&color(red){この小説には、暴行、流血などの表現が含まれています。 閲覧の際にはご注意下さるようお願いいたします。}; ---- act40 心境 此処はドヴェルグ族集落奥地の祭壇。時は丁度ロキ達が牢獄部屋を出て走り始めた頃であった。 「ホーミ、ナスア、リーマ、リカユ……」 崖の先を向いて呪文のような言葉を繰り返しながら土下座を繰り返すヴァン族達。 一昨日とは違い、崖先の十字架にはユメルが拘束されていた。 「…再びこの時が来たれり。かの災厄を現世に蘇らせ、世界を我らヴァン族のものとす!」 十字架の前に立つガノッサはカシェルより短剣を受け取ると、それを天に翳して叫ぶ。 儀式に参列していたヴァン族達も歓喜に騒いでいた。 (私、ここで終わりなのかな…) 顔以外を木製の十字架に縄できつく縛り付けられ、更に猿轡をされたユメルは自らの終末を覚悟していた。 そして彼女の脳裏にロキ達と過ごした日々が浮かび上がってくる。 ーー私は元々トレーナーのポケモンだった。しかし、戦闘能力が低いという理由でこの砂漠に捨てられてしまった。 生まれつき体が貧弱な私は信頼すべき存在のトレーナーに裏切られて、それがきっかけとなって両親にも見放され、砂漠に置き去りにされてしまった。 私には当然行く宛もなく、放浪していた所を「災厄の導き手」としてヴァン族に捕らえられた。 その後僅かな隙を突いて集落から逃げ、力尽きかけた時にロキ達に助けられたのが始まりだった。 二匹と会う前までは自分の存在を否定し、命を絶つ事さえ考えていた。 物心ついた時から毎日のように両親やトレーナーに虐げられて来る日も来る日も周囲に怯えていた私に「生きる楽しみ」なんて何一つなかった。 でもそんな時に私はロキとルシオに出会った。彼らは両親がいないというのに荒れ果てた砂漠で仲間達と共に明るく楽しそうな生活を送っていて、私なんかとは大違いだった。 孤独で暗い人生を送っていた私にとってロキ達の暮らしはとても過ごしやすく、満足感と暖かい温もりを覚えた。 一日だけだったけれど、彼らと過ごしたあの日は生まれて初めて心から安らぐ事の出来た日となった。仲間がいるのはこんなにも素晴らしい事だったなんて今まで知らなかった。 そして私は夜の砂漠で水とオボンの実を貰ったあの時、私を助けてくれたあの暖かい眼差しのロキに……一目惚れをしてしまった。 彼はとても純粋で真っ直ぐな心を持っている。その影響で側にいた私の暗い心も彼の強い思いに動かされたのは確かだ。 でも、そんなロキは私なんかのために全てを捨てた。家も、仲間も、居場所も全て。 こんな私を助けてくれた二人には何度お礼を言っても足りない程に感謝している。ありがとう……ロキ、ルシオ。 私は二人と過ごしていくうちに二人の中に自分の居場所を見つけた。 これからも二人と一緒に充実した生活を送りたい。 ロキにまだ私の想いを打ち明けていない。 今まで私は死にたいと思っていたけれど今は違う。私は生きたい。そしてロキにもう一度会いたい。 でも私の命もここまで。ガノッサが短剣を手にゆっくりと歩み寄ってくる。 ヴァン族達が騒いでいるようだけど私には聞こえない。体も震えるばかりで動く事が出来ない。これが死の恐怖というものなのだろう。 ガノッサが天高く短剣を振り上げ、ヴァン族達が固唾を飲んでそれを見守る。 〈ロキ…助けてーーー〉 「おい、その下らない儀式もそこまでだ!」 ガノッサが短剣を振り下ろそうとしたその時、ヴァン族達の後方から放たれた騒めきを切り裂く猛々しい声。 「誰じゃ、貴様は!」 ユメルは恐怖に閉じていた目を開き、声の主の姿を見つめる。 その視線の先には彼女を助けんとする物…イーブイがそこにいた。 「…助けに来たぜ、ユメル」 ---- act41 抗う者 「間に合った…みたいでやんすね」 続けてロキの背後からルシオが姿を現す。 「さて、そこのキルリア…ユメルを返して貰おうかな」 「愚者が…この数を相手に抗う事が出来ると思うのか?」 ガノッサが二匹に向かって右手を上げるとその場にいた十数匹のヴァン族達全員がロキを狙って一斉に超能力を放とうとする。 「ふははは! 圧倒的な力の差に屈するがいーー」 この時、ロキは反射的に“敵封じダマ”を天高く掲げていた。 