&color(red){この小説には、暴行、流血などの表現が含まれています。 閲覧の際にはご注意下さるようお願いいたします。}; ---- act7 夜 夜。砂漠は闇と静寂に支配され、活動する者は殆どいない。 午前二時頃、ロキの部屋ではーー 「ぐ…やめろ……うわぁ!」 ガバッ 部屋でうなされていたのはロキ。 彼は数回寝返りをうったかと思うと突然布団を蹴って飛び起きた。 「ハァ…ハァ…夢か…くそ、ドンファンの群れめ……」 どうやら昨日のドンファンに追われる夢を見たようだ。 数回深呼吸を繰り返してロキは落ち着きを取り戻す。 「ふう……ん、ルシオがいないな…」 ロキはふと隣の布団に目をやるがルシオの姿が無い。 「珍しいな…トイレか?」 ロキは寝ぼけ眼でそう呟いて鞄を背負い、ランプに火を付けるとそれを持って部屋を後にした。 ロキは真っ暗な通路を一人歩いていた。 集落の松明全てが消されていたので薄暗いランプの明かりを頼りに慎重に進んでいく。 「暗いな…ランプだけじゃ何も見えな…ってわあぁぁ!」 突然彼の目の前に白い影が現れ、ロキは仰天して飛び上がる。 だがよく見るとそれはマッスグマのジェイクだった。 「(なんだジェイクさんか)あの…ジェイクさん…?」 ロキはジェイクに呼びかけるも反応が無い。 それに足取りもおぼつかずふらふらとしていた。 「ここはぁ~だぁれ一人…と~して通さん…ぞぉ~…」 この様子は明らかに寝ぼけているようにしか見えない。 「……(汗)ま、まぁ…早くルシオ探そ」 遂にはその場に倒れ込んで寝てしまったジェイクは放っておくことにしてロキは広間へと向かっていった。 その後十数分かけてロキは集落中を探し回るがルシオは何処にもいない。 「あいつ何処に行ったんだ?まさか外じゃ…」 と言って外に向かおうとしたロキの耳に聞き覚えのある声が。 「むにゃ…もう食べられないでやんす…」 「ここかよ…」 彼は今食料庫の前にいる。 確かにこの中からルシオの声が聞こえた。 庫内に入ると貯蔵肉に寄り掛かって寝ているルシオの姿がすぐ目についた。 何故か彼の手には自身の水筒が握られている。 「おい、ルシオ起きろ」 「オイラ腹一杯でやんす~」 ルシオの食欲に呆れたロキは肩を揺すって起こそうとするが、寝言を言うだけで起きる気配が全く無い。 「…ルシオ、起きろっつってんだろ…」 「う~ん…次はデザートでやんす…」 さらに強くルシオの肩を揺するがまだ起きない。 「テメェいい加減に起きやがれぇ!」 苛立ったロキはルシオの腹部に蹴りを加える。 勿論ルシオは目を覚ました。 「グボァ!…あれ、夢でやんすか…あ、兄貴おはようでやんす。何でオイラはこんなとこにいるでやんすか?」 「おはようって…今はまだ夜中だ…さ、帰るぞ」 ルシオの「腹が痛い」の台詞は軽く流して食料庫を後にする。が…… 「全然眠くない…目が冴えちまった…」 「オイラもさっきの蹴りで目が覚めたでやんす」 いつもより寝る時間が早かったせいもあったのか、二匹の眠気はすっかり無くなっていた。 このまま部屋に戻っても眠れそうにないので二匹は暇潰しに外へ散歩に行くことにして集落出口へと向かっていく。 ---- act8 散歩 二匹は洞穴を抜けて夜の砂漠へと姿を現す。 「これは……」 目の前の風景に思わず感嘆の声を漏らすロキ。 そこには昼間の照りつけるような暑さは無く、涼しい風が吹き抜けている。 雲一つ無く濃藍と暗紫のグラデーションが美しい夜空に浮かぶ満月が朧気に砂漠を照らす。それはまるで砂自体が光を放っているようにも見えた。 そして宝石箱のように夜空に散りばめられた無数の小さな星たち。時折長い尾を引いて流れていくものもあった。 「すげぇ…」 「きれいでやんすね…」 夜の砂漠が初めての二匹は眼前に広がるこの幻想的な風景にただただ目を見張るばかり。 夜空の宝石に目を奪われ、天を仰ぎ見ながら歩く二匹。 と、その時ーーー ガッ 「うぉあ!」 