十二章目、微妙な区切りです。 駄文注意、ではでは。 [[春風]] [[Memory Lost existence]]に戻る ---- 巨大な山々が連なる、この大陸最大の山脈地帯、本来ごつごつした地形であるはずのこの地域に、明らかに不自然な平地がある。 それは、自然にできた物ではない、人間が大きな機械を使用して、一晩で山々の一部を切りぬいて出来た場所であり、まぎれもない人工物であった……。 &size(20){&color(Red){Lost existence 第十二章 楽園ではないけれど};}; &size(30){&color(Red){Lost existence 第十二章 楽園ではないけれど};}; 元々ここに住んでいたポケモンたちは、ほとんど殺されていた、住居を構え住んでいた者も、野山で文明のない生活を営んでいた者も、分け隔てなく、巨大な機械に踏みつぶされ、殺されていた、中には人間自らが遊び感覚で、逃げる彼らを狙撃し殺したりもしていた。 この行為を行ったのは普通の伐採業者の職員ではない、仮に作業を行ったのが彼らであったなら、機械に踏みつぶされるなどの事故を除いて、ポケモンの殺傷は起きなかっただろう、だが今回作業を行ったのは、軍隊だった、ほとんどが殺人の為の訓練を受けた彼らにとって見れば、伐採の際に出てくるポケモンなど、射的の的にすぎなかったのだ。 しかし、軍人の全員が全員、このような行為を楽しんで行った訳ではない、中には殺すことをためらった者もいるだろう、しかし、そのように思う者達もしぶしぶ殺害を行うしかなかった、なぜならこのような殺人ゲームは、軍の上層部からの命令でもあったからだ。 実は、この平地に建設が予定されているものは、政府が機密に行っている、とあるプロジェクトにかかわる基地であったのだ、そのため政府にとってみればこのことは水面下で行いたい、そのため、元々ここに住んでいたポケモンたちを皆殺しにするという結論にたどり着いたのだ。 上層部の命令とあれば、兵士も断れない、彼らは近辺の山々へ続く道を封鎖し、知能の高いポケモンを殺害していったのだ、元々ここには高等なポケモンたちの数は少なく、彼らを全滅へと追いやるのはたやすく、計画はほとんど成功に近かった、完璧ではないのは、この修羅場を乗り越えた者が、数頭ほど存在するからだ。 そして、この惨劇を人事のように、余裕を持って覗き見ていた者もいたのだった。 「あの時は、俺も死んだかと思ったがな…」 切り抜かれた土地ぎりぎりの場所にある、巨大な樹木の枝の上で、長身の竜が腰かけて、せわしなく動く人間を見下ろしていた。 「…セレナめ、変な薬を使いやがって……、娘を連れて逃げるのは、俺の役目だって言うのによ」 不機嫌そうに下界を見下ろしながら、独り言を呟く男は、鋭い切っ先の槍を鉤爪で器用に弄ぶガブリアス、リュードだった。 「それにしてもあいつ、神官とわかってあの薬を使った訳だな、娘を何に使うつもりだ? ……まああいつのことだ、娘を殺しはしないだろう、今回もあそこで刃を振るわず、幻覚で済ませた、…全く、あいつらしいな、おかげで俺の目もごまかしやがって」 リュードは一通り独り言をつぶやき終えると、手に持っていた槍を木の枝に突きたてた、この行為は彼がよく行う、癖みたいなものである。 「……それにしても、あいつら何作るんだ? ここまで木を切り倒し、自然の摂理に逆らったんだ、きっと大層なものでも出来るだろうな、……娘さえ手に入れば、すぐに壊れてなくなるのも知らずに、いい仕事してやがるぜ、人間どもは」 眼下で忙しく動きまわる人間たちを見つめながら、リュードは突き刺さった槍を引き抜いた、その拍子に木の枝が折れて、作業中の人間の頭上に落ちた。 「気がつかれたかな……、ずらかるか」 リュードは槍を器用に持ち、そのまま背中に持っていき、背びれのような部分に引っかける。 