リンに詳しい使用法こそ教わらなかったが、直感でこうして使う道具だと判断したのだ。 するとヴァン族達の動きが突然石化したかのように固まり、全員がロキ達を狙った姿勢のままゴトリと地面に倒れた。 「外の世界にはこんな便利なアイテムがあるでやんすか…」 翼を広げて目を見開いたまま倒れて微動だにしないネイティオを見てルシオは呟く。 それと同時に役目を終えた“敵封じダマ”は蒸発するかのように消えていった。 「さ、残るはお前達二人だけだぜ」 不思議ダマの効果に少々ホッとしたような顔のロキは腰の鞘から鉄剣を抜くとガノッサに切っ先を向ける。 「ガノッサ様、奴は僕を遙かに越える戦闘力を持っています。ここはガノッサ様の魔術で僕を…」 「…成程。ならばあのイーブイはお前に任せるとしようか」 ガノッサはそう呟くと右掌をカシェルの頭に置き、何やら呪文のような言葉を唱え始める。 それと同時にガノッサの右手とカシェルの全身が紫色に光り出した。 「何…をする気でやんすか…?」 「奴の…カシェルの力が増大していく……トランスファー(力の譲渡)か!」 ガノッサの右手からカシェルの全身へ邪悪な力が注ぎ込まれているかのように光が蠢き、流れる。 数秒後、ガノッサの手から離れたカシェルは前髪を掻き上げ、二匹の前に立ち塞がった。 彼の全身は暗紫とも漆黒とも言えぬ色の光を纏い、瞳は邪悪さを増したかのように更に真紅に輝いていた。 「行くよ、ロキ。僕はここで君を止める…!」 超能力で瞬時に生成した光の剣を手に、カシェルはロキの元へ歩み寄る。 ロキも剣を構え、近付いてくるエーフィを睨み付けた。 「ハアアァァッ!」 先手を打ったのはロキ。カシェルの胸元に突き込むように勢いよく突進するが、その剣先は盾のように構えられた刃腰で止められる。 カシェルは止めた剣先を受け流すようにして反らし、ロキの体を引き寄せてから彼の胴体を狙って剣を薙ぎ払う。 受け流しによりロキは前方にバランスを崩しかけたが、即座に後方へと跳躍してカシェルの剣を避ける。 直後、カシェルは空中にいるロキを狙って剣を飛ばすが、宙返り様に放ったロキの“スピードスター”によって弾き返される。 そのまま上手く着地したロキは“電光石火”でカシェルに切りかかるが、容易に防がれてしまう。 その後もロキは怒濤の乱舞で攻撃するが、それらはカシェルに全て止められ、避けられた。 突如、二匹は大きな剣撃の音と共に鍔迫り合いの状態になり、刃が触れ合った部分からはギリギリと特有の金属音が。 「へぇ…少しはやるようになったじゃねぇか」 「どうかな? 僕はこれからが本番なんだけどね」 カシェルは額の紅玉を輝かせ、自らの背後に先程と同じ光の剣を三本作り出した。 「なっ!?」 ロキの顔を目がけて放たれた刃の一本を間一髪横転して回避する。 体勢を立て直すロキの左頬には浅い切り傷があり、そこから少量の鮮血が流れ出ていた。 「作り出せる剣はそれ一本だけじゃないって事か…」 彼の正面には両手に一本ずつ、背後に二本の刃を浮かべたエーフィがいた。 紫の光を放つ剣は天使の翼とも見てとれ、禍々(まがまが)しくも神々しい雰囲気がある。 「ロキ、幾ら君でもこの剣を全て避けるのは厳しいんじゃないのか?」 「ちっ……流石にマズいか…」 ロキの右頬を一筋の汗が伝う。 ---- act42 窮地 「ふはははは! 儂の力を注ぎ込んだカシェルは例え戦闘能力に長けた者でもその強さの前にひれ伏すのだ!」 十字架の前に立つガノッサは狂気に顔を歪ませ、二匹の戦い合う様を見物していた。 しかしその背後ではーー 「もう少しでロープが解けそうでやんす…」 十字架の裏で物音も立てずに縄の結び目と格闘していたのはルシオであった。 ロキとカシェルの戦いに集中していたガノッサの視線を掻い潜ってユメルの捕らわれている十字架の背後まで回り込んだのだ。 「! 解けたでやんす!」 ユメルの身を拘束し、幾重にも固く結ばれていた縄が解けて地面に開(はだ)け落ちる。続けてルシオは彼女の猿轡を引きちぎるようにして外した。 その音を察知し、ガノッサはハッとして振り返った。 「貴様…儂の目を盗んで姑息な事を…」 「早く逃げるでやんす!」 ルシオは恐怖に竦んでいるユメルの手を取るとガノッサの横をすり抜け、崖の入り口へと逃亡を計る。 「逃がさん!」 