ポケモン小説wiki
LH15 の変更点


[[てるてる]]
'''&size(19){ルイス・ホーカー(15)};'''
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&aname(al);
 ふと目に入った公衆電話の前に陣取ったヘルガーのアルは、トニーの博物館の番号をダイヤルする。コール音を数えながら、鬱々とライトの事を考えていた。
 モヘガン港に唯一ある高架鉄道の駅の近くに公衆電話は設置されている。依頼主であるハリーの提供してくれた宿舎にも電話は引かれていたが、ハリーの印象を考えると、何か細工が施されているとしか思えなかったため、使用するのは&ruby(ためら){躊躇};われた。それに人夫たちにも聴かれてしまう恐れもある。トニーとの件はなるべく秘密にしておきたかった。
 不安を訴え、何かしらの助けを求めてきたピカチュウのライト。それに対して自分は何もしてやれなかった。ただ気のせいだと声を掛けることしかできなかった自分が何とももどかしく、今更のように胸を焼かれる思いがする。
 振り返ると、海沿いから町の中へと繋がる通りを上っていく黄色い影が見えた。「用事があるので」とライトが言って別れたのは今しがたのことである。がっくりと肩を落としている様子なのが、いかにも哀れだった。

「……すまん」

 当然それがライトに聞こえるはずがないのは分かっていたが、アルは呟いた。
自分が間違っていることは初めから分かっていた。ライトの&ruby(けねん){懸念};は正しい。人が減っていることは事実であって、気のせいなんかではない。たしかにこの町は変なのだ。
 アルは電話機につかまり立ちの姿勢で寄りかかったまま、周囲を見渡す。
駅前ではあるものの、改札口などの列車関係の機構はすべて高架のある位置にまで上げられているため、プラットホームに繋がる階段が歩道に直接つなぎ止められているくらいで、特に目に止まるものはない。
だが、それでも駅はモヘガン港を支える大切な役割を果たしているのだろう。駅前の通りは商店街も兼ねており、明るい色の看板がいくつも軒を連ねていた。等間隔に立ち上がった街灯には、そこが商店街である事を示すように鮮やかな装飾が施してある。一見して華やかな商店街、しかしそこには、確実にある種の&ruby(くうそ){空疎};が横たわり、目に見える形としてそこかしこに張り付いていた。
それは、シャッターが閉まったままの店だったり、駅前にもかかわらず人影がまばらなことだったり。様々な部分から&ruby(ひとけ){人気};そのものが絶え、&ruby(かっきょう){活況};を呈していた頃の姿はほとんど残っていなかった。中にはシャッターを開けてる店もあったが、数えるほどしかないだけに、それらはことさらに空疎を濃くするに至っていた。
 アルはもう一度、ライトの歩いていった通りを見上げた。だが既に横道に入ってしまっているらしく、そこにライトの姿はなかった。ライトが居なくなってみると、ことさらに通りは閑散として見えた。
 すまん、とアルが心の中で謝ったときだった。長いこと鳴っていたコール音が途絶え、受話器の向こうに繋がった。アルは頭を振って雑念を追い払う。

「お、やっと出たか。ずいぶん待たせてくれたな」

 アルは受話器に向かって意地悪く苦笑しながら言った。五日前に聞いたばかりとはいえ、友人の声に、自然と声が弾む。
 公衆電話などの公共物は大抵どんな体つきのポケモンでも利用できるようになっている。アルの使用している電話も例外ではない。本体の横に掛けられた受話器と別に、ダイヤルの真下にマイクとスピーカーが付けられている。音はこもってしまうが、会話が成り立たなくなってしまう程ではない。おかげでアルのような体付きの者も、台につかまり立ちをするだけで手を使わずに会話をすることができる。

