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I WISH FOR THE SUN RISING #22~ の変更点


written by [[朱烏]]

22 戯(てだすけ)

言葉には不思議な力がある。その力はときにどんなものよりも強大になる。たった一言でひとを励ますことができるし、傷つけることができる。喜ばせることも悲しませることも可能だ。場合によっては生かすことも殺すこともできるかもしれない。しかもそれは時間や空間といった概念にも当てはまる。
現にリルの放った言葉はその空間の流れるもの全てを止めてしまった。
もちろん本当に止まってしまったわけではないが、そう思わせるほどにさっきまでのやり取りがまったく聞こえなくなった。
リルは勢いにまかせて取り返しのつかないことを言ってしまい顔面蒼白になっている。一方ルーは告白されるという雄なら誰でも喜ぶことをどう受け止めたらいいのかと混乱している。この状態から『流れ』が動き出すには相当の時間が必要なようだ。

(俺・・・もしかして・・・・・今・・・・好きって言われた・・・・?なにかの・・・間違いじゃ・・・・。)
さっき言われたことなのに、本当にそう言われたのかと自分の耳を疑う。疑うことで緊張による体の硬直を少しでも和らげようとしたのかもしれない。しかしこんな静かな室内で、リルの言葉を聞き間違えるはずがなかった。その証拠として、この部屋に広がる沈黙はそれによって作り出されたものだ。そして壊すことができない。もし壊してしまったら、どうやってその次の一歩を踏み出せばいいのか。それがわからないままでこの沈黙を破ることはできなかった。それは・・・リルも同じかもしれない。だから、俺も彼女も縛られたように動けない。

止まった時間は&ruby(・・・・・・・・){僅かに形を変えて};滑り、朝に辿り着いた。

「そろそろルーたちを起こしてくるかな・・・。ちょっと行ってきますね。」
「レックも今度からそんな子供じみた悪戯するのはよしなよ。ルーに嫌われるよ?」
「じゃあこれっきりってことで。」
ゼントの忠告にはまったく切迫性が感じられない。やはりこの&ruby(ふたり){二匹};にとっては度の過ぎた悪戯も遊びとしか考えられていないらしい。

部屋の扉の前においてあったものを次々と&ruby(ど){除};ける。こんなに不自然に扉の前にものがあったら誰かが閉じ込められていると感づかれてもおかしくなかったが、この廊下を夜中に通るものはほとんどいない。だからこの悪戯を決行したわけだが、どれだけ仲が進展してるのか楽しみでたまらない。
俺はそっと扉を開き、ルーたちのもとへと歩み寄った。
「・・・!」
何かがあった様子はどこにもない。ピカチュウがルーに対して背中を向けていて、ルーがそのせいで随分と窮屈な姿勢になっていた、という以外は特に何もなかった。何かが行われた形跡もないし・・・流石に初対面同士でくっつけるのは無理があったか。
俺は悪戯が不発に終わってしまったことに落胆し、大きなため息をつく。これ以上このままにしておいても仕方がないので、持ってきたナイフで手と手を括っていた縄を切った。ちょうどそのときだ。
「あの、なにか・・・?」
「うわ!?」
いつの間にかピカチュウが起きていた。気づかれないうちに部屋を出る予定だったけど、見事に狂った。
「・・・その手に持ってるのは何ですか?」
「ぁ・・・。」
 ・・・慌ててナイフを背中に隠す・・・。これって見られたら取り返しのつかない疑いをかけられる原因になるんじゃ・・・。
「・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・こ・・・コロシ?」
「違う違う!誤解だって!俺はただロープ切りにきただけ!殺すわけないだろ!」
「・・・じゃあルー君とわたしに・・・・その・・・こんなことしたのは・・・あなたですか?」
「・・・まあ・・・そうだけど。やっぱりルーから聞いたのか?」
返事はない・・・。もちろん彼女にもバレるのはもともとだったが、彼女とあまり面識はなかったし、これからも顔を合わせる予定はないつもりだったので、開き直って公言しても・・・気まずい。正直に言って、この悪戯はルーに仕掛けたつもりのものであって、彼女にかかる負担や気持ちなどあまり考えてなかった。
「・・・・・・ごめんな。」
彼女の視線が突き刺さる。ルーはどうでもいいとして、彼女にはひどいことしたな。もっとちゃんと謝っておくべきか・・・。
そんな考えごととは裏腹に、彼女の返事は予想外なものだった。
「・・・・ありがとう・・・ございます。」
「・・・は?」
俺はいいことしたのか。いや、そんな筈は・・・。
「一つお願いがあるんですが・・・。」
「え?」
「もしルー君が起きたら・・・今夜部屋に遊びにいくと伝えてもらえますか?」
「・・・あ、ああ・・・。」
言い終えたあとの自分に恥ずかしくなったのか、急にうつむいて、唖然としている俺を見向きもせずに早足で立ち去った。

『・・・・ありがとう・・・ございます。』

・・・もしかしてあのピカチュウ、ルーのこと好きだったのか?わざわざ礼を言うってことは・・・おいおい、まさか本当に・・・?

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#23 本(ほん)

「ルー、起きろ。」
同じような言葉で何度起こされたことか。起きたいとも起きたくないとも思わないが、無意識下の反応で目が覚めてしまう。その半分は昨日の起こされ方が体に刻みつけられていたことが原因だろう。
「楽しかったか。」
言葉の意味醒めない頭でもなんとなく想像がつく。レックは俺の反応を見て面白がって馬鹿にするつもりだったのかもしれない。けど生憎レックに対する怒りだとか自らに対する情けなさだとか、そんなものは既にどこかへ飛んでしまっていた。今の自分にとってはそれらの感情はどうでもいい。大事なのは・・・
「・・・告白されたのか?」
レックはこれ以上俺の反応を期待するのは時間の無駄だと感じたのか、話題を変えてきた。レックの不満げな表情が目に映る。
・・・なんで告白されたことを知っているんだろう。そういえばリルがいないな・・・。ということはレックに何かを伝えて帰ったってことかな。
「・・・どうなんだよ。」
「・・・された。」
俺は言葉数をできるだけ少なくして答えた。レックはやっぱりな、とでも言いたげにうんうんと頷きながら次に質問を繰り出してくる。
「・・・で?」
「で?って何?」
レックが呆れ果てたとでも言うように大きなため息をついた。
「だからいいって言ったのか振ったのかって聞いてんだよ。それしかないだろ。」
「ああそっか。・・・一応いいよ、って返事した。」
「ふーん・・・。なんで付き合うことにしたんだ?何に惹かれた?」
そう言われるといまいちピンとこない。自分でもなんでそう言ったのかよく覚えてない。その場の雰囲気が勝手に口を動かした、といったら怒られるだろうか。
「まあいいか。俺はそろそろ訓練に参加するから。じゃあな。」
レックは妙にニコニコしながら部屋を去っていった。まあいいか、って何を納得したんだろう。俺でも納得しづらい部分があるっていうのに・・・。それにしても訓練か。レックも忙しいんな・・・。
・・・って・・・訓練!!!???・・・・やばい!!!

