[[目次ページ>HEAL]] 前……[[HEAL2,オシャマリの少女]] 「もう、あなたのせいで私まで出入り禁止になっちゃったじゃないですか」 アイザックと盛大に喧嘩をした後日、あの後当然何かしら合ったようで、ロウエンはもちろんのこと、一緒に来ていたチェリムまで彼の家に出入り禁止になる始末。 「はは、わりいわりい。でもさ、あいつらむかつくじゃん?」 「確かに、子供が行き倒れようとしているところを無視するのは心が痛みますが……そんなのをいちいち助けていたら、私だって妻と子供養えませんし。ロウエンさんみたいに稼げる人はいいですよね。私は、余裕がないんですよ!」 「まぁな。みんながみんな笑顔で暮らせる世の中になってくれりゃいいんだけれどなぁ……あのアイザックとか言う野郎も、その家族も使用人も、ちょっとだけ優しくなってくれりゃいいのによ……金があるくせに、誰かを馬鹿にしたり、虐げないと満足できないだとか、金だけは上流階級かもしれないが、心まで上流階級じゃあないんだな。 金だけはあるくせにケツの穴のちいせえ奴らだぜ」 「ロウエンさんは大きそうですもんね」 「俺がホモみたいに言うな! 女の誘い断ったくらいで誤解されるのはもうこりごりなんだよ!」 チェリムの的外れな返答に、ロウエンは思わず大きな声を上げる。 「じゃあ小さいんですか?」 「いや、それはその……うん、この話は止めよう……あ、ウンコの話じゃねーぞ!」 器量の小さい奴、出すものが少ない奴の事を揶揄するときに使う言葉なのに、なんで俺が言うとこんな反応をされなきゃいかんのだと、ロウエンは小さくため息をついた。 「と、言うことはウンコの話はやめないんですね」 「その話もやめるってか、もともとしてねーよ!」 チェリムのボケにまたもロウエンは大きな声を上げる。周りの視線が少しこちらに集まっているので、腰の炎が熱を帯びて、顔面がフレアドライブしてしまいそうだ。 「では、仕事の話なんですけれど……」 「おうよ」 「今回行くがあったざわめきの森なのですが、最近何やら得体の知れないジュナイパーの男が出没しているらしく……どうにも、金さえ払えばどんな者でも遠くに逃がしてくれるだとか、そういうきな臭い運び屋がいるそうなんです。今回の依頼はただの森に実る熱冷ましの実の採取ではありますが……もしもお暇や余裕があるようであれば、ついでに様子を見ておいてください。 目撃情報というか、うわさが先行している状態ですので……何かあれば正式にお尋ね者退治の依頼が出るかも知れません。ただ、噂だけで実際はただの世捨て人が住んでいるだけかもしれませんので、一般人を攻撃することなんてないように」 「……そうは言ってもな。逆に聞くが、犯罪者に貴方は犯罪者ですかって聞いて素直に答えてくれるもんかね? いや、俺もギャング時代なら答えたかもしれんけれど」 「客を装ってみればいいんじゃないですか?」 その手があったかと、ロウエンはチェリムの言葉に頷く。 「なるほど、そのアイデアを採用しよう」 まだ噂の段階ではあるが。逃亡したまま見つからないお尋ね者が消えてしまったのはこいつが原因であるとされている。強盗犯、人さらい、そういう輩がそいつに逃がされた可能性がある……となれば由々しき問題だ。 ぶっ潰してやれば、お尋ね者に暮らしにくい世の中になるだろうし、その方が街もきれいになるはずだ。 「ここら辺か……その噂のジュナイパーの男が住んでいる場所というのは」 風邪などによる発熱によく効く薬の材料の採取を済ませたロウエンは、得体の知れないジュナイパーが潜伏しているという森の奥へ向かう。ロウエンはあまり鼻が良いほうではないか、生活の痕跡があれば少しくらいは何らかの匂いがするはず。 そうやって地道に探していると、微かに生活の痕跡を見つける。痕跡というのは匂いではなく、ベリブの実の木から採取した跡だ。