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Reach For The Sky 18 ‐迫られる決断‐ の変更点


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''Episode 18 迫られる決断''

 斬空の亡き後、一時は真っ向から対立し、譲る事の出来ない己の意思を貫く事で決別してしまったボーマンダの希龍とグラエナのロイス。関わりを断ち切った二人であったが、彼らは今、互いの背中を預けて共闘していた。
 二つの川が交じる場所からミクスウォータと名付けられた町名とは対照的に、希龍やロイスが居るこの通りには、乾いた砂に沈む廃墟と瓦礫が立ち並ぶ。睨み合いがしばし続き、張り詰めたその空気は吹き抜ける風にも流されず、辺りを包んでいた。
 退路を断たれた状況下では、戦う以外の選択肢は希龍とロイスの二人に残されていないと言っても過言では無かった。再会を果たし和解した友――ロイスに背中を任せながら、決心を固め、「行くぞ!」と一言ロイスに声を掛けた希龍は果敢に飛び出してゾロアークのジョンに挑んでいく。飛び出した彼は間合いを瞬間的に切り詰めると同時に口に咥えた刀――今は亡きエアームドの斬空の翼を加工して作られたそれを振りかぶる。
 鋭利な刃先は吹き抜く風を裂き、茶色の空に霞む陽光にも眩いほどに輝くその刃は、爪を立てて構えるジョンを捉えると水平に振り抜かれた。高い風切り音が走ったかと思うと、それを掻き消す衝突音が弾け、希龍もジョンもその身に大きな衝撃を覚える。
 銀の刀と赤い三本爪が小刻みに押したり引いたりを繰り返す&ruby(つばぜ){鍔迫};り合いが続き、両者とも鋭い目付きで睨み合っていた。

「どうやらもう幻影は使えないみたいだな」

 今まで半ば自分を弄んでいたジョンに対して希龍は刀を咥えながらもそう呟いた。攻めの刀と守りの爪が鍔迫り合いを繰り返すその感覚から、目の前のジョンが幻影では無く本物のジョンである事に彼は確信を得ていたのだ。
 戦わなければ切り抜けられそうにないこの状況下、相手が本物ならば加減は必要ないだろう。確信を得た希龍はそう考えながら、図星だったのか表情を険しくしたジョンに対してさらに力を込める。元々彼が力自慢の種族であるボーマンダだと言う事もあるのか、徐々にジョンの爪は押され始め、希龍が咥える刀の切っ先は煌めきながらジョンの顔に近付いて行く。
ゾロアークの特性であるイリュージョンがロイスの助太刀によって破られた今、正面から勝負する戦術を得意とする希龍の反撃に、相手を惑わす戦術を得意とするジョンは所謂気持ち負けしていたのだった。
現実的な力、そして気持ちの面でも押されつつあるジョンであったが、彼はこの状況を打破するべく力一杯に爪を振り抜く。それと同時に彼は大きく後方に跳躍して希龍から間合いを取ると一度体制を立て直した。しばらく両者共その場から動かず、互いの出方を伺う睨み合いが続いたが、太い足を開いた状態で臨戦態勢を維持する希龍に向かい、ふとジョンは言った。

「あぁ、確かに俺の幻影が通用するのは初見の時だけだ。一度見破られちまったら使えねぇ。……不本意だが、ここからは小細工なしのガチンコ勝負と行こうじゃねぇか」

「望むところ……って言いたいけどもう終わりにしよう。どういう理由で俺を狙っているのか知らないけど、見逃してくれないか?」

 希龍は咥えていた刀をフライゴンのフィナが作ってくれた手製の鞘に納めると、しっかりと立ったままジョンにそう切り返した。止むを得ない戦闘は仕方ないとしても、彼は出来れば無駄な戦闘を避けたい気持ちだったのだ。
 そんな希龍の返答に真っ向勝負を挑もうとしていたジョンは、予想外であったのか少しばかり驚いたような表情を見せるも、直ぐに怪しげな笑みを浮かべ、吹き抜ける風に鬣を揺らしながら緩んだ口元を開いた。

