単に決壊する。
「うおっ……もう出しちまったのか」
 視線が定まらない。チカチカと星が巡っている。ルィンの豊満な体と太い腕に抱かれて、僕は精を吐ききるまで息を荒げながら体を震わせていた。
「まあ、仕方ねえよな。初めてだったんだし。でも一回じゃ足りねえだろ……?」
 耳もとで囁かれたルィンの言葉に、脳が蕩けそうになる。
「レプト、お前のこと気に入ったぜ。まだまだこんなもんじゃねえはずだ。俺の体、ちゃんと堪能しろよ」
「あああっ」
 息つく間もなくルィンの中で勃起し始める一物。柔らかいルィンの中を味わいたいという思いが先走って、それが余計にルィンを昂らせた。
「気持ちいいだろ?」
 問いかけに、僕はルィンの腕にしがみつくことで応える。
「もっと気持ちよくしてやるからな――」

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 ルィンの暴走した献身に、僕は必死でついていく。恋焦がれた相手との交尾は想像の何十倍も激しかった。いつも覗き見ていた乱交は、見ようによっては性欲処理の相手をしていただけにも見えたけれど、僕は今、次元の違う性のるつぼに投げ込まれている。
 絶え間ない怒涛の責めは夕方まで続き――僕はルィンの肉壺に精を七回ぶちまけた。

    ◆

「どうだった? 初めての交尾は」
 泉で互いの体を洗っている最中のことだった。
「……すごく気持ちよかった。ありがとう」
 いまだ上気する顔、上がる息。ルィンのほうはまったく落ち着いていて、交わっていた時の悪戯な笑みから、優しい顔つきに変わっていった。
「そりゃよかった。俺も久々に本気で交尾を楽しめたぜ」
 からからと笑うルィン。されるがままではあったけれど、想いを寄せていたポケモンに初めてを捧げ、濃密で夢のような時間を過ごせた。今でもまだ信じられないが、射精のし過ぎでじんじんと痛む股間は紛れもなく現実で。
 ふと、思う。もしや、このままこれが最後の交尾になってしまうのではないかと。ルィンの相手は星の数ほどいる。僕にとって今日が特別な日でも、ルィンにとっては日常に過ぎない。
「ねえルィン。もしよかったら、僕と――」
「いいぜ。俺もレプトのチンポは気に入ったしな。いつでも俺のマンコ使わせてやるよ」
 言いきらぬうちに即答された。そして、すれ違った。僕は勢いに任せて「付き合ってほしい」というつもりだったのだが、ルィンの理解は異なっていた。
「あ、ありがとう……」
 その他大勢の雄の一匹に成り果てるよりはマシだと思う。僕の雄槍がたまたまルィンの気に入る大きさと形だったお蔭で、体だけは好きになってもらえた。
 ルィンは僕の肩を抱き寄せ、耳打ちした。
「明日も来るからな。楽しみにしてるぜ、レプト」

 六枚の翼をはためかせ、ルィンは朱く染まる空に飛び上がった。
「ルィン……」
 恋焦がれたサザンドラの名を呟く。それから、帰り際に僕の名前を呼んでくれたことを思い返す。
 遠目で見ているだけでも好きで堪らなかったけど、実際にそばで話をし、あまつさえ交尾までして衝動を吐き出してもなお――いやむしろ、前よりも好きになっていた。
 肉棒がスリットから顔を出し、やがて雄々しく天を仰ぐ。
 明日もまたできる。あの甘美な柔らかさを、もう一度体験できる。豊満な体、温かな毛並み、どどめ色の肉壺――。
 心臓の鼓動が速くなって、うるさいくらいにはっきりと聞こえた。

    ◆

 ルィンは、毎日のように泉にたたずむ僕のもとへやってきた。建前は、先日まで童貞だった僕が立派な一人前の雄になるための交尾の練習。実際は互いの体を貪って快楽を得るだけの、堕落した行為。
「相変わらず惚れ惚れするぐらいの巨根だな」
 ルィンは必ずと言っていいほど僕の一物を褒めた。そういえば、ルィンと乱交する雄たちの中に、僕ほどの大きさと太さを持ったポケモンはいなかった気がする。大きすぎたら相手に入りきらないこともあるだろうし、ほどほどが一番融通が利く。
 けれどもルィンにとっては、自分を満足させてくれる大きさと太さが一番で、それに該当するのが僕だった。

「俺の寝ぐらに来いよ」
 七日経って、僕はルィンの棲む岩穴に誘われた。ねやに誘うという意味ではなく、同じ場所を棲み処にしようという提案だった。
 どうせ毎日するのだから、一緒に寝起きしたほうが都合がいいとルィンは考えたらしい。それは僕にとっても願ったり叶ったりだった。
「朝起きたら交尾して、昼は他の雄たちとヤってきて、夜帰ってきたらもう一回レプトと交尾するんだ。考えただけでよだれが出る最高の生活だぜ」
 ルィンの生活はまず交尾が先立って、寝食は二の次。気持ちのよい交尾ができればそれでいい。理想の生活を語る彼女の顔は輝いていた。
 僕もそんなルィンの顔を見ることに喜びを覚えていた。好きなポケモンと毎日交尾できる生活は、僕にとっても嬉しい。僕のことを優先してくれていることも、至上の喜びだった。
 だが、それでもなお――僕らは恋愛関係にあるわけではなかった。ルィンに体を気に入ってもらえても、僕の気質や心柄のことはどうとも思われていない。
「じゃあな」
 朝ごはんの木の実を食べて、二回射精に至る交尾をして、ルィンはいつものように他の雄たちのところへと出かけていった。
 不満はないと自分に言い聞かせる。乱交を窃視していた情けない状況と比べたら、今は天国に近い。だが、欲を言えば――
「ちゃんと告白しよう」
 童貞を卒業してから一月経って、僕はようやく決心した。

    ◆

「お帰り、ルィン」
「ああ」
 すでに水浴びで体を綺麗にしてきたらしく、ルィンの体はわずかに濡れていた。
「今日は何匹くらい相手にしてきたの?」
 浅い岩穴から顔を出し、何の気なしに聞いてみる。
「何匹だったかな。よく覚えてねえけど、十匹ぐらいじゃねえかな」
 何度か同じ質問をしたことがあるが、ルィンの答えはいつも曖昧だった。ルィンにとっては雄の数や人格など些末なことで、ただ楽しく交尾できればそれでいいのだ。
 優しさ、献身――ルィンを初めて見たときに感じた印象は、ごく一部分でしかなかった。ルィンは自分の欲望に正直に生きているだけだった。
 それでも僕はルィンが優しいポケモンなのだということを信じて疑っていない。笑わずに僕の初めてを引き受けてくれたことは、嘘ではなかったはずだから。

