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Reach For The Sky 12 ‐揺らぐ心‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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前回のあらすじ
斬空をドクに殺され、その憎しみからドクへの復讐を誓った希龍。彼は復讐は間違いだと主張するロイスを対立し、最終的に二人は縁を切ってしまう。さらに希龍はフィナの静止をも振り切って復讐に赴くのであった。
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''Episode 12 揺らぐ心''

 友との繋がりを切り落として、コモルーの希龍は復讐への道を進みだす。憎しみに染まった自分と向き合い、彼はその憎しみとのけじめを付けようと考えていた。心を握り締めてくる怨讐の情念に駆られ、地下室から飛び出した彼は早速周辺の捜索を始めていた。俄雨に似て忽然と降り注ぐ隕石群によって穴だらけとなった石畳を蹴り、瞳をひっきりなしに上下左右に動かし、彼は短い足で荒廃した町中を駆ける。
 統一と言う単語を知らない町には多様な建物が乱立するが、それも今となってはもう華やかさを喪失していた。原型すら留めずに礫塊の&ruby(むくろ){骸};と化した物、幸運にもまだ形を保っている物、火災か何かによって骨組みだけになった物。それら一軒一軒を調べ、彼はエアームドの斬空を殺したドラピオンのドク一行の姿を頭の中に浮かばせながら、必死になって捜索していく。
 ――仇討ちと言うたった一つの目的を果たす為に。
しかし、広い町故に捜索範囲も大きければ手掛かりは一切無かった。コモルーである彼はエアームドのように視力もそこまで高くなければ、グラエナのように鼻も利くわけではない。つまり彼に残された手段としては手当たり次第に探すと言う方法くらいだったのだ。彼は授かった足で町の中心を流れる川まで行ってみたり、原型をまだ留めている建物の屋上に登って高所から見回してみたりを繰り返す。時間に比例して彼は様々な場所を行き来し、足は様々な地面を踏み、鋭い目は様々な景観を睨んだ。それでも、甘くない現実を痛感させられるように彼はドクを見つけられなかった。
 程なくして希龍は高い建物の屋上に再び登る。その屋上から彼が見渡しても視界に映るのは廃墟ばかり。種族を象った特徴的な建物も、もはやその種族がなんなのか分からない程に崩れ、他の建物も頑丈な物以外は殆どが度重なる隕石群の襲撃によって無残な姿へと変貌していた。
 それら文明の遺産を眺めながら、ふと希龍は考えた。この町も昔は活気があって様々な人(ポケモン)達が盛んに往来していたのだろうかと。けれど今の彼の瞳に人影は映り込まない。遺産となった町の風景の中に、彼は町に溢れる人々の様子を想像しようとしたが、生まれてからずっと荒廃した世界に生きてきた彼がそれを上手く想像する事は出来なかった。
 希龍は顔を左右に何度か振る。こんな事を考えている暇はない。自分の目的は仇討ちと言う大義を掲げた復讐なのだ。そう自らに言い聞かせて彼は寂れた町の景色に背を向ける。崩れかけた階段を駆け下り、彼はその建物から道に出た。今一度周辺を鋭い目付きで見渡し、周りに誰もいない事を再確認すると砂漠から吹いてくる風を避けるように建物の陰に彼は足を運ぶ。そして彼は時間が惜しく焦る気持ちを抑えて休憩の為、その場に座り込んだ。
 希龍は前足を器用に使ってポーチのチャックを開け、中から水の入った瓶を取り出す。使い込まれた瓶の外面は傷も多く汚れも目立つが、そんな事を気にする素振りは見せずに希龍は川で補給した水を喉に流し込んだ。半分ほど中身を残しておいた瓶を希龍は地面に置き、崩れた壁の残骸に体を預けながら空を見上げる。再び彼は考えた。天に昇って行った斬空は今の自分に姿を遥か彼方から見てどう感じているのだろうか。応援してくれているのか。それとも意図的とは言え道を踏み外した自分を見て心を痛めているのだろうか。彼は空を見上げながら小さく呟く。