「へっ、見逃してくれだって? 馬鹿言ってんじゃねぇ。俺はてめぇを捕まえなきゃならねぇ使命があるんだ。なにがなんでもてめぇを捕まえてやるぜ」

「使命って事は、お前もドクみたいに誰かにやらされているのか? だったらこんな無駄な争いは止めて、共闘して黒幕を倒すべきじゃないのか?」

 諭すようにジョンに問い掛けた希龍だったが、彼の言葉を聞いたジョンはクスクスと笑い出し、今までとはどこか違う野望に満ちた眼光を彼に覗かせる。

「やらされてるか……。確かにそうだな。俺は任務として、てめぇを捕獲しようとしてる。正直めんどくせぇさ。が、てめぇと出会う前はガセネタとしか思ってなかったが、どうも今回ばかりは直感的に当たりくじを引いた気がしてな。それに使命なんかより、俺は俺の野望の為に動いてるんだよ」

「ガセネタとか当たりくじとか野望とか、一体なんの事だ?」

 ジョンが並べる、希龍にはその意味を理解出来ない言葉の数々に、彼は目を鋭くしたまま問い掛ける。

「へっ、他人には話すなって言われているが、少しだけ話してやるよ。あのドラピオンから聞いた情報では、てめぇは降り注ぐ隕石群を予知出来るんだろ?」

「あぁ。……あんた等の目当ては俺の予知能力か?」

 ジョンが問い掛けた一つの質問――メテオスコールの予知能力の有無について、希龍は小さく頷くと同時にそう返答した。すると、彼は再び口元を緩ませる。

「そうだな。正確には予知能力だけじゃ駄目なんだが、まぁてめぇの能力が本物だったとしたら、ディ……おっと、ボスの計画にてめぇが必要な事は確かって感じだ。
……それと、一つだけ面白い事も教えてやるよ。容赦なく俺達に牙を剥く隕石群。それがただの隕石群だと思うか? よ~く考えて見ろ。自然ってのは気まぐれだ。雨が降ったり風が吹いたり。何時何が起こるかなんて誰にも分からねぇ。が、隕石群はどうだ? 数日に一度と言う一定の周期を保ちながら定期的に降り注ぐ。……俺の言っている事の意味が分かるか?」

「ただの隕石群じゃない……だと? だとしたら一体なんなんだよ!?」

 ジョンが語るその話に、希龍は緊張に縛られていた険しい表情とは違う、驚きに満ちた険しい表情で声を張り上げ聞き返す。雨が降る事と同じくらい当たり前だと思っていたメテオスコール。そして自分の母親の命を奪ったメテオスコール。それがただの隕石群ではないとしたら一体……。その深い疑問が、戦闘中とはいえ彼を悩ませる。

「そこはてめぇのちっこい脳みそで考えな。まっ、てめぇが素直に捕まってくれれば、全てを話してやっても良いんだけど……な!」

 ジョンは嘲笑うかのような怪しげな笑みを浮かばせてそう言い放つと、地を蹴った。二本の足を素早く前後させ、荒れた地面を駆けながら鬣を靡かせ距離を詰めてくるジョンに対し、動揺していた希龍も直ぐに構えを改め、瞬時に首を後ろに曲げて大きく息を吸い込む。その動作と同時に、閉じられた彼の口からは紅蓮の炎が溢れ出し始めた。
 ジョンの話が気掛かりだったものの、戦いは避けられないか。そう言った現実を飲み込み、戦う決意を固めた希龍は、距離を縮めてくるジョンに向かって炎タイプの技である“火炎放射”を繰り出した。視界一杯に広がる大火が瓦礫の上を滑るように走り、周囲へは並みの者には耐え難い熱波を撒き散らす。激しく燃焼する轟音が唸り、次第に指向性を帯びた火炎は、向かってくるジョンへと襲い掛かっていくのだった。
 希龍に預けた背中に少なからずの熱波を感じながらも、ロイスは振り返る事無くレベッカに対して鋭い牙を覗かせていた。

「ふ~ん、後ろであれほどの炎が上がったって言うのに、振り向かないとはねぇ。本当に背中を預けちゃってるみたいね。でも本当に信頼できるの? 自分の戦いが精一杯で、いざと言う時もあんたを見捨てるかもしれないわよ」