 日が沈んで、岩穴の中でいつもの行為が始まる。
「ほら、レプトのために綺麗にしといたからな」
 岩壁にもたれかかり、ルィンは自らの深い肉壺を見せつけてくる。今日は機嫌がよいのか、上に乗らせてくれるようだ。濃いどどめ色は豊富な経験を示している。両腕の舌によってにちゃり、と開かれた陰裂は、卑猥な音とともに銀色の糸を引いていた。呼吸のたびに生き物のように蠢いて、疼いて、湯気立ち――雄の意識を引き寄せるような熱を持っていた。
「レプトのチンポが欲しくて、こんなになっちまった」
 紅潮したルィンを前に、僕は息を呑む。スリットからはすでに肉棒が屹立していて、挿入されるときを今か今かと待っていた。
「挿入れるよ、ルィン……」
 ルィンの太い尻尾に跨り、雄槍のきっさきを陰裂にあてがった。
 ずぶずぶと、掻き分けるように進入する。おびだたしい数のひだが肉棒にうねりながら絡みつく。初めてのときは、この刺激だけで果ててしまった。
「奥まで来てくれ……」
 腰をより深く沈ませる。ゆっくりと蜜壺の絡みつきを堪能しながら、最奥に到達する。
 ルィンは両腕を僕の背中に回して、さらに深く挿入れほしいと言わんばかりに抱き寄せた。
「はあぁ……他の雄じゃここまで挿入ってこれねえからな……やっぱりレプトのチンポは極上だな……!」
 恍惚とした表情。甘酸っぱい、むせ返るようなにおいで充満した岩穴。僕はゆっくりと腰を動かし始める。肉棒に力を入れ、目いっぱい反り返らせ、肉壺の上壁を強く擦り上げる。
「レプ、ト……! いいぞ、その調子……んっ」
 ルィンと毎日のように交尾し続けて、少しずつ彼女の体のことがわかってきた。
 いつも余裕しゃくしゃくで他の雄と交尾しているのを見ていたので、てっきりルィンにはそういう弱点はないものだと思っていた。だが、ちゃんとルィンを感じさせるやり方は存在していた。他の雄が実践できていなかったのか、あるいはしようともしなかったのかは知らない。
「レプト……ッ!」
 ぷしっ、と粘度の低い蜜が噴き出す音がした。ぎゅっと膣肉が締まり、僕の吐精を導こうとする。
 僕はふうと息を吐き、締まる肉壺の刺激に一物が決壊しないように腹に力を入れる。まだ、射精するわけにはいかない。
 最奥の、仔袋の手前にある突起。雄槍のきっさきでしか存在を感じられない場所。ここが、ルィンの本当の弱点だ。
「ルィン、お願いがあるんだ」
「な、なんだ……?」
「僕と……付き合ってほしい」
 ルィンはきょとんとした顔になり、それからくつくつと笑い始めた。
「冗談はよしてくれよ。俺と付き合う? やめとけって」
 繋がったままの告白を冗談と受け止められるのは仕方がない。でも僕は本気だ。
「ルィン、僕は君のことが好きなんだ」
 真剣な顔で、ありったけの想いを伝える。
「ま、マジで言ってるのか? あんまり俺のことからかうなよ」
 少しだけ怒気を孕んだ声が、僕の体の芯を震わせる。
「いいから腰振れよ」
 僕はルィンの言う通りに、腰を振る。的確に、弱いところを突くように。
 ルィンの息が荒くなる。僕を抱く腕の力強さが増していく。
「んうっ、レプト、っ……!」
 ルィンの顔から余裕がだんだんと消えていく。
「゛おっ……!」
 地響きのような喘ぎ声とともに、再びぷしゅ、と潮を噴いた。僕は腰を振る速度を上げて、ルィンの肉壺の最奥を責め立てる。
「レプ……と、゛おおっ、はげし、゛いっ……!」
 ルィンの声が上ずっていく。余裕のあるときに発していた猫撫で声はどこかにいき、猛る竜の威嚇のような声に変貌していた。
「ルィン、何度でも言うよ! 僕と付き合ってください!」
「なん、で、゛むりだ、って、そんなん、じゃ、ねえっ、゛お、だろ、゛おっ゛うう゛いッ、っぐう……ッ!」
 肉壺の締め上げに、僕は悲鳴を上げそうになる。決壊するのは目前で、それならいっそ一番の激しさで膣を突いてやろうと、僕は全身を強張らせて最高速度で腰を振った。
「゛やめ、れぷ、と゛お、おかし、くっ、゛なる、゛かあッ、ひぎッ」
 ルィンの体が痙攣し始めた。腰が浮いて、顎は上がり、蜜壺がとめどなく汁を噴き上げる。ルィンが――生まれて初めての本気の絶頂を迎えようとしている。
「付き合うって言ってくれるまで止めないから! ルィン、僕と……!」
「゛れぷと、゛やめ、゛あ゛あぁあ」
 ルィンの最奥の形が変わる。仔袋の入り口がまるで僕の一物の先を包み込むように降りてきた。
「付き合ってください‼」
「゛わかっ゛たっ、から゛あ、゛もう、やめ゛えッ、いぐっ゛うぅう゛う!」

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 腰を思い切り打ちつけ、どくどくと精をルィンの仔袋にぶちまける。溜めに溜めた精は、かつてないほどの勢いで肉壺の奥に送り込まれた。肉厚の陰裂が一滴残らず搾り取るように、僕の肉棒を締め上げる。
「っお……ッ」
 がくがくと痙攣するルィンは、舌をだらしなく出し、まったく焦点の合わない両目で天井を見つめている。飽きるほど見た余裕のある表情は一切なく、そこには肉棒に制圧された雌の顔だけがあった。
「ルィン……」
 体力が底を尽きた僕は、彼女の大きな体の上に倒れ込む。いまだびくびくと震えて、潮を噴いているルィンの体を小さな腕で抱くようにして――。
 わかった、と確かに言ってくれた。聞き間違いでなければ、僕はルィンから交際の了承をもらえたのだ。
「レ……プト……」
 虚ろな目のルィン。だらりと脱力した体を、僕は精一杯の力で抱きしめた。そして互いに気を失うようにして、死体のように眠った。

    ◆

 浅い岩穴に陽光が差し込んできた。瞼を開き、立ち上がり、外に這い出た。ひんやりとした空気が気持ちいい。ルィンはまだ寝ている。大きなお腹、投げ出した肢体、ところどころに残る、乱れた形跡。
 僕は自分のしでかしたことの大きさに我に返った。ルィンの気持ちを無視するような形の告白。互いに話す気力も残らず眠りに落ちた。
 そして、朝が来たから――向き合わなければいけない。ルィンが起きたら、本当に僕と付き合ってくれるのかと改めて聞こうと思った。

「ふぅ」
 体にまだ残っていた、清々しい朝に似つかわしくない夜のにおいを泉で洗い流した。いくつかの木の実をもぎりながら寝ぐらに戻ってくると、 ルィンは起きていた。
「……お、おはよう、ルィン」
「ああ」
 言い淀んだのは、彼女が不機嫌に見えたからだ。朝が弱いルィンの寝起きはだいたいいつも不機嫌だが、それを差し引いても明らかに機嫌が悪い。挨拶の返事が「ああ」だけだったのが何よりの証拠だ。
 怒っているのだ。無理に了承の返事をさせたことを。
「体、洗ってきなよ」
 逃げの一手。核心に触れることははばかられた。
 仏頂面のルィンは体を重そうに起こして、ふらりと浮いて岩穴から出てきた。
「レプトはいいのか」
「僕は今行ってきたばっかりだから」
「……ふぅん」
 ルィンの姿が消えると、僕は大きなため息をついた。やっぱり、やり方がまずかったのだ。
 正常な判断力のうちでは、冗談だとあしらわれてしまって終わった。だから、いっそ体の相性を利用して、本当の快楽に突き落としてしまえば了承を引き出せるのではないかという浅はかな考えを咄嗟に思いついた。上手くいくはずのない作戦は――思いのほかうまくハマってしまった。
 体の相性だけに惚れ込んだルィンにとっては、誤算であるとともに皮肉でしかなかったのだと思う。

