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Reach For The Sky 5 ‐旅の門出‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
キャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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''Episode 5 旅の門出''

 本当の空は青い。コモルーの希龍からそう聞かされ、グラエナのロイスはその青い空を夢として追い求める希龍とエアームドの斬空の二人に強い共感を示し、彼は彼等と行動を共にし、一緒に夢――青い空を探す旅に出る決心を固めていた。
 そして伝説の青い空を探す三人は今、何かしらの光源が無ければ真っ暗な洞窟の中で三角形を描くように座し、そこで話し合いを行っていた。希龍の母親が伝説として息子である彼に語り継がれた青い空を探すとは言っても、特に情報もなく正直何処に向かえば良いのかも分からない始末。加えれば食料や水の問題など、解決しなければならない事は山積していて、各々が楽な体勢で乾いた地面に腰を下ろしながら意見を出し合い、その声が洞窟内で木霊していた。

「旅をするに当って、先ずは目的地が必要だな。ただ闇雲にこの近辺を歩いていても時間の無駄だろうし、何か情報を得られそうな場所を目指さないと」

「情報のありそうな場所?」

 細い足を曲げて座る斬空に、伏せていたロイスは前足で体を支え、俗に言うお座りの体勢をとってから聞き返す。すると彼は一つ間を置いてから閉じていた嘴を再び二つに割った。

「そうだ。情報のありそうな場所……つまり町だ。俺も詳しい事は知らないが、ずっと前に親父が言ってたんだ。この世界は、今はこんなに荒れ果ててしまっているが昔は文明って物があって、多くの人((ポケモン))達が、建物を作って集団で生活する町が存在していたって。……まぁ、親父の話ではそこも荒れちまって、&ruby(ひとけ){人気};なんてないらしいが。でも、昔多くの人達が生活していたのなら、なにかしら情報があるかもしれない。宛てもなく彷徨うよりは良いと思わないか?」

「町か。そこを目指すのは俺も賛成。それに昔多くの人が暮らしていたなら、青い空の情報に限らず道具とかも豊富にありそうだし。……でもそうなるとあのドラピオンみたいな連中が集まってる可能性も。後さ、場所も分からないのにどうやって目指すの?」

 一通り町に付いて話した斬空に両の目を合わせながら、希龍は尋ねた。普段は夢に向かって前向きな彼であるが、慎重な一面も併せ持っていて重要な話し合いともなれば物事を深く考え、中々鋭い意見を出したりする時もある。今回も町を目指すと言う斬空の出した方針を考察し、それに対して抱いた疑問を彼は冷静に意見していた。
 実際、希龍の言った通りで、町を目指すのは正しいと言えるがその位置を示す地図などを希龍も斬空も所持していなかった。つまり、考えも無しに旅に出た……と言うよりは出なければならなかった二人は明らかな準備不足だったのだ。本当なら希龍が飛行可能なボーマンダに進化してから旅に出る予定であった上、もっと入念に準備を整えてから旅に出る筈だったのだから。

「あんた、見かけに寄らず鋭いな」

 真剣な態度、増して真剣な表情で話し合いを行っていた希龍に、彼の隣に座っていたロイスは少々驚きながらそう口にする。それに対する希龍の「見かけに寄らずは余計だ」と言う返答は冷めた口調で、彼はロイスを横目で見ながら顔を強張らせていた。
 そんな二人を底辺に、三角形の頂点となる位置で座っていた斬空は細い首を曲げて飛行タイプらしく羽のお手入れを行っている。希龍と斬空はともかく出会ってまだ間もないからか、少し纏まりの無さも目立つ三人は希龍の一言を最後に誰も口を開かなくなってしまい、数秒間、灰色と茶色の混じる岩に囲まれたそこは静かだった。が、そんな静寂をロイスが直ぐに割った。

「あ、そう言えばなんだけどよ。地図持ってるぜ。……結構前によ、あんた等みたいな旅人の死体を見かけて、その死体が着けてたポーチの中に入ってたんだ。見方がよく分からなくて使わず仕舞いなんだけどな」

