&size(22){&color(#215DC6){Fragment -1- Prologue};}; written by [[ウルラ]] RIGHT:[[INDEX>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-2-]] LEFT: #clear 轟々と唸りながら、咀嚼して舐め上げていく火の手。見慣れた家々をいとも容易く黒炭と化していくその様を、とあるポケモンが眺めていた。 眺めるだけ。いや違う。眺めることしか出来ないと表現した方が正しいのだろうか。黒煙で薄汚れてしまった白い毛並みの奥、藍色の中にある赤い瞳が微かに震えながら、そのアブソルの動揺を示していた。既に上がってしまった業火の勢いは、最早止めようもない――。 焼けた肉の臭い。乾いた土の感触。冷たく乾いた風と熱風が混ざり合った奇妙な温度。そして、焼け爛(ただ)れたポケモンの亡骸を目にして、思わず走りだしていた。宙を舞う火の粉で肺を焼かれる痛みが走るが、気にしてなんかいられない。火の手が上がる家々を見て捜し回る。崩れた木片の隙間や街長の家。そして街のシンボルである巨大な噴水。思い当たる場所全てを見て回るが、それらしい姿は見当たらない。早まっていく心臓の鼓動が、焦燥ばかりを駆り立てていた。 薄紫色の大きな耳にクリーム色の華奢な身体。家族でもあり、幼馴染みでもあったエネコロロを頭の中に思い浮かべながら、言いようのない不安に押しつぶされそうになる。背後で焼けた家がついに倒壊し崩れ落ちた音で、それは更に大きくなった。 「フィアス! 居たら返事をしてくれ!」 返事が来る可能性は低いかもしれない。気絶していたり、燃え盛る木片の中に埋もれていれば尚更のこと。それでもほんの少しの希望を持って、不安に押しつぶされないように叫ぶ。 「フィアスか……!?」 背後で微かに聞こえた、木片が擦れる音。一時的なものではなく、断続的なもの。しかし音は続くものの、問いかけには答えない。すぐさま踵を返すと、赤く朧気ながらに光っている木片が目についた。表面上では火は鎮静化した様子ではあるが、中で燻っているかもしれない。慎重に、そしてなるべく早くそこに向かうと、折り重なった木片の中に見えた薄紫の見覚えのある色。 フィアスかどうかは定かではないエネコロロ。その上にある木片を、自身の顔の右から出ている黒い鎌に引っ掛けて持ち上げつつ押して退かしていく。火種が残っていた木片が首まわりの毛を少しだけ焼いたが、今は彼女を助けることだけしか頭になかった。必死に退かしていくうちに、段々とエネコロロの姿があらわになってくる。 クリーム色の身体にはいくつもの打撲の痕に、火傷の痕。見るからに痛々しい様相に、思わず目を覆いたくなった。一番酷かったのは足だった。本来曲がるはずのない向きに置かれた足の裂傷から、おびただしい程の赤い血が乾いた土に広がっている。 「ル……フ?」 「フィアス……っ!」 精一杯のか細い声が聞こえた時、自分の耳を疑った。生きているかさえ絶望的な状態の中、微かながら彼女は意識を保っていたのだ。 だがそれと同時に、フィアスに対して酷く罪悪感が込み上げてくる。もう少し早く来ていれば。いや、違和感を感じた時点でそれを告げることが出来たのなら。こんなことにはならなかったのかもしれない。と。 「来てくれたんだ……」 横たわった状態で震える前足で、自分の頬に触れてくる彼女。いつもは力強いくらいに励ましてくれるその手が、今はとても弱々しかった。すぐに崩れてしまいそうなほどに。医者でもない、全くの素人でも分かるほど彼女は酷く衰弱していた。分かる、嫌なほどに。もうそろそろでその命が終わるということも。この胸のざわつきがそれを強く指し示してきていた。けれど、それに素直に従うつもりはない。 「ああ、今から急いでレイタスクの病院へお前を連れて行って……」 そこで続きを言うのを止めた。フィアスが首を横に振ったからだった。彼女の藍色の瞳に写った自分が、酷く動揺しているのが見えた。 