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Reach For The Sky 13 ‐切られる火蓋‐ の変更点


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目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
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前回のあらすじ
斬空の命を奪ったドクに復讐する為、彼を探して町をさまよっていた希龍。彼はその中で葛藤を重ね、最後にはフィナの言葉によって彼は復讐を諦めた。そして彼はフィナに感謝しつつ反省し、ロイスに謝って仲直りする事を決心する。だが、そんな彼を狙うドク達の脅威は密かに迫っているのだった。
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''Episode 13 切られる火蓋''

 太陽が沈んだ黒き空の下、紫色の肌を微かな月光に覗かせながらドラピオンのドクは、希龍とフィナが眠る地下室の入り口を睨んでいた。錆びた金属製の扉はすぐ目の前であり、彼が狙うコモルーの希龍は間違いなくその扉の下に居る。それは紛らいの無い事実であったが、ドクは一定の距離を保ったままそれ以上その扉に近付く事は無かった。彼は長い両腕を組み、今宵のように冷たい視線をそこに向けている。
 昼間と変わらず町中には砂漠から吹いてくる風が廃墟と化した建物の間を抜け、ドクとその傍らに居るハブネークの砂で汚れた肌を撫でて行く。慣れている筈の夜の静寂も今の二人にとっては異様な程に静かで、これから何か災いが訪れるような静寂に二人は表情を硬くしていた。

「本当に間違いないんだな?」

 闇に形作られた静寂を崩さないように、まるで意識でもしているかの如くドクは小声で言った。

「はい。額に三本の古傷があるコモルーがあの扉に入っていくのをこの目で見ました」

「そうか……」

 自分の目に狂いは無かったと、自信に満ちたハブネークの目と声にドクは今一度地下室へと続く扉を睨む。その直ぐ側で先の割れた舌を垂らし、さらに刃物のような尻尾の先端を左右に揺らすハブネークは視線をドクへと移した。そしてハブネークは腕を組んで何かを考えるドクを暗い夜故に一杯まで開いた瞳孔の奥に映しながら判断をじっと待つ。
 ハブネークの考えとしては今直ぐにでも奇襲を仕掛け、希龍を捕まえたかったが、二人だけになってしまったとは言え群れのリーダーはドク。助言する事は以前から度々あったが最終的な判断はいつもその全てをドクに託していた。それが彼なりの信頼の表現であり、その判断にいつも間違いはなかったからだ。今回もそれは例外ではなく、彼は経験豊富なドクの判断を待ち続けるのであった。

「……今襲撃するは止めだ。あのコモルーがこの先に居るのは確かな事だし時間的に眠っているかもしれねぇが、情報が少なすぎる。もし奴に別の仲間が居れば二人しか居ない俺達は不利だし、待ち伏せや罠などの可能性もある。とにかく焦るのはよくねぇ。先ずはこの近くに潜伏して情報収集と作戦を練るぞ。殺さずに捕獲しなきゃならないんだからな」

「了解っす」

 その会話を最後に二人は口を閉じ、物音をあまり立てないようにしながら暗い町中へと姿を消す。そして、密かに迫る危機など見ず知らず、地下室の中に居る希龍とフライゴンのフィナは安眠しているのだった。










 朝日が茶色の空の彼方に顔を覗かせ、決して表舞台に出る事の無い夜は東から退いていく。かつては砂漠を行き交う旅人で賑わい、交通の要衝として繁栄していたこのミクスウォータの町も、茶色に霞む朝日を浴びてその姿を曝け出せばただの廃墟群なだけであった。朝市の掛け声も無ければ行き交う人々の姿も無く、そこには覇気も活気も無い。迎えた朝は静か過ぎる朝だった。
 川の周辺は別として、長きに渡り雨の恩恵を受けていない町の至る所は乾燥しており、ひび割れた道の隙間には砂漠から運ばれてきた砂が堆積している。加えて所々には骨も転がっているのだ。世界が滅んだ事を生きる者に実感させるそんな光景が延々と広がる中、頑丈な金属製の扉によって外と隔てられた、地下室の中に希龍とフィナは居た。
 寝起きの二人の瞼はまだ重く、両者とも何時それが降りて夢の世界に行ってしまっても不思議ではない。ただ、最低限するべき事は既にしてあるようで、夜の間は消してある焚火の炎はゆらゆらと揺れながら二人を優しく包んでいた。しばらく二人とも無言のまま眠気と戦い、先に声を出したのは希龍の方だった。