「誰だ」

 電話に出たのはトニーだった。中々受話器を取らなかった辺り、また博物館の中を散歩していたのかもしれない。

「よおトニー。元気にしてるか?」

「ああ、なんだ。おまえか」

「そうだよ。おれだよ。ずいぶん遅かったみたいだが、また散歩か?」

「あ、ああ……。……ちょっと外の空気を吸いに行ってたんだ」

 そう答えた声には、どこか打ち沈んだ様子があるように思う。問いかけてみたい気もしたが、あくまで、そんな気がしただけであるため、実際に話題にするのは&ruby(ためら){躊躇};われた。下手に話題がスライドしてしまえば、それだけ時間を取られることになる。取引は今日だ。早いところルイスたちの動向を聞いてしまいたかった。

「へえ、そうかい。ところで、博物館はまだやってるのか?」

「いや、五日前にあいつらが出て行ってからはずっと閉めたままだよ。田舎の博物館とはいえ、さすがに一人じゃ無理だからな」

「五日、か。もうそんなに経つんだな。ところで、そのルイスたちが今どの辺にいるのか知らないか。取引は今日なんだが」

 トニーの切り盛りしている博物館の職員の中で、面識があるのはルイスだけだった。とは言っても、ここ何年かはまったく会ってないため、子供特有の落ち着きのない頃のルイスしか知らなかった。

「いや、こっちは何も聞いてない……。五日もあればそっちに着けると思ったんだが」

「連絡なし、か」

 アルは電話ボックスのガラスの囲い越しに上を見上げる。格子状に組まれた高架橋の鉄骨に太陽光が切り抜かれて見えた。
あいにくアルは時間の分かるものを持っていなかった。駅に上がれば時計はあるかもしれないが、見たところで、時間がないことには変わらない。

「間に合うとは思うが」

 アルの心中を悟ったように、トニーが言った。

「事故で遅れてるんじゃないといいんだが」

「道に迷ってるのかもな。あの悪ガキのことだ、おおかた道を間違えた挙げ句、調子に乗ってスピードを出し過ぎて、タイヤをパンクさせて立ち往生でもしてるってとこだろうぜ」

 肩を竦めて笑ってみせる。おどけた様子に、しかしトニー返事は「そうかもな」と低い。
一緒になって笑ってくれると思っていただけに、勢いを削がれたアルは顔を&ruby(しか){顰};めて電話機を見つめる。
 一体トニーに何があったのだろうか。さすがにいつもと反応が違いすぎる。何かあったに違いない。それも、ここまでトニーの気力を奪ってしまうような、何かが。
 質問してみたい気もしたが、本当にそれをしていいのか、アルは確信が持てなかった。時間がないというのも理由だが、相手の表情が見えないにもかかわらず、相手の心中の探るような真似は許されないという気がしてならなかった。冗談めかして尋ねられるような種類の話題でないような気がしたことも、それに拍車をかけている。

