written by [[朱烏]] 15 涙(なみだ) 「・・・さん、起きてください。ルーさん。」 どこかで聞いたことのあるような声が聞こえる。思い出せそうで思い出せない。女性だというのは声のトーンでわかるんだけどなぁ。 「もう日は落ちてますよ。何か食べませんか?」 また話しかけてくる。それにけっこう耳元で話しているみたいだ。ちらりと横に目をやるが、そこにいる誰かの声のとおり、この部屋はかなり暗い。光源といえば、まだ低い位置にあるのであろう月の光が、窓から弱々しく差し込んでくるだけだ。 「えーっと、君は誰?」 本当はここで敬語を使うべきだった。 「寝ぼけているんですか?一度お会いしたじゃありませんか。」 会ったこともあるような気がするけれど、やっぱり声だけじゃわからない。 「しょうがないですね。これでわかりますか?」 その人がベッドからテーブルのほうに飛び乗って、何か棒のようなものに触れた。その瞬間から、それは静かに煌き始め、揺れる炎は部屋の中央を照らした。そんな穏やかな雰囲気とは対照的に叫んだのは俺だった。 「ラ、ラナさん・・・じゃなくて姫!!?」 「あら、覚えていてくださったのですね。嬉しいです。」 「い、いえ、こちらこそ・・・またお、お会い・・・できて光栄・・・です・・・。」 緊張し口ごもって自分でも何を言っているのかわからなかった。初めて会ったときはある程度普通に話せていたと思うが、それははっきりと自分と相手立場がわかっていなかったからだ。相手はこの国を治める王の娘で、自分はどこにでもいるような一匹のポケモンに過ぎない。レックの話を聞いてから、話すことはもうほとんどないと思っていた。だけど・・・また会って話すことができるなんて。 「体のほうはよくなりましたか?」 「は、はい。おかげさまで・・・。でも姫は・・・ここにいて大丈夫なのですか?」 俺が聞き返した瞬間、なぜかさっきまでの笑顔が消え、少し不機嫌そうな顔をした。またなにか不用意に喋っちゃったかな・・・。 「あの・・・姫・・・。どうか・・・されましたか・・・?」 ますます不機嫌そうな表情になった。いや、不機嫌な顔、というよりは何か哀しさのようなものが伝わってきているような気がする。そしてそれは的中してしまうのだ。 「お願い・・・。『姫』じゃなくて『ラナ』って呼んで・・・。」 唐突すぎる一言。内容も一瞬で理解できるものではなかった。姫がそれによって何を求めているのかもまったく見当がつかない。俺はしばらくの間黙りこくっていたが、やがてこう答えた。 「いえ、それはできません・・・。」 俺は少しうつむき加減で話した。なぜかはわからないけど、ラナ・・・姫の顔を見ていると胸が苦しくなってくる。 「なぜですか?初めて会ったときはそうやって呼んでくれたじゃないですか。」 確かにそのときはそう呼んだ。・・・何も知らなかったから。 「・・・お互いの立場が分かった以上、そんなことはできないんです。姫も・・・」 「なんで?」 姫は、それ以上は言わせたくないというように言葉を遮った。顔をあげると、目に映しだされた光景に思わず驚嘆の声がでてしまった。姫が下瞼に涙を湛えながらこちらを見つめていたのだ。言葉も何も出ない。 「・・・立場とか地位とか・・・そんなことどうだっていいじゃないですか!ただ生まれたところが王家だっただけ・・・ほかは誰とも・・・何も変わらない・・・一匹の、ちっぽけなポケモンなんです・・・。」 そう言い終わると、ラナの両目から大粒の雫が落ちていった。蝋燭の炎の光が映りこんでいる明るい橙色のそれはとても虚しい。ほんのちょっとだけ、姫・・・ラナが何を求めているのか理解できた。だからラナが今まで感じてきた孤独、苦しみがひしひしと伝わってくる。気がつくと視界がぼやけて波打っている。 時は静かに流れ、ルーとラナは互いに見つめあっていた。 「さっきは怒鳴ってしまってごめんなさい。」 「い、いいよ、気にしないで。」 少し時間が経ったとはいえ、さっきまで敬語で話していた相手に話し方を変えてしまうのは、やはり抵抗がある。 「・・・わたし、対等に付き合える友達がほしかったんです。今まで友達だと思っていたひとは立場のせいで対等になれなかった・・・。私のほうから歩み寄ろうとしても避けられてしまうんです。でもあなたは初めて会ったときから名前で呼んでくれたし、敬語も使わなかった・・・。わたしが王家の者だと知らなかったのは分かっていました。それでも嬉しかったんです。」 またラナの目が潤み始めている。さっきまで哀しさを漂わせていたその瞳は美しく綺麗だった。 「泣いちゃだめだよ。もう何も哀しいことなんてないでしょ?独りじゃないんだから。」 「ぐすっ・・・・・うん。」 グゥ~。 「・・・・・・・・・・・・あははっ。まだ何も食べていませんでしたね。」 変なタイミングで腹が鳴ってしまった。少しかっこいいことを言ったつもりだったのに・・・。俺の体は空気を読むということを知らないらしい。 「なにか食べ物を取ってきますね。・・・あ、そうだ。」 一度ベッドから降りようとしたラナが、再び俺の眼前に戻ってきた。 「どうした・・・の・・・」 あまりにも予測不能な出来事に、俺はそれ以上言葉を続けることができなかった。自分の意思で喋ることをやめたわけじゃない。 塞がれていたんだ。俺の口が、ラナの口によって。 それは一秒経つか経たないかのとても短い時間だったが、俺の頭を混乱させるには十分すぎる時間だった。