|&color(#00baff){&size(30){Reach For The Sky};};| Written by [[SKYLINE]] 目次は[[こちら>Reach For The Sky]] 世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky 世界観とキャラ紹介]] ---- 前回のあらすじ ロイスを探すと同時に木の実や水を採集した後、昼食の為に地下室に帰ってきた希龍だったが、そこにフィナの姿は無かった。代わりにあった脅迫文を読み、事の深刻さに気が付いた希龍は自分を復讐から救ってくれたフィナを救うべく、それが自分をおびき寄せる為の罠だと承知で彼女を助ける為、ドクが指定した場所に赴き、斬空の命を奪ったドクと再会を果たしたのだった。 ---- &color(red){※流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。}; ''Episode 14 背負いし翼'' 希望無き荒廃した世界をただ見下ろし、決して青を見せない茶色い空。そこに浮かび、霞んで神々しさを失った太陽。汚れた天海の下、コモルーの希龍とドラピオンのドクは互いを強く睨み合っていた。相反する二人の戦う理由。それは地位が欲しい為でも名誉が欲しい為でも、益して忠誠を誓う者への奉仕でもなかった。二人が刃を交える理由……信念は大切な者を救い、そして守る為。共に奪われた大切な者を助け出そうと、譲る事の出来ないその想いが確執となり、確執は悲惨な戦いへと二人を引きずり込むのだった。 真剣その物である二人を嘲笑うかの如く踊り出した砂塵に包まれ、吹き抜ける風は口を開ける巨大な地割れに吸い込まれ、騒がしい中にも緊迫感は張り巡る。その張られた緊張の糸に解れる気配はまるでない。一触即発。両者いつ対峙する相手に攻撃を仕掛けてもおかしくはなかった。 だが……戦況は一方的と言えた。希龍はフライゴンのフィナを人質にとられている以上、行動が制限されてしまうのは明確だった。下手に行動して相手――ドクを刺激してしまえば人質となっているフィナに何をされるか分からない。加えて二対一。勝敗は戦う前から決まっていると言って過言ではなかった。事実、希龍はドクを睨みながら身構えるだけであり、攻撃の一手を未だに加えられていない。砂に汚れた彼の顔は険しく、策も無しに飛び込んだ自分への反動に表情を乱されている。ドクの後ろで手足や羽を縛られているフィナが心配で……でも目を逸らす余裕すらない。彼は悩み苦しんでいた。一体どうすればよいのかと。 威勢だけで乗り切れる状況ではない事くらい、百も承知。それでも希龍はフィナを助けたかった。寧ろ、彼はそんな立派な建前よりも彼女を失いたくない一心で負け戦に飛び込んだのだ。覚悟は出来ていたが、策の無い現実を前に彼はただ身構えながら硬直するだけだった。 希龍よりも年上で彼の師でもあった斬空すら破った実力を持つドクが、策を持たずに悩んでいる希龍の動揺に気が付くのは容易だった。彼の精一杯のポーカーフェイスもドクの前では意味を成さず、偽りの表情は易々と貫かれ、その下にある焦りや動揺はドクの鋭い眼光から逃れる事は出来なかった。圧倒的優勢に立つドクは希龍の焦りを見抜くや否や、一歩前に踏み出して彼との距離を縮める。 「くるか!?」そう心中で言いながら構えを改める希龍に、ドクはその大口を開いて話し掛けた。 「威勢よく飛び込んだまでは良いとして、策が無くお手上げか? どうした? 俺に復讐するつもりなんじゃねぇのか? それとも素直に捕まるか?」 復讐。その一言に、希龍の表情が変わった。彼は歯を食い縛り、表情は増々険しくなり、前足に込められた力が砂を抉る。ドクの低い声に憎しみの火の手は再び燃え上がりそうになり、閉じ込めた筈のそれが表へと這い出ようとしていた。今は亡き斬空と最後の言葉を交わした記憶が呼び覚まされ、彼は斬空の命を奪った犯人であるドクを殺意の垣間見える瞳で睨み返した。その冷たくも深い憎悪が燃え上がる瞳に屈する事もなく、ドクは再びその口を開く 「ふん、掛かって……」 「希龍駄目! 私はいいから逃げて!」 やる気になったか。そう思ったドクの声を掻き消して、唐突にフィナの一声が大きく響き渡る。その声は希龍の耳には特別強く響いていた。駆け抜けた一声により我に返った彼は素早くフィナを見る。縛られて身動きの取れない状態でも、彼女は必至な面持ちで希龍を見詰めており、赤きレンズの下にあるその瞳には復讐はいけないと願う彼女の意思が宿っていた。 目を合わせれば伝わってくる彼女の強い意思。それが率直に届いたのか、今正に燃え上がろうとしていた復讐の炎はその勢いを一気に失った。希龍は前足に込めていた過剰な力を抜く。……彼女の言う通り復讐はいけない。先ず落ち着け、必ず打開策はある。彼は自分にそう言い聞かせる事で冷静さを取り戻そうとする。 しかしだ。揺れた心情によって生まれた僅かなその隙をドクは見逃さなかった。 