ポケモン小説wiki
Reach For The Sky 4 ‐夢と希望‐ の変更点


|&color(#00baff){&size(30){Reach For The Sky};};|
Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
キャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
----

''Episode 4 夢と希望''

 コモルーの希龍、エアームドの斬空、グラエナのロイス。三人は暗闇の中をロイスの鼻を頼りに進み、既に彼が知っている洞窟に辿り着いていた。ロイスを除いた二人は既に限界を超えていて、目の前に見える洞窟を両の目で捉えた時には、二人共もはや体は鉄のように重くなっていた。
 眼前で口を開く&ruby(あんこう){暗窖};。それは息を切らす希龍にようやくメテオスコールから逃れる事が出来るという安心を与えていた。安全な場所を見つけた。その確固たる事実に、希龍に重く圧し掛かっていた不安は軽くなっていく。“良かった”と言う単語が脳裏に何度も浮かび、自分が思っている以上に自分の心は安心しているのだと、希龍は実感していた。けれど、安心を堪能している&ruby(いとま){暇};は彼に与えられなかった。生きるか死ぬかと言う極度の緊張に縛られた体が開放されると、それは一斉に悲鳴を上げ、真っ先に前後の足がずきずきと痛み、続いて体全体がまるで巨石でも背負ったかのように重くなってくる。
 ほぼ一日中走り続け、限界を裕に超えた体を支えられるだけの体力は希龍に残っておらず、彼はこんなところでへたばってたまるかと自分に言い聞かせていたものの、崩れるようにその場に座り込む。希龍の隣に居る斬空は疲れこそ隠せていないが、まだ二本の足を地に付けて立っていて、それを横目で見た希龍は自分が情けないと感じたが、今は上がる息を整える事で精一杯、しばらくは乱雑な呼吸を正す作業に徹するしかなかった。
 周囲には黒が沁み、全く周辺が見えないと言う訳ではないが、数十メートル向こうは夜行性で無い者の眼では漆黒に染まってしまう時間帯を迎えていた。夜になっても風は時折唸りを上げ、その雑音は地に伏せる希龍や辛さを顔に描く斬空の耳にも潜り込んで来ていたが、それは隕石から逃れる事が出来た安心感の前には聞えないも同然、右耳から入り左耳から綺麗に抜けていく。
 へたばる希龍は安心と疲弊から、洞窟の姿をじっくりと目に焼き込む前に体勢は崩れてしまっていて、上がる息が整い始めた頃に彼は再び洞窟に目を向けた。三本の古傷の下に並ぶ瞳から伸びる視線を受ける洞窟の中は周辺以上に黒く、その色……寧ろ色と呼ぶには相応しくない闇を目の前にして、淀むそれに希龍は疑念や不安を抱く際に身を染める深く重い闇を連想させられた。
 洞窟ってこんなに不気味な物だったか? そう声無くして呟きながら希龍は身を守ってくれる筈の洞窟と面と向かう。彼が感じたようにそれは夜ともなれば“とても”が付く程不気味なもので、中には魔物でも潜んで居そうな雰囲気すら放っていた。この危機的状況でなければ、彼は中に入るのを躊躇ってしまうであろう。しかし、不安を煽る黒が沁みたそれも、しばらく眺めていれば絶体絶命の自分達を救ってくれる救世主へと瞳の中で変換されていく。
 虚無がお似合いの洞窟は、希龍と斬空が住んでいた洞窟に比べれば規模も小さく、一見しただけだと、本当に隕石から身を守ってくれるか怪しいものであったが、危機的状況に焦っていた希龍と斬空の心を落ち着かせるには十分な大きさ。事実、希龍も斬空も口を開くその姿に安心を感じていた。
 座り込む希龍や斬空、そしてロイスを包むかのように黒は漆黒へと深みを増していて、昼間天に浮かんでいた永久の光源を失った地表は、冷酷なまでの暗闇にみるみる熱を奪われ、まるで死んでいくかのように冷たくなっていく。夜空にあるのは貧弱な月光を放つ霞んだ月だけで、広がるそれは寂しいもの。乾燥した地域故に雲は少なく、放射冷却は走るように進み、三人の居る場所も次第に寒さが足元から滲んできていた。
 ただでさえ痛む希龍や斬空の足に止めを刺すべく、冷気は二人の体温を奪っていく。タイプ的にも寒さが苦手である希龍は、地に伏せながら夜の冷え込みを逸早く感じ取っていた。走り続けただけに体は極度の疲労に襲われ、さらに苦手な寒さが体温すらも奪い、メテオスコールを察知出来る特殊な能力の影響で頭痛も酷い。最悪とも言える状態である希龍は四本の足をだらしなく伸ばし、地に伏せたままの状態で弱々しい声を零した。

「早く中に入ろう。メテオスコールも近いし、それに寒くなってきた……」

「お、そうだな。隕石はどうでも良いとして、寒いのは俺も苦手だ」

「……だから、どうでも良くないでしょ」

 希龍の提案にまだ余裕な表情を見せるロイスは気軽な感じに答えたていたが、またも希龍はツッコミの一撃を入れる。彼はロイスの冗談に付き合いはしたが、正直な気持ちは会話するより早く中に入って体を休めたかった。そんな希龍の内なる思いをその態度から感じ取ったのか、ロイスはさすがに彼を気遣って空気を読むべきだろうと察し、先程までの緩い雰囲気を瞬時に取り払って自分なりに真剣な表情を作る。それから地に伏せる希龍の顔を横から覗き込み、気遣いの一言を投げ掛けた。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない」