 ルィンが帰ってきて、先ほど取ってきた木の実をふたりで食べた。いつも僕の倍は食べるはずのルィンは、僕の半分しか食べなかった。機嫌はほんの少しだけ良くなったようにも見えたが、食事中は終始無言だったので僕の気のせいでしかなかったようだ。
 食事が終わっても、互いに何も言葉を交わさなかった。
 ルィンは――ぼうっと空を見つめていた。物思いに耽っているような、何も考えていないような――そんな目だった。
 ふいにルィンは寝ぐらへと戻り始める。
「ルィン……?」
「来いよ、レプト」
 声のトーンが低い。間違いなく怒っている。僕は恐る恐る岩穴へ戻るルィンについていく。
「ルィン、その……ごめ……っ!?」
 強い力で押し倒された。真顔のルィンが僕の上に乗る。殴られる――? とっさに体を屈ませ、腕で顔を覆おうとした。
 しかし、まったくの見当違いだった。洗ってきたばかりの股間がまさぐられる。
「ル、ルィン!? 何して……」
「何って……いつもヤってることじゃねえか」
 ルィンの表情が乏しいせいで、そういうことをするのだとは露ほども思わなかった。というよりも――昨晩あれだけ消耗の激しい交尾をしたのに、また交尾をしようというのだろうか。
「ま、待って! せっかく水浴びしてきたのに」
「別にいいだろ。他にすることなんてねえんだし。汚れたらまた水浴びすりゃいいじゃねえか」
 僕の股間を再びまさぐり始めるルィン。その表情は、いつもの余裕ある煽情的なものではなく、どことなく焦っているようで――
「ルィン、やめて」
 普段なら、絶対に止まらない。余計にルィンの気を昂らせるだけだ。だが、ピタリと止まった。伸びていた腕が引っ込む。そして僕の体から渋々降りた。
 岩壁に寄りかかる彼女の顔は、憂いに満ちていた。大きくため息をつき、疲れたように頭を垂れるルィン。
「付き合うって……どうすりゃいいんだ」
 ため息交じりの呟き。目を逸らすルィンの顔を見つめる。
 僕は――勘違いをしていたらしい。
「レプトは……誰かと付き合ったことはあんのか」
「……ないよ。ルィンが初めてだよ」
「俺も……同じだ。付き合えって言われても……何をすればいいかわかんねえよ」
 ルィンは不機嫌だったのではない。体の経験は豊富だけれど、恋愛に関しては僕と同じで初心だったのだ。
「……交尾もするし、一緒にごはんも食べるし、一緒に寝るけど……それ以外に色々楽しいことをするのが付き合うってことだよ」
「なんでレプトは知ってんだ」
「えっと……昔仲良くしてた友達からの受け売り」
「……はぁ」
 ルィンは頭を抱えた。僕はそれ以上何も言えず、ため息をついたり唸ったりする彼女のそばで体を強張らせていることしかできなかった。
 しばらくたって、ルィンはようやく顔を上げた。
「俺と付き合ったって何も面白いことはねえぞ。食うことと寝ることと交尾すること以外、何も知らねえし……」
 皆に囲まれ、姐さんと呼ばれていたルィンの姿を思い返す。自信と余裕があり、ぶっきらぼうだけど献身的で。僕の眼前に、その面影はもはやなくなっている。恋愛に奥手な一匹のドラゴンが、戸惑いと憂鬱をない交ぜにした表情を見せているだけ。
「じゃあ、これからそれ以外の楽しいことも……僕と一緒にしていこうよ」
 ルィンの左腕を手に取って、ぎゅっと抱きしめる。小さな頭が、僕の鼻先を舐めてきた。
「……後悔しても知らないからな。つまんねえ雌だって思い知るだろうよ」
 観念したように天を仰ぐルィン。改めて告白を承諾したのだと僕は受け取った。
「それは……たぶん大丈夫だよ。僕はルィンがどんなポケモンでも好きだし、そばにいてくれるだけで僕は幸せだから」
「は、はぁ!? 変なこと言うなよ!」
 へらりと笑った僕を突き飛ばしたルィンは岩穴を勢い良く飛び出して、空をぐるぐると回った。赤面した顔を両腕で覆いながら。
    ◆

「なあ、まだ着かないのか?」
「もうちょっとだから、頑張って」
 互いに飛行速度を合わせながら、南の方角へ向かう。
「デートって疲れるな……」
 大した距離でもないのに、目的地にすら到着していない時点でこの言いよう。
「ルィン、もしかしたら少し運動不足かもしれないね」
「……交尾も運動だろ」
 二言目には下半身の話題がルィンの口から出てくるので、どうしたものかと思案する。それがルィンらしさでもあるから今さらどうこういうつもりもないけれど、初デートだというのにロマンチックさが欠如している。
 彼女は寝食と交尾以外にほとんど興味を示さないから、連れていきたい場所があると伝えたとき、心底嫌そうな顔をした。
「食料調達でもないのに遠出するのかよ」
 要するに、出不精なのだ。体の肉付きがいいのもそのせいだろう。
「ほら、見えてきた」
 小さな山を二つ、丘を一つ越えて、この辺りで一番大きな山のふもとが眼下に広がる。陽が燦々と降り注ぎ、陽気につられて咲いた花が処々に群生していた。
 かつて人間の手が入っていたらしいが、今となっては人間の姿を見かけることはない。荒れてはいるが、放り出された花畑の一部分が生き残り、毎年春になると綺麗な花を咲かせる。
 緑に降り立って、春の風に揺れる草花の息吹を思い切り肺に吸い込んだ。
「気持ちのいい場所だと思わない?」
「うーん……」
 首肯しかねるといった風に、ふわふわと浮かんでいるルィンは怪訝な表情で首を傾げた。
 僕はそんな彼女を尻目に、淡い青色をした花を次々摘んでいく。そうして両手に溢れるようになった頃合いで、青い花の束をルィンに見せた。
「これね、ネモフィラっていう名前の花なんだよ」
「名前……? 花に名前なんかあるのか」
 ルィンの返事に唖然としながら、僕は説明を加えていく。
 春に咲く花で、生命力が強い花であること。ここに咲いているのは青と白のグラデーションをもつネモフィラだけれど、他にも濃い赤紫色のものや、白地に黒の斑点があるものなど、色々な種類のネモフィラがあること。
 季節が変わればネモフィラ以外の花も咲き始めて、景色が一変すること。
「これ、食えるのか?」
 ひとしきり僕が喋ったあと、ルィンが放った一言は僕の度肝を抜いた。
「……お花が食べられると思う?」
「食べれる花だってあるだろ」
 そう言ってネモフィラの花びらを口に入れたルィンは、ものの数秒で顔をしかめて吐き出した
「不味いな、これ」
「そりゃそうでしょ……ルィンって食べるの好きなんだね」
「ああ、交尾の次にな」
 色気より食い気――いや、この場合は食い気より色気か。どちらにしろ、風流を理解しようとする気持ちは皆無らしい。僕はずっと味気ない砂漠で生きてきたポケモンだったから、初めて花畑を見たときは感嘆のため息を幾度となくついたことを覚えている。
「ここにはないけど、今度は別の場所で食べられる花を探そっか」
 僕の好きなものが相手に理解されるとは限らない。そのうち――互いに好きな同じものが見つかる日が来るだろう。
「まあでも……こういう暖かい場所は嫌いじゃないな。……なんだか眠いな」
 大欠伸を見せたかと思うと、ルィンは寝転がり――そのまま眠り始めた。
「ええ、そんなあ」
 まさかデート中に寝てしまうとは。ルィンは想像よりも自由奔放だった。

