|&color(#00baff){&size(35){Reach For The Sky};};| Written by [[SKYLINE]] 目次は[[こちら>Reach For The Sky]] キャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky 世界観とキャラ紹介]] ---- ''Episode 2 突然の旅立ち'' 怒り狂ったかのように吹き荒れる砂嵐。地に群れる砂の量に比例してその規模は小さいものの、それはどこと無く姿を現し、時に幻影の如く姿を消す。しかし、今日は弱まる事を知らぬかのように、小さいながらも猛々しくその存在感を荒野に誇示していた。生きた木々が少ないこの土地を好き勝手に風は駆け回り、枯れて朽ちた木やポケモン達の骨は少しずつ削られ、周辺には喧しくも恐怖を煽る水無き嵐の怒号が響き渡る。風と砂が縦横無尽に吹き荒れる景観に&ruby(ふうこうめいび){風光明媚};は当てはまらず、&ruby(すさ){荒};んだそれは文明が滅んで荒廃し、法も秩序も無いこの世界を象徴していた。 そんな寂れた場所――微粒の砂が皹や穴に群れを成すそこに、数人のポケモンの影があった。遠くに居る故に、汚れた空気の影響ではっきりとは見えない複数の影であったが、移動しているあたり、この世界に置ける生存者なのは確かな事。影の主達は一人のポケモンを先頭に列を組んで進んでいく。 長きに渡り恵みの雨はその恩恵を大地に与えていないのか、地面は乾燥と隕石の落下によって罅割れ、そこには砂が堆積し、乾燥して硬くなった地面をそれぞれのポケモンが力強く踏み付ける。メテオスコール――隕石群の度重なる落下によって砕かれた大地は歩き難いが、彼等は極力砕けた場所を避け、各々が歩き易い道筋を選んで列を成しながらも小さく蛇行していた。ある者は並んだ爪を地面に突き立て、またある者は体をくねらせて這うように進む。 先頭を歩くそのポケモンの後姿は、まるで俺に付いて来いと無言で語るような逞しいもので、彼の後ろに列を成す者達はそれに忠実に従うように背中を追っていく。いつしか暴れていた少量の砂は何処かに姿を晦まし、視界が開けたそこには数人で構成された集団の姿が、曖昧では無くはっきりと見えていた。 集団の先頭に居るのは、回転する頭を持ち、そこから生える長い両腕には白く鋭い爪が二本並び、ずっしりとした体は頑丈な甲殻に覆われ、蠍のような姿をしているポケモン――ドラピオン。彼の目付きは刃のように鋭く、回転する頭を動かして周囲を睨んでいた。そんな彼に続く者達も、並ぶ両眼を左右に動かして周辺に目を配る。 彼等はバックを背負ったりポーチを装着したりと俗に言う重装備で、その殆どは膨れ上がっていた。そこに何が入っているかは定かでは無いが、一つ言えるのは、この世界で生きていく上で役立つ道具や欠かせない食料などだと言う事。必要の無い無駄な物を持ち歩くほど、この世界は優しくはないのだから…… 集団で移動する彼等の先には、連立する岩場が延々と広がり、そしてコモルーの希龍とエアームドの斬空が住むあの洞窟が見えていた。集団のリーダーと思われるドラピオンの視界の中で、二人が植えた数本の木も、両の目から注がれる鋭い視線を浴びている。貴重な食料である木の実が生る木を目にして、それを見逃すような者が居る筈もなく、先頭を歩むドラピオンも例外なくその存在には気が付いていた。 ドラピオンは&ruby(かっぽ){闊歩};していた足の動きを止め、移動中だった故に上げていた尻尾を硬い大地に下ろす。その一連の動作に、彼の後ろに続く数人のポケモン達も足を止める。左右に180度回転する頭を回して振り返ったドラピオンは後続のポケモン達に向かってその大きな口を開き、劣悪な大地に声を響かせた。 