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Reach For The Sky 16 ‐託された想い‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

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前回のあらすじ
ドクを倒し、なんとかフィナを助けた希龍。戦い抜いた末に彼は虫の息のドクと和解し、ドクは命を落としてしまうものの、彼の仲間であったハブネークとは、一時的に行動を共にする事に。そしてハブネークの口から、ドクが戦闘中に何度も口にした“託された想い”と言う物の真相が明かされようとしているのだった。
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''Episode 16 託された想い''

 時間は夜。光無き闇夜の世界は静かだった。安らかな静寂は、普段は聞こえない微かな音を強調し、町を流れる川のせせらぎがどこからか聞こえ、冷たい夜風のざわめきがあちこちから&ruby(うぶ){初};く。人々が消えた事により、世界はありのままの音色を奏でているのだった。
 一方、荒廃した町の中でも、珍しく原型を留める建物の下。降り注ぐメテオスコールの脅威にもしぶとく耐えきた地下室の中に、ボーマンダの希龍、フライゴンのフィナ、そしてハブネークの&ruby(おろち){大蛇};達三人は身を置いていた。ドクを倒すも、彼の最後の頼み――自分に託された想いを託されてくれと言うそれを承諾した希龍は、部屋の隅で&ruby(とぐろ){蜷局};を巻く大蛇に目を合わせていた。
 壁が剥がれていたりと、元々荒れ果てている室内。その中心には部屋を照らす“光の珠”と言われる道具があり、その周りには各々の荷物。整理と言う単語を知らない乱雑な部屋の中に隅に身を置く大蛇は、長い首を床に預ける希龍とその傍らに座るフィナの姿を瞳に映す。そして二人の知らないドクの過去と、彼に託された想いの真実を大蛇は語りだすのだった。

「数年前だ。俺とドクさんは昔から一緒で、ここよりずっと北の地で移動を重ねながら二人で生き延びてた。その頃は誰かを脅して食糧を奪ったり、反抗する奴は殺したりもした。生きる為なら手段なんて選ばなかったさ。……で、ある時俺とドクさんは希龍みたく洞窟の中に住んでた一つの家族を襲撃したんだ。その家族はキュウコンの一家で、父と母……そしてまだ生まれてから一年ちょっとって感じの娘が居た。
 当然両親は一人娘を必死で守ろうと戦って、でもやっぱドクさんは強くて、俺が手を出す事も無く両親を追い込んだ。けど、その時だった。洞窟の外に俺達より人数の多い集団の影が見えたんだ。いくらドクさんでも多勢に無勢。さらに洞窟の中だから逃げ道も無い。さすがにその時は焦ったけど、突然両親がドクさんに言ったんだ。“あの集団は危険な集団で、このままでは全員殺される。だから、私達が囮になるからその間にせめて娘を連れてここから逃げてくれ”……ってな。
 両親は必至だったよ。傷だらけでもうボロボロ。それでも敵であるドクさんや俺に深々と頭を下げて懇願してきた。きっと自分達より強い者に娘の命を託そうとしたんだろ。それで、ドクさんはと言うと、少し考えてからさっきのお前みたいに“分かった”って言って、娘――ロコンを連れて俺と一緒に洞窟を離れた。俺達を逃がすために囮となった両親がどうなったかは知らねぇが、きっと生きちゃいないだろうな。
 その後、あぁ見えて意外に感慨深い所もドクさんはあったんだと思う。両親の想いが伝わったみたいでドクさんは俺に言った。託されたこの想い、必ず守り抜くって……。小さな一つの命、ロコンを守り抜く事……それがドクさんに託された想いで、俺と希龍、お前に託された想いなんだよ」

