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&size(22){&color(#215DC6){Fragment -6- 決意の翼};};  written by [[ウルラ]]
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 微かに笑みを浮かべた金毛の狐は、赤い目をじっとアセシアへと向けていた。
 獲物は逃がさない――。そんな気迫がキュウコンの笑みの中に隠れている。アセシアは自分の身の危険を悟った。そして何よりも、隣にいるリュミエスにも同じようにその危機は迫っているのだと考えると、この状況下を優位に切り抜ける術は彼女にはほぼないといっても過言ではない。

「今回ばかりはあのアブソルが邪魔してはこないようだねえ?」

 ふふっ、と、勝ち誇ったようにキュウコンは言った。その後ろではゆらゆらと上機嫌に揺れる九本の尾。あからさまに挑発じみたその態度に、アセシアは奥歯を噛みしめていた。どうしようともアセシアの方が分が悪いのは見えていただけに、余計に憤りと後悔だけが彼女の心の内で渦を巻いていた。
 相手はキュウコンにルカリオの二人なのに対して、こちらは一人。そして背後にはリュミエスが一人。もしリュミエスが戦えたとしても、共に戦うのはあまりにも危険すぎる上、もし何かがあったらヒースにどう頭を下げても下げきれない。
 更には、彼女とほぼ互角の力を持つキュウコンに加えて、得体の知れないルカリオが傍らにいるということだった。何も情報がない。その上、表情をあまり表に出さないということもあって何をしてくるか読むことが出来ない。彼女はそのルカリオがキュウコンと同等の戦力は持っていると予測を立ててはいるものの、二対一の状況下が不利であることに変わりはなかった。
 あの時ルフを無理矢理にでも起こして連れて来ればと思ったところで、それは所詮後悔でしかない。アセシアは邪魔にならないように背の荷物を横に置くと、リュミエスの方を向いて言った。

「……あなたは下がってなさい」

 リュミエスは突然現れたキュウコンとルカリオ、そしてアセシアの方を交互に見てから、やがて小さく頷いて後ずさった。何にしても、この現状を切り抜けるしかない。アセシアは既に覚悟を決めていた。

「痛い思いをしたくないのなら、大人しくついてくることだけサ。あんたに残されてるのはね、それしかないよ?」

 キュウコンはそう言ってまた笑った。アセシアは奥歯を噛みしめたい思いをこらえて、その挑発に対して強い口調で言い放った。

「何度も言わせないで。私はあなたについていく気なんて全くないわ」
「あっそ……。それじゃあ痛い思いをしてもらわないと」

 キュウコンの口元に空気がため込まれるのが見えた瞬間。咄嗟にアセシアはリュミエスのいない右側面へと跳ぶ。後ろにいるリュミエスに火が当たってしまうのを避ける為だった。
 そのまま火炎放射の向きがアセシアの方に向かうと思いきや、迫りくる炎を避けたところでそれはふっ、と消えた。アセシアが違和感を感じたときには、右から迫ってくるルカリオの姿が見えた。
 咄嗟にアセシアは後方へとステップを踏み、ルカリオのインファイトを紙一重で避ける。ルカリオは避けられることを予測していたのか、再びアセシアとの距離を取るように大きく飛び上がってキュウコンの元へと戻った。
 彼女の頬に汗が伝う。あと少しでも気付くのが遅かったとしたらまともに食らっていたであろうその強力な技を目の前にして、圧倒的な力の差があることを彼女は察してしまった。
 その上、恐らくあのルカリオはまだ本気を出していないことも分かっていた。生きたまま連れ去るのが目的なのだろうから、ある程度の手加減をしているだろうことはアセシアにとって容易に想像が出来る。そしてその本気を食らってしまえば、簡単に自分の命が奪われることも。

