&color(red){※この小説は偏った性的嗜好をテーマとしております}; 物語の上で(&color(White){おしっこ};)という単語を××××と表しています author:[[macaroni]] <<[[第三話>S・I研究部〜やおいのはなし〜]] ---- ひとは誰しも絶対に知られたくない秘密を持っている。 他人を無理矢理巻き込んで自らの性的嗜好を満たそうというのは、あまりに自分本位な考えである。 だからこそ、自分と同じ嗜好の持ち主との出会いはまさに奇跡であり、大切にしていくべきだ。 もしも自分のフェティシズムを誰かに理解して欲しいならば、怖がらずにこの部室を訪れて欲しい。 老若男女、あらゆるフェティシズムについての悩みを解消する為にこの学園に存在するのが、我々「S・I研究部」、通称フェチ研である。 ---- &size(20){S・I研究部〜聖水のはなし〜}; '''3月10日 カラオケボックス''' カラオケは嫌いだった。 決して忘れていた訳ではなかったが、今日改めて参加してみてはっきりと再確認した。 本当なら一次会の合コンが終わったら帰るつもりでいたのだが、時計を見ると既に深夜の1時を廻っている。 僕はさりげなくため息をついた。 そもそも合コン自体参加するつもりはなかった。 自分など所詮は数合わせに過ぎない事はわかりきっていたし、こんなに地味な男が女の子にモテるはずもない。 それでもこんな僕がカラオケにまで来たのは、あの女の子に惹かれていたからだ。 一次会でじっと隅に座って大人しくしていたタブンネ。 どこかその場に馴染めない様子はまるで自分に似ていた。 心無しか合コンの最中もじっと自分を見つめていた様な気もするが、さすがにそれは自意識過剰かもしれない。 そのためタブンネがカラオケにも参加すると言い出したのは意外だったが、僕としてはもう少し彼女と一緒に過ごしてみたいと思っていたので好都合だった。 しかしいざカラオケに場を移しても彼女は特に歌うでもなく、ただ間の手を打って他の皆が歌っているのを眺めているだけだった。 そして1時を回った今も他のメンバーは飽きる事を知らずに歌い続けている。 僕は眠気と退屈さでほとんど頭の中がぼーっとしていたので、あの娘がカラオケルームから居なくなっていた事に気がつかなかった。 あれ、と思い部屋中を見渡していると、合コンの幹事を務めていたズルッグと目が合った。 彼は口を動かして何やら言っている様だが、カラオケの音量で全く聞こえない。 僕が顔をしかめて聞こえていない事をアピールすると、ズルッグは渋々と言った様子で僕の隣まで移動した。 「おい、ビーダル!あの娘なら部屋の外にいるぞ。行ってこいって」 そう言うと彼は僕の脇の辺りを小突いた。 僕は恥ずかしさのあまり彼の顔を見ることができず、そのままいそいそと部屋を出た。 カラオケルームの中の熱気とは対照的に、廊下は冷房が効いていてひんやりとしている。 左右を見渡すと、タブンネは女子トイレの前の壁にもたれていた。 僕はやや緊張しながら彼女に近づき、話しかけた。 「具合悪いの?」 彼女ははっと視線を上げて、僕の目を見つめた。 そのつぶらな瞳に吸い込まれそうになり、僕は思わず息を飲む。 「ちょっとジュースを飲み過ぎちゃったみたい」 彼女の透き通る様な声はまるでガラスの様に儚く、注意していないとカラオケルームから漏れる騒音にかき消されてしまいそうだった。 まだ幼さの残る顔立ちから、僕は彼女はまだ1年生なのだなと思った。 「でも女子トイレがさっきから空いてなくて・・・困ったな」 彼女は少し舌を出してはにかんでいる。 見ると、彼女は脚を少し閉じた格好で立っていた。 もしかしたら結構危ないのかもしれない。 僕はいつの間にか彼女の為にできる事は無いか考えていた。 しかしさすがに女子トイレの中まで侵入して先客を急かしたりはできない。 「他の階にトイレって無かったっけ」 「ううん・・・女子トイレはこの階だけなの」 「困ったなぁ・・・まさか男子トイレでって訳にはいかないし」 僕は自分にできる渾身のジョークを放った。 言ってからすぐに全く面白くないジョークだと気付いたが、ははは、と笑って誤摩化すしか無かった。 しかし彼女は僕の言葉に少し思案する様子を見せ、やがて恥ずかしげに口を開いた。 「ちょっと我慢できそうにないから、こっそり男子トイレでしちゃおうかな・・・」 え?と僕は聞き返した。 自分の冗談に同調してくれたのだろうかと最初のうちは思っていたが、彼女の顔を見るとどうやらそうではないらしい。 「本当に?」 「うん・・・でも、先輩もついてきてくれますよね?」 『先輩』と呼ばれるのも悪くない。 僕はすっかりその気になって、「ちょっと待って」と言い残し、男子トイレを覗きにいった。 幸い男子トイレは誰も使用者が居なく、立ち小便用の便器が二つと、個室が一つあった。 彼女が立ち小便をしている姿を想像して一瞬胸が熱くなったが、僕はその妄想を頭の中から押し出した。 「大丈夫、今のうちだよ」 僕は彼女を手招きして男子トイレに入れた。 個室のドアを開いて彼女を導くと、「じゃ、じゃあ僕はここで見張っているから」と言って個室に背を向けて立った。 ここで待っているだけでも音は聞こえるんだろうな、などと考えていると、個室から伸びてきた小さな手が僕の腕を掴んできた。 訳がわからないままでいると、彼女はゆっくりと僕の身体を個室に引き込む。 