「斬空さん。俺、間違ってるのかな?」

 そう呟きながら、形見の翼と一緒に空を飛んでくれと最後の頼みを言った時の斬空の顔や、別れ際のロイスやフィナの顔を彼は思い浮かべる。憎しみの炎に身も心も焦がし、仲間との繋がりを断ってまで仇を討つ必要が本当にあるのか。冷静になって考えれば考える程、彼はそれが分からなくなった。斬空を殺したドクが憎い。彼が抱いていたその気持ちは変わらず強かったが、ロイスやフィナの復讐を止めろと主張する言葉が彼の頭の中で、まるで鐘の音のように長く響き続ける。
 だが……希龍はもう後戻り出来なかった。彼は空から視線を降ろして荒廃した町並みを睨む。浮かぶ友の顔や響く友の声を無理やり掻き消し、彼は曲げていた後ろ足を伸ばして立ち上がった。そして彼は再び歩き出す。そう、復讐と言う目的を果たす為に……。
 風は逆風。道は緩やかな上り坂。風や大地までもが希龍の復讐を間違いだと主張するかのようだが、彼は逆風の中でも目を細めて砂塵から瞳を守りながら、斬空を殺したドクを探し続けるであった。










 ドラピオンのドクは仲間のハブネークと一緒に地下室の入り口から外を睨んでいた。所々隕石群による火災か何かによる煙がまだ昇っていて、風下に居る二人の鼻の中を何かが焼け焦げる臭気が通り抜ける。周辺は風の雑音以外は殆ど無音。嘗てこの町が栄えていたとは思えない程に静まり返っていた。……静かだ。ドクは心の中でそう呟いた。まるで紙一杯に描かれた色彩豊かな絵画を消して白紙にしたような……そんな寂れた静寂を彼は感じていた。栄えた物は必ずいつかは滅びる。葬られた文明の遺産と言える荒廃した町はそんな自然の摂理を、今を生きる者達に厳しく教えているようであった。
 この町の何処かにターゲットであるコモルーが隠れている筈。寂れた町に僅かな哀愁を感じながら遠くで狼煙のように立ち上る黒煙をドクは睨み、そう信じていた。

「ドクさん。どうやら隕石群も止んだみたいですね。今の内にあのコモルーを見つけないと……」

「あぁ、そうだな。……それと&ruby(おろち){大蛇};、傷の具合はどうだ?」

「え? あ、まだ痛みますが大丈夫です。ドクさんこそ大丈夫すか?」

「こんな傷どうってことない。それに、あいつの為にも弱音なんて吐いてられないしな」

 左右に180度回転する頭部を動かして町中を睨みながらそう言ったドクだったが、傍らで彼を見ていたハブネークは先の割れた舌を揺らして唐突に呟く。

「少しは自分の心配もしたらどうすか? エアームドとの戦闘で結構深い傷を負ってるんですし、あいつを救ったってドクさんが死んじゃあいつが悲しむだけなんですから」

「…………」

 群れ……とは言っても今は二人しかしないが、リーダーとして仲間に心配されるのが少し恥ずかしかったのだろうか、見え見えのポーカーフェイスと閉ざした口で周辺を見渡すドクに対し、半ば一方的にハブネークは何か強調するように話を続ける。

「ドクさんに託された想いってのは、ドクさんが責任持って引き継がなきゃ駄目っすよ?」

「ったく、回りくでぇ奴だな。素直に死ぬなって言ったらどうだ? ……まぁ、確かにお前の言う通りだがな」

 周囲を睨んでいたドクは動かしていた頭部を止めると、横目で隣に居るハブネークを見ながらそう口にした。伝えたい事を遠回しにだが伝える事が出来たハブネークは少しばかり表情を緩めると、宛も無く遥か彼方の空を見詰める。ハブネークの視線の先には茶色の空以外には何もなく、青色など何処にもない広大なだけの天海が最果てまで広がっていた。麗辞を受け付けないような汚れた茶色の空はただ荒廃した世界を覆い、ハブネークの視線を追って空を仰いだドクの目にも、それは美しく映らない。
 だが、それでも希龍を始め、ドクもハブネークも時折空を見上げるのだった。いくら汚れていても、その壮大さは焦りが混じる二人の心を落ち着かせる。数秒間、揃って上を向いていた二人はドクが口にした「行くぞ」と言う一言で視線を地に戻し、広い町中へと希龍を探しに歩き始めたのだった。










