明けない夜はない。 トレーナーがよく口にしていた、ちょっと気の利いた言い回し。彼女が座右の銘としていたそれは、ガラルの有名な劇作家の言葉らしい。悪いことばかり続く悪夢のような夜も、次の日には必ず朝が来るんだよ。絶望の淵へ立たされている者に勇気を与える、聞こえのいい言葉だと思う。けれどその劇作家はここ、南極という氷点下の世界を知らなかったに違いない。 鬱陶しいくらい眩しかった太陽は、5日ほど前に水平線の下へと潜ったきり現れない。人間の規定した正午という時間帯になっても、遠く連なる雪山の向こうがほのかに白んで見えるだけだ。1日じゅう陽の沈まない夏の期間を白夜、それに対して悪夢のような夜が続く冬の期間を極夜。ガラル出身のコオリッポである私は日照時間の急激な減衰についていけず、鈍痛のする頭をずっと氷で覆って冷やしていた。 静寂が、鳴り渡っている。 おそらく、時刻は朝を迎えたはずだ。なのに空には依然として闇色がのさばっていた。頭の1本毛まで凍てつかせるようなブリザードは過ぎ、刺すほどに乾いた冷気が羽毛を膨らませる。風もなければ海の満ち引きも聞こえない。ポケモンたちの囁きも、人間どもの気配も消えた寒夜。頭上に広がる星々がまたたくのを、私は氷越しに見上げていた。 不意に、すぐ隣から、この静けさにそぐわない呑気な声が湧き上がる。 「1番に目立つのがみなみじゅうじ座でー、それより天頂側にあるのがはえ座。ふうちょう座と、カメレオン座」 大判の瓦礫を枕にしながら、ノズパスが言った。私たちのいる雪原のクレーターは、その底に寝そべれば円形に縁取られた夜空が天然のプラネタリウムになる。ガラルのジム巡りに邁進していた頃、スランプを脱却しようとトレーナーが連れていってくれたことがあった。 澄みきった星空を満喫する彼を横目に、私は積もったばかりの新雪をフリッパーで掻き出していく。 「天の南極を囲うのが、はちぶんぎ座とテーブルさん座。周りにはみずへび座、きょしちょう座、くじゃく座、みなみのさんかく座。りゅうこつ座ととびうお座は、星座線の一部が重なっているんだよ」 「それ昨日も、おとといも聞いた。寝そべってないでちょっとは手伝いなさいよ。ほら、起こしてあげるから」 「コンパス座じょうぎ座とけい座レチクル座、とも座ほ座ろ座インディアン座〜」 「……はあ」 南極の満天を彩る星座は、故郷のガラルでは見ることのできないものなのだと、砕氷船の狭苦しい船室で教わった。かの劇作家よりもずっと古い時代を生きた人間は、夜空に散りばめられた光点を線で繋いで、神、道具、生き物など様々な形を連想する。大型の船舶を建造し大航海へ繰り出すようになると、新大陸にて新たに見つかった星座へ、その時代に特徴的な名前をつけた。コンパス、定規、時計、レチクル。聞き馴染みのないものばかりだし、それが時計なのだと言われて星を繋げてみても、私は輪郭すら想像できない。そもそもカメレオン座というのがカクレオンの昔の呼び方なのか、それとも全く別の生き物なのか、ひとり残された私に知る術はない。 南天星座の覚え歌をうたうノズパスは、人間がつけたその言葉の意味をどれほど理解しているのだろう。私は雪かきの増援を諦めて、1週間前までは観測基地の壁だったものに掴みかかった。 「あ」 声を漏らしていた。どかした瓦礫の下には、私と同じコオリッポの、顔を半分潰された死骸が凍りついていた。凝固してどす黒い血の花となった氷柱が、星あかりに照らされてひっそりと咲いている。 &size(40){Face Shield}; [[水のミドリ]] 人間どもはそこを「ガラル南極観測基地」と呼んでいた。本土から15,000kmも離れた(それがガラル地下鉄の始発から終点までの何倍ほど遠いのか、私には想像つかない)極寒の大陸を調査するために、わざわざ船でやってきては住居を建設したのだそう。つい1週間前までは、50人近くを収容できる居住棟をはじめ、いくつも屋根が並んでいた。大型ディーゼルが格納された発電棟、下水を浄化する汚水処理棟。測量計器や精密機械の並べられた観測棟もいくつかあったけれど、ガラルのテレビ番組の一環で招待されただけのトレーナーは入れないようだった。 基地は極地周辺の気象や磁場、天体の観測を主としていたが、ポケモンの生態系を保全するという名目も掲げていた。私の教えてもらった限り、コオリッポはガラルを除いて南極周辺にしか生息していない。初めて目にする人間を太ったユキメノコか何かと信じて疑わない同族の群れは、警戒心を示さず物珍しげに近づいてしまう。ここでは嗅ぐことのできないスパイシーな匂いをチラつかせられれば、彼らはあっけなく人間どもの観察対象へと成り下がった。