&size(22){&color(#215DC6){Fragment -10- 残照の影};}; written by [[ウルラ]] RIGHT:[[BACK>Fragment-9-]] <<< [[INDEX>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-11-]] #clear 入り口の扉の前に立ったままのルイスと、クロウと彼に呼ばれたウインディに何があったのか俺は知らないし、分かってはいない。だがそんな俺から見てもとてもじゃないが旧友との再開を喜んでいるようには見えない。グレンやティトも同じ心境なようで、怪訝な表情を浮かべてルイスに視線を送っている。 しばらく黙ったままで睨みを効かせたまま、張り詰めた空気が流れる。周りの客らしき者達もその様子をただ何を言うでもなく、会話をするでもなく、じっと見ているだけ。照明についている羽のネジが切れたのか、段々と遅くなってやがて風を切る音が聞こえなくなった。 「ここにキュウコンやルカリオは来なかったか」 黙ったままでは埒があかないと考えたのか、ルイスが先にクロウに対してあえて義務的な質問を投げかける。それに対して心当たりがあるのか、それとも関与しているのか。僅かに口元をへの字にした後、動きを止めた照明の風切羽を眺めはじめた。それを見て更にルイスは続けた。 「誘拐されたエネコロロを今探していてな。何か心当たりは」 「ちょっと待ってろ」 ないか、とルイスが続けて言おうとしたのだろうところで、クロウは一旦それを遮るようにそう言うと、カウンターの奥が部屋になっているのだろうか、そこへと入っていってしまう。ここからでもまだクロウの姿自体は見えるからか、ルイスがそれを止めようとする気配は無い。ティトとグレンも同様だった。 奥に誰かいるのだろうか、何を言っているかまでは分からないまでも、呼ぶように語りかけているのは何と無く分かる。やがて奥から出てきた見覚えのある姿と共に、クロウがこちらへと向き直った。紛れもなくアセシアを襲っていたあの時のキュウコンだった。 「どういうことだ」 ルイスがクロウに説明を求めても彼はそれに応えるつもりはないらしく、黙ったままで白を切るようだった。明らかにその態度に痺れを切らしつつあるルイスに、そのキュウコンはルイスとクロウの間に立つようにして前に立った。 「詳しい話はあたしがする。それに、あんた達の目的はそもそも"あの子"じゃないのかい?」 キュウコンに言われてルイスは一度俺の方を見てから、すぐに視線を戻した。言われたように元々の目的はこいつらに攫われたアセシアを救い出すこと。だが、その原因となった者たちが目の前に、ましてやそれにルイスの旧友らしきクロウが関わっているかもしれないとなれば、確かに冷静ではいられない。 「ミシャ、後は任せる」 「言われなくても」 ルイスが葛藤している間に、クロウはキュウコン――ミシャが出てきた部屋へと入って行こうとする。それを見兼ねてルイスは追おうとするものの、グレンが止めた。 「俺はルイスさんとあの方との間に何があったのかは知りません。でも、今やるべきことは……」 その言葉を最後まで聞くまでもなく、ルイスは追おうとした足を止める。口元が強く閉められたのが見えた気がした。 「じゃあ、着いて来てくれるかい。アセシアのいる場所まで案内するよ」 ミシャは入り口を塞ぐようにして立っていたグレンとティトを退けて、扉を開けた。ルイスはクロウの消えて行った奥の部屋をしばらく睨むように見てから、踵を返してミシャに続く。俺もそれに合わせて後ろについた。 アセシアを攫った事を考えると、罠の可能性もあるかもしれない。恐らくグレンやティト、そしてルイスもそこは考えているだろう。その上であえてついて行っているのは、このメンツであれば問題はないと踏んでいるからなのかもしれない。 酒場を出てそのまま裏路地を進んでいくミシャの後をついていく。ついてきているのかを確かめているのか、それとも警戒をしているのか、時折こちらの方に顔を少しだけ向ける。それ以外は特に変化はなく、酒場にいた仲間と思しき奴らがついてきている気配もなかった。