ボフッ 足元の注意を怠り、ロキは何かに躓いて派手に砂に突っ伏す。 「もう、何やってるでやんすか兄貴~」 「…ブホァ! コ…コケたぁ!」 ロキは起き上がって顔に纏わり付いた砂を振り払うと振り返って躓いた“何か”を見つめる。 「一体何に躓い……ん?」 その“何か”に歩み寄るロキ。それは砂漠に転がっている石や骨などては無かった。 「雌のキルリアでやんすよこれ……」 そこにあった…いや、倒れていたのは一匹のポケモン。 緑色の髪に二本の赤い触角、白い顔に細い手足…… 確かにそれは雌のキルリアであった。見た感じ年もロキと大差無い。 そのキルリアは体中がひどく傷つき、至る所に砂汚れがついている。 「おかしい…なぜ柵の内側に集落外のポケモンがいるんだ?」 ロキは考えた。柵には強力な“魔除け”が複数取り付けられいて集落外のポケモンが柵の中に入れないようになっている。 夜には柵を見張るポケモンこそいないもののその分扉に掛ける鍵の数を増やしていた。 その上扉には開けられた形跡が全く無い。 「こいつ…生きているのか…?」 そう言ってロキは動かないキルリアの白い顔を覗き込む。 行き倒れかーーそう思った瞬間ロキの右前足に突然ヒヤッとしたものが触れる。 「だ…れか…た…す…け……」 ロキの足に触れたもの…それはキルリアの細い手であった。 ---- act9 救出 突然足を掴まれてロキはかなり驚いたが、キルリアが生きている事を理解するとすぐさましゃがみ込んで彼女に呼びかける。 「お、おい…大丈夫か?」 ロキの声に反応し、キルリアは薄く目を開けて力無くロキを見上げる。 「す…みま…せん…み、水を…くだ…」 だが助けを求める彼女の声、力共に弱々しい。 早く助けなければ手遅れになるかもしれない。 「ルシオ、水だ!」 「はい、兄貴!なぜかオイラ水筒持ってるでやんす!」 ルシオは持っていた水筒を急いでロキに手渡した。 「よし…中身も入ってるな…あとは…」 そう言うとロキは自分の鞄をまさぐって黄色の木の実を一つ取り出し、水筒と一緒にキルリアに渡そうとする。 「兄貴…それは取っておきの…」 ロキが手にしているのは高い治癒効果のあるオボンの実。これはアース族集落の人工農園で栽培されていたものだが砂漠特有の気候のせいでオボンは実はおろか花が咲く事すら大変珍しい。 「いや、いいんだ。ほら、水とオボンの実だ。これで傷も治るだろう」 彼女は軽く頷いてそれを受け取ると瞬く間に平らげてしまう。 「すみません、本当にありがとうございます。おかげで命拾いしました」 オボンの実で元気を取り戻したキルリアは立ち上がって二匹に一礼する。 その身体からは傷が綺麗に消え去っていた。 「あなた方は命の恩人です。なんとお礼を言えばいいのか…」 キルリアは頭を上げるとロキの方を向き、彼の目を見つめる。ロキはその視線に思わず“ドキッ”とした。 助けるのに必死で気が付かなかったが、改めて見ると彼女はかなり可愛い。 夜風になびく艶やかな鮮緑色の髪、すらっと綺麗に伸びた手足、月光に美しく映える白い顔、そして誰もが吸い込まれてしまいそうな深いルビー色の瞳…… 「兄貴、どうしたでやんすか?」 彼女の姿に見とれていたロキはルシオの言葉にハッとして我に返り、慌てて彼女から目を反らす。 「い、いや…何でも無い……そ、それより君、どうしてこんな所にいるんだ?」 ロキの質問にキルリアは少し話しにくそうにしていたが、思い切って口を開く。 「あ…あの…私、最近トレーナーに捨てられたポケモンなのですが…当てもなく放浪していた所ヴァン族というポケモン達に捕まってしまって…」 「ヴァン族…確かエスパーポケモンの種族で戦いを好むとか…」 “ヴァン族”ーーロキはその名を昔、族長から聞いたことがあった。超能力で他の種族を襲って滅ぼし、自らの領土を広げているとかなんとか。 何十年か前にもアース族の集落が襲撃されたことがあったが、当時はアース族の必死の抵抗によりヴァン族を辛うじて退けていた。 