そして彼は普段腕代わりにしている両翼を広げ、飛行体制を取って飛び立とうとする。 しかし、彼は少し飛ぶのをためらった、あることに気がついたからだ。 「…待てよ、あのデブが行ってた38号って、セレナじゃなくて、俺じゃないか……」 リュードは身体をひねり、進行方向を変えて、木から飛び立った。 「…あいつの間違いだろうが、ここまで名が売れているとは驚きだ、調べてみるか」 そう言うと、彼は空高く飛び上がり、セレナが向かった先とは真逆の方へ飛んで行った。 ……足元に、一陣の風を残して…。 ---- 「……それで、あいつは今どこにいるんだ?」 俺は水面に顔を向けているセレナに、ミナモの場所を問いただす。 セレナに連れられてきた湖のほとりで、負傷した俺は治療を受けた、それならばミナモもこの近くにいるだろう。 一刻も早く彼女に会って、、セレナが教えてくれた吉報を話したい、エデンでは無かったが、ミナモが安全に暮らせる場所が見つかった、これは是非早く伝えたかった。 「…そう大声を出すな、焦ってもことは進まないぞ、それに大声を上げるのはいかなる場所でも原則禁止だ、人間に知られやすくなる、ここは比較的安全だが、あの薬ももう無いし…」 「薬って、何だ?」 俺は俺はセレナの言った薬がどんなものなのか気になって、彼に尋ねた。 「薬? ああ、幻覚剤のことか」 「……げんかくざい?」 「人に幻覚を見せる薬で、粉塵のような粉薬だ、風に乗せて人に吸わせることで、様々な幻覚を引き起こす、…独学で作った物だから、正式名称はない」 「…え? と言うことは、つまり……」 …あの時セレナが行った殺人は、全部幻覚だったのか……。 「察している通り、お前たちが人間に取り囲まれている時に使ったものだ、見る幻覚は人それぞれ違うが、悪夢のようなものというのは一致している、…薬と言っても、幻覚作用のある植物を粉末状にしているだけの代物だ、俺は頭の角を振いたくはないからな、これで身を守らなくてはならないが、素材が手に入りにくいし、製法も難しい、ただ粉にするわけでもないからな……」 「………」 セレナの話はどんどん分かりにくい、専門的な物になって行った、俺は半分以上聞き流したが、彼が殺人犯ではなく、本当に医者だと言うことを確認できて、かなり安心した。 「それで、あいつは実際、どこにいるんだ?」 セレナの長ったらしい話の間をついて、俺は一番聞きたいことを再び尋ねる。 「……ああ、そうだったな」 セレナは話を取りやめ、少し顔を上に傾ける。 「一応近くにいるが、まだ目は覚めてない、すぐに目を覚ますと思うが、長期間眠り続けるかもしれない……。」 「…そうか」 詳し位置は聞き出せなかったが、一応詳しい様態を聞くことが出来た、少なくともあいつなら目ぐらい覚ましていそうだったが、俺の妄想だったようだ。 「お前が歩けるようになったら、そこに連れて行ってやるよ、お前が近くにいたほうが、治りが速い気がするしな」 ……セレナは約束してくれたが、折角晴れた気分が、少し曇ってしまった。 「…えっと、そうだ、大切な事忘れていた」 曇った気分を晴らすため、別のことを考えようとしていた俺は、忘れていたことを思い出した。 「セレナ、この近くで雌のザングースを見なかったか? 死体でも構わない」 パームのことだ、ミナモのことに気を取られていたとはいえ、あんなに世話になった彼女を忘れてしまうとは不覚だった、彼女が負傷してからその場に置いてきてしまったが、生きているのだろうか。 「ふぅん、ザングースね、連れか?」 「…いや、違う、最近で知り合ったんだ」 「違うのか……。」 セレナはさほど興味がないのか、大きなあくびを一つして答える。 「ザングースだろ? 