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Reach For The Sky 17 ‐背中を預けて‐ の変更点


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''Episode 17 背中を預けて''

 砂漠を越えた地に佇む町、ミクスウォータ。二つの川が交わるそこに築かれたこの町は、昔の繁栄を歴史に霞め、人々を失い、凄惨な程に荒れ果てていた。そんな町の中でハブネークの大蛇は、約束通りにボーマンダの希龍と人質であるロコンの交換を終えていた。希龍とロコン。まるで物々交換の如くお互いが欲する者を交換し終えた大蛇とゾロアークのジョンとの間に一瞬だが鋭い緊張が走る。まるで尖れた爪のような緊張が。
だが、それも束の間だった。握られた束が解けるように、大蛇はその長い身をしなやかに翻すと、ロコンを連れて一目散にその場から去って行く。
 何かから逃げているようにも見える大蛇の背中を、目論見通り希龍の身柄を確保したジョンは目を尖らせて睨んでいた。人質を交換して自分達にもう用は無いとしても、まるで戦いや災害でも起こる事を暗示するように去っていく大蛇の姿に、彼は多少の違和感を抱いていたのだろう。普通ならば自分達の追撃を少しは警戒する筈なのでは? と。
 一方、腕を組んで目を尖らせるジョンの仲間である、レパルダスのレベッカは舐めるように希龍に視線を注いでいた。

「へぇ、このボーマンダに可能性ありって訳ね。……それにしても、なんだか思ったより若いわね。見た感じだとやっぱガセネタかしら」

(可能性? なんの事だ?)

 予め直ぐに解けるように口や翼などを縛られ、“外見上”身動きの取れない希龍はレベッカが口にする単語に疑問を抱くも、今はそれどころではないと自分に言い聞かせ、逃げ出すタイミングを探る。大蛇と接近する際の目配りの仕方、さらに自分の首に巻かれた縄を手にしてからの対応。それらの動作などから、希龍は自分の縄を握るジョンが相応の実力を持つ事や戦いに慣れている事を推察していた。
 彼が何時でも縄を解ける事を知ってか知らずか、ジョンはレベッカの居る方向に振り返った後に掴んだ縄を引き、希龍を連れて徐に歩き出す。振り向き間際に怪しげに輝く瞳を希龍に覗かせた彼は、長く赤い特徴的な鬣を揺らしながら隣を歩くレベッカと他愛もないような会話を始めた。
 連中は自分が何時でも逃げ出せる事に気が付いていない。先程とは打って変わり、警戒する様子をまるで見せない二人を目にした希龍は、半ばそう確信し始めていた。そして彼は二人の隙を注意深く伺う。逃げ出すのに重要なのはタイミングであり、少なくとも戦いの経験があるのであろう二人から逃げるのは、容易な事ではない筈。そう考える彼は確実に逃走できる機会を探っているのだった。

「さてと、ガセかもしれねぇが一応捕まえたんだ。早く合流地点に移動と行こうぜ」

「そうね」

 ふと希龍の耳に響いた合流地点と言うジョンの言葉。その言葉が意味する事は、二人には他に仲間が居ると言う事だった。首に巻かれた縄を引っ張られながらも、今は抵抗せずに希龍は二人の話に耳を傾け、動作に目を光らせる。そんな彼を引いて歩くジョンとレベッカ。希龍なりの迫真の演技が功を奏したのか、二人は彼の前を横に並んで呑気に雑談を交わしながら歩いていた。
 演技で何もかも諦めて絶望したかのような表情を作りながらも、希龍は二人の背中から目を離さずにしばらく観察すると、彼は決意した。作戦通り縄を解いて逃げるなら今しかないと。瓦礫だらけの道を歩む中、彼は逃げ出す算段を頭の中で確認すると、演技で浮かべていた表情を消して斬空のように鋭く尖った目付きを見せる。そしてその瞬間、彼は偽りで体の自由を拘束していた縄を瞬時に解いた。
 唐突な異変に――希龍が縄を解いた事にジョンとレベッカの二人は直ぐに気が付いた。だがそれも後の祭り。二人が対応するよりも前に希龍は翼を大きく羽ばたき、後方に舞い上がったのだ。真紅の大翼が生み出した風圧が大量の砂塵を巻き上げ、瞬間的に二人の視界を奪う。
 無論、それも希龍は計算していた。例え相手の視力が優れていても、砂塵と風圧の二つによって視界は奪う事ができ、さらにロイスのように鼻が利くとしても、ロイスも砂嵐の中では嗅覚も鈍っていた。……つまり、敵である二人は目も鼻も使い物にならない上、自分は飛べて相手は飛べないので追跡は困難。それらの事柄から希龍は無闇に戦わずに逃げる事だけに専念し、砂埃の中に居る二人に背を向けて、町中を低空飛行で飛び去ろうとする。

