[[目次へ>Day of Vengeance]] **Day of Vengeance‐9‐『錯綜』 [#g2143910] ドンと水面に何かを叩きつけたような音の後に、水飛沫が再び海に戻る。それを見届けたのか、炎を纏った巨大な鳥は踵を返すかのように身を翻すと、そのままどこかへ飛んで行った。 そして再び辺りには風で波打つ音だけが残る……はずだった。 海の中に鳥とも思える巨大な影が現れ、水飛沫が上がった場所へと向かっていく。やがてその影は背に何かを乗せ、水面に白い背だけを出して進んでいく。 そして海岸線の波打ち際まで来ると背に乗った何かを降ろして再び海の中へと姿を消してしまった。 何処なんだ、ここは。 &color(purple){見エナイ、ナニモ……ナニモ。}; ……あれは、誰だろう。 &color(purple){知ラナイ、知リタクモナイ……関ワリタクモナイ。}; ……あれは、以前住んでた村の住民? &color(purple){来ルナ。寄ルナ。見ルナ。モウ二度ト。}; 何故そんな目で見る。俺は何もしてない。 &color(purple){ソウ、何モシテナイ。悪イノハヤツラダ。}; 俺はただ危険を知らせただけだ。なのに信じようとしなかった! &color(purple){見捨レバヨカッタ。見殺シニシテシマエバヨカッタ。}; 助けようとした。だけど助けられなかった。村の住民は俺を責めた。 &color(purple){信ジナカッタクセニ。俺ヲ忌ミ嫌ッテタクセニ。}; 村を追い出されて、俺は途方もなく歩いた。 &color(purple){何故俺ガ悪インダ? ナゼ? ナゼ!}; また誰かがいる。目の前に。誰かが。 &color(purple){モウ信ジナイ。他者ナンカモウ信ジナイ。}; 薄紫の大きな耳にクリーム色の華奢な体。そう、彼女。……彼女? &color(purple){信ジナイ。信ジナイ。信ジナイ……?}; ハッと気が付いて目を開ける。鼻から潮風のにおいを嗅ぎ取ると、首をもたげて辺りを見回した。 (ここは……ミーディア大陸なのか?) ふと頭の中にさきほどの惨事が蘇る。隣を見ると、翼膜が焼かれていて瀕死状態のヒースの姿。体が上下していて生きているようだが、その間隔は遅い。このまま放っておけば死んでしまう。 「がぁっ!」 咄嗟に立ち上がろうとするものの、四肢に刺したような激痛が走る。恐らく水面に叩きつけられた時に負ったものだろう。痛みが酷く、上手く立てない。 何とか立ち上がったものの、ヒースを運び出せる体力は無いに等しい。それでもこんな人気のない場所に彼を置いておくのは危険すぎる。 「ぐっ……」 全身が痛みに悲鳴を上げる。それを堪えながらもヒースを背負い、やがてゆっくりと歩き出す。 彼に比べれば、俺はまだ軽傷で済んでる。そう自分に言い聞かせて重たい体を動かして前へ前へと進む。 多分ここからそう遠くない場所にキタム港があるはず。王都に直結する港町だから、それなりの医療施設はあるだろう。 こんな状況下でもこんな悠長に考えられるのは余裕があるからだろうか。それとも痛みを頭の隅に追いやるための処置なのだろうか。 先ほどの夢のことなどとうに忘れ、一歩一歩土を踏みしめて港町へと向かう。 普通に歩けば5分と掛からないだろう。だが痛む体で重たい者を運べばそれは10分にも20分にもなる。痛みと戦いながら運んでいれば、感覚的にもそれは長くなる。 「着いた……か……はぁ」 やっと港町の入り口を示すアーチが目に入り、安堵する。あとは町に入れば他のポケモン達も少しは協力してくれるだろう。 「だ、大丈夫か!?」 案の定、入り口にいた門兵が駆け寄ってくる。青くつるつるとした体表に、やや四つん這いのポケモン、ラグラージ。