[[始まりの雷鳴、動き始めた運命]]の続編です。 今のところ危険な表現はない……筈です by[[簾桜]] ---- 雷鳴ヶ原の事件から、既に一週間が過ぎていた。ハイブリッドアジトのログハウス内にて、ファントムはせっせと水桶を持って駆け回る、じゃなくて飛び回っていた。 水桶を抱えつつ、二階にある三部屋のうち、左側へと入る。元々は物置だったであろうかなり狭いスペースに小さい藁ベッドが一つと何やら薬品が無造作に置かれている机が一つ。本来はパフュームの趣味である実験専用の部屋であるが、暫くはこの部屋で過ごしたいと彼が言ったので藁を置き寝室とした場所だった。 藁には体中包帯だらけで赤い顔のパフュームが苦しそうに眠っていた。あの事件からずっと体調を崩したままであったが、起きた時には普通に受け答えが出来るぐらいには回復していた。 水桶に入ってるタオルを絞り、額に乗せる。一週間前は目も当てられないほどにボロボロであったが、光合成による回復もあって体の傷はだいぶ良くなっていた。恐らくあと二、三日もすれば熱も引き立ち上がれるようになるだろうとワッフルは言っていた。 うぅん、と寝返りを打つパフューム。折角置いたタオルが落ちたので改めて額に置いた後その場を後にし、次は右側の部屋に入る。 あらかじめコンコンとノックをした後、返事を待つ。この部屋は雌性部屋となっている為、雄のファントムが勝手に入ればそれこそ風穴を開けられて殺されかねない為、そこはしっかりとしている。 「ファントムか、入っても構わんぞ」 ポトフの声を確認した後、ゆっくりと入る。大きな藁ベットが二つある以外は、これといった特徴はない場所。ただ全体的にピンク色の絨毯やカーテンがあり、女の子らしい部屋となっている。元々はアイスの寝室なのだが、現在は治療を同時に進めたいからとポトフも厄介になっている。 アイスやポトフもまた体中包帯を巻いているが、何とか体を起こしていた。修業を積んでいるポトフは何とか立ち上がろうとしているが、まだ体に残るダメージは甚大であった。 「無茶しないでくださいよポトフさん、今は回復に専念してください!」 「く……だがいい加減復帰せねば」 「いいからじっとしてください!」 「……すまん」 「一週間経ってもまだこんな調子か……あたしもポトフも情けないなぁ」 ふうっとため息をはくアイスは、顔をあげる事は出来てもそれ以上体が動かないという重症であった。これはパフュームをかばった事で衝撃波をまともに食らったせいであったが、もしかばわなかったら、彼は先程のような軽傷では済まなかったであろう。 ポトフもまた守るによる守護壁を使ったもののあの雷による衝撃をまともに受けたのだ、そのダメージは深刻であった。だがこの一週間でやっと起き上がって会話が出来るほどまで回復したのだ、まだまだかかるだろうが、いずれ全快するだろう。 「で……あいつはやっぱりまだ?」 「はい。今も僕らの部屋で眠り続けてます」 そっか、とアイスは心配そうに俯いた。少しだけ暗い雰囲気になったものの、ファントムは水桶を持ってゆっくりと飛び始めた。 様子を見てきますとファントムはニコッと笑いいそいそと部屋を出る。アイスはその背中を悲しそうな目で見る事しか出来なかった。 アイスはゆっくりと傍に置いてあった写真立てを手に取る。中に入っていた写真には、四匹のポケモンの姿があった。まだイーブイだった頃のアイスと、少しだけ若いポトフとブレイズ。そして真ん中に居たのは、一匹のブラッキーであった。 「情けないな、私。兄ちゃんの代わりどころかチームの皆を傷つけちゃうなんて」 「この一年、確かにお前はあいつ程の働きはしていない。だが立派にその勤めを果たしている、私が保障しよう」 「アリガト。でも……もっと頑張らないと」 ……少しだけ、悲しそうにアイスは微笑む。ポトフが何か声をかけようとして……そのまま口をつぐんだ。 残る一部屋に入ると、そこにはスフレの姿があった。今回怪我人が多い為知り合いでありシスターでもある彼女に諸々の世話を手伝ってくれるのを頼んでいたのだ。彼女は快く了承し、今はこのむっさい雄部屋にてあるポケモンの看病をしていたところである。 水桶を遠くに置き、少しだけ覗きこむ。真新しいベッドで寝ているのは、まるで死んでいるように錯覚してしまう……あのピチューであった。 あれから一週間、このピチューは一度も起きることなく眠り続けている。元々ピチュー種はその幼さゆえに一回電気を出しただけでも感電してしまう事があるほど電気の扱いが下手な種族。