「あらら。いくら世間知らずのお嬢様とはいえ、弱くはないみたいだねえ」
「甘く見ないでちょうだい」

 虚勢を張ったはいいものの、彼女には勝機などまるで無いに等しい。扇状に広がる焼け跡に残る小さな火がくすぶる音が、彼女の耳に刺さる。そして右片方の目に大きな切り傷のあるルカリオに苛立ちがつのる。状況は最悪だった。
 ふと視界にリュミエスの姿が目に入る。下がるようにと言っていたはずなのに、先ほどの位置から全く動いていない。逃げることも出来たはずの彼がここに未だにいることに、アセシアは驚きと焦りを感じた。

「あなたは早く逃げなさい!」

 なるべく視界からキュウコンとルカリオを外さないようにしながら、アセシアはリュミエスに向かってそう叫んだ。危機的状況下である以上、彼に危険な思いをさせたくはなかった。しかしそれでもリュミエスは戸惑って動こうとしない。キュウコンとルカリオの方も頻りに見ていることから、恐いだろうことはアセシアも分かった。それでも頑なに動こうとはしない彼に、意外にもキュウコンが口を開いた。

「こんな状況下でも逃げないなんてなかなか勇敢だねぇ、坊や。でもね、逃げることも一つの勇気なのさ」

 キュウコンの言葉に、アセシアは最初耳を疑った。自分を連れ去ろうとしている上に、技を使って多少の怪我を負わせてでも連れて行こうとしているキュウコンがするような発言ではない。アセシアはそう思っていた。しかし実際にキュウコンとルカリオはリュミエスに傷を負わせようとはしていない。リュミエスを人質に取ることもできたはずなのに、それもしようとはしない。私情なのか、それとキュウコンとルカリオのポリシーかなにかなのか。
 例えそうだったとしても、アセシアにとって目の前にいる二人が敵であることに変わりはない。

「さてと、坊やが逃げないのならそれはそれで構わないけど。アセシア、あんたは今回の依頼主から連れ帰るように言われてる。悪いけど怪我させてでも連れてくよ!」

 キュウコンはそう言い放ち、自らアセシアの方へと走ってくる。口元から微かに零れ出ている火の揺らめきを見た瞬間、アセシアは構えた。火炎放射の前触れを見せてくるあたりからそれはルカリオの行動を見立たせにくくすることだと分かっていた分、アセシアは行動がとりやすかった。

「なっ……」

 キュウコンが咄嗟に走るのをやめて口を閉じたのを見て、アセシアは思わず動揺する。どんな姑息な手を使ってくるか分からない二人を相手にして、アセシアは知らず知らずのうちに相手のペースへと持ち込まれていた。正確な判断が出来ないうえに思い込みをしてしまうのは、戦闘ではミスに繋がる。そう教えてくれた父の言葉が、彼女の頭の中を過ぎった。

「がっ……!」

 アセシアはまともな声を上げることもできずに大きく崖の方向へと吹き飛ばされた。アセシアの右側面から来ていたルカリオが拳に蒼炎のようなものを纏いながら強烈な一撃を食らわせられたせいで、アセシアはふらふらとして立ち上がる。ルカリオは再びアセシアから距離を取り、手に纏った蒼炎を消していた。
 立っているだけで精いっぱいなアセシアを見て、キュウコンは深くため息をついた。

「何がそこまであんたをムキにさせるんだか……そろそろ終わらせてもらうよ」

 キュウコンは先ほどから見せていた笑みを顔から消して、徐々にアセシアの元へと近づいていく。背後に後ずされば断崖絶壁。だからといって相手のいる方向へと迂闊に行くこともままならないアセシアは、歩いてくるキュウコンを最早睨みつける事しかできない。
 アセシアの頬を、汗が伝っていく。アセシアは内心諦め始めていた。もう助かる方法はないのかもしれない、と。それでもなお、アセシアはキュウコンから目を離さなかった。睨みつけることだけしか出来ないが、諦めた様子を敵に見せるのは、彼女のプライドが許さなかった。
 ふとアセシアの左から足音が聞こえてくる。重たい足音、そして空を切る風の音も微かにだが彼女の耳へと届いた。