3日に1回、健康チェックと銘打たれ、血を抜かれる代わりにカレーへありつけるのだ。そうする必要がないにもかかわらず頭部を氷で保護していた私は「面の皮が厚い人付きの雌」と揶揄われていたが、このときばかりは群れの中心へ迎え入れられ、どのようなアレンジを加えればさらにカレーの旨味が増幅するのか、羽を毟られるほど徹底的に聞き出された。 だから、地盤が崩落して観測基地が一瞬にして潰滅したのは、おそらく事故だったのだろう。 施設の中にいた人間はもちろん、基地の周辺でだらけて雪を食んでいたカチコール、極夜前最後の日向ぼっこを楽しんでいたタマザラシの群れ――そういった何も知らない者たちを、巨大なクレバスは轟音を立てながら消し去った。やわな頭皮をむき出しにしていた南極のコオリッポも皆、キョダイマックスを果たしたオニゴーリになす術なく丸呑みにされていった。 私も崩落に巻きこまれたものの、身代わりに氷が砕け散ったおかげで生き延びた。瓦礫の下から引っ張り出してくれた正義感の強そうなエンペルトの顔が、かすれゆく記憶の端に引っかかっている。 意識を取り戻した頃には、陽はとうに沈みきっていた。これからの天候不順をほのめかすように雪がちらついていて、私は大きく息を吸いこんだ。天頂の1本毛を中心に冷気が凝集して、氷が私を保護してくれる。ふと視線を上げた。無事だった人間を乗せたヘリが夜空を遠ざかっていくところだった。 大きく陥没した雪原は、永久凍土の湿っぽい岩肌を露出させていた。20mほどだろうか、飛べない私は崖づたいに大穴の底へと降りる。先日まで寝泊まりしていた宿舎が跡形もない。折り重なった板材はオーロットの樹洞のようにささくれ割れ、観測隊員に支給される厚手の毛布を引き裂いていた。ボイラーから漏れ続ける湯はまだ暖かく、もうもうと立ちこめた湯気があたりをけぶらせていた。 ――トレーナーは。彼女はどうなった。私はようやく使命に気づいて、瓦礫のひとつをひっぺがした。壊れた椅子が出てきただけで、当然見つかるはずもない。数回と繰り返さないうちに力が抜けた。うずしおに閉じこめられたまま、ほろびのうたを聞かされているような気分だ。途方に暮れて歩き回った末、私は黒い背中が倒れているのを見つけた。命を助けてくれたエンペルトが、穏やかな顔つきで事切れていた。 クレーターの淵からポッタイシに声を掛けられ、私はのろのろと地表へ這いあがった。彼いわくこうだ。崩落した地盤は奥深いところに空洞が広がっていて、そこは凍土からにじみ出た無色無臭のガスで充満していた。そうと気づかず救助の指揮を執ったリーダーは、瓦礫の下から私を助け出してすぐ、突然眠るように倒れたそうだ。毒タイプの技を受けつけない鋼鉄のボディとはいえ、酸素の供給を絶たれればなす術がない。忍び寄っていた二次災害は、人間どもの救出にあたっていた群れの半数ほどを手にかけたという。 私が窒息せずに事故現場を探索できたのは、頭を覆う氷のおかげだ。潜水の要領で息を止めていられるのが、せいぜい30分。30分間だけ、私はクレーターを調査することができた。 私を呼び止めた、次期リーダーとなるであろうそのポッタイシが群れへと誘ってくれたが、私は丁重に断った。死んだ同族を弔いたい、と咄嗟に言い訳した私に、彼は複雑な視線を送っていた。このような事故がなくとも人間を快く思わない野生は多い。私が人間に飼われていた軟弱者だと知ったら、彼らは罵っただろうか。敵意をぶつけていじめただろうか。この場に残り孤独な死を待つより、その方が楽な気もした。 ぜんぶ人間が来たせいだ、と、彼は嘴を歪ませた。そうかもね、私は平静を装った。変なもん建てて好き勝手しやがって、奴らを追い出せなかった俺たちが情けない――そのような恨み言をポッタイシは続けていたような気がする。ぐらぐらと渦巻く感情を噛み殺したような彼の顔を、私はぼうっと眺めていた。 似たような表情を、私はよく知っている。ガラルチャンピオンカップの決勝戦、現役王者にほとんど何もできず敗れ去ったトレーナーの面影が、重なった。 覚悟したはずの孤独で静寂な余生は、あっけないほど早く壊された。 倒壊した食糧庫で見つけた備蓄のきのみを雪原まで持ち出し、頭の氷を割って2日ぶりの食事にありついていたときだった。太陽が沈むような速度で、夜空を球体が下りてくる。 観測基地には気球を飛ばして高高度の気象データを採取するための放球棟があった。人間どもが数日前に放っていたそれが、計測を終えてようやく戻ってきたらしい。 気球を制御する装置は機能していないだろうから、彼が基地跡へ帰ってこられたのは全くの幸運だったのだろう。