「そ、それじゃ、後でまた掛けるから、その時までに連絡があったら知らせてくれ」

「ああ。――それにしても今日は静かだな。電話の場所、変えたのか」

 フックを押さえかけたアルは、トニーの言葉を聞いて伸ばしかけた手を止めた。首を傾げてスピーカーに向き直る。

「いいや。この前と同じ場所のはずなんだが」

「そうか。いや、この前と違って列車の音が聞こえないなと思ってな」 

 それじゃ、とトニーが言った拍子、フックに受話器が当たる音がした。通話が途切れる。電話が切れたことを示す断続的な電子音を背中に受けながら、電話ボックスから出たアルは駅のほうを見上げた。
 トニーの言うとおり、今日はずっと列車が通っていない。蒸気機関の上げる独特の甘いにおいも、今朝はどこか薄いように感じる。
 平野の向こうに繋がる高架鉄道の路線。西を大洋に、東を広大な平野に囲まれたモヘガンにおいて、鉄道は空路以外で長距離を移動できる唯一の手段だ。利用する者のほとんどが炎タイプのポケモンなのは、何かにつけて水に関わるモヘガンの地において、彼らの生活を保障してくれるのは外界のみだったからだ。漁業や港など、環境自体が水を土台にして成り立つ町で、炎ポケモンを必要とする場所はほとんどない。そうなると当然、炎ポケモンの仕事先は町の外になってくる。彼らのいる夜から朝にかけての間だけ人口が増え、逆に彼らが働きに出ている昼間は人口が減る。それがモヘガン港の日常だ。――少なくともそれがアルの思うモヘガンの姿だった。
 では、今日のような場合はどうなるのだろうか。列車が来ないと言うことは、文字通りモヘガンと外界との関係が寸断されてしまうに等しい。一番近隣の町でも広大な平野を挟んだ向こうにある。空でも飛ばない限り、列車を使わずに行き来することはまず不可能だ。職場に移動できない以上、町に留まるしかないだろう。
 それで今朝は駅に向かう人の姿が少なかったのか。と独りごちたところで、ふと、別の疑問が立ちのぼってくる。外部へ出て行った者がいないのなら、どうして町はここまで&ruby(かんさん){閑散};としているのだろうか。
 海から湿り気を帯びた風が吹き付ける。日差しに炙られたそれは生ぬるく、アルの体毛をなぞり上げ、次いで海沿いに佇む建物に当たって砕ける。カタカタと雨戸が揺れ、&ruby(たてとい){縦樋};の中に入り込んだ風の立てる低いうめきがそれに混じる。壁に当たっては消えるかすかな風の音さえも鮮明に聞こえるのは、それ以外の物音が皆無に等しいからだ。それはまるで深い&ruby(どうけつ){洞穴};の中で反響する&ruby(こだま){木霊};のように、不自然なほどに&ruby(めいりょう){明瞭};で、そして一分の人の気配すら感じられなかった。
(一体どうなってるんだ?)
 昼間だけ人口の減る町。さらに最近は朝と夜の人口も減ってきている。そして今日のように、人が増えて当然のはずの条件がそろっても、不思議に視界に映る人の姿はまばらのままで、増えることはない。
 アルが首を&ruby(ひね){捻};りかけたその時、向かいの歩道のほうから人の声が聞こえた。
見ると、ちょうど二人組の炎タイプの男たちが首や手に買い物袋を下げて店から出てくるところだった。二人は歩道に出ると、海沿いに道を歩いていく。横一列に並んで談笑をしている辺り、仲が良いのかも知れない。
 人がいる、という当たり前の様子に何となくホッと安心した気がしたアルは、車道を挟んで二人が通り過ぎていくのを見送る。
 その時、一方の男がアルのほうに振り返った。アルの姿を認めた男は、驚いたように目を見張ると、立ち止まり、視線を貼り付けたまま隣の男を小突いた。小突かれた男もまた同様の表情をしてアルのほうを見つめる。二人の視線が冷ややかな色を含んでいるのは、車道を挟んでいるにもかかわらず理解できた。

「おれに何か用かい?」

 二人の視線に、何となく邪魔者を見るような種類の疎外感を感じたアルは、あえて明るい口調で二人に歩み寄る。車道の中頃あたりに差し掛かると、二人は焦ったように眉根を寄せて互いに顔を見合わせている。

「用があるなら、言ってくれよ」

「い、いいや。用ってほどのもんじゃないですよ」

 一方の男が笑顔を浮かべてアルに向き直ったのに、そうかい、とだけアルは呟いて目を伏せた。それは、男が向き直る直前、アルのほうを横目に睨み付けてきたのを知っていたからだ。自分たちは町に歓迎されてない。そう思うことが、最近はたびたびあった。話しかければそれなりの言葉を返してはくれるものの、それ以上の会話に発展することはほとんどなく、加えて、向こう側から話しかけてくるなんてことはあったためしがない。最近は特にその傾向が強いような気がする。