(よし、後は建物を利用してあいつらを巻きつつ、フィナ達の所まで戻れば良いだけだ)

 作戦の成功を確信し、得意げに口元を緩ませながら大通りを飛び去る希龍。ジョンとレベッカは未だ砂塵の中であり、今更追い掛けた所で希龍に追い付ける筈はない。希龍の作戦は完璧に思えた。
だが、その時だった。突然鈍い音が鳴り響き、巧みな翼使いで滑るように低空飛行していた希龍が頭から何かに激突した。天地の感覚が滅茶苦茶になり、彼は頭部に激痛を覚えながら地に墜ちると、その青き体は派手に砂塵を巻き上げる。だが、不思議な事に彼の目の前には何もなく、そこには広い大通りが先まで伸びていた。

「く、くそ……一体何が?」

 何かにぶつかり、痛む頭を前足で押さえながら、倒れた希龍はそう声を漏らした。墜落して地面に横たわる彼は、何が起きたのかを把握すべく辺りを確認するも、やはりそこには何もなく、ただ荒れた通りが一直線に走っているだけだった。
 希龍は自分が何に衝突したのかを理解出来ないまま一先ず立ち上がると、振り返ってジョンとレベッカを睨み付ける。しかしだ。前足を軽く開いて身構え、さらに斬空のように鋭く尖った目で睨む彼を嘲笑うかの如く、ジョンは口元を緩ませていた。

「……へっ、やっぱ思った通りだぜ。疑っといて正解だったな」

 自分が大蛇と組み、そして逃走する計画をジョンが気付いていた事に希龍は驚きを隠せなかった。決して彼は自分の演技が完璧だったと自覚していた訳ではなかったが、二人の様子から少なくとも作戦は成功すると信じていただけに、心身を襲った衝撃は大きかった。
 こうなると戦闘は避けられないか。そう考えながら、二対一の状況でも戦う事を余儀なくされた希龍は間合いを維持しながら敵――ジョンとレベッカの動きに注意を払う。さらに彼は考える。何故、何もない場所で自分は激突したのかと。肌を刺すような緊張感が風の中に漂い、無闇に逃げる事も攻める事も出来ない彼は無難に間合いを維持する。
 そんな希龍に対し、構える事もなくジョンは余裕の表情でレベッカの横に立ち、再び口を開いた。

「よぉ、なんでお前が何もない所で激突したかを知りてぇか?」

「…………」

 まるで攻撃を誘うようにも、また希龍など敵ではないとでも主張するかのように、ジョンはそう言葉を並べながら希龍に一歩ずつ歩み寄っていく。

(くそ……なめやがって!)

 戦闘中、全く気を抜かずにいたドクとは違い、戦闘中にも拘らずどこか抜けたような態度のジョンに、希龍は苛立ちすら覚えていた。だが、明らかに劣勢である彼は下手に攻撃を仕掛けられないのも事実。彼はとにかく今は間合いを維持し、敵の攻撃に注意を払い、攻撃してきたその時に反撃してダメージを与えようと言う考えを頭に張り巡らせる。
 彼自身、動体視力にはそれなりに自信があった上、ボーマンダである彼は元々一撃の威力は重い方。下手に攻めず相手の攻撃を誘い、反撃に重い一撃を与えるその考えは、この状況下では正しいと言えた。しかし、一方のジョンは警戒する様子も恐れる様子もなく、無謀にも手を頭の後ろに回しながら希龍に近付いてくる。