括りつけられた籠から、ノズパスは鼻をつっかえさせながら降りてきた。施設内で何度かすれ違ったことのある彼は、南極上空の磁気測定のため飛ばされていたらしい。 無言で出迎えた私へ、ノズパスは呑気に手を振った。 「通信信号が途切れたから嫌な予感はしていたけど、これはひどいねえ。僕がいない間に一体何があったの」 「あなたが想像つかないくらい理不尽なこと」 「これ……、もしかして、きみがやった?」 「は?」 あまりに失礼な挨拶に思わず「は?」と返していた。余生を過ごす仲間ができるかも、と一瞬でも期待した私が愚かしい。 もっとも、悩ましげな顔つきからして私の不快感はノズパスに伝わらなかったようだ。 「あれ、聞こえなかった? きみが観測基地を襲撃、破壊の限りを尽くしたんだよね……こわ……」 「聞こえたから。そんな訳ないでしょうが」 すっかり怯えたノズパスへあらましを説明する。観測基地を中心に事故が起こったこと。人間もポケモンも多くの犠牲が出て、生き延びた者は逃げ出したこと。クレーターの底は毒素で充満していて、息を止めていなければ死んでしまうこと。 生命の気配が消えた瓦礫の山を見下ろして、ノズパスの反応はあまりにも希薄なものだった。 「ということは、もう気球を飛ばしてもらえないってこと? 残念だなあ」 「……思うことまずそれ?」 「僕の楽しみのひとつだったからねえ。まあ、地上でも不自由はしないんだけど」 「あなたのトレーナーはもうここにはいない。きっと今ごろ冷たくなって……」言い淀んで、私は声を尖らせる。「いいえ。捨てられたの。人間どもはみな、ヘリに乗って帰ってしまった。ひとりではもう、何をすることもできないの」 「そんなことないよ。だって僕、自由だもん!」 「……どういうこと」 「僕ここに来るまではホウエンってところにいたんだけど、そこではノズパスに自由はなかったんだ」 今度は彼が説明する番だった。ノズパスはその無駄にとんがった鼻で地磁気を感知し、常に北を向く習性がある。緊急時には顔を背けることもできるらしいが、それだけでもかなりの気力を消耗するらしい。しかし南極点付近に限ればどの方角を向いても北にあたる。こと南磁極という地点では磁力は地核から鉛直方向へ伸び上がっていて、まるで空へと引っ張られるように体が軽く感じられるのだとか。 360度どこへだって顔を向けられる。たったそれだけの自由さえあれば、彼は他を必要としないらしかった。 「南極なら僕は自由だ。ほら見てっ。北はどっち? 北はあっち! 北はあっち! 北はあっち!」 ノズパスはひとしきり鼻を四方八方へ向けると、雪原にひっくり返り、何がおかしいのかそのまま笑い転げていた。崩れ去った観測基地について気にも止めない。瓦礫の下敷きになったかもしれない彼のトレーナーについて、こうも割り切れるのが信じられなかった。 「あははっ、あははははは! ほらねっ、僕は自由なんだ!」 「なんともおめでたいことね」 「でしょー!」 「本当に」 おめでたいのはあなたの頭なのよ、とは、付け足さなかった。自由なものか。雪原はどこまでも行けると思えるほど広大で、その実どこへも行けなかった。茫漠とした大陸のどこかには、私と同じコオリッポの群れが散在しているのだろうけれど、それを探り出す前に野垂れ死ぬのは明白だ。ポッタイシの群れへ加わらなかった私は、人間の備蓄が尽きるまでの緩やかな死を受け入れる他ない。 ひとしきり自由を満喫したノズパスは、フリッパーのような形状の両手を私へ向けて伸ばした。 「起こして」 「は?」 「僕ひとりじゃあ起き上がるのも大変なの。きみだけでも残っていてくれて助かったよ。コオリッポの……ええと、お名前、なあに?」 「……種族の名前だけでいい。ここにはもう、私とあなたしかいないから」 「それもそうだねえ。じゃ、これからよろしくね、コオリッポさん!」 「…………」 私は無性にイラっとして、彼を助け起こした翼でそのまま、でかっ鼻をちょんと押す。――ああん、何するのお! なんて上向きの悲鳴を無視して、私は大きく息を吸いこんだ。氷が頭を包みこみ、外界を遮断する。こんなお気楽な奴は放っておいて、私にはやるべきことがあった。クレーターへ下り、トレーナーを探さなければ。 居住棟の中庭では、ガラルから連れてこられた化石ポケモンが放し飼いにされていた。骨と皮だけの細っちい鳥頭が、不釣り合いなほど脂肪を蓄えた竜の下半身へと括りつけられたような姿。マスコットらしく基地の看板にも描かれていた。 それは、明らかに、別の生き物の半身だった。