ラナはいったい何をしているんだ!? 「友達になったしるしです。」 ああ、そういうことか・・・じゃなくて!今の俺の知識のなかでは、男女間のキスにそんな意味は含まれていない! なんでこんなことを!?まさか俺に気がある・・・!?いや、でも・・・。 頭がぐちゃぐちゃになりかけたが、ラナの無邪気な笑顔を見て、とりあえず恋愛感情のようなものが含まれていないことだけはわかった。だけど、いきなりこんなことをしてくるなんて・・・。 その後ラナが持ってきてくれたオレンの実をふたりで一緒に食べたが、俺のぼーっとした顔を、どうしたの、とでも言いたげな表情でこちらをずっと見ていた。 後に聞いた話だと、ラナはキスが恋愛関係にある男女がするものだということを知らなかったらしい。 -------------------------------------------------------------------------------- 16 歩(あゆみ) ずっと歩き続けて研究所からかなり離れたが・・・どの町にもルーを見たと言うひとはいない。それに進めば進むほど科学技術の発達が遅れている・・・。体が成熟してきているといっても、精神的にはまだまだこども。なにひとつ不自由のなかった研究所と違う環境に適応できているのだろうか。もしかしたら何らかの手段で食糧を得ながら逃げ続けているのかもしれない。そうなるとかなりやっかいになる。 まだ自分の力を制御しきれていないルーをほうっておくのは危険すぎる。けっしてハックスのためではないが、早く見つけなくては・・・。 「はぁ~、やっと終わった・・・。」 「たった3時間だろ。何で疲れてんだよ。」 「たった3時間って・・・。入隊式にそんな時間かけなくてもいいよ・・・。ずっと立ってるの本当に疲れるんだから。」 「これくらい耐えられるようじゃなきゃこの先のつらーい訓練でもたかが知れてるな。」 まあ、実際はそんなにきつくはないんだが・・・、少しは気を引き締めてもらわないとな。 「はぁ・・・で、これからどうすればいいの・・・?」 ルーがため息混じりで聞いてくる。 「大体の奴らは自分の荷物を持って各自の部屋に移動する。お前は手ぶらだから何も持ってくものはないな。そのあとは・・・勝手に食事とって勝手に寝る。それだけだ。」 「なんか随分テキトーだね・・・。規則とか就寝時間とか決まってないの?」 「さあ?少なくとも俺はそんなの聞いたことないな。誇り高きこの国の兵士であるならば自己管理ぐらいじぶんでやれ、っていうことじゃねえの?」 なんだ、この職業、案外厳しくないな。兵士と聞いたときは、強くなるために必死で訓練したり、ひたすらしごかれる、とかそんなイメージばかり抱いていたから拍子抜けした。喜んでいいものか、それとも嘆かわしいことなのかはよくわからない。 「あ、それと、」 話し終わったと思ったレックがいきなり喋り始めたので、自分の思考の世界の世界から一気に現実に引き戻された。 「部屋は基本的に&ruby(ふたり){二匹};一組だからな。ちゃんと仲良くしろよ。」 「えっ?」 ・・・俺のほかにも誰かが部屋に・・・? ~数十分後~ ったく、広すぎだよこの城。門からこの部屋の前まで来るのに30分はかかったぞ。まあ迷ってしまったというのもあるんだけど・・・。それにしたって最短でも10分はかかってしまう。 そんなことよりも。ここが俺の部屋ということは今すぐ入っても問題はないはずなのだか、扉に手(前足)をかけることができない。この黒い扉にただならぬ妖気を感じる・・・とかいうのではないが・・・。さっきから部屋の中で何かがガサゴソと物音がするのだ。別にそのことに驚いているのではない。2匹入る部屋なのだから、先に誰かが来ていることは容易に想像できる。だが、それが誰なのかと想像したら勝手に足が止まってしまう。特に不安があるわけではない。この中にいるひとと上手くやっていけると思うし・・・。 もしかしたら、誰がいるのかというのはどうでもよくて、これから始まるであろう新しい生活への第一歩に必要な何かが足りないのかもしれない。いや、足りないのではなく、多すぎるのだ。自分の中をめぐっているさまざまな感情が足枷となっている。 でも、何ごとも一歩目がなきゃ始まらないよな。深呼吸して扉の全体に目をやる。すると、今まで気づかなかった白い文字が飛び込んできた。 Lou=Carmine Khaki ルー・カーマイン?・・・ああ、そういう設定になってたのか。ワースって意外に細かいところまで目がいくんだな。それよりも下のほうは・・・カーキ・・・かな?どんなひとなんだろう? 恐る恐る扉に手(もちろん前足)をかける。ここはどうやって入っていくべきだろう?やっぱり第一印象は大事だし、元気よく開けて、「こんにちは!」って明るくいったほうがちょうどいいかな? ・・・よし・・・行こう! ガタッ! 「こんにち・・・」 ガラガラガラガラ・・・・。 突然自分の足元に、夥しい数の木片が散らばった。何が起こったかはまったくわからないが、崩れたときの音のタイミングと場所から察して、俺が何かやらかしてしまったことは明白だ。そしてその傍に呆然と立ち尽くしている、俺より背丈の低い今にも泣きそうな一匹のポケモンがいた。 「あ、あともう少しで・・・完成だった・・・のに・・・。ぐすっ・・・。」 やばい、泣かせてしまった。