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Day of Vengeance-21-『錯覚』 の変更点


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**Day of Vengeance-21-『錯覚』 [#a267f14d]
 
 
 
 ベッドの上で体をゆっくりと上下させながら眠るアセシアの姿を見る。
 とりあえずはルイスに借りた軍の宿舎に運んできたのはいいものの、疲れ果てているのかまだ一向に目を覚まさない。
 彼女が抜け出してきた場所が分かれば、それこそアルスに一歩近づけるというのに。

「すぅ……すぅ……」

 まるで子供のような安らかな寝息が耳に入ってくる。
 寝姿を見ていると本当にフィアスに似ている。
 そう、見た目は本当にフィアスに生き写しなんだ。違うのは性格だけだ。
 こいつがもしフィアスなら、お帰りと言って、今までのことなんて忘れてしまいたい。
 でもあいつは……もうここにはいない。目の前にいるのはただ同じエネコロロっていうだけの一人のエネコロロに過ぎないんだ。

 フィアスは戻ってはこない。そんなこと分かってるはずなのに……。
 何故かアセシアにフィアスを重ねてしまう自分が虚しかった。

「くそ……」

 俺と寝ているアセシア以外誰もいない部屋の中で、悪態をついてもどうしようもない。
 そんなこと分かっている。分かってるのに……。

 アルスがフィアスを手にかけた。あのエーフィが言ったことはそういうこと。
 確証はない。ただ、俺があの燃えているフラットに駆けつけたとき、傷ついていたフィアスは確かに言った。

『……ルカリオ…エーフィが率いてる集団が……』

 だんだんと思い出していく彼女の言葉が自分でもはっきりと分かった。
 あの時は気が動転していて彼女の言葉が思い出せなかったが、今アルスがフィアスを殺したという情報を得た今。
 記憶の中に鮮明に焼きついていた言葉が蘇ってくるのが分かる。彼女は確かに、ルカリオとエーフィに殺されたということ。
 ルカリオはアルス。エーフィはこの町を襲ったあのスコルとかいうエーフィだと思えばつじつまが合う。

 ……そう思うことでしか、今の自分を保てそうになかった。
 自分が今しようとしてることが分からなくなってきた。
 フィアスを殺した奴に復讐をすると、俺はあの時あの場所で誓った。
 なのに、その敵を目の前にしたとき、自分は手も足も出なかった。
 しかも、操られているという事実を、俺は完全に無視できたわけじゃない。
 ミシャの……彼女の悲痛なアルスへの叫び声を聞いたとき。
 昔、亡くなった時フィアスの名前を叫んだ自分自身と重なる。

 自分の復讐が……本当にこのままの気持ちで達成できるのか。

 このままだと、自分が誓ったフィアスの仇討ちを出来ないままになってしまいかねない。

 でも何故なんだ。
 アルスへの復讐をしようとしている自分自身に迷いが生まれるのは。

「ん……んぅ……」

 そんな考え事も、アセシアのうめき声で中断させられる。
 一旦目を強く瞑ったかと思うと、やがてゆっくりと目を開けていく彼女。
 ニ、三度目を瞬かせると、俺の方をみて首を傾げた。

「あなた……誰?」

 その言葉に耳を疑った。俺は未だにベッドの上で目を擦っているアセシアに近付いて、じっと目を見る。

「覚えてないのか?」
「……ごめんなさい。分からないです」

 目を泳がせて動揺している彼女を見て、それが嘘ではないことが分かってくる。明らかにアセシアのする仕草とはかけ離れてる。
 あまりにもおどおどしていて、落ち着かないといった感じ。そんなこと。あんなありえないほどに冷静な彼女が、こんな性格にいきなり変われるわけない。