    ◆

 花とか草とか、レプトの言うことはちっともわからない。だが、この春の陽気の中で寝るのは悪くないと思った。まどろみの中で、昨晩の激しい情事を思い返す。
 まさか、レプトにあんな快楽の渦に叩き込まれるなんて――。出会った雄の中で一番の巨根だったから、素質に惚れ込んでちょっかいをかけてみたらこのザマだ。付き合うなんて考えてもみなかったのに、有無を言わさず首を縦に振らされた。
 悔しいけど、ある意味で俺のことを最も理解できていたのはレプトに違いなかったから、こんな結末も仕方ない。俺の負けだった。まあ、他の雄とするよりは遥かに気持ちの良い交尾ができたから、不服を言うのもかわいそうだ。
 それに面と向かって真剣に好きだと言われたのは――

    ◆

 まどろみから覚醒して、辺りを見渡した。俺は今――そうだ、レプトに連れられて花畑にいるのだった。
 だが、肝心のレプトが見当たらない。
「レプト……?」
「呼んだ?」
 真後ろに緑色のせいれいポケモンがいた。
「なんだ、どこかに行っちまったのかと思ったよ」
「僕はずっとここにいたよ。……はい」
 頭に何かを載せられた。くすぐったくてふわふわしている。
「何だこれ」
「ネモフィラの花冠だよ。ルィンに似合うと思って」
 頭からそれを取る。青白い花が輪の形に結わえ込まれていた。
「……俺に似合うわけないだろ、こんなの」
 呆れて花冠を摘まんで、捨てようとした。だが、レプトが途端に見たこともないような悲しい顔をしたので躊躇する。
「なんで? ルィンはとても可愛いから、この花冠も似合うって思ったのに。上手く作れなくて、不格好だけど……」
 この俺が、可愛い? 本気で言っているのか?
 馬鹿じゃないのかと一笑に付すつもりだったが――できなかった。俺が可愛いかどうかはともかく、俺が寝ている間にレプトが一生懸命作ったのだ。そう思うと、無下にできるはずがない。
「ったく。しゃーねえな……」

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 こんなもの、レプトに出会わなければ一生縁のないものだろう。そう思いながら、レプトの作ったネモフィラの花冠を頭に載せた。
「うん。やっぱりすごく似合ってる」
 レプトが俺の手首をとって、両手で握りしめた。なんて純真なヤツだろうと思った。彼のようなポケモンが本当に俺なんかと付き合っていいのだろうか。そんな想念が頭をもたげては消えてゆく。

    ◆

 日が傾き、帰途につく。僕は薄い二枚の翅を、ルィンは六枚の黒い翼をはためかせ、赤い空の真っ只中を飛んでいた。
「ルィン、あんまり楽しくなかった?」
 デートの間、ルィンは一度も笑顔を見せなかった。それは帰り道に至る今もそうだ。
「いや、楽しかった。想像してたよりも、ずっと」
 ルィンは僕の前を飛んでいるが、僕のほうを振り返ることはしない。僕はそれ以上のことを聞かなかった。もともと気乗りしていなかったルィンを、無理を言って連れてきたのだ。不機嫌でないことは雰囲気で感じ取れるが、上機嫌にも見えなかった。
「帰ったらお前のことを抱くからな」
 また、交尾の話題に戻る。仕方ないか。朝の交尾もせず、半日付き合わせたのだから、夜の埋め合わせは当然しなければいけないだろう。ルィンはまだ顔を合わせてくれない。

    ◆

 夜になり、レプトの体を貪って、泉で体を洗うという一通りのルーティンを済ませたあと、一緒にねぐらに入った。
 レプトはすぐに夢の世界に行ってしまったようだったが、俺はなお眠れずにいた。今日の出来事を、起きてから今に至るまでを回想する。
 起き抜けの交尾を拒否され、レプトに思いを吐露し、花畑に連れていかれ――結局花の何がいいのかはわからなかったけど――、木の実をたらふく食べて、やっぱり交尾をして、そして今。
 レプトは帰り際に、楽しくなかったかと聞いてきた。楽しかったと答えたが、たぶんレプトは素直に受け取ってくれなかっただろう。俺が笑ったり、嬉しそうな顔を見せなかったから。
 嘘はついていない。楽しかったし、嬉しかった。けど――どういう表情でそれを表現すればいいのかがまったくわからなかった。
 むしろレプトのほうこそ、終始楽しげな表情をしていたけれど、それが嘘だったのではないかと思ってしまう。景色も花も、あの場所にあったすべてのことも、何も知らない俺と一緒にいて、何が楽しかったのだろうか。
 レプトのように告白してくる雄は、以前にも何匹かいた。それは俺と付き合いたいというよりも、単純に俺の体がもっと欲しいとか、独り占めしたいとか、そんな思いの発露が告白に向かわせたのであったと手に取るようにわかった。
 もとより俺も寄ってくる雄のことは、どれだけ俺を楽しませてくれる下半身やテクニックを持っているかでしか判断していなかったから、そいつらの想いが悪いものだとは思わない。互いに気持ちよくなること以外に何も求めず、毎日乱交ばかりしている。ただそれだけのことだった。
 断っても角は立たない。今までの関係が続くだけ。雄なんてそんなもんだし、俺もまた――そいつらと何一つ変わらない。
 レプトのことも、最初は掘り出し物を見つけたぐらいの感覚でしかなかった。実際、体の相性は誰よりも良かった。
 それが仇となり、振るつもりのなかった首を縦に振らされた。
 ――別に嫌ではなかったのだ。そこまでして求められたことなど生きてきて一度もなかったから、純粋に嬉しかった。
 ただ、それ以上に不安が勝った。レプトのようなつい最近まで童貞だった純朴な雄には、もっと似合うような雌がいるだろうと思った。よりにもよって、俺のようなだらしのない雌を選ぶ道理はないだろう、と。
 絶対に釣り合わない。いつかレプトに愛想をつかされるのは目に見えている。だったら、意地でもこちらから好きになってやるものかと思った。
 思ったはずだったのに。
 今日抱いたこの気持ちは――今までに抱いたことのない感情だった。
 ネモフィラの花冠を頭に載せられたとき、どうしようもなく苛ついた。厳つい俺にそんなもの似合うはずがないし、からかうためにわざわざ手の込んだものを器用に作ったのだと思った。
 けれど――レプトの屈託のない笑顔を見て、俺の考えが馬鹿らしいものだと気づかされた。
 レプトは本心から花冠が俺に似合うのだと思っていたし、心の底から俺のことを好きなのだ。
 今朝のレプトの言葉を思い出す。