「さてと、昨日休んで疲れも取れたから俺はロイスを探しに行ってくる。昨日も言ったけど、やっぱり謝らないきゃいけないと思うし」

「あ、なら私も着いてくよ」

 眠気を振り払った希龍が意気込んで放った言葉にフィナも目を開き、彼女は少し慌てるように言葉を返す。だが、直ぐに返答した希龍の答えは彼女の意に反する物だった。

「いや、出来ればフィナはここに残って待っててくれ。外は何かと危険だし、先ず誰も来ないとは思うけど、一応荷物とかを見張っててもらいたいんだ」

「え? う~ん……分かった。でも希龍こそ一人で大丈夫? また復讐なんかに走らないでよ?」

 自分の考えを承諾はしてくれたが、その後に付け加えられた彼女の問い掛けに希龍の瞼が少し持ち上がった。けれど直ぐに彼は表情を戻し、復讐心に染まっていた一昨日とは違った明るい表情を作ると、同じく明るい声で彼女に言う。

「大丈夫だって。フィナのおかげで復讐が間違ってる事に気付けたんだ。ちゃんとロイスを探して謝るよ」

 希龍はそう告げると朝食もまだ摂っていないにも拘らず慣れた手付きでポーチなどを身に着け始めた。
 丸い体を一周出来る程の長さは十分にある伸縮可能なベルトと、それに付随するポーチと斬空の形見――刀を彼は右前足で持ち、持ったベルトを鞭にように扱い、勢いを利用して体を一周させて固定。フィナが加工して作ってくれた刀がある分それは重くはなっているが、それでも何回も繰り返してきた行為なだけに彼は難なくそれを装着すると、地上へと続く階段を駆け上がって行く。その様子を後ろで見ていたフィナも咄嗟に立ち上がり、彼を追って階段を登った。
 希龍が外に足を運べば、真っ先に目に飛び込んでくるのは荒れ果ててしまった町の景観。何処も彼処も瓦礫だらけで、例えるのなら燃え残った薪のような……そんな町の姿だった。町に訪れて数日。相変わらずだな、と思いつつも希龍は昨日と同様に今一度周辺を見渡して辺りの様子を確かめ始める。

「ねぇ、何も食べなくていいの?」

 周辺を見渡す希龍の耳に、階段を登ってきたフィナの声が入ってきた。目付きを鋭くして周辺を睨んでいた彼がそっと振り返ると、地下室の扉から上半身を晒すフィナと目が合う。

「あぁ、太陽が真上に来る前には戻ってくるつもりだし。それに、また川辺に行って食糧と水の調達もしてくるから、残りの木の実は全部フィナが食べちまっていいよ」

「わ、分かった」

 荒廃して食糧を手に入れるのも決して楽ではない世界故に、朝食抜きと言う事は良くある事。それを知ってか知らずか、何も食べずに外に出て行く希龍を少し心配そうな目で見つめながらも、フィナは了解の意を示した。そんな彼女の瞳を見てから希龍は背中を向けて歩き出そうとするが、何か思い出したように彼は唐突に振り返って彼女の元に駆け寄る。

「……そうだ。小説はフィナが預かっててくれ。歩き回ったり食料を詰め込むのに出来るだけ軽装にしたいからさ」

 そう言いながら希龍は片方の前足をポーチの中に詰め込み、胸の辺りに装着したポーチを体型的に直視出来ない彼は手探りで小説――Fragmentを取り出してそれを彼女が上半身を出す地下室の入り口の前にそっと置いた。

「じゃあ」

 小説をフィナの目の前に置き、それを手に取る彼女に向かって一言そう声を掛けると、希龍は身を翻して足早に歩き出す。小説を両手でしっかりと握るフィナは彼の後姿を見ながら“違い”と言う物を感じていた。復讐に駆られて地下室を飛び出したあの時とは、どこか彼の後姿が違って彼女には見えていたのだ。その事に彼女はどこか安心感を覚える。希龍は本当に改心して自分の過ちに気が付き、それを正すべくロイスに謝ろうとしているのだろう。根拠は無かったが、フィナはきっと希龍とロイスが仲直り出来ると強く信じながら表情を明るくすると、既に離れた場所に居る希龍に向かって大きな声を出した。

