written by [[朱烏]] &color(red){※流血表現あり}; -------------------------------------------------------------------------------- #0 序(プロローグ) 誰も入れないような森のさらに奥深く。樹海といってもいいだろう。そこに目立たないように建てられた建物。外見は廃墟だが、地下には外見からはとても想像できない設備があった。だが明かりはほとんどついていないし、樹海の中ということもあって、中はとても暗かった。いろんなものが散乱しているので、数歩歩くたびにつまずきそうだった。その地下の奥に何かを言い争う声が二人分。極端に荒い口調と冷淡な声が響く。 「なぜだルー。君は強くなりたかったのではないのか。」 かつての『師』の声が冷たく響いた。名はハックス。年はかなりいっているだろうが、まともに相手をすれば、かすり傷さえつけられないかもしれない。それほどの男だ。俺がなぜそんな男を相手に反抗しているかというと・・・ 「それはあんたが自分の考えを俺に植え付けていただけだろう!俺は自分の道は自分の手で切り開いていくものだと気づいたのだ。それにあんたの本当の姿を知ってしまった以上、ここにいることはできない。」 「君は私のおかげで強くなれたのだぞ。君は私に感謝すべきではないのか。恩を仇で返すつもりか。」 「昔だったら感謝していただろうな。でもこの強さはまやかし・・・本当の強さじゃない!今は、お前を慕っていたという過去をどんな手を使ってでも消したい!思い出すだけで反吐が出る!!俺は・・・俺はお前の作品なんかで終わらない。終わりたくない!!」 これだけ一気に言うと、若干疲れる。 「なるほど。作品か・・・考えてもみなかったな。まあいい。どうしても出て行くつもりか。 「さっきから言っていることだろう。」 「・・・残念だよ、ルー。君となら、私の夢もかなえることができたのに。・・・けじめはつけなければな。自分で作った『作品』は要らなくなったら・・・処分する。」 突然、明かりがつき、目の前には・・・ざっと数えて20匹近い数のポケモンがいた。みんな、ここでともに育ち、切磋琢磨しあった仲間だった。いや、生き残ってきた。 「おまえら・・・。」 「すまないなルー。俺たちにお前を引き止める力が無くて・・・。」 「グラック・・・。」 こいつが一番の親友だった。お互いに何か悩むことがあると良く相談した。ここを出ると決めたとき、心に引っかかっていたのがこいつの存在だった。 「お前を殺すことになってしまうなんて・・・。でもしょうがないか。裏切ったお前が悪いんだし。」 「お前・・・俺のことをそんな風に・・・。お前だけには理解してほしかった・・・。」 ふいに、ハックスの冷酷な声が響く。 「雑談はそこまでだ。・・・やれ。」 俺の目の前にいたすべての者が襲い掛かってきた。だが勝算はある。俺はこの中の実験体の中で唯一『成功』した者だった。それはみんなわかっているはずだった。なのに向かってくる。心すら操られてしまっている。悲しかった。できればみんなも連れ出していきたかった。だが、光が見えているのは俺だけだ。俺はその光、その先に待っている新しい世界に向かっていきたい。この力だけは2度と使いたくなかったが・・・、 「みんな・・・ごめん・・・!!」 この力を使うことがこれで最後になるように願い、俺はすべてを解放した____。 -------------------------------------------------------------------------------- #1 喪(はじまり) とあるところにアメシストという名の地があった。名前の由来は、水晶が良く採れて、その中でも紫水晶の存在が目立っているから、という安易な理由らしい。山々が 黛 (まゆずみ)のように美しく連なり、底がはっきり見えるほどの清らかな水が流れる河もあった。地の中央にはアメシスト城と呼ばれる巨大な城がそびえ、それを囲むような形で城下町もあった。ポケモンと呼ばれる生き物はそこで生活を営み、協力し合っていた。さまざまな原因で荒れているほかの国ではなかなか見られない光景だった。そんな穏やかな地に、「この先に何かがある」と告げられた。