「だ、だよな。どう見ても大丈夫そうには見えない。……まぁ、早く中に入って体を休めた方がいいと思うぜ」

「賛成」

 妙に明るく、馴染みやすいと言えば馴染みやすいロイスではあるが、さすがに出会って間もない彼に手を貸してもらい、さっそく迷惑を掛けてしまう事に多少抵抗がありはした。しかし、疲労から自分では立ち上がる事すらもままならない希龍は手を貸してもらう以外に他はなく、彼は立ち上がるのを手伝ってもらう際に一言、小さな声でロイスに「すまない」と声を掛けた。そんな希龍にロイスは「気にすんな」と明るく返答し、希龍の体を支える。
 ロイスの体に前足を掛けさせてもらいながら、希龍はなんとか立ち上がったのであったが、彼の体は転んだ際の傷と走り続けた疲労が並走していて、側に居た斬空は彼に心配そうな視線を送る。長い間共に生きてきた相棒なだけに、命に別状が無いと分かっていても心配にはなるもので、彼は心を覆う心配の布を脱ぐ事が出来ないと言った雰囲気であった。
 生まれてから十七年。まだまだ若い希龍であったが、今の彼の足取りはまるで老人や酔っ払った中年男のようにふらふらとしている。メテオスコールを察知出来る特異な能力のせいで響く頭痛と素直に動いてくれない体に自分はこんなにも情けないのかと、そして人の手を借りなければ何も出来ないような自分がこんな調子で本当に青い空を見つけられるのかと、彼は希望の“希”の字が入った名前とは裏腹に弱気になり俯く。性格柄、物事を深く考え込んでしまいがちで、情けない自分を深く悔やむように俯いたまま覚束ない足取りで彼は洞窟を目指す。

「希龍、何時ものを頼む」

 俯く希龍の鼓膜をふと聞きなれた声が震わせた。普段より少し強めのその声に彼が下を向いていた目を上げれば、そこには細い木の枝を先鋭な嘴の先に加えた斬空が立っていて、それを希龍に向けている。“いつものを頼む”その言葉に出会って間もないロイスは首を傾げていたが、視線を上げた希龍は自分を責めるように考え込んでいた雑念を振り払い、慌てて口を開くと力を振り絞って炎タイプの技――“火の粉”を繰り出した。
 突然現われたドラピオンに棲家を追い出される前、毎日の繰り返していた洞窟を進む際の灯火を作るこの作業。木の枝に火を移すと、満ちる暗闇に明るい赤がぼんやりと広がり、その温かな明かりは冷たい大地に立つ希龍や斬空、ロイスの体を優しく照らす。灯火とそれに照らされた斬空を見た時、希龍はふと彼の言葉を思い出した。

 ――お前が不安でどうする。希龍……お前は俺に生きる希望を与えてくれて、それに俺にとってもお前は希望なんだかさ――

 斬空に言われたその言葉を思い出し、また考え込み過ぎてしまっていたと希龍は思い、情けなさに囚われていた自分を彼は捨てた。目の前に立つ長い間共に生きてきた相棒は自分の存在を生きる希望とまで思ってくれている。それなのに自分は深く考え込み過ぎてネガティブになってしまっている。そう感じた希龍は内心で呟いた。

(もっと前向きにならないと)

 彼が心の中でそう強く呟いた頃には、情けない自分を恥らう気持ちは彼方に消えていて、変わりに、ロイスに手助けしてもらったのならその恩を忘れずいつか全力で返せば良いと、ポジティブな気持ちが彼の心に座っていた。

「気持ちの整理が着いたか?」

「え?」

 暗くなる周囲とは反対に表情が自然と明るくなった希龍に再び斬空の声が響く。彼が目を合わせれば、斬空はまるで彼の考えを見透かしていたかのような表情で燃える木の枝を咥えながらその紅を銀の鋭翼に映していた。
 付き合いの長い斬空は恐らく分かっていたのだろう。また自分が深く考え込みすぎていて、否定的になってしまっている事を。それを知った上で“何時ものを頼む”と声を掛けて自らの言葉を思い出させ、落ち着かせようとしてくれたのだ。その遠回しな優しさに希龍は感服していた。冷たく荒れた地面に痛む足を強く着ける彼は完全に斬空の策に嵌ってはいたが、そうと分かってもなんだか嬉しく、表情から自分の気持ちを読み取って遠回しだが気遣ってくれる相棒――斬空に感謝の気持ちで一杯だった。
 一度ゆっくりと目を閉じた希龍は瞼を上げると、斬空を見ながら口を開いた。

「あぁ、落ち着いたよ。……ありがとう」

「どういたしまして」

 固い絆と信頼の友情。暗い世界に立つ二人の間にあるそれは、一層強い物へと変わっていて、揺らぐ紅の灯火もどこか火の勢いを強くしているかのようだった。

「え~と、友情物語の最中に悪いけどさ。早く中に入ろうぜ。こんな所に突っ立てても寒いだけだし……はぁ~」

 希龍と斬空から丁度コモルー三人分程度洞窟側に離れた場所に座っていたロイスは後ろ足で首元を掻き毟りながら二人に目を合わせる事なくそう言い放ち、加えて大きな欠伸も牙の並んだ口を一杯に開きながら放った。

「空気読め!」

「え!? あ……は、はいぃ!」

 自分達に付き合うのがめんどくさいとでも言うような彼の姿に、希龍も斬空も率直に感じた思いが声となって同時に出た。合わせた訳でも無いのにピッタリと息の合った痛烈な一言に、ロイス度肝を抜かれたようでまん丸の瞳を覗かせながら硬直する。二人同時に放ったその一言は中々の迫力だったのか、硬直するロイスは謝るように耳を下げていた。耳を垂らす彼に希龍は重い足を引きずるように動かして近付くと、彼の隣をふらつく足で通り抜けながら流れるように声を掛けた。