 何歩歩いても何度建物を調べても、実質的に斬空の命を奪ったドクを希龍は見つける事が出来ていなかった。短い足は長時間の移動に比例して重くなるが、それも我慢しながら希龍はひたすらに短い足を動かした。皮肉にも復讐心を原動力とし、体力を絞って彼は足を前へ前へと踏み出して行く。憎しみに染まった自分とのけじめを着けるためにも必ず見つけ出して仇を討て。そう自分に言い聞かせて。しかし、乱れる事の無い時の流れはただただ過ぎて行くだけで、一向に希龍の視界にはドクの姿は映り込まなかった。

(くそ、一体どこに隠れてるんだ)

 たった一人、寂れた町を歩く彼は心の中でそう不満を漏らす。そして疲れで重くなった前足で小石を蹴り飛ばし、彼は溜まった不満を八つ当たりと言う形で吐き出していた。小石の転がる音も人気の全く無い町では寂しい音と化し、その音の一つが、風の一声が……希龍は自分に何かを問い掛けて来るようにすら聞こえた。
 「本当にこのままで良いのか?」何の変哲もない大地も風も空も、彼からすればそう問い掛けて来る。けじめを付けるためにも復讐する決意を固めたのに、まるで心が重たい何かを引きずっているような感覚に彼は陥った。自分の気持ちは自分が一番良く分かっているつもりだったが、考える程に彼は本当の自分の気持ちが分からなくなりそうだった。そして、ロイスやフィナの言葉が頭の中に再度響き出す。自分の気持ちに悩んでいた希龍がふと気付いた時、彼は道の真ん中に立ち止っていた。複雑な町を縫って走り去る風が前から吹いて来たり、後ろから吹いて来たり。それはまるで彼の心のように不安定だった。
 結局、今日はドクはおろか人一人見つける事が出来ないまま彼は捜索を中断して、地下室に戻る事にした。

(フィナは待ってくれてるかな。いや、さすがにそんな筈ないか……)

 口には出さなかったが、彼女に対して少なからず想いを寄せていた希龍はそんな事を考えながら、疲労が圧し掛かる体をふらふらと動かして地下室を目指して歩みを進める。そんな彼の足取りは……どこか重たかった。彼が地下室に戻ったのはそれから数十分後の事。辺りは徐々に暗くなり始めており、時期に冷たく危険な夜を世界は迎える。そうなる前にと思い、早めに捜索を切り上げていた希龍だったが、彼はなかなか地下室への重い扉を開けられないでいた。
 希龍は緊張していたのだ。この扉を開けて彼女が居なければ、自分は全てに見捨てられた事になる。出掛ける前にそうなる事を覚悟してつもりだったが、いざ孤独になってしまうと考えると彼の心に不安が染み出してきた。
 十数秒は無言で立ち竦んでいた希龍だったがようやく意を決し、恐る恐るではあるが前足で取手を掴んで扉を開ける。如何にも古びた金属と言った感じの鈍い音が唸るように響き、風が地下に向かって足元を流れて行く。彼は妙に緊張しながらも暗い階段を下り、そっと地下室に足を踏み入れる。果たしてフィナは待ってくれているのか――そう小さな期待を胸に。

「あ、希龍お帰り!」

 突然明るい声を希龍は掛けられた。彼が驚いたように俯いていた顔を上げれば、そこには紛れもないフィナの姿があったのだ。彼女が待っていてくれた事実に彼は嬉しかったが、同時に彼は少し驚いていた。今までのフィナのイメージからは想像も付かない程、彼女は明るく元気な声で話し掛けてきたのだから。
 訳が分からず、少しばかり目を見開いて硬直していた希龍に、フィナは続けて声を掛ける。