走ってきて自室の扉を壊れんばかりの勢いで開けると、イオはソファに座って、その小さな体にはおよそ不釣り合いの分厚い本のページをめくっていた。
「イオ、なに暢気に本なんか読んでるんだよ!早く訓練に行かなきゃ!」
「先輩?一晩中部屋に来ないで一体何を・・・」
「いいから早く!もう始まるって!飯は食ったんだろ!?さっさと支度して・・・」
「今日は休みですよ。」
「は?」
焦燥感丸出しの俺に対してイオは極端なほど冷静だった。客観的に見れば俺はかなりの馬鹿に見えたことだろう。
「僕達の所属する陸上第三部隊の隊長はものすごく気まぐれなひとらしくて、他の部隊が活動している日に堂々と休みにしたり、逆に他が休みの日に訓練に招集されたりするそうですよ。場合によっては真夜中に集合かけられたり・・・。」
本からは決して目を逸らさずイオは淡々と説明し続ける。そのおかげでおおよその事情はわかったが、これじゃあ俺が年下みたいだ。ちょっと劣等感を感じつつ、とりあえずイオの隣に座った。
イオは『アメシスト王国の歴史』という本を読んでいた。よく見ればイオの横にはその本よりも一回り大きいと思われる本が数冊積まれている。上から順に背表紙を読んでいくと、『原論 ~第一巻~』、『神々の存在』、『催眠状態に関する考察』、『攻守論』・・・そして一番下が『わかりやすいポケモン図鑑! ~挿絵付き~』。
少なくとも一番下以外の本は題名から内容が推測できない。イオに対する劣等感がさらに膨らんでいくのを感じた。
「こんなものどこから持ってきたんだよ・・・。」
「城の地下にいろいろな図書が保管されてました。それを許可を取って借りてきたんです。でも秘密で立ち入り禁止の本棚からも一冊取ってきたんですよ。」
食堂のことといい、その図書のことといい。こいつは善悪の判断ができているのだろうか。
「でもその本だけは理解できなくて・・・・読んでみますか。」
他の本でも理解不能なのに読めるわけないだろ、馬鹿にしてるのか?などと文句を言いたくなったが、相手が相手だし悪気があるようには見えないので口の中で留めておいた。
もちろんイオはそんな俺の気持ちも推し測ろうとせず、どこからか重量感のある本を取り出した。他の本とは何かが違う、まるでオーラでも纏わりついているかのようだ。紺色の表紙で、題名は金色の刺繍・・・それが所々ほつれているところをみると相当古い本だと見受けられる。そして肝心の題名は、『文明を分かつ山々』・・・。意味不明にもほどがある。本というものはもっと題名を分かりやすくつけるものではないのだろうか・・・。
試しに表紙をめくってみると、地図のようなものが出現した。
「ああ、これはシスタル大陸ですね。」
「何それ?」
「え・・・この国と周りの国々が属している広大な大陸ですよ。」
イオって俺の知らないことは何でも知ってるよなぁ。いったい何なんだこの差は・・・。まあそれは置いといて、・・・この地図なんか変だな・・・。
「ねえ・・・この地図さぁ・・・何で西側が描かれてないの?」
「その途切れた部分には大きな山や活火山が連なっているんですけど、それを誰も越えたことがないらしいんですよ。」
「なんで?」
「それはちょっと・・・わからないですけど・・・。」
イオは俺の質問攻めをことごとくはね返していたが、最後だけは答えられなかったようだ。やっぱり何でも知っているわけではないんだな・・・。」

『この山を越えれば・・・俺は・・・』

「え?・・・・・・・イオ何か言った?」
「いえ、何も。・・・・・・・空耳じゃないですか?」
空耳?いや、何か違うような気がする。聞こえたというより、自分の中で響いたような・・・。


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#24 ≠(イコール)

「で、告白は成功したと・・・・要はそういうことでしょ。」
部屋で談話する三姉妹のリル、ロロ、カーナ。会話の内容はリルが昨晩の出来事をふたりに伝えた、ということらしいが、反応がかなり厳しい。ロロは双子の妹の吉報を素直に喜びたいところだが、見るからに顔を引きつらせているカーナの前でそんなことをしようものなら・・・。
リルもついさっきまでの興奮状態はそれによって収まったらしい。