つややかでとてもおいしそうな木の実で、とてつもない酸味が特徴であり、その酸味のおかげで肌も木の実のように艶やかになるのだとか。誰かが継続的に食べているのだろう、かなりの量が収穫されている。 そこからさらにいろいろ探してみたが、足跡などは見つからず、ただ時間が過ぎて行く。 「……お兄さん、人をお探しかい?」 そうやって時間をかけて捜索していると、驚いたことに向こうからこちらに話しかけてくる。いや、金が欲しいのならば自分を探している者をもてなすのは普通の事だが……。 「あぁ、ここら辺に金を積めばどんな奴でも連れて行ってくれる運び屋のジュナイパーがいるって聞いてね」 「ホッホウ! そりゃいい、商売のお話かい? お兄さんは重そうだから、二〇〇〇ポケってところでどうだい?」 「二〇〇〇か……いいぜ。ちっと厄介なことに巻き込まれてな……」 「ホッホウ! そりゃ災難で。で、その厄介なことってのは……木の実を満載にしたその背負っている篭と何か関係があるのかい? 木の実泥棒で二〇〇〇ポケとは、それはそれは災難で。それとももしや、その厄介なことというのは……俺様を捕まえようって事かい?」 だまして近づくつもりだったが、どうやら相手はこちらの正体に気付いているらしい。声だけ聞こえてこちらには全く姿を見せないのもそう言うことだろう。 「……気付いていやがったか」 「あのさぁ、俺の視力、ものすごくいいわけよ。暗い場所でもよく見えるし、音もなく背後から忍び寄れるし。あんた、俺の命を狙うならもっとがんばりなさいな。で……どうするの? 俺と戦うのか、それとも逃げ帰るのか……選びなさいな」 「そりゃもちろん……」 『戦うつもり』、の言葉を言う前に研ぎ澄まされた羽の矢が肩を掠める。とっさに見切って避けることは出来たが、音もなく放たれるその矢の素早さには思わず戦慄する。 「死にたいんだね?」 「今、当てておけば良かったって後悔するぜ?」 虚勢を張っては見たものの、相手の強さは半端なものではない。相性では有利なものの、このジュナイパーが明らかに自分よりも強いことはロウエンも感じていた。一瞬でも油断すれば眉間には鋭い羽が突き刺さっていることだろう。 「帰ってくれるんなら俺も鬼じゃない、逃がしてやるが、俺だって捕まるわけにはいかないもんでな」 「悪いが、俺は金が欲しいもんでな」 「ホッホウ……だがしかし命は大事にするもんだぜ」 声だけしか聞こえないジュナイパーは、それ以降黙って気配を消す。先ほど声がした方へと向かってみると、左後方からがさりと茂みが揺れる音。思わずそちらの方に目を向けると、右前方、全く見当違いの方向から矢が飛んできて、太ももに突き刺さる。 「ぐっ……てめぇ!」 「古い手に引っかかるんだから」 恐らく相手は、何か物を撃つなり投げるなりして明後日の方向に着弾させて音を立てることで注意を逸らし、自身は全く別の場所から攻撃してきたのだろう。ともかく、これで居場所が割れたわけで、相手のジュナイパーもようやく姿を見せた。彼は顔から垂れ下がるお下げ髪のような器官を弦とし、それを翼腕で引っ張り、そこに矢を番えて撃ちだすようだ。彼は顔にマスクをしており、下半分がどうなっているのかうかがい知れない。 ロウエンが、すぐにその顔を暴いてやるさと思いながらジュナイパーのもとへ行く途中、彼は番えていた三本の矢を放つ。ロウエンは横一列に並んだその矢の隙間に潜り込んで避けるのだが、次の瞬間には不可視の一撃が彼の強靭な腕を切り裂かんばかりに抉る。 「両端の矢はアリアドスの糸で結ばれている。お洒落な攻撃だろう?」 言葉通りの技である。羽の矢を結んだ糸は刃となってロウエンを襲い、流血させた。矢は一本一本が軽いため、今回の攻撃では首を狙っても頸動脈を切り裂くほどの力はなさそうで、絶命するかどうかは怪しいくらいの威力しかないが、それでも流血による体力の減少と痛みによる攻撃の鈍化は避けられない。 「糞ったれがぁぁぁ!!」 