鳥は極寒の環境に順応できておらず常に鼻水を垂れ流しては震え、竜は歩くのに適さない後ろ鰭を懸命に立ててのろのろと這いずっていた。南極にいたほとんどのポケモンに、分厚いコートに包まれた人間がその姿こそあるべきものだと誤解されたように、その古代生物の本来の姿は誰も知らなかった。 コオリッポの死骸を引きずる。顔を半分潰されたナイスフェイスの彼は、群れの中でもモテる雄だった。何匹もの雌に言い寄られ、カレーを口へ運んでもらいながら、温暖なガラル暮らしが抜けず頭の氷に頼りきりな私を鼻で笑っていた。 けれど生き残ったのは私だけ。今となってはもう、アイスフェイスなこの姿こそがコオリッポなのだ。何千万年と先の未来、人間どもに発掘された化石が私だけだったら、あの悩ましい顔つきなどなかったことにされるだろう。そればかりか立方体の頭が他の生き物の胴体にすげ替えられているかもしれないのだ。 事実なんて簡単にねじ曲がる。崩落事故の始末も、ヘリで逃げおおせた連中は野生ポケモンの襲撃として報告するかもしれない。そう考えただけでうんざりした。 その話をノズパスへ振るも、案の定リアクションは薄かった。 「化石ポケモンさんだって、人間さんがいなくちゃまだ土の中だったはずだよ。みーんな科学のおかげ。それがなくちゃ、僕は空を飛べなかったしね。そもそもこの自由の地へ来ることさえ、できなかったんだ!」 「……そ」 呼吸による代謝に頼らないノズパスは、クレーターの底にいても窒息ガスの影響を受けないようだった。雪原で自由を満喫するのに疲れると、よく寝そべっては極夜を見上げている。 「そういえばコオリッポさんは空を飛ばないよね。立派な翼があるのにさ」 「は、やる気? ケンカなら買うけど」 「えええっ!? そんなつもりはないよう。ただ純粋に、なんでかなって、聞いてみただけ」 「飛べるんなら、とっくにこんな場所捨てているでしょ」 凍てついた土を被せて、私はかじかんだ手羽先をほぐすように温める。せめてあの世でも群れに合流できるよう、同族は凍土の柔らかなところへまとめて埋葬してやった。 再開された星座の覚え歌を背に、氷を冠った私は次の瓦礫に取りかかった。 どぱぁんッ! と激しい炸裂音がして、私は飛び起きた。すぐそばに何かが墜落したらしい。音のした方角へ目をやれば、落下の衝撃に雪原のパウダースノーが舞い上がり、そこだけ靄がかって見える。 怯えるノズパスをクレーターから引きずり上げ、縮こまる背中を押しやりながら、私たちは轟音の発信源へ進む。振り返れば、水かきのついた蹼足の跡と、六角形の足跡が雪原に1本続いていた。 30分と経たずに落下地点へと着いた。私の背中に隠れていたノズパスが、おずおずと鼻を出す。 「なんだろう……地球のものじゃ、ないみたい。僕の鼻が言うには、鉄分が多く含まれてるのかも」 「そんなこと分かるの」 「たぶん……だけど、不思議だなあ」 凍土へ陥没した飛来物は存外にあっさりと、強められたノズパスの磁力によって持ち上げられた。球状の鉱石は彼の磁界から解放されても、落ちることなく浮遊している。アローラ地方の特番で見たことがある、メテノというポケモンだった。剥がれかけた外殻のすき間から覗いた渦巻きの目線と、警戒した私の視線が氷越しにぶつかった。 「げええっ、チョベリバ!」 「は?」 言葉の意味はよく分からないが、どことなく失礼なことだけは分かる。空から来る奴らは総じて挨拶がひどい。 頼んでもいないのにメテノは喋り出した。 「オゾン層のチリをえっちらおっちら集めてようやく重力とシケこめたってのに、あろうことかこんなブルっちょな田舎っぺに堕ちるなんてさ。マジがびーん! ってカンジ」 「その口調なに? 化石から蘇ったポケモンですらそんな喋り方しないけど」 「こりゃおったまげ! 開けてビツクリ玉手箱、驚き桃のきサンショの木、インド人もびっくり! ウチを構成する1番若いナノ粒子によれば、この喋り方がナウでヤングなトレンディーのはずなんだけど」 「何十年前の流行語なのよそれ。人間の作ったものなんかに振り回されて、取り残されて。バカなんじゃないの」 「トホホ……出会って5秒でゆるしてチョンマゲ。バンカラなスケバンにメンチ切られるとか、ウチってばもしかしてそういう星の下に生まれちゃった? いやウチ自身が星やないかーい!」 「………………」 これ以上なくイラついたので、メテノの頭上へ大きめの氷柱を落としてやった。ぎゃふん! なんてわざとらしい悲鳴とともに、纏っていた外殻が弾け飛ぶ。見た目岩タイプっぽいし、まあ大丈夫だろ。 やっぱりコオリッポさんが観測基地を……? とノズパスは小さく震えていた。