「…………」

 ドクの真実、それを知った希龍は言葉が出なかった。悪人だと思っていたあのドクにそんな過去があったなど彼は想像もしておらず、どう言葉を返せばよいのかも分からない。ただ、真実を受け止めていくに、彼の中にあったドクのイメージは形を変えて行くのだった。
 戦闘による傷と疲労からまだ思うように体は動かないが、彼は床に預けていた首を持ち上げ、真剣な&ruby(めんぼう){面貌};で大蛇によって語られるドクの真相と言う物に耳を傾ける。その直ぐ側で腰を下ろすフィナもドクに対するイメージが変わっていたのか、希龍と同じく大蛇の話に耳を傾けていた。
 光を浴びる大蛇がドクの真実を語ってから少し間を置いて、黙り込んでいた希龍がふと呟く。

「あいつにそんな過去が……」

 床に目を向けながら、そう声を漏らした希龍は、戦いの中で何度も見て、そして互いの信念を激しくぶつけ合ったドクの顔を思い起こす。彼が何度も口にした、俺は託された想いを守るとの強き言の葉。その一枚の葉に乗った重み、さらに最後のありがとうの一言に込められた希望。どんな大義を掲げた所で、例え誰にも裁かれないとしてでも、やはり命を奪う事は間違いなのかもしれない。明かされた過去や自分の行動を振り返るに、彼はそう思い始めたのだった。
 フィナを守りたいが為だったとはいえ、自分の行いを再び反省する希龍。その傍で座っていたフィナが、淀んだ閑静を割った。

「あ、そうだ。……その、貴方達はなんで希龍を狙ってたの?」

 フィナの質問に、大蛇は少し悔しそうな表情を浮かべて一度地面を睨むも、直ぐに顔を持ち上げてフィナに目を合わせる。

「俺達が希龍を狙ってた理由か……。一言で言えば交換だ。お前にはちょっと話したけど、俺達は希龍の棲家を奪ってそこで暮らそうと考えてた。けど、追い出してから数時間後に連中が現れたんだ」

「連中?」

 重々しく語りだした大蛇が、連中と言う単語を口にした時、自分の素行を思い返していた希龍が突然聞き返す。それに対し、大蛇はこれから話すから待ってろと合図するかのようにフィナから希龍に視線を移すと、話を再開した。

「連中ってのは、ドクさんが守ってきたロコンを浚い、その命と引き換えに俺達に希龍を探してこいと命令した奴らだ。連中の実力は凄かった。いや、正確にはその中の一人の実力しか見れなかったが、俺やドクさんでも歯が立たなかった。とにかく速くて、目で追うのも難しいくらいで……俺は暗闇での戦闘に自信があったが敵の正体が分かる前に切り裂かれた」

 口を閉じ、真剣な表情で希龍とフィナが話を聞く中、大蛇は尻尾で自分の胴に巻かれた包帯を指差す。そして彼は再び話を再開した。

「この通り俺は切り裂かれたんで連中の顔は見てないが、分かるのは三本爪って事。連中に付いてはそれだけだ。後は約束の場所……あ、約束の場所ってのはこの町の入り口だ。お前等も通っただろ? そこに明後日までに希龍を連れてかなきゃ、ロコンは……殺されちまう」

 話の途中から、自分の&ruby(だじゃく){惰弱};さを呪うように気持ちや口調を沈めながら大蛇は希龍を狙っていた理由も克明にしたのだった。沈んだ面持ち彼の話に真剣に耳を傾ける希龍は、後悔に心を覆われた彼を両の目で見つめている。
 明かされた真実。裏でドク達を手駒にして自分を狙う者達の存在。それらを知った希龍は、信念をぶつけ合って戦ったドクに託されていた想いであり、今の自分と大蛇に引き継がれたそれを守り抜く決心を改めて固めていた。そして優しい白光の中、彼は大蛇に一度深く目を閉じてから言う。