逆に何もなさすぎて不気味な位だ。 「あのさ」 不意にミシャが歩きながらも口を開く。その問いかけるような声は俺ではなくルイスの方に向けられていた。 「あの場でのやり取り見てて思ったんだけど、あんたはクロウの知り合いなのかい?」 ミシャがルイスに問いかけたことは、多分この場にいる全員が気になっている事だろうと思う。当の本人は、多分一番尋ねられたくはない事かもしれないが。 「ただの幼なじみだ」 「"ただの"、ねぇ……」 返されてきた答えに意味ありげに復唱するミシャ。特にそこから新たな質問に繋げる事も無く、ミシャは再び前へと顔を向け直した。 ◇ やがて路地裏から視界が開けた場所へと辿り着いた。路地裏の細い道のまま続くかのように思った道は、長く伸びた大きな溝で寸断されていた。 「用水路か」 ルイスが隣で呟く。だが目の前の溝を見る限りでは用水路というわりには……。 「水が通ってないですね」 グレンが言ったように、この用水路に水は流れてはいない。一応整えられてはいるようで、水気が残っているわりにはあまり草や泥などは見当たらない。 「数年前は生活に必要な水が流れてたんだけどね。今は雨水を低地に逃すための用途だけにあるみたいだね」 ミシャの説明の通りなら、ここがある程度手入れがされている事も納得がいく。多分、今は別の水路が使われているのかもしれない。 しかし、連れてきている俺たちは彼女にとってしてみれば敵だというのに、先ほどのルイスへの質問といい、ミシャは普通の接し方をしてくる。相手を油断させるためにしている事なのか、それとも単にこちらを敵だとすら思ってはいないのか。 彼女はその溝に沿うようにして歩き始め、やがて用水路がそのまま奥へ続いている空洞が見えてくる。中に誤って入らないように鉄柵で封じてはいるものの、その端には点検用なのか丁寧に扉が用意されていた。ミシャはその扉へ何かしらの技をかけたのか、いとも容易く開いた。 「ほら、こっち」 鉄柵の向こうにいるミシャから声が掛かるが、ルイスは何かを考えているのか入ろうとはしない。 「狐さんよー。まさか俺らをそこに誘い込んで、始末しようなんて考えてるんじゃあないよな?」 今の今まで黙り込んでいたティトが口を開く。暗がりではあまり目が効かない為に、相手はいつでも不意打ちが出来る。その事を警戒しているのだろう。 「信用出来ないのは分かってるさ。だけど、まだアセシアはこっちの手の内なのを忘れてないかい」 ミシャはそう挑発し返してくる。ティトは不愉快そうな表情見せ、ルイスに判断を仰いでいるのか彼の方を向いた。こんな奴を信用するのかとでも言いたげに。すぐにルイスから返答がくるわけもなく、しばらくミシャと俺の方を目だけで見ながら考えあぐねているらしい。 彼女についていかなければアセシアの場所は分からない。だが入ったとしてもミシャが必ずアセシアの元へと安全に案内してくれるという保証はどこにもない。その上、アセシアを狙っていた事を考えると、どんな手を使ってきてもおかしくはない連中だ。いや、それ以前にだ。何故ミシャたちはアセシアを狙っていた? アセシアには追われる理由を聞いてもお互いに詮索はしないということで聞いてすらいなかったが、ミシャたちがアセシアを狙っていたのには理由があるはずだ。それなのに今はアセシアの居場所を教えようとしている。どう考えてもミシャの目的が見えなかった。 「なあ」 「なんだい」 この問いに答えてくれるかは分からない。彼女にとって答える義務はないだろうし、ましてやそれが表沙汰には出来ない仕事であれば尚更の事だ。だが、ここで彼女をどう信用するかの判断材料にはなるはず。その疑問を、思い切ってぶつけてみる。 「あれだけ執拗にアセシアを追っていたのに、どうしてこんなにあっさりと居場所を明かそうとするんだ」 「依頼者の都合だよ。生きて捕まえてきてくれと言われたものの、捕まえたのちに依頼を破棄されたのさ」 「依頼?」 と、不意にグレンが問いかけた。ミシャは軽く笑う。 「そうさ。依頼じゃ無ければ何だって言うのさ。