「助からないよ……私でも分かる……もう身体中の感覚がないもの」 彼女自身から突きつけられた、別れにも似た言葉。決して認めたくはないことを、彼女自身が言うことではっきりと分かってしまった。 折角。折角見つけられたというのに、こんな理不尽なことがあるんだろうか。助けたいのに助けられない。自分ではどうしようもなく、幼馴染みのエネコロロが死んでいく様子をただ黙って見ているだけしか出来ない。出来るのは、ただ自分を責めること。 彼女はかすれた声で、何かを言っていた。口を動かしているのに、耳をどんなに近づけても聞こえなかった。 段々と頬についている彼女の前足が冷たくなっていくのを感じて、それをまだ信じたくなくて、自分の前足をそれに触れさせる。だが、返ってくるはずの温もりは、そこにはなかった。 「フィアス……。くそっ……どうして……」 ――慟哭の叫びが、崩壊したフラットの街に響き渡る。その声を嘲笑うように、街を包む炎は更に雄叫びを上げた。 ◇ 「……その後は全く覚えていないと?」 そう問い掛けてきたのは寸胴な体躯に、羽の手先には青いライン。王冠のように頭の上にも伸びている特徴的な嘴を持つエンペルト。その巨躯のせいか、首に巻いた青と白のスカーフが小さく見えた。そのスカーフを見るにどうやら騎士団員らしい。そのエンペルトの問いに肯定の意を示すように、ベッドの上でルフは頷く。ところどころに包帯を巻かれた姿はどこか痛々しく見えた。 ルフの覚えていないという受け答えにエンペルトはしばらく眉をひそめてから、鉄で作られた小さな椅子から緩慢な動作で立ち上がる。 「そうか。……それじゃあ私はここで失礼するよ。早い回復を願ってる」 これ以上は聞くこともないと判断したのだろう。踵を返すとまっすぐに病室の出口へと歩を進める。特に有力な情報もなかったせいか、彼の足取りは誰から見ても気怠そうだった。 エンペルトがいなくなり、アブソルのルフ一匹(ひとり)だけがベッドの上にただ呆然と居座っていた。 覚えていない。というよりも忘れてしまったという方がこの場合は当てはまるのだろうか。 フィアスが息を引き取った後、どうして自分が今まで意識を失っていたのか。そして街はどうしてああなってしまったのだろうか。 何かが頭の中に足りない感じがした。あるべきはずの何かが欠落していることを敏感に感じつつ、今は何も思い出せない自分自身がもどかしくなってくる。 「……フィアス」 ――白い壁に囲まれた病室に唯一あるベッドの上で、ルフはそう小さく呟いた。 ◇ 崩れた街の残骸が未だ散乱する中、歩いていた。二年前のあの日から、毎日暇を見つけてはここに訪れている。崩壊したフラットに訪れるのは日課に等しい。 あの事件の後、亡くなったフィアスや街の住民の死を悼む慰霊碑が、フラットの街の、かつて中心だった場所に建てられた。時折、自分以外にも花を手向けにくるポケモンの姿は見かけるものの、毎日のように通う『物好き』は今のところ自分だけだろう。 そっと、口に咥えていた花をそんな寂れた慰霊碑の下に落とすと、目をつむって黙祷する。その間、自分は何も考えていない。何も考えない。ただずっと頭を俯き気味にして静かに慰霊碑の前に佇む。多分、慰霊だとかいうよりも、自分の気持ちを落ち着けるために来ているのかも知れない。自分でもそれは時々分からなくなる。亡くなったフィアスを悼む気持ちで来ているのか、それとも、自身の気持ちを整理するために来ているのかすら。 ふと背後から足音が聞こえてくるのに気付いた。黙祷を止めて後ろに振り向く。そこにいたのは薄紫色の大きな耳とほっそりとしたクリーム色の四肢。全体的に華奢なイメージを持たせるその種族を忘れたことなどなかったほど、自分にとっては一番身近にいた、エネコロロ。 「……あんたもこの街に親戚でもいたのか?」 一瞬、ほんの一瞬だけ今は亡き彼女の名が口から出掛かった。それを抑えて無理に紡ぎ出した言葉は、ぶっきら棒だった。その言葉を口にした自分自身でも、そう思うほどに。