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Reach For The Sky 8 ‐大切な友‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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前回のあらすじ
砂漠で希龍と逸れてしまったものの、無事に目的地であるミクスウォータに辿り着いた斬空とロイス。逸れた希龍が生きていると信じ、そして彼もこの地に辿り着くと信じ、二人は待つ事に。だが、そこに現れたのは希龍ではなくドクの一行。隠れている二人が追い詰められた状況の中、ロイスを守る為に戦う決意を固めた斬空はドク達の前に飛び出したのだった……。
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&color(red){※流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。};

''Episode 9 大切な友''

 荒廃したミクスウォータの町に砕ける瓦礫の音が鳴り響く。周辺を捜索していたドラピオンのドク達が音のした方向に揃って目を向けると、そこには瓦礫を派手に砕いて登場したエアームドの斬空の姿があった。砕け散った破片は彼の立つ穴だらけの檀上で踊り、数回跳ねた後に動きを止める。間髪入れずに寂れた大通りを槍のような視線が貫き、互いの瞳に刺さる鋭い睨み合いが中央で交錯した。そして、その様子をグラエナのロイスは瓦礫の中で震えながら見守っていた。

(そ、それって……それって俺を守る為に……)

 斬空がロイスに残した何があっても隠れていろと言う強い指示。その真意を悟ったロイスは、驚いた表情で飛び出した斬空の背中に目を合わせていた。ロイスは前足の先に並ぶ爪を地面に立て、守られるだけしかない自分に対する悔しさは爪を介し傷となって地に現れる。悔しいけれど、見るからに強そうなドラピオンを前に彼は不安や恐怖で一杯だった。
 ロイスは戦闘の経験も無ければ体を鍛えていた訳でもなかった。強者が並ぶ戦場と化した通りに出たら確実に殺される。その恐怖は彼の震える足に絡みつく。戦っている訳でもないのに彼は歯を食い縛り、無力で守られるだけの自分と死に対する恐怖が心の中でぶつかり合っていた。例え指示とは言え、恐怖に負けて何も出来ない彼は……強く瞼を降ろし、悔しそうに顔を歪めながら俯く事しか出来なかった。

(斬空さん……ごめん)

 一方、斬空は無言のままドクから目を離さずにいた。一対三。勝算の乏しい状況にも彼は怯える所か、一つとして動じる事なくドク達を睨み返す。風は駆け、地を這う砂粒は逃げるように転がる。その様はまるで嵐の前の静けさ。鼓動の一つをも封じるような緊張は波紋のように広がっていく。ドクを睨み続けていた斬空は足の爪を地面に突き立て、畳んでいた翼を半分程開いて身構えると、刃物の如き眼差しを崩さずに嘴を開いた。

「なぜお前らがここに居る? あの時洞窟は譲った筈だ。それに……なぜ俺達を付け狙う?」

「黙れ。てめぇに用は無い。用があるのは連れのコモルーだ。居場所を教えろ」

 ドクの口から出てきた冷たい棘だらけの言葉に斬空は僅かに目を開いたが、それは直ぐに元の鋭さを取り戻した。一時の沈黙を経て、再び斬空は嘴を割る。

「なぜあいつを狙う? お前らにあいつは関係無いだろ? それに……居場所は俺が知りたいくらいだ」

 殺意に満ちたドクと仲間の視線が噛み付くように集中するにも拘らず、斬空が冷静さを欠く事はなかった。そんな彼が並べた言葉にドクは両腕の爪や足に力を込め、一度舌打ちすると足を一歩前に踏み出す。

「ふざけるな! 俺達はなんとしてもあのコモルーを捕えなきゃならねぇんだよ! とっとと奴の居場所を吐け!」

「何を言われようが俺は知らない。さっきも言ったように俺が知りたいくらいだからな」

 不自然なくらいに苛立ち、怒鳴り声をばら撒くドクに斬空は淡々と言葉を羅列していく。ただ、彼はドクがなぜコモルーの希龍を狙うのかが理解出来なかった。ドク達と初めて出会い、そこで一触即発の状況になった時に希龍は確かに喧嘩腰だったが、たったそれだけの理由で因縁を付けられるとは考え難かった。斬空は相手の動きに注意を払いつつ、ドク達が希龍を狙う理由に頭を捻る。