私にすごまれた彼はさっきと同様にして、氷漬けにされたメテノを磁力で吊り上げる。剥き出しになった橙色のコアから煌めきを振り撒きながらも、時代遅れ生命体は構わずやかましかった。 「実に774年ぶりの地上でね、ちょっと興奮してたんだよ。変なことまくし立ててごめん。それと、頭を冷やしてくれてありがとう……ちょっと痛かったけど。ウチはメテノ。短い間だけどよろしく」 「仲良くしろって? 堕ちてきたときにぶつかってたら、こっちが死んでたんだけど」 「まぁまぁそう言わずに。流れ星が直撃するなんて、それこそ天文学的確率さ。そんな壮絶な最期を迎えれば、キミは不運の星の下に生まれた――というか不運にも星の下敷きになったコオリッポとして、長々と語り継がれるんだろうねえ。いやはや残念、無念、また来年っ」 「…………」 「ちょっともー! スケバンちゃんはギャグも通じないクチ?」 私が氷柱落としの構えを見せると、メテノは慌ててくるくる回る。反省している素振りはない。数百年ぶりに誰かと会話するのが楽しくて仕方ないといった様子だった。 それこそ流れ星の速度で距離を詰めてくる傲慢さに辟易しながらも、ふと思う。もしメテノが私に直撃していたら、頭の氷ごと吹き飛んでいただろうか。群れのイケメンと同じように顔を潰されて死ねただろうか。 横からノズパスが鼻を突っこんでくる。 「わあすごい、メテノさんの核、ずっと励起状態にあるんだね。それは磁場によるもの? それともやっぱり光かな?」 「おっノズパスくん、分かるクチかい? このコアはナノ粒子で構成されていて、常に不安定なんだ。解放系では誰しもエントロピーの増大に逆らえないのさ」 「初速0で自由落下を始めたのなら、純粋な重力加速度だけで堕ちてきたんだよね。一般相対性理論を加味しても計算上では落下地点で0.99km/s……でも実際はそんなに速くなかった。やっぱり大気圏の摩擦ってすごいんだ?」 「当ッたり前田のクラッカーさ。そりゃもう体が焼き切れるかと思ったね。インディアン嘘つかない!」 「だからやめろってばそれ」 また頭が痛くなってきた。氷嚢の温度をキンキンに下げながら、思い出す。インディアン……確かそんなような名前の星座が、ノズパスの歌にあった気がする。そういえばこの星クズ、どこから堕ちて来たのだろうか。 すっかりノズパスと意気投合したメテノへ、私は突っかかる。 「あなたは、何座に含まれていた星なの? さぞ有名な星なんだろうけど」 「……へ? なにざ?」メテノはきょとんと1回転。「ウチが漂っていたオゾン圏の高度は、ここから見える星たちよりずっと低い。せいぜい地表から50km程度だよ。最寄りの衛星、月までだって384,400kmある。星座になるような星は、もっともっと遠くにあるのさ。ずっと昔にウチも北極星を目指したことはあるけど、せいぜい100kmまでしか昇れなかった。それより先の宇宙空間では、低圧に体が保てないんだ」 「……」 横目でちらと様子を窺うと、ノズパスは重そうな鼻をしきりに上下させている。天文に通じるポケモンの間では常識らしい。私はそれきり押し黙った。足跡を頼りにクレーターへ戻ってからも、瓦礫の裏を確かめる私の後ろで、ふたりは話に花を咲かせていた。 地表から宇宙空間まで、垂直距離で100km。 ガラルから南極点まで、直線距離で15,000km。 宇宙よりも遠い場所で、私は何を探している。 慣れない遠征と宇宙談義に気疲れしたのだろう、いつの間にかノズパスは寝てしまったようだった。息継ぎのためクレーターの淵まで上がり氷を新調した私の元へ、彼を寝かしつけたメテノが浮かんでくる。 「彼、いいね」メテノは上機嫌に光の粒子を散らす。「古代ギリシアにおいて、学問といえば天文学と音楽だった。人類の叡智は夜空の星を観察し、それを歌にすることから始まったのさ」 「……」 「つまり、天文学を極めれば世界が解明できる。そう信じられてきた。あの時代は自由だったね。雪原を走り回って、歌って、星空を眺めているノズパスくんを見ていると、懐かしい気持ちになるもんだ」 「人間の真似事をして、何になるの」 「スケバンちゃんこそ、瓦礫をひっぺがして何になるっていうんだい」 「……」 沈黙すると静寂が戻ってくる。夜空のずっと遠いところで、星雲がメテノの瞳のように渦巻いていた。これからこのおしゃべり彗星と過ごさなければならないと考えると気が滅入る。ノズパスの相手をしてくれるのは助かるが、そのお気楽な口調がどうにも好きになれなかった。 私の思考を読んだかのように、メテノが言った。 「ウチはそろそろドロンさせてもらうよ」 「……は?」 何を言いたいのか分からず、私は思わずメテノを見た。