「おい、あそこに見える木と洞窟に向かうぞ」 その屈強な体に見合い、ドラピオンの口から出てきた声は図太く、低く轟くような声であった。先頭に居る彼の言葉に、瞳を泳がせていた後続の者達は直ぐにそれをドラピオンに向ける。後続の者にそう一言告げたドラピオンは、再び頭を回転させると前を向き、視界が晴れているとは言え、僅かな砂が舞う荒地の先に見える木と洞窟を睨んだ。 「ドクちゃん。あそこ、誰か居そうだね」 立ち止まり、足の爪を乾燥した硬い地面に突き立てて洞窟を睨むドラピオンの後ろから、一人のポケモンが幼い声で彼に言葉を投げ掛けた。 全身を赤い毛に覆われ、三角の耳に、特徴的なクルリとカールした六本の尻尾。様相は狐のようで、その体はまだ小さく幼かった。そんなポケモン――ロコンは、ドラピオンの体を避けて前方の岩を見詰めている。ロコンから“ドク”と呼ばれたその大柄なドラピオンは、前方に見える洞窟を威嚇するような目で睨みながら長い腕を組むと徐に口を開いた。 「あぁ、そうだな。だが誰が居ようと関係ない。俺達の生きる道を塞ぐ奴は戦って消すまでだ」 「そうだそうだ! 邪魔する奴は血祭りに上げちゃえ!」 「ふん、可愛い顔して怖ぇこと言うんだな。女の子ならもっと可愛くするんだな」 まだ幼い、そして雌のロコンにそう言ったドラピオン――ドクは、群の中でも一際目立つその巨体を支える四本の足を動かし、希龍と斬空の二人が住む洞窟に向かって歩みを進め始めた。足の先端に備わる硬い爪が何度も何度も地面に突き立てられ、その度に重い足音が風声の中に混じる。ドクは地面の起伏など気にも留めず、ほぼ一直線に洞窟とそこに植えられている実のなる木を目指して歩む。ドクに話し掛けた小さいロコンも、さらにその後続に続く者達も威厳あるドクの背中を追い掛けて無言で着いて行った。 そんな彼等は止む無くドクに続くような顔ではなく、彼と同じく邪魔するような奴等が居れば戦ってやると言う、恰もその心を主張するかのような力強い目付きや表情で歩いて行く。数人のポケモン達が一斉に歩き出すその重厚な足音は、大地を震わせ、荒ぶる風塵さえもその身を引くかのような威圧感。そして群を成す姿はまるで、戦に挑む兵士の行軍を連想させる屈強な姿であった。 &ruby(じゃくまく){寂寞};とした暗い洞窟の中、黒きその色は全てを遮り無明の世界をそこに作り上げていた。けれど、奥に進めば輝く白色の光が漏れ出し、黒は白へと四季のように移り変わって行く。光の珠と言う便利な道具のお陰で、暗い洞窟の奥は明るく照らされ、そこには他愛も無い会話をしながら食後の一休みをしていた希龍と斬空が居た。白光とは対象の黒影は洞窟の壁に映り込み、僅かに&ruby(むら){斑};がある光りの強弱に連動して薄くなったり濃くなったり。または大きくなったり小さくなったり。それはまるで生きているかのような影だった。 木の実を食べ終え、一服する希龍と斬空は座りながら……とは言っても体型の関係で二人共伏せるような感じだが、これからの事に付いての話し合いをしていた。生存本能に従ってただ生きるのではなく、座る二人の胸には澄んだ青空を自分の目で見ると言う夢が抱かれ、いずれはそれを求めて狭苦しいここから旅立とうと二人共考えていた。 しかし、情報もなく、それを集めに出掛けようにも周辺の地図なども無い為に、未だ何も行動を起こせていない。さらに希龍がまだボーマンダに進化する前の未熟なコモルーな事もあって、飛行が出来ない為に移動距離も限りがあった。 こんな状態では、幾ら希龍にメテオスコールを察知する特殊な能力があったとしても外出は危険で、隠れる所を即急に見付けられなければ、メテオスコールの餌食となってしまう。