色恋沙汰で狂気に駆られたストーカーじゃあるまいし」 話が終わったあたりで開きっぱなしの扉の方にミシャは向き直る。 「で、どうするのさ。来るのか、来ないのか」 首だけを少しこちらの方に向けてそう聞いてくる。その視線の先にはルイスがいる。ルイスは先ほどの話を聞いてからはそこまで悩んではいないようではあるが、やはり嘘をついているという可能性は拭いきれないのだろう。少しの間の後、彼は首を縦に振った。 中へ入ると苔生した岩肌がまず目に付く。ただの岩肌ではないようで、ある程度は表面が固められているらしく、所々は綺麗なくらいに平らだ。しかしそれも劣化しているのか、軽く撫でただけてもボロボロと砂になって落ちてしまう。奥に行くにつれて段々と暗くなっているが、俺自身は夜目が効くため問題はない。ルイスやティト、グレンは多分奥の方へ行けばだんだんと見えなくなるが、恐らくミシャも例外ではない。ここに一番多く入った事のあるであろうミシャは一体どうしているのだろうか。 「ん?」 その疑問に答えるかのように、目の前に青白い炎が漂い始める。どうやらミシャが出した"おにび"のようだ。確かにこれなら夜目が効かなくとも明かりで奥へと進んでいける。そのままミシャは歩いていく。時折ついてきているかの確認なのか、こちらに視線が向けられる。水路の中を歩いているその間、会話はなかった。ルイスやグレンは周りを警戒している様子で首はあまり動かさずに視線だけを動かして見渡している。ティトはティトで暇そうに時折あくびこそしているが、それでも最低限の警戒はしているのか目は常に辺りを見ていた。 「ここだよ」 ミシャが立ち止まり、左にある壁の方を向いてそう言う。そして壁の小さい穴に、彼女は"じんつうりき"でポーチから出した鍵のようなものをその中へと差し込む。すると壁の一部分が音を立てながら地面の中へと沈むように開いた。 「すげ……」 ティトがボソリと横でつぶやくのが聞こえた。開いた壁の奥にあったのは更に奥へと続いている道。今まで通ってきた整備された空洞とは違い、岩肌が削られたままの状態に木の板で補強を掛けているだけ。更には幅が広くはなく、この中でも大柄なルイスとティトでちょうど通れるか通れないかの道幅だ。この先がこの幅を保っていれば、の話ではあるが。 「どう通ればいいんだこれは」 ルイスが自分の体躯と道の狭さを見比べながらそうミシャに問い掛ける。そこまでは考えてはいなかったのか、しばらく細い道とルイスやティトの方を見て、やがて俺とグレンの方に向いた。 「そこのデカいおふたりさんはここで待つしかないだろうねぇ……」 「な……」 「挟まって出られなくなりたいのであれば、ついてくればいいさ」 「…………」 この細い道に挟まってしまった後の末路を想像してしまったのか、何とも言えない表情で黙り込むルイスとティト。となると、ここから先は俺とグレンだけが通れることになる。 「この細い道はどこまで続いてるんだ」 「そんな長くはないよ。そもそも部屋を隠すためだけの通路だからね」 ルイスはミシャから返ってきた答えで、どうするか考えるつもりなのだろう。やがて、ルイスは仕方ないといった表情で、グレンの方を向いた。 「頼めるかグレン」 「はい。元々そのつもりでした」 グレンは元からこの結論になることを大体は予想していたのだろう。ルイスの問いかけからあまり間をおかずに言葉を返すのを見て、ミシャが「頼もしいねぇ」と呟くのが聞こえた。 「あんた達が警戒をするような事をするつもりはないんだけどね」 「念の為だ」 「……ま、いいさ。ほら行くよ」 こちらの警戒の仕方が何か癪に触ったのだろうか、何処か不満げな表情をしながら再び道案内をし始める。それが演技なのか、それとも本心なのかは分からない。あの酒場でのクロウの態度といい、ミシャのこの敵対心の無さといい、相手はアセシアを攫った張本人のはずなのに、どうにも調子が狂う。 ミシャの後に続いていくが、ほんの少し奥に入ったあたりで既に扉が見えてくる。彼女の言うとおり長くないどころか、すぐだった。 「ホントに長くないですね」 「だからあたしは言ったじゃないか。そんなに長くないって」 グレンの漏らした言葉にミシャは少しだけ勝ち誇ったように返す。