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Reach For The Sky 10 ‐夕日に昇る‐ の変更点


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Written by [[SKYLINE]]

目次は[[こちら>Reach For The Sky]]
世界観やキャラ紹介は[[こちら>Reach For The Sky  世界観とキャラ紹介]]
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前回のあらすじ
斬空はドク一行とたった一人で戦った。“ブレイククロー”を受けながらもなんとかザングースは倒したのだが、続くドクとの戦闘では激しい戦いの末に敗北してしまった。先の戦闘による“ブレイククロー”によって防御力の下がった胸部に強烈な“瓦割り”の一撃を受け、それが決定打となり彼はその場に倒れ込んで動かなくなってしまう。一方で決着を着けたドクは町の中に消えて行ったのだった。
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&color(red){※流血表現が含まれております。苦手な方はご注意ください。};

''Episode 10 夕日に昇る''

 ドラピオンのドク達が戦場と化した大通りから去って数分、瓦礫の中に身を潜めていたグラエナのロイスが慌ててそこから飛び出してくる。まだ近くにドク達が居るかもしれないにも拘らず、彼は周囲を見渡しもせずに一心不乱に駆けた――自分を守る為に戦った友の元まで。血を流しながら横たわるエアームドの斬空の元までロイスは駆け寄ると、涙が溢れる顔で彼を見詰めた。震える前足をそっと斬空に掛け、彼は鼻を&ruby(すす){啜};りながら斬空に震える声を掛ける。

「斬空さん! なぁ斬空さん! 生きてるんだろ!? む……む……無視しないでくれよ……」

 返答がない。その現実を眼前に、もはや流れ出す涙に歯止めはなかった。際限なく溢れ出すそれは斬空の身体や地面に滴り、ロイスの震える声は寂れた町に一層の哀愁を生む。何時しか傾いていた夕日は、茶色の空に霞みながらも風の走る静かな町並みを照らし、涙を流すロイスの背中にもそれは注ぐ。
 ロイスは悔やんだ。自分が臆病なだけに、弱いだけに……。ただ身を潜めながら見ている事しか出来なかった彼は前足にぐっと力を込める。途方もない罪悪感に押し潰され、後ろ足を屈曲させて斬空の傍らに座るロイスは俯く。目を閉じても涙は収まらず、彼は啜り泣くだけだった。
 ロイスの黒い視界には戦えない自分を守る為に一人負け戦に飛び出し、ドク達と戦う斬空の果敢な姿が映り、瞳に焼付いた彼の決意が乗った背中が続けて浮かんでくる。ふと目を開ければ、そこに逞しかった彼の姿は無く、あるのは無言で血を流しながら横たわる無残な姿。それを涙で潤む目で見詰めながら、ロイスは崩れた。
 その場に伏せながら、大粒の涙を流しながら……彼は自分を責め続ける。普段は立つ尖った耳も力なく倒れ、鼻を突く血の臭いすらも今の彼は感じていない。それほどに彼を襲う悲しみは大きく、そして深いものだった。崩れた彼の目の前には口からも血を流す斬空の姿があり、瞼は降りていた。
 町も空も太陽も、全てが悲しみに沈むかのように世界は夜の闇へと沈み始める。その中で、ロイスは斬空の傍らで涙を流すだけだった。

「……ロ……ス」

「!?」

 ふと、微かな声が垂れるロイスの耳に入り込んできた。季節を追い掛けて散る木の葉のように弱々しい声。普段は冷静沈着で、でも時には冗談を交えたり……頼れる兄貴分の面影はそこに無かったが、素早く顔を上げたロイスの瞳には、虚ろな目で彼を見る斬空の顔があった。死んでしまったと思っていたロイスの前で、彼は意識を取り戻していたのだ。