「おいおい、さっきのハブネークと同じで、お前も随分と無口でつまんねぇ奴だな。まっ、お悩みのようだからお前が何にぶつかったのか、種明かしをしてやるよ。攻撃しねぇからさっきお前がぶつかった場所を見てな」

 ジョンの発言に対し、希龍は彼の動きに注意を払いつつも、先程何かにぶつかったその場を横目でチラチラと見る。当然、彼の視界には開けた通りが伸びているだけで何もなかった。だが、ジョンが頭の後ろに回していた腕を降ろすのと同時に彼の瞳が一度妖しく……それも先程歩き出す前と同じように瞳が輝いたのと同時に、希龍は目を見開いた。
 なんと、彼が今まで見ていた風景。そう――大通りの景色がまるで蒸発するかのように消えて行った。代わりに現れた景色、それも荒廃したミクスウォータの町並みに変わりはなかったのだが、今まで彼が見ていた景色とは違い、彼が飛行した場所には崩れかけた建物があったのだ。加えて壁には衝突痕が残されており、そこに彼が激突したと言うのは明白だった。

「ど、どういう事だ!?」

 信じられない光景に、希龍も声を出さずにはいられなかった。彼は目を見開きながら忙しく周辺を見渡した後、焦点をジョンに戻す。口元を緩ませ、クスクスと笑っているジョンを睨みながら、希龍は目の前で起きた不思議な現象に頭を悩ませていた。
 希龍の知る限りでは周りの景色を変えてしまう技など無く、荒廃した世界においてゾロアークと言う種族の詳細を知らない希龍にとって、目の前で起きた現実を理解するのは難しかった。彼は先程と同じように間合いを取りながらも、動揺して冷静に考える事が出来ない状態。そして、その動揺が顔に出てしまっている彼にジョンは言う。

「さてと、種明かしの時間だ。俺はこの通りゾロアークって種族だ。ゾロアークってのは、少々変わった特性を持っててな。相手に幻影を見せる事が出来るのさ。つまり、ついさっきまで見てた景色は俺がお前に見せていた幻って訳だ。あのハブネークが追撃を警戒せずに一目散に逃げた事やドラピオンやらザングースが居ない事に違和感を感じてな。万が一の事を考え、バレねぇようにこっそりとお前に幻を見せていたって事だ。どうだ? 馬鹿でも分かるように解説をしてやったんだ。理解できたか?」

「幻影だと?」

 自らの口から種を明かしたゾロアークのジョンを鋭く睨みながら希龍はそう呟く。同時に彼は早くも気付いていた。今まで見ていた景色が幻影ならば、それが解かれた今は現実だと。種を明かしても尚、余裕の表情を浮かべるジョンの隙を伺った後、希龍は空かさず地を蹴って飛び出し、その動作と同時に背中に背負う斬空の翼――刀を咥えて引き抜く。

「……なに!?」

 前触れもなく、烈風の如く飛び出した希龍にジョンの瞼は大きく持ち上がり、突然の急襲故に防御する事も回避する事も出来なかった。地面に転がる小石を後方に弾き飛ばし、目にも留まらぬ速さで飛び出した希龍。ジョンに向かって一直線に進む彼は鋭い眼光でジョンを捉え、擦れ違い様に咥えた刀でジョンの脇腹の辺りを切り裂く。
 ジョンが見せていた余裕の表情は一瞬で崩れ去り、切り裂かれた脇腹からは血が溢れる。ものの一瞬で攻撃を決めた希龍は羽を広げて勢いを殺し、地面に足を付けると滑走しながら振り返る。刃先が真っ赤に染まった刀の先で、ジョンはよろけながら地に倒れた。傷口から流れる血が地面に染み込んでいき、死んでいないにしても、もうジョンが動けない事を確認した希龍は、次にレベッカを視界に捉える。

「あーあ。全く何やってんだか。笑いものね」

 仲間であるジョンが切り裂かれたにも拘らず、表情一つ変えずにレベッカはそう言った。そんな彼女から、仲間の死に何も感じないかのような冷酷さを感じ取った希龍は、表情を険しくしながら言う。