「私も付き合ってみたかったなあ・・・・・・・・・・ふふっ・・・・。」
だからわざわざロロと協力してまで告白したんだよ、と目の前で言い放ったら殺されちゃうよね・・・。でもお姉ちゃんなんかと付き合せちゃったら間違いなくルー君の人生に汚点がついちゃうよ。やっぱりこのタイミングで告白したのはいい判断だったな。半分以上ロロのおかげだけど。それとあのリザードもね。
 ・・・いや、ちょっと考えてみよう。恋愛に対しての執着心が異常なまでに強いお姉ちゃんがこれぐらいで終わるわけがない。いいムードになってきたところを邪魔されるというのがオチだよ。先におねえちゃんに告白させて、フラせてから、という作戦もありだったかもしれない。でも・・・やっぱりその程度で諦めるなんてありえないよね・・・。
やっぱり強引に告白を敢行したのは失敗だったかな・・・。
でも今更そんなこと考えてもなあ・・・。お姉ちゃんの視線がずっと一点だけを指してる。この状態が一番怖い。こんなときは大概ろくでもないことを考えているときが多い。考えられることは・・・仕返し・・・?
そういえばお姉ちゃんがワースさんと付き合う前に付き合っていた、かなり仲の良かった彼氏に浮気されたことがあって、そのひとに電撃を浴びせまくったというのを聞いたことがある。そのひとは全治2ヶ月の大火傷。その後の脅迫も功を奏したのか、お姉ちゃんの暴挙はそのひとが落雷にあってしまったという事件に上書きされた。もちろんその日は落雷なんてなかった・・・。
実の妹にそんな仕打ちをするとは思えないけど、完全には否定できない。未だにお姉ちゃんの性格がどこまで豹変するのか把握しきれてないのだ。最近はほとんどないが、以前は妹達の態度で気に食わないことがあると激昂して殴りかかってきたこともある。まあそれはかなり前の話だから、今の性格のほうが昔より落ち着いてきているのは確かなんだよね。
 ・・・しかしそんなことは考える必要のないことだと、たった今思い知らされることになる。お姉ちゃんの口から放たれた言葉によって。
「・・・・・・・じゃあ、なんかお祝いしよっか・・・・・・?」
天と地がひっくり返ることよりも驚く発言が飛び出した。
「・・・・・・・・・・・・・ぇ?」
「いや、だからお祝いだって。めでたいでしょ?何か作ってあげるから。」
お姉ちゃんが壊れた。いや、私の耳が壊れちゃったのかもしれない。きっとお姉ちゃんが言った何か悪いことを都合のいいようにこの耳が変えてしまったんだ。
「ちょっと厨房借りるね。今はひといないんでしょ。」
どうやら耳は正常に機能しているようだ。
「借りるって・・・お姉ちゃん演習あるんじゃないの?もう始まってるよ?」
「いーのいーの。一回くらいサボったって何も文句言われないし。それにこっちのほうが大事でしょ?」
本当に、本当にそういう風に思っていてくれているの?一度も休んだことのない戦闘訓練をサボってまで・・・。
もしかして私はお姉ちゃんに対して誤解している部分があったのかもしれない。
お父さんとお母さんが早くに病死し、残された私たちにはお姉ちゃんしかいなかった。ろくに頼れる親戚もいなかったので、お姉ちゃんは私たちを育てる必死に働いた。性格は荒いけど、その点では私たちの誇りだ。そんなお姉ちゃんがどうしてひどい仕打ちをしよう。
「じゃあ、私たちから料理長に言っておくから。使っていいよ。」
「そう?ありがと。」
「ううん、こっちこそありがとう、だよ、お姉ちゃん。」
リルのうっすら浮かべる涙を見るか見ないかのうちに、カーナは部屋を出た。

しかし・・・ここでリルが侵した大きなミスは、考え方を裏返せなかったことである。一度も休んだことのない訓練を休む=妹への愛情とは限らない・・・。


「それにしてもさっきの空耳みたいなのはなんだったんだろう?」
俺はずっと空耳のことを思案していたが、イオは自分が関心を示せない事柄にはとにかく耳を貸さないらしく、例の本を片付けて、再び歴史の本を読み始めた。
「わが国とアルバノ国との戦が終結したのは今から5年前のことだが、事実上の終戦はその15年前のこと。・・・だそうですよ。どうりでまだ戦争が終わってから5年しか経ってないのに兵力の低下が著しいと思ったら・・・。みんな平和ボケしているんですかね。」
別に国同士で戦う意思がないのなら弱くたっていいような気もするけど・・・。戦争なんてないに越したことはないんだし。
ていうか、前々から思っていたけど、イオっていくらなんでも頭良すぎないか?
「あのさあ・・・イオって年いくつ?」
「10歳ですけど・・・・なにか?」
イオの年齢のことはレックから少しばかり聞いていたが、働くにしては随分と幼い。普通この国だと14歳で大人として認められるらしく、年がそれ相応になってくれば普通に働けるそうなのだが・・・。
これもレックからの引用だが、一応法律ではイオの年齢で働くことは可能だという。しかしその理由が本人の堅い意志に基づくものでない限り禁止されている。
そういえば、試験で戦う前、イオが何か思わせぶりなことを言っていた。あのとき、確かにイオの眼差しは『決意』のようなもので満たされていた。
「なにぼーっとしてるんですか。暇だったら借りてきた図鑑でも見たらどうですか?いくらなんでもポケモンの種族名ぐらいはわからないと・・・。」
今はそのようなものは感じないが、ただ心の奥底に隠しているだけなのだろう。いったいそれはどんなものなのだろうか。

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#25 追(はしる)

「お姉ちゃん、どんなお祝いしてくれるんだろうね?」
「厨房行ったんだからお菓子とかじゃない?っていうかリル、なんか怪しくない?」
「そうかな?」
「だって、雰囲気と言ってることがずれてたっていうか・・・本当にそんな気があるのかなあって。」
確かにオーラというか圧力のようなものはいつも以上に強かった。
「・・・おねえちゃんだって悪に染まってるわけじゃないんだし、大丈夫でしょ。」
「まあそうかもしれないけど、油断大敵ってよくいうし。毒を盛られたりして・・・。」
経験からすればその可能性もある。けどお姉ちゃんの言葉はきっと本心から語られたものだと信じたいな。
「わたしはお姉ちゃんを信じる。だからロロも・・・」
「いや、私は何もしてないんだから信じるも何も・・・リルを心配してるだけなんだけど。」
あ、そっか。お祝いされるのは私だけだよね。
「できれば早く作り終わって欲しいんだけどな。みんなの昼食作れなくなるじゃん。」
「そんな無感動なこと言わないで、少しはおねえちゃんが成長してくれたって信じようよ。」

その一方、厨房では・・・

「うーん、味は何をベースにしようかな・・・。リルが好きなもの入れれば何の疑いもなく食べるよね・・・。ヒメリの実でも使おうかな。リルあれ好きだし。それと味付けは多めにして少しでも薬の味が消せるようにしないと・・・。でもそれだとなあ・・・。」
恐ろしい葛藤はしばらく続きそうだった。