「行ってらっしゃーい!」

 彼女の明るく綺麗な声は寂れた町の中に木霊して、瓦礫だらけの景色の中に不釣り合いに響く。掛けられたその大声に、遠くにいた希龍は少し照れたような顔を覗かせると、軽く彼女に向かって前足を振ってから再び背中を向け、&ruby(ひび){罅};や穴だらけの通りを歩いて行くのだった。
 だが……この温かな二人のやりとりとは対照的に、冷徹な脅威は静かに迫っていた。

「なるほど。あの三本傷コモルーの仲間はフライゴン一人って訳か。そして二人は別行動……」

「仕掛けるなら今がベストなんじゃないすか?」

 少し離れた場所にある瓦礫の山と化した廃墟の陰から、瓦礫と瓦礫の隙間を利用してドクとハブネークの二人は希龍を観察していた。仕掛けるなら今がベスト。ハブネークが小声で言ったその通りで、ドク達からすれば希龍とフィナが別行動している今が一対二と言う状況に持ち込める貴重な好機と言えた。そのチャンスを逃すまいと、ハブネークは直ぐにでも希龍を追い掛けて彼を捕まえたい気持ちで一杯だった。しかし、普段から冷静なドクは丸腰と言える獲物を目の前にしても、感情に任せて直ぐには行動に出ようとはしなかったのだ。

「待て、焦るな。会話からして奴は太陽が真上に来るまでは戻ってこないと見て先ず間違いは無い。時間はある。少し考えるんだ。このまま奴を追い掛けた場合、戦闘になるのは避けられない。あのエアームドを殺した犯人が俺だとばれていたと仮定すると尚更だ。これ以上血は流したくないだろ?」

「は、はい。……じゃあどうするんですか?」

「だからそれを考えるんだ。効率的な方法をな……」

 小声でハブネークと会話しながらドクは頭を捻り、三十一年間の人生で培った様々な知恵を駆使して彼は考え続けた。その鋭く尖った槍の如き視線は、希龍を見送って地下室に戻るフィナを突き刺していたのだった……。










 フィナに留守番を頼み、希龍は戦争でもあったかのように荒れ果てた町中を、ロイスを探してさまよっていた。手始めに町の中心を流れる川まで赴き、そこで木の実や水の補給を行い、その後は再びロイスを呼びながら歩き続ける。
 全ては自分が間違っていた。それに気が付いた時から、復讐心に変わって彼の心にあったのはロイスに対する謝罪の気持ちだった。町を歩きながら彼は回想を重ねる。斬空に対する想いがぶつかり合い、ロイスと口論を交わしたあの時を。
 ロイスの名前を呼んでその記憶を思い出す度に、彼は心の中で同時に謝罪も繰り返していた。自分が作った亀裂や&ruby(わだかま){蟠};りを繋ぎ、一度縁を切ったロイスを説得出来るだろうか。自信があるかと問われれば、今の希龍は素直に頷く事は出来ない心情だった。昔から物事を深く考え込んでしまう一面を持っている希龍は、気が付けば足取りが重くなっていた。考えれば考える程に自分への自信が持てなくなり、前へ進もうとする足が重くなっていく。
 何時もならこのまま立ち止って考え込んでしまいそうな希龍だったが、彼は一度空を仰ぐと足を速める。謝って謝って謝り続ければきっとロイスは分かってくれるだろう。彼はそう自分の心に声を掛け、ロイスの捜索を続けた。
 しかし、世の中はそう物事を真っ直ぐに運べる程、簡単には作られてはいなかった。さらにこの法も秩序も無い、終末すら過ぎた世界では尚更の事。いくら希龍がロイスの姿を探しても、彼の目に入ってくるのは瓦礫が殆どだった。気が付けば太陽も頭上近くに位置を変えていて、少し前から腹の虫も騒ぎ出している。このまま引き下がる事に抵抗はあったが、フィナに太陽が真上に来るまでには戻ると約束したからには引き返さなければならなかった。彼は一度立ち止まって最後に大きく息を吸い込んでから大きな声でロイスの名を呼ぶ。けれど虚しい事に返事は返ってこない。これにはさすがの彼も少なからず落胆し、一度小さく溜息を吐いてから体の向きを変えて来た道を帰っていく。
 帰り道。希龍は出来るだけ気持ちを楽に持っていた。今日が駄目ならまた明日探せば良い。明日が駄目ならまた明後日探せば良い。そして再会したその時に深く謝罪しよう。そう考えながら、希龍は斬空の形見である刀を背負っている上、食糧や水を詰め込んだポーチを身に着けて重くなった体を動かしフィナが待つ地下室へと足を運ぶ。
 平らだったはずの道も無残に砕けて凸凹となったそこを希龍は踏み、その度に微かに響く足音は一時的な棲家としている地下室に近付くに連れて早くなっていく。地下室に戻ったら採集した木の実をフィナと一緒に食べよう。そんな思いを希龍は巡らせる。謝罪の気持ちを一時片隅に仕舞い込み、お腹が減っていた彼はこれからランチタイムだと言わんばかりに表情を明るくしながら早足で地下室のある場所に向かう。
 ある程度の時間は掛かったが、希龍は地下室がある廃墟の前に辿り着いた。一応周辺を見渡して誰もいない事を確認した彼は再び早足で扉の前まで歩み、短い前足に力を込めて重い扉を開ける。相変わらずの錆び付いた不快な音が響き、地下室へと続く階段が陽の光を浴びて浮かび上がってくる。反響する錆び付いた音が消えた頃、希龍は階段を下って地下室の床に足を付けた。
 だが……。

