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HEAL5,貴方と一緒がいい の変更点


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「なるほど、大体の事情は分かったよ。嘘も混じっているかもしれないが、ナイジャが見て大丈夫というのならば大丈夫なのだろう」
 ロウエン達の事情を聞いて、村長は言う。ムシャーナ特有の大きな目はロウエン達の心の奥底まで見通すようで、ナイジャの名前を挙げはしているものの自分で見て、感じたうえで判断しているように見える。
 特に、村長はロウエンの方をかなり警戒しているように見えた。ロウエンは他人と眼を合わせ続けるのが苦手で、その視線に眼を逸らすことなく答えることは出来なかったが、彼女にはどのように映っただろうか。
「それで、あなたの体は随分と逞しいね。土木作業なんかは得意かい?」
「それがあんまり、そういう作業はやったことがなくって……あー、その。俺は馬鹿だから、ダンジョンに潜って色々やってくる方が性にあっているんです」
「なるほど、ダンジョニストか。冬は食料集めに重宝しそうだとして……そっちのお嬢さんはどうなんだい? 何かお仕事は……お偉いさん所に仕えていたんだろう?」
「いやそれが……地面にはいつくばって掃除をするのは得意なんですが……他はいびられてばっかりでして。むしろそっちが仕事みたいなものでした」
 言いながら、そんな自分を恥じてかレナは眼を逸らす。
「あぁ、そうだったね。ひどい扱いをさせられていたんだね……何か、やっていなかったのかい? 料理が出来るとか、手先が器用とか」
「私、皆のうっ憤を晴らすための標的として雇われていたようなものなので……」
「これは頭が痛いねぇ。まぁ、いいさ。それでもあんたは水タイプ、泳ぐことにかけては心配なかろうし。この町、今は家もまともに経っていなくってテントばっかりなものでね。家を建てずに人を住まわせるわけ胃も行かないからとにかく木材が必要でね。切った木を湖から水路で運ぶんだけれどそのための人手が足りていないから、それをやってくれると嬉しいんだけれど……」
 村長はレナを見る。
「あの、すみません……その、私……」
「うん、なんだい? 希望に添えられるかはわからないけれど、やりたいことがあるなら言ってみて欲しい。こちらも参考にするよ」
 村長に見つめられて、レナはもじもじと眼を逸らして言う。
「私、ロウエンさんと仕事をしたい」
 レナが勇気を振り絞って言うと、村長は難しい顔をする。
「ふーむ……それは、ダンジョンで一緒に仕事をするという意味かい?」
「はい」
「構わないけれど、それは自分の実力と相談できているのかい?」
「いや、正直俺から言わせてもらうと、こいつが戦っているところとか見たことないし……あぁ、でもなぁ……こいつ、俺のいないところはまだ怖いのかもしれないな。周りに、信じられない大人しかいなかったから……でも、こいつ一度安心すれ場その後は普通にしゃべられるみたいだからさ。しばらく待ってあげれば村の住民とも打ち解けると思うんだ」
「そうか。それでもそうだね……うん、じゃあわかった、ロウエンさん。あんたが飯の世話を出来るのならば、その子が仕事をしなくとも、置いておくのは構わないよ。あんたほど体格がいいなら、この子の分も余計に稼ぐことくらいはそんなに難しいことでもないだろう?」
「まぁ、ダンジョンの難易度にもよるが、守って戦うのはそんなに難しくないし……うーん、でもなぁ」
「お願いします、ロウエンさん……」
「ダメだったら、素直に普通の仕事するんだぞ?」
 レナがこんなわがままを言うだなんて思っていなかったロウエンとしては、どういった対応をするべきかいまいちつかめなかったが、本人がやる気になっているのならば才能の芽を潰すのは良く無い。最初は誰でも素人だし、レナと出会う以前に路上で泥棒と物乞いをしていた少年をダンジョニストに育て上げたことはある。
 やる気があるなら、レナでも出来る。ロウエンはそう判断する。