結構力が強い種族だから、任せておいて大丈夫だろう。 「このカイリューを、病院へ連れてってくれ」 「わかった。すぐに連れて行く」 ラグラージは力強くうなずくと、ヒースを軽々と持ち上げて背に乗せ、やや早足で歩き出す。 町の途中までそのまま付き添ったが、アセシアやリュミエスの行方が気になる。 ふと進路を変えたのに気付いたのか、ラグラージは困惑した表情を見せた。 「お、おい。お前も病院に……」 「悪いけど俺は他に用事があるんだ。カイリューをよろしく頼む」 ふらつく体を何とか直しながらもまずは波止場の方へ歩き出す。周りの視線なんか気にしなかった。昔から嫌な視線を浴びるのは慣れている。 波止場に向かうにつれて何やら騒がしくなってくる。何かあったのだろうか。ポケモンの間をすり抜けていくと、そこには倒れているリュミエスの姿があった。 ヒースのように翼を焼かれてはいなかったが、身体中傷だらけで起きあがれそうにはなかった。 そんなリュミエスを取り囲むかのように、王国軍の紋章が刺繍されたバンダナを巻いているポケモン達。すぐにリュミエスの前に出て行くと、周りが一瞬ざわつく。 「誰だ、お前は」 「何でこんなことを!」 藍色の鱗に赤い腹部。一本の尖った爪に三角状の長いヒレ。そのカブリアスはこちらを睨みつけて面倒くさそうに言う。 「&ruby(シフティ・ファング){狡猾なる牙};の一味である可能性が高いから捕まえただけだ。暴れるもんだから少々痛い目に遭わせたがな……」 「リュミエスはそんな奴らとは関係ない! 第一、まだ幼いだろう!」 「悪いがな、小僧。幼くても罪は犯すんだ。……とりあえずこいつも関係ありそうだから、取り押さえとくんだ」 その言葉を聞き終えた途端、背に激痛が走る。立ち上がろうとするが、足に縄を括り付けられてしまう。あっさりと捕まってしまった様子を見て、ガブリアスは笑った。 「案外弱いのな、お前。なかなか見かけない種族だから身構えてたが……意味なかったみたいだな」 「くっ……」 あざ笑うガブリアスを睨みつけるが、それはただの悪足掻きにしか見えないだろう。傷ついたこの体がただ恨めしかった。 「行くぞ。……詰め所で色々と話を聞かせてもらうからな」 周りの軍兵に号令を掛けると、ガブリアスはこちらを通り過ぎる際にそう言った。その表情は至って真面目で、むしろ寒気すら感じるくらいに淡々と。 「……なるほど。つまり、こちらの勘違いというわけだな」 「あんたたちの勘違いはスケールが違うだろ」 詰め所と呼ばれる建物の独房で、一通り事情を話す。ガブリアスや他の軍兵もばつが悪そうにそれを聞いていた。軍が民間者を焼き落としたのだから、上層部から叱られるのは目に見えている。 「すまんな……と謝ったところで民間者二名の傷は癒えんだろうな。治療費などの面倒はこちらが見る。あと謝礼金もな」 鉤爪で頭を掻きながら金の話をするカブリアスを睨みつける。彼はため息を付くと首を上下に何度も動かす。 「はいはい、金の問題じゃないと言いたいんだろう? しかしだな、それ以外に何が出来ると言われたら、上からこっぴどく叱られる位しかないんだが」 こんな状況でも強気の態度に出るガブリアスをさらに睨みつける。彼は二度目のため息をつくと、真面目な表情を見せた。 「すまなかった。誤認識はこちらの非だ。ヒース氏やリュミエス氏には私が謝罪しておく。これでいいな?」 「ああ」 一応の返事をしたのを見て、ガブリアスはため息をつく。そしてこちらに近づいてくると、足に巻かれた縄を解いていく。その作業を淡々と眺めながら、頭に浮かんだ疑問を口に出す。 「なぁ、カイリューの他にエネコロロは見かけてないか?」 「エネコロロは……見かけていないな。連れか?」 「……そんなところだが」 その会話が終わるのと同時に全ての縄が解かれる。