「あれ?」

 彼は自分の目に飛び込んで来た光景に思わず声を漏らしてしまう。希龍の目の前では焚火の炎が燃え、フィナの所持品が部屋の隅に置かれ、彼女が睡眠時に使用していたぼろぼろの布もそこにはあった。ただ一つを除き、出掛ける前とそこは何ら変わっていない。しかし、そのただ一つの違いは希龍にとって他の何よりも大きな違いだった。
 地下室を見渡す希龍の瞳に……フィナの姿が映らなかったのだ。彼は最初、昨日と同じように彼女は食料調達にでも行っているのではないかと思ったが、そう考えるとこの部屋の中は不自然過ぎた。もし食糧調達だとしたら先ず火の元は消しておくだろうし、それらを入れる為のバッグも持っていく筈。だが不思議な事に出掛け際に渡した小説を始め、彼女の所持品は何から何までこの地下室に揃っている。神隠しにでもあったかのように、地下室から彼女――フィナの姿だけが無くなっていた。

「…………」

 状況を飲み込んでいく内に、希龍を異様な不安が取り巻き出す。彼女に――フィナに何かあったのだろうか。不安は希龍の中で広がって行く。温度も匂いも、フィナが居ない事以外なんら変わらない。けれど彼女が居ないだけで空気は只ならぬ物へと変化した。尤も、それは希龍にとってだが。不意に彼は慌ただしく、再度地下室を見回す。壁、天井、床。順番に焦点を合わせ、彼女に何かあったと決まった訳でもないのに彼の目は鋭くなっていた。
 そして、希龍が床に目を向けたその時、抱いていた只ならぬ不安は現実へと彼の中で伸し上がった。まだ燃えている焚火の向こう、そこに一枚の折りたたまれた紙が置いてあったのだ。それもまるで見つけてくれと言わんばかりに目立つ位置に。それは小説の切れ端でもなければ、希龍本人もフィナも持っていなかった紙。それを見つけてから、希龍はしばらく動けなかった。明らかに自分達の物でない折り畳まれた一枚の紙。そのたった一枚の紙だけで、希龍はフィナに何かあったのだと悟っていたのだ。
 重い足を動かし、焚火を避けて紙が置いてある場所に希龍は移動すると、自分の影の中にあるそれに恐る恐る前足を伸ばす。意外にも丁寧に折り畳まれたそれを持ち、無意識に上がる心臓の鼓動を押さえながら彼はそれを開いた。

「……!!」

 そこに書かれていたものに、希龍は最初声も出せずに目を見開いた。そんな筈はない。そこに書かれた内容が嘘だと彼は信じたかったが、何度目瞬きをしても、何度読み返しても、それは逃れようのない現実だった。驚きを隠せない彼の視界の中心、そこに書かれていたものとは……。