いや、誰からというわけではないが、これからある出来事に遭遇する彼らは、何か悪い予感を感じせざるを得ないだろう。 ある2匹がこの町で起こったある出来事のことを、大きな声で話していた。 「おい、聞いたか。城下町の門の前で誰かが、血だらけで倒れていたらしいぞ。どんな奴かはわからないが。」 「本当か?そんな物騒なこと聞いたのは久しぶりだな。今そいつはどうなっているんだ?」 「確か、城の医療室に運ばれたって聞いたよ。意識は無いが、呼吸はあるらしい。」 「ねえ、その話ってホントのこと?」 「俺にも聞かせてくれ。」 云々。こうしてうわさは町中にどんどん広まった。もともと5年前に隣国との戦争が終結して以来、何一つ事件が無かったので、民が食いついていくのは当然だった。 医療室で一匹のポケモンが目を覚ました。 (・・・・・・ここは・・・・?) 自分が置かれている状況を理解できなかった。目の前の空間をぼんやり見つめてみる。だんだん頭がはっきりしてきた。目を上下左右に動かしてみる。確認できたことは、ここは何かの部屋らしく、壁は長方形のレンガが整然と並べられて造られていること。そして、自分はベッドに横たわっている。 何かが起こるのを期待して、体を起こしてみる。何も起こらなかった。自分の体に包帯が巻いてあることに気づいただけだった。何かもう少しの変化を求めて、ベッドから降りようとしたとき、 「目が覚めましたか。」 「うわっ!」 突然誰かに声をかけられ、びっくりして転げ落ちてしまった。 「大丈夫ですか?おっちょこちょいな方ですね。」 いや、あんたがいきなり話しかけてくるからだろ!少しは罪悪感持ってよ!そんな言葉がでかかったが、口を開ける前に向こうがしゃべり始めてしまった。 「申し遅れました。わたしの名前はワース、この城で医師という仕事をしています。あなたは門の前で倒れていたらしく、ここに運ばれてきました。なので一応・・・・」 俺はワースというらしい男の長々と続けられるであろう話が途中から聞こえなくなった。俺が倒れていた?なんで?大体門ってどこだ?俺はそんなところ知らないし記憶にない。いろいろ思案したが、自分が倒れていた理由がわからなかった。 「・・名・・・聞い・・・ちょっと聞いていますか?」 俺はハッと我に返り、もう一度聞きなおした。 「だから、名前は何ですか?」 そうか、名前を聞かれていたのか。あっちは自己紹介してたのに、こっちは何もしてなかったもんな。 「俺の名前は・・・」 言葉が詰まった。俺の名前・・・俺の名・・・俺の・・・。まったく思い出せない。何とか、脳の隅から隅まで探って、自分の名前を思い出そうとがんばったが、結局思い出せなかった。 「わからない・・・。思い出せません。」 「思い出せない?・・・えっと、じゃあ出身地はどこですか?」 これも思案してみたがやっぱり思い出せない。よくよく思えば、倒れていた以前の記憶も考えてみると何も覚えていない。 「なるほど。う~ん・・・わかりました。ちょっとここで待っていてください。あ、そこに置いてあるオレンジュースは飲んでもかまいませんよ。」 確かに、横に置いてあるテーブルの上に、マグカップに注がれた全体的に青っぽいジュースが置かれていた。この手だと少し持ちにくいが、なんとか口まで持っていくことができた。口に含んでみる。どう表現していいかわからない味だった。後味に渋みが残るのが少し気になるが、不味くはなかった。むしろ、おいしいと感じた。 「不思議な味ですね。どうやって作ったんですか?」 扉の向こうへ行きかけているワースが言った。 「わたしはツボツボですよ?ちなみにそれは失敗作です。」 そういって出て行ってしまった。言っていたことがよくわからなかったが、おいしいことには変わりはなかったのですべて飲み干した。本当にこれが失敗作なんだろうか。普通失敗作なら他人に飲ませたりはしないはずだろう。普通だったらの話だが。扉には彼が開けやすいようにフックがついている。よくできているな、と思いながら、また横になった。 そういえば、さっきジュースを取ろうと腕を伸ばしたとき、もうひとつ自分のことに気づいた。自分の腕に見覚えがないわっかのようなものがはまっていた。何か刻んである。『L・・・』何か文字が見えたがよく見えなかったので腕を無理矢理ひねって確認してみた。その鉄製の輪にくっきりと3文字刻まれていた。『Lou』。 鉄の輪は何なのか見当もつかなかったが、勘でこれに刻まれている文字は自分の名前だと思った。 -------------------------------------------------------------------------------- #2 傷(こうきしん) ワースは首を器用に使い、扉を閉めた。この突然の来訪者がどんな様子だったのかを報告するためだ。 「彼の様子はどうでしたか?」 声の主はこの国の姫だった。実のところ、朝早く散歩している途中であのマグマラシを見つけ、それを側近に知らせてここまで運んでこさせた。できるだけこのことが国の人々に知られぬように、隠密に済ませようとしたが、それを見ていた一部の者のせいで広まってしまった。だが、そのポケモンがマグマラシだということが知られなかったのは不幸中の幸いといえる。 「はい、ラナ姫。彼はいたって元気そうでした。ただ・・・」 ワースは一瞬口をつぐみ、そして答えた。 「彼は &ruby(アムネジア){記憶喪失};です。」 「アムネジア?記憶が・・・。そうですか・・・。じゃあ名前も生まれたところもわからないんですね・・・。」 ワースにはなぜラナが悲しそうな顔をしたのかよくわからなかった。もともと慈悲の心がほかの者よりも強いことは前々から知っていたが、傷もあまりなく、あのこと以外はいたって普通の患者に何か思うことがあるのか、と思ったのだ。 「きっと彼は・・・何かひどい目にあったのしょうね。少し彼と話してきます。」 そういって彼女はあのマグマラシのいる部屋へ行ってしまった。さっきの彼女の一言でワースは彼の体にべったりとついていたあの夥しい血のことを思い出した。あの血の量は体の大きさからして明らかに致死量だった。なのに彼は生きている。それどころか、体には少し目立つ程度の切り傷があったぐらいで、その傷からあの量の血が出るはずがなかった。そして、よく見ないとわからないのだが、部分部分で血の色が若干違っていた。哺乳類型の血、爬虫類系の血、鳥類系の血、実にさまざまな血が付着していた。ワースは思った。彼が何か、 外 (ほか)の者が簡単に踏み込んでしまってはいけないようなことをしているのではないか、と。普通医者は記憶喪失にかかっている患者を診たら、早く記憶を取り戻してほしいと思うものだが、このときばかりはその気持ちと真逆の気持ちが頭の中で交錯していた。 (ワースさん、早く戻ってこないかなあ。もっと聞きたいことがあったのに・・・。) 出て行ってからいっこうに戻ってくる気配がないワースにだんだん苛立ってきた。どうやら自分はせっかちで短気な性格らしい。さっきからしきりに爪をいじってみたり、飲み干してしまったジュースがまだ残っていないかと思ってマグカップの底をのぞいてみたり、その動作の繰り返しだった。 ふと自分の体に目をやる。包帯が自分に巻きついているのを見て、自分についている傷というのを見てみたくなった。好奇心旺盛でもあるらしい。別に痛くないし、はがしても問題ないか、と考えたが、包帯をはがすのは何だかワースさんに怒られそうで、少しためらわれた。が、どうしても湧き上がってくる好奇心を抑えることができず、包帯の結び目に手が伸びる。結び目は緩かったので、容易にほどくことができた。包帯の端を持ち、丁寧にはがしていく。はがしている途中、別に痛くもない傷にどうしてこんなにも興味がわいたのか、と思えてしまって、だんだん馬鹿らしくなってきた。だが手の動きは止まらなかった。巻きついていたものが、徐々に薄くなっていく。あと少し、あと少し。自分の傷がようやく露わになる、と思ったそのとき。 ガチャッ。 扉が開いてしまった。あの医者に怒られるのをその瞬間で覚悟した・・・が、扉から現れたのは違うポケモンだった。 -------------------------------------------------------------------------------- #3 名(なまえ) ガチャッ。 ・・あれ? 扉から現れるのは穴が開いた殻から四肢を伸ばしたポケモンではなく、茶色の体から6本の尻尾が生えたポケモンだ。大きさは前者とさほど変わらない。こっちへ向かって歩いてくる。歩き方は上品で、ときどき尻尾を揺らしている。顔立ちはまだ幼いように見えた。雌・・・だろうか。雰囲気的に、少なくとも失敗作を他にやるようなどっかの変な奴ではなさそうだ。 