「タブンネちゃん、何を・・・!?」 混乱する頭を必死で整理しようとしている僕をよそに、彼女はゆっくりと便座の上に立ち上がる。 僕はいつの間にか個室の床に前足をつき、タブンネを見上げる格好をとっていた。 (あ・・・) 見てはいけない女の子の大事な部分が見えそうだ、と思った瞬間、僕の顔面に液体がかかった。 それが彼女の××××である事を理解するのにはほとんど時間がかからなかった。 訳がわからないまま××××を浴び続ける僕とは対照的に、彼女は恍惚の表情を浮かべている。 彼女の放尿が終わってもなお、しばらく僕は個室に呆然と座り込んでいた。 ようやく冷静さを取り戻した時、個室には既に彼女の姿は無かった。 ---- '''3月11日 屋上''' 「・・・と、言う訳なんだよ、ボッチ君」 昼休み、購買で手に入れた戦利品を教室に持ち帰っている途中、ボッチは隣のクラスのビーダルに呼び止められた。 ビーダルは一年生の時にボッチと同じクラスだったが、進級してクラスが離れてからはほとんど話をする機会が無かった。 そこへ来てこの話である。 彼の話を要約すると、彼は謎の女の子に××××をかけられたという事になる。 「それで、お前は一体どうしたいんだ。もしかしてそういう趣味に目覚めちまったのか?」 ボッチは購買で買ったパックのモーモーミルクをチューチューとストローで吸った。 これで終わる様な話なら、わざわざ屋上まで呼び出して聞かせる様な話でも無いのではないかとボッチは思った。 「ち、違うよ!僕はひどくショックを受けたし、この話を君にするのだって本当は嫌だったんだけど・・・」 彼は顔を真っ赤にして言った。 「じゃあ何で俺にこの話を?」 パックを握りつぶし、ボッチは聞いた。 「実は・・・そのタブンネが僕の身体に××××を掛けているとき、呼んでいたんだ」 「・・・何を?」 「君の・・・名前をさ」 ボッチは眉間に皺をつくり、明らかに不審そうな顔をした。 「つまりあれか・・・?タブンネちゃんが本当に××××をかけたい相手は俺って事か?そんなこと・・・」 そこまで言いかけた所で、ボッチは言葉を切った。 「・・・ボッチ君?」 彼は口をぽかんと開けたまま何かを必死で思い出している様だった。 急に黙ってしまったボッチを不思議に思い、ビーダルが声を掛ける。 はっ、と我に帰ったボッチは、ゆっくりと立ち上がるとそのまま屋上扉の方へ歩いていった。 その表情は何か心当たりがあるという様子だった。 ビーダルは何も言わず去ろうとするボッチの背中を慌てて追いかけた。 「ちょっと待ってよボッチ君!この話、フェチ研の部室でしちゃだめだよ!」 その言葉を聞いてボッチは立ち止まると、ビーダルを振り返った。 「どういう意味?」 「どういう意味って・・・部室にはやおいちゃんが居るじゃないか」 ビーダルは水タイプは電気タイプに弱いという当たり前の事実を話しているかの様な口調で言った。 しかしボッチにはまだ彼の言っている意味が理解できなかった。 「は・・・?なんでそこにやおいが出てくるんだ?」 「何いってるのさ。だってやおいちゃん、ボッチ君の事・・・」 その時、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。 どうやら思ったより長居をしていたらしい。 「やばっ!次ユンゲラーの化学の授業だった!」 化学のユンゲラー先生は生徒の遅刻には厳しい事で有名だった。 ビーダルは既に2回遅刻していた事を思い出すと、慌てて屋上扉の方へ駆け出していった。 「あ、おい・・・」 「とにかく、君が狙われているって事は内緒だからねっ!」 ビーダルは振り向き様にそう付け足すと、屋上扉を開けて校舎に戻っていった。 屋上にはボッチだけがぽつんと取り残された。 チャイムの余韻がまだ耳に残ったまま、ボッチはあの日の出来事を思い出していた。 ---- '''3月5日 旧校舎3階廊下''' 今日のターゲットはあのミルホッグに決めた。 一年生の校舎ではあまり見かけ無い男だから、もしかしたら先輩なのかもしれない。 いかにもバカそうで、女の子に幻想を抱いていそうなああいう男は特にひっかけやすい。 タブンネは廊下をプラプラとあるいているその男に声を掛けた。 「あのぅ、すみません・・・トイレってどこにあるかご存知ですか?」 彼女は不自然の無い程度にしなをつくり、いかにも純情そうな女の子を演じた。 視線はもちろん上目遣いで、わざとらしくしない様に気をつける。 「あ?トイレならそこの・・・」 ミルホッグは一瞬面倒くさそうな顔をした後、廊下の先の方を指差した。 タブンネはその男の腕を取り、ぐっと身体を寄せた。 「上級生の校舎に来るの初めてで、ちょっと怖いんです・・・一緒に付いてきてくれませんか・・・?」 「えぇ~・・・」 今度は露骨に嫌そうな顔をした。 彼女は少しイラッとしたが、それを顔に出さない様にして「お願いしますぅ~」とさらに強く身体を押し付けた。 ・・・まぁ中にはここまで可愛く誘っても乗ってこない男もいる。 こんなに可愛い女の子に頼まれてその気にならないなんて男としてどうかしているのではないか? しかし、一度トイレまで連れてきてしまえばこっちのもの。 男という生き物は性欲には勝てないのだ。 ミルホッグはしぶしぶという様子で彼女を連れ、トイレまで歩き出した。 その間もタブンネはぴったりと身体を男にくっつける。 