「いい加減に言え! あのコモルーと引き換えなんだよ!」

 痺れを切らしたドクは横に大きく裂けた大口を一杯に開き、前のめりになりながら怒鳴った。そんな彼の発言に斬空は表情を変える。

「引き換え? 一体どういう事だ?」

「だからてめぇに関係はねぇ! 殺されたくなきゃ居場所を教えろ! カス野郎!」

「だからさっきから言ってるだろ! 俺だってあいつの居場所は知らない……それに、もし知っていたとしても俺は仲間を売るような真似は嫌いだ。悪いが諦めろ」

 どんな状況下でも冷静さを失わないでいる斬空とは対照的に、ドクとその仲間であるハブネークとザングース達は怒りと表現するべきか、それとも憎しみと表現するべきか……恐ろしい形相で斬空を睨んでくる。命の一つなど簡単に圧し折ってしまうようなその気迫は容赦なく斬空に浴びせられ、天海に浮かぶ太陽もその気迫に怯えるかの様に茶色に霞む。
 と、その時だった。力を込めた二本の長い爪を震わせながらドクの後ろで身構えていたザングースが大地を強く蹴った。「迂闊に突っ込むな!」と言うドクの言葉も追い付かず、彼は跳躍時の反動で飛び散る小石やドク達を背に、爪の並ぶ腕も地に付けて四足で斬空に駆け向かっていく。

「言う気がねぇなら用はねぇ! くたばれ!」

 突如切り落とされた戦いの火蓋。そしてみるみる加速しながら砂を巻き上げ、高速で接近してくるザングース。その動きを両目でしっかりと捉える斬空は表情を一層険しいものへと変えると、刀のような翼を大きく開いた。その瞬間、ザングースは再び跳躍すると空中で体を捻り体勢を整え、右前足を振りかぶって斬空目掛けて飛び込む。一方、斬空の瞳は迫るザングースの姿を映しながら、彼は慌てる様子もなく素早く左翼を顔の前に持ってくる。
 刹那、翼と爪は激突した。空気は震え、痛烈な音が寂れた大通りを貫く。火花すら散りそうな勢いで激突した衝撃はそのまま二人の体に注ぎ、その中でも両者とも互いの瞳から目を離さなかった。
 攻撃を硬い翼で防御され、勢いを失ったザングースの体は直ぐに宙から地に下がり、彼は斬空の目の前に着地する。双方この瞬間を狙っていたのか、斬空は即座に空いている右翼で水平に斬り掛かり、着地の衝撃を利用して姿勢を低くしたザングースは左の爪で下から斬り掛かった。
 二度目の激突音は相対する二人の耳にも強く響く。それがドク達の耳に飛び込んだ頃には、既に攻防戦は次へと駒を進めていた。低姿勢からの斬り上げと同時に右腕を引いていたザングースは目にも留まらぬ速さでそれを斬空の懐に向けて突き出す。彼の方が素早さで勝ったのか、目を見開いた斬空の懐に彼の突きによる“ブレイククロー”は吸い込まれていった。

「……!!」

 防御、回避、反撃。過る選択肢に一瞬の迷いが生じてしまい、それは斬空にとって致命的な隙だった。防御の判断を下し、咄嗟に繰り出した“鋼の翼”で相殺しようとしたが、それよりも速くザングースの爪は彼の胸を襲ったのだ。
 早くも勝敗は決まったか。援護の攻撃を仕掛けようとしていたドクだったが、三度流れた耳に響く音と仰け反る斬空の姿に彼は踏み出していた足を止めた。相性こそ悪いが、突き出された強烈な“ブレイククロー”の一撃を受け、突き飛ばされた後に斬空は倒れ込む。転倒と同時に砂埃は舞い上がり、荒れた石畳が彼の肌を擦っていく。そんな彼の姿を瓦礫の中に身を潜めるロイスは震えながら見守っていた。

(あ! 斬空さん……!)