「こんにちは。具合は良くなりましたか?」 そのポケモンは笑顔でそう話しかけてきた。 「えっと・・・」 こっちからも大丈夫と口で伝えたかったが、それ以上声が続かなかった。なんでだろう。自分の気持ちが何かに押さえつけられているようだった。初対面で普通に話しかけられたことに少し驚いたのかもしれない。ちょっと違う気もするが。声の代わりにその質問には頷いて答えた。 「よかった・・・。あ、名前をまだ教えていませんでしたね。私はラナといいます。そういえば、あなたは記憶を無くされたらしいですね。先ほどワースさんから話は聞きました。なにか・・・」 「あ、そのことなんですけど・・・」 とっさにそんな言葉が出てきて、つい相手の話をさえぎってしまった。何か大事なことを言おうとしていたかもしれないのに。さっきは話したくても声が出なかったのに。さっきの話を聞かない自分といい、今といい、自分のデリカシーの無さに少し失望した。 「何か思い出しましたか?」 そんなことを気にもせずにまた質問された。何だかさっきから質問攻めにされている気がする。記憶を無くしたとなれば、普通かもしれないが、だんだん疲れてきた。ただ、さっきのように苛立ってはいなかったが。 俺は自分の腕についている鉄輪のことについて話した。俺はこれに彫られているのは自分の名前なのではないか、という考えを話し、ラナもそれ以外に考えられることがないならばきっとそうだろう、ということになった。そして、 「ではあなたのことは以後『ルー』さんと呼ばせていただきます。」 とまた笑顔で言われ、そういうことになった。自分も「はい!」と名前がわかった喜びも込めて返事をしようとしたが、また声が出なくなってしまい、うなずくだけになってしまった。なんだか彼女の笑顔を見ていると、体の力が抜けてしまう。この笑顔にはいったいどんな力が・・・ってこんなことになるのは俺だけかもしれない____。 ____さっきから事がまったく進んでいない。ルーはまだ自分の名前が判明した喜びの余韻に浸っていて、ラナはラナで何か考え事をしている。どちらにとっても特に居心地が悪いわけではなかったが、ラナが何も喋らないので、ルーは何だか不安になってきた。 沈黙を破ったのはラナのほうだった。ラナが今までに見せなかった表情をしているのを見て、ルーの不安は更に掻き立てられた。ラナが口を開いた。 「これからどうするつもりですか?」 何か薄っぺらい物にはたかれたような問いだった。少しは考えてはいたが、いきなりそんな質問をされるとは思ってもみなかったので、ルーは&ruby(どうもく){瞠目};した。もう少し猶予があると思っていたのだ。 「・・・それって今決めなければいけませんか?」 若干、『猶予をください』というような懇願の色も含まれているように見えた。ラナは静かに答えた。 「そういうわけではありませんが・・・。あと3日ぐらいならここにいても大丈夫だと思いますが・・・。それで、もし生活する方法が見つからなかったら・・・その、もしよかったら・・・____」 俺は驚いた。そして今の時点では知らなかった。この言葉が自分の運命を大きく変えることに。 -------------------------------------------------------------------------------- #4 許(きょか) 「さっきも言いましたが、3日間猶予があります。そのときまでに決めておいてください。そして・・・・お・・・」 また話が聞こえなくなってしまった。さっきあの言葉を言われた時点で頭の中でぐるぐる何か駆け回っているものがあった。驚き、不安、期待。もっと何か大きなあるかもしれない。 「・・ル・・さ・・・ルーさん?」 ハッと我に返った。ワースのときに引き続き2度目の失態。いや、3度目か。俺はラナさんにため息をつかれてしまった。 「あなたの記憶を蘇らせる手助けができるかもしれません。なのでよく考えてください。私としては・・・」 そのまま止まってしまった。何かしゃべろうとしたが思い留まっているようだった。また好奇心がくすぐられる。 「何か?」 「何でもありません。よい答えを期待しています。では。」 そう笑顔で言って、何も聞き出せないまま彼女は出ていってしまった。何が言いたかったのか知りたかったな・・・。 ・・・ 『この城で兵として働きませんか?