今日も獲物を手に入れた。男なんて所詮この程度だ。 ちょっと身体をくねらせて密着させれば何の疑いも無く付いてくる。 表では嫌そうな顔をしているこの男だって、内心ではうれしいに決まっている。 「こんにちは」 廊下の角を曲がって出てきたのは、家庭科のコジョンド先生だ。 彼女は学生の宿題であろうと思われる何冊ものノートを抱え、よろよろと歩いている。 何か言われると面倒なので、タブンネは念のためミルホッグの身体から離れた。 せっかくほとんど誰も通らないこの階のトイレを選んだのに、先生がいては少しやりづらい。 内心では早くどこかへ行って欲しいと思っていた。 ふと、隣を見るとあの男の姿が無い。 あれ、と思い後ろを振り返ると、ミルホッグはコジョンド先生と話をしていた。 「先生、大変そうですね。僕がお手伝いいたしましょう」 「あら、助かるわ」 そしてコジョンドから荷物を受け取ると、彼は先生と一緒に反対方向へ歩き出してしまった。 「せ、先輩!!私と来てくれるんじゃ・・・」 「あ、トイレはすぐそこだから。それより先生、今日もまた美しいですねぇ」 「やだ、ミルホッグ君たら」 2匹はそんなやり取りをかわしながら、角を曲がって消えた。 廊下にはタブンネだけがぽつんと取り残されていた。 ・・・なんという屈辱だろう。 ここまで自分をコケにした男が今までいただろうか。 「あの男・・・絶対に許さない!!」 彼女はミルホッグの容姿をその目にしっかりと焼き付けた。 ---- '''3月11日 部室''' 「・・・黄金の美少女『アモール』?」 フェチ研の部室に居るのはローリーとやおいだ。 ローリーはいつも通り机に座り、やおいは窓枠に腰かけて、脚をぶらぶらとさせている。 「ああ、噂ではそう呼ばれているらしい。種族も学年も不明。彼女の被害に遭った男達はなんらかの手段で口止めされているのか、情報が限られているんだろう」 ローリーは黒い手帳を開いて内容を読み上げている。 「黄金の美少女っていうのはどういう意味なの?」 「その女の子の趣味というのが、実は・・・」 ローリーの話の途中で、部室の扉が開いた。 部室に入ってきたのはボッチだった。 普段は決して見せない様な神妙な表情をしていたので、ローリーもやおいも何事かと互いに顔を見合わせた。 「どうしたのよ、ボッチ。そんな怖い顔しちゃって」 やおいの質問には答えず、彼は黙ってローリーのいる机まで歩いていった。 ボッチの頭の中では昼休みのビーダルとのやり取りが反芻されていた。 おそらくボッチは例のタブンネに会った事がある。 彼女は不自然なくらいボッチに執拗に絡み付いてきた様な覚えがあった。 しかし残念な事に彼女はボッチにとって若すぎた。 だからボッチもタブンネについての情報はほとんど持ち得ていないのと同義である。 この手の話は、ローリーが一番詳しいはずだ。 どうにかしてローリーからタブンネの話を聞き出したかったのだが、今はやおいがこの部屋に居る。 いまいち納得はできていないが、依頼主との約束だ。彼女が居る間はこの話題は避けるしか無い。 とりあえずはいつも通り振る舞う事に決めたボッチは、ローリーの座っている机にもたれかかった。 すると、机の上に置いてある黒い手帳が目に入った。 これはローリーがいつも持ち歩いている学園の「噂」が書き込まれている手帳だ。 ローリー曰く「学園の噂でこの手帳に載っていないことはない」らしいが、どうせ眉唾ものだろうとボッチは睨んでいる。 手帳はあるページで開かれたまま机に置かれていた。 何気なく手帳を覗いた彼は、その内容を見て思わず声を上げていた。 「・・・こいつだ」 ローリーとやおいは「え?」と揃って言った。 「黄金の美少女を知っているのか?」 ボッチはしまった、と思った。 できればこの話はやおいのいない時にしたかったのだが、まさかこんな展開になるとは思っていなかったのだ。 しかしこうなってしまっては仕方ない。 むしろ情報を聞き出す手間が省けて好都合というものだ。 ボッチは開き直ってローリーからタブンネの事を詳しく聞くことにした。 「黄金の美少女?ピンクの美少女の間違いじゃないのか?」 「ピンク、というのは?」ローリーが逆に訪ねる。 「その女の子がタブンネだからだよ。俺もこの前・・・」 『何いってるのさ。だってやおいちゃん、ボッチ君の事・・・』 昼間のビーダルの言葉が頭をよぎり、ボッチはその先の言葉を慌てて飲み込んだ。 「ボッチ?」 「・・・や、ビーダルがそう言ってたんだ」 自分がタブンネに狙われている話は何となく伏せておいた方がいいような気がしたのだ。 幸い2匹はボッチの異変に気付いている様子は無い。 気を取り直し、ボッチは昼間ビーダルから聞かされた話を要約して2匹に話した。 ボッチの話を聞いた後、今度はローリーが知っているアモールの噂について語り始めた。 ローリーの話によると『アモール』と呼ばれているその女性の手口はいつも同じで、ビーダルにしたように狙った男性をまずトイレに誘う事から始まる。 そして男をトイレの前まで一緒に連れて行くと、巧みな話術でそのまま女子トイレの個室まで男を導く。 かわいい女の子に誘い込まれ、嫌でも男の期待は高まり、そうなると男はもう理性を押さえるのは困難になる。 しかし実際にトイレの中で行われるのは情事ではなく、少女の放尿シーンをただ黙って見せられるだけなのだという。 中には放たれた黄金水を自らの口で受けさせられた男もいたという。 