「お前、仲間がやられて何も思わないのか?」

 仲間――それ以上に斬空と言う大切に友を失っている希龍にとって、彼女の冷酷な発言は気に障るものだった。だが、一段と目付きを鋭くした彼に返って来たレベッカの言葉は、彼にとって思いもよらぬ言葉だった。

「いや。そりゃ誰だって仲間がやられれば何かしら思う事はあるわよ。でも、今の言葉はあなた宛てよ」

「なんだと? ……ま、まさか!?」

 彼女の返答に、希龍は血相を変えて振り返る。そこにはまだ切り裂いたジョンが横たわっていたが、彼女の言葉から希龍は気が付いたのだ。今見ているこの光景も幻影なのだと。案の定、彼の気が付いたその通りで、切り裂いた筈のジョンが先程と同様に蒸発するかのように消え去り、彼の視界には何事も無かったかのように荒れ果てた道だけがあり、刀に付着していた筈の血も綺麗に消えていた。
 やられた。そう思いながら悔しそうに歯を食い縛った希龍から少し離れた場所にジョンとレベッカの二人が居て、ついさっきまで彼女が居た場所には、瓦礫しか残されていない。

「へぇ、お前の動きを見せてもらったが、かなり速いじゃねぇか。こりゃ全力で戦わねぇと直ぐにあの世逝きだな」

「確かにスピードもあって一撃も重い上に、口に咥えたアレ……どうも一風変わった戦い方をしそうだわ。……あんたの言う通り、本気で戦った方がよさそうね」

 希龍の一連の動作から、彼の実力や戦闘スタイルなどを読み取ったジョンとレベッカの二人は、口ではそう言いつつも、その表情にはどこか余裕もあった。相手に幻影を見せると言う驚くべき特性を持つジョンが居る以上、事実上二人は勝ったも同然なのだった。
 今自分が見ている光景すらも現実か幻影かを区別できない希龍にとって、このまま戦っても勝てる見込みは皆無であり、さらに逃げようにもまた偽りの道を進まされて衝突しかねない。どちらを選んでも、まさに地獄行きと言えた。加えて、フィナや大蛇と考えていた作戦上、大蛇は既にこの場には居ない上、フィナも遠くで待機している。つまり、増援は見込めなかった……。
 圧倒的不利な状況の下で、希龍は再び身構える。勝算などなかったが、彼は取りあえず構えを取ったのだ。このまま無抵抗に捕まるなど以ての外。彼が取ったその行動は最後まで足掻いてやると言う彼の気持ちの現れでもあった。

「へっ、どうした? さっきみたいに掛かってこいよ。まっ、今お前が見てる俺が現実だって保証はないけどな」

 挑発し、明らかに攻撃を誘うジョンの言葉を耳に留めるも、そしてその発言に苛立ちを覚えるも、希龍は動けなった。今や彼は盲目も同然。一歩踏み出す事すら彼は戸惑っていたのだ。その場から動かずに、ただ構えたまま硬直する希龍は必死に打開策を考えるも、これと言った案が彼の頭に浮かぶ事はない。
 どうすれば良いのか。どんなに頭を回転させても打開策は浮かばず、それ以前にいつ攻撃を受けるかもわからない緊張により、冷静に物事を考える事態が今の彼にとっては難題であった。
 何か策がないかと考えていた希龍だったが、突前彼の耳にジョンの声が響く。

「こっちだぜ」

 背後から聞こえた声に、希龍は刀を咥える口に力を入れて素早く振り返ろうとするも、それより前に彼は翼に大きな痛みを感じた。痛みに怯んだ事により、反撃すら出来なかった彼が自分の翼を見てみれば、そこには爪による切り傷があり、傷口からは血が流れる。

(ちっ……自分の傷は現実か……)

