[[目次>Day of Vengeance]] &color(red){※この話には一部会話に官能的な表現が含まれます}; **Day of Vengeance‐14‐『休息』 [#v2028867] 紺色の巨体、つまるところルイスを先頭に進みながら、ルフは辺りを見回していた。 壁にはところどころ文様が描かれていて、ここが決して質素な建物ではないことを再確認させられる。床には敷き詰められた木のパネル。足から伝わる安物ではない木の柔らかな感触。そして天井につけられた小さなシャンデリアが微かに揺れている。 「軍の宿舎っていうからもっと簡素な造りだと思ったが……案外豪勢だな」 思わずそう呟いた俺の言葉に、ミシャが同調する。 「国税の無駄遣いだね」 その言葉を聞いて、ルイスはため息をついて歩きながらも後ろを向いて言った。 「あのなぁ。軍ってのはそんな楽な仕事じゃないんだぞ。これくらいの褒美があってもバツはないだろう」 「はいはい。関係のない民間者を焼き落としておいてご苦労さんだな」 「ぐっ……お前まだそれを引っ張ってくるか」 ルイスははぁ……とため息をつくと再び前を向いて歩き始めた。 「よおルイス! そいつらはお前の客人か?」 いきなり聞こえてきた声のする方に向いてみると、そこにはエンペルトの姿があった。ヒレのような手を振りながらこちらに近付いてきた。ルイスは何故かばつが悪そうな表情を浮かべていたが、そんなことなどお構いなしに彼は近くまで来ると止まった。 「ああ、そうだが。で、何のようだ?」 「相変わらず冷たいなー」 「変温動物だから当たり前だろう」 ルイスは多分彼が言った意味は分かっているのだろうが、あえてそう答えたのは会話を続けさせるためなのか、それとも返答に困った咄嗟の言葉なのか。 「そこのキュウコンさん、綺麗だねぇ。よかったら今夜俺の部屋に来ない?」 「おい……」 ルイスに話をふっかけたかと思えば、今度はミシャにその標的を向けたエンペルト。彼の表情を見るに、多分あまりよろしくないことを考えているのは明白だ。ミシャはフフフと妖艶な笑みを見せると、尻尾をゆらゆらと動かしながらそれに答えた。 「フフ……あたしとの夜は長いよ?」 「お前も話にのるなよ……」 ルイスは頭を鉤爪で軽く掻きながら言った。ミシャは何というか見たまんまの性格だから違和感ないが、エンペルトは大抵しっかり者のイメージがあるからかなりの違和感を感じる。 「冗談だよ。まあ、ゆっくりしてってくれ」 エンペルトは笑いながらそう言うと、再び歩き出して行った。ルイスは何となくほっとしていたが、しばらくして彼の声が聞こえてくる。 「今夜部屋に来てもいいからなー!」 ミシャはその言葉に苦笑いをするのみ。ルイスが再びため息をついたのは言うまでもない。 変な奴と別れてしばらく歩いていたルイスの足がふと止まる。そして右側に向きを変えると、口を開いた。 「俺とルフはこの部屋。左がミシャの部屋だ」 ミシャは頷くと、先に扉を押して左の部屋に入っていった。続くようにしてルイスも目の前の扉を開けて中に入った。 外も豪勢なら、やはり中も豪勢か。 床は赤い絨毯。壁には柔らかそうな毛足の短い素材が張られていた。天井には廊下にあったようなシャンデリアが飾られている。 「豪華なのは慣れないか?」 部屋を眺めていると、ルイスがそう言ってくる。本当は皮肉のつもりで言ったのだろうが、実際豪華なものに慣れない。黙ってなにも反応がないからか、彼は詰まらなさそうにベッドに座り込んだ。 「なぁ、あのエンペルト。あんたの知り合いなのか?」 「ああ。一応、な」 一応。という言葉が少し引っかかるが、あまり触れられたくはないことなんだろうか。もう聞くつもりはないのに、ルイスは話し出した。 「あいつは昔からの同期でな。