幾度となくメテオスコールの脅威に晒されてきた二人共、それは十分に理解が出来ていた……いや、寧ろ嫌と言う程に脳内に刻み込まれていた。希龍も斬空も掛け替えのない”者”をメテオスコールに奪われたのだから。 何物にも染まらぬ深き色が大半を占める洞窟の中、逞しくも何処か優しさのある白光と、黒影によって体を二分された二人はそれぞれの楽な体勢で話し合いを続けていた。 「やっぱり多少の危険を冒してもたまには遠出して、情報収集した方が良くないか?」 「う~ん……確かにそうかもしれないけど、やっぱり遠出するのはちょっと……」 言葉の通りで、危険を冒してでも遠出して情報収集をしようと希龍に持ち掛けた斬空であったが、その提案に希龍は少しばかり表情を曇らせると、細い声でそう言った。前向きな性格だが、良くも悪くも慎重な面がある彼は、情報収集する事の大切さを分かってはいるものの、その慎重な一面が彼の決断を遅らせていた。 旅をするにおいて情報と言う物はとても大切だが、自分にメテオスコールの予知能力があるにしても、ただでさえ危険な外、ましては遠出するのはさらに危険。それは夢に向かっての一歩なのかもしれないが、その一歩に&ruby(まと){纏};わり着くリスクは重く大きい。希龍の中ではそんな二つの考えが交錯し、彼はいつしか黙り込んでしまっていた。 無音とも言える場所故に、希龍が黙り込むと同時にそこは静寂に包まれた。慎重な一面が前面に出てしまっている彼を見ながら、白光を体の半分に浴びる斬空は一つ溜息を着く。 「はぁ……なぁ希龍、慎重なのは良い事だが深く考え過ぎても決まらない。何時もみたく前向きに考えろって。いざ旅に出た時は迅速な判断が求められる時があるだろうしな」 「え?……あ、あぁ」 どうやら慎重に物事を考えてしまうのが希龍の癖のようで、斬空の溜息とそれに続いて流れた言葉に、彼は失っていた自我を取り戻したかのような表情を浮べ、硬い地面を見詰めていた両目を上げた。 また考えすぎてしまったか……そう自分の良くも悪くも慎重な面を反省しつつ、希龍は四股に力を入れて硬い地面をしっかりと踏んで立ち上がる。それを見ていた斬空も彼に続くように曲げていた細い足を伸ばして立ち上がり、待っていたかのように、隅に積まれている木の枝を一本咥えると、そのまま半開きの口で希龍に向かって言った。 「お! そろそろ動く気になったか?」 「まぁね。あんまり固い話ばかりしてても深く考えすぎちゃうし。今は体を動かして気分転換しようと思ってさ」 「同感だ。……ところで、何時ものを頼む」 「あぁ」 斬空の問い掛けに希龍は外に続く道の方を見ながら、張りのある声で答えた。暗くて先の見えない洞窟に目を向けていた希龍であったが、先鋭な嘴で木の枝を咥えた彼の一言に首の無い彼は体ごと振り向く。斬空が口にした“何時ものを頼む”と言う言葉だけで、希龍は彼が自分に何を求めているのか直ぐに理解出来ていた。濃い灰色をした自らの足に、彼の体は斬空の元まで誘われる。一方斬空はと言うと、身長差のある希龍に合わせる為に体を低くし、彼に向かってまるで煙草の火を求めるかのように木の枝の先端を差し出していた。 重そうな体に似合わず軽い足取りでスタスタと斬空の元に歩み寄った希龍は、小さな口を開くと、枝に向かって軽く“火の粉”と言う技を繰り出す。かなり加減されて繰り出された火はとても弱々しく、強く息を吹き掛ければそれだけで消えてしまいそうであったが、乾燥した木の枝に燃え移ると、弱々しかったその火は闇を照らす頼れる灯火へと変化した。 ただの運動と言うのか生きる為の訓練と言うのか、曖昧なそれに役立ちそうな道具やらを年中装着しているポーチの中に詰め込み、準備を終えた二人は日課である体力強化の為に紅の灯火で洞窟を照らしながら危険な外に向かって進んで行く。