#include(第九回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle) *注意 [#2mRAvwS] *注意 [#kWW6FAo] ※人やポケモンの残酷な死など、極めて暴力的な描写があります。 普通にR-18Gかも知れませんので、閲覧には充分ご注意ください。 ---- 〝狭谷〟。 現地の言葉で、古くからその名で呼ばれている地域がある。 古来より、現地の言葉でそう呼ばれている地域がある。 東西の空を切り立って連なる断崖に遮られた、山脈を断ち割ったような大峡谷。急角度で結ばれた下方では、激流が飛沫と怒濤を逆巻いて南から北へと駆け下っている。 東側の崖は、山奥の鉱山で採掘された石を運搬する経路が曲がり折れながら刻まれていたが、その道から頑丈な吊り橋一本で繋がっている西側は、険しい山峰と緑豊かな木々に囲まれ、人の進める道のない行き止まりになっていた。 その西側の崖から、煙が上がっている。 森ではない。燃えるものとて見えない、そびえ立つ裸の岩塊を、炎が覆っていた。 「キシャアアアアッ!!」 大気を焦がす音に混じって、断末魔の絶叫が上がる。 岩塊の肌に穿たれた穴から煙に燻されて這い出てきた鈍色の影が、炎に炙られて外殻を赤く溶かし、6本の細い脚を縮めて転がり落ちた。 鉄臭い煙を放つ亡骸が、ポロポロと地面へ落とされる度に、長大な炎の鞭が伸びてそれらを絡め取り、ドロドロに溶かして飲み込んでいく。 「やれ! もっと焼け! ムシケラ共をすべて喰い殺してしまえ!!」 炎の鞭――細長い土色の吻先からしゅるりと伸びた炎の舌で、次々と獲物を喰らうクイタランに、背後に立つ屈強な山男が号令をかける。 クイタランだけではない。すぐ隣では、墨色の甲羅から朦々と黒煙を放つ亀ポケモン、コータスが、トレーナーの支持を受けて岩塊に炎を浴びせかけていた。 と、突然クイタランとコータスの身体がグラリと傾ぐ。 「……!? グギャアアアアッ!?」 穴を掘られて足元を崩され、腹まで地中に埋もれたクイタランとコータスが、血の泡を吐いて絶叫する。 「い、いかん、戻れっ!!」 余裕の消えた表情で、モンスターボールを開いて2頭を収容する山男。残ったふたつの大穴から、地中でクイタランたちの腹を食い破っていた相手が、血塗れの牙を剥いてゾロゾロと姿を現した。 言うまでもなく、岩塊の巣穴の主、アイアントである。 身体と同じ鉄色の触覚を山男に向け、血色の双眸を怒りに燃やして、アイアントの群は山男へとにじり寄る。 「うわあぁぁっ、助けてくれっ!?」 当て所もなく命乞いをしながら、山男は岩塊に背を向けて一目散に走り出す。 森に飛び込み、幹を掻い潜り、下生えを飛び越えて、 その向こうに開けた断崖に、足を踏み出した。 「ぁあ…………っ!?」 奈落の彼方には、岩をも砕く奔流。落ちたが最後、遺骸も拾われまい。 絶望に凍り付いたまま、山男は重い頭を下に反転して、真っ逆様に激流の坩堝へ―― 転落する寸前、足首を何かに捕らえられた。 「っ!?」 突然落下を止められた衝撃に打ちのめされること数瞬、息を整えた山男は恐る恐る足元を見上げる。 濃緑色のマントに身を包んだレンジャー風の若い男が、崖の上に張り出した木に絡めたロープ一本でぶら下がって、山男の足首を掴んでいた。 「大丈夫か?」 「な、んとか……すまない。助かった…………」 逆さ吊りのまま礼を言う山男に、レンジャーはマントと同じ色の中折れ帽子の下から、厳しい眼光を向ける。 「煙を見てここまできた。アイアントの巣を焼いていたのはお前の仕業か?」 