「こねぇなら行くぞ! あまりのんびりしてられねぇからな!」 そうドクが大声を放ったその時には、彼は駆け出していた。希龍より二回りは大きな紫の巨体は土を巻き上げ、ドラピオンと言う種族らしくドクは豪快に希龍との距離を縮めて行く。その奇襲に近い突然の行動に、冷静さを取り戻そうとしていた希龍が気付いた時、希龍はドクの攻撃範囲の中だった。 頭上に振り&ruby(かざ){翳};される長い右腕とその先端に並ぶ鋭利な爪。茶色の空を背にし、そこに浮かぶ霞んだ太陽の光でも輝く爪と対照的な腕の暗い影に、希龍は本能的な恐怖を感じた。開いた目でそれを見上げる希龍は、ドクに比べて小柄な体を生かして素早く左に移動し、風を切って勢いよく振り降ろされる爪の一撃を間一髪で回避すると、着地と同時に短い足で踏ん張り、大きくバックステップして一度ドクから距離を取った。 次の瞬間。空ぶったその初撃は地面を襲った。力強い一撃に砂は弾かれ、その下にある地面には重音と共に&ruby(ひび){罅};が走る。攻撃をかわした希龍はその様子を、危なかったと冷や汗の出る思いで見ていた。意外にも上手く攻撃を回避する事が出来た希龍だったが、それは&ruby(はた){傍};から見た時の事。実際の所はかわすそれだけで彼は精一杯で、斬空のように反撃に移れる余裕など一切なかった。 油断は禁物だが、バックステップで距離を取った上、追撃の兆しを見せないドクに彼の中で張り詰めていた緊張が少しだけ緩んだのか、彼は思わず息を漏らす。 「ふぅ……」 小さく息を漏らし、斬空仕込みの適切な間合いを維持していた希龍にドクは舞った砂埃が風に流されるのと同時に地面に刺さった腕をそこからゆっくりと引き抜く。そして、変わらず希龍を視界の中心に置きながら徐に口を開いた。 「なるほど。あのエアームドの仲間ってだけある。意外と身軽だな。……だが、あいつには及ばねぇ。一戦交えたから分かるが、あいつだったら反撃してきただろうな」 「…………」 早くも自分の実力を見抜かれてしまった希龍は無意識に前足を引いて半歩下がる。重みのある一撃、相手や戦況を見抜く洞察力。それら全てにおいて希龍よりもドクは優れていて、今の状況では希龍の勝算は限りなく零に近かった。希龍は斬空と共に訓練を積んでいたとはいえ、実戦は生まれてから初めて。さらにその相手が経験豊富な強者であるドクともなればもはや勝算などの問題ではなく、彼が置かれた状況は絶望だった。 けれど希龍は決してこの場から逃げようとはしない。彼は一度ドクから視線を逸らし、その後ろに居るフィナに一瞬だけ目を合わせると直ぐに視線を戻し、状況故に崩れていた目付きを再び鋭くする。 「フィナ、確かに復讐は良くないけど、俺は復讐の為に来たんじゃない。フィナを助けたくて来たんだ。だから……俺はこいつを倒す」 冷静かつ真面目にそう言った希龍だったが、その発言にドクは、このコモルーは本当に状況を理解出来ているのかと表情を硬くする。 そのさらに後ろでは、ドクの向こうに居る希龍をただ無言のまま見詰めるフィナの姿があった。既に彼は自分を一度助けてくれて、彼はまた助けようとしてくれている。希龍の自分を助けようとしてくるその気持ちはフィナも素直に嬉しかった。だが、その気持ちとは対象に、彼女は己の言葉の通り、希龍にはこの場から逃げてもらいたかったのだ。それでも彼女は僅かな希望を抱き、そしてその僅かな希望を――希龍が助けてくれると彼を信じ、彼の戦う決意をどこか認めていたのだろう。繰り広げられる悲惨な戦いに表情こそ悲しそうに沈んでいたが、彼女はそれ以上希龍に逃げろとは言わなかった。 そんなフィナを見張るハブネークの視線の先では、相変わらず希龍とドクが睨み合いを繰り広げている。互いに出方を伺っている状態で、片時もその鋭き視線を相手から逸らさない。付かず離れずの適切な間合いを維持しながら、希龍は必死になってこの状況を打開してフィナを助け出す方法を考えていた。無闇に攻撃も出来ず、ここまで来て逃げると言う選択肢も無く、ただ時間を稼ぐ事だけが今の彼にとっては無難だった。 一方のドクも圧倒的優勢の中でも決して気を抜かず、長い人生の中で培われたその優れた洞察力を持つ目で希龍の動きを観察し、じわりじわりと間合いを詰めて行く。 (くそ、どうすれば……) 解決策を見出せない希龍は徐々に近付いてくるドクから間合いを取り続ける。ドクが一歩進めば希龍は一歩後退。その繰り返しが続いた。 しばらく続いた睨み合い。戦いの序曲とも言えるそれが終わりを継げ、激しき戦闘の開始を迎えたのは突然だった。進展しない睨み合いに痺れを切らしたかのように、ドクは一度大きく構えを取るとその大口を一杯に開き、そこにエネルギーを収束し始める。収束されたそれは瞬く間に夜の闇よりも黒い、文字通り漆黒の球体へと変貌し、ドクはそれ――ゴーストタイプの遠距離技である“シャドーボール”を繰り出した。昼間の明るさに不釣り合いな不気味な漆黒に塗り固められた“シャドーボール”は一直線に希龍に向かって射出され、その先に希龍を捉える。 