 内心を悟られないようにするも、希龍が焦っている事はジョンやレベッカには筒抜けだった。そして、希龍の視界に映る彼等は余裕の表情で二人並んで立っているのだ。現実か。それとも幻か。判断が着かずに反撃出来ない希龍を二人は嘲笑っている。そんな彼等の態度は希龍の苛立ちを火に油を注ぐように増幅させていく。
 何も出来ない状況とジョンの挑発的態度に、吹き出るような苛立ちを覚えて冷静さを欠いてしまっていた希龍であったが、彼はなんとか荒ぶる自らの心を落ち着かせ、一度大きく息を吸った。無闇に動けないこの状況、自分が苛立って冷静さを失うのは相手の思う壺だろう。一度ドクと言う強者と戦い、その中で斬空のように状況を冷静に判断する大切さも学んでいた希龍は先ず自分を落ち着かせ、目を閉じる。

(そうだ。こういう時はあれだ。心の眼ってやつで……)

 希龍は内心そう呟くと、目を閉じたまま感覚を研ぎ澄まし、俗に言う心の眼でジョンの姿を捉えようとするが……。

(って、やっぱ何も見えねぇ!)

 当然、目を閉じてしまっている為に視界は真っ暗で、何も見えない上、ジョン達から見ればただ隙を晒しているだけなのであった。目を閉じながら一人歯を食い縛った希龍の姿を、少し離れた場所からジョンは腕組みをしながら眺めていた。

「なんだ? なんで目なんか瞑ってやがる?」

「さぁね。まっ、もしかしたらあんたの幻影を見破る術でも見つけたのかもよ?」

 希龍が取った行動の理解に苦しむジョンに、彼の真横で薄ら笑みを浮かべたレベッカがそう声を掛けた。まるで希龍が悪戦苦闘する姿を楽しんでいるかのようなレベッカの言葉に、ジョンは組んでいた腕を解くと、眉間に皺を寄せながら身構える。そして、足を肩幅に開き、腕を軽く広げて多少の前傾姿勢を取ったジョンは、足の爪先に力を込めた。

「そりゃ困るな。そろそろ捕まえるとするか」

 レベッカに向かってそう言い終えた時、ジョンは瓦礫が散乱する大地を蹴って希龍に向かって飛び出した。長く赤い特徴的な鬣が大きく靡き、低い前傾姿勢で走るジョンは腕の爪に力を込める。
 自分に危機が迫っているとは知らず、目を閉じていた希龍は心の中で再び自分に言い聞かせた。

(開いた二つの目で見えなければ、心の眼で……それでも見えなければ……)

 目を閉じながら内心でそう呟く彼の側方には攻撃を仕掛けようとするジョンの姿。状況的には、既に軍配はジョンに上がっていた。だが……。

(手当たり次第に攻撃だー!)

 心の内で希龍はそう叫ぶと同時に、咥えた刀や尻尾に力を込め、刀をぶん回し、同時に尻尾も手当たり次第にぶん回す。

「な、なにぃぃ!?」

 さすがのジョンもこれは予期していなかったのだろう、彼は、声を漏らすと同時に体に急ブレーキを掛け、刀を振り回して暴れ回り始めた希龍から一旦離れようとするも、偶然にも絶妙なタイミングでジョンの頬を希龍が咥えた刀の刃先が掠り、風を斬る中で僅かに血の尾を引く。
 予期せぬ突発的な希龍の行動に驚きを隠せなかったジョンは斬られた頬を押さえながら華麗な身のこなしで大きくバックステップすると、片手を地に付けながらレベッカの隣に着地する。

「あらら~。もしかしたら本当に見破られちゃったんじゃない?」

「うるせぇ……ぐ、偶然に決まってる!」

 ジョンの言う通り、偶然攻撃が彼の頬を掠った事に、僅かながら手応えを感じていた希龍は一先ず暴れ回る事を止め、再び身構えていた。一方、剣先が頬を掠ったジョンは血を拭うと、目付きを変えて希龍を睨む。今までの拍子抜けしたような態度とは一変し、若干ながら全身の毛を逆立てる彼の姿に、隣にいたレベッカも目付きを変えると、そっと口を開いた。