そしてその一部始終はあらかじめ少女によって仕掛けられたカメラによって撮影され、その映像を使って男達を口止めするといった具合だ。 「久々にヘビーな内容ね」 話を聞いていたやおいの表情はやや引きつっている。 「ふぅん、それで黄金の美少女か」 しかしなぜ『アモール』というのかとボッチは疑問に思ったが、それについてもローリーはしっかり解説してくれた。 「アモールというのは国民的ゲーム『フライゴン・クエスト』、通称フラクエに出てくる街の名前だが、そこは聖水の産地として有名なんだ」 あまりゲームについては詳しくないボッチだったが、そのゲームの名前くらいは聞いた事がある。 しかし校内で噂になるほど彼女が有名だとは知らなかった。 「タブンネの聖水ねぇ・・・まぁ需要はありそうだけど」 やおいは今回の件にはあまり興味が無さそうだ。 「しかしこのまま彼女の被害に遭う紳士が増えるのは防ぎたいものだな」 男性陣にとっては他人事では無いのか、ローリーもこの件をやや深刻に受け止めているらしい。 ボッチとしてもビーダルが恥を忍んで忠告をしてくれたのだ。なんとしても彼女の暴挙を止めたい。 しかしボッチには具体的な解決策は思いつかなかった。 「早急に我々フェチ研も対応するべきだ」 ローリーがいつになくやる気になっているようだ。 その顔には何やら確信めいたものが浮かんでいる。 「なにか良いアイディアがあるのか、ローリー?」 自信ありげなローリーの顔を見て、ボッチが訪ねた。 ローリーはニヤリ、と口角を上げた。 「ボッチ、君が囮になるんだ」 「囮たって、お前・・・アモールと都合良く遭遇できるとは限らないだろ」 「アモールがこの学校の一年生だということはわかっている。そこでこれを利用するんだ」 そういってローリーが取り出したのは、一年生全クラスの時間割表だった。 「ちょっと、こんな物どうやって手に入れたのよ」 やおいが驚きと呆れの混ざった様な顔で言った。 「一年生のクラスを一つ一つ廻って彼女を探して話しかけるのではあまりに不自然すぎる。いかに偶然を装って彼女に接触するかが問題だ」 そしてローリーは自らの作戦を語り始めた。 そもそも一年生の集団のなかにボッチなどの二年生が混ざっている事自体が不自然である。 狙うなら一年生が自らの教室を離れる時間、つまり移動教室で行われる授業だ。 A組からE組までの時間割には共通している点がある。それは家庭科の授業だ。 一年生の家庭科の授業は必ず5限目に行われる。 月曜日から金曜日まで、毎日AからEのクラスが交代で家庭科の授業を受講しているのだ。 つまり、狙うならば5限目の開始前もしくは終了後、家庭科室とクラスの移動の時間帯を狙えばアモールに遭遇できるというのだ。 このローリーの作戦にはやおいも感嘆の声を上げた。 そして肝心のボッチは、自分がアモールに初めて遭ったのもフェチ研の部室の前をうろついていた時だった事を思い出した。 家庭科室は旧校舎の4階にあり、部室は3階だ。 確かにローリーの作戦はなかなか見事である。 しかし・・・ 「もちろん俺とやおいもボッチの後をつけて、万が一の場合には助けに入れる様にする」 それでは困る、とボッチは思った。 なぜならばボッチはアモールと既に一度接触している。 ビーダルの話から推察すると、もう一度彼女がボッチを狙ってくる可能性は高いとは思うが、再び接触した所を2匹に見られてしまうと初対面ではないことがバレてしまう。 そうするとアモールに会った事がある事を隠した事が不自然になってしまうし、面倒な事になりそうだ。 「なぁローリー、今回の件は俺だけでやらせてくれないか?」 考えたあげく、やはり自分ひとりで解決するしかなさそうだった。 「どうして?この手の問題は皆でやった方が早く解決しそうじゃない」 やおいが不思議そうに言う。 ボッチはどうしても自分だけでやらせて欲しいという気持ちをわかってもらう為に、ローリーに目で訴えかけた。 ローリーはボッチの真剣な眼差しを受け、少しの間思案する様な表情を見せたがやがて小さく頷いた。 「何か勝算があるのか?」 ローリーがボッチに問いかける。 ボッチはホッと胸を撫で下ろしたが、それをやおいに悟られぬ様やや平坦な声で答えた。 「ああ」 もちろんそんなものは無い。 「わかった。今回はボッチに任せよう」 ボッチはローリーに感謝しながら、窓の外の青空を見た。 隠している事を見透かされそうな気がして、やおいの顔は見れなかった。 ---- '''3月12日 旧校舎4階 廊下''' 早速翌日からボッチは5時限目の終了を狙って、旧校舎4階の廊下を徘徊する事にした。 実はボッチはアモールがE組であるのではないかと睨んでいる。 前回アモールに会ったのは5日の金曜日だった。 時間割によると金曜日に家庭科を受講するクラスはE組だ。 授業の終了を告げるチャイムが鳴る。 先ほどの静寂から打って変わって騒がしくなり、家庭科室からはE組の生徒達が思い思いの会話をしながらぞろぞろと不揃いに溢れ出てくる。 ボッチはさりげなく家庭科室に近づき、その人ごみの中から目だけでアモールの姿を探した。 彼女の姿は意外にもあっさりと見つかった。予想通り彼女はE組の生徒だった様だ。 彼女はまだボッチの姿に気付いていない。 ボッチは一年生の流れに構わずずんずんとアモールの方へ近づいていった。 最初から彼は偶然を装うつもりなど無かった。 