「まぁでも、ロイスが正しいよ。ここに立ってても寒いだけだ。早く中に入ろう。案内してくれ」

「なんだ、やっぱそうだろ? ……了解だぜ。Follow me!」

 木の枝を糧にして揺れる灯火を頼りに、一行はロイスを先頭にして洞窟の中に吹き込む夜風と共に入っていく。いざ足を踏み入れてみると、二人が前に住んでいた洞窟よりも足場は悪く、疲れた希龍と斬空の足には少々応えるものであった。斬空が口に咥える枝に宿る灯火も歩く度に上下に揺れ動き、三人の影もそれに連動する。少し光量不足な炎であったが光源はそれだけ、どんなに頼りなくともそれに頼るしかなかった。淡い光を背に受けるロイスを先頭に一行は迷いなく奥へ奥へと歩みを進めて行く。
 転んだ際の擦り傷と疲労、さらにメテオスコールを察知する際の頭痛、この三つが共闘して希龍を襲っていて、ロイスの後を追う希龍は今にも転びそうであったが、ここで転んではまたロイスや斬空に借りが出来てしまう。付き合いの長い斬空にも出会ったばかりのロイスにも彼は迷惑を掛けたくないと無性に思い、歯を食い縛っていた。
 明らかに無理をしている希龍の背中を列の最後尾から眺める斬空も、さすがに疲労が溜まっていたが、自分より年下の彼が目の前で頑張っているのだから、彼よりも年上の自分も負けていられないと主張するかのように斬空は逞しく足を前へと突き動かしていた。
 しばらく……とは言っても、ものの一分程度だが、三人は洞窟の奥に辿り着いた。そこは明かりが無ければ当然真っ暗で、唯一の光源である燃える枝の火が淡い赤で壁や天井を照らしている。辿りついた希龍と斬空は造形美の欠片もない空間を、瞳をぐるりと動かして見渡す。中は殆ど何も無く、あるのはひたすら無機質な岩肌で、目に新しいのは所々にロイスの持ち物と思われる道具が転がっているそれだけ。ロイス自身もここで長く生活している様子ではなく、偶然発見して一時的にここに身を寄せていたと言った解釈するのが正しかった。
 大豪邸みたいな洞窟と言っていたロイスの話に期待した自分が馬鹿だったか。疲労の中で内心そう呟く希龍の前でロイスは後ろ足を曲げ、それから前足を投げ出すように前に伸ばして伏せると、首に下げていたポーチのつまみに牙を器用に引っ掛けてそれを開いて中に口を突っ込む。そのままの体勢でロイスはしばしポーチを漁り、突然引き抜き抜いた彼の口には希龍と斬空も以前所持していた道具――光の珠が咥えられていた。
 一連の動作の後、ロイスは甘噛みで咥えたそれを荒れた肌のような大地に置くと、前足で軽く叩いた。途端に光の珠は内側から輝き出し、眩い白光が希龍達を照らし出す。その光りに三人とも一瞬だが目を細めていた。闇に慣れていた目にはこの輝きは明る過ぎたのだろう。
 時期に光りには慣れても、まだこの場所には慣れていない希龍と斬空は体を休めながら低い天井や無機質な壁を眺めていた。ロイスはと言うと、既にこの洞窟に慣れているようで俗に言うお座りの体勢を取ると、後ろ足を器用に使ってまた首元を掻いている。土埃で汚れ、お世辞にも綺麗とは言えない体はやはり痒くもなるもので、黒い体毛の下に隠れる地肌をロイスは後ろ足でせっせと掻いていく。
 しばらくして彼は気が済んだのか、体勢を元の伏せに戻すと、無言で周囲を見渡す希龍と斬空を見上げながら口を開いた。

「フッ、俺が見つけたこの洞窟の豪華さに言葉が出ないみたいだな」

 口元を緩めながらそう言ったロイスに、瞳を上下左右に泳がせていた希龍と斬空は揃って彼の顔に焦点を合わせた。
 何処からそんな自信が出てくるのやら……。希龍も斬空も脳内でそう呟き、二人共彼のどこから出て湧いてくるのか見当も付かない不可思議な自信を理解出来なかった。一方ロイスは、もはや異様とも言える程に自信満々かつテンションが高く、彼の発した言葉に希龍は見るからに眠そうな表情の中に苦笑いと言う名の作り笑顔を浮かばせていた。それから少しの間を置くと、再びロイスが唐突に口を開く。

「そう言えばさ、互いにまだちゃんと自己紹介してなかったな。……俺はロイス。歳は十七だ。好きな物は……まぁ、色々かな。嫌いな物は空から降ってくる熱ぃ石ころとか喧嘩とか。え~と、後はなんか言う事あるかなぁ……まっ、別に良いか。取りあえず、改めてよろ……って、あれ?」

「…………」

「…………」

「自己紹介中に寝るなー! 少しは人の話を聞けって!」

 一人で黙々と自己紹介をしていたロイスの目に映った光景は、疲れからか既に目を閉じて&ruby(うずくま){蹲};っている希龍と斬空の姿であった。疲労困憊の二人は迫り来る睡魔に対抗する術が無かったようで、寝息を立てながら既に夢の中と言った様子。夢の世界へと誘われた二人の耳にロイスの自己紹介は届いていなかった。二人の態度にさすがの彼も呆れ顔だったが、しばし二人を眺めていたロイスはふと小さな声で呟く。