唐突な攻撃に希龍は驚いたが、彼は冷静かつ瞬時にその弾道を予測すると左にステップしてそれをぎりぎりで回避した。的を逃した“シャドーボール”はそのまま直進し、先にあった廃墟の柱に直撃、それを粉砕する。支柱を失った廃墟は無残にも崩壊を始め、唸る轟音と共に瓦礫の山へと変化していく。 その光景に見向きもせず、希龍は回避後に崩れた姿勢を持ち直していた。だが、一息吐く間も無く追撃が彼を襲う。構えを直した彼の目の前に、二発目の“シャドーボール”が既に迫っていた。弾速はそこまで早くはないが、無音のまま迫ってくる黒い球体に発見が遅れた希龍は咄嗟に、再び横に移動する事で間一髪それを再び回避する。その顔のどこにも余裕は無く、もはや彼が防戦一方となってしまっているのは誰が見ても明らかだった。 顔を険しくしながらも二発の目の“シャドーボール”をなんとか回避した希龍。斬空に教わった間合いと言う物を維持できていなければ、彼は既に攻撃を受けてしまっていただろう。素早く横に移動する事で回避した彼は、次は何を仕掛けてくるのかを確認しようと顔を上げて逸れていた視線をドクに合わせようとした。しかし……。 「遅ぇ!」 希龍が顔を上げたその瞬間、間合いを取っていた筈のドクの低い声が彼に降りかかった。それも至近距離からだ。 今までの“シャドーボール”は俗に言う牽制のような攻撃であり、希龍がそれに気を取られている間にドクは彼との距離を縮めていたのだ。そして彼がその状況を把握できる前にドクの強靭な腕が彼を襲い、ドクの巨体からすれば小さな希龍の体は呆気なく弾き飛ばされる。 「くっ!」 衝撃とそれに伴う苦痛に希龍は声を漏らしながら、低い弾道で落下したその体は砂埃を舞い上げる。漂う砂塵の中で、彼は苦痛に目を細めながらふらふらと立ち上がり、揺れる視界の中にドクの姿を捉えようとする。傷や砂で汚れた彼に睨まれながら、ドクは一定の距離を保って彼を観察していた。約束事がある以上、ドクは彼を殺さずに捕獲しなければならなかったからだ。万が一殺してしまえば、それは約束を破った事になり、その後の結果は見えている。 なんとしても……。そう思いながら、まだ希龍が動ける事を確認したドクは再び踏み出した。既に息が上がっている希龍との距離を一気に縮め、その剛腕や回転する頭部を生かした接近戦に持ち込む。希龍も痛む体に鞭を打って力強く身構えると、今度は右から襲ってくるドクの腕の攻撃範囲から後方に逃れようとする。 目の前を掠める長い腕とその先に並ぶ爪の動きをしっかりと目で追いつつ、希龍はバックステップするのと同時に炎タイプの技、“火の粉”を繰り出した。小さな口から放たれる無数の火の玉は空振りに終わったドクの右腕に襲い掛かるが、所詮は威力の低い技。ドクは僅かに顔を顰めただけで、そのまま腕を振り切って炎を風圧で消してしまう。 殆どダメージが無い事に希龍も顔を顰めると、空かさず彼は後退してドクから距離を取ろうとする。しかし接近戦に置いてリーチで大きく勝るドクは、素早く左腕を大きく振り上げ、“瓦割り”を繰り出すとそれを希龍目掛けて振り下ろす。風切り音が&ruby(つんざ){劈};き、一秒にも満たない内にそれは彼を襲うが、彼はその動きを斬空のように見切りながら今度は右にステップして攻撃範囲から逃れる。その僅か数秒間の攻防において、意外にも彼は冷静にドクを分析していた。 (接近戦に持ち込まれると不味いけど、攻撃の一回一回は大振りだ。その隙を突ければ……!) またも空振りに終わったドクの一撃が地面に当たり、その衝撃に砕けた地面の破片が飛び散る。四散する鋭い破片の一つが希龍の頬を掠って小さな切り傷を作るも、上手く攻撃を避けた彼はドクの左側に出た。彼は空かさず地に足を付けて踏ん張りを利かすと、瞬時に身構えてドクに向かって渾身の力で“頭突き”を繰り出す。 「!?」 隙を突かれ、右腕は振り切ってしまっている上、左腕はそれを跨ぐ形で振り下ろされている為、ドクは直ぐに防御に移る事が出来なかった。決して油断していた訳ではないが、意外にも戦況を分析して隙を突いてくる希龍の攻撃にドクは驚き、瞼が無意識に持ち上がる。直後、ほぼ無防備の状態であるドクの脇腹の辺りに、希龍の繰り出した“頭突き”は吸い込まれていった。 鈍い音が響き、希龍が繰り出した“頭突き”は見事命中。しかし、小柄な希龍の攻撃程度では、大柄で体重も重いドクを僅かによろけさせるのが限界だった。 「ちっ!」 ダメージはある筈にも拘らず、痛がる素振りも見せずにドクは一度舌打ちをすると、よろけた体勢を瞬時に修正した。続けてドクはぶつかった反動で逆に隙を見せてしまっている希龍に向かって左腕を下から上に振り上げる。振り上げられた強靭な腕がカウンターの如く希龍を襲い、彼の体はその剛腕に突き飛ばされてしまった。 「うわっ!」 希龍の悲鳴が周辺に響き、高く突き飛ばされた彼の体は直ぐに落下を始め、鈍い音と共に彼は硬い地面に叩き付けられた。