こんなときはどうすれば・・・。って、あれ? 「もしかして・・・イオ?」 「ひっく・・・え?・・・先輩・・・・ぐすっ・・・。」 「じゃあ表に書いてあったカーキって、イオの名字だったの?」 「はい。ルー先輩を驚かしたくて名前のところを削ったんです。」 削っちゃだめだろ・・・。一応公共物だぞ・・・。それに色々と不自然なこともある。 「ていうか、そもそもなんでイオがいるの?俺に負けたんだったら不合格だったんじゃないの。」 「何言ってるんですか、試験を受けた9割方は合格してますよ?あまりにも一方的な負け方をしなければ合格にはなりますよ?僕だってルー先輩に結構ダメージを与えていたわけですし・・・。」 イオは少し反駁するように言った。それほど負けたことが悔しかったのだろうか?こっちは勝ったことを覚えていないのだが・・・。 「それと、あの散らばってる積み木みたいなのは何?」 「積み木ですけど・・・。」 こんなところにおもちゃを持ち込んでいいのか?どう考えてもだめな気がするが。 それに、言っていることや考えていることはかなり大人びているのに、やっていることはすごく子供っぽい。こんなんでやっていけるんだろうか。 こうして俺は新しい生活の第一歩を踏み出した。 -------------------------------------------------------------------------------- 17 餌(ばんごはん) この部屋に入ってしばらく経つが、あれ以降イオと俺は口を開かなかった。険悪な雰囲気になっているわけではなく、イオがまた積み木で何かを作り始めたので、少し話しかけづらくなっただけだ。だから俺はこの部屋全体を見渡すことに専念した。 壁、天井はやはりレンガでできていて、置いてあるものもあまりなく、割と殺風景な部屋だ。目立つものといえば、俺やイオのような低身長のポケモンにあわせて作られたようなソファーとベッド、それとベージュ色の絨毯が敷いてがあるだけだ。 俺はそのソファーでくつろぐことにした。少しだけ外枠が装飾された円形の窓から見える空を眺めてみる。綺麗な青はそこに無く、灰色がかった曇天が映りこむ。新しい生活が始まるんだと意気込んでいる俺の心とは正反対だ。まるで何かを暗示しているように・・・なんて、考えてみる。 「そろそろ食事しに行きませんか?」 イオは窓の外を見つめながらうとうとしかけている俺を起こすかのように尋ねてきた。食事か・・・。でもまだ空は明るいし、何か腹に入れようという気はあまり起こらない。 「俺はおなかすいてないけど。」 ぐぅ~。 「僕はおなかすいてるんですけど。」 イオがつぶらな瞳で見つめてくる。断ったらまた泣いちゃうのかなぁ。あんまり気は進まないけど・・・。 「わかったよ。」 イオは俺に外に出るように首で促し、自分自身も出て行った。おれも重たい腰を上げ、イオの後をついていった。だがこれだけ広大な城の中を迷わずに食堂までたどり着けるんだろうか。だが、イオの足取りを見る限り、場所は知っているようなので、そんな不安は多分不要だろう。が、 「あ、先輩。食堂ってどこにあるんですか?」 「はぁ!?・・・・ったく。」 15分ほど経って、広いホールのようなものを見つけた。中には誰もいなかったが、入り口の表記を見ると『食堂』と書かれているので場所は食堂で間違いないだろう。 俺達は低いテーブルを選んで座り、少し食べ慣れたモモンパイでも注文しようと思ったのだが・・・誰もいない食堂でそんなことができるはずもなく・・・。 「キッチンでも見てきますか?」 とイオが言うので、腹の減っていない俺にとってはどうでもよかったのだが「うん。」とだけ言った。 その結果イオがキッチンから取って(盗って)きたのが、モモンの実10個。 「これ料理じゃなくて原材料だよね?それにそんなに甘ったるいもの食べたくないよ。」 「じゃあ僕がひとりで食べますから。」 その小さな体にこれだけの量の食物が入るのならばたいしたものだ。・・・そうじゃなくて・・・俺が何も食べないんだったらここに来た意味が無いような・・・。これから黙ってイオが食べ終わるのを待つだけか。 「先輩ってどこの出身なんですか?」 イオがモモンの実をはほおばりながら聞いてくる。俺はそんなことより、イオの口から零れてきている汁のほうが気になる。いつの間にか4つも平らげていた。 「えっと、・・・ね、ネアン地方・・・。」 かなり前にワースからそういうふうに言え、と言われていたことだが、初めて使ったと思う。 「・・・・・そう・・・ですか・・・。」 返事が暗かったのは気のせいだろうか。いや、イオの表情は重たく暗いものになっている。また何か気にさわることでも言ってしまったのか。でも今回は出身地を答えただけだし、俺に責任は無いはずだ・・・多分。 「先輩って、前半は本気出してなかったんですよね。」 「え?」 重たい雰囲気のまま突然話題が変わったので、何を話しているのかまったくわからなかった。それ以前に、前半とか本気とか、単語一つ一つがその文章の中で何を表しているのか、それすらわからなかった。 「だから、試験のときの話ですよ。あれだけ強いのに・・・。最初から本気出せばすぐに終わったじゃないですか。それとも・・・遊んでたとか?」 やっと話の大筋がつかめた。が、どういう返事をすればいいのかわからない。しかし、バトルの後半のほうは記憶に無いわけで、自分が本気を出して戦ってなかったなんて知れた範囲ではない。