「な、なんで黙ってたんだよ!」

 何の前触れも無く唐突にそう告げたロイスに、希龍は彼の居る方向に体ごと向きを変えながら大きな声を張る。何故今まで黙っていたのか。それが理解できない希龍は彼と出会ってから何度目かだろうか、呆れた気持ちが顔に表れる。一方、ロイスは彼の呆れ顔などお構いなし。彼の一言を聞いていなかったのか、ロイスは至ってマイペースで返答もせずに、首に下げているポーチに牙を引っ掛けて開けると、中からまるでゴミのようにクシャクシャに丸められた古びた地図を取り出した。
 大切な筈の地図……それも古びてボロボロなのに、それがゴミのように丸められたのを見て、希龍はロイスの扱いに荒さを感じていたが、地図に何が書いてあるかと言う興味がそれを吹き消した。&ruby(しわ){皺};だらけの古びた地図を咥えていたロイスはそれを地面に置くと、両前足を使って広げる。端は破れていたり、紙は変色していたりとそれはボロボロであったが、そこに何が描かれているのかは辛うじて読み取れそうであった。
 地面に広げられ、光の珠の白光を浴びる地図に希龍も斬空も釘付けで隠せない期待を顔に表しながら、二人は真上から地図を覗き込む。

「斬空さんの言う町ってここに書かれてるやつかな? このミクスウォータってやつ」

「さぁな。けどこの地図に書かれている町はそこだけだからおそらくそうだろうな。俺の親父が言ってた方角とも一致する」

 希龍の前足が指すそこには彼の言った通りミクスウォータと乱雑な字体ではあるが記されていて、この地図の前の所持者もここを目指していたのか、ご丁寧にもそこは二重丸で囲まれていた。さらに、地図にはおまけもあった。大雑把なそれであったが、町以外にも方角や川の位置などもある程度示されていて、情報を持っていなかった希龍と斬空にとって、この地図から得られる情報は大収穫と言えた。
 目的地も無い旅に抱きたくなくとも若干の不安を抱いていたが、明確な目標を見つけた事で、それが青い空を見ると言う夢に関係しているという確証など何処にもなかったが夢へと一歩近付いている気がして、希龍が持ち合わせる希望は膨れ上がっていく。
 母さんが何回も聞かせてくれた青い空の伝説を絶対に現実にしてやる……そう強い決意を固める希龍は、地図に強調されて記されたミクスウォータの一点に強い視線を送る。

「よし、目的地はこのミクスウォータで異論は無いな?」

 最年長……とは言ってもまだ二十代の斬空が放った一言に、地図を眺めていた希龍は顔を上げて頷き、それに続くように隣に座るロイスも大きく頷いた。三人一致でミクスウォータと言う名の町を目指す事が可決され、残りの課題は食料や水の問題だが、希龍は高まる感情から、普段なら慎重に考えるであろうそれらの課題も道中で何とかなると楽観的に考えていた。
 今は何かを深く考えるより目的地である町に向かって出発したい一心。地図に記された町に辿り着けばきっと何か情報を得る事が出来る筈だと信じながら、希龍は徐に口を開いた。

「目的地が決まったなら早く出発しよう。昨日メテオスコールが降ったばかりだから、移動するなら今が比較的安全だし」

「だな! そうと決まれば話は早ぇ! とっととこんな狭苦しい洞窟から出てなんとかって町に向かおうぜ!」

 この洞窟が“大豪邸みたいな洞窟”と言っていたのは誰だったっけ? そうツッコミをいれようとして、希龍はそれを止めた。ツッコミを入れた所で彼は反論しそうだし、そうなれば正直付き合うのはめんどくさい。今は言わせておいた方が無難か。良くも悪くも慎重な一面を持つ彼は先の事を考えてそう判断し、黙って彼に頷いた。
 目的地が決まればロイスの言うように話は早い。明確な目標を見つけ、夢に一歩近付いたような感覚に気分を高揚させる希龍を筆頭に、三人は早速旅の準備を始める。荷物は必要最低限……と言いたい所ではあったが、生憎とロイスはまだしも希龍は急な門出だった為に殆ど荷物は無く、彼にとって準備と言うには大袈裟だった。斬空も同じで、準備と言っても一時的に外していたポーチを身に着ける程度。
 一分も経たずに準備を終えた二人の直ぐ側では、背を向けながらロイスがせっせと集めておいた道具やらをポーチに無理やり押し込んでいる。彼が首に下げる中身がぐちゃぐちゃのポーチを見ながら希龍は、性格は行動に現われるものだなと妙に感心していて斬空と揃ってまじまじと忙しそうに動くロイスを眺める。