「それが貴方の決断なんだね、レナちゃん? 私はチャレンジしようとする心を笑いはしないよ。貴方くらいの年齢から始めても大成する子はいるし、やる気があればきっと出来ると思うからね。でも、貴方の祖の決意は、決して怠けるための言い訳にしちゃいけないよ。仕事として、まじめにお兄さんに付いていくこと。いいかしら?」
「はい、頑張ります!」
 レナが元気よく返事をするのを見て、村長は微笑みを返す。
「さて、そういうわけで、仕事をする以上は家がなければいけないけれど……その、今は家もまともに用意できない状況でね。ダンジョニストは冬場に食料を集めてもらうのが一番の稼ぎ時だけれど、ここは温暖な気候だし、雨も多いし冬も来ないから、食料に困ることはまずないんだよね。
 だから今はそう……毛皮だね。テントを作るのにも毛皮が必要だし、例えテントが必要なくなっても敷物や物資の保管と何かと必要になるからね」
「毛皮か……毛皮が必要となると、結構難しめのダンジョンに行かないといけないな。レベルの低いダンジョンだと、ダンジョンから出た瞬間にドロドロに崩れちまう」
「そうなのよ、そこが問題でね、今それが出来る子が一人しかいないし、それだけの実力の持ち主は他の仕事があるからどうにもならないのよ。そうなるとちょっとお嬢ちゃんにはきついかもしれないってことよ。食料集めくらいなら出来るかもしれないけれど……まぁ、出来る事からやってみるしかないね」
「そうだなぁ……どうせここら辺は暖かいし雨風を凌ぐ場所がなくとも何とかなる。とりあえず今は食料集めだけでもやろうか? それだけやってればとりあえずは暮らせるし」
「はい、頑張ります」
「それで、話の続きだね。今は家もまともに用意できない状況だから、大きい建物に雑魚寝になってしまうけれど、どうするかい? レナちゃんは女性だけの部屋に行くか、男性もいるけれどロウエンと一緒に寝るか……」
 村長に尋ねられてレナはロウエンを見る。
「あの、私……そのロウエンさんとがいいです」
「わかった、じゃあ男と一緒の部屋になるが、それでもいいって奴らに話をつけておく。幼い女の子は男達にはちょっと刺激が強いからねぇ……禁漁して眠れない子もいるかも知れないし。それじゃあ、住むところは少し後で決めるとして……あとは、そうだな。今日は休んで行け。飛行している奴に掴まっていただけとはいえ、それでも疲れただろう。今はどこに泊めるかも決まっていない状況だしとりあえず私の家で寝るといい」
「家か……」
 村長の家、と言ってもこの家には机以外にまともな家具はないし、ベッドも藁を敷いただけのもの。村を見た限りでも、木造建築なんてこの家の他には三件しかない。確かに、自分達の家が出来るまでは時間がかかりそうだが、この際贅沢は言うまい。
 ロウエンはここよりも寒い街で、路地裏で暮らしていたこともある。それを思えば、こんなに暖かな場所で暮らせるのであれば、例え雑魚寝だとしても、テントだとしても屋根があるだけましである。レナも似たようなもので、ベッドなどなく床に寝ていた事を思えば、この温暖な場所での寝床はそれだけでありがたいものだった。


 村長への挨拶を済ませて休んでいると、この村の住人達も丁度休み時間に入ったのか、ぞろぞろとロウエンの様子を見に来るのだ。この町で土木作業をしているというハーデリアの青年やドリュウズの中年。手先が器用で、色々なものを作っているというシャンデラの男。
 何かの理由があって同じように流れて来たグランブルや、ナイジャに紹介されたというわけありのブロスターに、村を開拓する際に協力者を募集する段階で付いてきてくれたドンカラスなど、さまざまだ。まだまだメンバーはいるのだが、夜まで戻ってこないだろうとのこと。
 その前に、僕が村を案内しますよと、ハーデリアの青年が申し出る。案内するほどのものはこの村にはないが……と、ハーデリア自身が言うくらいこの村には何もないのだけれど。
「確かに何もない感じだけれど……せっかくだ。俺達を案内してくれるか? えっとー、俺の名前はロウエンだ。ほら、お前も自己紹介」
「レナです……オシャマリの」