これだけの短い道のために慎重に話し合っていたあの時の光景は、多分彼女にとっては相当滑稽に見えていたのだろう。 ミシャは"じんつうりき"で先ほどとは別の鍵を持ち上げて開け、中へとはいる。それに続くと、ここが地上かと見紛う程に整った部屋になっていた。床は石のままではなく板で底が少し上げられていて、壁もちぐはぐな木板ではなく綺麗に整った板でしっかりと壁が作られている。丁寧に窓もつけられていてどうやっているのかは分からないが、外からの光が入ってきている。今までの道中を一切見ていないとしたら、きっとここが地下だろうとは誰も思わないだろう。そして部屋の中を見回すと、奥の方にドアが中途半端に開いている部屋があったのを見つけた。 「あ、ちょっと……」 横からミシャの制止する声が聞こえたような気がしたが、アセシアをまず探さなくては。そう思ってこの部屋には全く見当たらないアセシアの姿を探して奥の部屋へと向かおうとするが、途端に自分の足が空を虚しく泳いだ。 「言っておくけど、あくまでこの部屋はあたしの隠れ家なんだ。あまり勝手されると色々困るよ」 足元を見ると自分の足がはっきりと浮かんでいるのが見えた。ゆっくりと体を回転させられ、向こうの部屋からミシャの方へと体が向けられる。ミシャの後ろでグレンが技をすぐに出せるように構えているのが見えた。 「すぐに彼を離して下さい。さもないと……」 ミシャはグレンの方に首だけを傾けてため息をつく。そのままの体制で自身の体がゆっくりと地に降り立つのがはっきりと分かった。 「言われなくとも。ただ単に自分の部屋をウロウロされるのが気に障っただけさ」 彼女が俺を下ろしたのを確認してから、グレンは困惑したような表情を浮かべながらも構えを解いた。やがて彼女は奥の部屋の方へと向かっていくと、中途半端に開いていたドアを開けてそこで俺の方を向く。俺が先に入れって事なんだろうか。さっきはいきなり止められただけに彼女の意図がよく分からないと思いつつも、ベッドの足が見える方に視線を向ける。そこには確かに横になったアセシアの姿があった。寝息を立てているのがはっきりと分かり、生きている事ははっきりと分かった。 「で、どうするんだい」 「どうするって……」 「誰が運ぶのかって事だよ」 ミシャに問われて改めて理解したが、そこまでは頭が回っていなかった。てっきり意識があるものかと思っていたから、まさか運ぶとは。グレンの方に目を向ける。すると彼は寝ているアセシアの方を見てしばらく固まると、急に顔を赤面させて両手と首を大きく振って拒否を示された。ミシャの方を見るとあたしは知らないよと言ったように最初の部屋の方に戻ってしまう。となると。 「俺が運ぶのか……」 元々アセシアの護衛を依頼されたのは俺だから確かに俺が運ぶのが筋なのかもしれないが、何故か気が引ける。普通に考えれば背に乗せて運ぶことになるが……。 「…………」 ふと運ぶ時の体勢を思い浮かべてしまい、思考が止まる。グレンが赤面した意味が分かったような気がした。 ◇ アセシアを背に乗せながら、細いあの道を何とか抜ける。何度か起こそうとはしたものの、ミシャが掛けた"さいみんじゅつ"の効果がまだ続いてるらしく、起きる気配は無い。 ルイスたちの居る場所に着くと、背にいるアセシアの姿を見て何も問題が起きなかった事が分かったのか、彼は安堵の表情を浮かべる。 「特に問題は無かったみたいだな」 「ああ」 厳密に言えばミシャに軽く技を使われた事があったのだが、それに関しては気にする事でもない。少なくとも危害は加えられて無いのだから問題はないだろう。グレンも特に気にはしていないのか特にルイスに伝えようとはしてはいないようだった。 「じゃ、一応出口までは案内するよ。街に出ればそれ以降は騎士のおふたりさんたちなら分かるだろうしさ」 ミシャはそう言って"おにび"を浮かばせる。騎士さんたちと言うのは恐らくルイスたちの事だろう。言われた当の本人たちは微妙そうな表情をしながらも歩き出したミシャの後についていく。 「俺はそのまま酒場の方に戻る。