「……本気で行く? とは言っても殺さない程度だけど」

「あぁ、遊びは仕舞いにしようぜ」

 お互いに目を一度合わせた二人は、希龍に鋭く冷たい殺気を帯びた視線を送りながら、両者とも寸分の狂いもないかのように同時に各々の構えを取った。
 微かな手応えを感じた後、目を閉じて周辺の音や匂いに神経を集中させていた希龍も二人の醸し出す並々ならぬ殺気と言う物は本能的に感じ取っていた。来る。そうは分かっているものの、前後左右どの方向から攻めてくるのか全く以て見当が付かない彼はただ刀を輝かせながら身構える事しか今は出来なかった。彼は分かっていたのだ。もう一度手当たり次第に暴れ回った所で、それが通用しない事を……。
 そんな彼を、突然衝撃波が襲う。まるで強大なエネルギーが地面から突き上がってくるかのようなその大きな衝撃に彼の体は弾き飛ばされ、現実か幻影かも分からない風景がひっくり返る。そして次の瞬間、彼は硬い地面に叩き付けられる激痛に襲われた。

「うっ!」

 苦痛に思わず声を吐き出した希龍。しかし、嫌らしく彼の瞳に映るジョンとレベッカは遠くで突っ立っているだけで動いた気配すらない。突き飛ばされた後に腹部から叩き付けられた希龍は、咳き込みながらもやはり自分が見ているこの風景は幻なのだと実感させられており、また自分がどのような攻撃を受けたのかすら彼は理解出来ていなかった。
 咳き込みながらも、意地でも刀は放さずに咥えたまま地に伏せる希龍を、得意技かつゾロアーク固有の技でもある“ナイトバースト”を彼に当てたジョンは、両腕を地面に付けたまま彼を睨んでいた。

「ちょっとジョン、本気で行くのは良いけど、殺さないでよ?」

「分かってる。だが後一発俺のナイトバーストを当ててやる。それであいつも容易には動けなくなるだろ。そしたら今度は厳重に縄で縛って連れてこうぜ」

 加減など無しにジョンは全力で“ナイトバースト”を繰り出すと言う行為にレベッカは懸念を見せるも、彼もある程度は計算して戦っているようであり、彼女も彼を信頼しているのだろう。彼女がそれ以上口出しをする事はなかった。
 自身が一度繰り出した“ナイトバースト”に怯む希龍に焦点を合わせたまま、ゆっくりとジョンは地面に付けていた腕を持ち上げ、再び“ナイトバースト”を繰り出すべくその両腕を高く持ち上げる。そんな彼の睨む先には、立ち上がったのは良いものの未だ幻影に惑わされる無防備な希龍の姿。既に目に見えている戦いの結果……圧倒的優勢なジョンの勝利は目と鼻の先だった。

「わりぃが俺の勝ちだな!」

 勝ち誇った笑みを浮かべながらそう言い放ったジョンが振り上げた両腕を素早く降ろし“ナイトバースト”を繰り出そうとしたその時だ。唐突に彼を背後から大きな衝撃が襲った。

「くっ!」

 状況の理解が追い付く前に、派手に前方に突き飛ばされたジョンは地面を転がり、赤く長い鬣を砂で汚しながら砂塵を巻き上げる。一瞬の出来事に、隣に居たレベッカは反射的に大きく跳躍して一旦その場から離れた。
 自身の巻き上げた砂煙に巻かれながら、痛そうに表情を険しくして立ち上がったジョンは、爪のように鋭利な視線を先程まで自分が居た場所に突き刺す。そこには、黒と濃灰の体毛に身を包み、四股を広げながら身構える一人のグラエナ――そう、希龍と対立した後に別れたロイスの姿があった。

「よっしゃー! 一か罰かだったけど“ふいうち”成功だぜ!」

 尖った耳をピンと立て、満足げに言い放ったロイス。だがそれも束の間、一時的に距離を取っていたレベッカが身構えたかと思うと、ロイスを敵と認識した彼女は前足の爪を立て、“切り裂く”を繰り出しながらしなやかな身の熟しで彼に向かっていく。