「よーし! 俺は準備完了だ! 後は二人が準備できれば何時でも行けるぜ!」

 何時に無くハイテンションなロイスはそう大きな声で言いながら振り向いたが、そこには既に準備が整い、やっと準備が終ったかと訴えるような目付きの希龍と斬空の姿があった。

「ゴホン、失礼。今のは気にしないでくれ」

「そうしとく……さてと、ロイスも準備が終ったみたいだから早速出発しよう。もたもたしてると次のメテオスコールが来る前に町に辿り着けなくなる」

 身を翻し、洞窟の先を見ながらそう言った斬空は正しかった。今の三人にとってミクスウォータと言う名の町に逸早く辿りつく事が最優先。地図の情報と彼の父親の情報を照らし合わせて考えるに、距離はせいぜい一日か二日歩き続ければ辿り着けるくらいと推測できたが、もたもたしていてはまたメテオスコールが降ってくるかもしれず、比較的安全なメテオスコールが降り注いだ数日の内に町に辿り着かなければならないのだ。町にさえ辿り着ければ、身を守ってくれる頑丈な建物やその地下室などがある筈だから。
 斬空を先頭にロイス、希龍の順番で一列を作って一行は歩き出した。最後尾で歩いていた希龍は、洞窟から出た所で世話になったその小さな洞窟に感謝の念を込めて軽く一礼すると、自分を待つ横並びの二人に駆け寄った。昨日は立てない程に疲弊してしまってはいたが、不規則な睡眠だったけれど休憩を取った今、足取りは軽やかで彼自身も昨日とは違うその感覚によく一晩でここまで回復したものだと感心していた。
 細く、鋭い鋼の爪が並ぶ足で立つ斬空と灰色の毛に覆われた四足で立つロイスの元に駆け寄った希龍は二人の間に見える先――汚れた空気に霞む南方を夢と言う強い意志を宿す目で見た。そんな彼に続いて振り返り、同様に斬空もロイスも南方に目を向ける。
 それから直ぐ、希龍は徐に口を開いた。

「前はちゃんとした門出じゃなかったけど……あ、いや、そもそもあれは門出じゃないか。とにかく、今日が青い空を目指す旅の門出だ! 斬空さん、ロイス……行こう!」

 二人の間から目指す町がある南の果てを見据えながら、希龍は強く言い放った。希望を抱くその声に耳を傾けていた斬空とロイスは一度彼に目を合わせると、ほぼ同時に大きく頷く。こうして三人は一路ミクスウォータを目指して――いや、そんな小さな目標ではなく、伝説の青い空を目指して大きな一歩を強く踏み出したのであった。










 最年長で頼りがいのある斬空を先頭にしてその後ろにロイスが続き、最後尾に希龍が歩く一列を組みながら、一行は荒れ果てた大地を古びた地図を頼りに進んでいた。
 転んだ際の擦り傷がまだ完全に癒えてはいない体を先日と比べて大分軽くなった四本の足で支えながら、二人の背中を追う希龍はふと空を見上げる。視界一杯に広がる空。それはずっと昔から変わらない茶色に染まってはいたが、きっと目指す空はそこにある筈だと信じる彼は「母さん、俺はきっと夢を掴み取ってみせるよ」と声に出さずに今は亡き母親に語りかけた。毎日のように母親が聞かせてくれた青い空の伝説。その都度青い空の美しさを想像し、母親に寄り添って期待を膨らませていた頃の自分を思い出しながら希龍は上を向いて歩く。
 しばし空を見ながら思い出に鑑賞していた希龍が目を下ろすと、そこに見えるのは夢に見る世界には似ても似つかない朽ちた世界。周りに見える木々に鮮やかな緑は確認できず、代わりにあるのは黒い焦げ跡。中にはまだ煙を上げている木もあり、激戦の末に生まれた光景のような、どこか悲しげな雰囲気すらそこには風や砂と共に漂っていた。町に着くまではどこまでもこんな景色が続くのだろうか。瞳を下ろした希龍はそう疑問を抱きながら、前を歩く二人の背中を見詰める。