「希龍が居ない間に私もちょっと川辺に行って木の実集めたんだ。食べる?」

「……え? あ……」

 まるで正反対と言える性格への変貌ぶりに驚く希龍は声も上手く出せず、ただ頭の中が混乱していた。今までの彼女とは明らかに違う。何かあったのだろうか? そんな不安さえ頭の中に浮かび、希龍はその場で硬直しながら考え込んでしまっていた。固まってしまっている希龍とは対照的に彼女は手に持っていた木の実を口に含むと、また一つ木の実を手にとってから希龍の身長に合わせるように屈み、木の実を持った手を希龍に向けて差し出す。

「ほら、復讐なんて物騒な事は忘れて二人で木の実食べようよ」

「……あ、あぁ」

 彼女が口にした“復讐なんて忘れて”と言う一言。その言葉によって、希龍は彼女が妙に明るい理由が分かった気がした。彼女はやはり自分の復讐を止めさせようとしている。全てと縁を切ってまで復讐に向かおうとした自分に対して、まだ諦めずに道を正そうと――いや、復讐に染まった自分に救いの手を差し伸ばしてくれている。希龍は自分に向けて差し出される木の実とそれを持つ彼女の手にそのような感覚を抱いていた。
 既に揺らいでいた彼の心は今、さらに大きく揺らぐ。差し伸ばされる救いの手を掴み復讐を忘れるか。それとも、けじめを付ける為にもまたその手を払い除けてひたすら復讐の道を進むのか。彼はその場に立ち尽くしながら俯き、少しばかり険しい表情――葛藤の表情を浮かばせる。
 しばらくの間、無言だった希龍は俯いていた顔をゆっくりと上げた。目に入ってくるフィナの顔と木の実を差し出す手。彼女の顔は……微笑んでいた。出会ってから数日だが、今まで笑顔なんて見せた事の無い彼女の、初めて見る優しい笑顔。それが自分の歩む道を正そうとする作り笑顔なのは分かっていた。おそらくは自分の為に無理をしてまで明るく振舞っている……。そして、フィナの差し出す救いの手を払い除ける事は、今の希龍には出来なかった。

「フィナ……その……俺が間違ってた。ありがとう」

 少し目線を下に向けながら、希龍は徐にそう言うとそっと自分の前足をフィナの差し出す手に伸ばし、その上に乗る小さな木の実を掴んだ。

「希龍なら分かってくれるって信じてた」

 優しいフィナの声をしっかりと受け止めながら、希龍はそっと木の実を掴んだ前足を引くと、持った木の実を口に運ぶ。皮ごと口に含み、それを噛み砕きながら希龍は自分の行おうとして復讐――過ちを反省していた。ロイスもフィナも自分の事を心配してくれていたのに、身勝手でわがままな自分はけじめを付けるなどと言った大義名分を片手に復讐しようとしていた。昨日は分からなかったロイスやフィナの気持ちを理解出来た今、彼は復讐を諦めた。そして心の底から自分の過ちを反省し、何時もより強く木の実を噛み砕くのだった。
 それから数分後、反省しながら木の実を食べた希龍と、彼に復讐を止めさせる事が出来たフィナの二人は食後の一服と言った感じで体を休めていた。元々光源の無い地下室。二人を照らすのは弱々しい炎の明かりで、それはゆらゆらと揺れながら木の爆ぜる小さく軽い音が断続的に響く。その物静かな中にご馳走様と言った二人の声が混ざり、その後はまた静けさが地下室を包む。異性と二人きりと言う状況で多少希龍もフィナも照れてしまっていると言う事もあるだろうが、食後はあまり会話が弾む事は無かった。尤も希龍は照れているとかそのような事を抜きに、徐に炎を見詰めながら自分の過ちを反省しているのだが……。
 揺らいでいた希龍の心情に伸びたフィナの救いの手によって、復讐の渦の中から抜け出した今、彼はロイスに対する謝罪の気持ちで心が一杯だった。フィナと同じで最初は自分を心配してくれていたロイスに対しても自分は意見が食い違っていただけで激情し、そしてロイスと縁を切ってしまった。あの時は復讐が全てだったが、それでも自分は自己中心的で今となってはけじめを付けると言った理由も復讐する為のただの大義に過ぎなかった。そう思いつつ、彼は深く反省を続ける。
 無言と言う状態も相まって地下室は重苦しい雰囲気だったが、希龍の近くで荷物の整理を行っていたフィナがふと、希龍に目を向けると口を開いた。