『僕はルィンがどんなポケモンでも好きだし、そばにいてくれるだけで僕は幸せだから』

「マジだったんだなあ、あれ」
 レプトの寝顔を覗き込む。うっすらとした月明かりに、茜色の覆いが反照している。
 口からよだれを垂らしている。快い夢を見ているのか、へらへらと笑っている。幸せそうだ。
「……レプト」
 顔を近づけ、よだれを静かに舐めとってやった。
 ふいに、睡魔が襲ってくる。急な疲労感を、むしろ心地いいとさえ感じた。
「おやすみ」
 横向きになっているレプトと向かい合わせになり、大きなあくびを一つして、目を閉じた。
 尻尾の先と先を絡ませようとすると――レプトの尻尾も呼応して巻きついてきた。
 俺は生まれる前の、タマゴの中にいるような安堵感に包まれていた。

    ◆

 雄雌の関係にはさまざまな形があって、それは個別の性質によるところもあれば、種族柄によるところもある。
 僕はルィンと付き合っているからといって、彼女の淫蕩な行動の一切を束縛しようとはしなかった。
 例えば、僕以外の誰かと交尾しようが気に留めなない。僕と付き合う前から続いていた彼女の日常をあれこれ咎めるのはお門違いだと思ったし、僕との交尾自体は毎晩欠かさなかったので、性的な不満もなかった。
 ルィンの幸せが一番だから、ルィンの好きなようにしてほしい。ときどき僕と出かけてくれればなお嬉しいけれども。

 付き合い始めてから少し経って、いつものようにルィンは汚れて帰ってきた。
「体洗いに行こっか」
 ルィンの手を引いて、いつもの道を行く。代わり映えしない道だが、木々の緑が深さを増していた。
「レプトは……嫌じゃないのか」
「……何が?」
 ルィンが急に止まったので、僕も腕を引っ張られる形で止められる。
「俺が他の雄とヤってるのは」
 一陣の風。ルィンが目をすがめる。体に残る、性行為の跡。
「……ルィンが好きなことを僕が止める理由はないよ」
「……そっか。ならいいんだ」
 なぜ急にそんなことを言いだしたのか真意が汲み取れず、取り繕うように笑った。ルィンも同じように笑っていた。

 その日を境に、ルィンは独りでふらりと出歩かなくなった。つまり、他の雄と交わることをやめたことを意味していた。
 そして、遠出することを嫌がっていたはずなのに、僕が誘う前にルィンの方から出かけようと誘ってきた。
 西へ、東へ、北へ――行くあては決めず、目に入った面白そうな場所に降り立った。珍しい木の実を漁ったり、不格好な花冠を作ってみたり、ひっそりとした場所でつるんだり、四六時中僕と一緒だった。
  
『付き合えって言われても……何をすればいいかわかんねえよ』

 かつてのルィンの言葉だが、彼女自身がそれを克服しようとしているのだろうと思った。けれども、唐突な変わりようは、僕の心に小さな波を立てた。
「ルィン、無理してない?」
 夜の帳が下りかける中の夕食で、僕は切り出した。
「無理ってなんだ……?」
「いや、なんというか……色々僕に合わせてくれてるように見えて」
 返答もなく、無言で木の実を頬張るルィンに、なおも続ける。
「遠慮っていうか……我慢してない? 最近はすっかり他の雄のところに行ってないみたいだし……。僕は全然気にしないよ?」
 僕なりの気遣いだった。気に障ることを言ったつもりもなかった。
 食べかけの木の実が、頭目がけて飛んできた。
「うわっ!?」
 ルィンは――怒っていた。言葉は何も発さないが、僕を睨んでいる。
「今日は別の場所で寝るわ。ついてくんなよ」
 深いため息をわざとらしくついて、ルィンは夜の闇へと飛び立っていった。
「な、なんで……」
 僕の頬をかすめた木の実は、昨日一緒に出掛けた時に、ルィンが夢中になって採集していたものだった。
 その食べかけを拾い上げた僕は、何が彼女の逆鱗に触れたのか心当たりのないまま、途方に暮れていた。

    ◆

 本当は怒るつもりなど微塵もなかった。レプトが気を遣ったことも理解できる。様子が変わったら心配するのは当たり前のことだ。
 けれども――レプトには俺が他の雄たちのもとに行かないようにしていた意味が、何一つ通じてはいなかった。
「……難しいな」
 溜め息ばかりが闇夜に溶ける。眠ろうと大木のうろに入ったが、居心地が悪いせいか一向に寝つけない。
 レプトの顔を思い浮かべる。そのあとに出てきたのは、レプトに怒鳴る自分の姿。
「最低だ、俺」
 レプトと付き合い始めた当初、当然のごとく他の雄たちとも交尾していた。今までの自分を変える必要などまったくないと思っていたし、レプトもそのままの君でいいとか、初心にしては歯の浮くようなことを言っていた。レプトが自分に飽きるのは時間の問題だとも思っていたからというのもある。
 結局そうはならず、むしろレプトから受け取る愛の大きさは増す一方だったし、それに呼応するように――レプトに対する想いも肥大化していった。
 心から――好きになってしまった。俺にそんな感情は似つかわしくないと、自分でも思う。けれども、なってしまったものはどうしようもできない。
 一旦そうなると、誰彼構わず交尾に耽っている自分が嫌になって、そして俺の体目当てでやってくる雄も嫌悪するようになってしまう。
 虫がいいと言われたら反論できない。散々数多の雄を貪っておきながら、今はそいつらを自分勝手な理由で蔑ろにしている。
 そして、レプトにはその姿を誤解された。遠慮しているのでも、我慢しているのでもなく、ただずっと一緒にいたかっただけなのに。
「明日、謝りに帰ろう」
 レプトのことだから、きっと自らの落ち度の有無に関係なく謝ってくるだろう。俺の機嫌を損ねることを、レプトはひどく恐れている。
 それもまたレプトが悪いのではなく、俺が最初から素直に喜びや嬉しさを表現しなかったから、俺の不機嫌の原因がレプト自身にあると勘違いされる。
 だから、この二週間は自分からレプトを喜ばせたくて、頑張ったつもりだった。空回りしてしまったけど。
「どうしたら……気持ちが伝わるんだろうな」
 一睡もできないまま、夜半が通り過ぎる。