「……そうだ」 「何故だ? こんな、精々ソクノの実を採集するぐらいしか人間の立ち寄る用のない僻地にわざわざ乗り込んできてまで、何故現地のポケモンを殺そうとした? 彼らの方からお前たちに危害を加えたとでもいうのか。クイタランなどの餌だとしても、巣ごと焼き殺す必要はあるまい?」 レンジャーの問いかけに、山男は髭だらけの顔を苦々しく歪めて、川の流れ行く先を見つめながら言った。 「道を、開きたかったんだ」 「道?」 「そうだ。川下にある大きな港町まで続く、陸路を切り開きたい。そのために、あの蟻塚が邪魔だったんだ……」 ※ 崖の上まで引き揚げられた山男は、深手を負っていた持ちポケたちの手当をしながら、詳しい事情をレンジャーに打ち明けた。 「俺はここから見て川向こうの東側にある、鉱山村の住人だ。洞窟から採掘した鉱物を、川下の港町に船で輸送して金に換え、村の収入にしていた。だが最近、南の山奥にある〝広谷〟で長雨が続いてな……あそこはこの川の水源なもんで急激に水嵩が増えてよ、俺たちの船も繋いであったのを全部流されちまったんだ。空路じゃ重い鉱石なんていくらも運べない。陸路で運ぼうと思ったら、換金できるような大きな町までは南の雪山を越えて大回りするしかない。道程が遠く険しいと言うだけでなく、噂では山賊まで蔓延ってるらしくてな。とても村の財源を運ぶ道として使うわけには行かん。船を直すにも金がかかるし、このままじゃ蓄えも尽きて、いずれは村が干上がっちまう。吊り橋を越えて西の崖から北に進むことができれば、川港は目と鼻の先だってのによ! だがあんな蟻塚が立ち塞がっている限り、荷車を通せる道なんて作れっこない。だから、アイアントたちには悪いが、壊すしかなかった。俺たちが生き残るためには、奴らに死んでもらうしか、なかったんだ」 そこまで語って、山男は力なく肩を落とした。 「だが、結果はご覧の通り、無惨なまでの返り討ちさ。あいつらに圧倒的有利を取れるはずの炎ポケモンで挑んでこの様では、一体どうすればいいってんだ……」 「事情は理解した」 長い黒髪の上で帽子を整えて、レンジャーは頷いた。 「突然の天災に生活を破壊されたお前たちの困窮は察するに余りある。とは言え、そのために何の関わりもないアイアントたちが犠牲になることも、そんな凄惨な戦いにお前たちのポケモンが傷つくことも見過ごすわけには行かない」 互いの年齢差を考えると不遜とも取れる口調だったが、帽子の鍔から覗く毅然とした眼差しには、文句を抱かせない迫力があった。 威圧感に息を飲んだ後、山男はレンジャーに訪ねる。 「はっ、見過ごせなければどうする気なんだ? 止められるまでもなく、今のまま攻撃を続けたってこっちも消耗するばかりだってのは分かってる。あの蟻塚を攻めるにしろ攻めないにしろ、他の手段があるなら教えてもらいたいところなんだぞ?」 「うむ。ではこの問題、しばらく私に預けてもらおうか」 「何か考えがあるのか?」 「説得する」 事も無げに言い放った言葉に、山男は呆然と眼を瞬かせた。 「説得……? 誰をだよ?」 「無論、アイアントをだ」 「はぁ!?」 間の抜けた絶叫が、谷にこだました。 「な、何を突拍子もない事を言い出すんだ!? 相手はムシケラだぞ!? 説得も何も、話が通じるわけあるかよ!?」 「案ずるな。私はレンジャーだ。自然との対話法は心得ている。言葉など必要ない。巣を移転することで彼らにも特があるのだと伝えてやれば、自ら道を開けてくれることだろう」 「案ずるな。私はレンジャーだ。自然との対話法は心得ている。言葉など必要ない。巣を移転することで彼らにも得があるのだと伝えてやれば、自ら道を開けてくれることだろう」 「ふぅむ、とても信じられん話ではあるが……」 眉に皺を寄せてしばし考え込んでいた山男だったが、やがて小さく肩を竦めた。 