「ざ……斬空さん!」

 ロイスは声を出さずにはいられなかった。普段の鋭さが嘘のような半開きの目で、&ruby(あんたん){暗澹};とした茶色の空を斬空は仰ぐ。そんな彼を未だ流れる涙を前足で拭いながら心配そうな目でロイスは見詰める。命は風前の灯火だが、確かにまだ生きている。喜ばしい現実に明るさを失っていたロイスの顔に若干だが明るさが戻った。しかし、彼が安心に浸る暇は無かった。判断するまでもなく斬空は重症で、このまま出血が続けば彼がこの世を去ってしまうのは明確。散り行く命をなんとか生と言う名の枝に繋ぎ止めようと、ロイスは彼の傷口を押さえる。

「ロ……イス。希……はここに……ごほっ……居るか?」

 内臓器官にも深いダメージを負っているのか、吐血しながらも斬空は微かな声でロイスに尋ねる。半分は言葉になっていなかったが、彼の声だけに耳を傾けるロイスはしっかりとそれを聞き取っていた。

「希龍はまだ……で、でも、あいつは絶対来る! だから頑張れって!」

「そう……か。希……も無事だといい……な……」

 翼を力なく地に広げ、仰向けに倒れる彼は空を見詰める。暗みを帯びた茶色の空は汚くて、それはまるで血塗れの汚れた自分を現すかのようで……斬空は自分の終末が直ぐそこに迫っている事を悟っていた。“ブレイククロー”によって防御力の下がっていた胸部を強烈な“瓦割り”の一撃で砕かれ、致命傷と言えるそれが激痛を生むが、それでも斬空はコモルーの希龍を信じて自分より彼を気遣う。希龍と過ごした数年間の思い出が四季のように流れ、長い間苦楽を共にしてきた彼と死ぬ前にもう一度会いたいその一心で斬空は意識を保っていた。
 傍らで見守るロイスは罪の意識に咎められながらも斬空の傷口を押さえ、止まらない血を止めようと前足を真っ赤に染めながら奮闘する。怪我人の治療などした事もなく、なにをどうすればよいのかも分からない。それでも彼は命の灯火を消して溜まるかと、必死な表情で傷を押さえ続け、斬空を励ます言葉を掛け続ける。
 太陽も大分西に傾いた頃、懸命に斬空の命を繋ごうとするロイスや、虚ろな目で空を眺める斬空の耳にふと物音が響いた。今まで片時も斬空から目を離さないでいたロイスが物音――いや、足音がする方に顔を向けると、そこには向かってくる希龍の姿とその後ろに続くフライゴンのフィナの姿があった。希龍も只ならぬ雰囲気を感じ取っていたのか、真剣な面持ちで四本の足を忙しく動かし、町の大通りを一直線に駆ける。
 初めて出会うフィナの事など一切気にせず、ロイスは向かってくる希龍に向かって声を上げた。

「希龍早く! 斬空さんが……斬空さんが!」

「!?」

 泣き崩れた表情で声を上げるロイス。そして彼の傍らに倒れる斬空。それを見た希龍は只ならぬ状況を悟ったのか、表情を険しくしながら二人の元に駆け寄る。そして彼は空かさず仰向けに倒れる斬空の姿を視界の中心に置いた。砕かれ、夥しい量の血が流れる胸部。傷らだけの体。吐血した血が付く口元。変わり果てた斬空の姿に、希龍は目を見開き血相を変えると前足を斬空の身体に掛けた。

「斬空さん!」

 瀕死の重傷を負った彼の名を叫び、希龍は彼の顔をさらに覗き込む。まだ微かに息はある。意外にも冷静に斬空の生死を確かめた彼は、虚ろな斬空の瞳に自身の目を合わせた。斬空は普段の鋭さを失った弱々しい目の中にある瞳をゆっくりと希龍に向けると、半開きで血の流れる口から掠れた声を吐き出す。