硬い地面に足音を木霊させながら進み、希龍と斬空は曲がりくねった洞窟の中を軽い話をしながらしばし歩き続ける。 「いいか希龍。もし俺達に牙を剥く敵に遭遇して、戦わなければならなかったら……」 「道具を上手く活用しろでしょ?」 「お、おい、先に言うなって」 「だって斬空さん、毎回同じ事言うじゃん」 荒廃して生きる事すら大変な世界にも関わらず、ほのぼのとした雰囲気を醸し出しつつ、他愛もないような雑談をしながら暗い洞窟の中を出口に向かって進む二人の瞳に、ようやく外界の光りが映り込んできた。光りと言っても力強いものではなく、幾ら手を伸ばしても決して手の届かぬ神の領域から注がれる弱々しい陽光。それでも、小さな火の明かりだけで照らされていた洞窟の中に比べれば明るく、暗闇に慣れた二人の目には眩しかった。 外からの光りに僅かに目を細めた二人であったが、徐々に二人の目は周囲の明るさに慣れていく。自然の造形である洞窟から顔を出せば、閉鎖的だった景色から開けた景色へと変わり、見上げれば何時もと変わらぬ夢なき&ruby(こくう){虚空};が広がる。その中にぼんやりとした太陽が薄い存在感で天に居座っていた。そんな光景も二人にとって何気ない日常で、同じ毎日の一角に過ぎなかった。 けれど、二人の他愛も無い会話は断絶されていた。昨日となんら変わらないその荒れ果てた大地に、希龍と斬空の瞳に真新しい光景が映り込んでいたのだ。突然目にしたそれに唖然とする二人のほぼ真正面、そこには大柄なドラピオンとその仲間のポケモン達の姿。そう、先程の彼等だ。 それは正に鉢合わせで、両者とも硬直して一瞬時が止まってしまったかのようだった。彼等の間を小さなつむじ風が通り抜け、細かな砂は踊る。互いの視線は交差し、場の空気を緊張が支配していく。張り詰める緊張の糸に縛られるかのように、希龍も斬空も前方に居るドラピオンを先頭とした集団に釘付けになっていた。 久しぶりに見た生存者……しかも数人で構成された群。自分達と同じくこの荒廃した世界にも逞しく生き抜く者達が居た。その現実は二人にとって嬉しい事である筈なのだが、希龍も斬空も表情を険しくする。そう、法も秩序も無いこの世界で、彼等が争いを好まない集団だとは言い切れないのだ。 険しい表情で睨むようにドラピオン――ドクを見詰める希龍と斬空をそれ以上の目付きで睨み返しながら、ドクは鋭い爪の生える足を前に踏み出した。緊張の糸が幾重にも張り巡らされた中に、大地を踏み付ける鈍い音が響き、その威圧的な音に希龍と斬空の二人は咄嗟に身構える。 「……邪魔だ、失せろ」 威嚇するような声で淡々と言い放ったドクのその言葉に、希龍と共に身構えていた斬空は何を思ったのか構えを解くと、慎重な足取りで踏み出す。その姿に、前足を開いて身構えていた希龍は僅かに目を見開き、斬空の行動に少なからず驚いていた。 構えも取らず、ほぼ無防備で希龍の前に立った斬空にドクとその仲間はそろって眉間に皺を寄せる。中には無防備な斬空に飛びかかろうとしているのが明らかな者も居たが、群のリーダーであるドクが動かない以上、ただ構えを取り続けていた。何時にも増して風は強く吹き、境なき汚れた天海はドクと斬空の睨み合いを伺う。 切迫したその状況に、斬空の後ろで身構え続ける希龍の表情は硬い物だった。あからさまな敵に対し、構えも取らず身を晒す斬空の行為が心配で仕方がないのだ。何か声を掛けようにも、彼の背中がまるで何も言わずじっとしていろと訴えるかのような威圧感を放っていて、口も体も思うように動かない。何も背負っていないのに体は重い。今まで見た事が無い斬空の姿に、文字通り希龍は圧倒されていた。 一方、当の斬空は希龍とドクの間に無防備で立ちながら、鋭い目付きを保ったままゆっくりと先鋭な嘴を開く。 