何匹か死体は見た、だけどあそこは元々ザングース達の生息地帯だから、珍しいことではない、個人の特定は多分できないよ」 「…そうか、知らないのか」 いや、知ってても、今さら合わす顔はないだろう、結局エルとははぐれてしまい、彼女との約束は守れなかったのだから。 そう思いながら、俺は空を見上げ、ゆっくりと深呼吸する。 「俺は娘のほうの治療をしに行く、その様子だとお前は大丈夫なようだな、娘の具合によっては夜に会わせてやろう」 そう言うとセレナは後ろを向いて、湖とは反対の方に歩きだしていった。 「少し休むか…」 呟いてから、俺は目を閉じ、何も考えないように意識をぼんやりとさせる。 そして俺はそのまま、再び眠りに落ちて行った。 ---- 「…もうこんな時間か」 湖から少し離れた小高い丘で、セレナはミナモの包帯を変えながら呟く。 辺りは暗くなっており、湖の水面には月が映っている。 「明日の朝、二人を会わせてやろう、一人はまだ意識を取り戻していないがな」 体中に包帯が巻かれ、意識を失っているミナモを見ながら、セレナは医療道具を片づける。 「そろそろ、俺も一息つくかな」 セレナは片づけた医療道具を一つの箱に全て入れ、箱に蓋をする、箱は人間が捨てた物で、セレナが救急箱として利用しているものである。 そのまま彼は前足で箱の外側に付けた紐を掴む、物を掴むには不便そうなアブソルの前足にもかかわらず、彼は器用に紐を自分の首にかけると、湖のほうに向かって歩き出す。 しかし、丘を下った辺りまで進んだところで彼は足を止める、彼の目に不可解な物が映ったからだ。 湖の水面に浮かぶ、炎、鬼火と言うべきそれは、青白い光を放っていた。 「……あの少年か? いや、場所が違う、まさかあいつじゃ……」 セレナは一瞬戸惑った、青白い炎が人魂などの霊魂の類だと思っての行動ではない、炎の正体を知った上での行動だった。 その正体は、彼にとって懐かしくもあり、また一番危惧するものでもあった、何故ならそれは昔彼と同じ時間を、共に過ごしたことのある者で、同時に神官を狙う立場の者であったからだ。 「……娘を隠そうか…、いや、時間がない!!」 鬼火は少しずつ彼にむかって近づいてきていた、セレナとしてはミナモを連れて逃げたい思いだったが、別の場所で眠っているもう一人の患者のことを考えると、とても出来るものではない。 「…仕方ない、俺一人で追い返すか」 セレナは意を決して、鬼火に向かって歩き出した。 鬼火はゆらゆらと大きく揺れている、誰もが不気味だと思うであろう動きだったが、セレナの目にはその鬼火の動きはまるで、懐かしい何かを見つけた時の少女のように映り、不気味というよりも切なさを彼に思わせる。 そして、セレナとの距離があと数十メートルというほど近づいた時、鬼火は幻のように、ぱっと書き消えた。 「……!?」 予想外の出来事に驚くセレナ、そんな彼の後ろに、誰かが抱きついてきた。 「……ねぇ、セレナ、セレナでしょ?」 ふにっとした柔らかい感触と、鈴の音のような美しい声が、セレナの体中の伝わる、懐かしい者の声を聞いた彼は、迷わず後ろを振り向いた。 「…お前か。」 セレナの目に飛び込んできた者は、九本の美しい尾と黄金の体毛を持つ、雌のキュウコンだった。 「……覚えているよね、前に会った時はロコンだったから、かわっちゃったよね?」 彼女は無邪気にセレナの背中に前足をかけて抱きつく、かなり子供っぽい性格のようだが、それとは対照的に彼女の体はかなり大人びている、無駄のない肉つきにくびれのあるボディ、胸も大きく、美しい顔立ちもしている、そんな彼女に抱きつかれて、癖のある雌特有の匂いをかがされたら、どんな雄もすぐさま反応するだろう。 しかしセレナは、無表情のまま彼女の前足を払いのけ、冷たく言い放った。 