 明くる日、遅れてやってきた睡魔を追い出して、レプトのもとへ帰ることにした。怒りに任せたまま方角も考えずに結構な距離を飛んできてしまったので、右往左往しながら時間を食うのは目に見えていた。
 道すがらの木の実をもぎりながら、重たい体を翼で前に進ませる。空に舞い上がる気力もない。空気は湿り気を帯びていて、どことなくぬるりとした感触は憂鬱な俺の心そのものであるような気がした。
 何度も何度も、レプトに頭を下げる自分をシミュレーションする。誤解されないように。昨日のことは十割方俺が悪かったのだと。レプトには一言も謝らせてはいけない――。
 雨の気配がする。数時間もしないうちに、大粒の雨がやってきそうだ。
「急がねえと」
 気怠い体にむちを振るう。わずかばかり速度が上がった。
「姐さん!」
 ふいに、呼び止められる。聞き覚えのある声だが、持ち主が思い出せない。
 振り返ると、俺と同じくらいの大きさのリングマがいた。その後ろには何匹かの――いや、二十、三十はいる――ポケモンがいた。いずれも俺が相手してきた雄ばかりだった。
「探してたよ。いきなり半月も姿を現さなくなったもんだから、心配して」
 心配? 何の心配だろう。俺は昨日までずっとレプトと一緒にいて、誰かの心を煩わせるようなことは何一つしていない。
「あのフライゴンにたぶらかされたんだろう? あれだけオレたちと楽しい時間を過ごしてた姐さんが、オレたちを置いて抜け駆けするわけないもんな」
 ――ああ、そういうことか。そりゃそうか。その心配か。
「二週間もお預け喰らって、溜まりに溜まってんだよ。なあ、みんな?」
 がやがやと喚き立てる雄たちの声。少し前までの俺なら、これだけの雄に囲まれていることを至上の喜びとしていたはずなのに、今はただただ鬱陶しい。
「悪い、今そんな気分じゃねえんだ……!?」
 後ろ手に引き倒される。この力の強さはゴーリキーだ。即座に何匹かの雄が近寄ってきた。
「やめろよ! 痛えだろうが」
「ごめんな、姐さん。でも姐さんもオレたちのこと傷つけたんだから、おあいこだろ?」
「……」
 反駁する気力はなかった。まさしくその通りだったから。
 一部の雄が俺じゃない雌と懇ろになっても、気にならなかった。いくらでもいる他の雄で代用できたから。下半身さえまともなら誰だってよかった。だがこいつらには、たぶん俺しかいない。その俺が抜け駆けしたら、怒るに決まっている。
「挿入れるぜ、姐さん」
 自業自得だと思う。散々食い散らかしてきて、今さら好きなポケモンができたから要らないなんて言われて、怒らないほうがどうかしている。
 腕が、俺に向けられる一物をしゃぶり始める。聴き慣れた、淫猥な水音。
「やっぱり淫乱だなあ、姐さんは」
 そう――なのだと思う。けれど、最初からそうではなかった。
 この辺りに俺以外のサザンドラはいなかった。誰も彼も怖がって、俺に近づこうとするやつはいなかった。
 それが悲しかった。どうすればみんなと仲良くなれるのだろうと思った。ある春の日、発情期で浮ついている雄が、相手を見つけられずにいるのを見かけた。
 ダメ元で誘ってみたのがすべての始まりだった。誰からも相手にされなかったのに、いつのまにか求められるようになった。迷っている雄は一人残らず受け入れた。そのうち、色んな種類の雄が来るようになって、気づけば周りの雄をほとんど喰らってしまっていた。
 楽しかった。雄は喜んでくれるし、俺も快楽に耽っていられたし、こんな生活がずっと続くなら本望だとさえ思っていた。
 間違っていたとは思わない。その方法でしか楽しく生きていく方法が見出せなかった。けれども、一度泥沼に足を取られたら、あとは絡めとられるしかない。
「姐さん、出すぞ!」
 雑なピストンで吐き出された精。脈打ちながら、俺の中に入ってくる。もう二つの頭にも、続けざまに射精された。
 雄の数はまだまだ数は残っている。終わるまでにどれくらい時間がかかるのだろうと、喧騒と水音の狭間で上の空になる。
 そういえば――ルィンって名前で呼んでくれたの、レプトだけだったな。
 ぽつぽつと、雨が降り出した。

    ◆

 ルィンが飛び出したのを、すぐに追いかけるべきだった。翌日の夕方になっても戻ってこず、挙句の果てには雨まで降りだした。僕は判断を間違えた。
「探しに行こう」
 ようやく決心がつく。雨も雷鳴も酷いこの状況で、岩穴から身を出すのは酔狂だが、もういとわずにはいられない。ルィンに何かあってからでは遅い。
「ルィン!」
 彼女の名を叫びながら、僕は雨と木々の中を猛スピードで縫った。雷鳴が鳴り響く。遥か向こうの山の上に稲光が落ちたのを見た。
 雨の音が、森の木の葉を打ち鳴らす。茜色の覆いが水を弾いていく。翅が空気を切り裂いた。
 何度も何度もルィンの名前を叫ぶ。
 そうして、星が見え始めるころ、ようやく彼女の姿を見つけた。
 木に寄りかかって、雨に打たれてうなだれている。全身が濡れていて、ところどころが泥で汚れていた。
「ルィン!」
 呼びかけると、ルィンの顔が持ち上がった。
「レプト……」
「良かった、見つかって。えっと、大丈夫? 飛べる?」
「……ああ、大丈夫だ」
 虚ろな目に光が戻り、ふらりと浮遊したルィン。僕は、彼女の右の頭を手に取ろうとした。だが、弾かれた。僕は驚いて手を引っ込め、そしてルィンも自分のしたことを一瞬で理解して、目を見開いた。
「す、すまん……その……汚れるし、手は繋がないほうがいいぞ。腕なら……いい」
「ルィン……」
 今まで何をしていたかなんて野暮なことは聞かない。そんなこと、  ルィンの体を見ればわかる。手を繋ぎたくないと言ったのも――まだその小さな口に残っている体液に僕を触れさせたくなかったからだろう。
 僕は、ルィンが何をしようとも、それがルィンの好きなことなら絶対に口出ししない。そんな権利は僕にも、他の誰にもないと思っている。
 けれども今のルィンは、好きでこんな風になったわけではないはずだった。楽しそうにしているわけでも、嬉しそうにしているわけでもなかったから。
 その目は――黒曜石の真ん中にルビーをはめ込んだようなきれいな眼は――申し訳なさ、罪悪感、悲しみを物語っていた。
「体洗いにいこっか」
「……うん」
 雨の勢いが弱まる。じきに止むだろう。僕らは重い足取りを重ねながら、帰路についた。