少なくとも、前半は本気を出して戦ってたつもりだし・・・。 「・・・僕はこれで失礼します。」 「あ、ちょっと!」 行ってしまった・・・。黙ったままの俺の態度が気に食わなかったらしい。でも、突然帰るなんて。他に何か気にさわったのか?でも話を切り出したのは向こうだろ・・・。自分を取り巻く環境の変化があまりにも速すぎて頭の回転がついていかない。 ・・・イオは何を考えて、何を言いたかったんだろう? 考えても絶対にわからないようなことを、いつの間にか空になっていた皿を見つめながら考えていた。この食堂という空間に自分以外のものがいることも知らずに。 時同じくして、かつ同じ空間にて。背丈も顔つきもほとんど同じ&ruby(ふたり){二匹};のピカチュウが、物陰から何かの様子をうかがっている。&ruby(はた){傍};から見れば怪しいことこの上ない 「ね、ねえリル、ルー君今どうなってる?」 「ちょっと押さないでよ!・・・イオ君がどっか行っちゃったみたい。今ひとりだよ。で、どうするの?」 「どうするのって・・・もちろん会って話してみたいし・・・・・・・・・・カッコイイし・・・・。」 カッコイイ、か。どちらかというとカッコイイというよりも可愛いって行ったほうが正しい気もするんだけどな。顔立ちが中性的で童顔だし。別にロロの価値観にケチつけてるわけじゃないけど。 「早くしないとルー君もどっかに行っちゃうかもね。こんなチャンス滅多にないのに。」 確かに、偶然食堂の掃除当番が割り当たって、しかもその誰も来るはずのない時間帯に偶然好きなひとが来た。しかも連れがいなくなった&ruby(イコール){=};ふたりきりになれるかもしれない。そんなシチュエーション、今を逃せば半永久的に来ない気がする。だけど・・・なんか恥ずかしいよう・・・。 「ああもう!じれったいなあ!いってらっしゃい!」 「ひゃ!?」 行動をなかなか起こそうとしないロロをリルがを思い切り突き飛ばした。 ドタッ! 静かで広い食堂だけに、ロロが倒れた音はその空間全体に響き渡った。 「・・・・だ・・・、誰か・・・・・いるんですか?」 どうしよう、気づかれてしまった・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 18 陰(?) 今柱の向こうから物音がしたような気がする。それと声も。 「・・・・だ・・・、誰か・・・・・いるんですか?」 音がしたほうに向かって声をかけてみる。何も返事は無い。誰かいるのだろうか。ついさっきまでここには自分ひとりしかいないと思っていたので、他に何か得体の知れないものがいると思うと・・・背中が少し冷えてきた。なんだか気味が悪いな。ここにいる理由ももうないし、そろそろ帰ろうか。・・・! そう思ったときだった。自分の中に芽生えた何かの感情が、『帰りたい』の方向に向いていたベクトルを真逆のほうを向かせた。 誰がいるんだろう。確かめてみたい・・・。というどうでもいい物事に対する好奇心がベクトルの方向を変えてしまった。その意識の奥に潜む好奇心の存在をルー自身まだ気づけていない。 俺は足音を立てないようにそっと柱へと近づいた。聞こえるのは自分の呼吸音だけ。変な緊張感が纏わりつく。心臓の鼓動のペースは隠れている『何か』との距離と比例するように速くなっていった。肉球が汗ばむのも感じる。そして、その前足が柱に触れることができる位置まで来た。 よし、1・2・3!で向こう側に飛び出そう。特に数字を数える意味はないのだけれど、一応心の準備の為。・・・・・1・・・・・・2・・・・・・・・・3! (・・・・・・・!!) ・・・いない。何も・・・誰もいない。そんなはずは・・・、何かが倒れるような音も声も確かに聞いた。もともといなかったのか、それとも逃げたのか。どうしようか・・・探してみようか。 いや、少し冷静になって考えてみよう。ここで隠れていた奴を探してどうなる?聞かれてはいけない会話をしていたわけでもない。もしかしたらそいつは隠れているつもりはなかったのかもしれない。俺達は入ってきたときに見られてはいけない何かをしていて、しょうがなく隠れていたのかもしれない。 だったら・・・探す必要性はどこにもないのではないだろうか。だいたい、ここに誰かがいたという確証がない。聞こえた音だって、もしかしたら幻聴だったのかもしれない。最近色々なことがあって疲れが溜まってそういうものが聞こえてしまったのかも・・・。そうだったら、早く部屋の戻って休まなきゃ。・・・ん? 自分の中で論点が少しずつずれていっているのに気がついて、考えることをやめた。しかし、ここに何もしないでいるのも無意味だ。日が暮れれば食事しにくるひとたちも沢山来るんだろうな。・・・。考えがある程度まとまり、そのベクトルは漸く『帰りたい』の方向を向いた。それと同時に自分の体も出入口のほうを向く。そしてそこに向かって歩き始めたときだった。 「ひゃ!!」 あれ、今なんか声が聞こえた。それも出入口のほうから・・・しかも・・・そこに黄色い『何か』がいる。あれが隠れていた奴なんだろうか。 俺は音を立てないように、かつ速めのスピードでそれに忍び寄った。それはどうやらポケモンのようで、黄色い体に茶色の縞模様が入って尻尾がギザギザという姿で、うつ伏せになって倒れていた。大きさは俺よりも二回りくらい小さい。