「……まっ、仕方ないか。二人共疲れてたみたいだし。そりゃ眠りたくなるよな」

 ロイスの呟いた通り、希龍も斬空も絶体絶命の状況に疲弊し、体は限界だったのだ。そんな二人の体を支えていたのは、メテオスコールから逃れる術が無かったあの状況の緊張感と生きると決めた強い意志。それが安全な洞窟に辿りついた事で緊張感は薄れ、それとは反対の安心感から、二人に疲れやら眠気やらが一気に襲い掛かってきていたのだ。そして、二人にはそれらに抵抗する精神力がもう残されてなく、瞳を閉じる二人は既に安眠していた。
 希龍と斬空の寝顔をしばし眺めていたロイスも瞼を降ろして視界を黒に染め、直に彼も深い眠りへと落ちていく。それから数分後には洞窟内に寝息以外の音は消え、冷暗の闇夜は世界に満ちていくのだった。










 三人共深い眠りに就いてから数時間。明確な時刻と言う物が存在しないこの世界も、既に深夜と呼ばれる時間帯となっていた。この世界では当然の如く星の輝きは何一つ視認出来ず、陽を失った世界は暗黒が独裁していた。暗闇の中、昼間の荒々しさとは一味違った冷たい夜風が大地を撫で、岩や木々は何も訴えずにその冷たさにじっと耐えている。希龍達が居る洞窟内にも、出入り口から吹き込む冷風が僅かながら流れて込んできていた。
 光の珠に照らされた洞窟の中、硬く冷たい岩の地面に身を預け、そこで眠りに就いていた希龍はふと目を覚ました。彼はドラゴンタイプ故に外から入ってくる風の寒さには敏感だったが、それが原因で夢の世界から現実に引き戻された訳ではない。彼はメテオスコールを察知出来る特殊な能力を持っていて、それに伴う独特の頭痛で目が覚めたのだ。
 眠る以前に比べて頭痛は酷く、一度目が覚めてしまえば鐘のように響く痛みが邪魔して再び眠りに就く事は難しい。それこそ二度寝なんて今の彼にとっては夢であった。そして、酷くなっていくその頭痛は空から飛来する無差別な殺人者の群――メテオスコールの接近を彼に知らしめていた。

「近いな……もうすぐ来る」

 小声でそう呟いた希龍は、まだ完全に疲れが取れていない体を動かしてその向きを変えると、洞窟の外に続く道を鋭く睨む。そこには光の珠から発せられる白光とは正反対の自身から伸びる黒い影があった。建築基準も何も持たない自然が作った洞窟なだけに曲がりくねり、先の方は白光が届かず、正に一寸先は闇。そんな暗がりに誘うかのように伸びる自身の影はなんとも気味の悪いものだった。
 しばらく頭痛と闘いながらそこを眺めていた希龍は、視線を斬空とロイスに移す。二人共穏やかな寝顔で眠っていて、一定の間隔で静かな寝息を奏でている。気持ち良さそうに眠る二人の顔に反し、頭痛に悩まされる希龍の表情は若干険しいものであった。生きて行く上でとても役に立つ才能ではあるが、その代償とでも言うかのように頭痛は彼を苦しめる。呻き声などを上げる程ではないが、疲れた体を睡眠によって休めたい彼にとってそれは邪魔で仕方がなかった。

(まったく……予知できるのは良いけど、この頭痛は嫌になるよ……)

 心中でそう不満を漏らしながら希龍は再び地に伏せて瞼を降ろす。無理やりにでも眠りたい気分であったが、寝ようと思えば思うほど眠る事は出来ず、ただでさえ痛い頭がさらに痛くなっていく感覚が頭に響く。寝ようにも眠れない希龍は、時間と共に酷くなっていく頭痛に耐えながら、目を閉じてじっとしていた。
 ……時は枯れる事なき大河のように流れ、夜は更けていく。希龍達が身を隠す洞窟も含めて周辺は物静かで暗中に生存者の気配は無い。そして、そこでは森の墓場に運良く生き残っている木から落ちた木の葉が、荒涼とした大地の上で風に少量の砂と共に踊らされていた。行動する者など一人として居ない。月以外、星の一つも見えない夜空は殆どが黒の独壇場。そんな夜の世界はとても荒んだもので、表現するのなら“無”が妥当な景色であった。
 しかし、その時だ。
 黒の天空が突然煌いた。雷をも凌ぐ白きその閃光は夜空に迸る。それも群を成すように連続的に幾つも。そう、荒ぶる隕石達が遂に襲来してきたのだ。まるで爆発でも起こったかのような眩い閃光が夜空に白く焚ける。空気との摩擦で燃えるそれらは、音速をも超える勢いで地表に降り注ぎ始めた。流れる夜風を吹き消す爆風が瓦礫を跳ね飛ばしながら駆け抜け、轟く爆音に大地は脅えるように震え上がる。
 耳を塞ぎたくなるような激しい音は、希龍達の居る洞窟の中にも入り込んできて、起きていた――正確に言えば眠れなかった希龍は音の伝わってくる洞窟の先を睨んだ。深い眠りに就いていた斬空とロイスも地響きと爆音に叩き起こされ、集音性に優れた尖った耳を持つロイスに至っては、飛び起きて慌てふためく。