「ちょ! いきなりかよ!」

 まさかこれ程まで早くに、自身に反撃の一手が差し向けられるとは予想していなかったのだろうか。半ば無防備な状態のロイスは声を上げただけで防御の体制すら取れなかった。

「あんただっていきなり仕掛けて来たでしょ!」

 レベッカは鋭くそう口にすると走りながら跳躍し、ロイスに対して上方から爪を振り下す。間に合わない。直感的にそう思ったのか、レベッカの影の下に入ったロイスから先程の満足そうな表情は消え去り、彼は一瞬で青ざめてしまった。
 その刹那。ロイスとレベッカの間に白銀に輝く何かが素早く割り込んでくる。それが何かをロイスが理解するより前に、彼の大きな耳には高い衝突音が閃光の如く迸った。

「!?」

 突然の割り込みに驚いたレベッカと、目を見開いたままのロイスの間には、斬空の翼を加工して作られた刀があり、レベッカの繰り出した“切り裂く”を受け止めていた。そして刀の根本――柄の部分には、斬空のように鋭い目付きでレベッカを睨む希龍の姿があった。
 幻影に惑わされていた筈の希龍に攻撃を防がれたレベッカは直ぐに着地。彼女は四本の足全てに力を込めてバックステップしようとするものの、空かさず次なる一手を指した希龍の一撃が既に彼女を捉えていた。
 レベッカが着地したのと同時に、彼女に向かって青く長い希龍の尻尾が撓りながら勢いよく振り抜かれ、それは防御も回避も間に合わなかった彼女に直撃した。鈍い音が鳴り渡り、技こそ繰り出していなかったが、種族柄攻撃力の高い彼の一撃は彼女を弾き飛ばす。

「きゃあ!」

 希龍の攻撃でまるで木の葉の如く飛ばされたレベッカの悲鳴が寂れた町を駆け抜け、彼女の体は放物線を描きながら落下していく。背中から落ちていき、後少しで硬い地面に叩き付けられそうになったその時、落下する彼女の軌道上にジョンが慌てて滑り込むと、落下する彼女を間一髪でキャッチした。

「ふぅ、あぶねぇ。……感謝しな」

「……ちょ、何触ってんのよ! 早く下しなさい!」

「はぁ!? 助けてやったのにそりゃねぇだろ!?」

 夫婦喧嘩のように口論を繰り広げるジョンとレベッカのやり取りを鋭く眺めたまま、希龍は改まるように一度表情を崩した後、再度真剣な表情を作ると少しばかり声調を低めて言った。

「ロイス……この前は悪かった」

 友の忠告を無視して復讐に走った自分を悔やむその口調と、目を合わせなくとも心から謝っている事が分かる、いわゆる気持ちの籠った希龍の一言に、ロイスは彼の後ろ姿を見ながら僅かに耳を動かした後、口を開いた。

「へっ、全くだぜ。……けどよ、俺もお前の苦悩を分かってやれなくて悪かった」

「…………」

悪かったと互いに言葉を交わし、僅かな間を置いた後、ロイスは構えを崩さずに再び口を開いた。

「しっかしまぁ、随分とかっこよくなりやがって。進化前とは大違いじゃねぇか」

良くも悪くもお調子者で、場の空気をどこか和ませていたロイスは、この状況下でも軽い口調で希龍にそう言った。それに対し、希龍も硬かった表情をどこか和らげると、視線はあくまで口論を続けるジョンとレベッカを捉えたまま口を割った。

「まぁ……ね。けどよく俺だって分かったな」

「なぁに。斬空さんの翼を背負って、額に三本傷があるボーマンダとなりゃ、お前以外にいねぇだろ? それに昨日あいつらの会話を盗み聞きしててな。そんでどうも希龍を狙っているような事言ってたから、今日になって臭いを追い掛けてきたら案の定だったぜ。……まっ、なにはどうあれ俺様の天才的嗅覚を駆使すれば姿形は違った所で、嗅ぎ分けられるしな!」