頭と思われる部分は出入口のほうを向いている。ここを去ろうとして何かの拍子に倒れてしまったらしい。状況から察してみても、こいつがここに潜んでいた者であるのは明白だった。 問題はこいつをどうするかだ。さすがに無視するわけにもいかない。かといってこのまま倒れてもらってては困る。とりあえずこいつが起きてくれないことには何も進展が無いので、軽く体を揺さぶってみる。・・・だが何も反応は無い。 次はどうするべきだろうか・・・。うつ伏せになっているから、仰向けにでもしてみるか。こいつの黄色いからだと床の間に前足を入れて、ひっくり返そうと試みる。だが、その小さな体から想像していた重さよりはるかに重いことに気づく。なかなかひっくり返らず・・・。全身の筋肉をフル稼働して、やっとその表情を見るに至った。目は閉じたまま、顔はこわばっているように見える。気絶でもしているんだろうか。 「君、大丈夫?」 話しかけながら、俺は再びその体を揺り動かす。だがやはり目覚める気配が無い。どうしたものかとため息をつく。 ふう、最近トラブルばかり続いているような気がする。規模だけでいえばこういうトラブルはたいした大きさじゃないんだけど・・・。今まで解決してきたのはほとんど他人だったからなぁ。どうすれば起きてくれるんだろ。いっそ殴って起こ・・・・それは絶対にだめだ。 本日何度目になるのか、悩んだり考えたりしながら、こいつの顔を眺める。そういえばずっと起こす作業に夢中になってたから、初めてじっくり見たと思う。顔つきから察すると、どうやら雌のようだ。さっき体に触れたときも雌特有の軟らかさというか、雄のように筋肉質ではなかった。・・・あ、またどうでもいいこと考えてた・・・。 「う、う~ん・・・」 「ひっ!?」 な、なんだ!?静かなところにいきなり呻き声のようなものが聞こえてきたから、驚いて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。毛も少しだけ逆立っている。・・・こいつ、起きたのか? 「目、覚ました?起きてよ。」 今度こそ目を開けてくれることを願って思い切り体を揺り動かす。その瞬間だった。 ゴッ!! 「ぎゃ!?」 突然飛び起きたこいつの頭と俺の頭がぶつかり、独特の鈍い音をたてた。多分悲鳴を上げたのは俺のほう。あまりにも凄絶な痛みのせいのか、それともあまりにも唐突なことでびっくりしたのか、原因はよく分からないけれども俺はそこで気を失った。 -------------------------------------------------------------------------------- #19 縛(たばねる) 「おい、起きろ。」 ・・・何度も聞いたことのある声が耳に入ってくる。記憶を失って以来、一番多く耳にしている声。レックだ。 「何時間寝てるつもりだ?」 寝てる?俺は今寝てるのか?そういえばそんな気もするようなしないような・・・。 「寝ぼけてやがるな。よし。」 よし、って何がだ?さっきから何を喋っ・・・ 「ぎゃあ!?」 突然頭に何らかの圧力がかかり、木槌で思い切り殴られたようなものすごい激痛が走った。そのせいで完全に目がさめたのは言うまでもない。 「やっぱり頭&ruby(お){圧};すと痛てーか?って当たり前だよな。こんなに大きいたんこぶができてるんだもんな。相当ひどい内出血だぜ。」 目覚めてから数十秒経つが、頭の痛みのせいで何の思考も働かない。痛い、それだけしか感じることが出来なかった。 「今度は何したんだ?」 何したと聞かれても・・・。俺何かしてたっけ・・・。ああ、そうだ。 「えっと・・・・確か・・・・黄色いポケモンが・・・倒れてて・・・・、その前に・・・イオと食堂で・・・話してて・・・・・・・・、起こしたら頭突き喰らった・・・・・・ような・・・。」 思い出した順番でこれまであった出来事を話したので、文の順番がめちゃくちゃになってしまった。意味は正しく伝わってないかもしれない。 「言ってることはよく分からないけど・・・その黄色のポケモンってのは仲良くお前と一緒のベッドで寝ている隣のピカチュウのことだよな。」 「え?」 レックの視線、すなわち俺の右側に目をやると・・・。黄色い顔が俺の顔とくっつきそうになるくらいの至近距離に置かれていた。驚きだとかびっくりだとか、毎回ありきたりな言葉でしか表せない出来事は多々あったけど、今回はなぜか心臓が止まりそうになるくらいのびっくりだった。これだけ近くにひとが居るのに存在すら気づけなかったなんて。 「何で・・・一つのベッドに・・・二人で寝かせ・・・るんだよ・・・。多分このピカチュウ(だっけ?)・・・雌だよ?」 激しい頭痛の波が言葉を遮る。 「偶然通りすがったあるひとが・・・お前が前に会ったって話したカイリューのゼントさんって言うんだけど、お前の悲鳴らしきものを聞いたらしい。で、食堂に行ってみると仲良く気絶しているおふたりを発見。そのあと医務室まで運んできてくれた、というところまではいいものの、ワースとかいう馬鹿な医者が、「医務室が狭くなる」という理由でベッドを一つしか置いていない。ほんと迷惑な話だよな。それでしょうがなく一緒に寝かせることにした。納得したか?」 早口で聞き取りにくかったが事情はなんとなくわかった。迷惑と言っていたが、なぜか顔がにやけている。喋っている途中で笑いをこらえていたように見えたのも気のせいではないだろう。 