きっと有意義な生活になると思いますし、新しい自分を見つけることができるかもしれません。』 ・・・ここって城だったのか。・・・・ 外ってどうなっているんだろう? 思いに耽る間もなくワースが入ってきた。扉から顔を出したときには既に何か言いたげな顔だったが、こちらを見てもうひとつ言うことが増えたようだ。ワースが口を開こうとした瞬間、 「外に出かけてもいいですか?」 向こうが何かを言い出す前にこちらから質問。かといってとっさに口から出てきたものではなく、さっきから考えていたことだ。外の世界に興味もあるが、色々考え事がしたかった。たぶん中で考えるよりも外で考えたほうがいい、という単純な理由だが。 「ずいぶん余裕そうですね。」 淡々とそう言われて、ワースの目が自分の体に向いていることに気づいた。正しく言えばほどけかかっている包帯に、だった。・・・4度目の失態。 「いや・・・これは・・その・・・・ですね・・。」 彼はハァ~っとため息をつき、言った。 「言い訳は結構です。別に怒ったりなんかしません。そういうことをしているってことは傷は痛まないからじゃないんですか?」 怒られると思っていたのでこの言葉と底から垣間見えた彼のアバウトな性格には意表を突かれた。性格に限っていえば、アバウトだからこそあのジュースを他の者にあげるようなこともできたのかもしれない。 「それと外出ですが、別に構いません。」 だめもとで聞いてみた質問なのだが、意外にうまくいった。これで気になる外も見ることができる。 「ただし、条件があります。夜の8時までに帰ってきてください。あと、町民はあなたを知らないと思いますから、名前と出身地を決めときましょう。名前は・・・」 「ルーです。」 「じゃあ、ルー・・・・って名前思い出したんですか!?」 彼女から何も聞いてないのか、こいつは。 「いや、ここに刻んでありました。」 俺は自分の腕にはまっている輪っかを突き出した。 「こんなものが・・・。いや全然気づきませんでした。」 あんた俺の体を診ていたんじゃないのか。眼科行けよ。当然こんな質問が出てくるのだが言わなかった。無駄な質問は無駄に会話を増長させてしまう。ていうか照れるな。全然褒めてない。 「じゃあ出身地ですね。えっと、そうだな、ネアン地方とでも言っといてください。」 とでも言っといてください、というところが実にアバウトだ。大体ネアン地方ってどこだ? いつの間にかワースはドアに手・・・じゃなく首をかけていた。 「じゃあ私はこれで。」 「・・・え!?それだけ?あの、ほかに忠告とか、心構えとか、あとここの出口もわかりません。それにネアンってどこですか?」 「出口は城の中でうろついている者に聞いてください。たぶん兵がたくさんいると思いますから。ネアンは地名を知っているだけで私もあまり知りません。では。」 「えぇえ!!?いや、何も知らないやつを放置しな・・・」 バタン。 ・・・・チッ、悪魔め。 ルーと話し終わり廊下に出たワースは誰かに話しかけた。 「ビクター君。彼が外出したらそのあとをつけておいてください。気づかないとは思いますが、気づかれても平然を装っていてください。」 「わかりました。」 それは高い声で答えた。 -------------------------------------------------------------------------------- #5 光(きしかん) ワースにほっとかれた(見捨てられた?)俺はここから出て外に行くべきか悩んでいた。今からワースを追いかけてしつこく聞こうか、とでも考えてみたが粘ったところで教えてくれるとは到底思えなかった。そこらへんにいるやつに聞け、と言われたが、本心知らない者に話しかけるということに抵抗を感じる。さっきの2匹と話すことに何も抵抗を感じなかったのは、むこうが先に話しかけてきたからだ。それも出会ってすぐに話しかけられたので、そんなものを感じている&ruby(いとま){暇};さえなかったのだと思う。 とりあえず外に出てみたい。それがしばらく考えた末に出た答えだった。自分の脳みそは考え事をすると好奇心の要素が入っている選択肢を選ぶようなつくりになっているらしい。 さっきのように派手に転んだりしないように両足でベッドから降り、そのまま扉へ向かった。ラナやワースが開け閉めしていたこの扉の向こうにはどんな世界が待っているのだろうか。