「……どうやらおれの勘違いだったみたいだ。すまんな」

 言った自分の声は、我ながら苛立ちを含んでいるように思えた。

「い、いえいえ。では、おれたちは急ぐんで」

 それだけ言い置いて、二人は早足にその場から去っていく。時折振り返ってアルの様子を確認しているのが、いかにも逃げるようで、アルはため息を吐いた。余所から来たという点ではアルたちは異物に他ならないだろうが、こうもあからさまな態度を取られれば、&ruby(へきえき){辟易};してしまうというものだ。
 何となく、アルは先ほど男たちが出てきた店の中を&ruby(うかが){窺};う。カウンターの向こうにいる店主と目があった。店主は慌てたように俯くと、カウンターの上に広げられた新聞紙に視線を落とした。どうせ、声を掛けたところで恐らく返ってくるのは曖昧な返事だけだろう。そう確信していたアルは、特に何も言わず、&ruby(きびす){踵};を返すと元来た道を辿っていく。
 列車が途絶え、&ruby(ひとけ){人気};が絶え。そうやって町と人とは切り離されている。そして、その中でさらに切り離されているものがあった。――それは自分たち、外から来た者だ。
 現に、今日列車が来ないということを、アルは今の今まで知らなかった。ライトもその話題について何も言ってこなかった辺り、おそらく人夫たちにも伝わっていないのだろう。
 町の住人たちと自分たちの間には、確実に互いに行き来できないほどの溝が横たわっている。
 それも、怯えられ、忌避されるような種類の溝が。



&aname(sequel);

&aname(roger);
 蒸した室内の熱気に半ば&ruby(へきえき){辟易};しながら、フシギソウのロジャーは寝袋から身を起こした。眠気はまだ完全に抜けきってはいなかったが、この蒸し暑い&ruby(さなか){最中};にいつまでも寝袋の中にいるのは苦痛以外の何ものでもない。仕方なく床に降りると、額に浮かんだ汗をツルで拭いながら、洗面所に向かった。洗面所に向かう途中、ふとロジャーは寝袋の隣に設置されたベッドを振り返る。
 宿舎であろうこの建物は、部屋数こそあるものの、いかんせん建設途中であるため、大半は人が寝起きできるような状態ではなかった。そこで、ある程度大きな部屋に当たった者は、数名で相部屋をすることになったのだ。ロジャーは同じ町の出身であるピカチュウのライトとの相部屋だった。ベッドが一つしかないため夜ごとにどちらか一方が寝袋で過ごすはめになるものの、変に気を遣わなくて言い分、だいぶ楽だった。
 窓際に設置されたベッドには、陽光が降り注いでいる。ロジャーの目線の高さからだと、ライトの姿はベッドのふちが死角になっているせいでよく見えない。だが、寝乱れた様子のシーツが端に寄せられている辺り、持ち主が不在であることは容易に見て取れた。
 ロジャーは目を&ruby(すが){眇};めると、大きく床を踏めしみながら再び洗面所に向かう。洗面台に掴まって後ろ足で立ち上がる。ツルで蛇口を捻って、かぶりつくようにして乱暴に水を顔に打ち付けてみるものの、先ほど見た&ruby(から){空};のベッドが頭から離れない。
 またか、と思う。大方また外に出て行っているのだろう。ここのところライトは何かというと不安を零していた。町が怖い、というライトに最初のうちこそ親身になって相談に乗ってやれたが、最近は鬱陶しく感じることさえある。それをライト本人もわかってるらしく、最近は何か言いたげにロジャーを窺うことはあっても、実際にそれを口にすることはなくなった。――そういうあからさまな態度もまた気に入らない。
(おれの気も知らないで、よくそんなことができる)
 そもそもライトをこの仕事に誘ったのはロジャーなのだ。改善されない貧乏暮らしを嘆く彼を救うつもりで、こうして一緒に町を出てきたのだ。だから最近のライトの態度は、何となく、遠回しに自分の行動を否定されているような気がしておもしろくなかった。連れてきてやったのは誰だ、などと大きなことを言う気はないが、自分の心情くらいは察してもらいたい。少なくとも自分の前でだけはそういう感情は隠してほしかった。
 蛇口を閉め、びしょびしょになった自分の顔をツルで拭いながら洗面所を出た。部屋に戻ったロジャーは、ため息を吐きながら室内を見回す。内心にわだかまる苛々としたものを誤魔化そうにも、することがなかった。外に出かけることも考えかけたが、今日が取引の当日である以上、外出するのは&ruby(ためら){躊躇};われたし、そもそも草タイプである自分が海風をまともに浴びて下がる&ruby(りゅういん){溜飲};があるとは到底思えなかった。仕方なく&ruby(あるじ){主};のいないベッドによじ登ると、シーツの上に倒れ込む。降り注ぐ陽光を背中に浴びながら、鬱々とした思いに任せて寝返りを打つ。
 ふと、ロジャーは窓の外から人の話し声が聞こえるのに気がついた。
 窓のすぐ外には歩道がある。窓自体は上のほうに填っているため、立ち上がらなければ直接外を見ることはできないが、表通りに面しているためか――そもそも防音材がちゃんとしていないのか――、人の往来どころか話し声まで聞き取れてしまう。
 ロジャーは耳を澄ませる。二人分の足音がする。足音がロジャーの部屋の辺りを通り過ぎかけたその時、足音は立ち止まる。「おい」と二人分の足音のうちの一方が声を上げ、それに誘われるように遠くのほうから足音が駆けてやってきた。