細かな砂が舞い上がり、全身から伝わってくる激痛に、彼は歯を食い縛るも呻き声が漏らしてしまう。震える体を起こそうにも痛みで中々力が入らず、彼は血も吐きそうな気分だった。 「希龍!」 傷だらけの希龍にフィナの声が響くも、彼は短い足を広げてうつ伏せのまま、起き上がる様子はない。さらに、ドクは勝利を確信したかのようにゆっくりと歩みを進め、希龍は荒い息と細い目でドクを見る。迫りくるドクの巨体に危機感を感じ、震えながらもなんとか痛みに耐えて立ち上がる希龍。だが体はふらつき、立っているのもままならい状態。彼が立ち上がったその時には、既にドクは目の前に居て、その剛腕は再び無防備な希龍を襲うのだった。 「てめぇ、状況が理解出来てねぇのか? あのフライゴンを地割れの中に放り込むぞ」 冷たく、そして厳しくそう言いながらドクは右腕を水平に振り、殺さないように爪ではなく腕の部分で重い一撃を希龍に加え、二度目の鈍い音が走る。 「ぐあっ!」 またも希龍の悲鳴が木霊し、軽々しく突き飛ばされた彼の体は低い弾道で落下し、再度土埃を舞い上げ、体は汚れ、傷は増え、痛々しい姿へと変わっていく。巻き上がる砂に包まれながら、滑走する希龍の痛々しい体は口を開く地割れの近くで止まった。 一瞬、ドクも生け捕りにしなくてはならない希龍が巨大な地割れに落下してしまうかと冷や汗を掻きそうになったが、その手前で彼の体が止まった事を確認すると、突き飛ばして開いた距離を詰めるべく体を希龍の方に向けた。一歩ずつゆっくりと近付いてくるドクをまだ睨みながら、希龍は傷だらけの体を持ち上げる。彼の息は荒く、傷が痛むのか表情も歪んでいて、もう本当に満身創痍と言う言葉が似合う状態だった。 迫る巨体に死の恐怖すら感じながらも、呻き声が漏れそうなぐらいの激痛に襲われながらも、希龍は立ち上がり、決してドクに背中は向けず正面から対峙しようとする。彼はふらふらの状態で自分に向かって内心叫んだ。必ずフィナを助けるんだ! だから逃げるな! 折れそうな心を自らの決意を再確認する事で奮い立たせ、立ち上がった希龍は揺らぎながらもまた構えを取る。 しかし、決意だけでこの状況を切り抜けられる筈はなかった。現実はあまりに無情で、フィナを助けたいその一心だけを糧に身構えた希龍の直ぐ近くまでドクはもう迫っていたのだ。傾いてきた陽の光を背中に浴び、その逆光に暗くなった顔でドクは希龍を鋭く見下ろす。 「まだ動くか……小せぇくせに大した根性だな」 誰が見てももう戦えないくらい傷だらけとなった希龍だが、まだ抗おうと構えを取る彼にドクは大きく腕を振り上げる。ドクはこの攻撃を最後に、痛めつけた希龍を捕縛しようと考えていた。ここまで痛めつけた状態で縛れば、そうそう動けはしないだろう。そして捕まえた希龍を約束の時間までに約束の場所まで届ければ、地獄から解放される。これで全てが終わり、ザングースやゴーリキーを失って元の生活には戻れないが、自分に託された想いは守り抜く事が出来る……。そう信じながら、最後の一撃を加えるべく腕を一杯まで振り上げたドクは、睨んでくる希龍を見下ろしながら心中で呟いた。 (待ってろよ……ロコン) 誰にもドクの心の声は聞こえていなかったが、その瞬間、ドクは希龍に向かって腕を振り降ろそうとしたのだった。 「希龍!」 長い腕が振り落とされる寸前、ドクや希龍の耳にフィナの声が響いたかと思うと、縛られていた筈の彼女がドクに向かって飛び出した。何時の間にか縛っていた縄を解いていたのか、今までフィナが居た場所には縄だけが&ruby(とぐろ){蜷局};を巻いていた。飛び出した彼女を押さえようと続いて飛び出したハブネークも追い付かず、羽がまだ縛られていたままだが、大地を蹴って一気に距離を縮めながら“ドラゴンクロー”を繰り出してドクに切り掛かるフィナ。それは自分を助けようとしてくれている希龍がこれ以上傷つくのを見ていられない、その気持ちから生まれた決死の行動だった。 けれど、彼女が希龍の名前を叫んだ事で皮肉にもドクはその接近に逸早く気が付き、彼は直ぐに回転する頭部を素早く回すと、向かってくるフィナが繰り出した“ドラゴンクロー”を意図も簡単に片方の爪で相殺してしまう。爪同士がぶつかり合ったその衝撃にもまるで怯む事無く、同時に彼は邪魔された事に怒ったのか大声で「邪魔だ!」と、怒鳴りながら空いている腕で希龍を突き飛ばした時のようにフィナを突き飛ばす。 「きゃあっ!」 鈍い音の後に高い悲鳴が上がり、彼女の体は舞った。無論、それは精霊のような美しい舞ではなく、突き飛ばされた痛々しい舞だった。ドクの&ruby(ごうりき){強力};の前に放物線を描く彼女の先には巨大な地割れが大口を開いており、成す術もなく彼女の体はそこに吸い込まれていく。 このままではフィナが危ない。突き飛ばされたフィナとその先で広がる巨大な地割れを見て、希龍はそう思った。普段は希龍と違い立派な菱形の翼を持ち、それで自由に空を飛べる筈の彼女だが今はそれも叶わない。彼女の翼はまだ縛られており、羽ばたく事が許されない状態なのだ。