「あ、そうだ! ねぇ希龍。あの小説……Fragmentの続きを読んでよ」

 未だ明るく振舞っている……と、言うよりはこの明るい性格が彼女の本当の性格なのだろうかと思えるような声でフィナは希龍にそう声を掛けたのだった。

「あぁ。ちょっと待って。今取り出す……」

 反省していた希龍は彼女の明るさに照らされたように少し表情が和らぎ、そしてポーチの中に片方の前足を突っ込んで、砂漠で拾ったFragmentと言う小説を探す。色々詰め込んであるポーチだが目当ての物は直ぐに見つかったようで、希龍はそれを取り出すと床にそっと置き、フィナの方を向くと彼女に問い掛けた。

「この前はどこまで読んだっけ?」

「え~と……この前は途中で私寝ちゃったんだけど、覚えてるのは主人公のルフってアブソルがレイタスクって町を出た所までだったかな……?」

「あぁ、もしかしてフェイって言うハッサムが別れ際にルフに向かって“欠片の子らに……祝福あれ……”って言った所?」

「あ、そこそこ!」

 フィナの少し曖昧な答えから彼女がどこまで読んだ……と言うよりは字の読めない彼女がどこまで聞いたかを予想し、それを口にした希龍。彼の予想通りの場所までフィナは読んでいたようで、助言されてその場面を思い出したフィナは嬉しそうに笑顔を作った。
 やはり、本当のフィナは今までのような暗い性格ではく、今のような明るい性格なのだろうか。出会った時とは正反対のような明るい彼女に、希龍はそう思い込み始めてすらいたが、なにはともあれ小説の続きをフィナに読んであげようと、彼はパラパラと……けれども破れないように丁寧にページをめくっていく。
 ページをめくる希龍にフィナは歩み寄り、この前とは違い彼女は希龍の横に腰を下ろすと、希龍が開いた本を文字は読めないけれど覗き込む。一方の希龍は異性、それも少なからず想いを寄せていた相手が直ぐ横に座っている事に少し照れている様子で、恥ずかしそうにしながらも一度傍らに座るフィナを横目で見てから小説に視線を移す。相変わらず巧みな文章が古びた紙の檀上で踊り、繊細な描写が並ぶそれを希龍は声に出して読み始めた。

「あ、ちょうどここから二話だ。……二話、 旅路の夢現。月明かりに照らし出される道。背の高い草がその明かりを反射して、銀色の稲穂のように風にそよぐ…………」

 二人だけの静かな地下室に希龍の音読する声が響き、外では落陽が西に姿を隠していき、静寂の冷たい夜へと世界は誘われていく。地下室に居る二人からすれば外が暗くなっていく事など関係なく、淡く赤い光を頼りに希龍は小説――Fragmentを声に出して読み進めていく。文字を読むことが出来ないフィナはそれを聞き逃すまいと希龍の直ぐ隣に座りながら彼の声に耳を傾け、二人揃って現実を忘れて小説の世界に入り込んで一時を楽しんでいくのだった。









 夜も更け、希龍達が身を置くミクスウォータの町は昼間以上に静寂に包まれていた。嘗て存在していた街頭もその全てが今は機能していなく、さらに繁華街だったと思われる場所も荒れ果てているだけでそこに人影は一切無かった。まるで祭りが終わった後の静けさといった感じで、活気を失ったそこは砂漠から吹き降りてくる風が微かに流れるだけだった。茶色の……とは言っても今は真っ黒な空に浮かぶ朧月も、繁栄を失った町も、砕けた道も、冷たい夜の中では全てが息を潜めている。声を上げるのは時折強く吹く夜風くらい。その風声さえも寂れた町の前では哀愁に哀愁を重ねるに過ぎなかった。
 外が既に夜となっている事に気が付かずに二人は比較的安全な地下室で、砂漠で拾った小説を読み続けていた。ある程度読んだ所で希龍はふと音読を止め、古びたそれを前足を器用に使ってそっと閉じる。