あの時ビーダルは『アモールがボッチの名前を呼んでいた』と言っていた。 一度会っただけの男の名前を知っているという事は、おそらく彼の事を調べたのだろう。 となればボッチがフェチ研の部長である事も調査済みのはずだ。 フェチ研がどういう部活かを知っているならば、2度も接触することがには何らかの意図があると当然疑ってくるのではないか。 アモールは家庭科室のドアを2、3歩出た辺りで、少し艶のあるそのつぶらな瞳でボッチの姿を捉えた。 彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにその表情を引っ込めて柔らかく微笑んだ。 「あら先輩、偶然ですね」 あまりにも不釣り合いな2匹が会話をしている横を、同級生が興味津々といった様子で通り過ぎていく。 「一体どうしたんですか。私に何か?」 「話があんだ。ここで立ち話ってのも何だから・・・そうだな・・・」 ボッチは廊下の先に向かって親指を立てた。 「3階のトイレなんか、どうだ?」 アモールは瞳を動かさず、口元だけで笑った。 「ええ、是非」 階段を下りて3階に向かう途中、アモールの方から口を開いた。 「まさか先輩から来てくれるとは思いませんでした。今日は放課後に直接フェチ研の部室にお邪魔するつもりだったんですよ」 その言葉にボッチはふぅん、とだけ答える。 彼女は年下とは思えない程落ち着いており、それがタブンネの外観に見合わずさらに不自然に感じる。 おそらくボッチの目的にもある程度気付いているのだろう。 「俺はさ、ある男からの頼みであんたに会いにきたんだ」 ボッチはまだ4階と3階を繋ぐ階段の途中にいるアモールを振り返った。 アモールはくすくすと笑っている。 「大方私のやっている事を止めさせたいとか、そんな所じゃないですか?」 彼女は一段ずつゆっくりと階段を下りる。 柔らかそうな手で階段の手すりを撫でる仕草がやけに大人びている。 「もうどうでもいいんですよ。今までの男も、そしてこれからどんな男にも私は興味はありません」 ボッチよりも一段高い階段で彼女が止まる。 二匹の距離は既に吐息がかかる程近い。 「私が見たいのはあなたの××××だけです・・・ボッチ先輩」 アモールの右手がボッチの腹のあたりに触れた。 瞬間、ボッチの全身に電流の様なものが走る。 「何するん、だ・・・!?」 全身の力が抜けていく様な感覚に、ボッチはその場にがくっと膝を付いてしまった。 体中が麻痺しているみたいだ。拳に力が入らない。 「威力を最小限に絞った電磁波です。安心して下さい、声は出せます。あなたがどんな声で鳴くのか聞けなきゃ意味ないですから」 すっかり崩れ落ちたボッチを引きずって近くの部屋に入ると、アモールはドアを閉めた。 連れてこられたのは薄暗く、ホコリっぽい部屋だ。 明かりと呼べるのは、薄汚れた窓を通過する淡い光だけである。 大人のピジョットが両翼を広げた程度の広さしか無いこの部屋には、分厚い本がびっしりと詰まった本棚以外に物は見当たらない。 どうやら資料室のようだ。 古くなった教科書や参考書を納めておく部屋で、滅多に誰かが訪れる事は無い。 ボッチは部屋のちょうど真ん中辺りまで引きずられると、ひんやりとした床に寝かされた。 いつの間に用意したのか、アモールは何か錠剤の入った小瓶を右手に持っている。 「フェティシズムには詳しい先輩には、これが何だかわかりますよね」 彼女はその小瓶をジャラジャラと音を鳴らしながら揺らした。 「知らん」 ボッチは嘘をついた。 この状況で考えられる物は一つしか無いではないか。 「うふふ、これは『利尿薬』です。効き目は私自身で実証済みです」 「おかしいな。俺が聞いた話ではあんたはぶっかけ専門のはずだったんだが」 「もうその程度では私は満たされないんですよ。さぁ、これを飲んでみっともなくお漏らしする姿を私に見せて下さい」 身動きがとれず、さすがにボッチも焦りを感じていた。 アモールはボッチのお腹に股がり、小瓶のふたを開けて中から錠剤を一粒だけ取り出そうとしている。 しかし彼女は錠剤を取り出すのに苦戦しており、終いには小瓶を取り落とし中身をそこら中にぶちまけてしまった。 「あっ・・・!」 アモールはザラザラと自由奔放に離散する薬を慌ててかき集めようとするも、数が多すぎてどうにも要領を得ない。 彼女は散らばった薬の回収はとりあえず諦め、その場に落ちていた錠剤を一粒拾うと、そのままボッチの口に持っていった。 あと数センチでボッチの口に入るという所だったが、彼女の狙いは外れて薬はボッチの鼻の上にぽとんと落ちた。 ボッチは完全に緊張感を失い、笑いがこみ上げてきた。 「お前、死ぬ程不器用だな・・・」 これは呆れを通り越して関心すらしてしまうレベルである。 彼女は顔を真っ赤に染めて、 「う、うるさいわね!もう一度やるからそこを動かないで!!」 とボッチの鼻の上に落ちた錠剤を拾おうと手を伸ばした。 焦っている為か、それさえもなかなか拾う事ができず、やわらかい手がボッチの鼻をくすぐる。 「ばか・・・くすぐった・・・やめっ・・・」 とうとうボッチは笑い出してしまった。 そのとき、ガチャリという無機質な音が狭い資料室に響き渡った。 2匹は一瞬互いを見つめ合うと、ほとんど同時にドアの方を振り返った。 「え・・・?」 嫌な予感がボッチの脳裏をよぎった。 アモールは慌ててドアの方へ駆け寄り、ノブを捻ったが案の定ドアはぴくりとも動かない。 