このまま深い地割れの底に叩きつけられればどうなるのか。結末を希龍は分かっていた。 希龍は周りも、さらに目の前のドクすら見る事無く、一心不乱に落下するフィナに向かって駆け出した。なんとしてもフィナを死なせる訳にはいかない。自分を復讐の泥沼から救ってくれた上、出会った時に自分は彼女にこう言った。“死なせない”……彼はその言葉を偽りの言葉にしたくはなかったのだ。もう既に特別な存在となっている彼女を助けたい。もう目の前で大切な者を失いたくはない。ただフィナだけを見て、痛みすら忘れて必死になって飛び出した希龍は、内に抱いていたその想いを吐き出すかのように、走りながら口を一杯に開いて大声で叫ぶ。 「フィナァァァァ!」 希龍がそう叫んだ瞬間、彼は落下するフィナに向かって巨大な地割れの中に飛び出した。翼を持たず地上に生きる種族にも拘らず……。静止を促すドクやハブネークの声もまるで耳に入らず、彼の体は彼女を追って巨大な地割れに落ちて行く。落下に伴い加速する体。肌を掠めて行く風。その感覚すら、希龍は殆ど感じる事無く、おそらく彼の人生の中で最も必死かつ険しい表情でフィナに向かい短い前足を精一杯に伸ばす。 斬空を助ける事が出来なかった自分は弱者かもしれない。けれど、どんな弱者であっても今度は必ず助けてみせる。その決心が彼の原動力となり、例え身を滅ぼしても彼女を――片想いに愛するフィナを決して死なせない! それが彼の心情だった。対するフィナはドクの攻撃の当り所が悪かったかのだろうか、目は閉じていてどうやら意識はない。今の彼女には落下する感覚も無く、希龍の決死の行動も見えてはいなかった。 落下したフィナとそれを追い掛けて無謀にも飛び出した希龍を追って、ドクもハブネークも地割れの淵に向かって走っていた。あの二人が、そしてターゲットである希龍がどうなったのかを確認する為に。しかし次の瞬間、あともう少しで地割れの淵といった所で、突然暗い地割れの中から眩い純白の閃光が&ruby(ほとばし){迸};った。それは咄嗟に目を覆ってしまう程の強烈な閃光で、不意にドクも後ろに続くハブネークも動きを止める。 「こ、この光は……!」 時折降り注ぐ隕石群とは似ているようでまるで違う、その神々しいまでの白光に声を漏らしたドクはそれに見覚えがあった。それは……彼自身も経験した輝きだったのだ。けれど彼は思った。自分の時よりその輝きは数倍明るく、そしてその白は限りない純白だと。 立ち止ったドク達など見ず知らず、ただ一途にフィナを助けるべく飛び出した希龍は落下しながら輝きに包まれていた。外から見れば彼はまるで光る球体の中に居るようで、そこで何が起こっているのか外部からは全く分からなかった。それでも、時間が止まった訳でもなければ落ちる二人に浮力が生まれた訳でない。重力に捕われて気絶したフィナと輝く希龍は硬い地面に向かって加速していく。 刹那、希龍を包んでいた輝きがまるで火花が散るように弾け飛ぶ。輝きが消えたそこにあった希龍の姿は……今までとはまるで違う、もはや別人の姿だった。体は大きくなり、薄い灰色だった肌は綺麗な青に変わり、口には鋭牙、頭には左右合計六本の角。さらに、フィナが斬空の翼を加工して作ってくれた刀を背負うそこには、逞しく、そして美しさすら感じる真紅に染まった大翼が立派に生えていた。それは正にドラゴンの風格。フィナを助けたい一心で飛び出した希龍は今、コモルーから大空を自由に飛ぶ事が出来るボーマンダへと進化していたのだ。 「フィナ!」 進化した直後、大抵のポケモンは体の構造が変わった故に自分の体に戸惑ってしまう物。けれど希龍はその&ruby(ことわり){理};をまるで無視しているかのように直ぐに真紅の翼を使いこなし、再び彼女の名を叫ぶと落下するフィナの下に回り込んだ。気絶して動かない彼女の下に、進化直後とは思えない見事な翼使いで回り込んだ希龍は空かさずそれを広げて抵抗を増やし落下速度を落とす。そして極力衝撃が伝わらないように彼女を背中に受け止めた。 意識があるのか分からない状態のフィナはぐったりとし、受け止めた彼女を落とさないように気を遣いつつ希龍は強く羽ばたく。同時に落下していた彼の体は浮き上がり、そのまま彼は何度か羽ばたいて彼女と刀を背負いながら上昇していく。 その様子を地割れの淵からドクとハブネークは見下ろしていた。敵ではあるが、希龍が生きていた事にドクは正直安堵に胸を撫で下ろした。彼が死んでしまえば、強制的に与えられた彼を生きたまま捕まえるその目的が達成できなくなってしまう。達成できなければ……。遥か下から上昇してくる希龍を冷たく見下ろしながら、ドクはそう考えようとして、それを止める。そして、隣に居るハブネークに向かって徐に呟いた。 「俺達は切り札を失った。奴はおそらく本気で殺しに掛かってくるだろう。お前は下がってろ。奴の相手は俺だ。半殺しにしてでも必ず生け捕りにしてやる」 「ドクさんが言うなら……。でも、無茶しないでくださいよ?」 「戦いに無茶は付き物だ。