「このりんごください。」
今、俺とイオがいるのは城外。つまり城下町。といっても全然城下じゃないけれど。
本当は昼食を食堂で済まそうと思ったのだが、なぜか扉に鍵が掛けられていて入ることができなかったので、少しでも腹を満たすために何か食べるものを買いにきたのだ。俺はお金を持ち合わせていなかったが、イオがそこそこもっていたので、借りるという形で使わせてもらった。あくまで借りるだけ。一ヶ月先に貰う予定の給料で返せというわけだ。ちゃっかりしている。
「150ポケね。」
店頭にいるマスキッパのおじさんが満面の笑みでそう告げる。そして、イオが慣れた手つきで財布からすばやくその分の代金を支払った。城で食堂を使えなかったひとたちが、価値にある店に大量に流れ込んできていたので、後ろに長い列が出来ていた。
「おい、早くしろよ。昼休み終わるだろうがよ。ったくふざけんなよ。」
と、後ろから怒鳴られる。そこまで起こる必要もないだろ、随分短気なひとだ、と小さなため息をつくと、
「おい、今なんでため息なんかついた?ふざけてんのか、ああ!?」
「イ、イオ、もう行こう・・・。」
俺はこれ以上の面倒ごとに巻き込まれる前にイオの手を引っ張ってその場を離れた。背中のほうからさっきの声が鳴り響いていたが、何を言っていたのかはっきりとわからない。しかし、結構頭に血が昇りやすいひとが世の中には思っている以上にいる、ということは学習した。これからは他人の心を煽るようなまねは避けよう。
「結局りんご一個だけかぁ・・・。」
なんだろう、この虚無感は。本当は他の木の実も買うつもりだったのに・・・。
「我慢してください。お金というのは有限なんですよ。一時の食事のためだけに沢山使ったら、後々必要なときに使えなくなるじゃないですか。」
そんなことはわかってるけど・・・&ruby(ふたり){二匹};で一個だぞ。ダイエットじゃあるまいし。うう、早く食堂開いてくれないかなぁ・・・。
「嫌そうな顔してますね。じゃあもっと貸しますか?金利1000%で。」
「・・・はぁ。もういいよ・・・。半分で我慢する・・・。」
これ以上粘っていると余計空腹に拍車をかけそうだし、10倍で返すなんて馬鹿らしいので諦めた。人生諦めも肝心だということも学べた、とプラス思考でいこう。なんて暢気なことを考えていたときだった。
「先輩、ちょっと走ってください。」
イオが唐突にそんなことを言い出した。
「は?なんで?」
「いいから早く!!」
「え、ちょ、ちょっと、イオ!?」
刹那、後ろからただならぬ気配を感じた。口ではうまく言い表せない、異様な圧力。
「誰!?」
後ろを向いても、店の前でごった返すひとたち以外には怪しいものはなかった。しかし未だ消えることのない圧力。久しぶりに嫌な予感がする。気がつくと俺もそれを避けるように走っていた。
イオが短い足を懸命に動かしながら走る。俺もその後を置いていかれないようについていく。イオのスピードは予想をはるかに超えていた。こっちもかなりの速さで走っているはずなのに、ついていくことが辛い。得体の知れないものに胸を締め付けられているような・・・。
「イオ・・・!いったい、どこまで・・・。」
「もうちょっと・・・我慢・・・して、ください・・・!」
それだけのやり取りが更に息切れを悪化させる。初めてこの町に来てわけのわからない群集に追いかけられたときでさえ、こんなに苦しくはなかったはずだ。・・・なんでそんなどうでもいいことを今になって思い出すんだろう。今はただ走らなければいけないのに・・・。

「そろそろ・・・止まっても大丈夫・・・。」
走りに走って、肺が破裂するかと思うほど走って、ようやくイオからストップがかかった。体力の限界が来たせいもあるが、入り組んだ路地裏を道を選ばず走りまくり、辿り着いた先は行き止まりだったのだ。
「イオ・・・・・いった・・い・・・・なに・・・・・・・が・・・・」
続かない声を無理矢理つなげ、イオに尋ねる。しかしイオの話し相手は俺じゃないことに気づく。
「そこにいるのは・・・・・誰ですか・・・?」
やはり誰かが後ろにいたらしい。でもこのスピードについてきてたのか。
不安は募るばかりだが、そんなことを考えている余裕はなかった・・・。嫌な予感は見事に的中してしまったのだ。

「うわあああああああああああァァァァ!!!!」
何だこの痛みは!!また腕が・・・・!!腕輪が・・・!は・・・・・外れる!?


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#26 敵(みかた?)

「うわあああああああああああァァァァ!!!!」
この痛みは前と・・・・いや違う・・・・!?もっとやばい・・・・!!??
「先輩!?どうし・・・」
「ぐああああぁああぁああああアアアァァァァ!!!!!」
「く、・・・誰だ!!」
もう・・・だめだ、意識が・・・もたない・・・。ぐ・・・
「そこか・・・『毒針』!!」
イオがどこかへ消えた・・・と同時に一瞬痛みが和らぐ・・・が、
「ぅぐあ・・・」
さっきほどではないがまた鋭い痛みが始まる。それでも十分すぎるほど痛かった。頼むから誰でもいいから、お願いだから・・・やめ・・・て・・・。