クロウには色々と聞きたいことがあるんでな」 ルイスはミシャに確認を取るかのようにそう言った。彼女はその言葉に目を細める。 「クロウ自身が首を縦に振るかは分からないよ」 「それでも、だ。あいつには色々と言いたい事もある」 そうはっきりと言ったルイスの言葉に、ミシャは視線をルイスから歩いてる方向へ戻した。 「ま、そうしたいのであればそうすればいいさ。あたしは関係はないしね」 彼女の口から出た言葉に驚いたのか、ルイスは意外そうな顔をする。 「庇わないのか」 その言葉にミシャは軽く笑う。 「庇うも何も、別にあたし達は組織でもなんでもないからね。クロウは依頼の窓口みたいなものさ。勿論、人望は厚いけどね」 「そうか……」 ルイスはその言葉に表情を暗くする。クロウとの関係が分からないが、この場で無理にルイスに聞くような雰囲気でもない。それに、一番この中でルイスと親しくしていたティトですら聞こうとはしない辺り、ルイスにとってはあまり聞かれたくはないことなのだろう。 「しかし、ティト。お前今日はやけに静かだな」 「あ……? あ、ああ」 ルイスの問いかけに、微妙な感じの返事が返ってくる。何か考え事でもしていたか、何かに気を取られていたかのようなそんな感じだ。ふと、ティトの目付きが変わる。 「危ねえ!」 ティトが叫んだと同時に、ルイスが暗闇から飛んで来た何かに弾き飛ばされる。壁に大きく叩きつけられた形になったが、彼はすぐに体勢を立て直す。 「っいっつ……ミシャの仲間か?」 「いや、あたしの仲間じゃないね。いつも酒場にいる面子でもない」 ミシャの仲間の襲撃と考えてルイスは痛みを抑えながらも聞く。しかしその彼女もすでに戦闘出来る構えになっている。彼女の仲間であればあそこまで身構えることはないはずだ。グレンも同様に技が飛んで来た方向を見て警戒していた。 「ルフはアセシアを守ってろ」 「言われなくとも」 相手が何を目的としてこっちに攻撃をしてきているのかは分からないが、少なくとも奇襲をしかけてくるあたりここが縄張りのやつが襲って来ているわけでもなさそうだった。縄張りを主張するのであればもうとっくに姿をこちらに見せているはず。だが、攻撃が飛んで来た方向から誰かが来る気配はない。ふと、ミシャの耳が動く。 「左からくるよ!」 その言葉でティトはすぐさま左の方に向き直り、口から冷気を纏った光線を放つ。暗闇から現れた黒い球体がぶつかり合い、行き場を失ったエネルギーが激しく飛散した。辺りは水蒸気が立ち込め、ミシャのおにびで明るくはなっているものの遠くは見渡せない。次の攻撃はどこからくる。全員が辺りの音や空気の振動、ありとあらゆる気配を確かめるために神経を研ぎ澄ます。 「ルフ! 上だ!」 ルイスがそう叫んだのが聞こえ、目の前の光景が一転した。横から強い衝撃を受けたと思ったら、既に体は地の上で転がされていた。背負っていた重さが全くなくなっているのに気づいて、痛みを感じつつも吹き飛ばされた時の元の位置を確かめた。そこにはアセシアを背負った黒い影のような姿があった。体の青い輪っかが、その周辺を照らしている。 「お前は……」 ルイスの声が微かに動揺しているのが分かる。このブラッキーは一体誰なのだろうか。そしてアセシアをどうするつもりなのか。自身のツノに力を溜めていく。やることは決まっていた。 「いいのか? 俺に当てれば、この娘にも当たるぞ」 ツノに込める力が段々と抜けていく。それと同時に、奥底からふつふつと上がってくる感情がはっきりと分かる。だが、何も打つ手がない。下手に攻撃をすれば、アセシアを盾にされる。彼女が奪われた時点で、勝負は着いていたのだ。彼女を背負ったまま、そいつは出口の方へ踵を返す。途端、ルイスが叫んだ。 「待て! 何故お前がここにいる!」 一瞬、そいつが動きを止める。だが口を開こうとはしない。黄色い目をルイスの方へ向けるだけ。ルイスはより一層声を荒げた。 「お前はあのとき死んだはずじゃなかったのか! ハティ!」 そう叫んだルイスの目は、明らかに震えていた。死者がこの世にいるはずがない。そう訴える目だった。しかし、ハティと呼ばれたそいつはそのまま暗闇の奥へと掛けて行く。