「今日はこの辺まででいい? あんまり一気に読んじゃうと今後の楽しみがなくなっちゃうし」

「うん。ありがとう」

「いや、フィナは諦めずに俺を正してくれたんだから、それに比べたら音読するくらい礼には値しないって」

 口ではそう言いつつも、フィナにありがとうと言ってもらえた事が希龍は嬉しかった。表に出さずに内心気分を良くしつつ、希龍は閉じた前足に持つとそれをポーチの中にしっかりと仕舞う。フィナを楽しませる事が出来る大事な小説。無くしたり破れたりと言う事を彼は避けたかったのだ。小説を胸部に装着しているポーチの中に丁寧にしまった希龍は、視線をフィナに移すと彼女に言った。

「なんか、今なら小説の主人公のルフってアブソルの気持ちが分かる気がするよ。ルフは俺と違ってクールでかっこいいけど、大切な人を目の前で失った悲しみは一緒かなぁ……って思う」

「私も。……こういうのを感情移入って言うのかな?」

「かもな」

 砂漠でたまたま拾った小説。それが二人を繋いでいるのは確かな事だった。二人揃って物語の中に吸い込まれ、二人揃ってその魅力に引き込まれていた。その後も希龍とフィナはFragmentと言うタイトルの小説に付いての会話を続け、しばらく弾んだ会話の後、二人とも眠りに就く。

「希龍。おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 最後に二人はそう言葉を交わして揃って目を閉じる。火の始末を終えて無明となった室内は黒い静寂が支配し、その静かな中で二人は夢の世界へと誘われていくのだった。










 翌日。先に目を覚ましたのは希龍の方だった。重い鉄扉で蓋をされた地下室には光が指し込まず、今が朝なのか昼なのか、それともまだ夜なのか分からない状態で希龍は起き上がると、空中に軽く炎タイプの技“火の粉”を繰り出してその一瞬の明かりで焚火の位置を探し当てると、そこに向かって再び“火の粉”を繰り出す。希龍の口から放たれた“火の粉”は薪となる木材に引火し、たちまちそれは紅の光を発して地下室を照らしだした。
 先ず希龍は直ぐ側に置いていたベルトと一体化したポーチと、それに取り付けられた斬空の翼を加工して作った刀を手に取ると、それを器用に自分の体に装着する。準備よし、と言った感じでポーチと刀の装着を終えた希龍は視線をフィナへと移す。
 淡い赤の光に照らされながら彼女はまだ眠っていて、ぼろぼろの布切れ一枚の中から安らかな寝顔を覗かせていた。フィナの顔を見て、そして刀の重みを感じながら希龍は感じた。思えば、斬空の形見――この刀を持ち歩く事が出来るのも彼女の手先が器用で、彼女が居てくれたから。それなのに昨日の自分は彼女の説得を振り払って復讐に赴いた。けれども、彼女は自分を見捨てないで待っていてくれた。彼は自分勝手だった自分を恥じ、さらにフィナに対して心の中で謝罪と感謝をする。
 自分には仲間が、なにより喜びや悲しみを分かち合い共に支え合う友が必要なのだ。フィナの寝顔を見ながら希龍は一人そう気が付くと、彼女を起こさないようにとても小さな声で一言だけ彼女に向かって言った。

「フィナ。ありがとう」

 まだ眠っているフィナは当然の様に無反応だが、希龍はそのまま瞳を階段に向ける。先ずは時間の確認が必要なのだ。時計など存在しない世界故に、正確な時間と言うのはおそらく誰も分からないだろうが、朝、昼、夕方、夜くらいの区別はこの世界にも常識として存在していた。生きて行く上で時間を把握する事は重要で、太陽の位置などから把握したその時間帯と元に大体の生き残り――生存者達は一日の行動を決めるのだ。
 メテオスコールを察知出来る特殊な能力を生まれながらにして持っている、いわば特別な存在である希龍も例外ではなかった。先ず彼は地下室から外に出ると周辺の様子を確認し、空を見上げて茶色に霞んだ太陽の位置を見る。