「希龍か……無事だったよう……だな……」

「あ、あぁ。……それより早く手当しないと!」

 何時閉じてしまってもおかしくない目で希龍を見ながらそう言った斬空は、若干の笑みを零す。一方、希龍はポーチの中から布を取り出すと、彼は傷口を押さえていたロイスの前足を退けてそこに布を当てる。助からないと判断するのが妥当な程に彼の出血は酷く、今更布を押し当てて止血した所で彼が助かるのは望み薄だった。それでも希龍は流れ出る真紅の血を止めようと、必死な表情で傷口を押さえる。
 止血に奮闘する彼から、死を悟っている斬空は目を逸らすと再び空を見る。そこには青色など僅少も見せずに、斜陽と共に暗くなっていく寂しいだけの空が延々と広がっていた。

「希龍。俺の分まで生き……生きて青空……見つけろよ……」

 静かな町の中、悲しみに暮れる希龍に注ぐ斬空の儚き声調。それを聞いた途端、潤んでいた希龍の目から、溜めきれなくなった涙が零れた。過去に一緒に青い空を見ると契を立て、どんな困難も二人三脚で乗り越えてきた相棒――斬空との歩みが記憶の引き出しから溢れ出る。出会ったその時、喧嘩したその時、食事したその時、笑い合ったその時……そして互いを認め合ったその時。様々な時は記憶の海の中、泡のように浮かび、そして消えていく。
 一滴、また一滴と落ちる雫は斬空の体に滴り、銀と赤が混ざるそこで涙は弾け飛ぶ。悲しみや恐怖に震える希龍は声も出せなかった。枯れ行く川の如く何もせずに死を待つ斬空に縋り、死なないでと一心に彼は願い続ける。

「……龍。さ、最後に頼みがあ……ごほっ……耳を……耳を……」

 迫る終末を必死に退けながら、苦痛に顔を歪める斬空は極小な声で……けれども必死に声を出して希龍に話し掛ける。茫然と佇むフィナを背にして斬空に縋っていた希龍は、空かさず彼の口元に顔を――耳を持ってくる。傍らで固唾を呑んで見守るロイスやフィナにも聞こえない程、もはや声とすら言えないような声で、斬空は最後の力を振り絞って彼に最後の頼みを告げる。
 涙ぐむ中に真剣な面持ちを見せる希龍は、その頼みを逃すまいと全神経を耳に集中させて彼の頼みを受け取ろうとする。僅かに嘴を動かし、声帯を震わし、舌を動かし、斬空は相棒に最後の頼みを告げた。それをしっかりと聞き留めた希龍は大粒の涙を滝のように流し流しながら「分かった」と何度も呟き、何度も頷く。
 激しい痛みが渦のように斬空の表情を掻き乱そうとするが、それでも斬空は決して苦痛を絵にはしなかった。最後の頼みを承諾してくれた希龍の顔を斬空は見て、それからロイスや初めて出会うフィナも見て、彼等のぐしゃぐしゃの表情を瞳に焼付ける。
 旅立ちは間近だった。何度も吐血し、その都度彼の名を叫ぶ希龍やロイスの悲鳴に似た声が響き渡る。最後まで傍らで見守ってくれる三人の顔を旅立つ前にしっかりと瞳に焼付けた彼は、虚ろな瞳で三度空を仰ぐ。

「希龍……ロイス。……お前達と一緒……青空を……見たかった……」

 最果てに沈み行く夕日が世界に弱々しく灯る。それはまさに消えゆく命のように儚かった。最後の言葉を掠れた声で二人に告げた斬空はゆっくりと瞼を降ろす。冷風が希龍やロイスの涙を誘い、残された者達の小さく悲しい叫びは哀愁の通りに木霊した。
 漆黒に染まる斬空の視界。同時に友の声も遠くなっていく。酷かった痛みも次第に引いていき、眠気にも似た不思議な感覚が彼を包んだ。そして……身を挺して大切な友を守り抜いた斬空の“命”は沈む夕日とは対照に、果てなき天海へと昇って行ったのだった。
 大切な仲間達に夢を託して……。










