ポケモン小説wiki
Lilac Lover の変更点


作:[[ハルパス]]
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*Lilac Lover [#w1a04272]


―1―
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「うぅっ、寒っ!」
 はー、と白い息を吐きだして独りごちる少年。灰緑の体に、体と同じ色の角と箒の尾のような放射状の尻尾を持つポケモン――ヨーギラスだ。指定鞄を持っているところを見ると、この近くの私立校に通う学生だろう。
 寒空は晴れ渡り、視界の果てまで雲らしき影は見当たらない。夜の間に放射冷却によってより一層冷たさを増した空気が、町全体をすっぽりと覆い尽くしていた。
 この時間帯特有の、静けさの中に活気を孕んだ住宅街をてけてけ歩くヨーギラス。その横を低学年の生徒が追いかけっこをしながらすり抜けていく。電線に音符のように止まった雀達は小さくも騒々しい声で&ruby(さえず){囀};り、翼を広げては、夜の間に冷え切った体に太陽の恩恵を最大限に受けようとしていた。
 どこででも見られるような平和な朝の風景の中、ヨーギラスは学校を目指し歩いていく。しかし彼の背後では確実に、“それ”が距離を詰めつつあった。そしてついに――。
「おっはぁぁぁ&ruby(ヨロイ){鎧};くぅぅぅん!」
 どーん。
「どわぁぁっ!」
 ずざざざ。
 ヨーギラスは――鎧は、背後から突進してきた黄色い塊に見事に吹き飛ばされ、顔から派手に地面へと衝突した。近くの低木に止まっていたメジロ達が、その騒ぎに驚いて一斉に飛び立った。
「だぁぁっ! 毎回背後からタックル食らわすなって言ってんだろ阿呆女ぁ!」
 鎧はすぐに飛び起きると、顔についた土埃を撒き散らしながら黄色い塊を怒鳴りつけた。
「阿呆女じゃないもん! &ruby(ライム){雷夢};ってちゃんとした名前があるもん!」
 鎧に怒鳴られ、どこかずれた答えを返したのは、今しがた彼に突撃した張本人。黄色いふわふわした綿毛に覆われたメリープの少女――雷夢だった。
「んなもん知ってらぁ! 何で毎回追突するんだよ!?」
 鎧は再度怒鳴る。今回は何ともなかったから良かったものの、メリープの雷夢が持つ特性は『静電気』。彼女を包むもわもわした体毛は常に微量の電気を帯びていて、勢いよく突撃されると感電してしまう事が多々あるのだ。特に冬場は空気が乾燥している上に、冬毛によって体毛も電気も大増量サービスときている。いくら地面タイプを持つ鎧でも、この時期は感電しない方が珍しい。その故に鎧の鞄の中には、教科書などに混ざって5、6個のクラボの実が常備されていた。
 余談ではあるが、ここ半年の間に鎧の家のクラボの実消費量は半端なく増えており、エンゲル係数を地味に圧迫している。
「何でって、だってわたし鎧くんが好きだから!」
 渦中の雷夢は悪びれた風もなく、至って真面目な様子で宣言した。
「う……」
 何の&ruby(ためら){躊躇};いもなく発せられた言葉に、鎧は思わず赤面してしまう。一応鎧と雷夢は恋人同士であるので、あながち間違った答えでもないのだが、やはり面と向かって断言されると恥ずかしいものがある。周囲の視線もそれなりに気になるし、正直この癖は直してもらいたいと鎧は思う。
「だから大声で好きとか言うなって……ま、いっか」
 しかしそれを事細かに説いたところで、天然を極めている雷夢には理解してもらえないだろう。だが彼女のそんなぽやぽやしたところも、鎧は好きだった。癒し系、とでも言うのだろうか。彼女の笑顔を見ていると、暗い気分も嫌な気分も消し飛んでしまうのだ。
「さ、行こうぜ、雷夢。のんびりしてたら学校に遅れちまう」
「うん!」
 二人は並んで朝の通学路を歩きだした。
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―2―