 “お前の仲間のフライゴンは誘拐した。町の東の外れに遠くからでも見える巨大な地割れがある。フライゴンを助けたければ、太陽が西に沈む前にそこに来い”

 ……と言う多少乱雑な字体で書かれた脅迫文だった。その文章に、希龍の表情は最も恐れていた事が現実になったように青ざめる。自分を復讐から救ってくれた、そして想いを寄せる相手であるフィナが何者かに浚われてしまった。いや、何者かと言う表現は間違っているだろう。彼はフィナを浚った犯人の見当が付いていた。そう――ロイス曰く自分を狙い、そして親しかった斬空の命を奪ったあのドラピオン。それ以外に自分の存在を知っている物など先ず居るはずも無く、そうと決めつけた彼の心に捨てた筈の憎しみが急に芽吹いてくる。
 背に紅の灯火を受けながら、希龍は険しい表情を作った。またあいつらか。あいつらは自分の大切な物を根こそぎ奪っていく。前足に力を込める彼の中で、再び息を吹き返してしまった憎しみは広がっていく。その憎しみのストッパーとなる者も物も、彼の周りには居なく、そしてなかった。このまま再び彼は憎しみに染まってしまい、冷静さを欠いてしまうのか。だが、ふと彼は前足に込めていた力を抜いた。
 先ずは落ち着け。憎しみに沈みそうだった彼は自分にそう言い聞かせる。この脅迫文に書かれた事に従って指定された場所に赴くのは、自ら罠に飛び込むようなもの。このまま策も無しに向かったところで果たしてフィナを救えるのか。そう彼は考えた。しかし、そう長々と考えていられるほど、彼は落ち着く事が出来なかった。フィナが浚われてしまった今、どうしても彼女が心配で彼は焦り、落ち着くように努めてもそう簡単にはいかない。彼は再び険しい表情で俯いてしまう。一体自分はどうすればよいのか。助けを求めようにも斬空はもういない上、ロイスもどこに居るのか分からない。自分一人でこの事態を乗り切る以外、選択肢はなかった。
 まだ策も浮かばない状態で、彼は俯いていた顔を持ち上げる。日没までと言う時間制限がある以上、とにかく今はのんびりしていられない。例え罠でも、例えそれに嵌り血を流すことになっても全力でフィナを救おう。自分を救ってくれたのは紛れも無くフィナであり、決して彼女を見捨てはしない。そう彼は決意した。
 状況からして、戦いは避けられないのは明確と言えた。もちろんその位は希龍も分かっており、彼は水や食料を地下室に残し、もともとあまり身軽ではないかもしれないが、身軽に動けるよう必要最低限の装備で地下室を飛び出す。そして直ぐに彼は指示された東を目指して駆け出した。

(フィナ……)

 安否が気がかりでならないフィナを心配しながら、彼は地面を蹴っていく。憎しみもあったが、彼は冷静さを保とうと極力それは心にしまい込んでフィナを助けたい一心で走り続けるのだった。










 一方、フィナを浚った張本人――ドクは自らが希龍に指定した場所で既に準備を終えていた。町の外れで腕を組んで周辺を睨む彼の背後には、地殻変動か何かは分からないが地割れが口を開いており、まるで一つの谷のようにそれは巨大だった。深さがどれほどあるのか。それを確かめようと底を覗けば、まるで吸い込まれてしまいそうなくらいそれは深く、長さはざっと見た感じだけでも数十メートルはあり、幅も場所によっては十メートルを超えていた。一体何があってここまで巨大な地割れが出来たのかドクを始め彼の仲間であるハブネークも全く持って理解出来なかったが、この荒廃しきった全てが無法の世界。考えれば自分達の想像を絶する何があってもおかしくは無かった。
 そして、まるで餌でも強請るかのように大口を開くその口元――いわゆる崖っ淵に、翼や腕、足などを縛られて身動きの取れないフィナが座らされていた。彼女の傍らにはハブネークがまるで看守の如く居座り、何時でも首を切れるぞ、とでも脅すように刃物のような尻尾の先端を揺らしている。

