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Reach For The Sky 15 ‐激戦の末に‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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前回のあらすじ
フィナを助ける為、圧倒的に不利な状況下でもドクに戦いを挑んだ希龍。劣勢の中、希龍はボーマンダに進化して彼女を救出する。そして、進化した彼は斬空の形見である刀と共に再びドクと交戦。実力が格段に向上した今、形勢は逆転し、彼はドクを追い詰めて行くのだった。
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&color(red){※流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。};

''Episode 15 激戦の末に''

 今は亡きエアームドの斬空。その翼を加工して作られた刀は勢い良く突き出され、刃先にドラピオンのドクの胸部を捉える。
 &ruby(しゅんもく){瞬目};の刺撃にドクは成す術が無かった。刀を咥え、鋭鋒の如き眼光で胸部を狙うボーマンダの希龍の瞳が見えたかと思うと、その途端に彼を激痛が襲う。同時に肉を切り裂き、胸部を貫く不快な音と血の流れ出す水音が通りを駆け抜けた。既に斬空との激戦で傷を負い、包帯が巻かれたそこを突き刺した刀はドクの体を貫通し、真っ赤に染まったその刃先は彼の背中から僅かに顔を出していた。
 胸部を貫いた刀の反りに沿ってドクの鮮血が流れ、それは彼の両腕を前足で押さえながら、後ろ足で踏ん張る希龍と激痛に震える彼の間に滴る。赤々な雫は一滴ずつ地面に落ち、地は血によって赤へと塗り替わっていく。

「うぅ……く……そ」

 痛みに耐えかね、希龍の両前足と押し合っていたドクの腕は力なく垂れ下がり、彼は小刻みに震えながら体を貫かれた激痛に目を細めた。彼の視線の先では、無言のまま先鋭な眼差しでドクの胸部を睨み、そこに刀を突き刺し続ける希龍の姿。血を流し過ぎたのか、霞んでくる視界の中で尚も希龍を見下ろしながら、ドクは思った。

(こ……こんな所で死ぬ訳にはいかない)

 今にも意識が消えそうな中、ドクは残された力を絞り出し、口から血を垂らしながらも下がった右腕を高く……高く持ち上げる。重力に従属な自身の血とは真逆、天に向かって聳えたドクの腕。その動作に気が付き、希龍は反射的に彼の体を貫く刀を引き抜こうとした。瀕死の重傷とは言え相手はドク。これ以上彼の重撃を受けては、さすがに耐えきれないと希龍は判断したのだ。右か左か、それとも後ろか。それら回避の選択肢から、希龍は迷う事無く後ろを選ぶと、前足を降ろし四本の足全てに力を込める。だが、大きくバックステップしようとした彼の体に強い抗力が掛かった。

「!?」

 突然の急制動に驚く希龍。咥えた刀の先を彼の視線が辿れば、引き抜いた筈のそれはまだドクの体に刺さっており、鋭利なそれをドクの左腕がしっかりと握っていた。攻撃から逃げなければ不味い思いと、大切な形見でもある刀を手放せない心情がぶつかり合い、それは希龍に大きな隙を生む事になった。

「俺は! 俺は託された想いを守る!」

 激痛に細くなっていた目を大きく開き、血の跡が残る口を一杯に開き、必死な表情でドクはそう怒鳴り声を撒き散らすと振り上げた右腕を、隙を見せた希龍に向けて振り下ろす。
 風を押し退けて迫る剛腕。判断の遅れが仇となり、もはや回避が困難な希龍は、向かってくるドクの腕を瞳に映しながら思った……間に合わない。そう思うや否や、彼は切り裂かれる痛みに耐えるべく心を準備したのだが、&ruby(しな){撓};る腕の先端に並ぶ鋭き爪は彼を切り裂かず、その長い首を強く掴んだのだった。