「……ああ、覚えているさ、お前が下らない狂言で楽団を作り上げたのも、全部覚えている」 「んもぅ、まだ怒ってるの? 三年ぶりの再会だって言うのに…、つれないわね」 そう言って彼女は頬を膨らませると、セレナの体に自分の体を押し付けるような形でくっつけた、まるで離れて暮らしていた恋人の再会の時にするように。 「ずっとあなたを探してたのよ、同じ境遇同士、これからは一緒にいないと意味無いわ」 ほほ笑みながら、彼女はゆっくりとセレナの頬を撫でる。 「別に、離れていても意味はある、むしろ近づいているほど、意味は無い、お前と俺の価値観は違いすぎる」 セレナは彼女の腕を再び払うと、思い切り彼女を突き飛ばした。 「ほおっておけ!! 俺はお前たちのような殺人狂にはならんぞ!!」 地面にたたきつけられた彼女に向かって、セレナは大声で怒鳴りつけた。 「……ふぅん、セレナも変わっちゃったんだ」 倒れこんだ姿勢のまま、彼女は物悲しそうに呟いた。 「それじゃ、私と一戦交えてみる? 敵なんでしょ」 「…ああ、それもいいかもしれないな」 彼女の申し出に、セレナが答えたとたん、地面に倒れている彼女の体が燃え上がる。 「……え?」 あっけに取られながら、燃え上がる彼女を見つめていたセレナの背中に、再び柔らかい感触が走る、恐る恐る後ろを振り向くと、再び彼女に抱きつかれていた。 「……幻覚を使えるのはあなただけじゃない、それもあなたの薬みたいなまやかしなんかじゃなくて、本物のを…」 相変わらず無邪気な笑みを浮かべながら、彼女はセレナの毛並みに顔をうずめる。 「安心して、私はあなたに危害を加えるつもりはない、私はただ、女の子を探しに来ただけ、グレイシアの女の子よ、知らない?」 (感づかれたか……) 彼女の言葉に衝撃を受けるも、セレナは平然を装いながら話す。 「知るか、俺に聞いても意味ないだろ」 「…そう、あなたならそう言うと思った」 セレナの言葉を聞くなり、彼女は彼の体から離れる。 「じゃあ、私にはここにいる意味はないようね、久しぶりにあなたともっと話をしておきたかったけど、そうもいかないみたいだしね」 彼女は後ろを向くと、前に少しだけ進み、セレナの方に振り向く。 「そうだ、私も自分に名前を付けてみたんだ、あなたのように」 「……そうか。」 さほど興味ないようなそぶりをして、後ろを向くセレナ、無関心のようにふるまう彼だが、実際は彼女に娘の存在を隠すことで、頭がいっぱいだった。 「…私の名前は、ミューズ、昔は名前なんて無くてもいいって思っていたけれど、やっぱり無いと不便だったからつけたの、いい名前でしょ?」 後ろ向きのセレナに向かって、彼女はにこりと笑いかける。 「……ああ、悪くはないんじゃないかな」 後ろを向きながらも、セレナは彼女の名前を褒める、それを見たミューズは艶やかな金毛の尻尾を揺らす、自分の言葉に反応を示してくれて嬉しいのだろう。 「じゃあ、私は帰るね、…それと、いつでも私の所に来ていいよ、私にとってあなたはとても大事だから…」 セレナは何も言わなかった、ただ座っている姿勢で後ろを向き、ミューズの気配が消えるまで黙っていた。 (俺だって、あいつにあんな態度取りたくはなかった、だけど無関係の娘を、あいつの狂言に巻き込みたくないんだよな……) ミューズが湖から去って言った後も、セレナはずっと黙っていた、自分達の運命を変えてしまった出来事を思い出しながら。 「……考えれば、あいつら二人も俺達と似ているのかもな」 湖に映った月を見つめながら、セレナは独り言を漏らす。 「あいつらの旅に、俺も協力してやろう……」 おそらくはここにはもう敵は来ないだろう、そう判断して、セレナは体を草の上に下ろし、眠りに就こうと目を瞑った。 ---- 「……ん、ああ…」 朝日が目に差し込み、俺は目を覚ます。 辺りは昨日と同じ風景、俺のそばにはミナモもセレナも、いなかった。 