 素早い身の熟しにより放たれた一撃に倒れた斬空を目にしたロイスは、恐怖で震える足を踏み出そうとする。けれど彼の足は寸前で石柱の如くと固まってしまった。

――いいか、何があっても戦闘中はここから出るな。ずっと息を殺して身を潜めているんだ。分かったな?――

 決意に満ちた背中と共に斬空が口に残したその言葉。それをロイスは俄かに思い出す。助けたい、いや、それ以上に助けなければならない。そんな強い気持ちが彼の足を前へと突き出そうとする。だが、頼りがいのある斬空は何があってもここから出るなと指示を残した。また、例え飛び出した所で、戦いの経験も無ければ体を鍛えていた訳でもない彼では何一つとして役に立てないのは明瞭な事。頼りにならない自分の現実と、斬空が残した指示が震える彼の足を掴んで離さない。普段の明るいロイスは何処かに消え、今の彼は何も出来ない自分の情けなさを悔やみ、そして脅えながら身を隠すだけだった。
 舞い上がる土埃がまだ薄らと残る中、突きの一撃を受けた斬空は地面に倒れていた。素早く強烈な攻撃を胸部に受け、頑丈な皮膚を持つ彼でもその痛みはしっかりと脳に伝わってくる。

「く……」

 下嘴に並ぶ歯を覗かせ、長時間横倒れになっていた斬空がザングースを見ると、彼は追い打ちを掛けるべく走り出そうとしていた。這い蹲るように姿勢を低くし、腕とも前足とも言えるそれを地面に着けた彼は、瓦礫の転がる地面を蹴って飛び出す。躍出した彼の体は風を切る勢いで進み、一気に斬空との間合いを縮めていく。そんな彼を斬空は起き上がろうとしながら鋭く睨んでいた。
 もはや斬空もこれまでか。ドクがザングースを援護するまでも無く戦いに終止符が打たれたかに見えた。しかし、ザングースの爪が――繰り出していた“ブレイククロー”が斬空を襲うとしたその瞬間。ザングースの視界から斬空の姿が消えたのだった。

「……!?」

 突然視界から消えた標的。彼の繰り出した“ブレイククロー”は空を切り、風切り音だけが虚しく響いた。彼は状況を飲み込むより前に先ずは空振りで崩れた体勢を立て直そうとしていたが、虚しい風切り音が響いたその耳に、空かさずドクの大声が飛び込んでくる。

「グース! 上だ!」

「え!?」

 絡まるような慣性により前屈みになっていたザングースは真上を向こうとする。だが、その時既に彼の真上には茶色の空を背にした斬空の姿があった。彼はザングースの追撃が当たるその瞬間に、上空に逃げていたのだ。それも通常のエアームドでは考えられない移動速度で。瞬間的にザングースの真上を奪い、勢いに任せた挙句に隙だらけとなった彼の背中に斬空は空かさず嘴の先端を向けた。何時になく鋭い視線の矛先も彼に向け、斬空は翼を畳むと一気に急降下を始める……体に高速の回転を加えて。
 重力を味方に付け、尋常ならざる速度で急降下する斬空が繰り出した“ドリル嘴”。重力を敵に回したザングースがそれを避けられる筈も無かった。瞬く間に形勢は逆転。ザングースが上を向く前に高速回転する斬空の嘴が背中を襲う。悲鳴すら掻き消す轟音が唸り、衝撃によって地面はひび割れ、土埃が一斉に舞い上がった。

「グース!」

 ザングースの名前を叫ぶドク達の前方では衝撃で舞い上がった土煙が周囲を多い、交戦していた二人の姿を隠蔽する。その量からして、斬空の攻撃が相当な威力だったのは言うまでも無かった。……それも直撃。煙る土埃の塊を睨みながら、ドクの頬を一筋の汗が走った。
 吹き抜ける風によって土埃が流れ始める。その瞬間、逆転による勝利を収めた斬空が土埃を切って飛び出してきた。煙の尾を引きながら、彼はドク達からある程度距離を取った所に素早く着地する。本来銀に輝く彼の嘴の先端は真紅に染まり、それは一滴ずつ地に垂れていく。普段の態度からは想像も付かない程、躊躇を見せずに命を奪った斬空。しかし、一戦交えた後はさすがに体力が消耗していた。乾いた土と湿った血の臭気が淀む中、彼は少し荒い息遣いでドク達を睨む。返り血を浴びて恐ろしい形相となった彼も決して命を奪う事が決して好きではない。だが、やらなければ自分がやられる状況、そしてロイスを守る為の決意から彼は情を捨てて戦ったのだった。

(“ブレイククロー”を受けて倒れたあの時、直ぐに起き上がらなかったのは密かに“高速移動”を繰り出す準備をする為だったのか。それでグースの攻撃が当たる寸前で“高速移動”を繰り出して素早く回避、そして空かさず反撃の“ドリル嘴”……こいつ、強いな)