「といって、他に手立てがあるわけでもなし、か。それで、首尾良く蟻塚を退かせられたとしたら、見返りにあんたに何を支払えばいい?」 問われたレンジャーは、穏やかな微笑みを浮かべて首を横に振る。 「私の望みは、この地の秩序が保たれることだ。無益な流血が避けられるのであれば、他に何も求めぬよ」 「ほぉ、欲のないことだ。ま、そういう話なら損にはならんな。命を救われた上にタダ働きさせてしまうみたいで悪いが、こうなればあんたに任せるしかない。よろしく頼むぜ」 納得した山男に濃緑の帽子は無言で頷き、鬱蒼と茂る森の闇にその姿を溶かして消えていった。 ※ 底知れぬ暗闇の奥深く、爛々と立ち並ぶ紅い眼差しの列が、緑の男を取り囲む。 鋼の顎を軋ませるギリギリという金属音で、辺りの木々を震わせて。 大気に立ち込め、荒れ狂う感情は一葉の怒り、憎しみ、憤り。 勝手にやってきて住処に炎をかけ、兄弟たちを焼き殺した者たちの都合を聞け、などと、余りにも虫が良い話であるのだろう。 だが、その憎悪の渦を、剣の如き烈光が切り裂いた。 いかなる攻撃的威力も伴わぬ、ただのひと睨み。たったそれだけで、牙鳴りの音は静まり、紅の瞳は黄昏の穏やかさに染まる。 整然と退いた紅い光点たちの間を割って、深緑の、レンジャーが身にまとうのと似た色の双眸が進み出る。 木々の間から差し込む星明かりを照り返した体色は、目映く突き刺す銀。 銀殻緑眼の美しいアイアントは、群の&ruby(はは){女王};であると誰の目にも明らかな凛とした足取りでレンジャーの前に立ち、恭しくかしずいたのだった。 ※ 「こ、これは……!?」 「マジかよ……何が起こってるんだ!?」 「地面が、地面が動いている!?」 夜が明けて、吊り橋を渡って西の崖にきた山男とその仲間たちは、揃って驚愕の光景を目にすることとなった。 崖の上を覆っていた蟻塚が、アイアントたち自身の牙によって切り崩され、左右へと寄り分けられていたのだ。 無数の鉄色をした虫が、自分より数倍大きい土壁の破片を加えて運んでいく作業はいまだ続行中で、遠目に見れば男たちのひとりが言った通り、大地がひとりでに裂けていっているようにしか思えなかったであろう。 現場の入り口まで足を向けると、緑のマントと帽子姿が小さく手を振っているのを見つけ。山男は歓喜に満ちた声をかけた。 「イヤッホゥ! やってくれたな! まさか本当に説得してくれたってのかよ!? 一体どんな魔法を使いやがったんだ!?」 「ふふ、我々レンジャーの秘伝の技だ。残念だが教えるわけにはいかんよ」 「しかしこの蟻塚、大きいとは知っていたがここまでとはなぁ……まだ全然向こうが見えないぞ!?」 「面積だけでなく地下までずっとアイアントの巣だから、最終的には蟻塚で作られた谷の中に道を通してもらう形になる。彼らも総掛かりで進めてくれているから、日暮れ頃には開通するだろう」 「そうか。今日中にもできるんだな。俺たちだけだったら、仮にアイアントたちを駆逐できていたとしても、その後蟻塚を壊して道を造るのにどれだけかかったことか……」 感慨深げに呟き、山男はレンジャーに深々と頭を下げる。 「ありがとう。命を救ってもらった上、これだけのことをしてくれるなんて。あんたのおかげで村は救われる」 「礼ならば、私よりもアイアントたちに言ってやってくれ」 爽やかな風のように、レンジャーは微笑む。 「彼らの方から道を譲ってくれたのだ。この道を通るときは、アイアントたちの領域に無闇に立ち入らぬように。それが彼らとの約束だからな」 「あぁ、無論だとも。元より崖さえ通れるのなら狩り殺す必要もない。