「食料が欲しいなら分け与えるし、棲家だって分け与える。……失せろだなんて言わないで、同じ生存者同士協力しようじゃないか」 「協力だと? 言っとくが俺達はこれ以上仲間を増やすつもりなんてねぇ。分かったなら殺される前に視界から消えろ」 「そう言うなって。……&ruby(にわ){俄};かには信じられないかもしれないが、俺の後ろに居るコモルーは、隕石群を数時間前に察知出来る能力があるんだ。だから互いに助け合おう」 「ふん、棲家や食料を失いたくないからって御託並べてんじゃねぇ。俺は失せろと言ったんだ。聞えなかったのか?」 「…………」 殺意に満ちたその鋭い言葉に斬空は表情を一層険しい物へと変えた。彼の意思としては極力争い無く平和的にやり過ごしたいが、ドクの態度からしてそれは難しい物だった。和平交渉が早くも決裂となると、希龍と斬空に残された選択肢は二つだけ。 大切な食料や棲家を明け渡し、ドクの警告に従ってここを去るか。 多勢に無勢の状況でもここは戦いを挑むか。 二人は決断を迫られていた。今ここを明け渡して旅に出るのは準備が出来ていない事もあり危険で、戦うにも数の上で圧倒的に不利。どちらの選択肢を選んだにしても、それは自ら絶望の谷底に飛び降りるような物だった。さらに与えられた時間はあまりにも短く、無言のままの二人に痺れを切らしたドクが風をも吹き消す勢いで怒鳴ってくる。 「とっとと答えろ! 問答無用で殺すぞ」 怒鳴り声は二人を焦らせる。切羽詰った状況下で希龍も斬空も黙り込み、どちらを選んでも地獄行きの選択に心は迷う。葛藤の中で斬空は軽く後ろを振り向き、横目で希龍を見ると、慎重な一面を持つ彼はやはり深く考えて込んでいて、決断を下せそうに無い。ここは……争いを避けて身を引くべきなのだろうか。考える斬空の瞳に映る希龍は困惑した表情を継続していた。そんな彼の顔が引き金となったのか、斬空は葛藤の末に決断を下した。 振り向いていた顔を戻した斬空は数歩下がって希龍の隣に歩み寄ると、一度彼に目を合わせ、その後に嘴を開く。 「……分かった。食料も棲家も譲る。それで良いだろ?」 「え!?」 斬空のその言葉にドクが反応する前に希龍が声を上げた。驚きの一色に顔が染まった希龍は斬空の顔を見上げたが、彼は希龍に目を合わせず、対面しているドクとその仲間達を睨んでいる。そんな斬空は希龍に目を合わせないのではなく、合わせられないでいた。背後で口を開ける洞窟――棲家には本当の空は青いと言う伝説を語り継いだ希龍の母親も眠っていて、自分の発言は、その墓をも捨てると言う意味なのだから。 旅に出る時は尊敬していた母親の遺骨も持っていく。そう言っていた希龍に斬空は合わせられる顔が無く、険しい表情で睨みを利かすドクをただ睨み返す。そんな彼を希龍は何かを訴えるように見上げながら、小さな口を精一杯に開いて言った。 「斬空さん! ここは戦おう! 二人でならきっと勝……」 「駄目だ! 状況を考えろ! 幾らなんでも数に差があり過ぎる。今は生きる為に引くんだ」 「で、でも。今旅に出たって」 「あぁ、危険だがきっとなんとかなる……」 何とかなる自信なんて斬空は少しも無かった。しかし、この状況下で希龍の主張するように戦えば、奇跡でも起こらない限り数の前に圧倒され殺されてしまうが必至。それならば元から旅には出ようと考えていたので、ここは身を引くべきだろうと言う苦渋の判断だった。けれどその決断は、準備も無しに旅に出る事でもあり危険極まりなく、二人にとっては自殺的行為でもあった。 当然、希龍は納得のいかない顔をして斬空の背中を見詰めている。未だボーマンダに進化する前の身である上に準備もせず旅に出る事よりも、命を賭けて育ててくれた母親の遺骨を形見に旅立つと言った誓いを果たせず、自分の母親の墓を見捨てる事がなによりも辛く、それが悔しかった。 