「まだ、朝か……」

 あまり高い位置にない太陽から、彼は大まかに時間帯を割り出してそう呟く。次に彼は意識を集中させてメテオスコール……隕石群が接近していないかの確認を始める。目を閉じて数秒間じっとし、メテオスコールが近い時に現れる独特の偏頭痛が無いかを彼は慎重に確かめた。昨日メテオスコールが降り注いだばかりなので、常識的に考えて数日は比較的安全だが、油断は禁物。彼が今まで目にしてきた亡骸の殆どは、その油断が命取りとなったのだろうから。
 幸いにも、隕石が接近してくる際に生まれる独特の偏頭痛は一切無かった。その事に僅かな安心感を希龍は覚えると、身を翻して地下室の入り口に顔を向ける。重い扉を再び開け、階段を下り、彼は地下室へと足を運ぶ。階段の最下段から足を降ろすと同時に、視界にはお世辞にも広いとは言えない地下室が開け、焚火の炎が揺れていた。そして、そこには目を覚ましたフィナの姿もあった。

「あ、起きてたんだ」

「うん。扉を開ける時の音が耳に響いて、それで……」

 上半身だけ起こしてまだ眠そうな表情を浮かべるフィナはそう言った。対しての希龍はちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「あ、ごめん。起こしちゃったのか」

 自分が重い錆びた鉄の扉を開け、その騒音でフィナの眠りを妨げてしまった事に少しばかりの罪悪感と言う物を感じながらも、希龍は歩みを進め、昨日残しておいた木の実をポーチの中から数個取り出すとそれを床に一つずつ丁寧に並べる。

「朝飯まだだろ?」

 並べ終えると同時に希龍は顔を上げ、フィナにそう語り掛ける。並べられたのは堅い殻に包まれた木の実数個だけで正直とても貧相な食事だったが、それを見たフィナは不満を漏らすどころから嬉しそうに希龍の近くまで歩み寄り、並べられた木の実を挟んだ希龍の正面に腰を下ろす。

「頂きます!」

 昨日に引き続き、とても明るい表情と声を発してフィナは木の実の一つに手を伸ばす。その様子を見ながら、希龍は思った。やはり彼女の本当の性格はこのような明るく活発な性格なのだろうか? 少なからず想いを寄せている……いや、もう完全に惹かれてしまっていると言ってよいだけに、彼は真の彼女と言う物を知りたい気持ちがあった。だが、彼女にそのような質問をする事には躊躇いもあった。無理してこのように明るく振舞っている可能性もある為、問い詰める事が何か彼女に失礼で悪い気が希龍はしていたのだ。
 美味しそうに木の実を頬張る彼女を身長の関係もあって上目遣いで見詰めながら、希龍は聞こうか聞くまいか悩む。

「希龍、食べないの?」

 考え事をしていたせいもあって希龍はまだ木の実の一つも口にしていなかった。だが、性格が明るくなった彼女の声で希龍は我に返って慌てるように言葉を返す。

「あ、あぁ。食うよ」

 そうは言ったものの、希龍は直ぐには木の実に手を伸ばさない。彼の目の前ではフィナが不思議そうな目で希龍を見詰めている。ほんの少しだけ間を置いて、希龍は徐に口を開いた。

「あのさ、気になってたんだけど……あ、え~と、ちょっと聞き難いんだけどさ、フィナって本当は今みたいに明るい性格なの?」

「え?」

 まさかフィナもそんな事を質問されるとは思ってもいなかったのだろう。彼女は木の実を口へ運ぼうとしていた手の動きを止め、少し驚いている感じだった。けれど、彼女は直ぐに気を取り直すと、過去の記憶を遡るように視線を上に向けながら口を開いた。

「う~ん、多分そうなんだけど、今まではお兄ちゃんが死んじゃったショックであんまり元気が出なくて……。でも、私を励ましてくれた希龍が辛い思いをして、それで復讐しようとしてる、ロイスとも喧嘩しちゃった時に何時までもくよくよなんてしてられないって思って」