仲良くやって行くぜ」 頷いた山男の背後で、彼の仲間たちも口々に同意の歓声を上げた。 ※ やがて、夕映えが西空を染め上げる頃。 「おぉぉ、見ろ、あの光を……!!」 「あぁ、間違いない、あれは……!!」 北方に切り開かれた谷道を下った彼方で、夕映えよりも鮮やかな桜色の輝きが燃えている。 「川港だ……川港の日時計の光だ。遂に道が通ったんだ!」 「やった、やったぞ! これで家族を飢えさせずに済む!!」 狭い谷間に、山男たちの歓喜が響き渡る。 抱き合って喜びを分かち合う人々を満足そうに眺めたレンジャーは、緑のマントを翻してどこへともなく立ち去ろうとした。が、 「あ、おい、ちょっと待ってくれよ!?」 振り向いた山男のリーダーが、それを見つけて呼び止める。 「水臭いぞ、黙っていなくなろうだなんてよ」 「礼など皆の笑顔で充分。私はまた、この地の秩序を見回らねばならぬ故」 「いや、実はもうひとつだけ、あんたに頼みたいことがあるんだ。世話になってばっかで申し訳ないが、そんなに手間は取らせないからよ」 「…………」 しばらく考え込んでいたレンジャーだったが、やがて小さく肩を竦めると、山男の方に向き直った。 「……取り敢えず、話を聞こう」 ※ 「川が増水したときにな、船を守ろうとして、流されちまった仲間がいたんだ」 茜も薄らぎ行く黄昏の中、レンジャーと共に吊り橋の袂まで戻ってきた山男は、轟々と荒れ狂う急流を眼下に見下ろしながら語った。 「奴が安心して成仏できるよう、村を救ってくれたあんた自身から、祈りを捧げてやって欲しいんだよ。いくら礼はアイアントにしてやってくれって言われても、こればっかはポケモンには頼めんだろ?」 「なるほど、そういうことなら是非もない。謹んで冥福を祈らせてもらう」 崖際に一歩踏み出し、跪いて手を合わせたレンジャーは、帽子の下で静かに瞳を閉じる。 丸めた濃緑の背中を、鋭い衝撃が貫いた。 「――ガッ!?」 完璧な不意打ち。突き飛ばされたマントが断崖の虚空に翻る。 咄嗟に驚異的な体裁きで身を捻り、岩壁を掴んで取り付いたレンジャーは、驚愕の表情を崖の上に向けた。 血に染まる朱色の爪を振りかざしたクイタラン。その後ろから、髭面にニヤツいた笑みを浮かべた山男が覗き込んでいる。 「な、ぜ……っ!?」 「殺れ」 問いには応えず、山男は冷徹な命令を下す。 ボウゥ……ッと灼熱の舌が真っ赤に伸びて、緑のマントを炙り舐めた。 「――――っ!?」 悲鳴すら焼き尽くされた。庇うように顔を覆った腕が崖から離れ、火達磨になった身体が煙の緒を引いて転げ落ち、濁流に小さな泡を混じらせて消える。 主を失った中折れ帽子が、風に乗って谷の空を舞い、どこかに飛んで見えなくなった。 「悪いな。恩を仇で返しちまってよ。俺たちの顔を見ちまった余所者のあんたを、生かしておくわけには行かなかったんだ」 言い訳めいた呟きを崖下に吐き捨てた山男は、懐から取り出した布切れを顔に被る。 眼を残して顔全体を隠した覆面姿となって、山男は背後に待っていた仲間たちに呼び掛けた。 「よぉし野郎共、仕事を始めるぞ! 今宵の現場はあの川港そのものだ! デカいヤマになるぜぇぇっ!!」 男たちの獰猛な雄叫びが、日の落ちた夜空に轟いた。 ※ ――水害により船足を失い、山男の村の生計が成り立たなくなったこと。そのため西の崖に道を開いて、川港への陸路を築こうとしていたこと。 山男がレンジャーに語った内、そこまでは正真正銘、嘘偽りなき事実であった。 偽っていたのは、村の生業。東の山中に鉱山村が多いのは事実だが、彼らの仕事場は坑道ではなかったのである。 河川を行き交う船を遅い、積み荷や金品、時には乗客をも略奪する川盗賊――言うなれば〝川賊〟。