とにかく、お前は見てろ」 変わらずに上昇してくる希龍を睨み、そう念を押したドクと隣に居るハブネークの目の前を、傷だらけとなりながらもフィナを大事に背負った希龍が飛び上がっていく。その風圧が二人の肌を撫で、ドクもハブネークも上空に舞う彼を見上げた。その姿は見違える程逞しく、見ただけでドクは彼の実力が格段に向上しているのを感じていた。そしてドクはふと思った。自分の戦っている相手は進化前の未熟な弱者ではなく、もはや数多き種族の中でも一際強力な種族として、荒廃した世界でも名を連ねるボーマンダと言う強者なのだと。さらに進化直後にも拘らず、初めて手にする翼を巧みに扱うその才能。もはや一瞬の油断も命取りになるともドクは感じていた。 その現実に顔を顰めたドクから少し離れた所に希龍は真っ赤な翼を羽ばたかせながらゆっくりと着地する。一見するだけで殺傷能力の高さが伺える鋭い爪の並ぶ四本の足でしっかりと大地を踏み、彼は気絶していると思われるフィナを優しく地に降ろす。そして、彼は一歩前に出てフィナを庇うように身構えると、ドクに目を合わせた。 「俺はあんたと違って弱者かもしれない。けど、俺はフィナが好きで、これ以上大切な人を失いたくないんだ。だから、これ以上俺達に構うなら……俺は全力で戦う」 意識を失っていると思われる彼女の前で、希龍は冷静にドク達に向かってそう言い放った。牙の覗く口から吐き出されたそれは内に抱いていたフィナへの想いを語る言葉でもあり、それが希龍の戦う、偽善でも&ruby(ぎごん){偽言};でも無い真直な理由だった。 一方、気絶したと思われていたフィナは&ruby(もうろう){朦朧};とする意識の中、赤き翼と銀の翼を背負う希龍の背中を薄目で見詰めていた。視界はぼやけ、彼の声もはっきりとは聞こえない。さらに気を抜いたらまた気絶してしまいそうだった。その状況下でも、フィナは必死に意識を保とうと奮闘していたが、薄れ行く意識の中に聞こえた希龍の言葉を耳にした途端、彼女は再び気を失ってしまうのだった。 直後、希龍に反論するようにドクの低く大きな声が轟いた。 「例えてめぇがなんと言おうとな! 俺はてめぇを捕まえて、あいつを助け守り抜く! それが俺に託された想いなんだよ!」 戦いは……守る為の戦いは避けられなかった。交戦する意思を示すドクの言葉を聞いた希龍は、その場で改めて構えを取ると目を閉じた。無明の視界に斬空の姿を浮かばせ、彼は苦楽を共にした過去を短く振り返る。 そして……彼は言った。 「斬空さん。一緒に……戦ってください」 丁寧に今は亡き斬空にそう語り掛けながら、希龍は背負いし斬空の翼――フィナが加工して刀となったそれを咥え、鞘から勢いよく引き抜くと同時に閉じていた目を開き、鋭くドクを睨み付ける。それに睨まれた時、ドクの尖った目は不意に見開いた。 (こ、こいつの目……!) 以前戦ったエアームド。つまりは斬空の、仲間を守る為の鋭きその目と、今の希龍のそれは瓜二つであり、加えて瞳を重ねるだけで本能に攻撃するなと語り掛けてくるような威圧感さえそれには宿っていた。まるで、倒した筈の斬空と再び対峙しているような錯覚にドクはたじろぎ、動揺し、無意識に彼は半歩下がる。 その瞬間、鋭くドクを睨んでいた希龍は地を蹴った。進化して強靭となった足に蹴られた小石が弾け、砂は舞い、弱い太陽光にも銀の刀は輝く。同じ希龍とは思えない程の速度で飛び出したボーマンダとなった希龍に、ドクは見開いたその目を鋭い目に戻せなかった。 「速い!」 思わずドクの口からそう声が漏れたその瞬間には、既に希龍は彼との間合いを縮めていた。飛び出した勢いのまま希龍は輝く刀を咥えた首を一度引き、彼はドクに向かって水平に斬り掛かった。風を“斬”り、輝きに白く彩られた鋭きそれは目にも留まらぬ速さでドクを狙う。動きを捉えるだけでも精一杯なドクは、自身の左側から斬り掛かってくるそれを間一髪、左腕の爪で受け止める。 痛烈な刃音が両者の耳を貫き、進化前とは比べものにならない敏速で重い一撃に、ドクの剛腕も衝撃で大きく揺れる。攻撃を防いだのも束の間。刀の方に意識が集中しているドクの隙だらけの右側に、希龍は左前足で“ドラゴンクロー”を繰り出すと勢い良くそれを振った。並んだ三本の爪は空気を切り裂き、その先にあるドクの腕を捉える。 見違えるほど素早い希龍の連続攻撃に、ドクは防戦する事だけでもはや限界。彼は咄嗟に右腕の爪でガードしようと試みるも、爪で防ぐ時間は彼に無かった。繰り出された“ドラゴンクロー”はドクの爪ではなく腕を襲い、肉を切り裂く斬撃音が聞こえたかと思うと、真っ赤な血が飛散する。そしてドクの腕には三本の切り傷がはっきりと残されていた。 「うっ!」 自慢の剛腕を切り裂かれたその激痛に、さすがのドクも声を漏らし、彼は半ば無意識に後退した。ドクが後退する間にも希龍は再び構えると地を蹴って一気に間合いを消し、咥えた刀で再度斬り掛かる。既に崩れていた体勢でなんとかその攻撃もドクは左腕の爪で防ぐが、防いだ直後には下から上に向かってくる希龍の右前足の爪がドクの体に迫っていた。