「つまり、その三本爪の連中が黒幕か。……俺もあんたと一緒にドクに託されていた想いを託された。だから、とにかく今は人質になってるロコンを助け出す方法を考えよう」

「あぁ、その通りだ」

「私に出来る事があるか分からないけど、協力する」

 光の包容は結束を生んだ。白き表舞台の裏で蠢く黒幕に対抗すべく、そして託された想いを守り抜く決意によって、敵であった者同士が手を取り合う。相当な実力を持つ事が明確な黒幕に抗うべく束となった三人は、ロコンを救出する術を考えるのだった……。
 その後、体を休めつつロコンを助ける為の計画を夜通しで練り、三人がそれぞれ意見を出し合って末に生まれた作戦が完成を継げたのは、もう深夜と言って良い時間帯だった。それからは三人とも疲れ切った体を休めるべく睡眠を取り、焚火の音もない地下室はしばらく間、柔らかな寝息の音が漂うのだった。










 翌日、希龍は地下室の入り口から顔だけ覗かせ、周辺を睨んでいた。もう太陽はすっかり空に昇っており、位置の高さに彼は自分達が随分と遅くまで眠りに就いていたのだと痛感させられていた。
 希龍は昨日、信念からぶつかり合ったドクと激しく戦った筈なのに、滅んだ町は激戦をまるで知らないかのように何一つ変わってはいなかった。膨大な時の流れが刻まれた町の記憶には、昨日の激戦など一瞬の出来事に過ぎないのであろう。そう、まるで大火の中に散る火の粉のようにそれは一瞬なのだ。無愛想な町中を睨む希龍は、周りに誰もいない事を確かめるとそこから這い出て表通りに出る。
 食糧としている木の実はまだある程度残っており、水も昨日汲んだものが多少残っている。正直外出する理由は今の彼にはないのだが、やはりずっと地下室に居ると人工的な光ではなく、例えそれが汚い茶色の空から注ぐ光であっても恋しくなってくる。彼は自然光を浴びたかったのだ。
 空を見上げる彼は不意に考える。今は夢を追い求めているどころではないかもしれないが、今まで自分が追い求めてきた夢は青空をこの目で見る事なのだと。暗躍する謎の連中によって引き起こされた望まぬ戦いによって、命を落とした斬空や、過去に母が昇っていた空。また壮大な夢である空。それを彼は青い瞳でずっと見上げ続ける。

「おい、なに空なんて見上げてる? 空なんて見るに値するような物じゃねぇだろ」

 空に昇った大切な者達との記憶を思い起こし、描く夢への決心を再確認していた希龍。彼は背中に聞こえてきた大蛇の声に、視線を一度地に落としてから振り返る。

「……今はね」

「?」

 希龍が摯実な口調で返した回答に、大蛇は頭の上に疑問符を浮かべた。彼の返答はまるでこの空は茶色ではないのだと主張しているように大蛇は聞こえていたのだ。頭を僅かに傾けた大蛇は、半信半疑な眼差しを彼に向けたまま口を開く。

「今はね……か。どうも俺には今の空は空じゃない……とでも言ってるように聞こえるぜ?」

「その通りだよ。少なくとも俺はこの茶色い空が本当の空だなんて思ってない。俺の母さんは昔から言ってた。本当の空は茶色じゃなくて、澄んだ青色なんだって。その青い空を見るのが俺の夢なんだ」

 本心から語っている事が明確な程、希龍は真面目な面持ちで自らの夢を語ったのだが、対する大蛇は顔を僅かに顰める。

「この空が青い? 信じられねぇな。……それに、俺にとってそんな事はどうでもいい。とにかく今はロコンを助ける事に俺は全力を注ぐ。後、あんま外に出んなよ。もし俺とお前がこうやって仲良く話してる姿を見られたら作戦が台無しだろ。早く戻るぞ」

「あ、あぁ……そうだな」

 大蛇の鋭い忠告に希龍は慌てたような早足で地下室の入り口まで戻ると、彼の後に続いて階段を下って行く。地下へと続く短い階段を下りた先。そこには相変わらず散らかった地下室が広がっており、奥では荷物の整理でもしているのか、フィナが自身のバックの中を覗いていた。そんな彼女をふと希龍は見詰める。戦い抜いて守った自分にとっての大切な人。もう彼女に惚れてしまっている事は彼自身、理解が出来ていた。いわゆる初恋。ドクとの戦いの最中、その想いを口に出来たのは、彼女が気を失っていたからなのかもしれない。希龍はバックを漁る彼女を眺めながらそう感じていた。もし彼女に意識があると分かっていたのなら、もし彼女を目の前にしたのなら……想いを晒す勇気など自分にはなかっただろう。
 そのような事を考える希龍の横に居た大蛇は彼とフィナの間で視線を往復させると、少し納得したような表情を浮かべる。考えている事が筒抜けな奴だな……と思いながら。

