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Day of Vengeance‐10‐『行方』 の変更点


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**Day of Vengeance‐10‐『行方』 [#l69be138]

 瞼の裏側がうっすらと赤色に、徐々に染まっていく。それは次第に眩しさを帯びていき、思わず目を強く瞑った。やがてゆっくりと目を開けていくと、見知らぬ風景が目に入る。

(……ここは、何処?)

 ふと下に目を動かすと、白いシーツが目に入る。そして、自身の足を拘束する忌々しい鎖も。

(そうだ。私はあの後、リュミエスと共に海に落ちて気を失って……)

 ここが何処なのかは分からないものの、足に着けられた鎖を見るところ性格の良いポケモンに助けられた訳ではなさそうだった。
 自身の置かれている状況を飲み込むと、彼女や体を起こしてベッドから飛び降りた。鎖はある程度の長さがあるため、少しだけなら動ける。
 チッ……チッ……と秒針の動く音が静寂に包まれた部屋の中で唯一存在感を持つ。しかし、ジャラリと鎖が床を滑る音が鳴ると、時計の音はいとも簡単に薄くなった。

「……くっ、駄目ね。届かない」

 ベッドを降りてドアの方に向かおうとしても、後少しのところで鎖が張ってしまう。上手い具合に希望を断ち切るその鎖に、アセシアは微かながら怒りを覚えた。
 ため息をついて辺りをもう一度見回すと、今自分が居る場所が医務室のような場所だと分かる。
 白い簡素なベッドが二つ並べてあり、鎖のせいで向かうことが出来ない事務用の机に、ベッドの上にあるカーテンレール。そして青いカーテン。

「おや、やっとお目覚めかい」

 ドアが開けられるのと同時に、幾度か聞いた声が部屋に響く。ドアの方へ視線を向けると、やはりあのキュウコンがそこにいた。拘束されたことへの恨みか、悔しさからか、アセシアはキュウコンを睨む。

「そんなに睨むことないだろうに。元々あんたが家出しなきゃ、こんなことにはならないと思うんだけど。違うかい?」

 何故キュウコンがそれを知っているのか。アセシアは目を見開く。それを見てキュウコンは不敵な笑みを見せた。

「ま、依頼にありつける滅多にないチャンスだからね。あんたには悪いけど利用させてもらったよ」

 その言葉にアセシアはより一層不機嫌そうな顔をして言った。

「あなた、相当腐ってるわね」
「何とでも。少なくともかなり恵まれてるようなあんたには、あたし達のことなんて到底理解出来ないだろうけどね」

 キュウコンはそう言い放つとアセシアをキッと睨む。それに負けじと彼女も睨み返すが、それを無視してキュウコンは机の方へと向かい、何かを口にくわえた。

「ま、生まれた境遇なんてどうしようもないからウダウダと言うつもりはないよ。それよりも、あんたが家出した理由の方が気になるんだけどねぇ」

 家出、という単語を聞くや否や目を反らしたアセシアに、キュウコンはゆっくりと近づいていく。妖しい視線を送る様はまさに雄を誘うかのような仕草だった。

「これ。あんたへの文だよ」
「私に……?」

 アセシアはキュウコンを怪しむように眉をひそめながらも、文を受け取る。床に置いて前足で広げて行くと、そこには見慣れた字が目に入ってきた。

「これは……」
「差出人を言わなくても分かるでしょ? あんたの父親の字ってさ、達筆だねぇ」

 キュウコンは文の字を眺めながらそう呟く。それを気にもとめずにアセシアは文を読んでいく。そして……。

「……嘘だ」

 アセシアがそう呟く。キュウコンは目を細めて言った。

「どしたの」
「こんなの嘘っぱち。だって父は、変わってしまった……」

 どこか虚ろな目でそう呟くアセシアをみて、キュウコンは只ならぬ状況ではないことを把握する。

「何がショックなのか知らないけどさ、とりあえず寝てて」

 キュウコンは伝わるか分からないものの、そういうと彼女に催眠術をかける。発狂されても困る、そう思ったのだろう。
 念力を使って器用にベッドにアセシアを寝かせると、キュウコン……ミシャは先ほどの文に目をやった。

「どう見たってただの懺悔よね、これ」

 読んでから思わず疑問を口からこぼすと、ミシャはアセシアの方へと視線を移す。
 彼女には他者を引き付ける力があるのか。それは定かではないが、いつも誘拐するポケモンに興味の意を一切持っていなかったミシャにとっては不思議な感覚だった。

「ターゲットに興味持つなんて、らしくないな、あたし……」

 時計の音が木霊する部屋の中で、そうぽつり呟くのだった。 
 
 
 開けはなった窓から潮風が流れ込んで、白い毛並みを揺らす……。
 ルフは前後ろ足に軽く湿布と包帯を巻いて文字通り休養をしていた。アセシアの行方を探したいが、看護師のラッキーが見張っているために外へは出られない。
 元々、じっとしていること自体、彼はあまり好きではなかった。部屋の中をウロウロしてはラッキーに叱られ、渋々ベッドに戻る。そしてまたウロウロ……を繰り返していた。

(ルイスはまだなのか……?)