 睨み付けてくる斬空を倍の鋭さで睨み返しながら、ドクは不利な状況をも利用した斬空の戦法を早くも見抜いていた。冷静に敵――斬空を分析するドクの傍らで、胴に包帯を巻いているハブネークは目を見開いていた。土煙が晴れて見えたザングースの無残な姿。背中に強烈な“ドリル嘴”の一撃を受け、抉れた傷口からは大量の血が溢れるように流れている。助かる見込みは……まるでなかった。

「て、てめぇ! よくもグースを! 許さねぇ!」

 長い牙を威嚇するように覗かせ、ハブネークはまだ完治していない傷口の痛みも忘れて飛び出そうとする。
 出会った当初は犬猿の仲だったが、ドクと言う共通のリーダーの元で過ごす中で時に喧嘩し、時に助け合って次第に互いを認めていき、今では背中を預けられる程の信頼関係がハブネークとザングースにはあった。そんな相棒とも言える者が目の前で殺されたのだ。どんな理由があろうと、ハブネークは斬空を許せないのであった。
 激情し、怒鳴り散らし、我を忘れて飛び出そうとするハブネーク。だが、寸での所で彼の眼前にドクが長い腕を突き出す。

「待て&ruby(おろち){大蛇};。お前は負傷してる。無理に動けば傷口が開くぞ。あいつは……俺が殺す」

「ドクさん……」

 表情を曇らせたハブネークを見る事なく、ドクは返り血を浴びた斬空を睨みながらそう言ったのだった。ザングースとの戦いには勝利したが、強烈な“ブレイククロー”の一撃を既に受けている斬空はその痛みを堪え、荒れる息を整えながら彼等を睨んでいた。まだ温かさすら感じる返り血を拭う余裕などなく、戦えないロイスを守る為にも彼は細くも強靭な足を開いて身構える。
 生温かな血の感触は殺しの罪悪感を斬空に与えていた。止むを得ない戦闘、そして死ではあったが、命を奪った現実が彼を咎める。彼は表情にこそ現さないが、少なからず殺しの感触に動揺していたのだった。

「覚悟しろよ。てめぇを地獄に送ってやるからな」

「…………」

 罪意識に揺れていた斬空の耳にドクの低い声が轟いた。殺意を剥き出しにしたその声に彼は咄嗟に構えを直す。それとほぼ同時に第二ラウンドは始まった。
 ドクは長い腕を素早く曲げてそれを体に装着しているポーチへと伸ばす。一方、その場に留まりドクの動きを見ていた斬空は、素早く翼を広げるとそれを羽ばたかせ、一先ず上空に飛び上がった。しかしドクは先の戦闘から斬空を分析し、彼が飛び上がるのをドクは読んでいた。
 斬空が翼を広げた瞬間に彼の未来位置を予測し、そこに向かってドクはポーチに忍ばせていた幾本もの鉄の棘を持てるだけ持つと一斉に投げたのだ。

「くっ!」

 一手先を読んだドクが放った幾本もの鉄の棘は鋭きその先端に斬空の姿を捉え、彼に向かって一直線に風を貫く。だが、先の戦闘で積んで置いた“高速移動”の効力がまだ残っているのが功を奏した。普段より若干だが素早い彼は迫りくる鉄の棘を素早く横移動する事でぎりぎり回避すると、直ぐに体勢を直してドクに向かって飛び出す。刃の如き翼は風を切り、硬いそれを斬空はさらに硬化させると、“鋼の翼”を繰り出して加速しながらドクに向かっていく。
 攻撃が届くまで後三秒か……二秒か。その僅かな時間の中でドクは足を広げると、長い腕を組んで防御の構えをとった。警戒しつつも行けると踏んだ斬空は、急降下から一度羽ばたき、地面を舐めるような水平飛行に移る。視界を流れて行く町並みの中、持前の視力でドクをしっかりと捉えた彼は一直線に飛んだ。

