[[目次>Day of Vengeance]] **Day of Vengeance-24-『黒獅子』 [#u09dbbb8] 月が街の道を照らす中、私は目の前に横たわるずぶ濡れになったアブソルを見ながら、荒い呼吸を元に戻すので必死だった。 海にこのアブソルが落ちた途端、咄嗟に水の中に入って助けたのはいいのだけど、水中で泳ぐことなんて滅多にないから桟橋に担ぎ上げるので精一杯だった。 大分呼吸が落ち着いてくると、だんだんとこのアブソルがどんな状態になっているかを把握してきてしまう。 「あれ……まさかこのアブソルの方……やっぱり息してない」 私は伏せったようになっている彼の口元に耳を近づけた。けれどもやっぱり呼吸の音は聞こえなくて。 慌ててる予知なんてないことを知った私はすぐさま彼を仰向けにする。毛が濡れて体に直接ついているのか、やけに華奢な体つきが目立った。 でも今の状態なら好都合かもしれない。どこが胸の位置なのか把握できるから。 私は左の前足を彼の右胸に。右の前足を彼の左の脇腹にそれぞれつけた。後は私のこの技を軽く流してあげれば……。 「うっ……。けほっ……かほっ」 ビシャリ、と何かが小さく弾けるような音が辺りに響き渡ると、アブソルは大きく背中を仰け反らして口から潮水を吐き出した。 しばらく咳き込んだ後、意識は戻らなかったものの呼吸はどうやら正常に戻ったみたいで。 私はほっと胸を撫で下ろすと共に、彼をもといた病院に返さなくてはと病院の方に向かう。 このアブゾルの方には悪いかもしれないけど、私は四足歩行だから彼を上手く運ぶことは出来ない。 だから病院の人を呼んで、担架か何かで運んでもらうことにしよう。それまで彼はここでちょっと寝そべっててもらわないと。 私はゆっくりと上下に動くアブソルの体を見て大丈夫だということを確認すると、病院の方へと足を向かわせた。 ――窓から月明かりが差し込む。それだけがこの病室の明かりとなり、異常な数の寝床を晒していた。 パイプのベッドは何処かへ退けられていて、代わりに直に床へ敷いた毛布に包まってポケモンたちが寝ている光景。ここにいるのはレジスタが襲撃された際に負傷した者達をまるで収容するかのような絵になっていた。 だがレジスタが襲撃された直後はここにすら収まりきらないほどの負傷者がいたとすると、これでもかなり数は減った方である。重症患者を優先的に病室に入れた結果がこれではあるが。 ふと、一つの毛布がするりと動く。固定具を体につけられたミシャだった。動きにくい状態で何とか寝返りをうつと、隣で座り込んで眠っている一匹のウインディの姿を見た。 「看てくれるのはありがたいけど、いい加減酒場の方に戻ったらどうなんだい?」 ミシャが周りを起こさないように小声でそうウインディに話しかけると、やがてそのウインディはゆっくりと瞼を開いた。 何度か瞬きをすると、彼は軽くため息をつく。 「……気付いてたのか」 「狸寝入りは下手みたいだね、クロウ」 半ば笑いながらミシャは言う。クロウは少しだけむすっとしたような表情を見せると、すぐに真面目な表情に戻る。 そして窓の外にある月を見ながら、彼は目を細めた。 「メンバーのほとんどが負傷しちまって、今は酒場も機能してねえよ……」 「そう……」 聞いてはいけないことを聞いてしまった。そう思ったミシャは必然的にそう返事をしただけで口を閉ざしてしまう。 元々あの酒場は“狩人の爪”のメンバーでなりたっているようなもの。そのほとんどが負傷したりしてしまっている今、客など誰もこないに等しい。 二人ともそのまま黙り込んだままで、ただ時間だけが過ぎていく。ミシャは床を眺めたままで、クロウは月を眺めたままで。 ふと、ミシャが何かを思い出したかのように首を上げる。クロウは月から目を離すと、ミシャの方へ向き直る。 「ルフやルイスたちは?」 「ルイスは軍の病院で療養中だ。ルフは行き先言わずどこかに行っちまった」 「そうかい……で、アルスの行方は?」 「分からない」 ある程度予想でもしていたのか、ミシャは驚くことも何か言うでもなく、クロウの報告を淡々と聞いていた。 「ルフは……きっとアルスを探しにでも行ったんだね」 「復讐を成し遂げるために、な。助けるためじゃないのは確かだ」 クロウの言葉でミシャの表情が暗くなる。きっと彼女自身も頭の片隅では理解していたのだろう。 アルスがフラットを滅ぼしたことに加担したのを知った今、ルフは確実にアルスの首を狙う。 暗殺や誘拐。そんな負の感情を目の当たりにすることを生業にしているからこそ、恨みに動かされた者が辿る道を彼女は知っていた。 ただ、そんなことをしたところで気持ちの整理がつくはずもないことは、当にルフ自身も感じてきているはず。 見ている限り、ルフはずっと復讐心に駆られているわけではなかった。 時にはアセシアを助けるために必死になり、関係性はないのにミシャたちを助けたこともある。 ルフは根っから正義感が強い。ミシャは直感的にそう思っていた。でなければ、アセシアを攫うときに邪魔をされたりするわけがない。 「今は余計な心配なんてするな……って言っても、無理そうだな」 クロウは俯いているミシャの顔を覗き込みながら、顔をしかめる。どうにも彼女の曇った顔は晴れそうになかった。 「お前、昔っからそうだよな。案外あっさりとした性格のわりには、意外とお人好しな部分があるってところ」 褒めているのか皮肉でも言っているのか分からないクロウの言葉に耳を傾けながらも、ミシャはその言葉に返事をしようとはしない。 代わりに、消えそうな声で彼女は呟いた。 