「おい、あの時みたいに素直に言ったらどうだ?」

「えぇ!?」

 口元を緩めながら声を掛けてきた大蛇に、希龍は少し慌てるような素振りで返事……と言うよりは反射的に声を出す。そして彼は顔を少しだけ赤くしながら大蛇から目を逸らすと、どこに向けて良いのか迷うように瞳を泳がせて照れ隠しに天井を見詰める。
 図星だな。大蛇はそう思った。少しにやける大蛇と照れ隠しに天井を見上げる希龍。そんな二人に、先程から荷物の整理をしていたフィナが不思議そうな目線を送りながら話し掛けてくる。

「何を素直に言うの?」

「…………」

 フィナのその一言に、希龍は顔を赤くしながら硬直していた。素直になんて言える筈もない。大体、自分が彼女の事を好きだとしても、彼女が自分を好きだとは限らない。寧ろ好きではない確率の方が高いだろう。それも九割五分ぐらいの確率で。普段の前向きに夢を追いかけるポジティブさとは真逆。ネガティブ思想を張り巡らしながら希龍は彼女の質問に答えられずにいた。
 たじろぐ希龍の態度に、フィナは再び同じ事を問い掛けるも、希龍は顔を赤くするだけで口を開けない。二人のぎこちないやり取りを眺めていた大蛇だったが、彼は動揺している希龍を見捨てて部屋の隅に行き蜷局を巻く。その様子を見ながら、ある意味追い詰められている希龍は彼に目で救いを求めるも、大蛇は目を閉じてしまい、含み笑いをするだけだった。

「ねぇ、だから何を素直に言うの?」

「あ……いや、え~と、その……」

 正直に言わない……正確には言えない希龍。彼の隠す真実にフィナは迫るも、会話は進展しない。だが、希龍に問い掛け続ける彼女の瞳には、どこか期待を寄せる想いが見え隠れしており、彼女の姿はどこか希龍の言葉を待っているようにも見えた。……しかし最終的には、言い出せない希龍にフィナも折れたのか、いつの間にか彼女の質問攻めは終わっており、地下室は再び静かな雰囲気に包まれていた。
 その後は先の穏やかな雰囲気とは一転。三人は明日に備えて救出作戦の確認などを入念に行い、ドクが守ろうとしていたロコンを救出すべく、一致団結してその時に備えるのだった。










 一方、ロコンを人質にドク達を手駒にして希龍を狙う連中も、数日に一度降り注ぐ隕石群――メテオスコールから身を守れそうな地下室に身を潜めていた。数畳程の狭い地下室の壁には危なげな亀裂が幾本も走り、一部は欠損して剥がれ落ちていた。さらに床には文明が滅ぶ前の貴重な遺産とも、必要のないただのガラクタとも取れる様々な物も散乱している。正に荒れ放題。長年誰の手も加えられなかったそこは文明の成れの果てだった。加えて、淀んだ空気には長年積もった塵が混じり、とてもではないが快適と言う単語は似合わない。
 だが、部屋の有り様を気に留める様子も無く、ロコンを人質に取る二人は汚れた床に腰を下ろしていた。元々は三人だったが、一人はこの地――ミクスウォータに辿り着いた時に別れて今は二人と人質であるロコン。
 まだ幼いロコンだが、自分が人質と言う事が少なからず理解出来ているのか、彼女はずっと俯いたまま耳を垂らし、同じ室内にいる二人に決して目を合わせる事はなかった。早くドクや仲間達に会いたい。俯きながら彼女はそう願う。……ドクが命を落とした事を知らずに。
 人質と言う状況下によるストレスか。または仲間達に会えない不安か。顔色の優れない彼女は&ruby(うずくまり){蹲};りながらただ床を見つめ続けるだけ。不安に押し潰されそうな彼女から少し離れた場所で、彼女を人質に取る事でドクを操り、暗躍する二人――雄のゾロアークと雌のレパルダスは何やら話をしていた。