逃げるルシオに向かってガノッサは両手から不可視の念力のようなものを放つ。 それを受けたルシオはその場に崩れ落ちるようにして倒れた。 「ルシオ……?」 ユメルは直ぐ様倒れた彼の側に座り込んで安否を確認する。 良かった……ルシオは昏睡状態に陥っているだけのようだ。恐らくガノッサが使ったのは“催眠術”だろう。 とりあえずは一安心するユメル。だがーー 「さあ、小娘よ。お前の龍の血を以て“古の災厄”を今一度此処に甦らせん!」 依然として不気味な笑みを浮かべたままのガノッサが右手に短刀を握りしめ、一歩一歩ゆっくりとユメルに近寄る。 ユメルは恐怖に慄(おのの)き、全身が硬直して立ち上がる事すら出来なかった。 身体が震え、冷や汗が滴り、涙で視界が霞む。脳が「早く逃げろ」と命令しているのに身体が言う事を聞かない。 “テレポート”を使おうにも今のような精神状態では心を研ぎ澄ます事も出来ない。 頼みの綱のロキは今もカシェルと激闘を繰り広げている。二匹は互角……いや、若干だがロキが押されているようにも見えた。 やはり私は此処でーー 「ユメル!」 再度鍔競り合いとなっていたロキはカシェルの剣を弾き反らし、ユメルの方へと首を向けて彼女の身を案じる。 「戦いの最中(さなか)によそ見をするな、と忠告したのは君じゃなかったのか!?」 ロキが視線を反らした隙を突き、カシェルは彼の鉄剣目がけて剣を下から振り上げる。 ギィンーーー 「……ッ!」 一瞬防御反応が遅れ、剣を握る手の握力が自然と弱まっていたロキの剣はカシェルの攻撃に耐えられずに彼の手を離れて宙を舞い、そのまま奈落の谷へと落ちていった。 「な…剣が……」 「…これで君の負けだ」 カシェルは勝ち誇った表情でロキに向かって闊歩し、剣を構える。 ……何とかこの状況を打破出来ないだろうか? だがロキの背後は先程自身の剣が飲み込まれた底の見えぬ谷。落ちれば一溜まりも無い。 相手は剣四本、自分は丸腰…今のカシェルを相手に全ての攻撃をかわす事は不可能に近い。 「今度こそ絶体絶命、ってやつか…」 「ロキ、此処で劇終といこうじゃないかぁ!」 ---- act43 安堵と狂気 バツッーーー (え……私、生きてる…?) 死を覚悟していたユメルは恐る恐る目を開け、自らの状況を確認する。 短刀の先端は彼女の左手の平に突き立てられていて、そこからユメルの血が滴り落ちていた。 「これで龍の血は手に入れた。“古の災厄”の力は我らヴァン族のものとなる!」 ガノッサは歓喜に浸るとユメルの血が付着したままの短刀を念力で浮上させ、それを崖下の氷山へと飛ばす。 短刀は氷山の中央に刺さり、除々に氷の中心部へと吸い込まれていった。 「…………」 自分の命はここで絶えるのだと思いこんでいたユメルは未だに状況が掴めず、左手の痛みも忘れてただ呆然としていた。 「私が生け贄…ではなかったの…?」 「そうだ、だがお前の命が目的ではない」 相変わらず不気味な笑みを浮かべたガノッサはゆっくりとユメルの方へ振り返る。 「災厄の復活に必要なのは龍の血を持つ娘の生き血だ。それもごく少量。 お前を殺してしまえば災厄に力を与える役割のある血液の生命エネルギーが失われ、更には血液自体が凝固してしまう。 つまり儀式が成功するまでお前は生かしておかなければならない、という事だ…」 その時、氷山が突如として目映い光を放ち始める。 「フハハハハ! 儀式は成功した! これより蘇えりし災厄の力を以て世界を統一せん!」 ガノッサは両腕を目一杯広げて崖先に立ち、氷山の光をその身に受ける。 「ロキ、此処で劇終といこうじゃないかぁ!」 カシェルがロキに向かって刃を振り下ろそうとした瞬間、アメンティ山周辺の大地が地響きと共に大きく揺れ始めた。 ガノッサ以外のポケモンは皆バランスを崩して倒れ込み、ロキ、カシェルの二匹も体勢を低くして揺れに耐える。 「くっ…何が起きた……?」 「…どうやら儀式が成功したようだ。遂に“古の災厄”がガノッサ様の前にひれ伏すのか……」 「な…じゃあオレ達は間に合わなかったっつーのか!?」 慌てて周囲を見回すロキの目に崖先に立つガノッサとその付近で揺れに耐えているユメルとルシオが映る。 「なら…儀式が成功したって事はユメルは生きていない筈じゃーーーぐおぁ!」 不意にロキの身体が強い衝撃を伴って宙に吹き飛ばされる。