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Day of Vengeance‐Prologue‐ の変更点


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**Day of Vengeance‐Prologue‐ [#ec4bbd32]

 日が姿を隠し始め、やがて月が顔を出す。夜になると寒さがより一層深くなる北の大陸フリジッド。
 その空はいつも澄んでいて、夜に映る無数の星々は様々な者達を魅了してやまない。
 いつものように今夜も夜空に満天の星が煌めく。そのはずだった。分厚い雲に覆われ、月の輝きさえも失われた空を見上げているアブソルが不安を口にした。

「さっきまであんな雲なんてなかったはずだ……」

 胸の中で重くのしかかる何かが、粘着質な液体のように蠢く奇妙な感覚。ふと冷たい風に乗って流れてくる焦げた臭い。それが燃えた時の煙だと気付くのに時間は掛からなかった。胸中に渦巻いている不安は更に増す。ここで燃えるようなものといえば俺の背後にある小屋と、ここから少し離れた場所にあるフラットという村のみ。遠くに赤い光を見つけると、その不安は現実味を帯びていく。気持ちの悪い感覚に後押しされるかのように、気づけば四肢に力を入れてその場所に向かって走り出していた。

「なんだよ……これ」

 暗い草原の中、赤い光を頼りに辿り着いたフラット。いつもならここの住民が冷めた目でこちらを見るはずだ。しかし今の光景はどうだろうか。
 目の前に広がっていたのは一面の火の海。民家を火が飲み込み、咀嚼するかのようにうねり続ける光景を見て、言葉を失ってしまった。火から上がる煙によって自身の白い毛並みが黒ずんでいくのも気にせずに、ただひたすら燃えさかる村の奥へと足を進めていた。
 こんなの嘘であって欲しい。焼けた粉塵が喉を焼く痛みに耐えながらも、あるポケモンを探す。無事であって欲しい、そう願いながら。
 肉が焼けたような臭いが鼻に纏わり付く。決していい匂いなんかじゃない。火に巻かれてしまったポケモン達が灰になっていく。焼けただれた皮から赤い真皮が剥き出しになっているその亡骸を見て、酸味を帯びた液が口の中を満たした。それを吐き出して首を大きく横に振るう。
 焼けた家の壁や木片が倒れてくるのを避けながら、一際大きく燃えているこの村の長の家へと向かう。そこにきっと捜している者がいるはず。業火を上げて燃え盛る家の前、地に横たわる一匹のポケモンを見かけて、俺はすぐにそちらへと足を走らせた。

「フィアス……!」

 間違いはなかった。捜し求めていた幼馴染みの姿は変わり果ててしまっていた。
 薄紫色の大きな耳に首に巻いたような毛。ふっくらとしたクリーム色の体は、ところどころに火傷の痕や何者かに殴られたのか毛の奥に見えるほどの痣がある。
 一体誰がこんなことをしたのだろうか。そう思えば思うほど余計に怒りが込み上げてくる。
 何故あの時、ふとした気味の悪い感覚を感じたあの時にフィアスをそのまま村に返してしまったのだろう。あの時引き止めていればこんなことには……。

「ル、フ?」

 木が炎に包まれて爆ぜる音の中に朧気ながらに聞こえた、かすれた声で名を呼ぶ声。初めは空耳かと疑った。しかし、前足を横たわりながらふるふると浮かせるその動作を見て、まだフィアスには息があることに気付く。確かに息はしている。
 しかし医療に詳しくない素人目で見ても分かるほど、彼女は衰弱しきっていた。もう手遅れなのは俺にも分かった。だが信じたくない。

「ルフ……そこに、いるの?」

 もうほとんど彼女との距離はないというのに、まるで俺が遠くにいる存在かのように鼻をひくつかせて、耳を動かして確かめている。目はどこか虚ろで、どこを見ているか分からない焦点の合ってない瞳を見て、唇を噛み締める。自分の不甲斐なさをただ憎むしかなかった。
 今まで一切触れたことのない彼女の顔に前足をそっと添えるように置く。すぐ傍に俺がいることが分かったのか、彼女の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。依然として苦痛に歪んだ顔は元には戻らない。

「フィアス、一体何が……」

 彼女の顔に触れた自身の前足が、自分でも分かるくらいに震えていた。背後にあるどこかの民家が、脆くも崩れた音が耳に入る。
 必死に声を絞り出して何かを訴えかけようとしているフィアス。耳を彼女の顔に近づけた。

「……ル…リオ……エーフィが率いてる集団が……」
「そいつらがこの村を襲ったのか……」
「おね……が…い……」

 フィアスは何かを言おうとして、口を動かしていた。だが何を言っているのか聞き取れない。それどころかどんどんと息の音すら聞こえなくなってくる。
 やがて彼女は、&ruby(もた){擡};げた首をそっと地に下ろしてしまう。動かない。それが何を意味するのか分かっているはずなのに。傷付いた姿を見た時に覚悟はしていたはずなのに。目の前にいる彼女の微かな笑みを見て、とてもじゃないが信じたくはなかった。

