[[目次ページ>HEAL]] 前……[[HEAL3,ジュナイパーの運び屋]] ある日、ロウエンは軽い怪我をしてダンジョンから帰って来た。 「あーちくしょ……ドクター、もうちょっと痛くないように出来ないのかよ」 軽い怪我とはいっても、縫わなければいけなそうな怪我なので医者にかかったのだが、その際の態度も悪態をついてばかりである。 「体でかいんだから我慢しろ。この程度の傷なんていつもの事だろ」 だけれどそれはいつもの事なので、医者の対応も慣れたものである。 「いつもの事なんだからもっと痛くなく出来るように工夫しろっての」 そんな風に医者があしらっても、ロウエンは愚痴を言ってくるのだけれど。 「じゃあ無駄口を叩かないほうが早く終わるから早く痛くなくなるぞ」 「へいへい」 そんな悪態をついてばかりのロウエンだけれど、施術が終わればきちんとお礼を言うし、いい腕だなと褒めてくるような奴で、喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、素直じゃない性格というか。そんな奴なので、鬱陶しいと思われながらも常連として飯の種になるので良い扱いをされているのである。 そんないつも通りの日のはずが、本日は珍しい客が…… 「退いて頂戴!」 突如背後から女性の声が響いた。何か聞き覚えのある声だなと思ったら、それはいつぞやの家で出会ったナッシーである。彼女はサイコパワーでミルホッグ……旦那様よりも若いミルホッグ。恐らくは息子と思われる男をサイコパワーで浮かせて運んできた。 「なんだお前?」 「貴方は……くそ、あなたのせいで! ともかく、退きなさい、急患なの!」 ナッシーの使用人は要領を得ない言葉で怒鳴り散らしながら医者のフレフワンのところまで駆けつける。傷口を縫っている途中のロウエンとしては大迷惑だ。 「どうしたのかね? いかに急患と言えど、それは態度が悪いよ。一番後ろに並び直しなさい」 「ドクター! そんなこと言っている場合じゃないんです!! 坊ちゃんがその……局部を噛み切られて……」 ナッシーの言葉を聞いてミルホッグの傷口を見てみる。見苦しくならないように分厚い布が腰に巻かれているが、鼻をひくつかせて見ればなるほど血の匂いがする。 「おいおい、どんな野蛮な女に手を出したんだ御坊ちゃんは? 随分おいしそうなおちんちんだったんだなぁ?」 嘲るように言ってやると、ナッシーの使用人はロウエンの事をすべての顔できつく睨みつける。 「坊ちゃまが怪我したのは貴方のせいです!」 「あん? 俺、催眠術で誰かを操ることは出来ねーけれど?」 「貴方がちょっかいを出したあのオシャマリ! あいつが坊ちゃんを誘惑してこうなったんです!」 「はぁ? それがどうして俺のせいになるんだよ。誘惑したのも誘惑に乗ったのも、俺の知るところじゃねーだろ。いいがかりするんじゃねーよブス!」 ロウエンは眉をひそめながら乱暴な口調で反論する。そんな二人の間にドクターが割って入り…… 「まぁまぁまぁ、喧嘩するよりもさっさと治療したほうがいいんじゃないですか? いつも通り、割り込みなんだから周りの人にお願いしますよ」 フレフワンのドクターは使用人にそう言って、ロウエンにはウインクをする。 「……またお弟子さんに縫ってもらうのか。あいつ、お前さんよりも痛いからなぁ」 「あれでも上手いほうなんだ、文句を言うな」 「卑しい奴らめ……ほら、受け取りなさい!」 ナッシーの使用人は渋々ながらドクターに現金を差し出しドクターの前に坊ちゃんを差し出した。割り込みの時は、他の患者にお金を渡して順番を譲ってもらうというルールである。 その現金を受け取り、しめしめとその重みを確かめながらロウエンは順番を譲ってやる。銀貨が三枚入っていて、割り込みの迷惑料としては悪くない。 弟子に施術してもらおうと席を立ち、坊ちゃまとやらの様子を興味深げに見下ろしてみると、男の証が無残なまでに噛みちぎられており、もう少しで切断寸前だ。 「こいつはひどい……おい、ネマシュ麻酔を用意してくれ。消毒液も思いっきりな」 「ふえー、こいつはひどい。しっかし、誘惑とか本当かね? どうせ無理やり迫ったんじゃないか?」 ロウエンは未だに施術室から出ることなく、ミルホッグの坊ちゃまを観察しながら独り言。その独り言の最中に気付いてしまう。 『無理やりやったから噛みつかれたんだろう』……ということは、あのオシャマリの女の子は今ごろどうしている? 息子がこれ程傷つけられて、怒らない親なんていないだろう。自業自得とはいえ、そんなことを省みるような奴らではあるまいし。 「おい、お前……本当にあいつから誘惑したのか?」 ロウエンはぐったりした坊ちゃんをゆすりながら尋ねる。 「何しているんですか? 坊ちゃんに触らないでください!!」 「うるせぇ! おい、聞いてるのか!?」 使用人がロウエンに頭の葉をかけて止めようとするも、ロウエンはそれを振り払ってミルホッグを揺する。 「あの女、お前の言う通りに飯を食わせていたら……俺を誘ってきたんだ。いやらしい体になりやがって……笑顔で俺に微笑みかけて……」 「は? それは……お前が勝手に誘ったって誤解していただけじゃねえのか?」 