「なあ聞いたか? また荒らされたらしいぞ」

 荒い息づかい混じりの声が聞こえた。声の主はたった今走ってきた男のようだ。

「本当に?」

「ああ、その話なら知ってる。おれの家の前にじいさんが一人で住んでただろ。今朝そこに泥棒が入ったんだよ」

 さらに残りの二人分の声が聞こえる。何となく気になったロジャーはベッドから起き上がると、音を立てないようにしながら壁に前足を突き、そっと窓の外を窺う。炎ポケモンが三人、丁度窓の真下でたむろしていた。

「そのじいさん、大丈夫なのか?」

 深刻そうな表情を浮かべて一人が尋ねた。尋ねられた男はうんざりしたようにため息を吐いた。

「運の良いことに、ちょうど外出中だったらしいよ。警察に通報するって言うんで、おれが交番まで付き添ったんだが、何しろカンカンでさ、おれにまで当たり散らす始末だぜ。せっかく仕事が休みだってのに、まったくツいてないよ」

「なんでそんな大事件をおれに言ってくれなかったんだよ」

「朝から近所の連中に聞かれまくってたんだぞ。もう飽き飽きだ」

 そんな、と言いかけた男をもう一人が肩を叩いて制する。

「そりゃあ災難だったな。でもよ、最近やけにそういう事件が多いと思わないか」

「誰かが集団で手当たり次第に荒らしまくってるのかもな」

「一体誰がそんな」

 肩に載せられた手をどけながら男は尋ねる。

「わかるだろ。どうせあいつらに決まってるって」

 そう答えて、男はロジャーのいるほうを顎でしゃくった。視線が合いそうになり、ロジャーは慌てて身を伏せる。幸いなことに男たちは窓から覗いていたロジャーの姿に気がつかなかったらしく、会話が途絶えるようなことはなかった。

「だろうな。さっきだっておれたちが駅前の商店街を歩いてたらよ、あいつらのボスみたいなヤツに睨み付けられたくらいだしな」

「今はまだこれくらいで済んでるけど、今にもっとひどいことをしでかしそうだ。さっさと出て行ってくれたらな。――そうそう。おまえも今日休みだろ、暇だったらおれらと一緒に飲まないか?」