「なんで……なんでこんな事するの!?」

 動けない事が分かっているフィナは無駄な抵抗をしようとはしなかったが、背中を向けているドクに対して先程からそう叫んでいた。しかし、ドクは時折彼女に冷たい視線を浴びせるだけで、決して彼女と口を利こうとはしない。一方のハブネークは、ドクの背中と彼女の顔で瞳を何度も往復させて口の隙間から舌を出している。その左右に動く彼の瞳にはどこか申し訳なさそうな想いが垣間見えていた。
 無視され続けても、彼女は声を出すことを止めようとはせず、少し時間を置いてから再び口を開く。

「ねぇ、一体何が目的なの? なんで希龍を狙うのよ!?」

「…………」

 ドクの、質問に答えないと言うその答えはまた同じだった。彼は相変わらず時折彼女を冷たく睨むだけで決して口を利かず、直ぐに目を逸らして再び周辺を睨む。何度問い掛けても無駄なのだろうか。そう思い始めたフィナはそれを最後に口を閉じて俯いてしまう。だが、突然彼女の耳に傍らから声が届いた。

「悪いな。俺はレディーにこんな事するのはあんま好きじゃねぇんだけどよ、どうしてもあのコモルーを捕まえきゃならねぇんだ」

「え……?」

 突然隣からそう声を掛けられ、フィナが俯いていた顔を上げてその方を見ればずっと隣で見張りをしていたハブネークが横目で見てきていた。

「少し前によ、俺達はお前の仲間のコモルーの棲家を奪ってそこで暮らそうとしたんだ。そしたら急に見知らぬ連中が現れやがって、俺達も戦ったんだがまるで歯が立たなくて……」

「&ruby(おろち){大蛇};。余計な事を話すな。そいつはただの人質だ」

 悔しそうに身の上話を始めたハブネークに、ドクは鋭く横槍を投げ入れて話を止めた。軽く振り返って無愛想にそう言ったドクに、人質であるフィナは殺気すら感じていた。時折垣間見えるドクの鋭い目付きや体に巻かれた包帯は、フィナの目に今までに命を奪ってきた証拠のように映り、感じた殺気に彼女は少なからずの恐怖と言う物を抱く。
 彼が何人の命を奪ったか定かではないが、そもそも命を奪う事自体も咎められないこの世界。不意に彼の気が変わって殺されるかもしれない。その恐怖と言う見えない威圧が彼女の口を閉ざす。けれど、彼の背中を見詰めれば何かを思い詰めているような……また何かを守ろうとしているかのような何かもフィナは感じ取っていた。
 しばらく黙り込んでしまっていたフィナは、その背中をじっと見つめながら威圧感に塞がれていた口をそっと開いた。

「ねぇ……あなた達は誰かを守ろうとしてるの?」

「黙れ」

 フィナが問い掛けても、一蹴されて会話にはならなかったが、それでも彼女は恐怖を乗り越えてドクに話し掛け続ける。

「もしそうなら、こんな事しないで協力しようよ!」

「…………」

「きっと話し合えば希龍だって分かってくれて、力を貸してくれるから!」

「……黙れ! てめぇは連中の実力を知らねぇからそんな事言えるだろうがな、連中は尋常じゃなく強い上にこっちは人質を取られてるんだ。あいつを助けるのはこうするしかねぇんだよ!」

 斬空との戦闘においての傷がまだ完全に癒えていない体で振り返り、ドクはフィナに向かって大口を開いて怒鳴った。その険しい表情は希龍が復讐に駆られてしまった時にどこか似ており、憎しみの呪縛に縛られ、そして苦しめられていた。
 怒鳴られた際、フィナは大きな恐怖を感じていたが、それでも彼女は重圧に屈する事なくドクに向かって強く言い返す。