「どうした? 冷めた顔して。なんかあったのか?」

「え? あ、いや。なんて言うか……この殺風景が町に着くまでずっと続くのかなって」

 視線に気が付いたのか、振り返ったロイスにそう尋ねられ、それに返答しながら希龍は、自分はそんな冷めた表情だったのか? と自らに問い掛けてみた。けれど、頼りない感じではあるが、さすがに目は節穴ではないであろうロイスがそう言っているのだから、そうなのかもしれない。不意に自問自答していた彼は首を曲げてこちらを見てくるロイスに目を合わせる。

「まっ、歩いてりゃあその内この景色も終るだろ」

 楽観的なロイスはそう言うと、さっさと前を向いて鼻を地面に近付け、仕切りに臭いを嗅ぎ出す。希龍や斬空より鼻が利くのは確かなロイスは二人には感知出来ない臭いでもするのか、または微かな匂いを探しているのか。いずれにしろ、彼は鋭敏な鼻をくんくんと動かし、いかにもグラエナと言う種族らしい動きで歩みを進めていく。
 その前では、先頭を歩く斬空が不良のような鋭い目付きで周辺に眼を飛ば……見回し、瞳を左右に動かしていた。食料も水も十分に無い今、いずれはどこかで補給しなければならず、彼は木の実の生る木や川などを探す。実の生る木の一本でも良いからどこかに無い物かと斬空が目を泳がしていたその時だ。地面擦れ擦れの位置に鼻を置いていたロイスがそのままの体勢で声を上げた。

「待った! 土に微かな水の匂いが付いてるぜ!」

 その一言に、「本当かよ」と言葉を返した希龍に顰め面を見せながらロイスは再び地面擦れ擦れに自慢の鼻を持ってくると、おそらく希龍と斬空が彼に出会ってから最も真剣な表情でそれを利かす。風が吹く辺りには砂埃が舞い、希龍も斬空もその砂の乾いた臭い程度しか感じられなかったが、種族柄甘く見積もっても二人より数倍は鼻が利くであろう彼はその中にも確かに微かな水の匂いを感じ取っていた。鼻を利かしながら列を外れて一人進んで行くロイス。その後姿を見詰めながら希龍は斬空に話し掛けた。

「今度はマジみたいだね」

「あぁ、そうらしいな」

 言葉を交わした二人は一心不乱に水の匂いを頼りにして早足で突き進むロイスの後を駆け足で追い掛ける。しばらく希龍と斬空はロイスを追い掛ける形で歩き続け、何処までも続く荒野の景色に飽き飽きしていた。
 先程からロイスは「近い」と何度も発言していたが、一向に水の香りも音も感じない。こんな事をしているよりは先に進んだ方が得策なのでいか。そう希龍が思い始めていた時、ロイスがピタリと四本の足を止めて顔を上げた。その動きに希龍と斬空も足を止め、飽き飽きした気持ちを表すように目を細める。
 そんな二人を見ず知らず、ロイスは目の前にある岩で出来た小さな丘を駆け上がっていった。何も告げずに進んで行く彼に、大袈裟だが信頼を失いかけていた希龍と斬空も渋々彼の後を追ってノロノロと丘を登っていく。先に丘の頂に辿りついていたロイスはなにやら嬉しそうな表情を浮かべると、まだ中腹の辺りにいる二人に向かって大声で叫ぶ。