 斬空が旅立ってから十数分、残された希龍の涙は収まったが、悲しみは収まらなかった。声を掛けても、体を揺すっても、人生の幕を降ろした彼は目を開ける事も口を利く事も無かった。それが悲しくて、そして悔しくて。希龍は間に合わなかった自分を責めもした。自分が砂漠で逸れてしまうようなドジを踏まなければ、もっと急いで砂漠を越えていればこんな事にはならなかったのに……。いくら悔やんでも時の流れを戻す事など出来る筈もなく、希龍は前足に力を込めて後悔を重ねた。
 ぐったりと仰向けになって倒れる斬空に縋る希龍。その後ろでフライゴンのフィナは悲しみに染まった彼の背中を見ていた。兄を亡くし、悲しんでいた自分を前向きに励ましてくれた希龍が悲しむのが信じられなかったのだろうか、彼女はそっと希龍の元に歩み寄ると彼に話し掛ける。

「……らしくないよ。希龍は私を励ましてくれたのに……」

「…………」

 まるで立場が逆だった。砂漠で出会ったその時は希龍がフィナを励ましていたが、今はフィナが希龍の背中に優しく手を当てながら彼を励ましている。そんな彼女の励ましに、希龍はそっと体を持ち上げ、彼女に目を合わせた。希龍の顔にはまだ涙の流れた跡が残っていて、その悲しみに染まった顔はロイスもフィナも初めて見る顔だった。常に希望を捨てず、壮大な夢を抱く彼のイメージからはまるで想像できない程に、底なしの深い悲しみに彼は沈んでいた。希望が輝く何時の瞳とは打って変わり、虚ろな瞳でフィナを見上げるように見ていた希龍は一度彼女から目を逸らすと深く俯く。
 その様子を徐な表情で見つめていたフィナの耳に、ふと小さな声を入ってきた。

「フィナ……手先が器用って言ってたよな?」

「え? う、うん」

「じゃあ……頼みがあるんだけど」

 それは小さな声だった。俯く希龍の口から漏れるように出てきたその微かな声にフィナはそっと耳を傾ける。大切な者を失った辛さを分かっているからこそ、そして絶望のどん底に居た自分をそこから引き揚げてくれた彼の優しさに彼女は報いたかったのだろう。変わり果てた斬空の亡骸に前足を当てて俯く希龍の視線に合わせるように彼女は姿勢を低くすると、そっと口を開いた。

「なに?」

 気遣いの聞いた優しいフィナの声を聴いた希龍は彼女に目を向ける事なく、俯いたまま再び口を割った。

「斬空さんの最期の頼みに……応えたいんだ」

 そう言うと希龍は俯いていた顔を上げ、泣き続けて充血した目を覗かせて空を仰ぐ。空は限りなく夜に近かった。既に太陽は西に隠れ、世界を照らす光はもはや余力に過ぎない。光を失いつつあるその薄闇の中で、希龍は斬空の魂が昇って行った空を見詰めていた。
 死に際に斬空が残した頼みに、言葉の通り彼は応えたかった。出会って数年間、互いに助け合って荒廃した世界を生き抜いてきた最も信頼出来る相棒。そんな彼との何の前触れもない突然の別れ。もっと沢山の時間を共に過ごし、二人で……いや、皆で夢を実現する筈だったのに。言いたい事も沢山あったのに。悔やんでも悔やみきれない想いや悲しみを直ぐに消すことは、一度悲しみを乗り越えた希龍にも出来なかった。しかし、悲しんでばかりいないで今は自分に託された最後の頼みを叶える。それが今の自分に……そしてこれからの自分に出来る最大限の恩返しの筈だ。希龍はそう自分に言い聞かせると、励ましてくれるフィナや耳を力なく倒すロイスの視線を浴びながら、一度大きく息を吸ってから徐に口を開いた。