怒りに任せて突撃するも、相手は空を飛べるうえに、この森はあいつのテリトリー。地面にはまきびしを撒かれていて、走っているうちに足の裏をやられ、茂みの影に隠されていたアリアドスの糸を木の幹に結んだもので転ばされて膝小僧をすりむき、ただでさえ差がある機動力にはさらに差を付けられてしまう。 「ホッホウ……案外しつこいなぁ、お前? 俺は男と追いかけっこする趣味はないぜ?」 ジュナイパーが待ち構えていたのは、この森一番と思われる巨木。幹の太さは、ロウエンが両腕を広げてもその直径に満たないほど。高さも思わず見上げてしまうような貫禄ある巨木の上に立ち、見下ろしている。 「だからさ、もう終わりにしようや。これ以上俺を追ってくるのならばこっちもお前さんを殺すつもりで、影縫いをして甚振り続ける。影縫い……この技は、相手を逃げられなくする効果がある。 タイプの関係上ゴーストタイプとノーマルタイプには効かないが、お前は悪と炎タイプだから、ダメージはともかく逃げることは出来なくなるな。どうする? その足の怪我で俺様に勝つつもりかい?」 言われて、ロウエンは自身の足を見る。膝からも足の裏からも流血し、歩くだけでも痛みが走る。おまけにまきびしには毒が塗られていたのだろう、血がなかなか止まらないおかげもあってめまいがするのだ。 そして、彼の言う通りこの地形はジュナイパーが圧倒的に有利だ。高低差のあるフィールドで、ジュナイパーのいるところまでたどり着くには木の幹に爪を立てて登らなければならないが、その間無防備な背中を矢から守る手段は存在しない。 ペトッ 「へやっ!?」 何かが零れ落ちてきた感覚に驚いていると、白と黒の混じった、泥のような粘り気のある液体…… 「うわ、糞じゃねえか!」 「ついでに小便もしてるぜ。あー、すっきりした。おいおい、今のが矢じゃなくって良かったなぁ」 加えて、集中力もすでに途切れている。出血が多いせいだろうが、自然に落下してくるものまで避けられなくなっているとは重症だ。 「殺してしまうと、賞金が上がってしまうから嫌なんだわ。お互いのために、ここはあんたも逃げてくれや」 ここまで挑発しておいて、そりゃねえだろと文句も言いたくなったが、今の状況を考えるとそうも言っている場合じゃない。 「糞ったれめが……」 「あぁ、文字通りな。空を飛びながらできるのは俺達の特権だ」 毒づいてみても、ジュナイパーは意に介すこともなくひょうひょうとした態度を崩さない。 「いつかてめえを捕らえてやっからな! 覚えてろよ!」 「はいはいはい。怖い怖い、怖いですね」 ロウエンの捨て台詞を、ジュナイパーは非常にゆっくりとしたリズムの拍手で褒めたたえて煽る。それに対して何かを言い返してやりたい気分だったが、どうせ何を言っても負け犬の遠吠えになり、その上ジュナイパーにこれ以上の嫌味を言われるのは目に見えていたので、出来なかった。 結局、ロウエンは街へと逃げ帰り、この街で唯一まともな食事を出してくれる施設、ニコニコ食堂にて食事をとっていた。 「ありゃ、相当の実力者だ。狭い場所で逃げも隠れも出来ないような状況でなら勝てる自信があるが、あの場所では誰も勝てねえよ。だからなんだ……あいつが街に出も来たれぶっ潰してやる。もしジュナイパーの男を見かけたら俺に知らせてくれよ」 一対一じゃ負けなしだった自分の自信を粉々に打ち砕かれたロウエンは、愚痴を交えつつその日はやけ食いとやけ酒のコンボである。 「あんたこのお店で喧嘩おっぱじめる気かい? やめてくれよ」 そんな彼を、このお店の店主は呆れた目で見ていた。ロウエンは質の良い薬の材料を一杯にとってきたためお金はあるのだが、頭の中は奴への敗北の屈辱でいっぱいだ。そのせいで爆発したイライラは食欲に向けられてしまっている。現在の時間帯は閉店間際で他の客もほとんどいないため、お店は貸し切り状態だ。 「しかしなんだい、あんた負けたわりには平気そうでよかったよ。