[[目次>Day of Vengeance]] **Day of Vengeance-22-『計画』 [#j08c9069] 今更後悔したって遅いのだ。もう何もかもが狂い始めてしまった。目の前のアセシアは、自分を「フィアス」と思って疑わないだろう。 ふと、目の前にいるアセシアを見る。医者か誰かを呼んでこようとは思った。だが今となっては逆にアセシアに記憶を取り戻されることが怖い。 ルイスたちに、そして記憶の戻ったアセシアに一体何を言われるのか。 たった数日の付き合い。たったそれだけの期間共に居ただけなのに、なぜか俺の中では彼らが大きな存在に成り得ていた。たった……数日だけなのに。 「どうしたんですか?」 嘘の名前を教えた俺に対して、首をかしげながらそう問いかけてくるアセシア。その仕草がどう見ていてもフィアスにしか見えなくて。過去の妄想を振り払う意味でも首を横に振ると、彼女に俺は言った。 「いや、なんでもない」 そう言ったにも関わらず、彼女はいまだにこちらを見て首をかしげている。こげ茶色の瞳をぱちぱちと何度か瞬かせて、彼女はこう言った。 「でも、なんだか顔色が優れないみたいですけど……」 顔色が優れない? また顔に出たのか。フィアスにも良くその事は言われた覚えがある。 記憶を失っているとしても、アセシアにそれを言われるとは思わなかった。 でもそれが、余計に今のアセシアとフィアスを重ねる事になってしまう。 このまま彼女がフィアスになったとしたら……いや。彼女がアセシアであることには変わりない。 「大丈夫だ。何でもない」 そう言って、アセシアから顔を逸らす。そうでもしないと、彼女の顔を見るだけでもフィアスと重なってしまう。 記憶喪失をいいことにフィアスという間違った名前を教えてしまった後ろめたさも、もしかしたらあるのかもしれない。今そんな事を思ったところで、目の前のこの現実が変わるわけでもないが。 「ルイス、居るか? 入るぞ」 向こうからなにやら聞き覚えのある声が聞こえた。そしてそれから間もなくその声の主はゆっくりとドアを開いていく。やがてそこから顔を出したのは、ルイスの同期であるエンペルトだった。 「……ってなんだ。まだルイスは復帰してないのか」 エンペルトはヒレのような手の包帯のズレを直しながらそう言った。俺らの存在は無視か。 面識といえば少しだけここの建物の通路で会ったくらいだから、気にするような間柄ではないことは確かなのだが、部屋にいるやつに挨拶抜きでまず悪態つくのは止して欲しい。 「ルイスならまだ病院にいるはずだ」 「そうか。あいつよりも俺の方が案外タフなのかもな」 彼はハハッ、と軽く笑うが、俺達が唖然としているのを見てすぐに笑うのを止める。 そして軽くため息をつくと、俺の隣にいるアセシアの存在に気づいたのか、眉をひそめた。 「あれ、そこのお嬢さんは会ったことないな。名前なんて言うんだ?」 「……早速ナンパか」 「うっせーよガキ。ただの興味だよ」 俺が呟くのをどこにあるか分からない耳で尽かさずキャッチしたようで、不機嫌そうにそう返してくる。 アセシアはそんな会話の様子に終始戸惑いながらも、エンペルトと俺の方を何度か見てから、やがて口を開いた。 「えと、フィアスっていいます……」 「フィアスちゃんかあ。歳いくつ?」 「えっと……あの……」 歳を聞かれても今のアセシアに分かるはずもない。その所為かおどおどしているアセシアの背を押すと、俺は強引にエンペルトの横を彼女と一緒に通り過ぎた。 「……いくぞ」 「え、おい。ちょっと待てよ~。そりゃあ~ないだろうよ~ルフく~ん」 「気持ち悪い! 悪寒が走る! ついてくんな!」 エンペルトの気色の悪い猫撫で声(気持ち悪い時点で猫撫で声かは不明)に、そう声を張り上げると、アセシアを押して先に急がせる。 それに、あいつに色々と感づかれると、きっとルイスにそれを話してしまうだろう。そうなったら、俺は彼にどういえばいいのか。 それを避けるためにも、その場を駆け足で後にすることにした。 ――軍の宿舎を出てきたのはいいものの、これからどうすれば。 恐らくルイスはまだ病院にいるだろうし、ミシャもあれだけの攻撃をアルスから食らわされたのだから意識が戻っても即座に動くことは出来ない。 でも、その方が自分にとっては都合がいい。今のアセシアに記憶を取り戻されてしまったら、俺はなんて彼女に言えばいいのだろうか。言う事なんて恐らく出てこないだろう。 逃げたい。ここから今すぐに。 そうすればアセシアの記憶が戻るのを防げそうな気がした。 そんな下らない考えよりも先に、足は段々と街の外へと向かっていた。 「ど、どこへ行くんですか?」 無言で歩き出した俺を見てそううろたえながらもアセシアはそう問いかけてくる。 