「……おいおい、今日の飯はまさかまさかのこれだけか?」

 綺麗には程遠い床に乱雑に置かれた数個の木の実を見て、ゾロアークは信じられないような目でレパルダスに尋ねる。しかし彼女は……。

「ん? 文句ある? て言うか誰が調達してきた思ってんのよ」

 ……と、訪ねてきたゾロアークに睨みを利かせながら問い返した。

「あーはいはい。無いですよ。こんなご馳走食えて俺は幸せです」

「よろしい。……あ、そうだ。人質の分も残しときなさいよ」

「はぁ? それ本気か? 一日位食わせなくたって死にはしねぇだろ?」

 自分の食糧が減る事が相当嫌なのだろか。ゾロアークは床に置かれた数個の木の実を手繰り寄せるとそれを大事に抱え、レパルダスに反論する。しかし、レパルダスはと言うとさらに鋭く睨みを利かせながら彼を睨んだ。

「あのね、彼女は大事な人質。それにまだ子供だし、体調崩したらどうすんのよ? それに子供の前でそう言う事言わない。大人として恥ずかしくないの?」

「分かった分かった。……つーかお前母親かよ」

「なに? まだ文句あんの?」

「ないです」

 睨みを利かせるレパルダスに、ゾロアークも折れたのか、彼は呆れた気持ちを顔に写しながら、渋々持っていた木の実の一部を床に戻すとそれをレパルダスに差し出す。そして彼は彼女に背中を向けると一人寂しそうに木の実を齧るのだった。
 彼の鬣で大部分が隠れた背中をしばし見詰めながら、前足で木の実を手繰り寄せた彼女は、先程とは打って変わり、少しばかりの笑顔を浮かばせながら言った。

「まぁでも、あんたも意外と子供には優しい所があるみたいね。この前は自ら木の実をあげてたみたいだし」

「ちっ、見てたのかよ」

 自ら……その部分を強調して言ったレパルダスに対し、ゾロアークは恥ずかしそうに背中を向けたまま無愛想に言葉を返す。それを聞いた彼女は彼の背中から流れるように目を逸らすと、木の実を軽く咥えて部屋の隅に居るロコンの元まで歩み寄った。

「ほーら人質ちゃん。質素だけどご飯よ。食べなさい」

 笑顔を作りながらロコンの目の前に木の実を置いたレパルダス。けれど、自分が人質と言う事を少なからず分かっているロコンは、目の前に置かれた木の実を食べようとはしない。その事に表情を曇らせる彼女の後ろでは、先程まで背中を向けていたゾロアークが、吹き出しそうな笑い声を押さえようと、口に手を当てている。それでも彼の口元から漏れる微かな笑い声を、先の尖った耳で聞き留めた彼女は笑顔の状態から瞬時に鬼の如き剣幕へと切り替えると、振り向きながら殺意すら感じる横目で彼を睨み付ける。睨まれた彼は地面に手を着けて重い腰を上げ、ロコンの方に向かって歩き出す。

「へっ、俺に任せな」

 ゾロアークから自信に満ちた声を掛けられ、レパルダスは未だ俯き続けるロコンの前から渋々退く。そして、彼女を見下ろしながら得意げな顔で床に並べられた木の実を掴んだゾロアークは、紳士ぶって一息吐くと掴んだ木の実を俯くロコンの口の前まで持って行き、それを左右に揺らしながら話し掛ける。

「ロコンちゃ~ん。良い子だから食えって。なぁ? 腹減っただろ?」

 “光の珠”に照らされた優しい笑顔……本人はそのつもりなのだが、どう見てもただにやけているようにしか見えないゾロアーク。その顔を彼の斜め後ろから見ていたレパルダスは、顔を引きつらせると小声で呟く。