「…………」

「…………」

 両者無言の中、斬空はドクと擦れ違う瞬間に“鋼の翼”により硬化した翼でドクに斬り掛かる。激突した翼と爪が高い衝突音を奏で、擦れ違い様に互いの鋭い視線もぶつかりあう。ドクが爪で斬空の攻撃を防御したのも束の間。斬空は地に足を付けて素早く勢いを殺すと、方向転換と同時に跳躍してドクの背中に鋭い翼を振り下ろす。だが、ドクも無意味に背中を晒していた訳ではなかった。振り下ろされた鋭翼を尻尾の爪で受け止め、空かさず頭部を180度回転。着地した斬空にカウンターの如く両腕の爪で攻撃する。
 見事に攻撃を見切られ、左右から迫る反撃の一手。片方の翼は尻尾の爪に受け止められていて使えず、斬空は防御を捨てて回避に転じた。素早く身を屈め、まるで鋏のように両側から水平に切り掛かってくるドクの攻撃を彼は寸前で避ける。続いて彼は低姿勢のまま地を蹴り、振り切った長い腕の下――ドクの側方を飛び込むように通過する。そして空かさず彼は方向転換して体をドクに向けた。今は無防備なドクの前面を奪った彼は素早く“鋼の翼”の繰り出すと刀のような翼を切り上げる。無理な体勢からだったので踏ん張りが利かず、威力も低く狙いも正確では無かったが、ドクの体に一本の赤い線が下から上に走った。先制で傷を与える事に成功した斬空は翼を切り上げた勢いを利用してドクの頭上を、弧を描くように飛び越え、着地と共に左足を軸に反時計回りに回転。彼は“水平斬り”を繰り出して再びドクに斬り掛かった。一方ドクは彼の動きを追って体ごと振り返る。

「チッ、ちょこまか……くっ!」

 防御に定評があるエアームドとは似て非なる素早い動きで、翻弄するような戦闘のスタイルを持つ斬空に向かってドクが吐いたその言葉をも彼の技は切り裂き、ドクに暇を与えない。素早く斬り掛かってくる“水平斬り”……それも首元を狙ってくるその一撃をドクは寸前で左腕の爪で防ぐと、右腕を一度振り上げてからそれを斬空目掛けて振り下ろす。隙を償っても余りある力で振り下ろされるドクの腕――そしてその先端に並ぶ爪の動きを斬空は鋭い目付きでしっかりと見切ると、軽くバックステップして攻撃範囲の外に逃れる。回避されて空ぶったドクの腕はそのまま勢いに任せて石畳を砕き、爪はそこにめり込んでいた。
 バックステップにより二人の間に中途半端な間合いが生まれ、ほんの一瞬だけ互いの動きが止まったが、一息吐くより早く両者とも行動に出た。連戦の疲労を堪えながら斬空は空気で敵を切り裂く“エアカッター”を繰り出そうと翼を広げる。だが、その瞬間にドクの低い声が彼の耳に響いた。

「させるか!」

 ドクが大口を開いて怒鳴った瞬間。彼の周辺の石畳が砕け始め、岩のような瓦礫が幾つも持ち上げっていく。その不思議な光景も束の間、上昇した瓦礫の数々は一気に斬空目掛けて降り注いで来たのだ。ぶつかり合う瓦礫がまるで雪崩のような轟きを放ち、瓦礫は斬空目掛けて急降下する。

「“岩雪崩”か!?」

 そう言いながら迫る“岩雪崩”の動きを見ていた斬空は、繰り出そうとしていた“エアカッター”を止めると、何度もバックステップをして連続的に落下してくる瓦礫の数々をぎりぎりで回避して同時に距離を取った。いや、寧ろこの状況では取るしか無かったと言った方が正しいだろう。予想外の状況にも気を落ち着かせ、斬空は回避しながらも冷静に考えていた。

(あれだけ素早く技を繰り出したとなると、さっきの腕の振り降ろし自体が“岩雪崩”のモーションの一部だったと言う事か。“岩雪崩”は相手との間合いが無いと自分にも被害が及ぶからな。……だからわざと大きく振りかぶって俺に回避させて間合いを取らせたのか)

 荒い息を吐きながらドクの行動を分析しつつ、さらに大きな間合いをとった斬空だったが、その大きな間合いを取った事が彼にとって仇となってしまった。降り注ぐ“岩雪崩”に気を取られていた斬空がドクに視線を戻すと、そこには驚きの光景が広がっており、彼は大きく目を見開いた。
 ドクの口腔内に収束される膨大な量のエネルギー。それは黄金色に輝き、既に発射の準備は整っていた。「不味い!」と、斬空が心の中で叫んだその瞬間、輝く一筋の光線――“破壊光線”をドクは撃ち出す。発射の衝撃で周りの砂は弾き出され、“破壊光線”は全てを貫く勢いで回りの地面に跡を残しながら一直線に走る。
 間一髪。斬空は地を蹴って横にステップし、放たれた“破壊光線”を回避した。それでもぎりぎりの所で空気を、さらにその先にある建物を粉砕する“破壊光線”の衝撃は斬空に襲い掛かる。無理な動きの連続で疲れていた事も影響してか、光線の周りに発生する衝撃波によって斬空は体勢を崩してしまった。勿論、彼は反射的に体勢を立て直そうとする。
 真横を走る“破壊光線”の光を浴びながら、体勢を立て直す斬空は次の一手を練っていたが、ふとした違和感が彼を取り巻いた。その正体を斬空が知った頃には、正体――破壊の限りを尽くす一条の光は間近に迫っていたのだった。