 細身で美しいその体を四股で支えながら、レベッカは淡々と言葉を並べる。一方のロイスは僅かな笑みを浮かべると、迷いなく彼女に言い返した。

「へっ、惑わそうってか? 無駄無駄無駄無駄無駄無駄。一度は喧嘩しちまったけどよ、今はあいつを信頼してるからな」

「何回も無駄って言ってる方がそれこそ無駄ね。……まぁ、どうでもいいわ。あんたに用はないから、とっとと倒してあのボーマンダを捕獲させてもらうわよ」

 一通りの会話を終えると同時に、レベッカは爪を立て、再び“切り裂く”を繰り出すと同時にしなやかな身の熟しで、翻弄するように右往左往しながら走り出す。その動きを目で追いながらロイスも駆け出すと、普段は柔らかな毛で覆われた尻尾を硬化させて“アイアンテール”を繰り出し、近付いてくる彼女を迎え撃つべく立ち向かっていく。間合いは瞬く間に縮まり、タイミング良くロイスは体を回転させて尻尾を振り抜く。次の瞬間、“アイアンテール”と“切り裂く”は激しくぶつかり合った。
両者の繰り出した技が激突したその瞬間、甲高い音が駆けるかの如く響き渡り、その衝撃から二人共その場から弾き出されるように後退した。一旦両者の間に距離が生まれたが、直ぐにロイスもレベッカも後ろ足に力を込め、二人共々ほぼ同時のタイミングで飛び出した。
再び爪を立てるレベッカは、今度は“辻斬り”を繰り出すと、悪タイプの黒いエネルギーを纏った爪をロイス目掛けて振り下ろす。一方のロイスは、今度は“噛み付く”を繰り出し、こちらも悪タイプのエネルギーを纏った状態で迫る彼女の爪に牙を剥く。
ロイスの牙はレベッカの爪を捉え、彼はそこに噛み付くと決して離そうとはせず、地に着く足の全てに力を込め、そのまま彼女を引き倒そうとした。
簡単に倒されてたまるか。レベッカもそう思ったのか、残り三本の足に力を込めるも、全ての足が地に着いているロイスの方に今は分があった。いわゆる力負けした彼女の体制は大きく崩れ、ロイスに引き倒されてしまう。
どんな物だ! そう言い張るような顔をレベッカに見せつけたロイスは、目の前に倒れた彼女に向かって今度は右前足を振り上げる。その状態から彼は爪を収めると、岩をも砕くような勢いで前足を彼女に振り降ろしながら“岩砕き”を繰り出した。
目の前から向かってくる追撃。余裕の態度だったレベッカも、今回ばかりは身の危険を感じたのだろうか。彼女は少しばかり表情を険しくし、細い体を柔軟に動かして瞬時に立ち上がると大振りなロイスの“岩砕き”をあっさりと回避する。

「なっ!?」

 一秒にも満たないような一瞬で攻撃を見切って回避した彼女に、これで決める思いだったロイスは目を開き、口も開いて思わず声を漏らした。目標を見失った彼の“岩砕き”は目の前にあった地面をただ砕く。哀愁漂う破片がバラバラと飛び散り、最後には弾けて真上に飛び上がった小石の一つが彼の額に虚しくぶつかった。

「ふっ、そんな大振りじゃ私を捉えられないわよ」

 挑発するかのように薄ら笑みを浮かべながら、いつの間にか適切な間合いを取っていたレベッカの言葉が、攻撃を外したロイスの尖った耳に響く。対しロイスは悔しそうに歯ぎしりしながら牙を見せたが、直ぐに……いや、無理やりに冷静な表情を作って彼女に言い返した。

「い、今のはわざと大振りにして逃げる隙を与えてやったのさ。俺様が本気出せばお前なんて秒殺……あ、やっぱ分殺だぜ」

 明らかにロイスが見栄を張っている事は彼女に筒抜けだった。場の空気をあまり考慮せず、希龍とは反対に深く考えず突っ走る彼らしい発言ではあるのだが……。そんなロイスの態度や、やたら大振りな部分などから、早くもレベッカはロイスが体は鍛えていて基本的な身体能力は高くとも、まだあまり戦いに慣れていない俗に言う素人だと言う事を見抜いていた。