「あい、ロウエンさんにレナさんね。僕の名前はヨーク。まぁ、本当に何もないところですけれどよろしく。今は旅人が休憩出来る場所づくりからですねー」
 そう言って、ヨークは二人を外に連れ出す。
「えーと、ここは知っての通り村長さんの家ね。やっぱり、村長さんが家がないんじゃ示しがつかないんでってことで、真っ先に建てられた家なんだ。けれど、今のところ村の女性はほとんどここで眠っているんだよね……その女性の数が少なすぎて、このスペースだけで足りちゃうんだ」
 村長の家と言っても、ミロカロスが一匹の縦幅と二匹の横幅しかなく、ベッドも家具も粗末である。ここに収まるということは、女性は本当に少ないと考えていいのだろう。当の女性も今は村の外へと行っている。村の中で何かの仕事をする、ということも今のところはないようだ。
 見れば、村の中には畑すらない。食料の安定的な供給は味にさえこだわらなければ不可能ではないから、後回しと言ったところだろう。
「まあ、あの家の他に女性がいないわけじゃないんだけれど、夫婦だったり女性同士のカップルだったりで……少なくとも今のところ独り暮らしの女性はいないねぇ」
「女性同士のカップル……? なんだそりゃ、そんなのいるのか?」
「村長の意向です。女性同士のカップルだなんて、どこに行ってもはみ出し者にされて村八分ですからね。この村はそういうものの受け皿にしたいって。あと、この村には夫婦も何組かいますけれど、その中の一つはタマゴグループが違って子供ができない夫婦で……まぁ、親に勘当されてここに流れ着いたとか。
 今は、その二人が孤児の世話を買って出ているんですよ。子供を産めない分、それで埋め合わせするんですって」
「へぇ、いい事じゃねえか。子供をたくさん産んで死なすくらいなら、そうやって子供が産めなくともきちんと育てる奴がいれば問題ねえな」
「世間じゃ……そう考える人は少ないんですけれどね。今はもう死んじゃった俺の爺ちゃんも、友達ならばまだしも、夫婦でタマゴグループが違うのはあんまり良い顔はしていませんでしたよ。普段は温厚なお爺ちゃんなんですけれど、どうも子供を残さないのは悪って考え方があるようで……」
「うーん、言いたいことは分かるけれど、子供を残す手助けも立派なことだと思うんだけれどなぁ? ダンジョンに出かける俺達だって、その準備を手助けしてくれるギルドやショップがいないと成り立たないぞ?」
「そういう感覚、理解してもらえるといいんですけれどね。中々、理解できない人もいるんですよ」
 ロウエンが理解を示してくれたことにヨークは良い感情を見せるも、暗い話も続いてしまってため息をつく。
「だからこそ、こういう村も必要だと思うんですけれどね……さて、暗い話をしていても仕方がないし紹介を続けましょう」
 このまま気分が沈んでも仕方がないので、ヨークはそう言って気分を入れ替える。
「そして、あそこが村の集会場! っと、言いたいところだけれど、今は男性たちの宿泊所になっているんだよね……」
「わびしいな」
 ヨークが案内する集会場は、村長の家よりかはすこしばかり広いようだ。中には大きなゴザが敷かれているだけで、他には部屋の隅っこに藁のベッドがあるくらいだ。
「集会も大体外で済ませちゃうからね……雨が降ってきたらそういうわけにもいかないけれど。で、他のテントには夫婦で移住してきた人とか、割と危険な人とかが……その、胞子の特性を持ったキノガッサとか、毒の棘の特性を持ったニドキングのお兄さんとか。あとは、あそこにある家がゲストハウス。その、行商人とかが宿泊できる場所なんだけれど、ここも今のところ出来るのは雑魚寝だけだねぇ……本当に何もないもんで」
「いかにもって感じの出来たての村だな。まぁ、いいんじゃねえの? 盛り上げ甲斐があるってことで」
「えぇ、その通り。ですが、順調に成長しているのでみんな生き生きとしていますよ。しかしまぁ、女の子不足なので、ロウエンさんはレナちゃんを守ってあげてくださいね……出来れば僕からは守らないでほしいけれど」
「自分で自分を除外するなお前は……レナが嫌がらないならいいけれど、お前だろうとレナが怯えたら徹底排除するからな」
「はーい」