苦渋の決断を下したのではあるが、未だ動揺している二人に、ドクは情けを掛けるつもりはないようで我が物顔で仲間を率いて歩き出す。あの幼いロコンは別として、他の仲間達は早くここから立ち去れと催促するような目で悔しさに駆られる希龍や、下した決断の責任を感じる斬空を睨む。その一連のやり取りは、まさにこの世界が弱肉強食の世界だという事を指し示していた。 心残りが影響してか、二人は一歩を踏み出せずに立ち止まっていたが、そんな二人の横をドクは大きな体を揺らしながら希龍と斬空の棲家……いや、もう彼等の棲家ではなくなった洞窟に向かっていく。 希龍も斬空も何も言えず、何も出来なかった。ドク達が通り過ぎた頃には、冷静な性格の斬空は既に忠告通りこの場を離れようと、細い足を踏み出そうとしていたが、希龍は込み上げる悔しさに比例するかのように体に強い力を込めながら、土で汚れた前足を震わせていた。 「…………」 自分達の――母さんの棲家から出て行けなど納得が出来ない。寧ろ納得なんてしたく無い。今の希龍はそんな気持ちで、それでもただ忠告を受け入れるしかない状況に、悔しさは収まる気配を知らなかった。こう言う時、決まって優しく肌を撫でてくれる風も、この世界では乾燥して砂埃を纏い、優しさなんてずっと昔に忘れてしまっていて、悔しさに染まる希龍を惨めに見て、それを嘲笑うかのように吹き荒れている。 悔しさで叫びそうで、でもそれさえも状況が許してくれなくて。種族特有の忍耐力を重石に希龍は激情を押さえ込んでいた。そんな彼に逸早く気を取り直していた斬空は歩み寄ると、小さく声を掛けた。 「行こう。メテオスコールが来る前に安全な洞窟を見つけないと」 信頼し、自分よりずっと冷静だと認める斬空にそう言われ、悔しさに塗れながらも希龍は首が無い故に体ごと頷く。 こうして、二人は突然ではあるが、夢を追い求める旅の門出を迎えたのであった。しかし、それは全てを失い、絶望の中に足を踏み入れたと言う意味でもあり、門出と呼ぶに値しない酷い物であった。宛てもなく無法の地を歩き出した二人であったが、希龍は未だ悔しさを引きずり、斬空はそんな彼の姿を見る度に下した決断の責任を感じる。 重々しい空気に包まれながら、二人はただ洞窟のありそうな岩場を歩き続けた。乾燥した大地を踏み付け、風に押されながらも前へ前へと重い足を踏み出していく。時間に比例して少しずつではあるが希龍の悔しさも、斬空の責任感も薄れていき、歩き始めてから数十分が経った頃には、二人の纏う空気も大分軽くなっていた。 そんな中、時を見計らっていたかのように、先頭を歩いていた斬空はふとその細身な足を止めた。そして、彼は振り向くと後続の希龍を視界に捉える。一連の動作を後ろから見ながら、希龍は不思議そうな表情を浮かばせた。 「そう言えばなんだが……希龍のポーチには何が入ってる?」 「え? あ、ちょっと待って」 先程までは共に無言だった故、仲は良いけれど非常に話し掛け難い雰囲気だったが、意を決したかのような斬空の一言は、そんな二人の隔たりを取り除くのに一役買っていた。些細だけれど大きな一言に希龍は直ぐに反応し、前足でポーチのチャックを開くと、そのままそこに片足を突っ込む。全て出すのも面倒だし、入っている物は触れば大体見当が付くだろう。そんな考えで、希龍は感触を頼りに体を一周する伸縮可能なベルトに装着されたポーチの中身を一つ一つ確認していく。 しばらくして、希龍はポーチを漁っていたその前足を引き抜いた。何か役立つ物がないかと期待を寄せる斬空は、睨んでいる訳ではないが、種族柄の鋭い目付きで希龍の胸の辺り装着されているポーチを見詰め、彼の返答を待っていた。