「坊ちゃん、こんな奴と話す必要なん」 「お前は黙ってろ!!」 ロウエンが一喝すると、使用人は驚き口を閉じる。 「本当に誘ったのか!? 本当か?」 「俺に惚れられて光栄なはずなのに、断ることなんて許されないんだよ」 「坊ちゃん!」 ロウエンに脅され、思わずミルホッグは語るに落ちてしまう。 「断ることは許されないって……つまるところ、お前から誘ったんじゃねえか」 坊ちゃまの言うことは、つまりそういう事である。 「ドクター……治療費、先に払っておくぜ」 「うん?」 静かに怒りを湛えたロウエンは持っていたお金をすべてドクターに渡すと、首根っこをつかんだミルホッグを放り上げて思い切り拳で地面に叩きつけた。 「悪い、床の修理代もそこから出してくれ」 「坊ちゃん!!」 鼻づらが、誰だか見分けがつかないほどに潰れ、後頭部も打ちつけ重傷だ。思わずナッシーの使用人が駆け寄るが、彼女に何かできるような傷ではあるまい。 「あんたにゃ恨みはないが、警備兵呼ばれたら厄介だ」 ロウエンは掛け寄った使用人の首を後ろから締め上げて気絶させると、それに振り返ることもせず、治療も終えていない体で外へと走り出した。 「あちゃー……ロウエン、どうするんだよ、これ。僕でも元の顔に戻せるか分からないよー」 ドクターはバツが悪そうにミルホッグの様子を見る。治療が長引くとかそういう問題ではない。ここまでやってしまえば、お尋ね者にされかねない。 ロウエンはアイザックの家に殴り込みに行く。門番につかみかかり、膝蹴りとバックドロップで仕留め、首を絞めて気絶させた後に鍵を奪う。家の立派な扉は奪った鍵を使って開ける。侵入者に使用人が悲鳴を上げようとする前にロウエンはチョークスリーパーで首を絞めつけ気絶させて、鼻をひくつかせた。 すると、自分の鼻を疑う余地もないくらいに漂う血の匂いを感じる。上に行く階段はきっと坊ちゃまの血の匂いだろう。じゃあ、地下室に続く血の匂いは恐らく……その先に待つものを感じて、ロウエンは高そうな肖像画を手に取った。 暗い地下室に腰の炎を灯して進んでいくと、より一層濃くなる血の匂い。ドアを蹴破らんばかりに開けると、暗い地下室の中にはオシャマリの少女が鎖につながれて鞭を打たれていた。それを、旦那様ことアイザックと、その妻であるグランブルの女性。そして使用人の一人であろうハリテヤマの男。 「てめえら……一体何やってやがる?」 予想通り、あのオシャマリの女の子はいわれのない誘惑の件で、お仕置きを受けているようだ。 「お前こそなんだ!? 門番はどうした?」 「ぶちのめしたよ! それより答えろ、今そのオシャマリに何をしている」 「やってしまえ、ダイク!」 旦那様はロウエンの質問に答えることなく使用人のハリテヤマに指示を下すが…… 「おっといいのか? この高そうな肖像画、盾にするぜ?」 相手は格闘タイプゆえ相性は悪いが、こうやって高そうなものを盾にすれば一瞬怯む。 「ほれほれ」 と言いながらこれ見よがしに肖像画を前に出し、それをハリテヤマの顔へ向かって投げた瞬間に大きく一歩踏み出して、ハリテヤマの腹を蹴りつけ、凹んだ腹を踏み台に肩へと駆け上がり、肩に置いた左足を軸にして右足での強烈な蹴りをかます。厚い脂肪と腹筋に守られた内臓の奥まで響く強烈な打撃と、脳を完膚なきまでに揺さぶる一撃。見事なアクロバットを決めて、ロウエンはそのまま宙返りして足から着地し、床に倒れたハリテヤマが起き上がるよりも早く、天井まで飛びあがり、天井を足で蹴ってから膝を落とす。 全体重を自由落下以上の速度で叩きつけられたその衝撃は計り知れず、分厚い脂肪と筋肉がクッションになっているのに、ハリテヤマの下にある石造りの床面にひびが入るほど。 「終わりか?」 ロウエンは熱い炎を纏わせながら相手を踏みにじり、次の標的、旦那様を睨みつける。 「てめえら、俺前に言ったよな? 約束破ったらただじゃおかねえぞって?」 「恩をあだで返したのはこの女の方だ!」 「知ったことか!」 ロウエンは無造作に旦那様の喉に抜き手をかます。強烈な地獄突きだ、その痛みは計り知れず、それで一瞬意識が朦朧としたその隙に、股間へと蹴りを叩きつけた。 「女にこんなことやるような奴らの言葉なんて聞いてられっかよ」 部屋の隅っこで震えている妻を見下ろし、ロウエンは旦那様に唾を吐きかけてから妻をいつでも殴れる位置に立つ。 「お、お願いです、許してください……」 「同じようなセリフ、この女の子も言っただろ? 許してやったのか?」 ロウエンが問うと、答えは返ってこなかったが、妻は眼を逸らした。 「他人を許さない奴が許してもらえると思うのか? つっても、俺は女を殴らない主義だしなぁ……」 そう言いながらロウエンは一度オシャマリの少女の方へ向かうそぶりを見せつつ…… 「だがゴミに性別なんてねぇな!」 女として二度と見れないような顔になるよう、不意打ちで思いっきり蹴飛ばしてノックアウト。壁に叩きつけられて動かなくなった妻は、静かに血を流しながら痙攣している。 「畜生、ひでぇ事しやがる……」 鎖につながれたオシャマリの女の子は、一連の流れを見てロウエンが助けに来てくれたことは分かるはずなのに。