「あらそう。だったら早く掛かってきたら?」

 見栄を張ったまでは良いものの、何もせずにいるロイスにレベッカのそんな言葉が突き刺さり、彼は目を泳がせてしまう。近場で希龍とジョンが激しく戦うその騒音が響く中、二人を取り巻くこの場だけは数秒間の静けさに包まれた。

「……ま、まぁ待ちたまえ。このまま戦った所で勝敗は目に見えている。だから今日の所は見逃してやろうじゃないか。ははは」

「…………」

 睨み合う二人に、再びしばしの間が生まれる。

「……あんた、ジョンにも劣らない馬鹿ね」

 ロイスの言動にちょっとした呆れ顔を浮かばせたレベッカはそう呟く。共に行動していたジョンもロイスのようにお調子者な所があるのだろうか、呆れ顔を作る彼女は横目で希龍と戦闘中のジョンを見た。
 一度は力負けしてしまったものの、ロイスの実力を測るや否や余裕の態度を見せ始めたレベッカに、さすがのロイスも少なからずの憤りを感じていた。斬空の手助けを一切出来ず、ただじっと隠れていたあの時の自分に嫌気がさし、希龍と別れたその後に自分なりに精一杯体を鍛えた。だから舐めるな! と。
 罵るレベッカに、感情が表に出て顔を険しくしたロイスは爪に力を込める。お調子者で空気も読めず、いつも自分は言葉だけだった。それが嫌で、自分を守ってくれた斬空のようにいつか自分も誰かを助けられるようになりたかった。希龍と決別した後、自分なりに様々な葛藤を重ねていた彼はそんな思いからここ数日間努力して体を鍛えていたのであった。だから……自分だって希龍のように戦える筈だ! 彼は自分にそう問い掛ける事で己を勇気づけ、余裕の表情を浮かばせるレベッカに向かって声を張り上げた。

「ごちゃごちゃ罵りやがって! てめぇこそ掛かってきやがれ!」

 今までとはどこか違う雰囲気を発しながら、威勢よく言い放ったロイスの一言に、レベッカは眉間に皺を寄せて目を尖らせると、いつでも殺せるのだぞ、とでも言うかのような殺意をロイスに浴びせながら三度口を開いた。

「弱いくせに威勢だけは良いのね。強がらず降参してれば見過ごしてあげようかと思ってたけど……あなたがその気なら直ぐに殺してあげるわ」

 近くで旋毛風が舞い上がる中、冷たく言い終えたと同時に、レベッカは今まで以上の素早い身のこなしで駆け出した。必死になって彼女の動きを目で追い、身構えたロイスであったが、やはり実力には差があった。
 今までがまるでお遊びだったとでも言うような素早い動きに、ロイスは目で追うのがやっと。動きは辛うじて追えていても、彼の体がそれについていけなかった。弧を描くように走り、意図も簡単にロイスの背後を奪ったレベッカは、“辻斬り”を繰り出すと、鋭く伸びた爪をロイスの背中に向けて振り下す。風を切り裂いて迫るその一撃を、ロイスは間一髪彼女から見て右の方向に逃げるようにステップする事で回避した。
 それでも尻尾の先端の毛をレベッカの繰り出した“辻斬り”が切り裂き、寸断された数本の黒毛が舞う。けれどもそれも一瞬だった。回避したロイスも攻撃したレベッカも空かさず、体勢を立て直して次なる行動へと移行する。
 間一髪で避けたロイスは着地と同時に、彼女に背中を向けた状態から素早く振り返り、一度視界から消えた彼女を再び捉えようとした。しかし、驚く事に彼が振り返ったそこには既に彼女の姿はなかったのだった。

「どこいった!?」

 思わず声が出たロイスは左右に首を振ってレベッカの姿を探すも見つからない。右にも左にもいなければ上か。そう推測してロイスは目線を上に向けると、一瞬だが彼女の細い尻尾が彼の視界に入った。しかしそれは仰ぐ彼の視界から直ぐに消え、背後に何かが着地した音が彼の耳に飛び込む。

(やばい!)