それが彼らの正体だったのだ。 船足を失った痛手という意味では、彼らの受けた被害は鉱山村以上に深刻だったことであろう。何しろ、商売どころか仕事そのものができなくなってしまったのだから。山賊に鞍替えしようにも、南の雪山を巡る山道は既に他の山賊たちの縄張り。手を出せば確実に抗争になり、地の利のある相手に勝ち目は絶望的だ。 ならば手付かずの新たな狩り場を作ればいい――そう考えて彼らは、川港への陸路を築こうとしていたのであった。 「山からの攻撃に警戒していない今夜こそ、一回こっきりの大狩りのチャンスだ。もうこの先仕事をしなくても遊んで暮らせるぐらい、何もかもすべて奪い尽くすぞ!!」 「金品だけじゃない。漕ぎ手にする男奴隷も、ガキを産ませる女奴隷も掴み取り放題だ! 役に立たない年寄りとガキは皆殺しにしちまえ!!」 「そうだ、あの日時計もぶっ壊して売り飛ばしちまおうか?」 「いいねぇ! どうせ俺たちには無用のもんだ。あれは珍しい宝石か何かで出来てるって話だからな、欠片だけでも相当な値打ちになるだろうよ!!」 欲望に煮え滾る下卑た笑いが、開かれた谷道を下っていく。 水害により生じた飢えが、彼らを刹那主義に狂わせていた。仕事の対象である町に再起不能な規模の被害を与える弊害について、考えることすら放棄していたのである。 盗賊として最低限の道理すら踏み外した、災厄そのものの存在。レンジャーが彼らの真実を知ったなら確実に、止めるための行動を取っていたであろう。口封じしたことは、彼らの狭い道理からすれば正解だったとも言える。 成功したかどうかは、ともかくとして。 「ん……何だ?」 星空を写し取ったように地上に輝く町明かりを目指していた盗賊たちの行く手を、紅い小さな光点の群が遮っていた。 闇に目を凝らせば、それは鉄色の身体を持つ虫ポケモンたちの双眼。鋼の牙を擦り合わせた威嚇音が耳障りに響く。 「お前らかよ。どうした? 敵意剥き出しじゃないか。レンジャーの仇討ちのつもりかい?」 山男の風貌を覆面で隠した盗賊のリーダーは、余裕の笑みを布地の下に浮かべる。 「あいつと約束したのは、お前らの領域にこっちから立ち入らないこと、だ。お前らの方から俺たちを襲うってんなら容赦する理由は何もない。ご苦労なことにお前らが道を広げてくれたおかげで、こっちは戦力を展開し放題だ。これまでのように行くと思うなよ、ムシケラ共!!」 リーダーがさっと手で合図をすると、手下たちは一斉に手持ちのクイタランを繰り出した。 「強行突破するぞ! クイタラン共、行き掛けの駄賃だ。アイアントを灼いて喰いまくって腹の足しにしろ!!」 命令を受けたクイタランたちが、喜々とばかりに尻尾から噴煙を吹き上げ、炎の舌を紅の光点に伸ばす。 鉄色の身体が一瞬照らし出され、すぐに紅蓮の炎に飲み込まれて見えなくなった。 「……!?」 だが。 灼熱の舌で舐められたはずのアイアントたちは、何故か誰一匹として焼け死ぬことも溶け崩れることもなく、炎を乗り越えて盗賊たちに向かってくる。 「な、何をやっている!? ちゃんと喰い殺せ! 大好物だろうが!?」 言われるまでもなく、クイタランたちは舌を炎の鞭として叩きつけ、アイアントを焼き潰そうと試みた。 けれど、本来ならば即死するはずの炎による攻撃を、アイアントたちはまるで柳の枝で叩かれたのであるかの如くにものともせず受け止め、弾き返している。 間近に迫ったアイアントが、頭を硬く尖らせて突撃を開始した。 「こ、コータス! 前に出てアイアンヘッドを受け止めろ!!」 異様な事態に気圧されてリーダーは叫んだ。 