自由になった足を動かそうとして、苦痛に顔をゆがめた。 「大丈夫か……?」 「あ、ああ。リュミエスがいる病院は?」 ガブリアスは手帳を机の上で広げると、パラパラとページをめくって中身を見る。目当てのページを見つけたのか、手が止まる。 「ヒース氏と同じ病院にいる。この詰め所を出てすぐだ。大きいから分かるだろう」 それを聞いてすでに開いている扉から独房を出る。ガブリアスは手帳を止める帯の隙間に鉤爪を通して持つと、こちらに駆け寄ってきた。 「お前も病院で見てもらった方がいい」 「分かってる」 誰のせいだよというようにガブリアスを睨みつけると、独房の外に出る。そこにいた看守に付き添われて入り口へと案内された。そこから外に出て、彼がいる病院に向かって歩き出した。 ――“107”と太く書かれたプレートを確認し、前足の爪で軽く扉を掻きながらやっとの思いで扉をスライドさせる。 中に入ると、リュミエスがセミダブルのベッドの上からこちらを見下ろす。やがてこちら視認したのか、はっと気づいたように慌てて口を開いた。 「ル、ルフさん! ア、アセシアさんが!」 「リュミエス。落ち着いて話してくれ。アセシアがどうしたんだ」 案の定彼女の名が出てくる。だが肝心の情報源のリュミエスは慌ててなかなか話せる状態ではなかった。途中で話を制止して彼を落ち着かせると、やがてゆっくりと事を話し出した。 「アセシアさんが……キュウコンとルカリオに……連れてかれて」 「まさか……朝に襲ってきたのと同じ連中か?」 そう訊ねると、彼は小さく首を縦に振る。……奴ら、一体何が目的で。 「ねぇルフ! アセシアさんを助けてあげて! お願い!」 リュミエスはベッドから身を乗り出すようにしてこちらに顔を寄せてくる。頼まれなくても意思は決まっていた。 「ああ、分かってる。何とかして助け出す」 リュミエスの言葉に強く頷くと、踵を返す。まずは波止場辺りで奴らの姿を見かけたかどうか訊ねるのが早い。闇雲に探してもそれ以上に時間が掛かってしまう。 切羽詰まるような思いで部屋を出ようとすると、藍色と赤色のデカい図体が目に留まる。足をふと止めると、カブリアスは口を開く。 「急いでどこへ行く。治療したほうがいいと言ったはずだが?」 「あんたには関係ない」 そう言って横を通り過ぎようとするが、足をはらわれて転んでしまう。すぐに体勢を立て直して、何をすると言わんばかりに睨みつけると彼は笑って言った。 「足をすくわれるお前に何が出来るんだ? そんな傷ついた体で行っても返り討ちにされるのがオチだぞ」 的を射た言葉に返すことが出来なかった。確かに情報を手に入れたところで、歩くのすら辛い今の状態で勝ち目はない。 ただでさえ、万全状態の時でもキュウコンに返り討ちにされたのだ。傷ついた状態でいけば間違いなく命はないだろう。 「ふぅ……今日は休め。情報なら俺が仕入れておく」 予想外の言葉に一瞬声を失うが、やがて口から出てきたのは。 「礼を……言う」 呟くような一言を聞いて、ガブリアスは軽く鼻で笑った。 「フッ。可愛くない礼の仕方だな」 それを聞いて再び睨みつけるが、カブリアスは踵を返した。だがすぐに軽く振り向くと言った。 「俺の名前、言ってなかったな。ルイス・ナートルだ」 頷いて返事をするとガブリアスのルイスは再び踵を返して廊下を歩いて行った。 ---- CENTER:[[前の話へ>Day of Vengeance‐8‐『大陸へ』]] [[次の話へ>Day of Vengeance‐10‐『行方』]] ---- ▼誤字脱字、その他感想などありましたら、お気軽にコメントしてください。 ---- #pcomment(コメント/DOV-Story9,10,below)