剥き出しになった橙色のコアは、心なしかひと回り小さくなっているような気がする。 「あら、聞こえなかった? だから――」 「聞こえたから。ドロン……って、どういうこと。まさか消えるの」 「そうさ。メテノは殻を失うと、1日しか地表では活動できないからね。オゾン層に帰るってこと」 「そ、それは……ごめんなさい」 「謝るんなら氷柱なんて落とさないで欲しかったけどねえ」 全くその通りだ。私が鬱憤晴らしに攻撃したせいで、数百年ぶりに地上へと堕ちたメテノは体を保てず、ノズパスは気の合う仲間を失うことになる。私のエゴを押し付けた結果、皆が損を見ることになるのだ。 ぼやきとは裏腹に、メテノはあまり気にしていない様子だった。 「どうせいつかは帰ることになるんだし、そう気にすることもないよ。初対面のときから思ってたけどさ、まるでキミは、宇宙服を着た人間みたいだ。大気圏を突き抜けるロケットの窓から、そんな格好をした人間を見たことがある。ヘルメットは丸型が一般的だけども、じゅうぶん魅力的だよ」 「……」 「ウチが本来堕ちるべきだったアローラには、アシレーヌってポケモンがいる。彼らは空気を閉じこめてバルーンを作るのさ。人間の頭部にそれを被せて、海底を案内することもある。キミの頭は、息のできない宇宙空間を泳ぐのに必要な装備だと思わない?」 「宇宙の果てには、何が待ち受けているの」 「お、気になる? ウチも考えたことあるよ。宇宙の果てを確かめにいく物語。頭のアンテナで救難信号をキャッチして、はるか10万光年離れた惑星までもひとっとび! コオリッポマン参上! ……って聞いてる?」 「聞く必要あった?」 「ヒドいっ! キミは最後までひどいなあ。前世はヒドイデだったんじゃない?」 私の機嫌を取り直そうとおどけるメテノ。その気遣いがありがたかった。せっかくだ、最後まで付き合ってやることにする。 「空想が好きなのね。ここでは何の役にも立たないけど」 「時間だけはあったから、考えるには困らなかった。いつか必ず終わりが訪れる、って点において、物語は優れている。結末はそれまでの要素に意味を与えてくれるからね。――コオリッポマンは銀河の財宝を手に入れ、ついに宇宙平和の象徴となった。りゅうこつ座カノープスで得た氷の鍵は宝物庫を開けるために必要だったし、エリダヌス座アケルナルで裏切った仲間は、銀河の覇王を打ち倒すために最終決戦へと駆けつけてくれたのだ!」 「何なのそれ、意味わかんない」 「今はまだ意味なんてないのさ。キミが結末にたどり着いたとき、あああのときのあれにはあんな意味があったんだな、って納得できればいい。今のキミは、この理不尽に意味を求めて息の詰まる世界をさまよっているんだろ」 不意に核心を突かれた気がして、咄嗟に反応できなかった。そうしているうちにも、角砂糖が溶けるようにメテノの核は崩れていく。 「いつかそのヘルメットを脱げるときが来るといいね」 「……次はこんな僻地に堕ちないといいわね」 「気遣ってくれるの? スケバンちゃんは優しいねえ」 「はっ倒すぞ」 「おーこわ。それじゃ、バイなら!」 私の腕の中で、メテノは細かな光の粒子となって星原へと昇っていった。 おそらく翌日。空に還ったよ、と伝えても、ノズパスの反応はやはり僅かなものだった。寝転がりながら、代わり映えしない星空の観測に勤しんでいる。 私も、代わり映えしない瓦礫をどかしていた。新たに手をつけたのは食堂だった建屋らしい。キッチンに置いてあったのだろう、割れた瓶からこぼれ落ちた飴玉を見つけて、私はノズパスを振り返った。 「新しい星座は見つかった?」 「国際天文学連合で定められている星座は全部で88個。これから新しいものが登録されることなんてまずないよ」 「そ。私は新しい星を見つけたけどね」 「えっどれどれ?」 ほらこれ星みたいに綺麗、と発掘した飴玉を渡す。途端にノズパスは興味を失くし、なーんだ、とどこにあるか分からない口へ放りこんだ。ありがとうのひと言もなかったが、その距離感にも慣れてきた頃だった。 しばらくして、力仕事へと戻った私の背中へ声がかかる。 「ねえ見てコオリッポさんっ」 「またメテノでも堕ちてきた?」 「ううん、そうじゃなくて」 「――は???」 振り返り、ギョッとした。 ノズパスが仰向けのまま、計測機械の残骸から50cmほど宙へ浮かんでいる。宇宙から攻めてきた敵対的なオーベムに連れ去られてしまうようで、私は咄嗟に翼を伸ばした。硬質な岩肌を掴んだところで彼の上昇を抑えられない。呆気に取られてよろめき、尻餅をついた。 星空にカーテンが降りていた。 