それを何日も帯電している状態でずっと体を酷使し続け、何度も容量オーバーな電気を出した事により、体も心もズタズタになってしまった。 医者によると体の内部が酷く傷ついており、助かったのが奇跡だったと言う。この長期の睡眠も体を少しでも治そうとピチューの脳が半強制的に眠らせているから、らしい。生物にとって、睡眠はどんな薬よりも効く特効薬なのだ。 「まだ、起きませんか?」 「随分と呼吸も安定してきましたからもう大丈夫でしょうけど……だけど、何時目が覚めるのでしょうね」 まるで自分の事のようにスフレは悲しそうな顔をする。ファントムも、心配そうにしている。……ここで疑問に思った方もいるだろう、ダークライであるファントムがいたらピチューや先程のパフュームは悪夢を見るのではないか、と。 結論から言うと、彼は故意に特性を封じている為に悪夢を見ることはない。修業の積んだ者なら理論上誰でも出来るこの特性封印だが実際にファントムが出来るようになった要因は伝説と謳われるポケモンだからこそであろう。 「そういえば、どうしてアイスさんは便利屋のリーダーなんてやっているのですか?」 今聞く事なのだろうか、全然関係ない話題を振られファントムはガクッと態勢を崩す。思わぬ奇襲を食らった彼だが、苦笑を浮かべつつ話し始めた。 「僕も詳しい事は知らないですが……確か一年前に、当時のリーダーが行方不明になってしまったらしいです。そのリーダーと言うのがアイスさんの実のお兄さんらしくて。 それでそのリーダーの妹であるアイスさんがお兄さんを探す為に入れ替わるように入って、その後何だかんだでリーダーにされてしまったとアイスさんは言ってました。ワッフルさんもその時期に入ったそうですよ? 僕とパフュームはその後に仲間にはいったんです」 「そうなんですか……と言う事は、アイスさんは代理のリーダー、ということですか?」 「事実上はそうらしいですけど……実際何でポトフさんやブレイズさんがリーダーをしないのかは分かりません。 二人とも何か隠してるらしいし……ワッフルさんだって、昔の話は避けているので詳しい事は……」 意外と深い闇を垣間見たスフレは、それ以上何も言えなかった。 「つまり雷鳴ヶ原の自然現象の正体は、異常帯電を引き起こしたピチューによるもの……と言う事?」 「そういう事になりますねぇ。今は私たちのアジトで眠っている状況ですが、一週間経った今も眠り続けている状況です」 ワッフルは今回の事件の調査報告をレアスに提出している所であった。レアスはどこから手に入れたのか自身と同じくらいの巨大なペロペロキャンディをペロペロと舐めている。 現在いるのはとある島にあると噂される、世界中の商人カクレオン達の営業を管理している本社……『世界カクレオン同盟』。カクレオンとは町やダンジョンにて商売をするある意味逞しい種族で、もし泥棒しようものならこの本社から緊急招集された滅茶強いカクレオン達にボッコボコにされるという末路を辿る。 そんな本社の社長室という場所で、レアスは椅子に座りつつ報告書を読む。やがて盛大なため息を一つして、報告書を机に投げる。机には様々な書類がまばらに広げられており、彼の多忙さがよく分かる。 「結局『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』に繋がる事は何も発見できなかったかぁ……絶対あると思ったのになぁ」 「というよりもピチューの件があってまともに調べられなかったというのもあります。いずれにしても詳しい話は直接アジトに来てもらわないとできませんので」 「流石の僕も怪我人から根こそぎ絞り取ろうとは思わないよ。あ、そうそう」 そう言って彼は机の引き出しを開き、小切手を取りだした。さらさらと適当に額を書き、ビッとやぶってワッフルに差し出した 「今回の件の報酬と、ついでに治療費全般込み。本当は黄金とかで払うのが僕流だけど今適当なのがないからさ、これで許してよ」 視線を落としたワッフルは、書き込まれた額につい目を大きくさせた。ゴクリと唾を飲み込み、わなわなとレアスへ視線を戻す。 「ほ、本当にこれでいいんですか?」 「まぁ今回は調査依頼だったわけで失敗したわけじゃないし、ひょっとしたらそのピチューが何かの情報を持ってるかもしれない。それに僕は、ちゃんとお仕事してくれる人にはしっかりと褒美をあげたくなっちゃう体質なんだ♪」 ニコッと笑う彼の笑顔は邪悪に染まっていない、純粋な笑顔であった。普段は黒い笑顔しかしない彼には珍しい事であったが、ワッフルは慣れているのか普通にしていた。 