「おーい、まだ中にポケモンがいますよぉ!!」 ボッチは中から大声で叫んだ。 ドアに体当たりをして無理矢理こじ開けようかとも思ったが、身体がしびれて力が入らない今では到底できそうも無い。 「こりゃぁ・・・本格的にヤバいか?」 「ちょっと!諦めないでなんとかして下さい!」 こうなったのはもともと自分のせいだろう、とボッチは思ったが、半ばパニック状態の彼女には何を言っても無駄そうだった。 とりあえず冷静に状況を確認する。 さっきも言ったが、この資料室は滅多に使用される事は無い。 さらに旧校舎となれば通りかかる者も少ない。 5限目が終了したのは15時なので、完全下校時間まではあと3時間以上はある。 つまり運が悪ければこの部屋に最低3時間は缶詰というわけだ。 「じたばたしてもしょうがない。下校時間に巡回の先生が来るのを待つしか無いな」 ほとんど身動きが取れなかった頃に比べ、痺れは少しずつ無くなってきている様だ。 まだ安定しないが、なんとか立つことはできる。 ボッチはよろよろと立ち上がり適当な場所を見つけ腰を下ろすと、目を瞑って眠ろうとした。 「ちょっと!何で自分だけ寝ようとしてるんですか!」 先ほどまでの冷静さはどこへいったのか、アモールはキャンキャンとまるで子犬の様な声を上げた。 「お前最初と随分キャラが変わったな・・・」 ボッチはふぅとため息を付くと、座ったまま尻を横にずらしてスペースを作り、彼女に座るよう促した。 アモールはしばらく迷った後、ボッチの隣に座った。 「お前さ、何であんな事したわけ?」 あんな事、というのはもちろんビーダルにした様な事だ。 「お前結構かわいいんだから、普通に男と付き合ったりすればいいだろ」 「先輩もフェチ研の部長なら、それができない事くらいわかるでしょ・・・」 その言葉にボッチははっと息を飲んだ。 気がつくと彼女はそのつぶらな瞳から大粒の涙を流していた。 アモールはどうして自分がこんな性癖を持ってしまったのか、その理由をぽつりぽつりと語り始めた。 アモールの両親は共働きで、幼い頃は親戚の家に預けられることも少なくなかった。 親戚の叔父は優しかったが、彼には変わった趣味があった。 彼は女の子の排尿する姿をこの上なく愛しており、当然アモールにもそれを強要した。 最初は嫌悪感を感じていた彼女だったが、そうすることでいつも優しくしてくれる叔父が喜んでくれる事に快さを感じる様になっていたのだ。 やがて彼女の興味は叔父以外の男性にも向かった。 ただ自分の××××を男に見せつけるだけでは物足りなさを感じた彼女は、徐々にエスカレートしていってしまい、ついには利尿剤にまで手をだしてしまったらしい。 「普通じゃないことくらいわかってます。でも、どうしてもやめられなくて」 アモールはボッチの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。 「こんな変な趣味をもった女なんか、きっとだれも相手にしてくれないよぉ・・・」 終いにはわぁわぁと泣き出してしまった。 ボッチはどうすることもできず、まだ痺れの残る左腕でアモールを抱き寄せた。 しばらくそうしていると彼女は泣き疲れたのか、そのままボッチに抱かれる様な格好ですやすやと寝息を立てて眠ってしまった。 どれくらいの時間そうしていたのだろうか。 いつの間にかボッチも眠ってしまっていた様だ。 彼が目を覚ましたのは、廊下から声が聞こえた気がしたからだ。 「・・・ブンネさん!!」 今度ははっきりとコジョンド先生の声が聞こえた。 先生はどうやらアモールを探している。 「タブンネさん!どこにいるんですかー?」 「先生!ここです、資料室の中です!!」 ボッチは出せる限りの声を絞って助けを求めた。 「まぁ、ミルホッグ君、どうしてこんな中に・・・」 そう言いながら先生はドアノブをがちゃがちゃと捻り、状況を理解した様だ。 「ちょっと待ってちょうだい!今すぐ職員室から鍵をもってくるわ!」 先生の足音が遠ざかっていく。 「私たち、助かるんですね」 ボッチの声で目を覚ましたのか、アモールが目を擦っている。 「ああ」 ボッチの身体の痺れもずいぶん収まった様だ。 散々な目に遭ったが、ようやくそれからも解放されそうだ。 ようやくこの薄暗い部屋から抜け出せることにほっと一息ついた後、ボッチはアモールを起こそうと手を伸ばした。 しかし、彼女は俯いてじっとしている。立ち上がる気配がない。 「どうした?」 「・・・××××行きたい」 ボッチは自分の身体からさっと血の気が引くのを感じた。 「もうすぐ先生が来るんだ。ガマンできないのか?」 「そんなこと言われても・・・もう、無理みたいだし・・・」 アモールはもじもじと脚をくねらせ、全身を小刻みに震わせて尿意を堪えていた。 ボッチは慌てて部屋の中を見渡し、なにか入れ物になりそうな物を探したが、残念ながらそれらしい物は見つからなかった。 「しょうがないから、この隅っこに出しちまえよ」 「え、やだよ・・・」 「こんな状況なんだ。別に誰も責めたりしないだろ」 「やだ・・・こんなところでしたら、あとから何を言われるか・・・」 2匹はわあわあと言い争った。 頬を赤らめて恥じらいをみせるアモールに、さすがにボッチも声を荒げる。 時間が経てば経つ程決断は厳しくなる一方だ。 覚悟を決めるしか無い。 