「な!?」

 首を掴まれ、大木すら圧し折ってしまいそうな握力に絞められる中で希龍がそう声を漏らすも、その瞬間に彼の視界は傾く。希龍の首を掴んだドクはその状態から彼を自身の左側に引き倒したのだ。同時に刺さっていた刀はドクの体から抜け、傷口からは夥しい量の血が流れ出る。その鮮血を浴びながら、希龍は大翼の生える背中から地面に叩きつけられた。
 地面には希龍を中心に罅が入り、鈍い音の前に彼は声すら出なかった。いや、寧ろ彼は出さなかった。形見である刀を放すものかと、痛みの中でも力強くそれを咥えていたのだ。そして彼は苦痛に表情を歪めながらも直ぐに起き上がろうとする。けれど首を掴まれた状態ではそう易々と起き上がれる筈も無く、息苦しさと激痛を前に中々体に力も入らない。
 仰向けに倒れ、もがく希龍に対してドクは休む間も、講じて傷の痛みに怯む間も無く、空いた左腕で希龍の右前足を押さえ彼の動きを封じる。彼が咥えた刀で反撃しようにも首を押さえられてしまっているので叶わず、さらに右前足も押さえられ、左前足は体の構造上ドクに届かない。もはや絶対絶命。戦いの軍配はドクに上がったかに見えた。
 しかし絶望的状況下に落ちながらも、決して希龍は生きる事、そして戦う事を諦めなかった。首、さらに中の気道も絞められて息苦しい中、彼は細目の中の瞳を下に動かす。策は――まだ残されていた。希龍はまだ自由な自分の尻尾を見ると、素早くそれを自分の右側に居るドクの後頭部に叩き付けようとする。だが、ドクはそれすらも見切り、自身の尻尾で向かってくる希龍に尻尾を掴んだのだった。途端に希龍の表情に焦りが&ruby(にじ){滲};み、彼はなんとかドクを振り解くべく尻尾に力を込める。だが、首を絞められている彼の尻尾は徐々に力を失っていき、それと同時に彼に残された手段は儚く消えたのであった。
 ドクの胸部から流れる血が希龍の脇腹に滴り、彼のそこやその下にある砕けた大地を真紅に染めて行く。意識を失ってしまいそうな激痛にも耐えながら、希龍の動きを完全に封じたドクは荒い息遣いの中、無い力を振り絞るように小さく言った。

「捕獲……完了」

 このままではフィナを助けられない。用済みとなった彼女はきっと殺されてしまうだろう。なんとしてもこの状況を打開しなければ……。そう希龍は考えつつも、首を絞められた状態では苦しく、さらに段々と頭もぼんやりとしきて、それを考える事も彼はままならなくなっていく。ドクの腕を振り解こうともがいていた前足からも徐々に力が抜けていき、彼の意識は朦朧としていくのだった。

(くそ……フィナ……)

 斬空のように鋭かった彼の目も今は弱々しく、薄れていく意識と連動しているかのような虚ろな瞳。自分はやはり弱者。誰も助けられず、そして守れないのか。折れそうな心でそう希龍がそう思った瞬間、急に彼を束縛する力が抜けて行く。それはまるで俄雨が止むかのようだった。抜けた力に希龍が頭に疑問符を浮かべたその時、彼の真横にドクはゆっくりと倒れ込んだ。ドラピオンの中でも大柄かつ、絶望の蔓延るこの世界を生き抜いてきた屈強な体が倒れ込むのと同時に、砂が舞い上がり、鈍い音の中には微かに血の水音も混じる。

「……?」

 それは希龍を捕まえた事に安心し、気を緩めた事がきっかけだった。張り詰めていた緊張と、大切な者を守り抜く目的を果たすまで死ぬ訳にはいかないと言う、その決心。それがドクの意識を繋いでいたのだ。だが、皮肉にも彼は希龍を捕獲した事に安心した結果、意識を繋ぐ緊張の糸は切れ、彼はその場に倒れてしまったのだった。
 ドクの傷口からは未だに血が流れ、地に染みる赤は薄まる事を知らない。首を絞められた状態から解放された希龍が咳き込む中、彼の傍らに倒れたドクは一切動かなかった。一瞬の気の緩み……それが命取りとなる。逞しいドクはそれが分かっていたが、おそらく彼は初めて戦闘中に気を抜いてしまったのだろう。敗因は間違いなくそれだった。