「あたし、どうすればいいんだろ。アルスを助ければいいのか、それともルフを……」 「止めとけ。焦ったところでいい答えが出るわけねぇっての」 「でも」 宥めるクロウの言葉が入っていないのか、未だに心配そうな顔で尚更に続きを言おうとする彼女の口を、クロウは塞ぐ。 病室の中であるのにも関わらず、クロウは彼女と口元をあわせていた。 本当に触れ合うだけの短い接吻ではあったものの、それは多少の落ち着きを取り戻すきっかけにもなったようだった。 ミシャは口元を遠ざけて俯くと、言った。 「あんたとは一応縁を切った身だからね。あたしの今のパートナーはアルスだから」 「……そこは弁えてるさ。だが、少しは落ち着いただろ」 「……うん」 クロウはそう優しく語りかけるような口調で、自傷気味に笑みを浮かべる。 ミシャは前足を目の前で交差させると、そこに顔を置いた。もう寝ることの無言意思表示に、クロウは少しだけズレていた毛布を口で咥えて戻してやった。 「ゆっくり寝とけ。しばらくは俺もここにいるから」 クロウは彼女と同じように前足を交差させて体を伏せる。ミシャはそのまま目を閉じて眠りについてしまう。 気が張っている状態な上に、まだ体が完治しきっていない状態だったから疲れてしまったのだろう。 やっと寝付いたミシャを見てクロウはため息をつくと、外にある月を見る。いつの間にか出始めた雲が、月を半分覆い隠していた。 「……俺は本当にミシャをこの組織に入れてよかったんだろうか」 こんな苦しい思いをさせるくらいならいっそのこと。あの時拾ってやらない方がよかったのかもしれない。 そんな今更の後悔の念を抱え込みながら、彼はミシャを起こさないようにゆっくりと立ち上がって、病室を後にするのだった。 ――何かが擦れる音が聞こえたと思った途端に、目の前がぼうっと赤みを帯びてくる。それと同時に顔が何だか暖かくなってくる。 そして、甲高くけたたましい声が頭の中に響き渡った。 「朝ですよ! 起きてください!」 雌ポケモンの甲高い声が耳に痛い。眠りを邪魔されたのを不快に思いつつも瞼を開けてみると、何もかもが清潔すぎる白に覆われた部屋。病室の風景が広がっていた。 俺は確かあの後、波止場から脚を踏み外して海に落っこちたんじゃ……。 目の前のラッキーは腕組をしながらこちらを睨み付けると、やがてため息をしながら毛布のシーツなどを剥がしていく。 「昨日あなたを助けてくださったポケモンの方、今日面会にいらっしゃいますからね。また夜中に抜け出すとかしないでくださいよ」 「俺を助けたのがいるのか……」 「ええ。雌性のレントラーの方です」 ラッキーは口調に苛立ちを含ませながらそういった。そしてシーツを丸めて抱え込むと、こちらを睨んで去り際に一言。 「まだ傷治ってないのですから、しばらくは安静に!」 そういって、ラッキーは部屋を出て行った。恐らく真夜中のことだったから、いきなり急患として運ばれてきたために仮眠から目を覚まさなければならなかったのだろう。 自分の体を見ると新しい包帯が巻かれていた。どうやら傷口もまた塞さがったらしい。少なくとも赤くはなっていない。 カーテンを開けたときに窓も一緒に開けたのか、弱いながらも風が部屋に入ってくる。かすかに潮風の匂いがした。海が近いから当たり前といえば当たり前だが。 それにしても、海に落ちたのをわざわざ拾うなんて余程のお人好しもいたものだ。 人通りの多い真昼間ならそういうのがいてもおかしくはないが、場所はともかく時刻は深夜だった。あまりにもタイミングが良すぎるとも思えるのだが。考えすぎだろうか。 でもどんなやつであろうと助けられたのは確かだから借りを作ったのは間違いない。どんな見返りを求めてくるのか分からないが……。 「ちょと、まだ患者さんが朝食食べてないのですから面会は……」 「本当に、少しだけなのでお願いします」 と、廊下からそんな口論が聞こえてくる。どうやらここの部屋の前の廊下で行われているようで、声はかなり近い。 ラッキーの声は先程聞いたから分かるから、恐らくもう一つの声が面会をお願いしている側だろう。透き通った声でおっとりしてそうな口調。 何故そんなに面会を急いでいるのだろう。俺の方への面会じゃないことは確かだが。そもそも今の状態で俺に面会をしてくるやつはいないだろう。 ミシャやルイスには行き先など言ってはいないし、ヒースやリュミエスはしばらくレジスタの復旧を手伝うとか言ってたからこれるはずもない。 アセシアは……いや、止めよう。考えるだけ労力の無駄だ。 「仕方ないですね……分かりました。でも朝食が運ばれてきたら面会終了ですからね」 「ありがとうございます!」 どうやらそのごたごたもラッキーの負けで終結したらしく、がらがらと音をたてて声を主が俺の病室に。って。何で俺の病室なんだ? 扉を開けて入ってきたのは、さきほどラッキーの話で出ていた雌のレントラー。黒い鬣が白い病室によく映える。 助けてもらったお礼の催促でもしにきたのだろうか。いや、でも外での話を聞いているとそんなことを切り出してくるような性格でもないとは思うが……。 「初めまして、私、シェリアといいます」 屈託の無い笑みを見せて、目の前のレントラーはそう自己紹介をした。 ---- CENTER:[[前の話へ>Day of Vengeance-23-『孤独』]] [[次の話へ>Day of Vengeance-25-『失ったもの』]] ---- ▼感想、コメントなどありましたらお気軽にどうぞ。 ---- #pcomment(コメント/DOV-Story24,10,below)