「そ、そっか。……てか天才的と言うかそれグラエナの種族柄なだけだろ?」

「あ、バレてた?」

 数日ぶりかつ突然の再会にも拘らず、まるで互いを信じ、和解できるこの時が来る事を分かっていたかのように、戸惑い一つ見せずに冗談を混ぜながら再会の言葉を交わした希龍とロイスの二人は横に並んで構えを改める。そう、一時は真っ向から対立しても、きっと二人は心の何処かで友を信じており、何時か仲直りできると確信していたのだろう。その意思は、互いを助けあった今の行動によって現れていた。そして、仲間や友の大切さを再確認した希龍とロイスの二人は、揃ってジョンとレベッカを再び睨んだ。

「ちょっと。なんで幻影解いてんのよ! お陰で痛い思いしたじゃない!」

「しょうがねぇだろ。攻撃喰らうと解けちまうんだよ」

「……ったく。あんたから幻影取ったら何も残らないじゃない!」

「おい! それどう言う意味だ!?」

 構えを取って臨戦態勢である希龍達の前で未だ口論を繰り広げていた二人だが、それも通り雨の如し。突発的に始まったそれは突発的に終わり、ジョンはレベッカを降ろすと同時に希龍達と同様に身構え、同じく構えを取ったレベッカと一度だけアイコンタクトを交わす。

(来るか!)

 交わされたアイコンタクトを見逃さず、攻撃の予兆を察知した希龍は刀を咥える力を強めるも、その瞬間、横に並んでいたジョンとレベッカは素早く別々の方向に散開し、目にも留まらぬ速さで希龍とロイスの左右を奪い、息の合った動きで二人を瞬時に挟み撃ちとする。
一方、挟み撃ちにされた希龍とロイスもそれに対応し、素早く背中合わせになると希龍がジョンと、ロイスがレベッカと対峙した。途端に、ぶつかり合う視線の中に混じる緊迫感が周囲に根を張るように広がり、各々が肌で感じる風の一吹きは異様なまでに冷たくなる。
張り詰めた空気の中、ロイスに背中を向けた状態の希龍は対峙するジョンから片時も目を離さず、刀を加えたままゆっくりとした冷静な口調でロイスに問い掛ける。

「なぁ、ロイス……背中を預けても良いか?」

 背中を預ける。信頼のおける者に対してのみ言えるような言葉であるそれをしっかりと聞き留めたロイスは、普段の陽気な表情とは打って変わり、真剣な面持ちを浮かべ、迷いなく希龍に言葉を返した。

「勿論だぜ。任せな。その代り……俺の背中も預けたぜ」

「あぁ。……よし、行くぞ!」

 再会し、信頼を寄せた友に背中を預け、希龍の掛け声と同時に二人は地を蹴った。互いの背中を背に希龍はジョンへ、ロイスはレベッカへと立ち向かう。そして、一対二の状況から二対二へと移り変わった状況の中で、第二回戦の幕は切って落とされるのであった。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 18]]
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あとがき
先ずはお詫びを。長きに渡り放置してしまい申し訳ございませんでした。言い訳にしか聞こえないような物ですが、理由の方はこの前作者ページに記述した通りでございます。非は全て自分にあり、毎回お読みになってくださった方々、続きを気にしてくださっていた方々、またコラボしてくださったウルラ様などの皆様には、ご心配やご迷惑をお掛けしまして本当に申し訳ございませんでした。

さて、今回でようやくロイスが再登場! いらっしゃるか分かりませんがロイス好きの方にはお待たせいたしました。これからきっと……多分……あ、もしかしたらロイスが活躍していきますよ!(笑)
また、今回はゾロアークの特性、イリュージョンを色々と活用してみました。ゲーム内の設定(攻撃を受けると解除されてしまう)や、映画での描写(蒸発するように幻影が消える、イリュージョン使用時に目が輝く)等を用いてみましたが、第五世代をプレイした経験が無く、ゾロアークに関しても詳しい訳ではなかったもので、正直こんな感じで良いのかなぁ……と思っていたりします(笑)。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 17 背中を預けてのこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:17:51" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2017%20%E2%80%90%E8%83%8C%E4%B8%AD%E3%82%92%E9%A0%90%E3%81%91%E3%81%A6%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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