「なに!?」

 斬空が思わず声を出したその瞬間、彼の姿は光の中に消えた。本来は高威力に伴う反動により方向の修正など不可能に近く、一点集中の攻撃である“破壊光線”。しかしドクはそれを成し得ていた。
 ドラピオンであるドクは左右に180度回転が可能な頭部を持っている。通常のポケモンは反動に耐える為に踏ん張りを利かさなければならないので、方向修正など不可能なのだが、大きな頭、そしてそこから生える長く重い両腕を支えられるだけの強固な骨格と強靭な筋肉を持つドラピオンはそれが可能だったのだ。
 予想外の事態に対処が追い付かなかった斬空を巻き込んで大通りを駆け抜けた“破壊光線”はそのまま立ち並ぶ家々を爆砕する。鼓膜を破るような爆音が地鳴りのように響き、破壊された家々の瓦礫が四方八方に飛び散る。そして、着弾点を中心に舞い上がった大量の土煙が辺りに蔓延した。
 その一方で、“破壊光線”の反動による体への負担にさすがのドクも息を上げていた。それでも彼は険しい表情を浮かぶ中で廃墟から瓦礫の山へと化した着弾点を睨み付ける。揺れる土煙。静寂の中に未だ崩れる瓦礫の音が断続的に響き、殺伐とした雰囲気が辺りを包む。

「仇は打ったぞ……グース」

 動きが無い事にドクは勝利を確信していたのか、振り返った先に転がるザングースの亡骸にそっと語り掛けた。煙る土埃も風によって次第に流されていき、強烈な“破壊光線”によって文字通り破壊された家々の姿が露となっていく。だが次の瞬間。殺伐とした中にハブネークの慌てた声が木霊した。

「ドクさん! あいつまだ生きてやがる!」

 ハブネークの声に、瞬時に振り向いたドクの視界には傷だらけな斬空の姿が煙の中にあった。既に満身創痍だった彼だが、歯を食い縛って地面に立ってドクを睨み付ける。その吊り上った目に宿るのは怒りでも憎しみでもなく、大切な仲間を守る為に戦う戦士のような気迫だった。
 斬空が受けた“破壊光線”はタイプの相性こそ悪かったが、並外れた破壊力と防御が間に合わなかった事が影響し、激痛が体中から押し寄せる。けれど斬空は泣き言の一つも吐かずに再び構えを取った。身を潜めるロイスを守る為にも決して挫ける訳にはいかない。大切な仲間を守ろうとする斬空の決意は並大抵の物ではなかった。例え身が滅びようとも、命の灯火が消えようとも大切な仲間――ロイスを守り抜く。それが彼にとっての仲間であり、大切な友なのだから。
 さすがのドクも、傷だらけにも拘らずまだ戦おうとする彼の鋭い目付きと、その気迫に押されたのか一歩だけ足を引く。その一瞬の隙を斬空は見逃さなかった。直ぐさま瓦礫を蹴って飛び出し、低空飛行しながら一筋にドクを目指す。斬空の鋭い視線が刺さる中、ドクは咄嗟に腕を組んで身構えた。膨大なエネルギーを一気に放出してしまう“破壊光線”を繰り出した今、ドクは反動でまだ技が使えなかったのだ。方向の修正による通常以上の反動と重い疲労感でその場から動く事もままならいドクにとって、今は防御の構えを取るのが精一杯だった。
 巧みな翼遣いで風を利用し低空飛行から一気に上昇、それから急降下と共に“鋼の翼”を繰り出し、斬空は防御する為に交差しているドクの腕を切り裂いた。不快な斬撃音と共に真っ赤な血が飛び散り、皮膚を切り裂いた鋭翼の先端は血の尾を引く。