「おーい! あったぞ! 水だ!」

「え!? マジで!?」

 ロイスの声に一瞬だが耳を疑ってしまった希龍は思わずそれが声となって出たが、彼の表情から察するに信憑性は高かった。寧ろこれで水が無かったらただでは済まさない……と言う気持ちの方が強かったのだが。ただ、それでも水があると聞けば自然と気持ちは高ぶるもので、急に喉が渇いてきた彼は水を求むその欲求に誘われ、斬空と共に駆け足で岩肌の斜面を登っていく。まるで一枚岩のような丘の頂上まで斜面を駆け上がり、ロイスの待つそこへと最後の一歩を踏んだ希龍と斬空の視界に、ロイスの言う水は広がった。
 自らが足を付ける丘の向こうにあったのは、荒野と化し、乾燥して罅割れた大地の中で飛び切り美しく、そして清らかに佇んでいた池……いや、この場合はオアシスと言った方が正しい大量の水があったのだ。どこからか湧き出す綺麗な水が窪みに溜まり、やがてそれが蒸発しながらも長い年月を掛けて溜まっていったその周りには、緑の草や数本の生き生きとした木が生えていて、水面は吹き抜ける風によって静かに波打つ。
 飛来する隕石群の落下で文明も何もかも破壊されたかのような荒廃した世界の中でずっと生きていた希龍の瞳にその景色は写りこみ、彼は久しぶりに目にした“鮮やかな”新緑の色彩の前に釘付けとなってしまっていた。

「見ろ! 俺の言った通り水があっただろ!」

「あ、あぁ」

 自慢の鼻を駆使し、見事生きる為に必要不可欠な水を探し当てたロイスは、どうだと言わんばかりの自信に満ちた表情で希龍に上から視線を送る。そんな彼の放った張りのある声にオアシスに見惚れてしまっていた希龍は言葉が思い浮かばず、空返事で済ませた。
 命を育む水と育まれた新緑の命。その景観にしばし見惚れていた希龍は、鮮やかさに目が慣れた所で、圧巻して忘れてしまっていた喉の渇きに急に襲われた。彼の精神はこのオアシスの美しさを眺めていたかったが、本能はそこにある水を強く求めているのだ。

「よう! 二人共突っ立ってないで早く水を飲みに行こうぜ!」

 喉の渇きを潤そうとする欲求を後押しするように、ロイスの言葉が希龍に降り注ぎ、彼は足を伸ばして斜面を駆け下りる準備を整えるロイスに目を向ける。それから彼は笑顔を浮かばせると、ロイスに負けない位張りのある声を荒野に響かせた。

「だな! 行こうぜ!」

「おう!」

 理性なんて捨ててやる。水に対する欲求を満たす事に躊躇う必要などなく、希龍はそれくらいの気持ちで&ruby(なび){靡};く水面に向かってロイスと共に斜面と駆け下り始めた。小石に短い足を取られそうになりながらも、希龍は全速力でロイスと共に丘を駆け下りると、柔らかな感触の緑の草を踏み締め、岸辺で立ち止まる。希龍に反し、彼の横を駆けていたロイスは体にブレーキなど一切掛けず、勢いに任せて水の中に飛び込んだ。多少の寒さなんてなんのその。汚れた体を思い切り彼は洗いたかったのだろう。
 飛び散る水飛沫は希龍に降り注ぐ。冷たいとは感じたが別に嫌でもなく、綺麗な水の恵みを彼も肌で感じとっていた。

「最高だぜー!」

 水に浸かり、そこで声を上げてはしゃぐロイスが立てた波に揺れる水面に、希龍は三本の古傷がある自身の顔を写しながらそこに口を付けて喉を潤す。瓶に入っていた古くなってお世辞に美味しいとは言えなかった水とは比べ物にならないくらい湧き出るその水は美味しかったようで、希龍の舌も満足だった。それに加え、節約して少しずつ飲む必要も無く、幾ら飲んでも飲みきれないような大量の水は彼の心も潤す。
 相変わらず一人ではしゃぐロイスや喉を鳴らして水を飲む希龍に少し遅れて、斬空も早足で丘から降りてきた。彼は岸辺で水を飲む希龍の横に立つと嘴の先を水面に指し、ワインでも飲むかのように先ずは一口飲んだ。

「おぉ、やっぱ瓶に保管しといた水より数倍新鮮だな」

 水の味を堪能するかのように目線を上に向けながらそう口にした斬空に、希龍は水を飲む事に夢中になりながらも、「確かに」と一言呟き、再び喉を鳴らした。それからしばらくは休憩し、その後は水の補給や周辺に生えている食べられそうな草や木の実などの採取を行い、三人は一日や二日養うには十分な水と食料を確保し、荒野に佇む小さな楽園を後にした。
 時刻は昼を少し過ぎたと言った感じで、ぼんやりと霞む太陽は一行のほぼ真上に位置していた。先のオアシスが幻だったのではないかと感じる程、周辺は乾燥した大地が続き、吹き荒れる風は希龍達の体を襲う。唸る風声や擦れ合う砂の耳障りな音が渦巻く中、気のせいか舞い上がる砂の量が多くなってきたと希龍は感じていた。彼は砂から目を守る為にそれを細めながら、前を歩く二人に向かって風に掻き消されないよう大声で話し掛ける。