余談であるが、レアスは世界に名だたる大商会の内、二つの商会を牛耳っている。カクレオン同盟ないしはキルリア商会という二大巨頭である。その内一方を大きく儲けさせるために、もう一方を市場の物価や貨幣の価値を変動させるための火付け役(捨て石)として使い、それを利用した投機的売買によって何度も悪どく儲けている。 カクレオン同盟が儲けるときはキルリア商会が損をするわけだが、儲けているカクレオン同盟はその損を補って余りある。キルリア商会が儲けるときもまた然り、である。 一方を儲けさせたら次はもう一方と、何度も繰り返すことで有り得ない程の大金を手にしたわけであり、その資金力は一般のポケモンが及びもつかない額になっている。一体小切手にどれほどの額を書き込まれたかは……今は語らないでおこう。 そのまま小さく会釈した後、部屋を出ようとする。そうしようとしたが、ふいに何かを思いついたのかその足をとめた。 「そろそろ、詳しく教えてくれませんか? 一体『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』とはなんなのかを。私たちはまだ、『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』について詳しい事は知りません」 レアスの顔がキッと険しくなった。ついに来たか、というような渋い顔とも取れるがすぐに笑顔に戻り、何事もなかったかのようにふるまう。 「確か話したのは『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』には八つの種類がある事、そして彼に繋がる唯一の手掛かりである事だったね、――さん?」 最後の方はよく聞こえなかったが、今度はワッフルの顔が変化する。目を大きく開き、一歩後ろへとさがり、奥歯をグッと噛みしめる。レアスはニッと、本当に僅かに笑みを浮かべた。 それが一体何を意味するのかは分からない。ただそれは悲しんでいるワッフルをさけずむものでなく、自分が考えていた事が合っていた事による喜び、という感じがあった。 くっと声を漏らすワッフルはもう一歩後ろへと下がる。逃げようと身構えるもここは殆ど密室。後ろのドアを開ければ逃げられるが、レアスの能力の前ではそんなものないに等しいものだった。それほどまでに、目の前にいる子供みたいなレアスは抜け目がなかった。 細い息を吐き、ゆっくりとかぎ爪をレアスへと向ける。その眼は焦りと戸惑いでぐるぐると混乱しているようで、正常な判断が出来ていないようだ。 「別に密告して賞金もらおうとかそういうのはしないし、言わない代わりにやってほしい事も『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』探しを除いてないしね。ただ一度世界から離れた君が、何故一年前便利屋ハイブリッドに入ったのか……その理由が気になったのさ」 息を荒げていたワッフルは、どうしようかを必死に考える。だがいい案が浮かばなかったらしくかなりさらに一歩後ろに下がった。どうやら話を聞いていなかったらしい。 「あー、こりゃ長期戦になるな……すいませんがナレーターさん、先に別の人の映像写しといてよ、こっちはこっちで話進めとくから」 はい!? え、ここでまさかの作者に命令ですか!? というかあなた達からこっちは分からないはずでは? 「うるさいなぁ、しないと後で……フフフフフ」 こわ!?((by作者)) ということで場面転換、つーか登場キャラクターに命令されるってどうよ? まぁ別に構わないけど。((んな殺生なナレーターさんby作者)) ここはナナイロタウンとハイブリッドアジトのログハウスの間にある普通の田舎道。のどかな草原が広がっている為ピクニックなどを楽しむポケモンも少なくはなかったが、最近は物騒な為そういう事をするポケモンはいないそうだ。 ナナイロタウンからアジトへはまぁ数十分という距離ではあるが、平らな道なのでそんなに辛い訳ではない。まぁそれも状況によるのだが……。 「だぁぁぁぁぁ……何で俺様がこんな事しなけりゃならないわけよ……もうシンジランナーイ」 例えばこのキュウコンのように背中に大量の食糧、左側四本の尻尾で四匹分の包帯などの薬用品、右側三本の尻尾に不足しがちなオレンやモモンなどのダンジョン探索に必要な木の実などを持ち、必死になって運んでいるという状況だと……のどかな景色を見る余裕など微塵もないだろう。