先輩が誰かに苦しめられている。分かっているのはそれだけだった。さっきから家の壁から見え隠れしている怪しい影。
「誰だ!!」
その場所から気配が消える。同時に自分もその方向に向かって走っていた。家の外壁からなる曲がり角を曲がると、そこにか誰もいない・・・が、そいつが入り込んだのは一本道だった。これならどこかへ逃げられる心配もないが・・・。
目の前に見えたL字路を曲がると・・・行き止まりで分かりやすく一匹のポケモンが佇んでいる。とても小さいのだが、体の色の配色はまるで見つけられないことを拒むかのごとく派手だった。・・・ネイティ・・・か。
「うーん・・・あのマグマラシ、何であんなに叫んでるんだろ・・・。そんなに痛いかなぁ。」
九割方あのネイティが絡んでいるのは間違いなさそうだ。一向に動こうとしないところを見ると、逃げも隠れもしないという態度が表れている気がしないでもない。
「・・・気が進まないけど、もうちょっと出力を上げてみるか・・・。」
その台詞を聞いた瞬間、考えるよりも体が先に動いていた。
「『毒針』!」
「おっ!?」
的確に狙ったつもりだが、そのネイティのジャンプ力はその技をよけるのに十分だったようだ。着地と同時にこちらを一瞥する。
「ひどいですね。攻撃を仕掛けるなら一声かけてくださいよ。」
予想していたかのような口ぶり・・・。それはどうでもいい、いったいこいつは何者なんだ?
「あなたこそやめてください!いったい先輩に何を・・・!」
全て言い終わる前に先輩の悲鳴で遮られる。あまりにも悲痛な叫び。・・・今自分の前に対峙しているこのネイティが何かしているのは間違いないが、この離れた距離でどうやって先輩にダメージを与えているのか考える余裕はなかった。
「『スピードスター』ッ!」
先輩に敗北してから数日、少しでも太刀打ちできるように磨いてきた技・・・。威力はさほどないが、今はこの遠距離から先輩を苦しませているあいつに少しでもダメージを与えることが先決。しかし・・・
「甘いですね。」
そう言い放ったネイティに向かっていった光弾の軌道は全て当たる直前で捻じ曲げられた。光弾はことごとく自分達の周りを囲んでいる家々のレンガの壁に突き刺さり散っていった・・・。
何が起こった・・・?命中精度は限りなく十割に近いはずの技。そのスピードゆえ、避けることは不可能なはず・・・。
相手はエスパータイプ・・・。何らかのエスパー技を使ったとしか思えないが・・・それにしたってこの高速の光弾を当たる前に見切って、軌道を捻じ曲げるなんて芸当、普通できるのか?
このネイティ、見た感じの印象ではかなり若い。先輩と同い年、もしくは年下・・・。そんな年齢であんなレベルの高いエスパー技が使えるとは到底思えない・・・。
「攻撃しないのなら・・・こちらから行きますよ?できるだけ早く終わらせたいので。」
そう言うと、ネイティはまるで一瞬で気化したかのように消えた。『テレポート』か・・・。いったいどこへ・・・?
「ふふ、あなたの後ろですよ。」
「なっ!?」
考える時間はほとんど与えられなかった。後ろに現れたのに気づいたときには、得体の知れない一撃を腹に食らい、吹き飛ばされていた。
「あれ、結構とんじゃいましたね。ここまでする予定はなかったんですけど・・・。」
なんだ・・・なんなんだ・・・凄い力だ・・・。その小さな体のどこにそんな力が・・・。
いや、こんなときに考えていても仕方ない。今はそれを事実として受け止めるしかない。そしてある程度の確証も得られた。どんなやり方をしたかはよくわからないが、これだけの力があれば何らかのエスパー技で先輩にあんな風にものすごい苦痛を与えるは可能かもしれない・・・。おそらく『念力』の類か。
「先輩に『念力』で何をやらかそうとしたんですか?」
ネイティは表情こそ変えなかったものの、細い目が一段と細くなった。
「察しがいいですね。でも半分間違っていますよ。『念力』じゃなくて『サイコキネシス』です。『念力』程度の弱い力であそこまで苦しむわけないでしょう。もっとも、痛がること自体想定外でしたが。もっと力のかけ方を検討する必要がありますね。」
後半の言っていることは意味不明だが、つまりそのサイコキネシスさえ封じておけばとりあえず先輩は安全なのか?そうだとしたら、さっきのように僕に注意を向けさせることができれば・・・いけるかもしれない!
『鋼の翼』で受けた突き刺さるような痛みは辛いけど、たった一度だけの攻撃、立つことに支障はなかった。
「もう一度・・・ッ!」
精一杯の力で『スピードスター』を乱射した。体力の浪費は激しいけど、これだけの攻撃なら多少はダメージを与えられる。それに、避けることだけに『サイコキネシス』を使わせておけば、先輩に力を使うことはないだろう。
「おっと・・・。」
やはりほとんどの光弾は当たらずに散らされてしまったが、量が量だったので、そのうちの一つが右足に命中した。しかし当然それだけでは与えたダメージは十分とはいえなかった。
「くそ、・・・どうすれば・・・。」
とにかく冷静になってみる・・・。なぜ自分達は執拗なまでに追いかけられ、攻撃されなければならないのだろうか。もちろん僕に思い当たる節はない。となれば、狙われているのは先輩だ。それはあのネイティの台詞からでもわかる。・・・そういえばさっき、『もっとも、痛がること自体想定外でしたが』と言っていた。そして僕に攻撃を喰らわせたときも、『ここまでする予定はなかったんですけど・・・』とも言った。つまり・・・本当は攻撃する気は微塵もなかった。先輩に『サイコキネシス』を使ったことを除けば、最初に攻撃を仕掛けたのは僕のほうだ。だから仕方なく応戦した・・・。
思考が研ぎ澄まされ、分からなかったことがどんどん整理されていく。まだ推測の域でしかないけれど・・・。本当は攻撃する必要はなかったのだろうか・・・。
「分かってくれましたか?」
「は?」
分かってくれましたかって・・・何が?
「エスパータイプっていいですよ、すごぉく。相手の心なんかその気になれば手に取るように分かりますし。あなたの思っている通り、手を加える気はまったくありませんでしたよ。ただ、ちょっとあのマグマラシに実験したいことがあったんですよ。どうしても確かめたいことがね・・・。今回は少しばかりやり方が強引でしたが、多少の収穫はありましたし、今日はこの辺でお&ruby(おいとま){御暇};しますね。・・・あ、それと、僕は敵というわけではないので、それをよろしくお伝えください。」
「よろしくって・・・まだ聞きたいことが・・・」
「ではさようなら・・・。」
結局言いたいことだけべらべらと喋ったネイティは、まるで何も受け付けませんとでも言うようにテレポートで消えてしまった。
「はあ・・・・。」
地べたにぺたっと座り込み、深いため息をつく。その中身は事が終わったと言う安堵と、落胆に近いようなもの・・・。最後の最後まで何も分からずじまいだった。彼が言っていた、先輩にした『実験』とは何なのか?その目的は?追い掛け回さなければいけないくらい急ぎのものだったのか?考えれば考えるほど分からなくなってくる。
そして最後のほうに残して言ったあの台詞、『僕は敵というわけではないので、・・・』が妙に引っかかる。この言葉は普通に受け取るべきではないような気がした。普通に生活していれば敵なんてものはまず存在しない。誤解を解くにしたって、わざわざ言うことなのだろうか?言葉の意味を裏返せば・・・敵が存在するということなのか?
「イオォ!!」
遠くから木霊し、近づいてくる先輩の声。・・・あの訳の分からない念力から開放されたみたいだ。
「大丈夫!?何も怪我してない?平気?」
本来なら心配されるべきなのは先輩のはずなのに・・・。どう考えても敵を作る性格とは思えない。
「同じようなこと何度も言わなくてもいいですよ・・・。」
「・・・せっかく心配してあげてるのに・・・。」
「僕は心配いりません。それより腕のほうはもう大丈夫なんですか?」
分かりきってる質問だけど・・・形式的には聞かなければいけない。
「うん、この通り。最初は死ぬかと思ったけど・・・すーっと引いていった。」
&ruby(うで){右前肢};をぶんぶん振り回しながら平気なことをアピールしている先輩。その様子を見ていると、あのネイティのことは言わなくてもいいかな・・・。そもそも先輩はあのネイティの姿を見ていないわけだし・・・。
「ねえ・・・俺らを追いかけ回してた奴って誰だったの?」
う、このタイミングで聞いてくるのか・・・。心なしか先輩の目つきが鋭い。
「い、いや、すぐに追いかけてはみたんですけど、転んでしまって逃げられちゃいました。」 
別段隠し通さなければいけないようなことでもないんだけど、適当にはぐらかしてみる。
「そっかぁ。なんか散々だったね・・・。速く部屋に帰って休もうか?りんごも食べたいし・・・。」
「そうですね・・・・・・・・・・・・・・(あれ・・・りんごがない!?落としちゃった・・・!?)」
「じゃ、行こうか!」
なぜか歯切れのいい先輩。もっとさっきの出来事に固執するかと思ったけど、まるで何事もなかったかのように・・・少し不気味だった。そして、腕輪に僅かながらに入っていた亀裂にも後々気づくことになる。