「おはよー」
 引き戸を滑らせる独特の音と共に、鎧と雷夢は二人揃って教室に入った。と、二人に駆け寄ってくるポケモンが一人。
「おはよ! 今日も朝からアツいねぇお二人さん!」
 ひゅう、と口笛を鳴らしたのはフカマルの&ruby(ダイチ){大地};。大地はその大きな口をこれでもかという程歪めて、にたにた笑っている。
「うるせ……」
「でしょでしょー! わたし達仲良いでしょー!」
 鎧が言い返そうとしたが、それより早く雷夢が割り込んだ。満面の笑みを浮かべる彼女は、冷やかされている事に全く気付いていないようだ。
「あ、そんな事より、おはよう大地くん!」
 雷夢はふにゃりと笑って挨拶をした。
「お……はよ」
 せっかく冷やかしてやろうとした大地だったが、早くも雷夢のペースに出鼻を挫かれて断念した様子だ。鎧はといえば、今度は逆に雷夢の後ろでくすくす笑っていた。
 ほのぼのとした、いつもの朝の風景。
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     ☆
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 「ところで、さ」
 雷夢が女友達の所に走っていったのを見届けると、大地が声を潜めて鎧に話しかけた。ちょいちょいっと手招きをして、近くに寄るよう促す。
「何」
 自然と鎧も声を落とす。大地は周囲を見回し、近くに他の生徒がいない事を確かめると真剣な顔で切り出した。
「お前ら、どこまで進んだ?」
「……はぁぁ!?」
 思わず大声を出してしまった鎧は、教室中の注目を浴びてしまった。不思議そうな視線が痛い。だがそれもほんの束の間で、すぐに皆は銘々のお喋りに戻っていった。
「どこまでって……何が?」
 気を取り直し、鎧は再び声のトーンを下げて問い返す。とは言え、大地の言う事だから薄々察しはつくのだが。
「だから、決まってんじゃん。キスまでとかその先までヤったとかそーゆーの」
「ヤったっておまっ……!?」
 大地のストレートな発言に一瞬言葉に詰まる鎧。どうして自分の周りにはこうも直球発言する輩ばかりいるのだろう、という至極真っ当な疑問がふと頭を掠めたが、訊いたところできっと誰も答えてくれないに違いない。鎧は溜息を吐いた。
「はぁ、わかった言うよ……こ、この間、オレの部屋でさ……」
 観念したのか、鎧は頬を僅かに染めながら話しだした。大地はこの手の話題が好きなので、明確な答えを得るまで飽きずに何回でも訊いてくるだろう。そんな大地の性格は親友である鎧が一番よく知っていた。
「うんうん。お前の部屋で?」
 案の定、大地は急に目をらんらんと輝かせながら身を乗り出した。その表情はまるでハイエナか、或いは芸能人のスキャンダルを探す雑誌記者のようだった。
「その……えっと……」
 大地の妙に期待に満ちた視線に居心地の悪さを感じつつ、鎧は大きく息を吸ってぎゅっと目を閉じた。そして早くこの時間を終わらせるべく、一息に言いきった。
「ほ、ほっぺたにキスしたよっ」
 暫しの沈黙。二人を取り囲む教室のざわめきだけがいやにはっきり聞こえた。
「……それだけ?」
「それだけ」
 ややあって、大地は拍子抜けしたのか素っ頓狂な声を上げる。溜めて言った割には期待したような内容ではなかった為か、あからさまにがっかりした顔をした。
「お前ら半年も付き合っててそれだけって……進展遅すぎね?」
 大地の口調には半分は呆れも混じっていた。なんだかんだ言いつつも二人の恋を応援している大地にとって、一向に進展しない彼らの関係を見ていると歯痒いものがある。
「お、オレは彼女の意思を尊重してだな……」
 頬の赤みが抜けないまま、鎧は言い訳するように言う。要するに彼は奥手なのである。そんな鎧に、大地はびしりと指摘した。
「でもあいつの事だからほっといても変わらないんじゃないか? 赤ちゃんはコウノトリが運んでくるって話未だに信じてそうだし。なんとなく」
「さすがにこの歳でそれは……ありえるんだよなぁ、雷夢の場合」
 う~ん、と二人は考え込む。サンタを寝ないで待とうとして、毎年失敗しているとかなり残念そうに話す雷夢の事だ。むしろ可能性は高い。
 奥手な少年と天然な少女。ある意味では最強の組み合わせだった。
 どうしたものかという二人の、主に大地の思考を破ったのはお馴染みの電子音だった。授業開始を告げるチャイムが鳴り、皆はそれぞれの席に着き始める。大地も自分の席に向かいながら、肩越しに鎧に言った。
「ま、頑張れよ鎧。男なら偶には襲ってみろ」
「ぶっ! あ、阿呆か!」