「…ミナモ、どうしているだろう……。」 彼女のことがどうしても気にかかる、彼女のもとに行って具合を確かめたい、そのためには歩かなければ。 「立とう。」 俺は目をこすると、腕に力を入れて上体を起こす、痛みはなかった。 大丈夫そうだと思って今度は足に力を入れる、すると両足に激しい感覚が走る。 「ぐあああっ!!」 思わず痛みで声が漏れる、まるで雷に打たれたような感じの痛みがして、思わず足に掛かる力を緩める。 しかし、セレナは数日で歩けるようになると言っていた、頑張れば立てるだろう。 「…ぐう……ふん!!」 俺は痛みをこらえながら、再び足に力を入れた。 「……うああっ…つぅ…」 激痛が体を襲うも、歯を食いしばり我慢して、どうにか俺は立ち上がることが出来た。 そのまま俺は体勢を崩さないように、前足に力を入れて一歩前に踏み出す、続いて後ろ足を動かそうとするも、痛くてなかなか前に動けない、これでは二足歩行は完全に無理だ。 「…うう、くっ…」 うめき声を上げながら、俺はよろよろと数歩前に進むも、痛みに負けて地面に倒れこんでしまう。 「…うう、まだ無理なのか、…少し休もう」 俺はひとまず歩くのを諦め、そのまま地面に突っ伏して、うつ伏せのままじっとすることにした。 「うう……痛いし歩けないし、散々だなぁ…」 不満を漏らしながら、俺は湖を横目で見る、その湖は日光に照らされて、きらきらと水面が輝き、綺麗だった。 昔は、生きることで精一杯で、自然とか何かを綺麗だと思ったことは全くなかった、確かに今でも生き延びる事は容易ではないが、このような良い変化みたいなものが増えたのは確かだ。 そして、よく考えると、こんなに環境を変えてくれたのは、ミナモのおかげだ、彼女に連れられてからの生活は、正直楽しかった、もしあの時にミナモと出会っていなかったら……考えるのもいやだ。 …頑張らなくては、俺を救ってくれたあいつに、少しでも恩返しをしたい。 「……うう、動けぇ…」 よろめきながらも、もう一度立ち上がると、俺は痛い足を引きずりながら歩きだそうとする、しかし痛みの方が強く上手くいかない、諦めずにもう一度後ろ足を前に出そうとしたとき、俺は後ろから声をかけられた。 「そんなに動きたいのか?」 振り返ると後ろにいたのはセレナだった、首から重そうな箱をぶら下げている、おそらく中身は医療道具だろう。 「動きたい気持ちもわかるが、今は安静にしていろ、足に負担を掛け過ぎると本当に歩けなくなるぞ、…と言っても、お前は聞かないだろうな」 そう言うと、セレナはいきなり俺の首筋に噛みついた……と思ったが、実際は咥えるだけだった。 そしてセレナは俺の首を咥えたまま、湖とは真逆の方にある、丘のような場所に引きずって行った、その姿は何も知らない人が見ると、生きだおれた獲物を巣に持ち帰る肉食獣に見えだろう。 「…あのさ、どこに引きずって行くんだよ?」 「娘の所だ。」 首筋を咥えているにもかかわらず、セレナの声は食事中に口に食べ物を含んでいる時に出すような声で、以外にも聞き取りやすかった。 「患者に無理をさせないのも医者の仕事だ、それにお前が近くにいた方が、娘の治りも速いかもしれないからな。」 「…それなら、引きずるんじゃなくて、抱えてくれないか?」 「何言っているんだ、アブソルは骨格状二足歩行はできない、お前の種族とは違うんだ」 確かにもっともな意見だが、メスなどを持つ時、彼はどうやっているのだろう、口で咥えているとなると、かなり衛生上よくなさそうだ。 そうしているうちに、セレナはもう丘を登り始めている、引きずられながら丘の上を見上げるように見ると、茂っている草木に隠すように敷かれている毛布のような物と、その上に乗っている水色をした物体が見えた。 「ミナモだ!!」 