「そういえば廊下はもう消灯の時間だな。俺は帰るぞ。」 ・・・展開がいきなりすぎる。苦痛極まりないやり方で起こされ、ざっと適当な説明をされて、そのまま帰るって・・・。まさか俺をここに置き去りにする気か? 「ふふっ、その顔は俺を置いてくなって顔だな。いーじゃねーか別に。ワースも一晩安静にしてろって言ってたしな。」 「そうかも・・・しれないけど・・・・、だからって・・・・雌と・・・一緒に・・・するな・・・。」 途切れ途切れになりながら話し終えたときには、既にレックは扉を開いてた。 「楽しい夜を・・・。」 扉は閉められ、何かガチャガチャと音をたてたあと静かになった。多分外側から開けられないように何かしたんだろう。結局引き止める術もなく、俺は置き去りにされた。扉の閉じる瞬間の隙間から見えたレックのあの歪んだ表情。絶対何か企んでいる。でも何を企んでいるんだ?まさか、たった一晩で俺がこの雌と仲良くなって、情欲に駆られた行動を起こすとでも考えているのだろうか。確かにちょっと可愛いけど、そんなことする気はさらさらない。この子のことを何も知らないのに・・・。 だいたい一晩安静というのもレックが俺をここに居させるために喋ったでまかせかもしれない。いくら内出血や頭痛がひどいからって、あのワースがそんなこと言うのか?今頭の中を侵食している鈍痛だってレックが面白半分に圧さなければここまでひどくなかったはずだ。 とにかく考えるのはやめにして、この状況をどうにかしなければ。とりあえずべッドから降りようか。・・・本当はもっと前にすべきことのはずだったんだけど、目覚めと状況変化の速さ、それと痛みで喋ることすらままならなかった。これもレックの計算のうちに入っていたのなら完全にはめられたことになる。本当に俺のこと友達だと思ってるのか? レックに不信感を抱きつつ、俺は自分にかけられている部分の毛布をはがした。あくまで自分の部分だけ。このピカチュウにはここで寝てもらい、俺は床で寝るためだ。そのまま後ろ足を床につけようとした。 そのとき、右前肢に感じた違和・・・。なんだろう、この圧迫感というか、束縛感というか、&ruby(おもり){錘};が取り付けられているような感覚。・・・とてつもなく嫌な予感がする。まだ毛布の下に隠れているこの前足に何かが起こっている。恐る恐る自由の利く左前肢で毛布をめくってみる。 「・・・!!?」 前足が重くなっている理由がそこに明白にあった。俺の右前肢とピカチュウの左前肢が紐で一つに束ねられていた。何重にもきつくぐるぐる巻きにされ、いたるところに十重二十重の片結び。 ふっと、レックのあの笑みが浮かんでくる。 『楽しい夜を・・・。』 -------------------------------------------------------------------------------- #20 電(めざめ) 完全にレックに遊ばれている。しかも悪戯にしてはかなり度が過ぎている。なんでこんなことするのかなぁ。嫌がらせか。もしかして俺のことを友達だと思ってなかったのか。それならそれで・・・よくはないけど・・・。 それよりこの状況、本当にどうしよう。今彼女は寝ているから何も起こっていないけど、もし起きられたら厄介なことになる。このまま一晩やり過ごすことはできるだろうか。・・・多分できないような気がする。。朝まで眠ってくれる保障はどこにもないし、俺のような炎ポケモンとくっついていればそのうち暑苦しくなって目覚めるかもしれない。 考えれば考えるほど不安が高まる。絶体絶命とはこのことを指すのだろうか。目が覚められたら絶命までいかないにしても、変態とか悪趣味とかそんなことは絶対に言われる気がする。たとえ自分はやってないと弁解しても聞いてくれないだろう。攻撃されるかもしれない。・・・。 こんなマイナスなこと考えていても仕方ないかな。今俺にできるのは何事も起こらず無事に朝を迎えることができるよう祈るだけだ。それしかできないのは情けないことだけど・・・。 ~深夜、同室にて~ ・・・ギシッ。 ルーが完全に深い眠りに落ちたころ、ベッドが少し軋む音がした。誰かが目覚める気配。そう、あのピカチュウだ。ようするに、ルーの祈りは通じず、恐れていた事態が起きてしまったことを意味していた。そのピカチュウは静かに目を開け、ぼうっと真っ先に目に映った天井を見つめた。といっても部屋の中は真っ暗で、本人は自分がどこにいるかもわかっていなかった。 そういえば頭が少し痛い。なんで痛いんだろう。・・・そういえば、誰かに思いっきり頭ぶつけたような・・・。そ、そうだ、ルー君だよ、ルー君!確かルー君に気づかれないように食堂出ようとして、そしたら転んじゃって・・・頭打って・・・その後は・・・何も覚えてないから・・・気を失ったんだと思うけど・・・。もう一回ルー君と会った気がするんだよなぁ。・・・そういえばルー君とも頭ぶつけたような・・・。 「ぅ・・・。」 今何か聞こえたような・・・。気のせいかな・・・。そういえばさっきから体が温かい。特に腕は温かいっていうよりも熱い。何かが腕に密着していて、それが熱気を出している、そんな感じだ。・・・その腕もなぜか締め付けられている感じがする。いったいわたしは・・・。 燭の火も消えていて、得体の知れない暗闇の中で、自分がどうなっているかもわからない。・・・怖い。 