―3―

 午後の授業が眠くて堪らないというのは、おそらくどこの世界のどの学校でも同じだろう。特に冬場のぽかぽかと日の当たる窓際の席で、暗号の如き数字の羅列を目の前にすればそれはもう一撃必殺の破壊力だ。いくら試験が目の前だと言っても、眠気は息を潜めてはくれない。
「……で、あるからしてこの公式を応用させ……」
 数学教師のエテボースが、二本の尻尾と右手をフルに使って凄まじい勢いで黒板に数式を書き殴っていく。丁寧な式を書いてくれるのはありがたいのだが、数字に興味の無い者にとってはそれもありがた迷惑だった。
 教室の中で聞こえるものといえば壁に掛けられた時計が秒針を刻む音と、ほとんど誰も聞いていない教師の解説、チョークが黒板にぶつかる乾いた音。そのどれもがおそろしく眠気を誘う。どうもこの数学教師は、エテボースの癖に催眠術が使えるらしかった。
「はぁ……ふ」
 鎧は欠伸を噛み殺すのもそこそこに、ぼんやりと辺りを眺めた。やはり皆眠たげな様子で、大地に至っては机に突っ伏したまま起き上がらない。こんな時に意識がはっきりしているのは、がり勉の委員長のパッチールくらいなものだった。
「で、この式の答えがわかる者は?」
「はぁい先生! ズバリx=17/25でしょう!」
「よろしい。では、そのxを代入して……」
 教師とほぼマンツーマンの授業を展開する委員長はほっといて、鎧は何とか眠気を覚まそうと手に持ったペンをくるくる回してみる。右に左にとペンが回転しては、元の位置に戻ってきて、再び逆回転を始める。それを数回繰り返したが、あまり効果はなかった。
「ふにぃ……そ、そこまで……しなくても……」
 ふと、隣の席で夢の世界へ旅立っている雷夢の寝言が聞こえてきた。教師の呪文を聞くよりよっぽど興味をそそられて、鎧は聞き耳を立てた。
「えっと……上手、なんだね……鎧くんって……」
 ――オレ?
 自分の名前が出てきて、鎧は少し驚いた。一体雷夢はどんな夢を見ているのだろう。だらしない寝顔を盗み見てみれば、雷夢は頬を僅かに染めてはにかんでいた。
 ……待てよ。否、雷夢に限ってまさかそんな事は。
 鎧はふと頭に浮かんだ考えに自分で焦りを覚えた。
「そこまでしなくても」「上手」それにこの表情って、アレしかないような……。大地じゃないけど、気になって仕方ないんだけど! うっかり雷夢のあられもない姿を想像してしまい、鎧は慌てて首を振った。
 今は仮にも授業中なのだ。とにかく妄想と下半身に意識が行かないよう、鎧はかつてない程真面目に教師の解説に集中しようとした。しかし、そんな少年の努力を嘲笑うかのように、雷夢の寝言は更に続く。
「ああっ……も、もう無理だよぉ、鎧くぅん……」
 ついには眉根を寄せ、苦しそうに身体をもぞもぞさせ始めた雷夢。それと同時に鎧の脳内では、普段は天然な雷夢があんな姿やこんな姿になり、鎧の抑えられた煩悩を決壊させようとしていた。
「私っ……私、もう、ダメぇっ……!」
 ちょ、夢の中のオレ、マジで何してるんですかぁぁぁ!
 すっかり眠気の吹き飛んだ鎧は、雷夢の危険な寝言が自分以外の誰にも聞かれていない事を必死で願った。
「そ、そんなに料理作っても、もう食べられないんだってばぁ…………むにゃ」
 鎧の心配をよそに、雷夢は最後にそう締めくくって静かになった。
 


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なかがき
天然なキャラは書いてて楽しいです。


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