この作品には「流血」「死亡」などのグロテスク表現、「人間とポケモンの性交」などの官能表現を含みます。
これらが苦手な方、嫌悪感を感じる方は閲覧をお控えください。
――――人は過ちを繰り返す。
幾度となく繰り返されてきた戦争は、そのたびに増え過ぎた人口を減らしていき、消えていったその命の多さに自分が犯した罪に追われる。しかし、そうではない人達がいた。
戦争、WAR……英語で「我々こそが正しい」と読める。そう、自分たちのやったことは正しいのだと狂信的なまでの決意によって動く人がいる。
だからこそ平気で争い、奪い、殺し、見下すのだろう。
彼らがいる限り、戦争は、殺し合いは終わらない……
どこかで聞いた文章が聞いたことのない声で聞こえてきた。それがフェードアウトしていくと同時に視界が明るくなってきた……
「男性が意識を取り戻しました」
感情の籠ってない女の声がする。何度か瞬きをすればようやく視界が鮮明になってきた。真っ白の天井。飾りっ気の全くないLEDの照明……
「この手が見えますか?目で追ってください」
目の前にゴム手袋がされた手が横から現れた。とりあえず言われたとおりに左右上下に動くその手を目で追いかける。
「では、この指が何本かわかりますか?」
「……三本……」
するとその手は視界から消えた。首を回してみれば、そこには白衣を着た若い女がいた。そのまま周囲を見てみると、そこは病室なのだとすぐに分かった。
「よし、下がってくれ」
部屋の隅にいた初老の医者がバインダーを手に近づいてきた。
「名前が言えるか?」
小さな丸眼鏡を中指で位置を直すと、じっと俺の目を見つめてきた。同時に満足そうな顔をした。なんだかまるで俺が珍しい生き物みたいな目だ。
「ケイジ…………バンドウケイジ」
「バンドウケイジ。ふむ……ここからあまり遠くないところに住んでたんだな。災難だったな……だが、安心してくれ。我々の必死の治療と科学力で君は生き延びた」
トン、と俺の肩に置かれる手。なんだかその感触がいつもと違った……見下ろせば、そこにはしっかりと白い患者服に覆われた肩がある……
「さて、意識もはっきりしているし、君の今の状態について話をさせてもらおう」
医者が目の前の蛍光板に何枚かのレントゲン写真を張り付けていく……
「君はクラスタータイプの迫撃砲を受けて瀕死だった。覚えてるかい?」
「はい……たしか……そうだ!一緒にいたルカリオは!?」
「慌てなさんな。彼女も生きてるよ」
そして、最後の写真は貼られて、オレは自分の目を疑った。
「本題だがね、君は頭蓋骨の一部と右腕を完全に失った。鎖骨と肋骨まで粉砕骨折していてね、生きてたのが奇跡だ。本来なら想像を絶する激痛でショック死しててもおかしくはなかったよ。さぁ、落ち着いて右手を持ち上げてみるんだ。我々が新しい腕をプレゼントした」
右腕がないそのレントゲン写真を見てから俺はショックでぼーっとしていたみたいで、医者が体を揺らして車で何も聞こえてなかった。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい……」
そっと感覚が薄い右手を持ち上げると、シーツに隠れていたその姿があらわになってきた。
機械の腕。それは今まで見たことのある義手とは似ても似つかなかった。どっちかといえばゲームや映画のようなSFな外見の戦闘用義手だった。五本指で器用に動き、銃弾ごときではへこみもしなさそうな装甲、そして何かが取り付けられそうなコネクタが手首の内側に埋め込まれてる……
「これまた突然だが、君には現技術力最高の戦闘用サイボーグパーツをつけた。どうだ、動かし心地は」
何度か屈伸させたり手を握ったり開いたりする……微かなモーター音がするぐらいで、前までの腕と比べれば少し触覚が鈍いくらいか……
「……もっと異物感が大きいのかと思ってた」
「それは結構」
「それで?彼女は」
男は「やはりそこに触れてくるか」と言いたげな苦虫をかみつぶしたような顔をした。脇に挟み込んで持っていたカルテの二つ目をパラパラとめくる。俺のカルテなんかよりずっと枚数が多い。