私に負けた時みたく凹んで手が付けられなくなると思ったら案外元気なんだねぇ」 「うっせぇ、食わなきゃやってられるか畜生!!」 「はいはい、おかわりしたら追加料金だからね」 こうして食べながら愚痴をこぼす相手は、ニコニコ食堂の店主である色違いのブーバーンのおねえちゃんである。彼女は、かつて常連さんがロウエンに金を盗まれた事を聞いて、そのロウエンが店に来た際に、彼に喧嘩を売ったのである。 ロウエンも一般人の女性を相手に本気で相手をするつもりはなく、軽く手の平で押し倒してやれば怖気づくと思ったのだが、おねえちゃんの胸をドンと押した時、強烈な感触が手首、肘、肩から伝わってきて、倒れていたのはロウエンであった。尻もちをついたロウエンは、気付かないうちに蹴り飛ばされ、馬乗りになってタコ殴りにされ、そのまま命乞いをするに至るまでは記憶がない。 彼女がロウエンを更生させた人物であり、ロウエンがこの街で唯一頭の上がらない人物である。 当時、街のスラム街では知らぬ者がいなかったほどの暴れん坊だったロウエンにどうしてそんなことが出来たかと言えば、彼女は毎日にようにダンジョンへと潜り込み、食材を自分で取ってくる女傑であったからという事らしい。力も、技も、心もロウエンの上を行く相手が負けるはずはなかったというわけだ。 今では実力も逆転してしまっているが、それでもロウエンにとって彼女は頭が上がらない相手であることは変わらない。 「そんなに強い相手なら私がやっちゃおうかい?」 冗談めかしておねえちゃんは言う。もちろん、ロウエンが勝てない相手に彼女が勝てるわけもないが。 「うー……それはダメだ」 勝てるわけがないというのに、ロウエンは酔っているのか、お姉ちゃんにまじめな答え返す。 「なんでさ? 迷惑な奴を野放しにしてたら美味しく食べられるものも不味くなっちまう。それなら、早めに駆除するに限るしね」 本当ならば、『いや、姉ちゃんじゃ無理だろ』と冷静に突っ込んでほしかったのだが、そんなことが出来る精神状態じゃないかとお姉ちゃんは苦笑する。 「俺が倒したいんだってぇ! あいつが、無様に、謝る顔を見たいんだぁ! 一度負けても立ちあがってやり返すって格好いいだろうが」 ロウエンは子供がだだをこねるかのようにわめく。他に客が居なくてよかったと、お姉ちゃんは苦笑が収まらない。 「これは無理そうねぇ。そんな慎重な相手がのこのこと街に出て来るとは思わないし、出てきたとしてもあんたが飛んで逃げればいいだけだし」 「俺は逃げられねえのにあっちだけ逃げられねえとか卑怯だなぁ……あー、ますますイラつく!」 「卑怯ってのはいい事だよ。『勝てる』ってことなんだ。だからと言って人質をとったりするような外道な真似をしたらいけないけれど、勝てるってことはいい事なんだから、あんたもそうなりな」 「うるせぇ! 畜生、今度であったら俺も罠を仕掛け……無理か。ならば相手をこちに誘いだせば罠を……」 「無理でしょ? ってか、どこに誘いだすつもり? ウチに罠仕掛けないでよ?」 「あぁ、多分無理だ……なあおねえちゃん。上手くあいつを誘いだせるような挑発文句考えてくれよ」 「あ、無理。うーん、それとも私が女の武器を使っちゃう? 熱く燃え上がらせるよ?」 おねえちゃんは微笑みながら丁重にお断りする。そんな挑発程度でどうにかなるような奴であれば、ロウエンもここまで苦戦することはないであろう。 「ちくしょー! おねえちゃん、焼き魚追加だ!」 「はいはい、毎度あり。お酒のおかわりはいる?」 「いる!」 「はーい、オレン酒一杯入りまーす」 なので、おねえちゃんは、今日の売り上げに貢献してくれるロウエンの食欲を温かく迎えいれるだけだ。愚痴を聞いていればガンガン食事を頼んでくれるのだから、良い常連さんである。 次……[[HEAL4,放っておけないオシャマリ]] #pcomment(HEAL_コメント,5,below);