というか荷物多すぎだろ……という突っ込みはなしの方向で。 何故か町への買い物を担当する事になってしまったブレイズ君、折角だからと他にも色々なものを注文されてしまい、現在の状況に。必死になって運ぶ中不意に見つけた一本の木の下にドサッと荷物を置き、少しだけ休憩する事に。 「がふぅ、全くせめてファントム君も来てほしかったよ。まぁね、アイスちゃん達看病してないと駄目だから無理なんだけどね、全く何で俺様が……」 盛大にブツブツ文句を垂れまくる。一応チーム最年長なのであるがそういう事を微塵も感じさせない駄目っぷりである。 そんな彼を監視するかのように、遠くからそれを見る影が一つ。なかなか上手に気配を絶っており、普通のポケモンならば気付くのも難しい。だが……。 「いい加減姿を現せ、とっくに気付いてるよ」 先程までとは打って変わり、どす黒いまでに低い声で姿を現すよう促すブレイズ。その顔はまるで闇に取りつかれた獣のように影を秘めており、さっきまで透き通っていたその眼は信じられないくらいに濁りきっていた。 茂みががさがさと鳴り、ゆっくりと姿を現したのは背をキッとさせ黒いリボンを首にしている雄のルカリオだった。その顔は怒りと憎しみで酷く歪んでいた。 「裏切り者ブレイズ! 今日こそ殺してやる!!」 「随分な言い方だな。まぁ間違っちゃいないが、な」 怒りで我を忘れているルカリオはメタルクローを発動させ一直線に攻撃してくる。やれやれと言った感じでブレイズはアイアンテールを発動、九本の尾を全て使って迎えうつ。当然数の力で押し負けるルカリオだったが、すぐさま地の波動を長くのばして作られたボーンラッシュという技を発動させる。 俊敏な動きであっと言う間に近づき叩きつけようとするも、またも鋼鉄化された九本の尾に阻まれる。冷静な判断が出来ず何度も何度も攻撃するも、九本ある尾によってことごとく受け流される。ブレイズ本体には全くダメージを与えらていない。 ルカリオは荒い息のままボーンラッシュを解除し、手に波動の力を集中させる。波動弾と呼ばれるそれは瞬間的に高められる波動によってほぼ絶対必中の精度を誇る技。だがルカリオの焦りの為か、波動弾はぐにゃぐにゃと球体を保っておらず、かなりあやふやな状態だった。 「集中しろ、そんな攻撃じゃまともに当てられないぞ?」 「何時までも先輩風を吹かすなぁ!!」 最早勢いのみで放たれた波動弾はただ錐揉み回転をして、キュウコンの頬を掠っただけで後方へと被弾した。まともに当たらなかった事に舌打ちをし、ルカリオはもう一度波動を高めていく。……そんな一瞬の隙を、ブレイズが見逃すはずはなかった。 電光石火の速さでルカリオとの距離を縮め、ほぼ零距離まで近づくと、彼の瞳をジッと睨む。まるで闇の深淵のごとく深い漆黒の瞳をみつつも、気がついたときにはルカリオは術中に嵌っていた。 体が言う事を聞かない。まるで全身を重りに変えられたかのように動かす事が出来ない。瞬きや全身が震える事すらも出来なかった。 「俺様の得意技、催眠術を久々に食らった感想はどうだい?」 ニタリと笑うブレイズに罵声を浴びせようとするも、声帯すらもまともに動かせない。ついでいうと肺もまともに動かないので息をする事も出来ない。何とか目だけは動かせたが、それすらも殆どまともに動かせないという危機的状況。 徐々に息苦しくなるルカリオだが、全身が動かせないのでは何もする事ができない。当事者であるブレイズは淡々と話を続けた。 「脳から全身にいきわたる電気回路を殆ど麻痺させた。息も出来ないからこのまま放置してゆっくり死なせても、こうやって今すぐ殺してやってもよし。……どっちがいいかな?」 低く呟いた後、ルカリオの喉に軽く牙を添える。そのまま力強くかみ砕けば、間違いなくルカリオは絶命する。かといってそろそろ肺の中の酸素が無くなる直前、いずれにしても彼の命はブレイズが握っている。彼の采配一つで、生かすも殺すも自由自在だった。 次第に強く刺さる牙。脳に酸素がなくなってきたからか意識も朦朧としてくる。せめて目だけでも彼を強く睨みつけようとするが、首元を噛みつかれているので全くブレイズの顔が見えない。 プツッ……という肌が牙にめり込む音が聞こえる。肺の中の酸素もなくなってきた。殺される……!! 瞬間、ブレイズは牙を引き、ゆっくりと離れていく。九本の尾の一本が揺れると同時に催眠が解け、動かなかった体が一気に躍動を始めた。肺の細胞が一気に活動を始め渇望していた酸素を一気に取り込もうとする。 