 彼がそう思った時、レベッカは既に彼の背後を再び奪っていた。ロイスに繰り出した“辻斬り”を彼が回避した直後、彼女はロイスがこちら側に振り返ると予測して素早く跳躍し、彼の頭上を飛び越えていたのだ。戦い慣れしている彼女の、相手を翻弄するその戦法にロイスは殆ど成す術が無かった。

「終わりよ」

 冷徹にレベッカはそう告げると、跳躍中に繰り出す準備をしていた“辻斬り”を再び繰り出し、無防備な背中を晒すロイスに切り掛かる。絶対絶命と言える状況に陥ったロイスが振り返ったその時には、既に鋭利な爪が自分に向かって来ており、彼は目を大きく見開いた。
 この瞬間、軍配はレベッカに上がったものと思われた。だが、その時だ。

「ロイス!」

 近場でジョンと交戦していた希龍の一声が走り、切り掛かろうとしていたレベッカに向けて彼は口を一杯に開く。そして素早く“火炎放射”を繰り出した。指向性を帯びた紅蓮の大火がうねりながら地を滑るように走り、その矛先にレベッカの姿を見据える。
 希龍の声、そして激しい轟音。これらの事柄から、レベッカは向かってくる“火炎放射”に気が付き、彼女は一転して攻撃から回避行動に移る。体を掠めるか否かと言うギリギリのタイミングでバックステップし、希龍が繰り出した“火炎放射”を彼女は間一髪で回避したのだった。

「ふぅ、危なかったわ。そう言えばさっき背中を預けるとかどうこう言ってたわね」

 的を外し、ロイスとレベッカの間を抜けた灼熱の炎を見ながら、徐にレベッカはそう口にした。その発言を後目に、希龍に窮地を救われたロイスは何故か対峙するレベッカではなく、希龍の方に向かって全速力で駆け出す。
 何かと思い、レベッカが彼の進む先に目を向ければ、彼女を攻撃した事で若干の隙を晒した希龍に対し、この瞬間を待っていたとでも言うかの如く、両腕を振り上げて“ナイトバースト”を繰り出す準備が整ったジョンの姿があった。

「なるほど。背中は預けた……ね」

 その光景を横目で見ながら小さく呟き、ロイスを追い掛けようとするレベッカの先で、止む無く隙を晒してしまっていた希龍をジョンの繰り出す強力な“ナイトバースト”が襲った。
 地を割くような爆音が轟いたかと思ったその瞬間、希龍の真下から痛烈な衝撃波が発生し、爆音と共に彼の体は大きく突き飛ばされた。背中に背負っていた刀は鞘から抜け落ち、“ナイトバースト”の直撃を受けた希龍の視界は天地がひっくり返る。腹部に激しい痛みだけを感じ、自分が今どのような状態なのかを彼が理解する間もなく、弾き飛ばされた彼の空は重力に従って落下していく。

「希龍!」

 ジョンの攻撃から希龍を守ろうとしたが、間に合わなかったロイスの悲痛な叫びが耳に響き、それが切欠となって希龍は状況を飲み込み、着地に備えて体制を立て直す。攻撃は避けられなかったが、このまま無造作に落下する事は追撃を警戒する意味でも避けなければ。そう瞬時に判断した希龍だったが、視界に地面が映り込んだその瞬間、彼の目は大きく見開いた。

(あっ!)

 頭の中でそう声を漏らした時、彼の瞳には茶色の地面で煌めき、一際強い存在感を持った自身の刀が映り込んでいた。加えて運の悪い事に、それは瓦礫と瓦礫の間に挟まった状態で、切っ先は半ば天を指していたのだ。
 不味い。直感的な恐怖と焦りを感じ、慌てて翼を使い再度体制を立て直そうとするも、そんな時間は彼に残されていなかった。