「ななな、なんだ!? 地震か? 雷か? 火事か? それとも親父か!?」

「全部外れ。隕石だよ。……てか、最後の親父は先ず無いだろ」

 尻尾を巻いて走り回るロイスに希龍は、彼とは正反対の冷静な態度でそう言った。聞こえているのかそれとも聞えていないのか、ロイスは普段は上を向いている耳を力なく下げ、希龍と斬空の周りを走りながら仕切りに周囲を見回す。衝突音が響いてくる中で希龍と斬空の瞳は慌しいロイスを追って動き、“ロイス=頼りない”と言う印象がその目に刻み込まれていく。しばらくの間、二人共ロイスの面白おかしな動きを眺めていたが、見かねた斬空が嘴を開いた。

「落ち着けって。ここは安全なんだろ?」

「え……? あ、あぁ。多分安全なんだと思う」

「なんだか曖昧だな」

 斬空の鋭い一言で、なんとか落ち着きを取り戻したロイスは、大袈裟に息を切らしながらようやく動きを止めた。そんな頼りない表情を浮かべる彼の口から出てきたまたも頼りない曖昧な言葉に希龍も斬空も呆れた顔をした。曖昧な返答に呆れる二人に見詰められながら、落ち着きを取り戻したロイスは後ろ足を屈曲させてその場に座ると、一度深呼吸する。
 洞窟内は先程の静けさに反し、隕石が大地を爆砕する激しい音が引っ切り無しに響き渡り、微弱な振動が三人の足にも伝わってくる。洞窟の天井からは極僅かだが危なげに細かな塵が降って来ていて、それは希龍達の体にも降りかかっていた。
 先のロイスの曖昧な返答が影響してか、希龍と斬空はもしかしたら隕石の衝突に耐えられなくて洞窟が崩れるかも……と言う不安を抱いていた。二人揃って天井に一度目を向け、それから二人はロイスに鋭い視線を浴びせると希龍が彼に尋ねた。

「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

「そんなに心配すんなって。俺の鼻がこの洞窟は崩れないって言ってるからな!」

 数十秒前とは打って変わり妙に落ち着き、自信に満ちたロイスが放ったその一言を聞いた希龍と斬空は、わざとらしく表情を呆れたものにしてから互い目を合わせる。

「斬空さん。崩れる前に逃げようか」

「同感だ」

 希龍と斬空の姿を見ながら、そして二人の声に耳を傾けていたロイスは、素早く立ち上ると片方の前足で二人を交互に指しながら、毛を逆立てて怒鳴るように反論する。

「お、おい! 二人共少しは俺を信じろって!」

「いやぁ、信じろって言われても……さっき自慢の鼻は間違ってたじゃん。だからまた間違ってるかなぁって思ってさ」

「同感だ」

 冗談でそう言った二人であったが、言われたロイスは何時の間にか神速の如く隅っこに身を寄せていて、二人に背中を向けながら蹲っていた。さらに近寄りがたい非常に重い空気を周辺に放っている。

「う、うぅ……お、俺の鼻はこんなにも、こんなにも役立たずなのか……」

 隅でなにやらブツブツと呟きながら二人に背中を向けるロイスの背後で、希龍も斬空も彼の独り言を納得するかのように無言で何度も頷く。ロイスが同じ事を何度もブツブツと言い出してから数秒間はそれの繰り返し。しかしだ。二人に黒毛に覆われた背中を向け、近寄り難いオーラを纏いながら蹲っていたロイスは、急に体の向きを変えた。

「おい! 納得したしたみたいに頷いてないで空気読めって! 普通こう言う場面は慰める所だろ!」 

「それだけ元気なら慰める必要は無いでしょ」

「同感だ」

「く、くそ……二人共鋭いな」

 ……と、こんな感じで真夜中の雑談は続き、草木も眠るような時間帯にも関わらず洞窟内には明るい声が響き渡り、屋外では何時しかメテオスコールも止んでいた。周辺にはまだ煙や燃える木などが隕石の傷跡として残っていて、至る所で上がる真っ赤な炎が暗闇に浮かんでいる。
 元々雨が少なく乾燥しているこの土地では、所々で燃える灼熱の列火が鎮火されるのには当然時間がかかり、生きた木や既に息絶えた木の肌を焦がしていく。樹皮や枝、葉が爆ぜる音はまるで木々の悲鳴のようで、拍手にも似た軽い音は夜通し真っ黒な空に響き渡っていた。










 翌朝、夜通しで淡い光りを放っていた炎もその殆どが鎮火し、東の果てからは太陽が顔を出し、世界を温かな陽光が照らし始めていた。温かと言っても常に茶一色の空から注がれるそれは貧弱そのもので、冷えた地表を温めるには時間が必要。日の出から数時間は震えるほどではないとしても肌寒い朝の空気が漂う。
 絶対的存在である太陽の光りで照らされた大地は、何時にも増して皹や穴だらけ。炎こそ消えたものの未だに煙を上げる木もあって、その木の幹は無残に抉られていた。そこを乾いた風は吹き抜け、立ち上る煙を吹き消す。隕石の持つ熱によって燃やされた木から出る煙は風が強まれば吹き消され、風が弱まればもくもくと立ち昇る。それはまるで鼬ごっこのようであった。
 そんな外の様子は見ず知らず、洞窟内で一晩過ごした三人はメテオスコールの影響もあって多少の睡眠不足で、三人揃って萎れた草のような顔だった。