「リュミエス……?」

 キュウコンもその異変に気付き、音のする方向へと顔を向け、微かにだが動揺したように眉をひそめた。
 リュミエスはアセシアの元へと走ってきていたのだ。アセシアは彼を咄嗟に静止しようとしたが、彼の翼の動きを見て出掛った声を止めた。リュミエスは彼女の教えた通りに翼を羽ばたかせながら彼女の元へと走ってきていたのだ。少しばかり荒削りな動かし方ではあったものの、ぎこちなくはない。そしてアセシアの後ろは断崖絶壁。落ちれば海面に全身を叩きつけられることになる。
 アセシアはリュミエスが今何をしようとしてこちらに近づいてきているのか理解したからこそ、制止するのをやめたのだ。まだ一回も成功したことのないことではあったものの、リュミエスの表情には決意が浮かんでいた。若干の不安混じりではあったものの、アセシアは今のリュミエスを信じる他なかった。

「掴まって!」

 眉をひそめているキュウコンを後目に、リュミエスがそう叫んだのを聞いてアセシアは今出せる力を振り絞って差し出された彼の手を取った。そのまま彼女は引っ張られるように彼の腕の中へと抱きかかえられる形になる。そしてそのまま彼は大きく跳躍したのち、断崖絶壁から……落ちた。
 キュウコンはさすがにリュミエスが崖からアセシアと共に飛び降りるとは思っていなかったらしく、目を見開いてすぐさま崖へとルカリオと共に駆け寄った。崖から下を見下ろすと、真っ逆さまに落ちていく二人の姿が見える。キュウコンはその様子を食い入るように見つめていた。



 ――もう駄目かもしれない。そう思って飛び込んだリュミエスの腕の中。落ちていく感覚の中、アセシアはただリュミエスを信じることしか出来なかった。無意識のうちに体が強張って、風を切る音が段々と小さくなっていくのが彼女に分かったものの、目を瞑ってしまって実際今どうなっているのか彼女には分からなかった。ふと、リュミエスの明るい声が耳に入った。

「やった! 飛べたよ! アセシアさん!」

 その声を聞いて恐る恐る目を開けてみて、彼女はリュミエスが飛べたのだという事を実感した。海面に触れるか触れないかの正に瀬戸際ではあったものの、リュミエスの体はしっかりと宙へ浮いており、進む際の風は翼で上手く受け流していた。

「凄いじゃないリュミエス!」

 彼女はこの時ばかりは自身の感情を抑えることが出来なかったようで、驚きと、そして笑みを浮かべてリュミエスに賞賛の声を惜しげもなく送った。いくら彼女がリュミエスを信じていたとはいえども、まだ一回も飛んだ経験のないリュミエスがこうもあっさりと飛ぶということを会得できるとは本当に奇跡のように感じたのかもしれない。
 リュミエスも飛べたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべてアセシアの言葉に大きく頷き返した。頷き返したときに一瞬だけ飛行が不安定になったのが、まだまだ彼が飛べることに完璧に慣れたわけじゃないことを感じたものの、それでも彼女はあんな状況下で彼が飛べたことが微笑ましかった。それはまるで、我が子を見る母のような姿だった。

「まずはヒースさんにこのことを報告しなきゃね」
「……うん!」

 それでも彼女にはこれからなすべきことが残っていた。キュウコンとルカリオも恐らくリュミエスが飛べたことを崖上から見ているに違いないことを、アセシアは予想していた。あれだけ強いものがそう簡単に見逃してくれるはずはない、と。
 リュミエスは意気揚々としてそのまま大きく旋回しつつ、ヒースの待つ竜の運び屋の小屋へと飛ぶ方向を変える。
 彼の表情には、無垢な笑みだけが浮かんでいた。



   ◇



 崖下で起こった出来事を終始見ていたキュウコンはほっと息をつく。それはアセシアというターゲットが死なずに済んだからなのか。それともリュミエスという無関係な命が亡くならずに済んだことへの安堵なのか。
 やがて隣に歩いてきたルカリオを横目に捉えると、キュウコンはため息をつく。そしてバツの悪い雰囲気をかき消すためなのか、キュウコンは尾をゆらゆらとさせながらはぐらかすようにルカリオの方に向き直った。