「私は反対したんだがな……彼女は今研究中のシステムの実験台としてブレインインプラント……詳しいことを話すと長くなる。彼女がいる部屋に移動しながら簡潔に説明しよう」
男が俺のベッドの後ろに回ると、何かパネルを操作する音が聞こえた。そして男が部屋を出ると、オレを載せたベッドがひとりでに彼を追いかけて部屋を出た。
「率直に言うと、彼女は頭部……つまり脳の15%を失う致命的怪我を負っていた。その欠損した部分に最新鋭の脳活動補助コンピューターを埋め込んで延命。今は何の問題もなく彼女の脳の活動を保持してる。が、まだまだ脳の機能やメカニズムには謎も多くてね。君の吹き飛んだ頭蓋骨の一部を埋める時に、君にもコンピューターを埋め込んだ。そのコンピューター同士が互いにリンクし、君の意識の一部と脳波を共有、安定化させる。つまり……君が死ねば彼女も死ぬ。だが、彼女が死んでも君には影響がない。君あってこその彼女になった。とはいえ、脳の一部を失ってる。元の人格が残っているかどうか、記憶がどうなっているか、そもそも彼女に意識がもどるかどうか……それはこれからだ」
聞けば聞くほど俺の行動が正しかったのか疑問が強まってくる。そんな状態にまでなって彼女は生きたいと思うのだろうか……。そんな状態で生きていて彼女は幸せになれるのだろうか……。むしろ助けずに静かに死なせた方が彼女の苦しみは少なかったのかもしれない……。
「我々が尽くせる手はすべて尽くした結果だ。だが、命はとりとめたが何をしても意識を取り戻さない。何か、彼女に強いショックを与えなくてはならんかもしれん。もしかしたら君の呼びかけならば……と、思うのだが……」
そしてたどり着いた部屋は、男の網膜認証でようやく入れる警備が厳重な部屋だった。思うに、軍の最高機密レベルなのかもしれない。
その部屋の中央に、彼女はいた。
「ルカリオ……?」
ベッドが自動で彼女のベッドに並ぶようにして止まる。
俺は自分の目を疑った。そこには眠ったように穏やかな表情でベッドに横たわるルカリオがいた。俺が真っ先に気が付いたのは、彼女の顔半分ほどを占める鉄の仮面のような部分だった。彼女の左目をも覆うそれは、明らかに顔に食い込み……いや、埋まってた。目があった場所には赤いレンズのカメラが大小三つあり、奥で小さなレンズがピントを合わせるように動いてるのが見える。耳は残ってるのが幸いか。全体のシルエットは元のルカリオのままだ。
「お、おい起き上がるな!」
男の忠告を無視して上半身を起こし、ルカリオの肩を揺さぶった。温かい。それが彼女がまだ生きている証拠だった。
「……一つ……聞いていいですか?」
「出来る限り答えよう」
「なんで民間人のオレたちにこんな治療と手当をしたんです?理由が見当たらない」
「……丁度良かった、と言うべきか。もっとも、私自身の意思でもないし、反対したんだがな」
「丁度良かった?」
一瞬はらわたが煮えくり返るほどの怒りを抱いたが、彼の表情を見てそれも何事もなかったかのように消えた。
「君とルカリオに埋められたPBD……延命処置としてではなく、軍事兵器として開発されたこのシステムは……バトルフレーム、通称BFと呼ばれる敵の新兵器に唯一対抗できる我々の最終兵器『ヘカトンケイル』を動かすためのパイロットシステムだ。こんなとてつもなく重いものを……君たちに背負わせてしまったことを……頭のおかしい上層部に代わって謝ろう」
カルテを握るその手に力がこもっているのがここからでもよくわかるほどに震えていた。
「なぜそうしてまで……上の連中の考えることはわからん……『民間人を助ける』という名目で『軍事兵器のテストパイロット被験者を獲得する』などという……私はただ……君たちを救いたかっただけだというのに、なぜこうなった……!」
「…………」
俺は生憎彼にかけるいい言葉を持ってなかった。そっとルカリオへ視線を戻すと……
目が合った。
「ルカリオ!?お、オレがわかるか!?」
思わず大声を張り上げてしまった。その声で我に返った男も慌ててルカリオに駆け寄った。
「…………誰?」
声は変わらなかった。だけど、帰って来た言葉は酷く辛辣なものだった。