そのとき、自分の真上の空間がわずかに白くなった。淡い、透きとおるような・・・光。窓から月の明かり差してきている。多分雲に隠れていた月が今、顔を出したのだろう。これで今自分がどのような状況にさらされているのか確認できる。 わたしの体には、薄い毛布が掛けられていて、ベッドに仰向けになっていて・・・それ以外は特に何も変わったところはないと思うけど・・・。 「むにゃ・・・・ぅ・・・・・。」 むにゃ?・・・何、今の?耳元で囁かれてるような・・・さっきも同じような体験しなかったっけ?そういえば暗闇の恐怖で忘れてたけど、妙に暑いんだよなぁ。やっぱり何かいるんじゃないかなぁ。 横目で何かの気配を感じる左側を見てみると・・・ 「わっ!!?」 半分睡眠状態だった頭が一気に醒めた。理由はもちろん、あのルーがいたからだ。 動揺なのか興奮なのかは定かではないが、ピカチュウ・・・リルはかなりのパニックに陥っていた。そして不覚にも、そのときのパニックのせいで、体に溜まっていた電気を放電してしまった。その電流は束ねられていた二匹の前肢を伝って、ルーの体内に直接流れ込んだ。 「ぎゃっ!!」 当然のごとくルーは体内を走った電流の衝撃で飛び起きた。 「ううっ・・・痛い・・・・。何なんだよいったい・・・。」 いったいなんなんだよ・・・。突然・・・なんだろう、電気みたいなものを浴びせられて・・・。すごく痺れて・・・目が覚めちゃったよ・・・。 「うわあ!起こしちゃった!?」 誰かに近くで叫ばれて、キーンと頭に響く。これまた何かをぶつけられたときの痛みとは少し違う、だが嫌な頭痛だ。・・・それよりも・・・もしかして、あのピカチュウ起きちゃった? 「ルー君が起きちゃった・・・。どうしよう・・・。」 どうしようって、それはこっちの台詞だよ。何で起きるんだよ・・・。こんな状況説明しきれるわけないのに。絶対誤解されるに決まってるのに。・・・どうやって切り出そうか?単刀直入に言ってみようか?パニックになって騒いでるから切り出すタイミングがわかりにくい。どうしてここまで気が動転しちゃっているのかはよくわからないけど。 「あ、あのさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど・・・。」 「る、ルー君が喋った・・・。」 相当気がいっちゃってるな。口があるんだから喋れるに決まってるだろ。俺をぬいぐるみか何かだと思っているのか?それに、どうして俺の名前を?・・・今はそんなことどうでもいいか。 「いろいろ諸事情があってさ・・・、君の左手と俺の右手が繋がってるというか、縛られててどうしても離れられないんだよね・・・。だから、夜が明けるまでずっとこの状態でいなきゃならないんだけど・・・い、いいかな?」 「ええ!?ルー君とベッドの中で一夜を過ごすの!?」 「い、いかがわしい言い方するなよ!俺だって起きるまではこうなってるって知らなかったし、もちろんそんな気もまったくないし、・・・と、とにかく誤解しないでよ!」 「わ、私はそういう意味でいったわけじゃ・・・。」 「じゃあどういう意味でいったんだよ。」 「そ、それは・・・。」 そのままこいつは顔をそむけて黙りこくってしまった。・・・いったいなんだというんだ。 夜はまだまだ明ける気配を見せない。 -------------------------------------------------------------------------------- #21 言(リル) 「レック、結局あの&ruby(ふたり){二匹};はどうしたの?」 こんなことを聞かれるのはあの部屋にルーたちを閉じ込めた時点で予期していた。それにしても、ゼントさんの声の高さは何度聞いても驚く。最終進化系体、なおかつ重量級のポケモンが出す声とは到底思えない。しかしそれを本人に言ってしまうと傷ついてしまうおそれがあるので、そんな考えが頭をよぎったときには、声だけがまだ成長期の真っ只中なのだと強引に解釈している。 「・・・さあ、どうなってるんでしょうね。まあ仲良くやってるんじゃないですか?」 「まさかあのままふたりきりにしてきたの?そんなことして大丈夫なの?」 「遊びですよ、遊び。扉の開かないような細工もしてあるし。朝までにどこまで発展してるのか・・・くくっ。」 「はぁ・・・。相変わらず性格悪いなあ。それより、そのルーって子のことなんだけど・・・。あの子結構面白いよね。試験はずっと見てたけど、あれほど質の高い子を見たのは久しぶりだよ。多少引っかかるところはあるけどね。それと、相手をしていたサンドもなかなかだね。まだ10歳になったばっかりなんでしょ?」 「ええ、確かどっちもゼントさんの部隊に配属になってましたよね。 「だから余計に楽しみでさ。久々にしばきがい・・・鍛えがいがあるからね。」 「さっき『多少引っかかる』って言ってましたけど、ちょっと気になることが・・・」 ・・・眠れない。さっきの電撃のせいで完全に目が冴えた。というより眠る気が失せてしまったと言ったほうが正しい。誰かが気絶でもさせてくれない限り朝までこのままだろう。もっとも、誰かに気絶させてもらうことなど望んではいないが。 そして彼女もいまだに目をパッチリと開けたままだ。やっと静かになって寝たのかと思ったが・・・。だが、考えてみれば当たり前だ。俺が彼女の立場だったとしても、得体の知れない雄の前で眠ることは危険と判断するだろう。 