恐らくは正常な判断ができないのだろうか、それとも鬼気迫る表情のロウエンが怖いだけか、彼女はロウエンが近づいてきたときに明らかに怯えた表情を見せた。 「私、誘惑なんてしてません……坊ちゃまが急に……」 「もういいんだよ、お嬢ちゃん。俺は味方だ……怖がる必要はない。一緒に逃げるぞ」 「え? えっと……」 鎖を外すための鍵は、探してみたら小さな机の上に置いていた。それを使って彼女を回収し、ロウエンは彼女をバックパックの中に押し込んで家に帰り、お金を持ってダンジョンへと逃げ込んだ。しかし、いつ賞金稼ぎが来るかもわからない今の状況ではどこへ逃げても一緒だろう。 「そうだ……ジュナイパー。あいつなら……あんな奴に頼るのはしゃくだが、命には代えられねえし」 けれど、空を飛んで遠くまで逃げるならば可能性はあるかもしれない。そう考えた結果、ロウエンは例のジュナイパーに頼るという判断を下す。 「お嬢ちゃん。今から危ないところを突っ切るから、俺の後ろにいて、俺の前に出ちゃだめだからな?」 「はい……」 ある程度強い者を連れて行ったり、鍛えた子供を難易度の優しいダンジョンへと連れて行ったことはあれど、完全に非戦闘要員を守りながらそれなりの難易度を誇るダンジョンを歩くだなんてのはロウエンには初めての経験だ。上手くいくかどうかは分からない。それでも、こうして連れてきてしまった以上は守るしかない。 オシャマリの少女は衰弱していて、歩くのも苦労しそうな状況なので、ロウエンは彼女の血を拭いて、大きな布にくるんで家に帰り、大きなバックパックの中に押し込んで休ませる。道中、拾ったオレンの実を食べさせてあげても元気がなかった。 彼女が肉体はもちろん、精神的に摩耗しているのはロウエンでもわかる。何と声を掛けてあげればいいのかもわからず、ただひたすら敵を倒しながらダンジョンを進んでいく。 その際、ダンジョンの敵を叩くロウエンを見て、少女ははっきりと怯えていた。ダンジョンのポケモンは心が無いため、心のある者を襲って心を得ようとする性質がある。血走った表情でそうして襲ってくる敵が、彼女にはどういうものかもわかっておらず、ただむやみに暴力を振るっていると思っているのかもしれない。 鎖につながれて暴行を受けていた状況でそんな物を見るのはあまりに刺激が強いのだろう。ダンジョンの敵がどういう存在かを頭で知っていても、今の精神状態では暴力というものを無条件で恐れてしまう可能性もある。 「辛くないか? もし窮屈だったら言ってくれ」 「大丈夫……」 「あー……」 オシャマリの少女の態度はそっけなく、全く会話が続かないのでこのまま何を話しかければいいかもわからず、ロウエンは話に困ってしまう。 「えっと、そうだ。そういや、お互い自己紹介していなかったよな? 俺の名前はロウエンっていうんだ。お嬢ちゃんの名前は……」 「レナ」 「そっか、レナか。これからはその名前で呼んでいいか?」 「はい」 「じゃあ、俺のことはロウエンって呼んでくれ。その……話掛けたくなったらでいいけれどさ」 話しかけられても、レナは本当に最低限のことしか話してくれない。しばらくは休ませないといけないのは分かっているが落ち着けるような状況でもない。あのジュナイパーに会うまでは休んでいる暇はなさそうだ。 レナとともに森のダンジョンを抜ける。ダンジョンでは傷の治りも早くなるため、レナの傷はほぼ塞がっている。一方、ロウエンは縫わずに傷が治ってしまったため、傷を負っていた部分がむずがゆいような、肌が突っ張るような嫌な感触だ。傷口が開かなかったのは幸いだが、逃亡できたならばきちんとした施術をしてもらわなければこの先きついだろう。 逃亡できたなら、ではあるが。 ダンジョンを抜けて、ジュナイパーが潜む森へとたどり着く。 「おーい! ジュナイパーの旦那! 俺だ! 以前のガオガエンだ!」 思いっきり大声を出して呼びつけると、罠ではないかと警戒すらしていないのか、ジュナイパーの男は案外早く頭上に現れた。 「ホッホウ? 人探しならもう少し静かにやらないかい?」 彼はいつの間に忍び寄ったというのか、頭上の枝にぶら下がり、逆さづりの状態で挨拶をしてきた。レナは思わず怯えて、バックパックの中に引きこもってしまう。 「……仕事を頼みたい」 ひとまず、レナの事はおいといて、こいつと話を進めるしかない。 「ホッホウ! それは一体どういった風の吹きまわしで?」 「詳しくは言えないが……そのこのバックパックに入っているオシャマリの女の子がひどい目にあっていて、助けるためにちょっとした大きな商人の家族に重傷を負わせて、それで逃げて来た」 「ホッホウ。それはそれは。遠路はるばるご苦労様だ。で、そちらのお嬢さんをいったいどこに連れて行けばいいんで?」 「……分からない」 「ホッホウ! では、おすすめの場所として、南にある草の大陸まで連れてって進ぜようではありませんか。今私達のいる場所は風の大陸。かつてこの世界に落ちて来た隕石の予言をレックウザへと命がけで伝え、見事神と協力して隕石の衝突を食い止めた救助隊が、混迷の時代を駆け抜けた大陸だ。 そして南にあるのは草の大陸。