「・・・んでやる」 「えっ」 半ばパニック状態に陥っているアモールは、ボッチの言葉が聞き取れなかった。 ボッチはもう一度大きく息を吸い込んで、言った。 「俺が・・・俺が飲んでやる。お前の、その・・・お、ぉ××××をだよ!」 アモールの顔がゆっくりと赤く染まっていく。 ボッチ自身も自分の体温が上昇しているのを感じていた。 「な、何言ってるのよ!この変態!!」 ヒステリー気味な声を出してアモールは後ずさった。 こんな時ばかり純情な少女になられても困る。 「お前に言われたかねぇよ!俺だって本当は嫌なんだからな!!」 この状況で言い争っていてもなんの解決にはならない事は両者とも自覚していた。 しかしアモールはまだ迷っている様だ。 もじもじと脚をくねらせて尿意を我慢しているが、限界はそう遠くないことが伺える。 「ほら、早くしろ!先生が来る前に済ませるんだ」 こうしている間にも既に彼女の胯の間から金色の雫がポタポタと垂れ、脚を伝っている。 ボッチは床に腰を下ろすと上を向いて顎を突き出し、彼女に向かって口を大きく開けた。 「ね、ねぇ!ちゃんと目ぇつぶってよ」 「はぁ!?お前今まで何回も男に見せてるんだろ?何を今更・・・」 「だって・・・自分から飲みたいなんて言われた事ないもの」 「ば、ばか!俺は飲みたいなんて一言も言って・・・」 バン!!! 「ごめんなさい、2匹とも!!遅くな・・・って・・・」 数時間閉ざされたままだった資料室の扉がついに開け放たれ、薄暗い部屋の中に黄昏時の光が差し込んできた。 資料室には、ひざまずいて大口をあけているミルホッグと、その顔面に向かって聖水を振りかけようとしているタブンネの姿があった。 コジョンド先生の悲鳴と、アモールの声にならない声に挟まれ、ボッチはかつて無い絶望を味わったのだった。 結局アモールは急いでトイレに駆け込み、間一髪間に合ったようだった。 一方のボッチはコジョンド先生に生徒指導室まで連行され、資料室で何をしていたのか根掘り葉掘り聞かれる事となった。 最終的には尿意を我慢できなくなった彼女を助けるため仕方なくやった行為だという事で納得してもらえたが、罰として1週間アモールと2匹で家庭科室の掃除を命じられた。 ---- '''3月17日 部室''' アモールとボッチの噂はあっという間に校内に広まっていた。 全くこういう話題はどうやって広まるのか、一度本格的に調査した方が良いのではないかとボッチは思った。 「すっかり有名人になったな」 放課後、廊下にできたポケモンの群れを掻き分けてローリーが部室に入ってきた。 「迷惑な話だよ・・・これじゃ真面目に授業さえ受けられない」 ボッチはさもウンザリした様子で答えた。 「最近クラスに顔を出さず部室に入り浸っているのもそのせいか」 ボッチは以前にも増して授業の出席日数が減ってしまった。 このままでは進級できるのか心配になるほどである。 「で、どうしてこの子がいるのよ」 やおいは先ほどからずっとボッチの隣にくっついているアモールを冷ややかな目で見ながら言った。 「あれ、やおい先輩灼いてるんですか?」 アモールはあの日以来、頻繁にフェチ研の部室に姿を現す様になった。 その代わりもう二度と男性をつかまえてあんな事はしないと約束させたので、やおいも渋々納得していたが、ここまでボッチにベタベタされると気分が悪い。 やおいは資料室での一件を聞き、さらにアモールと面識があった事をボッチが隠していた事実に少なからずショックを受けた。 しかしやおいはボッチの性格を良く知っているつもりだ。 今回も彼のひとの好さが招いた事故だと内心ではわかってもいる。 そうやって何度も自分に言い聞かせてはみるものの、なかなか受け入れられずに苛立ちを感じていた。 「アモール、少し離れてくれ・・・暑い」 ボッチが自分の腕のあたりに密着しているアモールを無理矢理引きはがすと、彼女は「あん」と猫なで声を出して離れた。 「あ、先輩!そろそろ家庭科室掃除の時間ですよぉ」 罰である家庭科室掃除は毎日16時からと決まっていた。 面倒くさそうにしぶしぶ席を離れたボッチのあとを、アモールが軽快な足取りで追いかけていく。 やおいはその2匹を恨めしげに見送った。 部室を出る直前にアモールが勝ち誇った様な笑みでやおいを見返した様に思えたが、気のせいだったかもしれない。 やおいはいつもの定位置である窓を乱暴に開け放ち、その窓枠に腰を掛けると、グラウンドに向かって大きなため息を付いた。 「荒れてるな、姐さん」 そんなやおいの様子を見てローリーが心配したのか、窓の方に歩み寄ってきた。 「ボッチがアモールと一緒に居ると嫌なのか?」 ローリーはこんな時には遠回りなんかせず、必ず直球でぶつかってくる。 変に気を使われるよりはそっちの方が今のやおいにはありがたかった。 「別に・・・そんなんじゃないけど」 しかしやおい自身、まだ自分の気持ちをうまく整理できずにいた。 彼女は自分がボッチに惹かれている事をもう無視できないところまで来ている。 では一体自分はどうしたいのか。 ボッチと付き合いたいのか、それともただボッチに自分の気持ちを伝えたいのか。 もう何度となく繰り返した自分への問いかけだ。 当然今回も答えは出そうにない。 「ねぇローリー・・・私たち、ずっと一緒にいられないのかな?このまま変わらずに、さ」 やおいはそこでようやく振り返り、ローリーの顔をまっすぐ見つめた。 彼女の目は僅かに濡れている。 