 了承の返事がひとり分。それきり足音は遠ざかっていった。一人取り残されたロジャーは足下を見下ろしたままため息をつく。
 屈辱と怒りが込み上げる。胸の内を焼くそれらの感情に、自然とベッドのシーツに爪を立ててしまう。酷く心外だった。
 この町に来てから自分たちは何もしていない。少なくもロジャーは何もしていなかった。報酬を手に入れるため、このような&ruby(へんぴ){辺鄙};な田舎に出向いただけなのだから。足止めされ続けることへの窮屈感。苛ついてくる自分自身を必死で押さえつけてきた報いがそういう態度では、笑うに笑えない。
 ロジャーは苛々とベッドを踏みしだいた。町の反応を無視できないのは、ロジャーもまた、心のどこかでライトと同じものを飼っていたからだ。町に対する&ruby(あいまい){曖昧};な不安、疎外されているという感覚。無意識に抱いたそれらの感情に、無意識にそんなことはないと願っているロジャーに対して、先ほどの言動は、まさしくそれらが事実であると肯定されるようなものだった。
 &ruby(じゅそ){呪詛};を込めてシーツを蹴り上げる。その時だった。廊下の向こうから誰かが扉を叩く音がした。ロジャーは顔を上げ、音のするほうを見上げる。廊下に繋がるドアを見つめていると、また音がした。それが空間を一つ隔てたようにこもった音に聞こえるのは、叩かれているのがロジャーの部屋のドアではなく、外に面した玄関の扉だからだろう。
 誰かが応対に出るだろう。そう思って、ふとロジャーはクチートのシドのことを思い出した。シドはいつも雇い主であるアルの部屋を塞ぐようにして廊下に立っている。いつ寝てるのか、ロジャーはシドがそこから離れたところを見たことがなかった。
 だから、どうせシドが応対してくれるだろう。そう思ったロジャーだったが、一向にノックの音はやむ気配を見せない。他の者はみんな外出してしまっているのか、それとも寝ていて気がつかないだけなのか。段々とノックの音が激しくなっていく。

「……なんなんだよ」

 しばらく様子を見ていたロジャーだったが、&ruby(しつよう){執拗};なまでに何度も叩き続ける音に絶えかねて、舌打ちと共にベッドから降りて部屋を出た。廊下には誰もいなかった。いつも行き交う者に対して見定めるような視線を投げつけていたシドの姿までも。&ruby(うっぷん){鬱憤};をぶつけるように廊下を踏みしだきながら玄関のほうに行き、揺れる観音扉をツルで引き開けた。生ぬるい潮風が入り込んでくる。戸を叩こうと片手を挙げた男が、そのままの体勢で驚きの声を上げた。

「何か用か?」

 ロジャーはぶっきらぼうに尋ねる。目の前にいるのはベロベルトだった。ベロベルトは大きな身体を縮こまらせると、バツが悪そうに舌を引っ込めた。

「すいません。約束の時間なのに、中々出てきていただけなかったものですから」

 そう言って、男は建物の中をのぞき込むようにする。

「それでは約束どおり、作業のほう、始めさせていただきます」

 約束だと、とロジャーは目を&ruby(すが){眇};めて男を見上げる。巨体に視界が遮られているものの、数人が手や背中に工具箱を担いでベロベルトの後ろに立っているのが見て取れた。

「何の約束だ。おれは聞いてないぞ」

 足を踏み出しかけたベロベルトが、いかにも意外そうに目を見開いた。

「そ、そんなはずはないんですが。失礼ですが、あなた、ハリー・オールさんですよね?」

「ハリー・オール?」

 ロジャーは思わず聞き返した。ハリー・オールの名前自体は聞き覚えがある。雇い主であるアルから何度か説明があったからだ。少なくとも人夫仲間以外からその名前を聞くとはないだろうと思っていたため、見ず知らずの男からその名を聞くのは何となく妙な気がした。
 あの、とベロベルトが&ruby(ためら){躊躇};いがちに呼びかける。

「……もしかして、人違いだったでしょうか」

「ああ、そのようだな」

「やはりそうでしたか……。申し訳ございません。我々の連絡不足だったようで」

 言って、心底すまなさそうに頭を下げる。それにならうように後ろの連中も頭を下げるのを見て、とりあえず悪い連中ではなさそうだとロジャーは思った。

「いや、おれは別に構わないけど。ところで、あんたらは一体なんの用で尋ねてきたんだ?」

「それが……、ハリー・オール氏に今日、この建物の一部を&ruby(ぞうさく){造作};するよう頼まれてまして、それで」

 へえ、とうなずき掛けて、ロジャーは思わずベロベルトを見返す。ベロベルトが気まずげに視線を逸らすのが見えた。

「まさかこれからその造作をしようってんじゃないよな?」

 連絡も行き渡ってなかったのに、と続けかけたロジャーを遮るように、ベロベルトがまた大きく頭を下げた。

「申し訳ないとは思ってます。ですが、今日中に完了させろとの事でしたので、資材も人員も何もかも準備してきてしまって。それに午後からも追加で資材が届く予定になってますし、もう後には引けないんです」