「ぐあぁぁぁ!」

乾燥した通りに、聞いた事の無いような希龍の悲鳴が走り、赤い鮮血が地面に流れ出す。希龍の悲鳴にロイスはおろか彼を追っていたレベッカや“ナイトバースト”を当てたジョンまでもが驚き、彼等の視線の先には、運が悪い事に左わき腹に刀が突き刺さった痛々しい希龍の姿があった。
不幸中の幸いでコモルー譲りの硬い腹部であった為に貫通こそはしていなかったものの、しっかりと突き刺さった刀の反りに沿って彼の鮮血が流れ、乾いた地面を赤く湿らせていく。響いた悲鳴の後も断続的に希龍は呻き声をあげながら、刀が刺さったままぐったりと横に倒れ、想像を絶する苦痛からその場で小刻みに震える。

「何してるのジョン! 今がチャンスよ! 早く捕まえて!」

 やり過ぎたか……とでも言うかのように唖然としていたジョンに対し、少し離れた場所からレベッカが冷静に指示を出した。そう――この状況、彼等にとっては願ってもいない好機だった。

「お、おう! 任せろ!」

 レベッカの一声で我に返り、彼女の指示通りに身動きの取れない希龍を捕まえるべく、地面に手を付けた状態からジョンは立ち上がろうとする。しかし、彼が立ち上がろうとした瞬間だ。

「このやろぉぉぉ!」

 半分は不運による傷だが、希龍を傷つけられた怒り……それ以上に彼を守りたい一心からきた渾身の“捨身タックル”を繰り出しながら、風のように駆けるロイスの声がジョンに降りかかり、直後、全力疾走しながら繰り出した強烈な“捨身タックル”の一撃はジョンの脇腹に吸い込まれていった。

「うっ!」

 窮地を希龍に救われ、今度は逆に希龍の窮地を救おうと飛び出したロイスの繰り出した“捨身タックル”の一撃を受けたジョンの体はまるで小石のように突き飛ばされ、声を上げた彼の体は勢いが衰えぬまま瓦礫の山に激突し、派手な轟音と破片、砂煙を巻き上げた。
 一方、見事痛烈な一撃をジョンに決めたロイスも反動から姿勢を崩し、殺しきれなかった反動から、鈍い音と共に転がって砂煙を巻き上げる。

「ジョン!」

 冷静だったレベッカも、渾身の一撃をもろに受けて飛ばされたジョンが心配になったのか、倒れる希龍とロイスを無視してジョンの元に慌てて駆けて行く。乾いた砂の臭いが鼻を突く中、砂煙に目を細めながらも瓦礫の中で大の字になって倒れるジョンの元に駆け寄ったレベッカは、彼の安否を確認する。
 見るからに強烈だった一撃だった故、また頭部でも打ったのか、ジョンは半ば気絶したような状態であり意識は朦朧としていた。そんな彼に対し、レベッカは彼の背中に顔を潜り込ませ、なんとか彼の上半身を持ち上げる。

「ちょっと大丈夫?」

 今までとはどこか違う、優しく心配するような口調でレベッカはそう言った。

「……あぁ。なんとか……な。ゴホッ、だが打ち所が悪かったみてぇだ。無茶苦茶痛ぇぜ……」

「……この状態じゃさすがに戦えそうにないわね。大事を取って一旦引くけど、良いわね?」

「……あぁ」

 徐々に晴れて行く砂煙に包まれながら、一通りの会話を追えるとジョンは痛みに耐えながら歯を食い縛ってふらつきながらも立ち上がり、レベッカと共に路地の奥に消えて行ったのだった。
 一方、見事ジョンに強烈な一撃をお見舞いしたロイスも与えたダメージに比例して大きくなる反動から、地面に倒れ込んでいた。躊躇いの一つもなく、全力で頭から突っ込んだその反動は凄まじく、元から“捨身タックル”と言う技は自身の体に相当な負担が加わる物。頭から全身に走る痛みに、ロイスは前足で抱えるようにして頭を押さえていた。

「いてて……って、それどころじゃねぇ! 希龍!」

 痛みを堪え、何とか立ち上がったロイスは直ぐに振り返って希龍の方に体を向ける。振り返った彼の視線の先では、腹部に刀が刺さったままの希龍が横倒れになっており、苦痛に表情を歪めていた。真紅の翼以上に深い赤の血は地面に広がり、銀に煌めく筈の刀は真っ赤だった。