かつてこの世界の時間の流れが止まりかけた際に、その原因を突き止め、時間の停止を阻止した探検隊の出身地。その大陸の北西端にある天道の湖なんてどうでしょう? その澄んだ湖の傍には、現在移民を募集中の開拓地がありますよ。 開拓途中の村故、住居の事情はお世辞にも良しとは言えないが、赤道近くの熱帯雨林ゆえ食うものには困らないし、そこのお嬢ちゃんならば魚を取って生きられるだろう。いざとなればダンジョンに潜れば食料も手に入る。そうだな、1,000ポケってところでどうだい? と、言いたいところだが……」 「なんだ、俺より安いじゃねえか」 「ホッホウ、体重を考えなさいな体重を。軽いお嬢ちゃんとでかいお兄さん、お値段が違うのは当たり前だろう?」 「そ、そうだな……」 「それよりもだ、1,000ポケと言いたいところだが、俺は美味い酒が飲みたくてね。ホッホホウ。故に、もうひと声欲しいところだね」 「……足元見やがって。2,000ポケでどうだ!?」 ジュナイパーに要求を増やされ、ロウエンは苛立たしげに増額する。 「3,000ポケというところでどうだい?」 「ふざけるな! もういい、お前には頼らねぇ!」 「おやおや、何を言っているのやら? さっきも言っただろう、重い貴方を背負って飛ぶのは非常に疲れるゆえ、お嬢ちゃん二人分くらいの値段は欲しいわけで。故に、合計で3,000ポケ。適正値段かと思うが?」 「ちょっと待て、お前……どうして俺も一緒に連れて行く前提になっているんだ?」 「あんた、その子が今どこか別の場所に連れて行かれたとして、一人で生きていけるとお考えで? そんな状態じゃどっかで野垂れ時布が関の山さ……それとも、彼女をこんなところまで連れまわして、そのまま俺にどっかへ連れて行ってもらって……最終的に何があろうと知らぬ存ぜぬというわけでもあるまいに? そんなふざけたことを口走るようなら……俺はお前を先に始末する」 いいながら、ジュナイパーの男はロウエンに矢を向けた。 「俺だってこいつと一緒に居てやりたいけれど……俺がいたら迷惑がかかるかと……」 「そのために別の大陸まで逃げるんだろう? それともなんだ、もっと遠くに逃げたいというのならば、追加料金で……大陸を変えてまでお尋ね者にされるような大犯罪を課したわけでもあるまいし」 「わかった。それもそうだな……」 「ホッホウ! 図体はでかい割には、割と小心者なんだなお前? いいから、ただ傍にいてやれ。オシャマリは周囲の物に笑顔を振りまくポケモンのはずだというのに、その子は私と目を合わそうとしないくらいに人間不信じゃあないか。そんな彼女が今、お前がいなくなったらどうなると思っているんだ? 食事すら満足に出来ずに、お嬢ちゃんの腹が減ったころにはもう手遅れになって死んでもおかしくないぞ?」 ジュナイパーに言われ、ロウエンはハッとして眼を見開く。 「すまねぇ……俺も気が動転していたんだ。ただこいつを助けようと思って、無我夢中で行動してて……俺がいたら迷惑だって思ったけれどいわれてみればそうだった……」 「ふん、分かればいいんだ。お前が何をしたかは知らないが、こうして預かった以上はきちんと責任を持て。それと、お嬢ちゃんの心の傷を癒してやれ。どんな犯罪を犯して俺を利用するつもりかは知らねえが、傷ついた子供を助けることはどんな時代でも変わらない正義だよ」 「あぁ……すまねぇ、俺が馬鹿だった……」 ロウエンはジュナイパーの言葉が正論であることを認めて、素直に頭を下げる。本当に頭を下げるべきはバックパックに入っているオシャマリの女の子なのだが、今はねちねちと言っても仕方がないとジュナイパーの男は何も言わなかった。 ロウエンは、『だけれど、俺なんかにそんな心の傷を癒すことなんて出来るのか?』と、疑問ではあったが、こういう状況になってしまった以上、腹をくくるしかないと心に決める。 「そういうわけで、俺は食料の準備をして寝る。夜になったら発つぞ」 「今すぐは無理なのか?」 「酒が残ってる。今から寝て酒を抜く」 「わかった」 そう言ってジュナイパーはついて来いといってロウエンを案内する。彼が案内した先は木の棒や草を束ねて屋根を作っただけの粗末な小屋で、雨風を防ぐには頼りない。 「こんな場所で暮らしているのか? 雨も風も吹き放題じゃねーか」 「風来坊なものでね。一つのところでじっとしているのもなんだからと、荷物も最小限ですぐにどこにでも引っ越せるようにしているんだ。お嬢ちゃんが冷えないようにしっかり寄り添ってやんな。お前も寝ておけ」 「わかった……って、全員寝たら突然追手が来たらどうするんだ?」 眠れと指示されて、ロウエンは一度納得しかけるも、それじゃダメだろうと問い返す。 「……俺は眠りが浅いんだ。よっぽどの奴じゃなければ起きる」 それに対してジュナイパーの男は自信ありげにそう答える。 「俺のいびきで起きないといいけれど……」 なるほど、とロウエンは思うも、それはそれで問題があった。ロウエンの言葉に、ジュナイパーの男は露骨に嫌そうな顔をする。 「そうか、お前はやっぱり寝ずの番だ」 起こされてはかなわないと、ジュナイパーの男は冷たく言い放った。 