ガハッ、ガハッとルカリオはせき込む。何とか息を整えているとすでにブレイズは荷物を全て持って立ち去ろうとしている所だった。 「フィアリオン側の便利屋の暗黙の掟として絶対に殺しをしてはならない。次は上手く闇討ちするこったな、ディムハート」 ニコリと笑い、そのままえっちらほっちら歩きだす。ディムバートはグッと攻撃しようとするが、手足はがくがくと震えまともに照準を合わせられない。 ……全く歯が立たなかった。&ruby(もてあそ){弄};ばれた上に生かされた。その事実がディムハートに重くのしかかっていた。 「チクショォォォォォォォォ!!!」 膝をつき、心の底からの叫びが、大空へと響いて行った――。 約十分後ようやっとログハウスに帰ってこられたキュウコンは荷物を乱雑においてはふぅとへばる。……まぁ途中戦闘があったとはいえこの程度でへばるのはどうかと思いますが。 大きくため息をついていざ中へ運ぼうとしたとき、裏手からバシ、バシという何かを叩く音が聞こえる。何事かとゆっくり近づいて覗いてみると、まだ本調子でないポトフが包帯をとって稽古をしているところであった。 「ちょ、お前休んどけよ。何エースぶってんの信じらんねぇ休めるときには休んどけっての」 「あなたのように年中お気楽に過ごす事など出来ん。実際戦闘が可能なのはあなたとワッフルだけ、せめてもう一匹でも……ぐ」 「だーやっぱ駄目じゃねぇか、ファントム君呼んでくっから、ジッとしてろこの馬鹿ゾロアーク」 傷が痛むのか脇腹を押えて座るポトフをたしなめるブレイズ。そのまま歩きだすのを、ポトフは呼びとめた。 何だよとじれったそうにするブレイズであったが、ポトフの顔はかなり真剣だった。 「顔、昔のお前に戻っているぞ」 「え……」 ブレイズは顔を右足でふにふにと触る。若干強張っているであろうその顔は、先程ディムバートと呼んだルカリオとの戦闘から全然変わっていなかった。普段はもっと砕けた表情が多い彼のとは似ても似つかない表情だった。 両足でグニーッと顔を伸ばして見る。かなり砕けた感じに変形するが、戻すと元どおり若干キツイ顔になってしまう。頬をぐにぐにとストレッチさせてみる。何気に口を大きく開けてみる。それでもまだ強張ったままであった。 「何があったかは聞かんが……まだ闇を振り払えていないようだな」 彼女の言う“闇”とは、一体なんなのだろうか? 言われた瞬間苦虫を噛み潰したような顔になるブレイズ。 苦笑を浮かべて、小さくため息を吐く。その顔は未だに怖いままだったが、どこか寂しそうにも見えた。 「覚悟を決めた筈なのに、時々分からなくなる。あの時の決断はこれでよかったのかってな。全てを捨てた筈なのに、俺はあの馬鹿に拾われて今こうしてフィアリオン側の便利屋として働いている。あの闇からもう戻れないと思っていたのに……な」 「……あの馬鹿は、一体どこに行ったのだろうな」 彼らが言うあいつやあの馬鹿とは、恐らく前リーダーでありアイスの兄の事を指すのだろう。 ふと、無言の時間が流れる。空に浮かぶ雲がゆっくりと流れていく。ついウトウトとしてしまうような天気。ヒューっと言う何かが飛んでくるような音。……何かが飛んでくる? 瞬間、ゴスッと嫌な音をたてブレイズの頭右側面を拳ほどの氷の塊が直撃する。不意の一撃に奇声を発しながら激しくのた打ち回る彼をポカンとした表情で見るポトフ。 するとそこへ、さっきの一撃を放ったアイスが包帯を巻いた状態のままよれよれとやってきた。どうもポトフ同様ベットから抜け出して来たらしい。 「てめぇこのアホエロ狐ぇ……なに買ってきた荷物ほっぽり出して談笑してんだ! 風穴を開けられたいのか!」 「いやだからって当てちゃいけない所に氷の礫ぶつけないでよ! というかそもそもアイスちゃんも何抜け出してきてんのよ!」 「黙れこのエロ馬鹿狐、今日こそは風穴あけて更生させてや……?」 妙な所でアイスが言葉を切る。よくみるとブレイズの頭あたりに小さな影があり、その影がドンドンと大きく広くなっていく。当然見上げるブレイズであったが、見なければよかったと後に後悔するのであった。 「――っついですーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 可愛らしい声と共に、何かがブレイズに被弾、むしろ被弾という言葉すら可愛らしいかもしれない程激しい爆音と砂埃が同時に鳴り響き、舞い上がった。 もうもうと上がる砂埃にごほごほとせき込むポトフとアイス。爆撃を受けたであろう場所では、スフレがぱっぱと澄まし顔で誇りを払っていた。 