揺れる目がこちらを見据えていて。また思わずフィアスと重ねそうになって目を逸らす。 「この街を出ようと思う。この先にあるミナミム港に行って、そこから……」 「私も、付いて行っていいですか?」 俺は何を考えているのだろうか。 どんな行き先であれ、記憶を失った彼女は俺についてくることは一目瞭然。 それなのに崩壊したあの故郷の村に連れて行くなんて。 フィアスと重ねないようにすればするほど、段々と彼女と重なっていく。 女々しい自分に嫌気が差した。それでも、重ねることを止めることが出来ない。 「ああ、構わない」 俺は何もかもから逃げ出す言葉を選んでしまった。 ――仄暗い通路を歩く、ブラッキー。黒い体に散りばめられた金色の輪を輝かせてその道を照らし出す。 金属の板に囲まれた通路は、その淡い光を反射させて更に道を明るくしていた。 何一つ表情を変えず、赤い眼でしっかりと前を見据えて歩くそのブラッキーは誰に言うでもなく独り言をこぼす。 「実験は成功、か。問題があるのにそれを成功というのは、スコルの悪い癖だな……」 確かあの時もそうだったか。と付け加えるように彼は言う。 ふと彼は足を止めると、背後に振り返って気配の姿を確認した。 「なんだ。お前か、アーカイム」 「やっと存在に気づく辺り、腕が鈍ったか?」 そう皮肉を言ったポケモンは、赤と黒の長い鬣を揺らして彼の元に歩いてくる。 すらりとした細い体躯に、いかにも悪タイプであることを醸し出すような鋭く伸びた赤い爪に暗い灰に模した身体。 目元や口元には赤い隈取のようなものが見て取れる。 ブラッキーはその皮肉を聞いて、フン、と鼻を鳴らすと再び歩き出す。 「計画は順調か……?」 「問題がある点以外は順調だ」 「それは順調って言うのか疑問なんだが」 空色の眼を彼に向けながらアーカイムはそう言った。 アーカイムが彼の隣に並びながら歩いていくが、その背の高さからブラッキーは顔を上げて話すことになるため彼の方に向いて話そうとはしない。 ブラッキーは話を続ける。 「元々、“アレ”を阻止するには“アレ”を利用するしかないと思っていたからな。……人間の起こした事態に対して、人間の残した物を使うことになるのは少々癪に触るがな」 そう言って目を細めた彼を見て、アーカイムは口元に手を当てて何かしら思い出すような仕草をしながら、彼は言った。 「“アレ”は最終手段ではなかったのか」 「勿論最終手段ではある。だが、それを使わざるを得ない可能性のほうが高くなってきているのが現状だ。実際、感染者が増えつつある。このままいけば……」 「スコルですら、抑えきれないことになるのか」 「そういうことになる」 事が深刻な方向に進んでいるからなのか、それとも都合の悪い状況だからなのか。 二人は重々しい空気を感じていた。 ふと、ブラッキーは立ち止まって、やっと彼の方に顔を向ける。勿論、顔を上げて彼の方を向くことになるのだが。 「アーカイム。もう計画は整いつつある。今更、養子娘のために考えを揺らがせるな」 「気づいていたか」 アーカイムはため息をつくと、目を細めて彼の方を見る。 ブラッキーはそのまま続けて言った。 「元々から分かっていることだ。お前が彼女を跡継ぎの養子としてではなく本当の一人娘として育てていたことは私も知っている」 「そして、私の娘に対して密かにお前が想いを寄せていたことも私は分かっているつもりだ」 「……っ」 ブラッキーはアーカイムに返された予想外の言葉に、表情に揺らぎを見せる。 「本当に揺らいでいるのは、お前の方じゃないのか? ハティ」 「……もうとっくに気持ちの整理はつかせた。少々、強引ではあったが」 「……」 アーカイムはきっとその意味をなんとなく理解はしていたのだろう。だが、それを咎めようとはしなかった。口では。 ほんの一瞬の出来事だった。彼が腕を元の位置に戻す頃には、ハティと呼ばれたブラッキーは脇腹を押さえながら彼を睨みつけた。 「シャドークローだから、対して苦にもならんだろう」 「だからといって急所を狙うな。急所を……」 アーカイムは踵を返すと、もと来た道を戻り始める。そして足を止めて少しだけ振り返ると、彼は言った。 「そろそろ俺は自分の居場所に戻るとする。俺は表舞台で演じていればいいのだろう?」 「ああ……。引き続き任せた」 ハティはアーカイムが消えていった道をしばらく睨みつけると、やがて痛みが引いたのか踵を返して奥の方に向かうのだった。 ---- CENTER:[[前の話へ>Day of Vengeance-21-『錯覚』]] [[次の話へ>Day of Vengeance-23-『孤独』]] ---- ▼感想、コメントなどありましたらお気軽にどうぞ。 ---- #pcomment(コメント/DOV-Story22,10,below)