 記憶喪失。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。

「……とりあえずここで待っててくれ」

 誰かを呼んでこなくては。医者か誰かを……。

「え……」
「お願い……一人にしないで……」

 部屋を出ようとした俺を、咄嗟に前足で遮るようにベッドから身を乗り出して、震えた声で彼女は必死にそう訴えかけてきた。
 目の前にいるのは確かにアセシアだ。だけれど、どうもなんか接しにくい。元々のアセシアも接しにくかったが、ここまで純粋なさまをいきなり見せられてもどう反応すればいいのか……。

「お願い……」

 返答がないことを不安に思ったのか、彼女がもう一度そう懇願してくる。しかも上目遣い。
 フィアスが俺に何かを頼むときとかに良く使った手。目の前にいるアセシアとフィアスが重なって……。
 いや、目の前に居るのは確かにアセシアなんだ。フィアスじゃない。そう、フィアスじゃない。
 何とか自分を落ち着けようとして、アセシアから距離をとる。
 
「あ、ちょっと待って……!」
「え、あ……うわっ!」
 
 それが懇願を断ったことだと思ってしまったのか、彼女は更にこちらを前足で手繰り寄せようとはするが、彼女はまだベッドの上。
 その位置には限界があった。そのまま俺は彼女をベッドから引きずり落とす形になってしまう。更にそれを慌てて支えようとしたのが間違いだった。

「……」
「……」

 落ちてきた彼女をそのまま支えたのまでは良かった。ただ、その体勢に問題があった。
 彼女が俺の上に覆いかぶさるような形で、なおかつ彼女の顔が間近に迫っていたのだ。
 自分の心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。彼女も彼女で顔を段々と赤くさせていったのが分かった。

「ご、ごめんなさいっ!」

 彼女はそう言ってすぐに俺の上から素早く退くと、気まずくなってしまったようで俺と目を合わせようとはしなかった。
 俺も彼女と目を合わせることなんて出来なかった。と言うか無理だ。
 あんな体勢でなおかつしばらくそのまま顔を見合わせてしまったのだから、気まずいことこの上ない。
 それになんだかこっちまで顔が火照ってしまっていくのが分かる。
 あー、咄嗟に支えなければ良かったかもしれないなこれ……。
 今更後悔しても後の祭りであることは確かだが、あまりにもこれは気まずい。

「あ……あの」
「ん?」

 と、思ったら今度は普通にこちらの方を向いて話しかけてくる。未だに頬は若干赤みを帯びてはいるものの、少し落ち着いたみたいだった。
 それよりも俺の方が落ち着いていないのかもしれない。

「その……私の名前を教えていただけますか? 何か思い出せるかもしれないので……」

 アセシア。そう言おうとしたところで、何故か喉がつかえた。
 このまま名前を教えてしまって記憶を取り戻したところで、何かいいことがあるだろうか。
 むしろこのまま。記憶を失ったままの性格のほうがいいんじゃないかと。
 そう、フィアス。目の前にいるのは正にフィアスそのままの性格としか思えない……。

「お前の名前は……フィアスだ」

 言ってしまった……。

「フィアス……分かりました! ありがとうございます!」

 自分の名前が分かったことに安堵しているのか、アセシア……いや、偽りのフィアスは笑顔を見せてそう言った。
 俺は一体なにをしているのだろうか。こんなことをしたところで、目の前のエネコロロがフィアスではなくアセシアであることは変わりないんだ。
 それを今こうやって偽ったところで何があるのだろうか……。

 屈託のない笑みを見せる目の前のエネコロロに、今更名前の訂正なんて出来るだろうか。
 出来ない……。むしろなんでフィアスという名前を教えたのかなんて聞かれてしまったら。
 俺はきっと答えることなんて出来ない。
 
 それでも、フィアスという名前のエネコロロが目の前に居ることで安堵感を感じている自分自身に呆れるしかない。しかしそれでよかったと思ってしまう自分もいる。
 頭が痛い。吐き気がする。自分のやったことなのに。
 笑みを見せるエネコロロの前で、俺はただただ罪悪感を感じて、佇むだけだった。
 
 
 
 
 
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