「わかった……そうなるよなぁ」 ロウエンはため息交じりに肩を落とす。 「まぁ、そういうわけだ、レナ。お前も寝ておけよ。敵が来たら俺が何とかしてやるからさ」 ロウエンはレナにできうる限りの優しい表情で尋ねる。 「大丈夫なの?」 「あぁ、大丈夫だ。俺は勿論、あのジュナイパーの兄ちゃんも強いんだ」 「それで……あのジュナイパーの男性は、どうなの? 優しい人なの?」 レナに尋ねられてロウエンは考える。 「正直、分からねえな。優しくはなさそうだが、酷い奴ではなさそうだ……なんというか……そう……面倒見はよさそうな奴だ」 「そっか……じゃあ、私達助かるんだね?」 「きっとな。っていうか、なんだ……お前、一応喋られるんだな」 「まだあなた以外と話すのは怖いけれど……」 「そうか。だけれどあの兄ちゃんならきっと大丈夫だ、怖くないよ。今は寝るみたいだから放っておいたほうがいいだろうけれど、もし起きたらなんか話しかけてやんな」 「うん……」 酷く傷ついて呆然としていたレナだけれど、バックパックの中で休んでいるうちに心の整理も多少はつけられたようだ。まだ完全には復活していないながらも、自分から会話を出来るようになっているならば上出来だろう。 「今ここに、お前を傷つける奴はいない。安心して寝てろ。不安なら俺が傍にいてやるからな」 「じゃあ、私と手を繋いでくれる?」 「お安い御用さ」 そう言ってロウエンは手を繋ぐどころか、胡坐をかいてその上にレナを乗せる。炎タイプゆえ温かい彼の体に包まれると、今まで緊張していたレナも少しずつ疲れが出てきたようで、ほどなくして眠ってしまう。 「ホッホウ……若い頃を思い出すねぇ」 その様子を離れたところで見ながら、ジュナイパーの男は木の枝に止まり、幹に寄りかかりながら眠りについた。 日が沈み、ジュナイパーの時間となる。彼はらんらんと光る眼を見開きながら空を見上げ、酔いの冷めた体を二人の前に見せる。レナはどうやら寝相がものすごく悪いのか、ロウエンの腹に寄りかかるように抱かれていたはずなのに、なぜだか向きが反対側になっている。 寝ずの番をしていたロウエンは近づいてきたジュナイパーに気付くと、その脚を見てギョッとする。 「お前、その脚……」 ロウエンが指摘した彼の左脚なのだが、途中から義足になっている。 「あぁ、普段はほとんど本物と見分けのつかない義足をつけているんだが……高級品なものでな。飛んでいる最中に無くしたくないもので、こっちの仕事の時は安物につけ替えているんだ」 ジュナイパーの言葉通り、彼の足につけられた義足は粗末なもの。一本の棒だけだ体を支えるタイプの、どこからどう見ても義足にしか見えないものだ。 「……お前、義足の癖にあれだけ強かったのか」 そんな彼の足を見て、一番驚愕したのはロウエンである。 「俺の戦闘スタイルは、飛んで隠れて狙撃……フットワークは必要ないからな。バランスさえ取れれば飛行はなんとでもなるし」 「なるほど……俺は全然飛べねえからよくわからねえけれど」 彼の言い分に理解したのかしていないのか、ロウエンは納得して頷いた。 「脚、切っちゃったんですか?」 「まあな。だが飛行には支障がない。二人を安全に届けるから安心してくれ」 そう不敵に笑みながら、彼は翼でサッと頭の飾り羽を撫ぜる。 「さぁ、乗るんだ」 ジュナイパーの男は体を傾け二人を背中に乗るように促す。その際、近づいて見るとロウエンは思わず顔をしかめた。彼の体に乗り込む際はむせかえるような腐葉土の香りが漂っている。 「お前の体……なんというか、森の地面の匂いがするな。草タイプだからっていくらなんでも匂いがきつすぎやしないか?」 「ホッホウ、腐葉土の事かい? そりゃそうだ、毎日体に擦りつけているからな」 「なんだってそんなことを?」 「ホッホウ、気になるかい? それはな、自分臭いを覚えられるのが嫌だからさ。お前はどうか知らんが、厄介事を引き起こしたならば顔が知られていないほうがいいだろう? 事実、お前と戦っていた時は顔も隠していたし、姿だってほとんど見せなかったはずだ。いつもは本物と見分けがつかない義足をつけているのも、賞金稼ぎみたいなやつに健常者だと思わせるためさ」 「まぁ……確かに。街で義足のジュナイパーを見かけても、運び屋と同一人物だと結び付けるのは難しいわな」 「臭いも同じだ。職業柄、覚えられていないほうがいい。腐葉土は草タイプだから匂いが馴染むものでな、こうすると鼻のいいポケモンでも覚えにくくなるそうだ」 「そりゃわかるんだけれどよ、覚えられたくないのは俺達に対してもか? 別に俺はもうお前を捕まえようだなんて気はないんだが……」 「癖、だな。いつでもやっておかないと、大事な時に忘れる。だから常にやっておく癖をつけることで、常に正体を隠している。そういうわけだ。ただ、街に出かけるときは流石に臭いを洗い落とすがな……」 「慎重なんですね」 驚いたことに、レナは自分から男に話しかける。 「臆病とも言うな。だけれど、こういうのはい臆病なくらいが丁度いいのさ」 男はそれに微笑みながら応えた。 「それにしてもお嬢ちゃん、さっきまでは怯えていたのに、今は話しかけてくれるんだね?」 