「た、ターゲットは生きてるから問題ないサ」

 その言い訳じみた言葉を聞いて、ルカリオは腕を組んで無言のまま鼻を鳴らした。赤い隻眼でじっと睨むようにキュウコンを見ていたが、やがて視線は海の方へと向かい、キュウコンは大きくため息をもらした。ルカリオはそのまま海の方へと顔を向けたまま、口を開く。

「余計な犠牲を出したくないと言ったのはどこの誰だか覚えているか」

 ルカリオはそう言ったのを聞いて、キュウコンの耳が微かに動く。その言葉がいつもの説教だということはキュウコンも分かっているものの、どうもそれが嫌な様子で赤い目を泳がせた。更に追い打ちをかけるかのようにキュウコンへと再び向き直って、ルカリオと目を合わせることになると、キュウコンは耳を垂れて観念することとなった。

「悪かったよ……」

 キュウコンは頭を下げてそう言うと、ルカリオの方へと再び視線を向ける。だが彼の表情は読めないままで、キュウコンは余計に居心地が悪くなるだけだった。
 ふと、ルカリオはキュウコンへと近づいていって頭の方へと手を伸ばした。叩かれると思っていたキュウコンは目をつぶったが、ルカリオにそんなつもりはなかったらしく、彼女の毛についた葉を払い落しただけだった。恐らく彼なりの"気にしていない"という意思の表れだった。いつも彼と行動を共にしてきた彼女にとって、彼の行動の意味が何となく分かるようになっていた。
 キュウコンが安堵したところで、ルカリオは腰についているポーチからなにやら青い石のようなものを取り出す。その石が一瞬光ったと思うと、再び石は元の色に戻った。

「ミナミムにいる仲間から連絡があった。&ruby(シフティファング){狡猾なる牙};が去って、船舶の運航が再開したらしい。ミシャ、ミーディアに先回りするぞ」

 ルカリオの言葉に、ミシャと呼ばれたキュウコンは、強く頷いた。



   ◇



 小屋の前でふと立ち止まる。突如吹いた強い風に目を細めながら、太陽が燦々と輝く青い空を仰ぎ見る。大分もう高い位置に昇っている日が、そろそろ昼時であることを知らせていた。昨日ミナミムからこの小屋まで来た時の時間よりも、今日の方が長く感じたのは、アセシアが先導していたからなんだろうか。
 ふと小屋の中からヒースが出てくる。両手に何か大きな籠のようなものを抱えているが、あれを一体何に使うのだろうか。それにアセシアやリュミエスの姿も見当たらないが……。

「おお、あんたか」

 ヒースは俺が近づいてきたことに気が付いたのか、そう声を掛けてくる。彼が運んでいたものを見てみるとそれは木で編まれた籠で、丁度アセシアくらいの大きさのポケモンが優に一匹入りそうなくらいに大きい。その籠について思わず聞こうとしたが、まず先にアセシアのことを聞かなければと出かかった言葉を止めて、言い換えた。

「アセシアたちは?」
「ああ、お嬢さんとリュミエスなら、もう先に練習場所にいるだろう」

 やはり行動が早いと言うか、俺が護衛を受けた意味が無い。ここで待っててくれるかと淡い期待を持っていたのも馬鹿らしくなった。とはいえ、アセシアよりも早く起きなかったのは俺の非だから何ともいえないのがまた虚しくなってくる。とにかく先に練習場所に行ってしまったのなら仕方ない。なるべく早く追いつかないと護衛として役目を果たせなくなってしまうだろうから。

「ところで、ヒースはさっきから何をしてるんだ?」
「ん? ああ、これか」

 ヒースは籠を少しばかり高く持ち上げて『これ』というのを強調すると、地面に置いてから籠の中にある革紐を取り出す。それを籠の側面に空いている穴に通していきながら、彼は答える。