「ド……ドクさん!」

 倒れたドクを目にし、彼の仲間であるハブネークは瞳孔を一杯に広げながら、現実を否定するかのように叫んだ。ハブネークは長い体をくねらせて戦場と化した地を這い、一直線に倒れたドクの元に向かっていく。その顔は恐怖で歪み、瞳にはドク以外に何も映り込んでいなかった。ドクの傍らで仰向けになりながら、未だ咳き込む希龍をそっちのけにし、彼とは対照的にうつ伏せに倒れるドクの元に歩み寄ったハブネークは、全く動かないドクを間近にするとその長い体を震わせ、言葉を詰まらせる。
 きっと、彼は親しい者を失って酷く悲しんでいるのだろう。仰向けに倒れる希龍は、虚ろな眼差しでハブネークを見ながら、そこにかつての――斬空を失った際の自分を無意識の内に何処か重ねていた。まるで客観的に過去の自分を見ているような、その不思議な感覚の中で、もはや体力の限界を迎えて動く事もままならない希龍は、ただじっとハブネークの姿を見詰めていた。

「くそ……ドクさん……くっ」

 尻尾を器用に使ってなんとか体を仰向けにするも返事をしないドクに、ハブネークは涙こそ見せなかったが、彼は震えていた。そんな彼の悲しみの震えは、段々と憎しみの震えへと変わっていき、彼を復讐の道へと誘おうとする。斬空を殺された希龍がドクに対する復讐心を抱いたように、ドクを殺された彼は、直ぐ側に居る希龍に対して憎しみを覚えていた。ハブネークは悔しそうに目を瞑り、直ぐにそれを開くと復讐に燃える瞳で希龍を鋭く、そして強く睨み付ける。
 そんなハブネークを未だ虚ろな目で見つめる希龍は、ふと感じた。誰かが死ねば、誰かが悲しみ、誰かが悲しめば、誰かが憎む。それが自分の歩んでいた終わりなき道――復讐の連鎖なのだと……。そして、憎しみに染まるハブネークを、嘗ての自分を客観視するかのように見る彼は半ば諦めていた。もう体には殆ど力も入らず、意識も朦朧としている。直ぐ側のハブネークが抱く復讐の対象である自分は、このまま殺されてしまうだろう。決してここで息絶えたくはなかったが、決して青空を見たい夢は捨てたくなかったが、決してフィナと別れたくなかったが、復讐に捧げられる血の年貢を納める時は訪れた。そう彼は思うと、来るべき死の瞬間に備える。
 憎悪に全てを奪われたかのような……まるで鬼の如き形相で、ハブネークは動けない希龍の首元に刃物のような尻尾の先端を当てた。そして彼の復讐心の前には、捕獲と言う単語はもう無かった。だが、突然希龍と復讐に燃えるハブネークの耳に、低い声が微かに響く。

「待……て。&ruby(おろち){大蛇};……」

「……! ドクさん」

 今正に希龍の首を切り裂こうとしていたハブネークだったが、ドクの声が聞こえるや否や、彼は素早くドクの元に寄り戻る。ドクは目を開ける力すら残っていないのか、その瞼は降りたまま。けれど口は微かに開いていた。その小さく開いた口でドクは出せる精一杯の声でハブネーク……ではなく、希龍に話し掛ける。

「希龍って……言ったな……。お前は俺より立派で……強い。だから……頼む……俺はあいつを託されたんだ。……俺に託された想いを……今度はお前が大蛇と一緒に……託されてくれ……」