「まったくもう、アイスさんたら勝手に抜け出して……怪我が悪化したらどうするんですか、そんな悪い人には神の鉄槌……?」 ん? という顔で爆撃の中心部を見る。当然の如くブレイズが戦闘不能となっている光景にスフレはどんどんと顔を青ざめていった。どうやら流れ弾が間違ってブレイズに当たってしまったらしい。弾がスフレ本人という時点で流れ弾と言う表現は間違っているかもしれないが、どちらにしてもブレイズはご愁傷さまである。 ブレイズの状態を正確に言うと地面に顔をめり込ませ、頭にはでっかいたんこぶが乗っかっている状態。恐らく、いや確実に何かを考える事も出来ずに沈黙させられたのだろう。今回彼は悪くはないはずなのだが……。 流石のアイスも憐れむように右前脚で十字を切る。ポトフも左手で顔を隠し、俯きながら首を左右に振った。 「きゃぁぁぁぁ、私ったら関係ない方を潰してしまいましたぁぁぁぁ!! ブレイズさん、しっかりしてください、ブレイズさん!!」 やはり誤爆だったらしくめきょっと地面からブレイズを抜き、グワングワンと上下に揺さぶってみる。しかし彼は白い眼で明後日のほうを見たまま、全く反応がない。 よーくみるとブレイズの体から何やら頭に輪っかを付けた彼自身が体からスゥーっと……これ以上は怪奇現象になるので語るのはよそう。 「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 起きてくださいブレイズさん、ブレイズさぁぁぁぁん!!!!」 さらに激しく上下に振って、頬をバチンバチンと強くたたく。それが余計に彼をお花畑へ誘う事となり、抜け出た白いなにかはすぅーっと上へ上へと上がっていく。さらに激しく振り頬を叩く、すぅーっとあがる……まさしく悪循環。 「ひょっとしたら今現在最強なのは、スフレちゃんかも……」 「そうかもしれんな……」 ちなみに何故白い何かが見えるのかという疑問を聞くのは、ここではなしという方向で。 一方名もなき島のカクレオン同盟内にある社長室では……ようやく落ち着いたワッフルから諸々の事情を聞きだしたレアスが、とっても嬉しそうに机で小躍りをしているところだった。 「いや~まさかそーいう事だったんだ~♪ 本当にビックリしちゃったなぁ~♪♪」 「うぐぐぐ……」 クルクルと上機嫌に回っているレアスと対照的に、ワッフルは黒い顔を真っ赤に染めてとっても恥ずかしそうだった。鉤爪をぐぐっと強く握りしめて恥ずかしさを我慢しているが、一体何がばれたのか……どうもかなりな過去がばれたらしい。 ようやく落ち着いたレアスがよっと椅子に戻るがやっぱり顔はにやけている。さてこの情報をどう有効活用しようかと画策しているのか……それとも本当にただ面白いだけなのか。彼の場合判断できる材料が少ないので余計に難しい。 「くくく、まぁ僕ばっかり良い想いをするのもあれだし、ちゃんと『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』について教えてあーげる♪」 本当に上機嫌らしく、レアスの口調もかなりウキウキとしている。ワッフルは火照った顔を何とか冷まし、やっと元の顔に戻ったところでレアスが語り始めた。 「ここだけの話、僕も詳しい事はあまり分かっていないんだ。ただ八つの『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』にはそれぞれ炎、水、雷、氷、草、陽、月、星の八つに分かれている……ここまではいいよね? この八つの『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』それぞれが、それぞれの自然の力を集約した物……そう考えるのが一番分かりやすいかもね。手に入れたポケモンはそれこそ大自然の司る僕ら伝説のポケモンと同等、下手したらそれ以上の力を自在に操ると言われているんだ。 ちなみに全ての『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』の頂点であり原点と呼ばれる星の石板は、七つの『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』全てを操る事も出来る……なんて言われているんだ。凄いよねー、そんな力が手に入ったら僕だったらどんな事に使おうか……想像するだけでゾクゾクしちゃうよ~」 ニコニコ顔のレアスであったが、もしそのような物がレアスにわたった事を想像したワッフルは……若干真っ青になったのは、まぁ言わなくても分かるだろう。 