「気持ち悪……」

「うるせぇー!」

 突如切り落とされた熾烈な戦い……口喧嘩の幕。戦線布告も何も無くして始まった突発的な言い争いは徐々にエスカレートを始め、俯くロコンなどそっちのけ。少なくとも子供の前で言ってはならないような汚い言葉や暴言がゾロアークとレパルダスの間を飛び交う。そして、それら暴言などが全てロコンに聞こえてしまっている事に二人は気付かないのだった。
 さらに、口喧嘩を繰り広げる二人を地下室の外から息を殺して監視する者がいた事もまた、二人は気付かないのだった……。










 砂漠に面する町、ミクスウォータ。嘗ては砂漠を越える者達が集う交通の要衝として栄えたこの町も、今となっては廃墟が虚しい死に絶えた町へと姿を変えていた。まるで戦争でもあったかのように多くの建物が崩壊し、道は無残に砕け散り、それらの破片が辺りに一面に散らばっている。そして、当然の如くそこに人影は存在しない。その全ては……数日に一回降り注ぐ隕石群――メテオスコールによって作り出された終焉の姿だった。
 そんな町でも毎日朝は訪れるのだ。小鳥のさえずりも無ければ、日差しには爽やかさも無い。けれど夜があれば朝があり、時間は進み続ける。定められた時の中で早朝を迎えた空は次第に明るくなっていき、絶望の世界を象徴するかのような茶色の空が露となっていく。
 朝日が昇り、世界に明かりが灯ってから一時間程が経過した頃。ロコンを救うべく団結した希龍と大蛇は、ドクや彼を手駒にした連中が指定した約束の場所――砂漠からの来る者を出迎える看板がある町の入り口に居た。その看板は希龍も潜ったアーチ状の大きな物。今はもう穴だらけで崩壊寸前だが、それでも看板は弱音の一つも吐かずに訪れる者を出迎え、去る者を見送っているのだ。
 周りの砂漠と比較して位置が低いこの町には、ほぼ常に砂漠からの吹き降ろす風が走っている。細かな砂が混じるその荒々しい風を体に受けながら、希龍と大蛇は横に並んで静かに待ち続ける。もちろんロコンを人質にしてドクに希龍の捕獲を命じた連中を。
 だが、良く見れば希龍の姿は一風変わっていた。口は縄で縛られ、ボーマンダと言う種族を象徴するような真紅の大翼も同じく縄で縛られている。さらに彼の首元を縛り、そこから伸びる縄を大蛇が咥えていた。行動の自由を封じられた希龍の姿。けれどそれも作戦の内だった。彼を束縛する縄は予め簡単に解けるように結ばれており、他人の補助無くしても力を入れれば簡単に解けるのだ。そして、それは手先が器用なフィナが居たからこそ出来たものでもあった。
 全てはロコン救出の為に相手を欺く為。交換条件である希龍を差し出し、ロコンを助けた大蛇は、近くに身を潜めるフィナの背中に乗って安全な場所に退避。一方の希龍は連中の不意を突いて縄を解き逃げる魂胆だ。彼らが編み出したこの作戦が成功する保証などないが、希龍を狙う連中の面子や実力などがはっきりしない為、あまり綿密な作戦を立てられないのもまた事実だった。
 会話も無く、ただじっと連中を待ち続ける二人。大蛇は目を尖らせて周辺を見渡し、希龍は負けを認めて落ち込んでいるかのような表情で俯いている。勿論、それは彼の迫真の演技なのだが……。砂と風が作る耳障りな雑音が響き続け、時折強く吹く風によって砂塵が彼等の肌を叩きながら、時間だけがただ闇雲に流れて行く。
 約束の場所に約束の時間までには必ず来い……ドクの話ではそう言っていた筈なのに、指定した張本人が姿を現さない。どこかに隠れているのか。大蛇に捕まっている振りをしている希龍は、落ち込んだ表情を崩さずないように注意を払いつつ辺りを見回す。
 延々と吹き付けてくる砂。もう待ち続けて一時間は経過しただろうか、ふと希龍が空を仰げば、太陽の位置は随分と変わっていた。待ち伏せ……その可能性も捨てきれないが、そうだとしたらいくらなんでも時間が立ち過ぎている。何もせずに立ち続ける自分達に一時間以上手を出さないのはおかしい。
 ドクや大蛇の言う連中が姿を現さない事に希龍はそんな疑問を抱きつつも、下手に大蛇に話し掛ける訳にもいかない。彼は自分に語り掛けた。ここは我慢し続けろと。