彼女を人質に取られている以上、誰もそれを止めることは出来ない。それでもこのまま黙ってみているだけでは気が収まらない。後ろ脚が地を蹴る。あいつが向かった先へと駆けようとした矢先、ルイスの叫び声が水路に木霊した。 「待てルフ! 闇雲に追っても水路の中で迷うだけだぞ!」 「黙って見てろっていうのか!」 せっかく手がかりを掴んでこうしてアセシアを取り戻せたというのに。苛立ちが全員を奮い立たせてどうしようもなかった。ルイスの言っている事も分かるだけに余計にそれが苛立ちを助長させる。どうにもならないこの感情をどうにかするために近くの壁にツノを強く叩きつけた。 「くそっ! 何なんだよ一体!」 「……すまん」 アセシアを狙っていたのはミシャ達だけではなかったのか。ルイスたちがいたというのに、こんなにも簡単に彼女を奪われてしまった。俺自身がもっと奴の動きを察知出来ていれば、あの攻撃も避けられたかもしれない。頭の中を色々な思考がぐるぐると回り、訳が分からなくなる。どうにもならない怒りを事態を引き起こしたミシャにぶつけたくなるが、そんなことをしたところで、彼女が戻ってくるはずもない。壁に打ち付けたツノから、今更じんわりと痛みが伝わってくる。 「嬢さんよ。本当にあんたの仲間じゃあねぇのか。さっきのあいつは」 ティトは改めてミシャを問い詰める。その目は明らかに強い疑いの念があった。しかし、ミシャは首を横に振る。 「あたしの仲間じゃないよ。あの酒場ではあの色をしてるブラッキーはいないしね。そもそも、あの酒場の連中であれば他人の仕事を奪うような真似はしないよ」 そう言い終えて、ミシャは未だに疑念が解かれそうにない様子を見て、 「ま、今は言っても信じてはもらえない、か」 と、一人呟くように言った。ルイスはそいつが去って行った場所をしばらく眺めていたが、しばらくしてミシャの方に向く。 「どのみち、このままここにいても埒が明かない。出口まで案内してくれ」 ミシャは「はいよ」とだけ言っておにびを焚き直す。弱まっていた明かりが強くなり、辺り一面が再び照らされる。踏み出した足は、行きの時よりも重い気がした。 ◇ 出口に向かって歩き続け、ようやく外の光が見えてきた。ここまでの間、ずっと無言のままだったティトも、口を開いた。 「やっと外か……」 暗いところはしばらくごめんだな、と付け足すように呟いたりもしていた。ルイスはティトの方に向き直り、言った。 「ティトとグレンはそのまま騎士団の宿舎に戻ってくれ、ルフもな」 ルイスのその言葉に何か引っ掛かりを感じた。 「その言い方だと、ルイスはこのまま別行動のように聞こえるんだが」 「そうだ。さっきも言ったが、俺はこのまま酒場にいく。クロウに色々と聞きたいこともあるしな」 俺の疑問に、ルイスはそう答えた。会話の最中に酒場に戻ろうとしていたのか、歩き出そうとしていたミシャは露骨に嫌そうな表情を浮かべている。 「本当にクロウにもう一度会うのかい」 「ああ」 答えに迷うことなく首を縦に振る。ミシャはため息をついて、先に酒場へと歩き出した。その後ろに、俺も黙ってついていく。それに気づいたのか、ルイスは足を止めてこちらに振り向いた。 「お前は戻らないのか」 「俺もクロウって奴に聞きたい事がある」 地下水路の中を出ようとする前にミシャが言っていた、クロウが依頼の窓口の役を請け負っているのなら、今回のアセシアの件について色々と知っているはずだ。勿論、答えるかどうかは分からないが。何かを言われると思いきや、ルイスは頷いてティトたちの方へと視線を向ける。 「分かった。ならグレンとティトだけで戻ってくれ」 「大丈夫なんですか。お二人だけで」 「そこは大丈夫だろう。少なくとも、向こうが何かするつもりなら、あの場に行った時にとっくにやっていたはずだ」 「それはある程度人数がいたからであって……むぐっ!」 冷静に反論するルイスにグレンはさらに言おうとするも、それは虚しくもティトの手によって塞がれてしまう。 「あそこまで言うにはあいつにも何か考えがあるんだろ。ほっといて俺たちは帰るぞ」 「……分かりました」 ルイスはそのやり取りを見届けてから、とっくに先に進んでしまって見えなくなったミシャを追うようにして酒場へと歩き始める。