エネコロロはこちらに向かう歩みを止めると、何か考えているのかのように目を空に向けていた。やがて、そのエネコロロは何か丁度いい言葉でも見つかったかのようにこちらに目線を向けて言う。 「いいえ。でも、何となく懐かしい感じがしたから立ち寄った。ただ、それだけよ」 凛とした声がそう答えた。こうして声を聞いてみると、フィアスとは違うとはっきりする。ふと胸の中の何処かが、骨が軋むように痛んだ。エネコロロは慰霊碑を上から下までざっと軽く目を通すように眺め終わると、特に用はないといった感じで踵を返して歩き始める。しばらくその様子を眺めているだけだったが、自分もそろそろ持ち場に戻らなければならない時間だということに気付き、その場を後にすることにした。 ◇ ――湿った空気が毛に纏わり付く、水脈近い坑道を歩いていく。この地下水脈の先、何年も掛けて掘り進められた場所には多くの地下資源が未だに多く眠っている。銀や金、稀少価値が高く、そして丈夫なそれらは相当な値がつく。この街から発掘された金や銀は王都に送り、加工され、貴族たちの嗜好品として扱われる。それがこの街、レイタスクの地産ともいえるものになっている。『鉱山の街』と言われる所以だ。 しばらく歩き続けると、次第に並んだランプが多くなってくる。段々と作業場に近づくにつれて灯りの数が多くなるのは、それだけ作業には灯りが必要だということだった。夜目の利くポケモンならいいのだが、生憎作業員の中には格闘タイプが多く夜目が利くような悪タイプのポケモンは少ない。それ故、非常事態に陥ったとき暗くても目が利く自分のようなポケモンが多かれ少なかれ必要ではあるのだ。だからこそ、フラットの事件の後に保護された代わりに働かされたのがこの鉱山の掘削だったのだろう。 フラットの事件の記憶。未だに思い出せないその詳細を知ることが出来れば、と時折思うことがある。思い出さなければこのまま普通に暮らせるのかもしれないが、フィアスの為にはならないはずだ、と。 街を追放されていた自分以外を除いて全員が亡くなった大火災と世間では言われていることが自分は許せなかった。あの火災が起きたのは何も深夜の出来事ではないのだ。普通なら起きているポケモンが数匹いてもおかしくはない夕餉(ゆうげ)の時間帯に誰も火災に気づかずに逃げ遅れるなど考えられない。 自分自身の憶測ではあるものの、そう思えてならない。きっとあの事件は誰かが起こしたものだと。だからこそ思い出せない自分がもどかしい。いや、そう思わなければ、フィアスを見殺しにしてしまった自分が許せなかった。許してはいけないのだ。 「……やっと戻ってきたか。ったく。休憩時間だからって何ちんたらやってるんだ」 作業場についた途端、そう悪態を付いてきたのは現場監督であるゴーリキーだった。何が気に入らないのかは知らないが、やたらと俺に対して敵意に近いものをもっている。 「ちょっと野暮用があった」 未だにこちらを睨みつけているゴーリキー対して、冷ややかな声でそう答えた。彼はまだ何か言いたそうな表情で眉をひそめたが、しばらくして顎で作業途中である突き当たりを示す。作業を続けろってことなんだろうが、これ以上はもう何も話したくはないようだ。俺も同じ心境だから都合がいいといえばそうだが。自己判断で作業をして後で怒号を飛ばされるのも面倒だ。 「何をしろと?」 「……朝方にやった作業の続きだ。さっさとやれ」 そう言って舌打ちをしながらゴーリキーは別の現場の方へと足を運んでいった。いつものことだ、彼が苛立っているのは。二年間それを見続けてきて、そしてそれを受けてきた今はもうそれに慣れている。慣れなければやっていけない。今しがた軽く彼の発言を流していたように、一々間に受けるだけ時間の無駄。間に受けなければ彼はすぐに他の現場に足を運びに行くし、ぐちぐちと小煩いことを吹き込まれずに済む。 ゴーリキーが暗闇に溶け込むようにして消えて行ったのを見送り、仕事に取り掛かることにする。基本的にはツルハシと呼ばれる尖った刃を使って削りとっていくのだが、俺の場合は四足歩行だから持てるはずもない。