 死を悟り、ドクは瞼を降ろしたまま必死になって自分を越えた存在である希龍に懇願する。その傍らでは彼の声を遮るまいと、口を閉ざしながら希龍を見るハブネーク。その視線上で、希龍は残った力をなんとか振り絞って揺らつきながらも立ち上がっていた。荒い息を上げながら、もはや虫の息であるドクと彼を庇うように立つハブネークに目を合わせた希龍は咥えていた刀をそっと背負っている鞘に仕舞う。
 フィナを失いたくない一心で戦い抜き、さらに仇であるドクを倒した希龍に、ドクに託された想いを引き継ぐ理由など無かった。死に逝く者を目の前にして、さらにその者を死に追いやったのは自分。その自覚を彼は持っていたが、例えそうであっても、法も秩序も無いこの世界。断ったところで彼が罪になる事も、咎められる事もないのが現実。
 しかし、希龍は思いつめた視線をドクに注いでいた。彼は悩んでいたのだ。果たしてこのまま、彼の想いを捨てて良いのかと……。このままドクに託された想いを切り捨て、放って置く。そんな考えも彼は浮かべたが、相容れない相手であった筈のドクと自分との共通点――大切な人を守る為に戦うその決意が同じ事に彼は気付いていたのだった。それが彼の心に大きく響いていた。

「……お、俺からも頼む! 俺は今、ドクさんに託された想いを引き継いだんだ。それを俺は守りてぇんだ!」

 自分の力では、ロコンを人質にとる連中に勝てない事を分かっているハブネークは、恥を承知で希龍に深々と頭を下げ、ドクと同じく懇願する。ならず者集団の一人とは思えない、その一途なハブネークの願いと姿を見てから、希龍はふらつく足取りで一歩前に出ると、ドクの直ぐ横に立つ。

「……分かった。あんたに託された想い、守ってみせる。けどその代り、あっちに逝くならちゃんと斬空さんに謝ってくれ。俺にこんな事言える資格なんて無いかもしれないけど、あんたは……斬空さんの夢と命を奪ったんだから」

 徐にそう希龍は言った。彼の発言に、虫の息のドクは最後の力を全て注ぎ、そして閉じた目から涙を流しながら一度頷き、小さく霞んだ声で希龍に一言告げた。

「あり……がとう」

 荒廃した世界でも逞しく生き抜いた強者――ドクの最期の言葉。それは嘘偽りのない、彼の本心から来る純粋な想いだった。弱肉強食の世界で強者として生き抜いてきた彼は、自分よりも強き者に託された想いを託し、静かに息を引き取っていく。その体は傷だらけで、その体は血まみれで、その体は砂に汚れていて……けれどその顔には、今まで見せていた険しいものではなく、心の安息と安心を映した安堵の表情が浮かんでいたのだった……。
 ドクの最期を見届け、彼の想いを引き継いだ希龍は、真横で落ち込むハブネーク――大蛇をそっと横目で見た後、身を翻し、気を失っているフィナの元までふらつきながら歩み寄る。まだ気絶したままで意識が戻っていないのか、彼女はぐったりと地面にその身を預けていた。ドクとの戦闘で血塗れとなっていた彼は、彼女を汚すまいとポーチの中からボロ布を取り出すと前足に付着した血を拭う。そして、戦いの傷と疲労が頭や体に響く中でも彼女にそっと前足を当て、声を掛けた。