ロキとルシオ…彼らの両親はこの戦いで奮戦し、命を落としていたのだ。 ---- act10 決断 「そうみたいです。私…ヴァン族の儀式の生け贄にされそうになって、それで逃げてきたんです… 隙を見てなんとか逃げ出せたのは良かったのですが、その後追っ手に捕まりそうになってしまい…最後の魔力を振り絞ったテレポートでここに…」 儀式…だがその為にこんな可愛い女の子を犠牲にする必要があるのだろうか。 何か理由があるに違いない。 「テレポート…だから柵の内側にいたでやんすね」 「ああ。女の子の命を奪うなんて酷い奴らもいtーー」 ロキはここで口をつぐむ。不意に彼女が目に涙を浮かべてロキの両手を掴んできたからだ。 予想外の出来事にロキは困惑する。 「え、あの…ちょ」 「お願いします。その…私を貴方達の家にかくまってはもらえませんか? 私、死ぬのが怖くて…」 助けを求める彼女の涙は頬を伝い、雫となって砂に落ちる。 ロキは考えた。オレ達はアース族で彼女は人間に捨てられたポケモン。もし見つかればただでは済まないだろう。 しかし目の前で泣いている女の子をここで見捨てる訳にもいかない。 それに今は夜だ。暗い内に集落へと連れて帰ればなんとかロキの部屋にかくまう事が可能だ。 食べ物なんかも必要以上に持ち込めば大丈夫だろうーーー 「オレ達はアース族だが、それでもいいか?」 この答えに彼女の表情が一変し、嬉し泣きへと変わった。 「ほ…本当ですか?あ、ありがとうございます!」 彼女は涙を拭うとロキの手を掴んだまま何度も頭を下げる。 トレーナーに飼われていたポケモン…性格とかも野生のオレらに比べてなんら変わりないじゃないか… 「兄貴…本当に大丈夫でやんすか?」 「あ、ああ…まぁ、なんとかなるだろ!」 かくまう事に多少の不安があったがやはり救助が優先。 取りあえず彼女をロキの部屋に連れていく事にして三匹は集落入り口の洞穴に向かい始めた。 可愛い女の子と一緒に暮らすーーそう考えるだけでロキの心臓は高鳴っていった。 ---- act11 夢瑠 「…そういえばあなた達の名前をまだ聞いていませんでしたね」 歩き出してしばらくすると彼女が突然思い出したかのようにこっちを向く。 「そうだ、自己紹介がまだだったな」 ロキもハッとして彼女の方を向き、自分の胸に手を当てる。 「オレはロキ、17歳だ。見ての通り種族はイーブイ。これでもアース族の中で一、二を争う戦闘力を持ってるんだが…大して自覚が無い」 気難しそうに頭を掻くロキを見て彼女は少し微笑む。 「そうですか…でも私、強い人は嫌いじゃありませんよ?」 笑顔も可愛いな…おっと、ルシオも紹介しなきゃ… 「んで、こっちがオレの弟の…」 ロキは一歩後にずれて彼女にルシオの姿が見えるようにする。 「オイラはビッパのルシオ、10歳でやんす!趣味は食べることでやんす」 彼女は二匹の顔を交互に見つめて目を閉じる。 「ロキにルシオ…覚えました。あ、私もでしたね」 彼女は閉じていた目を開くと二匹の方に改めて向き直る。 「私はユメルといいます。種族はキルリアで年は17です… 私、外の世界に出るのが初めてなものでちょっと緊張してます…」 「ああ、分からない事があったら色々教えてやるよ」 「よろしくでやんす!」 この娘、ユメルって名前なのか…それにオレと同い年か……だけどユメルの言う“強大な力”って一体何の事だろう…… 「弟……お二人は兄弟なんですか?」 イーブイの弟がビッパ、という事に疑問を抱いたユメルが問いかけてきた。 「…オレ達二人はガキだった頃に訳あって親を亡くしてな……こうして二人で身を寄せ合って生きている、という事さ」 「そうでしたか…大変ですね…」 「兄貴、見えてきたでやんすよ」 三匹の前にアース族集落入り口の洞穴が見えてきた。 「あれ…ですか?」 「そうだ。誰も起きてなければいいんだがな」 ロキはランプを前にかざして洞穴へと入っていく。二匹はそのすぐ後をついていった。 