 おどけた口調でヨークは言う。当のレナはというと、ロウエンの危惧する通り少し怯えてしまったのか、彼の脚の後ろに隠れていた。
「あー、ごめんねレナちゃん。僕も脅かすつもりはなかったんだ……あーその、とりあえずこの村に早く慣れてもらえるように祈っているよ」
「はい……」
 レナの様子を見てヨークが弁解するとレナはおずおずと頷く。レナはしばらくはこの人見知りに悩まされることになるのだろうと、ロウエンも考えたが、ナイジャに対する態度を見ていればこのヨークという青年と打ち解けるのもそこまで遅くはならなそうだ。
「それで、あそこにあるのがカクレオン商店。三日に一回くらいこの村にも来てくれるってことになったから、この村の生活もしやすくなっているんだ」
「ほー。俺が暮らしていた街にもカクレオン商店はあったが……一体あいつらどういう種族なんだか?」
「一説にはアルセウスの化身だとかって話もあるけれど……詳しくは分からないなぁ」
「アルセウス……名前と伝説は聞いたことあるが、流石にそれはないだろうよ?」
「いや、その説を支持できるくらいに強くって、ありえないほどの暴力性と強さで泥棒を追いかけるっていうから……僕は見たことないけれど、その様子を見た人達は、信じているそうだよ」
「へ、へぇ……」
 そう語るヨークの言葉は、どうにもふざけているようには聞こえなかった。ロウエンは思わず苦笑いを浮かべる。
「で、紹介できるのは本当にこれだけなんですよね……その、水飲み場とか湖とかも案内できるんだけれど、見ればわかる感じだし。こんな寂しい村ですので。盛り上げるためにもたくさんの人が来てくれるといいんですけれどね。ロウエンさんたちも、ここでの生活頑張ってくださいよ」
「おう、任せろよ。レナも、お前が何かやりたいことが見つかるまでは、ここで暮らすことになると思うけれど……その、頑張ろうな」
「はい、ロウエンさん。迷惑をかけないように頑張りますね」
 ロウエンに話かけられると、レナは恥ずかしそうにしながらも笑顔を見せる。
「……あー、こりゃあれだ。僕が入る余地なさそう」
 そんなレナの表情を見て、ヨークは彼女を惚れさせたいという思いを早々にあきらめることになるのであった。


 ヨークの案内が終わったところで、ロウエンもそろそろ体も休まった頃かなと、レナを街の外れの空き地に誘う。
「ここで何をするんですか?」
「ダンジョンに行くんだろ? だったら、最低限の動きの確認をしなければいけないし……明日に疲れを残さない程度にちょっくら動きの練習をしないとな」
「確かに、そうですね……ずっとリュックサックの中に隠れていましたけれど、皆血眼になって襲い掛かってきましたし。あれを対処しなきゃいけないとなると……」
「怖いか?」
「怖いですけれど……でも、怖くてもやりたいです」
「そうか、安心しろ。俺も怖いのは一緒だ。昔は怖かったし、今もあの程度のダンジョンならばさすがに大丈夫になったけれど、それでも仕事中はいつ死んじまうかとびくびくしながらやっているんだ。怖くない奴の方が危ない。怖いと思う奴の方が才能があるよ。
 それに、今のレナはその……少しおどおどしているところがあるだろ? でも、ダンジョンに潜っていれば喧嘩も強くなる。お前、今まで誰かに逆らったりとか、そういう経験もなかっただろ? えーと……その、な。世の中、喧嘩は良くない……誰かと仲良くすることの方が、喧嘩をするよりもずっといいけれど。
 だからと言って、耐えてばかりでもいけないわけだ。だから、反撃のためにも力を蓄える必要があるし、これからの人生、お前にはそういう事をする権利があると俺は思っている。あー、つまりだ。何が言いたいかというと、むかつく奴をぶん殴るために、ダンジョンに潜って力をつけておいて損はないってことだ」
「とりあえず私をダンジョンに連れて行って鍛えてくれるってことですね?」
「おうよ! じゃあ、まず基本的な戦い方なんだが……喧嘩ってのはまず、ワガママの押し付け合いだ。俺は見ての通り筋肉が有り余っているからな。近づいて闘うのが得意だけれど……レナは……見るからに陸上じゃ機動力がなさそうだしなぁ……」