鋼技での攻撃など、クイタランでも余裕で受け止めきれるはずではあったが、全力で防がなければいけないような予感に駆られたのだ。 墨色の甲羅が、鋼の頭突きを正面から受け止めて、 「何……っ!?」 そして、ガラスが割られるより脆く、木っ端微塵に粉砕される。 いとも容易くコータスの壁を突破したアイアントたちは、続いて炎の鞭を振り回して身を守ろうとしていたクイタランたちに飛びかかり、虫食いの牙を細い首筋に突き立てる。 モモンの実の皮でも破るかのように、クイタランの喉笛は切り裂かれた。沸騰した体液を浴びても、アイアントは平然と立っていた。 「そっ……そんな、バカな!?」 見る見る内に手持ちを倒され、盗賊たちは恐怖に恐れおののく。 「鋼虫のアイアントに炎がまるで利かず、逆に虫や鋼の攻撃が炎に易々と通るなんて……!? どうしてこうなるんだ!? 事象が逆転しているとでも言うのかよ!?」 リーダーが虚空に問うても応える者などいるはずもなく、遂にアイアントたちは盗賊たち自身に襲いかかった。 引き倒された盗賊に、鋼の脚が群がる。牙が皮膚を食い破り、断末魔の悲鳴があちこちで上がり出す。 「何でだ!? 何でお前ら、ムシケラの分際で人間様を殺すんだよ!? これも事象の逆転だってことなのか!? ひぃぃぃっ!? 来るな、来るなぁ~っ!?」 手下たちが殺されていく中、リーダーは錯乱した声を上げて逃げまどう。 けれどこの場所は周囲すべてがアイアントの蟻塚。完全に包囲され、それこそ蟻の這い出る隙間もあるはずがない。 追い詰められ、倒れ伏したリーダーの身体によじ登ったのは、銀殻緑眼の女王アイアント。 深い緑色の双眸に、殺した男の面影が見えた。 「す、済まなかった! 騙して殺して悪かった! だから頼む、恨まないでくれ、殺さないでくれぇぇぇぇ~っ!!」 「す、済まなかった! 騙して殺して悪かった……謝る! だから頼む、恨まないでくれ、殺さないでくれぇぇぇぇ~っ!!」 虫が良いにも程がある命乞いを、銀色の牙が断ち切った。 ※ 阿鼻叫喚の地獄絵図となった殺戮の谷間を、冷たく見下ろす視線がある。 蟻塚の上に立つ、濃緑のマントと帽子。 紛れもなくそれは、先刻濁流に消えたはずのレンジャーの姿であった。 やがて谷底にアイアント以外の動く者が何もなくなった頃、一帯の事象を逆転させていた力場のオーラが消え失せる。 同時に、濃緑の男の姿も、ポロポロと崩れて行く。 ごく小さな、半透明の緑色をした、細胞の粒となって。 それらは蟻塚の上に落ちると染み通るように消えて、地面の奥深くへと去って行ったのだった。 ※ その後。 アイアントにより開かれた道は、実際に水害で悩んでいた鉱山村の人たちや行商人が行き交う街道となり、周囲の町村を活性化させた。 結果的に、盗賊たちの野望が多くの人たちを救ったことになる。めでたしめでたし。 だが、それから長い年月がたった今もなお、アイアントたちの人間に対する警戒の眼が緩むことはない。 人間たちが争乱を引き起こそうとする度、アイアントは蟻塚の上の道に穴を開けて切り崩し、人間の往来を塞ぐのだ。争いの火種を、そこで食い止めるために。 そんな時、周囲の町村――川港ヒャッコクシティや鉱山村レンリタウンの人々は、昔語りに習ってアイアントたちを止めることはせず、まず人間の争乱を鎮めるために総力を尽くし、アイアントの怒りが収まるのを待ってから、改めて道を作り直すのであった。 これが&ruby(エトロワ・バレ){狭谷};通り――後の区画再編で、カロス地方&ruby(R-18){18番道路};と呼ばれるようになった道にまつわる、古き物語である。 ※完※ [[緑づくめの人>狸吉]]の[[第九回仮面小説大会>第九回仮面小説大会のお知らせ]]非官能部門参加作品 『カラタチ島の恋のうた・暁光編』※R-18・完※ ---- *ノベルチェッカー結果 [#fO4KzVl] 【原稿用紙(20×20行)】 28.8(枚) 【総文字数】 8872(字) 【行数】 234(行) 【台詞:地の文】 38:61(%)|3397:5475(字) 【漢字:かな:カナ:他】 36:52:6:4(%)|3270:4682:537:383(字) ---- *あとがき [#nPBlkZA] タイトルの駄洒落がほぼすべてのネタ話でした、しょうもなさすぎてすみません。 しかも思いついた時点では、[[大会時の見出し>第九回仮面小説大会非官能部門エントリーページ]]のようなナンセンスギャグになる[[予定>カラタチトリックルーム暁光編短編#xMvibQp]]だったり。さすがにいくら何でも酷すぎたので、ふざけるのも大真面目に描いたのが本作となりました。 『18番道路』はカントーやイッシュにもありますが、カロス18番道路はイベントや施設、地形や地名などネタが多かったためここが舞台となりました。『狭谷』はエトロワ・バレの直訳。『広谷』は19番道路ラルジュ・バレ通りの訳です。 レンジャーの正体は言うまでもなくジガルデ様。本来制圧するはずのゼルネアス&イベルタルに相性が悪いことを考えると、案外サカサさんとジガルデには本当に関係があったりするのかもしれませんねw ---- *投票時に頂いたコメントへのレス [#SA0uxWz] >>2017/07/02(日) 22:40さん >>キャプションからは想像もできないシリアスなお話でしたが、ゲームにおけるそのあたりの地理や、出現するポケモン、そしてそこに住まう伝説のあの方も含めて、上手く落とし込んだ二次創作らしい二次創作だと思います。 マップデータと格闘しながらの執筆でした。評価頂き嬉しいです。 >>こういった伝承系のお話は大好きなので、他にも読んでみたい気分です。 ヒャッコクシティのモデルはフランスのストラスブールで、ライン川を運河とする商船の川港です。実際、貨物狙いの川海賊も横行していたそうで、こういったモデルの史実から物語を考えるのも楽しいものです。投票ありがとうございました! >>2017/07/04(火) 02:15さん >>なるほどROUTE-18。読み返してみれば廃炭鉱や飛び出してくるアイアント、さかさバトルなどカロス18番道のすべてが詰まった作品です。 フレア団活動時にアイアントが18番道路を穴だらけにして道を塞いでいたことも含め、カロスR-18は実にネタの宝庫でしたw >>山男やレンジャーのイメージが2転3転して、この短い文章の中に不足することなくまとめ上げたなぁ、と感心するばかり。予想外な展開の連続とすっと心に落ちる終わり方は「まさに素敵な短編を読めたなぁ」と吐息してしまうほどでした。 ジガルデ様に怒られぬようw、頑張って仕上げました。ご評価ありがとうございます! >>2017/07/04(火) 20:17さん >>いやーーー、 >>釣られて良かった。 毎度毎度の釣りネタですみませんw 楽しんでいただきありがとうございました! コメント返しが遅れておりすみません。今後も楽しい作品を考えていきますのでご期待ください!! ---- *コメント帳 [#cbJ3z4v] ・智喜「[[R-117>デコボコ山道の眠れぬ一夜]]か……本当にとんでもないモノを見ちゃってたんだなぁ」 #pcomment(エトロワ・バレ通り伝言板); ---- [[歪んでいます……おかしい……何かが……物語のっ……>カラタチトリックルーム暁光編短編#7kTzs6j]]