「だけど『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』については、分からない事が多いんだ。現在残されている『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』について記された本も殆どなく、唯一役立ちまた僕に『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』の存在を語ってくれたのは、一つの伝説のようなおとぎ話だけだった。 簡単に言っちゃうとそのお話っていうのはかつて世界に巨大な戦争が起きて、それを一匹のイーブイが星の石板を使って阻止したというお話。ホウオウ教とは別の宗教では結構有名なお話で、とある地域におけるブイズ貴族化の原因とも言われているけど、詳しい事は不明。そもそもそっちでも史実かどうかすら疑わしい後付け物語って話もあるくらいだもん。 まぁ実際本当にホラ話だったんだけど、その戦争を止めたきっかけというのが自然の力の結晶と言われ、それがどうも『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』だったらしいんだ。 ここからは僕の想像だけど、多分『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』という力は本当にあって戦争もあったんだけど、それをブイズの貴族達が自分たちの良いように改ざんしたんじゃないかな。『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』の力が本当にあるとすると、一つの戦争を止められる程の力が八つそろえばそれこそ世界を変える事も夢じゃない。そう考えた僕は伝承を読み漁った。 でも詳しい事は分からなかった。分かったのは戦争後勇者は力を石板に封じ、そこで初めて『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』と言う名前が付いた事。 『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』に封じられた力は周りの自然に多大な影響を及ぼし、そして力を得る為には『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』に認められないと駄目だと言う事だけ。 より詳しい調査の為に、僕は四年近く前ある便利屋の&ruby(おとこ){雄};に極秘に調査を依頼した。『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』が眠っているであろう場所をメモした紙を持たせて、出来るだけ情報をかき集めてくれるように。……だけどその雄は、途中で行方不明となった」 まさか、とワッフルの口から言葉が出る。コクリと頷くレアスの顔は無表情だった。 「雄の名前は、ゲイン=ブラッキー。便利屋ハイブリッド初代リーダーだった彼は僕から見てももの凄い実力と、何事にも屈しない強い心を持っていた。 だから僕は、彼なら『&ruby(ウィカ){知恵の石板};』の力にも呑まれないと考え仕事を依頼した。だけど……どうも彼は第三者の襲撃にあったらしい。僕も八方手を尽くして探してるけど……未だに連絡はない。彼の持つ情報がどれほどなのかは僕も分からない。だけど、きっと貴重な情報を持っているに違いないんだ。 そして気になるのは、第三者という謎の存在……正体も分かっていないけど、きっと探し出し、ママよりも怖いお仕置きをやってやる……絶対に」 ググッと力強く握られるレアスの拳。悲しそうな顔でそれを見るワッフル。場には、暗い雰囲気が漂っていた……。 「……有難う御座います。これからアジトに戻り、今の話を皆に話そうと思います」 「あ、ついでにこれ。彼がいなくなったかもしれないと思われる場所をリストアップした奴。暇だったら見ておいてよ……」 メモを受け取った後に会釈し、ワッフルはゆっくりと退室する。一人になったレアスはしばらくした後椅子に深く座り、大きく息を吐く。深く目を瞑るその姿は、普段見る事のないとても影を落とした姿だった。 ナナイロタウンから遠く離れた、とある森の中。