「配達に使ってるのよりも少し大きめの籠だ。ミナミムに定期船が出来る前は、これでポケモンや荷物を運んでたりしてたもんだ」

 これを使ってポケモンを配達するのか。大きさ的には俺くらいの体格なら問題なく入れそうな気がするが、もっと大きなポケモンは恐らく運べないだろう。しかも運ぶのはヒースだけとなると、このフリジッド大陸から向こうのミーディア大陸に行けるのは相当少なかったのかもしれない。昔に船があったとしても、恐らくは裕福なものだけだろう。
 今ミナミムとキタムを繋いでいる定期船は多くのポケモンたちにとって悲願であり、このフリジッド大陸にある街を豊かにするものだったとフィアスから聞いたことがあるだけに、ヒースのその言葉が妙に感慨深いものに感じた。

「そういえばお前さん、あの嬢ちゃんのところに行かなくてもいいのか?」
「ああ、そうだな。早く行かないと……」

 ヒースに指摘されて、リュミエスが昨日案内してくれた練習場の道へと踵を返す。
 だが、ふと聞こえた風を切る音と、微かに聞こえてくる声に耳を傾けて、動かそうとしていた足を止めた。音のする方へと目を向けてみると、そこには翼を羽ばたかせながら飛んでくるリュミエスに、お姫様抱っこのような形で抱きかかえられているアセシアの姿があった。それが不思議な光景に見えて、思わずくすりと笑ってしまったが。
 しかしこうやって飛んできたという事は、もうリュミエスが飛べるようになったということだろうか。遠目に見ても、アセシアを抱きかかえている状態で安定して飛行できているようにも思える。ヒースから見るとどうなんだろうか。
 そう思ってヒースの表情を見ようと顔をもたげるが、そこには驚きを隠すどころか、目が点になるという言葉を体現している光景があった。まさかたった一日でリュミエスが飛べるようになるなんて、彼は思ってもみなかったのだろう。かくいう俺自身も何故たった一日でリュミエスが飛べるようになったのか、アセシアに問い詰めたい気分だった。



 やがてやや旋回しながら小屋の前にリュミエスたちは降り立った。抱きかかえられたアセシアの足も地に付くと、そのまま彼女は俺の元へと寄ってきて、耳元へといきなり顔を近づけてきた。それに驚いて少しばかり身を引いてしまったものの、アセシアは気にもせずに口を開く。

「キュウコンが襲ってきた。今度はルカリオも連れてね」

 ……襲ってきた。要するにアセシアは再び奴に狙われたということ。いや、この場合は奴ら、だろうが。俺がいたとしてもどうにかなるとは思えないが、護衛が依頼者を守るべき時に近くにいなかったのは依頼を全く遂行していない事になる。先にさっさと行ってしまった彼女にも非があるが、俺の方にも非がある。

「奴らはまた襲ってくるかもしれない。ここにいるのも危ないから、今日限りでフリジッドから発つ。いいわね」

 アセシアは俺が護衛として役立ってなかったことに関しては一切触れてはこなかったが、今日限りでフリジッドから発つということは、つまるところ今からもうミーディアへと運んでもらう、ということなのだろうか。それを聞こうとはしたが、アセシアは耳元から口を離すとすぐにヒースたちのところへと行ってしまう。
 なんだろうか、この妙な感じは。彼女は確実に焦っていた。襲撃を受ければそうなのかもしれないが、前回キュウコンに襲われたときはそこまで焦ってはいなかったように見えたが……。今回はよほど危険な目にあったのだろうか。ヒースたちのところに向かう足取りにも、全く余裕がないように感じた。
 そうだとしても、俺はアセシアにつき従うしかない。ここで彼女を焦るなとミーディア大陸に向かうのを止めたところで、恐らく彼女はそれを却下するだろうことは目に見えて分かっていた。とはいえあの焦り様。俺から見ても少し異常だ。

「飛ぶって、まさか今からか?」

 案の定今からミーディア大陸へと向かうつもりらしい。ヒースがアセシアの提案に驚いているだろう光景が、見なくても頭の中に浮かぶ。
 ヒースのところへと近づいていくと、ちらりとこちらの方を一瞬だけ向いたヒースだったが、考えこむように手で顎をいじりながら唸るように声を出した。