その後、部屋に戻ってからりんごを落としたことを告げると、ものすごい剣幕で怒られてしまった。

~同時刻~

「ふふふふふ、あっははははは!!!ついにできた!!!リルたちを奈落の底へと突き落とす魔のクッキー!!!これで・・・これでリルとルー君は不信感から100%分裂!!!我ながら完璧な計画・・・。あとはこれを渡すだけ・・・。」
厨房に魔女の声が木霊する・・・。


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#27 感(きふく)

疲れた。とてつもなく。できるだけテンションを高く持ち上げてたつもりだけど、ついに力尽きた。
あれだけ町の中を走り回って痛めつけられれば当然なんだけれども。そのあとのイオの昼食なし発言には堪えるものがあった。
「えと・・・・りんごのことなんですけど・・・。」
落としたって何? なくなったって何? 自分の中に張りつめていた糸が切れたような気がした。数分後、目の前には泣きじゃくってるイオがいた。暴力こそ振るっていないものの、何か暴言を吐いたと思う。内容がなんだったのかは覚えていない。
やりすぎた感はあるが、謝る気には到底なれなかったので、黙ってソファに突伏した。窓から差す光が眩しくて、イライラは余計に増す。
自分は何をイライラしているんだろう。俺ってもっと温厚な性格じゃなかったっけ。少なくともこんな短気ではなかった。イオだって、あの追いかけっこ状態で昼食のことなんか頭に残っているはずがなかった。怒る要素なんて何一つなかったはずなのに。
くそっ、考えれば考えるほどイライラしてくる。誰か殴ったり、壁でも破壊したりすれば少しは収まるかな・・・。
思考にはまればはまるほど物騒なことを想像している俺に睨まれ恐怖したのか、イオは逃避するように部屋を出て行ってしまった。俺はいったいどれだけ禍々しいオーラを放っていたんだろう。俺の睨み、そんなに怖かった?
答えてくれるひとは当然いない。空になった部屋の中で、体勢を仰向けにして虚空を見つめる。漂う繊維状の塵が、窓からの太陽光線を受けて露わになる。それを掴もうと試みるが、空気の流れが作用したのか、手のひらを滑るように逃げていった。
町での出来事からの自分は・・・何か変だ。
バタン!
「よう、ルー!飯食いに行こうぜー!」
静寂な空気をぶち壊すように何者かが侵入してきた。
「なんだよ、そんな目で見るなよ。せっかく不機嫌だっていうから飯に誘ってんのに。それともまだあれを根に持ってるのか?」
「・・・その尻尾の炎消してくれない? 暑苦しい・・・。」
「そ、そこまで恨んでたのか。俺は死ななきゃいけないほどいけないことしたのか・・・。」
ん? リザードって尻尾の炎が消えると死んじゃうんだっけ? まあどうでもいいか。とりあえずレックの高いテンションは抑えることができた。一応、&ruby(あれ){悪戯};については何とも思ってない。レックのしたことは激しく人徳を逸脱した行為だが、話が随分と不思議な方向に進んでしまったし、今更責めたところで何も変わらないのが目に見えていたので何も言わないことにしていた。
「で、機嫌悪いって・・・イオに頼まれたの? イオとレックって知り合いだった?」
素直な質問をぶつけたが、特別そういうことではないらしかった。
「いや、突然俺の部屋に入ってきてさあ、何で俺の部屋知ってたかは知らないけど・・・それで、『先輩が情緒不安定に陥っているので宥めてきてください』って。」
「誰が情緒不安定だよ!!!」
「・・・ほらな。昼から様子がおかしいって言ってたぞ。妙にニコニコしてると思ったら、ちょっとのことですぐ怒り出したから凄く怖かったって泣いてたし・・・。言動は大人びていても、あいつはまだ小さいんだからもっと優しくしろよな。」
それについては一応反省している。昼食が食べられなくなったくらいであんな怒り方をしたのは大人気なかった。イオが部屋に戻ってきたら、素直に謝ろう。
「じゃ、そろそろ行こうぜ。俺まだ飯食ってないんだよな。」
「でも食堂はまだ閉じたままなんじゃない? だからってまた外に行くのも億劫だけど・・・。」
本当は外出するどころか、部屋から出て行くことさえ気が進まないのだが、あまり嬉しくない返答が来た。
「いや、もう開いてるよ。」
世界はお前を中心に回っているわけじゃない、と諭すひとがいるけれど、たまには自分中心で回ってくれてもいいじゃないかとこういうときにこそ考える。どうせ断っても無理矢理引っ張っていくつもりなんだろう。粘ったところで時間が無駄に削られていくだけだ。
「お、行く気になったか?」
俺はソファを転がり落ちて、床に着地した。やっぱりソファよりも硬い。
「面倒くさいことは早めに終わらせたほうがいいかと思って・・・。」
「なんだよ、つれない奴だな。そんなスタンスじゃ彼女とも即、別れるだろうな。」
レックの物騒な予言を軽く無視して、硬い床の上を進む。あ、今の言葉で思い出したけど、確かリルが部屋に遊びに来るんだったよな。イオは別に部屋に居させても大丈夫だよね。人数は多ければ多いほど楽しくなるし。その前にイオに一応謝っておかなければ。
「じゃ、行くぞ。あ、俺のおごりでいいからな。今朝は野菜中心だったから、肉にしようか、それとも木の実か・・・あの食堂なんでも揃ってるからいっつも迷うんだよなあ。まず最初はゴスの実ジュースで、・・・・・・・・・・」
ああ、あのソファの柔らかさがまだ愛おしい。