しかし、期待を寄せる斬空に対して希龍は申し訳なさそうな色を顔に出す。その顔はたいした物が入っていないという事実を斬空に突き出していた。 「……え~と、期待を裏切って悪いんだけどさ、鉄の棘とかが数本入っているぐらいで、大した物が入ってないよ」 「そうか……まぁ、突然の事態だったからな」 「でもさ、やっぱ前向きに考えようよ。前から旅に出ようって考えてたんだから、それが少し早くなっただけだって」 先程までの悔しさに塗れたあの顔が嘘だったかのように、希龍の顔はいつも見るような希望が宿り始めていた。少し無理をして作っている感も否めなかったが、彼の前向きな志に、斬空も安心を覚えていた。 やはり希龍はこうでなくては。心の中でそう一言呟いた斬空は彼の清々しい表情を真似るように硬くなっていた顔を解すと、空を仰ぐ。 「だよな。この世界で生き抜くのに大切なのは知識でも力でもない、生きる希望だもんな」 「お! さすが斬空さん。良い事言うねぇ」 「まぁな」 斬空の矛先――空は相変わらずで、命を&ruby(むさぼ){貪};る冷酷な姿であったが、会話の中で、いつしか二人を温かな雰囲気が包んでいた。関係が悪化していた訳ではないが、仲直りした二人は、絶体絶命と言っても過言ではない状況にも関わらず、希望を持って旅を再開した。目的地なんて無い、けれど二人は歩き続ける。希望を捨てる事は生きる事を捨てる事。希望さえ失わなければきっと神様は味方してくれる筈……そう自らに言い聞かせて。 細い足の奏でる金属音のような足音と、灰色の足の奏でる堅い足音は、寂れた地に断続的に響き続ける。太陽は身を隠すように、天と地とを隔てる汚れたフィルターの向こうで時を刻み、その位置を刻々と変えていく。二人の足音はまるで秒針のようで、歩くたびに時間は経過していった。百歩、千歩……過ぎ行く時の流れと連動する足音と、明るい談笑が荒廃した世界に珍しく響き渡っていた。 二人はどれほど歩いたのだろうか。太陽も大分傾き、世界は少しずつ闇夜への歩みを進めていた。そんな中、青い空はどれだけ美しいのだろうかなど互いに妄想を膨らませ、それを意見交換するように語り合いながら、そして&ruby(うっぷん){鬱憤};を晴らすようにあのドラピオン――ドクの悪口も言い合いながら、明るく談笑していた二人も、今は少しばかり表情に焦りが表れていた。 行動出来ない夜を迎える前には、メテオスコールから身を守ってくれる安全な場所を見つける必要がある。しかし、歩き難い岩場が延々と続くだけで、洞窟らしき物は見つからない。目を凝らしても、耳を済ませても、鼻を利かせても……見えるは褐色の岩、聞えるのは風の音、臭うのは砂の臭い。それらがずっと感覚を支配していた。 足も疲れてきたし、朝から何も飲んでいなかったので喉もカラカラ。二人共辛い状況ではあったが、互いに励まし合いながら前へ前へと突き進む。諦めと言う言葉は二人の辞書に無いのだから。 その時だった。 疲弊した体を精神力で支えながら斬空の背中を追っていた希龍が突然その歩みを止めた。背後から聞えていた足音が鳴り止んだ事で、斬空も彼が立ち止まった事に気が付き、同様に足を止めて振り返る。そこには、まるで感覚を研ぎ澄ませるかのように、三本の古傷が残る額の下に並んだ両の目を閉じていた希龍の姿があって、それを目にした斬空は血相を変えた。 「……お、おい。まさか……」 「…………」 斬空に声を掛けられたにも関わらず、希龍は無言のまま目を閉じていた。寝ている訳でもない、疲れて休憩している訳でもない。彼は――希龍は研ぎ澄まされた感覚で、破壊者の襲来を感じていたのだ。そう、メテオスコールの襲来を。不思議な物で、何の前触れもないメテオスコールを何故か察知出来る希龍は、今回もそれを予知していた。