それより・・・こんな状態が日が昇るまでずっと続くのか?とてもじゃないが耐えられたものではない。俺はともかく、彼女の精神状態はかなり気がかりだ。さっきまでの会話の反応から推測してみても、相当なストレスを感じているだろう。だったら俺は何かしら彼女のストレスを和らげるような行動を起こさなければいけない。たとえば・・・うーん、話しかけるぐらいしか選択肢がないよな。 「ね、ねえ。」 「はい!!?」 そんなに大きな声出さなくても。どれだけ緊張してるのか想像に難くない。 「そういえばさ、まだ君の名前聞いてなかったよね。よかったら教えてくれない?」 「・・・リル=シェンナって言います。その・・・リルで結構です・・・。」 心なしかピカチュウ・・・リルが顔を赤らめているような気がした。でもそんなわけないよね。体毛で皮膚の色なんかわかるはずない。あくまでそう見えただけだ。 「ふーん・・・じゃあ本題に入るけど何で俺の名前を知ってるの?今日が会うの初めてだよね・・・?・・・あ、記憶違いだったら謝るけど・・・。」 記憶を失う前に会ったことがあるのでは困るので、ややこしくならないように保険として一言付け加えた。 「い、いや、そのぉ・・・姉が教えてくれました。」 「じゃあ俺はそのひとと知り合いだとか?」 「え、えっと、・・・そういうわけではなくて・・・目をつけた男の子の名前を調べるんですよね・・・。・・・!」 俺は彼女が言い終わりかけたときのはっとしたような表情の変化を見逃さなかった。 目をつけたって・・・。いい言葉ではないことだけは明らかだ。ふとあのヴァークというリザードンに襲われそうになったときのことを思い出した。あれも一種の『目をつける』という行為だと思う。つまり、もしかしたら・・・可能性は低いと信じたいが・・・俺の身は安全ではないということだ。 ・・・って俺は何を深読みしてるんだ。あんな変態はそうそういるもんじゃない。運が悪かっただけだ。多分彼女の言っている意味は恋人が欲しい姉が一応その候補に入れている、というその程度の意味だろう。なんら心配することはない。それでもあの一件が頭にちらついて少し不安なことは確かだけど。 「あ、あの、姉だけには絶対に近づかないでくださいっ!」 突如彼女の口調が一転し、驚いて体が飛び上がった。それぐらい今までの穏やかな態度とは明らかに違っていたのだ。 「なんで・・・?」 逆に俺は語気を弱める。彼女から妙な威圧感を感じたからだ。 「だって、姉と付き合うとその相手はみんな弄ばれて・・・不幸以外の結末を見たことはありませんし・・・。そのせいでダメになったひとも結構います!だから絶対に近づかないでください!それに!・・・えっと・・・」 彼女の語気が急に弱まった。言葉に詰まったのだろうか、それとも言わないほうがいいと判断したのだろうか。それは本人に聞かなければわからないことだが、ここまで威圧的に話されて肝心な部分らしきところを聞けないのは腑に落ちない。 「なんて言おうとしたの?」 「え?」 「『えっと・・・』の後に何を言おうとしたのかって聞いてるんだけど。大事なことなんでしょ?」 「・・・・・・なんでも・・・ありません。」 彼女の態度が明らかにおかしい。目を逸らして、口ごもって、俺に背を向けてしまった。しかも繋がっている俺の腕がそのまま巻き込まれて、左肩が上がり上体がわずかに浮くという非常に苦しい体勢にさせられた。 「なんでも、ないわけ、ないだ・・・ろ。ちゃんと、伝え・・・ようとしたこと、教えてよ・・・。ていうか腕・・・痛い・・・。」 変に肺を圧迫されて喋りにくい。 「でも・・・。」 「いいから!」 まだ何も言おうとしないリルを急かす。何を言おうとしたのか聞きたい。俺をそう思わせているのは多分持ち前の好奇心だけ。ほかに何の気持ちも入ってこない。でもその好奇心がこれからの運命を大きく変えることもあるのだ、と後に悟ることになるとは思わなかった。 「・・・る、ルー君のことが好きなんですっ!だから姉に・・・・しても取ら・・・・な・・・・・!」 ・・・俺の耳には台詞の後半がほとんど入ってこなかった。 -------------------------------------------------------------------------------- ↓感想などありましたらどうぞ。 - いきなり(場面変更を挟まず)ルーからロロやリルへの視点変更をするのは避けたほうがよいかと思われます。誰の心情なのかがわかりにくくなるので。物語としては、ルーの秘密に興味をそそられます。 -- [[リング]] &new{2008-09-09 (火) 23:59:43}; - to リングさん 遅くなりました。アドバイスありがとうございます。これから気をつけます。 -- [[朱烏]] &new{2008-09-16 (火) 23:51:14}; - がんばってください。応援してます。 -- &new{2008-11-11 (火) 07:53:07}; - ふえましたね。ワクワクがとまらないな~ -- &new{2008-11-29 (土) 01:28:57}; - このさきの展開は完全に決まってないので( 汗 僕もある意味ワクワクが止まりませんw-- [[朱烏]] &new{2008-11-30 (日) 23:01:54}; #comment #counter