観測基地で暮らして2ヶ月、直接見るのは初めてだった。オーロラは地磁気と関係しているとは、ノズパスの話だ。詳しいことは聞いても分からなかったが、彼には見えている磁力線が特殊に乱れると、その影響で光が歪み、極彩色の幕が宇宙から垂らされる。 「磁気嵐、だっ!!」 いつの間にか地表よりも高く昇っていたノズパスが叫び、淡い光に包まれる。輪郭がひと回り膨れ、帽子を被ったように頭部が出っぱった。肥大した鼻の下に、瓦礫から剥がれ落ちた鉄屑が吸い寄せられる。 何より磁力が圧倒的に高まったらしい。私の立っていた瓦礫は金属物質を多分に含んでいたようで、ダイノーズを追って宙へと浮かび上がった。他にもいくつか電化製品などが吊り上げられていく。割れた流氷に取り残されるよりも恐ろしくて、その上にへたりこんだまま私は声を震わせた。 「ちょっとこれ止めて、磁力、どうなってるのこれっ……!」 「え、なあに?」 「――は」 ダイノーズが振り返ったと同時、集中力が切れたのだろう、磁力が一気に弱まった。まずい、と思った矢先、全身が重力に捕らえられる。ダイマックスが解かれるときのような浮遊感。足元がぐらつき、掴むべきところを必死に探す。 その瞬間、視界の端に見えた。20mほど離れた中空に、見慣れない装置が漂流していた。透明なプラスチックで覆われた円柱状で、何かを入れて保護するような。似たようなものをトレーナーも持っていて、確かそれは―― 私が思い出す前に、側面の破損部位から、ごろり、とタマゴが転げ出た。 「は――っ!?」 ぐらつく瓦礫の上を、思わず足が動く。不恰好に翼を伸ばして、落ちゆくタマゴをどうにか掴もうとするも――届かない。間に合わない。私の速度では追いつけない。絶望に拍車をかけるように、磁場から逃れた冷蔵庫が浮力を失い、私の頭を直撃した。 大昔に流れ着いたガラルの温暖な気候は、私たちコオリッポにとって適した環境とは言えなかった。常に顔を氷で覆い、息苦しさに耐え続けなければならない。ワイルドエリアの片隅でひっそりと雪に紛れ、どうにか絶滅を免れているうち、いつしかそれが普通の生き方になっていたのだろう。 物理的な衝撃を受けて氷が割れると、途端に息がしやすくなった。スタジアムの熱気をものともせず、私は身を翻す。翼が生えたようだった。いや、もともと生えているので、その翼で空を飛んでいるような気分になった。大抵の場合は前もって攻撃力を上昇させていたから、勢いのまま相手を押し倒した。 心地よい衝動だった。自由だ、と思った。人間の力を借りた上で味わう、自由。竜の胴体に縛りつけられた鼻水鳥は、太古の時代に空を飛んでいたのかもしれなかった。 1歩、不安定な足場を踏みしめ、衝撃にぐらついた体勢を整える。散らばった氷の破片を跳ね除け、転ぶように重心を前へ傾ける。 1歩、アンテナから冷気を迸らせる。タマゴの落下地点まで、およそ20m、瓦礫と瓦礫を氷の橋で繋ぐ。大丈夫、間に合う。 1歩、そのまま瓦礫を蹴りつけ、身軽になった勢いに乗り腹を投げ出す。トボガンの姿勢で氷上を滑る。滑りながら道を作る。 角度をつけた氷のスロープの端から、飛ぶ。翼を広げる。懸命に羽ばたく。腕を伸ばす。伸ばしたフリッパーの先に、つるんとした感触。死に物狂いで抱き寄せる。 ――堕ちる。 クレーターの底へ叩きつけられた衝撃に、げふ、と肺の中身を吐き出した。落下のダメージを肩代わりしてくれる氷もなく、緩衝装置のない墜落に脳がぐらつく。視界がチカチカする。 反射的に息を吸いこみそうになって、がむしゃらにフリッパーで自分の喉を塞いだ。ただでさえ青白い顔から、みるみる血の気が引いていく感覚が分かる。 磁力を弱めて降りてきたダイノーズへ、私はどうにか声を絞り出した。 「ガスが……っ! 締めて、思いっきり、私の、喉……!」 口許を泡立たせながら訴える。しかし体は酸素を求めて肺を開く。私はその分首を締めた。 「そんなことをしちゃ、死んじゃうよっ」 「しなきゃ死ぬンだよっ!」 ダイノーズが進化して獲得した小さなユニット、そのうち2つが近づいて、喉を締めるフリッパーを絡め取った。何を、と思う間もなく、反射的に開いた気道が大気を取り入れる。倒れたエンペルトが脳裏をよぎった。呼吸障害をもたらす毒物で胸を満たした私は、メテノが夜空へ消えるように、すっ、と意識が遠ざかって――。 いかなかった。荒い深呼吸を繰り返す私の困惑顔へ、ダイノーズが笑顔を向けてくる。 「ずっと何に怯えているの。毒性のガスなんて、とっくに流されちゃったよ。この前のブリザードで」 「はッ、は、フぐ、は、は、ぁあぁ?」 「息をして。吸うんだ、思いっきり。