だが、問題はなかった。自分の種族の特徴でもあるこの顔の横にある刃を使うのだ。とはいえ、直接的にこの刃をぶつけるわけではない。 刃に軽く力を込めて、意識を集中させる。そうして出来た風の塊を至近距離でぶつけるとある程度の塊が削り取れる。本来これを強めに力を込めれば【かまいたち】という技が繰り出せることになる。この近くには水脈が通っていて、その周りを硬い岩盤が覆うようにしてなっている。間違えてそれを撃ち抜いてしまえば、たちまちこの金鉱は水と岩盤に沈められることになる。かまいたちを弱くして繰り出しているのはそのためだった。 「……」 ふと、技を出すのを止める。 妙な感覚だった。甲高い音が頭の中に直接響いたと思ったら、今度は背筋が冷える感覚。当然心地が良いわけがない。だが、この感覚がくるのは何も初めての事ではない。 「……退避しないといけないな」 ――洞窟の中に彼の声が静かにこだました。 この耳鳴り。その後に続く妙な胸騒ぎ。この感覚には確かな覚えがあった。忘れるはずもない、あのフラットが業火に飲み込まれる前に感じたあの胸騒ぎ。それと全く変わらない。この鉱山一帯で起こる危険なことで予測できるのは、地震で岩盤が崩壊すること。もしくは掘削箇所を誤って岩盤に当たり、水脈から水が坑道内に溢れ出すこと。どんなことが起こりうるにせよ、この坑道内に居続けるのは危険だというのは分かる。 「……」 ふと、走る足を止めた。自分は何をやっているんだろう。あのゴーリキーにこのことを伝えたところで果たして彼が信じるだろうか。くだらないことを話しに来るくらいならさっさと仕事に戻れとどやされるのが関の山だろう。なら、そんな奴など放っておいて自分だけ逃げればいいじゃないか、と。だが、仕事仲間には二年間も一緒にやってきたやつもいる。ゴーリキーはともかく、同じ仕事をしている仲間だからこそ見捨てることなど出来なかった。 数秒間の葛藤の末、再び走りだす。掘削をしている他の箇所へ。フラットのような事なんか起きてはいけない。そんな自分の過ちの気持ちからなのか、次第に向かう足は速くなっていく。……フラットの悲劇が、微かに頭の中を過ぎった。 「お前、それ本気で言ってるのか?」 ツルハシを逆さに立てて、そこに細い腕を置きながらチャーレムは疲れたようにそう言ってきた。他のワンリキー達も皆揃ってこちらを見つつひそひそと耳打ちをしていた。 「にわかに信じられないのは分かる。だけど、このままじゃこの坑道が崩れて……」 「こんなにも岩盤が安定してるって言うのにか?」 かつかつっと通路の乾いた岩盤を叩くハリテヤマのキルト。それを見てワンリキー達はどっと笑い出した。どうやら、信じてはもらえそうにはない。そもそも、俺自身が仲間だと思っていても相手がそう思っていないのなら、説得など無理だということくらい頭に入れておくべきだった。 このまま話していても埒があかないと思い、踵を返そうとする。ふと壁に寄りかかったままで今まで黙り込んでいるハッサムのフェイが口を開いた。 「岩盤が崩れるってことが、直接的に分かるのか?」 フェイの方を見ると、彼だけは少なからず信じているようだった。だが、少しばかり疑惑の念はあるのだろう彼の問いかけに、俺は首を横に振った。 「直接的にじゃない。でも何となく妙な胸騒ぎがする」 「そうか……」 それを聞いたフェイはまた黙り込む。どうやらまだ半信半疑らしく、その場からは動こうとはしない。やはり現場監督であるゴーリキーを皆恐れているのだろうか。彼の裏には鉱山の責任者がいるために、迂闊に彼の気に触るような行動をすればすぐに仕事が無くなってしまう。他の仕事をするには、別の街に向かうしかないのだ。だがその向かった先の街で生計を立てていけるかどうかは定かではない。彼が慎重になってしまうのも分からなくもない。 「お、おい。どこへいくんだ?」 「鉱山を出る」 その場から立ち去ろうとしたところで、キルトは狼狽える。