「うぅ!」

 痛みによって漏れた声を残し、ドクは逃げるように後退して斬空から距離を取った。防御する為に交差させていた彼の腕からは血が流れ、地面の渇きを潤すようにそれは滴る。赤く彩られていく地面。ザングースの遺体や各所に散らばる血痕。それは見るに堪えない悲惨な光景だった。それでも、双方が持つ戦う理由。ぶつかり合うその想いが引き金となった戦いの連鎖は断ち切れなかった。
 一度距離を取ったドクに向かって斬空は再び飛び出し、嘴を中心に体を回転させて“ドリル嘴”を繰り出す。高速回転する体と空気の摩擦による高音を鳴らしながら、一直線に斬空は飛び込んでいく。対するドクは右側の足を一歩引いて身構え、同時に尻尾を硬化させて“アイアンテール”を繰り出す。ドクはその状態から体を回転させ、タイミングを見計らって硬化させた尻尾で攻撃を仕掛けた。その瞬間に高速回転する先鋭な嘴と硬化した尻尾がぶつかり合い、衝撃により広がった空震が砂を吹き飛ばす

「くっ!」

「うっ!」

 ぶつかり合う金属音に続いて、歯を食い縛り固く閉ざしていた互いの口からも声が漏れ、反発する衝撃により斬空もドクも弾けるように仰け反った。だがそれも束の間。直ぐに斬空は翼を地面に突き立てて両足を踏ん張り、ぶつかった衝撃を殺そうと試みる。地面に爪跡と突き立てる翼の跡を描いて彼が止まった頃には、自身の爪が巻き上げた砂埃が若干だが彼の視界を覆っていた。それでも斬空は霞むドクの姿から決して目を離そうとはしなかった。
 煙る砂塵越しに視線が刺さり合う中、斬空が体勢を整える前にドクは動いていた。屯する砂煙の中を突き進み、彼は間合いを一気に詰めてくる。そして彼は走りながら長い剛腕を大きく広げ、“シザークロス”を繰り出した。

(体が重いだけあって体勢が崩れなかったか)

 向かってくるドクの姿を睨みながら、斬空は内心そう呟いた。冷静に、そして瞬間的に状況を観察した彼は翼を広げそれを羽ばたかせ、文字通り左右から挟んでくる“シザークロス”の一撃を飛び上がって上空に逃げる事で回避する。ザングースとの戦闘時のように、彼は回避と同時にドクの真上を奪おうと考えていた。
 ドクの繰り出した“シザークロス”を華麗に回避し、彼が飛び上がる浮遊感を感じたその時だった。不意に彼を違和感が襲った。翼や嘴のようにこれまた鋭い尾羽に感じた違和感。その正体を理解する間も無く、飛び上がった彼の体は地に墜ちた。何十年も整備されていない悪路に彼の背中は叩きつけられ、古くなった石畳に蜘蛛の巣状の&ruby(ひび){罅};が走る。

「ぐはっ」

 背中から地面に勢いよく落下した斬空は口を大きく開け、痛みから思わず声が出る。そんな彼は仰向けに倒れており、先程感じた尾羽の違和感は既に無くなっていた。だが、痛みから薄目となった彼の視界に飛び込んで来たのは、ドクの頭の向こうに見える長い尻尾。“シザークロス”を回避した筈の斬空を地に落としたのは、紛れもなくその尻尾だった。斬空が飛び上がる際に尻尾の先端に生える爪で彼の尾羽を掴み、そのまま力任せに地面に叩きつけたドクは、仰向けとなり隙だらけかつ無防備な斬空に追撃の一手を差し向ける。
 右腕を斬空の細い首に伸ばし、彼に防御する間も回避する間も与えずにドクは彼の首を二本の爪で挟むと彼を持ち上げる。連戦で相当なダメージを負っている上、疲弊している彼は顔に苦痛を描きながらもがくが、首を締め上げるドクの力を振りほどける程、彼に余力は残されていなかった。鋼タイプ故の硬く頑丈な皮膚を彼が持っていなければ、今頃彼の首は折れてしまっているだろう。それほどまでにドクが爪に込める力は強く、ドクはザングースを殺された憎しみを力に変えて彼の首を締め上げる。
 もはや絶対絶命。状況的に見て、既に決着は着いていると言ってよかった。耐えられない苦痛を顔に表しながら、細目でドクの顔を見下ろす斬空をドクは睨み返すと大きな口を徐に開く。