「斬空さんは最後に言ったんだ。……俺の翼の一本を形見にして持ち歩いてくれ。そして青い空を見つけた時は一緒に空を飛んでくれって。それに俺の翼は武器になるから、ただの荷物にはならないし、前に教えたろ? 戦う時は道具を上手く活用しろって……。斬空さんは俺にそう言葉を残してくれた。だから、だから手先が器用なフィナに……その……斬空さんの翼を咥えられるように加工してもらいたいんだ」

 そう語った希龍の側で、フィナは一度斬空の亡骸に目を移し、少し戸惑ったような表情を浮かべる。

「で、でも、この人の体をこれ以上傷付け……」

「俺は斬空さんの頼みを踏み倒したくないんだ!」

 戸惑うフィナの言葉を切り裂いて、希龍は強い口調で言い放った。その怒鳴るような声にフィナもロイスも少しばかり驚いたような表情を見せるが、二人とも希龍の硬い表情を見ると反論の一つも言えなかった。
 きっと、希龍だって親友の体をこれ以上傷つけたくはないのだろう。しかし、それが親友の頼みなら……きっと彼はそう思っている。思い詰めたように表情を硬くする希龍の立場になってフィナは考えた。そして、自殺しようとしていた自分を止めてくれた彼への恩返しをするのなら、それは今なのだろう。そう彼女は決心すると希龍に語り掛けた。

「それがこの人の頼みなら」

「……ありがとう」

 フィナの承諾を得た希龍は、俯いて斬空の姿見詰めながら、徐に小さくそう言ったのだった。










 希龍、ロイス、フィナの三人は、ドク達との戦闘前にロイスと生前の斬空が見つけた地下室に居た。外はもう真っ暗闇。不気味な茶色に覆われ、星の見えない夜空は全てを漆黒に塗り上げていた。今は町も川も木も闇に落ち、それらは暗闇の中でじっと朝を待ち続け、夜の冷え込みに、そして降り注ぐ隕石の脅威に耐え続けるのであった。交通の要衝として栄えた嘗ての賑わいを失い、人(ポケモン)の消えたミクスウォータの町には、砂漠から吹いてくる風の音だけが微かに響いているだけ。静寂……と言い表しても良い程に静まり返っていた。
 死んだ世界に残る死んだ町の中、頑丈な建物の地下室に身を寄せている三人は、焚火で暖を取り、その中でフィナは斬空の翼を希龍の頼みで――いや、斬空本人の頼みでそれを加工していた。拾ってきた木材に鋭い翼の根本の型を掘り、その木材を二つ用意して左右から翼の根本を挟み、それに布を幾重にも強く巻き付けて固定。完成したそれは刀そのものだった。さらに彼女はそれを収納する、いわゆる即席の鞘も廃材で作り上げていた。

「出来たよ」

 座りながら作業していたフィナはゆっくりと立ち上がると、完成したそれを両手で大事に抱えて部屋の隅に座っている希龍の元に歩み寄る。そして彼女はそっとそれを希龍の目の前に置いた。
 一方の希龍は声を掛けられるまで焚火をじっと眺めていて、やはりまだ斬空の死を悔やんでいるようにも見えた。炎はそよ風に靡く旗のように揺れる。そんな淡く優しい灯火に照らされながら、彼は目の前に置かれた……加工された斬空の翼に目を移す。
 要望通り、それは丁寧に加工されていて、通常のエアームドの翼を掴むのは危険だが、目の前のそれは咥えるなり掴むなりが容易に出来るようになっていた。銀色の鋭翼は炎の赤を反射し、その姿は希龍の瞳にまだ斬空の命は燃え尽きていないと主張するように映った。

(斬空さん……夢は叶えるから)

 置かれた翼をじっと眺めながら、希龍はそう心の内で語り掛けた。しばし加工された刀とも言える翼を眺めていた希龍は一度ゆっくりと目を閉じてから、要望に応えてくれたフィナに視線を向ける。出会ったその時に比べれば大分良くなったが、未だにどこかまだ表情がなく、ただその場に立っているフィナに向かって希龍は少しばかり表情を明るくすると、口を開いた。