食堂に入ると、熱気が体を包み込んできた。昼間に封鎖されていた反動で、こんな中途半端な時間にも関わらず人口密度が異常に高い。並んでいるひとたちもいる。
「何だかひとが多いね。並ぶしかないんじゃない?」
「並んでたらその分の時間が無駄になるだろ。そんなことしなくてもちゃんと策がある。ついて来い。」
そう言うや否や、長い列を作っているひとたちの横を素通りし、奥に進んでいった。当然、横入りよりもたちの悪いことをされていると感じ取った列から厳しい視線が送られている。・・・俺もあの中をくぐらなければいけないのか?
「おい、早く来いよ。」
レックは睨んでくる群衆を逆に睨みつけていた。結構レックってガラ悪いんだな。このままだと戦争が勃発しかねない。できるだけ攻撃的な視線と目を合わせずに、且つ申し訳ないように中へ入った。レックは良心が痛むという言葉に無縁なようで、後ろを振り返らずにどんどん奥へと進んでいく。けど、見渡す限りどこの席も埋まっていて、とてもじゃないが腰を下ろせる場所はなさそうだった。が、
「よし、やっぱりあそこは空いてたな。」
レックは二足歩行ゆえに俺よりも高いところから見渡せるらしく、空席を見つけたようだった。なぜあれだけの人数が並んでいたのに空席があるのかは疑問に思ったが、かまわず席に着く。はじっこ
「俺は何か取ってくるから。お前は一応席取りって事で座っててくれ。」
返事をする間もなく、レックはまた来た道を戻っていってしまった。
「別に俺は何も要らないんだけどな・・・。」
独り虚空に小声で呟く。空腹なはずなのに鬱な気分が食欲さえも鎮めているようだった。

『具体的に何がおかしいんだよ。』
『なんていうんでしょうか、心の&ruby(たが){箍};が外れかかっているというか・・・すみません、こんな抽象的ない言い方しかできなくて。でもよく見てくださいよ、右腕のアレ。』

確かにルーの腕輪には欠損のようなものが見受けられた。でもそれだけだろ・・・? それが突然感情の起伏が激しくなったことの原因とは到底思えない・・・。ただのイオの思い過ごしだと思うが・・・。

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#28 禁(きんしじこう)

食事にあれほどまで苦痛を感じたことなど、記憶を失くす以前にもなかったことだろう。空席に座っただけなのに、なぜか鋭い視線があちらこちらから向けられた。まるで俺たちをそれで殺すかのような・・・。かと思えば、まるで畏怖の念を感じるかのようにわかりやすく目を逸らし続けるひとも居た。レックはレックで黙々と目の前の食事に齧りつき、周りの目など気にしてはいないようだった。食事といっても俺は何も頼んでいなかったし、ただレックが料理を平らげるのをひたすら待つだけで、もともと楽しいものでもなんでもなかった。だから余計に周りの視線が気になる。俺たちは何か無礼なことでもしているんだろうか。・・・多少はしたけど、空席に座って何を咎められることがあるんだろう? 
底の浅い頭がだんだんと回転しなくなってきたとき、木製のテーブルに何かが刻みつけられているのが目に入った。