ローリーは彼女の視線から逃げる様にして目を反らすと、はっきりと答えた。 「やおいがこのままがいいというなら、俺は変わらずにいる。もちろん、ボッチもだ」 ローリーはそのままやおいには視線は戻さず、そっと彼女の元を離れた。 そして彼は元居た机に座り、鞄から文庫本を取り出して読み始めた。 ボッチとアモールが掃除に向かってから、既に1時間が経過していた。 いつもなら30分程度で掃除を終えて帰ってくるはずだが、今日はまだ帰ってこない。 今日は部活の更新手続きの書類を提出しなければならないのに、一体ボッチは何をしているのか。 やおいは用紙と時計を何度も交互ににらめっこしていた。 言葉にはしないが、彼女の苛立ちは態度にあらわれている。 「そんなに気になるなら、見に行ったらどうだ」 ローリーは読みふけっていた文庫本から視線を外し、やおいを見た。 声をかけられた事に少し戸惑ったあと、やおいはあくまで渋々といった態度で言った。 「わかった、ちょっと行ってくる。別にあの2匹が何をしてようとぜんっぜん興味無いけどね」 ガタガタと乱暴に椅子を引いて立ち上がり、彼女はいそいそと部室から出て行った。 部室にただ1匹になったローリーは、そんなやおいの後ろ姿を見送って小さく笑った。 「これじゃ俺もボッチの事言えないな」 だんだんと自分もボッチに似てきたのだろうか、などと考えながら、ローリーは再び文庫本を読み始めた。 誰かを好きになってしまうと、その感情を自分の中だけに溜め込んでしまうのは限界がある。 もしかしたらローリーは自分がボッチに抱いている感情に気付いているのかもしれないとやおいは思った。 そして彼女がその事で苦しんでいる事を知って、その苦しみをどうにか和らげようとしてくれている。 きっとローリーなら、やおいの相談にも乗ってくれるだろう。 しかし彼女にはどうしてもそれができなかった。 やはり自分の気持ちを最初に伝えるのは、本人じゃなければダメだという想いが強かった。 駆け足で部室を出てきたが、気がつくとその足取りは重くなっている。 とぼとぼと階段を上り、廊下の先に家庭科室が見えた。 扉は開いており、廊下に明かりが漏れている。 とにかく今はこの気持ちは忘れよう。 やおいは自分に強く言い聞かせ、ボッチに会ったら思い切り怒ってやろうと思った。 だが家庭科室に今まさに入ろうとしたとき、衝撃的な台詞が耳に入ってきた。 「先輩には好きなひと、いるんですか」 やおいは反射的にロッカーとドアの僅かな隙間に慌てて身を隠すと、そこで息をひそめた。 (バカ・・・なんでこんな所に隠れるのよ・・・!) 無意識だったとはいえ、彼女は自分の行動を後悔した。 2匹に聞こえてしまうのではないかという程大きな音で心音が聞こえる。 「どうしてそんなこと聞くんだ」 ボッチの落ち着いた声が聞こえる。 ここからでは2匹の顔は見えない。 ボッチはどんな顔をしているのだろう。 「先輩を見てて思うんです。先輩には何となく好きなひとがいるんじゃないかなって・・・そしてそれが」 アモールは一瞬言葉を切り、「私じゃない事も」と続けた このまま2匹の会話を盗み聞きするのはいけないと頭ではわかっているのだが、まるで自分の物ではなくなってしまった様にその場を動く事ができない。 このまま2匹の会話を盗み聞きするのはいけないと頭ではわかっているのだが、まるで身体が自分の物ではなくなってしまった様にその場を動く事ができない。 心臓はどくどくと跳ね馬のように脈を打ち続けている。 「私は先輩が好きです」 家庭科室の空気が一瞬にして重苦しくなるのを感じた。 沈黙が流れる。 「ありがとう」 ボッチはそれだけ言うと、また2匹とも黙ってしまった。 「さぁ、掃除道具かたづけっぞ」 「・・・はい」 重苦しい空気をかき消す様に、ボッチがガチャガチャと音を立てて掃除道具を片付け始めた。 ボッチの恋愛の話なんて、できれば聞きたくない。特に自分がこんな精神状態のときには。 ようやく胸の鼓動も収まってきたので、やおいは隙を見て家庭科室を抜け出そうとしたときだった。 「いるよ」 「えっ?」 やおいは、それが先ほどの質問の答えである事に気付くまで時間がかかった。 それはアモールにとっても同じ様で、彼女の頓狂な声が聞こえた。 「そのひとの事がずっと気になって頭から離れないんだ。それが『好き』っていう感情なのかよくわからないけどさ」 「そう・・・なんですか」 そこから先は何も言わず、アモールは家庭科室を出て行った。 去り際にドアの影から覗き見た彼女の瞳には涙が浮かんでいた様に見えた。 ボッチは苦笑を浮かべて「まいったな」とつぶやくと、最後にちりとりを片付けて家庭科室を後にした。 ドアの影に隠れていたやおいは、誰もいなくなった後もしばらくは動けなかった。 ---- &size(20){あとがき}; こんなにキャラクター設定に悩んだのは、アモールちゃんが初めてですw 彼女を構成する最後の決めてとなったのはタブンネの夢特性「ぶきよう」でした。 そして苦労した甲斐もあってようやく一番描きたかった最後のボッチの「告白」シーンを書く事ができました! これで物語も終盤へ向かう事になります。まだもう少しだけボッチ達にお付き合いください・・・。 読んで頂きありがとうございました! P.S. 途中から××××と表現し直したのは、何か書いてて恥ずかしくなったからですww #pcomment(フェチ研4コメントログ,10,)