 夕日が沈みかけている。雨上がりの泉は濁っていて、ルィンと僕はともに半身だけ浸かっていた。
 雨のにおいと一緒に余計なものも洗い流して、互いに無言を貫いている。
 僕は待っていた。ルィンは、何かを言おうとしている。口を開きかけては閉じてというのを繰り返している。
 決心がつかないようだった。次第に僕は、そのまま何も言わないでほしいと願うようになった。たぶん、ルィンは悲しいことを言いそうだと思ってしまったから。
「帰ろう。もう暗いから」
 僕は自分とルィンの体を引き上げた。
「ああ」
 不安だった。極力ルィンの顔を見ないようにした。ルィンも迷っているように、僕自身も彼女にかける言葉を見つけられていない。
 ルィンは、僕から少し離れていた。僕の速度が無意識的に速くなっていたのだ。
「レプトは……」
 聞き逃してしまいそうなくらい、か細い声だった。
「レプトは俺のこと、嫌いになったか……?」
 息が詰まる。振り返って、ルィンの顔を見た。目を伏せていた。
「なんで……? 僕がルィンのことを嫌いになるはずがないじゃない」
 自分で言って、白々しいと思った。ルィンにそう思わせてしまうくらい、今の僕は彼女に対して距離を取っている。
 何が正解かわからなくなって、ただ逃げている。それをルィンは機敏に感じ取った。
「なあ、レプト。帰ったら、俺を朝まで抱いてくれねえか」
「……ルィン」
 真剣な顔だった。そして、そんなことを言われたのは初めてだった。ルィンが交尾をしたいと思ったら、「抱くぞ」と否応なしに僕を組み伏せるか、もしくは言葉もなく、無理やり僕を犯すだけだ。僕の上に騎乗し、飽きるまで貪る。夜は大概そうだし、朝でも昼でもルィンにけしかけられたら僕は素直に従う。機嫌がよければ、僕が上に乗ることもある。罷り間違っても、許可を取るような聞き方はしないし、自分を抱けなどとも言わない。
 だから今のルィンは、やっぱりいつもと違っている。僕は努めて平静を装い、「いいよ」と返事をした。

 あの日の月も満月だった。今日は付き合い始めてからちょうど一か月。
 あの日と同じようにルィンの上に乗り、見下ろしている。
 月明かりに照らされる濃い灰色の毛並みは、呼吸音とともに上下している。顔は――翳っていてよく見えないが、黒曜石とルビーの眼が僕をまっすぐに見つめている。
 僕は一つ大きく深呼吸すると、怒張させた一物を、ゆっくりとルィンの蜜壺に挿入した。
 濡れそぼった、ねっとりとした感触のそれは、僕の一物を堪能するように深く包み込んでいく。変わらない重厚さと、並よりも遥かに大きいらしい僕の一物を根元まで容易く飲み込んでしまう深さ。
 最奥まで入り込み、腰を密着させ、お腹、それから首を密着させ、体が完全に重なり、顔が互いの正面に来る。
「ルィン」
 やっぱり、愛おしいと思う。鼻先をくっつけて、それから軽いキスをして。
「レプト……俺、一度もレプトのことを好きって言ったことなかったよな」
 岩穴に入ってから緘黙に徹していたルィンの言葉に、僕の体が強張る。そういえば、そうだった。僕はことあるごとにルィンに自分の愛情を言葉で表現しようとしていた。そうでないと、ルィンはすぐに僕のもとを離れてしまうかもしれないと思っていたから。
 でも、ルィンからはそんな言葉を一度も聞いたことがない。それを――僕は意識的に気にしないようにしていた。
 ほとんど力ずくでパートナーになってもらったようなものだ。僕は  ルィンのことを心の底から愛しているけど、ルィンがどうかはわからない。経験も乏しい、引っ込み思案を必死に直そうとしているような雄を――それこそ体の相性だけが取り柄の僕を、心の底から認めているとは到底思えなかった。
 音のない星空のような森閑に、聞こえるのは互いの呼吸音だけ。
「レプト、俺は――」
 その先を聞きたくない。僕は目をぎゅっと瞑った。耳鳴りがする――
「レプトのこと、大好きだ」
 耳鳴りを切り裂いてやってきた言葉。初めて聞いた、ずっと望んでいた言葉。
「今さらだよな。遅えよな。もっと早く言えればよかったけど……愛してる」
 一度も貰えないまま、関係を終わらせられるのではないかと恐れていた。高嶺の花を掴みかけて、結局崖から滑り落ちるのではないかと思っていた。
「ああ、くそっ、やっぱり恥ずかしいな」
 両腕で背中と頭を抱え込まれる。これではルィンの顔が見えない。
「レプトもなんか言えよ。俺だけ恥ずかしいじゃねえか」
「……好きだよ、ルィン。世界の誰よりも」
「……お前さあ、本当に、……はあ、もう」
 ルィンが照れている。愛おしい。この時間が永遠に続けばいい。
「だからさ、レプト、俺とはもう――」

    ◆

 結局――ルィンを引き留めるには何かが欠落していたのだと思う。いくら考えても、それが何かはわからない。
 ただ、ルィンの苦悩を完全に理解することができなかったために、こんな結果を招いたのだろうと思う。
『もう俺みたいな雌を好きになんかなるなよ』
 虚しい。
『レプトは他のどの雄よりも素敵で魅力的なんだから、ちゃんとその価値に見合うような雌を選べよ』
 違うよ、素敵で魅力的なのはルィンのほうだ。むしろ僕が手に届いたのが奇跡的なほどだ。
『俺は所詮この森の雄どもの――』
 聞くだけで胸が苦しくなるほどの酷い言葉で、ルィンは自身を誹謗した。
 去り際の、蒼白い月の光にシルエットを縁取られたルィンの笑顔が脳裏に張りついて離れない。悲しい笑顔だった。
 僕は地に伏せて泣きじゃくり、嗚咽し、自分がどれだけルィンに入れ込んでいたかを思い知らされた。

    ◆

 朝まで一眠りすらできなかった。ずっとルィンのことを考えていた。
 僕の初めてを奪ってくれたこと、それから体だけの関係が毎日続いて、告白しても断られ、しかたなく体の相性を逆手にとって了承まで漕ぎつけて――思い返せばとんでもない馴れ初めだ。
 それからネモフィラの花畑に出かけるとか、珍しい木の実のなる森とか、山の頂上とか、何もない草原とか――いつのまにか寝食と交尾のことしか興味のなかったルィンが僕をいろんな場所に連れだっていくようになって。毎夜の交尾は欠かさなかったけれど、ただの性欲の解消から意味合いは徐々に離れていって、ようやく昨晩、ルィンの気持ちがわかって――。
 僕は大馬鹿者だ。言葉少なでも、ルィンはずっと僕のことを愛してくれていた。気づかずにいた僕が情けないだけ。挙句の果てには悩んでいることにも気づいてあげられなかった。
「……諦めないよ」
 僕はルィンのことが好きだ。ルィンも、僕のことを好きだと言ってくれた。ルィンが僕と別れてどんな道を選択しようとしていたかはわかる。それしか道がないと思い込んでいるルィンに、手を差し伸べられなかった僕がどうしようもなく間抜けだっただけだ。
 だから、今度こそルィンを手放さない。