『Z.Ivory』

誰かの名前だろうか? Zがイニシャルだけの表記になっていたので、名前はわからなかった。にしても、公共物に傷をつけるなんて・・・。なんとなく&ruby(たち){性質};の悪い奴だという想像が働く。よく見てみればレックのほうにも同じようなものがあった。『V.Cin・・・』と途中までは読めたものの、ごちゃごちゃと置いてある皿が邪魔になって読むことができなかった。どれだけ食べたら気が済むんだよと言いたくなったが、いつの間にか皿の上には何も見当たらなくなっていた。
「うっ、ちょっと食いすぎたか・・・。流石に7皿はきつかったな。」
それだけ無駄に腹に入れられる量があったのなら、少しくらい分けてもらえばよかった。さっきまで気持ちが不安定で食欲が湧かなかったけど・・・どうしてだろう、レックが恍惚とした表情で満たされた腹をポンポンと叩く姿を見ていると、無性に食べたくなってくる。ああ、レックが美味しそう・・・。
「おい、何だか目がおかしいぞ。今更になって涎をたらすな。」
レックの呼びかけで我に返る。なんだろう、今結構怖いことを考えていたような気がする。
「今更になって食べたいとかいうなよ。お前が最初に断ったんだからな。俺もこれ以上は食えないし、長居は無用だし帰るぞ。周りの連中の目もうざったいしな。」
レックの意識の中では声量を抑えて言ったつもりなんだろう。だがその響く声は周りのひとたちにも伝わったようで、即座に視線の集中砲火を浴びる。当然俺も巻き込まれるような形で。俺はこれ以上原因不明のひんしゅくを買うのはごめんだったので、レックが他人と火花を散らしている間に先に行って食堂を出た。
「お、おい、待てよ、置いてくなって!」
レックもすぐに俺が去ったにことに気づいて走ってくる。やはり食べ過ぎたのか動きがいくらか鈍く感じられる。
「うっ、やば、戻しそう・・・。」
「そんなことしたら殴るから。腹八分目に医者要らずって言葉知らないの?」
「八分目? そんなんじゃ腹がもたねえよ。十二の間違いじゃないのか? ・・・うぷっ。」
レックは健康に関して独自の主観を持っているらしい。おそらく間違っているだろうけど。
「はぁ・・・一日が半分過ぎたかって頃なのになんでこんな疲れてんだろ・・・?」
遠回しに、レックが居心地の悪い席に連れてこなければ気疲れせずに済んだ、と嫌味を言ったつもりだった。が、
「お前の体力がないからじゃねーの?」
まったく通じていなかった。
「違うよ! レックは何も感じなかったの? みんなからじろじろ見られて・・・俺たち何か悪いことした?」
「ああ、そういうこと? まあ・・・あの席は本来軽々しく座れる場所じゃないからな。それでみんな俺たちのこと見てたんだと思うぜ。」
「・・・どういうこと?」
こう聞くのはある種の約束のようなものだけど、明らかに話が不穏な方向に進んでいるのに聞かずにはいられなかった。
「まあ簡単に言えばな、お偉いさん達の指定席だ。ほら、名前が彫ってあったろ。あの席はそのひとたちに所有権があるってことだ。確か半年くらい前だったかな、何も知らない新米下級兵がその席に座って・・・ボコボコにされたんだぜ。運の悪い奴だよなぁ。当時はかなり話題になってたよ。その時間にその場に居た奴らはその衝撃的な光景に凍ったように動けなかったらしい。・・・っていうのが俺の聞いた話だ。あのひとも普段は温和なのに・・・彼女とちょっと喧嘩したからってそんなに機嫌悪くしなくてもいいのにな・・・。」
背筋に悪寒を感じ、冷や汗のようなものが滲み出る。なぜ周りの視線が集中していたのかという謎は大体解けた。命知らずな奴だと思われていたか、もしくは哀れみの眼差しだったのか・・・。だが、今となってはどっちでもいい問題だった。
「・・・えーっと、つまり・・・俺たちはそのお偉いさん達の領域を侵したから・・・その半年前の犠牲者と同じ運命を辿るってこと?」
恐る恐る尋ねると、俺の態度とは対照的にレックはあっけらかんとして答えた
「犠牲者って・・・はは、そんなわけないだろ、俺、その人と結構仲良いんだぜ? 間違っても殴られたり蹴られたりはしないから・・・・・・・・・・多分。」
「多分って何だよ!」
最後の一言のせいでまったく不安が拭えない。俺がおびえるのを見て楽しむためにわざと言ったんじゃないだろうか。思わず立ち上がってレックの肩を揺すりながら迫る。こうして見ると・・・レックって俺より少し身長あるんだな。&ruby(て){前肢};がレックの肩に届くかどうかってところだ。
「い、いや、しょうがないだろ、割と気分屋なひとだし。根は良いひとだから安心しろって。それに、お前だって一度会ったことのあるひとだぞ。お前が覚えているのかは知らないけどな。」
俺が一度会ったことのあるひと? そんなのは数え切れないほどいる。ここに来てからというもの、記憶をなくしたせいでもあると思うが、知り合いのようなひととは誰ひとり会わなかった。もしかしたらまだ会っていないだけかもしないけど。
「いい加減&ruby(て){前肢};を離してくれよ。」
レックが強引に上から俺を押さえつける。いつになく高圧的に感じた。
「ほら、覚えてないか? 体は見上げるくらいでかくて、威圧感たっぷり。大きな尻尾、そして翼。これで分かるだろ?」
体が大きい、威圧感がある、尻尾があって、翼もある。そんな派手な特徴を持っていて、俺が一度会ったことがあるひと。・・・そんなひといたっけ? 大きくて、尻尾と翼がある。・・・大きい、尻尾、翼。大きい・・・。

『・・・雄っぽいけど、・・・まあいいか。』

まさか、あいつが? いつか俺を(多分)手篭めにしようとしたあいつのことなのか。・・・根が良いひとだって? レックは寝ぼけてるんじゃないのか。あんな奴のどこが良いひとなんだ。外道にもほどがある。
「お、思い出したか。」
「レック、嘘つくのはよそうよ。あんなのが『良いひと』に分類されるなら世の中のほとんどのひとは神様だよ。」
「はぁ!? お前こそ何言ってんだ! お前あの人の部下になるんだぞ! 最高じゃねえか!」
そこで一瞬の空白が訪れる。
「・・・部下? なんの・・・・こと?」
激昂していたレックがまるで呆れたかのように衝撃の事実を告げた。
「何だ、まだ知らなかったのか。そのひとはお前の上司だ。」
期待、それと少しの不安で満たされていた『新しい生活』が・・・・・・始まる前に終わった。



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最終更新日は6/23

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- ルーの返事がきになルー --  &new{2008-12-10 (水) 07:48:34};
- ルーは姫とじゃないんだ。 --  &new{2008-12-21 (日) 02:09:50};
- まあそうなりますね。現時点では。 
 でもこれから姫とどんな拘わり方をするのか細かくは決めてないので
 ひょっとするとそんなことがあるかも知れません-- [[朱烏]] &new{2008-12-22 (月) 22:25:05};
- わーい^^ふえたふえた。 笑顔のつもり。 --  &new{2009-01-18 (日) 03:48:35};
- どんなクッキーかきになる。書くのがんばれー --  &new{2009-02-15 (日) 12:01:46};
- やっぱり、何かたくらんで、いたピカチュウの姉(ライチュウ)が作ったクッキーが、完成(クッキーだったんだ)!!さあどうなる事やら。(もしや媚薬でも、入れてあるんじゃ・・・・)  朱鳥さん、がんばって下さい!!!。 -- [[リオ]] &new{2009-03-23 (月) 06:25:07};
- 鋭いですね。3分の1くらいは当たってるかもしれないです。&br;長い間更新できなくてすみません。今かなり忙しい時期なので、もう少し待っていてください。 -- [[朱烏]] &new{2009-03-23 (月) 08:30:06};

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