「お、おい希龍! 大丈夫か!?」

 “捨身タックル”のあまりの反動に、フラフラしながらも慌ててロイスは駆け寄る。だが返事をするのもままならないのか、希龍はただその場で痛がるだけだった。血、そして苦しむ仲間。この光景を見るのは初めてではなかった。そう――斬空が命を落としたあの時の光景をロイスは無意識に思い出していた。
 血の赤から斬空のその瞬間を思い出し、その事で一瞬だが硬直してしまったロイスだったが、失う事の恐怖を彼は首を左右に振る事で払拭し、希龍の直ぐ側に駆け寄って再び声を掛けた。

「おい希龍! しっかりしろ! お前はそんな軟じゃねぇだろ!?」

 前足を希龍に掛け、彼なりに必死になって励ましの言葉を投げ掛けるロイス。今度こそ死なせてたまるか。その決意から、一応の無事を確認した彼は先ず気持ちを落ち着かせ、今の自分に出来る事を模索しようとした。
 しかし、そんなロイスに返って来た希龍の発言は、彼を想いとは裏腹の物だった。

「ロイス……早く、逃げろ」

「は? 何言ってんだ。つーか連中はもう逃げた。だから大丈夫だ。絶対助けてやるからな!」

 斬空の時の惨劇を繰り返さない為にも、希龍を強く励ましつつ鼻を利かして希龍がこの場にやってきた方向を探るロイスだったが、ふと彼の前足を希龍の前足が掴んだ。

「そ、そうじゃない……メテ……メテオスコールが直ぐ近くまで……」

「……う、嘘だろ!?」

 メテオスコール――所謂隕石群の襲来を感知できる希龍の口から出てきたその言葉は、二人の身に危機が迫っている現実を語っていた。同時に苦痛の中で希龍はもう覚悟を決めていた。
この傷では無闇に動けず、さらに体格上ロイスに背負ってもらう事も難しい。さらに戦闘中であった為にメテオスコールの接近に気が付けず、隕石群はもう相当近くまで来ており、本当に残された時間は僅か。仮に背負えたとしても、このままでは安全な地下室に辿り着く前に二人共巻き込まれて命を落としてしまう。……ならばせめてロイスだけでも。
それが希龍の考えであり、彼は前足でロイスの前足を押し、彼にこの場を離れるように催促する。

「こ、このままじゃ……二人共巻き込まれる。ま、前と同じ地下室にフィナが居るから、そこなら安全だ……だから……早く逃げろ」

「…………」

 今度は絶対に誰も死なせない。そう決意を固めて必死で体を鍛えたにも拘らず、再び……いや、三度大切な存在を見捨てて自分だけ生き延びろと言うのか。希龍の声を聴きながら、ロイスはそう思っていた。
 決断を下す時間すら無いような状況下、希龍の言う通り、彼を見捨てて逃げて生き延びるか。それともこのまま二人共巻き込まれて命を落とすか。どっちを選んでもロイスにとって正解はなかった。
 究極の決断を迫られたロイスは、一度強く目を閉じ、判断に苦しむ険しい表情を見せる。その姿を薄目で見ながら、希龍は自分に掛けられたロイスの前足を押して逃げるように催促を続ける。
 極限状態の中、数秒間無言だったロイスだが、ようやく決心が着いたのか、彼は険しい表情を浮かべたまま、震える前足をゆっくりと希龍から離す。そして彼は俯きながら口を開き、希龍に向かって言うのだった。

「希龍……悪い……」











To be continued...
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[[Reach For The Sky 19]]
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あとがき
今回はちょっと視点を変え、ロイスを中心に書いてみました。斬空を助けるどころか、何も出来ずただ守られただけ自分を変えようと、希龍がドクと戦う裏で努力を重ねてきたロイス。希龍と同じく、友を大切にする彼ですが、なんとかジョンとレベッカを撃退するも、希龍は傷を負い、さらに彼と希龍に突き付けられた厳しい現実。果たして二人はどうなってしまうのか等々、次回もお楽しみ頂ければ幸いです。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 18 迫られる決断のこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:18:24" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2018%20%E2%80%90%E8%BF%AB%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%B1%BA%E6%96%AD%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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