    ◆

「待ってたよ、姐さん」
「良かったあ、姐さんが戻ってきてくれて」
 馴染みのある声。馴染みのある呼び名。この場所に俺をルィンという名で呼ぶヤツは誰もいない。
「姐さんのマンコがないと落ち着かなくってよお」
「姐さんもオレたちのチンポが恋しかったろ?」
 森の中の、開けているのに湿気ったこの広場は、いつも俺が雄どもの相手をしていた場所だった。雄の数は昨日と同じく二十か三十。それ以上いるかもしれないが、もはや数などどうでもよかった。
 肉棒を屹立させている雄どもに囲まれている中、俺はどっかりと腰を下ろし、仰向けになった。
「へへっ、相変わらずいい体だなあ」
 一匹の雄が、俺の尻尾に跨った。それを皮切りに、他の雄も群がってくる。
 嫌ではない、と何度も自分に言い聞かせた。昔の自分に戻るだけだ。その時と同じように、ただ楽しめばいい。快楽に溺れればいい。それだけで満足していたはずだ。
 ――泣きそうだ。
「レプト……」
 愛しい名を呟いた。
「待てっ!」
 突風。舞い散る木の葉。体の小さな雄は何匹か吹き飛ばされ、大きな雄はもんどりを打って倒れた。
 驚いて起き上がると、凛とした姿で立つレプトの姿があった。まとっていた頼りなさは消失し、俺と――それから他の雄たちの姿を見据えている。
「なんだお前……ああ、姐さんをたぶらかしてたフライゴンってこいつか」
「邪魔すんなよ。せっかくのお楽しみだったのによお」
 血の気の多い雄の一部が、レプトに食って掛かる。
「それは悪かったよ。でも、君たちはお楽しみだって言うけど、ルィンは本当にそう思ってるのかな」
「難癖つけるなよ。オレたちはずっと姐さんの相手になってたんだ。今更お前なんかに奪われてたまるか」
 ゴーリキーがレプトの前に出た。拳を握りしめ、臨戦態勢に入っている。
「喧嘩はやめろ! レプト、もういいんだ。俺は大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ。今のルィン、全然楽しんでるように見えない。嫌なことを無理にする必要なんてないんだよ?」
「おいおいフライゴンさんよお、茶々入れんなや。姐さんはオレたちと何千何万回とヤってるんだ。好きでやってることを邪魔すんなよ」
 レプトが、他の雄たちに囲まれる。このままではレプトがなぶられてしまう。どうすればいいのだろう。皆、気が立っている。
「なら、埒が明かないし決着をつけようよ。ルィンが君たちのものなのか、それとも――僕のものなのか」
 いつになくレプトは饒舌だった。だが、明らかに声は震えていた。当然だ――レプトは今、大立ち回りを演じようとしている。何をしようとしているのかは知らないが、これだけ大勢の雄の前で啖呵を切るのは容易いことじゃない。
「何言ってんだてめえ」
「別に逃げてもいい。君たちの姐さんの前で、そんな情けない姿を見せることができるならね」
 雄たちがざわめく。レプトの態度に気圧されているのだ。そんな中、ゴーリキーが一歩前に出る。
「……いいぜ。受けて立つ。何の勝負だ……!?」
 ざわめきが大きくなった。雄たちは周章狼狽し、一歩下がった。
「決まってるじゃない。よりルィンを幸せにした方が勝ちの、単純明快な勝負だ」
 レプトの股間から、雄々しい一物が覗きだす。屹立した太く長い肉棒は、圧倒的な存在感を持って天を仰ぐ。
「なんだよ、それ……」
 ゴーリキーも、その他大勢の雄も、蒼い顔をしてたじろいだ。あんな一物、見たことがないのだろう。
 なんてヤツだと思った。呆れて思わず笑ってしまうくらいだ。レプトはこの場で俺を犯そうとしている。あの告白のときの激しい交尾を、この場で実践しようとしている。これだけのポケモンの前で己の一物をいきり立たせる胆力とその一物の大きさの前に、もはやレプトに対立していたはずの雄たちはほとんどが戦意喪失していた。
 レプトが、俺の前に立つ。険しい顔のレプトは、何も知らないものが見れば威圧的な迫力を感じ取るだろう。けれども俺にはわかる。レプトは緊張をひた隠しにしている。それを悟られないようにわざとそんな顔つきをしているのだ。
「……来てくれ、レプト」
「うん、挿入れるよ……」
 一瞬、レプトが優しい顔になった。何度も見た、いつものレプトだ。
 大きな一物が、俺の中を掻き分けながらずぶずぶと入っていく。
「レプトっ……」
 最悪な時間になるはずだったのに――レプトが来てくれた。レプトと ――世界で一番好きなポケモンと交尾ができる。
「もっと、奥に……!」
 腹の中にレプトの熱さを感じる。ただでさえ大きな一物が、俺の中でさらに大きさを増していく。
「ルィン!」
 名前を呼ばれるたび、子宮が疼く。レプトの子種を、全身が欲している。始まって間もないのに、体が、脳が、溢れ出る快楽に溺れる。
「れぷ、と、もっと、いっぱい、おれ、の、なかに、゛いっ」
 激しいピストンに揺さぶられながら、レプトを抱きしめる。周りを他の雄たちに囲まれているはずだが、何も見えない。レプトしか見えない。レプトしか感じられない。
「ルィン、好きだ、愛してるっ!」
「俺も、レプっ゛う、と、゛あい、して、゛え」

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 脳天が真っ白に染め上げられて、言葉すらおぼつかない。
 レプト、愛してる。好きだ。これからもっとちゃんと伝える。もっとレプトのことも知るようにする。不機嫌になってもレプトに当たらない。自棄になったり、自分を貶したりもしない。だから――
 ――俺を救い上げて。

    ◆

 互いを絶頂の果てに導くような激しい交尾の末に、僕らは森の中で倒れていた。
 周りを見やっても、あれだけいたはずの雄たちはすでに消えていた。いや――リングマが一匹だけ、僕たちのそばにたたずんでいる。
「……ちゃんと幸せにしろよ、姐さんのこと」
 そう言って、リングマも森の奥へと消えていった。
「はぁ……」
 どっと倦怠感と鈍い痛みが押し寄せる。慣れない啖呵を切り、大勢の前でルィンを犯すなど、普段の僕じゃ考えられないようなことをしたせいで、強い重力に押しつぶされているような疲労感が体を支配していた。
 一か八かの大勝負には勝った。いや――ルィンの名前も知らないような、ただ彼女を性の捌け口にして、淡白な交尾しかできないような雄たちに負けるはずはなかったけれど。僕にしては――よく頑張った。
「レプト……」
 ルィンが目覚めた。疲れた顔をしていたけど、その表情は幾分か晴れやかだった。
「うぐっ」
 頭を強く抱きしめられる。
「ばかやろっ! 心配させんなよ! あいつら血の気が多いんだから、寄ってたかってレプトが虐められるんじゃないかって気が気じゃなかったんだぞ!」
「ごめん、でもああでもしないとルィンを取り戻せないと思ったから」
 腕の力が緩む。顔を上げると――ルィンの目が涙に滲んでいた。
「なあ、今から出かけないか」
 いや、ルィンの目はいつも通りだ。黒曜石にルビーをはめ込んだ、綺麗な眼。涙は――僕の見間違いのようだ。
「……どこに?」
「花畑。ネモフィラの咲いてる、綺麗な場所」
 花冠を俺に作ってくれよ。そう言ってルィンは笑った。




Fin.






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