ルイスが何を考えてクロウに再び会うのかは分からないが、そこはさすが同期といったところだろうか、ティトは何かを察したのだろう。 「信頼されてるんだな」 「俺は特に何かをしたつもりはないんだがな。だが、訓練生の頃から嫌でも顔を合わせていれば、言わなくても伝わる事があるんだろう」 そういうものなのだろうか。フィアスとは幼馴染みではあったが、彼女が何を考えているのかはあまり分からなかったが。異性だと事情が違うのだろうか。それともそこまでの仲ではなかったのか。ただ考えても仕方ない。本人すらいないので尋ねる事すら出来ないのだから。 ◇ ルイスは立ち止まる。再びその扉の前に立って開けるのを躊躇しているのか。彼は少しだけ息を多めに吸うと、やがて扉の取っ手に鉤爪を引っ掛け、扉を引いた。扉についた鈴がカラカラと乾いた音を鳴らす。店内の視線がこちらに向けられるのが分かった。 「また来たのか」 カウンターの向こうからあのウインディが顔を出す。ルイスは中へと入ったので、俺もそれに続く。扉がしまったあたりで、ルイスの後ろを眺め見てクロウは口を開いた。 「さっきよりも連れの数が減ってるな」 「他の奴は帰らせた」 その割りにはそのアブソルはいるのな、とでも言いたげに、クロウの視線は俺へ向けられている。しばらくじっと向けられた視線が外れ、ルイスへと戻される。 「で、今度は何の用だ」 「クロウ。確かにあの時、ハティは亡くなったよな」 随分といきなりな問いを投げかけたルイスの言葉に、クロウの眉がひそめられる。 「何が言いたい」 彼の意図が解せないのか、クロウは声を低くして問いを問いで返してきた。それにルイスは淡々と返す。 「地下水路で、ハティに襲撃された」 「は……」 いきなり告げられた言葉に、クロウは一瞬だけ固まる。あの時にルイスは、体の色が珍しい色をしていたブラッキーの事をハティと叫んでいたのを思い出す。あいつの事だろうか。クロウは何を思ったのか軽く笑う。 「それは何かのジョークか? あの時あいつは死んだはずだぞ」 その言葉に表情を一向に変えようとはしないルイス。クロウはより表情を険しくする。 「死体が歩くとでも?」 「残念だけど、そいつが言ってる事は本当だよ」 一向に信じようとはしないクロウの後ろからミシャが出てくる。突然に現れた彼女にクロウは少しばかり驚いた表情を見せた。 「地下水路で、光輪の色が青色のブラッキーだった。そいつが襲撃してきて、アセシアをさらって行った」 「間違いないのか」 「あたしのおにびで明るくしてたしね。間違いはないよ」 クロウはそのミシャの言葉である程度確証でも得たのか、未だに納得しきれていない表情をしながらも大きく息を吐いて首を横に軽く振る。 少しの間を置いたところで、クロウは気晴らしにカウンターをひと撫でして埃の確認をする。先ほどよりは落ち着いた様子でルイスの方へと向くと、口を開いた。 「で、だ。それを俺に話して一体何が聞きたい」 「その様子だと、何も知らないみたいだな」 「当たり前だ。俺が何か関わってるとでも思ったのか」 ルイスはその言葉を聞いてクロウが何も知らない事を確信したのか、踵を返して戻ろうとする。帰ろうとした 「そうか。聞きたかったのはそれだけだ。邪魔したな」 「ちょっと待ってくれ。俺も聞きたいことがある」 その言葉に、店を出ようとしていたルイスの足が止まる。 「なんだ」 クロウは視線をこちらに移すが、彼の方が背が高いためにこちらを見下す形になる。 「アセシアを狙っていたのが依頼なら、依頼者がいるはずだ」 「そいつが誰なのかってことか?」 その先にある問いを察したのであろうクロウのその言葉に、俺は頷いた。クロウはため息をついてカウンターを乗り越えてこちらへと来るのが見えたと思ったら、不意に身体が強く床へと叩きつけられる。それが首元を足で押さえつけられたのだと理解するまで、少しの時間がかかった。 「あのなガキんちょ。依頼者がいくら依頼を放棄したとしても、その情報は基本的に話さねえんだよ。