 レナは一応、後びれを曲げて疑似的な三本足のようにして走ることが出来るのだが、その機動力はお世辞にも速いとはいえず、あまり長くも続かない。
遠くから強力な特殊攻撃を撃つとか、そんな感じが良さそうだ。
 お前、何か使えるか? 水鉄砲とか、熱湯とか」
「どっちも使えます!」
「そうか。じゃあ俺がお前に軽く攻撃をするから、お前は俺に近寄られる前に俺に攻撃を当てるんだ。あと、俺が攻撃しても目を瞑ったりするんじゃないぞ? 本番はもっとずっと痛いんだからな。攻撃を最後まで見ることも防御のうちだ」
「はい!」
「よし、良い答えだ……あー、あとあれだ。俺に攻撃が当たって、俺が痛いだとかそんなことは気にするな? むしろ、俺に気を使ってわざと外すような真似をした方が許さねえからな?」
「う、うん……頑張ります!」
 ロウエンは、こういうレナのようなタイプは他人に危害を加えることに躊躇するだろうという予想を立てる。しかしながら、一応彼女が今こうしてここにいる理由は、坊ちゃまと呼ばれている男に反抗したからであることを考えると、もしかしたら彼女は案外好戦的かもしれない。そうでなければ、男の急所に噛みつくなんて対逸れた真似はしなかっただろう。
 だが、実際蓋を開けてみると……
「よっしゃ、始めだ! ぬおっ!」
 事前の警告のおかげもあるのだろうか、彼女は一切の躊躇をしなかった。あまりにまっすぐ、そして猛スピードで向かってきた水鉄砲に、ロウエンはバランスを崩しかけながら避ける。
「よし、良い調子だ!」
 一発目こそ、油断していて危うく当たるところであったが、まだまだ彼女の攻撃は児戯に等しく、そう簡単には当たりはしない。ロウエンは彼女の攻撃をかわしながら近づいて、軽く彼女の頭に手刀を落とす。
 レナは痛そうに睨み返すも、しかし言いつけ通り目を塞ぎはしない。
「よし、それでいい! もう一度俺は下がるからまた攻撃されないように俺を攻撃するんだ!」
「はい!」
 レナはやる気たっぷりにうなづいて見せた。
「ただ単純に俺のいる場所を狙ってもダメだ! 相手の動きを予測しろ!」
「はい!」
「一発大きいのを撃つだけじゃなく、弱くてもいいから相手を揺さぶるための攻撃をするんだ。そう、水鉄砲と熱湯を交互に使ってみろ!」
「はい!」
 そんな調子で、ロウエンがアドバイスを続けていると、ベテランのロウエンでもしばしば危ない場面が出てくるようになる。
「捕らえた!」
 この調子ならば後衛としてならそれなりに活躍できるだろう……が、やはり近づかれれば何も出来なくなってしまうようでは意味がない。
「良し、次だ!」
 まず、ロウエンはレナの首につかみかかり、遠距離攻撃を出来なくする。
「この状態になったら俺の勝ちは動かねえ! このでかい拳でレナの可愛い顔をぶったたけばそれでノックアウトだ! だが、お前が黙ってそれをやられる必要はない! こういう状況になったら……そして、ならないようにするにはどうする?」
「え、えっと……こういう状況になっても、やられる前にやれば……私はやられません」
「それだ! 俺の顔面に向かって、熱湯をぶちまけて見せろ!」
「はい!」
 ロウエンに命令されても、レナは一切躊躇することなく渾身の力を込めて熱湯を吐きだす。頬を膨らませ、放つ瞬間にロウエンはレナを放り投げるようにして離脱する。
「あっぶねー! だがいいぞ、今の調子だ! それじゃ次は掴まれそうになった時にどうするかだ! お前は脚が遅いけれど、水タイプならアクアジェットとか使えるだろ?」 
「えっと……海で魚を捕まえた時とかにやってみたから使えるには使えるけれど、その……上手く制御出来なくって」
「大丈夫だ、逃げられるならそれでいい! 俺に当てなくってもいい、取り合えず俺から逃げてみろ」
「やってみます!」
 先日、一つ目の島で木の実を取りに行っている間にレナは魚を取っていた。その際にアクアジェットを使ったのだろう。そのお手並み拝見と行きたいところだが、確かに今のレナは制御が難しく、上に飛んでいったり地面にぶつかったりと散々だ。
 要練習……と言ったところだが、明日行く予定のダンジョンはそれほど難しいものでもない。ゆっくりと覚えさせるのが良いだろう。