「…………」

「…………」

「…………」

 無言。三人とも辛うじて目は開いているが、だらしなく開いた口からは声の一つも出ていない。睡眠時間だけなら十分だったのだが、深夜に目を覚ましてしまうと言う不規則な睡眠のせいでロイスはまだしも希龍と斬空の顔色は悪かった。
 曲がりくねってはいるが、洞窟の全長が短いだけに僅かながら外の光りが洞窟内にも入り込んできていて、その光りは意識があるのかすら怪しい表情で棒立ちする三人の半開きである瞳にも映り込んでいる。しばらくは三人共脳を立ち上げ中……言わばNow Loading...と言った感じで棒立ちしていたが、ロイスと斬空の間に居た希龍がようやく第一声を発した。

「二人共……おはよう」

 希龍の声は蝋燭の火のように弱々しい声で、やはりまだ疲れがとれていない様子であった。寝ぼけ顔の彼が吐いた覇気の欠片も無い小さな声を聞いた斬空はゆっくりと目を動かして希龍を視界に捉える。

「あぁ、おはよう」

「…………」

 まだ瞼が重いようで、普段の鋭さを失った彼の目は半分以上閉じていて希龍と同様に声に張りは無い。一方、ロイスに至っては完全に瞼が下りていて、希龍と斬空の眼差しを浴びながら、彼は立ちながら眠るというある種の芸当を披露していた。
 ロイスの耳は垂れ、顔は上下にウトウトと動き、鼻ではさながら寝息のような息をしている。器用なものだな。ようやく思考が動き始めた希龍はそう思いながら、短い足を一本ずつ精一杯に伸ばし、睡眠で鈍った体を解していく。希龍に少し遅れて斬空も疲れで重い頭が活動を始めた様子で、細い首を曲げたり鋭い翼を伸ばしたりして体を解していく。
 昨日は走り続けていた希龍と斬空に比べ、あまり疲労が溜まっていないにも関わらず、既に目を覚ました二人の傍らでロイスはまだ器用な芸当を続けていた。放っておけば何時までも寝ていそうな彼にまたも呆れながらも、希龍はロイスの元まで歩いて行き、彼の前足を自分の前足で軽く叩く。
 深夜のメテオスコールと同じく半ば強制的に夢の世界から引き戻されたロイスは、それでようやく目を開いた。瞼は何とか持ち上がってはいるのだが、まだ寝ぼけているようで、実際には希龍や斬空の姿が見えているのかと疑いを持つような顔。

「おーい、いい加減目を覚ませって」

「ん? ……おぅ」

 瞼を上げ下げしながら半分呂律の回っていない、加えて聞き難い小さな声でロイスは答えた。黒と灰色の毛並みはボサボサで、彼の姿は見るからに寝起きといった形相。どんなに貧弱で力の無い者であっても、今の彼の姿には頼りなさを感じるであろう。荒廃した世界を逞しく生き抜いていると言うよりは助けを求める遭難者と言った方が、その姿にはお似合いだった。
 &ruby(まどろ){微睡};むロイスは周囲をぐるりと見回し始め、自慢……出来るのか少々疑わしい鼻を僅かに動かす。あまりの寝ぼけ振りに、希龍も斬空もほぼ同時に溜息を吐き、見ていても仕方がないと判断してロイスから目を逸らした。……二人が溜息を吐いてから数分の時間を経て、さすがにロイスも目を覚ましたらしく、昨日と同じ妙に明るいテンションに戻っていた。
 目を覚ました三人は一度話し合い、一先ず様子を見に洞窟の外に出る事にした。外から差し込む光りに導かれるように三人とも&ruby(でこぼこ){凸凹};とした洞窟の床を進み、陽を取り戻した外界に顔を出した。昨日の爆音は希龍が察知した通りメテオスコールによるもので、三人の目に映る光景は酷いものであった。
 そこはまるで数十匹単位のポケモンによる大規模な戦闘でもあったかのようで、大地には痛々しい穴が空き、土埃が風とともに乱舞し、所々では風下に向かって広がる煙が漂っている。種族柄、少なくとも希龍や斬空より鼻が利くロイスは、焼けた木々の焦げ臭さに顔を顰めた。

「ひでぇな」

 普段の明るい顔からは少し想像し難い顰め面を見せながら、呟くようにそう言ったロイスは今一度周囲を見渡し、遠くに見える燃える木に焦点を合わせた。乾燥した大地にも関わらず、少ない水分を大切にしながら生き永らえていたその木も、数百度の炎の前には抵抗する術がなく、弾けるような音を立てている。雨でも降らない限り、時期にその身は怒り狂う火炎によって煙と灰にされ、死んでいく定めだった。
 鼻を塞ぎたくなるような焦げ臭さに顔を顰めるロイスの側で、希龍は空を仰いでいた。彼の視線の先は青色を失った何時も通りの茶色が支配する空であったが、それでも辛うじて太陽の姿は確認でき、その位置からある程度の時刻と言う物を知る事が出来る。ただし、太陽の位置と言う物は季節によっても変わるため、あまり正確ではないのだが。
 目を細めながら太陽に見入り、時間帯を確かめていた希龍はその視線を地に戻すと悲惨な光景を呆然と眺めていた二人に向けて言った。

「多分、今は日の出から一、二時間だと思う。確証はないけど、太陽の位置的に多分そんな感じの時間帯だよ」

「どうやらそう見たいだな。まだ少し肌寒いし。取りあえずここに居てもしょうがない。一端洞窟の中に入ろう」

 希龍の言葉に一度太陽を見た斬空は持ち前の冷静さを発揮するかのように、最もな意見を提唱した。一度メテオスコールが降り注ぐと、数日は比較的安全とは言えるものの、彼の言う通りで危険と隣り合わせの外に長居する理由は無い。希龍やロイスよりも年上で頼れる存在である彼の言葉に、二人も素直に頷いた。それから直ぐに身を翻し、列を組んで一行は洞窟内に戻り始める。
 二回目をともなれば希龍も斬空も足取りが軽快で、初めて入った前日とは違い、起伏を気にせず速歩で進んで行く。先頭を進み、二人を先導していた昨日とは逆、最後尾で尻尾を揺らしながら歩いていたロイスは目の前を歩く希龍に唐突に話し掛けた。