大げさだが今の俺はこれぐらい胸が躍っていた。ここを出れば当然会ったことのない者に話しかけなければいけないが、外の世界を見てみたい、という気持ちのほうが勝っているからだ。それに、この部屋から早く出たい理由がある。この部屋にいることがつまらなくなってきたのだ。この狭い四角い空間にあるものは自分、ベッド、テーブル、マグカップ、これぐらいしかない。要するに、ここにいたって何もやることがないのだ。正確に言えば、やることはあるが(ラナから出された宿題を答えを考える)、こんなところで考え事をしても、良い答えを出せないだろう。 扉に手をかけてみる。自分はワースやラナと同じ四足歩行だが、後ろ足で立つぐらいだったら簡単にできた。だからあの2匹が使っていたフックではなく、わざわざノブのほうを選んだ。前足としての役割を果たすはずの手で開けるのは至難の業だったが、両手を使うことでうまくあけることができた。扉を全開にすると、歩くためにまた四足歩行に戻り、手が足になった。 扉を閉め終わり、目の前を見てみる。・・・壁?・・・じゃなく、横に道が続いている。正しく表現すればこれは廊下だが、その廊下の端に光が見えたので、きっと外に続く道なんだと思った。この道は壁にかけられている燭だけしかあたりを照らしておらず、結構暗い。それだけにあの光は眩しく、それが自分を不思議な感覚に陥らせる。俺はその光に向かってゆっくりと歩いてゆく。その道の壁は上下左右、あの部屋の壁とまったく同じつくりだった。胸が高鳴っていく。 不意に自分の頭の中を何かが掠めた。また自分の心が何かに反応して新たな疑問を作った。自分の歩数が増えていくのに比例して、それは浮き彫りになってくる。 ・・・どうして自分は外へ出ることにこんなにも胸を躍らせているのだろう。それは俺の好奇心が強く、なおかつ記憶を無くしているので外の世界がどういうものか知らないからだ。そう自答した。・・・が、何か引っかかる。その答えはただの好奇心、記憶喪失だけでは答えられないような気がする。あくまで感覚的にだが、そう感じた。なんだか失う以前の記憶と何かがつながった気がした。記憶を失くす前の俺には何があったんだろう・・・。 俺は何かが複雑に絡み合った不思議な気分で光を目指した。もうずいぶん近くまで来ている。・・・この光景、何か見たことがあるような・・・。 「もう奴の逃亡から2日経つな。一応追跡はさせたが、今どうなっている?」 「さっき連絡がありましたが、奴は10分の1程度の力しか出さなかったようで・・・、それでもダメージはほとんど与えられなかったようです。それどころか全員が負傷、そのうち5匹は絶命したようです。」 沈黙の時が流れた。ハックスは追わせた奴らにルーと対等に戦えるとは思っておらず、無事に帰ってこないのは覚悟していたが、5匹も死ぬとは思っていなかった。まったくの誤算だった。しかしなぜか彼は怪しく微笑んでいた。 「・・・ルーは東の方角に向かって歩いていったようです・・・。」 このハッサムはこのラグラージ・・・ハックスの表情が喜色に変わっていくのを不気味に感じた。昔はこんなふうではなかった。尊敬の念を抱いていた頃もあったが、今感じるのは恐怖だけだ。それでも絶対に表情には出さなかったので、ハックスは一番信頼しているものに疑念を抱かれているのは思っていないだろう。 「・・・ロルトよ、東へ向かえ。ルーを見つけたら常に見張り、観察して、その様子をつぶさに連絡しろ。チャンスとみればルーはいつでも取り戻しに行く。・・・いいな。」 「・・・・・はい。」 ロルトはやりきれない思いでいっぱいだった。研究について一晩中語り明かせたような、そんな日々はもう戻ってこないのだろうか。変わってしまったハックスを見て、逃げ出したいと思ったことは何度もあったが、この思いだけが彼をここに引き止めさせていた。 「準備が出来次第、出発しろ。」 「・・・わかりました。」 そういってロルトは自室へ帰っていく。その姿をハックスは歪んだ笑みで、彼が見えなくなるまで見つめていた。 -------------------------------------------------------------------------------- #6 凶(きけん) 「うわぁ。」 思わず声が出る。あの光の先がこんな風になっているとは思っていなかった。