「フィナ……フィナ……」

 息はしているので、死んではいないのは背負った時に確認済みだったが、目を開けない彼女に希龍は表情を悲しそうに曇らせると、今一度彼女を揺すって声を掛ける。

「フィナ!」

 片想いに愛する彼女を失いたくない為、全力で戦い抜いた希龍の気持ちが伝わったのだろうか、切なく響く彼の声に応えるようにフィナはそっと瞼を待ち上げ、レンズの下にある透明感に満ちた綺麗で純粋な瞳を覗かせる。彼女の目に映る希龍は血に染まり、その姿から彼女は彼が激しい戦いを繰り広げたのだと悟った。本来は血など見たくは無かったが、どんな姿であれ、夢を追い掛ける彼の無事な姿を拝めた事に彼女は一時の安心を覚えていた。
 同時に、彼女は曖昧な記憶を思い出していた。一度気絶した後、一瞬だが意識を取戻し、その際に見えた彼の背中と、聞こえた彼の“フィナが好きで、これ以上大切な人を失いたくないんだ”……と言う声。自分を想ってくれる人が居る。それが彼女は嬉しかった。けれどその記憶は曖昧で、それはただの夢だったのかもしれない。彼の言葉が現実なのか、それとも朦朧とした中に浮かんだ幻だったのか。その区別が付かぬまま彼女はゆっくりと起き上がり、ボロボロな希龍に再度焦点を合わせ、小さな口を開いた。

「あ、あの……さ。希龍……」

 恥ずかしそうに言葉を発したフィナ。だがその目の前で、突然希龍が揺らいだ。それは落雷のように唐突で、声を出す事もなく希龍の体は前に倒れて行く。彼も……ドクと同じだったのだ。彼女が無事だった事を確認し、安心した瞬間、緊張の糸が解れて今度は希龍が気を失いかけていたのだった。
 眼前で倒れ込もうとする希龍、そんな彼を支えようとフィナが手を伸ばしたその時、前のめりになる希龍の首に、風の如き速さで刃物に似た尻尾が滑り込んでくる。それを瞳に映すフィナは、希龍の首が切られてしまうと思い口を大きく開け、絶叫は喉元まで登る。だが、鋭利な先端はそのまま通り過ぎ、寸胴な尻尾が倒れ込む彼を支えたのだった。状況が理解出来ず、目を大きく開いて驚く彼女の前にはハブネークの大蛇が居て、彼は不本意な面持ちながらも希龍の長い首を自身の尻尾で支え続けている。そして、彼は長い牙が特徴的な口を開いた。

「……お前はドクさんの希望なんだ。こんな所で倒れんじゃねぇ」

「…………」

 そう希龍に告げたハブネークに、希龍は虚ろな視線を送りながら力が入らない故に首を彼に授けていた。ハブネークは殺そうと思えば直ぐにでも希龍を殺せる状況。まして彼の心には希龍に対する深い憎悪が刻み込まれている。しかし、彼は決して希龍を殺そうとはしない。ドクの意思を継ぎ、そしてドクに託された想いを受け継いだ今の彼にとって、人質となったあいつ――ロコンを助けられる可能性を秘めた希龍を殺す事は即ち、希望を殺す事なのだった。
 ただ、状況をまるで理解出来ていないフィナは、透明感のある瞳を未だに覗かせながら、希龍とハブネークの目の前で棒立ちしていた。そんな彼女の耳に、少し怒鳴るようなハブネークの声が鋭く走る。

「おい、ぼんやりしてねぇで手伝えって」

「あ……う、うん」

 ハブネークに怒鳴られた事で我に返ったフィナは、直ぐに希龍をハブネークと共に支え、一先ず風を凌げる建物の陰に連れて行く。そして、砂漠からの風により少量の砂が舞う通りから、いわゆる路地裏にフィナとハブネークの二人は希龍を寝かせる。傾きつつある太陽に比例して、段々と暗くなりつつある周囲。危険な夜が訪れるのも、時間の問題だった。
 そんな中で、蹲るようにぐったりと寝ている希龍に優しく手を当てながら、フィナは恐怖心を乗り越えてハブネークに話し掛けようとする。