「あ、やっぱそうだったんだ……なんか気を遣わせちゃってごめん」

「あ、別に気にしなくていいよ。それに希龍は自殺しようとしてた私を救ってくれたんだし」

 気を遣わせてしまって悪かった気持ちはあったが、その罪悪感より何はともあれフィナが元の自分を取り戻してくれたと言う事が希龍は素直に嬉しかった。明るい顔で話をしてくれたフィナに希龍は少しばかりの笑顔を見せる。理由はどうあれ本来の自分を取戻し、明るく元気になった彼女から彼も元気をもらっていたのだろう。仲間との繋がりを断ってまで復讐と言う過ちを犯そうとしていた自分への罪意識も、少し軽くなったように彼は感じていたのだった。

「あ、そうだ。俺、明日また町に出てロイスを探すよ。やっぱり俺が間違ってたからあいつに謝らないと……」

「それが良いと思う」

 唐突にそう希龍はフィナに告げる。自分を過ちに気が付いた彼は改心し、縁を切ってしまったロイスに謝って仲直りしようと考えていた。仲間であった筈の三人がばらばらになってしまったのは間違いなく自分の責任。そう思う彼が背負う斬空の翼を加工した刀のさらにその上から、責任と言う名の重圧が彼に伸し掛かる。出て行ってしまったロイスは今頃何をしているのだろうか。昨日の夜は安全な場所を見つけられていただろうか……。改心したロイスの事が心配だったがきっと大丈夫だろうと信じながら、希龍は今日一日を疲れた体を休める休日にした。早くロイスを探して謝りたいその気持ちを落ち着かせ、焦りは禁物だと言い聞かせ、彼は一日を地下室とその周辺で過ごす。フィナと雑談を交わしたり彼女と一緒に木の実を摘まんだり、自分の過ちを深く反省したり、明日どのような場所でロイスを探すかを考えたり……。そうこうしている内に陽は東からぐるりと位置を変え、西に傾いていく。そして気が付けば時間は既に夜となっていた。
 希龍は一日の最後にフィナにおやすみと声を掛けると部屋の隅に行き、片前足を器用に使って愛用のポーチと一体化したベルトを外し、斬空の形見である刀と一緒になったそれを傍らにそっと置くと彼は蹲って目を閉じる。最後までそれを眺めていたフィナもその場で横になるとそっと瞼を降ろした。こうして二人は一時の安息の中で夢の中に落ち、何時しか安らかな寝息を立て始める。
 だが、二人が眠りに就いたのと同時刻。二人が一時的に生活の拠点としている地下室がある廃墟の前に、霞む朧月から注ぐ極僅かな月光に照らされたドクとハブネークの二人の姿があった。そして、僅かな光を拾おうと広がる瞳孔と鋭い目付きから放たれる視線は、希龍とフィナが眠る地下室の扉に注がれているのだった……。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 13 ‐切られる火蓋‐]]
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あとがき
投稿が遅れてしまい、続きを楽しみにしてくださっていた方々には本当に申し訳ないです。ここ最近忙しいのと、スランプと言う事(こっちは改善できそう)もあり、中々執筆が進まなく、今回はこのように遅れてしまいました。次回は出来る限り遅れないよう努めたいと思いますので、今後ともお付き合いして頂ければ嬉しいです。
さて、復讐の道を突き進んでいた彼ですが、フィナのお陰でようやく自分が間違っていたと彼は悟りました。また、今までかなり暗い感じだったフィナですが、彼女もまた、何時までもくよくよしていられないと辛い過去から立ち直ろうとし、本来の自分を取り戻しつつあります。ロイスに尽きましては今回触れていませんでしたが、彼は果たして……?
 今回の前半はサブタイトルの通りで希龍の揺れる心にスポット当てて執筆してみました。復讐の為にドクを探してさまよう中、自分が間違っているかもしれないと言う想いやけじめを付ける為にも復讐を果たさなければと言う想いに揺れる彼の葛藤と言う物が伝わりましたら幸いです。
 さらに今回もまた[[ウルラ]]様とのコラボ要素を盛り込ませて頂きました。今後もまたこのように希龍がフィナに対して[[Fragment]]を読み聞かせる時があるかもです。……と言うか多分あります(笑)。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 12 揺らぐ心のこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:14:22" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2012%20%E2%80%90%E6%8F%BA%E3%82%89%E3%81%90%E5%BF%83%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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