「はい……その、ロウエンさんが守ってくれるので、安心です」 「そいつが? はは、そいつは俺よりも弱いぞ」 ジュナイパーの歯に衣着せない言葉に、ロウエンは悔しそうに歯をギリリと噛む。 「事実だけれどよ……面と向かって言われると腹が立つぜ」 「だけれど、頼りにはなるだろう。ちょっと鍛えたくらいじゃそいつには手も足も出ないだろうし。逃げた先でこれからどうするのかもわからないが……しばらくはそいつに頼っていけ。大抵の相手にならば何とかなるはずだ」 「はい」 ジュナイパーが優しく微笑みかけると、レナもようやく笑顔になって小さく頷いた。彼のその微笑みを見て、ロウエンまで何だか穏やかな気分になる。厳しい態度や馬鹿にする態度ばっかりじゃなく、あんな表情まで出来るとなると、彼の人間性は思ったよりも豊かなようだ。 「っていうかさ、俺は何の説明もせずにここまで連れてきちゃったけれど、レナは状況分かってるのか?」 「えっと……私が坊ちゃまに粗相を働いてしまい、それが原因でお仕置きされていたことをどこかで知ったロウエンさんが助けに来てくれたけれど、けっこう乱暴な助け方だったから恨まれてお尋ね者になっている可能性があるから、逃げるために知り合いのジュナイパーのお兄さんに……頼みに来たんでしょう?」 「見事な要約で……大体そんなところだ」 相違点は、『どこかで知った』のではなく『そうなっているだろうと予測した』ことや、『知り合い』というにはちょっと違うような気がするところだろうか。 「ホッホウ!」 ジュナイパーは、口癖の言葉とともに、フードのような頭の葉っぱを縮めて顔を隠してそっぽを向く。 「おい、なんだその動きと言葉は、なんなんだ?」 「いやいや、ロウエン君は中々親切ですなぁと。お嬢ちゃんを無償で助けるだなんてどうかしている」 「自己紹介もしてねえのに俺の名前を呼ぶんじゃねえ! ってか、お前の名前を教えやがれ!」 「ナイジャだ。気軽に呼んでくれよな」 ロウエンに名前を請われると、ジュナイパーの男はあっさりと自分の名前をばらす。もちろん、それが本名である保証はないのだが。 「あぁ、ナイジャだな? 名前覚えてやったから覚悟しろよ!?」 「いったい何を覚悟しろって言うんだお前は」 とにかく突っかかりたいロウエンの気持ちをよそに、ジュナイパーの男、ナイジャは冷めた目で彼を見てため息をつくのであった。 ともあれ、ナイジャが二人を乗せて飛び立つと一切喋ることなく南へと飛んで行き、一つ目の島まで到達したところで食料となる木の生い茂る森を見つけて小休止。川もあるので、そこで水分補給となるのだが…… 「ナイジャさん、水……気持ちいいですよ?」 近くに山があるおかげか、流れがそれなりに急なため澄んだ川。海に近いところならばともかく、すこし流れをさかのぼったこの場所は塩分を含むこともなく、飲用にも適している。ロウエンが木の実を取りに行っている間、レナは水浴びをしていたのだが、ナイジャは何をするでもなく休んでいるだけで、水を飲みこそするものの、あいも変わらず腐葉土の香りをぷんぷんさせながら火照った体を冷やすこともしない。 「前も言ったろう? 私は臭いを覚えられるのが嫌なんだ」 「私は、貴方の匂いを覚えたいんですけれど」 「……お嬢ちゃん。無理を言っちゃいけないよ」 レナの言葉に、ナイジャは力なく微笑んで彼女を諭す。 「私達、あなたに危害を加えるようなことはしないと思いますよ?」 「お嬢ちゃん。世の中ね、あんまり信用しちゃいけない奴なんていくらでもいるんだ。優しい奴ほど、実は腹黒いこともある。ロウエン……あいつは、今は優しい。けれど、これからもやさしいとは限らない……」 「私は、彼は優しいと思っていますよ」 「ほう、それは何故だ?」 「馬鹿ですから。私になんて関わらなければいいのに、わざわざかかわったせいで逃げる羽目になったりして……私、あの人の行動ずっと見てたんですけれど、お金持ちの家から私を助けだしたのに、家から金貨の一つも盗みやしないで」 「金貨なんてこいつが持っていたらバレるだろう? それくらいは奴でも考えているよ」 「あー……でも、銀貨くらいなら持っていてもおかしくないでしょう?」 「そうだな。逃走資金の足しにするならそれぐらい盗んでくればいいのにな。そうだな、確かにもう少し悪くなってもいい気がするなあいつは……悪タイプの割にはまじめな奴だ」 レナの言い分にナイジャは納得して微笑む。 「でも、確かに馬鹿で優しい奴かもしれないが……だからと言って、信用できるかどうかとは別問題だぞ? 私は、人を簡単に信用するのが出来なくなってしまってな」 「昔、何かあったのですか?」 「まぁな。この脚は事故で失ったものではないし。色々あって、俺も人間不信になった。何度も騙されたし、悪い事もたくさんやったし、汚い仕事もした」 「今は?」 「今は……汚い仕事はもう止めて、別の商売を始めている。今の商売も健全とは言い難いがね」 「良かったですね。汚い仕事をしないで済むのなら何よりです」 「良かったのかねぇ……こんな運び屋なんかで?」 レナに励まされ、ナイジャは首から垂れ下がるお下げ髪のような器官を引っ張る。すると、ナイジャの顔の周りを覆っている木の葉の羽がすぼまって顔を隠した。 