まるで人が暮らしていたのではと思うほど立派な屋敷の裏にある庭にて、白いテーブルと椅子に座り一匹のポケモンが優雅に紅茶を楽しんでいた。 容姿はペンギンのそれに近く、蒼い体に鋭いくちばし、器用に羽でカップを持つ姿は、本当にお嬢様そのものであった。 「はぁ、一人で飲む紅茶ほど退屈なものはないですね。全くディムったらどこまで遊びに行ったのか……」 小さくため息を一つついたポッタイシは、ずずっと紅茶を飲む。と、そこへ何かが猛スピードでポッタイシの方へとやってくる。轟々と砂埃をあげていることから、かなりなスピードで近づいてきているのが分かる。 よく見てみると、どうやらそれは小さく黒い三つの塊に見える。急ブレーキをかけているらしいがあまりにスピードを出し過ぎた為に止まりきれないらしく、ぐるぐる回転してもうしっちゃかめっちゃか状態である。 砂埃をもうもうと立ち込めさせて、ようやく三つの塊はポッタイシの近くで止まった。黒い何か三つは四本の足で立ち上がり、ブルブルと全身を振って砂を落とす。それでまた埃やら何やらがまってしまうが、ポッタイシはいつもの事なのか気にせずに凛とした表情だった。 『失礼しました! ポチエナ捜索隊ただいま戻りました!』 「少しでも情報を早く持ち帰りたい気持ちは分かりますが、もう少し考えてくださいと何時も言っているでしょう。 あと、先に番号を名乗ってから話しだす事。ただでさえ兄弟の数が多すぎて誰が誰だか分からないのですから。そして三匹全員で話さないで」 『し、失礼しました!』 ビシッと敬礼するポチエナ三匹をたしなむポッタイシは大きくため息をつく。どうやらこのポチエナ達は彼女の部下に当たるポケモンらしい。そしてこのポチエナ達、かなりの数の兄弟がいるそうだ。 右側と左側にいたポチエナが一歩前に出た後、再び敬礼し、背筋をぴんと伸ばした。 「捜索隊番号九番、どうやら便利屋ハイブリッドは“ウィカ”と呼ばれる物を探しているようです!」 「捜索隊番号十二番、“ウィカ”と呼ばれる物が何なのかを調べましたが、貴重なお宝らしいという事しか分かりませんでした!」 最後に真ん中に居たポチエナがビシッと力強く敬礼する。 「捜索隊番号二番、この件にドーブル同盟とキルリア商会の社長、レアス=マナフィが関係している事が分かりました!!」 「……レアス? あの強欲な&ruby(しゅせんど){守銭奴};とも呼ばれる彼がこの件に?」 かた、とティーカップを置き深く考え込む。ぴょんと椅子から飛び降り、ブツブツ言いつつゆっくりと歩き出した。 「彼は自分に利益がある事しかしない筈。ウィカと言うのはそれほどまでに凄いお宝なのでしょうか……? いずれにしても詳しく調べる必要がありますわね」 「それと、一応お嬢様に言っておいた方がいいかと思われる情報が……」 「何なの、二番」 ポッタイシがキッと睨む形で尋ねると、捜索隊番号二番のポチエナは敬礼したまま続けた。 「は、どうも二十八番の情報によりますと、ディムバートさんがまたもブレイズ殿に勝負を挑み、負けたそうです!」 「またですか、懲りませんね彼も。誰でもいいから連れ戻してきなさい」 『了解しました!!』 そう叫び、三匹は元気よくまたも猛スピードで走りだしていく。誰が三匹一緒にいきなさいと言ったのですか、と言いたい表情のポッタイシであったが深くため息をつく事で呑み込んだようだ。 椅子にぴょんと飛び乗り、再びカップを持って紅茶を一気に飲み干した。その顔は優雅なお嬢様ではなく、全てを見透かす実力を持った戦士の顔であった。 「ウィカという物がどういうのであれ、お宝と聞いては黙って見るのも癪ですね。……便利屋ハイブリッドが一年ぶりに大きく動き出したのならば、私たちもまた動き出す事にしましょう」 風が、大きく渦巻いた。まるでポッタイシの殺気に呑まれる様に吹くそれは、これからの激戦を予感するような、そんな風。 「今度こそあいつらに……蒼き薔薇の刻印を刻んであげるわ」 ---- ワッフル「今更ですが、様々な作者様の協力の元この小説は成り立っています。この場で深い感謝の言葉と変えさせてもらいます」 ファントム「まだまだ続きますのでお楽しみに! というかブレイズさん怖いですよ……」 ブレイズ「いやまぁ、ちょっとハッスルしちゃってさ。詳しい事は次回更新予定なので、怖がらないでね世界中の子猫ちゃん達♪」 ファントム「何だかおっかない方が最後登場しましたけど、誰なんでしょう?」 ブレイズ「それはあれだ、次回をお楽しみに、ってやつだ! つーわけで待っててね世界中の俺様のファン達!」 #comment()