「すぐに飛べなくはないんだが……リュミエスは籠でポケモンを持ち運ぶのに慣れ取らんしな。それに今しがた飛べるようになったからといって、大陸を渡るほど飛べるかもわからんし……」

 何やらその後もぶつぶつと呟いてはいたが、やがて彼は眉をひそめて、アセシアに言い放った。

「……少し考えさせてくれ」
「分かったわ……でもあまり時間はないの」
「分かっとる、時間は取らせん」

 傍らで聞いてても分かる。アセシアも、ヒースも声に苛立ちを含ませていることに。リュミエスもそれを感じ取っているのか、少しばかり不安そうな表情を浮かべていた。せっかくリュミエスが飛べたというのにも関わらず、予想していたのとは違った重々しい空気が漂っていた。どうにもこのままではせっかく知り合った仲が険悪になる。ヒースもリュミエスを飛べるようにしてくれたのはきっとありがたいとは思っているだろうが、今のアセシアの無理な要望はきっと快くは思っていないだろう。

「……アセシア」

 意を決して、海の向こうを睨みつつも周囲を警戒している彼女に声を掛けてみる。こればかりは依頼を受けた身としても言っておかないといけないかもしれないと、そう思いながら。
 こちらに顔を向けた彼女は無言だったが、「なに」とでも言うように薄ら睨んでいる状態を見て、いわなければという気持ちが一層増す。

「焦ったところでどうにもならないことはあるだろう。少し落ち着いてくれ」

 アセシアはその言葉に返事はしなかったものの、少しばかり睨んだ目が緩くなった気がした。やはり内心相当焦っていたのだろう。自分の一言が少なからず彼女に効いたのかと思うとなんだかほっとした。とはいうものの、アセシアの思うように再びキュウコンとルカリオが襲ってくる可能性もある。出来れば今から飛んでしまったほうがいいのだろうが、ヒースたちにもヒースたちの事情がある。それにヒースの言うように、リュミエスが飛べたと言っても、安定してミーディアまで飛べるかどうかは全く分からないのだ。
 小屋の前ではヒースとリュミエスが何かを話し合っているようだが、どちらともあまり明るい表情はしてはいなかった。アセシアも、海の方を見ていて何を思っているのかすら分からない。さきほどよりも落ち着いた表情を見せている彼女ではあるが、内心では早くミーディア大陸に渡りたいと思っているのだろう。
 リュミエスが飛べるようになったという嬉しい出来事が起きたのにも関わらず、その場にはどこか重たい空気が流れていた。



 程なくして、話を終えたヒースとリュミエスが戻ってくる。二人の表情にやはり晴れた様子などなく、足取りも重たい。手にはそれぞれあの大きな運搬用の籠を抱えていた。

「決まったのね」

 足音を聞いていたのか、いつの間にかアセシアは海の方から視線をヒースたちに向けていた。籠を持っている辺りなんとなく来る答えは分かり切ってはいたが、そうではない可能性もある。少なくともリュミエスの件もある。今はただ黙ってヒースの口から答えを聞くしか他はない。
 ヒースは籠を地面に置いたところで、アセシアの言葉に黙って頷く。リュミエスもその隣に来てそっと地面に籠を置いた。

「お前さんたちが急いでいるのは分かってる。だからこそ今回だけは特別だ。今からミーディア大陸にお前さんたちを運ぼう」
「……ありがとう」

 それを聞いてアセシアは小さくそう言った。彼女の要望どおりミーディア大陸へと渡ることは出来るようになった。しかしリュミエスが長時間飛行できるのかどうかについて気になるわけだが、そこはどうなるんだろうか。
 そう思ってリュミエスの方を見てみてると、彼はこちらの視線に気付いたのか問題ないといったように頷いた。リュミエス自身は飛べると思ってはいるようだが、ヒースはもしリュミエスが安定して飛べなかったときの対策を考えてはいるんだろうか。

「ヒース。一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ」
「リュミエスは大丈夫なのか? リュミエスが飛べたにしても、ポケモンを籠に入れて運ぶのは当然初めてだろうし」