「あ、あの……なんで希……」

 蹲る希龍の傍らに座り込みながら、少なからず抱く怯えを映した表情でハブネークに声を掛けたフィナだったが、それを遮るように彼は閉ざしていた口を開く。

「これをそいつに食わせてやれ。オレンの実って言う貴重な木の実だ。食えば体力を回復できる。俺は……ドクさんを埋葬してくる」

 フィナの言葉をまるで聞かず、無愛想かつ淡々と彼女にそう告げるハブネークは尻尾の先端を上手く使い、寸胴な動体に装着された小さなポーチの中からオレンの実を取り出した。刃物のような尻尾をまるでスプーンのように扱い、先端にオレンの実を乗せると座り込む彼女の前にそれを多少乱暴に置く。すると彼は戸惑う彼女に目を合わせる事もなく、足早に……と、言うよりは素早く体をくねらせて通りへと出て行く。
 その後ろ姿を、一蹴されてしまったフィナは唖然としながら見詰めていた。だが、彼が見えなくなると同時に彼女は、視線を地面に置かれたオレンの実にそっと下す。

「…………」

 状況が理解出来ず、まだハブネークを信用していないフィナは、少し懐疑を持った目でじっとオレンの実を見詰める。自分が気絶する前、希龍とハブネークは確かに敵対関係だった。それなのに何故彼が希龍を助けたのか。事の経緯を知らない彼女が悩んでも、答えは浮かばない。
 彼女は恐る恐るオレンの実に手を伸ばし、それの臭いを嗅いでみたり、まじまじと色々な角度から眺めてみたり……ハブネークが毒タイプと言う事なだけあって、彼女はもしかしたら毒が含まれているかもしれないと言う疑念を持っていたのだ。そして彼女は悩む。本当にこれを希龍に食べさせるべきなのかと……。
 かなり長い間、一度地面に降ろしたオレンの実とにらめっこしながら葛藤を重ねた彼女は、一つの案に辿り着いた。

「あ、そうだ。確かめればいいんだ」

 前触れなくそう呟いた彼女は、徐にオレンの実に手を伸ばしてそれを掴むと、口元へと持って行き一齧りする。そう、彼女が見出した一つの案……それは毒味だった。信用できないハブネークが置いたオレンの実。それを少しだけ齧った彼女はしばらくそれを噛み砕き、飲み込もうとするが、その瞬間……。

「てめー! 何食ってんだよ! 俺はお前じゃなくて希龍にそれを食わせろって言ったんだぞ!」

 突然彼女にハブネークの怒号が振り掛かる。それに驚き、手に持っていたオレンの実を落とした彼女は、慌てて言い訳を始めた。

「あ、えと……その……毒が入っ……」

「ふざけんなー! この俺がそんな事するとでも思ってんのかよ!? つかさっきの会話聞いて無かったのか!? そこの希龍はドクさんの希望だ。それを殺すような真似する訳ねぇだろ!? てか殺す気だったらとくに喉掻っ切ってズタズタのバラバラのボロボロのグチャグチャにしてらぁ」

「…………」

 あまりの威勢の良さと人質だった時に話したその口調とのギャップに、慌てていた彼女ももはや目を点にして唖然としてしまっている。しかし、それ以上ハブネークの怒号は飛んでこず、彼は一息吐いて彼は真面目な表情を作ると、また尻尾の先端をスプーンのように扱って地面に落ちたオレンの実を拾い、それをフィナに差し出した。

「……ほら、ぼさっとしてないで早く食わせてやれって」

「あ……ど、どうも」

 一転して冷静な態度でオレンの実を差し出したハブネークの尻尾に、フィナはそっと手を伸ばし、再びオレンの実を手に取る。彼の視線が注ぐ中、彼女はチラチラとハブネークを横目で見ながら希龍の口元にオレンの実を持って行き、意識が朦朧として目付きも弱々しい希龍に優しく声を掛ける。