報復が容易にできちまうからな」 ミシャの雰囲気に惑わされて忘れていた。こいつらは依頼で簡単に人攫いをするような奴らだということを。周りの席から嘲笑が聞こえ、苛立ちから歯を食いしばる。周りに対してではなく、自身の考えの浅はかさに。 「いくら昔からの知り合いだとしても、それ以上は俺も黙っていないぞ」 いつの間にかルイスの声が近くなったと思うと、首元の重みが無くなった。首を上げて見ると、ルイスがクロウの首に鉤爪を突き立てていた。 「相変わらず行動が早いな。そこは昔から変わって無いんだな」 首元に鉤爪を突き立てながらもルイスは言う。 「お前には言われたくないな。俺はこれでも考えてから行動してるつもりだが」 クロウはそう言って後ろに飛び退いた。カウンターの場所へ再び戻った彼の表情に先程の険しい表情は見えなかった。 「ま、俺もこのガキんちょを本気でどうこうしようなんて考えてねぇよ。軽くお灸を据えただけだ」 お灸か。随分な言われようではあるが、安易に質問をした挙句に何も出来ないまま押さえ込まれてしまった手前、何も言い返せない。 「そろそろ戻る。邪魔したな」 「おう。さっさと帰れ」 ルイスは踵を返して俺の方を軽く見たのちに扉へと向かう。身を起こしすぐにそれについていく。外へと出て扉を閉め、ルイスはこちらをじっと見た。 「あんな無謀な質問を飛ばすとはな」 「悪かった……」 ルイスはそれに対してそれ以上は何も言わず、鉤爪を軽く頭に乗せるだけだった。 ◇ 予期せぬ来訪者が去った後の酒場の中、クロウは二人が去った後をしばらく見たのち、ミシャの方へと視線を向ける。 「で、だ。アルスの行方に関してはどうなってるんだ」 ミシャは首を横に振る。 「全く手がかりはないよ。通信石で呼び掛けても反応が無いし」 「そうか」 ため息をつくミシャにクロウは彼女の頭に前足を乗せようとして、彼女が頭を触られるのが嫌いであったことを思い出して止めた。ふと、ミシャの身につけたポーチが淡く光りだす。 「アルスからか?」 「分からない。応答してみるよ」 ミシャはポーチから青い結晶石を取り出すと、その石に意識を集中させ始めた。ミシャの持つその石から聞こえてきたのは、アルスのものではなかった。 『レジスタより南、エリウムの地下にて、エネコロロとルカリオを……てある』 『あんたは誰なんだい』 彼女が返答を呼びかけるも、石はだんだんと光を弱くしていき、やがて光らなくなった。相手からの通信が途切れたのを確認したミシャは、クロウの方へと向く。彼もどうやら近くにいたためその内容が把握出来ているらしく。険しい表情を浮かべている。 「ルイスが言っていた地下水路のハティに似たやつが関係してるみたいだな。アセシアをさらったのはそいつなんだろう?」 「そうだね。アセシアを奪っていったのはあのブラッキーだった。アルスももしかしてそいつに……」 一体何が目的でアルスとアセシアをさらったのか。そもそもルイスが言っていたブラッキーは本当にハティなのか。不明な点が多すぎた。こう考えると皮肉なことに、依頼者が誰なのか聞いてきたあのアブソルの感情が分かってしまう。クロウが考えこんでいる最中、ミシャはどこかへと歩き出していた。 「おい。行くつもりなのか。罠だったらどうする」 「今すぐはいかないよ。ちょっと自分の住居に戻って考えたいだけさ。それに……」 ミシャはそこで不敵な笑みを浮かべて、クロウに言った。 「この件、協力してくれそうなやつの目星はついてるよ」 クロウはまさかとは思ったが、それ以上は言わせないかのようにミシャは裏戸から路地裏へと入っていってしまった。彼はそれを見届けた後、落ちかけている太陽の照り返しで淡い飴色に輝く雲を眺める。 「探ってみるか……」 旧友のブラッキーの姿が脳裏にちらつく。妙な胸騒ぎを感じながら、クロウはそう呟いた。 ---- CENTER:[[BACK>Fragment-9-]] <<< [[INDEX>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-11-]] ---- #pcomment(,10,below) #pcomment(below)