「ありがとう」

「……うん」

 翼を加工してくれた希龍は心からフィナに感謝していた。彼は手先が器用な訳でもなく、彼女のように何か物を加工する技術も持っていない。だから、斬空の頼み――翼の一本を形見として持ち歩いてくれと言うそれを実現するには彼女の協力無くしては果たせなかっただろう。
 淡い赤の光に包まれながら、彼は自分の体を横に一周するポーチと一体化した細いベルトを一度外し、そこに斬空の翼が入った鞘を固定すると再びベルト巻き付けた。胸のあたりにポーチ、背中に斬空の翼。亡き者の夢、そして形見である翼を背負う彼は一度大きく息を吸い、深呼吸した彼は焚火を跨いだ向こうに居るロイスに視線を映す。真剣な表情を描いて。

「なぁロイス。一つ聞かせてくれ。一体誰が斬空さんを……」

 俯きながら、何か後悔するように耳を垂らしていたロイスはそっと顔を上げると、灰色の体毛に赤が混ざった顔で希龍を見た。目は炎の赤と相まって赤くて、それは彼が希龍と同様に悲しみで涙を流した事を語っていた。
 まるで揺れる炎に斬空の姿を幻視するように、ロイスは左右に揺らめくそれを見詰めながら口を開き、性格からは想像できない鋭い牙をそこに覗かせる。

「ドクって言うドラピオンと、後はハブネークとザングースの三人組が現れて……それで斬空さんはたった一人で……」

 ドラピオン、ハブネーク、ザングース。並べられた何の繋がりもない三つの種族名。しかし、希龍にとってその三つは繋がっていた。……あいつらだ。彼は直ぐに思い出した。自分達を棲家から追い出した連中。あの時はもっと人数が多かったが、きっと連中に違いない。擦れ違い様に見たドラピオン――ドクの顔を思い出すと、彼の中に憎しみが生まれた。棲家を奪い、斬空までも奪い、奴らは自分の大切なものを奪っていく。例えどんな理由があっても、彼はドク達が許せなかった。湧き上がる怒りと憎しみ。希龍は目を尖らせながら前足に力を込め、一度地面を強く叩いた。

「あいつらか!」

 狭い地下室に鳴り響く音。突然反響したその音に驚いたのか、ロイスもフィナも無言のまま希龍を見詰めていた。叩いた後も前足に力を込め続け、そこにドクの姿を映すように地面を鋭く睨む彼を、フィナは少し心配そうに見る。
 希望に満ち、優しく接してくれたあの時の姿とは、似ても似つかない激しい憎悪に彼は染まっているような……そんな気が彼女はしていた。

「ロイス! あいつらどっちに行ったんだ? 斬空さんの仇を……俺は打つ!」

「え? 町を南の方に……で、でも、あのドラピオン達はお前を狙ってたんだ」

 いつになく耳を垂らしながら、沈んだ表情かつ張りの無い声でロイスは希龍に答えた。

「俺を……狙っていた?」

 唐突にロイスの口から出てきたその言葉に、憎しみに駆られていた希龍は少し驚いたように鋭かった目を見開いた。自分を狙っている。彼自身、それを俄かに信じる事は出来なかった。冷静に考えれば、ドク達の行動は不可解過ぎた。洞窟で出会った時には追い出したのに、今度は狙って追い掛けてくる。それも危険な砂漠を越えてまで。何故自分の身を狙うのか。彼はしばらくその場で考え込んでしまったが、答えに辿り着く事は出来なかった。
 それとは別に、自分が連中のターゲットになっていただけに……斬空が巻き添えを受ける形で命を落としたと考えると、彼は胸の内が痛くなり、背負う翼がぐっと重くなった気がした。