「あんたの才能、どうやら本物みたいだな。口には出さなかったけど、正直昨日はそこまで信じて無くてさ。それにしても、すげぇ才能だな。隕……メテオスコールだっけ? それを察知出来るなんて」

「まぁね。なんかよく分かんないけど、物心付いた頃には察知出来るようになってたんだ」

「へぇ、俺もそんな才能が欲しいぜ」

「でも、察知出来る時はいつも頭痛が酷いんだよ」

「あ、やっぱ要らないわ……」

 斬空は先頭を歩き、希龍とロイスは雑談を交わす。外の景観とは違った和やかな雰囲気で、硬い地面をそれぞれが踏み付けながら洞窟内を進んでいく。洞窟の奥に再び辿りついた三人は、互いが向き合う三角形を描くように座り、一先ず朝食を摂る事にした。
 相変わらず光りの珠は白光を放ち続けていて、暗い岩壁と三人を逞しくもどこか優しい光りで包む。ロイスの持っていた少ない木の実を三人で分け、それからロイスの所持する瓶に入っていた水も三人で分配し、満腹には程遠いが一先ず三人共飢えは解消出来た。一服する中、お座りの体勢を取るロイスがふと静寂を割った。

「そういえばさ、昨日二人共直ぐに寝ちまったから、ちゃんと自己紹介してなかったな。俺はロイスだ。好きな物は……まぁ、色々だ。とにかく、改めてよろしくな!」

 元気良くそう言ったロイスに、希龍も斬空も表情を明るくする。そして、彼に続くように希龍も簡単な自己紹介を始めた。一つ息を吐き、頭の中で瞬時に文章を構成した彼は&ruby(おもむろ){徐};に口を開く。

「俺は希龍って名前。好きな物は一度喰った事があるモモンの実かな。まぁ、こちらこそよろしく」

「モモンの実か。聞いた事はあるが俺は喰った事ねぇな。どんな味なんだ?」

「そりゃあもう、甘くて甘くて……マジで美味いし、さらに解毒効果もあるんだ」

「おぉ! 美味い上に解毒効果があるなんてすげぇ実だな」

 希龍の話にロイスは目線を上に上げ、彼の語るモモンの実を想像していた。どんな形でどんな色をしているのか、またはどの位甘いのだろうかなど、様々な想像が風船のようにロイスの脳内で膨らんでいく。その味を想像し、思わず涎が垂れそうになったロイスは慌てて口を閉じ、少し恥ずかしそうに尻尾を丸めた。
 ガーディやグラエナと言う種族は、感情が顔以外にも尻尾に表れやすく、怖かったり悲しかったり、今回のように恥ずかしかったりすると無意識の内に尻尾が垂れてしまう。逆に嬉しかったり楽しかったりすると、尻尾を振ってそれを表現するのだ。
 そんなロイスや希龍を眺めながら、今度は斬空が自己紹介の為に閉じていた嘴を開いた。

「俺は斬空だ。……よろしく」

「え? それだけ?」

「まぁ……な。俺はあまり長々と話すのが苦手でな」

 名前以外に何も自分を紹介せず、単調に言った斬空にロイスは思わず聞き返した。伝えるべき事を真っ直ぐに伝えたとも取れるが、彼が抱いていた斬空のイメージから、もっと色々な事を語ってくれると期待していたのだろう。ロイスは少し残念そうな表情を同時に浮べ、彼の尻尾はまたも無意識に垂れていく。
 大袈裟だが期待を裏切られて落ち込むロイスを傍らに、斬空は自己紹介よりも大事な話を切り出した。

「さてと、自己紹介も済んだし、これからどうするかを考えよう。食料の調達も必要だし、なにより旅をするに当っての情報も必要だ」

「ん? 旅?」

 希龍も斬空も、まだロイスに自分達が伝説である青い空を目指して旅をしているとは会話の中で一言も述べてなく、旅をしていると言うのはロイスにとって初耳だった。故に彼は少し驚いたような顔をして、性格からは想像も付かない鋭い牙を口腔内から覗かせながら斬空に聞き返していた。

「そうか、そう言えばまだ話してなかったな。俺と希龍はとある物を探して旅をしてるんだ」

 少し詰まったような声で返答した斬空であったが、旅の明確な目的までは口にしていなかった。彼はロイスを信頼してないと言う訳ではなかったが、唐突に青い空を探しているなんて口にしても、笑われてしまいそうで少し躊躇っていたのだ。
 一方ロイスは、斬空が口にした“とある物”と言う言葉が気になってしまい、尚更聞き返せずには居られなかった。垂れていた耳を元気良く立て、先程とは違う明るい表情で斬空に歩み寄り、鼻先で彼を指しながら問い詰める。