「なぁ! なんか砂が多くない!? 視界も悪くなってきたし」

「同感だ!」

 希龍の問い掛けに先頭を歩く斬空は振り返り、いつも以上に鋭い目でロイスと希龍の姿を交互に捉えながら嘴を大きく開いてそう返事をした。視界も悪く、周辺の音も聞き取り難いこの状況は斬空も希龍もロイスも予想外だったようで、三人とも先程のオアシスで見せた明るい表情は無くなっていた。歩く速度も出発した当初に比べて遅く、砂嵐はまるで三人の進行を妨げるかのように吹き荒れる。
 出発して数時間、オアシスで休憩した以外に一切の休憩を取らず、出来るだけ早く町に辿り着かなければならない一行はかなりの距離を移動していて、それだけに移動した距離に見合うかのように地形も姿を刻々と変えていたのだ。乾燥して罅割れた大地の硬かった足裏の感触はいつしか柔らかな砂へと変わっていて、不意にその感触に気が付いた希龍が舞踏する砂塵の中を見渡せば、周辺にあった筈の木々の姿はその殆どが姿を消していた。
 代わりに、希龍の瞳に映るのは大量の砂やそれが打ち付ける巨大な岩の数々。もうここが荒野ではない――砂嵐に邪魔されて気が付かなかったその事実に彼が気付いたその時には、彼を含めた三人は俗に言う“砂漠”と呼ばれる場所を歩いていたのだ。

「斬空さん! ここってもしかして砂漠なんじゃない!?」

「なんだって!? 風がうるさくてよく聞えない!」

 昔、斬空から聞かされた砂漠という単語を大きな声で希龍は口にしたつもりだったが、彼の声は激しさを増す砂嵐にその大半を呑まれてしまい、せいぜい十数メートル程度しか離れていないにも関わらず斬空の耳に彼の声は微かにしか届かず、またその逆も然り。斬空の声も希龍にはっきりとは聞えず砂嵐に視覚も聴覚が阻害され、非常に会話のし難い状態が辺りを包み込む。
 霞み、ぼんやりとする太陽の位置、ロイスが持っていた地図に記された方角。その二つを参照するに、一行の進む方角は決して間違ってはいなかった。しかし、延々と荒野が続くとばかり思っていた希龍にとって、気付かぬ間に変化していた周囲の環境に彼は驚かされていた。砂のせいで目が少しばかり痛む中、彼はロイスと斬空の背中を砂の群の中に見失わないように目を凝らす。もしこの砂嵐の中で迷いでもしたらそれは絶望的で、それだけは避けたい思いの一心が彼の目を鋭敏にさせていた。