「お、おい……フィアス……?」

 耳元で声をかけてみる。だがやはり彼女は動かない。あの満面の笑みを、浮かべてはくれない。

「フィアス……くそ……俺は……」

 彼はただ、フィアスの亡骸の元で泣き叫ぶばかり。それをあざ笑うかのように、炎がゴオッと音を上げ、その声を消し去っていくのだった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 長く息をしていなかったかのような息苦しさで思わず飛び起きる。一気に吸い上げた息をゆっくりと吐くと、辺りを見回す。
 閉じられた分厚い赤茶色のカーテンの隙間から、日差しが漏れ込んできている。どうやらもう日が大分上がっているようだった。

(夢か……)

 夢と言った方が正しいのか、記憶と言った方が正しいのか。今見たのはそのどちらでもある。ベッドから飛び降りると背を伸ばして体をほぐす。

 ――俺の幼なじみの住む村、フラット村が謎の集団に襲撃され崩壊してからもう約半年。その集団の情報は一向に見つからない。それどころか、襲撃事件のことさえも忘れ去られてきている。このままではフィアスの仇をとることが出来なくなってしまう。それだけは何とか避けたい。
 このフリジット大陸一帯の町を回りながら情報を得ようと練り歩いてはいるものの、手応えのある情報がなかった。どれも“謎の集団”で片づけられていて漠然とした噂程度でしかないのだ。
 軽くため息をつくと、部屋から出るために扉を頭で押して開かせる。カウンターにいるハッサムが無愛想に「おはようございます」と言うのを聞き流し、玄関から出て行く。途端に朝日が目に入り込み、思わず目を細める。そういえば、フラット村から少し南下したここは朝の入りが早いのをすっかり忘れていた。
 目がやがて日の光になれてくると、軽く舌打ちをしながら再び情報収集へと赴く、とはいえ向かうところは既に決まっていた。……酒場だ。
 酒場はどの町でも必ず賑わう。他所から他所へと練り歩く行商人は、宿屋より酒場で朝を迎える事が多い。というのも、宿屋は大抵かなりの金を取るので、朝でも夕でも空いてる酒場の方が割安だからだ。酔っぱらったふりをして狸寝入りを決め込めば、朝まで酒場に居座れる。……差し詰め、貧乏人の知恵といったところだろうか。

 ――アーチ状の扉を開けて中に入ったところで、酒臭さが鼻につく。この臭いには本当に慣れない。顔をしかめながら奥のカウンターへと足を進めていくと、店主らしきバシャーモが奥の酒棚から顔を出した。

「朝っぱらからあんたも酒飲む気か?」

 バシャーモがそう言いながら、入り口近くで酒を飲んでる二人のポケモンを顎で指す。そちらに目をやってからすぐに視線をバシャーモの方に戻すと、

「ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

 と軽く店主の言ったことをあしらう。彼はばつが悪そうな顔をした。

「答えられる範囲ならな」

 そう言いながらカウンターに手を置いてやや前屈みになる店主。ことを早く済ませて、このイヤな臭いの中から出たい。俺は単刀直入に店主に向かう。

「この町の北に、フラット村っていう小さな村があっただろ?」
「ああ。そういやあったな。ただ、謎の集団に襲撃されたとかで壊滅したらしいな」

 またか……。
 店主から出た“謎の集団”という言葉に、不意にため息が出る。それを察したのか、店主は額に皺を寄せた。

「何か気に触ることでも言ったか?」
「いや、あんたがその謎の集団について何も知らないのが分かっただけだ。……失礼したな」

 そう言って店から出ようとした最中、肩を掴まれて足が止まる。舌打ちしながら後ろに振り返ると、さきほどの店主が目に入った。

「情報を集めるんだったら、この町から更に南下して海を渡った先にあるミーディア大陸の王都・レジスタに向かうといい」

 店主はそう言いながら丸めた洋紙を手渡してくる。それを右前足で受け取ると、軽く振って開いてみる。深緑色が大陸、空白は海域。渡された物は世界地図だった。

「レジスタの城下町は王の管轄下なだけあって、商業が他の町よりも盛んなんだ。商業の要衝といっても過言じゃない。各地の行商人も必ずここへは訪れる。だから……」
「……自然と情報の宝庫にもなるわけか」

 説明は不要と言うように、俺は店主の言葉を遮り、地図を肩にかけてあるポーチへと詰め込んだ。店主は一瞬だけ不満そうな表情を浮かべたものの、その言葉に頷く。そしてその後に続けて言った。

「しっかし。よくもまぁ地図も持たずに旅に出るなんて、物好きだな」
「あんたには関係ない。とりあえず助かった」
「なんか感謝してるようには到底聞こえないな……まあいいが、旅の成功を祈ってるよ」

 店主は俺の冷たい返事をそう軽く受け流すと、背を軽く押してきた。その勢いを保ったまま、俺は酒場の外へと出た。再び、朝日が目に差し込み、目を細める。

「王都・レジスタ……か。まずは港だな」

 そう呟きながら店主がくれた地図を取り出し、その町を後にした。
 
 
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