 ロジャーはため息を吐いた。なぜだろうか。言動か態度か、不思議とベロベルトに対して怒りを感じられなかった。それは、どうせ今日中には町から出て行くのだ、という思いがあったせいだろう。たとえどんな仕打ちを受けようとも、それも日付が変わる前までにはスッパリ縁を切れる。

「あの」

 ロジャーの無言を、了承しようか否かのものと勘違いしたのか、ベロベルトが自分の胸に手を当てる。

「言い忘れてましたが、わたしたち、ここからちょっと離れたところにある店で改築業――改築といっても小さい町の店なんで、できることには限界がありますが――を営んでまして」

 改築業と聞いて、ああ、と思わずロジャーは二本のツルで&ruby(かしわで){柏手};を打った。

「思い出した。あの何とかリフォーマーとか言う、個人で経営してる店だろ」

 ロジャーはその名前に見覚えがあった。というのも、今いる宿舎と、夜な夜な酒場代わりに利用している食堂までの道のりの途中にその店があるからだ。ブラインドに切り取られた黄色い明かり越し、夜遅くまで何かの作業をする従業員の姿は印象に残っている。最近は昼も夜もシャッターを閉じっぱなしだったのですっかり忘れてしまっていたが。
 ロジャーの言葉に、しかしベロベルトたちは困ったように顔を見合わせる。

「まあ、一応そうなりますかね」

「一応?」

「はあ。色々込み入った事情がありまして。――詳しい説明は作業をしながらということで構わないでしょうか?」

 ロジャーは考え込むように唸った後、うん、と頷いて観音扉のもう一方を開け放つ。

「使ってる部屋以外だけなら別に今からでも構わないと思う。それ以外は部屋のヤツが戻ってからにしてくれ。たぶん今、おれ以外に誰もいないだろうから」

 ベロベルトは破顔してロジャーを拝むようにする。

「ありがとうございます。助かりました」

 破顔して頭を下げると、後ろに控えていた者たちを促した。







 へえ、とフシギソウのロジャーは自分たちが宿舎として使用している建物を見上げる。何人もの作業員が忙しそうに外と中とを出入りしているため、二人は話をする間、邪魔にならないようとりあえず外に出ていた。

「するってえと、おたくら、そのリフォーマーの仕事を引き継いでここに来たってわけか」

 はい、と返事をしたのはベロベルトだ。続きを言いかけたところに、壁際で作業していた一人がベロベルトのもとにやってきた。図面を広げて何事かを問いかける。それにベロベルトが指示をすると、作業員はまた元の位置に戻った。それを目で追うロジャーに気づいて、苦笑気味にベロベルトは肩をすくめて舌を出す。

「大変なんですよ、これが。受注した仕事を途中でほっぽりだしたまま引き払ってしまわれたらしくて。初日から勝手がわからないまま家の普請やら見積もりやら、作業がスムーズに運んだ&ruby(ため){例};しがありません」