その衝撃でさっきまで自分が何を考えていたのか忘れてしまった。それほどの驚きだった。 そこは明るく華やか、という印象だった。さっきの部屋でラナの口から「城」という単語が出ていたが、ここは本当に城のようだ。ここの全体的な華やかさもそう思わせたが、さまざまな者が忙しそうに行きかっている中に、鎧を着ている者がいたので確信できた。武具を持っているものさえいる。はっきり言うとラナの言っていたことを疑っていた。もしあのワースとかいう偏屈が出てこなければ信じただろう。 自分の目の前には中央が大きく抜けた床がある。いわゆる吹き抜けというものだろう。手すりによじ登ってのぞいてみると、一番下の階の床が見える。数えてみると・・・今自分は3階にいるようだ。出口は1階にあるんだろうが、それらしきものは見当たらない。やはり聞いてみなければいけなさそうだ。意識せずともため息が出てくる。 それにしても・・・誰に聞けばいいんだろう。自分のそばを通る人はみな忙しそうだ。時々こっちに一瞥を投げかけるものもいたが、同じように通り過ぎてしまう。話しかけようと一歩前に出てみるが、よけられてしまった。それでも無理矢理引き止めれば、間違いなく邪推に思われてしまう。こんなとき自分がもっと図太い神経を持っていたら、と思う。 これだけはしたくなかったがこうなったらやけだ。誰かに話しかけてもらうまで待ってやる。ずっとここに佇んでいれば、そのうち気にかけるものも出てくるだろう。そうしたら・・・。 「おいっ。」 「うわ!?」 いきなり誰かが顔を近づけて喋ってきたので、驚いてのけぞってしまった。思惑通り話しかけられることには成功したが、のちに策自体が失敗だったと悟ることになる。話しかけてきた相手は、体が大きくて、オレンジ色をしていた。背中から生えた翼と、尻尾に点っている赤々とした炎が象徴的なポケモンだった。 「なに俺の顔見て驚いてんだ?ムカつく野郎だな。」 突然自分の倍以上の大きさの体のやつに顔近づけられて話しかけられたら、びっくりしないほうがおかしいだろ。 「ふーん。・・・オマエ可愛い顔してんな。」 一瞬ドキッとした。・・・何を言っているんだこいつは。どう考えても雄が雄に初対面で言う言葉じゃない。頭がおかしいんじゃないか。そう思うと同時に、漠然とだが自分の行く先に暗雲が立ちこめた感じがした。何かぼそぼそと言っている。 「・・・昨日の女には逃げられたしな・・・。」 なんかこいつの目の色がおかしくなってきている。本当に危険な感じになってきた。もしこのままいけば・・・まずいことになるかもしれない。 「・・・雄っぽいけど、・・・まあいいか。」 聞こえた。はっきりと聞こえた。なにが「まあいいか。」だ!?これで事がはっきりした。今自分はアブナイ世界へ連れ去られようとしている!もっと早く気付くべきだったと今更ながら痛感する。とにかく、手遅れになる前に早く手を打たなければ・・・。 「あの、俺行くところがあ・・・」 「・・・よし、オマエちょっとこっちに来い・・・。」 そういって前足を掴まれた。もう完全に手遅れだ。こいつが妖しく眼を光らせながら舌なめずりしている様子と、さっきの独り言の内容を組み合わせると、1つの答えが確定的になった。足ががくがくと震えてきて、その場から動けない。 「そんなに怖がるなよ。可愛がってやるから。」 声の調子まで変わっている。誰かに助けを求めようとしたが、もう声すら出ない。もっとも外から見れば2匹のポケモンが会話をしている、というありふれた情景でしかないので、助けを求めてもほとんど意味がない。ここまで計算されていると、もう何もできない。 俺は禁断の世界へ足を踏み入れてしまうのだろうか・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- #7 助(たすけ) もう後がない。 (諦めちゃだめだルー!きっと誰かが助けてくれる。) そう自分に言い聞かせてみるが、その先には何も見えてこない。だが、何もしないで散るよりは、少しでもあがいたほうが後悔は少なくなるのかもしれない。効果が無いのは承知の上で、自分の前足をあの巨大な手から引き離そうとした。 「へへ・・・。逃げんなって。」 当然その結果としては何も起こらなかった。だが、そのときに辛うじて諦めの気持ちを持たなかったからこそ、この奇跡は起きたのだと思う。 