 そんな調子でハイテンションでトレーニングをしていたものだから、明日に疲れは残さないようにと思っていたのに、二人は疲れ果てて倒れ込んでしまう。まだ日はある時間帯なので、寝ていれば明日の朝までには回復しているだろうが、予想以上に興奮してしまったものだ。
 盛大に汚れてしまったのもあって、二人はこの村の目の前にある湖で体を洗い、体を拭いて村長の家に戻る。村長はそんな二人を見て、お元気ねぇと笑みを浮かべていた。ところで、村長は何をしているのかというのを聞いてみると、彼女はこの村のお金の管理を一手に引き受けているようで。
 まだ実入りは少ないものの、ゲストハウスに行商人を宿泊させたり、道の整備を行うことで旅人からチップを貰ったりして、少しずつお金は溜まっている。それで資材を購入したり、村人たちに給料を出したりしているそうだ。
 もちろん、どこに何を作るかとか、そういうのを決めるのも村長の仕事だし、実は彼女は料理もたしなむとのことで、皆が帰ってくる時間に合わせて料理が出来るように作っているのだとか。
 そろそろ作ろうと思うのだけれど、あんた炎タイプなんだし丁度いいからとロウエンは誘われ、料理は苦手で出はあるけれど、手伝いくらいならばと付き合うこととなった。
 まず、火を熾すことに関しては全く問題なく。木の実をすりつぶす工程では自慢の怪力を生かして素早く仕上げるものの、材料を切ることに関しては不器用な結果に終わる。
 レナも一緒に付き合っては見たがやはり彼女も刃物の扱いは初めてなので最初はたどたどしいのだが……ロウエンよりもはるかに上達するスピードが早く、危なっかしかった包丁遣いは最初だけであった。
 村長と比べれば見事とは言い難い野菜や肉の切り口だけれど、初めてならば上出来と言ったところだろう。
「残飯じゃない料理……久しぶりです」
 レナは暖かな食事を見て嬉しそうにつぶやく。
「お前相当辛い環境にいたんだな」
 何と声を掛ければいいのやらわからず、ロウエンは彼女の背中に手を添えた。
「えぇ、料理なんて私に与えるのは贅沢って感じでしたから、生の魚や木の実を食べた方がよっぽどおいしいですよ」
「おやおや、それはそれは。美味しいものを食べさせてあげないとね」
「動じないのかよ村長さん……そこは驚けよ……」
 レナがひどい環境にいた事を聞いて、ロウエンは同情して自分間でしおらしい気分になっているというのに、村長は全く動じることがない。
「長く生きた女には色々あるのよ。残飯でも食べられるだけいいじゃない」
 村長は多くを語らずにっこり笑う。
「いったい何があったのやら……」
 自分は過酷な人生を送って来たと思っていたロウエンだが、何だかレナや村長、ナイジャも自分よりよっぽど苦労しているのではないかと思う。苦労していない自分が恥ずかしいとか思うつもりはないのだが、弱音を吐くことは恥ずかしくて出来なそうだとロウエンは思う。

 夕食が出来る前にぞろぞろと仕事に行っていた者達が帰ってくる。レナに仕事を任せようとしていたことからも分かるが、どうやら木を伐りに行っていたようで湖から大量の丸太を引き上げている。
 その大量の丸太はどうにも不思議のダンジョンの先にある森から伐採しているようで……そのダンジョンを越えるための、戦闘能力が秀でたリーダーが、先ほど紹介されていたドテッコツの男のようであった。
 あまり大きな傷こそないものの、周りの連中を何度も庇ったりしたことも多いそうで、そうでなくとも傷ついたことは多いのだろう。体中に傷跡が残されている。弱い仲間を待降りながら戦えるという事ならば、間違いなく手練れだろう。
「おう、何か見ねえ奴が増えているっすね!? 新入りっすか?」
「そうなのよ、ナイジャからの紹介でやって来た二人で……力も強そうだし、皆ばっちりこき使っていいからね!」
 ドテッコツの男が言うなり、ロウエンは村長に乱暴な紹介をされる。
「え、俺こき使われるの!?」
「おっす! ていうか、働かない奴はこの村にはいられねえっすよ? 覚悟してくれっす!」
「あー、まあ俺も必要になったらそっちの仕事を手伝おうとは思うけれど、本職はダンジョニストだからなぁ」