俺はただそう短く返して、再び薄暗い坑道の中へと向かう。だが、鉱山の中に残るだろう彼らのことを考えて、何故かやるせなく感じていた。 ◇ ――北方に連なるレイフィード山脈の山麓に位置する街"レイタスク"。俗に鉱山の街とも言われるこの鉱物資源の豊富な街は、昼間の喧騒がより一層濃いものになっていた。飛び交う声と声。いつもと変わらない光景でも、しかしひとたび耳を澄ませばそれらは世間話や他愛の無い話ではない。街を初めて訪れたこの一匹のエネコロロにも理解できるほどに。 「ねぇ。聞いた?」 と、聞きなれたフレーズがエネコロロの耳に入る。続けて、「例の崩落事故のこと」と、ミミロップがキリンリキの首筋を叩いて話を持ちかけていた。エネコロロはその場で街を見渡しながらも、なんとなしにその話に耳を傾ける。話によれば、鉱山で働いているポケモンたち諸共、岩盤の崩落で全て潰れてしまったとのことだった。ミミロップはさらに続けてこんなことも言った。 「その中で生き残ったのはあのフラットの生き残りのアブソルだけらしいわよ。しかも無傷なんか怪しくない?」 エネコロロはふっとその言葉で思い出した。崩壊したフラットの慰霊碑に花を手向けに来ていたあのアブソルのことを。まさか彼のことではないだろうかと。そう思ったところで彼女は考えるのをやめた。自分には関係のないことに興味を持っても仕方がないと思ったからであろう。何より、彼女は自分自身のことで今は精一杯なのだ。他のことを考えている余裕などなかった。考え事をしているうちに、更にミミロップは続ける。 「で、今さっき瓦礫の中から瀕死のハッサムが救出されたみたい。この差は一体何なんでしょうねぇ」 そう言ったミミロップはいかにも答えを知っているような自慢げな表情。その表情を見て、エネコロロは眉をひそめる。奥歯を締めて苛立ちを少しだけ滲ませた。 「まさかそれを知っていたとか?」 「惜しい。どうやら現場監督の話だと、そのハッサムはアブソルのことで何か話をしたそうよ」 「え? それなんて?」 キリンリキが興味津々にミミロップに顔を近づける。その後の話は耳打ちのように小さな声で話しているため聞こえない。エネコロロは特に聞き逃したことを惜しむ様子もなく、踵を返して街の入り口にある宿屋に向かって歩き出した。歩きつつも、さきほど話に気を取られていてよく見ていなかったまわりを彼女は見渡す。 港街よりも大分質素な暮らしをしていることが伺える街の建物。痛んで隙間が出来てしまっている木造住宅の壁。本来なら鉱物資源のおかげで潤わなければならないこの街には、依然として高い税収を支払わされていた。他の街でも同様ではあるが、この街ではそれが顕著だ。鉱物の売買による収入を見込めるからとの理由で高額な税を貪り取られる。当然、民の憤りは増すばかりだった。 「どの街でも王政に不満を抱いてる……いくら騎士団の存在があっても、お終いよ……」 エネコロロは一人、誰に言うでもなくそう呟いた。 ◇ 冷たい視線がこちらに向けられている。見なくても分かる。たった今俺は街からの追放処分を受けた。大方その話を小耳にはさんだ連中が何ぞとばかりに見に来ているのだろう。こういう状況になることはもうこれで何度目だろうか。三度目? いや、もっとあるだろう。だが例え慣れていたとしても、気が落ち着かないことには変わりない。どうせこの街にはもう居られない。出て行くことしか、俺には残されていないだろうから。 ふと、街の出入口の関門近くに見覚えのあるポケモンの影を見つけ、足を止めた。夕日の強い逆光で最初はよく見えなかったが、関門の傍に出来た大きな日陰の中に入ると、それが誰なのか分かった。赤い鋼の装甲を持つ虫タイプのポケモン、ハッサム。いつものように壁に背を付けて立ったままの姿勢でいる彼は紛れもなくフェイだった。瀕死の状態で見つかったとは聞いていたものの、意外とそこまで重症というわけでもなさそうだった。大きな怪我と言えば、片目に巻かれた包帯くらいだろうか。後は鋼を外殻に有していることもあってか、すり傷や打撲のようなものばかりだった。 