 徐々に苛立ちが見え始めたルフを見て、リュミエスがやがて口を開く。

「頼んだのは僕ですけど、ルイスさんに言われたとおり休養を取りましょうよ」

 ルフは足を止めてリュミエスの方を睨むが、少し間をおいてため息をつき、ベッドの上で丸まり込んだ。それを見てほっと胸をなで下ろすリュミエス。
 ふと、ルフは思った。会って間もない彼女に、何故自分はこんなにも私情を挟むのだろうか。フィアスに似ているからと言えばそうなるかもしれない。しかし別に、他に何かがあるとしか思えない。……好きだから?

(いや、ない。絶対にない)

 頭の中で考えるのをやめさせるかのようにそんな言葉が浮かぶ。あまり考え込んでも答えがないので意味がない。
 あくまでも『助けたい』というはっきりしない正義感でやってると片づけて、少しの間だけ睡眠を取ることにする。
 思えば昨日はアセシアと同じ部屋だったためにあまり深く眠ってなかった気がする。今のうちに仮眠をとっておいた方がいいのかもしれない。
 そう思案しているうちに段々と瞼が重くなっていく。そうして意識は現実から遠のいていった。
 
 
 
 また、か……。またここか。
 辺り一面真っ白な世界。果てがあるのかないのかさえ分からない。狭いのか、広いのかさえも。
 そんな不気味な空間の中で、ルフは他の誰かを見つける。見覚えのある姿、声。旅をしている原点ともいえるポケモンがそこにいた。

「フィアス!」

 思わず名を叫ぶ。しかし、その声は届かないのか、彼女の影は遠のいていく。どんどん遠くへと、まるで自分から逃げているかのように。

「待ってくれフィアス!」

 その叫び声が通じたのか、彼女は途端に足を止める。併せて、ルフも止まる。彼女はこちらに振り返り、口を開いた。

「私は……フィアスじゃない……」
「え……」

 ルフはそのエネコロロをよく見る。フィアスは確か左の耳が少し欠けているはず……。ない。

「私は……アセシア。アセシア。そう、アセシア」

 そのエネコロロ、アセシアは壊れたように自分自身の名を呟き続ける。いや違う。こんなアセシアなどルフは知らない。彼女はさらに続けた。

「父さんに付けて貰った……アセシア。でも父さんは変わってしまった。変わったのよ」
「お、おい……」

 彼女の呟きは加速していく。ルフはうろたえながらも声をかけたが、それは無駄に終わる。

「変わったの、豹変したの、優しさなんて微塵もないの。そう、壊れたのよ……」

 彼女はそう呟きながら微かに目から涙を落とす。その落ちた場所には黒い点。ルフは、どす黒く気持ち悪い何かその黒に感じた。
 彼女にはもうアセシアの面影はない。狂ったように叫びだす彼女を何とかしようと近づくものの、見えない何かに阻まれて彼女の元に向かえない。

「なのに、なのに、なのになのになのにっ……! 今更自分が悪かったなんて嘘! 嘘よ!」
「アセシア!」

 近づけないのなら叫ぶしか方法はなかったが、それは彼女には届かなかった。その間にもアセシアの周りは徐々に黒ずんでいく。

「なら今のこの王政はなんなの? 民から高い税を徴収して、それを民のために使わない! 結局父は変わってしまったのよ!」

 叫びながら彼女は段々とルフから遠のいていく。彼女は足さえ動かしていないのに、何故……――。
 
 
 
「おい、起きろ」

 急に聞こえた低くドスの利いた声で目を覚ます。今のは夢だったのか。それにしては鮮明に光景が焼き付いている。
 起きても未だにぼぅっとしている彼を見て、ルイスはため息を付いて腕を組む。

「まだ寝ぼけてるのか? お前が望んでたアセシア……だっけか。その行方をだいたい掴んだぞ」

 ルイスの言葉に少し首をあげる。黄色く鋭い目でこちらを見ていたルイスは隣まで歩いてきて口を開いた。

「王都・レジスタ。そこへ向かうことをキュウコンと、エネコロロを抱えたルカリオが話していたらしい」
「確かなのか?」

 ルイスはルフの問いかけに首を横に振る。しかし、表情は至って普通。むしろ何か自信があるような顔だ。

「確証はないが、多くの住民や観光客が見かけてたから間違いないだろう」

 そう口にしたルイスはルフの方を見て軽く微笑んだ。 
 
 
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