今は俺の方が位が上なんだが、あいつはそれを気にせずに話しかけてくる」 「別にいいんじゃないか?」 同期なら余計に気兼ねなく話せる方が良いのではないのだろうか。少なくとも位が違うからといって態度を変える方が不自然だ。 「いや、あまりよくない。ここでは位が違うと、名前ではなく位そのものを呼ぶんだ。それがここのルールだからな」 ……位そのものを呼ぶ? 訳の分からない言葉が出てきて分からないルフを後目に、ルイスは更に続けた。 「つまりここでは大佐とか、連隊長。そういった位名で呼び合うのが普通だ。なのにアイツときたらルイス、ルイスと……しかも公衆の面前で」 あまり彼の意見には賛同しがたかった。同期だからこそ話し合えることもある。そういった決まり事が軍にあるとはいえ、位名で呼ぶというのも違和感がある気がする。 「ま、この話は置いておくとして。そろそろ夕飯の時間になるころだろう。食堂へ行くぞ」 ルイスはそう言って無理矢理に話を打ち切らせると、ベッドから腰を持ち上げた。部屋の明かりがまだ点いていないからなのかは分からないが、ルイスの表情が微かに暗く思える。 「あれ。てか軍にいない俺も食えるのか?」 「軍専用の食堂じゃないからな。民間者もたまに来る」 意外なところで経費を削減しているのかと驚く反面、金を払わなければならないことに気付いて肩を落とす。それを見かねてか、ルイスは肩に掛けてあるポーチに手(正確には鉤爪)を入れると、中から何かを取り出す。 「軍機関から配布される無料の食事券がある。ミシャの分もしっかりある。勿論、お前の分もな」 ルフはルイスに小さな紙切れを渡されると、それをまじまじと見始めた。確かに無料の食事券と書いてある。 「しかし、それは基本的に軍に属する者しか使用しては駄目。だからそれ相応の振る舞いをしないといけないがな」 「それ相応?」 「ふんぞり返ってろってことだ」 「あ、ああ……」 そんなことでいいのかと思ったが、とりあえず何かが食えるのであれば問題はない。今日は朝に食っただけで他には何も食べてはいないから。 部屋を出てミシャを呼び、食堂に着く。ミシャはあまり乗り気ではなかったが、ルイスに食べておけと言われ渋々ついてきている。 ルイスの言うとおり民間者も来る食堂だからか、造りは宿舎よりも経費を削減している印象を受ける。壁は普通に塗料を塗っただけのものであるし、床には一応石のタイルが填められてはいるものの、そこまで高級な感じはない。 普通の店に比べればしっかりした内装ではあるものの、先ほどの宿舎を見た後だとそういう感想しか出てこない。感覚が麻痺してしまったのだろうか。 「さて、何を頼めばいいんだ?」 「好きなのを選べばいいだけだろう」 建物自体の内装はともかく。メニューのバリエーションは豊富なようで、目移りするほどに多い。好きなのとはいっても四足には食べづらいものもあるし、何より慣れないメンバーでの食事では気を遣ってしまって、おいそれと料理を選ぶことも出来ない。……本当にどうしたらいいのだろうか。 (……ん?) ふとメニューを眺めて、咄嗟に何かを思い出して何ページか前に戻す。そこには見たことのある懐かしいメニューが載っていた。 ――フラット村では農業が盛んだった。しかし漁業はあまり芳しくなく、海鮮を使った料理を滅多に食べることが出来なかった。 そんな中で俺が「一度でいいから食べてみたい」とぼやいたのをフィアスが聞いて、一緒にミナミム港に行くことになったんだっけか。港では漁業が盛んで、そういった店が数多くあることを、彼女は知っていたのだろう。 そこで食べたのがシーフードドリア……この店ではどうやら海鮮ドリアという名前になっているみたいだが……。 「……じゃあ俺はこれで」 「それか。ここら辺の海鮮物は美味いぞ。港が近くにあるからな」 ルイスは頷くと、テーブルに置いてある注文伝票にそれを書き込む。