「えらく急に出て行ったみたいだな。何があったんだ?」

「わたしもよく知らないのですけどね。たしか遠いところへ移り住むことにしたとか何とか」

「移り住んだ?」

 ロジャーが聞くと、ベロベルトは辺りを&ruby(はばか){憚};るように声を低める。

「町の皆さんに聞かれると気分を害されてしまいそうですが、この町も不便ですからねえ。正直わたしが最初にこの町にやって来たとき、逃げだそうかと思ったくらいです」

 ベロベルトの言葉に、背筋から冷たいものが駆け上がってくるのを感じた。逃げ出すというフレーズが妙に生々しく頭の中で強く響く。なぜだろう、無性にライトの姿を重ねないではいられなかった。今までライトは不安こそ訴えかけてはいたが、逃げ出したいとまでは一度も言ったことがない。それは周りに気を遣ってか、それとも実際に口に出してしまえば思考に歯止めが利かなくなってしまうことを恐れてか。ライト以外に町に不信感を抱いているような言動をする者はいなかった。まして逃げだそうと口する者など誰もいなかった。――目の前の男を除いては。
(ライト、おまえもそう思ってるのか)
 必要な&ruby(ろんきょ){論拠};も&ruby(しょうさ){証左};もなく、ただ漠然とした不安として知覚される不信感。誰とも意識を共有できないでいる彼が、そういう思いを抱いていてもおかしくない。
 だからだろう、会ったばかりのベロベルトに、このような質問をしてしまったのは。

「……なあ、おたく、どう思う? 最近町から人が減って行ってるように思えるんだが」

 低く尋ねたロジャー。ベロベルトはわずかに首を傾げると、素っ気なく答えた。

「どうなんでしょうか。たしかに言われてみれば減ってるんじゃないかな。しかし、気にするほどのものじゃないでしょう。列車が来なかったり、急に人が減ったり。田舎の町ではよくあることです。それとも、何か思うところがおありなんですか?」

「いや、そういうわけじゃないが」

「田舎の町ではよくあることです。特にこういう不便な田舎では。気になさらないほうがいいですよ」

「そう、だよな。――そうだよな。気にすることなんてないよな。初対面なのにこんなこと聞いて悪かった。忘れてくれ」

 いえいえ、と頭を下げるベルベルトに、ロジャーは決まり悪げに苦笑する。
 田舎ではよくあること、という言葉が心強く感じた。途端に、少しでもライトに共感しかけた自分の思考が恥ずかしいものに思えてきた。
 ロジャーは一度宿舎のほうを見上げると、坂の下に足を向けた。

「それじゃ、おれはちょっと散歩に出かけるんで。もしそのあいだにおれの仲間が帰ってきたら、おれの名前を出してくれ。そうすれば説明もしやすいだろ。――そうだ。あんたらのことも教えてくれよ。おれも町で仲間に会ったら説明するから」

「エデングループ建築部門、モヘガン支店の者です。エデングループと言えば大体は通じるのではないでしょうか」

 ベロベルトの言葉に、伝えておくよ、とだけ言い置いてロジャーは坂を下っていった。
 まったく馬鹿げてる、と思う。町から人が減ったから何だというのだ。しょせん田舎、よくあることだ。自分たちよりもモヘガンに長くいるベロベルトの言うことだ、間違ってはいないだろう。
 ロジャーは早足に坂をくだっていく。とりあえずライトに会って、このことを伝えよう。感じる必要のない不安をこれ以上感じさせる必要なないのだから。
 通りを去っていくロジャーを確認して、ベロベルトは宿舎の中に向かう。開け放たれた入り口をくぐり、後ろ手に扉を閉める。カタンとラッチの引っかかる軽い音に、廊下に壁にはめ込まれた窓から外を窺っていたひとりが驚いたように振り返った。振り返った拍子に、身体の端が引っかかってしまったのだろう、資材の上に置かれていた工具箱をひとつ取り落としてしまった。盛大な音を立てて床に落ち、勢いでフタが開いてしまう。が、工具箱の中から物が飛び出すことはなかった。――そもそも工具箱は&ruby(から){空};なのだから。



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なかがき

 前回の更新の際、途中だったことに加えて文章量が少なかったため、前回の分に付け足すような形で更新。
相変わらずの遅筆ではありますが、絶対に途中で諦めることなく更新していきたいと思ってますので、どうかよろしくお願いします……。
 今回はライトの親友であるロジャーが中心となった更新となりました。LH1から名前は出ていたものの、ほとんど話題にすら出てきてなかったため、もしかしたら「え!? いったけ、こんなキャラ?」と忘れられてるかもしれないので、ちょっぴり不安だったりしますw
 さて今回の執筆において、チャットでかなりお世話になった部分があります。本当にありがとうございました!





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