「…………」

 両者無言のまま、時間だけが足早に過ぎ去っていく。蜷局を巻く大蛇とは違い、ずっと立ち続けている希龍。斬空と共に体は鍛えていたが、それでも長時間立ち続けているとさすがの彼も足に僅かな痛みを覚えていた。何時まで待たせるつもりだ。忍耐ポケモンのコモルーだった頃に培った彼の忍耐力も限界に近かった。加えて、何も起こらない事への焦りなどによって彼は苛つきも覚え始めていた。
 と、その時だ。アーチ状の大きな看板の下で砂漠の方向を向いていた二人の背後から、ふと彼等の知らない声が響いた。

「よう、待たせ……はぁ~」

 欠伸交じりでだらしなさが漂う雄の声。その一声に、希龍と大蛇は二人揃ってゆっくりと振り返る。振り返った二人の目に映ったその光景。それは、目元に僅かな涙を溜めるゾロアークと、彼とは対照的に真剣な顔を見せるレパルダスだった。さらに二人の後ろには、ドクが命に代えても守り抜こうとしたロコンの姿があった。

「大蛇ちゃん!」

 仲間である大蛇の姿を見た瞬間、ロコンは彼に向かって駆けだそうとしたが、その瞬間にゾロアークがロコンの首から伸びる縄を強く引き、彼女をそれ以上前に出させないようにする。首輪のように巻かれた縄を突然引っ張られ、それによって咳き込むロコン。それを見た大蛇は一層目付きを鋭くすると、希龍の首に刃物のような尻尾を翳す。

「おい。そこのゾロアーク。ロコンには手を出すな。てめぇらが欲しいこいつの首をこの場で切り落とすぞ」

 まるで本気で希龍の首を切り落としそうな雰囲気で、冷たくそう言い放った大蛇に対し、ロコンの首から伸びる縄を握るゾロアークは、渋々それを緩めると再び大蛇に目を合わせた。

「まぁまぁ、そうピリピリすんなって。先ずは自己紹介と行こうぜ。俺はジョン。で、隣に居る美人気取りのレパルダスは……」

「“美人の”よ」

 レパルダスの槍の如き視線がゾロアーク――ジョンに注がれる。

「……美人のレパルダスはレベッカだ。よろしくな」

「てめぇらの名前なんてどうだっていい。とにかく、こっちは約束通り生きたまま連れて来たんだ。早くロコンを出せ」

 堂々と自らの名を名乗ったジョンだったが、大蛇からすれば彼の名前など知る意味もないのだろう。彼は相変わらずジョンとレパルダス――レベッカを睨みながらロコンと希龍の交換を催促する。そんな彼等の会話を、縄で口や翼などを縛られている希龍は後ろから見ていた。今の所は彼が大蛇と手を組んでいる事が気付かれている様子はなく、このまま大蛇が上手く事を運べばロコンを救出する事が出来る筈。そう信じながら、彼はドクが口にした最後の言葉とその姿を思い起こすのだった。
 悲惨な戦いの記憶を思い出す希龍の視線の先で、硬い面持ちで睨み続ける大蛇。冷静さは保てているが、彼はジョンとレベッカに憎しみを抱いているようで、雰囲気やその瞳には殺意が垣間見えていた。