「無事だったのか」 フェイに向かって出たのはそんな無愛想な言葉だった。この時くらい、フェイの傷を労わってはやれなかったのだろうかと、密かに心の中で自分を嘲笑した。彼は相変わらず何を考えているか分からない無表情のまま、こちらに向き直る。 「ああ。お前の察知能力のおかげでな。一応重症にならずには済んだ」 そう言って彼は右手の鋏を持ち上げて示した。片目は失ってしまったものの、両腕両足が動かせるのならまだいいだろう。いや、生きていること自体、喜ばしいことには変わりないが。察知能力のことについては一度フェイに話したことがある。だからこそ警告を聞いて坑道から抜け出したのだろう。だが、彼の言葉が引っ掛かる。一応重症にならずに済んだとは一体どういうことなのだろうか。 「お前が言ったことを信じていなかったら、きっと今頃私も瓦礫の中だ」 彼も半信半疑だったことを知って気が落ち込むが、考えてみればいきなりのことだ。それに現場監督があのゴーリキーであれば躊躇してしまうのも分かる。一応重症にならずに済んだというのもそういったことを含めて言ったのだろう。深く考えて損した気分だった。だが、不思議と気分は沈んではいなかった。 フェイは俺の背中に纏められた荷物を見て、少しばかり俯く。 「監督のゴーリキーにも説得はしたんだかな……すまない」 噂で言われていた、フェイがゴーリキーに告げ口をしたのは嘘だったのか。勿論俺は岩盤を破壊して鉱山を崩落させるなんてことはしてもいないし、出来るはずもないが。 「いや……。それよりもフェイ、そもそもそんなことしてお前の"首"は大丈夫なのか」 フェイは頷いて、何とかな、とやや笑みを浮かべて言った。わざわざ俺を庇って自身の生活を危うくするくらいなら、あのゴーリキーの顔色を窺った方がいい。それくらい、フェイにも分かるはずだ。 「お前は何もない俺と違って妻子持ちなんだ。出来るだけ危ない橋は渡らない方がいい」 「本当にそれでいいと思うか……?」 現場監督であるゴーリキーに頭を下げていればいい。そう言う俺に向かってフェイは首を横に振った。だがそれではどうやって妻子を養えるというのだろうか。 「いや、なんでもない。忘れてくれ。……そろそろ行くんだろう? 足止めして、すまなかったな」 明らかに一瞬だけ曇った、フェイの表情。気になりはしたが、彼にも色々とあるのだろう。これ以上詮索するもの野暮だと考えて、俺は微妙に背中からズレていた小振りのバッグを元の位置に直すと、もう一度フェイを見た。 「……達者でな」 「ああ」 フェイの小さい声での励ましを聞いて、俺は強く頷いた。これから行く当てはない。だが、街長から直々に街を追放されたからにはここから退くことしか出来ない。例えそれが無実で、真っ赤な嘘だったとしてもだ。どうしようもないことは受け入れるしかない。フラットの時もそうだった。時にはどうしようもないこともある。所詮大勢の前では一人の力は無力に等しい。そのことを、あの出来事で痛いほど分かっていたから、今回の出来事を反発することなくと受け入れている自分自身がいる。 「欠片の子らに……祝福あれ……」 フェイの前を通り過ぎる時。彼はそう言った。それが一体何の言葉なのか。聞こうとしたときには、既に街の門は閉まり始めていた。結局フェイに言葉の真相を聞くこともなく、閉ざされてしまった街の門を背に歩き出した。 ---- CENTER: NONE <<< [[INDEX>Fragment]] >>> [[NEXT>Fragment-2-]] ---- #clear #pcomment(below) IP:123.225.68.3 TIME:"2013-04-02 (火) 01:39:34" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.22 (KHTML, like Gecko) Iron/25.0.1400.0 Chrome/25.0.1400.0 Safari/537.22"