 聞くほかないと思ってヒースに聞いてみる。アセシアがミーディアに飛んでくれと急ぎ頼んでいる状態で、この質問は失礼だと知った上で、だ。
 だが失礼だったにしても、飛べたばかりのリュミエスに対して籠を持って運ぶのは辛いだろうし、無事にミーディアに辿りつける保障もないのだ。どう転ぶにしても、俺はアセシアの護衛なのだから、俺には拒否権はないのではあるが、聞いておかないと気が済まなかったのもあった。
 ヒースはいつの間にか肩から斜めにかけていたバッグの中に手を突っ込むと、探り出してきたのは地図だった。それをラウンドテーブルの上に広げると、フリジッド大陸の一角を指差して言った。

「ここが、今俺たちがいる場所。そしてこっちが……ミーディア大陸だ」

 ヒースは地図の上で指を滑らせ、点と点の間に線を引くようにしてミーディア大陸へと指を持っていく。その丁度中間点、ミーディアとフリジッドに挟まれた海域へと指を移動させて、俺とアセシアの顔をそれぞれ見てから続けて言う。

「この中間の海域に、霧に囲まれた小さな島が点々としている場所がある。……この地図には描いていないがな」

 霧に囲まれた、というヒースの言葉が気にはなったが、小さな島があることを知っているという事は一応目視出来るくらいの霧の薄さなのかもしれない。
 このフリジッド大陸からミーディア大陸までの航路の中間に位置しているということは、丁度いい休憩所になるかもしれないというわけか。

「要するに、この霧に囲まれた島で一休みする手もあるから心配はいらない……っていうことか」
「そういうこったな。何があったのかは知らんが、急ぎみてえだからな。今回は特別だ」

 どうやらこちらの解釈は間違っていなかったらしい。今さっき飛べたリュミエスに籠を持って俺かアセシアのどちらかを運搬させるのは、ヒースにとって気が気でないのも分かる。だが彼は彼なりに、俺たちをミーディア大陸へと向かわせてくれるようだった。リュミエスにも負担が掛からないように最大限の配慮をしている上に、当の本人もやる気があるようで、籠を持って佇む彼の後ろ姿からは、飛びきってみせるという強い意思が感じたような気がした。この様子だと、俺もアセシアも、当分彼らには頭が上がらないだろう。
 ヒースは俺とアセシアを再び見てから力強く頷くと、籠を持って崖の近くまで歩き出した。行こうと直接言われてはいないがそう言われた気がして、アセシアも俺も彼らの後についていく。

 籠から伸びたベルトを、肩と腰にしっかりと括りつけて固定していくヒースの様子を見ながら、リュミエスはそれを見よう見まねで装着していく。見た感じはそこまで強度があるようなつけ方には見えないものの、どうやらあれでいいらしい。ヒースがリュミエスのつけた籠を最終確認すると、彼はこちらの方へと向いて手招きをした。

「さてと、誰がどっちに乗る」
「私はリュミエスの方に乗るわ」

 ヒースの問いかけからあまり間を開けずに、アセシアはそう答えた。思わずなぜと聞こうとしてしまったが、よくよく考えてみれば分かることだった。
 リュミエスの飛ぶ練習を手伝っていたのは、危機的状況であったとしても彼を飛べるようにしたのは、彼女なのだ。彼女を助けるために飛べたリュミエスを一番信じているのは、恐らく彼女なのだろうと思う。ヒースも勿論、それに負けず劣らずだとは思うが……今はアセシアの気持ちが強いものである気がした。
 アセシアがリュミエスに運んでもらうことを選んだことで、必然的に俺が乗る籠は決まった。アセシアはリュミエスの、そして俺はヒースの籠の中へとそれぞれ足を踏み入れる。籠はしばらく出していなかったからなのか、中に入るとほんの少しだけ湿ったようなにおいが鼻をついた。