「まぁ、せめて自分に恥じないように生きたいという事だけは心がけているよ」 「……頑張ってください」 レナに励まされて、ナイジャは『あぁ』と頷いた。そうしてため息を一つ挟み、すぼめた頭の葉の羽を広げて顔を見せる。 「お嬢ちゃんは、『坊ちゃま』だとかに仕えていたようだけれど、どういった経緯で?」 「私ですか? 記憶をなくしてさまよっていたら、食事を恵んでもらえたんですけれど、気付いたら鎖につながれていまして……わたしは、その家事をやるために雇われたという建前ですが、どちらかというといじめる対象として雇われた感じなんですよ。 共通の敵を作ることで、皆さんまとまるようで」 「ロクでもねえなぁ。この大陸は奴隷を大事にするのが美徳だから、そんな行為はされないもんだと思っていたが……」 「そんなところから、ロウエンさんが助けだしてくれました」 「また騙されているかもしれないぞ?」 「あの人、馬鹿ですから大丈夫です」 「今の、あいつがセリフ聞いていたらどうするんだ?」 「どうでしょうねぇ。多分だけれど、あの人も自覚しているでしょうし、問題ないかと」 「ふん、いい度胸のお嬢ちゃんじゃねえか」 ロウエンの事を全く疑うでもなく笑顔を見せるレナを見て、ナイジャは羨ましいことだと微笑んだ。 「それに、最初は私を騙そうとなんてせずに、ただ逃がすことを考えていたじゃないですか。私をさらって何かすることを考えているのならば、あんな面倒くさいことはしないでしょう?」 「……それもそうか」 そう言えばその事を忘れていたとナイジャは納得する。 「ところでなんですけれど……ナイジャさんはどうして義足を、その……そっちの安物を私たちに見せたんですか?」 「と、言うと?」 「だって、正体を隠すために臭いを誤魔化しているんだから、義足をばらしちゃだめじゃないですか。矛盾している行動ですよ? まるで匂いに何か隠されたことでもあるかのようで……」 レナに言われ、ナイジャはため息をつく。 「お嬢ちゃん。気付いても言わないことがいいこともあるよ。図星でも答えようがない」 「そうですか、すみません」 ナイジャは怒っている様子ではなかったが、自分でもわかっていることを指摘されたようで、これ以上は聞いてくるなと釘を刺す。事情こそ分からないものの、レナもこれ以上聞いてはいけないということを理解したようで、それ以降は黙って彼に寄り添っていた。 ナイジャはそれを嫌だと思わず、ロウエンが食事を持ってくるまで黙って待つ。やがて、ロウエンがオレンやヒメリといった体力回復に欠かせない木の実と眠気覚ましのカゴの実を持ってくると、レナは泳いで捕まえた魚をロウエンに差し出し、ナイジャは捕まえていたネズミをロウエンに差し出し、皆で分け合って食べる。 それを食べた後は、皆くたびれていたのもあって、全員で木陰に入ってすやすやと眠ってしまった……が。ロウエンはいびきがうるさいので、すぐに蹴りだされるのであった。レナは寝相が悪すぎて日光が目に入って起きるのだが、一度のそのそと同じ木陰に入っても、同じように日陰から漏れてしまう。 ナイジャは木に掴まって立ったまま眠るので、レナの寝相攻撃を受けることもなくすやすやと眠るのであった。 その後も、一行は旅を続け、二つ目の中継地点となる島。 「白骨死体がありますねー……漂流者でしょうか?」 レナは呑気に言いながら、前ヒレでツンツンとそれをつつく。いくら物言わぬしゃれこうべとはいえ、ここまで大胆な行動が出来るあたり、心の傷はほとんど塞がってしまったのだろうか。 いくらなんでも早すぎると思いつつも、悪い事ではないのでロウエンは彼女の回復を黙って見守る。 「ダンジョンに挑戦に来た奴が死んだのか? いや、そしたらダンジョンで死ぬだろうしなぁ」 「あぁ、それは俺が殺した奴だ。お前達と違って身勝手な理由で誰かを殺しをした奴だから、ここで始末しておいた」 ナイジャが言うと、レナとロウエンは凍り付く。 「お前、金さえ払えばどこにでも逃がしてくれるんじゃ……」 「あぁ、逃がしたぞ? 地獄に。あぁ、心配するな……お前と違ってこいつはクズだから、こんな運命をたどる必要はない」 そう言って、ナイジャは無事な方の左足でしゃれこうべを踏みつける。 「……強盗、強姦殺人で、挙句の果てに自警団を数人殺して逃走だったそうだ。俺はゴーストタイプだからな。見えたのさ。こいつに取り憑いていた新鮮な幽霊様がね。『こいつを殺せ』、『こいつを殺せ』って背後から亡者どもが囁くのさ」 「えー……怖いなそれは。俺からは幽霊は見えないのか? 俺も取り憑かれていたら嫌だぞ?」 「ホッホウ! お前さんは悪い幽霊に取りつかれるような心当たりがあるのかい?」 「ぶっちゃけ、ある」 「いや、お前からは何も見えない。幽霊なんてのはそこらじゅうにいるんだが……よっぽど強い念をもっていなきゃ俺にも見えないんだ。悪い霊には取り憑かれていないか、いたとしてもほとんど無害だろうよ。心当たりがあるということらしいが、相手はそこまで恨んでいないのかもな」 「そうか……良かった」 「ロウエンさん、昔何かしたんですか?」 「昔の話なんだが……自分より弱い奴の金や食料を奪って暮らしていたんだ。