「おっす、それならダンジョンの奥地にあるような良質な石材や木材も取れるってことっすね? 期待してるっす!」
「あ、そういう流れに持って行かれちゃう?」
 ドテッコツの男はマイペースで、自分の仕事のことばっかり考えているようで。ロウエンがダンジョニストの仕事を優先したい意向を見せても、自分の仕事に関連付けるようである。ロウエンとしては、人と話すことは嫌いではないのだが、実は他人と一緒に作業をするのは得意ではないため、割と一人で行動できるダンジョニストの方が気楽なので、強引に手伝わされないだけましと言ったところか。
「よし、それじゃあお近づきの印っす! 筋肉のある男同士、出会ってしまったらこれしかないっすね?」
「いや、知らん」
「腕相撲っす! やるっすよ」
「お、おう……」
 筋肉のある者同士、とはいえ。体格の面ではロウエンが圧倒的に上である。ローブシンに進化しているのならともかくだが、ドテッコツに進化していない彼では、まだまだロウエンに勝つのは不可能であった。ロウエンは苦戦することなくドテッコツに打ち勝ちガッツポーズをとる。
「あー! ちくしょう。負けちゃったぁ……」
「まだ最終形態まで進化してねえのに挑むもんじゃあねえぜ」
「それは分かっているんすけれど……その異世界の空気に触れることが俺達の進化の条件っすから。だけれどあんまり機会がないんすよ」
「それは知らねえけれど……積極的にいろんな場所に行ってみるとか、異世界と交信するお祭りに参加するとかそういうのをやればいいんじゃないのか?」
「そうっすよね……」
 ドテッコツの男はため息をつく。
「ってか、俺の名前まだ自己紹介していなかったっすね? 俺の名前はゼント」
「あー、俺はロウエンだ。ってか、名前も聞かずに腕相撲するなよお前……」
「私は……レナです。皆さん、よろしく……お願いします」
 ロウエンの後に続いて、レナも震える声で自己紹介をする。男性たちの目が輝くが、それに反比例するようにレナは縮こまっていた。
「あー、こいつなぁ。ちょっと今男性不信だから、あんまり刺激しないでやってくれな? 打ち解ければ普通に話が出来るとは思うけれど、皆で寄ってたかってたら縮こまっちゃうだろうから。その、優しくしてくれよな」
 そこまでは優しい声と顔付きを努めて言っていたのだが、言い終えてからは鬼のような形相でロウエンは釘を刺す。その形相はレナからは見えない位置で行われるため彼女は何が起こったか分からないが、とりあえずなぜか皆が硬直してしまったのが彼女の中では印象に残ったのである。

 なんでも、村に入ってもすぐに逃げ出されては困るからという理由で、歓迎会で大いに飲み交わすようなことはされないのだとか。そのため、歓迎会は特に特別な料理が出ることもなく行われ、盛り上がるのは一ヶ月以上この村で働くことを耐えきった者達への慰労会である。
 ロウエンとレナも、先ずはそれを目指して頑張ることになるのだろう。


 翌日、二人はダンジョンへと出かけた。今日訪れたダンジョンは、降り注ぐ太陽光が炎タイプのポケモンを活性化させるサンサン山脈。日差しが強い時は水タイプのポケモンでさえも手が付けられないような強さを誇るようになるが、いつでも日本晴れというわけではないので、レナをどれだけ頑張らせるかは天気と相談だ。
 基本的な陣形は、ロウエンを前衛に置いてレナは後ろからの援護をお願いする。水タイプの攻撃ゆえ、このダンジョンに多い炎タイプのポケモンには効果抜群で、未熟な彼女でも弱い敵であればバタバタと倒れていく。
 ロウエンは基本的に彼女を戦わせることはしなかったが、たまに弱らせた個体をレナの方に放り投げて、彼女に戦わせるという行為を何度か繰り返した。手加減した攻撃でレナを鍛えてくれたロウエンと違って、ダンジョンに登場する敵はいつだって本気で襲い掛かってくる。
 その迫力にレナは怯えていたが、取り付かれたら振り払うために前足をぶつけるし、攻撃を投げかけられれば、アクアジェットを最小限に利用して飛びのき、出来る限り態勢を素早く立て直して反撃に移ったり。