防御する間の無く、三本の爪はドクの体を掠るとそこに血の線が走る。技こそ繰り出していなかったが、その斬撃にドクはよろけ、またも後退する。 そんなドクに休む間を一切与えずに、希龍は素早く左前足で追撃を仕掛けた。その追撃をなんとか体を逸らすことでドクは避けるも、咥えた刀と両前足の爪による連続攻撃……いや、姿を変えた斬空と進化した希龍による連携攻撃によってドクは徐々に押されていく。攻撃の度に鋭い風切り音が聞こえ、右、左、上、下……その全ての方向から激流のように流れる連携攻撃。対するドクは防御や体を逸らしての回避を繰り返すが、その行動は時に間に合わず、ドクの体には傷が増えて行く。そして目まぐるしく流れる中で、斬空のそれと重なる希龍の鋭い目は片時もドクから逸れずにいた。 十秒にも満たない短時間の内に、流れるような連携攻撃を叩きこんだ希龍は再びよろけたドクの一瞬の隙を見逃さず、咥えた刀を振り切った勢いを利用して体を素早く反時計回りに回転させる。その動作の中で瞬時に彼は“アクアテール”を繰り出すと、水を纏った長く強靭な尻尾を連携攻撃の締めと言わんばかりにドクに向けて強く振った。風圧で雫が後ろに散る中、ほぼ水平に振られた“アクアテール”の一撃は防御が間に合わなかったドクの脇腹を直撃し、弾ける水音と鈍い音が響き、水飛沫が激しく踊った。 「ぐあっ」 ドクの低い叫びが聞こえたその瞬間、彼の巨体が浮き上がり、勢いを利用した強烈な一撃に飛ばされた彼は派手に地面に叩きつけられた。元から重い体重、そして強烈な一撃の力に地面は砕け散り、破片は散らばる。さらに地面の砕ける音が唸り、舞った砂塵がドクの姿を隠した。“アクアテール”を繰り出した勢いで半分ほど背中をドクの方に向けた状態で、長い首を後ろに捻った希龍は砂埃に鋭き視線を突き刺していた。 口に咥えられた刀は赤に染まっても尚輝き、振り向く希龍の姿は正に斬空と共に戦う一心同体と言った様。絶えず砂漠から吹き降ろす風に徐々に砂埃は飛ばされていき、ドクの姿が露となっていく。彼の体には&ruby(どとう){怒涛};の連携攻撃によって傷が何本も走っており、さらに“アクアテール”が直撃した脇腹はその事実を示すかのように濡れていた。強烈な一撃に吐血していたのか、ドクの口元には血の跡も残り、痛々しい姿がはっきりと見えてくる。 「……くそ」 砂で汚れ、血の跡も残る顔に悔しそうな表情を浮かばせながら、ドクは身構えて希龍に焦点を合わせる。全力で戦うと言った希龍の言葉の通り、彼の本気の猛攻は確実にドクに対してダメージを与えていたが、ドクも簡単に引き下がる訳には行かなかった。 既に両者は傷だらけで、進化した希龍とドクのどちらも体力は限界に近付きつつあった。進化した事とフィナを助けた事で反撃を始め、戦闘の流れを掴んだかのように見える希龍も、先の戦闘で蓄積していたダメージや疲労から息が上がっており、刀を咥えながらも荒い息遣いをしていた。……次で決める。互いに視線をぶつけ合いながら、二人はそう決意を固めると、ほぼ同時に構えを取る。希龍は輝く刀を咥えながら前足や翼を広げ、ドクも足を広げ血の流れる両腕を開いた。緊迫は最高潮に達し、互いの放つ威圧感は他者を絶対に寄せ付けない程強く、荒廃した町の通りを中央線に、それを挟んで二人は対峙する。 そして、守る為に戦う両者の決戦は前触れも無く始まった。先に動いたのは希龍の方。彼は再び大地を蹴って瞬時に飛び出すと、翼を上手く使って地上擦れ擦れを低空飛行でドクに向かう。対しドクは希龍が動いたのと同時に口元に黒い球体を素早く生成し、向かってくる彼に“シャドーボール”を繰り出した。放たれた不気味なそれは希龍に向かっていくが、進化して身体能力を始め、動体視力なども格段に向上している彼は向かってくるそれを避けようとしない。さらにスピードも緩めずに首を軽く引くと、咥えた刀を絶妙なタイミングで“シャドーボール”に振り下す。 一刀両断。まさにその言葉のように、一瞬にして黒き球体は真っ二つに斬り裂かれた。切断されて二つになったそれは個々が軌道をずらして希龍の後方にある廃墟に命中し、壁の破片やら砂塵やらを巻き上げる。 「!?」 信じられないようなその光景、そして格段に向上した希龍の実力にドクは驚きを隠せなかった。分裂しても尚、炸裂した“シャドーボール”によって飛び散る破片を背にし、高速かつ一直線に向かってくる希龍とその口に咥えられた姿を変えた斬空に、ドクは咄嗟に防御するべく腕を交差させる。 だが、その瞬間に希龍は翼を大きく羽ばたかせると、ほぼ直角に急上昇。彼はドクの真上で体勢を整えると今度はドクを目掛けて一気に急降下する。高い身体能力、攻撃を見切る動体視力、意表を突くその戦略。それらの前にドクはただ翻弄させられていた。急降下してくる希龍、さらに輝く刀を見上げながらドクは咄嗟に交差させた腕をもはや一か八かで力強く広げ、彼の攻撃を弾こうとした。 