「行くぞ。準備はいいな、リュミエス」
「うん、いいよ。いつでも」

 力強い言葉でヒースが確認すると、リュミエスもまた力強い言葉でそれに返すのが聞こえた。
 思えば、空飛ぶという感覚がどんなものなのか当然俺には分からない。地面から離れるくらいの跳ぶことなら出来るが、長い時間宙に浮いているというのがどんな感覚なのか。それを今から体感できると思うと何だか妙な気持ちだった。
 今のような定期船舶が無かった頃にこの竜の運び屋を利用した者は、皆こんな気持ちだったんだろうか。

「それじゃあ……いくぞ!」

 ズン、と地を重く蹴り上げる音の後、自分の体が宙に浮くような感覚がする。
 籠から少しばかり顔を出して外を見てみると、目前に迫る水面を見て思わず目をつむった。
 しかし想像していた衝撃などはなく、気付けば既にヒースは水面と並行しながら安定した飛行に入っていた。何事もなかったようでほっと胸を撫で下ろすと、その様子を見ていたのかいないのか、ヒースは軽く声を出して笑った。

「はは。皆最初は恐いもんだ」
「……」

 何となく顔が火照った感覚を覚えて、返す言葉が見つからなくなる。
 気晴らしに隣の方を見てみると、どうやらリュミエスの方も特に問題なく、むしろ快調と言えるほどにヒースと並んで飛んでいた。
 やがてヒースたちは段々と高く飛んでいく。さきほどまですれすれと言わんばかりに近かった海面が、徐々に離れていく様子は不思議な気分だった。自分で飛んでいるわけでもないのに、今こうして空を移動していると感じられる。

「リュミエスも問題ないようだ。これなら、速度をあげれば半日弱程度でミーディア大陸につきそうだな」
「そんなに速くつくものなのか」

 俺の問いかけにヒースは見えるように大きく頷いて見せた。とはいえ、まだ飛び始めたばかりだ。リュミエスがどれくらいまで連続して飛べるかどうか分からない以上、多分ヒースもあまり無理はさせないつもりだろうと思う。恐らく飛ぶまでに言っていた、霧の立ち込める孤島あたりで休憩を挟むのだろう。

「ん?」
「どうした、坊主」

 ふと日の光が遮られたその違和感に、思わず声を出して上を見上げる。
 ヒースも異変に気付いて目を細めるが、何かまずいことにでもなったのだろうか。はっきりと眉間に皺を寄せるヒースに、俺自身も何か不穏な空気を感じていた。
 その瞬間。雲の中から赤く燃え盛る火柱が、牙をむいて襲いかかってきた。

「坊主! 掴まってろ!」

 ヒースがそう叫んだのと同時に、火柱はそのままヒースの右翼の先端を掠める。間一髪で避けたはいいが、掠めていったわりには、彼の翼の火傷具合が酷い。
 火が放たれた雲を見ても、相変わらずその技を放ったポケモンの姿は見えない。雲に紛れているのだろうか。

「父さん!」
「来るな! お前は逃げろ!」

 こちらの異変に気付いたリュミエスがそう叫んで近づいてこようとするが、ヒースに一喝されてそれは阻まれてしまう。不安そうに揺れる彼の瞳に、少しだけ光る物が見えた。
 ヒースは右翼が火傷を負ってしまっているからなのか、段々とスピードが落ちてきてしまっているのに気付くが、俺にはどうしようもなかった。
 その状況に更に追い打ちをかけるかのように空から再び火柱が襲いかかってくる。ふらつきながらも避けて飛ぼうとするが、それはかなわなかった。

「ぐああっ!」

 ヒースの叫び声とともに、バランスを崩して逆さまになった籠から身体ごと勢いよく投げだされる。火柱を全身に浴びたヒースと共に海へとそのまま真っ逆さまに落ちていく。

「父さああぁん!」

 リュミエスの悲痛な声が聞こえたと同時に、頭の後ろを強く叩きつけられた。
 遠退いていく意識の中、何かの声を聞いた気がしてそちらへと振り向こうとするが、瞼がだんだんと重たくなっていく感覚と共に体から力が抜けていく。
 俺はそのまま、閉じていく暗闇に身を委ねた。





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