 正直な話、ロウエンはレナの体の事はよくわからない。自分と体の構造があまりにも違いすぎるため、アドバイスらしいアドバイスも大してできないため、彼女は自分で彼女なりの戦い方を見つけなくてはいけないのだが、レナは思ったよりも才能に恵まれていて、見る見るうちに上達していく。
 朝見た彼女と昼を過ぎた頃の彼女はまるで別人のようで、指導が出来ないことに関して大きな心配はいらないようだ。

 一応、今回ダンジョンに潜りこんだ目的というのは食料採集である。食べられる木の実やキノコ、虫などを採集することであり、そっちの作業も忘れずに行っていく。徐々に荷物が重くなってくると、レナは陸上の移動に向いていない体型であることも相まってか、陸上の移動速度が極端に遅くなっていく。あまりに辛そうに生きを切らしているので荷物を黙って持ちあげてやると、レナは何かを言いたげにロウエンを見つめる。
「どうした?」
「いえ……荷物……」
「お前は水上での活動に特化した体なんだ。無理するな。お前は道具を拾うだけでもいいさ、荷物は俺が持ってやる」
 そう言ってロウエンが自分のバックパックに、レナが採集した食料を詰め替えていくと、レナの機嫌が見る見るうちに悪くなって行くのが分かる。馬鹿にされているとか、子供扱いとか、そんな風にとらえてしまったのだろう。
 そんな態度を出せるということは、ロウエンが信頼されている証拠ではあるが、怠けようとせず、自分で出来る事は自分でやろうとするあたり、まじめな一面があるのだなとロウエンは微笑んだ。
 そうしてダンジョンを進んでいると、レナはふと思いだしたように鼻から泡を作り出す。彼女は簡単には割れないその泡を下半身に纏わせると、それを使って前足と後ろ足を器用に操りピョンピョンと跳ねる。下半身に泡の弾力を利用したその跳躍は、生身の力だけでやるよりもはるかに楽に跳躍できるのか、それを利用した移動法で、ロウエンの歩みに付いていくのに必死だったレナの表情にも余裕ができる。まるでケロマツでも連れているかのようだなと、ロウエンは苦笑していた。
「ロウエンさん、何か言うことはありませんか?」
 そんなロウエンの表情に気付いてレナは言う。
「俺が言わなきゃいけないの!?」
 胸を張って得意げなレナに、ロウエンは驚きの表情で問う。
「あー、まぁ……いいや。その方法なら荷物背負って歩けそうだな。ほら、お前の荷物だ」
「はい! 頑張りますよ!」
「そうか……頑張ってくれ」
 レナが泡を使って移動する方法に気付いてからというもの、彼女はさらに積極的になって落ちているものを拾っていた。難易度の高いダンジョンを歩くのに便利は不思議な木の枝や玉、リンゴをはじめとする食料なども余さず拾っていく。
 先ほどは必死だったのに、今はだんだんと楽しくなってきたのか、思わず見とれてしまいそうな魅力的な笑顔を見せてくれる。戦闘に対してもより一層積極的になり、むしろ勝てそうな相手ならばロウエンに頼らず最初から前に出て立ち向かうようになっていた。
 たった一日ですさまじいまでの成長具合に、ロウエンはうかうかしていたら……いや、きちんと鍛えていてもいつか追い抜かれそうな気がした。身分の差やら生まれやらは仕方がないところはあるけれど、こんな才能を埋もれさせずに、有効利用してやらないのはもったいないとしか言いようがない。

 ダンジョンから出て帰ってくる頃には、レナのハイになっていた気分も落ち付いてしまって疲れがどっと押し寄せてきたようで、村にたどり着くと倒れこむようにへたばってしまった。今度こそ彼女の荷物を持って集めたものを村長の家に届けようとすると、レナは力なく微笑んで『ありがとう』と素直に甘えてくる。
 さっきまでは自分でやりたがっていたが、それは自分の限界はまだまだこんなもんじゃないという確信があったのだろう。逆に、今は自分の限界を悟ったというところだろうか。意地を張って頑張るレナも、素直に甘えて来るレナもどちらも愛らしく、思わずロウエンはニヤ付くのを抑えきれず、レナの方には振り返ることなく後ろ姿だけを見せていた。

 次……[[[HEAL6,レナの能力]]

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