振り開かれた爪と振り降ろされる刀がぶつかり合い、強烈かつ高い刃音が一際強く通りや地割れに響き渡り、衝撃波は駆け、地上の砂が二人を中心に巻き上がる。その途端、あまりの衝撃故に希龍も耐えきれなかったのか、咥えていた刀が回転しながら上空高くに弾き飛ばされる。その一連の攻防を眺めるハブネークは無言で硬直していた。自分の実力とはまるでレベルの違う戦いだと……。 風を斬って刀が飛び上がったのも一瞬、直ぐに地に足を付けて希龍は着地する。大きな体の豪快な着地に、四本の足を中心に地面には亀裂が走り、ドクとの間合いは無に等しかった。両者とも戦う相手を眼前とし、ドクは着地後の隙を狙っていたかのように、自分と同タイプの技――“クロスポイズン”を繰り出す。捕獲しなければならないが、もはやそんな余裕など彼にはない。状況は生きるか死ぬかだった。彼はそのまま広げていた腕を希龍の両側から彼を挟むようにし、攻撃の矛先を向ける。毒タイプのエネルギーを纏ったそれが希龍に迫り、後僅かでその攻撃が希龍の首元を直撃しようとした瞬間、希龍は両前足に“ドラゴンクロー”を繰り出すと素早く後ろ足で立ち上がり、それをドクと自分の首の間に滑り込ませる。 両者が見せた素早き行動の直後、“クロスポイズン”と“ドラゴンクロー”は激突し、両者の爪が纏うエネルギーが弾け飛ぶ。ぶつかり合い、さらに押し合う前足と腕は小刻みに震え、力はほぼ互角。どちらが先にスタミナが尽きるかが勝負だった。一進一退の攻防を繰り広げながら、ドクと希龍は近距離で睨み合い、互いの瞳から放たれる鋭きその視線も一歩も引く事無く対立する。 だが、その時だった。睨み合う二人の間に突如異物が入り込んだ。その一瞬はまるで時の流れが遅くなったかのようで、その異物――弾き飛んだ筈の刀は鋭き先端を地に向け、既に回転力は失われて真っ直ぐ落下していく。銀色の表面には最初からこれを狙っていたかのような希龍の鋭き眼光が映り込み、その裏面には驚きに満ち、大きく開いたドクの瞳が映り込む。 その一瞬の後、希龍はドクの爪を両前足で受け止めたままの状態で、落下する刀の柄を瞬時に咥えると素早く顔を斜め下に引き、ドクの動体視力がまるで追い付かないような高速で刀の刃先を突き出す。その鋭利な先端は、包帯が巻かれたドクの無防備な胸部を目と鼻の先に捉えるのだった……。 To be continued... ---- [[Reach For The Sky 15]] ---- あとがき 今回は対立する希龍とドクがぶつかり合う山場なだけに長くなってしまいました。この二人の戦いは私としましても本作に置いて書きたかった場面の一つであり、このように普段よりも自然と長く……(汗)。普段に比べて1.5倍くらい長いですが、この山場を楽しんで頂けましたら嬉しいです。本当はこの回で決着を着ける予定だったのですが予想以上に長くなり、さすがにこれ以上は長すぎるので戦いの結末は次回にお預け……区切り方もなんだか中途半端な感じで申し訳ないです。そして戦闘描写はやっぱり難しい(汗)。 さてさて、遂に激突した二人、相反する二人も戦う理由は同じで、正義と悪の境界の存在しない世界観故に、どちらにも感情移入して頂ければなぁ……と、思いつつ今回は執筆しておりました(え? 紛らわしい?)。しかしそうは言いつつも私自身希龍の方に感情移入してしまっているのですが(苦笑)。 今回でようやく希龍がボーマンダに進化。コモルーの時とは比べものにならないくらい彼は強くなりましたし、きっとロイス曰くブサイクだった顔も皆様の中でかっこよくなった……かな? また、サブタイトルの“背負いし翼”と言うのは、斬空の形見である翼と、進化して手に入れた真紅の翼の両方を指してます。もしかしたらこのサブタイトルで希龍が進化するのが読めたかもですね(笑)。 最後にちょっと余談ですが、進化した希龍がドクに挑む際、彼が斬空(刀)に丁寧語で話し掛けているのに違和感を覚えた方も居るかと思いますが、あれは希龍の斬空に対する今まで感謝や尊敬の気持ちの現れだったり。……っと、あまり語り過ぎても仕方がないのでこの辺で(苦笑)。 貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。 感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。 #pcomment(Reach For The Sky 14 背負いし翼のこめんと,10,below) IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:15:45" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2014%20%E2%80%90%E8%83%8C%E8%B2%A0%E3%81%84%E3%81%97%E7%BF%BC%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"