水色の物体を見たとたん、すぐにそれがミナモだとわかった、おそらく後ろ足の一部だろう。 「ミナモって言うのか、珍しい名前だな、そう言えばまだお前の名前も聞いていなかったな。」 「…ルークだ。」 今さらな感じもするが、とりあえず答えておこう、結構自己紹介は遅れることはよくあったが、まさかここまで遅れたのは初めてだ。 「昨日言ったように、ミナモはまだ目を覚ましていない、あまり期待してはいないが、お前が近くにいることで具合がよくなるかもしれないしな」 セレナは丘を登りきった所にある、茂みの近くまで俺を引きずりながら話す、そしてセレナは俺の首筋から口を放し、草の上に俺の体は横たわる。 「今、娘を連れてきてやる、待っていろよ」 そう言うと、セレナは茂みに入り、がさがさと音を立てながら出てきた、彼の口元には毛布が咥えられていて、おそらく毛布ごとミナモを運ぼうと言うのだろう。 そして、予想通りセレナは毛布ごと、ミナモを引きずって現れた、彼はミナモが横たわる毛布を俺の隣まで引きずって来た後、毛布から口を放す。 毛布の上に横たわっているミナモを見ると、彼女の肩や腰に包帯が巻かれてはいるが、表情は苦しそうではなく、ただ眠っているようで、そんなに重症には見えなかった。 「…大丈夫なのか?」 「いや、まだ全く目を覚まさない、非常に危険な状況だ」 「そうか……。」 セレナの話しを聞いて、俺は改めてミナモの顔を覗き込む、すると俺の目から涙がこぼれ、彼女の頬に落ちる。 よくある王道の物語などでは目を覚ましそうな状況になったが、彼女はピクリとも動かなかった。 「…泣くな、命があるだけせめてもの救いだろう、…これでも食べて、落ち着け」 セレナは首からかけていた箱を下ろし、中からモモンの実を取り出した。 「…こんな状況で、食べられるわけないだろう…。」 俺は俯いて、ミナモの顔を再び覗き込もうと、顔を近づけた、その時…。 「……わあぁぁぁぁ!!」 いきなりの悲鳴と共に、俺の顔に何かが飛んできて、鈍い痛みが頬に走る。 「…何よっ、あたしを食べようなんて、十年早いっ!! 返り討ちにして粗大ゴミにしてやるんだから……って、ルーク!?」 聞き覚えのある高い声が耳に届く、はっとして前に向き直ると、先ほどまで昏睡状態だったはずのミナモが立ちあがって、包帯が巻かれた前足を突きだしていた。 「…まさか……、治ったのか!?」 セレナが驚きの声を上げる、まさかこんなにすぐに目覚めるとは思っていなかったのだろう。 「…えっ、何? 殴ったのはルーク? このアブソルは…味方?」 何があったのか分からない様子で、ミナモは困惑した声を上げる。 「よかった、よくわからないけれど、大丈夫みたいだ…、それで、食べるって、夢?」 「…夢じゃないっ!! 昨日起きたら目の前に肉食獣がいたから、ずっと死んだふりしていたの!!」 死んだふり…、案外こいつも迷信とか信じているみたいだな、それに昨日って、結構早い段階で目を覚ましていたのか。 「肉食獣っていうのは、セレナのことか?」 俺は呆然と立っているセレナを指差した。 「この藪医者、お前が歩けないって言いやがって、心配したんだぞ!!」 「なっ、藪医者!?」 セレナが怒りの声を上げる、その様子をミナモはきょとんとした表情で見ていたが、しばらくすると普通にこちらの方に歩きだした。 「…驚異の生命力だな、こんなに早く完治する患者は見たことない。」 セレナは不思議そうにしていたが、俺は特に気にはしなかった なぜなら、必ずミナモが元気になると、信じていたから……。 十二章終わり、[[Memory Lost existence 再開と巨神像]]に続く ---- 最近の更新速度がさらに遅くなっている。 スランプではないと思うんですよ、タブンネ。 #pcomment(楽園とは違うけれど、コメント,10,);