いつまでも氷のヘルメットで自分を守らなくたっていい。僕たちは、自由なんだから」 「……、ゔ」 よだれと鼻水と何やらが凍りついて、私のナイスフェイスは見る影もない。急に顔へ血が上ってきて、ダイノーズのパッチリとした瞳から逃れるようにタマゴへ抱きついた。ヘルメットの硬さの奥底に、ほのかな命の温かみがあった。 並みいるジムリーダーから金星を勝ち取ったトレーナーがリーグ委員長の謀略に巻きこまれ、ナックルジム地下のエネルギープラントでその全貌を聞かされたときから、私たちの物語は狂い始めた。チャンピオンマッチにおいて、現役王者の先鋒すら倒せないほど実力が離れていたとは思えない。――圧力をかけられていたのだ。結果、9年間無敗の彼の連勝記録へ花を添えただけだった。健闘を讃える握手を結んだ裏で見えたトレーナーの面差しが、私の脳裏にこびりついている。圧倒的権力者のエゴに従わざるを得なかった、理不尽に屈した表情だった。 南極に眠る膨大な地下資源は、どこの国にも属さないらしい。これも砕氷船の中でトレーナーから教わった。この先数十年分の燃料となる天然のガスが、分厚い氷床の下に埋蔵されている。 1,000年後のエネルギー問題がどうのと喚き散らしていたリーグ委員長が、手付かずの極地資源を看過するはずもない。マクロコスモス社の関連企業が施工したこのガラル南極観測基地は、果たして観測だけを目的としていたのだろうか。大規模な建造物を設えるにあたって、地盤調査を怠るはずもない。表向きには観測基地というていで人間どもを常駐させながら、彼らは資源を盗掘していたのではないだろうか。現に事故から10日以上は経過したはずなのに、救助隊や調査隊が派遣されてくる気配もない。事故――事故も、果たしてただの事故だっただろうか。無尽蔵のエネルギーに着手した委員長が、不要となったこの基地ともども懐柔されなかったトレーナーを葬るために―― そこまで考えて、やめた。どれもこれも、私を慰めるための都合のいい物語にすぎない。瓦礫を裏返すのもやめにした。そもそも私がトレーナー探しに躍起になっていたのは、彼女の亡骸を見つけ、私たちの物語が結末を迎えれば、この受け入れ難い不条理に納得できると思ったからかもしれない。 明けない夜は続いていた。 進化を遂げてもダイノーズはクレーターの底で横になり、いつものようにプラネタリウムを見上げている。抱えていたタマゴを股へ挟みこんで、私は彼の隣で星空を仰いだ。 「ねえ」 「なあに」 「ノズパス座はどこ?」 「ノズパス座? ないよそんなの」 「じゃあダイノーズ座」 「それもないなあ、残念だけど」 「ないの? 星座に使っていない星はまだたくさんあるのに」 「ないものはないんだってば」 「じゃあ作っちゃえば」 「ええっ!?」彼は声を上ずらせた。「そんなことしちゃダメだよ。怒られる」 「誰に。少なくとも私は怒らない」 「……わあ、そうだった。ここは自由なんだ」 ダイノーズは改めて寝転がると、うーんどうしようかな、と唸りながら磁力を展開した。鼻の下の砂鉄がわさわさとざわめいて、小さなユニットが3つ、満天の星空へと昇っていく。氷のヘルメットを脱いだ私の視界を、チビノーズたちはタイレーツの行進のような正確さで連なって、星と星とを直線に繋いでいった。 結んだ光点は20個ほど。星座としては随分と多い。どう? とつぶらな瞳を向けてくるダイノーズへ、私はもともと悩ましげな顔をさらに悩ませた。 「どうって言われても……。名前、なんて付けたの」 「えっとね、これ、ともだち座!」 「は」 言ったきり、私はまた空を仰ぐ。コオリッポとダイノーズが手を繋いでいる様子らしい。教えられた通りに再度線を繋いでも、私の頭の中ではどうにも像は結びつかなかった。 「あれ、聞こえなかった? 星座の名前はね――」 「聞こえたから聞こえたから。そんなに離れてないでしょ、私たち」 地表から宇宙空間まで、垂直距離で100km。 ガラルから南極点まで、直線距離で15,000km。 それよりももっとずっと離れているであろう星と星を、数秒なぞるだけで繋いでしまう、呆気に取られるほどの不条理さ。まだ名前のないタマゴを股下に挟みながら、ま、それもいいか、と私は思い始めていた。 ---- あとがき ポケモン小説スクエアにて、覆面企画のお題『雪原』に提出した作品です。あちらのサイトにて初めて企画参加したものなんですけど、なんだかんだ高評価をいただけたのでありがたいものですね。 思想強めに 思想強めな内容で書いたの初めてだったんですけど、それっぽい言葉を並べてそれっぽい表現するの楽しー! ---- #pcomment