「希龍。これ食べて」

「……あぁ」

 まだ何とか意識はあるが、疲労ゆえに動く事もままならない彼は口の中に入れてもらったオレンの実をその体躯とは裏腹に、とても弱々しく噛んでいく。何かを考える事すら難しいほど疲弊している希龍だったが、木の実を噛み砕く中で彼はフィナを見上げながら再び大きな安心感と達成感を覚えていた。今まで誰一人守った事が無かった彼は、初めて誰かを守れた事が嬉しかった。また、まだまだ自分は弱者かもしれないが、天国に昇って逝った母や斬空はきっと自分の成長を見てくれている。そう彼は信じていた。
 そして、疲れ切った表情の中に僅かな安息を見せながら、希龍は噛み砕いたオレンの実を飲み込むのだった。










 時間は変わる事の無い歩幅で歩みを進め、希龍、フィナ、ハブネークの大蛇の三人は、希龍達が一時的に棲家として利用していた地下室に身を置いていた。外はもう真っ暗で、正確な時間が存在しないこの世界でも時刻は間違いなく夜。光源が無ければ当然真っ暗な室内だが、壁や天井を照らすのは焚火ではなく、大蛇の所持していた“光の珠”と言う道具だった。また、先日とは違う白く明るい光に包まれた中、オレンの実の効果なのか疲れ切っていた希龍の顔色も大分良くなっていた。
 一先ずは行動を共にする者同士、例えそれが不本意な団結だったとしても、最低限自己紹介くらいは必要と思う希龍の提案で、三人は簡単に自己紹介を行い、その後は夕食。相変わらず小さな木の実数個と言う質素な物だが、この荒廃した世界ならば食物があるだけ彼等は幸せなのだろう。
 オレンの実のお陰である程度は体力が回復したとはいえ、それでもまだ疲れの残る希龍は埃の積もっている床に蹲り、その傍らには介抱しているかのようにフィナが居て、二人の視線の先――部屋の隅に大蛇は&ruby(とぐろ){蜷局};を巻いていた。一応は希龍達と和解した彼だったが、やはり長年付き合ってきた仲間達を失った事をまだ引きずっているのか、俯きながら彼は地面をぼんやりと見詰めている。
 理由があったとはいえ、ドクを殺した張本人である希龍も少なからず責任と言う物は感じており、せめてもの償いの意を込め、彼に深々と謝ろうかと考えていたその時だ。希龍やフィナの視線を浴びる中、徐に大蛇は顔を上げると声を発した。

「……希龍。お前はドクさんに託された想いを俺と一緒に引き継いだ。だから……お前にとってはどうでも良い事かもしれねぇが、その託された想いってのを知っておいてくれねぇか?」

「託された……想い?」

「あぁ。それに、ドクさんが何故お前を狙っていたのかも全て話す」

 白く温かみのある光の中、ハブネークは一度目を閉じて過去を振り返り、それから真剣な表情を作る。そして彼は、話に耳を傾けてくれている希龍とフィナの二人に自分の歩んできた道、そして忠誠を誓ったドクの過去を隠す事無く語り始めるのだった。










 黒く冷え込んだ闇の中、視界が著しく低下する闇夜にも拘らず、ミクスウォータの地に足を踏み入れる者の姿があった。夜空にあるのは浮かぶ朧月だけで、そこに星は一つも見えず、貧弱な月光だけが闇に対抗する唯一の存在。当然、普通の目では遠くまでを見る事は難しく、夜行性でもなければ行動は制限されてしまうであろう。だが、ミクスウォータの入り口にあるアーチ状の看板を潜ったその者は、闇に怯える様子もなくそこで立ち止まる。

「サンキュー。砂漠越えはめんでぇから乗っけてもらって助かったぜ」

 ふと、門を潜った者の背後から聞こえてきた性別が雄と思われる声が、看板を潜った者の鼓膜を振わす。声を掛けられたその者は長い首を曲げて振り返ると、冷たい筈の夜風すら温かく感じられる程に冷徹な瞳を覗かせる。斬空の鋭さとはまた違う、その殺意に満ちた……と言うより殺意しかないようなその目付きを見るや否や、声を掛けた者は少し呆れたような表情を見せると、頭から伸びる赤く長い&ruby(たてがみ){鬣};を夜風に揺らしながら再度口を開いた。