「こうやって私を人質にして希龍を脅してたら貴方達も、貴方達を苦しめているその連中と変わらないじゃない! 本当に助けたいなら協力するべきだって!」

「今更協力なんか出来る訳ねぇんだよ! 俺はお前の言う希龍って奴の仲間だったエアームドを殺したんだからな」

「……!」

 告げられた真実にフィナは言葉を失い、ただ驚く事しか出来なかった。そして蘇るあの時の記憶。目の前で希龍やロイスが悲しみ、彼等に見送られながら天に昇っていたあの斬空の姿。彼女自身は斬空とは一切付き合いが無く、挨拶の言葉すら交わす前に別れとなってしまったが、ドクの発言は大きな衝撃であったのは間違いなかった。
 このまま希龍がこの場に現れたその時、一体どうなってしまうのだろうか。そう思うと、フィナは希龍が再び憎しみに染まってしまうかもしれない事が怖くて胸が苦しくなった。……例え誰の血であっても、もう血は見たくない。争いを望まない彼女であったが、返す言葉は見つからずに黙り込んでしまう。
 その様子を尖った目でしばらく睨んでいたドクは無愛想に視線を彼女から逸らすと、再び町中を睨みだした。例え誰になんと言われようとも、どんなに卑怯な手段を講じてでも、自分に託された想いは守り抜く。そう決意を再び固めながら……。
 と、その時だった。
 滅んだ町の哀愁漂う中に、それを切り裂く声が突然響いた。

「フィナ!」

 それは紛れもない希龍の声。町に木霊する彼の声がした方向にフィナ、ハブネーク、そしてドクの三人が揃って目を向けると、荒い息を整えながら砕けた通りを背に身構える希龍の姿がそこにはあった。
 空かさずドクは鋭い視線を希龍に浴びせ、無言のまま目で彼に向かって警告する。こちらには人質が居る事を忘れるな、と。それを理解したように、希龍は警戒しながらもドクから視線をずらし、その後ろに居るフィナに目を合わせる。

「フィナ、必ず助けるから」

 まだ少し息が荒い中で、希龍は平静を保ちつつ徐にそう言った。だが、ドクやハブネークからすれば、その言葉に説得力など少しも感じられなかった。二対一。さらに人質まで取られている状況――いわゆる罠に彼は飛び込んで来たのだから。
 長い腕を軽く動かし、まるで準備体操でもしているかのようなドクは、背中に斬空の翼を加工して作った刀を背負う希龍から片時も目を逸らさずに、一歩だけ前に出ると大きな口を開けて希龍に向かって徐に話し掛ける。

「罠に飛び込んでくるとはな……。仇討ちのつもりか? もう分かってんだろ? 俺がてめぇの仲間のエアームドを殺したって」

「……あぁ」

 斬空の命を奪った目の敵にしていた相手と再会しても、希龍は以外にも冷静に呟く。既に復讐を諦めた彼は燃え上がる憎しみを無理やりに閉じ込めて冷静さを保とうとしていた。今の彼の目的は復讐では無く、フィナを救うと言う事なのだから。それでも、隠しきれない憎しみの殺気を宿しながら希龍はドクを睨み、臨戦態勢と言った雰囲気で身構える。
 そんな希龍の姿にドクも腕を軽く開いて構えを取ると、その大きな口を再び開いた。

「例えてめぇにどれだけ憎まれようがな、俺は託された想いを守らなきゃならねぇ。……状況は分かっているだろうな? 動けない程度に痛めつけてやる。掛かってこい!」

 怒号にも聞こえるドクの大声が町を貫き、彼の目はこの上なく尖って希龍を睨み付ける。けれど浴びせられる強い威圧感にも怯む事無く、希龍も目を鋭くしてドクを睨み返すと身構えながら口を開いた。

「例えこれが罠でも俺は……俺を救ってくれたフィナを守る!」

 響く声の中、風は逃げるように吹き抜ける。弱肉強食――強い者が生き残る世界に生きる両者の意志が激突したその時、避けられない戦いの火蓋は、大切な者を守ろうとする想いによって切られるのだった。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 14 ‐背負いし翼‐]]
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あとがき
フィナのお陰で復讐が間違っていると気が付けた希龍でしたが、一難去ってまた一難。フィナがドクに浚われてしまいました。そして、脅迫文からそれが罠だと知りながらも、希龍は復讐に身を焦がす自分を救ってくれた彼女を助ける為に罠に飛び込み、遂に彼は斬空の命を奪ったドクと対面しました。
そして希龍もドクも大切な者を守る為、サブタイトルの通り戦いの火蓋は切られてしまいました。状況的に見ると圧倒的に希龍が不利な中ですが、果たして戦いの結末は……? 次回は希龍とドクの対決を描いていきたいと思っておりますのでよろしければまたお付き合いください。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 13 切られる火蓋のこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:15:01" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2013%20%E2%80%90%E5%88%87%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E7%81%AB%E8%93%8B%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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