「俺がわからないのか……」
「仕方ない。脳が一部吹き飛んでたんだ、記憶の欠落はおかしくないだろう。これから先のことは忘れて、今は意識が戻った事を喜べ……食欲はあるか?そろそろ夕飯の時間だ。看護婦に食事を持ってこさせよう。……しばらく彼女とゆっくりしてるといい」
そして男は嬉しそうにほほ笑んでまた俺の肩を叩き、部屋を出ていった……
「…………私の記憶はここで目覚めた時以前のものが何もありません。覚えている、自覚しているのは……私がポケモンで、女性で、ルカリオで、成人しているということだけです」
「そうか……」
あれから長いこと会話をしてみたけど、もう俺が知っている泣き虫のルカリオじゃなかった。無表情で、機械的な返事をするロボットのようなルカリオだった。動きは生き物なのに、表情にも言葉にも仕草に全くも感情がない。
「なぜ抱きしめるのですか?理解できません」
急に胸が苦しくなって、ルカリオを優しく抱きしめていた。あの時のぬくもりを、命の鼓動を感じる。なのになんだこの喪失感は。俺は命を救っても心を救えなかった、ということなんだろうか。
「気にするな。抱きたいから抱いただけだ」
「了解しました」
ルカリオは俺の腕の中で人形のようにされるがままだ。そっと離れて自分のベッドに座りなおしても、彼女は変わらずきれいな姿勢でベッドで上半身を起こしたままだった。特に周りを気にするでもなく、じっと自分の足元付近を見つめている。
「…………」
俺が話しかけなければいつまでも黙りこくったままだ。隣に助けたルカリオがいるのに、生還を祝う言葉も、再会を喜ぶ言葉も、なにもできない。まるで俺ひとりしかいないみたいだ……。
「彼女の様子はどうだ?」
様子を見に来た初老の男。俺に状況を教えてくれた男だ。名前をハジメといったか……
「ハジメさん……ダメです。何も覚えていないどころか、人格まで……」
「そうか……AIインプラントの影響は大きいな。完全にAIに人格を乗っ取られてるのかもしれない」
ハジメがルカリオの横に立つと、ルカリオがその新しい登場人物に注目する。
「ドクターハジメ」
「ほう、AIのデータを習得したか。脳接続は問題なさそうだが……雌ルカリオの可愛らしさの欠片もないか……」
「必要性がありません」
「…………」
これにはハジメも面食らったようだ。頭を悩ませるように首を振ると、腰に手をあてた。
「本題だ。明日からリハビリをしてもらうことになった。概要を説明する。少し前の説明でなんとなく察してるとは思うが……君たちは軍の特殊兵器部隊所属になった。一刻も早く万全な状態になって訓練を積んでほしいと上層部からの命令がきててな……はぁ……私としてもこんな伝言をしたくないんだが……」
一がポケットからドッグタグと呼ばれる軍の識別番号札とカード、軍のエンブレムが刻印されたカードケースを二人分取り出した。
「これから君たちの身分証明書になるものだ。肌身離さず持っているように。それがあれば軍施設にフリーで出入りできるようになる。ドアロックもそのカードと君たちの網膜……目で解除できるはずだ。今日はまだ時間がある。歩けるなら少し軍シールドシェルターの中の町を探索がてら自主リハビリをするといいだろう。無論、わからないように監視と護衛が付いてくるが、ね。服は用意しておいた。それとお小遣いを少々。私からの謝罪の意も込めた生還祝いだ」
彼が合図をすると、看護婦が台車を押して入って来た。そこにはシンプルなシャツとジーンズ、財布、スマートフォン、さらにはルカリオ用にリサイズされた可愛らしい赤のシャツとスカートまで用意されていた。そして、彼女の顔半分を隠せるようにと包帯もある。
「何か困ったことがあればスマートフォンに私の連絡先が入ってるから、電話でもメッセージでもしてきてくれれば対応しよう」
「ありがとうございます、ハジメさん」
「ふっ、僅かだが残りの民間人としての時間を楽しんできなさい。それが彼女の本来の自我を取り戻すきっかけになるかもしれない、という私の勝手な考えなんだがな。何より、私は君たちの命をもてあそんでしまった。本来死んでしまっている二人を蘇生させ、あまつさえ無関係だった戦いに巻き込んで戦わせようとしている私のせめての罪滅ぼしだ」