しかし、それは決して良い感覚ではなく、頭痛のように頭に響く独特の感覚で、最初は本当に弱く、今彼がやっているように感覚を研ぎ澄ませなければはっきりとは感じ取れない。それ故にメテオスコールの予知には若干の疲労も伴うのであった。 まるで神から授かったかのような特殊な才能を発揮する希龍の姿を見ながら、斬空は不安な気持ちに心を奪われていた。いつもは彼の能力に絶対的な信頼を寄せていたが、今回ばかりは彼の能力が間違っていてと願うばかり。数時間前には察知出来るとは言え、隠れる場所が無ければどうにもならない。込み上げる焦燥に、冷静な斬空でさえも居ても立っても居られなかった。 「ど、どうなんだ?」 「……多分近い内に来る」 「おい嘘だろ!?」 「いや、確かに感じるんだ。頭も少し痛くなってきたし……」 暗くなりつつある周辺に紛れるかのように表情を暗くした希龍は、細い声で斬空にそう告げた。希龍の特殊な能力はかなり早期にメテオスコールを感知できる為、時間はまだ残されていると言えるが、絶体絶命とも言える。なにせ、未だにメテオスコールから身を守ってくれる洞窟などを、岩場に立つ二人は発見出来ていないのだから。 偏頭痛のような独特の感覚に不快感を覚えながらも、希龍は疲れて重くなった足を動かして走り出す。それに続くように、斬空も走り出した。辺りが真っ暗になってしまってからは、夜行性でない二人は動きが取れなくなってしまうので、陽が沈む前に、そして何より隕石が降り注ぐ前に安全な場所を見つける必要があった。周囲に目を配りながら、急ぐ二人の進行を起伏の激しい大地は邪魔してくる。それでも二人は希望を捨てずに走り続けた。 夜風にも似た少し冷たい風は薄い灰色と銀の肌を撫で、寒さも感じる夕方の地をひたすらに突き進む。しかし、神は無情なのか、仕切りに周辺を睨む二人の瞳に安全地帯――頑丈な洞窟を映す事はなかった。そして……神域の空よりも遥か彼方からは、情けを知らない破壊者の群が寂れた地表に牙を剥かんとしていたのだった。 To be continued... ---- [[Reach For The Sky 3 ‐救いを求めて‐]] ---- あとがき 先ずは、お読みくださりありがとうございます。楽しんで頂けたのなら幸いです。 今回は少し文量が少ない(多分9800くらい)のですが、区切りの関係という事でご了承ください。また、多分今作は前作に比べると全体的に一話毎の文量が少なくなると思いますので、ご理解頂けたら幸いです。 今回は希龍の悔しい気持ちなど、三人称での心情描写に少し悩んでしまいました。前作が一人称なだけに戸惑いが生じてしまい、自分なりには頑張ったのですが、なんか変な文章になってしまっているかもです。(汗) さて、突然の旅立ちを迎えた希龍と斬空。早くも絶体絶命の状況ですが、果たして彼らがどうなってしまうのか……それは次回のお楽しみ。 貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。 もし宜しければ誤字、脱字の指摘や感想などを頂きたいです。 ※コメントページは全話共通です。 #pcomment(コメント/Reach For The Sky,5,below) IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:19:05" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%202%20%E2%80%90%E7%AA%81%E7%84%B6%E3%81%AE%E6%97%85%E7%AB%8B%E3%81%A1%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"