「俺が狙われただけに斬空さんは……」

「…………」

 後悔の塊とも言える彼の発言に、ロイスは俯いたまま何も言わなかった。しばらく沈黙が続き、焚火の爆ぜる軽い音だけが何度も彼等の耳に入っていく。沈黙の中、ロイスはじっと炎を眺めていた。何かを深く考えるかのように。そして、しばらくして彼は顔を上げる。

「き、希龍は悪くねぇって! それにいつまでもくよくよしてたってしょうがねぇ。こういう時だからこそ、明るくなろうぜ!」

 普段の彼にも劣らない明るい声が響き、精一杯の作り笑顔が彼の顔に描かれていた。

「そうだよな……何時までも落ち込んでたら前に進めない」

 何時ものようにテンションを高くし、悲しみが淀む空間を明るくしようとするロイスの言葉に支えられたのだろうか、足を曲げて座っていた希龍は俯きながらもゆっくりと立ち上がる。その姿を後ろから見れば、何時もの希望を抱く彼そのものだった。しかし、正面から彼を見れば、何時もの彼とは決定的に違う物があった……。彼は俯いていた顔を上げると、閉ざした口を再び開く。

「俺は斬空さんを殺したあいつらが憎い。それに、斬空さんの死には俺にも責任がある。俺が狙われたから、俺があの時逸れたから。だから俺は責任をとって……斬空さんの仇を討つんだ!」

 目。それが、斬空が命を落とす前の希龍とは決定的に違っていた。普段の希望に満ちたそれとは違い、そこには復讐の憎悪が宿っており、瞳は復讐に燃え、復讐に焼かれ、夢や希望はまるで焼失してしまったかのようであった。彼は背負う翼の重みを感じながら、それを支える前足に力を込める。師であり、仲間であり、大切な友である斬空を殺したドクを彼は許す事が出来なかったのだ。仇は討つ。まるで断ち切る事の出来ない憎しみの連鎖に巻かれたように、立ち上がった彼の目には……復讐の殺意が深く根を張っていた。
 そして、復讐に染まった希龍の鋭い目付きに……ロイスもフィナも恐怖すら感じて言葉を詰まらせてしまったのだった……。










To be continued...
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[[Reach For The Sky 11 ‐それぞれの想い‐]]
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あとがき
先ず、斬空が好きだった方には申し訳ないです。彼は今回で命を落としてしまいました。しかし、彼は姿を変えてこれからも希龍と共に旅を続けていくでしょう。死んでしまっても退場しない、共に旅を続け、形は違えどこれからも希龍に深く関わっていく……そんな感じに出来たらなぁ(意味不明?)……と、そして斬空の翼をただの形見にならないようにしていけたらなぁ……と個人的に思っておりまして。ですので、これからも回想などで彼は登場し、そして希龍の武器となった彼は共に旅を続け、共に戦っていくと思います。
さて、そんな彼を背負う希龍は復讐に駆られてしまいました。大切な友の死に普段の自分を失ってしまった彼が今後どうなってしまうのか? そして彼と行動を共にするロイスやフィナ。希龍を狙うドク一行の動向など色々とお楽しみ頂ければ嬉しいです。
後、多分お気づきかと思いますが、斬空の翼を刀として利用するアイデアは図鑑の説明文からです(笑)
追記:次回はちょっと訳あってReach For The Skyの更新はお休みさせて頂きます。ご了承ください。

貴重なお時間を割いてまで、お読みくださり誠にありがとうございました。
感想や誤字の指摘などなど、コメントがありましたらお気軽に書き込んでくださると嬉しいです。
#pcomment(Reach For The Sky 10 夕日に昇るのこめんと,10,below)

IP:220.109.28.39 TIME:"2012-01-02 (月) 14:13:02" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=Reach%20For%20The%20Sky%2010%20%E2%80%90%E5%A4%95%E6%97%A5%E3%81%AB%E6%98%87%E3%82%8B%E2%80%90" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/535.7 (KHTML, like Gecko) Chrome/16.0.912.63 Safari/535.7"

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