「ったく、邪魔な砂嵐だな……」

 歩くな、と鋭い言葉を突き刺すように吹き付けてくる風。荒々しく肌を掠める塵。それらに対する溜まっていた不満が零れた。希龍は先を歩むロイスに目を向けていたが、彼の水を見事探し当てた自慢の鼻もこの嵐の中ではその嗅覚も薄れるのか、彼はあまり鼻を動かしていない。ロイスの背中を鋭く見詰めながら、この厳しい環境も町に辿りつくまでの辛抱だと自分に言い聞かせて希龍は短い足で積もる砂を踏んだ。
 その時だった。
 希龍の視界にとある物が入り込んできた。砂嵐の中に微かだが見えたそれに希龍は足を止め、見えたその方向を凝視する。彼は瞳に入ったその“ある物”が気になって仕方がなく、微かに見えたそれに彼は列を外れて吸い寄せられるように駆け寄って行く。
 彼の目に映ったそのある物、それは大岩の影で、まだ白骨化しきっていない亡骸とその側で散乱していたバックやポーチだった。散乱している物の量から察し、何か役立つ道具などがある可能性は非常に高く、長旅に備えて水や食料に加え道具の確保も優先すべき事。彼は普通なら目を背けたくなる亡骸に迷いなく嵐を掻き分けて歩み寄り、その元に散らばるポーチを漁り始める。
 彼の思った通り、暗闇で視界を確保するのに必要で、故に古くから重宝されて大量に生産されてこの時代でも比較的入手のしやすい“光の珠”を始め、戦闘で役立つ“鉄の棘”や何かに使えそうな紐など、どれも古くはなっていたが使える道具がそこにはあった。これには彼も嬉しくなって砂嵐の中でも表情を明るくし、ポーチの中にそれらを押し込んでいく。先のオアシスと今回の収穫。今日は思わぬ収穫が多いなと彼は気分上々で、砂を払っては道具をポーチに詰め入れた。一通り採集を終えた頃には、空っぽだったポーチも重たくなっていたが、その重みすらそれが自分の満足感のようで彼は嬉しかった。前足を器用に使ってポーチのチャックを閉じた彼の目にふと、砂に埋もれかけた何かが映り込んだ。
 まだ散乱する道具が残っていたか。そう考えながら砂を踏んで目に入ったそれの元に彼は歩み寄る。彼が上から覗き込んでみれば、それは一冊の古びた本であった。そして、砂に埋もれるそれは、まるで欠片のように一部のみを砂から曝け出している。

「本……か」

 そう呟きながら、持っていこうか持っていかないかを希龍は一瞬考えたが、一冊の本程度ならまだポーチに入る上、前に文字を斬空から教えてもらった事もあった為、道具のように役立つかは分からなかったが文字の勉強になるだろうと、彼は欠片のように砂から覗くその本を前足で引き抜く。砂と風に晒され、ボロボロとなったその表紙に彼が一度目を向けると、風化してタイトルの文字は読めなかったが、それは小説か何かのようであった。
 少し読んでみようかと彼は思ったが、あいにく砂嵐が吹き荒れて読書どころではない。読むのはまた後にしよう。逸る気持ちをそう抑え込んで、彼は拾ったその一冊の本をポーチに仕舞いこんだ。
 採集を終え、収穫に気分を良くした希龍は自然に浮かぶ笑顔で振り返る。この収穫には斬空さんもロイスも喜んでくれるだろう。そう期待と想像を膨らませながら、彼は砂嵐の中に目を凝らして二人の背中を探す。視界は悪いが、二人共そう遠くに離れていない筈だし、自分が列を外れた事にも気が付いて待ってくれている筈。彼は直ぐに二人の姿を瞳に映す……筈だった。
 だが、希龍の瞳に映る現実は四方八方で吹き荒れる砂嵐だけ。そこに頼れる斬空の姿も馴染みやすいロイスの姿も無かったのだ。考えたくは無かったが、彼の脳裏に一つの文字が浮かんできた。
 “迷”
 それはまさに今自分が置かれている状況を示すピッタリの文字で、脳裏に浮かんだその文字に彼は顔色を真っ青にする。

「や、やっちまった……」

 たった今、自分が置かれている状況にだけは絶対にならないように注意していたが、道具の前にその注意力は散漫になってしまい、彼は砂嵐の中に一人取り残されてしまっていたのだ。自分の失態に絶望し、一人取り残された状況に焦り、凍りついたように青ざめる彼の頬を一筋の汗が流れ、それは乾いた砂の上に零れ落ちる。
 漠然たる砂の世界に一つ、ぼんやりと浮かぶその影はただ立ち竦むしかなかった。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 6 ‐砂漠の精霊‐]]
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あとがき
新たな……と言うよりは真の意味で旅の門出を迎えた希龍達。ロイスの鼻のお陰で水も食料も確保でき、幸先もよく旅は順調かと思われたその矢先、希龍はとんでもない失態を犯してしまいました。果たして、砂漠に一人取り残された彼はどうなってしまうのか。その辺りを次回はお楽しみくださいませ。
前回が長かっただけに今回はちょっと短めになってしまいました。ムラを少なくしたい所ですが、それがまた難しいのです。……どうかご理解を。(汗)


貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
※コメントページは全話共通です。
#pcomment(コメント/Reach For The Sky,5,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:19:57" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%205%20%E2%80%90%E6%97%85%E3%81%AE%E9%96%80%E5%87%BA%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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