「さて…こっちだな」 ロキを先頭に三匹は暗い集落の中をゆっくりと進んでいく。 幸い誰も起きていないーーというかこの時間帯に起きている奴なんてまずいないだろう。 「物音を立てるなよ…」 「はい……」 「もう少しでやんすね…」 三匹は広間を抜け、ロキの部屋につながる細い通路へと順調に進んでいく。 そして部屋の扉の前に差し掛かったロキの目にまたもや白い影がーー (うわわあぁ~!) 三匹とも仰天して叫びそうになったがなんとか声を押し殺して持ちこたえる。 白い影の正体はジェイクであった。彼は扉を塞ぐように丸くなって寝ているので扉を引き開ける事が出来ない。 「zzzz~……」 「こんな所で寝ないでくれぇ~…(滝汗)」 ロキはジェイクの体を指でつついて起こそうとするが、何度やっても起きる気配が全く無い。 「そうだ、ちょっと待ってろ……」 ---- act12 寝ぼけ 何を思いついたか、ロキは二匹を物陰に隠れさせると寝ているジェイクの側面に回り込んで彼の体を少しずつ押し始めた。 「そーっと、そっとだ…」 ズ…ズ…ズズ…… しばらくするとジェイクが扉の前からどいて部屋に入れるようになった。 「よし、二人ともこっちに…」 「んあ~、なんでオレここにいるんだ~?」 ロキが二匹を呼んだ瞬間、寝ていたジェイクが突然声を上げた。 大慌てでロキは二匹を物陰に戻すとジェイクの様子を伺う。 起きあがった彼はふらついた足取りで扉の前に戻ると丸くなって眠り始めた。 「……(滝汗)まだ寝ぼけていたのか…」 「兄貴、もう一回頑張るでやんすよ」 「ああ。次こそ部屋に…」 ロキはジェイクが完全に寝入ったのを確認すると再度彼の体を押し、横に移動させていく。 「はぁ…よし、今度こそ…」 「だあぁぁ~!だからなんでオレ動いてるんだぁ~?」 またしても同じタイミングでジェイクが声を上げた。 ついにロキは痺れを切らしてジェイクを揺すり起こそうとする。 「ちょっとジェイクさん…こんな所で寝てると風邪ひきますよ…」 数回頭が揺れ、ジェイクは目を覚ました。 「んあ?……ああ、ロキか。こんな遅くになにして……ん、ここ何処だ?」 何も覚えていない様子のジェイク。やはり完全に寝ぼけていたようだ。 「オレの部屋の前ですよここ。オレちょっとトイレに行ってて…」 勿論これは嘘である。ジェイクはそれに気付く訳もなく、頭を掻いてバツの悪そうな顔をしている。 「悪いな、オレ寝ぼけちまったみたいで…自分の部屋に戻るわ。じゃ、おやすみ…」 眠たそうな声でそう言うとジェイクは二つ隣の自分の部屋へと戻っていった。 「危ねぇ危ねぇ、ユメルが見つからなくて良かった」 ロキは額の冷や汗を拭うと手招きで二匹を呼んで自分の部屋へと導いた。二匹に続いてロキも部屋に入り、後ろ手で扉を閉める。 部屋の中央ではユメルが興味深そうに部屋の様子を見渡していた。 「これがロキさんの部屋ですか…」 「まぁ、汚い部屋だけどな……よっと」 ロキは部屋の一角に積んであった藁の山を抱えると自分の藁布団の隣に置き、形を整えた。 「これがユメルさんの寝床になるが…大丈夫か?」 「私のために寝床まで…ありがとうございま…ふあぁ…」 彼女のお礼の言葉は眠たげな欠伸に遮られた。 「はは…今日は遅いからもう寝ようか」 「兄貴、おやすみでやんす」 「はい…おやすみなさい…」 藁布団に横たわるとルシオとユメルはすぐに寝息を立て始めた。よほど疲れていたのだろうか。 (なんだか今日は色々と忙しかったな…朝から狩りに出るわ、女の子は助けるわ… でもこのまま誰にも見つからずにユメルをかくまう事が出来るだろうか…) そう考えたとき、不意にフッと焚き火の炎が消えた。部屋の光源は窓から降り注ぐ月光のみとなる。 (…そろそろ寝るか) 暗闇に包まれて急に睡魔に襲われたロキは瞼を閉じて眠りにつく。 窓の外では夜闇に浮かぶ満月が孤高の光を放っていた。 ---- 感想など何かありましたらどうぞ。 #comment