ルイスはすでに決まっているようで、他にも何かを書き込んでいた。 「じゃああたしはこれ」 ミシャはそう言って、ルイスにメニューを見せる。神通力を使っているのか、メニューが浮いているのにルイスは少しうろたえながらもそれを書き込んだ。 全員決まったところで、ルイスはテーブルにあるベルを叩く。するとどこからかサーナイトが現れ、注文伝票をさっと取ると再び消えた。一言もないのは食事の席での会話を中断させないための配慮なのだろうか。それともそういう暇さえもないのだろうか。 後は料理が運ばれてくるのを待つだけ……なのだが、どうもアセシアのことが気掛かりでしょうがない。あの影を操るブラッキーに連れ去られてからだいぶ時間が経っている。今は一体どうしているのだろうか。 「お待たせいたしました」 しばらくすると再びサーナイトが現れて、料理をテーブルに次々と置いていく。誰がこんな量を頼んだのだろうか。 「おお、きたきた」 ……どうやら頼んだのはルイスのようだった。さすがドラゴンタイプというべきか、大食いというべきか。その量にはミシャも呆然としていて、彼と料理の方を交互に見ていた。 「ごゆっくりどうぞ」 サーナイトはそれに驚くこともなく、淡々とただ事務的に接客を終えて消える。テーブルの大半はルイスが頼んだ料理が置かれていて、ミシャの頼んだグレングラタンや自分の頼んだ料理がちっぽけに見えてしまう。 「と、とりあえず。いただきます」 ミシャが気を取り直すかのようにそう言うと、神通力でスプーンを器用に扱い、食べ始める。ルイスは皿を持ち上げてがっついていた。 「……どうしたんだい? 少ししか食べてないみたいだけど」 ――突然、ミシャがこちらを見てそう言ってくる。食べ始めてから大分時間が経っているが、何だか食べ物が喉を通らない。 「……悪い。先に部屋に戻ってる」 そう言い残してから席を離れ、部屋へと続く廊下に入る。一応きたときに道筋は覚えておいたから、迷うことはないだろう。 食堂から直に通じている廊下を左に曲がったり、右に曲がったりして、やっと部屋にたどり着く。ミシャのようにはドアを開けられないため、いきおいよく立ち上がって前足を掛け、何とか開けることが出来た。 「ふぅ……」 部屋の中に入ってドアを閉めると、大きなため息を一つ。 何故かアセシアの事がどうも気になって仕方がないのだ。アセシアがミシャとその相方のアルスに襲われた時も、妙な胸騒ぎを感じたが……今回もそれと似た感覚があった。 災いポケモンという自身の種族の性なのか、昔から危険が迫ると言いしれない感覚が体中を蝕む。それは大抵自分の身に起こることにではなく、周囲の者に起ころうとしているときのみだった。 この能力の所為で何度除け者にされたことか。数えれば数えるほど嫌になってくる。 「ルフ。居るかい?」 ドアの外から聞こえた声。恐らくはミシャだろう。食事は終わったのだろうか。 「ああ。居るけど」 「ちょっと気になることがあってね。入っていいかい?」 気になることとは一体何なのだろうか。とりあえずそれに肯定の返事を返すと、ミシャがノブを回して中に入ってくる。 「で、気になる事って何なんだ?」 ミシャは部屋の中をしばらく見回していたが、やがてこちらに視線を向けると、こちらに近づいてくる。動こうとしたが体がいうことを聞かない。まさか神通力で縛っている……? 「……あんた、アセシアとは、一体どういう関係なんだい?」 ---- CENTER:[[前の話へ>Day of Vengeance‐13‐『影』]] [[次の話へ>Day of Vengeance‐15‐『二者択一』]] ---- 感想などありましたらコメントどうぞ。 ---- #pcomment(コメント/DOV-Story14,10,below)