「おいおい、そんな目で見んなって。俺は礼を言ったんだぜ? ……って、まぁ言うだけ無駄か」

「…………」

 呆れたような表情を見せる者を、最初に門を潜った者はただ冷徹に見つめ続けるも不意に視線を逸らす。そして、黒き空に霞む月を見上げると徐に呟いた。

「一旦戻る。後は任せた」

 その声にはまるで感情など感じられず、無愛想に言葉を吐いたその者は背中に生える翼を羽ばたかせ、瞬時に舞い上がる。弱き月光でもそれは地上に残る者に若干の逆光となり、羽ばたくその姿は漆黒の影に染まる。そして、飛び上がったその者は顔を南に向け、その方角に向かって華麗に飛び出した。砂漠からの風にバランスを崩す事もなく、見事な翼使いでその者は一直線に彼方へと飛んでいく。そして、貧弱な月光を浴びるその翼は血にも似た真紅に染まっていたのだった……。
 一方、地上に残った者は、夜空に消えた翼を持つ者を見送った後、呑気にも一度大きな欠伸をすると、眠そうにも&ruby(だる){怠};そうにも見える表情を月に覗かせる。その赤い鬣が特徴的な姿は……化け狐と比喩される種族、ゾロアークだった。そして、眠そうに月を見上げる彼の背後から、今度は大人びた雌の声が聞こえてくる。

「もう少し真面目にしたらどうなの? 今回はあんたの提案であのドラピオン達に任せたけど、本来は私達がやるべき仕事でしょ?」

 声を掛けられた雄の方――ゾロアークは顔を顰めて肩を落とすと、振り返る事もなく声を掛けてきた雌の方……スマートな四股と紫の上品な毛並を持つレパルダスに反論する。

「いいじゃねぇか。眠いもんは眠いし、めんでぇもんはめんでぇんだ。それに、どうせ今回もガセネタさ。だから無駄に努力するよりあのドラピオンに任せた方が楽出来るだろ? つーか俺はこれでも真面目だぜ?」

「どこがよ。野心的なのは認めるけど、真面目だなんて天地がひっくり返っても認められないわ。……とにかく、隕石から身を守れそうな場所を見つけたから、人質連れて移動するわよ」

「へいへい」

 レパルダスと他愛も無いような会話を交わした後、月を見上げていたゾロアークは徐に振り返ると、彼の視線は自らの手に握られた縄を辿る。その先には……彼の手から続く縄が首に巻かれた幼きロコンの姿があったのだった。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 16 ‐託された想い‐]]
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あとがき
遂に進化して逆転を始めた希龍。フィナを守りたい一心で戦い抜き、またドクもロコンを救うべく戦っていた訳ですが、激戦の末の決着は意外(?)な形に……。見方によって変わるかと思いますが個人的には勝者はドク。しかし、必ずしも勝利が幸福などにつながるとは限らず、その勝利こそがドクの敗因なのです……って、意味不明ですよね(苦笑)。
さて、勝ち負けは置いといて、ドクに託された想いを彼の仲間であったハブネークの大蛇と共に託された希龍。大蛇とは和解して一時的に行動を共にする事になりましたが、果たして彼等はドクが守り抜こうとした存在――ロコンを救い出せるのか。そしてラストに出てきたゾロアークとレパルダスの目的とは? また最近全く登場していないロイスの行方などなど、今後の展開をお楽しみ頂ければ幸いです。
次回はドクの過去……そして彼が何度も口にした託された想いとは何なのかを明かしていきたいと思うのですが、ちょっと次回はまたおやすみさせて頂きます。ご了承くださいませ。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 15 激戦の末にのこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:16:45" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2015%20%E2%80%90%E6%BF%80%E6%88%A6%E3%81%AE%E6%9C%AB%E3%81%AB%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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