それで何人か死んだ。糞ったれな世界だと思いながら生きていたけれど、かといって自分や世界を変えようともせずに生きていたよ。色々あって、今は人助けをして暮らそうと心に決めているが……あー、レナを助けるのは流石にやりすぎたかもなぁとは思ってる」 「今までの生活全部捨ててここに来ちゃいましたからね」 「あぁ。お前の生活もついでに捨てちまったな……置いてきた子供たちは大丈夫かな……」 レナに言われて、ロウエンはおいてきてしまった子供たちに思いを馳せる。 「私は、その……貴方を後悔させないように生きたいです。ナイジャさんが連れて行ってくれるところが、良い場所だといいのですが……」 「良い場所さ。俺が保証する」 レナが思いを馳せる新天地に、ナイジャは笑顔で言いきった。 「その根拠は?」 「俺を救ってくれた奴が村長をやっている」 ロウエンの問いかけにナイジャは答える。ロウエンは何も言わなかったが、根拠もなく『ならば安心だろうな』と感じていた。ここ数日話しただけだが、ナイジャは性格が悪いところもあるけれど、心根はむしろまっすぐなんじゃないかという印象を受けている。 そのナイジャが言うのだから間違いがない、と。根拠になっていない根拠で彼の言うことを信じた。 「なぁ、ナイジャ……俺の残りの財産なんだが、これ……届けてもらえないか?」 ロウエンは懐から銀貨や銅貨が満載の革袋を取りだし、ナイジャに手渡す。 「これを? 随分とずっしりしているじゃないか」 「あぁ、ちょっと故郷の町に世話している子供達を置いてきてしまったもんでな。ちっと心配だから、しばらくの生活費として送って欲しいんだ。ニコニコ食堂ってところにいるブーバーンに、事情を話して送って欲しい……」 「ホッホウ、お前さん子供の世話をしていたのかい? 見かけによらないものだねぇ」 「まあな。俺は、自分が大した世話をしてもらえずに育ったもんで、だから食料や金を奪わずに生きることしか出来なかったんだ。あの街にはそんな俺と同じような奴らがたくさんいたから、それを何とかできる存在になろうと俺は頑張っていたんだが……こんなことになっちまってなぁ」 「その子達、野垂れ死ぬんじゃないのか?」 「いや、大丈夫。俺は昔ギャングのリーダーだったけれど、その当時の団員を全員ぶん殴ってダンジョニストに転職させて、子供の世話もさせるようになったから。俺が監視していなきゃ仕事を放棄する奴もいるかも知れんが……世話をしたり、子供を救うことに喜びを見出している奴もいるし、何よりそうやって世話した子供達も、自分に出来る事を探して、パン屋や食堂に就職したり、陶器や家具などを作る仕事をしたり、そうやって手に職を付けた奴もいる。 何も出来ない奴でも同じくダンジョンに潜って金を稼ごうとする奴もいるし……俺がいなくなっても何とかなる……と良いんだけれどな」 五日かけて目的の場所までたどり着く。気付けば、ナイジャに対するわだかまりは消えていた。初めて出会った時は滅茶苦茶にやられた記憶がよみがえり、悔しさで眠れないくらいにイラついたものだけれど。けれど話してみると案外いい奴で。どんな奴でも金を払えば運んでいくだなんて商売をやっている奴だからろくでもない奴だと考えていたが、その是非はさて置き、悪人を呼び寄せて倒すための嘘であったというのも、それが良いか悪いかはともかくとしても彼なりの正義があるのだろう。 レナも、彼に対しては全く警戒心がなく、明るく接しているあたり、そういう警戒心を解かせるだけの雰囲気を持っているのだろう。 「あそこに見えるのが開拓中の村だ。俺はここまでしか送れないが、道に迷ったりするなよ!」 そう言って、ナイジャは遠くに見える湖を指さした。 「見える場所に迷うほど俺達も馬鹿じゃねーから」 「ホッホウ! それもそうか! それじゃ俺は行くぜ、達者でな」 ナイジャは二人を降ろすと、さっさと踵を返してしまう。 「はい、お元気で!」 レナはそれを呑気に見送ろうとするが、ロウエンは驚いていた。 「おい、もう行っちまうのか? 知り合いの村なら挨拶でもしていけよ! あと俺達の紹介もお前に頼みたいんだが……」 「紹介状なら渡しただろう? 俺は、もうあの人には迷惑をかけないと誓ったのさ。だからこそ、あの村にはいかないのさ。それじゃ!」 それだけ言い残すと、ナイジャは今まで来た空路を逆に移動していった。レナはいつまでも手を振っていたが、彼が見えなくなる前にロウエンがもういいだろうと促して村へと向かう。 レナは体の構造上歩くのがあまり上手くないので、お姫様抱っこをしながら向かう。ナイジャはレナが生活に困らないようにという配慮もあったのか、水辺の街を選んでくれたのが嬉しかった。 村に入ると見知らぬ大男がやってきて警戒もされたが、紹介状を差し出すとその名前を見て安心して村長の元まで通される。 「ナイジャ……あいつ、慕われているのに、どうして顔を見せないんだ?」 そんな事を思いながら、村長に面会する。ムシャーナの彼女は、おばさんというべき年齢であった。 次……[[HEAL5,貴方と一緒がいい]] #pcomment(HEAL_コメント,5,below);