「と、とある物ってなに!? 財宝? 隕石の降らない楽園? なあ、もったいぶらないで教えてくれよ」

「え……う~ん……教えても良いんだが……」

 期待に溢れる表情で詰め寄るロイスに、斬空は話し辛そうに表情を曇らせていたが、会話をしていた二人の耳をこの場に居るもう一人――希龍の一言が貫いた。

「青い空だよ」

 鋭い横槍を入れるかのように、そう言った希龍の声は妙に二人の耳に響き渡る。そんな彼の声に反応し、視線の先を希龍に移したロイスの顔は固まっていた。彼にとって、希龍が口にした言葉は初耳なのは当然だった。この世界に生きる者でおそらく青い空なんて聞いた事のある者は恐らく希龍と斬空の二人だけだろうから。当然、ロイスは生まれて此の方青い空なんて見たことも聞いた事もなく、彼は疑うような視線を希龍に注ぎながら、表情からして希龍の話が信じられないと言った様子であった。

「あ、青い空? なぁ……その、言っちゃ悪いが空を見てみろよ。青色なんてどこにもないぜ。俺だって生まれてから一度も青い空なんて見た事も聞いた事もないし、見れば分かる通り遥か彼方まで茶色じゃないか」

「そうだけど、俺は……あ、いや、母さんは俺に言い聞かせてくれた。茶色の空は偽りで、本当の空は青いんだって。実際、青い空なんて根拠の無いただの伝説だよ。でも、俺はそれを信じて青い空を見るのが夢なんだ」

 ロイスの瞳に映り込む希龍の表情は真剣そのものだった。希龍の目は狂いなく一点――ロイスを見詰め、その表情は例え笑われようが馬鹿にされようが、夢だけは決して捨てないと強く訴えていた。
 否定されても自分を信じ、親を信じ、夢を信じる前向きで&ruby(しんし){真摯};な希龍の態度がロイスの心に大きく作用したのだろうか、彼は何かすごい事を聞かされたかのように硬直していた。希龍は夢を追い求めているだけの事であったが、希望を抱く彼の話に不思議とロイスは心を動かされていた。そんな彼に良い意味で追い討ちを掛けるように、斬空が冷静な態度で語りかける。

「希龍の言う通り、俺達は青い空を探して旅を続けるつもりだ。俺達に付いて来る来ないはロイス、あんたの自由だ。けど……付いて来るなら大歓迎だ」

 固まっていたロイスはゆっくりと斬空に顔を向ける。二人に付いて行くか、それともここに残るべきか。普通なら、誰しもがそんな葛藤を生むだろうが、今のロイスに迷いは無かった。聞いたその瞬間は青い空なんて存在しないと彼は思っていた。けれど、自分の夢を貫く希龍の話を聞き終わった頃には、何の確証も無いが青い空を不思議と自分も見たくなっていて、どこかに忘れていた希望がロイスの心にも宿っていた。
 自分が――心が求めていたのは希望だったのかもしれない。希望を持たず、ただ生存本能に従って生き永らえていた自分がなんだか惨めに思える。改めて希龍と斬空の自分とは違う希望に満ちた瞳を見たロイスはそう感じていた。そして彼の決心は既に固まっていた。不思議と心の底からロイスは希龍と斬空と一緒に青い空を見たいと思い、彼は二人を見ながら口を大きく開く。

「伝説の青い空か……確かにただの伝説かもしれないな。でも俺は信じるぜ!」

 張りのある明るい声が洞窟内に木霊して、四方を岩肌に囲まれた中でその声は何度も反響して希龍達の耳に入って来る。ロイスの一言に希龍も斬空も素直に良かったと思い、自然と笑みが零れた。自分達の夢を一緒に追い求めてくれる仲間が増えた事が二人はなにより嬉しかったのだ。
 一人より二人、二人より三人。夢と希望を分かち合う仲間は多い方が良いに決まっている。そう信じる希龍は一緒に夢を求めてくれると強く言い放ったロイスに短い前足を精一杯に伸ばして握手を求めた。

「一緒に夢を追い掛けようぜ。ロイス」

「おう!」

 希龍の灰色で短い足とロイスの黒く細い足は、握るような握手ではなく、互いの足の先端をぶつけ合うハイタッチのような握手を交わした。続いて斬空も新たな仲間を歓迎して鋭い翼の先端をロイスに差し出す。互いに表情を明るくしながら、ロイスは斬空とも握手を交わす。
 この瞬間、希龍の母親が語っていた伝説を信じ、それを追い求める者がこの世界にまた一人増えたのだった。陰暗な洞窟内を光の珠の白き輝きは包み、それは三人の青い空を見ると言う強い信念を具現化すかのように煌く。こうして、希龍、斬空、ロイスの三人はタイプも種族も性格もバラバラだけれど、伝説の青い空を見ると言う一つの夢を大きな共通点に、三人一緒に伝説の青い空を追い求める旅に出る事となった。そして、冥暗の中で白光に照らされる三人の顔は、溢れんばかりの希望に満ちていたのだった。










To Be Continued...
----
[[Reach For The Sky 5 ‐旅の門出‐]]
----
あとがき
二話、三話と一万文字未満でしたが、今回は何とか目標である一万文字を越えられました(と言うよりはかなりオーバーしてしまいました)。
文字数の事はどうでも良いとして、今回はハラハラドキドキの展開も無ければ、ダークな感じも無かった(少なかった?)と思います。個人的にこの四話は少し雰囲気の改善も兼ねて明るい感じに仕上げてみました。全体的に暗い世界観なだけに、少しはこのように暇を入れた方が良いかな……と思いまして。
さて、間が開いてしまいましたが、これからも執筆は頑張りますので、宜しければお付き合いの方をよろしくお願いします。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
作品を読んだ感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽にどうぞ。
※コメントページは全話共通です。
#pcomment(コメント/Reach For The Sky,5,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:19:39" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%204%20%E2%80%90%E5%A4%A2%E3%81%A8%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.