「はぁ、話の弾まねぇ奴だな。……分かった。雑談はこれで終了。とっとと交換と行こうぜ」

 そう言ったジョンは軽く振り返ってロコンを一度見下ろす。そして再び大蛇に目を合わせた。

「さて……と。じゃあそのままそこのボーマンダを連れてこっちに歩いて来い、俺もロコンを連れてそっちに行く。そんでもって中央で持っている縄を交換する。これでいいか?」

「……あぁ、分かった」

 不敵な笑みを浮かべながら、ジョンはロコンを連れて歩き出す。一方の大蛇も、希龍の首元から伸びる縄を咥えて進んで行く。一秒毎に近付いていく両者。互いにこの交換方法を承諾しているとはいえ、そこに信頼が入る余地などなく、近付く両者は互いの動きにかなりの注意を払い、距離が縮まっていくのに比例して自然と緊張が広がっていく。大蛇と希龍はジョンの動きを警戒し、普段は不真面目なジョンもこの時ばかりは目を尖らせていた。
 お互いが進む毎に心の中の中に広がる緊張感。相手への疑いが鋭い視線となって突き刺さる中、遂に希龍を引く大蛇と、ロコンを引くジョンは互いの目の前で立ち止まった。

「おい、早く縄をこっちに渡せ」

 長い牙を威嚇するように見せながら、大蛇はジョンに向かってそう告げる。対してジョンも口の中に二本の牙を覗かせながら大蛇に言った。

「慌てんな。ほらよ」

 手に持ったロコンの首から伸びる縄を乱雑に大蛇の目の前に投げるジョン。その行動は一見慎重さに欠けているように見えるが、鋭き眼光は崩れる事が無く、空いている片方の爪には僅かに力も入っており、戦う準備は既に整っていた。さらに、縄を始め大蛇が何かを持つ際は、咥える必要がある事を彼は理解しているのだろう。土埃が積もる地面に落ちた縄の先端を見詰めながら、大蛇はロコンから伸びる縄を咥える為、希龍から伸びる縄を放した。その瞬間、大蛇もジョンも目にも留まらぬ速さで動き、互いの目的である縄を取る。

「…………」

「…………」

 一瞬の動作の後は、異様な程の静寂が二人を包んだ。互いに考えている事は同じ。両者とも反撃を最も警戒していた。しばらくの沈黙と硬直の後、まるで凍ったように動かずに大蛇もジョンも互いの出方を伺っていたが、不意にジョンが肩の力を抜き、大蛇に話し掛けた。

「交換は成立。これでもう、俺達は赤の他人だ」

「あぁ」

 睨みながら言葉を交わしつつ、二人は自らの目的を自分の方に手繰り寄せる。ロコンの首から伸びる縄を優しく引く大蛇の横を、ジョンに引っ張られる希龍が過ぎ去っていく。その瞬間、ほんの一瞬だけ希龍と大蛇は目を合わせる。そして言葉を無くして二人は互いの意思を、瞳を介して確認すると共に心の中で言った。

(作戦開始!)












To be continued...
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[[Reach For The Sky 17 ‐背中を預けて‐]]
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あとがき
先ず、誠に申し訳ございませんでした。15話を投稿してから既に一か月以上。二週間に一回の更新ペースを守れず、このように投稿が遅れてしまった事を、続きを待っていてくださった方々にはお詫び致します。
さてさて、上記のように遅れてしまった事を反省しつつ、今回はドクがロコンを守っていた理由が明らかとなり、さらにロコンを救出する為に希龍達が行動を起こした回でした。今まではなんとなくドクのロリコン疑惑があったかと思いますが(笑)、彼はロリコンと言う訳ではなので、ご安心(?)くださいませ。
ちょっと話が変な方向に脱線してしまいましたが、遂にロコンを浚い、自分を狙う者と対峙した希龍。果たしてロコンを救出するための作戦は上手く行くのか……次回はその辺りを中心に書いていくつもりですので、まだまだ未熟な自分ですが、今後のお話をお楽しみ頂けたら幸いです。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 16 託された想いのこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:17:24" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2016%20%E2%80%90%E8%A8%97%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%83%B3%E3%81%84%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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