「ヴァーク、何やってるの?」 突然声がした。思いがけず涙が目に溜まってきた。自分たちの&ruby(・・){会話};に入り込んできたのは、その&ruby(・・・・){話し相手};にも勝る巨体の持ち主だった。大きな翼と尻尾は共通点だが、体の色は明るい黄色だ。どうやら自分をアブナイ世界へ&ruby(おとしい){陥};れようとした奴は、ヴァークという名らしい。そのヴァークを威圧するような眼で見つめている。どういうわけかは解らないが、ヴァークの態度は一変し、姿勢は正しくなった。が、視線は明らかに逸らしている。 「ふーん、また手をつけようとしたんだ。上に報告しておくよ。」 今の言い方から察すると、ヴァークといわれるやつは初犯ではないらしい。一瞬眼が合ったが、あの気味の悪い目つきはとっくに消えていた。何か不穏な空気を感じた通りすがりの者が成り行きを見守っていたが、数匹は呆れた、という感じの表情を見せている。やはり常習犯のようだ。 「へー。また手をつけようとしたんだ。上に報告しとくから。」 その黄色い巨体は何か見下すように言った。 「待ってください!それだけは・・・。」 「ここの秩序を乱すやつは要らないからね。あとさあ、なんか目障りだから俺の前から消えてくれないかなあ?あ、なんなら今医療室に行く理由作ってもかまわないけど?」 既にヴァークは向こうへ逃げてしまっている。あの体の割には足が速いらしい。今自分を取り巻いている状況をすべて飲み込むことはできなかったが、どうやら俺は救われたようだ。緊張の糸が弛まり、体の力が一気に抜けて、その場にへたりこんでしまった。眼の焦点も合っていない。そんな虚ろな目をしている俺にその巨体は話しかけてきた。 「大丈夫だった?怪我はない?」 目はさっきとうって変わって優しく温かかったが、そのときにキラリと光る何か鋭利な物を手の中に隠していたのが見えた。それは一瞬だったが、自分の中に戦慄を走らせるには十分だった。 「・・・大丈夫です。」 落ち着きを取り戻していない体で喋ることは困難だったが、どうにか無事を伝えることが出来た。いつの間にか集まっていた者は散り散りになり、どこかへ行ってしまった。やはり忙しいのだろう。 「そう?君、見ない顔だね。俺の名前はゼント。君は?」 「ルーです。」 間髪いれずに答えたのは、この問答の間にゼントが俺の顔をまじまじと見つめてきたからだ。ポツリと、 「これじゃあ狙われるわけだ。」 と呟いていた。まさかこいつにもその気があるんじゃ・・・と一瞬凍りついたが、そういうわけではなさそうだ。・・・普通そうだが。 「とりあえず、ずっとここにいるとまた変な輩に絡まれるかもしれないから気を付けてね。じゃあ俺はこれで。」 そう言ってゼントは地図のようなものを開くと何かブツブツと呟きながら遠くへ歩いていった。いまだに俺の目はピントが合っていない。 ・・・俺って何してたんだっけ? ・・・そうだ、俺は出口を聞くためにここにいるんじゃないか。せっかく話しかけられて名前まで覚えてもらったのにチャンスを逃しちゃだめじゃないか!今度こそ手遅れになる前に呼ばなきゃ! 「ゼントさん!!」 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。その声量は下の階へ降りようとしていたゼントを振り向かせるには十分だった。と同時に、自分と同じ床に立っているみんなが振り向いてきた。まさに視線の集中砲火。顔から火が出るとはこのことだ。 「まだ何か用かい?」 いつに間にかゼントは目の前にいた。 「あの、この城の出口がよく分からないので、教えていただけませんか?」 するとゼントは困った顔になった。やはり何か不都合でもあったか。 「うーん、ここは結構複雑だしなあ・・・。じゃあこれ持ってって。」 そう言って渡されたのはこの城の案内図のようなものだった。本来ならありがとうございます、というべきところだが、また1つの疑問が湧き出てきた。まったくいやな頭だ。 「いつもこれを持っているのですか?」 「うん。ここに来て10年になるけど未だに自分の部屋までの行き方も危うくてね。じゃあ用事がこれだけだったらもう行くよ。」 そう言ってゼントはどこかへ行ってしまった。・・・俺の出会うポケモンは個性が溢れすぎていると思う。 ↓感想などありましたらどうぞ。 #comment #counter