ハジメと看護婦が静かに部屋を出ていく……それを笑顔で見送り、ドアが済まるとまた静寂が訪れた。
「着替えよう」
「了解」
またしても機械的な返事が返って来た。複雑な感情を抱きながらベッドから降りて体の調子を確かめてみる。完全に失ったのはこの右腕だけらしい。平衡感覚もおかしなところはない。屈伸したり背伸びしてみても前の身体のままだ。
「これは……必要なのでしょうか」
患者服を脱ぐと、オレは下着すらつけていないという事実にそこで初めて気が付いた。まぁ彼女はポケモンだし気にすることはないか、と台車に近寄ったところでルカリオがあるものを見て固まっていた。
「……それがあるってことは付けろって事なんじゃないか?」
彼女が台車の横で何かを見ている。紛れもなくブラジャーとパンディーだった。そこに添えられているピンクのメモには、女性の字で『女の子なんだからおしゃれは大事ですよ!お大事に!そして気を付けていってらっしゃい!』と……。あの看護婦の計らいだろうか。そのブラジャーはルカリオ用にリサイズされているがそれでも結構な大きさで……そこでふと彼女の胸を見る。巨乳、とまではいかないけど、そこには立派な乳房があった。今までポケモンのそういった部位に意識が行ったことはなかった。急に恥ずかしくなってオレは背中を向けて服をさっさと着て身支度を進めていった。
「……装着の仕方がわかりません」
「ぇ……」
そうきたか。相手はポケモンだ気にすることはない。と自分に言い聞かせて向き直ると、不思議そうにブラジャーを色んな方向から観察していた。
「ほら、貸して」
オレも正直どうやるのかあまりわからない。なんとなくルカリオに腕を通させると……なるほど、ホックとかいう金具が背中にくるじゃないか。これをうまくひっかけて止めてやって、カップの位置を調整してピッタリ乳房が収まるようにすれば……
「…………おぅふ」
本来裸のポケモンである。今まで散々見てきたポケモンの裸なのに、下着をつけた彼女の姿は見てると心が荒れるようだった。早く着ろ、とシャツとスカートを投げ渡して目を背ける。
「脈拍、体温の上昇を確認。大丈夫ですか?」
「気にすんな」
死にかけて生き返って、彼女も彼女らしくなくなってしまったにもかかわらずこんな事になってられるってことは、オレは大分メンタルが強いらしい。普通なら腕がなくなってることでパニックを起こして錯乱してるか、現実を受け止められずに暴れてたりしてもおかしくない。死を体験して何か変わったのかもしれない。
命をもてあそばれるのは初めての経験だ。正直、あのおんぼろアパートで仕事はしててもゲーム三昧、人間関係くそくらえの生活で腐ってたオレは死んでしまってもいいとまで思ってた。けど、こうしてオレはまだ生きてる。生かされた。あの事態に巻き込まれて、あそこまで生きたいって思えたのも始めてだった。
オレの初めてのポケモンは、無感情で機械的な雌のルカリオ。
オレは軍の希望。
さぁ、いこうか。
なんの取り柄も何もないオレがどいこまでこの命を軽々しく扱う世界で抗えるか、立ち回れるか、試すのも悪くない。
それに、このかわいそうなルカリオを放っておけない。生命的にも彼女はもうオレ無しでは生きていけない。親戚も、トレーナーも、人格までもすべてを失った彼女にはだれかがついててやらなくちゃ。きっと何もかもを遊ばれる。
今からだって遅くはない。
オレはオレの存在意義を、目的を、夢を、これから作る。
何も遅くない。
今のオレは真っ白の白紙に戻った。この殺風景な軍事医療施設のように、必要最低限のものしかない。
何もかもが真っ白だ。
真っ白ならなんでも書き込めるはずだ。
書き込むための道具と、何もかもが空っぽの仲間もいる。
こんな素晴らしいことはないだろう。
さぁいこうか。
今ならなんだって挑戦できる気すらする。
「オレと来い」
To be NEXT.......
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