「もう一度聞く。あのコモルーは何処だ?」

「し、知らないと言った筈だ。それに俺は……死んでも仲間は……大切な友は売らな……い」

 大切な友。斬空が口にしたその言葉にドクは腕に込める力を強める。

「……確かに仲間は大切だ。だからこそ俺は! ……俺はあのコモルーを見つけなきゃならねぇんだ! 居場所を言え!」

「答えは……お、同じだ」

 首を締め上げられ、霞む声でそう返答した斬空をドクは一度目を閉じてから睨み付けた。覚悟は出来てるな? そう斬空に問い掛けるように彼を睨むドクは、ゆっくりと左腕を引くと彼の胸部――ザングースが一度“ブレイククロー”を当てたそこを目掛けて憎しみや怒りなど様々な感情が乗った“瓦割り”を繰り出す。
 刹那、寂寞とした大通りに唐突な&ruby(けいふう){勁風};が流れた。
 その風声に炸裂した“瓦割り”の音は浚われ、風が止んだ一瞬の無音の後、ドクの腕から放れた斬空が地面に倒れ込む音が一際強く響いたのだった……。地に墜ち、動かない斬空。“瓦割り”の痛撃を受けた彼の胸部は、先の戦闘で“ブレイククロー”を受け、その追加効果により防御力が下がっていたのだろう。硬い皮膚は砕け、傷口からは&ruby(おび){夥};しい量の血が流れ出ていた。既に絶命してしまったのだろうか。彼はピクリとも動かず、ただただ流れていく真紅の血が堆積する砂に沁み込んでいく。
 無残な斬空の姿を見ながら、ドクは一度大きく息を吐いた。一瞬でも気を抜いたらそれが命取りとなる戦いを終え、張り詰めていた緊張の糸が解けた彼に津波の如き疲労感が押し寄せる。表情を険しくしながら長い両腕を地面に付けたドクは、動く気配の無い斬空をじっと睨む。

「…………」

 激戦に勝利したのにも拘らず、ドクは喜びの欠片も感じていなかった。彼に残るのは、大切な仲間を失った辛さと忘れる事の出来ない一つの焦り。斬空が息絶えた、もしくは既に虫の息と判断したドクは、歯を食い縛りながら地面に着けていた……血の流れる腕を持ち上げ、同時に戦いを見守っていたハブネークに視線を移す。明らかに戦闘で疲弊しているドクと目が合ったハブネークは慌てて体をくねらせ、地面を這って彼の元に歩み寄る。

「ドクさん、大丈夫ですか?」

「なんとかな……それより、早くあのコモルーを探すぞ」

「はい。……でもあのエアームド、憎たらしかったけど根性座ってましたね……」

「要らぬ同情など抱くな。……こいつは、グースを殺したんだ」

 ザングースが命を落とした時に見せた怒りを露にした顔とは違った表情を見せるハブネークに、ドクは体の向きを変えつつ冷たく、しかしどこか本心から言っているようには聞こえない声でそう言った。動かない斬空と背を向けるドクの間で何度か瞳を往復させた後、ハブネークはドクの背中に向きを変える。そんな彼の前方で、ドクは長い腕でザングースの亡骸を優しく抱えると、傍らに寄って来たハブネークと共にしばし黙祷を捧げた。そして、歩き出したドクとハブネークの姿はいつしか多様な建物が乱立する町の中に消えて行ったのだった……。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 10]]
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あとがき
今回は、この作品では初となる戦闘描写でしたので、作者である私としても頑張ってみたのですが、楽しんで頂けたでしょうか? そして久しぶりの戦闘描写だったので自分としては、推敲を重ねてもなんだか微妙な感じが拭えないです(汗)
後、ゲームでのエアームドらしく“まきびし”などの技も活用したかったのですが、それをどう描写するのか悩んでしまったり。“まきびし”となると、何もない所に質量のある物体を生み出す訳ですから、なんかその場に魔法みたくパッとまきびしが現れる……となるとなんだか個人的に違和感が(苦笑)
前作で描写した“竜星群”みたいなエネルギーの塊みたいな物を生み出すのなら、あまり違和感はないのですが……う~む、やはり戦闘描写と言うのは難しいです。もっと精進しないとですね。
さて、ドクに負けてしまった斬空。果たして彼は無事なのか? さらに未だミクスウォータを目指す希龍は斬空とロイスの二人に合流できるのか……などなど次回もお読み下れば嬉しいです。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
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