崖の真下から間欠泉のような砂風が吹き出してきたのだ。 切り立った崖はその風圧に耐えきれずに崩壊し、崖の先端側にいたガノッサ、ユメル、ルシオ、カシェル、ロキを巻き込んで上空へと舞い上がっていく。 五匹は抵抗する間もなく、悲鳴を上げながら崖の岩と共に遙か彼方へと飛ばされていった。 崖下の氷山を中心に六角形の頂点の位置から吹き出した六つの砂風はしばらくして光、地震と共に治まる。 それと同時に長年その形を保ち続けていた氷山が崩れ落ち、周囲に轟音を響かせた。 崩落した氷塊の中心にいたのは封印の解かれし者。その影は何かを察知し、首を上空へと向ける。 そして背中の翼を大きく羽ばたかせるとアメンティ山の頂上を目指して飛び立ち、夜闇へ消えていった…… ---- act44 砂風の果て 砂に吹き上げられたロキ達五匹…初めは勢いよく宙を飛んでいたが次第に失速し、アメンティ山の頂付近へ向かって次第に落下していく。 五匹と共に舞い上がった崖の瓦礫は既に落ち、山の岩壁に叩きつけられて粉々に砕け散っていた。 「やばい…落ちるぞ!」 高度が下がって徐々に近くなる山を目の当たりにしたロキの表情に焦りが浮かぶ。 「ロキ、私に捕まって下さい!」 彼のすぐ側にいたのはユメル。何か考えがあるのか、淡く蒼白い光を纏わせた右掌をロキへと差し伸べてきた。 ロキがその手を掴んだ瞬間、全身が青白い輝きに包まれて落下速度が段々と低下し始めた。ユメルは光を帯びたロキにぶら下がるようにして掴まっている。 彼女は念力でルシオの体を引き寄せると空いている手でルシオの右前足を掴み、ロキと同じように落下速度を抑える。 とすっ、と砂の柔らかい音を足先に感じ、着地するロキとユメル。同時に二匹にかけられていた念力も解かれた。 ルシオは砂風に打ち上げられた衝撃で気を失っていたものの、三匹共ユメルのおかげで怪我一つ無く降りる事が出来た。 「はぁ…助かった……ありがとう、ユメル。 それにしても…此処は何処なんだ?」 「恐らくアメンティ山の頂上…だと思います。確信は持てませんが……」 三匹のいる場所は地面に砂が敷き詰められていて所々に大岩が点在している。 周囲は高さ20m程の岩壁がこの地帯を円状に囲むようにして聳(そび)え立つ。その壁は一部が氷に覆われていた。 広さは大規模の闘技場を連想させる程の面積を有している。恐らく大型ポケモン同士が戦っても違和感の無いようなーー と、突然二匹の後方に何かが落ち、鈍い墜落音と共に砂を凹ませた。 半身は砂に埋もれていたが、見慣れた薄紫色の体毛ですぐに区別がつく。ロキが先程まで剣を交えていた相手、カシェルだ。 彼もルシオと同じく意識が無い。無理に起こしたりすればまた襲われかねないだろう。 直後、カシェルの背後に紫の魔法陣のようなものに乗ったガノッサがゆっくりと砂に降り立つ。 「ふっ、ヴァン族の副長ともあろう者が情けない姿じゃ…」 ガノッサは吐き捨てるようにそう言うと何かを探るようにきょろきょろと夜空を見渡す。 ロキは天を仰いで佇むガノッサに向かって戦闘体勢をとり、叫んだ。 「おい、ガノッサ! “古の災厄”の儀式…一体どうなったんだよ?」 「…儀式は成功した。そこの娘の血を以て封印を解き、災厄は三百余年の時を越えて現世に再び光臨せん!」 「血……そうか、だからユメルは生きてるのか…」 ロキはガノッサの言葉からユメルが存命する理由を理解すると、剣を抜こうと無意識に腰へと手を回す。 が、剣は先程のカシェルとの戦いで失ってしまった。そのうえ腰に掛けていた筈の鞘も無い。恐らく砂風に吹き飛ばされたといったところか。 その時、その場にいた三匹の背筋が瞬時にして凍り付く。 何か…何か得体の知れないものが近くにいる。それは確実にこちらに接近してきている。 「フハハハハ! 全てを凌駕するこの力、これぞまさしく災厄のもの!」 あれかーー夜空に浮かぶ小さな影。周囲を圧倒するこの力は間違いなくあの影から放たれている。 その影は次第に大きくなり、遂には巨影となって三匹の目の前に地響きを立てて舞い降りた。 眼前に降り立ったもの…それは3mの巨体を有するポケモン……カイリューであった。 「我が名はファーブニル、この地を守護せし者なり…」 ---- 感想など何かありましたらどうぞ。 #comment